投稿作品一覧
反物語主義
すべては点であり
それらは決して結びついて線になったりしない
線が見えたら
それは欺瞞だから気をつけなければならない
噴煙が上がると
物語が敗北したことがよく分かる
それは破壊と殺人のしるしであり
我々が何のために建て
何のために生きたのか
もはや分かりようがない
夢は点に満ちた時空であり
いつも散らかって混乱している
したがってそれは世界の鏡である
幸せな夢や楽しい夢で慰められることはあるが
それらはやはり混乱しており
言うまでもなく真実ではない
真実を材にして生まれた妄想である
アマプラのようなもので映画を観ている我々は
真実から遠ざかることをしているのだ
画面に映る芝居や物語は
点から点へ結びついてゆく線である
試すように結びついてできた線に騙されてはいけない
それは甘美な夢であり楽しいものかもしれない
線を作るのは人間の性かもしれない
しかしそれでも真実ではないことが
意味を成すとは思えない
White Day
爪先から空へ
駆け上がっていく刹那
とめどない酸素に見とれて
あっという間に
瞳から海へ 還る
ただしさだけがからだの外を知らず
その先が当たり前のように
在り続けるのなら
無二の青色はただ、
美しいだけでいられたのだろう。
追い詰められて 記憶は
切羽詰まれずに 現実は
せめて一緒だったら、
淋しくなかったのかもしれない。
あるいは、
想うものすべて
雨上がりの虹のように、
喩えられるなら。
流れる景色は流される生命で
吹き抜ける風は吹かれていく肉声
滔々と 混沌と
緩やかに 穏やかに
たくましく かぐわしく
そしてなによりも等しく
何事も無かったかのように季節は
うつし世へ降り注ごうとしている
それはただしさのなかで蒔いた記憶にまで
残酷なまでに等しく
大寒桜はもうすぐ
きみの視神経の中で咲き誇り
感慨の水際に散りゆくのだろう
そんな願いすら
背理法によって、
切り捨てられていくというのならば。
溢れ出る仮定が
断片としての宇宙をさまよう
答えに詰まるたび
ありふれた色の明かりを灯した
忘れられたように、三月
忘れられない、ただしさのなかから
あの日、解き放たれたもの
(今もどこかで見ていますか)
忘れなくてもいい、と
言ってほしいがために、忘れない
遠い過去の日々、
天道虫のような
仕合せの先端はまだらに赤かった
指と指のあいだから
空高くけぶろうとすれば
一途な涙に吸い込まれ
ゆっくり落ちていく
思い出という、爛漫の中へ
3ページ目(8)
8
昼過ぎ、凛は高校の体育祭の代休で家にいた。部屋で数学の問題集を開いている。二次関数のページだった。途中まで解いた式を赤ペンで見直していたところだった。
台所で音がした。
乾いた音だった。何かが床に落ちたような、食器の触れ合う音ではなく、少し重たいものが床にぶつかるような音だった。手を止める。いつもなら、そのあとに音が続く。鍋の蓋、蛇口の水、食器の触れ合う音。母は台所にいるとき、必ず何かしら音を立てている今日はそれが続かない。
凛は耳を澄ました。
何も聞こえない。廊下に出て、階段を降りる。台所の電気はついている。流しの前に母の姿はない。床に座り込んでいた。片手を壁につき、少し前かがみになっている。
「お母さん?」
母は返事をしない。顔色が悪い。凛は一瞬迷った。どうすればいいのか分からない。母がこうしているところを見たことがない。迷っている時間の方が怖かった。
凛は震える手で携帯を開いた。
救急車の番号を思い出そうとするが、頭が真っ白で浮かばない。仕方なく画面で調べる。
表示された「119」を押した。
「はい、119番です。火事ですか、救急ですか」
「きゅ、救急です」
「場所を教えてください」
凛は住所を言う。途中で番地を言い直す。携帯を握ったまま、母の方を見る。
「どうされましたか」
「母が……倒れて……」
「お母さんですね。意識はありますか」
凛は母の肩に触れる。
「お母さん」
母が小さく声を出す。
「……あります」
「呼吸はしていますか」
「はい」
「お母さんの年齢は分かりますか」
凛は一瞬止まる。
「……40…」
言ったあとで、正確な年齢が出てこないことに気づく。
「誕生日は分かるんですけど……」
自分でも、何を言っているのか分からない。
「大丈夫です。40代ですね」
オペレーターの声は落ち着いている。
そのとき、母が小さく言った。
「……救急車はいい」
凛は母の顔を見る。こんな顔を見たことがない。母にそう言われると、本当に呼んでよかったのか分からない。でも、もし何かあったら。そのとき、自分はきっと後悔する。凛は母の背中をさする。
「救急車を向かわせています。お母さまを楽な姿勢で横にしてあげてください。」
凛は携帯を肩と耳の間にはさみ、母の体を支えた。通話が終わる。凛は携帯を握ったまま、しばらく動けなかった。母の顔を見る。
ときどき声をかける。
「お母さん」
母が小さくうなずく。それを確認して、凛はまた背中をさする。意識があるかどうか。それだけは見ておかなければいけないと思った。もし意識がなくなったら、どうすればいいのか。さっきオペレーターは何と言っていたか。凛は何度も思い出そうとする。
時間がどれくらい経ったのか分からない。遠くでサイレンが聞こえた。音が近づいてくる。救急車だと分かった瞬間、凛の体から少し力が抜けた。自分一人で判断し続ける時間が、終わる。そう思った。
母は担架に乗せられ、救急車の中に運ばれた。凛も一緒に乗るように言われた。車内は思ったより狭かった。白い光が明るい。機械の音が小さく鳴っている。凛は母の横に座った。母の手を握る。母の手は少し冷たかった。
救急隊員が母の顔をのぞき込む。
「朝倉さん、聞こえますか」
母が小さくうなずく。
もう一人の隊員が凛の方を見る。
「娘さんですか」
「はい」
「これまでに、お母さんは大きな病気をされたことがありますか?」
凛は少し考える。
すぐには思い出せない。
「……分かりません」
そう言いながら、頭の中で記憶を探る。
「骨折して、入院したことはあります」
「いつ頃ですか?」
「私が小学生のときです」
「持病はありますか?」
「……聞いたことはないです」
救急隊員は母の処置に集中していた。母の胸には小さな電極が貼られ、心電図のモニターが動いている。もう一人の隊員が血圧計を巻き、数値を確認する。
「少し血圧が高めですね」
そんな言葉が聞こえる。隊員の手は止まらない。凛は母の横に座り、手を握っていた。母の顔を見る。呼吸を見る。ときどき声をかける。
「お母さん」
母は小さくうなずく。
救急車は揺れながら走っている。やがて、救急車のスピードがゆるやかになった。サイレンが止まる。外から別の人の声が聞こえる。
「到着しました」救急車の扉が開くと、夜の空気が一気に流れ込んできた。外は思っていたより明るかった。救急入口の白い照明が地面を照らしている。ストレッチャーの車輪がアスファルトの上を滑るように進む。
「通ります」
救急隊員の声が前方に向けてかけられる。自動ドアが開く。消毒液の匂いが鼻に入った。病院の匂いだ、と凛は思う。普段ほとんど来ることのない場所なのに、なぜかすぐにそれと分かる匂いだった。
ストレッチャーはそのまま廊下を進んでいく。白い壁、白い床。天井の蛍光灯が一定の間隔で並んでいる。車輪の音だけが規則的に響く。凛はその後ろを歩いていた。母の顔は見えないが、呼吸はしている。胸がゆっくり上下しているのを確認すると、少しだけ安心する。
看護師が2人ほど近づいてきた。
「こちらです」
ストレッチャーは処置室に入っていく。凛はそのままついて行こうとして、看護師に軽く止められた。
「すみません、少しお待ちください」
処置室の扉が閉まる。凛は廊下に残された。さっきまで母の手を握っていた感触が、まだ手のひらに残っている。どうすればいいのか分からないまま、廊下の壁のそばに立つ。椅子が並んでいるのが見えるが、座る気にはならない。さっきまで動いていた体が急に止まったせいか、頭の中が少し空白になる。
凛は携帯を取り出した。父に電話をしなければならない。画面を見つめる。父の名前を押す。呼び出し音が鳴る。出ない。凛は一度電話を切り、もう一度かける。呼び出し音。やはり出ない。
3回目も出なかった。凛は携帯を手にしたまま、しばらく画面を見つめていた。父は仕事中でも電話に出ることがある。少なくとも、折り返しは早い。今日はそれがない。
凛は少し迷ったあと、検索画面に父の会社の名前を打ち込んだ。すぐに会社のページが表示される。そこに載っている代表番号を、しばらく見つめた。押した。呼び出し音が鳴る。しばらくして、女性の声が出た。
「お電話ありがとうございます。京浜電子工業でございます。」
凛は父の名前を伝える。受話器の向こうで少し間があった。そして、落ち着いた声で言われる。
「申し訳ありませんが、朝倉さんは昨年退職しております」
凛は意味が分からなかった。
「え?」
「現在はこちらには在籍しておりません」
それ以上の説明はなかった。
凛は礼を言って電話を切る。
携帯を握ったまま、しばらく動かなかった。
昨年。
凛の頭に、数日前の食卓が浮かぶ。
「最近、残業が多いのよね」
母がそう言った。
父は少し考えてから答えた。
「そうだな。システムの整理をしていてな」
凛はそれを疑わなかった。そういうものだと思っていた。
そのとき、処置室の扉が開いた。
看護師が顔を出す。
「朝倉さん、お待たせいたしました。」
凛は顔を上げる。
「はい」
「もう少ししたら先生が説明します。お父様とはご連絡つきましたか?」
凛は黙ったままうつむいていた。
携帯を握ったまま、言葉が出なかった。
yuge
魚が好きな母へ
親鳥みたいに
あれこれ運びます
煩わさらずに食べられる、と
あなたは平気で言うけれど
タラも海老も
食べなくたっていいんです
そばに猫さえいてくれれば
お椀によそったスープを
見つめていると
ゆらゆらと、なみだちます
みんなの製品
「これこれ、この間話してたやつです。うちの店に導入したビックリ加工機。
このパネルにね、ざっくりした設定を入力するだけで、丸でも三角でも、色んな製品に加工してくれるんですよ。すごいでしょ?
ただ、機械の精度が安定しなくて、毎回何ミリ何センチとか、角度や色合いに誤差が出ちまうんですよ。なかなかに癖が強い。思い通りに狙った寸法を作るのに、ちょっと時間が掛かっちまうんです。それでも加工速度は今までの機械とは比べものにならないですね。目を見張る仕事量。
うちも長年この仕事に就いてるんですけど、ここまで癖の強い機械を扱うのは初めてです。
メーカーの担当者が言うには、この機械が業界では最新式のモデルなんだとか。世の中には、この機械を並列に繋いで加工させてる店もあるっていうんだから、挑戦者ってのはどの時代にも居るんだなって思いましたよ。
え? 値段?
それはこの前チラッと話したじゃないですか~。逆立ちしたって買えるような値段じゃないので、ひとまずリースで済ませてます。
物価高で、これからレンタル料も上がるんでしょうね。
この機械の仕組みですか?
内部がどうなってるのかは、私ごときじゃ全然わかりません。小耳に挟んだ話じゃ、とうてい公にはできない物がたくさん入ってるとか、何とか。
メーカーからは、ネジの1本でも分解したら保証の対象外だって脅されていますし。まあ、そういう事なんでしょう。
うちは素材の加工屋です。機械そのものを作ったりはしていませんから。この機械だって借りて使ってるだけですし。
内部の詳しいことを知りたいなら、メーカーに直接問い合わせた方がいいでしょう。
精度は安定しませんが、量だけはしこたま作れます。もし、こういった製品がご入り用になりましたら是非ご検討……え? 購入した製品の修正や手直しですか?
いやぁ……それは、まあ。
頼まれればやりますけど、あまり細かい注文の修正は得意な方じゃないですよ? うちの店はオーダーメイドを謳ってますけど、あくまで工業製品なもので。何となくの流行りで手芸っぽく見せてはいますけど、ほとんどが機械加工です。
この通りに『手作業専門店』って幟を立てている店があるじゃないですか?
細かな再注文でしたら、そういう店に持ち込んだ方が確実です。うちよりは上手くやってくれるでしょう。
いえいえ、すみませんね。
これ、この機械に作らせた製品のサンプルです。もしよろしければお持ち帰りください。
何かありましたら、お電話いただければ作りますので。ええ、ご贔屓に。よろしくお願いいたします」
帰省
この町には山がある
まるい生活 泥団子
海岸段丘を軽快に
跳ねて転げて昼下がり
僅かばかりの居眠りで
あたりはすっかり雪化粧
黒髪かつては稲木干し
今では浅間の細雪
枯葉か小枝か 煙る命か
野焼き畑と黒い土
萎んだ父の丸い背と
時に沈んだ囲炉裏の香
鈍行列車が削る畦道
車窓の額縁後ろへと
流れ引かれる後ろ髪
ほどけて残る結び跡
西陽照りつく背中から
東へ伸びる長い影
明日の東京 晴れ予報
後ろ手で立てる親の指
からっぽの世界
早朝の飯田橋駅ホームで
警察に保護された
黄色い線の前で
放心していたらしい
係官の取り調べにも
まったくの上の空
妹が駆けつけた昼下がりには
親指の爪を嚙みちぎっていた
どのみち残されているのは
付録みたいな余生だから
辛い仕打ちには一通り遭った
あとはお迎えを待つばかり
新宿駅に着いたら
トイレの中に立てこもって
両親の眼を盗んで
改札口へ逃げ込んだ
病院と実家との往復
自傷と薬漬けの日々
心安まる居場所は
東中野の安アパートだけ
差別されても友達作った
虐待されても恋人許した
洗脳されても仕事続けた
魔法が解ければ元の木阿弥
団地の十一階の外廊下から
夕暮れの郊外が見える
ぎざぎざになった爪を嚙むと
手すりの上に立った
ここは一体どこなんだろう
私は一体誰なんだろう
電車はどうして来ないんだろう
心に「死ねスイッチ」の入る時
街を発つ
メトロの出口を見上げると
いつも小さな空があり
始まる今日を待っていた
最後の日
小さな雲の白さに映えて
澄んだ青色が笑っていた
この街に
私が刻んだものは僅かでも
この街が
私に刻んだものは大きくて
持ちきれない想いを詰めて
今はただその跡を深く吸う
これからに足元がすくんだ時
心が思い出すように
好きな私を思い出すように
道端
いつもの坂道を上がると
その道端に
菜の花がある
そよそよと
風に吹かれては
こちらを見て笑う
煙草を買いに
ドラッグストアへ
行く
その道中にも
菜の花が
あった
途中
荒れた土地が
まだ早い春の風に
泣いている
五月になれば
あの菜の花も
消えゆく命にあるのか
ふと
そんなことを
考えた
春に歩こう
もう少し
暖かくなったら
膝まである
シャツを着て
袖を
まくり
風に
吹かれて
街を
歩こう
ショーウィンドウの服
ハンドメイドの出店
ドリンクにキッチンカー
ポップな看板
街路樹の木漏れ日
寄植えの草花
誰かに見せたい
わたしの足どり
少しの変化を
探して歩こう
模範解答
その時代に生きていた人は
どんな気持ちだったのでしょうか
その問いの答えを私は知っている
私たちは知っている
令和時代に生きていた人は
どんな気持ちだったのでしょうか
網膜に入る刺激
皮膚と空気
広がる世界
くすぐられる鼻腔
揺れる鼓膜
色付く世界
味蕾は信号を変え
未来はつくられ
豊かな世界
その中で私たちは何を感じる
何を感じた
どれも正解
私は模範解答を知っている
私たちは模範解答を知っている
アスファルト
どこかで転ける
富士の山頂に
夕焼けを掛け
赤く濡れる
濡れたのは私だけ
山頂を眼下に
涙が揺れる
寸刻が経ち
山頂は沈みかけの夕日に
置いていかれ
赤と黒の間を移動し始めた
もう少し立てば陽を忘れ
黒に包まれるのだろう
準備室の煙
理科の実験の準備室
テーブルの上には缶ピース
紫煙天井に向かってゆらゆらと
背中がおいしいというように
夏はランニングシャツ
渡り廊下でなびいた白衣だけ
授業の挨拶はなし
チャイムが鳴るとさっさと出ていった
迷惑にならないいたずらで
正座させられていた僕たちを
笑いながら通り過ぎた
言葉の揚げ足を取ると
怒らず褒めて
笑いを膨らませた
説教中に
トイレへ行きたいと手が上がる
笑って
もう終わりだと背中を向けた
どんなに小さくても
嘘やごまかしは
だれでも平手が飛んだ
グレてた同級生のリーゼント
毎朝掴んで怒鳴っていた
愛車を大事に乗っていた
愛妻弁当を自慢する
おかずをこぼしたシミのあと
白衣はたばこ臭かった
卒業式には
ネクタイ締めて
校門で生徒に囲まれて
ひとりひとりに
がんばれと
握手にすべて応えてた
きっとひとりになったとき
腫れた手に缶ピース
たばこを吸いながら
ネクタイ緩めていただろう
合いカギ
本棚から足に何かが落ちた
鈍い痛みの正体は
カギだった
朝顔が枯れた
返事を欲しがる
ひとり言
背中に
風に乗った言葉が刺さり
目覚めて壁を向いたまま
返す言葉を探した
見つからず
あやすように
ただ抱きしめる
シーソーの下から見上げる
潤んだ目に映るのは
空に描いた幻想
見下ろす僕は
視線を拒んで
目をつむり
飛び降りた
開ける
閉める
合わないカギ
ただの鈍い銀色
だれのものでもない朝顔
だれかの手で捨てられた
かみさまたち
わたしたちのかみさまたちは
そこにあるものすべてにやどり
そのほんとのすがたは
だれにもわからない
とうさん とうさん
てをあわせてこうべたれれば
すこしはわすれて
すこしはしあわせになるの?
そらのわたしたちの
おおきいおじいやおばあたちは
かみさまたちになっても
ときどきはかえってくる
そのときに そのときでさえも
そらにもうみにもゆけない
そんなものたちにも
かみさまたちがやどればいい
そうあればいい
わたしたちは わたしはと
いくら りこしゅぎになっても
かみさまたちのやどる
そこにあるすべてのものに
AI創作の最前線 海外ガチ勢の動向
はじめに
2025年から2026年にかけて、英語圏を中心としたAI創作の現場では、単一のプロンプトで文章を生成する「対話型AI」の時代が終わり、複数のエージェントを制御する「システム設計」のフェーズへと完全に移行しました。
かつて魔法の呪文のようにもてはやされたプロンプトエンジニアリングは、今やシステムの最小構成要素に過ぎません。現在の最前線は、複数のAIを指揮するオーケストレーションや、文脈を管理するエンジニアリングへと集約されています。
この変化の背景には、100万文字を超えるような長編小説のAI出力において、物語の一貫性を保てないという大きな課題がありました。従来のモデルでは、物語の途中で設定を忘れてしまう現象や、出力がどこかで見たような平均的な表現(AIスロップ)に収束してしまう問題が避けられませんでした。
これに対し、現在の高度な創作者たちは、AIを単なる執筆助手ではなく、物語の世界そのものを演算するシミュレーターとして定義し直しています。
具体的な事例として、Shawn Knight氏による「Infinite Weave」が挙げられます。これは、ビジネス的な試みであるのですが、創作に例えるなら、AIに物理法則や宗教的タブーといった初期条件を与え、数千年単位の歴史を再帰的にシミュレーションさせることで、非常に厚みのある世界設定を構築するといった試みです。
また、プロ作家集団のFuture Fiction Academy(FFA)は、NovelCrafterなどのツールをハブにして、Claude 4.5やGPT-5といった複数の最新生成AIモデルを「プロット担当」や「描写担当」として使い分けることで、高度な長編創作を実現しています。
2026海外AI創作ガチ勢最前線
現在の主流は「Writer's Room(作家の分科会)」と呼ばれるワークフローです。これは一つのAIがすべてを書くのではなく、システム内に「プロット設計者」「文体修正者」「論理批評家」「設定考証者」といったエージェントAIの集団を構築し、それらが相互にフィードバックを繰り返す手法です。
例えば、執筆担当AIが書いた初稿に対し、批評担当AIが「伏線の不整合」を指摘し、修正を要求するというループが自動で行われます。
エージェントAI同士が「無難な結論」に落ち着くのを防ぐために、あえて対立させる技術も使われています。執筆担当AIには「キャラクターを生き延びさせたい」という目的を、批評担当AIには「物語を悲劇的にしたい」という目的をそれぞれ与えることで、生成プロセスに意図的な緊張感を生じさせるのです。
さらには。特定の文体を維持するために、物理的な感覚や「皮膚の質感」といった環境変数を意識させることで、読者の身体性に訴えかける描写を追求する方法も、近年のトレンドです。
技術的な側面では、これまでの単純な検索技術に代わり、人間関係や事実を網の目のように構造化して保持する「GraphRAG」が導入されました。これにより、何百ページも前の些細な伏線を「論理的な経路」として再発見し、現在の描写に反映させることが可能になっています。
さらに、キャラクターに「信念」や「欲望」を定義して物語を創発させる「エージェントベース・ナラティブ(ABN)」の実践も始まっています。例えばシェイクスピアの『オセロ』を再現する場合、登場人物に特定の意図を与えてシミュレーションさせることで、作者の意図を超えた動きを引き出します。
エージェントベース・ナラティブの実践
では実際に、シェイクスピアの『オセロ』を、どのようにAIを使用して再現するのか具体的なプロセスを掘り下げていきましょう。海外のガチ勢が使っている方法です。
第一に、海外ガチ勢はAIに物語の台本をそのまま書かせるのではなく、登場人物一人ひとりに「心」の仕組みを組み込んでいます。具体的には、そのキャラクターが何を信じ(Beliefs)、何を望み(Desires)、そのために何をしようとしているか(Intentions)という、BDIモデルと呼ばれる設計図を与えます。
そして、悪役であるイアーゴというエージェントAIには、「オセロの精神を徹底的に破壊する」という非常に強い意図を設定し、たの登場人物もエージェント化して、シュミレーションを開始します。興味深いのは、AIがこの目的を達成するために、周囲のキャラクターの心理状態を自律的に推論し始めたことです。
例えば、イアーゴは「オセロは妻デズデモーナを深く愛しているが、それゆえに嫉妬に弱い」という情報を信じています。同時に、カシオという人物が若くて魅力的であることも認識しています。
AIはこれらの条件を掛け合わせ、シュミレーションをさらに進めると、「カシオとデズデモーナの仲を疑わせるような嘘を、どのタイミングで吹き込めばオセロが最も苦しむか」という、高度な「社会的プランニング」を自分自身で組み立てていきました。
こうなると、人間が「ここでこのセリフを言わせる」と指示を出す必要はありません。AIが演じるイアーゴが、他のキャラクターの心理的な隙を突き、嘘をささやき、状況を操作していく様子がリアルタイムで演算されます。
このような手法の面白さは、物語に「創発(Emergence)」が生まれる点にあります。ときには作者である人間の想像を超えて、イアーゴが予期せぬ冷酷な策略を思いついたり、逆に他のキャラクターがその嘘を見抜いて物語が別の方向に進んだりすることもあります。
単に既存の物語をなぞるのではなく、キャラクターを自律した存在として走らせることで、まるで現実の人間関係のような生々しい緊張感と、予測不可能なドラマが生まれる。これが、2026年におけるAI創作の最も刺激的な領域の一つと言えます。
まとめ
結論として、2026年のAI創作は「文章を書かせる」ことから「物語の環境を設計し、AIに演算させる」ことへと本質的に変化していくのではないでしょうか。
現在、日本の「小説家になろう」といった投稿サイトでは、AI生成による画一的で味気ない作品の氾濫が深刻な問題となっています。それらの多くは多少カスタムしたプロンプトと小規模なデータベースによる、いわば「AIスロップ(質の低い量産物)」そのものであり、読者の期待を裏切るだけでなく、創作コミュニティ全体の活力を削ぐものとして批判の対象となっています。
しかし、今回紹介した海外の最前線の手法は、その安易な利用とは正反対の場所にあります。複数のエージェントを対立させ、矛盾や不協和音をあえて注入し、キャラクターを自律的に走らせるシステム設計は、むしろAI特有の「無難さ」を徹底的に排除するために存在します。
「なろう」で起きているようなテキストの自動量産とは一線を画し、人間の想像を超える生々しいドラマを引き出すための装置なのです。かつては熟練した作家や、TVドラマの脚本家が集団でやっていたような高度なテクニックも、今や個人が気楽に、かつ高解像度で行えるようになりました。AIは決してわるいことばかりではありません。
これからの創作者の役割は、単に文字を埋める作業ではなく、物語世界の論理構造を組み上げ、そこから生まれる予測不能な「人間性」を掬い上げる指揮者(コンダクター)へと進化していくでしょう。
AIを安易な代筆道具として使うのではなく、人間以上に人間らしい文学を追求するための劇場として設計する。この「設計者」としての姿勢、そして指揮者としての総合能力こそが、AI時代の創作において「人間の作家」に求められるのではないでしょうか。
詩は小さいが好き(詩はあるくXXII)
昨日より、月が細くなった
昨日より、水がぬるくなった
昨日より、朝日が深く差し込んだ
昨日より、食卓が明るくなった
今日は、カーテンが眩しい
今日は、春色のシャツを選ぼう
詩は、新芽をつついている
詩は、何か虫を見つけた
夜半から、雨らしい
傘を、いれとく
詩も、準備は出来た
四月始まりの手帳に替えて
行ってきます。
大きな紅葉の木の下で
この舞華町には、大きな大きな紅葉の木がある。その大きさは、街の空を全て覆ってしまうほどだ。だが夏は葉が暑さを和らげ、冬は日光を通して寒さを和らげるため、人々の生活に欠かせないものだった。
そんな紅葉の木の葉が赤くなり始めた頃に、父の危篤の知らせが届いた。
慌てて駆けつけた病室内には、ベッドに横たわる父の姿があった。父に必死に話しかけても、反応はない。もう時間の問題なのだと悟った。
その後ゾロゾロと親族が集まり、皆父のことを見つめていた。
そして、ついにその時が来てしまった。
だんだん生気を失っていく父。頰が黒い粒に変わって、ボロボロと崩れ落ちる。それに続いて、腕や足、肩、太もも、お腹も黒い粒に変わり、崩れ落ちる。その黒い粒は砂のようにサラサラしており、きっと手で掬い上げてもすぐに落ちてしまうだろう。
やがて、父の髪も顔もからだ全て、黒い粒となった。
──父は肥料になってこの世を去ったのだ。
そう思ったが、すぐにその考えを否定した。
──紅葉の木の一部になっても、父は生きているのだ、と。
推薦文 後悔と自滅
ここはどこでしょう
私はだれでしょう
冬の風は鼓膜を破らんばかりに刺激を与える
右耳が籠って聴こえない
ぴーぴー
梅があららこちらにぽこぽこと花をつけている
まるでこちらに私をご覧なさい、美しいでしょう、と問いかけてきてきる
桃色の花を横目で見る
何も思わない
何も思わない
枯れた
ぴーぴー
煙草も飽きてしまった
娯楽が何もできない
ベッドに縛り付けられているみたいだ
何もできない
何もできない!
自己嫌悪
ぴーぴー
朝の月は薄く、それでも存在感が漂う
夜の月は爛々と私を照らし目を焼く
月は私の元に落ちてくるのだろうか
いや、落ちて欲しい
月はこちらを見向きもしない
こちらを見ているのに、裏側を見せてくれない
寒いでしょう
ぴーぴー
このまま叶わぬのなら土になりたい
私だって役に立ちたい
花を植える
そのまま枯れてしまいたい
ぴーぴー
カラカラ
カーカー
ちゅんちゅん
どこかで鳥が囁いている
目は、耳はまだ機能している
晴間にお天道様がいらっしゃる
雪は降っていないのに
凍えそうなほど目の前は白く震えている
微睡の中で暗闇を模索
鳥の音が聞こえる
まだほんの少し聴こえている
運命に逆らえず、欲は途絶えない
ぴーぴー
こちらはどちらでしょう
耳の不具合か鳥の鳴き声か
ここはどこでしょう
私はだれでしょう
手のひらは透けて見えます
目の不具合か
薬指がどうしようもなく痛いのです
ナイフで切り落としてしまいたい
じりっ
凪いだ海の中へ左足からすっと踏み締める
夕焼けが真っ赤に燃えて美しい
海に反射する夕日がとても、とても私には似合わなかった
最後に見た鏡の中の私の顔は死人のようだった
諦め
巨峰色の坊主
元は5つの皿に花弁を隠し
手の甲で拍手をしながら私をに呼びつける
根を飲み込み
酒で流す
栄光!
私は罪人
私は罪人!
自滅を願う
ぽろぽろ
涙は海に還っていった
全て途絶える
掌編『言葉を喰らう』
その図書館には、奇妙な噂があった。中庭に植えられた花々が風に揺れ、木々は葉を擦り合わせてカサカサと音を立てていた。噂というのは他でもないこの中庭についてであった。図書館は中庭をぐるりと囲う形の三階建てで、一階が児童書、二階が一般図書、三階が書庫と自習室という造りだ。中庭に面した壁はガラス張りになっていて、閲覧用の座席が置かれ季節の花を楽しみながら読書ができる仕組みだ。
中庭に纏わる噂とは、実はこの中庭にだけ生息する食虫植物が植えられている。閉館後にトリモチ型の葉をつけた植物がニョキニョキと顔を出し、食っているらしいのだ。食虫植物と言っても、全部が全部昆虫を食べるわけではない。植物を食うものもいれば、昆虫以外を狙う者もいる。中庭に生息する食虫植物は言葉を食らう。言葉というのは人間が考え出したものだと思うかもしれないが、言葉は人間より先に存在していた。その証拠にシジュウカラは鳴き声で高度なコミュニケーションを取っているし、イルカが言葉を使っているなんで説もある。もっとも、人間は言葉を使っているようで、言葉によって家畜化されている。だから、人間は言葉につまったり、言葉にできない状況に陥ると何も出来なくなる。言語化にこれほどまでに縛られている生き物が他にいるだろうか。言葉から人類は解放されるべきではないのか。そのためにこの中庭には特別な食虫植物が植えられている。
「何見てんの?」と肩を叩かれた。 「え、」
知代だった。知代は長く伸びた黒髪を耳にかけると私の隣に座った。
「なんだちよか」
「何でとはなんだ」
「だって、何も面白くない」
「さつきちゃんがいつも退屈そうだから話しかけてるのになぁ。まったく」と知代は私の顔をのぞきこんだ。私は咄嗟に顔を伏せる。
「退屈そうとはなんだ」
「退屈そうは退屈そうだよ」
「そういうちよだって退屈だからここに来たんでしょ?」
「ま、そうだけど」知代は私の読んでいた本をひったくると「どれどれ」と読み始めた。
「『言語にとって美とはなにか』か。また小難しそうなの読んじゃってさ。面白いのこれ?」
「これか。これはさっぱりわからなかった」
「わからないんじゃん」と言って知代は声を出して笑った。その瞬間、館内の視線が集まったのを感じてこらっ!とジェスチャーで窘める。知代はわざとらしく舌を出してごめんと言った。その仕草のわざとらしいこと。令和の女子高生で舌を出して謝る仕草をするのは知代くらいではないか。 「行くよ」と言って私は立ち上がる。
「どこに?」と急いでついてくる知代。どこへ行くか決めていなかった私。とりあえず図書館から出る。
「あーあ、せっかくの読書タイムをちよごときに奪われるなんて。どうせならイケメンにナンパされたかったわ」そう言いながら、私は知代の肩を小突く。やったな!と言って知代も私の脇腹を人差し指で突いてくる。しばらく小突き合いをしながら、私たちは歩いた。 図書館の向かいにある公園のベンチに腰掛け私たちは空を眺めた。広い空。今日は五月にしては肌寒く、晴れてはいたが、朝から風が強かった。知代は髪が風になびいて鬱陶しそうだった。
「さつきちゃん、お腹空いた」と知代が言った。そう言われれば私もお腹が空いた。携帯で時間を確認すると正午過ぎだった。私は九時半の開館からずっと図書館で物思いにふけっていたが、知代はいつから図書館にいたのだろうか。私はいいとして知代は学校に行かなくていいのだろうか。
「そういえば、ちよあんた学校は?」
「サボった」
「不良め」
「えへへ、ありがとう」
「ほめてない」
「そっか」
「うん」
「さつきちゃんがいないと何だかやる気出ないんだよねー」
「私のせいにするな。駅前のサイゼでいい?」
「サイゼいいね!行こ。お腹ぺこぺこ」と知代は言うが早いかすっくと立ち上がってさっさと駅へと歩き始めた。まったく、といいながら私も立ち上がる。
食虫植物というのは湿原などの水と適度な日光があるものの低栄養の場所で生き残るために捕虫という手段を編み出した植物だ。では、中庭にいるとされる言葉を食らう食虫植物は言葉から何を得ているか。手入れの行き届いた中庭は低栄養なわけではなく、陽当たりもよく、捕虫をする必要がない。だから、生存戦略ではないのだ。言葉を食らうのは遊戯にすぎない。言葉を捕まえ分解、吸収したところで得るものは当然ない。
言葉は夜行性であることは意外と知られていない。人間が眠りについた時に、言葉が何をしているか誰も観測できないからだ。だが、私は知っている。夜になると、言葉が文字を纏ってヒラヒラと羽搏いている姿が私には見える。本当はみんな見えているはずなのに、意識に昇らないから見えないのだと私は思っている。言葉を食らう植物はトリモチ型の葉で言葉を捕まえる。言葉が葉に集まるようにトリモチの部分を拡大すると細かい文字のようなものが描かれている。
さて、そんな食虫植物を図書館で育てる意味とは何か。それは言葉の氾濫を防ぐための実験ではないかと言われている。もともと言葉は至るところにいたが、有史以来人類が吐き出してきた言葉は膨大な量になる。傍から見たらこの星は言葉に覆い尽くされているだろう。ラジオが発明されてから、人類は電波に乗せて宇宙空間にも言葉を放出している。言葉なんて目に見えないからいいじゃないかと言う人もいるかもしれないが、見えるものの身にもなってもらいたい。暗闇に浮かぶ文字文字文字。そんな文字に支配された空間を宇宙規模にするわけにはいかない。そこで作られたのがこの食虫植物というわけだ。
「ね、辛味チキン一緒に食べない?」と知代が勝手に注文用紙を書いている。
「やだ、手がベトベトする」
「いいじゃん、ピザも頼むし」
「パスタとドリアも書いてなかった?どんだけ食べるつもり?」
「二人だから大丈夫!」
「そういう問題かね」
「そういう問題なの」 はあ、とため息をつきながら、私はサイゼリヤ恒例のまちがいさがしをしていた。あと二個の間違いが見つからない。いつもそうだ。 間違いが十個あるということ自体が間違いというオチなのでは?と思いたくなる。
「ねえ、さつきちゃん」
「なに?」
「どうして学校やめたの?」
「それいまきく?」
「逆にいつ訊くのよ」と知代は笑った。私もつられて笑った。私には見えなかった。未来が。でも、そんなこと知代に言ったところで、どうにもならない。
「当ててあげようか?」
「え?」
「諦めちゃったんでしょ?」
「そんなことないよ」咄嗟に否定したものの、本当にそうだろうか?と自問していた。
「何もかも意味なんてないって思って諦めちゃったんだよね?」
「そんなことないって!」思わず声が大きくなった。知代に私の何がわかるの?と思ったけれど言わなかった。言葉に救われたかった私の気持ちが知代にわかるはずなんてない。
「私、さつきちゃんが何考えてるか何もわかんない。けどね、私にはさつきちゃんが見えるよ」
「は?人を幽霊みたいに」 そこへすっと辛味チキンがテーブルに置かれる。店員がそそくさと立ち去る。私たちは無言で食べた。手が汚れるから嫌だと言ったのに私は辛味チキンに齧り付いていた。
「バカみたい」と私は言った。唐突に泣きたくなった。知代の前でなら泣いてもいい気がした。
「バカじゃないよ、さつきちゃん」
「バカだよ、ごめん。私バカだよ。ごめんねちよ」私はバカだった。何も見えていなかったんだ。言葉なんてわすれられたらよかったのに。言葉にせずにはいられないことばかりあった。
「私、ホントは」と言いかけて私は言葉に詰まった。知代は運ばれてきたピザをキレイに切り分けていた。 それから私は何も言えなかった。知代も何も言わなかった。私はしゃくりあげて泣いていた。涙で知代が見えない。
その図書館には、奇妙な噂があった。中庭に言葉を食らう食虫植物を育てているという噂。この噂はどこから来たのかいつ頃から流れた噂なのか、はっきりとしたことを私は知らない。知る必要もないだろう。 私は今日も開館から図書館にいた。知代は今日サボらずに学校にいることだろう。知代は私に見せたかったのかもしれない。本当に私が見たいと思っていたものを。でも、私には何にも見えていない。まだ言葉を恐れている。それでも見たいと思う。未来を。これからのこと、これまでのこと。すべてを受け止められるようになったなら、私にも見えるだろうか。知代が。
その食虫植物は夜になると葉を伸ばす。言葉たちを巧みにおびき寄せる。捕まえ、分解し吸収する。そして、また別の言葉を吐き出すのかもしれない。そう思った。だから、私も喰らおう言葉を。
真夜中の会議は踊る(悩み多き感情たちの詩 ケース3)
ある日の真夜中のことでした
感情たちが一同集まって
涙は一体誰のものかという議論になりました
開口一番に手を挙げた悲しみちゃん
そんなの私のものに決まってるじゃない
すると横から淋しがり屋くんがすかさず手を挙げて
いやいや ボクのものに決まってるじゃないかと
わたしのものよとツライちゃん
ボクのものだと苦しみくん
もしも涙が他の誰かのものだったら
この先どうやって生きていったらいいのかわからないと
嘆きはじめる不安がりちゃん
あたしなんか シアワセすぎて
泣いちゃうことよくあるから
絶対あたしのもの
譲れないわと ハッピーちゃん
誰もがこぞって自分のものだと云って譲りません
突然 怒りんぼくんが
思いっきしテーブルを叩いて怒りだしました
みんなの主張は解らなくはない
悲しみちゃんにしても淋しがり屋くんにしても
ツライちゃんにしても苦しみくんしても
不安がりちゃんしたって
涙はクスリみたいなもので
なくてはならない必要なものだってのはよく解る
けどさ ハッピーちゃんまでもが
自分のものだって主張するのは
なんかちょっと違くないか?
ハッピーちゃんなんて
みんなが持ってないもの
欲しくって欲しくって
それでも手にできないもの
いっぱい持ってるじゃないか
持ってるじゃないか
ほら そのふわふわっとやらかく笑うその笑顔
ハッピーちゃんはそれでみんなをシアワセに出来るんだ
素晴らしいじゃないか
それ以上の一体なにが欲しいっていうんだ
よくばりすぎる
ズルいよ不公平だよ
と
そばでずっと黙って聞いていたやさしさちゃん
静かにそっと割って入ります
まぁまぁ 怒りんぼくん落ちついて
誰かひとりのものって決めるんじゃなくさ
必要なひとに 必要な分を分けるってのはどうかな
知ってた?
あたしたちがいま住まってるこの躰って
ほぼ水分で出来てるらしいって話
だからさ 少なくても
涸れてなくなるなんて心配はないと思うの
足りなくなったらまた
すぐ補給すればいいんだもの
それでももし足りないときは
私の分の涙 分けてあげる
だから ね
そうしよ
デジタル電波時計の数字が
ちょうどAM3:33を示していました
333でサンキューってことで
誰かが云って みんな噴き出して笑いました
話してたらなんかノド渇かない?
今からそこのLAWSONで
なにか飲み物でも買ってこようよ
ポカリかアクエリがいいかなやっぱり
涙とほぼ成分一緒だし
だったら私
ほっとレモンが飲みたい
じゃあボクは
みっくちゅじゅーちゅかなぁ
……やれやれ
漆は剥げても生地は剥げぬ
どんなに綺麗に着飾ってみたって
どんなにうまく取り繕ってみせたって
人間の根源的で根本的な本質は
着飾れやしないし
取り繕えもしない
綺麗な漆の塗装が剥げ落ちたあとの
剥き出しになった姿こそ
本当のわたし
本当のあなた
飴玉
飴玉コロコロコロロロリ
何に押され転がる飴玉は
飴玉コロコロコロロロリ
何が追うやら飴玉を
飴玉コロコロコロロロリ
何を見付け止まる飴玉よ
飴玉コロコロコロロロリ
あの子の膨らむホッペから
飴玉コロコロコロロロリ
こぼれる笑顔が甘くて眩しいね
坂下の図書室までの旅
春はまだ
だが冬はようやく過ぎて
そしてあかるさは増しつつ
あちらこちらから雪融けの水の音が聞こえて
手袋やらゴミ袋やら犬の落とし物やら
冬の残した遺留物の現れ始めた、ちょっと
生臭い匂いもする坂道を私は下ってゆく
有島さんに関する本を紙袋に入れて
公園の樹々からのカラス共の鳴き声も
食べ物を探して広場を歩くハト達の身ごなしも
うす曇りの空に凧のように浮かんでいるトンビの姿も
どこかいくぶんの安堵を感じさせ
訪ねて来る者もなく
何処へゆく場所もない私は二週に一度
坂の底にある図書室までを歩き
十冊ほどの本を袋にまた陋屋へと戻る
有島さんはなぜ死んでしまったのか?
ぶらさがった二つのカラダが私の頭から離れない
昔、この街には有島さんが住んでいた
若く美しい夫人と暮した川沿いの家の庭には
春になると桜が満開だったことだろう
漁師町に住む青年が自作の絵を携え
前ぶれもなく訪ねて来たこともあった庭のその桜
あの桜の子孫たちはいま何処にいるのだろうか?
あ!あれは数少ないわが友人だったサトウくんの父上ではないか!
(彼は遠くへ行ってしまったが)
「どちらさんでしたっけ?」
怪訝そうな父上は私を思い出してくれたのかどうか定かではないが
「明日は友達とイシカリさ、釣りに行きます」と教えてくれる
昨年倒れて入院されていたと聞いている父上には
ひと月前に同じこの路上で遭って以来ではあるが
自ら死を選んだ人は謎を残すというけれど
まだ生きている人だって謎ばかりだ
ふっと私もあちらへ行きたくなることがある、でも
私がいなくても、春の水は春に流れるが
私がいるから、春の水が春に光るのだろう
何処へゆくお金も
釣りに誘ってくれる友だちも
一緒に死んでくれる女もいないが
図書室で次に借り出す書物は決めてある
有島さんを訪ねた「漁夫画家」に会うために
前ぶれもなく漁師町の傾いた家を訪れた
八木さんの本にしようと決めてある、そして
青空にドストエフスキーの髯のような雲の浮かぶ測量山のムロランへ
道の両側を落葉松の原始林が途切れなく続くカラフトへ
赤い裸電球とベッドの他には何もない木賃宿のハルピンへ
娼婦たちを訪ねて暗い一郭のトウキョウへと
ちょっと出かけてみるつもりなのだ
春はまだごく浅いけれど
◎註
*「漁夫画家」は有島武郎(一八七八~一九二三)作の小説「生れ出づる悩み」の作中人物「君」のモデルである木田金次郎(一八九三~一九六二)。木田は北海道岩内町出身の画家。岩内で漁業に従事しながら絵を描いていたが、有島の死後は画業に専念した。
*「八木さん」は室蘭出身の作家八木義德(一九一一~一九九九)。
旧制室蘭中学に在校中、剣道部の先輩から奨められた有島の「生れ出づる悩み」を読んで文学に開眼、その後入学した北大水産学部を自主退学後に上京、二十歳で左翼運動に関わり仲間が逮捕された報せを受け満州に逃亡、ハルピンで自殺未遂、故郷室蘭の警察署に勾留された後、転向した。
測量山は室蘭市清水町にある標高一九九mの山で周辺の市街地、室蘭港、噴火湾などが見下ろせる。室蘭警察署の留置場を出て実家に戻った(実母の黒髪は頭半分から白髪に変わっていたという)八木は転向後の失意と無為の日々の中、人目を避けるようにして毎日測量山に登り、携えていったドストエフスキー全集を一冊、また一冊と読破、最終巻「カラマーゾフの兄弟」を読み終えた後、自分も小説を書いてゆこうと決意する。
八木はその後再上京、早大仏文科に在籍、同人雑誌に拠り創作を始める。北大在学中の樺太旅行の途次、宿賃が払えなくなって従事させられた缶詰工場の過酷な労働体験を描いた「海豹」で注目され、中国に出征中の1944年に「劉広福」で第十九回芥川賞を受賞、戦後に帰還した後、空襲による妻子の死を知り「母子鎮魂」を、娼婦との交流を描いた「私のソーニャ」を発表、職業作家として歩き始める。
八木は一九五二年、岩内に木田金次郎を事前連絡もなく初めて訪ねた折のことを短篇「漁夫画家」に描いている。しかしその二年後の岩内大火により、木田は自宅に置いていた作品の大半を焼失することになる。
「パスポート」
何処かに行きたいというくせに
そんな気力もない日々で
やりたいことも、行きたいところも
たくさん、たくさんあったのに
何にもできない日々でいるのが
酷く悲しくて泣いてしまう
なんにもできない人間になってしまった
遠くに行きたい
逃げたい、なのかも
行く元気もないくせに
想像だけは一丁前で
日々を想像の中で過ごす日々で
現実を直視することも出来ない
きっと見えているはずなのに
見えないふりをしているのも
そうじゃないと
そうじゃないと
とても生きていけないから
もう少しだけでも、
私を生かして欲しい
いや、生かさないで欲しい
ふふふ
願いも一丁前だったね
感情
誰かが どこかで 泣いてる
君は 独りで 夜の中に立ち
名もなき声に 耳をすませる
きっと 僕には 解らない
心というものを
感じ取っているのだろう
感情のない僕は 心が解らない
君と僕を繋ぐ 細い糸
君はそれでもいいと言う
僕は大切なものを失くしてしまったのに
君もきっと 泣いているんだろう
気持ちを共有できないって たぶん
思うよりずっと 辛いこと
感情を抜き取られた僕は 無限に
様々な時空を彷徨い 放浪する
君は僕についてくると言う
一緒に大切なものを捜そうと
知ってしまったんだ
感情を取り戻したら 君と
離れなければならないこと
だけど それでも 僕は
感情のない僕は 心が解らない
君と僕を繋ぐ 細い糸
君はそれでもいいと言う
僕は大切なものを失くしてしまったのに
だいぼうけん
小さな冒険者は
虹の麓を探しに
土筆の剣を手に
白詰草の王冠をかぶって
小鳥の囀りも味方して
春泥に増える足跡
【短歌】親愛なる冬のみなさま【まとめてみた】
銀紙にくるまれた冬をとりだしてほうばる前にすこし眺める
透明をかさねてかさねて神無月こんないろでも光になるのか
夏掛けにいっしょうけんめいもぐりこむコタツごっこと音も無い窓
濡れ鼠かわかしたので眠りねずミルクのふとんにくるまって尚
おや中尉あなたでしたかこの冬を鏡のように磨く役目は
十二月なにを撮っても美しく星の採取に役立ちました
枝ぶりは丑三つ時ならシカのツノ冬の昼なら空の花束
将来は研究しようと思い立つ無垢なそらほど寒いふしぎを
碧すぎて夜はとうとう紅くなる電信柱へ薪をくべよう
終わり際は初冬とおなじ匂いみたいこんな鼻ではわからないけど
[そ]卒業
同じ夕焼けを見ています
傷だらけの机を次の者たちへ託します
覚悟のある者、できなかった者 等しくお別れです
わたしたちという集合体はいつかそれぞれを忘れ去る
懐かしむ者、嫌悪する者 等しく過ぎゆくのです
本当に大事なことを教わらず、これから学ばなければならないわたしたち
それがあなたたちの有終の美だ
野晒のお下がりを脱ぎ捨てて、わたしたちたは新しい何かに変わる
わけではなくて、誰かのためのお下がりになる
悲観することじゃない
ただ弱くて怖いだけ
それでも刻まれた日々を携え、わたしたちは前を向くのです
袖を通すことのない抜け殻を皆はどうするのだろう
会うことのないあなたたちに寄る辺ないエールを贈ります
それぞれを謳う 卒業
忙しい日
母が笑いながら
明かりをつける
今日の私は
作業所と歯医者へ
行ってきた
そのときの心は
あたりが暗くなる頃の
あの
淋しさに似ている
母に
「今日は何?」
と聞くと
「肉じゃがよ」
と言う
歯医者の帰り道
目まぐるしく列車が走り
それに乗って
駅を降りると
サチ子ちゃんがいた
サチコちゃんは
サッサっと
走っていった
帰りの駅は
人もまばらで
私の淋しさも
じきに消えた
青白く光る空の
夜の景色が
横浜の海と
どこか似ている
あぁ
今日は忙しかったなと
そっと
つぶやく
水底で揺るてゐるやうな
ぐにゃりと奇妙に歪んだ太陽を仰向けで眺めながら、
その柔らかい陽射しに揺らめく炎を眺めてゐるやうな
何となく慈しみに満ちた雰囲気に抱かれたおれは、
溺死した死体に過ぎぬ。
然し乍ら、閉ぢられることなく見開かれたままの眼は、
ぼんやりと水底からの景色を眺めてゐて、
意識は、いや、念は、おれのところにおれとして留まってゐたのか、
念のみは溺死したおれの骸に宿ってゐた。
星が最期を迎へる時に、
大爆発するやうに
念が大爆発を迎へる束の間の静けさに、
おれはあったのだらう。
おれが沈んでゐた水底はとても閑かで、
水流の揺れに従っておれはぶら~ん、ぶら~ん、と揺れてゐたが、
おれはそれがとても気持ちよく、
念はそれにとても気をよくして笑ってゐた。
さあ、爆発の時だ。
それは凄まじいもので
一瞬にして《一》が《無限》へと変化する
その威力はおれの気を一時遠くにしたが、
直ぐにおれはおれへと収束し、また、発散するのだ。
おれはその両様を辛うじておれ一点で成り立たせ、
おれは無限に広がったおれを何となく感じ
念はそれでも消えることなく、
おれの亡骸をある宿主として
おれは一瞬にして此の宇宙全体を眼下に眺めては、
おれの眼から見える水底からの風景をも眺め、
もう苦悶は何処かへ霧散したのである。
おれの念は時折、誰かと共振し、
おれはその誰かと束の間、話をしては、
他の誰かとまた共振するといふことを繰り返しては、
無限といふものの不思議を味はってゐた。
おれはそれが白昼夢に過ぎぬこととは知りつつも、
おれは《一》と《無限》の収束と発散の両様が、
同時に成り立つ奇妙な世界が存在することを
その時初めて知ったのである。
コタツよな
コタツよな
温もり集う
牛団子
丸くなっては
眠くなってく
焦げるよな
赤熱線に
牛あくび
重なり合って
仲良くイビキ
雪が降る
黒毛の上に
粉砂糖
それでも眠い
ヒーターの下
あぬあむと
眠りなまこで
反芻し
知らず食みたる
となり牛耳
餅のよに
くっつきあって
目をつむり
犇めき合って
また眠り付く
辛うじて
繋ぎとめたる
命あり
祈りと共に
スイッチ入れ
原子力
石油石炭
火を灯し
紡ぎたりたる
子牛の命
温めた
点滴吊るし
牛の中
生食水に
祈りこめたり
夕日よな
ヒーター灯し
朝日よな
ストーブ燃やし
体温上げろ
今 今 生きろ
冬になり
ヒーター縋る
子牛たち
続けよ続け
牛たちの命
薄化粧
鏡に映る私
見てよ
見て
薄化粧
赤い口紅ひくのよ
そして••••••
春日記開く
男への恨み
手首切ったわ
滴りゆく血が愛しいの
ほんの••••••
春雨どきに
けんか中華
ついにはじけた 小籠包
なぐりあいっこ 回鍋肉
意地張りぷりぷり 鶏白湯
黙々むくむく 酸辣湯
あいつと他の子 とんで僕
あいつと別の子 またいで僕
給食は おかわりしなかった
放課後ぶらんこ 坦々麺
嫌だったこと あんなこと
伝えてみたんだ 棒棒鶏
ごめんねって 言ってみる
しょんないなって こいつ笑う
それでいいじゃん 豆板醤
またね明日ね じゃーじゃー麺
楽しくないなら
何も楽しくない
ならば別な場所へ行け
馬鹿になれ
“我らは何ももっていない 愚かであれ
大いに楽しく生きていこう” 自由でいろ
そうあるために
何も成し遂げられなくとも
ただ ただ ただ
善いと言える言葉を遺せたのなら
誰かへ届いたのなら
それで良いとしよう
少なくとも自分自身へは 馬鹿になれ
その言葉は刻まれた 愚かであれ
自由でいろ
ネット詩人宣誓
https://kakuyomu.jp/works/822139845896922977/episodes/822139846398228462
映像
https://kakuyomu.jp/works/822139845896922977/episodes/822139846398285646
糞尿にも詩があると
牛から教えられ
周利槃特から
愚かさの中にも清らかさと詩があると伝えられた
そして地蔵菩薩は
あえて地獄へと足を向ける 馬鹿で
聖人を自称する者どもに目を向けず 馬鹿であれ
愚かで
愚かであれ
自由だ
自由でいろ
様々な人が 様々な言葉を
様々に装飾して
非難してくるだろう
“我らはここにあって死ぬはずのものと覚悟しよう
そうすれば争いは鎮まる” 馬鹿で
それでもいい 馬鹿でいろ
“滅びるも救われるも君の内にある”
だから善いものを遺せ
何も悪く思うな 愚かで
行え 愚かでいろ
“他人が何をしたかでなく、自らが何をしたのかを見よ”
自由だ
自由になれ
“自分の内を見よ。
そこに善の泉があり、君が掘り下げさえすれば
絶えず湧き出すだろう”
呼吸しよう
何も楽しくなくとも 呼吸しよう 馬鹿になれ
体を動かそう 愚かであれ
頭だけでは妄想が走る 自由でいろ
別な場所へ行け “我らは何なのか! 何者なのか!
失敗しても肥やしになる 我らはネット詩人!
汚い場所にも菩薩はいる 我らは自由だ!”
先人たちの指さす方へ
その先を目指せ
希望も絶望も極端だ
まだこの筆は
ここで詩を遺していく
狂人なる瑞穂の国まで ーー 俳句十八句 ーー
狂人なる瑞穂の国まで ―― 俳句十八句 ――
笛地静恵
1
国生みの道陥没し切山椒
灌漑の感慨深き寒波来る
無医村の風へ実りの木守柿
ノーコードアプリオリより村芝居
メンテナンス点目リスクの薬採り
油流し水路の照りの花筏
2
飛来する海の泡より水をしへ
浸水は枕もとへとふぐと汁
投身の線路の果てに二日月
鉄筋のアキレス腱よ金魚売り
からすみのラジオのごとく切られけり
台詞より長き舌出し臭木の実
3
クーポンの後出しジャンケン狐罠
意見には個人差があり名草枯る
天頂の衛星からの天使魚
シェアリングエコノミー終えちゃっきりこ
冥途への優先順位夕永し
トンネルの張り巡らされ木賊刈る
了
全う
わたしは命の
主犯格
天寿を全うし
刑期満了
この世からあしをあらう
水泡
Lux Vitae Meae
君は泳げているだろう
水の細かい粒の集まりの間を
いとも容易く掻き分けて
Lux Vitae Meae
入道雲になったよ
天高く上り集まりほどける
雫はあぶくとなり
曇天の下 光を映す
ねぇLux Vitae Meae
私のあぶくに君が映るよ
春へむかう
薄鈍色の衣を重ね 歩く足のつま先は
夜明けまぢかの冷気に似て きりりと先端を指す
隣家の老女の訃報を紙飛行機にして
疎水沿いの桜並木を抜ける
白梅香 君が漂う
視界に入る僧侶の袖が
ちらちら舞う
紋白蝶 好きだったね
人差し指をのばして肩にとまって 笑って
細めた目 何を見ていたのだろう
蝶の抜ける並木道
そよそよと鳴くウグイスの羽音
婚礼のような葬列
真っ白な骨になった君を抱えて
思い出は花びらだろうか
重みはあるのだろうか
骨壺の質量は魂と同等だろうか
革靴が土を踏むたび喪失していく過去
風が髪をかきあげるたびにふくらんでいく蕾
桜
君の笑顔が空に浮く
含みをもった声がする
一緒に行こうと言った街
いつか見たいと話した星
これからいけるよ
いつでもそばにいるよ
舞いあがる白い息
煙立ちあがる火葬場の先
僕が崩落してゆく
世界が崩壊してゆく
明日になれば
明日が来れば
うららかなアーチをくぐり抜けて
辿り着いたのは満開の春だった
意味が分かると怖い話
梯子
崖の上に咲く
一輪の花を求めて
長い長い
梯子をのぼる
地上の彼は
微笑みながら
梯子を握りしめ
長い間
待ち侘びている
いつの日か
この手が
花に触れる
その瞬間を
お分かりいただけただろうか?
【ヒント】
彼は誰?
何故微笑んでいる?
AIによる詐病、あるいは傲慢の暴露――AI時代における詩の読みを考える
序:揺らぐ境界線
2026年現在、生成AIを用いた創作はもはや他人事ではない。先日、CWSにて、とあるコンクールでAIが生成した小説をそのまま提出して選考通過したという話があったが、この件は詩の世界にとっても無視できない一石を投じたと言える。
私の中には今、生成AIが作る詩に対して、相反する二つの考えが同時に存在している。どちらが正しいと断じることはできないし、そのつもりもない。しかし、この葛藤を共有することで、ある種の議論のたたき台となれば幸いだ。詩とどう向き合うのかを考えることも、また詩的な営みだろうから。
※ここで言う「生成AIが作る詩」(以後、「AI詩」)は「生成AIの生成物を推敲なしで発表した詩(ポン出し)」を指す。詩作の過程で生成AIを用いることを否定する意図はない旨を補足しておく。
考えその1. AI詩は作者と読者の間の信頼を破壊する行為である
詩の鑑賞は、作者と読者の間に結ばれる「見えない契約」の上に成り立っている。 読者は、言葉の背後に切実な人間がいると信じるからこそ、その言葉を深く受け止めようとする。これは、医師が患者の訴えを真実として受け止め、診断を下す関係に近い。
もし、患者が演技で嘘の症状を訴えていたとしたら、医師の診断(読解)はその前提から崩れてしまう。AIであることを隠して詩を発表する行為は、いわばAIによる詐病だ。それは単なるマナー違反にとどまらず、「人間が書いた言葉を読み解く」という詩の営みそのものを、空虚な茶番に変えてしまう危険性を孕んでいる。
考えその2. AI詩は読者の傲慢を暴く新時代の潮流である
一方で、AIの台頭は、一部の読者が無意識に抱いているであろう「読み手の傲慢」を暴く劇薬にもなり得る。 そもそも、詩の読解や解釈とは、どこまでも読み手の中で完結する自己中心的な行為だ。文字から意味を拾い上げ、感動を生み出す作業は、読み手の知識や想像力に完全に依存している。
それにもかかわらず「作者の叙情や意図を正確に読み取った」と考えるのは、読み手の思い上がりに過ぎない。私たちが読み取っているのは、いつだって「自分自身の解釈」が作り上げた幻の作者像である。
AIが生成した詩には、最初から叙情も意図も存在しない。しかし、私たちはそこにある文字列から勝手に意味を見出し、時に涙することさえあるかもしれない。この事実は、詩の正体が「作者の心」ではなく「読み手の中に生まれる反応」であることを、残酷なまでに暴露する。AIの台頭は、この暴露を通じて詩の世界に新たな「読みの技術」をもたらす新時代の潮流となり得る。
結:環境変化としてのAI
大切なのは、AIの是非をジャッジすることではない。AIが存在するという「環境の変化」をどう受け入れるかだ。 他人がAIを使うことも、社会がこの速度で変わっていくことも止めることはできない。
自分がAIを使うか否かに関わらず、私たちは今、かつてないほど「言葉とは何か」を問い直されている。書かれた文字だけを真実とするのか。そこから立ち上がる自分自身の感情だけを根拠とするのか。目の前の詩をどう捉え、どう読むか。詩に対する思想や哲学を持ち、読み方を自分自身で定義することが求められる時代が来ている。
AIは文学に限らず、社会全体に劇的な変化を巻き起こしている。私たちはその変化の渦中で、思考を止めてはならない。
※本稿における基本的な論理構成や主張、文章の最終調整は筆者が行っているが、言語化の過程で一部AIを使用している。なお、筆者は本稿の著作権を放棄していない。
『いちごミルクのキャンディ』(過去作改題、加筆修正)
2023.8.20
「母が亡くなりました。猫については……」
愚痴でその存在を聞くだけだった佐藤さんの息子さんからの着信に呆然とした。突然の喪失に涙も出ないわたしは、ただ夏の暑さに項垂れて、半分夏へと溶け出している惨めな三十路の女だった。
夏にはたくさん溶け出して、冬にはよく凍る。わたしは二十五を超えたあたりからそういう体質に変化した。母もだいたいそうだったと言うし、だいぶん前に亡くなった祖母も、四十をすぎた頃にはよく夏に溶けていたと母から聞いた。
それにしても、世のおばあさんたちはほんとうによく死ぬね。わたしは独りごちたあと、来た道を引き返して、自分の部屋に帰った。
これからもわたしはたくさんのひとを失うだろう。猫のボランティアも世相と同じく高齢化が進んでいるから。
佐藤さんが見送るはずだった、避妊去勢をした上で保護をした猫たちは二十匹で、佐藤さんがあと十年余り生きれば、全てを見送れるはずだった。ただ、佐藤さんは昨晩亡くなってしまったらしい、コロリと。
コロリと死ぬこと。それは老人の抱く最も強い願望の一つだろうが、コロリと死んだことを佐藤さん自身はどう感じているだろう。無念だろうか、一抜け! だろうか、わからない。佐藤さんはどう思っているだろう。
今頃、彼女が見送ってきた、たくさんの猫に囲まれてしあわせにやっているのだろうか。
わたしが、夏に溶けてしまった下半身を集めている間に、死んでしまった佐藤さん。一昨日、猫の世話であったばかりだ。下半身が溶け出すと、トイレに行けなくて困るから、昨日は佐藤さんの家に手伝いに行けないと連絡をしたばかり。ok、体に気をつけて! と返信が来たのに、それっきり死んでしまうなんて聞いていない。
もし佐藤さんが死んでしまうなら、もっと話したいことがあった。ここにいる猫のこと、わたしの他にもいる佐藤さんの手伝いの、誰がどの子を引き取るか、誰にどの子を見てやって欲しいか。
いや、そんなことはどうでもいいな。わたしが佐藤さんと話したかったのは、(すべてが過去形になる)、そうだな、たとえば、一昨日の帰りにくれたいちごミルクのキャンディ、あれ、わたし食べられないんですよ、ほんとは。ただ、佐藤さんがずいっとわたしに押しやってきたから受け取っただけで。わたしこれをたべるとそわそわするから。おばあちゃんを思い出して。
1997.夏
わたしが子どもの時、あれは5歳のとき。祖母はいつも黒飴といちごミルクのキャンディをテーブルの上の折り紙でできた箱に入れておいていた。
わたしは一度、いちごミルクを喉に詰まらせて、母にそれを吐かされたことをまだ覚えている。ゲポッという音を立てていちごミルクが喉から出た後、昼に祖母や母と食べたゴーヤチャンプルーや白米もわたしは吐き出した。吐瀉物の海に混じったいちごミルクのキャンディがきらきらぬめらかに光っていた。その光景が奇妙に目に焼き付いている。
母がわたしを寝かせた後、祖母に懇々と話しているのが、襖越しに聞こえた。
「ああいうのあげないでって言ってるでしょう。メイコに不自然なものはあげたくないの。それに喉に詰まらせてるのに、母さんオロオロするだけだったじゃない」
おばあちゃんの返事は聞こえなかった。ただ、次に祖母の家に行った時、テーブルの上の折り紙でできた箱には、黒飴しか置かれていなかった。わたしもなんだか気恥ずかしくて、この前の嘔吐のことには触れずにそうめんを祖母と母の3人で食べた後、おばあちゃんとわたしは昼寝をした。
祖母の家から自宅へ帰る時、祖母がこっそりわたしの手にいくつかキャンディを握らせてくれた。そこにはいちごミルクのキャンディもあって、わたしはちょっと緊張した。お母さんはどう思うだろう。わたしはそれを黙ってポッケに入れて、祖母に手を振り、母の車に乗り込んだ。
祖母に最後に会ったのは、祖母が施設に入る前日の食事会だった。わたしは中学生になっていて、久しぶりに会う祖母の痩せ方に驚いた。ただ、祖母は、メイコちゃん、かわいくなったねえ、と言ったきり、それ以上言葉を発さなかった。ただ、三人きりの食事会で、ただにこにこしているばかりで、何も話さない祖母。わたしは、そわそわした。何かを話さなくてはと、空回って、母に笑われた。母は今だってそのときのわたしをネタにする。
お母さん、佐藤さんが亡くなったって。お母さんは佐藤さんのこと知らないよね。お母さん、この夏何回溶けた? わたしは五回。こう暑くちゃいやんなるよね。
2020.夏
三年前と少し前、家の近所に小さな三毛猫が暮らしていた。毎日会っていると自然と情が移る。ねえ、今日はとても暑いね、お水飲めてる? だとか、ああ、ご飯くれる人が来たよとか、そうやって毎日話しかけていると、本当に馬鹿になってきて、一人の人間が、この子に何か出来ることがないかを本気で考え始めてしまう。
市のホームページを見たり、外猫の暮らしを調べたりするうちに、わたしはこの子が99%メスで、次の春には子を産むことを知った。
*
わたしからの依頼を受けて、現れた佐藤さんは声が若々しくて、見た目も溌剌として、とても六十代後半のひとには思えなかった。
待機中のきまずさに、無理くり何かを話し出そうとしたとき、捕獲機を置いた方から、ガシャンという、自転車がぶつかったような音がした。
佐藤さんは、「猫ちゃん、入ったみたい」と、歩き出す。わたしもその後を追った。
捕獲機の前に行くと、いつもの三毛猫が小さく暴れながら直方体の捕獲機に入っていた。
手汗で溶けかけていた手で、捕獲機に触れようとする。「危ないよ」。佐藤さんが、タオルを持ってこちらに来た。
そして、「これで完了! あとはこっちで病院連れてくから。お代金だけいただくね」、と言って額の汗を拭った。
「また、ここにちゃんと戻すから、心配しないでね」
佐藤さんの言葉に、わたしの左手がゆるやかに溶け出す。また、この暑い中この子はここに戻される。これから寒くなっても、外で暮らすこの子の将来を考えるざるを得なかった。
「この子、この子飼っちゃいけませんか」
佐藤さんは少し悩んだ後、「大変だよ、人慣れもしてないから」と答えて車の後部座席に三毛猫の入った捕獲機を乗せている。
「でも、いいです。わたし、この子に何かしたくて。毎日、会ってるから、情が移っちゃってて……」。
ふう、と言いながらこっちを見た佐藤さんは、まあとりあえず病院。話はそれから、と言った。
「あと、あなたが良ければ、私の家に来ない?」
それからもう三年、毎日のように一緒に彼女の家の猫の世話をして、だいたい猫の話と日頃のお互いの愚痴を話していた。佐藤さんの家の猫二十匹みんなのトイレと、ケージ内の掃除をする手伝いをして、それが終わったら一緒に料理をしたり、持ってきた季節の果物を(リスのように)、分けたりした。
一昨日の夕方はまだ、出回りたての梨を剥いて、ふたりで縁側で食べていたのに。
たしかに、今思えば、佐藤さんは近頃少し疲れているように見えた。わたしと掃除をした後、休む時間が長くなったし、手の皺が少し増えた気がしていたが、それも後付けだろうか。
わたしはとにかく将来のことを考えないように目を伏せて、足元にいた茶トラの小太郎を撫でていた。
小太郎はわたしになついてくれた初めての猫だった。近頃は歳をとって、よく眠るようになった小太郎。わたしはこの子が大好きだった。
家の三毛猫は、三年の間でわたしに、まれにだっこをさせてくれるようになったが、やはり気まぐれで、大体の場合わたしに抱かれるのを嫌がる。
小太郎は抱き放題、撫で放題で、ひっくり返ってわたしに腹を見せていた。佐藤さんに何かあったら、わたしが小太郎を引き取ることになるんだろうか。そんな考えを打ち消して、梨をシャクシャク食べて、その朝に見た朝ドラの話ばかりしていた。
直近では二匹の猫が亡くなり、わたしはおおいに泣いた。亡くなった猫に花々を組んで、またね、と言って佐藤さんと動物霊園のある寺へ連れて行き、見送った。帰りには二人ともドッと疲れて言葉少なだった。死んでしまった、というよりも、見送れた、という感情が胸を占めた。
いつか、猫を空へ見送った帰り、佐藤さんの運転でわたしたちは喫茶店に向かっていた。佐藤さんの、「わたしのかわいい相棒に何かあったら困るから、安全運転!」、という言葉にわたしは笑った。
でも、わたしは、佐藤さんの運転で死ぬなら、それはそれで幸福だったな。
わたしは、佐藤さん、わたしはね。
いつの間にかわたしの日々は猫たちで塗りつぶされていた。散々だった日常に現れた佐藤さんと猫たちは、いつかの、ゲボの中にきらりと光っていた、いちごミルクのキャンディだった。
*
佐藤さん、来ました、メイコです。と声をかけて、棺の小さな窓を開け、彼女の顔を見た。化粧をされていて普段よりずっと綺麗に見えるが、どこか作り物めいて見える。
ああ、あ。と、猫が肛門から捻り出す便のように、自然と声が漏れ、わたしは夏に包まれていた。止まらなかった。
ちがう、本当はそんなに簡単なことじゃない。
ばかやろー! なんで死んでるんだよー! わたし寂しいじゃないですか。佐藤さん、まだまだ一緒に話しましょうよ。猫一緒に撫でましょうよ。
残された猫の分配を話し合いたそうにしている、他のボランティアの人たちが、わたしを驚愕の目で見ている。わたしも輪に加わらねばならないが、そうはできなかった。
夏が来たからだ。
わたしが座っているあたりの水たまりは面積を広げて、そのままついに床が浸水し始めた。佐藤さん、わたしあなたがいないとこうなんですよ。わたしはついにぷかぷかと浮かびながらひとりごちる。ほんと、ゲボみたいな人間なんです。佐藤さんや猫たちがいないと。
そのとき、猫の鳴き声が一つ二つと聞こえてきた。それなら、いるじゃない、とでも言うように。
わたしは川をかき分けて鳴き声のした方へ向かう。いちごミルクのキャンディ。ゲボみたいな日常のなかのぴかん!
数秒、わたしは佐藤さんの死自体を失っていた。わたし、生きている。
足元では、いつの間にか小太郎が、黒いストッキングに体を擦り付けていた。小太郎を抱き上げて皆の輪に入る。小太郎が私の手を舐めながら、なーんと鳴く。わたしはそれを抱きしめて、涙声で、大丈夫よと囁く。
そうして、わたしが佐藤さんに言えなかったことなどほとんどないことに気づく。
いちごみるくのキャンディのはなしだって、亡くなった佐藤さんを前にすれば、それほど話したかったことにも思えなかった。
わたしが言いたかったことには、輪郭がない。ゲボみたいにぐちゃぐちゃだ。そうだね、言葉にするなら、
佐藤さん、わたし、なんていうか、すごく生きてる、あなたと。
品と恥
品がないというのは
”下半身”を涎を垂らしながら
下卑た笑みで語ること
恥を知らないというのは
それをどう見られるか思慮せず
人に押し付けようという態度
品があり、恥を知っているとは何か
それは最後の授業で”Vive la France!”を叫ぶこと
それは大ルーマニアの沼地で歓喜の内に死ぬこと
それはイシュトヴァーンのその輝きを戴くこと
それはバリケードの中でワルシャワを歌うこと
それはメガリ・イデアをエーゲに臨むこと
それはメースからメーメルまでに在ること
それは聖なるルーシのその草生す骸となること
それは、万世一系の花を、想うこと
空に黒、黄、白
あるいは一つの旭日が
ゆらゆらとひらめいていたとき
地球は最高密度の尊厳性惑星時代を迎えていた
推薦文 枯れぬ欲は破滅
赦しを請うのは自己での完結
朱を熱する
己のみ満足を得られる
罪の意識は気づかずに染みになっている
小指の先から侵入したガラスの破片は血管の移動をやめず
心臓を破裂させる
人差し指、撫でる背骨との距離
これは触れているのか
否、触れていない
欲は鷹
雀になりたかった
川に飛び込んだ烏の翼は渇きを知らず
とても気分がいい
お似合いだ
苦痛はオオルリ
裏切りはカナリア
燕が育む雛鳥
巣食いの敵
鋏で断つは赤いハンカチ
断ちたくないのは赤子の雑巾
願え銀の匙
感情は黒く染まる
瞳は乳白色
欲は地球の重力を遥かに超える
月が近づきすぎた
突き抜けて天の川銀河に放り出される
右手は少しだけ生きていたように見えた
現実は凍った薬指
欲だけが残留
それだけでは足らず親指すら崩壊していった
それでも尽くことを知らない
推薦文 繰り返し、一興にも成らず
やゆやゆと思想の渦中
夢は時々既視感の卵
幸福は石鹸の後始末
望みは消えていく
からからと流れる雨粒の塊
逆さまの感情を糸で救済さえできず
速度を上げて消失していく罪人
それらは声を張り上げる
すらすらと欲求は尽きず
手の甲の拍手で恐怖に満ちる
呻いた伸びた手は飲み込む
其れ等に同情は皆無
断末魔は興にもならず
紅は熱され続ける
終わることを知らない崩壊
それすら見向きもせず
睡蓮は水面で再生
釈迦はするすると鏡の沈着に去る
神亡き時代の信仰
我々は生き甲斐と云う宗教を信じ、自分教を信じる自信派を異端とみなします
ナンセンス
中華屋の入り口は、厨房から飛び散るあぶらと客の靴や濡れ傘が運ぶ水滴で、いつも以上にぬるんとしていた。横並びに座った連れ合いは、紺地に白い線の入ったスニーカーの靴底で何度か床を確かめるように撫でた後、できるだけ接触回数を減らそうと足を浮かせていた。奇妙に硬直した格好がおかしいが、店内をぐると見渡せば、足を浮かせている客が他にも一人いた。
杏仁豆腐が先に来た。親知らずを抜いた痛みが続いているらしく、やわらかいものしか食べない人間の前に。それは、ことりと置かれる。それはまるでそうする決まりがあるかのように。今の感じさ、なんかの儀式みたいだったね。話しかけようとしたら、隣では杏仁豆腐に敵意のまなざしが注がれていた。アッ、ハイ。と心の中でだけ言ってみる。チャーハン定食はまだこない。
スプーンすら手に取らず、赤いさくらんぼと見つめあっている人間の姿は、滑稽だ。種族を超えた叶わない恋をしているみたいで。ハイ、チャーハン定食。杏仁豆腐と冷戦状態に突入しているひとと自分の間からにゅっと手が伸びてきて、チャーハン定食が登場。(今の言い方さ、ドラえもんみたいだね。ワハハ。)熱々のチャーハンの片隅を崩して口に運ぶ。モッモッと咀嚼していると、隣で木椅子がギィと床に擦れた。
「もう帰る」
「ア〜、ハイ」
杏仁豆腐の横に置かれた千円札を財布にしまう。店を出る背中に向けてばいばいと手を振ったが、注文聞きの店員しかそれを見ていなかった。靴底で床を擦れば、そこからつるつるが伝わった。なんとなく足を床から浮かせてみる。こんなことに何の意味があるのか、分からないけど。
連続伝記詩《燃えよペン:谷川俊太郎青年立”詩”伝》:第一話『二十億年後の君へ』
《注意!》
この物語詩は”谷川俊太郎”の青年時代を描いた伝記ですが、文献や資料を一切参考にせず、だいたいが僕のイマジネーションによる展開です。
(そもそも彼が15歳だったとき西暦何年かを把握せずに書き始めた時点でお察し)
問題があった場合は冨岡と鱗滝が腹切ってくれるっしょ(鬼畜)
※※※以下、本編です※※※
一瞬の空白
僕の体は宙に放出
放物線の後に
等速落下運動の開始
「ふん、弱いな
まあ、弱いから狙ったんだが
お前のようなイレギュラーは芽吹く前に
殺しておかないと
”ポォース”に目覚めるのでな」
たった今起こったことを説明しよう
この不真面目なる学生
僕、”福田定一”を襲った出来事を
パン屋をこんがり再襲撃し
美術館に火をつけたあと
優しい春風の帰り道のことだ
目の前に現れた黒人男性
彼はそっと僕の前で手をかざしただけで
不可逆にもほどがある目に見えない力で
それだけで僕を吹っ飛ばしたのだ
舗装された道路に打ち付けられ
擦り傷と衝撃が身骨を苛む
ぼ、僕も何を言っているのかわからない
ただ、とんでもないものの深淵
それだけが感覚を支配した
「冥土の土産に教えてやろう
俺の名はコートジボワール田中
お前という芽吹く前の詩人が
その苦難の生涯を辿る前に
慈悲をもって終わらせるモダニズム詩人」
ポォースもモダニズムも僕にはさっぱり
ただこれから理不尽に
死を強要されるのだけはわかった
コートジボワール田中は僕の首筋に
チョップを決めようと近づいた
ああ、十五の心! 人間十五年!
文字を入れ替えれば五十年もあったのに!
僕はマイナス三十五年で終わる!
僕の死は詩が原因
詩なんて作ったこともないのに
なんて日だ
そう思って、涙を流したとき
「”四千の日と夜のその殺戮について”」
優しい声が聞こえた
僕のこの死に似つかわしくない
そんな声が
そして一瞬だった
すうっと冷たい星と青の光線が放たれ
僕を殺そうとしたスーツ姿の男を
そのまま空の彼方に押しやっていったのだ
「くそがあ! 悪運の強さまで
イレギュラーかよ! 教えはどうなってんだ!」
何がなんだかわからない
この世にわかることなどあるのか
それはさっぱりわからない
だけど、助けられたのは理解
だから、礼を言うという行為
僕は痛む体のさなかで立ち上がり
「ありがとう」
まだ霞む視界で
だけどはっきり
きちんと見える
女の子の夢と希望と
あるいは男性のロマンともいえる
漆黒の西洋風の姫衣装に身を包んだ
金髪をふわりとだけど直線的に
何事もなくたなびかせる少女
……で、右手には八段アイス
「ううん、別に礼を言われるほどの
そんな大したことはしてない
ただ目の前で死なれるのも不快だった
アイスがおいしくなくなる」
「えぇ……」
それを無表情で言うのだから
なおさら本気としか思えない
思えないけど、まあありがたい
それから少女は僕に近づくと
その無感動な顔のまま
ぐいっと僕の顔を覗き込む
「なるほど、すごいポォース
ありえないほど莫大、確かに放置は危険」
だからポォースとはなんだろうか
何かの滲み出る、見えない何か
それはわかるっていうのに
僕を吹き飛ばした男が使ってたのも
その男を吹き飛ばしたのも
きっとそれなのだろうけど
「酷なことを言うね」
「何?」
「あなた、このままだと一生狙われる
多分、アルキメデス佐藤あたりに
あっさり、ざくっとやられちゃうね
可哀想、あのダダイスト怖いよ」
人間五十年 残り三十五年
ずっと狙われるだって?
冗談じゃない
「……どうすればいい?」
僕の口は自然と動いていた
そんなのあんまりだとか
なんで僕がとか
そんな愚痴は出なかった
ただ生き残る方法を知りたかった
トリコロールの夢に浸るための
この人生五十年時代を生きるために
そして少女は僕の思いを汲み取った
「ポォースに目覚める
つまり詩人になること
それだけがあなたの生き残る
唯一の方法」
「詩人に……なる」
実感が湧かなかった
詩人としての人生が
そもそも詩人って
そんなものだっけ?
僕は盗んだバイクで教室を抜け出し
城垣から空を眺めて
羊と遊んで暮らしたことしかないのに
僕には詩と政治がわからぬ
「でも急に全て覚醒すると
多分発火するか人外に変化する」
「なにそれ怖い」
「だから、ほんのちょっと目覚めさせてあげる」
そう言うと彼女は僕の顔を
その細くしなる両手で
優しく掴んでは、額に口づけした
僕は興奮のあまり……その……下品なんですが……
ふふ……下品なのでやめておきますね……
「これであなたはポォースに目覚めた
見えるはず、よく見て、ポォースを」
見えた
無色透明の水銀が
彼女を
ホログラムのように
覆っているのが
それだけじゃない
道の石にも
この春風にも
青の向こう側の星月夜にも
詩の材料という材料の
その全てに無色透明の水銀を
僕は見出した
そうか……これが……
そう、感慨にふける僕に
少女はそっと手を振った
「ばいばい、ポォースと共にあってね」
何もかもが一瞬だった
さっきの男に襲われたのも
少女に助けられたのも
ポォースに目覚めたのも
……少女が消えたのも
本当に慌ただしく僕を通り過ぎた
けれども、これは始まりに過ぎなかったんだ
あらゆるさよならだけに溢れた人生の
序盤も序盤でしかなくて
だからこれからを読む君にも
ポォースが共にあらんことを
――これは僕が”谷川俊太郎”になる前の
――ただそれだけの寂寞の青春
Invocation #アイラシヤ大陸
時代 グリフィス期
場所 アイラシヤ大陸南部
アイラシヤ大陸の西部、農畜産業都市で起こった出来事から、霧の国の少年ミクトを保護したサムライマスター・ジンは、自身の拠点である南部首都「蒼天城」へと戻っていた。ミクトはあの件で余程疲弊しているらしく、ここ数日は殆ど眠り続けている。彼の左腕にある腕輪は仄かに明滅を繰り返し、埋め込まれた青白き鉱石の中では、銀の龍がゆっくりと蠢いていた。
ジンは大陸中に散らばる旧世界の英雄たちへ事の次第を記した書簡を送り、近日中の「円卓の騎士」再集結を要請していた。城の脇にある竹林で、迫り来るであろう脅威を想定し鍛錬を重ねていたその時――ジンは鋭い気配を察知し、電磁抜刀の柄へ手をかけた。
「何者だ」
刹那、空間がデジタルのグリッチのように爆ぜ、漆黒の「ギガイ」を纏った剣士が姿を現した。液体金属の装甲は周囲の光を飲み込み、ただそこに存在するだけで世界のテクスチャを汚染している。
「驚いたな。光学迷彩も、存在の忘却(オブリビオン)・プロトコルも無意味か。君の感知能力は、ニューラルネットワークの閾値を遥かに超えている」
剣士の声は、複数の重なり合うノイズとなって竹林に響いた。
「貴様の言葉には『血』が通っていない」
ジンは鯉口を切り、抜き放つ寸前の姿勢で静止した。彼の周囲では、電磁的な火花が散り、竹の葉を焦がしている。「貴様……この大陸の住人ではないな。纏っているのは鎧ではない。この世界の理(ことわり)をねじ曲げ、奪い去るための『器』だ」
「鋭いね、ジン。君という特異点は、やはり観測するに値する。君のその『怒り』、その『鋭敏さ』。それこそが、我々の世界の停滞した知性を打ち破るための稀少資源(レアメタル)なんだよ」
剣士は一歩踏み出し、ギガイの腕を鎌のように変形させた。
「君の人生、君の鍛錬、君の守ろうとする平穏……。すべてを『苦悶のログ』として差し出してもらおう。それは数十億人の知性を一段上の次元へと引き上げる、尊い犠牲になる」
「抜かせ。命をデータと呼ぶ不届き者に、この一撃は防げん」
ジンの集中力は、因果の糸さえも捉えていた。剣士がギガイの予測エンジンを最大出力まで回し、ジンの未来位置を数万通り計算したその瞬間――ジンは、計算の「外」へ踏み出した。
抜刀の瞬間、周囲の時間が引き伸ばされる。電磁加速された刃は、剣士の予測シミュレーションが描いた「赤い残像」を嘲笑うかのように、最短距離を無視して殺到した。音速を超えた抜刀が磁場を歪め、剣士の肩口を捉える。ギガイの装甲が火花を散らし、激痛に近いエラーログが操作者の脳内を埋め尽くした。
(速い……。論理的な予測の範疇にない)
剣士は舌を巻いた。ジンの剣技は、既存の剣術データから導き出された最適解を軽々と凌駕している。彼はあえて懐へ飛び込み、ギガイの腕を犠牲にしてジンの刀を受け止めた。火花が散る至近距離で、剣士は凝視する。ジンの瞳の奥にある怒り、悲しみ、そしてこの世界を守ろうとする執念。それらすべてを「実存データ」として吸い上げていく。
「これだ……。この予測不能な『揺らぎ』こそが、足りなかったピースだ!」
ジンの電磁抜刀が再び咆哮を上げ、ギガイの胴体を真っ二つに裂こうとしたその直前。剣士の唇が、冷酷に歪んだ。
「データ収集完了。バージョン 0.9……アップロード開始」
剣士の姿がデジタルの砂となって崩れ始める。ジンの刀は、手応えなく空を斬った。ログアウトの直前、剣士の意識はアイラシヤの空を覆う影となり、ジンの脳裏に直接メッセージを刻み込んだ。
「ジン、次は絶望を買い取らせてもらうよ」
静寂が戻った竹林で、ジンは刀を鞘に収めることも忘れ、自分の手が微かに震えていることに気づいた。これまで相対したどんな魔物や外敵とも違う。消え去った異物の背後に透けて見えたのは、この世界の物理法則そのものを書き換え、魂さえも「物量」で踏みつぶそうとする、底知れぬ「悪意ある知性」の胎動だった。
「我々の存在そのものを『演算』として消費する、何か……」
ジンが抱いたえもしれぬ不安は、確信へと変わっていく。それはやがてアイラシヤ大陸全体を覆う暗雲となって、音もなく広がっていくことになる。
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