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深きものどもーークトゥルフ俳句--
深きものどもーークトゥルフ俳句ーー
笛地静恵
【ノート】H.P.ラブクラフトの怪奇小説のファンは、詩の界隈には、さぞかし多いだろうと推察します。ですが、与謝蕪村の俳句の方は、はたしてどうでしょうか。自信がありません。自分でも、こうしたパロディを始めたばかりでした。原点への遠慮があって、できるだけ原型を残そうとしています。その配慮が、おかしいです。お一人でも、笑ってくれる方がいらっしゃれば、うれしいのですが。2014年6月25日の作。
2025年4月20日 第2稿
1
塩が香にのつと爪出るクトゥルフ
山路來て何やらをかしひきがえる
インスマスひねもすぬたりぬたりかな
春雨にぬれつつ屋根の手足かな
ナルグ河月は東に日は西に
富士ひとつうめ残してかウボ=サトラ
雪残る銀の山脈國ざかひ
菜の花や小学校をひるげ時
人くへば鐘が鳴るなり祝祭日
グール來て水のむ音の夜寒かな
2
夕月や納屋も馬屋も骨の影
矢車に朝風強きのぼりかな
シュブ=ニグラス大木倒すこだまかな
夏草や 兵どもが 起き上がる
ゲリラ豪雨降りのこして忌み家
アザトース青歯赤歯の月の影
閑さや岩にしみ入る神の声
〈夢の国〉雨を集めてスカイ河
石山の 石より白し 骨の風
鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分かな
3
花いばら故郷の路に似たるかな
食屍鬼や塵で重なる二、三人
スカイ河越すうれしさ手の《ゾハール》
ゆく春や重たき死者の抱き心地
易水にねぶか流るゝ寒かな
涼しさや鐘をはなるゝかねの声
古庭に茶筌花さく椿かな
鰒汁の宿赤々と燈しけり
二村に質屋一軒冬こだち
御火焚や霜うつくしき京の町
4
寒月や門なき寺の天高し
さくら散る苗代水や星月夜
みじか夜や浅瀬にのこる月一片
雪月花つゐに三世の契かな
秋の夜や古書を読み『イスラムの琴』
月天心荒涼の街通りけり
ウルタール大河を前に猫二匹
塵てのち面影に立つピックマン
赤葡萄酒地獄も近しレリオン山
笛の音に波もよりくるインスマス
反歌
うつつなきおそれの心ラブクラフトよ
銀杏の花一輪や深淵へ
ミスカトニック旧神のため梅咲きぬ
(了)
小さな星の軌跡 第十一話 クリエイティブな明かりの空間
「ねえちーちゃん、とうとうCWSに小さな星の軌跡の初期連作詩が投稿されちゃったねえ」
「作者めぇ、この純情可憐なちーをもてあそびおって」
「でもちーちゃん、よかったじゃん。たくさんの人がきっと」
「きっと、なんなんだよぅ....」
「ちーちゃんの愛らしい姿に」
「きゃー、それは先輩だけで....」
「あ、先輩にはイイんだ?」
「そりゃだってあのその、先輩はクリエイティブにライティングでスペースを」
「そのライティングって光を当てる、写真の用語じゃ」
「それでわたしが輝けるならいいじゃん」
「うんうん、まぶしいよ、ちーちゃんは」
「えへへ」
「....もうちょっと、おとなしい娘と思ってたけどなあ」
「みっちゃん何か言った?」
「ううん、作者は私が主役の第四話の2はまだ投稿しないのかなって」
「わたしとみっちゃんの第一話が先でしょ。やっと連作詩が載って物語の出だしがCWSの皆様にも伝わったんだから」
「ちーちゃんは、あの第一話CWSに乗っても良いの?」
「....まあ、今更隠しても、だいたい霧中に咲く花がととっくに投稿されちゃってるし」
「だねえ」
「そもそも第四話の2は三話四話と続いてのサブエピソードなんじゃ。枝番になってるし」
「枝扱い酷い、おーちゃんの愛らしい姿がでてくるのに」
「みっちゃん、今ここでおーちゃんって言っても誰もわからないよ」
「われわれはおーちゃんの出番を要求するものである!」
「だいたいおーちゃんは帰宅部じゃん」
「じゃ私もおーちゃんちに遊びに行こうっと」
ぴこーん💡
「今どこかで変な音と明かりが」
「ちーちゃん、作者が何か思いついた見たいだよ」
「というわけで、次回作」
「k市の中心部にひっそりと佇む古き邸宅の正体は」
「ちょっとバラし過ぎじゃ」
「作者を困らせてやれーw」
おしまい
守護者(ガーディアン)
王が玉座より命ずる
「お前を我が宝の守護者とする」
私は跪き頭を垂れる
王の命令は絶対なのだ
私は身命を賭して宝を護りきると誓った
私はそれから剣を振るい 盾をかざし
軍隊を指揮して宝を護り続けた
この国を襲う周りの侵略者どもを駆逐して
王は平和な時代を築き上げた
そして宝は穢れを知らず
歳を重ねて輝きを増していった
私が命を授かって幾年が過ぎ去った
年老いた王が私に語りかける
「そなたの働きによって我が宝は玉座に相応しき者となった よくぞ護りきった」
今日はとてもめでたき日
この国に若き新たな王が即位する
その立姿は神々しく輝き
守護者の目からは涙が流れた
習作 2025/04/22
欧米人のおしり⇔しまむらの5L
モンチッチの顔のカバンに詰めた頭
噴き出す鼻水⇔効いてるルパフィン
媚薬と言ってしまった耳鼻科の薬
魔羅が氾濫サスペンス⇒ジョジョ
あんなに行きたかったドトール
行ってみたら何ともなくて
ぽやじに博多まで送ってもらって
なのになんだかつまらない
谷川俊太郎は
詩人は人間じゃないみたいなこと言う
詩人の墓はそういう詩だけど
工場で働く人は人間じゃない
原子力発電所で働く人は人間じゃない
潜水艦で働く人は人間じゃない
人間って何だみたいなこと考えるけど
私もそもそも人間じゃない気がする
母親は人間であることを一番尊重する
母親に私が唯一人間であるところをやめて
グループホームに行けと言われて
グループホームに居る人も人間ではなかった
と心得る
問題は立ち戻って
詩人が人間じゃないことを考える
なんでもかんでもネタにするのはよくない
ちまたにいる勝ち猫の詩人は
野蛮に自分を曝け出すことはない 私もそのラインに入ると思う
勝ち猫、負け犬、寒天、木の霊、でかい筆
みたいな詩人がいる
猫と犬だけではない
私はフルーツパーラー
今日のイチオシは?
最近ずっとこれだけど
淫夢からのスピリチュアル
いい夢の向こう側を食べると
種があたるか毒があたるか
タンスにぶつけた小指が
たちまち腐っていくか
やさしい月
春の風に雲が揺れ
隠れた月を待つ間
寂しくなった夜を見る
流れる季節に
上手く時間に
乗ってたつもりが
少しずつ
時から私が零れ落ち
知らないふりだけ上手になる
弱さも嘘も寂しさも
全部揃って私だから
月が出たなら
そのやさしさで
私を拾い集めよう
春宵(詩)
銭湯の隣に花屋が開いている
所狭しと乱れ咲く一群れ二群れの花々
湯上がりのあなたは薔薇の香りを浴びていっそう若やいで
薔薇は艶めくあなたに咽んでなお赤々として
五行歌作品集 その4「スペースコイン」
【作品】
作品の良さは
作品に宿るのか
書き手と読手の
相互交流に
宿るのか
【自由】
相互交流とは
目に見えない扉
開ける自由
鍵かける自由
良いも悪いもない
【書き手】
作品とは
書き手の仮の姿
書き手の真実の姿
注いで撫でて
たち現れる
【待っている】
作品は
相互交流を待っている
相互交流は
作品を待っている
どちらもこちら側にいる
【スペースコイン】
スペースコインが
教えてくれたのは
作品の良さと相互交流
背中合わせで隣り合わせな
不思議な関係
ツチノコ飼ってみた
ペットショップを横切ると
「ツチノコ大特価中」との暖簾がかけられていた。
ツチノコ……実在するのか? と思い、おもむろにペットショップへ入ると、入り口に入ってすぐのショーケースの中にヤツはいた。
「いらっしゃいませー」
「あ、あのすみません。このツチノコって本物なんですか?」
「えぇ! もちろん! よろしければ触ってみますか」
「え、触って平気なんですか」
――買ってしまった。つい店員さんにそそのかされてしまった。
帰宅をして箱から出してやると、ツチノコはキョロキョロと辺りを見渡している。
「これからはここがお前の家だぞ」
ツチノコに声をかけると、ツチノコはきょとんとした表情でこちらを見てくる。人語は理解できるのだろうか。できるのならば芸のひとつでも仕込んでやりたい。
ツチノコは飲食を行うが必須ではなく、また排泄もしないらしい。どのような体の構造をしているのか分からないが、飼いやすくて良い。また、たまに「ピィ」と鳴くが、犬や猫ほど鳴き声が大きいわけでもないのでその点でも飼いやすい。「ツチノコ飼育ブーム」でも起きてもよさそうだが、やはり希少な生物なのだろうか。
ペットショップの店員曰く、たまに散歩へ連れて行ってやるといいらしいから、早速散歩へ連れて行くことにした。
「おいでじゃじゃまるー」
じゃじゃまるはツチノコの名前である。
名前を呼ぶとじゃじゃまるは、ピィと鳴きながらジャンプして飛びついてきた。首輪をつけると若干抵抗して嫌そうではあったが、次第におとなしくなり首輪を着けさせてくれた。
人生初、ツチノコの散歩である。自宅を出てしばらく歩いたが、周囲の人が不思議そうな顔をしてこちらを見てきているのがわかる。ツチノコの散歩をしているのだから無理も無いか。
散歩を始めてしばらく経ってからだった。それまでおとなしく散歩をしていたじゃじゃまるが、突然私を引っ張り始めた。
「ど、どうしたんだじゃじゃまる」
じゃじゃまるはピィ、ピィと鳴きながら私を引っ張る。なにやらどこかへ案内しているようだった。
私はじゃじゃまるの思いのままついて行くことにした。
しばらく引っ張られていると、草が生い茂っている空き地に着いた。
「空き地で遊びたかったのか?」
と私が問いかけると、じゃじゃまるはピィ、ピィとこれまでにないほど鳴き始めた。
何事かと思っていると草むらからガサゴソ、ガサゴソと音がし、大量のツチノコが草むらから飛び出してきた。
「うわぁ!」
私は驚き、思わずしりもちをついた。そんな私をじゃじゃまるはジーっと見ている。
「もしかして、お前、ここで捕まったのか?」
そう言うと、じゃじゃまるはピィと返事をした。
そうか。家族と離れ離れになっていたのか。
「よし、じゃあ帰してやるか。今首輪を外すからな」
私が首輪を外してやると、じゃじゃまるはツチノコの群れへダイブする。じゃじゃまるもツチノコの群れもピィピィ鳴いてまるで感動の再会だ。
ツチノコの群れはじゃじゃまるを連れて去っていく。
「もう捕まるなよー」
私はそう言って帰ることにした。
帰り道、電柱に「ツチノコ発見につき一億円」と書かれたポスターが貼られていた。この手のポスターを今まで見たことがないでもなかった。
「どうせなら一億円貰っておくんだったな」
そんなことを考えながら、私は帰路についた。
「暗号資産エアドロップ」としてのクリエイティブ・ライティング
東京都の中央区という土地柄もあるのだろう。マンションの住人について何ひとつ知らない。右隣も、左隣も、誰が暮らしているのか分からない。女の一人暮らしなので、警戒心が前提にある。隣人の素性を知らないほうが、かえって無頓着に暮らせることもある。
呼び鈴が鳴り、ドアを開けると、小柄で大人しそうな女性が立っていた。すいません、田伏優子と申します。右隣に引っ越してきました。洗濯粉を配らないわけにもいきませんので。そう言って、白い粉の入ったビニール袋を差し出し、そのまま立ち去った。私が知らなかっただけで、日本のどこかには、そういう習慣があるのかもしれないと思った。
翌日も呼び鈴が鳴った。今度はいかにも柄の悪いヤクザのような男性だった。田伏んとこの若いモンでして、右隣に越してきたんですわ。そう言って洗濯粉を手渡してきた。昨日いただきましたので。断ろうとしたが、いやいや、そう言わんと。ここはひとつ頼んますわ、と強引に白い粉の入った袋を置いていった。
次の日は、小さな女の子が挨拶し洗濯粉を置いていった。翌日にはガテン系の青年。次はホステス風の女性。その次は銀縁メガネの紳士、白髪の老女。白人、黒人、アラブ人と、次々と訪れる人々が、田伏のところの者です、と名乗り洗濯粉を手渡してきた。舞妓さん、チョンマゲ男性、果ては猫の着ぐるみ姿の人物まで現れた。
連日の不可解な訪問。もはや常軌を逸しているのは明らかだった。隣には、特殊なカルト集団が共同生活でもしているのだろうか。しかし、生活音は一切聞こえてこない。ある日、呼び鈴を鳴らした男性が、あまりにも父に酷似していたため、思わず声をあげそうになった。しかし、目尻のホクロの位置などが違い、別人だと分かった。いやあ、田伏ファミリーの者です。そう言って、彼もまた洗濯粉を置いていった。ところでこれ気づいていますか?男は洗濯粉の中から記念硬貨のようなものを取り出してみせた。硬貨には「田伏正雄コイン」と印字されていた。
今や私の部屋は洗濯粉と称される白い粉で埋め尽くされていた。調べてみると全てのビニール袋にコインが紛れ込んでいた。白い粉で洗濯をする勇気は出ず、黒いゴミ袋に詰めて処分することにした。その晩、マンションに帰ると、ゴミ置き場に、これまで挨拶に来た者たちが勢揃いし、破かれたゴミ袋を輪になって囲み、嘆きの声を上げていた。
小さな女の子は泣きじゃくり、猫の着ぐるみは文字通り地団駄を踏んでいた。舞妓さんはよよと泣き崩れ、アラブ人は神に祈っているようにも見えた。ヤクザ風の男は、俺の風体が悪かったんや、俺がこの世にいなければ良かったんや…と沈痛な表情でつぶやいていた。父に似た男は涙を流していた。あの子は昔から、他人の好意を素直に受け取れず、むしろ悪意に変換してしまうところがあった。それがあの子の人生を不幸なものにしてしまっているんだ。
私は引っ越しを決意した。業者に連絡し、荷物を運び出した後、ふと隣室に挨拶をしたくなった。これでもう会うこともない。隣の部屋が一体どんな風なのか知っておきたかった。私は洗濯粉とともに呼び鈴を押した。ドアが開くと、室内はがらんどうだった。家具も何もなく、ただ全裸の大男が一人、仁王立ちで立っていた。男は屹立したペニスをさすりながら、低い声ではっきりこう言った。「田伏正雄です。女同士、仲良くやりましょうよ」
あなたの声によって、1日1行ずつ増殖する詩
はなしかけてみてください
おはよう、南南西からの風が桜の花を揺らせば
今日こそは県道二号線を歩める気がした
青紫の夢を食む獏が眠り
愛を知るために開けた溝は
二人の狩人が乗るための電車道になるかもしれない
風を揺らす花は夜を知らずに散り
時間の単位の種類の数を普及している
配達員は夜な夜な電信柱の染みを探して
雨が水飴にならないようにと土を削り
続けることを続ける
裸の下水を嗜む鯉の
たわみに宿る北北東への回帰線
散り散りになった光跡は縒れて
反射した色の名前を公衆電話で確かめる
規則正しく明日を目指す針は色褪せて
まっすぐ過ぎる弦に安らぎを与える砂漠に
風紋を刻もうと健気な靴が踊っている
しっぽに絡まる迷子の吐息
揺れた手水は下水に導かれて
起きる地面、それは誰の共鳴か
王の宝は雨に流され
ネズミに仮面を剥がされた金の
墓に寄り添う雪月花
連作詩 小さな星の軌跡 第五詩〜第八詩 終詩
連作詩 小さな星の軌跡 第五〜第八詩 終詩
第五詩(改) 裸の心
写真部兼務の先輩と
二人きりの撮影会
この日の為のワンピース
この日の為のインナーも
ポーズの取り方難しい
アイドルみたいにいかないの
普段のままでというけれど
わたしはきれいに見せたいの
思い出すのは先輩と
図書館で見た写真集
輝く素肌の人たちの
纏わぬ姿の写真集
きれいと思ったその写真
輝く日差しと光る肌
今日も日差しは輝いて
お外で撮ろうと声を出す
わたしの家は山間の
木立に囲まれ木漏れ日に
大きな木の陰 体を隠し
ちょっと待っててね先輩
可愛い服は買ったけど
見せたいものは胸のなか
私のこころを残したい
はだかのこころとその姿
かしゃかしゃかしゃと鳴り響く
シャッターに合わせふわり舞う
レースとフリルと光を纏い
はだかのこころを被写体に
第六詩(改) 秘密の写真
お邪魔しますとご挨拶
優しい笑顔のお母さん
階段上がったその先に
緊張している先輩が
部屋には立派なプリンター
そこから出てくるわたしの姿
わたしが見つめるその視線
カメラが見つめるわたしの眼
ぺたんこ私の小さな身体
明るい日差しの庭先で
ひらひらと舞うその姿
輝く魔法のその姿
二人でちょっと照れ笑い
眩しい写真が嬉しいな
でもお母さんには見せられないね
しっかり隠して置かなくちゃ
いつか見たあの写真集
ヌーディストの写真集
私図書館から借りてきた
先輩になら 大丈夫
二人だけの写真集
秘密の詰まった写真集
あなたのページも作りたい
次は二人で輝くの
第七詩(改) 解放する時間
わたしの方から伝えたの
すべてを見せたいこの気持ち
先輩になら 大丈夫
秘密のアルバムに加えたい
今着ているのはシャツだけよ
素肌に跡がつかないように
ちゃんと調べてきたからね
すべてを見せる準備よし
お家の周りは山の中
木漏れ日キラキラ光ってる
わたしの素肌に木漏れ日が
隅から隅まで木漏れ日が
シャッターの響きと蝉の声
静かにポーズをとるわたし
あの写真集を思い出す
レンズの向こうを見つめるの
静かな木陰のその下に
大きな体の先輩が
わたしと同じその姿
生まれた姿のわたしたち
あのヌーディストの写真集
ペアの写真を思い出す
木漏れ日纏うわたしたち
カシャリと響く昼下がり
第八詩(改) 未来への一歩
ぺたんこたんた ぺったんこ
キスをするにも背伸びして
つま先立って上むいて
やっとで届く その顔に
あなたは優しく微笑んで
わたしに合わせてくれている
身体を重ねるその時も
優しさ一つも変わらない
お母さんにはいえないけれど
小さい身体で大丈夫
何でもできる できるはず
こころは想いで満たされる
いつかは私もおとなになって
未来のことに不安はあるけど
たくさんの一つを一つづつ
2人で重ねて育ててく
終詩(改) 受け継ぐこころ
桜を見下ろす部室から
私の大事な先輩と
ここで会うのも今日最後
そう今日先輩は卒業式
毎日過ごしたこの部室
夜も過ごしたこの部室
毛布にくるまり天体観測
肩を並べて星をみた
初めてキスをした屋上
初めて知った光たち
たくさん触れ合ったその時間
思い出多いこの部室
静かになった天文部
部室に残るは二人だけ
思い出たくさん貰ったけれど
今日は第二ボタンだけ
部活で会う事終わっても
二人の軌跡は煌めいて
も少し大人になったらね
二人で星見に行きましょう
ぺたんこたんた ぺったんこ
小さな三年生だけど
星見の楽しさ受け継いだ
ようこそここは天文部
という事でわたしの初詩作…の改稿版の後編です。
ここから小説やその他の詩作が始まりました。
前編一〜四
https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=946&user_id=106&mode=post
メートル法(訳詩)
ポプラの木々の間に鳥だ!
あれはまさしく太陽だ!
百の木の葉は小川を泳ぐ
黄色なる小魚の群れ。
あの鳥はその上をかすめ飛び
両の翼に日を担う。
太陽神のアポロンよ!
汝の生み出すものこそが
木々から漏れる眩い光!
その歌声は
風にかさこそ鳴りやまぬ
木の葉を優に凌ぐのだ。
※ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ(1883~1963)の詩を訳した。原題は"Metric Figure"で「メートル法」と訳されるようだが、私には意味がわからない。ウィリアム・カーロス・ウィリアムズは米国の詩人で、エズラ・パウンドやT.S.エリオットに比肩する20世紀の詩人とされ、モダニズムやイマジズムを思わせる作品を書く。私は詳しくないが、文学においては、モダニズムとは現代的かつ新奇の傾向であり、イマジズムとは視覚でとらえた対象を明確な言葉づかいで言い表す形式であるそうだ。ウィリアム・カーロス・ウィリアムズは故郷のニュージャージー州の町医者として生涯を過ごし、その傍らに詩作しており、町の人々や景色を切り取って詩へと昇華した作品が多々見られるようである。詩人兼医師であるので、文系が理系と一つの人物の内部で統合されているという点ではゲーテや鴎外とも似ているが、作品の性格はだいぶ異なるようである。以下に原詩を挙げる。
There is a bird in the poplars!
It is the sun!
The leaves are little yellow fish
swimming in the river.
The bird skims above them,
day is on his wings.
Phoebus!
It is he that is making
the great gleam among the poplars!
It is his singing
outshines the noise
of leaves clashing in the wind.
この詩は韻を踏んでおらず、必ずしもリズミカルでもなく、どちらかといえばぶっきら棒とでも言えそうである。原詩の yellow fish は「ブリ」という訳があるようだが、果たしてそう訳していいものかどうか。ネットで yellow fish を検索すると、何とも可愛らしい黄色い魚が出てくるのである。また、Phoebus は太陽神アポロンの別称であるが、日本ではこの名前では知られていないので、訳ではアポロンを使った。
白状すると、私がこの詩を訳したのは感銘を受けたからではなくて、訳しやすそうだったからである。一読して少しも感心しなかった。それでも不思議なもので、ひとたび訳し、何度か手直しをしているうちに、愛着が湧くものであり、いまでは原詩も訳詩も読み返すたびに、ふうん、なかなかいいものじゃないか、と思ったりするのである。
割り算
割り切れない
心の隙間を
埋めたのは
いつも
教室の端で
余っている
あなただった
連作詩 小さな星の軌跡 第一詩〜第四詩
小さな星の軌跡
第一詩(改) 始めの選択
ぺたんこたんた ぺったんこ
大きな桜の木の下で
小さなわたしは見上げてる
今日から何がおきるかな
先輩たちが部活の紹介
天文部って始めて聞いた
星見る楽しさ語る先輩
光って見える部長さん
翌日放課後行ったのは
理科室隣の天文部
深呼吸してコンコンと
緊張した声こんにちは
月に一度の観測会
泊まりの部活は初めてで
一年生女子のたかちゃんと
キョロキョロソワソワ落ち着かず
日付が変わって自由活動
仮眠で散らばる先輩たち
静かになった屋上で
毛布に包まり星を見る
二年で部長の先輩が
休んでいいよと言うけれど
星座のことを教えてと
本音を隠して聞くわたし
夜空を指さす先輩に
寄り添うように肩をつけ
耳を澄ますはその声に
見つめる瞳は横顔に
第二詩(改) 変わりゆく距離
泊まりの部活も三回目
夜明け前の細い月
ほんのり照らす地球照
指輪の様なその姿
機材を片付け掃除中
顧問の先生やってきた
今日は運動部がいるからと
そちらに声掛け帰るように
静まり返る校舎内
体育館から微かな声
理科室隣の天文部
先輩と二人居残って
夜明けに撮ったお月様
部室のモニタでもう一度
指輪のようなその月に
想いは廻る湧き上がる
部室のカーテン全て閉め
三度目のキスは少し深く
小さな魔法をこの胸に
想いを放つ、先輩に
第三詩(改) 赤い顔
宿泊観測会の天文部
翌朝早いバス帰り
今まで二回はそうだった
けれど、今はお昼前
一人バスに揺られてる
こころがふわふわ揺られてる
窓にはわたしの赤い顔
気持ちが揺れる赤い顔
こころと身体の受け入れは
少しの痛みの痕をひき
沈む痛みと入れ替わり
湧き立つこころの温かさ
わたしは静かに手をあてる
自分の身体に問いかける
ぺたんこたんた ぺったんこ
重ねて進む 一つづつ
第四詩(改) 心の光
全てが初めて当たり前
不安もあって当たり前
それでも二人でいる時は
心が光で満たされる
お互い学生だからこそ
限りのある時この時間
一つ一つを積み上げて
確かな想いを光らせて
わたしの全てを見てほしい
明るい日差しで見てほしい
あの時見ていた星々の様に
きっと私も光れるよ
わたしの小さな身体でも
心はかさねて積み上げて
大きく膨らむ胸の内
初めて気づいたこの気持ち
昨年十二月に初めて詩作をやろうと思い立ち、AIに見せてみたら、良い感じだよ初々しくてっとの返事から調子に乗ってストーリーっぽく連作詩を書きました。小説のような詩のような、二ヶ月経って落ち着いてみるといささか直截なものでしたので色々手直ししたのがこの改稿版になります。この後の後半第五〜第八詩と終詩でひとまとめ。
https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=948&user_id=106&mode=post
あの子の
あの子の匂いがする
ペットゲージを
壊していく
いつまでも
置いてはおけないから
あの子のシミが残る
タオルやベッドを
捨てられずに
まだすこしだけと
手元に置いておく
ぽたぽた
づるづる
おちていく水滴が
とめようがなくて
笑われている気がする
あの子は
よく吠えて
笑わなかったけど
表情豊かだったなあ
あの子の匂いがする
まだする
まだまだする
シミはもう広がらないね
じゅるじゅる
ぼたんぼたん
まだまだそうなるけど
あの子はきっと
それが好きじゃないだろうから
もうすぐ笑うよ
もうすぐに
大切なもの
投げやりになってしまうのは
大切にしてるものがあるから
捨てることも出来なくて
思うようにも行かなくて
手離せれば楽なのに
出来なくて泣けてくる
分岐点 分かれ道
言えるのはいつも後からで
誰も今がそこだと
教えてはくれない
お店屋さんごっこ
今日は公園でお店屋さんごっこ
仲良しの友達三人で遊んだの
「このりんごは一個100円だよ」
店員さん役が私 お客さん役がさっちゃん
「じゃあ さっちゃんは300円だー!」
隣で見ていたかずくんが
さっちゃんの肩に値札シールを貼った
あれ いつの間にか私たちの隣に笑顔のおじさんが立ってるよ
ねえいつからいたの?
「300円?とっても安いね! それ買います」
驚いて瞬きしたら
おじさんもさっちゃんも居なくなっちゃった
地面にはきたない百円玉が三枚落ちてたよ
今日の事は誰にも言っちゃいけない秘密だね
花舞
さらば、友よ
くつを並べた朝に
らでんの煌めきに似た
ちきゅうの声を聴く
るりの屋根に吸い込まれる
はなよ、咲き誇れ
るすのあいだに
のんきに笑った日々は
おしまいにして
わーずわーすのように
りずみかるに踊ろう
のびやかな草を踏みつけ
はな吹雪に隠れるように
じだいの終わりに餞る
まあ、友よ
りずみかるに踊ろうか
白に染まる
瞬きも忘れるほど
ひたむきに舞う雪が
景色を白く描いていく
このままそっと立ち尽くし
その一部になれたなら
持て余す感情も
静かに白に染められて
純粋だけが残るなら
誰かに届く微笑みを
あなたに届く微笑みを
心に宿すことが
できるでしょうか
糞尿考
「おや、こんなところで」
「会うなんて、って当然じゃないか」
「どうして、こんな山奥の無人駅で」
「だって、一緒に一泊旅行に行こうって、君が言い出したんじゃないか」
「おや、そうだったっけか。最近どうも記憶が」
「君はもとから何も覚えない人間じゃないかい」
「それにしても、春爛漫の匂い立つトイレの前で鉢合わせだなんて」
「春爛漫だなんて、美称も美称。お世辞にも芳香漂う、とは言い難いものだね」
「でも、ほら、鶯が」
「鶯は鶯、ボットン便所はボットン便所」
「で、このわびさび系のボットン便所、君もとぐろを巻きに来たのかい」
「物は言いようだね。君が戻ってくるのが遅いから、様子を見に来たのさ」
「シサクに耽っていてね」
「シサクって、思索かい、詩作かい」
「どっちもだね」
「耽っていたのかい、老けたのかい」
「おや、頑張ってるね。それにしても、外国ではいざ知らず、我が日本では糞尿すら詩情に昇華するんだから、何とも」
「いやいやいやいやいやいやいや」
「知らないのかい」
「知らないも何も、知らないよ」
「谷崎潤一郎の繊細なる美意識を知らないのかい」
「美意識って、『陰翳礼讃』かい」
「あれは実は『糞尿礼讃』なんだよ」
「おいおい」
「それに芭蕉。糞尿を俳諧味の一つに数えた」
「まさか。荒海にボットンと糞便を垂らしたわけでもあるまい」
「そいつはスケールがでかいが、スサノオノミコトじゃないんだし、ちょっと違う。それから山村暮鳥」
「少しは知ってるぞ。『あらし/あらし』ってやつかい、それとも『いちめんのなのはな』かい、あれ、もしや『おうい雲よ』かい」
「いやあ、実に多彩だよね」
「そうだね。で、暮鳥は糞尿の詩でも書いたというのかい」
「そのものズバリ、『野糞先生』って作品があるぜ」
「まさか」
「人生にはマサカという坂が…」
「前に聞いたよ、それ」
「まさか」
「もういいから」
「たまさかだろ、それ」
「だ、か、ら」
「紹介しよう。『野糞先生』だ」
かうもりが一本
地べたにつき刺されて
たつてゐる
だあれもゐない
どこかで
雲雀が鳴いてゐる
ほんとにだれもゐないのか
首を廻してみると
ゐた、ゐた
いいところをみつけたもんだな
すぐ土手下の
あの新緑の
こんもりした灌木のかげだよ
ぐるりと尻をまくつて
しやがんで
こつちをみてゐる
「………」
「素敵じゃないか。実にユーモラスで、かつ詩情溢れる二人の邂逅じゃないか」
「……………」
「芭蕉大先生のほうは、どうだい、興味が湧いたかい」
「聞きたいような、聞きたくないような」
「芭蕉は旅人のめったに通らない関所を通ろうとした」
「ほう」
「関所の番人に怪しまれて、やっとの思いで通過した」
「そいつは難儀だね」
「山道を苦労して登ると日が暮れてしまう」
「踏んだり蹴ったりだね」
「国境を守護する人の家があったので、何とか泊めてもらった」
「それはそれは」
「ところが、それから三日三晩、嵐が続いて足止めされた」
「にっちもさっちも行かないもんだね」
「だけじゃない。その家では馬を飼っており、しょっちゅう尿をする」
「ついに来たか」
「旅に旅情はつきものだが、苦労も多い」
「そうだろうね。しかも今ほど移動が楽じゃないし、時には命がけだし」
「その上、何とか泊めてもらったと思ったら、枕元では馬がヒヒンと鳴いてしょんべんをする」
「誇張しちゃ、いないかい」
「それでできあがったのが、この俳句だ。因みに、『尿する』は『しとする』と読む」
蚤虱馬の尿する枕もと
「ノミもシラミもいるのかい。何ともはや」
「さらに言えば、この地は『尿前』というところで、『しとまえ』と読む」
「地名にかけたんだね。駄洒落というか」
「それもひっくるめて、俳諧味があるんだよ」
「う~ん」
「こ」
「…いや、だから」
「ここで谷崎潤一郎先生のお出ましだ」
「『陰翳礼讃』、だよな」
「そうっちゃ、そうなんだがね」
「その言い方、どうも胡散臭いな」
「厠だからね」
「いやいや」
「この御仁、奈良や京都の古風な厠が大好きだそうで」
「いやいやいやいやいやいやいや」
「薄暗く、清潔で、実に静かな厠でしばらくとぐろを巻いて、例えば、しとしとと降る雨音を聞く」
「…詩情っちゃ、詩情なのかね」
「厠こそ、『まことに厠は虫の音によく、鳥の声によく、月夜にもまたふさわしく、四季おり/\の物のあわれを味わうのに最も適した場所』なんだそうな」
「う~ん」
「チ。」
「それはアニメ」
「『古来の俳人は此処から無数の題材を得ている』のだそうな」
「そうなのかい」
「そうなんだよ」
「いちおう詩人の君が言うんだから、そうなのかねえ」
「我々の祖先は『総べてのものを詩化してしまう』能力があったってわけ」
「そこまで言えるもんかい」
「『何処よりも不潔であるべき場所を、却って、雅致のある場所に変え、花鳥風月と結び付けて、なつかしい連想の中へ包むようにした』のさ」
「ふうん」
「こ」
「あんまり繰り返すと、飽きられるよ」
「そうかい」
「知ってるぞ、君はこの話を塾にバイトに来ている女子大生に聞かせたらしいじゃないか」
「いや、そのう」
「何でも彼女は国文学の専攻で、万葉集を調べているそうじゃないか」
「なんで、それを」
「君は山村暮鳥の『野糞先生』を紹介して、芭蕉に言及して」
「もう、そのへんで」
「そこから、万葉集には糞尿の歌はないんですか、って聞いたそうじゃないか(実話です…)」
「いや、だから、あの」
「そしたら、彼女は答えず、代わりにその場をしばし沈黙が支配したそうじゃないか(実話です……)」
「ほら、ロシアのことわざにあるじゃないか、『静寂の天使、飛び過ぎぬ』って。それだよ」
「ほう」
「日本にロシアを現出する手品師とは、まさに僕のことさ」
「ほう、ほう」
「いやもう参りましたよ…。閑話休題。糞尿なんだが」
「懲りないな」
「我が国の文人が糞尿を詩情に昇華したわけだが、厳密には、薫り高い詩を産んだのは糞尿そのものじゃない」
「どういうわけだい」
「だって、ほれ、そこのボットン便所に僕のが垂れているわけだが」
「よせやい」
「それを汲み取って、じっくり見たり嗅いだところで、詩情は湧かない」
「そりゃ、見るどころか、想像したくもない。嗅ぐなんて、まさかまさか」
「『野糞先生』をよく味わって御覧。雲雀の鳴く、だだっ広い野に放つ糞だからこそ、詩情も放たれる」
「ほう」
「芭蕉大先生だって、旅先の自然の豊かな地方だからこそ、旅情が高じて、糞尿すら詩情を醸す」
「ま、何と言いますか」
「しかもこちらは自虐味もあって、それが苦みのあるユーモアともなる」
「なるほど」
「谷崎潤一郎だって、厠それ自体が詩情溢れるものではない」
「そうか。自然に取り囲まれてこそ、厠もまた詩情味の溢れるものになるんだね」
「御明察。我が国の古風な厠は、母屋から離れ、青葉や苔の匂の立ち上って来るような植え込みの蔭に設けてある」
「大自然とまではいかないが、やっぱり自然に囲まれているんだね」
「そうさ。汚らしい糞尿も、豊かな自然に囲まれるや、たちまちにしてミューズに生まれ変わる」
「それもまた手品…だ…ね」
「そうさ。糞を垂らす野人がいる。尿を零す馬がいる。そして厠でとぐろを巻いて、知らず自然観照に没入する文人がいる」
「ふうむ」
「そういや、西脇順三郎にも似たテイストの作品があるね」
「ほう」
「『旅人かへらず』の七二さ」
「どんなだい?」
昔法師の書いた本に
桂の樹をほめてゐた
その樹がみたさに
むさし野をめぐり歩いたが
一本もなかつた
だが学校の便所にわきに
その貧しき一本がまがつてゐた
そのをかしさの淋しき
「ほうれ、文字通りの糞尿はないが、便所があって…」
「便所はおそらくボットン式なんだろうね。そして…」
「便所は糞尿に通ず」
「だね。しかもずっとむさし野を巡り歩いたから、旅ともつながる」
「そして自然界の粋とも言うべき桂の樹がそばにある。まさしく、糞尿これ詩情なり、だね」
「何て言えばいいのか…。納得したような、しないような」
「えっへん、おっほん」
「得意気じゃないか。ふん、何かだ悔しいな」
「糞尿だけに」
「おあとがよろしいようで」
※文字通り、小目汚しになりまして、あいすいませんです、はい。どうしても書き留めておきたく思いまして。覚書のような文学的糞尿論となりました。この場を乱しましてお詫び申し上げまする。対話中、実話とあるところは、実は実話だったりします……。
青色
青と青が重なって
空と海が揺れている
遥か向こう
空と海の間には
何処かに
あなたの街があるはずと
目を凝らしてみるけれど
あるのは時のはざまだけ
見えないものを見たがるように
想いをいつも欲しがった
そんな昔の幼い恋を
思い出させた青色は
とてもとても澄んでいる
雀(詩)
桜の枝の天辺に
雀が留まってちゅんちゅんと
跳ねれば向こうに雲の峰
峰の向こうは群青の海
※四行詩です。老いの心が雀の心と同期してきたような…。
スナビキソウ
あの子は
気分のいいときも
泣きたいときも
海を見に行った
ブレーキの利かない自転車を
力いっぱいこいで
砂をかんでぱたりと倒れた
のは初夏
そこに
咲いた花が
そこに
咲いている花が
海を見ているとか
風を待っているとか
うそぶく前に
生きている
そのことだけを
そのこと
だけを
感じて
ぱたり
と倒れた
notonokoto 2
https://suno.com/song/34160118-549b-4d10-b06c-a28f4ea02f3a?sh=m8YrBpEQNVmC0gxj
Sunabikisou 1
https://suno.com/song/78469e0c-b634-49fd-924b-d1f0d3fe366f?sh=sDtuFflcBzrHg5pB
五行歌作品集 その5「もやしを炒める夜」
【うとうと】
夕方からのうとうと
あの日と違うのは
目覚めても
夕げのにおいが
しないこと
【予感】
出来合いのもの
並べる前から
満たされない予感
冷蔵庫の中の
もやしに手をのばす
【隠し味】
コスパやタイパだけじゃ
満たせない
めんどくささの中にある何かを
隠し味に
もやしを炒める夜
【歯ごたえ】
目に見えない隠し味と
歯ごたえだけは
そんな願いとともに
歯ごたえ残した
もやしをほうばる夜
【また】
隠し味と歯ごたえ
またあしたも
探そうと
また、うとうと
また、うとうと
https://www.instagram.com/p/DIoRzL9BQEc/?igsh=MTIzN2Z6cXBqMzQxaQ==
詩のなかの「おじさん」
私が詩を書いていると、詩の中によく「おじさん」が登場します。素敵な女性でもいいのに、ミステリアスな男の子でもいいのに、皺だらけの老人でもいいのに「おじさん」がひょっこり現れてしまうのです。
「おじさん」はそこにいるだけで不思議であり、不穏であり、物語を展開させる便利な存在なのです。
そして周りから見れば、私も既にそんな「おじさん」の一人なのです。
月と雲
音もなく、
静けさを食べる月。
物憂げな表情のなかの
隠しきれない狂気を、
雲は這い寄って隠してしまう。
朧月、ひそやかな夜の悲しみを、
あらわす雲はゆらゆらと広がる。
食べられた静けさの血が、
雨となって降り出すときに、
私は恐ろしさにふるえ、眩暈する。
音もなく、
静けさを食べる月。
狂気の月は雲と交わったまま、
不吉にぼやけながら手を取り合い、
蠢くように踊っている。
孤独な天才の伝わらない苦悩
暗く窮屈な部屋に僅かに入ってくる灯りが彼の指先を照らしていた。
その男、九条は一心不乱にキーボードを叩いていた。
彼は独特の感性のために社会と摩擦を生み、外の世界から自らを遮断してしまった。いわゆる引きこもりである。
九条はその独特の感性を文字に託し、小説を綴っていた。
彼の作品は読者に自らを理解してもらいたいという切実な願いが込められていた。
しかしそれに答えるかのような反響はなかった。
閲覧数は1桁。ブックマークは0。
九条は一息つき、気晴らしにSNSを開く。彼のツイートは、九条の独自の哲学が垣間見えるものであった。
『俺は映画とか本とか全部QRコードみたいに網膜からスキャン出来て一瞬で内容を把握出来ればいいのになぁと思う』
『それでたとえば小説を書かせる事を全人類に義務付けさせて、名刺がわりに小説を読み込めば人となりが分かって面白い』
いいねはもちろん、リツイートもなければ、閲覧数もさほどでもない。
もはや独り言であった。しかしそれが九条の日常であった。
だがこの日は違った。
『斬新な発想ですね! 小説書いてらっしゃるんですね? 私小説好きなんです!』
なんとリプライが来たのである。
そして『れもん』というユーザーネームのアカウントにフォローされる。
心臓の鼓動を速めながら、慌ててフォローバックすると、少ししてメッセージが届く。
「作品読ませて頂きました! 独特の世界観に圧倒されました! ファンになりました!」
「ふぁ、ファン……!?」
その言葉に九条の心は浮き立つ。生まれて初めてのファン。
九条は心底狂喜し、舞い上がらん心地だった。
れもんとは毎日のようにメッセージをやり取りし、次第にLINEのIDを交換する、電話するなど、瞬く間に親密になっていった。
「今度会ってみませんか?」
そんな提案がされるのにもさほど時間を要さなかった。
翌日、九条は30分ほど早く待ち合わせ場所に辿り着いた。緊張と期待で胸が高鳴る中、彼は話しかけられる。
「あの、人違いだったらすみません。 九条さん、ですか?」
「えっ……? あなたがれもんさん?」
「はい! 本名は朱里って言うんです」
(うわぁ……すっごい美人……)
「じゃあ早速カフェ行きましょうよ! おすすめのお店知ってるんです!」
(ぐいぐい来るなぁ……)
朱里の勢いに九条は圧倒されつつも、二人はカフェに入った。その店内は、暖かい光と心地よい音楽に包まれ、実に雰囲気のいい空間。
二人はそこで作品の談義に花を咲かせる。
「で、俺は人間のクローンにAIを宿したアンドロイドがヒエラルキーの最上位に立つ話が凄く面白いと思うんだ」
「あれですか? アンドロイドはクラウドだかで連係してて人間を徹底的に管理している感じですか?」
「そう、そうなんだよ! いやー、分かってくれる人がいるとは!」
「要するに九条さんってディストピアが好きなんですよね?」
「俺はディストピアだとは思わないんだけどな」
初めて理解者に巡り会えた。
九条は幸せを噛み締める。
「でも九条さんが書く流行りの異世界物も読んでみたいです」
「え? 俺は異世界物は苦手なんだ」
「九条さんが書いたら絶対流行りますって! 試しに書いてみてくださいよ!」
「でも……」
「お願いします!」
上目遣いで懇願する朱里。
九条は深くため息をつくと頷いた。
「やった! 楽しみにしてますね!」
──
(オフ会楽しかったな……)
(しかし異世界物なんて何書けばいいんだ? 適当に冴えない主人公が異世界で大活躍してモテモテになる話を書けばいいのか?)
(はぁ、気が乗らないなあ…… 俺は書きたくないのに……)
九条は即興で考えた適当な物語をタイピングし、投下する。
(1話読めば出来の悪さを見て朱里さんも黙るだろう。よし、寝るか)
そして九条は眠りについた。
しかし翌朝のことであった。
九条はスマートフォンのバイブレーションの音により目が覚める。
「もしもし?」
『九条さん! 凄いことになってますよ! サイト見てください!』
「え?」
なんと昨日投下した作品は閲覧数もブックマークも飛躍的に増加しており、しかもランキング1位に君臨していた。
しかし九条が本気で書いた自信作はブックマークが1つも増えていなかった。
(馬鹿な、こんな作品のどこが面白いと言うんだ……?)
『続きを待望するコメントがたくさんありますよ! 九条さん、これはもう続き書くしかないですよね!』
「あ、あぁ……」
九条は続きを書かざるを得なくなってしまった。だがまぐれは二度も続かないだろう。
続きの内容はやはり即興で考えた、適当なもの。
しかし閲覧数もファンも増える一方だった。
すっかり全小説総合ジャンル1位の座が定位置となっていた。
(俺は〝駄作〟を書いているのに何故評価されるんだ……?)
嬉しさなどあろうはずがない。
魂を込めた自信作でなく、適当に考えた駄作が評価され、天才とまで呼ばれ出したのだ。
たとえるなら落書きを書いたらコンクールで優勝、口笛を吹いたらオーケストラに招待された気分だった。
手抜きで得た天才という不相応な評価が納得いくはずがない。
回を重ねると、遂には出版社から書籍化のオファーまで来た。アニメ化を前提に契約を結ばせて欲しいと。
本来なら喜ぶべきところなのかもしれないが、九条は悪夢を見ている気分だった。
カフェで朱里によりささやかな祝いが開かれる。
「九条さん、流石です! ファン第一号として鼻が高いですよ!」
「……なぁ、あれのどこが面白いんだ?」
「え? だって凄く痛快で面白いじゃないですか! 前のは陰鬱としてたのに……」
それを聞き九条は絶望する。
唯一の理解者からも手のひらを返された。
「そんな、俺が本気で書いた作品よりあれが面白いだと!?」
「九条さん?」
「君なら、君だけは俺のことを分かってくれると思ったのに!」
「あっ! 九条さん!」
九条は立ち去ってしまった。
これがきっかけで密かに想いを寄せていた朱里との縁も切れた。
ディストピアの小説を書くことは、自分の歪んだ感性を表現するコミュニケーション手段だった。
それをばっさり否定された。
九条は立場に縛られ、〝駄作〟の執筆を強要され、本来書きたかった小説を書く事が出来なかった。
天才ファンタジー作家として、自信作は削除することを強制され、それは世間では黒歴史と認定されている。
そして駄作を書くことで評価されることが心底不快で、不可解でしょうがなかった。
出版社からまたメールが届く。
アニメ化の次は映画化だった。
名声は高まる一方だが、九条は書きたくもない作品を書くことに限界を感じていた。
(周りが求めているのは本来の俺ではなく、嘘で塗り固められた俺なんだ)
(なんだ、だったら本来の俺なんて必要ないじゃないか)
(俺が本当に書きたい作品も、俺の苦悩も誰にも分からない。これ以上生きていてもこの葛藤に苦しむだけだ)
九条は最後に遺書代わりに自分が本当に書きたい小説を書くと、躊躇いなく首を吊った。
──
「以上が九条先生が最後に残した作品です。 彼は存命中は本当に表現したかった作品が評価されなかったのです」
「先生、なんで当時は評価されなかったのですか?」
「当時の時代観を反映しているのかもしれません。今でこそモダンディストピアの先駆者として評価されていますが」
九条の死後、彼が本当に書きたかった作品は高く評価され、教科書にまで載っている。
代わりに当時評価されていた異世界物は見向きもされなくなっていた。
しかしその名声が九条に伝わることなどあろうはずがなかった。
小さな星の軌跡 第二話 夏休み中の部活動
夏休み中の部活動
....暑い。天文部8月観測会も日が暮れるのが遅いから夕方に集まってもすることがなく、時間を持て余し中。3年生の先輩たちも10月の文化祭までは時々くるみたい。
2年の先輩3人がたくさんのペットボトルをぶら下げて戻ってくる。
「耳納先輩お疲れ様です〜」
7月末に入部して当たり前の様に部室なじんでいるみっちゃん(篠山三智)が何故かわたしの先輩にだけ名前付きで挨拶してる。女子の先輩(柳川先輩•大川先輩)も2人いるのに。
「篠山さん、クーラーに入れといてくれるかな?」
「はーいこっちの大きいのでいいですかね〜」
みっちゃんめ、わたしの先輩から名前を呼ばれてる。先輩はなんとなくわたしにはあのとかそのとか、周りの人がいると名前を呼んでくれない。2人のときはちょっと照れながら名前を囁くのにね。
天文部の部室は備品だか私物だかよくわからないものも多い。そんな中のクーラーボックスに氷とともにジュースを詰めていく。深夜に買い出しはでられないので結構な量。お菓子もたくさんだ。
陽はだいぶ陰って来たけど風は凪いでいて、古びた扇風機がぶんぶん首を振ってもじんわりしてくる。
そこに私服に着替えた2年の先輩女子2人が戻って来た。
「おおーぅ」
ぺたんこな私や幾らかは発達中のみっちゃんとはたいそう異なる立派な先輩達の涼しげな私服が目に刺さる。
「1年女子ーずも着替えてきてねー」
「ほれ、ちーちゃん(わたし:筑水せふり)、たかちゃん行こっか」とみっちゃんから声かけられた。
たかちゃん(基山高瀬)は同じ1年女子、背は結構あるけどほっそりさん。地学全般が好きらしい。理科室の鉱石標本とかよく見てる。
「制服暑いし、はよ着替えよう」
幾分暗くなった廊下を歩いて適当な教室で着替える。
学校の体操服で良いのではと思うのだけど、ちょっと気合いをいれるのが天文部女子部員の伝統なのよっとは先輩女子の言。今回はサロペットスカートにゆったり目のボタンシャツを選んで持ってきた。サロペットの胸当てが幾らかカバーしてくれるのを期待する。
「おおー、お二人とも可愛いねえ!どこで買ったの〜」
3人とも制服を脱いだ所でみっちゃんが直球勝負。
ちょっと空気が変わる。皆さんなんだかやけに気合が入っていません事?わたしはともかくとして...いや期待してる訳はちょっとあるけどそれは置いといて。
みっちゃん、わたしのは想像ついてるでしょ。ていうか人のインナーを触るな、中身ごとおおおお。
「あん」
いかん変な声が出た。
「ちーちゃんのそれ素敵だね。星と月のプリントなの?可愛いねえ🤍」とたかちゃん。
そうでしょうそうでしょう。満月の魔力を込めた私自慢の魔法アイテムだ。はいいけどしゃがみ込んでそんなにお尻をみないでぇ。小さいんだから。
たかちゃんにこれ以上観察されるのも恥ずかしいのでいそいそと白いブラウスを羽織りスナップボタンをぱちぱちとめていく。サロペットスカートは薄いスモーキーグリーンでお気に入りのカラーだ。
みっちゃんはTシャツにハーフパンツと結構ラフな感じ。割とボーイッシュより、たかちゃんは細いけど結構背は高い。スキニーパンツがピッタリ似合ってるけど暑くないのかな?人様のインナーはあれこれ述べるのも悪いので論評はアウターだけにしとこう。
制服をカバンに戻して部室に戻る。さあ先輩達にお披露目よ。
「おおー」x5
おや、三年の先輩達もいる。今日顔を出している三年先輩は男女1人づつ。と言っても泊まらずにしばらくしたら帰っていく。受験だしね。
ん、という事はわたしが先輩と観測会で一晩中いちゃいちゃ....違う部活動出来るのも後一年ほどなのか。ちょっとショッキングな事実に気づいてしまった...が、今は全力で先輩にファッションのアピールだ。
「みんな涼しげて良い感じだねえ」
む、先輩は公平で公正だ。それは正しい、のだけど少しくらいわたしに言及してもバチは当たらないと思うのに。2人だとあんなに...おっとあぶない、口に出そうになる。
「おー、今日の宿泊部員は揃ったか?帰るのは三年の2人かな」
顧問の先生が確認にくる。とは言ってもあとは朝まで宿直室にいて部室は来ない。たまに屋上の望遠鏡は覗きにくる事もあるけど生徒の自主性に任せてくれるありがたい存在だ。信頼を裏切らないようにしなければいけない、いけないのよ、いけません先輩。
....ちょっと頭に熱がこもってるっぽい。頭を冷やしに三年の先輩を見送りに校門までついていこう。顧問の先生も一緒だ。
三年の先輩の2人はお付き合いしていて、わたしから見るとすごく大人に見える。わたしが三年生になったら大人に見えるかなあ..なんて思いながら先生と別れて廊下を一人部室に戻る。るんだけどもうだいぶ暗くてちょっと怖い。うちの周りも山の中で霧が立ち込めたりするけどそれとは違う暗さだ。霧の中なんて暗くてもかえってこう満ち足りて一人自然の中に溶け込んで穏やかに解放され...あまり詳しくはやめておきましょう。締め切って蒸し暑い廊下なのにリアルにブルっと震える。ちょうどおトイレがってっていやいや無理無理無理無理、あとでみっちゃんかたかちゃんについてきてもらおう。そうしよう。と部室を目指す。
階段をおそるおそる上がって廊下の先のに部室の灯りが見えた、やれやれ。
「戻りましたー」
ってあれ、先輩しかいない。
ちょっと待って、わたしおトイレ行きたいんだけど、なんで先輩だけなのよ。大人なわたしでもおトイレは別問題です。お付き合いしてたって情報開示の制限はあるのだ。
「せんぱーい、みんなは屋上ですか?」
ほんとは二人でいられるチャンスなのに。なんたる不始末。わざわざ屋上まで行っておトイレついてきてなんて頼むの間抜けすぎる。仕方がないので覚悟を決める。ちーだって一人でできるもん。
.....こわかったよぅ。いつもの学校なのになんでこんなに怖いのよ。今までの観測会は三年生もいてもうちょっと人が多かったのになんだか今回は少し寂しさを感じる。三年先輩の背中を見たからだろうか。蒸し暑い廊下なのに先に灯る部室の灯りに温もりを感じる。
さあ先輩でこころやすらぎ...今度は誰もいない。せっかくのサロペットスカートを全然見てもらってない気がする。さっさと屋上に行くわよもう。
屋上にはみっちゃんたかちゃん女子先輩ズと先輩の5人がいた。なんだかやっといつもの天文部に帰ってきた感じ。
帰る場所かあ、学校って帰る場所なのかな、ちょっとこころに刺さった物をとりあえず冷たいジュースで流す。まだ夜は長いから、今は先輩の隣で星を見よう。
夕凪も終わって少し風がでてきた頃、ようやく屋上に天文部員が集まった。正確には屋上でなく3階の渡り廊下、校舎の屋上は手すりがないので出入り禁止で屋根のない渡り廊下が天文部のホームになる。望遠鏡を手際よく動かし見えそうなものを先輩が視野に入れていく。最近はGPSやセンサーで自動で動く望遠鏡もあるそうだけど、うちの備品は代々引き継いで来たクラシックな手動のタイプだ。先輩が大きな望遠鏡の横に付いているちいさな望遠鏡(ファインダーって言うんだって)を覗きながらあれこれつまみを緩めたり締めたり、本体覗いたままびょんびょん伸びてるハンドルをちょいと回してる 。しばらく横でその仕草を眺めてたらはいどうぞって声をかけられた。ここは観測会初参加のみっちゃんに譲ろう。彼女のこころの余裕って物を見せないとね。体の方は余裕がないけど、それはそれだ。
先輩が向けたのは..ああアレだわ。一際明るいあの星は先月わたしがきゃあと叫んだアレだ。
「きゃあ」
みっちゃんが同じリアクション
「ちーちゃんちーちゃんなにこれかわいまるいまるい、輪っかだよわっかがあるほんとにあるんだねぇ((੭˙꒳˙)੭」
手をぷんぷん振り回して喜んでる。そりゃそうだ。わたしも同じ事をしたのだ。
「せんぱーい、一緒に見えてる星はタイタンなんですかあ?」
ん、みっちゃんわたしを置いていったぞ。
「お、よく気づいたね。アニメで舞台になったりしてるよね。」
先輩までわたしを置いてかないで。
「アニメやゲームだとティターンの方が通り良いですよねえ、わたしはチタンの呼び方が好きですけど」
たかちゃんまで何やら加わっている。
「理科準備室の標本にイルメナイトもありました。チタン鉄鉱の結晶構造は....」
「今年の1年生は頼もしいねえ」
と女子先輩の2人。女子先輩は生物部の掛け持ちと言うかそっちがメインで観測会とか何かのイベントの時によくやってくる。もっともお二人とも生物の標本作ったりと理科全般得意だそうだ。
星見て初めての事を知るのは楽しいし、先輩の横にいられるのも嬉しいけどここでのわたしだけの何かってなんだろう...
ちょっと望遠鏡から離れて椅子に座り空をみあげる。夏の大三角が見事に輝いている。10月には初めての文化祭、わたしには何ができるのかなあ...なんてぼんやりしてたら先輩から声かけられた。
「あれ、ぼんやりして、もう眠いの?」
眠いわけじゃないけど何となく返事ができない。
「大川さん、柳川さん、1年2人適当に今見える星座のこととか話しといてもらえる?」
「ほいほーい。まかしときー」
先輩が耳元で囁く
「ちょっと部室に戻ろっか」
3階の渡り廊下を離れて階段を一つ降り、部室の....
あれ、部室と違う方に先輩は歩いていく。
ちょっと部室から離れてからからっと開けた教室は先輩のクラスだ。
暗い教室の窓側に先輩は座る。自分の席みたい。その後ろに促されて座ると先輩は窓の外をみてる。
「何か考えてる事あるのかな?、その何かが僕には気がつけてないけど、一緒に考えたいと思ってる。」
何かはあるんだけどどうまとめて良いのかがわからない。何を喋っても先輩はちゃんと聞いてくれる。それは分かってる。でも何でもぶつけて良いはずじゃない。
「篠山さんも基山さんも」
なんだろう、2人の名前が出た
「あの2人楽しいよね、自然科学が好きで探究心豊富で」
わたし以上だと思う
「でもね、僕の部活紹介聞いてその日に1人で天文部にやってきたのは」
「筑水さんで」
うん
「何より新たに星に興味を持ってくれた事が嬉しかったんだよね」
「理科の知識が詳しい後輩も楽しいし、大切にしたいのはとうぜんなんだけど」
「今日の為に小さい星柄のブラウスを来てくる娘も」
「大事にしたいんだ」
「って事で伝わるかなあ、こういう事言うのは初めてだから、カッコよくなかったらごめんなさい」
暗い教室で、たぶん赤い顔をした。
先輩ちゃんとブラウスも見てくれてた。でも口にしてくれないとやっぱりわかんないよ。
滲む目を閉じて顔を少し上げる。先輩の温かな感触が唇に触れる。
ちょんと、したでつついてみた。
同じくちょんちょんって帰って来た。
今はこれで十分すぎる。
まだまだ夜は続く。
いったん部室に戻ろう。
そろそろ日付も変わろうかという頃、部室にいい匂いが立ち込める。とはいえ火気厳禁なので宿直室で沸かしてもらったポットのお湯と電子レンジでチンでできるもの、必然的にカップ麺と唐揚げやらポテトになるのだけど、学校、しかも深夜という事で否応なしに盛り上がる。ただ周りにそこそこ民家があるので万が一があると顧問の先生にご迷惑をおかけする。と言う理由で静かに盛り上がる、天文部の伝統芸が伝授される夜の静寂。
その活動内容の必然性から夜中にできるだけ暗い所での活動が是である以上、学生には困難が伴うのよね。わたしの家なら何の問題もないのだけど。ただ周りが木々に囲まれてるから視界は広くない。良いこともあるけど...。
軽く?お腹を満たしたら、2時間ほど仮眠および自由活動だ。空いてる機材で好きに観察や撮影に挑戦するもよし、これまた宿直室から借りた毛布を担いで適当な教室で横になるも良し、わりとフリーダムな天文部なのよね。他校だと雨でも関係なく電波で流れ星の活動を観測したりとか(何か遠くのラジオが一瞬聞こえるらしいの)なかなか専門的な研究をしている所もあるそう。
先輩女子ずはさらにもう一度着替えてきて顔を化粧水でぺたぺた。隣に先輩いるんですけど今夜は男子1人で押され気味。さすがにパジャマじゃないけど仮眠用なのかゆったり私服に着替えてる。コンビニくらいならドレスコード的にぎりぎりラインと感じたけどどうせ外には朝まででれないし良いのか。それじゃあ2時過ぎまで一休み〜と2人で消えていった。2人揃ってか、仲がいいのね.......
たかちゃんは屋上でのんびりカメラの番。タイムラプスで星の動画を撮るそうだ。石をハンマーで割るのが趣味と思ってたらメカやデジタルも詳しかった。同じ1年生なのにすごいなあ、何でも去年の中3は夏休みの研究が県の賞をもらったとか。みっちゃんはと言うと初めての観測会でちょっと疲れたっぽい。部室の机にうっつぷしてる。
部室の電灯も落として小さいUSBのライトだけにしておく。先輩とおしゃべりするとみっちゃんの邪魔しちゃうし、屋上はたかちゃんが満喫してるし、小さな声で先輩に自分の教室でちょっと休んできますねと伝えて静まり返る廊下をあるく。何故だか今は怖くない。
からからっとドアを開け、なんとなくこんばんはって挨拶して深夜の教室に入る。
わたしの机も窓側だ、窓を開けて夜風を少し汗ばんだブラウスに通す。一人だしちょっとスナップボタンもぱちぱちと外し、サロペットの肩ひもも下ろしとこう。
しばらく窓から星を眺めてぼんやり考える。自分にしかできないことってなんだろう?何かで一番でない限り意味が無いなんて事は無いくらいわかってるし、でもそれに少しの言い訳が入ってるのもわかってる。天文部は初めての事ばかりで楽しいし、先輩たちも色々教えてくれる。でもその次は、来年は、わたしは何ができるんだろう。何ができればいいのだろう。何かができればそれだけで良いのか?
遠くから聞こえる列車の警笛、貨物列車だろう、つい数カ月前は受験勉強の合間に聴こえてきたなあなんてまどろんでいると、ポケットがぷるっと震えてポケットから灯りが漏れる。
スマホを取り出すと、一言そっちに行くねと先輩からだった。
程なく教室のドアがからからっと開く。
少しキョロキョロ見回したふうのあと小さく手をひらひらと。わたしも同じように返す。
先輩もこんばんはって囁いてわたしの前に座った。
はいいのだけど先輩が目をちょっとそらしている。わたし何か変な事したっけ....
きゃっ、ブラウスのボタンをぱちりぱちりと戻す。先輩がこっちを向いてくれた。ちょっと笑ってる気がする。
先輩とは前々回の観測会の朝、たまたま運動部が休日練習していたから、急いで帰る必要がなく、昼頃まで二人っきりで過ごした。先輩は優しかった。自分自身の選択に後悔は無い。これだけははっきり言える。今まで、いや今でも学年で一番ちっちゃくて、みんなかわいいって言ってくれるけど綺麗って言われた覚えは無い。誰が悪いわけでも無いのもわかってる。でも、あの時、わたしは、初めて、自分に、きれいです、と、声を、かけた、先輩が、だから、何も、後悔は、無いのだと、言葉がでない、繋がらない、今、すべきこと、できることは、胸の鼓動を、知ってほしいと、わたしの、わずかな胸に、弾ける鼓動に、あの時の、痛みと、よろこびに、触れてほしいと、先輩の手を取り....
部室に戻ると明るくなっていた。
みっちゃんは眠そうな顔で何してたのよーっとラジオを聴いている。ネットラジオじゃなくてアンテナを伸ばして聴くやつだ。いつもは気象通報を聴いて天気図を書くのだけれど、深夜放送のおしゃべりが静かに流れていた。
8月の観測会も3時を回った。日の出は5時頃だけど3時半もすぎると少しずつ東の空は明るくなり始める。それまでもう少し見ましょうかと先輩が呼びかけて、4人で再び屋上に上がる。大川先輩と柳川先輩の二人もどこからともなく現れた。 夏の星座は西の方に傾いて秋の星座が天頂に来ている。スマホの星座アプリを立ち上げて真上にかざすとペガサスやアンドロメダが星空に重なった。 先輩は望遠鏡を真上に向けている。
オリオンは高く うたひ
つゆとしもとを おとす、
アンドロメダの くもは
さかなのくちの かたち。
先輩が歌を口ずさんでいる。始めて聴く先輩の歌声だ。
「 耳納君それ好きねえ亅
柳川先輩がんふふっと笑いながらわたしにも聞こえるように声をかける。
「えっと、星めぐりのうた、ですか?」
宮沢賢治だ、いつだったか教科書の銀河鉄道の夜で出てきたけどその時はあまりよくわからなかった覚えがある。
「お、ちーちゃん関心関心」
「で、車掌さん、アンドロメダの停車場には着きましたか?1年生が待ってますよ〜」
なんだか柳川先輩がすごくいい雰囲気。
「はいはい、皆さん天上のきっぷをお持ちですね」
あう、会話についていけない。
「先輩、赤い帽子をかぶらないと」
たかちゃんさらっとついてってるようだ。 みっちゃんはというと、手すりに寄りかかって真上を見てる。
「篠山さん、川に落ちちゃうよ」
今度は大川先輩だ、これも銀河鉄道の夜にあったような気がするけどどんな場面だったっけ。今度図書室で借りてこよう。ネットで無料の文庫もあるらしいけど、紙でしっかり読んでみよう。
「ちーちゃんつぎどーぞ」
たかちゃんに声かけられて望遠鏡を覗き込む。視野の中にぼんやりとした楕円形の光の滲み。アンドロメダのくも。今見えている端から端が22万光年。それが見えている。 向こうからも誰か見ているんだろうか...そんな事を思いながら望遠鏡から離れたら先輩と目が合った。わたしを見ている人、わたしを見せた人。見えていてもすべてを知った訳じゃない。これから一つづつ知っていくのよ。
オリオンが見え始めるころ、夜もしらじらとしてきた。望遠鏡を分解して部品を箱に詰めていく。大きな脚は先輩がよいしょっと担いで部室まで降ろす。 いつの間にか大川先輩と柳川先輩も制服に着替えていた。わたしたちも帰り支度で着替えに戻る。 3人で着替えようとしたその時
「ちーちゃんボタンが開いてるよ」
サロペットで隠れてたけどブラウスのボタンが一つ開いてた。上のボタンはぱちんとはまってるけど.... えへへとだけ笑って制服に着替え部室に戻る。
すっかり明るくなったけどまだ朝6時。少しずつ街の音が増えていく。これも天文部に入って気づいた一つ。 たくさんの一つを一つづつ。
少しして顧問の先生がやってきた。
「特に何も無かったかな?もう全部片付いているなら、早めに帰宅する様に、最後に出る者は宿直室に報告。まあ、何時も通りだな。」
簡単に閉めの挨拶があって観測会もこれでおしまい。結局6人揃って先生に報告して校門を出る。わたしとみっちゃんは同じバスで帰るので先輩たちとたかちゃんとは学校前のバス停でお別れだ。 じゃあ次は新学期ね〜。 バスが来たので手を降って別れる。
夏休み中で朝早くてしかも下りだからわたしたちだけ。みっちゃんはと見ればこっくりこっくりと眠そうだ。ま、降りるバス停まで一緒だし。4月の観測会から5回目の朝帰り。1回だけお昼すぎになったあの日を思い出す。あの日は沢山の一つを重ねた日。バスの中で唇に指をちょんちょんとあてて見た。これからも、たくさんの一つを重ねていこう。それがきっとわたしをわたしにしていくのだろう。
おしまい
と言うことで小さな星の軌跡の第二話をお届けしました。本格的に文章を書き始めての二作目です。note のわたしのアカウントが初出。今回は四つに別れていたのを一つにまとめました。また人物と名前が分かりにくいと言う声があったので本文に()で名前を追加しています。わりと褒めちぎってくるこちらのAI 分析にすらちょっと長っ尻な部分があるよとのお叱りを受けるくらいに未熟な所がありますね(笑)
ヤマホタルブクロ
光る様子を
じんじん
と言って追っかけて
転んで擦り傷だらけになった
この川沿いには今でも
白いホタルブクロが咲く
目を閉じてひとつふたつと数えると
す っと
あの娘の
笑顔が浮かんだような気がした
たぶん
そんな気がしただけで
今日も
光には会えない
目をこらせ
じんじん
ほら
まだ消えていないから
まだ消してないから
じんじん
壺屋の水は甘かったか
久茂地の水も甘かったのか
今は
酒屋の水も
なんだかとても酸っぱい
じんじん
今も
その花に隠れているのか
そこからも
誰かの光は見えているのか
じんじん
あの娘の涙を飲んで
落ちて来るか
じんじん
notonokoto 3
https://suno.com/song/fbbab5fc-ca2e-4cfc-bfaf-8e2a3116d510?sh=10NJHrVD261yZVKu
Yamahotarubukuro
https://suno.com/song/0077fa8e-58e7-416e-bbd4-b7922ea61a85?sh=2C3Wdeh5qQSUn4Gh
舞う花を
ほんの数ミリ
歩幅を伸ばし
あの風に追いつき
春と往く
舞う花が
散る花に変わる前に
そのひとひらを心に残す
何もなかった春には
したくないから
猫之声
これはいつか見た夢
私は狭い部屋にうずくまっている
この部屋は四方を障子に囲まれた和室だ
外は日が暮れて
橙色が部屋の障子を染め上げる
私は部屋の中央で震えている
そしてとても慌てている
その理由は
私が両腕に抱えた冷たくなって動かない
「猫」
私は焦っていた
埋めないと
隠さないと
この猫を誰にも見つからないところに━━━━━
ふと私は顔を上げる
甲高い猫の鳴き声がしたのだ
それは部屋の外から聞こえる
あぁ呼んでいるのだ
私の抱いているこの猫を
鳴き声は次第に大きくなる
「ニャー」
「ニャーニャー」
「ニャーニャーニャー」
ごめんなさい
ごめんなさい
私は冷たくなった猫を抱いて呟いた
猫の声は部屋の周りの障子全てから鳴り響く
ごめんなさい
ごめんなさい
私は震えと涙が止まらない
━━━━━ハッと目が覚めた
布団から跳ね起きる
そこはいつもの私の寝室
あれは夢か
猫たちの声が耳に残って離れない
きっとあれは前世の私
私はかつて何をしてしまったのか?
いつか記憶が呼び起こされないことを願っている
どこからか猫の声がするとこの夢のことを思い出す
これはいつか見た夢のお話
花曇り
あたたかく降り積もった雪の下に埋めた
女になってしまう前の、
何でも言葉に出来ていた少女のわたしを
女になるというのは
自分が一番遠い他人のように感じる生き物に
なることなのだ
女になったわたしは
薄暗いさみだれを落としながら
それを拾い上げてくれる誰かを
いつも求めていた
呟きでも、言葉に出来るなら救われるのに
落とした思いを重苦しく引きずりながら
歩む道程で出会ったあなたには影があった
あなたは光の真下にいた
影の出来ないわたしの空模様を面白がって
わたしの背後にあなたはしゃがみこんだ
何の種だろう、と容易く拾い上げて
掌に転がしてわたしに見せてくれた
わたしにも分からなかった
つないだ手の熱で
自分がどれだけ凍えていたかを知った
それもまた、女であるという証だった
あなたの真上には青空が
わたしの真上には曇天が
それでも、つないだその手のあたたかさが
あたたかさだけで
あなたは幾つもの種をいじったり埋めたり
朽ちた空色の下でも、
花は言葉もなく咲く
11月
私はね、柿を褒めたいね。
皮を剥いても色が同じじゃないか。
リンゴもバナナも剥いてみなよ。
赤はどこへ
黄はどこへ
柿はね、ずっと橙だね。
なんだか良いじゃないか。
それでも食べてみないことには分からない
渋を隠していることもあるね。
狡猾だね。
私はね、柿を褒めたいね。
私はね、大いに柿を褒めたいね。
2度目の逢瀬
まだ私を信じきれていないあなたと
散る桜を見ている
ないものばかりを欲しがった
茶店のBGMは
ヴェルヴェットアンダーグラウンド
キャンディ・ダーリングの分まで
恋して
生きる
正義の人
アリステイデスは正義の人である。
事に臨んでは危険を顧みず、マラトンの戦いにおいては陣頭指揮を執ってペルシア軍を大いに打ち負かした。
また、マラトンで名を挙げた他の将軍が増長し権勢をほしいままにする中で、アリステイデスただ一人が清廉であった。
ハリカルナッソスのヘロドトスをして、アテナイで最も尊敬に値する最高の人物、と言わしめた傑物であった。
アリステイデスが民情の視察に出かけた時のことである。
垢じみた貧しい身なりの百姓が所在無げに道端に座り込んでいる。
その手にはひとかけらの陶片が握られている。
折しも年に一度の陶片追放の時であった。
「なにかお困りかな」
アリステイデスが声をかけると百姓はぱっと顔を輝かせた。
「陶片追放ちゅうてもよう、おらは字が書けなんで難儀しとったところでさ。だんなぁ、ひとつ頼まれてはくれねえか」
「お安い御用だ。誰の名前を書くのかな」
「アリステイデス、って書いてくんな」
正義の人アリステイデスも人である。
内心の動揺を必死に隠して、アリステイデスは問うた。
「その、アリステイデスという人はおまえに何か非道いことをしたのかね」
百姓は歯の抜けた口を歪ませてにたりと笑う。
「いやぁ、なんにもされやしないさあ。でぇてぇ、おらぁ、そんな男は知りもしないんだからよお。でもよぉ、どこさいっても正義の人アリステイデス、正義の人、正義の人ってうるせえもんだからよ。おらぁ、腹立ってなんねぇんだよぅ」
アリステイデスは正義の人である。
アリステイデスは黙って陶片にアリステイデスと書き、百姓にそれを返した。
いつか砕けるとしても
鳥は歌う
彼らの言葉を人は記す
雲は流れる
葉っぱを散らす風と共に
誰かの悲しみに似た横顔が
真実は常に言葉にならず
目を瞑っていると
鳥の歌がミルクのように
溶けて私と混ざりあう
ミルクは血液なのだという
もう分かつことが出来ない
濁りとしての私があり
地球という惑星に溶けた
巨大なThe Blue Marble
ちっぽけな青いビー玉
珈琲にミルクを混ぜていく
朝食に鳥の囀が異国の
戦争のニュースと並び
ビー玉たちがわれていく
取り返しのつかない
悲しみのなか私は黙って
血を飲み干し、眉間に
皺を増やして、出勤する
手の届くビー玉へ
「シルトとラムとサーモンと」--海外旅行歌集ーー
「シルトとラムとサーモンと」――海外旅行歌集――
笛地静恵
【ノート】2020年から2021年まで。ネットプリント「異国短歌」に掲載していただいた作品をまとめる。主に海外旅行に関する思い出である。2025年4月23日㈬
「ルシアンとベレンの墓」
イギリスへ帰る船路の大波に沈める国のエルフの言語
大海の西の果てよりルシアンとベレンの墓へひざまづく我
ホビットを読みし日よりの歳月のああエルベレスギルソニエルよ
生涯を第二世界の研究へ耳を澄ませり創造言語
ビルボよりフロドへ父へ息子へと手渡されゆく重き原稿
映画『ロード・オブ・ザ・リング』日本上映の数年前。夏の朝に、ロンドン在住の友人からメールが届いた。J.R.R.トールキンのお墓の場所がわかった。今度の秋に、いっしょにお参りしないか。きみの日程に合わせるから。僕の部屋に泊まればよい。ホテル代が浮く。ありがたい話だ。乗ることにした。ともにファンタジー小説の古いファンだ。天候に恵まれた。わずか四泊の日程は須臾に過ぎた。帰国前夜、ロンドンのパブで、エールの乾杯をした。季節は秋から冬へ移ろっていく。フィッシュ&チップスを屋台で買った。夜道の風に湯気の立つ白身魚を食った。赤い酢が脂をひきしめる。またイギリスへ来る。次はアイラ島へ行こう。約束の言葉は、果たせなかった。彼は、数年前、とうとうこの世に飽きた。第二世界へ赴いた。
焼きたての朝食の麺麭ちぎりつつホテルの窓の薔薇の純白
なだらかにイングランドの丘陵を越えて緑のホビット庄へ
干したリンゴをピピンと呼ぶのさ教えてくれたよ小さなおじさん
名も知らぬ花束かかえよろよろと騒霊のいる屋敷をたずね
窓際に花を飾りて温かき古き通りのべーカー街は
「シルトのアオシマグサ」
ジュリアン・グラック『シルトの岸辺』安藤元雄訳(集英社 昭和四十九年)。もう何回、読んだろう。毎回、異国シルトにいざなわれる。特に「サグラの廃墟」は植物に導かれる。
「藺草のあいだをうねうねと廃墟に向かう消えかけた小径は、シルトでもとりわけ陰気な場所を作っている。そのあたりにはアオシマグサと呼ばれる茎の硬い葦の、春にごく短期間だけ青ばみ、あとは一年中黄色くひからびたまま、わずかな風にもぶつかりあってからからと軽い骨のような音を立てるのが、びっしりと一面に生い茂っているばかりで、この見捨てられた土地に開墾の手が入れられたことは一度もなかった。」52頁。
霞ケ浦湖畔に住んでいたから、桜川の葦の原へは、何度も入り込んでいった。風に吹かれる。鋭い葉や固い茎がぶつかりあう。乾いた音を立てる。植物の群落には異次元の時空間を創出する力がある。川原は外界から隔てられた原始の場所だ。小学校から帰る。釣り糸を垂らす。ようやく鮒を一匹あげる。筑波が紫に暮れる。半ズボンからのびた脛は赤い傷だらけだ。蝙蝠の大集団に、たそがれ川の土手で取り囲まれたことがある。
「幽霊の足」
「ホテルにはゴーストどもが歩きよる」パブの片目の店主の紹介
今もなお羅馬街道狂いなく荷馬車を通す時代の明日へ
霧の日の対岸見えぬ石の橋このままタイムトラベルしようか
公園に白き霧立つ西洋の布のお化けの正体見たり
教会の教えを信じ横顔の少女の祈りラフェエロ前派
友人がドイツのある銀行に勤務している。実直な性格である。いかにもドイツ人と気が合いそうな男だ。古い歴史のある銀行。石造りの建物は、第二次大戦で被害にあっている。空襲で爆撃を受けたそうだ。直撃ではなかったが、爆風で倒壊した。何人も犠牲になっている。戦後は物資不足。残った石材を有効活用。早期に再建できた。友人に内部を案内してもらった。威厳のある内装。重厚な雰囲気。いろいろな怪談が、まことしやかに伝えられている。顔や手や上半身などが壁から出てくる。そんなたぐい。彼は信じていなかった。ある嵐の夜のこと。どうしても、その日のうちに、片付けなければならない仕事があった。数人の同僚と夜遅くまで残業をした。近くで落雷があった。一瞬にして電気が消えた。真っ暗になった。こんなときのために。用意周到な彼は、かねてから自分の机の引き出しに、非常用の懐中電灯を準備してあった。スイッチを押した。が、つかない。電池が切れているのか。そのとき、暗い天井を、二つの白い影が、ひたひたと移動していく。人間の足だけだ。逆さまになっている。断面からは、足の骨が、棒のように白く突き出しているのが見えた。彼の感想は、「西洋の幽霊には、やはり足がある」という実直なものだった。電気が復旧し足の影も消えた。「床用の石を、天井に回してしまったのだろう。職人のミスだ」あくまでも謹厳実直な男の言葉である。
「ドイツ料理店《エルベ》」
黒ビール泡こまやかに畏まれエルベの夜の黒き木の樽
はやばやとアイスバインを注文し待つ時の間のアイヒェンドルフ
山盛りのザワークラウト消えてゆく銀のフォークきらめくつかのま
あふれて光れ甘き肉汁 茹で立てのソーセージからふつふつと
たくましく反り返りたる腸づめへたっぷりと塗る粒マスタード
それぞれの国の料理を出す専門店にいく。日本にいながらにして異国の気分を味わえる。もっとも簡便な方法だ。かつて茨城県土浦市にも『エルベ』というドイツ料理店があった。料理長にドイツ人を招いた。白石書店の裏手の細い路地を入る。しゃれた入り口がある。内部の照明はやや薄暗い。友人たちと、まずはレーベンブロイの生で乾杯。自然とドイツの音楽や文学の話題となる。アイスバインだけは、調理に時間がかかる。早いうちから注文しておかなければならない。ソーセージの盛り合わせやじゃがいもやザワークラウトや固目のドイツ風オムレツなどなどをたいらげていく。ついに登場した主役のアイスバインに歓声があがる。みな若かった。懐かしい一夜だ。ビールが進む。腹持ちが良い。帰宅してから深夜まで酔った頭で、トーマス・マンの『魔の山』を読みふける。表紙が薄緑色の固い文庫。旺文社版。筑波の西武デパートの中にも『エルベ』の姉妹店ができた。今でも、あるのだろうか。
「ラム酒について」
岡に来て両腕(もろうで)に白い帆を張れば風はさかんな海賊のうた 齋藤 史
子どものころ、ラム酒に興味を持った。『宝島』を読んだからだ。海賊ジョン・シルバーが好んでいる。別の無人島では、ロビンソン・クルーソーも飲んでいる。どんな味なのだろう。三ツ矢サイダーよりも、おとなたちが騒いでいる黒いダルマに入ったウイスキーよりも、ほんの少しだけうまいのではないか。ビールは、ひと口なめて、好きなれないとわかっていた。だが、わがロビンソンは、ラム酒にタバコの葉を浸して、悪い風邪まで治してしまったではないか。病弱で、いつも熱を出していた自分には、朗報だった。薬にもなる。祖母が喫煙者であったから、タバコはいつも机の上にあった。よく試さなかったものだ。ひとえに、ラム酒が手に入らなかったおかげである。幸運だった。
おとなになって、ようやく出会えた。バーのマスターは、趣味としていた芝居の世界の先輩だった。ラム酒の記憶は、寺山修司や唐十郎や暗黒舞踏の夜とも、クロスする。乏しい小遣いの範囲内で、ちびちびとストレートを味わった。詳しく教示していただけた。甘くとろりとしている。ふわふわと酩酊する。スペインのアブエロなどが、自分の舌にあった。さすがに大航海時代の国である。
ラム酒は、サトウキビから作られる蒸留酒。熟成させる。ラム酒をベースとしたカクテルでは、ダイキリが有名。缶でも売っている。日本でも簡単に手に入る。樽で熟成している間に、ラム酒には色が付く。活性炭で除く。無色透明になる。ホワイト・ラムという。レモンのジュース(生がキリっとする)とシュガー・シロップを入れる。
夏の季節は、フローズン・ダイキリもいい。ダイキリを入れたアイスを、ミキサーでクラッシュ。氷の分量だけ、アルコール度数が低くなる。温かい店で冷たい飲み物も悪くない。ロビンソン・クルーソーも、海賊シルバーも知らなかった文明の味である。
「サーモンの帰国」
カナダ―のバンクーバーの友人。海釣りが何よりも好きな男だ。中型のクルーザーを持っている。大きなサーモンをプレゼントしてくれた。新鮮な朝の釣果を手にぶら下げた。青空の下。大魚は銀色に青く光っている。塩水が滴る。ぶ厚いサーモン・ステーキが何枚もとれる。港の岸壁から、太平洋東岸の波のうねりを眺めていた。惑星の湾曲の彼方。そこに日本列島がある。自分の旅の日々が、終わりに来たことを、不意に悟った。ようやく日本に帰るのだ。出国は衝動的だった。帰国も突然に決まった。友人たちとパーティを開いた。帰国の意思を公表した。再会を約した。バンクーバーへは、二度と、帰らなかった。
ニッポンにいられなくなり外つ國をのべ二年半さまよいあるき
惑星の重圧うける大海の青きうねりを漾へ祖国
青銀のサーモン捧げ重力よぼくの時刻に帰る日が来た
帰るとは変えることかな群青のたまごは替える青の潮騒
日本語す子音母音し耳障る母国語求め耳朶の地団太
(了)
風の谷戸ーー三浦半島詩ーー
風の谷戸からーー三浦半島詩――
笛地静恵
1
品川から京浜急行線に
揺られてくると
金沢八景のあたりで
天気が変化する
横浜で雨が降っていても
その先ではやんでいる
その逆もある
いきなり雨粒が
2
窓ガラスを打ち
つながって流れだす
山をひとつこえると
同じことだが
トンネルをひとつくぐると
風と雨と空気の流れが
異なる
鞄の中に
3
折りたたみ傘を探す
地元の人は
ひとつひとつを
谷戸(やと)と呼ぶ
「戸(と)」は
外に向かって開けるという
意味の言葉であったから
谷戸はそれぞれが
4
平地から海へ向かって
開ける
地形の変化の多い
三浦半島の付け根に
暮らしている
地下には大きく見て
三つの断層が走っている
細かく数えれば
5
もっとずたずただ
一説によれば
フィリピン海プレートに乗ってきた
伊豆半島が
本州と呼ばれている
やや大きな島に激突したときに
時計方向に回転するという
曲芸をやってのけ
6
できたありがたい地形だ
地盤の不安定な低地に
仮寓がある
いくつもの風の筋に吹かれるままに
終電の男は
窓の外の海の夜景を
見るともなく見つめている
仕事に疲れた私の顔だ
(了)
【ノート】2012年 夏 ある地域の新聞に投稿した作品です。わがハードディスクの三代目《ソウルジャパン》に保存されている、もっとも古い詩のひとつです。 笛地静恵 2025年4月22日㈫
陽の埋葬
月の夜だった。
海は鱗を散らして輝いていた。
波打ち際で、骨が鳴いていた。
「帰りたいよう、帰りたいよう、海に帰りたいよう。」
と、そいつは、死んだ魚の骨だった。
そいつは、月のように白かった。
月の夜だった。
ぼくは、そいつを持って帰った。
そいつは、夜になると鳴いた。
「帰りたいよう、帰りたいよう、海に帰りたいよう。」
と、ぼくは、そいつに餌をやった。
そいつは、口をかくかくさせて食べた。
真夜中、夜になると
ぼくは、死んだ母に電話をかける。
「もしもし、お母さん? ぼくだよ。ぼくだよ、お母さん……。」
電話に出ると、母はすぐに切る。
ぼくは、また電話をかける。
番号をかえてみる。
真夜中、夜になると
ぼくは、死んだ母に電話をかける。
「もしもし、お母さん? ぼくだよ。ぼくだよ、お母さん……。」
きのうは、黙ったまま(だまった、まま)
母は、電話を切らずにいてくれた。
ぼくは、その番号を憶えた。
鸚鵡が死んだ。
父の鸚鵡が死んだ。
ぼくは、もう鸚鵡の声を真似ることができない。
「グゥエー、グググ、グ、グゥエー、グゥエー、エー。」
と、ぼくは、もう鳴かない。
もう鳴かない。
鸚鵡が死んだ。
父の鸚鵡が死んだ。
とまり木の上で死んでしまった。
「グゥエー、グググ、グ、グゥエー、グゥエー、エー。」
と、とまり木の上の骸骨。
そいつは、ぼくじゃない。
骨のアトリエで
首をくくって死んだ父を
ぼくは、きょうまで下ろさなかった。
「どうしたんだい、お父さん? 何か言いたいことはないのかい?」
首筋についた縄目模様がうつくしかった。
ぼくは、父の首筋をなでた。
骨のアトリエで
死んだ魚に餌をやると、憶えていた番号にかけた。
死んだ父に、死んだ母の声を聞かせてやりたかった。
「どうしたんだい、お父さん? 何か言いたいことはないのかい?」
死んだ父は、受話器を握ったまま口をきかなかった。
死んだ鸚鵡も口をきかなかった。
春の月
知らないところで
あなたと私が
同じ月を見ていた
知らないところで
あなたと私が
きれいだと言った
知らないところで
二人が繋がる
そんな春の夜
やきそば屋ーーあるヴィタ・セクスアリスーー
やきそば屋――あるヴィタ・セクスアリスーー
笛地静恵
1
自転車の
ペダルが重い
腹に力が入らない
卓球部の練習で
十七歳の体力をしぼりとられた
反復横跳びうさぎ飛び
高校生の腹が鳴っている
夕飯までもちそうにない
だがこづかいがない
ポケットに硬貨一枚だけ
これで頼みこむか
志乃さんなら何とかしてくれる
この前も並盛を
大盛りにしてくれた
2
えぐられた赤土谷の脇を走る
十字路にやきそば屋ができたのは
昭和四十六年四月のこと
板を張り合わせた掘っ立て小屋
《みちくさ》という立て看板
ペンキで描いた文字
常磐自動車道造成中
高速道路を作っている
働いている人のための店
朝と昼にはやきそば弁当も販売
第四土曜日の午後五時
工事は休み
《みちくさ》も休みか
いちおう寄ってみるか
3
午前五時から
ぶっとおしで卓球の練習
夏休みの大会が近い
家からの弁当は
午前十時にのこらず平らげ
さすがに空腹
登下校時の買い食いは
校則で原則禁止
しかし関東ローム層の向こうに
校舎は隠れている
顧問の先生の眼もとどかない
志乃さんの軽トラックは店の前に駐車中
だいじょぶ
やってる
4
駐車場の端に自転車をとめ
長方形の店内
四人がけのテーブル四つ
右手の角が調理場
黒い鉄板の向うに
志乃おばさん
「いらっしゃいませ」
大きな声が出迎える
「そろそろ、来るころだと、思ってたのよ」
おずおずと硬貨一枚
「これで、食えるだけ、お願いします」
「あいよ。相変わらず、金欠なのね」
豪快に笑われた
店のメニューはやきそばだけ
5
注文は並盛肉なし
じゅうじゅうと焼ける音がし始めた
焦げる香りが立ち上る
志乃さんは四十すこし前とか
薄い黄色のTシャツ一枚
背中を丸めている
下は青のパンタロン
志乃さんはいわゆる秋田美人
目も鼻も口も大きい
口の厚みと大きさを
赤い口紅が
強調している
ソースの焦げる香ばしい匂い
もうできた
6
志乃さんは仕事が早い
「あいよ」
やきそばは大盛り
赤い生姜乗せ
厚い豚肉入り
サービスしてくれたのだ
志乃さんは看板を店内にしまいこむ
扉を閉める
「そろそろ、しまいにしようかと、
思ってたんだ。
だれも、来ないしね」
「あ、すいません」
「いいのよ、気にしないで。
ゆっくりして、らっしゃい」
7
志乃さんも同じテーブルに座る
小さな椅子がきしむ
「あ、そうそう」
すぐに調理場に立つ
動作は身軽
若いころはバレーの選手として
きたえていたから
大きな業務用の冷蔵庫から
ビールとジュースが出てきた
「ほら。あたしのおごり」
透明なガラスのコップ
ジュースが黄色く光る
「いただきます」
冷えている
8
「あたしも、飲もうかしら」
ビールの瓶の栓を自分で
しゅぽんと抜く
さっと瓶を持ち上げる
志乃さんの少し傾けたグラスに
ビールを注ぐ
父の晩酌で慣れている
最初は高いところから
すばやく
泡が立ってからは
ゆっくり
泡の層を壊さないように
やさしく縁から
ていねいに
9
「お。気が利く。手つきが、きれい
手の甲の血管、好きよ」
褒められたのか
二人で乾杯
志乃さんは外国映画の
女優さんのような胸をしている
人間も乳牛と同じく
哺乳動物の一種なのだとわかる
志乃さんも逸郎も
飲み物を二本ずつあけてしまった
逸郎は大盛りのやきそばを残らず平らげた
「ねえ」
「はい」
「彼女、いるの?」
10
志乃さんの眼が
とろんとしている
頬が赤い
酔っている
「いません」
正直に答えた
「キスしたことある?」
赤いぽっちゃりとした
唇が濡れている
「ありません」
緊張する
「おばさんで、ためしてみない?」
赤い舌が赤い上唇を舐める
11
自転車は夜の赤い道を走っていく
月が黄色い
志乃さんは
毎朝
やきそば弁当を
作ってくれるという
「そのかわり、容器は、
かえしにしてきてね、
練習のあとで、いいからさ」
約束は守ります
ペダルが軽い
腹は重いけど
腰は軽い
強くペダルを踏んだ
(了)
2015年2月19日
アロマ小路よりーー珈琲詩集--
アロマ小路よりーー珈琲詩集――
笛地静恵
【ノート】2015年から2020年まで、知己凛さんが主宰し編集・発行していたネット・プリント『珈琲日和』に投稿した作品たちです。まとめてみました。珈琲好きのみなさまへ贈ります。笛地静恵 拝
2025年4月22日(火)
「谷底の渋谷の歌」
渋谷とは谷底の街たかてらすとおき若き日はるかなる風
永遠の恋などないとさとるまで三度(みたび)のわかれ苦き珈琲
別れの日なぐり書きするコースター骨董通りどしゃぶり斜線
ぬばたまのアイス・コーヒー水かがみトーストのかど銀の三角
二日酔いボクサー・パンツ一丁のバリスタ煎れるコーヒーの午後
気に入りのオープン・カフェーかどの席ひかりさしこむ文月(ふづき)のケニア
「コーヒー・ラップ」
冬の雲スカイツリーに垂れる紐わが憂鬱の高度を計れ
おもむろに飲みほし捨てる缶コーヒー走る画面を精査せよ指
電飾の青く凍れる冬木立おおいなる手のぬくもりさがす
ホアン・ミロ茶店の壁の冬のかげ夢の記号が浮遊する手話
プリン山いただきすくう銀のさじ我はブラックひと口すする
マンダリン黒き沼吹く若草のセーターの胸ふきおろす風
(喫茶店で、ラップをききました。三、四音をくりかえしています。五七調の短歌にならないかなあ。ためしてみました。)
「ブルータス、お前、モカ?」
かかる夜のくらさコーヒーのみほしあとはまっくらけのけ
《三国志》かたる茶店の三時間曹操ゆれよコーヒー三杯
月光や古地図しろがねルーン文字友のエルフとNORITAKEを手に
白黒をはっきりつけた生き方がしたいコーヒー・ゼリーのようなね
銭形のとっつぁんふかく腕をくみデスクに冷える夜明けのコーヒー
店長は豆をもとめて国を出た消息たえた南米大陸
「午前五時のゲーム喫茶」
あやまちて恋のひとつをとりこぼし夜明けさくらん午前五時前
世界にひとつだけの鼻を舳先にアロマたなびく珈琲の地へ
恋の味さはさりながら珈琲の苦みにまさる失恋の味
コンビニに恋びと売つてなかつたけれどあればゲームの異世界へ
クレーンのゲームの腕につかまりし人形ついに奈落へ落ちぬ
この夢の路地をぬければあの夢の恋へでますか孫悟空様
「超低空飛行世界記録」
パパヘミングウェイとこもる喫茶店キリマンジャロの雪ふりやまぬ
三日間くちをきかない君よフェアトレードの豆ごりごりごりら
狩りのあと熱きブラジルふくみつつ獣のかおりくゆらす少年
あのひとのために身をひく決断にせなかを押して深煎りのモカ
古書好きの友に誘われ葉巻バー チェスタートンの黒き酩酊
人生の曲がり角には一杯の黒き珈琲また水鏡
「コーヒー幻想」
珈琲噴きこぼれて燃ゆるたまゆらを去りがたしこのまぼろしの生/塚本邦雄
まだ。飲んでもいない。
それなのに、この歌の珈琲は、実にうまそう。
初句切れ。「珈琲噴き」で軽く切る。「おお、珈琲。それが噴いている。こぼれている」。
喫茶店。サイフォンの珈琲。沸騰する。濃密な泡が、硝子の容器の縁まで盛り上がる。零れた僅かな液体。アルコール・ランプの火に煮える。香りが立つ。
自分の番だ。まもなく、芳醇の一杯を味わえる。
それを呑んで会社に帰れば、領収書の山が待っている。今日中に、帳簿付けを終わらせなければならない。やれやれ。残業だ。もどりたくはない。
せめて、これから、一杯分の幻想を。
「たまゆらを」で大きな切れがくる。
マスターの渋い横顔のもみあげ。あの映画俳優に似ている。奥の席の帽子の男は、スパイか。それなら自分は名探偵だ。
ゆるやかにまぼろしのときがながれる。
「映画と古本と珈琲と」
燦燦とまばゆき夏日《ラドリオ》でわれら論じるランボーの詩を
マスターと談笑しばし白髪の博学のひと街道をゆく
カットしたキュウリをふいて水気とるあたらしきパンしづかにならべ
古本の山をもちこみ積み上げるブレンド三たびおかわりしよう
小さなる茶房をもつという夢を浮かべてみるか白磁の海へ
珈琲をひとくちふくみ目をとじるシェルプールの傘遠ざかりゆく
「イチゴミルクとコーヒー牛乳」
あの子は、まだかえらない。駄菓子屋の中をうろうろしている。十歳ぐらい。下着に穴があいている。「こおりあります」の旗をながめている。サチコは古新聞をたたんだ。ゆっくりたちあがる。鉄のカキ氷器にむかう。十年物だ。白い塗装が、ところどころはげている。透明な四角い氷。かたまりを台に乗せる。足のついた青いガラスのうつわ。底に、赤いシロップを入れる。刃が軽快に回転する。氷をけずっていく。ふちぎりぎりまで。しゃき。しゃき。しゃき。またシロップを。さらに氷を盛り上げ。しゃぐ。しゃぐ。しゃぐ。刃はゆっくりまわす。やわらかい氷になるから。男の子が、大きな目を見開いている。特別製の大盛りにした。氷の山に、黄色いミルクを、とろうりとかける。あたたかいミルクのすじだけが、つめたい氷に、しんとしずむ。イチゴミルク。赤と白と黄の山。男の子の目の前におく。「ほらよ、あたしのおごり」小さな鼻から、氷にかぶりつく。とうちゃんとかあちゃんが、けんかわかれした。明日、山奥の村を出る。町へひっこす。この子は、苦労することだろう。「しっかりおやり」男の子が笑った。戸外の街道。日ざしは白く照っている。サチコには、こだわりがある。大仕事のあとは、甘いコーヒー牛乳を飲む。紙のふたに専用の針を差しこんだ。
「秋のジンタ」
山が血の色だ。旅館の二階。朱色のはげた欄干にもたれている。ジンタの響き。鐘と太鼓。クラリネットが甘い。チンドン屋のもの悲しいしらべが、山奥の温泉地に漂う。何の宣伝だろう。川にそった曲がり道に、秋の霧が濃い。音楽が消えた。一階に下りた。
宿の老人に、チンドン屋の話をした。わしは、きいていません。ここには、チンドン屋はいません。しかし、たしかにきいたよ。そりゃ。だんな。悪い冗談だ。チンドン屋三名が、湯治に来ていた客と、いさかいになって殺された。もう三十年以上になる。昭和の話だ。それ以来、この温泉地には、チンドン屋は来ない。青筋たててくり返した。
ぼくは、旅館の木の下駄をつっかけた。通りに出た。寂れた温泉街を少し歩こう。珈琲を飲みたいのだ。仕事で熱くなった頭を冷やしたい。水の香がする。道のすぐわきが、深い崖だ。真下の渓流から、夕方になると、川霧が濃くのぼってくる。すれちがう人の顏も見えない。そもそも人影がない。影の濃い湯治場。古い喫茶店は閉店していた。入り口に赤い落ち葉が、降り積もっている。耳元で、クラリネットの音色がした。
振り向くと、ジンタのひとふしを、白骨が甘く吹いた。
(大好きな『蟲師』のサウンド・トラックが、BGMとして茶店に流れていました。そのときのイメージ)
「桃の国」
純白の斑猫を追い桃源郷へ下りていく我
桃園の結界つくるひっそりと薄桃色の和紙を千切りて
ひさかたの囲炉裏を焚きぬ年月の重なる梁は燻製の色
「陽光の夜――BL短歌」
フラッペの氷の山をつきくずしキンキンキーンこめかみの雷
深煎りのモカブレンドのブラックと沙翁ソネット十八番と
たっぷりとぶ厚いコップ白い縁くちびるをあてキスの練習
ひろがりはいつもまあるい黒鏡ぼくらの夏の夜空を映し
窓ぎわの椅子は高くてくるくると茶店のあとの冷たいホテル
背中からネジを巻かれた鉄人はシーツの都市をこわして止まる
「益子焼の夏」
珈琲のドリッパーが、益子焼である。世界で、ここにしかない。一点物だ。注文して作ってもらった。彼は、自分の窯を持っている新進の陶芸家だった。パンダナと太いジーンズが似合う大男だった。個展で何点かを購入した。
その後、地域のある会合の席で、偶然に再会した。何度か酒を飲んだ。意気投合した。呼ばれて窯上げの日に立ち会った。暑い夏の日だった。
目つきがきびしかった。少しの傷を見つけてしまう。気に入らないところがある。黒い影の陽光の下で、自作を足元に叩きつける。ネスカフェをご馳走になった。ひどく熱く苦かった。厳しい創作の姿勢を直接に見たからだろう。緊張した。
ふと思いついて、ドリッパーを注文した。益子という焼き物の特性に合うと思えた。上に漏斗。下に平らな円盤。上部の円錐形をした本体は、内側が波打つ壁面になっている。益子焼特有のもったりとした質感と、適度な重量感がある。厚みがあるから、HARIKAの珈琲ポッドに乗せると、安定感がある。市販の紙のフィルターが、活用できる寸法になっている。三種類ある。下の孔が、三つ、二つ、一つ。穴の数が少なくなるほど、濃く出る(ような気がする。)この穴の大きさと位置に、作者は苦心した。釉薬にも試行錯誤を重ねた。大成功だった。まろやかな味わいが、珈琲に出た。
彼は欧州へ渡り、陶芸を止めてしまった。が、作品は残る。モノは人間の創作意欲よりも長持ちするらしい。
「星の山小屋」
東京の星を数えてふるさとの夜へ黒い電話をかけよう
ひとりのみ石の湧き水すする我わすれたきこと苔へ流せり
たっぷりとマリーム入れたネスカフェの錆びたカップを星の山小屋
「純喫茶『再会』」
お久しぶりです。ごぶさたしています。一度は、きたいと思っていたんですが、なかなか機会がなくてねえ。ようやく来ることができました。純喫茶『再会』。ここ、好きだったんですよ。メニューは珈琲とサンドイッチしかないし、マスターは無口だし。インヴェーダー・ゲームができる機械は、絶対に入らなかったし。占いができる丸い灰皿も置いていない。そういえば、音楽さえもなかった。ただ、珈琲を味わうだけ。いくら昭和四十年代の純喫茶といっても、時代に逆行していましたよね。マスターは、頑固でした。店名の『再会』が、萩原朔太郎の詩からきているというのも、ずいぶんと、あとになってから、きがつきました。そういえば、採光が、読書には最適でした。珈琲一杯で、いくらねばっていても、追い出されたことは、一度もありませんでした。書店で買ったばかりのハヤカワSFシリーズ一冊を、ここで読み終わってしまったこともあります。高校の先輩の店だということだけで、安心していました。ご迷惑をおかけしました。もうふるさとに帰省しても、この店は、ないんですよね。駅前の再開発で、大きなビルが建ちました。そこも、今は廃墟です。マスターも、五十歳を待たずに若死にしたと、地元の友人から耳にしました。だから、この椅子に、座っていられるのが、余計にうれしいんですよ、わたくし。ありがとうございました。おや、たそがれが窓からのぞいていますね。
「三角の星座」
あなたはいいひとよでもねアンタレス
ランタンやパーコレーター深煎りで
ブラジルをヴェガに捧げて熊と呑む
かろうじて折り合いをつけアークトゥルス
コッヘルに朝のラーメン霧の峰
汽車を待つジョージア歯の根溶かしつつ
「浦島珈琲店」
さんざめく《さざなみ軍記》しおさいの書物を下げて昭和の茶店
水槽はマスターの友ふるさとを流るる川のメダカの一族
亀形のおもちゃの城がまん丸に鎮座まします白砂の底
ブレンドをすするまわりを妄想の白き手と足まいおどるかも
またある日わがパソコンをもちこんでテーブルの上ひらけりパタリ
焼きたてのホットケーキへバター乗せくるくる回すとろとろ溶けろ
「純粋な喫茶店」
一九七〇年代。神田神保町には、個人で経営している喫茶店が、何件もあった。気に入った店を選ぶ。古本を読みやすい静かな席がある。それが第一の条件だった。地下への階段を下りる。ブラジルを注文する。サイフォンが沸騰する。良い匂いを奏でる。静かに供される、ウェッジウッドの一杯。いつも同じ味と香り。それが、いかに高度な熟練の技の結晶であったのか。後年、自分でコーヒーを淹れるようになって、思い知らされた。珈琲の味は、些細なことで変化する。たとえ同じ豆であっても、昨日と同じにさえ、ならない。お湯の注ぎ方や蒸らし方等々。ひとつの条件の違いだけで、味は千変万化する。揺れてしまう。過去の店のマスターたちは、それらの苦労のあとを、まったく感じさせなかった。客は、わがままだ。読書に興じている。ぬるくなるまで、口をつけないことさえある。ほんとうは、マスターにとって、彫心鏤骨の作品であるのに。全体として雰囲気を楽しんでもらえばいい。それが、喫茶店である。そう納得していたのだろうか。当時、普通に店名にかぶされていた純喫茶の「純」の一文字が重い。ほんとうに純粋な行為であったのだ。あれらの店は、もうほとんどない。思い出の中にのみ、今でも、純粋な喫茶店が存在する。記憶の重く厚い木製のドアを開く。「いらっしゃいませ」いつもと同じ声が、迎えてくれる。
「珈琲交遊録~~Yさんのこと~~」
Yさんは、四十年以上、ある大きな喫茶店でマスターの重責を勤めた。心身のバランスを崩したことがきっかけで、退職した。長年、おいしい珈琲を飲ませていただいた。お礼の手紙を、会社気付で出した。入院中のYさんから、返信があった。生涯、独身であったことも初めて知った。退院してから二年間は、家に引きこもる生活だった。しかし、一念発起して、自宅のマンションのキッチンを、喫茶店と同じ形式に改築した。カウンターを作った。座席は三つ。気が向くと、近郊に住む昔の客にメールを送る。「来ませんか」ドアに、コロンビアのフリー・マーケットで買った、木彫の子どもの絵がかかっている。開店のしるしである。といっても、無料だ。金をとると、商売になってしまう。あくまでも、昔なじみの友だちへ、いっぱいの珈琲をふるまう。それだけのスタンスだ。Yさんは、細身の長身の紳士。蝶ネクタイが似あう。いつも、背筋がのびている。彼のいる空間は、緊張しつつ、くつろいでいる。一種、独特のものだ。他にはない。昔ながらの、サイフォン式の珈琲がでる。味が濁らない。澄んでいる。豆も水もミルクも、自分が満足できるものしか使わない。Yさんは、自分から話はしない。こちらの仕事などの苦心談には、意見をさしはさまず、にこやかな笑みを浮かべて、いつまでも耳を傾けてくれる。しかし、愚痴に傾くと「それでは、きょうは、これで」すぱっと切られる。怖い人である。厳しい仕事を終えたあとは、彼の珈琲が無性に飲みたくなる。
「冬の星座」
グレゴリオ聖歌ふりやまぬ飛雪のごとくふりやまぬなり
冬の蠅冬の窓辺に来て去りぬ間もなく終わるブラックウッド
名古屋にて満腹となるモーニング肥満の友の俺のオゴリと
山上に鉄塔ならぶ山の駅UCCの缶の夕焼け
色あせた暖簾なびかす北の宿ネコのぬくもり丸くぬくもる
ものみなのあるべきように冬星座あしたの夢のひかりへかえる
「反歌」
珈琲なきところ生きる可否なし
気に入りの喫茶店 本と雨やどり
珈琲と暗く重なる別れは
(了)
じゃないパパ
ぼくのパパはお仕事たくさんで忙しいんだ
きょうも朝早くにバイバイして
ちょっと寂しいの
行ってきますの時には
グータッチをしてほっぺにチュー
それに ぎゅーっとハグをするけれど
やっぱりちょっと寂しいの
月水金曜は夜もずっとお仕事してる
一緒にお布団で寝たいのに
お仕事行っちゃうなんていやだいやだ
出かける前には絵本を読んだり
天井に影絵を映して遊んでくれるけれど
いつもぼくが眠ったあとに
そっとお仕事行っちゃうの
夜中にぼくを起こさないよう帰ってくるから
朝起きたらおはようってあいさつをするよ
楽しみなのは今度の週末
パパのお仕事お休みなんだ
その日のパパは「じゃないパパ」
その日はお仕事「じゃないパパ」
たくさん遊んで甘えちゃうんだから
※私と我が子のやり取りから生まれた詩です
アキナちゃん
「生きてたぞー!!」
ハイハイ嘘松
え、誰?
顔違くね?
見てられない
are youも別人
やっと皆気付いたか
イカレは続くよどこまでも
なんで誰かが誰かに入れ替わってるとか普通に信じられるの?
マジきっしょ
お前らがその人の何を知っとるん?
あいつもそいつもどいつもこいつも
誰も彼も別人のなりすまし
じゃあ、お前らが誰かの
なりすまし
じゃないと、どうやって証明するん?
「生きてたぞー!!」へのお返しは
「お帰りー!!」で充分なんだよ
「待ってたよー!!」でも可
全盛期と違うのは
ブランクあるんだから当たり前
人間は老いる
老いには勝てない
俺も最近じゃ膝が痛くなり始めたし
前屈はくるぶしにも届きゃしねぇ
まあなんにしろ
「生きてて良かったー!!!」だ
五行歌作品集 その6「わたし」
【スポットライト】
誰かからみえるわたしに
スポットライトが当たる
自分からみえるわたし
なんだか
さみしそう
【離れていく】
さみしいのは
自分からみえるわたし
誰かからみえるわたし
離れていくから
放したくはないのに
【こんなにも】
自分からみえるわたし
自分からしかみえないわたしへ
姿を変えてしまったのだ
あの日から
こんなにも
【ひとりではない】
誰かがみているから
ひとりではないと
教えてくれる
唯一の存在、それが
誰かからみえるわたし
【誰かからみえる】
自分からしかみえないわたしに
ひとりではないと
教えてくれるなら
誰かからみえるわたし
放さずにいようか、もう少し
フロイトのヴェニス(中編)
『一次過程』と『二次過程』について説明される。
「さて、今度は『一次過程』と『二次過程』の話だ。フロイトの概念さ」
「ついに正気に返ったかい」
「あたぼうよ、僕はいつだって正気さ」
「自分が正気だと言い張る狂気ほど凶器になるものはないね」
「おやおや、駄洒落かい」
「も少し高尚に、韻を踏んでいるなとか…。で、何だい、その一次だの二次だのってのは」
「夢や無意識の世界では、別々のものが同じになったりするし、高い空の天辺が深海の底だったりする」
「なんだい、そりゃ、おかしいじゃないか」
「なんでだい」
「別々のものが同じって、私は私だし君は君だ。私が君だったら、それこそ正気を失っちゃうね」
「夢ではどうだい? まったくの別人がいつの間にか同じ人になったりしないかい」
「う~ん、私の怖い父親がいつの間にか高校の先生になってたことなら、あったな」
「高い空の天辺が深海の底だったりは?」
「そりゃないけど、富士山の山頂に着いたら我が家の裏庭だったことなら、あったかも」
「ふ~ん、奇妙だねえ」
「夢だからね」
「高いと低いは正反対だけど、気がつけば同じ場所になっている」
「そうだね」
「君の親父さんが、どういうわけだか学校の先生になっている」
「まあね」
「正反対だったり、別々だったりするものが、どうしてか同じものになる」
「ふむ」
「矛盾じゃないかい」
「矛盾っちゃ、矛盾だね」
「夢って、見ようと思って見るもんじゃないよね」
「そうだね。気がつくと見ている」
「夢は無意識の産物だよね」
「そうだね」
「無意識の夢の世界では、矛盾が平気で起こる」
「だね」
「これが『一次過程』さ。いってみりゃ、『一次過程』は混沌たる夢の矛盾に満ちた世界さ。詩がそうだね」
「じゃ、『二次過程』は」
「その逆。君の親父さんは親父さんで先生にはなりゃしない」
「高いところは高いところで、低くなったりはしない」
「んだ」
「現実の世界だね。矛盾は許されない」
「んだね。それで現実の世界は意識が活躍する」
「そうなんだろうね。朦朧としていたら、現実を生き抜けないものね」
「『一次過程』が矛盾なら、『二次過程』は無矛盾さ」
「なるほど」
「ところで、無意識的に生じる夢の中だと、欲望が放出しやすいよね」
「まあね」
「現実でならば、意識的に我慢もするが…」
「ま、確かに夢の中だと、ついマシュマロに手を出しちゃうかもね」
「マシュマロ一つ、我慢できないのかい」
「君は現実でさえも、早々と手を出して、それで今じゃこんな体たらくじゃないのかい」
「おや、手厳しいね。確か君はずっと我慢して、誰かにとられちゃったよね」
「取ったのは、君じゃないか」
「ありゃ、そうだったかしらん。夢だからね」
「現実の実験だったじゃないか」
「人生、夢の如し。現も夢も同じかりけり」
「手に負えん」
(二人は子供の頃に「マシュマロ実験」をやらされた設定です。ほら、子供の前にマシュマロを置いて、「食べちゃだめだよ、我慢してね」と言う。辛抱できた子は成績がよくて後に出世する。が、そうでなかった子は成績も悪く、出世もできない、というアレです。「マシュマロ実験」については、いろんな観点から批判や修正があるようですが、ここでは設定としてお楽しみ下さいませ)
実はヴェニスは『一次過程』の世界だったという。
「さて、夢や無意識は『一次過程』で、矛盾に満ち満ちている。しかし現実や意識は『二次過程』で、矛盾は許容されない」
「おう」
「しかも、『一次過程』では欲望が我慢されにくい」
「閑話休題、ヴェニスはどうしたい」
「そのヴェニスなんだが、『一次過程』の象徴なんだよ。海も含めて、ね」
「え、ヴェニスは現実に存在する町で、絶好の観光地だよ」
「ところがどっこい、トマス・マンの描く『ヴェニスに死す』では、そうもいかない」
「ヴェニスが『一次過程』って、夢のような世界なのかい。まあ、比喩的にはそうなのかね」
「小説の中では比喩じゃない。ヴェニスは夢の世界で、欲望が丸出しで、しかも矛盾もある」
「ほう」
「我らがアッシェンバッハはヴェニスに向かおうと船に乗る」
「優雅ですな」
「すると『世界が夢のようにへだてられ、奇妙なものへゆがめられてゆくけはい』を感じる。離岸さ」
「なんと」
「海の上は『うつろな、区分のない空間』で、人間の『感覚は時間の尺度をも失ってしまう』」
「無意識の世界みたいだね」
「ヴェニスの海は『未組織のもの』『無際限のもの』『永遠のもの』『虚無』である」
「なんてまあ、無意識の夢と相性のいい言葉だろう」
「本来、生真面目なアッシェンバッハは己れの身に鞭を打って執筆活動するのが使命だった」
「そうだったね」
「ところが、ヴェニスの海は『かれの使命とは正反対の、しかもそれ故にこそ誘惑的な、禁制の嗜好から愛するもの』なんだ」
「ふうん、いまにも欲望が放たれそうな、そして放たれたのか、美少年を尾行したんだから」
「そして人は『不可測の境地で夢うつつになる』」
「ほう。海のあるヴェニスは夢と誘惑の地なんだね」
「いかにも。船中で老作家は、かってある詩人が『夢に丸屋根や鐘楼が、このうしおの中からうかびあがってくるのを見た』のを思い出す」
「夢の町。それがヴェニスの町なんだね」
「ま、そうなんだろうね。そしてこの老作家はヴェニスの地で夢見心地の日々を過ごすのさ」
「美少年がいるからね。でも、矛盾するような雰囲気はあるにはあるが、具体的にはどこが矛盾しているんだい」
「ヴェニスに着いて、美少年とも出会った後に、アッシェンバッハは蒸し暑い町中を歩いた。空気が濃かった」
「ほう」
「飲食店から漂う匂いがあんまり臭いので病みそうになった」
「あるんだね、そんなことって」
「以前来た時にも同様の体験をしているんだ。アッシェンバッハはヴェニスを去ろうと決心する」
「いや、勿体ない」
「そのためには、まず汽船に乗り、次いで列車に乗り換えなけりゃならない」
「行っちゃったのかい」
「汽船の中では、『旅立ちは不可能と思われたし、あともどりも同様不可能と思われた』と」
「後ろ髪を引かれているんだね。美少年か…」
「汽船が着いて、列車に乗るならぐずぐずできない。ところが、この老作家、列車に『のるつもりでもあり、またのるつもりでもなかった』」
「なんだい、そりゃ。旅立ちも後戻りも不可能ってのが矛盾なら、乗るつもりでも乗るつもりでもなかったも矛盾じゃないか」
「そして手違いで、手荷物が明後日の方に持っていかれたと知る」
「ありゃ」
「老作家はおめおめとヴェニスに戻ってくる」
「幸か不幸か」
「これを『じつにぐあいのいい不運によって、この地に引きとめられた』って言うんだ」
「具合がいいんだったら幸運だし、不運なら具合が悪いはず。これも矛盾か」
「イカにも」
「なるほど。その作家はヴェニスの地で矛盾、つまり『一次過程』を生きるんだね」
「タコにも」
「…(タコは置いといて)…ここまで言われたら、確かに、ヴェニスとその海は『一次過程』なのかもね」
「えっへん、おっほん!」
「でも、君は夢でも現でも、どのみち矛盾だらけのことしか言わないがね」
「ごほごほごほ」
ー続くー
『ヴェニスに死す』トオマス・マン 実吉捷郎訳(青空文庫)
https://www.aozora.gr.jp/cards/001758/files/55891_56986.html
朗読BGM トーマス・マン『ヴェニスに死す』<全部続けて聞く>!中編小説
スルメホタルの青空小説朗読チャンネル
https://www.youtube.com/watch?v=vKVJdeUPH2I
二人の妻(訳詩)
二人はボートに乗っていた、私は家で待っていた、
二人とは、私の妻と隣人の妻だった。
そこへ私が我が命より大事にしている女が入って来た、
我々は座って暗く荒れゆく空をじっと見つめた、
災いの張り詰めてゆく気配が濃くなった。
やがてボートが転覆し、女のひとりが溺死した、と知らされた。
死んだのはどちらなのかは定かでなかった、
私は怖れた、太陽が影差す黄泉の国へと逝ったのは、
友人の妻か、それとも我が妻なのか、
ーーそして知った、友人の妻だった、と。
私は気が動転して叫んだ、「これで友は自由だ!
だが、私が妻から解放されたのだったらよかったろうに、
彼はそうでもなかろうよ」
「そうでもないわ」と、私の愛する女は静かに言った。
「どうして?」と尋ねると、「だってあの人、もうずっと、わたしを愛しているのよ。
だからあなたと変わらないのよ、わかるでしょ」と。
※トマス・ハーディの詩。繰り返すが、詩は美を追い求め、小説は人間を描き尽くす。両者中間の作品もあり、詩でありながら人間を描き、小説であってもとにかく美しいものもある。ハーディは詩を書いても人間とその心を綿密に観察するタイプの詩人である。そこが私の気に入っている。しかし、そうはいっても、この作品は,何と言いますか…。私は作者の人となりやどういった人生を送ったのか、百科事典に載っているくらいのことしか知らないのだが、さすがにこの詩に書いてあることは作者の想像だとは思うのだが、それにしても、それにしても……。
以下は原詩です(なお、私は素人なので誤訳もあるかもしれません、とは毎度のことながら、お断りをば)。
The Two Wives
I waited at home all the while they were boating together—
My wife and my near neighbour's wife:
Till there entered a woman I loved more than life,
And we sat and sat on, and beheld the uprising dark weather,
With a sense that some mischief was rife.
Tidings came that the boat had capsized, and that one of the ladies
Was drowned—which of them was unknown:
And I marvelled—my friend's wife?—or was it my own
Who had gone in such wise to the land where the sun as the shade is?—
We learnt it was his had so gone.
Then I cried in unrest: “He is free! But no good is releasing
To him as it would be to me!"
"—But it is," said the woman I loved, quietly.
"How?" I asked her. "—Because he has long loved me too without ceasing,
And it's just the same thing, don't you see."
スーパーで見かけた老夫婦の会話
「……」
「……?」
「――!」
「――?」
「――!!」
「――??」
「!!!!」
「????」
「!!!」
「!!!」
「――」
「――!」
「……」
「……?」
「……」
「……」
「 」
「 」
今、の気持ち
選んで
書いて
箱に入れろ
と思うのです
選んでください
支持なんかしなくて良い
あなたはどんな生活がしたいか
それを唱えている人
そして唱えたことをやろうとしていそうな人
を
使おうとしてください
選挙に行こう
透明休暇
引き出しの奥に
ひとつ
折れた鍵があって
冷蔵庫の灯りだけで
世界は立ち上がる
無言の椅子たち
背中を見ないまま
着席を続ける
昼も夜も名札が喉を締め
熱のない体温が歩いている
床と足のあいだに
境界はない
という仮定だけが
今日の支柱になっている
沈黙の業務用エアコン
自分に関するデータの全削除
窓の外に積もる花びらのような通知
記憶は
勤怠管理アプリのなかで
酸素を失っていく
眼球の裏でだけ
季節は更新されていた
※生成AIによる作品です。プロンプトを微調整しました。
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