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食パンの耳
慌ただしい朝の時間に追われて食パンを二枚焼く、一枚目が自分の分で二枚目が妻の分
いや一枚目が妻の分で二枚目が自分の分としよう。
どうでも良い様な事が後々に重要な局面で我が身を助ける事が有る。
などと思っていると「私の分も焼いてくれている?」と妻の声が聞こえて来た。
「もちろん焼いているよ」と妻に返事をしてから、
「急いでいるなら、先に焼けた方を食べる?」と自然な流れで言葉が口から出ていた。
食パンが焼ける間にインスタントコーヒーをあるべき姿へと戻そうと湯を沸かしマグカップを用意した。
「あなたには、コーヒーをあるべき姿に戻せないでしょ」
妻が言うには、私にはインスタントコーヒーを豆に戻す力は無いと教えたいようだ
「そぉかな~僕なりにコーヒーを満足させる姿へと戻す自信が有るのだけれどな~」
私は、インスタントコーヒーのあるべき姿はマグカップで揺れる姿だと教えたかった。
妻が最初に焼けた一枚にマーガリンを塗りながら、もう一枚を私の皿へと乗せてくれた。
キツネ色に斑焼けた食パンが痺れを切らせた様に皿へと運ばれ、
その気遣いに何の言葉も返さずにバターを塗る時間をも惜しむかの様に口へと運んだ
慌ただしい朝の時間の裂け目にバターも塗らずに食べられ消えゆく食パンが
妄想の中で色々な可能性をプレゼンしてくる。
まずはハムエッグがのせられドラマのワンシーンの様な朝食風景が浮かびサラダが無い事で色褪せる。
続いてバターとジャムの背徳感の重ね塗り、せめて飲み物は健康との帳尻を合わせる為に牛乳を提案されるが
牛乳は匂いが鼻に届いたところで体が拒否反応を起こして却下される。
平日をぎゅっと圧宿し休日の朝に持って出かけるサンドイッチ、もはや弁当ではないかの疑問の中で
パンの耳が手際よく切り落とされてゆくが、現実ではパンの耳が喉に閊えて噎せる原因に
咳き込む主には、お構いなしに妄想で切り落とされたパンの耳は袋詰めにされて店で売られていている。
その一袋を握りしめている子供の情景が浮かんだところで「時間は大丈夫なの?」の妻の声
ハッと打ち切られた妄想の狭間で台所の時計を見ながら最後の一口をコーヒーで流し込む。
玄関へと向かう背後から「ゴミ捨てお願いね!」の言葉、
それに継ぐ念押しの言葉を遮る様にゴミ袋を掴む前に妻の方へ掌を向けて手を上げる。
偽善にも成らなかった妄想の食パンの耳に背中を押されて、ゴミ袋と使い古されたカバンを持って
食パンの耳を切り落とす生活、食パンの耳を求める生活、食パンの耳をコーヒーで流し込んだ朝に
今、日常の糧となった食パンの耳を心で追いながら
明日の食パンを妻からの催促なしで買って帰ろうと心に決めて仕事場へと向かう。
問わず語り/鬼の住処に狂う熱隷と齢四十五について、論。
CWSを始めて、7か月。
この間、私生活は相変わらず。オンラインの環境は常に出会いと別れを繰り返しています。ここを去って行くユーザーもいるけど、創作の場はここに限らず選択肢が多い。WEB小説投稿サイトなら10以上、そこからの分岐/ジャンル別が細かく存在しているので、どこかしらに居場所をみつけられる。
小説に限らないテキスト形式のプラットフォームならnoteや、ブログが書けるサイトも根強い人気。
・LINE
・X(旧Twitter)
・Instagram
・Tik Tok
・Facebook
上記、日本5大SNS。スマホ画面にアイコンが入ってる人も多いのでは。
ここを去って行った人の言葉を抜粋すると「サイトは他にもある」これは事実で、例えば現実的なビジネスに繋げたい人や将来のビジョンを想定している作家はネットではなく実際の社会で、同人誌や公募に取り組み筆を執る。昨今ではネオページの契約作家、他。
・ココナラで仕事を受注
・BOOT/pixivと連携した創作物の総合マーケット
・kindle/Amazonが提供する電子書籍関連サービス
こういったサイトに所属また利用して小説の編集作業や自作の販売ができる。これが「できる」うちはまだいい、問題視されているのは────その先にある。
最初の数年間はWEB小説投稿サイトを利用してもそのうち小説を書かなくなり、Xで創作論を書き出して、自分の正しさをみつめるようになる元作家が少なくない。その多くが本を売る側に一度回った上でWeb上に居座る。書籍化はステータスだと言わんばかりの創作論を展開。
その例として、作家としての活動からライターや出版社の編集業へ。Xのプロフィールやココナラで仕事依頼、セミナーに参加。年間の費用を支払い受講。
フリーランス・・・・・・ 無 職 ・・・・・・この枠で活動してる人達が多すぎる、創作界隈の人々。
余談ですが、この手の人の実状を直接聞いたことがありまして。ネット小説を書いてることを近く関係の人や、バ先に報告する傾向がある。
母親という社会的立場でママ友に「ネットでボーイズラブ小説(アダルト要素を含む)を書いてて実は私、書籍化作家なの」という流れから献本を行い、その後関係性が悪化。夫の会社に内容がバレて、作家である妻が確定申告しておらず、夫が解雇。子供の友達が家に遊びに来て、〇〇ちゃんのおうちに男の人のえっちな本がいっぱいある!アウティングによる孤立も、よく聞きます。
一方で、バ先に来月の休み申請を提出するにあたり、自分がネット〇〇家であることを職場で公言。
どうしてもこの日に休みが欲しい旨を「家庭の事情」と言えば済むのに「作家として活動している為、小説を集中して書きたい」「VTuberで配信をやっており・・・・・・以下略・・・・・・」など、誰も知りたくない個人情報を具体的に言われても、他人の理解が必ずとは限りません。
身バレした時、守秘義務を守っていない。誰かを誹謗中傷をしている。ここら辺だけでもアウトなのに、おじさんが美少女アバター/バ美肉を受肉して可愛い喋り方をして毎日、何時間も配信している。アダルトに関与する作品であったり、内容がR18Gだと一般的な理解を到底得られるものではない。狭いジャンルに寄るほど黙っていた方が賢明なのは、ネットと社会には温度・格差が絶対的にあり、実社会で肩身の狭い思いをするハイリスクは避けたいと思うから、隠す。
普段そんな素振りも見せず、ミステリアスにしていたら余計に勘繰られ「どのくらい稼げるの?」みんな気になるお金の話になったら最後、一番言われたくない言葉を突きつけられる。
そして、TLに流れてくるのは、突然の体調不良による緊急入院。
原因は心筋梗塞。この速報が男性作家のトレンドじゃないかと思うほど急激に増えた。心筋梗塞は高血圧、高コレステロール、糖尿病の生活習慣病がある人がなりやすい。肥満は様々な体の不調が原因と考えられますが、医者に痩せるように促された事が人生で一度も無い私にとっては、なぜ太るのか?まず頭が追い付きません。
更に『45歳狂う説』様々な説がある中で、一番印象的だった言葉は・・・・・・
一番の問題は年相応に金を稼いでこなかった事
私ね、あまり弱者男性という言葉を好みません。
ただ頭も体も若いうちに使える時間はわずかであること。学生という時代を経て社会に出たら体力的にも精神的にもキツくて落ちこぼれドロップアウト。人生に休暇はあってもいい。でも今やりたい事しかやらない、自分の為に長期間を費やしていると、自分を追い越していく人々と先々話が噛み合わなくなる。
自分の常識を疑わず、昼間に働く社会人を窓の内側から嘲笑い、酔い痴れた分だけ、どんどん他人と考えがズレていく。
これは自分の話になるけれど、私は10代と20代で子供ができた。
他人から「失敗した」と言われたくなくて、子供は神様からの授かりものだと心を決めて、今でも大切にしています。
子どもの学年が上がって高校卒業する頃になると、お父さんなのかおじいちゃんなのか、見た目に判別できない保護者だらけになる。子供が免許取ってバイク買うじゃない?すると兄に間違えられる。
未成年でローンは組めないから「親御さんの名前と連絡先とか、口座の番号を貰ってきて」いや、私だから。むしろなぜその額をローンで?現金一括払いだろ。
これが極まって来ると私は「お連れ様」と呼ばれる。
次第に子供が成長すると誰がお父さん問題に発展。まさかこんな事になるとは思わなかった。
子供がいるってことは、それなりの出来事が通過点にあるわけで。なぜそうならないのか?恋愛とセックスを誰ともせずにどうやって暮らしているんだ、どうすれば実現できるのか詳しく教えて欲しい。
避妊してなかったわけじゃないのに、セックスしたら妊娠する。という経験談。
配偶者を持たないディンクスの方もいて、家庭の事情が背景にある。
健康に対する不安とハイリスク、社会への不満や金銭的な問題。夫婦二人で暮らす理由はそれぞれにあって、選択肢である事はもう一般的に浸透した感覚だと思いたい。
妊娠は女性も男性も適齢期がある。望んだ時に苦戦した結果、健康を意識させられ、体の内容を認めなければ進めない出来事が起きると、先の不安が急接近する。それを一人ではなく夫婦で、パートナーシップには大人のマナーがたくさんある。お互いを思いやり尊敬する関係性の構築や、相手の面倒をみる責任感。本当の意味で大人として成熟していくプロセスは家庭にあるのだと私は考えています。
安心できる場所
大切な愛する家族と、パートナーの存在。
そういうの一切ない独身ソロの人生観の行方に『45歳狂う説』自分だけは逃れられる。そうなる筈がないと信じていた自分に裏切られた変化に、更年期障害の陰り。
男性ホルモン・テストステロンの低下により、体の内側から狂ってくるから恐ろしい。AIによる概要「メンズヘルス外来の受診」メンエスは風俗だけど、メンズヘルスケアは男性特有の疾患や健康問題に焦点をあてた医療です。
うつと診断される人が増えるのは、本人だけの問題ではなく、社会に要因があるのも頷ける。いつまでも丈夫ではいられないから、適切な医療に繋がって欲しい。
ただ男として弱い生き物になると、誰からも必要とされなくなるので自身の孤独を癒せる方法を知っておく必要がある。エンタメに寄りかかってしまうのは楽だけど、ずっと消費者になっていると満足度が緩慢になる、そして他人に行動を指摘されると比べない見方を主張。別に自分は困ってないとか、みんなやってると冷静に見せているけど、状況から察した言葉を向けると黙る←狂ってると、こうなります。
時代に輝く戦国武将の言う通り、人間50年────なんでしょうか。
私は屈強なので、5080よろこんで。介護保険を払っているんだから社会福祉が使えるようになったら開幕、調べは付いてるので使い倒す気・満・々・です。
地元の広報誌によると、札幌市は令和8年の予算・一般会計の歳入歳出が1兆3.185億円。結構な金額ですが、ここから雪対策・物価高騰対策・再開発、他。継続可能な観光都市としての発展に使われる予算を私の生活にもあてられる。物価高騰対策臨時給付金は支給対象、その前もなんとか給付金があって子供が18歳以下だと受けられる制度が多い。これが住みやすさに繋がる。
いいよね。これは生き証人になるしかない。
狂ってる場合じゃないのよ。それとも私、もう手遅れなのかしら・・・・・・話を聞きつけた鬼顧問・貴之が何か言おうとしているので、今夜はこの辺で。失礼します。
消えた生姜とわたしの心
擦りおろす
掌よりも小さなおろし金で
生姜を擦りおろす
削れてちいさくなってゆく生姜と
削れてちいさくなっていったわたしの心
生姜は淡い色のスープの中へと消えたけど
生きる日々の中で削れていったわたしの心は
いったいどこへと消えたのだろう
誰かが食べてしまったのだろうか
いったい誰が食べたのだろう
ネクライム
一定の間隔で
切り分けられた
青みがかつた夏服達は
まだ明け透けな朝の中を
淡い期待に胸を膨らませながら
自転車で駆け抜けてゆく
(わたしのネクラな出立ちを見るや)
あなたの
日灼けして
突つ張つた口許が
こう動く
き、も、ち、わ、る、い、
metal tape 巻き戻されて
臙脂の体操服のまんま
勃起したまんま
皮かぶつたまんま
雑木林の中を転がり落ちる
(わたしのcrimeは丸分かりだつた)
あなたの
糜爛だらけの
驢馬のやうな口許が
こう動く
き、も、ち、わ、る、い、
穢れを秘めた夏服達は
あなたに紛れて校門をくぐる
https://i.imgur.com/QK3Fu5J.jpg
夏 雲 奇 峰
こわれものでもなかった
なつかしいひびでもなかった
唯水底に漂う叩きつける雫の聲にぬかづく
夏 雲 奇 峰
熒惑星を薄群青の
きみのひとみで僕も殺して
生成りの砂地に帰す、
そっと未来をここに降ろし
眩むほどの向日葵を
こいあいの夜空とらくにのぼり
木漏れ日も焦れる素肌も
摺り寄せればどのみち下垂する
ありふれた情念の深緋がだらり
薄墨の輝きを匂わせて
朝顔と祀りのうたは
勝色の平行線をただしゃかりきに臨み
永遠を凪ぐ空蝉と風鈴
昊の軌跡 鸚緑の羽根と想い
夕立に覗く期待と不安を何方も。
今生の彩、にぶいろの霹靂とする
目に見えない重さの比較
球児の涙と逆行するラムネの泡
花あかり
花が降り 雪が降り
晴れ渡って
雪あかり 花あかり
春は雪 春に花
乱れ散りて
大嵐
風が吹き 春の風
狂い散りたる
桜かな 六花かな
天気荒れ
春は混沌 春は混乱
花が咲く
地獄よな
舞い踊り 彩りし
桜雪
空に舞い 空昇る
日かざし美し
花あかり 雪あかり
雪桜
まどろみの中で
やめろ
苦い汁をくれ
あの珈琲豆の煎じ汁を
夢に
さ迷い 惑い
酔い潰れ
まどろみが
全てを失わせた
あの あの
大いなる楽を
仏陀が指さした
あの道を
有為の奥山 今朝超えて
浅き夢見し 酔いもせず
苦みが駆け巡り
もう酔いはしない
目が覚めた
日常的世界思慮
トイレのドアを開ける
床にネジが落ちている
何のネジか分からない、分からないのだが
それは確かに正しい場所で役割を果たしていたはず
ネジ穴にネジが入って物体が固定されている、という状態が確かにあったはずなんだ
こういうことは世界にたくさんある
何気なく使う給湯器だってそうだ
屋外に設置されたそれは見えない場所で確実に仕事を果たしている
給湯器内部に流れる水がガスによって生み出された熱によってお湯になる
人間の操作によって蛇口のコックが開きお湯が吐き出される
そのお湯だってもとを辿れば水道局から運ばれている
もっと言えば水源から流れてきている
水源から蛇口までの間にどんな生物やバクテリアが水中を泳いできたか、これは知る由もない
自宅の水道水ですらこうなのだ
見えないものは知ることができない、そして見えないものもまた世界
死んだ爺ちゃんのロックが解けないiPhoneの中身は誰にも分からない
お隣さんの家庭内事情について怒鳴り声以上のことは分からない
太陽内部のビジュアルは1600万度耐熱カメラができるまで分からない
気になるあの子の本心なんて一生かけたって分からない
私は世界を何も知らない、きっと何も知らないまま死んでいくんだ
それで、結局これ何のネジなんだよ――
幸せ
海の水を掬すくっても 青ではなく
雲を握つかんでも 白ではない
哲学者でもない我に
幸せは?と問うても
最適解は みつからない
ただ 太陽が眩しくて
ただ 風が優しい
穏やかな毎日へと繋がる
遥か山の端はから届く
美しい調べのシンフォニー
幸せを問うよりも
ただ 音を楽しみ
なににも揺るがず
どこへも流れない
確固たる我に
幸せはかすかに微笑む
不協和音は逃げ去り
優しく強く
穏やかで弱く
今日も
明日も
小さき幸せの音ねが
我を包む
逃げ水
消失点の手前
前の車まで
500メートル先に
みなぎる輝き
縞模様のような
逃げる黒いゆらめき
わかっている
あれは影
ゆるやかな坂道に
浮き沈みしている
のどの渇き
#じんたま 3
4月5日の夜、クヮン・アイ•ユウさんのツイキャスがあるという告知を目にし、私は導かれるようにその場を訪れた。
画面の向こうには、彼とつつみさんの二人。リスナーは時折出入りがあるものの、私は挨拶もせず、ただ静かに「潜伏」していた。彼から見れば、つつみさんと、正体不明の誰かが耳を傾けている——そんな風に映っていたはずだ。
彼は自作の詩をいくつか披露した。
改めて聴く彼の朗読は、実に響きのいい声だった。言葉の扱いが手慣れているというか、その発声には確かな地力が宿っている。月曜からはまた仕事が始まるはずだが、どうにも寝つけない夜なのだという。私は普段なら12時前には眠りに就くのだが、その夜は潜んだまま、彼の声に身を委ねていた。
詩を朗読し、その背景やつづられた当時の記憶を、つつみさんと対話するように語る時間が流れていく。私は潜伏したまま、歯を磨き、喉を潤すといった生活の細々とした動きをこなしていた。やがて、話題がCWS(Creative Writing Space)に投稿された私の「#じんたま」に及んだ。
いつまでも素性を隠して聴いているのも不自然に思え、私は挨拶がてらコメントを残した。
かつて「B」にいた頃、私は「吸収」と名乗っていた。「グリフィス」という名は、さらにその前、文学極道時代のハンドルネームだ。その投稿掲示板が機能を停止したとき、私もまた、この界隈から自然に消えていくのが道理だと考えていた。
それから約5年、ネット詩の世界からは完全に遠ざかっていた。
転機は、娘がコロナに罹患し、その看病で付き添っていた時に訪れた。ふとした拍子にネット詩の海を彷徨い、辿り着いたのが「B」だった。そこで久しぶりに詩を投稿した。いや、文学極道時代には賑やかし程度の関わりしか持っていなかったから、それは初めて詩を「発表」するような、奇妙な感覚を伴うものだった。その後の「B」での活動が私の今を形作るのだが、今はその本筋から逸れるので置いておく。
長く離れていたせいで、クヮン・アイ•ユウ氏が「B」で最も活発に動いていた時期を、私は全く知らない。ただ、後年になって過去のログを漁っていた際、彼の活動の軌跡を何度か目にした記憶が、断片的に残っているだけだった。
放送の中で、彼は私がCWSで「#じんたま」を書き継いでいることに触れ、「ご自身のペースで書いてくださいね」と穏やかに言葉を掛けてくれた。私は頷きを返しつつ、「ご本人のことをよく知らないまま書き始めてしまって、どこか変な感覚なんです」と正直な胸の内を明かした。
「クヮン・アイ•ユウさんの詩界隈での人間関係、その相関図のようなものがあれば便利なんですけどね」
そんな私の軽口に応えるように、彼とつつみさんは、これまでの歩みを丁寧に説明してくれた。
知っている名前もあれば、初めて聞く名もあった。
「武田地球さんとも活動されていたのですか?」と、おぼろげな記憶を頼りに尋ねると、「詩人z」についての解説もしてくれた。「クヮン・アイ•ユウさんは、大阪のミャンマーさんなのですか?」という私の問いには、「いや、どうなんですかね」という、煙に巻くような、あるいは照れ隠しのような返答が戻ってきた。
どうなんだろう、私は一体何を聞いているのだ。そんな自問がふと頭をよぎる。
放送は24時前に幕を閉じ、私は挨拶をして退室した。
それから、つつみさんのカレー作りの動画を眺め、紹介された場所へと飛び、過去から現在へと繋がるクヮン・アイ•ユウ氏の活動の足跡を巡り歩いた。
CWSに「#じんたま」を投稿し続けることで、私は何を求めているのだろうか。
ふと、自分自身の中にある「カタルシス」のようなものを求めているのではないかと感じた。
トーマス・マンの『魔の山』、サマセット・モームの『人間の絆』、そしてヘルマン・ヘッセの『車輪の下』——。古の教養小説が描いてきたように、私は自分自身の歩みを振り返りながら、この「#じんたま」という活動を通じ、どこか決定的な場所へ辿り着こうとしているのではないか。
目を閉じれば、ハンス・カストルプがそこに立って、世界の無常を語り出す。
私はその深く、静かな瞳を、いつまでも見つめ続けていた。
愛になる
今まで感じた
心のすべて
受け入れられた
心のやさしさ
あたためて
言葉のなかに
心伝えて
いつまでも
目に触れるもの
感じるたびに
心のすべてが
愛になる
優しさの色
ふんわりと香った
春の空気
伝わってゆく
勇気をもらえて
いつものように
巡ってくる
春のなかで
こんなにも
一瞬で
優しさに
満たされる
見上げた空に溢れるもの
ありがとうの心はね
ありふれた景色のなかに
あふれてる
目に映るもの
愛にあふれて
感じた心
うれしくて
やさしい気持ち
に満たされて
あふれていくから
かわいくて
やさしくて
あたたかい心のなか
言葉にのせて
大切なもの
あげたい気持ち
あふれてくる
欲しがる
夜の帷に
預け合っている
音のない言葉
裏も表も
思いは伝わり
眠るでもなく
曖昧な昨日の面影
時計の針の精密
静まる枕元
伝わるからこそ
言葉の音を欲しがり
ためらうままに
バレている
心の中で何度も書いた
愛しています
シンボル・アイテム
そのアトラクションの中には
80億の窓があり
ひとつひとつの窓からは
それぞれ異なる天国の光景が
垣間見えるというそうだ
オープンカーに乗った鬼灯と蜘蛛
花畑の世界樹
6時間目の西日
かけがえのない景色
鍵がかかったアトラクション
鍵穴の無い南京錠
誰も中に入れないのかというとそうでもなく
ただ、二人一組、ペアで招待される仕組みらしい
80億の窓を今日のうちにすべて、
めまぐるしく消費することはない。
次の舞台を見つけるまで、となりのこの人と
永遠のような景色を合計80億回まで観覧していよう
時間というもののない中で
どれだけの窓から異なる天国を眺めたろうか
そうして僕らは
アトラクションの核心と思しき心臓部に辿り着く
静謐なムードの中に鎮座する宝箱
もしや、あの中に南京錠の鍵が?
宝箱は空箱で
開けて報われたと感じたのは
僕とペアでこのアトラクションを楽しんでいる
この人だった
「空っぽでも頑張り続けた」
君の思いが視覚化された
知ってたよ、と僕は返す。
もし今このアトラクションを出たとしたら
南京錠には鍵穴が発生してるのだろうか?
僕と君は合意して
このアトラクションの入り口に引き返そうとしたが
そもそもどうやって中に入ったのか
それを思い出せなかった
時間というものの無い
そして退屈もしない
このアトラクションに出口があるとしたらそれは
君とのお別れなのかもしれない
空っぽでも頑張り続けた君と
君の中身にはなれなかった僕の
盟約が終わる時
その時僕らは自らの意志の原因を
自らに置くことができるはずだ
君は永遠に空っぽの宝箱
僕は永遠に使われることのない聖なる鍵
それが僕らのシンボル・アイテム
また一つ
今まで見てきたのとは違う天国を
アトラクションの窓から君と眺めた
確固たる答えなきエッセイ『実在の事件のその創作について』
実在の事件、それはなんとも誘われる題材であろう。こと社会風刺として国家社会を誹り、あるいは人間の失望というものを描きたがる人にとってはこれほど美味しい素材もないだろう。だが、これは同時に残穢となりかねないのだ。とくに人が生き残っているようなものに関しては。
もちろん、それがジャーナリズム的あるいは一歩距離を置いたうえでの作品だとするならば、それは一定程度の安全性を有する。そうでなければオウムの問題に関して論じていた村上春樹は世間からの攻撃の憂き目にあったことだろう。彼の一歩引いた世界への見方はそれすなわち同時に彼自身を守る盾となっている。
しかし、作品に何らかの不快性を付与するとなると話は変わってくる。誰かを不快にすることを前提でやると、当事者よりもやはりその他多くの読者たちの方に違和感を抱かせるのだ。とりわけ、そういうのを「不快に思われた方がいたら大変申し訳ありません(笑)」という感じの態度を悪びれもせずに浮かべながら免罪符にして作品を公表すると、いっそう事態は悪化することになる。
しかし、ここで一つの疑問が生じる。
たとえばオウムによる地下鉄サリン事件も秋葉原における通り魔事件もあるいは少年Aが神戸で引き起こした事件も佐世保における小学生が引き起こした事件も、まだネタにはできないし、僕だってしたくはない。でも、なぜか僕が第一次世界大戦の神話化、植民地(大英帝国の宝石)への郷愁の告白、共和主義者たちへの憎悪の吐露をしたとしても、「この作品が誰かにとっての残穢にならないことを願っています。」と言われることはないのである。
不思議なものである。僕は散々ナショナリズムのその発露はしたし、ナショナリズム自体もある意味実在の出来事といっても良いはずなのである。というか『眠れる場所』という過去の作品の挿絵で多分何かに気付いた方もおられるはずだ。だが、一向に批判はない。実在の事件どころか戦争が数年間ずっと行われているというのにも関わらず。
顰蹙を買う実在の出来事・事件と、そうでないもの。この両者の区別は大変難しいし、僕だって答えは持ち合わせているわけじゃない。多分、顰蹙には共感が由来しており、それが発動されるための時間と距離には制約がある……といったのも答えの一つかもしれないが、それもどうにも確証を持てない。
ただそれだけの文章ではあるが、どうかポイント稼ぎがてら、なんやかんやの考察を残していくのも手ではないだろうか。もしかしたらコメント欄で議論が興って、そこからまたコメントを残していけばもっとポイント稼げるだろうし、僕も興味深くはあるのだ。
#じんたま 5 BOOST
昨日のユウ氏の放送を受けて
深夜、青白く光る液晶の向こう側で、クヮン・アイ・ユウの声が流れている。それは現代における変奏のようにも聞こえる。
高度に発達したAIとSNSの海に投げ出されている僕等、辿り着くべき場所はあるのだろうか?
かつての「B」第8期。私たちが夢想した、詩人が不当に傷つかないためのシステム。掲示板を閉じ、個々のプラットフォームへと分散させる。それは管理という名の「支配」から言葉を解き放つ試みだったが、孤独な星々を繋ぐ軌道はあまりに細かった。
「運営が責められない仕組み」を希求した私の焦燥は、今のユウ氏と三浦氏のタッグを見ていると、静かに凪いでいく。三浦氏の専門的な知見という「水先案内」を得て、ユウ氏という表現者は、淀みなく「実行」という名の種を蒔き続けている。
ユウ氏は配信という現代の広場で、自身の歩みを多角的に展開していく。思考の檻に閉じこもるのではなく、実際にコインの不要になったツイキャスの大海へと漕ぎ出し、視聴し続けるだけで支援になるという「特典」の仕組みを、福音のように受け入れている。
かつて淀川の河川敷で、三浦氏とユウ氏が交わした放送。あれは現代の「春と修羅」だったのかもしれない。
世界が崩壊し、ゾンビ(あるいは無機質なAIの波)に飲み込まれる直前。彼らは逃げる代わりに、マイクを握り、歌うことを選んだ。その光景は、暗い宇宙を走る銀河鉄道の車窓から見える、一瞬の、しかし永遠の祝祭だ。
世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ないという祈りの、令和における具体的なメルクマールなのだろう。男性詩人が現実的な成果を得るという、渇いた土地に水を引くような行為。ユウ氏はそれを、人柄という名の柔らかな武器で、少しずつ耕していく。
AIが詩を書き、SNSが感情を消費するこの時代において、何を「出口」とするべきか。
おそらく、詩そのものの完成ではない。言葉が、音声が、あるいは企画という名の「熱」が、他者の孤独に触れ、そこに小さな灯をともすこと。ユウ氏の活動の「出口」もまた、単なる数字の達成ではなく、その静かな熱が伝播し、誰かの「渇き」を癒やす瞬間にこそある。
私はかつて「よそ者」として、システムの構築を急いだ。しかし今、画面越しに聞こえるユウ氏の落ち着いた語り口の奥に、かつての議論では辿り着けなかった「善き影響」の萌芽を見る。今の私にはわかる
私は「よそ者」と自分自身がそうみなす事で何か安全圏に身を委ねていたのだ。
愚かで卑怯な行為だった。
みんなごめんよ。
「ガブガブ」
終末を笑うゾンビの足音も、彼らの放送の前では、奇妙に陽気なリズムへと変わる。私たちは、どこへ辿り着けば成功なのか。その答えはまだ銀河の霧の中だが、少なくとも今、この接続された暗闇の中で、私たちは一人ではない。
ただ視聴を続ける。ただ言葉を信じる。
それだけで資することができるのだ。
神は、今、スマートフォンの青い光の中で、確かに息づいている。
求めれば求めるほど ひらく距離
ほら 喉から手が出てる
惨めなのは どっち
#じんたま 5
CWSで「#じんたま」の連載を始めてから、クヮン・アイ•ユウ氏のツイキャスを欠かさず聴くようになった。
ある夜の配信では、ねねむ氏がアイテムを投じている場面に出くわした。ユウ氏は謝辞を述べつつも、現在は放送に延長用のコインが不要になったことを説明していた。視聴時間が一定を超えると得られる、プラットフォーム側の「特典」のようなものらしい。彼らの活動に少しでも資することを願う身としては、ただ視聴を続けるだけで支援になるのであれば、これほど心強いことはない。
そのあたりの運用には三浦氏のアドバイスがあるようで、やはり専門的な知見を持つ者が傍にいるのは、活動の持続において大きな助けになっていると感じる。
ユウ氏のこれまでの歩みを辿るにつれ、その活動の多角さに驚かされる。
私にも思うところは多々あるが、彼は思考するだけでなく、実際に「実行」へと移している。その淀みのなさは、渇いた土地に水が行き渡るような清潔感がある。
では、この活動の「出口」はどこにあるのか。配信『#じんたま』がどこへ辿り着けば成功と言えるのか。三浦氏が放送でしばしば口にしている「文極ツイキャスを超える」という目標が、ひとつの指標なのだろう。
そもそも、この企画の源流は、三浦氏がかつて手掛けていた「ネット詩は文学じゃない」という放送の続編構想にあったはずだ。あの番組が、諸事情で中断を余儀なくされた際、三浦氏から「次はユウさんの活動を企画として取り上げる」みたいことを言っていた。それを伝えられたユウ氏が、どこか高揚した様子で配信を行っていた記憶がある。普段の落ち着いた語り口からは意外にみえるが、彼はその内側に、静かな、しかし確かな熱を秘めた人間なのだと思う。
「企画」という言葉で思い出すのは、かつての「B」第8期運営における議論だ。
第6期運営が疲弊し、指弾を浴びる惨状を目の当たりにしていた私は、運営が不当に責められないシステムを構築するために息巻いていた。新体制が軌道に乗り、投稿者と運営の健全な距離が保てる仕組みができれば、速やかに身を引くつもりだった。これは今となっては後出しの言い訳に聞こえるかもしれないが、それが当時の私の偽らざる本心だった。
その他に私が運営として成したかったことは、いくつかあった。
詩集発行のためのクラウドファンディング、複数人での共同詩のプロット作成、そして収益化の提案。なかでも「運営が責められない仕組み」として考えた案がある。それは、詩の投稿掲示板そのものを閉鎖し、各自が用意した外部プラットフォーム( noteやブログ等)で作品を公開し、掲示板にはその更新通知のみを載せるという形式だ。
場を個人管理に移行すれば、運営が揉め事に介入する必要はなくなる。しかし、この「B」の機能を縮小させるような提案は、他のメンバーや投稿者からは芳しい反応を得られなかった。
第8期運営は、一週間の突貫工事で成立した組織だった。方向性は統一されないまま、とりあえず代表と窓口対応だけを決め、後は走りながら擦り合わせる感じだった。内部は幾つかのグループが形成され、私はその中でまぁどこまでいっても「よそ者」でしかなかった。
それも無理はない。「B」での活動歴は浅く、メンバーのこともテキスト上でしか知らない。文学極道時代から知る者もいたが、当時は「馴れ合い」を排する硬派な空気が支配的で、詩の批評以外の対話など皆無だった。私にとっては、全員が「初めまして」の感覚だったのだ。
企画会議では、独自の収益化を目指して議論が行われていた。詩人のLINEスタンプ、詩集の英訳化、英会話教本としての販売——。何時間も議論を重ねた日々が懐かしくもあり、虚しくもある。
話を戻そう。ユウ氏の活動を追っていると、かつての私たちが夢想し、ついには形にできなかった「企画」を、彼は彼なりの企画を地道に、かつ着実に実行に移していることに気づく。詩壇という界隈に対し、人柄を武器に、善き影響を与えようと努力している。三浦氏が彼を支援し、深く関わろうとする理由もそこにあるのだろう。私もまた、その姿勢を支持したい。
男性詩人が現実的な成果を得るためには、何が必要か。今はまず、この『#じんたま』のリスナーを増やしていくことが、何よりの近道であるように感じる。Xを眺めれば、様々なプラットフォームで詩の朗読が行われており、確かな「うねり」のようなものは感じられる。
ふと、かつて淀川の河川敷で三浦氏とユウ氏が行っていた放送を思い出した。
それはまるで、崩壊した世界で、ゾンビに襲われる直前まで二人で歌を歌い続けているような、奇妙な明るさに満ちていた。
終末を笑う、陽気な僕ら。
ガブガブ。
回転しない木馬
遊園地に「回転しない木馬」があった
妻と娘が乗り
僕が写真を撮ることになった
バーにおつかまりください
というアナウンスの後にブザーが鳴り
回転しない木馬が
回転し始めなかった
妻と娘が同じ場所から
笑いながら手を振っている
僕もシャッターを切りながら
時々手を振って応える
長かったり、長くなかったり
そんな一生のうちのほんの数分間
みんなで笑って
みんなで手を振る
終了のブザーが鳴るまで
夢中に家族であり続ける
替えのきく唯一
或る生涯では
俺は一つの砂だった
一つの浜を構成する数多の砂の内の一つだった
或る生涯では
俺は一つの細胞だった
一つの人を構成する数多の細胞の内の一つだった
或る生涯では
俺は一つの星だった
一つの夜空を構成する数多の星々の内の一つだった
或る生涯では
俺は一つの宇宙だった
一つの次元を構成する数多の宇宙の内の一つだった
或る生涯では
俺は一人の人間だった
たった一つの地球を構成する生命体の内の一つだった
そして
たった一つの国を構成する国民の内の一人だった
そして
たった一つの俺を構成する内の一人であった
お前がたった一人のお前であるように
俺もまたたった一人の俺であった
甘く焦げる
四拍子 裏打ち メトロノーム
三番ホーム 発車メロディ
雑踏 ヘッドホン 混ざる
甘い やりとり 重ねても
既読 ついた メッセージ
返信 待つのも 嫌いじゃない
じりじり じりじり じりじり
好きが焦げてく
カラメルみたいに煮詰まる
スター・デルタ
接続はまず 星の形
電流は たたみこまれ
軸は ためらうように身をひねる。
盤を駆ける針は
回転数を読む
まだ だ
もう少し だ
――ガチャ と
三角に変わった時
モートルの声は 低く太く
三百の力は ねじ込まれる
その息が届く頃には
もう夜が明けている。
許されざる者
どうか教えてください
ニンゲンというものは
所詮は誰かのコピーでしかないのでしょうか
教えてください
答えてください
僕とあなたは 同じなのですか
あなたと同じ
コピーニンゲンなのでしょうか
あの日から いや多分そのずっと前から
僕は僕がわからないままなのです
あの日 あの日曜日
たまたまつけたテレビに映ったその光景に
僕は激しく動揺しそして
ものすごい戦慄に襲われました
昼下がりの歩行者天国
まるで人ごみをぶった斬るようにトラックが突っ込んで
さらにナイフを振り回して 次々歩行者を刺していったと
テレビに映し出されたナイフを振り回している男に
僕は一瞬 目を疑いました
全身の力が抜けたような感じがしました
わなわなと躰の震えが止まらず
目の前が 僕のまわりの世界が
ぐにゃりとねじ曲がってしまったような
足元から崩れ落ちてしまいそうな
どうしていいんだかわからなくて
意味もなく部屋のあちこちを開けたり閉めたり
水をがぶがぶと 2ℓのペットボトルほとんど飲み干してしまったり
部屋の鍵がすべてかかっていることを確認し
カーテンを閉め切って
テレビから流れてくるその映像とその男を
ただただじっと見つめていました
あの日から 僕の生活は一変しました
隠れるように隠れるように
ひっそりと こっそりと
住む場所を変え 仕事を変え
苗字もわからないように変え
それでも どこにも逃げ場はありませんでした
こんな僕にも 結婚したいと思える女性がいました
彼女にだけは 彼女にだけは
本当の僕を打ち明けていましたが
彼女は笑って
「あなたはあなたよ」
と云ってくれていて
僕も少しだけ 気が緩んでしまっていたのです
もちろん 彼女のご両親からの許しは貰えませんでした
解かっていたつもりでした
一緒になることは許してもらえなくとも
このままずっと長く 彼女と一緒にいられるならば
けれども そんなに人生
うまくいくわけなんかなかったのです
ある夜 とうとう彼女は云いました
「あんたもあんたの家族もイカれてるのよ!」
と
あの日 あの歩行者天国で無差別殺傷事件を起こしたのは
僕の兄です
子どものころ 僕たち兄弟は
とにかく母親の機嫌ばかり気にして過ごしていました
お風呂では九九の暗記
5秒躓いただけでお湯に沈められ
長いものさしで背中を何度も叩かれる
雪の中 裸足のまま夜通し外に放置されたり
作文の一字一句にまでダメ出し
もたもた食事をしていると
床に全部ぶちまけ 犬食いするよう云われたり
兄はコピーだと云っていたと聞きました
自分はあの母親のコピーに過ぎないと
兄がコピーだとするなら
僕もまた そのコピーということになります
僕はなんだか背筋がワゾワと凍るような
冷たいものが走っていくのを感じました
僕も兄と同じなのか
このまま生き続けていたら
兄と同じことを いつか僕も
僕もしてしまうかもしれない
生きていてはいけないのだと思います
あのとき彼女が一瞬でも
「あなたはあなた」と云ってくれたけれど
やはり犯罪者の家族は イコール犯罪者なのです
いままで優しくしてくださった方々
本当にありがとうございました
感謝しても感謝しきれません
お父さんお母さん
あなたたちだけに兄の仕出かしたこと
押し付けるみたいにしてしまい
ごめんなさい
気付いてしまったから
僕ももしかしたらって
僕と兄はちがうニンゲンと
思いこもうとすればするほど
あれも似ている これも似ている
似すぎている
そんなことばかり考えてしまう自分が
そら恐ろしくて そら恐ろしくて
とてもこの先
堪えて生きていく自信がないのです
兄さん 兄さん
せめて一度だけでも
生きてる間に話がしたかった
あなたに宛てた長い長い手紙
読んでいただけたでしょうか
返事がこない
それがすべての答えなのですね
兄さん 兄さん
あなたがあの日 本当にナイフを向けたかったのは
父さんや母さん 僕たち家族
そして あなた自身だったのではなかったですか
なぜ なんの罪咎もない
関係のない人たちに向けてしまったのですか
あの人たちが一体 あなたに何をしたというのですか
気づいてもらいたかったのですか
止めてもらいたかったのですか
誰かに 自分もここにいる
いていいんだって 云ってもらいたかったのですか
兄さん あなたはズルイです
卑怯です
やはりあなたはコピーです
あの母親を まるで切って貼りつけたみたいに
そっくりだ
僕たちは所詮 血のつながった赤の他人
ただのコピーニンゲンでしか
なかったのですよね
あなたを責める資格は 僕にはありません
最期に、被害に遭われた方々に
心からのお詫びとご冥福をお祈り申し上げます
僕なんかのちっぽけな命ひとつ失くしたくらいでは
決して決して 償えるはずもありませんし
なにもひとつも 取り返す術もありません
ごめんなさい
さようなら
花畑
陽光伸びる
桜は燃える
空は勿忘草の花畑
縁は解けて稜線を描く
分つ君は春空の下、眼底に染まれと風そよぐ
藍に染まり、そう願う
夕色泡沫、泳ぎきり、
「盗んでもいいが
ちゃんと わけて食え。」
そう書いた看板を
群れからはぐれた
波型の飛行物体、
ながめながら立てかけている
老人の眼の中には
X、Y、X、Y
Z、Z、Zの文字が順番に
ちょうど腑に落ちるテンポで
点滅している
腹ペコになれば
迷惑かけていい道理ってのは
まだまだ修行が足りねえよな。
マルコじいさん。
そろそろ 空が落ちてくるよ
あわになる 世界か あなたが。
ゆういろの あわになる
土のにおい まだ まとっているから
僕は 泡沫たちがあわい空色になって
波立ちながら揺れゆき始めても
じいさんとの おわかれが
わからないかのように
言葉で 命をつなぎとめられると
思っているかのように はなしかけていた
こぼれたミルクをだきしめて
将来的には
ドーナツの穴を集めていきたいです
あまいカプサイシンのような
球状のキャラクターがでてくる
マンガで
ぼくはホソジマ君に
おーい、野球やろうぜ
と声をかけ、
世界を救ってしまっているような
そんなでたらめさが
今後、欲しい。
と、ちゃんと思っています
ドーナツの穴を集める
という事は
なによりクリエイティブだと
思っています
(理から作っていく それを
はたして 暴けるだろうか)
その頃には
若輩者だから
暗中模索しているのだと
逃げもせず
言葉を いいかげん、
言い訳の調合なんぞに使う事がないように
ぼろぼろの迷宮のようになった管たちを
つよく、だきしめたい
ある春の気球学入門
正午のサイレンの余韻がまだ響いています
とろとろと眠ってしまいたい春の午後のはじまりでした
どうしたことか突然妻がふくらみはじめたのです
今日まで職にもつかず稼ぎもなく蕗など食べて妻を
揉んだり捏ねたり転がしたりなどして遊んできたわたしです
自称びんぼう太りの毬のような妻はころころ
それはおもしろいように転がるのでしたが
さきほど二人で食べたドーナツが原因なのでしょうか
ふくらし粉が溶けずに固まりで入っていたのでしょうか
おくびをひとつふたつとするわたしのそばで
にわかにみるみる妻がふくらみはじめたのです
パンにも金にも家にも愛にもこだわらない男のそばで
さびしく肥えた女の腹部が今さらに膨張しだしたのです
愛よりも大きな球体となりどんどんわたしに迫り来る妻の声を
手をばたつかせて何かぱくぱくと口をうごかす妻の声を
わたしは聞きとれないのです
ぱんぱんに張り切ったみごとな女体
それは憎悪のようにも希望のようにもみえるのですが
今にも破裂しそうに膨らんでかすかに浮かびつつある妻を
部屋いっぱいになる前にベランダの窓を開けて
外へ解放してあげるやいなや
するすると肉色の球体は空に昇っていったのです
妻よ 親しい他人の君よ
おまえは空から米やパンをひねり出し
今日また不可能から可能へと飛び越える
うららかにおまえはいま羨ましいほど自由だ
(さようなら詐欺師のあなた)
(ごきげんようペテン師さん)
(奪うばかりのイカモノ詩人さん)
何をいっているのか
口をぱくぱく動かす
それは大きな風船になった妻を
わたしは眼で追います
五月の風に乗って春の午後
ヒバリは空に
カラスも飛んで
父さん 2025ver.
父さん あなたの手は――
節くれだった 大きな手だった
製鉄所の高炉で働いた手
消防士として ホースを握りしめた手
高度成長期を――生き抜いた手だった
父さん あなたの手は――
キャッチボールのボールを
私の手のひらより ずっと小さく見せた
野球部だったあなたに似なかった私は
投げても 受けても うまくできなかった
父さんの手――肩車の手
動物園によく連れて行ってくれた
父さんの手でがっしりつかまれ
私は肩の上――高い場所から 世界を見た
だけど 動物のにおいが嫌いだった私は
写真にいつも ふてくされて写っていた
父さんの手――バイクのハンドルを握る手
手袋もしないで バイクのハンドルを――がっちりと
父さんの背中にしがみつきながら
「どこへ行くの?」と ひやひやしていた私
父さんの手――バス停でタバコを挟んだ手
部活帰り 遅くなる私を
父さんは バス停に――立って待っていた
煙をたなびかせる ハイライトの匂い
タバコが苦手だった私は
そそくさと 横を通り過ぎた
父さん あなたの手は――
結婚式の白いハンカチを持つ手だった
泣いていた大泣きしていた
花婿の父が泣くなんて――
誰が想像しただろう
父さん あなたの手は――
病室のベッドで ピースサインをしていた
「看護認定?最高ランクだ!」と笑った
でも――
私は信じたかった
タバコをやめた父さんは 癌にならないって
棺の中の父さんの手は――大きかった
数珠が 小さく見えた
棺に収まる父さんの手を
私は 合わせて数珠をかけた
それだけが――
唯一 父さんにしてあげられたことだった
葬式を切り盛りするだけで
悲しむことが――できなかった
だから ずっと問いかけている
父さん あなたは幸せでしたか
運動好きの父さん――
あなたは幸せでしたか?
不器用な父さん――
あなたは幸せでしたか?
涙もろい父さん――
大きな手の――
私の父さん
あなたは――幸せでしたか?
父さん
あなたの手は――大きかった
私の心の中にも――
ずっと ずっと残っている
さみどりのゆめ
地球上の
あらゆるさよならが
雑踏に渦巻いた
窓ぎわの
青いカーテンが
内緒話のように
揺れた
肉付きのよい
農家の女が
鶏の首を絞めた
笑いと
嗤いのあいだの
さめた憎しみ
賞味期限切れの
ポテトサラダを食べる
爆音の聞こえない空の下
好きな動画サイトの
しかまるという名の猫が死んだ
ネットでは
触ることのできない悲しみがあり
唐突にかたちを変えた廃墟に
赤く染まった叫声
触ろうとすると
わたしの血がかすかに凍る
すべての人生は
一度しかない
かりん酒を造る村の娘と
時計屋のせがれが
傾いた十字架の教会で式をあげた
何にも満たない
俺が死のうと思っても生きようとも思う
死ぬ意味があっても生きる意味がある
死のうと思う前に落ちる
落ちる前にあわせる
あわせると嫌になる
落ちる
あわせぬ
落ちる
あわせぬw
高校辞めるな
人生舐めんな
まじでざけんな
空気吸うけど蕁麻疹も出ない
つまんな
壊す言い訳が欲しいのにね
守護霊の鳥籠で愛されてるわ
ちゃんと守ってくれてるんだね
追い込まれる前に逃がしてくれるし
家出しても帰ってきておいでって
本当好きにも嫌いにもなれないよ
こっちから手出せないのはどうかと思うけどね
俺に世界を見せやがったから
俺には夢がある
星ほど存在して
死ぬに死ねんが
視力を落とせば
死ねるね
死にたくないわ
生き地獄にて
22歳
※注意書き※
自死に対する気持ちにふれています。
自ら、
身体の内部にメスを入れ
がんばってがんばって
命というしつこいかたまりを削ぎ落とすかのようだ
結構量が多い
終わったと思ったらまた別のがある
もうしんどい、もうしんどい
早く意識よきえてくれ
死に切れぬ人のかたまり
たくさんこの街にはあるのだろう
悔しさが震えてる。
不思議だ
死のうとしてる最中にすら考えたりする想ったりする涙が出る
人々の優しさはきっとうつくしい
けれど命を削ぎ落としている刻
その人が本当に欲しかったものは
花束か?
まるでこの世とあの世を隔てるように手摺が立っている
君がいるのはあの波の中なのにな
たった一声が届かない
届いてもつたわらない
もうそれは
死ぬ以外あとがなくても
誰が責められよう?
助けなんか求められないほど弱ってしまうという気持ちを
君が知っているなら僕はなによりそれが
この世の希望と初めて微笑える
*この作品は22歳の頃に書いたと記憶している。
銀河系のすべての神々を呪う
「もう誰とも話したくない」と無言を貫いていたら、間違い電話が三回かかってきた。
「しばらく一人になりたい」とカフェで読書していたら、知らない人に相席をお願いされた。
「今日は誰にも見つかりたくない」と隅の席に座ったら、店内放送で名前を呼ばれた。
「もう疲れた、何もしたくない」と思ってたら、今日締めのコンビニ振込用紙が見つかった。
「もう休みたい」と有給を取ったら、休み明けに有給休暇を取った人が二人いて、仕事が三倍になった。
「もう辞めたい」と思いながらレジを打っていたら、さっきクレームをつけてきたお客さんがまたレジに並んでいた。「もう辞めたいから今すぐ辞めたい」に気持ちがレベルアップした。
大失恋の夜、泣きながらコンビニに行ったら、振られた相手とばったり会った。
絶叫系が怖くて乗れないのに「度胸試し」で乗らされ、止まったあと体が動かなくて、また絶叫マシーンが動き出した。
「もう全部投げ出したい」と思って大切な物をどんどん段ボールに投げ捨てていたら、宅配便が五回来た。
「もう全部やめたい」と海に行ったら、海上保安庁の船が浮かんでいた。
夜中にひとりドライブで気持ちを切り替えようとしたら、道に迷って朝になっても家に帰れなかった。
「誰にも会いたくない」からしばらく山に籠もろうとしたら、知り合いのハイキンググループに遭遇した。
「もう消えたい」と思いながらスマホを見ていたら、昨日のポストがバズっていた。
「もう◯のう」と思って樹海の森に行ったら、道の途中で車に轢かれそうになってマジ◯ぬ!かと思った。
https://x.com/bagu_now_real
即時一杯の飯に如かず
2月22日は「猫の日」動物の猫もいるけど、男同士の世界には化け猫がいる。
私はBL小説の書き手であり、ゲイ恋リアルを描くシス・ジェンダー。猫といえば、BLに疎通している方ならお解りいただけるだろうか。
そんな話を今から6年前、アルファポリスに投稿。毎年BL大賞があり、ホモ・ウェルカムな空気があるのでは、と思ったらそのようで。商用小説のようには書けない素人ではありますが、秘密の恋と男子ごはんをテーマに書いた小説を、こちらで連載します。
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タイトル:即時一杯の飯に如かず
作品紹介
独身男の飯盛りな日常系
江波絢斗(アラサー部長)は会社の歓迎会で白鳥路嘉(新卒NR)をお持ち帰り
それが飯友(的場和真)にバレてしまい――――!?
秘密の恋と男子ごはん/BL小説
『絢斗のごはんレシピ』付き
・とりあえず、飯。
・実在する商品や店、地名が出てきます。
………<アルファポリス>全17話、掲載中………
主な登場人物
●江波絢斗:趣味が料理の純然たるアラサー部長。
●白鳥路嘉:平成最期の新入社員。食欲旺盛!ツン担当のタチ
●的場和真:絢斗の飯友。イケメンの紅茶王子。
●佐伯総一郎:絢斗の元彼。魅惑のスイーツ王子(今でも絢斗が好き)
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それでは、第一話「猫、拾いました」を始めます。
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午前2時、駅から離れた飲み屋の赤提灯を横切りタクシーを拾う。
今夜は早く帰りたかったのに会社の歓迎会というのはなんて残酷なんだ。
平成最後の新卒は酒の席で下を向いて隣人とすら会話する気配も無い。
そうかと思えば飲めない酒を注がれるだけ煽るバカもいる。会社の飲み会だぞ?酒は嗜むものだと覚えてから社会に出てこい。
半ば呆れる俺はタクシーから男を担いで帰宅。
ポストのダイヤルを回して中を覗くと案の定、不在通知が入ってた。
江波絢斗(えなみ・あやと) 30半ばを過ぎて、独身。
いわゆる大手、業界で高いシェアを誇る御社の関東支部に配属になり半年、女ひとり連れ込まないシンプルライフになぜか泥酔した新卒を上げるとは夢にも思わなかった。
靴を脱がせソファに倒しても起きない。こいつ、ネクタイ何処にやったんだ?
まさかタクシーに忘れて来たとか、いやそれは無い。
その代わりに首から下げている社員証に顔写真と名前は白鳥路嘉(しらとり・るか)。
遂にうちの会社にもキラキラネームが来たと噂に名高い新卒は、明るい性格から酒を断れず、酔い潰れたまま未だに起きない。急性アルコール中毒の可能性を見過ごせないのは俺も過去に酒で失敗しているから。
明日は土曜、会社は休みだがこいつ出社するのか?
顎に手を添え頭を傾げてみたが
「俺はお母さんじゃない」自分に言い聞かせる。
それにしても無防備だな。
女だったら酔った勢いで……なんてこともあり得る事の成り行きには続きがあって翌朝、俺の隣で目覚める白鳥は慌てて飛び起きる様子もなく、胸に甘える。
あのさ……俺、お前の上司な?
これをいつ言おうかタイミングを逃してしまった、俺の落ち度から始まる物語。
・
・
・
・
・
一話あたり、600~2000文字のショートストーリー。
当時話題だったライトBLのタグがついてます。他、ブロマンス・元カレ・年下攻め・飯テロなど。
全17話/タイトル一覧
1.猫、拾いました。
2.朝ごはん
3.マキシマム
4.社員食堂
5.ロシアンティー
6.グランマーブル
7.今夜のメニュー
8.仕事帰りの一杯
9.台湾料理
10.珈琲とチーズケーキ
11.アフタヌーンティー
12.シメパフェ
13.ナポリタン
14.東京ミルクチーズ工房
15.藪蕎麦
16.蒙古タンメン中本
17.Twist Scoop Dunk
CWS初の小説連載。新作ではありませんが、一部の内容に加筆しながら、月・火・水/更新を予定。エッセイも書きます。
【詩】再会
待ち合わせの 十三時に
間に合わせて 乗った電車
空いた席を 空けたままで
ドアの側で 外を眺む
空の青は
はやる気持ち 落ち着かせて
山の緑は
はしゃぐ気持ち 迎え入れて
僕は 深く深く 座る
ドアの側の 紅のシート
背に伝わる 淡い揺れに
薄く閉じた 瞼と耳
ガタンゴトの 三連符が
徐々に 遠ざかって消えた
目を開けたら
目的地は とうに過ぎて
聞こえたのは
終を告げる 車掌の声
僕は 恐る恐る 開く
二人だけの トーク画面
開き始めた ドアの隙間
目がけ投げる 細い身体
ありったけの 「ごめんなさい」
投げたスマホ 汗ばむ手に
跨線橋を
猛ダッシュで 渡り切って
滑り込むは
十三時発の 急行
僕は 破れかぶれ 齧る
ミント味の ガムを一つ
待ち合わせの 饂飩屋から
ストレートに 伸びる列に
一人きりで 待ち続ける
長い髪の 君を探す
「どのあたり?」と
訊くとすぐに 浮かぶ既読
「あたま」と聞き
店の暖簾 目指し走る
僕は 一人ひとり 覗く
二年前と 照らしながら
先頭から 三番目の
瞳と 今 空で触れた
杉の椅子に もたれかかる
君の髪は ショートカット
「大丈夫?」と
尋ねられて マスクを取り
「大丈夫」と
矯正した 前歯を出す
僕は 重ね重ね 下げる
丸い頭 悪い自分
飛んだ刻を カバンに詰め
二十二時に 乗った電車
空いた盤を 埋めるように
角の席に 腰を下ろす
空も山も
水墨画の 夜の町が
昼と同じ
色が香る 街に見えて
僕は じわりじわり 気付く
君に 歩み寄る想いに
おばさん詩
おばさん詩なら
プアプア詩じゃなくブアブア詩かな
黒い乳首のブアブア
乳輪広めのブアブア
片方大きいブアブア
そもそも乳房ブアブア
お臍の周りブアブア
パンツの跡ブアブア
お臍の胡麻ブアブア
アンダーヘアはゴアゴア
秘密の花園ブアブア
秘密のお豆ブアブア
秘密の秘密ブアブア
乙女捨ててブアブア
一周回ってブアブア
我に返ってブアブア
意外と恥らいブアブア
眼尻の小皺
ジワッと涙ブアブア
ここに通う意味
かれは 医師に 俯きながら
おれはもうだめだ
と
訴えた。
もう三度目だ
見捨ててほしい
医師は
取り乱さず
椅子を引いた。
わたしの意思で
あしたは捨てられません
と言い切った
あなたと
ここに通うみんなの
回復が
わたしの
あしたです
だからわたしたちを
君が
捨てないでください
喉元で
閊えた
言葉を呑み込んで
医師は
書類を
硬く握った
この物語はフィクションです。
実際の医師の発言に基づき
制作されたものではありません。
美しい朝のこと
とても美しい朝だった
雨上がりの匂い漂うなか
朝日が白い壁を曙色に染め上げ
風に揺らされた桜は全身を震わせ
柔らかな花びらを舞い踊らせる
新緑を纏い始めた木々たちが
さわさわと細波のような音を奏で
それに合わせ鳥たちが歌う
ただそれだけの
あまりにも美しい朝のこと
もう二度と同じ朝はない
ただ一度の、美しい朝のこと
なんでもない
なんでもない 朝から
なんにもない 手のひらで
なにもできない 日常だ
なにかになりたい 遠方
なんでもない 日差し
なにげない カフェテラスで
なにものでもない 君
「なに?」
「なんでもない」
「なんなの?」
「なんでもないってば」
なにものでもない 私
なにげない カフェテラスで
なんでもない 夕なぎ
なにかになりたい 目前
なにもできない 非情だ
なんにもない 手を振って
なんでもない 夜へと
なんでもあってほしかった から
なんでもいってほしかった 我儘
なんでもないなんでさ 嘘ついた
なんでもないくらい 側にいたかった
当たり前じゃないことを思い出して
いってらっしゃい
おかえりなさい
言える相手がいる幸せ
襟元
草花から
湧き上がる香りが
襟元を通る
いったん
ブラウスの中で
少し迷ってまた外へ
今日の光は
まだ肌に
残ったまま
題無し
千里の道も一歩進んで二歩下がる。
石の上に時間かけんな。
そうやって生きてきた。
後悔先に立たず。
春の月
知らないところで
あなたと私が
同じ月を見ていた
知らないところで
あなたと私が
きれいだと言った
知らないところで
二人が繋がる
そんな春の夜
れじぇんど おぶ おれのオカン!
おまえんとこのオカン、ほんまニッポンのかぁちゃんって感じやな!
見た目で判断すんなや!安定感と安心感があると言えや!
おまえんとこのオカン、頭ラーメンみたいやな、もじゃもじゃやんけ!
うるせい!カップラーメンをひっくり返した斬新なヘアースタイルや!お湯持ってこい、食べさしたるわ!
おまえんとこのオカン、口のまわりカレーまみれでふらふら歩いとったで!
うちはな、先祖代々、口のまわり、カレーまみれにせな外出したらあかんねん
おまえんのとこのオカン、ばあちゃんの見舞いに菊持っていっとったやろ?
せやねん!ついでに線香持って行こうとして止められてん、安心せぇ!線香はウチに置いてきたわ
おまえんとこのオカンが作る弁当、なんでいつも「あじの開き」やねん?
味のある男になるためや!
おまえんとこのオカン、この前ハナクソつけてうろうろ歩いとったで!
あれはハナクソちゃうで、エメラルドや!
おまえんとこのオカン、うち来てアホほど食うて、最後にニオイだけしっかり置いて帰りよったで!
被害届、どこに出すつもりやねん!
おまえんとこのオカン、でっかいパンツほしとったやろ?
あれ、ばあちゃんのやで!オカンのはもっとデッカいねん!
おまえ、この前オカンにチューされとったやろ、見たで!
何見とんねん!次はおまえの番や!
次とかいうな、おまえんとこのオカンにチューされたら、おれが損するやろ?
しっしっしっ失礼やろ!笑
うちのオカン、宝くじ当たっとんねん
チューして運もらえや!
その前にトラウマや〜!
ごめん
好きになってごめん
『いいよ』なんて
許して欲しいなんて
思ってしまってごめん
あわよくば
『俺も』なんて
言って欲しくてごめん
メッセージ来るだけで嬉しいのに
会えるだけで幸せなのに
あなたの特別になりたいなんて
欲張ってしまうの。
好きになってごめん
手の埋葬
手を
引かれて見知った町を歩く
老いた漁師の赤らんだ手が
まぁ、まぁ、呑んでいきぃな、と手まねく
あすこの地蔵、おどしの地蔵さん、脅しな
明治の頃、ぎょうさんの人がコレラで死んだ
焼き場はいっぱい……あすこで焼いたそうや
あすこに祖父さまはおどし番に立ってたんや
小さな手、大きな手、硬い手、柔らかい手
手が 沢山の手が積み上がり
人々の静かな祈りに眠っている
手を
引かれて、そっと手を合わせ
見知らぬ町の顔を、その輪郭を、手でなぞる
知らなかったの(わたしと猫の愛のこと)
あまい香りのきみに
そっと触れるたびに思う
わたしはこんなにも柔らかくて
あたたかいものをこれまで知らなかったと
あまい香りのきみを
そっと抱きしめるたびに思う
わたしはこんなにも優しくて
あたたかいものをこれまで知らなかったと
こんなあたたかさを
死ぬまで知らずに
生きていくのだと思っていたの
蜂蜜のようにあまくて
風に揺れるたんぽぽの綿毛より柔らかい
肌に落ちた雨の最初の一滴より優しくて
晴れの日の窓辺よりもあたたかい
たいせつな、きみのこと
清廉潔白なんて
誰かの小さな孤独や失敗や不幸せを目にして
ああ自分だけではないのだと
心のどこかでほっとする程度の浅ましさなんて
きっと誰しも持っているはずだ
自分が喉から手が出るほど欲しくても
持てなかったものに満たされ微笑む人を見て
胃のあたりに熱かったり冷たかったりする感情が
渦巻く程度のさもしさなんて
きっと誰しも持っているんだ
誰かを羨んだり妬んだりすることくらいある
私だけじゃあない
私だけじゃ
そう思うことで心を保つことなんてきっと
誰しもあることだ
清廉潔白でなんていられない
聖人君子や聖女になんてなれなくていい
一点の穢れもないものである必要なんて
これっぽっちもない
自分の心の内の醜さも浅ましさも知り
自分はさもしい人間なのかとその仄暗さに震え
それでもそれらを丸ごと抱え生きている
きっとそれでいい
人の美しさは
傷がないことでもなければ
欠点や足りないものがないことでもない
それらの感情を知り
それらの感情を抱え
それでも踏ん張って
今この瞬間
笑って立っていることなのだと
私はそう信じている
綺麗事だって
笑いたければ笑えばいい
私も一緒に笑ってみるよ