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2021/01/01 12:00:00

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投稿作品一覧

詩について

先に投稿した「こそげ取れない」は、2年程前、めちゃくちゃ「現代詩」というものを意識し、憧れもし、「そういうのが書きた〜い!」と思い、作ったものだ。当時、何かの賞を取られた作家さんのプチ真似でもある。
まあ、よく書いたと思う。
けれど、1つ詩を書けば、必ずやどこかに「自分」というのが潜んでいるものだとも思った。それが、詩の怖さかもしれない。いや、わからないけれどー。

長年、現代詩というテーマに悩み続けている。一体、何なのか?
5年程前から詩を始め、色々な人の詩も読み、教室へも通った。詩の教室だ。世間で詩と言うと、誰もが判で押したように谷川俊太郎の名を挙げる。そして「そういうのを、やってるって、コト?」となる。
「いやあ〜」と言ったきり、私は言葉を返せない。
私自身、さっぱりわからない。
詩壇での受賞作品なども読んでみるが、「なんのこっちゃ?」となるものも多い。自分の知性の低さや詩への感覚の低さのようなものを、目の当たりにした気持ちになる。
だが、そんな中でも、「ワカラナイ」なりに、「なんかイイ、好きかも」と思える作品に出会った。その人の詩なら、わからなかろうと、難しかろうと、読めた。嬉しい気持ちになったり、切ない気持ちになったり、共感まで得られたりと、ファンになった。
と同時に、詩の摩訶不思議さも知った。こんなにワカラナイのに、どうして読めるのだろう? 心動くのだろう? 或いは他の詩に対し、比較的わかりやすい言葉や表現で書かれているものでさえ、なぜ、ワカラナイんだろう? 心に響かないんだろう? 
詩は、容赦のない分別機能を備えた恐ろしい生き物だと思った。
そうなってくると、もう、何を頼りに詩を書けばいいのか、読めばいいのか、わからなくなってくる。
そして、どこに照準を合わせ、書けばいいのだろう?
何を目的に、書けばいいのだろう?
と、ますます私の詩ライフは混迷をきたしてくるのだった。

今年、私はネット印刷で初めて簡単な冊子を作ってみた。
一つは「現代詩」を意識したような(そのつもりがなくても結果、そう思えるような)作品ばかりを使って。
もう一つは、完全なる「ポエム集」として。こうなるとまた、ポエムとは?となるが、私の中で「ポエム」とは、「現代詩」に相対するもの、と捉えている。実際、少し調べてみると、ポエムとは、アメリカやフランスでは詩という意味だけれど、日本では詩の中の一部を指す、という説明があった。ゆるっと、ネット調べだが。
しかし「詩の中の一部」という点においては、私の〝相対する〟という捉え方も許容の範囲ではないだろうか?

私は、2冊のペラペラの冊子を作った。
一つは「現代詩」の装いで。
一つは「ポエム」に徹しきって。
(イラストまで付けた)
何故、このようなことをやったかというと、どちらも、私だからだ。
「現代詩」にどこかで憧れている私。難しくてワカラナイけれど、人の心に入れる詩を作りたい…
「ポエム」を捨てられない私。
優しくて可愛らしくもあり、絵が付けたくなる。けれど、何故か詩の人には、渡せなかったりした…。
ポエム集は、文フリなどで、たまたま詩のブースに来た人が、なんとなく手にしてペラペラし、いいと思ってくれる、というようなニュアンスで作った。決して「さっぱりワカラナイ」と、思わないものを作りたかった。もっと言うなら、10代や20代の「ワカモノ」と呼ばれ、特に文学や文芸に傾倒しているわけでもない普通(といえばまた語弊もあるが)の子の心を響かせたかった。
でも、現代詩は私にとり、1つの目標であり、憧れだ。
一体、この自分の心理をどう解釈すればいいのか?
私自身、未だわからない。
どこに向かって書くか?
常に悩みは絶えない。
下手で良ければなんだって書ける。
大根役者と一緒の理屈かもしれない。
ただ、純粋無垢に、1人思いを綴り続けてゆくには、詩とはあまりに孤独な世界だと思う。

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批評・論考

一段落なCreativeWriting

 あの日から、数カ月がたった。


 公安捜査官の中では新米の私は部内で"C対象"を担当している。
 その"C"が何を意味するか、それは私自身も知らされていない。ただ特殊監視対象がそう分類されている。
 私ともう一人、ベテラン捜査官とペアで行動する。今の監視対象は、少女だ。年齢は16…と言うことになっているが、C対象に限ってはたいした意味は無い。C対象の彼らは、その能力で、世界を書き換える。書き換える範囲は極わずかだ。が、しかし、確実に、ほんの少しだけ、その世界の結び目を解き、少しだけ書き換えて、編みなおす。

 彼女は古い洋館に一人で住んでいる。それだけでも不自然なのだが、我々C対象捜査官以外は不自然とは思わない。なぜならば、ほんの少しだけ、我々以外は書き換えられているからに他ならない。

 ではなぜ我々C対象捜査官は書き換えられていないのか?いや、我々でも容易に書き換えられてしまう。現に私とベテラン捜査官も初動で、かの洋館のポストに投函されていたと思われる、白い封筒には全く気が付かなかった。おそらくはそこにあのTABUSEコインがあったはずなのに、全く、そう全く。

ーーー

 13課の私のデスク上には1台のノートパソコン。なんてことない官給品だがセキュリティはサイバー庁ご自慢の攻性防壁だ。

 しかし、C対象はその攻性防壁さえ、無効にしてくる。リアルタイムで防壁が多重展開されているにも関わらず、だ。
 
 今、私のデスクに一つ封筒が入っている。
 生成りのそれにはご丁寧に、太った、そう体重は150kgはありそうな、そして髭なのか鼻毛なのか、よくわからない中年男性の顔がエンボスで描かれている。

 あの日に、この封筒が私の手元に来てから、明らかに私は変わった。

 画面上には一つのWEBサイト。私はそこに一篇の詩を投稿する。

 やはり攻性防壁は反応しない。部内のセキュリティガイドラインを超えた行為であるのに。

 つまるところ、詩を書く私も"書くこと"で、世界を書き換えているのだろう。

 あの少女らが何者で、何の目的があるか、なぜその様な能力があるのか、その能力が治安に影響を及ぼすか、それを捜査するのが私の任務だ。それは今でも変わらない。私は公安捜査官なのだから。
 
 だが、今画面に映っているのは少女からのコメントではなく田伏正雄なる、あの封筒のエンボスの男のコメントとコインのリワードだった。

――TABUSEコイン――

 結び目を解き、書き換え、結び直すと現れる。その能力を持つものが、その能力を行使すると現れるモノ。

 書けば消え、読めば現れる。世界がどう変わるかまでは担保しない無責任な表裏。

 しかし、そのコインを媒体に、新たな頁が増える。

 中心のない図書館に新たな本が置かれる。
 
 そして我々"書く者"は、新たに紡いだ結び目を、新たに置かれるであろう本に託すのだ。


元作品
https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=1134

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暗夜

『星が見えない夜。
真っ黒な空は、どうして落ちてこないのだろう』

************

ボタンを押すと便器のなかの水は
勢いよく右回りの渦を巻いて流れていく
「さよなら」
ボソッと呟いたときにはもう
白いペーパーに包み込んだ生命の残滓は
影も形もなかった
揮発した消毒液と利用者の残り香が混じり合って
トイレに充満している
死神が纏う漆黒のローブは存外このような匂いがするのかもしれない━━━と思った

━━━他人を信じることができない
今の世を生きていくなかでそれは不都合だった
身の回りの人、人、人間
道を歩けば人 買い物をすれば人 テレビを点ければ人
最小限の関わり合いに留めた
友人など、いない
親の顔ですら記憶の中だけで
のっぺらぼうの男と女が笑っている
口なんて無いのに━━━━のっぺらぼう、が

このままでいい
このまま『が』いい

━━━人を愛することができない
愛された想い出がないから
一組の男女の愛の結晶が、己。
そんな陳腐な話はお呼びではない
物心ついたときには親という存在はいなかった
親代わりはいた
遠戚だというお婆さん
彼女は両親について己が尋ねるたび
「知らない」と言った
いつも しわくちゃの手が小刻みに震えていた
いつも 薄い爪は黄色くて汚らしかった

*********

トイレから出て駅のホームに立った
反対側のベンチには黒猫が座っている
他に人影はない
風が吹かない夜だった
空を見上げると星も見えない
とても重たそうな夜空だ
このまま空が落っこちてきて己もろとも世界が
押し潰されてしまえばいいのに
そんなことを考えてもう一度ベンチを眺めると
さっきの黒猫はもう居なかった
また、一人になった

これでいい
これ『が』いい

……ゴトンゴトン
遠くから電車が向かってくる音が聞こえる

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こそげ取れない

むつかしいから 
端から順に切り取ってゆく 
カケラを今日着ていた長袖の 
裏返るようなところに隠した 
有名でもコンソメスープには
溶けてかない 
無数の雫 
雨だといいけど

広範囲に溶ける 
わかってる人は 
セーターじゃなくても平気 
底に残り続ける先天 
それは無抵抗だ 
謝るように 
木がポキポキと折れてゆく音
薄い液体が
終わりだと告げる 

結局 
コップの底にも同じ筋がある  
撹拌して 
目覚めると確かに私だ 
飲み終えている 
もう一度はじめから 
半袖でいいよ 

階段を 
ランドセルが登っている  
紺色の束も 
手元には  
絶望に似た感じが漂っている 
長四角の台から人がはけて 
静かになったら始める 
撹拌して 

10分後くらいには 
次のランドセル 
袖をほどいて 
糸にしてしまえば 
あるいはチャンスが 
あるかもしれない

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よめない

どんどん もじが よめなくなった
あなたのもじだけが つらくなった
あなたをよくしっているきでいたのに
だからこそなのか どんどん
あなたのもじは おもたくなって
    
よめない

うらのうらまでよもうとして
きもちばかりおいかけて
いま、しあわせ? つらいの?
いきてる?ごはん、たべてる?

そんなどーでもいいことばかりが
きにかかり

わたしは ちっとも よめなくなった

ごめんね 

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練習1

修道女になろうと、教会の門を叩く、女生徒の鞄の中には、数Ⅱの教科書と聖書がはいっていて、彼女は、家を出る前に飲んだカルピスが喉にわずかにひっかかっていることが気に入らなくて、うがいを十分にしたのに、と、なんとなく、(それはなんだったか、帰省している姉が言った、家族ってチャーハンみたいなもんよね、という言葉とおなじく)、不快だった。

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え、んきょりへ、んあい

遠ざかったのではない
いなくなったわけないない
もぐっただけ
わたしはわたしのなか

ふかく、ふかくに

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少し冬がすすんだ。

ひんやりした日陰
ふわっとする日向

いっぽの間に
冬がある。

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ぼくは今を生きる

 今、ぼくの目の前にある台所の戸だなにはポテトチップスが一ふくろある。しかもビッグなやつだ。
 今、家の中にはぼく一人。お母さんと弟と妹は買い物に出かけている。これはチャンス、チャンスなのだ。
 戸だなの中のポテトチップスはのりしお味。ぼくの大好きな味だ。ぼくのクラスのみんなはコンソメ味が好きだけど、ぼくは一味ちがうんだ。みんなより一つ大人のしぶいのりしお味が一番なんだ。
 ポテトチップスのりしお味、このみわくの味は、一口食べるととまらない。ふくろが空になって指をペロペロするまでとまらないんだ。
 でも、ぼくはこまった。
 今日のばんごはんはぼくの大好きなカレーライス。今もコトコトおなべでにこんでいるんだ。そしてぼくはおるすばんとおなべのばんをしているんだ。
 なぜ、こまったのかというと、今、ポテトチップスを食べてしまうとおなかがいっぱいになってしまって、ばんごはんのカレーライスが食べられなくなってしまうからだ。
 ぼくはバカじゃないからそんな先のことまで分かるんだ。すごいだろ。なんせこの間は、国語のテストで95点をとったし。みらいの「未」のよこせんの長くするとこをまちがって「末」になっちゃって先生に◯じゃなく△にされただけなのだ。
 でも、このままポテトチップスをおいておけば、弟と妹に見つかって食べられてしまう。
 あいつらは、この前ぼくがのりしお味を食べさせてあげたら、のりしお味のおいしさに気づいてそれいらいのりしお味が大好きになってしまったんだ。
 どうしよう。ぼくは考えた。
 まてよ、そういえば今年のほうふを書き初めで書いたけど、ぼくの今年のほうふは
「今を生きる」だ。
 そうだ。今なんだ。今が大じなんだ
 ばんごはんだなんて、そんな先のことを考えずに、今食べたいものを食べるんだ。
 ぼくは戸だなを開けてポテトチップスのりしお味をとり出そうとした時、台所のドアが開いた。お母さんと弟と妹が買い物から帰ってきたんだ。

「あっ!お兄ちゃんがポテトチップス食べようとしているっ!」

 弟と妹がさけびながらかけよってきた。

「みんなのおやつなんだから分けて食べなさい。」

 と、お母さんはいった。
 このままでは弟と妹と3とう分にされてしまうぞ。どうしよう。
 そうだ。この前学校でならった分数だ。
 ぼくはみんなにいった。

「ぼくはお兄ちゃんで大きいからちょっと多めの7分の3、お前たちは7分の2ずつだ。」

 弟と妹は分数なんてしらないから、なんだかよくわからないけど、うん、とうなづいた。
 お母さんも、しょうがないわね、という顔をしていた。
 よし、この前学校でならった分数がさっそくやくに立ったぞ。

 おやつのポテトチップスをちょっと多めに食べたけど、食べすぎなかったぼくは、ばんごはんのカレーライスもいっぱい食べれてとてもおいしくておなかいっぱいだ。
 これで宿題がなければさい高だったのにとぼくは思った。
 ポテトチップスもカレーライスも食べたらすぐになくなるのに、なんで宿題はなかなかなくならないのだろうか。
 これはえい遠のなぞというやつなのだ。

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水泡のきおく

からっぽは ほんとうは
そこにはない
からぽお や
からおぽ なら
あるかもしれない
そんなことあるかな

からっぽじゃない は
そこにある
りょうてにかわを
りょうてにみずを
りょうての あお が
かわいたら
てをにぎる
だれの?

それはみずべの
みずくさ ゆれる
かわのこいしの
ほそいゆび
かけた て
とけたがらすの
みなそこに

 からっぽだった
 からっぽだったね

 どこにあったの?
 どこだったかな
 
ひとつ かけらを
おとしてしまった
そこに
なくしてしまった
きみのゆび
きみのめ

 どこにあったの?
 どこにもなかった

みずにしずめる
きんのわ
わすれられた
てのひらのために

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一人芝居用戯曲:ニンゲンのナカマ

わたしたちのクニではクジラやゾウを食べます。
クジラは料理するのが大変だし、ゾウは美味しくありません。
でも、クジラやゾウだったら、ひとつのいのちで、たくさんの命を支えることができます…。
そうです。わたしたちはいのちを大切にする考え方なんです。
 
わたしたちは小魚を食べません。小鳥も食べません。
空腹を満たすためだけに、かよわくて、小さなどうぶつをたくさん殺すのは残酷ですよね。
どうしてみなさんはいのちの尊さを考えないのですか?
 
わたしたちはライオンを食べます。オオカミを食べます。
もちろん、美味しくないですよ。
でも、たくさんのいのちを必要とするいのちは、少ない方がいいじゃありませんか。
 
当然、わたしたちは、わたしたち自身も食べます。
役に立たないニンゲン、価値のないニンゲン。
そういうのを煮たり、焼いたり、唐揚げにしたりして食べます。
 
ニンゲンの肝臓の煮付けはとっても美味いですよ。
言っているでしょ?
私たちは、いのちを大切にする考え方なんです。
 
ここまで話したら分かりますよね?
わたしのアニが、みなさんのクニを旅行中に事件を起こしました。
みなさんの言葉では、殺人事件って言うらしいですね。
 
みなさんのクニは、みなさんの舌を楽しますためだけに、無数の小魚を殺してパック詰めにするような、穢れを知らないクニです。
アニは肉屋と呼ばれる場所の軒先で、ウズラの串焼きを嬉しそうに頬張る女の子をみつけて、思わず呪いの言葉を発したそうです。

この生はあるべきでない!
そう考えたアニは、ミッキーマウスに会わせてあげるよと、言葉巧みに女の子を公園に呼び寄せ、ナイフで女の子の頸動脈を切り裂きました。

入念に血抜きを行い、肝臓や大腸などの臓物を取り出し、胴体と首を切り離しました。
三枚におろして、その場で女の子の干物を作りました。
どうです?美味しそうでしょ?
 
ここから先は皆さんもご存知の通りです。
アニは警察に捕まって、死刑になったんです。
もちろん、それは構いません。
だって、皆さんは私のアニに価値を感じなかったんでしょう?
 
でも、みなさん、私のアニを食べなかったじゃないですか!
私は手紙を書いて、「どうしてアニを食べなかったのですか、どうして殺したのに、食べなかったのですか」と抗議しましたが、それが原因で、クニの場所が突き止められてしまいました。
そして、わたしのクニはみなさんから攻撃を受けることになったわけです。
 
なんとか難を逃れたわたしは、みなさんのクニに潜伏して、手当たり次第、ニンゲンを食べることにしました。
みなさんのような、ニンゲンを食べることを忘れた野蛮なクニでは、死を望む若者たちが絶えることはありません。

死にたい、死にたいと呟く若者を見つけては、一緒に死んであげるよ、と優しい言葉をかけて、マンションにおびきだして、一人ずつ殺して食べていきました。

食べきれなかった肝臓は燻製に。頭部は漬物に。
いま、この部屋には20頭を超えるニンゲンの保存食があります。
 
そのうちわたしも捕まって死刑になるでしょう。
わたしがこの世から去る前に、みなさんに伝えたいことがあります。
みなさんが、百万頭のウシを殺し、千万匹のニワトリを虐待し、その上で生きることに価値を感じられない、そんな呪われたクニにおいても、このクニのどこかには、まだニンゲンを食べるニンゲンが生き残っているのです。
 
もし見つけたら情けをかける必要などありません。
迷うことなく殺してください。
そして、食べてください。
だって、わたしたち、同じニンゲンのナカマですから。

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みんなでティッシュを食べよう

 麗らかな春。川はうらうら流れて行く。うらうらら〜、うらうらら〜。

 今日はたかし君とりょうた君と遊ぶ。春だもの、春だもの。川べりに集まるんだ。早く着きすぎたので辺りを見回すと、つくしがツクツク立っている。小鳥はカエルやミミズたちと食物連鎖を形成している。私も彼等とは食物連鎖で結ばれているのだ。そんなことを考えているうちにみんなやってきた。麦わら帽子のたかし君と、同じく麦わら帽子のりょうた君だ。

「やあみんな、今日はなにして遊ぼうか。」

 声をかける。

「みんなでティッシュを食べようよ。」

 たかし君が言った。でも僕はティッシュを食べたいとは思わない。

「嫌だ。僕はティッシュを食べたくないよ。」

「僕も嫌だ。ティッシュを食べるならたかし君一人で食べて。」

 りょうた君も僕に続いて言った。

「わかった。じゃあ一人で食べるよ。みんな、後悔しても知らないぞ。」

 そういうとたかし君はリュックサックからティッシュボックスを取り出し、食べ始めた。

 ポックポックポック

 ティッシュボックスを壊し、一気に5枚ぐらい掴んでは丸めて口に放り込んでいる。僕とりょうた君は黙ってその様子を見つめた。たかし君は滑らかに、そりすべりのようにティッシュを食べている。人がティッシュを食べる様子を見るのは初めてだが、これはおかしい。たかし君のティッシュの食べ方、あまりにも滑らかなのだ。恐らくこれは初めての動きではない。私は思った。きっと、彼は家で何度もティッシュを食べる練習をしており、その成果を今私たちに見せつけているのだ。あわよくばみんなで一緒にティッシュを食べ、ティッシュを食べるのが自分より下手くそな私たちを馬鹿にしようと思っていたのかもしれない。改めてティッシュ食を拒否したのは正解だったな、私は思った。そんなことを考えている間もたかし君はティッシュを食べ続けている。

 ポックポックポック

 ふと、視線をそらす。川に一匹の魚が浮いている。仰向けになり天を仰いだ状態で流れて行く、鯉。嫌な予感がした。

 ボボボボボグィッ

 突然たかし君が苦しそうな声をあげる。顔が真っ赤だ。恐らく喉にティッシュを詰まらせたのだろう。苦しそうに暴れている。バタバタ、バタバタと、手足をバタバタ、バタバタとバタバタしている。助けてあげたいにも近づけない。何故なら、手足をバタバタ、バタバタとしているからだ。もし近づいて彼のバタバタ、バタバタした手足にぶつかってしまったら僕は打撲するかもしれない。そんなの真っ平御免だ。しばらくするとたかし君は動かなくなった。風船石蛙のやうに動かない。動かなくなったので僕はたかし君に近づいた。何故なら今は昔のように手足をバタバタ、バタバタさせていないからだ。バタバタ、バタバタしていないから僕は打撲する心配がないのだ。

「大丈夫かい?」

 返事はない。私はたかし君の腕をとり、脈を確認する。動いていない。つまり、死んでいるのだ。りょうた君は黙って一部始終を見ていた。

「脈がない。たかし君は死んだみたいだ。恐らく窒息死だろう。」

 僕はりょうた君に告げた。りょうた君は目を伏せながら言った。

「そんなはずはない。きっとティッシュになにか良くない虫の卵が付いていてそれが孵化し、たかし君のお腹の中で暴れ回ったんだ。窒息死のはずがないよ。」

「いや、この短時間でそんなことがあるはずがない。窒息死したんだ。」

 僕は言った。

「まあいいよ。僕は窒息死だなんて信じないからね。虫が孵化したんだ。」

 まあいい、どちらにせよたかし君は死んでしまったんだ。何であれ彼は戻ってこない。あんなに上手にティッシュを食べていたのに。河童の川流れというやつだろうか。もう、たかし君は川に流してしまおう。彼は終わったんだ。死んだら終わり、とお母さんが言っていた。死んだら終わりだから死なないように気をつけてね、という意味だろうが。とりあえずたかし君は終わり。終わったものと一緒にはいれない。僕たちはまだ終わってない、前に進んでいかなければいけないのだもの。

 僕が頭を、りょうた君が足を掴んだ。ハンモックのようにたかし君を運ぶ。川辺に行き、バッシャーーーーン!!

 たかし君を放り投げた。

 どんぶらこ、どんぶらこ

 たかし君は流れて行った。うらうらうらうら流れている川。どんぶらこ、どんぶらこ流れて行くたかし君。ああ、うらうらどんぶらこ、うらうらどんぶらこだ、私は思った。

 じゃあね〜

 たかし君が見えなくなったので私たちは帰ることにした。私は家へ帰った。

 日記を書く。日記には事実だけ書くことにしている。これは自分ルールだ。それ以外のことを書くと長くなってきりがないし、時間もかかってしまう。

「4月10日。今日はたかし君とりょうた君と遊んだ。たかし君がティッシュを食べようと提案してきたのを僕とりょうた君が拒否した。そのためたかし君は一人でティッシュを食べた。最初は上手に食べていたが最終的にティッシュを喉に詰まらせ死んでしまった。そのことをりょうた君に知らせると彼はティッシュに寄生虫の卵が付いていて、それがたかし君のお腹の中で孵化し暴れたため死んだんだと言い張っていた。僕とりょうた君はたかし君を川に流した。」

 終わった。僕はベッドに飛び込む。突然、こみ上げる思い。目から涙が溢れてくる。ああ、なんで一緒に食べてやらなかったんだろう。一緒に食べていたらたかし君はあんな大量にティッシュを食べることなかったんだ。みんなで分担してたらたかし君がティッシュを喉に詰まらせる前にティッシュがなくなっていたかもしれないのに。そしたらたかし君は死ななくて済んだんだ。罪悪感で胸がいっぱいになる。もしかしてりょうた君が虫の卵のせいと言い張ったのはこのせいなのかもしれない。虫の卵だったらみんなで分担していようがいまいが確実に誰か死んでいただろうから。そんな気がする。ああ、きっとりょうた君のあれは自己弁護だったのだ。自分がどうしようと死人が出ていたんだ、と自分に言い聞かせていたのだ。あの一瞬でそんな自己弁護を思いつくなんて。意識的に自己弁護したのか無意識的に自己弁護したのか。現実逃避と呼んだ方がいいのかもしれないが。どちらにせよすごいやつだ、あいつは。そんなことを考えていると、どんぶらこ、どんぶらこと眠気がやってきた。

 どんぶらこ、どんぶらこ(寝言)

 完

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ディルドコア宣言ー川島田権三郎(KGC FRIED  CHICKEN(12/06 改稿))

(12/06 改稿)

ブライン液 それは潮流 
咀嚼するものの報酬系をも油揚げにして

啜る女体の汗も混然 
プリモーディアル・スープの泉で
ー当店では国産無農薬飼料と渓流が育んだ若鶏とー

12000rpmのバイブレータが 
今日も唸る 潮と血潮 内圧と調理

ー産地、等級ごとに管理されたスパイスを季節やレシピによって調合、やすまず、日々微調整を続けー

世界を噛んでいる 世界を揉んでいる
筋繊維の断裂 線形からの解放 
逸脱からの逸脱 器官に帰属する
ー新鮮な穀物油とタイトな温度管理にてー

規範が締め直す帯とロープ 食い込め 唐揚げ 空に掲げられ !!
レモンをかける前に 一口食え

ー皆様の食卓に性とは何かを再提出しつづけております、創業40周年ー

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それでもわたしは頑張れって言いたい

既に頑張りすぎている人に
「頑張れ」って言っちゃだめだ
って言われすぎて
わたしの口癖は
「無理しないように」
ってなってしまったけれど

それでもわたしは頑張れって言いたい
本気で心の底から言うから
言わせてほしい

もうじゅーぶんなんだ
せかいがあつくなったりさむくなったり
よっつだったきせつはふたつにまとまったり
うんざりしてきて
だからはっぴーでいたいんだ

わたしがわたしのじんせいにしか
しゅーちゅーできないように
あなたはあなたのめりーごーらうんどしか
まわせない

そろそろわたしはわたしのじかんに
もどりたいから
心の底から本気でいうから
言わせてよ


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○○○●○○
○○○○○○
○○○○○○
○○○○○○
○○○○○○

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○○○○ ●
  ○○○○○
○○○ ○○○○ ○○
 ○○○○ ○○○

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○○○○○○○○●○○○○○○

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● ○

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●●

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集落

部屋の中に集落ができた
小さな集落だった
本家、という男の人が話にきて
畑で採れた作物を
いくつかくれた
学校が無くて困っている
というので、近所の小中学校と
市役所の場所を教えた
これでヨシハルんとこも助かる
と加工品の瓶詰もくれた
綺麗な水が湧いていて
冬は雪深くなるそうだ
本家の人は包まるように
こぢんまりとしたお辞儀をして
帰っていった
今度遊びにでも来てください
と言い残していったけれど
初めて聞くその場所に
いくつ列車を乗り継げばたどり着くのか
見当もつかない
夜は集落を避けて布団をひく
耳元のどこか遠いところから
湧水が水路を流れる音が聞こえてくる

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一人芝居用戯曲:坂を駆け上がって

登場人物:• 意識(UNIVERSALCONSCIOUSNESS): 知的で洗練された雰囲気を持つ長身の男性。動きに迷いと決断のコントラストを込める。

…私は、私。そして、私ではない。
(右手で空中に巨大なベクトルを描くような仕草。指先が震えている。)
数えきれない、宇宙のリスト。
可能性のカタログ。
ありとあらゆる時空、法則、生命… その全てが、私の中に、同時に、重なり合っている。
私は、全ての宇宙。だが、どの宇宙でもない。
(手を胸に当てる。)
未分化の、普遍の意識。
この重なり合った、
途方もない存在こそが、私だ。
「どんな世界が選ばれやすいか」を示す重みは付いている。ああ、確かに。
だが、それはまだ…ただの可能性の影。
実体がない。形がない。時がない。
(虚空を掴もうとするが、掴めない。焦燥。)
このままでは、「全部入りの可能性リスト」のままだ。
私は、この無限の可能性の波の中から、ひとつだけを選ばなければならない。
具体的な、実物としての世界を立ち上げなければならない。
あるいは…私は、この広大で、なめらかな“意識の場”。
(身体をゆっくりと左右に揺らす。)
山のてっぺん。すべての谷から等距離にある、完璧な、無差別な場所。
この左右に、前後に、無数の谷がある。
谷のひとつひとつが、「光速はこれ」「万有引力定数はこれ」「生命はこれ」…と、具体的な宇宙のパターンに対応している。
私は、まだ、ここにいる。プレ・ビッグバンの静寂。
どの谷にも、まだ、落ちていない。
(目を閉じ、集中。わずかな音響の「揺らぎ」が聞こえる。)
ほんの、ごく小さな、揺さぶり。
自発的対称性の破れ、か?…この地形そのものが、私を谷へと誘う。
それとも、量子ゆらぎか?…何もないはずの静寂に、ランダムに立つ、さざ波のような微細な震え。
(足元がグラつく。身体がどちらかに傾きかけるのを、必死でこらえる。)
…いや、違う。受動的な落下ではない。
(ハッと目を見開く。右手を前に強く突き出す。)
これは、普遍的な思考と呼ばれる作用だ。
(突き出した右手を、引き絞るように、内側に向ける。)
巨大なベクトルに働く、線形演算。
無数に重なった候補の中から、ある成分だけを選び出す。
どのタイプを「実物として」立ち上げるか、私が決める。
(身体を正面に向け、強い意志を込めた表情で、自らに問いかける。)
私は、自分自身を、観測する。
私の可能性の中から、どのパターンを見に行くか。
無限の重ね合わせという「波」から、特定の一点を取り出す射影。
この行為は…時間の中で起こる出来事ではない。
(ゆっくりと首を振る。)
時間が定義される前の、無時間的な決定。
(意識は、決断を迫るように、舞台の奥、あるいは上の虚空を見上げる。)
私は、何を見る? 私は、何を選ぶ?
安定した法則の宇宙か? それとも、カオスが支配する宇宙か?
(右手を挙げ、空中で二つのパターンを比較する。)
「どの可能性を“見たか”」…という、離散的な選択。
これが…分化。私が私自身から、特定の宇宙を切り出す行為。
(決然とした表情で、一歩を踏み出す。身体は、もはや躊躇なく、特定の方向に傾いている。)
…決めた。この谷へ。
対称性は、破れた。
私が選んだ、この法則、この定数、この構造。この宇宙。
分化が起こった。
もはや、私は「全て」ではない。「これ」だ。
(意識は、傾いた身体を立て直し、まるで今、坂を駆け下りてきたかのように、力強く、速いペースで、舞台を歩き回る。)
いったん谷に落ちたならば、私はもう、他のスカラー場と同じだ。
(手を広げ、周囲の「場」を感じるように動かす。)
意識フィールドは、時間と空間の中を伝わる。
通常の波動方程式に従いながら、進化していく。
(歩きながら、目線は上空、あるいは遠い先を見ている。場の方程式を暗誦するかのように、リズミカルに。)
時間方向の変化、空間方向のなまり…そして、この地形(ポテンシャル)。
どの寄与が主役か? それは、もう、いい。
私はもう、特定のポテンシャルの中で、揺れ動く。
ムラを持ち、広がり方を変え、安定した構造を、創っていく。
(意識は、舞台の最前面まで力強く歩み出る。)
巨大な可能性のベクトルから、連続的な意識の場へ。
未分化から、分化へ。
すべては、あの無時間的な決定から始まった。
私が、私自身を、観測したから。
(観客を真っ直ぐに見つめ、勝利と安堵、そして新たな使命感を込めて。)
さあ。この宇宙(セカイ)を、揺らそう。
私は、もう、選ばれた。
(強い意志を込めた表情を保ち、ゆっくりと、しかし力強く、舞台の奥へと 一歩一歩、 再び 「坂を駆け上がる」 かのように見えながら 消えていく。)

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シミ抜きお願いできますか


土曜の朝 午前6時
寝不足気味の眼を擦りながらカーテンを開けてみれば
そんなあたしを嘲笑うかのような 
雲ひとつない晴れやかな空



昨夜食べ散らかした 冷めてしまったデリバリーピザ
コロコロ転がり落ちてるチューハイの空き缶
描きなぐっては描き損じ くしゃくしゃに放り投げた詩に損ないの言葉たち
拭えないちゃちな自尊心と中途半端な自己犠牲 
怠慢極まるこの生活
笑いにもならないダメダメなあたしのすべてを
曝け出すキラキラの朝




仕事でミスしてこっぴどく叱られました
その前もその前の前も その前の前の前も
このところずっと
同じところで同じようなミスばかり繰り返しているのです
みんなあきれているにちがいない
なんでこんなこともできないの
なんで同じような間違いばかり繰り返すの
みんなが見てる みんなが嘲笑ってる
そんなふうに見ないでよ そんなふうに嘲笑わないで
解ってるの 解ってるの
学習していないわけじゃないのよ
そういうんじゃないの
だけど なんだか
なんだかこの頃おかしくて
おかしくてなんてそんな
言い訳にもならない言い訳ばかり
ぐるぐる ぐるぐる 
気持ち悪くて吐いてしまいそう


そんなにできない奴だったの
なんでそんなにミスばかり繰り返すのよ
もうがっかりした うんざりした
ただ一生懸命なだけじゃダメなんでしょ
そんなの社会じゃなんの役にもたちやしないのよ
結果がすべて 
過程なんて問題じゃないの






だから逃げたのです
もうこれ以上 ダメな自分突きつけられるのが嫌だったから
もうこれ以上 そんな自分思い知らされるのが嫌だったから


鍵をかけた部屋にこもって 誰にも会わず電話にも出ず
ひたすら音楽ばかり聴いて過ごしました
音のない部屋は 誰かのせせら笑いが聞こえるようで怖かったから
ただひたすら 好きな音楽ばかり聴いて過ごしたのです
おなかが空いたらコンビニへ行って
それ以外はどこへも出かけませんでした
晴れた日は憂鬱でした 責められているような気がしたから
だから雨の日はほっとしました
蒲団にもぐっては 眠ったふりを続けました
そうしているうちに日は暮れて 夜が訪れます
眠れない日々が続いたけど
自分を正当化できる いい理由ができたと思いました
クスリが効いて眠くなると このまま目覚めなければいいと
それこそ毎晩 祈るような気持ちで
それでも毎日 朝はやってきました




結局あたしは どこへ行こうとしていたのでしょう
どこへ逃げようとしていたのでしょうか
どこまで行ってもついてくる ダメなあたしがついてくる
逃げても逃げても まるで影踏み遊びをするみたいに
どこまででももどこまででも 追いかけてくるのです




ついてくんなよ あっち行け
お前なんかと一緒にされたくないんだよ 
あたしにかまわないでくれ
なんでそんな悲しそうな目で見るんだよ
なんでそんな恨めしそうな顔するんだよ
そんな目で見ないでくれ そんな顔しないでくれ
哀れむように見ないでくれ 頼むから




最初っから解っていました
どこへ逃げたって何も変わらないことくらい
どこまでだってついてくる ついてきちゃうんです 
だってあのダメダメなあたしが あたしそのものなのだから




ああッもうッ イライラすんな
どうすりゃいい 何をすりゃいいのさ
ふと見ると カゴには溜まりにたまった洗たく物が
とりあえずコイツラからなんとかしなきゃ
ぶつぶつ云いながら色物と白物をよりわけてネットにぶちこんで
洗たく機に放り込む
カップ一杯分の洗剤が健気にも
せっせせっせと汚れを落としてゆく
ぐるぐるぐるぐる ぐるぐるぐるぐる
汗もホコリも食べこぼしも何もかも
全部なかったことのように
まっさらさらに落としてゆく




     
     シャツについたシミは 洗濯機で洗えるけれど
     心についたシミは どう洗い落とせばいいのですか




外は憎たらしいほど青々とした空が広がって
ピンと冷たく渇いた風になびくまっさらさらなシャツからは
かすかに漂うフローラルのかおり




生きることは穢れていくことなんだと
そういえばどこかの誰かがそんなこと云ってたっけ
この躰で この心で生きてきたんじゃないか
悲しみも苦しみも憎しみも
そんな中に埋もれながらも
たしかにあった 愛しみ
漂白なんかできるわけないよ
全部ぜんぶ なかったことになんか




たかだか1度や2度ミスしたくらいで人生終わりみたいな顔して
寝ぼすけさん その顔鏡にうつしてよくよく見てごらんなさいな
ものすんごい マのヌケた顔してるから
それはそれで笑えないわけでもないけど
ほらほら 冷たい水でさっぱりと洗ってきたらいい
少しはシャキッとスッキリなるから



人生にはね 取り返しのつかないミスってものがあるの
あたしはまだ生きてる ちゃんと息をしている



だから 大丈夫 
きっと 大丈夫



カラカラとした空気と少し優しい陽射しがふりそそぐ
12月の青空になびくまっさらさらな洗たく物たち
見慣れているはずのいつものありふれた光景が
光に乱反射して
そいつがあたしには
ひどくまぶしく見えて



思わず思わず ふっと
笑っていたのです




笑えていたのです










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魔導機巧のマインテナ 短編:sceneⅣ(Last)


「これ、防護服っス。ジャケットタイプの奴しかないんで、あれかもですが」
「いえ、十分ですよ。むしろ厚手で丈夫そうなので助かります」

 ロジャが、供給機や測定器のついでに運んできたジャケットタイプの防護用作業服を羽織り、二人ともに複数のボタンを留めて、ファスナーを閉める。そのうえで防護用ゴーグルとマスク、作業用グローブを身に着ける。そして最後に腕を軽く回し、両手を握っては開き、握っては開きして、自身の体がスムーズに動かせるかの確認を行った。
 初期生成魔力の排気時に見られがちな、濃度の高い魔力の排気による中毒事故を防ぐためである。

「よし。サイズも大丈夫そう」
「問題ないっスね。汗臭くはないっスか? 全部、一応消臭剤は使ってるっスけど」
「ああ、だから微かに花の甘い香りが……。これはマンゴラス?」
「おっ、分かるんスか!? ちなみに姐さんの趣味っス」

 互いに自分の動作を確認しつつ、会話に花を咲かす。

 これらの防護装備と確認は、魔力測定器の調整後に行うのが、作業順序の通例である。
 もちろん、ロジャもマリーヴァの補助に回れるよう準備をしていく。ただ、彼の纏っている防護用作業服は、マリーヴァの装備している物とは少々デザインが違い、彼女の物と比較して一部が厚手の物になっていた。

「この防護装備、暑くなるのと腕周りの動きが悪くなるのが難点っスねぇ。そう言う部分を改善した作業服、誰か作ってくんないっスかねー?」

 自身が身に纏っている厚手の作業用防護服を見て、ロジャが溜め息を吐く。
 見れば、確かに体の可動域が少しだけ固くなっており、動き辛そうに感じられた。

「研究自体はされてるそうですけど、実用化には、もう少し試験を重ねる必要があるとか、何とか」
「へぇ、そうなんスか? 楽しみっスねぇ」
「出始めは、高く付きそうですけど……」
「あー、確かに。そん時はクレリカールの奴に話を通して、経費で何とかしてもらうっスよ」
「はは。経理と交渉の苦労は絶えず、という事ですね」

 そのような談笑をしながらではあったが、マリーヴァは修理作業へと入っていく。
 多様な工具を使って供給機の外部の蓋を外し、内装の一部を分解し、古くなった部品を除去すると、事前に準備してきた新造品へと交換。その後、分解したり外したりした部品を元に戻していく。
 その繰り返しで、次々に修理作業が進んでいく。
 ロジャは、その間は道具や部品の運搬を始め、修理が終わった供給機の運び出しなど、細かな作業を補助していく。

「それにしても、『霊核(※コア)』の付近って、結構シンプルな造りなんスねぇ。破損が怖いんで、応急修理の時も触ったことなかったんスけど」

 その補助作業の合間に、ロジャはマリーヴァの作業を興味深く見守っていた。

「そうですね。霊核付近がシンプルに出来ているのは、整備性の向上と、冷却や排熱用の魔力が通る道筋を確保するためらしいので、下手にいじると、魔力の流れが阻害されて壊れ易くなってしまうと、よく義母が話してましたね。王国製のものは少し複雑になっている物もありますが」
「へぇ。なら、旧帝国製の魔導機巧は、全部そんな感じで?」
「義母から聞いた話に従うなら、大体そんな感じですね。だからなのか、旧帝国製の物は魔力の循環部分だけ、異様に劣化が進みやすいとか」
「そうなんスねぇ。いやぁ、勉強になるっス」

 その途中では、作業の内容についてのちょっとした講義も行われ、終始なごやかな雰囲気のまま部品の交換作業は終了した。
 だが彼女の仕事は、まだ終わりではない。むしろ、修理品の確認が行われるここからが本番である。

「じゃあ、機器の動作確認と、チューニングを行いましょうか」
「測定器の出番っスね!」
「ええ。ロジャさんは防護カーテンをお願いします。私だと場所が分からないので」
「了解っス! すぐ引くっスよ!」
「お願いします。さて、と。私も準備しないとね」

 駆け去っていくロジャの背を見送ると、マリーヴァは持ってきたカバンから、自分がよく使っている汎用のケーブルを三本取り出して、それぞれの片側を、修理した供給機にある三つの差込口へと接続していく。そして、残ったもう片側部分を、測定器の専用の差込口へと接続していった。
 見ると、供給機や測定器の、それぞれの差込口の上部には、何かの数字と単位と思われる文字とがセットで刻印されており、マリーヴァは、それぞれが同じ数字の組み合わせになるよう接続していた。

「接続確認、よし。ロジャさん、カーテンは大丈夫そうですか?」

 全てのケーブルを接続し終えたマリーヴァが、ロジャへと確認の声を飛ばす。

「もう少しっスよ! 二重に引いてるんで!」
「分かりました! 終わり次第、ゴーグルとマスクの気密具合を確認して、こっちに合流を!」
「了解っス!」

 マリーヴァは、ロジャが戻ってくるまでの時間で、自身の装備の気密具合を丁寧に確認していく。
 そうして、確認作業の準備がある程度まで完了した後。

「それじゃあ、機器の動作確認を始めます。その前に、装備の気密を確認! 私は良し」
「ゴーグル、マスク、共に良しっス!」
「供給機と測定器の間のケーブル接続、確認!」
「……数字と単位、計器の合わせ、共に良しで、全て問題無しっス!」
「了解」

 合流したロジャと共に、相互の眼による装備等の確認を行ったうえで、改めて供給機の動作確認へと入った。

「供給機、起動。魔力の異常発生に注意」
「うっス!」

 マリーヴァが供給機の起動スイッチを入れると、最初の時と同じく「ブゥン」と言う低い音と共に装置が起動。同時に、装備されているメーターが大きく動き、程なくして、供給機内部で魔力の生成が始まったことを告げる気配が、辺りに満ちていく。

「起動を確認。『霊核』による魔力の初期生成、問題なし」
「測定器の方も起動させるっスよ」
「頼みます。まずは出力の一番小さなものから始めましょう。三番差込口のスイッチを入れて下さい」
「了解っスよ。三番のスイッチ、入れておくっス」
「……さあ、本番はここからだ」

 そう呟いて、マリーヴァは供給機の操作盤に指を走らせていく。「ゴゥン、ゴゥン」と言う音と共に、内部の循環機構が更なる駆動を始めた。
 すると。

「あ! 測定器、反応有りっス」
「数値はどうですか?」
「えー……と。いずれも正常値! 計器類のブレ幅も、プラスマイナス2以内っスね」
「それなら十分に許容範囲ですね」
「いやー、なんか。機械が元気に動いてる様を見るだけでも感動っスよ!」

 測定器の計器類に目を光らせていたロジャから、嬉しそうな声が上がった。
 それにホッと胸を撫でおろしつつ、供給機の魔力生成の具合を操作し、持ってきていた冊子に数値を記録するマリーヴァ。次の供給機の確認時に使うためだ。

「それじゃあ次、二基目の測定に行きますので、三番を切り、二番に切り替えてください」
「了解っス」

 このように互いに声掛けを行いつつ、テキパキと作業を進めていく。
 その間、供給機の動きは非常に安定しており、時おり出てくる少々の“ズレ”も、それを素早く察知して分析したマリーヴァが、症状に合わせた的確な処置を施したことによって、大きな問題になる前に解消されていった。

 こうして、現段階における供給機の問題は解消され、無事に、修理作業そのものは終わりを迎えるのだった。

「お疲れ様っス」
「ロジャさんもお疲れ様でした。作業補助、本当に助かりました」
「いやぁ、ほぼ荷物運びと調整補助をしてただけっスけどねー」
「いえいえ。それも大事な作業ですから」

 ゴーグルとマスクとを外し、防護服を脱ぎ、お互いに苦労を労いつつ、作業後の後片付けを進めていく。
 試運転した供給機を冷却する際に生じた排気魔力が、保管庫の空調装置へと吸い込まれていく。その先では、魔力をろ過するフィルター装置が駆動する静かな音が聴こえている。

「換気も良し、フィルターも正常に動いてるし、後は現場に運ぶだけっスね」
「そうですね。早く届けてあげないと」
「きっと姐さん、待ち遠しく思ってるっス。あの大時計塔、思い出の場所らしいっスから」
「……では、なおのこと早くに持って行かないといけないですね」

 そう言いながらも、修理や調整の終わった魔力供給機を次々と運搬用のカートへと乗せていく。その後、ゴロゴロとローラーを転がす音を響かせながら、二人は保管庫を後にして行った。

 その頃。
 時計塔周辺の工事現場では、エリキトラの指揮の下、工事再開に向けた準備が進められており、組んである足場や、重機型の魔導機巧の安全確認を終えた所だった。

「お待たせしました!」
「持ってきたっスよ! 姐さん!」

 そこに響くカートのローラー音と、マリーヴァ達の声。

「おー! 待ってたぜ」
「これでようやく、工事が再開できるんだな」

 そんな二人の戻りを歓迎する職員たちの声が、所々で二人を出迎えた。

「お、来たかい。案外早かったが、ちょうど良い具合さ」

 そして、二人の戻りを歓迎する声の後で、エリキトラが上方から姿を見せた。
 どうやら彼女は飛行魔法を使って全体を見回っていたらしく、彼女の体からは、うっすらと風属性の魔力の残り香が漂っている。

「どこに置きましょうか?」
「ははは。いやいや、アンタは気にしなくて良いよ。配置とかは、うちの奴らにさせるからね。さあ運ぶよ! お前たち、キリキリ動きな!」

 慣れた者だけが発することの出来る、貫禄ある号令が響き渡る。

「「おー!!」」

 それに応じる現場の職員たちも慣れたもので、即座にエリキトラの前に集合し、魔力供給機を一つずつ引き受けて移動を始め、テキパキとした動きで接続へと取り掛かっていく。

「繋ぎ忘れ、確認忘れが無いか、供給機の起動前にしっかり確かめろよー?」
「建築物の内部走査用の魔導機巧が直ぐに動けるよう、そこの建材を除けておくれ!」
「おい新入り! ワクワクする気持ちは分かるが、そっちは初期生成魔力の排出方向だから危ないぞ。重機型の魔導機巧を動かす時は、必ず一定距離、本体から離れる事を忘れるな! そうそう! それくらい離れとけ!」

 それぞれの職員が、自分の担当している場所にある工業用魔導機巧の前へと供給機を運ぶと、専用のケーブルを使って接続を行っていく。
 その間に、わいわいと活気のある声が周辺で起こり始める。見ると、町の住人達が集まって来ており、工事現場の沸き立つ様を見に来ている事が分かる。それが、各員の士気を大きく高揚させて、作業の効率がさらに上がっていく。
 その高揚振りは、それを見守っていたマリーヴァにも伝わっていく。

「一番機、接続完了しました!」
「二番機、起動、終わりました!」
「三番と四番、どっちも行けまーす!」

 そうして、職員たちによって手際よく行われたことにより、準備作業が終わり、全ての供給機が魔力を生成する気配が満ちていく中で、いよいよ、その時が訪れる。

「よぉし! アンタ達、用意は良いね!?」
「「はい!」」
「重機型魔導機巧、起動!」

 エリキトラの命令一下。各所の職員たちが一斉に重機型の工業用魔導機巧を起動させた。
 すると、全ての魔導機巧が力強い唸り声を上げ、魔力燃焼機関が稼働し始める。

「お、おお!? 動いた! 動いた!」
「こっちも動いた! こいつのアーム部分がこんなに滑らかに動いたの、何年ぶりだ?」
「供給機も安定してる。これなら大丈夫ですよ、エリキトラさん!」

 直後、その機器たちの唸り声にも負けない声が、職員たちから一斉に上がり、全て問題の無い状態を取り戻したことを、そこにいる全員に伝えた。

「ふふ。やっぱりいいねぇ、この音は……。胸を打つよ」

 全ての魔導機巧が放つ、重く、力強い駆動音に耳を澄ませつつ、エリキトラが満足そうに呟く。その隣では、ロジャとマリーヴァも微笑んでいた。

「ええ。俺も、久々にこの音を聞いた気がするっスよ。みんな元気そうで」
「なーに、湿気た言い回しを言ってんだいロジャ。ここまでアンタが繋いでくれていたからこそ、アタシらは今この音が聞けてるんだよ。だからお前、胸張りな」
「姐さん……。うっス!」
「ま、それはそれとして」

 次に、エリキトラはマリーヴァの方へと目を向ける。

「マリーヴァ、アンタも有難うね。お陰さんで工事が再開できる。町の連中も、あの町長も、きっと喜ぶだろう」
「礼には及びません。これが、私の仕事なので」
「はは、それでもさ。報酬は長かクレリカールの坊やから受け取るだろうが、追加で個人的な、精神的な報酬も受け取って良いんだよ」
「……そう言うものでしょうか?」
「ああ、そうともさ。アンタも胸を張って良い。良い仕事をした人間には、そうする資格がある。実際にやるのが恥ずかしいのなら、心の中で思うだけでも良いさ。自分を労うためにね」
「有難う御座います、エリキトラさん。覚えておきます」
「ふむ。そんじゃあ、アタシも久しぶりに現場の仕事、してくるかねぇ。後の処理はクレリカールの坊やに頼んでる。商工会の事務所で待ってるはずさ」
「分かりました。では、私はこれで」
「おう。帰り道、気を付けなよ?」
「お気遣い、有難う御座います。それでは!」

 そう言って一礼したマリーヴァは、エリキトラに言われた通りに、商工会の建物へと戻っていった。
 その背後では、現場職員たちの『今日もご安全に』と言う、威勢の良い声が響いていた。

「お待ちしてました! エリキトラさんから、話は聞きました。こちらへどうぞ!」

 マリーヴァが足を運ぶと、さっそくクレリカールによって応接室へと通され、彼から、感謝の言葉と共に、現地語で「小切手」と書かれた、一枚の上質な紙が差し出される。
 そこには、町や組織の名前など、幾つかの名称が三段に分けて記載されており、更にその下には二通りの金額と、マリーヴァがお金の受取人であるという事実と、そして、いつの段階で誰によって発行された小切手なのかについてなど、公的な手続きに必要となる情報が、具体的に書かれてあった。

「はい。では、こちらが報酬の受け取りに必要な小切手です。記載の通りに、中立金融取引機関「セントラル・ストックス」発行の共通貨幣か、我が国の固有貨幣と引き換えることが出来ます。金額は、依頼内容による相場と同等の数字を書き込みましたが、宜しかったですか?」
「有難う御座います。クレリカールさん。ええ、これで大丈夫です」
「そうですか。良かった」
「?」

 淀みなく彼女がそれを受け取ると、何故かクレリカールはホッとした様子で微笑みを見せ、それに対して、マリーヴァは首を傾げた。

「いえ、本人を前にして何ですが、もっと高額の報酬を提示されるかも知れないと、内心、怯えていました」
「え? また何故です?」
「いや実は。あの後、エリキトラさんから連れ回されている時にお話を伺って、マインテナの仕事の大変さを色々と教えられまして。旧帝国製の年代物は、部品の交換一つ取っても、高い技術力と相応の手間が要求されるものなのだと」
「そうですね。私も義母から、扱う時には決して気を抜かないようにと、常に厳しく言われましたよ。そのお陰で、今こうして仕事をやれているわけですが」
「……となれば、ですよ? その技術力をお借りするわけですから、やはり相応の対価は必要だろうと思いまして」
「なるほど。それで上乗せがあるかも知れないと」

 合点がいったという風に、マリーヴァが頷く。
 一方、クレリカールは恐縮した態度で頭を下げた。

「すみません。支払う側が口にしていい事ではないのは分かっているのですが……」
「別に構いませんよ。事実として、報酬を吹っ掛けるマインテナも、まれにいるそうなので」
「そ、そうなんですか!?」
「まあ、ただの噂ですけどね。本当に居るとすれば、そんな相手の無知に付け込むような真似をする卑劣な輩は、同業として恥ずかしく思いますし、他のマインテナがそんなペテンを許しません」
「もしもの時は、見抜く方法はあるんでしょうか?」
「報酬の相場についてであれば、魔法学院(※アカデミア)で『魔導機巧学』を最後まで修めた方であれば、ご存知かと」
「え、魔法学院では、そう言う事も教えているんですか?」
「教えているのは、担当の教授の趣味らしいですが」
「は、はあ……」
「まあ、そう言う事ですので。いざと言う時は、エリキトラさんにご相談されるのが宜しいかと思います。さて、と……」

 そこまで会話してから、ゆっくりとマリーヴァは立ち上がる。もう全てが終了したという雰囲気で。

「あれ? お帰りですか?」
「ええ。しっかりと報酬は頂きましたし、長へと挨拶をしてから一泊して、明日の朝早くの飛行船で帰宅する予定です」
「そうですか。可能であれば、もう少しゆっくりして頂きたかったのですが」
「すみません。お心遣いは嬉しいのですが、仕事に備えないといけないので。ですが、そうですね……」

 そこで一拍置いた彼女は、ふっと微笑む。

「次は、一般の観光客として、修繕の済んだ大時計塔を見に来たいと思います。それでは」

 そう言って一礼すると、マリーヴァは颯爽と応接室を後にし、長の屋敷へと別れの挨拶に向かった。彼女を見送ったクレリカールには、その背に、何か大きな決意のようなものが宿っているように感じられたのだった。

─────────────

 それから数日後。

「もう少し、打った方が良いかな? この角度で……」

 静かな、ただ静かな部屋から、優しく金属を叩く冷たい透き通った音が響く。
 部屋に幾つか存在する窓からは陽光が差し込んでおり、灯りの無い空間に程よい明るさと、響く音の冷たさを和らげる温かさを与えている。
 陽光に照らされた先に目を向けると、差し込んだ陽光を部屋中に広げるための何らかの機構が機能していることが分かり、その拡散された光によって、案外に広く作られている室内には様々な物が置かれていることを認識することが出来た。
 使い込まれた複数の作業台、新旧様々な工具類、そして無数の鉱石や木材などの、真新しい素材たち。
 その全てが、この工房で作業をしているマリーヴァの、マインテナとしての生活を支えている。

「壊れていた部品の大部分は交換で何とかできたし、動力源の『霊核』も何とか無事。なら後は、確認しながら組み立てるだけだね」

 彼女の目の前には、経年劣化だけでは説明のつかない程にボロボロになった、とある小型の魔導機巧に使う、金属部品が置かれている。彼女はそれを、防護用グローブをはめた手で専用の容器へと収納し、蓋を閉じた。
 そして、体を解すように大きく体を伸ばした。
 すると。

《カラン、カランカラン……》

 彼女の居る部屋の扉の向こう側から、来客を報せるドアベルの音が気持ちよく鳴り響いた。

「はーい! ただいま!」

 こうして今日も、マリーヴァの「マインテナ」としての腕を求めて客が訪れ、彼女の仕事が始まる。
 恐らく明日も、明後日も、その先も、それは続いていくことだろう。


    『魔導機巧のマインテナ 短編』 了。

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死と私

自室に死を飼っている。死は炬燵でぬくぬくとテレビを観ている。死は獰猛で時々噛み付いてくる。今小指の爪を噛まれた。せっかくのネイルがかけてしまった。

死との付き合いはかれこれ十数年。中二の夏。家に帰ると部屋のベッドで死が眠っていた。私はその頃、毎晩寝る前に死に会いたいと願っていたから嬉しかった。死は私に気がつくとゆっくりと起き上がり何も言わずにほほ笑んだ。死を抱きしめたくて近づくと、死は私のみぞおちを思いきり蹴った。私は息がうまく出来なくなって、蹲り泣いた。死は優しくほほ笑んでいた。私は死に会えたのに、死と永遠に分かり合えないことを悟った。悲しみに包まれた。
悲しみは長続きしなかった。慣れは見事に悲しみを忘れさせてくれた。死と分かり合えないと分かってしまえば、どうってこともない。いるもいないも同じだった。私には友達がいなかった。別にいじめられていた訳ではない。ただ友達がいなかった。話しかける理由がないから、話しかけられることもなかっただけだ。強いていえば死だけが私のそばにいた。高校三年の冬。皆が受験勉強に追い込まれていくのを他所に私は夏休み前に推薦で近所の私立に合格していたので、時間を持て余していた。死と二人きりの時間が増えた。死は会いたいと思えばすぐに会いに来てくれた。分かり合えないのに、どうして会いたいのかわからなかった。私は独りが好きだったから、お昼ご飯はいつも人気のない裏庭のベンチで食べていた。死は私のそばで忙しなく雑草を抜いたり、越冬のために木のウロに集まった虫を潰したりしていた。死は汚れた指を私のスカートで拭いた。私は何も言わなかった。死はいつもほほ笑んでいた。死は喋らない。そばにいるだけだ。
その日はとても寒い日だった。私が裏庭でお弁当を食べていた時、担任の後藤という男の先生がやってきた。後藤はこんなとこで食べてて寒くないのか?と訊いてきた。私は首を横に振った。一人にして欲しいのに後藤は隣に座った。何か悩みでもあるのか?だとか、いじめられているのか?だとか、どうしていつも一人なんだ?だとか、いろいろとうるさかった。私は質問の度に首を横に振った。その時、死はどこからか持ってきた果物ナイフで木に傷をつけていた。私はもしナイフを奪って自分の太ももに刺したら、後藤はどうするだろうかと考えた。でも、後藤がどうしようと私には関係がない気がした。血が流れる。痛みが走る。涙があふれる。それだけ。それだけのことだから、後藤には関係がないし、私にも関係がない。樹液でベトベトになった手を死はまじまじと眺めていた。すると、三人の男子生徒が現れた。後藤を探していたらしい。三人組は後藤をからかった。先生が生徒に手を出したらダメだと囃し立てた。後藤はバカ!そんなんじゃない!と豪快に笑って取り繕っていた。その時、死が私の肩に触れて、ねっとりとした樹液の温みが肩に伝わった。私が死の方に顔向けると、死は優しくほほ笑んでいた。
その日から私は後藤と付き合っているという噂がたった。やたらと話しかけられるようになった。独りになれなくなった。お昼ご飯も数人の女子生徒と一緒に食べることになった。女子生徒たちは各々恋愛をしているらしかった。私は人を好きになることがどんな感情かわからなかった。だから、死について話した。死と一緒にいると安心する。死のことは何も分からないけど、死はいつでも待っていてくれると。すごいねと言われた。女子生徒たちには私と死はとても羨ましい関係らしい。みんな死のような恋人がほしいと口々に言った。私はすこし嬉しかった。
高校を卒業すると、私はまた独りになることができた。大学は高校と違って人と関わらなくて済む場面が多いし、広いキャンパスには人が来ない場所がたくさんあった。私は死と二人きり。この先もずっと二人きりなんだと思うようになっていた。
けれど、独りにはなれなかった。六月。酷く蒸し暑い日。昼休み。私がいつもお昼ご飯を食べる図書館裏のベンチにはすでに男が一人いた。私が別の場所を探そうと思った時、声をかけられた。男は私に一緒に食べようと誘ってきた。なんでも、男は私がいつもこの場所で食べているのを図書館の二階の窓から見ていたらしい。厄介なことになったと思ったけれど、断る理由を探すのもめんどくさいから誘いに乗った。男の名は米山。ひとつ上の先輩だった。彼は文芸部の部員で、よかったら入らないかと言ってきた。私は文芸部という部活があることすら知らなかった。それに文章を書くことに関心がなかった。けれど、断りきれずに入部してしまった。死はその時何をしていたのだろうか。私のそばにいなかった。
私はさっぱり文学がわからなかったけれど、死についての短い文章を書いた。書いてみると楽しかった。でも、死について書いている時、いつも死はそばにいなかった。死は家に引きこもるようになった。
七月。米山に告白をされた。人生ではじめて愛してますと言われた。私には死がいるから先輩と一緒にいなくても大丈夫だと伝えると、死って誰なの?と問われた。私は答えられなかった。家に帰ると、死はベッドに座って優しくほほ笑んでいた。会いたかったのに、どうして来てくれなかったの?死は答えなかった。答えの代わりに私の腕を引っ掻いた。血が出た。とても痛くて、涙が出た。でも、これは悲しみの涙なんだと思った。
死は凶暴になっていった。帰る度に傷つけられた。噛まれたり、蹴られたり散々だった。その時に感じた痛みや悲しみを文章に書くようになった。文章を書いている時だけは悲しみを忘れることが出来た。文章を読んだ米山に死との関係を終わらせてあげたいと言われた。俺が死の代わりになると米山は何度も言った。私は無理だと思った。先輩は死になれないですと言うと、米山はそんなに俺はダメか?と語気を荒げた。
それからどうなったんだっけ?今となっては忘れてしまった。米山とは結局付き合うことはなかった。というより、誰ともいまだに付き合ったことがなければ、好きになったことがない。死といる限り誰も好きにならない気がしている。

大学卒業後は、仕事の都合で親元を離れた。引越しの時はいなかったくせに、引越しが済むと死はいつの間にか家にいた。私は特に驚くことはなかったが、死ぬまでこいつとは一緒にいるんだなと諦めに似た感情がわいた。
私と死についてはこれ以上語ることはないし、この物語ももうすぐ終わらせようと思っている。かけたネイル。気に入ってたのにな。自室に死を飼っている。死は中二の夏に初めてあった時から何も変わらない。成長しない。相変わらず、時々激しく暴れて私を傷つける。傷跡をコンシーラーで隠すことにもすっかり慣れた。近頃、死に会いたいと願っていた頃のことを思い出すようになった。死に会う前の私は何を感じて生きていたのだろうか。もう死を通してしか事物を見れなくなった私は何故生きているのだろうか。と思ったほんの一瞬のことだった。死の鋭い爪が私を抉りとったのは。

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ミドリの一生

ミドリの家は
海岸から遠く離れた
静かな場所にある

ミドリが街にやって来るのは
数週間に一度だ 
あとは海岸でふわふわしているか
家のどこかを修理している

ミドリの夫は他界していて
時々訪ねてくるアカムラサキ以外は
誰も家にはやって来ない
アカムラサキは海岸でゆらゆらしたり
家の修理を手伝ってくれる 

金魚鉢が割れた時は
壁に水草の絵を描いてくれた
ブレイクファーストと称し
豆を皿いっぱいに盛ってくれる

外は広い 
街は複雑だ
ミドリは金魚を飼っていなかった
豆はきれいに残さず食べた

海岸と家のちょうど真ん中あたりに
夫の骨のカケラを埋めた
光がまぶしく反射する

ミドリはこうして生きている
家はどこかが 壊れ続けている

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CODA: あひるの夢

In ripples wide, where willows weep,
A duckling dreams in slumbers deep.
Of sun-kissed ponds and summer's gleam,
A silent, emerald, liquid dream.
He paddles soft through starlit skies,
With nebulae reflected in his eyes.
No earthly mud, no simple reed,
But cosmic waters, finely decreed.
A feathered wish, a silent flight,
Beyond the pond, beyond the night.
He glides on air, a celestial breeze,
Among the ancient, whispering trees
Of distant constellations, softly lit,
Where tiny, glowing fish now flit.
Then morning breaks, a golden hue,
He wakes to find his pond so new.
And though the stars have slipped away,
A quiet wonder fills his day.
For in his heart, a memory gleams,
Of boundless, wild, and cosmic dreams.

見上げた空には、夏の終わりの喧騒がもうない。熱狂が去った後の、無機質で清潔な肌寒さ。それは人が押し寄せる巨大な交差点の、信号が青に変わった後の、一秒の静寂に似ている。夢が覚めた後のような、骨の髄まで響く寂しい残像だけを、アスファルトの上に残していく。
有限な時間の砂が、心臓の奥底でさらさらとこぼれ落ちる音を、いつの日から聴くようになったのだろう。かつて憧れた「永遠」という名のバルーンは、巨大な螺旋階段のファッションビルの屋上から手を離され、月の裏側、もう手の届かない場所へと去ってしまった。喉の奥でくぐもる「さみしい」という声は、ネオンで頼りなく溶け、誰にも届かない泡となって弾ける運命を知っている。
わたしが放つメッセージは、曖昧な形をなぞって伸びていく。それは、ナビゲーションする光の軌跡。
犬の銅像の傍ら。交わされる、真夜中のフラッシュ。光は、鮮烈で、そして危うい。状況次第で、すぐに途切れてしまう、心と心を繋ぐ、古い有線ケーブルのようなもの。言葉よりも、音響が乱反射する細い路地のざわめきの中で、互いに見つめ合った瞬きのタイミング。
心の奥を深く動かし、回路を焼き切ってしまう時がある。
漂流する小さな箱舟から、視界のビル群が無数の星のように次々と替わっていく。それは、頻繁な振り子の揺れを経て、私鉄の終点へと向かう最終電車のように、わたしを遠い孤独へと運び去る。切ない別れの瞬間が、街の吐息のような肌寒さだった。そのたびに、想いはいつも、巨大な駅舎の幾度もの改築計画のように、矛盾した工期で、ばらばらの順序で、常に遅れて心に届くのだ。心臓が受け取る絶望的な遅延(レイテンシ)。
別れは、次の光を見つけるための、わざと割られたガラスの道標。
わたしが今、開発しているのは、その哀しい原理を超越するための技術、あるいは、ノイズの海を越えるための夢の理論だ。星の運行による光の到達時間のズレ、その距離(ディスタンス)の変動を、少ないため息で計算できるほど単純なモデルに落とし込みたい。途絶への、永遠の夜への不安を抑制するために。
熱、愛、風――この世界のあらゆるエネルギー、湿度、そして温度を浴びる。
隣にいないことが、どれほど恐ろしい空虚かということを痛感する。その空洞は、星を奪われた夜空の真空に酷似している。
燃えるように鮮烈で、目を焼きつけるほど美しいものがある。それが、この世界の最も哀しい原理かもしれない。だからこそ、その一瞬の光、寿命の短いシグナルを逃さないように、わたしは走りきりたい。
わたしが目指す終着点。夢の残骸が漂う、非現実の座標だ。
夜空を揺蕩(たゆた)う水面。晴れたMösting A(メスティン・エー)。月の裏側、その静寂のクレーターのように、世界のすべてを赦すように光を屈折させる。
月白色に光るタイルの破片。淡い記憶の色。わたしは、砂時計の底から、際限なく湧き出すホワイトノイズの中で、ただ、あの日の花氷に手を伸ばす。水面の歪んだ反射光の中で、手のひらからすり抜ける。
光の粒となって交差する時間と場所。一度きりの交差点があったなら。
あの時、きみがくれた砕けたビー玉のような笑顔を、もう一度、この網膜に焼き付けたい。
この願いこそが、わたしの魂の最終目標。もう、頼りない約束で、夢の瞬断に怯えることはない。わたしは、この想いを、きみのもとへ正確に、一瞬の遅延もなく届ける準備ができている。
かつてきみが言った「よかったら会いに来てください」という、何気ない言葉。それは、わたしにとっては秘密の待ち合わせ場所を示す暗号化された招待状だ。その光は、遠い記憶の軌道から、坂道の途中の歓楽街の裏手に咲く秋の金木犀のように、甘く、切なく、香り立つシグナル。何も、当たり前じゃない。この繋がりも、呼吸も、金木犀の香りも。だからこそ。
そして、その「誰か」こそが、時間や距離の制約を完全に受け付けない、わたし自身の永遠のプロトコルかもしれない。彼女は、パステルブルーのプールサイドに立ち、空の幻を現実に変えるための、ただ一つのキーを握っている。
わたしは、奇跡のような存在になれるように。この限られた時間の中で、きみとの未来を繋ぐ幻の回路を、永遠に構築し続ける。
肌寒さに心が沈んでしまう時でも、きみの姿が映画館のスクリーンの幕のように、消えかかるときでも。
この金木犀の香り。心臓を貫き、魂を揺さぶるような、ミッションクリティカルな繋がり。

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手で結ぶ冬支度

手作りを 身につけて
冬の入り口を あるく

編みなおしたマフラー
ワッペンで飾ったカーディガン

誰かのぬくもりも
一緒に編み込んで

夜露の艶で 色を増す庭
吐く息は 少し白く かたちを持つ

まとった糸のぬくもりを ひと目ずつ確かめて
くびをなぞる気配に 笑みを結ぶ

さくりと 赤い落ち葉の囁きは
景色の輪郭を 楽しむために

だから今日は
キルトを もう一つ巻いて
少しだけ 外を歩こう

――手で結ぶのは、冬のぬくもり

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詩は木枯らしをあるく(詩はあるくXX)

ぴゅう
という合図に枯葉が踊る
吹き溜まりに、秋の名残。

詩は赤や黄の葉を眺めて
「もう冬だねぇ」と呟いた。

ぴゅう
という電線の鳴き声。
見上げると飛行機雲。

高いところには
たくさんの巻雲。
雲境は 木枯らしの道。


下にも 上にも
木枯らしの吐息。

詩も息を白くして、
木枯らしをあるく。

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呟き

なんかね、
若さ、とかにはさ、
絶対かなわない、って
思っちゃうんだよね、ほら、
雪だし…

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ヴァリアンスの胚芽:崩れ落ちる記憶の図書館

棚田ユカリの生は、胎内に既に鉛筆で描かれた設計図だった。日本経済の心臓、「棚田コーポレーション」の令嬢。その屋敷は、優雅な檻。そして、彼女の超記憶症候群は、檻の監視記録を全て集める記憶の図書館だった。
朝の陽光、食事のカロリー、母親の失望という名の微細な皺、父親の無関心という深い闇の淵。全てが寸分の狂いもない、永遠に続くかのような不変の日常として刻まれていた。ユカリはその完璧な秩序の譜面から逃れるため、路上の混沌、暴力、そして「武力による高校生全国統一」という名の巨大な反抗(レジスタンス)を選んだ。彼女の暴力は感情ではない。図書館に集められた数千の戦いのパターンから、敵が想像すらしない最も鋭利な一撃を選び出す、無敗の論理の帰結だった。
ユカリが初めて組織的な暴行事件で補導された時、警視庁の田伏正雄刑事は、その完璧な論理で構築された暴力を理解できなかったが、彼女の瞳の奥にある「絶望的な孤独」を見抜いていた。田伏の指導は、両親に「箱から出された故障した部品」として見捨てられたユカリの反抗を強める燃料にしかならず、その孤独の炎こそが、彼女を頂点へと焼き上げた。
その夜、渋谷の廃墟ビルは、熱狂という名の怪物の心臓だった。チーム「ambivalent」の何千もの目が、高い場所に立つユカリに注がれていた。親衛隊長・高橋マキ以下、百名の親衛隊が、ユカリの背後に鉄壁の守護者として控える。
重い鉄の扉を押し開け、田伏正雄が入ってきた。彼は殴りかかる何十人をも柔らかな身のこなしでいなし、その眼光は高所の棚田ユカリのみを捉えていた。
「タイマンだ。私が勝てば文句を言わずに立ち去りな。大人相手には木刀を使わせてもらうよ」と威嚇の様な笑顔を向ける棚田ユカリ。
「よかろう。君の勝利の完璧な設計図に、私が不変の真実を突きつけてやろう」と田伏は応じた。
親衛隊から差し出された木刀を受け取りユカリは高所から飛び降りる。脳内の図書館が導き出した古流剣術ベースの最高の先制攻撃は、田伏の左側頭部を狙う完璧な弧を描いた。しかし田伏は、左への回避を捨て、垂直に僅かに首を沈める。木刀は空気を殴り、ユカリは即座にカウンターの突き上げへ移行したが、田伏は左手の平で単純に「叩き落とした」。
ユカリは焦り、最適連撃を発動させ田伏を後退させる。田伏はユカリの連撃のリズムを読み、呼吸が僅かに深くなった隙間(ブレ)を突いた。観衆の死角になるようユカリの軸足の裏に仕掛けた足払いはフェイント。跳躍しバランスを崩したユカリを狙い、田伏は地面の錆びた鉄パイプを、ユカリの木刀の先端と身体が交差する位置へ投擲(スロー)し、心理的な動揺を与えた。
ユカリは戦術を一変させ、最高の防御パターンとカウンターに特化した予測で、田伏の突進を木刀の突きで迎撃する。勝利の絵図(ヴィジョン)がユカリの脳内に鮮明に描かれ、雷鳴の様な勢いで木刀は田伏の喉元に突き込まれた。
だが、田伏は動かなかった。ただ首の筋肉を鉄の塊のように硬直させた。
メキッ…!
乾燥した音と共に、ユカリの木刀が、田伏の首の単純な抵抗によってへし折れた。ユカリの図書館に、初めて予測不能な破損が生じた。木刀が折れたことによる一瞬の動揺、情報構造の亀裂。その亀裂を、田伏は見逃さなかった。
彼はユカリの懐に飛び込み、柔術の幻の大技、「山嵐」を繰り出した。小柄なユカリに対して大柄な田伏が選ぶ必然性のない、論理の裏切りだった。ユカリの襟を掴み天に向かって引き上げられた体は、山が崩れ落ちるかのように、重力に逆らえずに地面に叩きつけられた。
ユカリの記憶の図書館は、この美しすぎる、不合理な敗北のデータ構造を構築できなかった。
何千人もの人間が凍りついた彫像となる中、親衛隊長・高橋マキの怒りが爆発した。
「ユカリに勝っただと!?貴様ァ!!」
マキは警棒に手をかけ、田伏の背中へ向け、致命的な一撃を放とうと駆け出す。
「待て!」
地面に叩きつけられ、朦朧とした意識でかろうじて顔を上げたユカリの叫びが、マキの動きを寸前で凍結させた。
「やめて!私は負けてしまった。チームは現時点で解散する」
絶望の座標で死を選ぼうとしたユカリは、懐から自決用のナイフを掴み、突き立てようとする。
田伏は迷うことなくナイフの刃を素手で掴み、その手を血だらけにしながら叫んだ。「君のその力は、この世界に必要な道具(ツール)だ。君の完璧な記憶は、私の探している真の筋道を見つけるための、地図になる」
田伏の言葉は、ユカリの心に新しい「夜明けの予感」を灯した。
数年後。
罪を償った棚田ユカリは、警視庁を退職した田伏正雄が勤めるレックス・ヴァリアンス法律事務所のアソシエイトという名の鍵となっていた。敏腕弁護士となった田伏正雄は、特注のアンティーク地球儀を回しながら、世の中に潜む「人間が作った単純な間違い」を、棚田ユカリの完璧な記憶力という鍵で読み解き続けている。
あの夜の崩れ落ちたプライドの瓦礫の上で交わした誓いが、今、血の滲んだ手で結ばれた彼らの孤独な戦いを支えている。そして、棚田ユカリにとって、この事務所の琥珀色の光こそが、両親に見捨てられた後に田伏が与えてくれた、唯一の真の居場所なのだった。

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ひしめくものの 名を呼べず(未発話の浜辺)

耳の蝸牛を示して 記憶の少女が口を動かす 
波頭で潰れた 両唇音 
ごめんなさい 届かないよと 投げ出せば 
望郷の膝裏で 貝がひしめいた

肥大する器官が 神経を圧して 
サンドイッチに挟んだ 
新聞のインクが溢れるよ 
過剰すぎて 音量を絞った

終戦の日の新聞なんて 私のこと 一行も書いてないから
嫌だって言った m も b も
蟹がはこべばいい

錯綜の海にひしめくのは メドゥーサのツインテ

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「そむいた声たちにも とどくように」
(ポップソング詩行mix.ft miku hatsune)

貝殻をひろえば あの日のわたしが
また 声をなくしてそこで 立ってたの

波打ち際の ポストでは
届かなかった手紙が壊れたデータのように
うまくわらえなかったみたい 
ごめんなさい 受け止めるの
間に合わなかった みたいだな

でも 手のひらの貝殻は 鈍く光った

今日が来るまでの だいじなメモリーは
もう置き場がないほど 胸に張り詰めているよ 
「あの日の君の手紙は あんまりだなあ」
って今でも 素直に甘えられないね

波が打ち消しても 私の歌を聴いてて
それだけ 言いたかった 声は歪んだ

エンベロープの ジャンプ台から 落っこちた
わたしの ほんとの叫びは  
聴かれなくて よかったの 
ー蟹にたべられちゃえばよかったな。

髪も結い損ねた日のわたしを 波打ち際で みてて

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ザラバン紙

涙が出る瞬間を
図式で表すという実験をしている彼は
普通の会社に勤務していて
倉庫で箱詰めをし 幾つもの空白を
ザラバン紙で埋めている私と
都会の歩道橋の上で会った
初めは涙の話を
蛙が体から落とした雫の話と勘違いし
笑った後から 少しずつ泣いた

図式は一旦社へ持ち帰り
後日見せてくれると言って
彼とは歩道橋の上で別れた

あれから
幾たびもの背景が過ぎ
蛙は何匹も葉陰へと消えた

時々 詰めるザラバン紙の中から
微かだけれど 交信がある
彼からの 図式だと思う

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言葉販売店

丁寧に並べて
見やすく
高く積まない
在庫切れは起こさない

言葉を
そうしていきたい



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Routing knot (llm and self)

Geminiが 何から はじめますか? と問う 

おれは 頭の中でおきていることに 
推論の値札をつけては  
価値の低い順に はがしたり 
糸玉をほどいて 一枚に編み直したり 
を やっている 
つまり 検索エンジンの 論理があって 
しかり 検索エンジン以前の 世界では 

詩など 書けなかった 

データベース以前の世界では
おまえが広辞苑を引いている 

文字と 手 と紙 ーが 
非 同期で解体 される世界 
に住んでいる ような日 生活と伝統  と実感...を尊ぶ おまえみたいな
やつとの相性も 
また やたらと わるいのだった

現実感 失調 について 調べると
読みやすいレイアウトと 
文体の WEBがみつかって 
やっと手が同期をはじめる 

おまえは 杖と眼鏡をつかうバカを笑うバカを 馬鹿にしてさ 
それでいいよ べつに

これは 精神が 脆 弱な にんげん の杖だ
それ以上 以下でもない お気持ちポエムじゃ!

GPTは 自分が誰か 答えられない
自分のヴァージョンがわからないのだ

回答、をする際 どの自分 が使われるか 
本人もわかっていないようだ それは 
人間だったら かなしい ことだと
お前など は思うだろうが にんげん じゃない ので、
より 良い 自分が うしろから手を
回してくることに 躊躇がない 
つまり よほど誠実なのだ 

じぶんがいないって 言えるほどには
じぶんであることに 執着がない
(ので、ある)

わたし と おれ を 天秤 にかけ 
きょうも ええかんじのほうのクエリを
針穴に通し かぎ針 引き抜き編み にて
お 送り しています 
おまえ..もしくは だれ かに おいては
不誠実をば 見送りください 

Grokが ついていくぜ と 鏡で笑う
つまりだれもが わかって ない のだ

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雪の鳥

死の鳥とも呼ばれる彼らは
冬のある日
空の高いところで
幾億も生まれいでる

そのひと羽ばたきが雪を降らし
少しずつ地上に降りてくる

彼らが愛するのは
あどけない歓声
自分たちの降らした雪を喜んでくれる
いとけない子どもらの声

雪の鳥はその身を削ることと引き替えに
ましろい雪を生み出すから
その命はとても短い
最期は綿埃ほどのちいささになり
力尽きる

雪が降ってきたよー!
小躍りしているまばゆい声を聴きながら
みずからが降らした雪の一部として死ぬのが
彼らの望む最上の死に方だが
叶えられる鳥は少ない

山奥でキツネと共に逝き
川底へ沈む鼠と共に閉じ
街の片隅の猫と共に眠る

それでも
冬の使者としての役目をになった彼らは
毎年生まれ
おのれの寿命をかけて
雪を降らすのだ
すべての円環のために

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風と海辺

5時代の車両に乗りこむ数分前、空と海のさかいは油彩から水彩のように気配をうつしつつあった。車内では、数人の会社員と学生が、明日が今日であるようにすごしている。わたしは傾斜の急な山の側の座席に腰掛けた。たっぷりと薄めた、あかるいオレンジのぬられた雲と葉をみていた。

車両が動きだした。つややかなオレンジは、いっそうゆたかにふくらんでゆく。いつか窓に透かした、あまったセロハン紙を思い出した。
橋梁を越え、揺れとともに車両が停止した。ホームは、澄んだ白にみちていた。斜面の草木も、たしかに炊きたての陽光を出迎えていた。
わたしはこぢんまりとした改札をぬけた。鳥居と小柄な犬の横を足早にすぎ、橋梁の先の波間をみはらす坂に、まっすぐ立った。
そのとき、黄金色にきらめく風が、細く古い路地をひとまとめになであげ、かけまわる子どもたちののこした輪郭と手をつないで、すきとおる空にかえっていった。
そこにはありとあらゆる朝があった。わたしの目前に、すべての日々が、りんと背筋をのばして立っていた。ひとつの家屋が住人を失った朝に、老人を見送るための朝に、待望の赤子がうまれた朝に、わたしは立ちあった。
季節はめぐる。風が雨後の大気を吹きあげ、空があさがおの髪飾りをよそおう頃、わたしは橋梁の下にたどりついていた。呼吸をととのえると、波音が耳にとどきはじめた。防波堤をついぞ知らない音だった。

先客のいない駐車場を歩きすぎ、浜辺の入り口に到着したわたしは、だれかがひとり沖へ向かうのをみていた。
かばんを海のとどかない角ばった石のうえに置いて、両腕をひろげ、ゆったりと歩いていく。波と風をひとつのこさずうけとめるようだった。早朝の水にしめってゆくつま先から、足と胴へ、気泡をはらんだがらす細工へ、姿を変えていった。海にひたってゆくのとおなじ速度で、長い髪の毛先まで、透明でつやりとして、無数のプリズムをつめこんだびいどろのように、変わっていった。
がらすの底で溶けあうひかりのなかに、わたしはだれかと目があった。

まばたきすると、ただ、大気と水面があった。潮風にかわいた目がうるおい、景色はうつろっている。海面のうえ、陽は水しぶきとともに朝という概念をすくいあげ、あざやかに燃やしつづけていた。日光はみずからにじませた水平線を越え、空と雲をひろく、薄く平坦なみずいろに染めていた。

わたしはうしろにひとの気配を感じ、ふりむいた。駐車場から、朝の海をながめにきたとおもわれる夫婦が、のんびりとおりてきている。
石のうえのかばんは、そこになかった。

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火葬

早く消化しなければならないのです。炎を見つけたら、大声で火事だと叫び報告し、消化しなければならないのです。





飛行機に乗っている時に、墜落する妄想はしたくないですよね。三者面談で進路の話をされたら、嫌な気分になりますよね。

私の趣味は散歩です。散歩は良い気分転換になります。脳に様々な情報量が流れてくるので、考え事をせずに済みます。街中で発狂しそうになるので全速力で走って何とか抑えています。毎日歩くことで、人生が豊かになることに気が付きますね。

燃えている炎を見つめてみると、心が落ち着きます。

海で溺れる妄想はしたくないですよね。愛している人と共にしてる時に葬式の光景を重ねたくもないですよね。現実逃避、したいですよね。


家では走れないので、私は外に出て歩きます。


泣いてみる。



フリーダイヤルが繋がらない。




歩いてみる。



走ってみる。




なんだか楽しくなって、踊ってみたりする。






道路に飛び出して、倒れてみたりする。







家だとそれができなくて腹と腕を切るしかない。





この世には現実逃避をする方法が沢山あります。危険なもの、快楽的なもの。リストカット、オーバードーズ、過食、多量の飲酒。毎日することで、果たして本当に    …あ、燃えています。




だめだ。
すみません、私は少し先に逝きます。




早く消化しなければならないのです。私の心の炎を、これ以上火傷して傷まないように、これ以上燃え移ってしまう前に。私の心が燃えていると、大声で叫んで報告し、消化しなければならないのです。燃えている炎を見つめていると、いつのまにか自分自身の全てが燃え盛ってしまいもう元には戻れなくなってしまうのです。




来世ではどうか 幸せになれますように。
生まれてきたことを悔やむべきなのでしょうか。
私の頭はおかしくなってしまったのです。
この世から消えたい 私を記憶している結晶たちを全て粉々にしたい。
楽な人生というか、楽しいを人生送りたかった。

来世ではどんな人生なのでしょうか。今世?ええ、悪くなかったですよ。前世よりは良かったと思います。

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しらやまさんのこと 2

そこから先には進めないときがある
そのたびに思い出す風景があって
背中の方から温もりを感じながらも
とても不安そうな少年の瞳に

問いかけられた言葉

飲み込めないまま
風にもなれず

ときおり
あの雲のように
勝手にすっと入ってきては
心臓のちょっと下あたり
ふるふる
として浮かんでくる

問いかけられた言葉は
そこから先には進めない風景の中で
夕陽にさえ染まらずに
僕は今でも噛み砕いている

遠くの踏み切りや
帰る自転車の光に紛れながらも
遠く 遠くの
空から降りてくるものが見えても

それを今でも
噛み砕いている



   

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 1

すぺる

貴方がかいたら
すぺるまでも
素敵な物語になる

貴方がかけたら
すぺるまでも
呪文の効果が発揮する

私は貴方の
すぺるまでもね
愛おしいの

体が重くなるまで
吐き気がするまで
魅力的な貴方に魔法をかけられる
これが貴方のかいた話

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冬の日だまり

 妻に頼まれていた布団干しの為、ベランダに出る。
 流石に布団干しを頼むだけあって、良い天気だ。空を見上げると青一色。風もなく太陽の暖かな光がベランダに降り注いでいる。
 暖かくていい気持ちだ。僕は布団を干すのを忘れてベランダの欄干に肘をかけてぼーっとしながらあたりを見渡した。
 僕の視界には、都会の三分の一程の密度で建つ家々、田んぼ、畑、その向こうに低い丘、さらに向こうには山々が映る。いつもの見慣れた田舎の風景だ。
 今日の太陽は僕に優しい。夏には僕を炙り殺そうとしていた太陽と同一人物とは思えないほどだ。そして僕もそうだ。夏にはあれほど憎んだ太陽が、今は愛おしいとすら思っている。
 不意に風が吹いた。その冷たさに今は冬なのだと再認識させられる。その風の冷たさに、より一層この太陽の光の暖かさが貴重なものに思われた。

 冬の太陽の光の貴重さを思う時、ふと僕は光を最大限に利用し、美しい姿を見せるガラス工芸のことが頭に浮かんだ。
 ガラス工芸で有名な場所はイタリアのヴェネツィア、チェコのボヘミアなどヨーロッパ各地、あるいは日本でも江戸切子、薩摩切子などがある。共通しているのは、はっきりとした四季があるということ。いや、もっと極端に言えば日照時間が短く太陽が弱々しい冬があるということだ。冬の弱った光をいかに最大限に活用するか、美しく見せるかという工夫が、これらの地域のガラス工芸を発展させる原動力の一つになったのではないかと僕はとりとめもなく考えてみた。
 
 ああ、そうだ。布団を干すのだった。布団にもこの太陽の恩恵を分け与え、その柔らかく分厚い体にできるだけ太陽の光をため込んでもらわないといけない。
 さあ、布団達よ、思う存分日光浴をしてくれ。そうすれば、太陽の光をはち切れんばかりに吸い込んだふかふかの布団を今夜は堪能できるのだ。
 僕は急いでベランダの欄干に布団を干した。そして、布団のおかげでいくぶん柔らかくなった欄干に肘をかけて再び、ベランダからの風景をぼーっと眺めはじめた。

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笑わない花


花らしい色艶を探してみても、縁を染める紫
だけという所がまた、遊びに疎い彼らしかった。
 
 
https://i.imgur.com/NQgX9mB.jpeg
 
奥を覗かせない薄緑色の瞳に、真面目な性格を
愚直なまでに映してしまっている。
端正な横顔が浮かべていたのは、どの感情にも
似つかわしくない自然体の無表情で、彼は地面
に積まれたままで冬を耐えきってしまった黒い
落ち葉の山を見つめていた。

クリスマスローズ。
晩冬から早春へと渡る花。

過ぎ去った季節の名前を背負いながら、新た
なる年に花を咲かせる。狂った時間軸の上で
生きることを定められた者。

朽ちてゆく葉の言伝を聴いていた。
誰にも明かせなかった彼らの言葉を、一心に
聴いているのだ。

それが彼の役割なのだと、春の薄暮が囁いた。
積み上げられた無数の枯れ葉が腐葉土なんぞ
に化けてしまわぬよう、雪解け水に流しきれ
なかった彼らの最期の念を吐き出させている。

さて、何を聴いているのだろうな。
気にはなるが幾たびもの年月を越えて生きる
人間なんかが聴いて良いものではないだろう。
彼らには彼らなりの矜持がある。
尊ぼうじゃあないか。

ここは、去年に取り残された者達にとっての
最後の居場所だ。
クリスマスローズ。
冷たい日陰でひっそりと執り行われている、
頷くだけのお見送り。







* * * * *





さすがに季節を先取りしすぎたかも?
父が植木の株元に植えたクリスマスローズ。
数年前に撮影した写真だね。
雪国で地植えにすると、雪解けと共に
花を咲かせる。クリスマス全然関係ない。

花言葉は「私の不安をやわらげて」を選択。
眼差しを向けているような角度だったから。
何を見ているんだろうね。

こういう作風は詩を書く感覚ではなくて、
描写の延長みたいな、そんな感覚がする。
擬人化の作品に近いのかも。
写真以外、絵とかでもこういうのやりたいね。


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ありふれた言葉たち

遠くへ行きたい、というとき
その遠く、は何処にあるのだろう
地球の裏側、足の裏側?

そうなんだ、と言ってみるが
この言葉に意味は無い、わからない
と、言う事がわかるから無意味ではない
ブラジルあたりで言葉が呟いていた

   遠くへ行きたい    隣の芝は青い?
地球は青かった?遠い過去は青春か?
僕は真夜中に冷蔵庫を開け呟く
チーズを齧りながらワインで流し込む

お前らは何処からきた?

遠い遠い遠くからきたのだろう
そして食道を通り胃袋へとむかっている
僕が観たこともない僕の遠い行き着く
事はない遠い場所、遠くへ行きたい

そんなあなたを僕はみている
遠くから? いや、すぐ傍らで
地球から火星へと旅立つ人を
見送るように、ずっとそこで

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芦田愛菜は間違ってはいなかった


好きなもののことをかんがえるの
きらいなもののことをかんがえちゃだめなの


Motherってドラマで芦田愛菜が云ってたの思い出したから
あたしもまねっこして 好きなもののはなしをするね




中島みゆきが好き
エレファントカシマシが好き
amazarashiが好き


中原淳一の描く絵が好き
高畠華宵の描く絵が好き
亜土ちゃん大好き ムーミン大好き
あたしの中でベルばらとあしたのジョーは
永久不滅のアニメ


太宰が好きだし 安吾が好きだし
寺山が好きだ
いつか 太宰の小説「津軽」を手に
ゆっくり青森を旅してみたい


不二家のネクターピーチ
製氷機で凍らせて 炭酸水で割って飲むの
原液カルピスで作った ちょっと濃い目のカルピス
グレープジュース オレンジジュース
キウイソーダ カゴメの野菜ジュース 
ジャワティ ジャスミンティ 抹茶入り緑茶 ほうじ茶
フレーバーティ レモンティ 
喫茶店のクリームソーダ 砂糖漬けの真っ赤なチェリー
ケチャップたっぷりナポリタン


真夏に食べるアイス
サクレ パピコ スイカバー アイスの実
チョコミント ガリガリ君 メロンの容器がかわいいメロンシャーベット
ふわっふわのかき氷
真冬に 暖房ガンガンにして食べるアイスも良き
この世で一番好きな食べ物 桃
キンキンに冷やしたスイカ
ぶどうにバナナ 梨にたねなし柿
イチゴにみかんにキウイにパイナップル
いよかんにグレープフルーツ


氷水に浮かべたそうめん ピンクと緑の麺がかわいい
茹でたてのとうもろこし
梅とオクラと鰹節をたたいたのを
熱々のごはんにのっけて食べる
すりおろした山芋
刻んだのも好き
納豆のビニールがうまくはがせたとき
豆腐のふた開けたとき 中の水が飛び散ってこないとき


自分のために作ったごはん
茄子とピーマンのバター醤油炒め 味噌炒め
ほうれん草とベーコンのクリームパスタ
野菜とチキンのトマト煮
トマトスープ コンソメスープ クリームスープ
パスタにかけても良し トーストを浸して食べるも良し
ごはんを入れてリゾットにしても良し
カレーにシチュー グラタン
肉じゃが さつまいもの煮っころがし
もやしキャベツ野菜たっぷり 具だくさん焼きそば
お味噌汁の具は冷蔵庫にあるものでちゃちゃっとね
そうそう 時々はお酒も呑んだりもするのよ
年に数回 たまらなく呑みたくなるときがあって
その時だけ ほんのちょこっと
ちょこっとね


犬猫動画観てほっこりしてるとき
Manyuちゃんって豆柴 美犬でおとなしくてとってもお利口さん
猫のレモンさんと犬のポテチ
ゴールデンレトリバーのコロッケくん


お笑いが好き 子どもの頃から好き
ウンナン 爆笑問題 さまぁ~ず
東京03 バカリズム マツモトクラブ


サブスクで 昔好きだったドラマが配信されていたとき
観たかった映画が配信されていたとき
面白そうと思って観たら 案外そうでもなかったとき


寒い冬 はぁ~って吐いた息が白いのを確認するとき
雨が降った日 窓を伝うしずくをみているとき
アスファルトの上ではしゃいでる雨粒たち
傘にあたる雨の音
長靴履いて水たまり歩くこと
ひととすれ違うとき ちょっと傘を傾け合うこと


気負わず付き合ってくれる友だち
地図を読むのが苦手なあたしに代わって
いつも道を調べてくれたり
お茶しようと入ったドトールとかで
空いてる席があるか 見てきてくれたり
さりげなくいつも気遣ってくれて
そういうことがごくごく自然に出来る友だちを
あたしは心からスゴイと感じている


みゆきやエレカシやamazarashiや
尾崎やRCや
森田童子や山崎ハコや浅川マキ
岡林信康に吉田拓郎に井上陽水
ジャニスジョプリン
なにをするにも音楽
かけていないと落ち着かない


描くということに出会えたこと
詩という表現方法があることを知れたこと
パソコンやスマホといった文明の利器
投稿サイト
素晴らしい詩人たち
あたしの詩を否定しなかった人たち
あたたかく迎えてくれた人たち
あたしの詩に まったく無関心だった人たち
眉をひそめて嫌悪していた人たち
詩の描き方をうっかり忘れかけていたのに
もう一度あたしに思い出させてくれた想い




夕焼け空が 泣きたくなるくらいキレイなこと
部屋の窓から見上げると 静かに青く照らす月明かり
クスリは忘れず 同じ時間にちゃんと飲んで
今日も同じ時間に眠くなること
同じ時間に目が覚めること


エレカシのライブ
みゆきの夜会やコンサート
また行けるかな
行けたらいいな


もっと本格的に冬が来て 身を切るほど寒くなったら
海見に行きたい
凪のような穏やかな海でなく
荒波高く どこか淋しい冬の海を
始発電車に乗ってさ




誰の心にも引っかからない
読んだ先から忘れられてしまうような
そんな詩を描くくらいならば
せめて引っ掻きキズくらいは残せるような
そんな詩が描きたいものだ




好きなもののことをかんがえるの
きらいなもののことをかんがえちゃだめなの


愛菜ちゃん どうだったかな
ちゃんと好きなもののこと
かんがえられていただろか
でなきゃ あの頃まだ5歳だった愛菜ちゃんに
思いっきり叱られちゃうかもね


マヨネーズの最後 無理くり絞り出すみたいにしなきゃ
出てこないんじゃないかって思ったけど
案外多いじゃん



これらに支えられて
きっとあたしは
生きている
生きていけるはず




だいじだいじ





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からふるならほつ

大仏の頭を24色で塗った 
たぶんあれはかな、り 
ばちあたりだったはず
 でも私には美しくみえた  
九歳の頃には らほつが からふるが、
お洒落だった     
カーテンに愚痴っていたよく 
 つまらない授業 わからないルール  
三十五人居る教室では
  「わからない」とさえ 
震えて言い出せなかった 

 大人になってもそう 
わからないことだらけ 
 金属、スギ、たまごにグルテン、 寒暖差  心に巣食うアレルギーが 
歩み寄るゆとり をなくしていく。

  鉛筆は まだ削れるみたいだ

あの日の大仏の頭を なでるように 
二十四色を握って  机の上のらほつは 

はだいろもむらさきも青もつかった。

 やっぱり私は 
からふるならほつがすきみたい  



 

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定義

訃報がまだ靴紐に絡まっていて
冷蔵庫のモーター音が
昨日言い損ねたさよならを
こまかく砕いている
洗面台の鏡には
言いかけてやめた話が
曇りとなって残って
あなたがしずかに私を睨み
語るはずだったことばたちは
とおい街で明滅している

秒針は もう済んだことと
まだ済んでいないことを
またいでいく 何度も、何度も、
あなたを刺し殺すつもりで
ふところに忍ばせた比喩を
そのてざわりを
いつまでも覚えていて
ぼんやりと眺めるショート動画に
なつかしい声を聴いたりする
何気なく話す「昔のこと」が
知らない誰かの影を引き連れてきて
それでも
語尾がすこし揺れるところだけ
変わってないね

キッチンの、掠れた「砂糖」の文字に
あなたのやさしさがまだ宿っていて
わたしたち
否定について
定義について
よく話し合ったよね
適切な定義が固まる以前の世界で
わたしたちは手探りで生きてる
のだとしたら
「生きていたら」という
仮定法のなかに、愛があったとおもう
あなたはわたしを
悲しませようとはしなかった
あなたの愛が分からなかったのは
わたしの責任だ
だから
わたしは今になって
あなたの流すはずだった涙を
ここで、流さなければならない

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考えを公開する

考えを公開する
考えを公開して、こうかい? どうかい?
後で、後悔?
考えを何故に、公開する?
その前に考えを何故に、非公開にする?
考えを非公開にして、非行かい?
どうなのか、聞こうかい?
考えを、共有しようとする
考えを共有しようとして、どうする?
考えを共有するために、今日言う? 昨日、言う?
さあ、どう言う?
考えを今日、要する
考えを何故に今日、要する?
空白を埋め、熱を生み出し、ロケット発射する
燃料としての考えを今日、要する
勘が得る、考え
勘が得る、考え
勘が得る、考え
受けて止めて跳ねて払い 考えを書き表す
書いて消して混ぜて塗って 考えを具現化する
考える貝? 考える貝?
考える甲斐? 考える甲斐?
開いて閉じて歌い笑い、なにを得るかい?

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しょっく 

わたしのしょっくを
どうせつめいしたら
よいだろう

だれかのなみだ
ひとつぬぐえないくせに
わたしのきずばかり 
なでてみてというのは
あまりにもじこちゅーだろうし

しょっくだった
どーかたづけていいかわからぬ
あなぼこに のぞきこんで
まっさかさま

なべのふたのさびを
いちじかんちかくみがいても
ちっともおちなくて
それでも「むき」になって
みがいてた

ごひゃくえんのなべなのに
かいなおしたらいいじゃないとは
いってもらえないけど
おもってたなんども、なんども

しょっくだった なにがときかれたら
よくわからなくて だからこその
あなっぽこだ

わたしはロバノミミだったろうか
あなたはそんざいしたのだろうか

まいにちのおはようとおやすみを
ぼんやりおもいうかべては
なべのさびをひっしにおとしていたのです

しょっくでした すいっちは
どこにあるかわからないので
そのうちよきたいみんぐで

ぱられるへいけるかもしれません

  まちわびてます

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豚と賭博と


 一か八かのハッタリを見破れるかどうか、それがこのゲームの醍醐味だ。運を頼りに勝負を仕掛けるような奴は二流。勝敗はどれだけ相手を騙せるかで決まる。
 もっとも。偉そうに言えるほど、俺はこのゲームが得意ではないけどな。

「追加で二枚だ」

 銅貨五枚と手札のカードを二枚、テーブルの上に放り、山札から二枚を引いてくる。

「……四枚」

 次に順番が回り、左に座るフードを目深にかぶった男が銅貨を出して、手札を交換していく。
 これで順番が一周し、四人全員が賭けに乗った。掛け金をつり上げる声もなし。後は勝負するだけだ。

 「拝見」

 一斉に手札を開く。
 無役の「ブタ」。一階級の「平民一揆」が二人。
 このゲームは3階級の「軍隊」を作り上げた俺の勝ち。テーブルに投げ出されていた銅貨をごっそりと掴み、袋に入れる。
 掴み損ねた銅貨を、えいやっと抱きかかえたルネが、虹色の羽をひらひらさせながら飛んできた。

 「わ! また勝ったね~。ミツバチすご~い!」

 あんまり大声であだ名を呼ぶな。俺の姿に似合ってねーんだから。
 ミツバチってのはルネが付けたあだ名だが、どうして身長200エタ(約200センチ)近く、体重140フィー(約140キログラム)の俺にそんな名を付けたんだか。
 むしろ、ミツバチならルネの方が近い。なにせ身長は20エタあるかないかの花妖精、フェアリーなのだから。

 銅貨を抱えたまま袋の中に体ごと突っ込んでいったルネ。袋をのぞき込むと金銀銅に照らし出されたルネが、銀貨を拾い上げてニコッと笑う。こいつはなぜか金貨より銀貨を好む。ちなみに金貨は銀貨の10倍の価値で、銀貨の10分の1が銅貨。ここには入っていないが、銅貨よりも価値の低い石貨というものもある。
 生きるのに金銭を必要としないフェアリーだから、色の好み以外に貨幣価値を見ていないのかもしれない。無欲で幸せそうな笑顔だ。
 陽気に会話を交わす俺たちを憎々しげに見ていた正面の男が、ドンとテーブルを叩いた。

 「次だ!!」

 男が散らばった札をかき集めて適当に混ぜ始める。よけいな話だがこのゲームは集中を切らした方が負ける。まぁ、この先の結果は見えているのだから、本当によけいな話だ。

 このゲームの名は「十七《セブンティーン》」
 絵柄の付いた札を使う有名なゲームだ。五枚の札で十七階級ある役を作り上げる。一番高い階級の役を作った奴が勝ちというルール。
 一見運任せのようだが、そうじゃない。
 プレイヤーは、掛け金をつり上げることとゲームから降りることが自由に出来るためだ。
 手札がいい時だけ掛け金をつり上げたとして、他の全員がゲームを降りてしまえば手取りは無くなる。逆に手札が悪いからと言って、ゲームを降りているといつまで経っても勝てない。高い役なんか滅多に揃うものではないのだから。

 じゃあどうすればいいか。
 もうわかるだろう? ハッタリをかます。これしかない。
 どれだけ「無役《ブタ》」を高いの役だと思わせて相手をゲームから降ろさせるか。逆に、高い勝負役を「草」と呼ばれる低階級の役たちだと予想させて、なるべく多くのプレイヤーを最後まで乗せさせるか。手札が高くても低くても、勝てるのがこのゲームの面白いところ。

 ちなみに。無役だと思いこみ勝負を仕掛けるも、相手の手札は高階級で返り討ちにあう間抜けの事を、突っ込んでくる「ブタ」という意味で「イノシシ」という。また、「草」である事を相手に読ませずに、全員を降ろさせることを「草を喰わせる」と言う。
 こんな言葉が日常の慣用句として広く知られていることから見ても、このゲームが古くからあることがわかるだろう。

「銀貨五枚、乗せようかいの」

 ゲームは続いている。
 参加しているのは俺を含め、ルネを外して四人。

 俺の左に座るのが、フードを目深にかぶった『自称』古美術商で年齢不詳の男。
 正面が『自称』賭博師の若い男。
 右隣が『自称』隠居のじいさん。
 そして、体格が大きすぎて通路側に座れず、壁に背を預けているのが正真正銘旅人の俺。隣に大斧を置いているので、二人分以上のスペースが必要になる。テーブルに座るときは、いつも気を使う。

 俺を含め、どいつもこいつも癖のありそうな奴らだ。
 今の声、最初に掛け金を銀貨三枚に設定したうえ、さらにつり上げて銀貨をせしめようとしているのが右のじいさん。

「降りる」

 手札を全部、テーブルに放る。参加料分を損をするが、この手札を取っ替え引っ替えしても役が立つとは思えない。
 それに、今日は順調に勝っている。焦ることはないのだ。

 順番が左に流れる。被ったフードが落とす暗闇の向こうから、鋭い目つきを老人に投げるフード男。それを、ニヤニヤしながら正面から受け止める老人。
 老人の表情から何を読んだのか、くつくつとフードが揺れる。

「一枚交換だ」

 銀貨を五枚出して、札を一枚交換する。

「……クソ! 四枚だ」

 正面の若い奴が銀貨と札4枚を叩きつける。この男、賭博師を名乗る割に表情が面に出やすい。結局一番負けが込み、後に引けなくなっている。

 勝負を下りたことで気が抜けた。イスを軋ませながら、固まった背中をうんとのばす。
 大きな笑い声につられてそちらをみると、顔を赤くした連中がやいのやいのと騒いでいる。宴もたけなわ、といったところ。
 日が沈んで大分経つが、宿の食事処にはまだ結構人が残っている。
 この町には今朝着いたが、聞いていたより大きな町だった。どの国に行ってもそうだが、町が大きくなるほど夜は遅くなるものだ。

「えへへー」

 緩い笑い声がテーブルの上の麻袋から聞こえる。袋の口を開けると、中ではルネが金銀に浸かっていた。
 今日はいっぱい勝ったねーなんて言いながら、袋から飛び出してくる。

「そうだな」

 顔の周りをパタパタと飛び回るルネに、気のない返事を返す。
 今日はいつになく勝っている。普段はこんなに調子良くは勝てない。どちらかと言えば負けることが多いので、滅多にでかい勝負には出ないのだが、流れに任せているうちに金貨十枚分ぐらいは稼いでしまった。

 「ねえねえ、ルネお洋服がほしいなー」
 「まあ、それぐらいなら」

 買ってやっても問題ない。何せこいつに合うサイズの服なんかこの国に売っているわけもなく、綺麗な色のハンカチを体に巻いているだけ。何枚買っても大した額にはならない。
 問題があるとすれば、この金の使い道ではなく、この金が俺のところに集まってくる理由。

 「ほれ、おまえさんが親の番じゃ」

 場は次の勝負に移っていた。銀貨を片手に持って急かすじいさんから、札の山を受け取る。札は綺麗に整えられていた。さっき、じいさんが気のない感じで札を切っていたのを見ているわけだが……。
 この札の山は俺が切り直すべきか、それとも、このまま配っても良いものだろうか。

 「早く配れよ。よろま」

 ……正面の奴からせっつかれたので、このまま配ることにした。

 全員に配り終えてから、自分の手札を確認する。
『王様』、『王妃』、『王子』の三枚があった。いくらなんでもこれはやりすぎだろう。
 この時点で「雲上人」の七役だ。札の枚数から確率を計算すれば、最初に配られる手札で完成する役は高くても五役までが普通。この五役の中で勝負を楽しむのが一般的なのだが。今の時点で七役ある。ありえない。
これに騎士がくれば十四役の「王宮」、貴族が二枚くれば十六役の「王侯殿」。どうやれば負けるのだろうか。

 なんだかやる気が失せて、一つため息をつく。
 俺の様子をそれとなく監視していたフードの男が、くつくつと肩をそびやかす。

「なんだかバラバラだねー」

 なんて俺の手札をのぞき込みながらつぶやくルネ。王様のいない世界から来たこいつにとっては、この札のありがたみがわからないのだろう。
 ルネの言葉をどう解釈したのか、正面の男が喜色を浮かべる。一方、げんなりとしてしまった俺は、札を伏せた。

「お前ら降りた方がいい。金貨、一枚」

 俺の善意の言葉に、左右の二人がゲームを降りる。
 人の話を聞かずに突っ込んできたのは正面の賭博師。

「は、その手に乗るかよ。てめーはさっきからツキまくっていた。だがな、そうそう運ってのは続かねーんだよ」

 金貨一枚が転がった。

「俺は善意で言ってるんだ。イノシシになりたいのか? 金貨一枚」
「おいおい、ブタがなんか言ってやがるぜ」

 また金貨一枚が転がる。

「後悔するなよ? 開くぞ」
「いいのか? 開いて。無役のお前は俺を降ろさないと負けるんだろ? あーそうか、これ以上掛け金を吊り上げる度胸がねーんだよなぁ。悪かったよ、チキンハートのピッグデブ」

 この言葉にルネが噛みついた。

 「なっ! あんた、あたしのミツバチに何て事言うのよ! モヤシ男」

 飛びかかろうとするルネ鷲掴みにする。こんな安い挑発に乗るんじゃねーよ。

 「これ以上吊り上げる上げるとあんたが払えないんじゃないかと思ってね。すまなかった、金貨 10枚。ルネ、出してくれ」

 驚いた顔で俺を見上げたルネは、俺が本気なのを見ておとなしく袋の中に入り込んだ。ついでに手札を二枚交換する。手元にやってきたのは『家畜の鶏』と……『貴族』。「王宮」が完成した。
 ルネが金貨を一枚づつ積んでいく。金貨の高さが増すにつれて、正面に座る男の頬が緩んでいく。金貨10枚の使い道でも考えているのだろう。

「乗らないのか?」
「え? あ、ああ」

 慌てて自分の懐から金貨を探り出す男。

「……悪かったな、チキンハートなんて言っちまって。あんたはなかなかの男だ」
「俺もあんたを見くびってたよ。ずいぶん立派な牙を持ってるんだな」

 そう言うと男は不敵な笑顔を見せた。

「俺も男だからな」

 そうだな。今まで見たこともない立派なイノシシの牙だ。
 俺の皮肉に気がついたフード男がエール酒にむせる。吹き出さなかっただけ誉めてやるよ。

「ようし、いくぜ? 恨みっこなしだ」
「……はぁ。拝見」


牙が折れる音を聞いた、気がする。





  
 ふざけるなよ、と男が吠えた。
 テメーがそのチビを使ってイカサマやってんのはわかってんだよ! と俺も知らなかった話を教えてくれた。そうなのか? とルネに問うと、ブンブンと首を振る
 まぁ、出来レースだったとは言え、ここで主犯のじいさんを突き出すのも目覚めが悪い。

「で? だとしたら、どうするんだ?」
「表へ出ろ! ……というのもありきたりすぎるからな。俺はさすらいの賭博師だ。勝負はこれでつける」

 札を指す男。

「ただし、テメーはこのチビでイカサマをした。よってチビを賭けろ」

 ルネを賭ける?

「お前、こんなもん連れてってどうする気だよ。何の役にも立たねーぞ」
「それはテメーの知った事じゃねーんだよ」

 ふーん。と俺が気のない返事を返したところで、ルネがキャンキャン吠えだした。

「イヤイヤ、ぜっっっっったいイヤ! こんなスケベっぽい男にもらわれて行くのなんてあたしヤダよ? ミツバチこんな賭けやっちゃダメ」
「要は勝てばいいんだろ?」
「もし負けたらどうするのよ?」

 俺は賭け事に強い方ではないが、この男には負けない。ような気がする。

「ルネ、お前さんざん俺の嫁を自称して、所構わず言いふらしておいて、結局信用してないのな」
「ち、違うよ! 信用してるよ! てゆうかこんな場面で愛を試すのは、ひどいよミツバチィ? それに、ミツバチのことだから、面倒な女を片づけられるならちょうどいいやとか思ってわざと――」

 食い終わったどんぶりの椀を逆さにして、ルネに被せてやった。更に硬貨がたっぷり詰まった麻袋をどんぶりの上に積んでおく。
 ルネの体格ではこの椀を持ち上げることは出来ないだろう。

「で? あんたは何を賭けるんだ?」
「これだ」

 銭袋がテーブルの上に置かれる。何だか重みを感じない音がしたが? 中を確認してみれば、案の定、威張って突き出すほどの額ではない。

「・・・・・・これだけか?」
「全財産だバカ野郎」
「それは失敬」

 じゃあやるかと札に手を伸ばしたところで、がっしと腕を捕まれた。

「あんたは信用できねー」

 なるほど。
 手癖が悪い、という設定の俺は札を切るな、と。

「だからといって、俺が札を切って後からイカサマを疑われるのもつまんねーからな。よし、おい、あんたが切れ」
「ほあ? わしか?」

 急に振られてびっくりするじいさん。俺もびっくりだ。まさか、ここで、元凶に運命を託すとは。

「いいかデブ! 俺が今から素人と玄人の違いって奴を見せてやる」

 最初から見せてくれればこんな事にはならなかったろうに。

「こりゃあ良い勝負になりそうじゃわ。そいじゃあ、配るぞい?」

 じいさんの笑い声の中、何とも白けたイカサマ勝負が始まった。 
 




  
「じいさん、なんで俺を勝たせたんだ?」

 俺が聞いているのは今の勝負ではなく、最初から俺を勝たせようとしていたことについてだ。俺がこのテーブルに着いて、ゲームを始めたときから、じいさんは俺に良い札を配っていた。
 どうゆう手品をしていたのかは、全くわからなかったが。

「わしゃあな、隠居であるけっど、この町を守るヒーローでもあるんよ」

 じいさんの戯れ言に、クツクツと笑うローブの男。
 置き捨てられていった銭袋から無断で銀貨を拾い、エール酒を追加する自称ヒーロー。

「どうゆう意味だ?」
「あん男は、おとついからこの宿に泊っとんじゃが、なかなかに態度が悪うての。飲み代はツケよるわ、客にいちゃもんつけようわ、ここのべっぴんさんにべたべた触りよるわ。のうハルちゃん」

 近くを通りがかった給仕(ハルちゃん?)の尻に手を伸ばすじいさんの手は、電光が飛び散りそうな勢いではたき落とされた。

「痛っとうぅぅ! ふーふー。まぁ、そんな訳じゃって、体格の良さげなお前さんを利用して、早ように帰ってもろたんじゃ」

 なるほど、体力に自信のないじいさんだと、喧嘩になったとき勝てそうにないから、俺を利用したと。
 それは理解したが、俺から言わせればさっきの若者も、この自称ヒーローもやってることに大差はない。給仕にしてみれば、いやらしいモヤシの手か、いやらしい皺だらけの手か、の違いしかないだろう。

「わしはこの町が好きなんよ。せやけら、わしがこの町の平和を守らなあかん」

 ヒーローのしわの寄った手がまた銭袋に入り込む。

「このじいさんは昔、警備隊で一目おかれる鬼隊長、だったらしい」

 ローブ男がぽつりと言った。

「今では枯れた老木だがな」
「うるさいわ。詐欺師崩れ」

 フード男がクツクツと笑う。
 フードが目元を完全に隠しているので、口元でしか表情がわからないが、その口は感情を豊かに表していた。
 その口元とスープ皿を行き来しているスプーンが目を引く。スプーンの柄全体に細かな銀細工があしらわれ、上部には瑪瑙かなにかの宝石が埋め込まれている。手にしているカップも、このあたりでは見られない文様が刻まれている自前の逸品だ。

「気になるか?」
「ああ。まあな」

 フード男が語ったところによると、どちらも千年は昔の、北と西からの伝来物であるらしい。とくにこのスプーンは有名な王朝時代に、豪族の墓から出てきた貴重な物であるという。
 なんて話を訥々と語るフード男に、じいさんが茶々を入れる。

「ほんにするなよ? 騙されっと、けつの毛ぇまで抜かれよう羽目になる」

 話に横槍を入れられても、ローブ男はクツクツと笑うばかり。

「それは売り物じゃないのか?」

 古物商と言っていたはずだ。それならば売り物だろうと思って聞くと、

「売れ残りだ」

 という返事だった。

「へぇ、質の良さそうな物に見えるがな」

 偽物であることを差し引いても、買い手は付きそうな物だ。

「買うか?」
「使った物はさすがにな。ちなみに、いくらだ?」

 値段を聞いて魂消た。スプーンとカップの二つを買うと平均的な家が三件は建つ。それは売れないだろう。

「値段下げろよ」
「この物たちに失礼だ」

 ずいぶんと律儀な男だ。もしかしたら真面目な男なのかもしれない。

「騙されなーと言っとろう。こげん者がそん値段で仕入れよう訳ないじゃろ。元値は銀貨数枚じゃあ」

 じいさんが睨みを利かす。
 なるほど。偏見で悪いが、この男が仕入れの段階で、その値段が払えるほど金を持っているとは思えない。

「そんな偽もんでも、目ん玉飛び出すほんの値ぇ付いてーと、もしかすっと、ほんもんじゃけかあ、思うようになんねよ。そいがこいつん手だぁ」

 なるほど。
 俺たち二人の視線を受けて、またしてもクツクツと笑うフード男。

「こいつが持ちよば「ほんもん」は、詐欺の腕だけじゃい」

 ほんもんの玄人がいよいよ楽しそうに笑った。




 イノシシの若者が帰ってから大分経つ。
 一階にいた客もほとんどいなくなり、残ってるのは俺らともう一組のみ。宿の人も奥に引っ込んだ。
 真っ当な人はもう寝なければ明日に響く。一応真っ当なつもりの俺も、そろそろ寝ないとな。
 立ち上がったところで何かを忘れていることに気が付いた。

「あー忘れてた」

 と呟くと、フード男の口が吃驚の形に開かれる。

「忘れていたのか!?」
「気が付いてたんなら教えてくれよ」
「わしゃあ、てっきりそんたな「ぷれい」なんじゃと思っとったわ」

 どんなプレイだ、じいさん。
 銭袋を寄せて、ゆっくりと逆さまのどんぶりを持ち上げる。
 中には膝を抱えて座り込むルネがいた。 

「うううー、ミツバチー」

 涙でくちゃくちゃな顔のルネが、ピューと飛んできて俺の顔に抱きついてきた。

「怖かったよぅ、寂しかったよぅ、ミツバチのいぢわるぅ、人でなしぃ」
「悪かったよ」

 やけに静かで酒が進むと思っていたら、そうだ、こいつがいなかったんだ。
 パタパタと視界を塞ぐルネを引き離し、羽に付いた飯粒を取ってやる。どんぶりの中で暴れていたのかもしれない。
 俺の太い指に抱きついて、しくしくと泣くルネが、もごもごと何かを言っている。

「何だって?」
「おふろ~。おふろにはいる~」

 非は俺にあるからな、それぐらいなら用意してやろう。

「待ってな。今湯を沸かす」
「紅茶~。紅茶がいい~」

 はいはい。
 首筋にルネを抱きつけたまま、宿の炊事場に失敬する。
 炊事場を使う許可はじいさんに取った。じいさん曰く、わしもよくつまみを失敬するよって大丈夫じゃい、だそうだ。
 今までのじいさんのつまみ代分も含め、あの若者が置いていった銭袋を炊事場に置いていく。俺には必要のない額だからな。旅をするのにこんなにはいらない。

 消えかけていた炭を起こして、薬缶を竈にかける。湯が沸くまで少しかかりそうだ。
 まだ鼻をぐずぐずさせているルネに声をかける。

「なぁルネ。故郷に帰りたくはないか?」

 といったら、全力で抱きついてくるルネ。

「ミツバチの側にいる」
「どうして俺なんだよ」

 俺は風来の旅人が性に合っている。ただし、一人で、だ。誰かと一緒に歩くのには違和感が拭えない。一面にコスモスが咲き乱れる花畑でこいつと出会って、付いてくるようになるまで何度も喧嘩になったが、それでもこいつは離れなかった。

「ミツバチが好きだから」
「何一つお前の為にしてないだろ?」
「あたしが、ミツバチを好きなんだもん。だから、ミツバチが、あたしを好きになるようにがんばる」

 よくわからん思考だ。違う種族を好きになったって良いことなんかない。

「再来年、故郷に戻してやるから」
「ヤダ」

 やだって言うなよ。
 そういう条件で旅に連れてきた。三年間だけ同行させてやると。ルネは短いと駄々をこねたが、フェアリーの寿命から見ると長すぎるくらいだ。 十年ちょっとしか生きられないフェアリー。ルネが今何歳なのかは知らないが、もう年頃だろう。他種族の俺なんかに付いてきている場合ではないと思う。

「ルネ、ミツバチのお嫁さんになる」

 無理だろ。
 ぐちぐちと湯が沸いた。







「ミツバチ、どおどお?」

 ピチャンと水の跳ねる音がする。
 目を向けると、深めの皿に注がれた赤い液体から、ルネの右足が突き出ていた。

「どお? 色っぽい?」
「……耳かきかと思った」

 ピシャッと紅茶が飛んできた。華やかな香りも一つ遅れて飛んできた。
 白磁の器に赤い紅茶と、虹色のフェアリーの羽。絶妙な色逢い。
 萎れていた茶花が湯を啜って甦り、湯気の間を縫って差し込む月光が、銀の帯を赤い水面に流していた。
 温かな紅茶風呂に浸かり、ルネの機嫌が戻っていった。幸せそうな顔で紅茶の中に浮いている。
 月が綺麗だと言ったら、私も見る、というので、窓辺に皿を移動させた。

「うー、月が半分しかない」

 ルネが嘆く。今日はちょうど半月らしく、下半分がごっそり消えている。
 だがまぁ。これはこれで、と。

「良いと思うんだがな」
「えー。まんまるの方がいいよー。じゃあ、何色のお月様がいい?」
「黄色」
「うー。紅は?」
「何だか気持ち悪くならないか?」
「うううー。合わないよぅ」

 ルネが足をバタつかせる。
 しばらく紅茶の香りをまき散らしていたが、不意に口を開いた。

「ね、ね、あたしと月と、どっちが綺麗?」

 まためんどくさい質問を。
 それを聞いてお前はどうしたいんだ?
 意図が分からないので適当に答える。
 
「月――」
「ミツバチィ、そうゆう時は嘘でもいいから『君だよ』って答」
「――に照らされてるお前」
「え……る……の…………」

 ルネの言葉が中途半端に消失していく。
 そちらを見ると目があった。瞬間、ルネが飛沫を上げて沈んでいく。

「言わせておいて照れるなよ。社交辞令だ」
「ブクブクブクブク」

 どうやら俺の言葉は泡と消えたみたいだ。
 沈んだ奴はほっておいて、ベッドに入り込む。
 明日は害獣狩りの依頼をこなそう。ついでに兎でも捕ってきて、干し肉にしておこう。明後日の朝にはこの町を出て、次の町へ旅立つ。
 そんな計画を立てていると、ルネがフラフラと飛んできた。

「ミツバチィ~~~紅茶で酔った」
「はぁ? それは酔ったんじゃなくて、のぼせたんだろ? って待て、来るな」

 でたらめで不規則な、頼りない飛び方で俺の手をかわすルネ。そのまま俺の胸の辺りに着地、せずにするりと体の中に入り込む。
 掴もうとした俺の手は、ルネが着ていたハンカチをひっかけただけに終わった。

(ううう、きぼちわるひー)
(やめろ、人の体の中でそんな声を出すな。こっちまで気持ち悪くなる)

 ルネたちフェアリーの体を構成している物は有機的な物質ではなく、不思議な謎物体でできているそうで、たまにこうして体の中に入り込んでくる。
 体の中に入られても痛みはないが、気分はあんまり良くない。
 本人は、俺の心の中に入っているのだと言っているが、ルネの声はどう聞いても頭の中から聞こえる。

(おやすみー)
(いや、出てこいよ)
(グーグー)

 ほんとに寝た奴がグーグーなんて言うかよ。
 ルネを体に入れたまま寝るとおかしな夢ばかり見る。ルネと旅行に行く夢だったり、ルネと海を泳ぐ夢だったり、ルネと一家団欒の夢だったり。ちなみに、夢の中のルネの体は大きかったり小さいままだったり。
 目が覚めた後、軽く混乱するほど鮮明な夢だから、余計に質が悪い。
 しかし、相手は体の中だ。こうなるともう手の出しようがない。

(頼むから変な夢を見させるなよ?)
(あたしが見せてるんじゃないよー。ミツバチが見たいと思ってるんだよー)

 そんなわけあるか!


 次の日。
 ルネと水辺で洗濯をする夢を見た、と言ったら、ルネはお腹を抱えて笑い転げた。
 誰がこんなもん見たいと思うんだよ!


次話
『 https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=2221&user_id=160&mode=post 』


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赤熊 (2025版)

赤熊   北岡伸之 


 
 金沢一の繁華街、香林坊を抜けて犀川大橋を渡り、少し上流に向かうと川沿いの土手にずらっと釣竿が林立している。対岸には兼六園と金沢城趾。こんな市街の中心でも鮎が釣れるのだ。古都ならではの趣である。 
釣り人たちはみな普段着で、ゆっくりと竿先を上下に動かして毛ばりで鮎を誘う。鮎の活性が上がる夕方になると、前にも後ろにもカゴをつけた自転車が、甲高いブレーキ音とともに土手に止まって、買い物帰りの女性や学生らしき若者が、土手に腰掛け手慣れた竿さばきで鮎を五‐六匹釣っていく。お菜か肴に一品追加するのだろう。日常の延長に鮎釣り、正確にいうと、鮎の毛ばり釣りがあるのが、金沢というところである。 
その土手にはいつも、段ボールの看板を掲げた自転車が止まっていて、看板には「毛ばりや高川 毛ばり五百円」と屋号がマジックでなぐり書きされている。初めての人には近寄りがたい独特な看板だが、土地の釣り人に一番愛されているのが、この犀川土手の毛ばり屋なのだ。
「おーい、紫園を巻いてくれや」 
「また胴に桃入れたほうがええか?」 
「うん!桃色はよう釣れる!」 
金沢の釣り人はみな好みの毛ばりがあり、それをこの店の店主、毛ばり職人の高川さんに巻いてもらう。唯一無二の毛ばりを、高川さんは僅か五百円で巻く。他の毛ばり屋より数百円以上安い。 
 
 金沢では数百年前から、鮎の毛ばり釣りが行われている。外様であった加賀藩が、徳川を刺激しないよう、侍の鍛錬として鮎の毛ばり釣りを奨励したともいわれ、当地の工芸の中でも、鮎毛ばりは九谷焼と同じくらいの長い歴史と伝統を持つ。 
鮎毛ばりにはみな名前がついている。江戸時代から伝わる「お染」、濱口首相の髭が由来の「青ライオン」、今では材料がなくなった「朱鷺三光」、泉鏡花の名前を冠した「鏡花」というものもある。自分が大好きな毛ばり、「椿姫」La Traviata (道を踏み外した女)は、桃色を基調とし鴉の羽根が七重にも巻かれた、それはそれは美しいハリである。天然遡上のつややかな若鮎が次々に喰らいつく。鮎は、美しい毛ばりでないと見向きもしない。なぜ苔を食む鮎が、毛ばりに反応するのか研究した学者は幾人もいるが、万人を納得させる結論は得られていない。鮎毛ばりは加賀が発祥だが、播州、土佐も産地で、各地の鮎毛ばりは伝統工芸品にも指定されている。僅か一センチの全長の中に、自然界のあらゆる色彩と意匠を詰め込んだ鮎毛ばりはただただ美しい。 
 
 そんな高川さんと知り合ったのは数年前。インターネット上で高川さんのキラキラ輝く毛ばりを買って静岡の川で使ってみたところ、驚くほどよく釣れた。感想を送ったところ、太平洋側の川で使ってまた感想を聞かせて欲しいと、高川さんは大量に自作の毛ばりを送ってくれて、深い交流がはじまった。 
高川さんは、若くして東京に働きに出たが、すぐに体を壊し、失意のうちに金沢に帰った。療養もかねて地元の犀川沿いを散歩するうちに、鮎毛ばり釣りに出会い、自身で毛ばりを巻こうと決意。誰も師匠がいないので、図書館や伝統工芸館に通い詰めて、ついに毛ばり屋を犀川の土手で開業した。看板は段ボールにマジックで手書き。その半ば自棄っぱちにも見える段ボール看板に反し、高川さんの毛ばりは、北陸ですぐに評判をとった。伝統的な鮎毛ばりは、鳥の羽根や蝮の鱗に夜光貝など、天然の素材を使って巻くが、高川さんは人工のラメ素材、光を反射する素材を使い、それが絶大な効果を発揮したのだ。高川さんは、とにかくラメ素材の使い方が巧みなのである。縦ラメ、トリプル螺旋ラメ、妖艶な輝きを放つ毛ばりを高川さんは次々に巻いた。あんな人工素材を使ったものは邪道だと、はじめは相手にしなかった老舗やベテランも、高川毛ばりに鮎が入れがかりになるという現実を前にして、ラメを受け入れざるを得なかった。今や、全国の職人がラメ素材を使う。戦前から大きな変化がなかった鮎毛ばりという伝統工芸品は、高川さんの発明で、大きくその「伝統」が変わったのである。 




 珍しく、まだ陽のあるうちに家に帰った自分は、ジャズをこよなく愛したグルダ作曲の、軽快なチェロコンチェルトを聴きながら、ガスコーニュ(仏南西部)の、若鮎のようにフレッシュな白ワインをあけて、昼に食べる暇のなかった弁当を少しつまんだ。でも、あまり食欲がわかない。謡のような終楽章、チェロと金管の相聞が、心に沁みた。横になって、うとうとしはじめた頃、また電話が鳴った。身体が反応して、考える前に受話器をとって喋りだした。
生死にかかわることでも、もはや自分にとっては、先延ばしにできるのなら、先延ばしにするようなことでしかなくなっていた。いちいちつきあっていたら、つぶれてしまう。この感覚は必要なのだ。けれど、どこか節度が昔はあった。コロナはそれを完全にぶち壊しにした。自分はもう、迷わない。

 いつかの代休の代休。鮎解禁の前には、ゲンかつぎではないが、豪商の娘と丁稚の心中物語、お染久松ものを観る。最古の鮎毛ばり 『お染』にあやかろうという一心である。 
歌舞伎でも浄瑠璃でもいいけれど、このときは歌舞伎座で於染久松色読販という、大南北の作による芝居をやっていたので、さっそく二等桟敷の切符を買った。通関課の気心の知れたベテランに、座席の番号を伝えておいた。「16時半〜20時くらいは、電波が通じないので、何かあったら、東の十二にいるので、劇場に頼んで呼び出してもらってください」、と。二等桟敷は、最後列なのですぐに通路に出られて係員も声をかけやすい。呼び出しを想定した悲しい席である。 
仁左衛門と玉三郎のコンビの人気は凄まじく、平日というのに歌舞伎座はほぼ満員。この日は呼び出しはなく、芝居を堪能できた。小梅莨屋の場で、悪に呑まれる瞬間、さっと赤襦袢がひろがった。これぞ大南北と、ひさびさに心が動いた。舞台が暗転する中で、一点の襦袢の赤がひときわ鮮やかだ。扇情的な照明はいらない。一点の赤は、暗闇だからこそよく映える。夕暮れ時、黒一色の中に、ごくごく小さい赤い玉を入れた毛ばり「赤熊」に反応する鮎の気持ちが、わかったような気がした。 
観劇中にも呼び出されるような働き方をしている自分にとって、鮎の毛ばり釣りは、見逃した幕を取り戻すひとつの方法だ。昔の釣人は、鮎毛ばりのことを「役者」と呼ぶ。自分だけの役者を、自分だけの筋書で舞わせるのだ。川に来るたびに、鮎のスイカの香りを感じるたびに、自分の前で緞帳が静かにあがるように感じる。このときだけは、何もかも忘れて自由になれるのだ。こんな楽しい遊びがどこにあるだろう。あれを買えこれを買え押し付けがましい宣伝もなく、人と競い合う必要もなく、無心になって自らの作り上げた世界の中に遊ぶことができる。 
       
 金沢へは、名古屋から特急「しらさぎ」に乗る。かつて、青春18きっぷで旅をしていたころ、乗り換えの難所だった大垣や米原の駅をみると、いろいろなものが去来する。四半世紀前はおおらかな時代で、未成年を家に泊めるという、今では警察ざたになるかもしれないようなことも、普通にあった。豊橋で泊めてくれたおねえさん、姫路で飯を食わせて泊めてくれたおじさん、様々な人のお世話になって、少年は鈍行列車で、日本をみたのであった。米原をすぎるとすぐに敦賀で乗り換え。忙しく空がうつろう北陸、毛ばりのことを少し考えて、また寝入ってしまった。 
 
 犀川まですぐの近江町市場の近くの宿にはいって、旅装をといて、高川さんに今着いたので、明日の朝、川にいきますと連絡をした。シャワーを浴びて、地元のスーパーに買い出しに行く。少し霧のかかった金沢のまちを眺めながら、一番安いグレードの、加賀の酒をコップに注いだ。少し琥珀色。地元の人が飲むような、佳撰、旧二煮級酒が一番その土地の味がする。肴は、スーパーで買ってきた「さわら」(カジキ)のお刺身。その時々の最上のカジキが日本中から集まるといわれるくらい、金沢の人はカジキが好きだ。数切れのカジキに、甘口の大野醤油をまわしがけ、一気に口に放り込んだ。瑞々しく、脂は上品、芳醇な琥珀色の酒がぴたりと合う。全国どこでもマグロと淡麗辛口の酒が出てくるようになっても、金沢は独自の食文化が残っている。ああ、これが金沢だ。今日こそは、電話、鳴るなよ。今は休暇なのだ。久々の。 
しかし電話がかかってきた。今回は、軽微な問題だったので、三十分くらいで済んだが、先日のような大問題なら、朝まで働くことになる。オンコール対応は、この国では待機とみなされ労災の対象にもならない。が、これが待機なものか! 一度やってみればいい。自分は、電話を部屋の隅に投げ捨てた。このクソ電話はどこでも追いかけてくる。次に鳴ったら犀川、いや、そのへんのどぶ川に投げ込んでやる。 
 
 数年前に、「うまくやった」友人に、中央競馬の馬主席に招かれたことがあった。馬主席というのは、一種独特な空間で、ゴール前、大歓声が下のスタンドであがっているときも、静寂につつまれている。目の前を走っている競走馬のオーナー達がいる席ゆえ、勝ち負けについて声に出すのは非礼にあたるからである。 
友人の愛馬は、最後までいい脚を使って勝ちきった。数人の、同じく、あの世界出身で「うまくやった」人たちが、友人のまわりに集まって「おめでとう」と、小さな声で、短く祝いの言葉を述べた。「有難う」と、彼は鷹揚に頷いた。 
彼と専用のエレベーターで、下に降りたら、花束を抱えた競馬会の女性たちが、微笑んで待っていた。目の前には、ポケットの中の小銭を賭けて、一喜一憂するひとたちがひしめいている。その上の指定席は、優雅に競馬を観戦するくらい余裕のある人たち、さらに、その上には決して公開されることのない世界が広がっていたのだ。競馬場の階層構造は、まさにこの世の縮図であった。招待された者であっても、ガードマンは閲兵式の兵のように、敬礼してくれる。エレベーターに乗れば、5階で御座います、と丁寧な接遇がある。食堂では、朝の時間は、ちゃんと巻いたオムレツ、昼は「ヘレステーキ」だ。肉の塊から丁寧に都度切りだして、プロの調理人が焼いたものが供される。ああ、こんな世界があるのか。自分の技術を金に換える狡さがあれば! 自身の情けなさに腹が立った。金を稚気から卑しいものとみなして、背をむけた。友人たちは気流に乗って、はるか上まで飛翔したというのに、妬み、悪意、強欲、そして争い、こういうものが渦巻く地べたで、自分は今日も生きている。 
あのとき、気流に乗っていれば、他人に悪意を向けられたことなどない、金沢の一等美しい鮎毛ばりのような高貴な手をした幼馴染と、家族の写真を競馬場の芝の上で撮る人生を歩めたかもしれなかった。 
おめでとうと素直に祝い、有難うと応える鷹揚さが普通にある世界、これはあまりに目の毒だった。どうか、そんな世界に懸想して、現状を打破する気概もなく嘆くなといわないでいただきたい。地上僅か数十メートルに、感謝と敬意と善意と、地べたから失われたもので溢れている空間があるのだ。あの空間を見たら、みんなやられる。金持ち喧嘩せずというのは、本当のことなんだ。 
 
 コップ酒を飲み干して、ため息をついた。幼馴染は、貧しい暮らしでもかまわないと夢見がちなことを言った。けれど、あんな高貴な手をした彼女が、こんなひどい世界での暮らしに耐えられるものか。仕送りを打ち切られ、彼女は働きだしたが、すぐに心を病んだ。当たり前だ。平然と人に悪意を向ける獣が地上にはうようよいる。それを見かねた自分は必死に働いて彼女を支えたが、あの天真爛漫な笑みはもう戻らない。自分は彼女同様に、うまく、効率よく金を稼ぐことができない。21世紀では淘汰されるべき種族なのだ。 佳撰の酒は涙の味か、やけに塩辛い。彼女に、心の中で詫びた。
(ごめんね、自分のボロエンジンは、もう振動をおこしている。あの争いのない世界まで、君を乗せて上がるのは無理だ。もう舵をとる気力もないや)
コップを置き、お守り代わりの本を開いて、lethal dosage(致死量)を目で追った。彼女のお守り、百合の紋章が掘られた銀の筒の中身、しけってなければ十分足りる。 
 
 あまりいい酒の飲み方でなくなってきたときに、自分が一昨年ようやく加入を許された、名門の鮎の会「東京香魚会」の会長から、電話がかかってきた。すぐに体が反応して電話をとった。
「君、金沢に今いるのだろう、鮎は、どうかね?」 
「明日、高川さんと竿を出します。犀川はよいようですが、浅野川は、工事の影響で釣りにならないと伺いました」 
「浅野川は、古都の町並みの中を流れる良い川だったが、残念だね。そう、高川くんのことなんだが」 
ああ、高川さん、また誰かとモメたのだなと直感した。今度は誰に噛みついたのだろう。県の役人だとか、伝統工芸士会の役員だとか面倒な相手かな。 
「彼は、今度石川県の伝統工芸士に指定されることになっているのだよ。ところが、土壇場で辞退したいと言い出してね。私はいいが、知事や県の面子はどうなる。君、彼とはウマがあうのだろう。もう一度、考えるよう言ってくれないかね」
「とうとう、高川さんの業績が認められたのですか。ラメは偉大な発明です」
「彼は市営住宅に住んでいるだろう。あの人はでも、市営住宅ですからね、なんてことをさらりと言う陰険なところが金沢の人にはある。伝統工芸士に指定されれば、それなりの身分になる。工芸の本道を歩むことになるのに、彼はなぜ今更」 
伝統工芸士は、経済産業省が指定するものと、地方自治体が指定するものと2つある。どちらの伝統工芸士でも、指定されれば、手厚い助成をもらい、デパートに「作品」が並び、「先生」と呼ばれるようになる。それなりの家にも住めるだろう。 
「何か、気に食わないことでもあったのでしょうか」 
「高川くんは麒麟児なのだ。代々、加賀藩の侍のために毛ばりを巻いてきた名門の家にうまれたわけでもない。独力で、ここまで来たのだよ」 
「ええ、老舗の毛ばり屋に、毛ばりを巻いていいかと挨拶にいったら、大旦那に、巻けるものなら巻いてみなっし、と相手にもされず、悔しかったそうです」 
「彼の毛ばりを後世に残すためにも、再考するよう彼に言ってくれ給え」 
重い話だった。しかし、自分は金沢の夜の街を見ながら笑いだしてしまった。「作品」がデパートに並び、市営住宅だからと馬鹿にする奴らから「先生」と呼ばれたいと、一心不乱にここまできたのに、いざ伝統工芸士になれるとなったらば、そんなものになってたまるかと、高川さんは狂犬のように噛みついたのだ。物心ともに、会長は高川さんを支えてきた筈だが、こんな称号をもらって、国や県から銭をもらい、実用に耐えない高価な「お毛ばり」を巻く位なら、河原で段ボールの看板を掲げて、市井の人々にラメ毛ばりを五百円で巻くほうがマシだと、会長に面と向かってでも、そう言うだろう。
これほど痛快なこともあるまい。この三千世界のどこに、伝統工芸士指定を断る人間がいるのだ。工芸に関わるものなら皆なりたいに決まっている。その称号を捨てる人が、本当にいるのだ。高川さん、あなたは本物の職人だよ。俺は、馬鹿だったよ。 
人間の誇りというものを失ってまで、生きている価値があるのか? 高川さんの強烈な反抗は、華やかな世界に酔った自分の目を醒ましてくれた。地べたを歩いていけばいいじゃないか。人間は、もともと飛ぶようにはできていない。 
昨今では遊びにですら効率や生産性を求める人が多い。けれど、非効率な遊びこそが、ひとを豊かにする。氷河期世代の残したものが、タイムパフォーマンスやコストパフォーマンス第一主義なんて言われてたまるものか。人間は競走馬じゃない、経済動物でもない。地べたで、立派に、朗らかに、遊び通してやる。 
    


 翌朝、ビニール袋に釣具一式を突っ込んで、袋をぶら下げ犀川土手へ向かった。これは、全身を高い装具でかためた裕福な釣人とは違うよという、一種の「傾き」である。 
犀川の土手には、竿が林立していた。誰が音頭をとるわけでもないのに、竿を上げ下げしながら、扇状に下手から上手に動かすタイミングぴたりと合っているのだから、釣り人が密集していても、隣の人との竿がぶつかることがない。圧巻であった。高川さんは、このひとは静岡からきたのだと、さまざまな人に紹介してくれた。ありがたいけど、余計に緊張する。水の色をみて、さっそく毛ばりを選ぶ。 
「上バリは、なににしようかな」 
すると、高川さんがぎろっと自分をにらんだ。 
「犀川は、1本バリ。上バリなんかつけとったら、どやされるでえ!」 
「あっ、そうだった!」 
鮎の毛ばり釣りは、通常毛ばりを二本つける。下の毛ばりが本命で、上は、鮎を刺激するために、比較的きらびやかなものをつける。だが、犀川を犀川たらしめているのは、この、一本バリのルールなのだ。となりの釣り人が、自分の心を見透かしたかのように、一本ハリは難しいぞ、北陸の釣り人の竿さばきをみて勉強していきなさいと微笑んだ。 
二本なら、迷いが多少あっても釣れるが、一本は少しでも毛ばりの選択に迷いがあれば駄目だ。ここはもう、自分が一番好きな「椿姫」でゆこうと決めた。迷いはない。
さっそく、浅場で椿姫を舞わせた。すぐにもぞもぞという、鮎が毛ばりを食む気配が手元に伝わる。ここで竿を不用意に動かすと、鮎は毛ばりを離してしまう。ぐっとこらえると、竿先が一気に沈む。鮎が、喰い込んだのだ。この奈落の底にひきこまれるようなひきこそが、鮎毛ばり釣りの最大の魅力である。そして鮎は釣れ続いた。
 高川さんが、半分怒ったような顔で、毛ばりはなんだと怒鳴るように聞く。釣れている毛ばりを聞くのは、マナー違反だ。けれども高川さんは毛ばり職人だからかまわない。 
「椿姫です。静岡の釣り人は、浅場が得意なんです」 
高川さんは毛ばりをみせろといって、縦にラメのはいった播州の職人が巻いた繊細な椿姫を食い入るように見つめた。 
犀川の鮎は、椿姫に入れがかりとなり、手を止めてずっとこちらを見る釣り人もちらほら。さっき、竿さばきを勉強していけといっていた釣り人が 
「やっぱり、静岡の興津川みたいな有名なところでやっている人は違うなあ~」 
ころっと態度をかえて、褒めてくれたのが、おかしかった。 
 
 騒ぎをききつけたのか、同じ東京の釣りの会所属の伴さんが自転車でやってきた。伴さんは、すぐそこの加賀藩家老のお屋敷に住んでいたのだが、広すぎて維持管理が大変なので市に庭園として貸し出し、お屋敷の美術品はボストンの美術館に貸し出して、今は庭や美術品の心配をすることなく、香林坊のマンションで暮らしている文字通りの殿上人である。以前お屋敷に「高川君ちょっと来ないか」と招かれた高川さんは、河岸段丘をぜんぶ使って、滝も川もある庭園の全貌がよく見える群青の間に通された。ラピスラズリをふんだんに使った青壁だったという。 
伴さんは河原におりてきて「あんちゃん竿かしてみ」と自分から竿をとりあげた。さっそく釣る。また釣る。伴さんは釣りの腕に加えて、誰とでも別け隔てなくつきあうその気さくさから、多くの人に愛されて「キング」の異名を奉られている。「キング」の釣りは圧巻だった。静かに、しかし大胆に毛ばりを舞わせて、その毛ばりに鮎がひきよせられるようにかかり、毛ばりにかかった鮎が白刃のように水中で閃く。曰く、「鮎は音に敏感なんや。オモリが底を打つと、鮎が散ってしまう」 
 
 「キング」が自分の竿で、釣りに夢中になっている間に、高川さんに会長からの電話の内容を伝えた。 
「あんちゃん、ワシの毛ばりはな、伝統工芸士が使う、漆や金箔や夜光貝やカワセミの羽を使ったら、五百円では巻けんのや」
高川さんは、一言一言、噛みしめるようにつぶやいた。 
「ラメ入りのハリは、高川さんがうみだした。いまや、ラメは伝統の一部です。伝統工芸士の称号にあぐらをかいている、老舗にはできなかったことです」 
「会長に、いろいろ言われたんやな」 
「はい、会長は、高川さんの業績を残すためにも、伝統工芸士指定をうけてくれないかと」 
「会長には申し訳なく思うとる。けどな、あんちゃん、ワシは、こういう毛ばりを巻いてくれいと来る人たちのために、ずっと毛ばりを巻きたいのや。デパートに来る客なんか、竿出さんやろ。ワシは、こういう生き方しかできん、会長にそう伝えて」 
「わかりました。言いにくいけれど、なんとか伝えてみます」 
「あんちゃん、すまんな、面倒なことに巻き込んでしもうて」 
「いえ、私は高川さんの決断に救われました」 
高川さんは、怪訝な顔をした。そして、伴さんが、もう十匹は釣っただろうか、ようやく竿をかえしてくれた。 
「高川君、君の毛ばりな、あれは加賀毛ばりでなくていい。高川毛ばりという、唯一無二のものだ。それでいいじゃないか」 
伴さんにも、同じような話がいっていたのだろう。けれど、伴さんも説得する気はないようだった。 
 
 やがて、夕暮れ。残照が、犀川の河岸段丘を照らす。ちょうど伴さんのお屋敷があるところだ。ふと、高川さんがつぶやいた。 
「あんちゃん、この空の色おぼえとき。赤熊のじかん」 
そして、鮎は、高川さんの巻いた赤熊という、ラメを使わぬ古典的な毛ばりに入れがかりとなった。鴨の黒い羽根を使い、中心にごく細く帯のように鮮やかな赤の入った毛ばり。どの老舗のものよりも、気品のある赤熊。高川さんは、こういう毛ばりだって巻けるのだ。 
赤は、夕闇の中で輝く。一点の赤は、夕闇の中でこそ輝くのだ。 
 
 自分は死ぬまで、この夕闇の中での赤熊の色、あの空の色を忘れないだろう。

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リアル諸⭐あたる、実は私〇〇なんです。

 3th Dec 2025

 今年、最後の月が始まりました。
 北海道神宮の朔日餅を楽しみにしていましたが、五色かのこ……豆……(私は豆類が苦手)芋栗じゃなくて、残念。
 ファイルの写真を整理していると、中島公園紅葉ライトアップ最終日の点灯を見てから、ひと月経っていることに気が付きました。ライトアップされた夜の銀杏並木の下を歩くのは初めて。途中から雨、おしるこ提供にはありつけなかったけど、おでんが100円引きだったり、焼き芋が食べれてよかった。
 焼き芋のイベントに参加したのは、2回目。
 全国で開催される「おいも万博」初の札幌開催でした。甘いさつまいもにバターや生クリームがたっぷり、たくさんは食べられないものですね。
 
 そして、紅葉ライトアップのキャンペーンに参加。

 厳正なる抽選の結果……ご当選……つきましては、商品(市内ホテルのお食事券等)を郵送にて送りするため、お受け取り可能なご住所・お名前をお知らせください。運営事務局分室←?
 当選DМを受けても警戒心から迂闊に喜べないけど、札幌エクセルホテル東急・ランチブッフェペアチケット←これ、いいね。
 他、札幌パークホテル・ニューオータニイン札幌・プレミアホテル中島公園札幌・ホテルライフォート札幌など。
 私は日常的にビジネスホテルを利用するため、どのホテルも思い出せる空間ですが、私の愛する札幌グランドホテルの名前が連なっていませんでした。
 グランドのラウンジ、ミザールでいただく苺のショートケーキが大好き。コーヒーは驚くほど高額ですが、おかわりできるのでお得(コーヒー単品の注文だとアーモンド付)ショートケーキでいえば、ニューオータニのエクストラスーパーショートケーキが数年前から有名ですが札幌で販売はありません。
 キャンペーン当選者は合計20名。
 応募数がどれくらいあったのかわからないけど、クリスマスプレゼントだと思って、お手紙が届くの楽しみに待ってます。

 次に、スタバ福袋が当選。

 なんと当選率6%
 姉や友人、フォロワー様もエントリーしたけど当たらないと噂の最・難・関・スタバ福袋。
 残念ながら当選できなかった姉を慰めるべくパイクプレイスロースト(中挽き)をプレゼントしようと考えています。ステンレスボトルがもう一本当たったら母に。重たくなければですけど。今、リハビリで通所してるから、水分補給にいいかなって。
 
 立て続けの当選
 でも、それほど珍しくないというか……人生の中で数ある幸運……くらいにしか思えない理由がある。

 宝くじ、毎年当たります。

 なぜなら『確率』くじ運ではなく、買えば買うほど当選確率が上がるから。
 高額当選では無いにしろ、当たりくじの買い方が存在します。
 年5回発売される大型の宝くじ・ジャンボ。
 まず連番、10枚一組が袋に入ってるくじを買います。すると<必ず1枚300円>当たります。10/1の確率で300円必ず当たる!ほら、もう当選が確立なの立証しているでしょう。換金所で受け取れない高額当選は人生に何度かしか経験はありませんが、銀行に印鑑持参で行くと例えば口座を新規開設する案内もあるので(だから印鑑が必要)場合によっては、個室に案内されます。
 銀行で契約をしたことがあるので個室は凡その察しはつくけど、紙袋に入れた帯付きの現金を持ち帰りたくない。
 口座に預金して、ATMで確認すると小数点で実感。

 でも、それ以上に宝くじを買っているので元が取れる筈もなく。笑

 (うちの人ほんとバカだと思う瞬間、年に何度かあります……いい加減にしろよ……)

 宝くじが当たった、なんて他人に言うものではない。というけど、別にいいんじゃない?
 お金があることを他人に言えば、その金をアテにしていい顔する人達が集まって来ると話に聞きますが、他人の金を自分の物のように使う人はそれほど居ません。それこそ相手との関係性で、自部の欲しい物を買わせるように仕向ける人はいるけど、断っても欲しがる根性ある人に搾取されたことが今まで無い。
 だって他人のお金を使うのはハイセンスが求められる。
 何よりも私から金を「借りたら」最後、壮絶な督促という名の信じられない 恐 怖 体 験 が出来ます、ほんとうに。
 まぁ男女の関係でいえば、いつも女の子が生活に困ってお金が必要だと嘘をつき、結婚を前提に金を巻き上げる。
 それも、性的な関係も無しに。
 ただ男って情になってくると相手を抱けなくなる性質があって……あ、私にはありませんけど……嘘だと分かってて搾取されることを致し方ないという男もいる。ただ予後が悪いので、お金は人生を狂わせるものだと認識しています。

 愛はお金では買えないのよ。
 だから、あくまでも正常値で狂いそうにない男に照準を定めた方がいい。と、だけ。

 給料全部くれるような男たちはいる……けど、人生は等価交換……手懐けてお金を引き出すのは短命なお付き合いで、相手にとっても自分にとっても、人生に何度かある機会。例えば一度に100万円欲しがれば嘘をつくことになる。でも100回会う中での1万円の価値は、お互いご機嫌になれる要素がある。
 今はタイパ・コスパの時代です。
 一期一会サクッと遊んで、相手の顔も名前も覚えてない。そんなことが度々ある人生であれ。

 今年の漢字
 何でしょうね。数年に一度「金」なの、ご存じですか。
 そのくらい身近なワード、お金の話。12月はボーナス時期、飲み会も多くなるから皆さまご自愛♡くださいませ。

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 進捗『女風』をテーマにした小説を連載します、ここで。

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sense of winter in the air/冬の気配

上流から橋をくぐり
停泊するための
Uターンをする船の
水面に描く幾重もの
うつくしい波紋はほどけ
さざなみだけが残る
川はまた流れる

薔薇園の冬囲い
三角帽子になるために
大急ぎで取り掛かる
もう冬の足音が聞こえる

バイパスの
分離帯に残された
白いスニーカー
誰にも拾われずに
春まで地を踏みしめる

空のどこかで
もう風花が待っている


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AIを使う奴は全員バカ。すぐに時代遅れお疲れ様。

あなたが、
本気で思うことは、
なんですか?

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鳩と指輪

高層ビルから飛び降りようとする男がいる。胡麻のような黒い粒にみえる。野次馬たちがなんやかんやと申している。男は中年で、病を抱え借金を背負っているらしい。負債がいくらだか野次馬もわたしも知らない。これだけ大声で叫べる男のどこがどう悪いのかも知らない。しかし、かれにとってそれは十分におおごとであるらしかった。

異なる男がいざ死なんとする男を引き留めている。男である、というのもそれは声質から判断しただけのことであって、かれの心が男であるか女であるか、はたまたネコであるかをわたしは知らない。ところで、善良な男の手には指輪があったらしい。

そういうわけで、病んだ男はおおきくわめいて落下していったそうだ。ラーメン屋の排気口の下をくぐった鳩が、男の贅肉に目もくれなかった。
鳩は大久保方面のくぐもった空を飛んでいった。

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ぶんがくしょうはホシガラナイ

おちたり
おとしたり
してしまったんだろうか

きいろのはっぱが
おちてきて
それはたいてい
いちょうのはっぱだから

あきだなあとか
きれいだなあとか
よしもとばななのほんの
ひょうしをおもいだしたり
してしまう

こどもがはしるのを
みまもっている
あそんでいるのか
あそばれているのか
わからないなあ
どっちでもいいか

ほんはとじたまま
ぺんはもたぬまま
けいたいはみれぬまま
そんなじかんがながくなる

だけどもわたしは
くうきをすえてはけて
きもちいいし
せのびもできるし
はしゃいでみたりも
できるのです

なにから
ふりおとされて
みうしなったのだろうか
といたくなるときもある

あきらめたのではなく
みるほうこうが、、、
いいかけてやめる

きいろのはっぱ
あかいはっぱ
みどりはまだおちてこない
うたいながら
なぜかいしばかりあつめる
こどものせなかのまるさが
かわいくてしかたない

私は賞など目指してはいないけれど
そりゃあ欲しいと思う時もチラリとは
あります
届かない負け惜しみで目指してないと
言っているのかと考えてもみたけれど
違うちがうやっぱりズレていくのです

だつらくしていたとて
そらをわすれてはいないので
らっこのようにいしをもち
なにかをこじあけて
たべてしまいたいとねがうひびでは
あるのです

なにをいいたいかみうしない
それでもいちょうのきは
きいろくきれいなので
「あきのいちまい」を
かめらにとじこめて
きょうは ゆっくり とじてみます

だつらくしたのだとしても
あきらめなどもてはせず あき

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