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襤褸布
連載が終わって、ようやく机の上から紙の束が消えた。いや、消えたというより、別の山に移されただけだ。朱の入ったゲラ、付箋のついたノート、書き損じの原稿、飲み残しのコーヒーの輪染み。どれも、まだこちらを見ている。仕事というものは、終わったあとがいちばん目つきが悪い。
夕方から雨が降っていた。窓の外では、団地のコンクリートがぬれて、街灯を受けて白く光っている。こういう光り方を見ると、いつも、きれいだなとは思わない。冷えた流し台とか、病院の廊下とか、そういうものを思い出す。だが、白いものというのは、疲れた頭には都合がよい。汚れがはっきり見えるからだ。
机の下から靴箱を引っ張り出した。中に入っているのは、よそゆきの靴ではない。アノネイだの、デュプイだの、舶来の名前で箔のつく革ではない。国産の牛の皮で、よく見ると筋や血管の跡がうっすら残っている。均質でない。なめしたあとも、どこか生きものの名残が消えきっていない。店の照明の下では、たいてい、そういう革は負ける。きめの細かいフランスの革の横に置かれれば、どうしたって野暮ったい。学歴みたいなものだ。並べた瞬間に、負け方が決まる。
だが、そういう革が、家に持って帰ってきてから逆転することがある。
靴を膝にのせた。甲のあたりには、電車の座席に脚をつっかけたような無神経な皺が幾筋も入り、つま先には、何度もつまずいた人間に特有の、小さな擦過傷がついている。いい靴です、とは言いにくい。けれど、履いてきた時間の量だけは、ちゃんとある。こういうのは人間と同じで、写真うつりでは勝てないが、長く付き合うと、急に厚みが出る。
棚からクリームを出した。溶剤のきつい、手早く光らせるタイプのものもある。あれを使えば早い。くたびれた革でも、十分もあれば、なにか一段上の階層に属しているような顔つきになる。靴の世界にも、そういう金融商品みたいなクリームがある。有楽町の新興の靴磨き屋がそういうのを使う。中身の繊維にまで油を入れて育てるのではなく、表面にだけ、上場企業のIR資料みたいな顔を貼りつけるやつだ。足もとみられない輝き、という言い方があるけれど、あれはたいてい、本当に足もとを見せないための光り方なのだと思う。
今日はそれをやる気になれなかった。
ワックスを指で少しだけ取り、薄くのばす。ほんの膜だ。塗ったのかどうかも分からないくらいの量を、つま先と踵に置いていく。布を巻いた指先でくるくるとまわす。すぐには光らない。むしろ曇る。曇ったところにまたごく薄く置く。仕事でも人間関係でもそうだが、たいてい、薄い層を何回も重ねるほうが、あとで効く。一回で決めようとすると、ろくなことにならない。
ネットの公営競技チャンネルにアクセスすると、どこかの競馬場の結果を流していた。重馬場だったらしい。人気薄の馬が逃げ切った、とアナウンサーが妙に興奮している。逃げ切り。いい言葉だと思う。たいていの人間は、スタートで負けている。負けたまま、道中を運ばされる。最後に少しだけ脚が残っているかどうか、それだけだ。
ワックスの層が四つ、五つと重なるころ、革の表面に少しだけ深さが出てきた。鏡みたいな、即席の平たい光ではない。湿った土を踏みしめてきた黒さの上に、別の黒がもう一枚のる感じ。川でもそうだ。浅い瀬のきらきらした反射より、淵の底のほうが、見ていて落ち着く。
道具箱にウイスキーの瓶があった。安い国産のブレンデッドで、ラベルの角が少しめくれている。グラスに注ぐほどでもないので、指先にとんとんと数滴だけ落とす。水ではなく、酒を使うのは、贅沢だからではない。揮発のしかたがちがう。鼻を刺すアルコールの奥に、木の樽の名残がほんの少しある。それがワックスの油気とまざると、妙に人を黙らせるにおいになる。機械油とも、薬とも、夜ともつかないにおいだ。
玄関の道具箱から襤褸布を出した。古いシャツを裂いたもので、端はけば立ち、ところどころに黒い筋がついている。こういう布は、買ってきたままのクロスよりよほどいい。こちらの手の脂も、前のワックスも、生活のほこりも、全部しみこんでいる。まっさらな道具というのは、信用できない。人間でも、道具でも、少し汚れているくらいがちょうどいい。
酒を含ませた布で、つま先を磨きはじめる。力はいらない。ただ、円を小さく、小さくしていく。すると、さっきまで筋や血管の跡をどこか露骨に残していた国産の革が、急に口をつぐみはじめる。消えるのではない。沈むのだ。安っぽさが消えるのではなく、安っぽさごと奥へ入っていく。表面にだけ出ていた生活の傷が、下の層へ押し込まれて、そのかわり、別のものが上に上がってくる。艶、といえば艶だが、もっと不穏なものだ。まともに生きてきました、という光ではない。削れながら、湿気を吸いながら、それでもどうにか形を保ってきたものだけが持つ光り方である。
つま先に自分の手元がぼんやり映った。襤褸布で靴を撫でている男の姿は、たぶん、豊かな趣味人には見えない。どちらかといえば、何かを隠滅している人間に近い。だが、生活というのは、実際かなりの部分が隠滅作業なのだ。疲労を隠し、貧しさを隠し、嫉妬を隠し、みじめさを隠し、それでも翌朝には、何食わぬ顔で靴を履いて外へ出る。そのために人は、ワックスを重ね、酒を垂らし、襤褸布で磨く。
連載が終わっても、べつに人間が立派になるわけではない。賞罰も、階級も、加齢臭も、払いきれない請求も、そのまま残る。ただ、原稿を一本書き終えた人間には、ひとつだけ分かることがある。上等な素材を持っているかどうかではない。フランスの革か、国産の血筋の見える革かでもない。人間でも靴でも、最後は、どれだけ丁寧に襤褸布で磨き上げられるかだ。
詩は病院をあるく 「詩はあるくXXIII」
二ヶ月に一度の金曜日
いつも通りの予約時間
街の割には大きな病院
採血室はもう並んでいる
順番が来て いつも通りに腕を出す
内科のある新館まであるく
街のアマチュア作家の絵や写真
書が並ぶ掲示板の一番端に
少し色褪せた小学生の寄せ書き
コロナの時の あの緊張感を
あの頃詩を書いていたら
わたしは何と書いたのだろう
いつの間にか外のテントはなくなった
テントの跡だけが コンクリートに
未だ残っていた
詩は黙って それを見る
二ヶ月後も まだあるだろうと。
鋳型(アーキタイプ)
蠱毒にて 勝ったわたしが 勝ち上がり
受精時の レースに続き 二度目の快挙
辞世の句というものを捻っている。
理由は特にない。しいて挙げるならば、
幼き日にわたしであったもの背中を追いながら日課のウォーキングをこなすのがそこそこの苦役だからだと思う。
記憶がいつも二、三の積層で構成されている。
自動再生をオフにすると逆再生がかかる仕様なので統合が許されない。
悔しく思う。
隣のレーンでは、べつの自分が別の条件で走っている。
機会は尊重されるべきだ。
叔母の家に行く途中の鯛焼き屋を思う。
なんで母は借金をするのに手土産をもつのか。
馬鹿げているなと思った。
訪問の形を装った物乞いの手つきも慣れたもので、全8頭が今一斉にゲートに入ります。
蓬風味の薄皮、つぶあん、天然もの。
一匹づつ焼いた鯛焼きを天然と呼ぶ馬鹿馬鹿しさが無効化する可能性に賭けているが、
どう考えてもレース自体が成立しないので、
おれの霊は最終コーナーでなんだか雑に供養されている。
ワンカップにタンポポを差すな!いや差せ!よっしゃまくった!
アーキタイプ号・日高ビッグレッドファーム出身父母はあのトリックスター、前走1000万下
ハンデ戦・よもぎ賞に続き二度目の快挙。
鋳造された途端に型が自我を定義して一匹分の苦しみが焼きあがる。天然ものと養殖もので何故か苦しみの量さえ違うのではないかという錯覚があり、
霧のように頭を覆うので呼吸がしづらい。
気持ちが悪いので、
隣でも別個体が焼かれていればまだ
痛みが分散されるのではないかと思っている。
またレーンが増える。
あと何回自己条件を勝てば、
この錯覚を払拭できるのかわからない。
シャワーを浴びる背中の像にさえ追いつけない。
鏡の自分はおれより半歩遅れて指を折る。遅い。だからお前は。
あくまで機会は尊重されるべきだが。
に・ど・め・の・しょ・お・り…
ちくしょう。字余りか。
𝚂𝙷𝙸𝙽𝙸𝙶𝙸𝚆𝙰 𝙻𝙰𝚂𝚃 𝙱
2026/03/30
点描
二つのコップは水かきをひらき
潤った合谷にシナモンをまぶせば
蛾が舞い踊り
さいてんをはじめる
虫唾を吸ったヤマボウシは赤面して
点々とした灯台守になり
夕餉を香らせ
十六進数を唱える囲繞地に
さいげんをせまる紋様
体育館を転がる埃に跳躍を与え
定点観測を忘れてしまったハナクソが
遠心力を繋ぎ合わせて
大気圏を殴打する
かけ湯を何度も何度も掴もうと
にじんだ笑い声が白々しく
茎の渋味を脱出して
かりあげた湖畔を透過する
地形の標本を仰視すれば
誰も記録していない
カタカタと回転する終点のすきまから
滴る消息を印刷する蛍火の欠片が
滑り落ちるのに適した角度で手を振れば
宴を終えた化石が洗い流され
方眼紙の黄ばみを思い出す
まつり
冷たい朝の光は
ねじり鉢巻のように
僕を天使のパクりにした
ひたひたと
部屋を練り歩いて
誰を引き連れるわけでもない
ただ今日という祭に捧げる、
箸巻きもどきを作る
飴色の写真は
フライパンじゃ作れない
だからだろうか
寄れたシーツに潮騒の痕が
朗らかに残っている
多分僕以外にとってはガソリンで
僕にとってはジョウロの汗だ
ペラ一枚の神様は
方眼でできている
レゴだから踏み絵もできないね
だから嬉しいんだ
飽きっぽい僕のための祈り
ラムネが口いっぱいに広がって
バチが当たる音がする
あれは何の音
あれは何の音
鳩が泣いてる
あれは何の音
腸が動いてる
あれは何の音
明日が来ない
入れば、終末
否加熱の笑いか美談を切る時
悔いが出る上空に歯がたを垂らす
この病態と似て 心拍は企画されて死に
ハレーションが毎秒の錯誤を落として
喉の奥の背徳が光る
口は二度と開かない 毛先にさえ
獄門パスポートを解約したい
純潔が帰国できないから
背へ エゴから 染み も
陸が庇護欲を削ぐ濾過なら
新たな賛辞がかかげられて
腫れ合いに釘
盗られた狭間は海に代わられる
白い小人たちは上顎に佇む母に別れを告げて
立派な化石になってくるよと 冗談を言った
頭蓋骨の気まずさ
猫背はひどくなるばかりだろう
へーベルの探究の跡
潤いながら停止する囚人
天の根元の切れ目をただ
隠された腐敗が統べている
止めどなく流れるのは
卑屈さに愛されてしまった陽光
無機質な指にすがり こびりつく粘度の
ざわめきに淡々とする
雨にずぶ濡れた疑念が迫る前に
目覚め、が物質になる前に
滑稽なスポンジを用意する
やがて
罰 は終わる
あなたのこと、わたしのこと。
血液型を聞かれる。
でも、もっと聞いてほしいことがある。
誰と住んでいるか聞かれる。
でも、もっと聞いてほしいことがある。
料理できるか聞かれる。
でも、もっと聞いてほしいことがある。
わたしは、
あなたが話したいことを
ちゃんと聞けているだろうか。
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11
アートフェスタも終盤に差しかかり、どのブースも少しずつ撤収の作業に入っていた。
人気のブースでは品物がほとんどなくなり、持ってきた分の段ボールをたたんでいる作家の姿がある。
パフォーマンスをしていたブースでは、ブルーシートが絵の具でべったりと汚れている。
作家は使い捨てのレインコートを着たまま、慎重にそのブルーシートをたたんでいた。
「……思ったより、厳しかったな」
売れ残った本を丁寧に梱包しながら、朔が言う。
「まあな。こういう場所だし」
湊が机の上を片付けながら答える。
「でも、出てみないと分からなかったよな」
3人は、同じ大学の文芸サークルで知り合い、卒業後は社会人向けの文芸サークルに参加していた。
仕事をしながら、小説を書き続けている。
「初めてにしては、こんなもんじゃないか」
「場違いだったかもしれないけどな」
「それは思った」
少しだけ笑いが混じる。
「でも、無駄じゃなかっただろ」
「うん。小説を探しに来てる人は、あんまりいないってことは分かったし」
「アートだもんな、基本」
「だな」
朔が箱に本を詰めながら言う。
「次はさ」
碧月が少し間を置く。
「文フリ東京、出てみないか?」
誰もすぐには答えない。
「……いいな、それ」
「そっちの方が、見てもらえそうだし。今日はある意味、いい練習になったんじゃないか?」
「うん」
「まーでも、ビビるけど」
アートフェスタオープン後、最初に買ってくれたのは、社会人向け文芸サークル「句読点過多」のメンバー達だった。
「お前ら、本当に出したんだな」
メンバーの一人が、本を手に取りながら言う。
「1冊、買っていく」
そう言ってページをめくる。
少しだけ読んでから、顔を上げる。
「……いいじゃん。こういうの書くようになったんだな」
言い方は軽いが、適当に言っているわけではない。
「今日、サークルあるからさ、持ってくよ。みんなにも見せるよ。感想、来週また伝えるわ」
「向こうのカフェで読もうよ。おもしれーじゃん、これ」
もう一人のメンバーがそう言って、本をレジに置く。
少しだけ間を置く。
「……でも、こういうの、前から書いてたっけ」
碧月は少しだけ間を置いた。
「実は、大学のときに書いていたものを、書き直して出したんです」
少しだけ恥ずかしそうに答える。
そんなふうにして、10冊が売れた。
売れたというより、
見てほしい人たちの手元に渡った、という感じだった。
そこから先は、流れが読めなかった。
ブースの前は、閑散としている時間と、急に人が集まる時間の差が大きかった。
たまに、物珍しさで近づいて、見本を読んでくれる人がいる。
そういう人が一人いると、周りの人も安心したように近づいてきて、小さな人だかりができる。
けれど、それも長くは続かない。
そういう時間は、1日の中で2回ほどだった。
見てくれる人はいる。
ページもめくってくれる。
それでも、買うところまではいかない。
最初は、手に取ってくれるだけで嬉しかった。
それだけで充分だと思っていた。
でも、午後に差しかかるころには、同じ場面を何度も見ているような気がしていた。
見本を読んでいる人を、ただぼんやりと眺めていた。
アートフェスタでは、主催であるテレビ会社のテレビカメラが各ブースを周る。リポーターは作家を相手に、簡単なインタビューを行う。大きなガンマイクと眩しすぎる照明で、辺り一帯は非現実味を帯びている。
その集団を目当てに、人の流れができる。
カメラが回っているときだけ、そのブースに近づいて、本を手に取る人もいる。
欲しいかどうかは関係ない。
その場にいる自分を、映してほしいだけだ。
本を開き、少しだけページをめくる。
そのままレジに置く。
カメラの端に入る位置を探しているようにも見える。
それが読まれるかどうかは、分からない。
それでも、本は1冊減る。
審査員の一団が通ったときも、同じだった。
何人かが足を止め、何人かが本を手に取った。
その中の一人が、見本を少し長く読む。
ページを閉じてから、もう一度表紙を見る。
「……これ、面白いね」
小さくそう言って、碧月の方を見る。
「今は他の作家も見て回ってるから、ここでは買えないんだけど」
少しだけ声を落とす。
「あとで戻るから、1冊とっておいてもらえる?」
碧月は、一瞬だけ言葉に詰まり、
それからうなずいた。
「はい」
審査員は軽く手を振って、次のブースへと移っていく。
そのあと、3人のあいだに少しだけ沈黙があった。
「……今の、やばくない?」
朔が小さく言う。
「うん」
湊も短く返す。
碧月は何も言わなかったが、
机の上の見本を、少しだけ整えた。
そのあとで、少しだけ人が増えた。
誰かにつられるように、数冊が続けて減った。
理由は、よく分からない。
気がつくと、30冊がなくなっていた。
夕方になり、照明の色が少しだけ変わる。
会場全体が、終わりに向かってゆるやかにほどけていく。
ブースの外では、箱をまとめる音や、台車を押す音が混ざりはじめていた。
碧月は、残った本を段ボールに戻しかけて、手を止めた。
足音が、一つだけ近づいてくる。
止まる。
机の上の見本に、手が伸びる。
ためらいのない動きだった。
ページがめくられる。
紙の音が、小さく続く。
最初の一枚で終わらない。
指が、もう一度めくる。
碧月は顔を上げない。
ただ、その動きを視界の端で見ている。
少しだけ、読む時間が長い。
「これ、なんて読むんですか?」
声は静かだった。
碧月は一瞬だけ言葉に詰まり、
それから答える。
「……ゆるし、です」
短い会話が続く。
説明の途中で、一度言葉を探す沈黙がある。
相手はうなずいて、
もう一度ページを開く。
今度は、最初の行で止まる。
しばらくして、本が閉じられる。
少しだけ間があく。
その間が、長く感じられる。
1冊が、手に取られる。
レジの上に置かれる。
動きに迷いはなかった。
碧月は代金を受け取り、本を渡す。
指先が、ほんの少しだけ触れる。
視線は合わない。
そのまま、去っていく。
碧月は、少し遅れて顔を上げた。
遠ざかっていく後ろ姿を、目で追う。
足音だけが、少しずつ遠ざかる。
やがて、人の流れに紛れて見えなくなる。
碧月は、手を動かさなかった。
パンを焦がした
パンを焦がした。
これは昨日、
朝食に食べたら美味しいだろうと思って買ったパンだ。
うっかりしていた。
もう少し焼こうと
時間を足したのが間違いだった。
“もう少し〜しよう”は、慎重に。
職人みたいにトースターを見つめて、
美味しい頃合いを
そっと見極めるように、
じわりじわりと攻めていく。
今度からはそうしようと、
焦げたパンを見て思った。
憂鬱な歌
渡された歌詞カードには、
「憂鬱な歌」と書かれていた。
これを長調で歌おうってんだから、
笑っちまうさ みんな面白がった。
僕は思い立って、
誰もいない体育館から
渡り廊下へ抜けたんだ。
夕日がメラメラと燃え上がって、
僕の濃い影を地面に落としていた。
カビくさい絵
高校生のときに描いた油絵を捨てたことを、
いまでもただただ惜しいと思っている。
いつ失くしてしまったんだろう。
30号という、当時の私にはゆったりしたサイズ。
ゆったりした時間を与えられて描いた抽象画。
モチーフは“当時の自分”だった。
下を向き、
ぼろりぼろりとこぼれ落ちる何かを見つめる私。
若葉のような時代に、いろいろな諦めを感じていた。
若葉は枯れ葉を押しのけて芽吹く。
そして、上を向き、発光している私。
その二人が同じキャンバスにいた。
クレムソンレーキという色を多用したことを覚えている。
重ね塗りが効果的な、湿度と大人を感じる色。
いまの私はほとんど使わない。
その絵を、いまの私が表現するなら
「カビくさい絵」だ。
「カビくさい絵」は、
他人の評価が追ってこない唯一の砦だった。
「カビくさい絵」は、自分をきれいに見せようとはしなかった。
当時の私は優柔不断だと言われた。
だって世界は選択肢が多すぎた。
いつも困っていて、少し情けなかった。
高校を辞めたいと何度も言い、
授業にはついていけず、
気が晴れることもなく、
吹奏楽部にいても音楽に喜びを感じられなかった。
追試はあたりまえで、
キラキラして見える同級生を、
嫉妬だと気づかないまま、
その感情の湿度だけを、ただ味わっていた。
「カビくさい絵」は、
そんな私の負の感情を唯一肯定してくれるものだったと、
いまは思う。
いまの私なら、
湿った感情には通気口をつけて、
健全に保とうとするだろうし、
仮に湿度があっても、人には見せない。
だからこそ、
あの「カビくさい絵」は、
いま描こうとしても描けない。
高校生のときに描いたあの絵を捨てたことを、
私はただただ惜しいと思っている。
自分を美しく見せる必要はないと、
そっと語ってくれる絵だった。
美輪さんのボロネーゼ
萎えるよ 皆
萎えるよ 皆と
笠利 End la
POLO 見ねぇ皿
歌への 性
絡める 汁
エラ Snow
to ラメの意?
ガツンとみかん
風呂には居る
助けろ
寝ると明日
そこにエルフ
皆 捨てられ
見つけられない
辛め to 否
ボロね?エエよ!
見渡す
絡めるの 汁
エラい濃厚
辛め to 意なる
彫らす ノウハウ
皆 ステテコ
見つけたりぃな
絡めるの 汁
ボロネーゼ
美輪さん、噛み!噛み!
ひらがなで噛む
かわいいきみに
みらいをのろう
あいのおもさを
とわにちかおう
The Binary Conflict #アイラシヤ大陸
時代 グリフィス期
場所 『マドウ山』
アイラシヤ大陸西部、霊峰マドウ山の麓。
時空転送装置の暴力的な白光が収まった直後、ミクを待ち受けていたのは歓迎の宴ではなく、腐肉の臭いと異形の咆哮だった。
「……座標固定、完了。グリフィス期、大気組成……許容範囲内」
安倍中期からこの時代へ、因果の荒波を跳ねた代償は小さくない。ミクの視界には激しいノイズが火花のように散り、平衡感覚を司るジャイロセンサーが悲鳴を上げていた。おぼつかない足取りで踏み出した一歩は、何者かの巨大な骨を砕く乾いた音を立てた。
その時、山の斜面そのものが起き上がったかのような錯覚に襲われる。
霊峰の主、一つ目の巨人「バロール」が、招かれざる「異物」を排除せんと、その巨躯を現したのだ。岩盤のごとき拳が振り下ろされ、ミクの演算回路が「回避不能」の死を宣告する。だが、ミクの指先が、無意識に懐の中の「重み」に触れた。
ミクは、田伏正雄から託された「ウドンかりんとう」を、迫り来る巨人の口目掛けて迷いなく放り込んだ。空を裂く咆哮が、突如として止まる。巨人は、その平坦な舌の上で転がる「安倍中期」の不条理なまでの旨味——小麦の芳醇さと砂糖の暴力的な甘美——に、全神経を掌握された。巨人の単眼が、驚愕から法悦へと染まっていく。
「……ウ……ウマイ……。コノ『概念』、知ラナイ……」
かつて神々にさえ屈しなかった霊峰の主は、その場で膝を突き、ミクの前に項垂れた。田伏正雄商店秘伝の桃太郎のきびたんご成分を注入したウドンかりんとうが、巨人の数千年の飢えを書き換えたのだ。ミクは巨人の頭上に軽やかに飛び乗り、その剛毛を掴んで宣言した。
「これより、この山を『第一演算拠点』と定義する。作業を開始!!」
その頃、アイラシヤの空の「外側」——現実世界の上海・外灘に位置するLabo「胡蝶」では、李 浩然(リー・ハオラン)が冷徹なモニタリングを続けていた。
このLaboが、単なる私設の研究室から国家の命運を握る「軍事最重要拠点」へと格上げされた経緯は、李の冷酷な政治的手腕の賜物であった。
李は党の最高幹部たちが集う秘密会議の席上で、アイラシヤ大陸から抽出した「因果の糸」を物理的なエネルギーへと変換するデモンストレーションを行った。彼は、老朽化した石炭火力発電所一箇所分の出力を、手のひらサイズの結晶体に凝縮してみせたのだ。
「これは単なるゲームのシミュレーションではない。異次元という名の広大な『植民地』から、無限の資源を収奪するためのパイプラインだ」
李の言葉は、資源不足に喘ぐ幹部たちの欲望を正確に射抜いた。さらに彼は、アイラシヤの騎士たちの戦闘思考をAIに移植することで、既存のミサイル防衛網を100%無効化する「自律型戦術論理」の構築が可能であると説いた。論理的な整合性と、圧倒的な軍事的優位性の提示。幹部たちは、李の野望がもたらす「実利」の前に沈黙し、翌日にはLabo「胡蝶」を正規軍の管轄下に置く特殊軍令が署名された。
現在、Laboの地下100メートルには、国家予算の数パーセントが注ぎ込まれた量子プロセッサ群が鎮座している。かつての核シェルターを転用したその空間は、数万基の演算ユニットが液体窒素の海に浸かり、神経細胞のように明滅する地獄のような光景だ。壁一面を覆う巨大モニターには、アイラシヤ大陸全土の因果率が、極細の光ファイバーのような線で描画されている。
李が指先を動かすたびに、数十億テラバイトのデータが衝突し、軍事転用を前提とした新たな「魔人」の設計図が0と1の奔流から産み落とされる。アイラシヤ大陸にとっての「運命」とは、ここでは単なる「兵器開発のテストデータ」に過ぎなかった。
マドウ山には、古来より霊的な天然の結界が張り巡らされている。それは上海の軍事拠点と化したLabo「胡蝶」による探知を阻む、唯一のステルス・シールドとなった。
ミクが虚空にコードを打ち込むと、山肌の至る所から、デジタルな発光を纏った電子の小人(ビット・ドワーフ)たちが湧き出した。彼らはマドウ山に豊富に眠る希少鉱物を超高速で採掘・精錬し、原始的な岩肌を、瞬く間に白銀に輝く基板へと変貌させていく。
「東部、『刻(とき)の闘技場』での決戦まで残り時間は僅か。……戦闘から抽出されるデータ情報を解除処理して、あの冷徹な軍事演算を初期化(イニシャライズ)しないと、二つの世界が滅んでしまう」
山の麓では、滝の落差を利用した水冷式スーパーコンピュータの構築が急ピッチで進んでいた。国家の威信をかけたLabo「胡蝶」の軍事的猛威に、アイラシヤ大陸の「土着の資源」と「安倍中期のオーパーツ」で立ち向かう——。
ミクは、巨人の肩越しに遠い東の空を見つめた。そこには、上海の夜景にも似た不吉な雷鳴が轟いている。
彼女の胸中には、まだ少しだけウドン出汁の香りが残っていた。
https://i.imgur.com/hn9KQIz.png
光る海豚
狩る者の足跡は濡れる
おまえの涙ではないか
煙草の烟で親は
姿をくらまし
波頭に
出生届を叩きつけ
光った海豚が
飛沫を
はためかせた
きみだ
BAR「Creative Writing Space」
ニーズがあるやらないやら、まったく見当がつきませんが、
毎度おなじみの思いつきで、BAR「Creative Writing Space」を開業いたしました。
皆様にお使いいただけなければ、すぐに閉店いたします。
電脳空間の片隅にある、吹けば飛ぶような小さなBARでございます。
一杯引っかけた体で雑談していただけるスペースをイメージしています。
「Talk」がさほど機能していないことも踏まえ、もっとカジュアルに使っていただけたらと思っています。
【ルール】
・ワンドリンク制です。必ず何かお飲み物をご注文してからお話しください。ノンアルコールでも構いません。
・お代はいただきません。もしスペースコインをお支払いになりたくなったら、他のお客様に奢ってあげてください。
・酔っ払いすぎにはご注意くださいませ。
Creative Writing Space事務局
2026/03/21
批評・論考
雪山からの置き手紙
カーテンを揺らす如月の風は冷たいけれど
貴男が魅かれた白き雪山の寒さには程遠い
貴男が求める白は此処には無かったのですか
誰も触れられぬ白を求めて未だ帰らぬ人よ
帰らぬ者を憎まず帰さぬ白を憎む私の心に
白は無駄に鋭く突き刺さっては希望を装いながら光っています
永遠の眠りの中でさえ自分の白を求め止まない貴男には
目覚めを迎える眠りの残酷さなど解るはずも無いのでしょう
目まぐるしく移る季節の中で変わる色彩は
淡々と綴られた置手紙の余白を広げるばかり
カーテンを揺らす風はやがて温もりを持ち
愛おしさと悲しみを記憶として置き換える事で
私の心に刺さった白さえも許しの鑢で丸みを付けようとするけれど
雪山から 貴男が 戻る日まで 置手紙は 溶けぬ雪で 封印し
私の命が尽きる時間を要しても置手紙を遺書と改名させはしない
貴男が求める白は私の心に刺さったままなのだから
岐路
目の前にある
分かれた道
赤子が後ろへ
下がらないように
人は前へ歩む
他人の言葉が耳に届く
おいしい店の匂い
横切ったきれいな人
足を踏み出せば
幻覚のように
魅惑の道は消える
たとえいま苦しくても
歩んだ道には
触れられる温かい手
選べるのはひとつだけ
足跡が残る
過去は自分だけのもの
屁
屁は笑えるから好きだ
屁はした後気持ちがいいから好きだ
屁は愛とか正義とか喚かないから好きだ
本当にそうか
本当にそうなのか
嗅ぐ人が嗅いだら屁は不快なのだ
ゆったりと優雅な席で
屁はした後恥ずかしいのだ
誰の前でも
屁は稲妻のごとく走っているのだ
尻の下から天空高くへと
屁は確かに喚かないが
屁は愛そのものだ
それでなかったら空気に溶け込んで場をなごます筈がない
屁は正義そのものだ
それでなかったら汚れを外に追い出して空に返す筈がない
握りっ屁
透かしっ屁
ひとつとして同じ匂いのする屁がない
ひとつとして同じ音としてこの大地空間に木霊する屁はない
屁
僕は君のことが未だに好きになれない
Inner necessity 7# アイラシヤ大陸
時代 現代
場所 東京都
男は無言のまま、先ほどまでドアの隙間に無機質に嵌められていた独自の拘束具を、手慣れた動作で取り外した。エリカはその時、ようやく担当ホストとの泥沼のようなやり取りを思い出した。しかし、それさえも今の彼女にとっては、遠い異国の出来事のように感じられた。
「夜は長い。何か食べようか?」
男が内線で食事を注文する。運ばれてきたのは、低温調理された極彩色の甲殻類に、トリュフの土壌を模した黒いクランブルが散らされた、彫刻のような一皿だった。皿の縁には分子ガストロノミーによって抽出された「潮騒の泡」が静かに弾けていた。
男はセラーから、ラベルの剥げかけた年代物のボルドーを取り出した。抜栓された瞬間、部屋の空気は数十年分の時間が熟成された芳醇な香りに満たされる。彼はエリカのグラスにその深い血の色を注ぎ、自らもゆっくりと口に含んだ。
沈黙の食事が終わると、男はジャケットのポケットから銀縁の細い眼鏡を取り出し、慎重に耳に掛けた。そのレンズは、膨大なデータの海を「正しく視る」ためのフィルターであるかのように見えた。彼は指先で眼鏡のブリッジを静かに押し上げ、ドレッサーに並ぶラ・メールの香りと、カトラリーが触れ合う音の混ざり合う奇妙な静寂の中で、再びタブレットの画面に視線を落とした。
エリカは備え付けの炭酸水で喉を潤しながら、先ほどから気になっていたCWS(クリエイティブ・ライティング・スペース)の画面を再び指先でなぞる。
「ねえ、おじさん……この『アイラシヤ大陸』って、元々はグリフィスの物語じゃないの?」
男は眼鏡の奥の瞳を細め、司書のような淡々とした口調で応えた。
「……ああ、そうだ。説明の優先順位から後回しにしていたが、これは千才森 万葉という方が提唱したシェアード・ワールドの企画だ」
「二次創作企画『#アイラシヤ大陸』。千才森氏のMy Spaceには、この世界の根源的なルールが記されている。それが今の我々の窮地を救うヒントになるかは不明だが、世界の理(ことわり)を理解する助けにはなるだろう」
エリカは千才森氏の記した説明文と、それに対するグリフィスの過去の応答を読み耽った。文字を追うごとに、彼女の中でバラバラだったパズルのピースが、引き寄せられるように結合していく。
「……これ、別の『系』からの干渉だよ。李の存在もそう。だから……」
エリカは再びグリフィスの過去ログの深淵に潜り、ある仮説を掴み取った。
「これって、多次元……あるいは異なる時代からの干渉っていう形なら、物語の大きな流れを歪めずに、今の詰んだ状況を修正できるんじゃないかな」
「例えば?」男が再び眼鏡のブリッジを押し上げる。そのレンズには、新宿の夜景とコードの羅列が重なって映っていた。
「李が収集するデータを逆解析して無効化する存在を、彼と同じように『別の領域』から召喚するの。例えば……グリフィスが書いている『阿部中期』っていう時代。あそこの、なんとも言えないナンセンスでシュールな空気感を使って、李の脅威を感知して送り込まれるエージェントみたいな存在を作れない?」
「独立系の介入か……」男は顎に手を当て、思考の迷宮を彷徨う。「この世界の制約において、他系への干渉がどこまで許容されるかは不明だが、李 浩然という存在自体が外来の異物である以上、その毒を以て毒を制する論理は成立しうる。逆手に取る、ということか」
「阿部中期にさ、『田伏正雄商店』って場所があるでしょ。あそこ、なぜかキアヌ・リーブスの肖像画が飾ってあったりして、最初から時空が歪んでる設定になってるじゃない。すでに掲載されて、受け入れられている『確定した事実』として。だから、その世界観を崩さない形で、あの演算システムに介入できる存在を、このグリフィス期に送り込むの」
男はしばらく沈黙し、窓の外に広がる新宿の、無数の光の粒を見つめていた。やがて、重い扉を開くような決意で口を開く。
「やってみる価値はある。……では、どのような『形』をした存在を送り込むべきか、君の直感を聞かせてくれ」
エリカは腕を組み、三面鏡に映る自分の、記号化された「頂き女子」の容貌をじっと見つめた。
「そうね……私、難しいことはわかんないけど。デジタルの妖精っていうか、ボカロで言うなら『初音ミク』みたいな感じかな」
「なぜ、ボーカロイドなんだ?」
「……なんとなく。電子の海を泳ぐ、実体のない、でも誰にでもなれるような存在。それが一番、このガチガチの論理(システム)をすり抜けられそうな気がして」
「……エリカ。君の直感は、哲学の思索を飛び越えるな。ウーリチの伝言主が、君の創造性に重きを置いていた理由が、なんとなく理解できた気がする。よし、二人でその『現象』を記述しよう」
食事を終えた二人の共同作業によって紡がれた設定は、一編の物語としてCWSに放たれた。
題名は、『MIKU #アイラシヤ大陸』。
アップロードボタンを押した直後、画面は拒絶の警告を出すことなく、吸い込まれるように「公開中」の表示へと変わった。正解の鍵が、音もなく錠前に嵌まった瞬間だった。
エリカは、自分の指先から何かが失われ、同時に何かが流れ込んでくるような、底知れぬ不思議な感覚に囚われていた。
(私……私の名前、なんだっけ。エリカ……だよね? これ、本当に、私の……)
鏡の中の「エリカ」という記号が、高級化粧品の香りと共に、一瞬だけデジタル・ノイズのように揺らめいた。
パラジクロロベンゼン
学習机の上で勉強されているのは
パラジクロロベンゼン
パラジはパラダイス
クロロは苦労人
ベンゼンはベンゼン大使
みな、一様に春を待ってる
勉強しているのは
ナオミキャ・ンベル
ナオミキャは浪岡修平
ンベルはとどのつまり
明日からきっちりと春である
浪岡修平は「防虫剤を囲む会」の会長
もちろんナオミキャは浪岡修平だが二人に面識はない
ンベルはどとのつまり
月に一度の会合が奇しくも本日開催される
第一高等学校の校舎が見える公民館集会場
八畳敷きの部屋
定刻通りに会合は始まる
事務局長の田中が簡単に挨拶をし
会の設置規則第四条第一項に基づき会長である浪岡修平が
座長として議事の進行を執り行う旨を宣言する
ちなみに田中は事務局長を名乗っているが
その他に事務局員はいない模様
この会においてパラジはパラダイスではなく
クロロは苦労人ではなく
ベンゼンはベンゼン大使ではない、それはあくまでも
ナオミキャ・ンベルの学習机の上のみのことである
ンベルはとどのつまり
明日からきっちりと春である
浪岡修平はこの公民館のある町会長にも就任している
地元のちょっとした名士であり
優れた人格の持ち主であり
肩が小さい
若い頃に肺を患い生死の境をさまようが
奇跡的に助かる
以来、痰の絡む咳をよくするようになる
さて、という浪岡修平の一言で議事が始まる
出席者は会長及び事務局長を含め七人
ナオミキャ・ンベルは学習机で一人
流れるように議事は進行する
畳の上に座る七人の真ん中には防虫剤がひとつ
会が始まってから五分遅れて会員の中村が到着する
それから数分後、定期券を忘れたと言って
中村は再び離席し公民館を出て行く
ナオミキャ・ンベルが窓を開ける
風の匂いを嗅ぐとやはり間違いなく
明日からきっちりと春である
近所の犬が吠える
何にでも吠える犬である
定期券を取りに走る中村の姿が見えるが
ナオミキャ・ンベルにはそれが誰であるか知る由もない
学習机の上では
パラジとクロロとベンゼンが
一様に春を待って
春の話をしたがっている
集会場では浪岡修平の流れるような進行で議事も終盤である
次回の会合の日にちの取り決めを行い
結局間に合わなかった中村には
後日事務局長の田中が連絡することとなる
次回の主な議題は予算と決算です
田中が確認をする
もうそろそろ春ですかね、と浪岡修平が呟くと
会員が一様に頷く
ンベルはとどのつまり
明日からきっちりと春である
中村が転ぶ
上着のポケットの中で防虫剤の割れる音がする
それでも立ち上がり
会に間に合うことを信じて走り続ける
ただ泣くことさえ、思うようには。
泣くもんかと歯を食いしばっても
涙が止められない日もあれば
泣きたいのに泣けない日もあって
ただ泣くことさえ思うようにいかない
笑い飛ばしてしまいたいのに
顔を引きつらせるばかりで
笑うことさえままならぬ日もあれば
目に入る小さなものたちに
何度も顔がほころぶ日も
叫びたいのに声にならない日もあれば
叫び出してしまいそうになるのを
震える拳を握り締め堪こらえるえる日も
ずっと眠っていたいのに
何をしたって眠れない日も
ずっと起きていたいのに
起きていられないほど眠い日も
泣くことも
笑うことも
叫ぶことも
眠ることも
そんなことでさえ
思うようにいかない
わたしにとって
生きる日々は
そんなものだ
手の埋葬
手を
引かれて見知った町を歩く
老いた漁師の赤らんだ手が
まぁ、まぁ、呑んでいきぃな、と手まねく
あすこの地蔵、おどしの地蔵さん、脅しな
明治の頃、ぎょうさんの人がコレラで死んだ
焼き場はいっぱい……あすこで焼いたそうや
あすこに祖父さまはおどし番に立ってたんや
小さな手、大きな手、硬い手、柔らかい手
手が 沢山の手が積み上がり
人々の静かな祈りに眠っている
手を
引かれて、そっと手を合わせ
見知らぬ町の顔を、その輪郭を、手でなぞる
人間
太古の昔から、戦争の神様はいたけど
反戦の神様はいないから
戦争に反対する人間を讃えよう
悪と戦うのは正義だとか
防衛は侵略じゃないとか
そんなことを言う神様を見捨てて
良い戦争とか、悪い戦争とか
敵とか味方とか関係なく
戦争に反対する人間を讃えよう
ビールの匂い
バスのドアが開いて、初老の男性が乗ってきた。
座席は埋まっていたので、私のすぐ近くに立った。
歩き回ってきたのか、少し汗ばんだおでこをハンカチで拭いている。
そのとき、なにか懐かしい匂いが鼻についた。
“ついた”と書いたのは、それが決していい香りではないからだ。
「息子をもった父親は、
一緒に酒を飲むのが夢なんだ。
それをお前は壊した」
まだ十代、法律的には飲めない年齢の私にビールを勧めた父。
「頭が痛くなる」
と一杯だけで断ったときに、父は残念そうに私に言った。
「うまそうに飲むんだけどなぁ…」
と未練たっぷりに、ビールを自分のコップに注いだ。
父は、白飯を食べながら「お茶みたいなもんだ」とビールをのどに流し込んでいた。
和菓子を食べながらでもビールを飲むのだから、たしかにお茶扱いだったのだろう。
対して母の系統は下戸だ。
母方の血を引いたのだろうと思っていた。
学生時代、飲み会に参加しないというのは楽しみをひとつ失うことに等しい。
ある飲み会で友人に日本酒を勧められた。
そこへたまたま隣に座った友人が、
「これ旨いんだよ、辛口で。少し飲まない?」
と勧めてきた。
普段なら断るのだが、その日は気分が良かったのか、あまっていたお猪口を受け取り飲み始めた。
弱い、好まないと思っていた酒がうまく感じ、飲み続けることができただけでなく、酔わなかった。
それから何度か試した。
結局頭が痛くなるのはビールだけだったのだ。
一方で父は酒に強かったが、日本酒、焼酎を好まなかった。
好み、体質が合わず、家飲み派の父と外でしか酒を飲まない息子。
グラスとおちょこを合わせる機会は訪れなかった。
冬でも冷えたビールを好んだ父は、1月のある日、瓶ビールをぶら下げて帰ってきた。
栓を空けて飲み始めたが、途中で息苦しそうな仕草を見せて、飲むのをやめてしまった。
ビールを1本飲み切らない父を見たのは初めてだった。
そしてそれが最後のビールになった。
日差しの強い夏の休日、父は自宅の屋根に寝そべり、肌を焼き、汗を流すのを好んだ。
もちろん部屋に戻ってきたらビールである。
野球場でもよく飲んでいた。
神宮の外野寄りの内野席の最上部、風が少し抜ける席でやじることもなく、静かに飲んでいた。
春や秋は母を連れて広い公園へ行き、花を見ながら飲んでいた。
一杯目は一気に飲み、二杯目は自分のペースで口に運ぶ。
グラスに注がれたビールを飲む姿が浮かぶのだが、同時に思い出されるのが匂いだ。
汗をかいた父からは、少しビールの匂いを感じた。
子供の頃、肩車をしてもらったときに、髪から感じた「香り」ではない「匂い」。
嫌ではなかった。
横に立っている男性は、ふたつ先の停留所で席が空き、離れたところに座った。
「寒い冬にな、
それはそれで旨いんだけど、
やっぱりビールは夏だ。
一杯目はとくに最高だ」 。
命日ではないが、ビールを買って墓参りに行ってみた。
汗をかいた缶を墓前に置く。
父のビールは減ることはない。
代わりに少しビールに慣れて、一杯でふらつくことがない私が、缶ビールを減らしていく。
一気に飲まずゆっくりと苦みを味わいながら、言葉のない会話を楽しむのがいい。
ビールを飲み干して、空の缶を墓前に置いて、帰るためにバス停へ向かった。
バスに乗ると前に座って、顔を出している子供が少し嫌な顔をした。
私からも父と同じ匂いがしたのだろう。
「君もいずれは飲むようになるよ、
きっと」
そんな心のつぶやきを感じたのか、子供は隣に座る父に抱きついた。
ビールを飲まない父だったのかもしれない。
Daseins-Wunderland
その「境界」の波打ち際には、かつて人間が「正義」と名付けた巨大な積み木が、今はただの灰色の墓標として積み上がっていた。それは実体を持たぬイデアの残骸であり、忘却の淵に沈みゆく思考の断片である。空は不機嫌な鉛色を湛え、海は存在の根源的な不安を象徴するように唸りを上げ、岸辺の岩――固着した過去の記憶――を噛み砕いていた。
二人の生い立ちを語る正確な言葉を、歴史は持ち合わせていない。彼らはある時、世界の「余白」から染み出してきたような存在だった。起源を持たず、ただ未完の物語の断片を拾い集めるようにして、この荒涼とした岸辺で呼吸を繋いできたのである。
彼らが「家」と呼んでいたのは、座礁して久しい一隻の巨大な廃船の、心臓部にあたる機関室だった。そこは、錆びついた鉄の肋骨が剥き出しになった、クジラの胎内のような空洞である。かつて機械仕掛けの律動を刻んでいたエンジンは、今や緑青を帯びた沈黙の彫刻と化していた。
兄は、壁一面に拾い集めた「世界の断片」を貼り付けていた。宛先不明の古い手紙、色褪せた植物図鑑の頁。それらは、人間という「欠落の記述」を解読するための曼荼羅(まんだら)だった。一方、妹は部屋の隅、破れたビロードのカーテンを敷き詰めた湿った布の海に溺れながら、兄が読み聞かせる「ここではないどこか」の楽園の寓話に、自らの存在を委ねていた。
この静寂の闇の中で、兄はしばしば一つの問いを反芻していた。それは、自分たちが身を寄せるこの巨大な機械の残骸に、かつて「魂」が宿っていたのかという問いであった。
兄は、錆びついた歯車を撫でながら思考する。もし魂を「内部に秘められた主観的な輝き」と定義するならば、プログラムされた応答や機械的な連動の中に、それは存在しないのかもしれない。しかし、魂とは「他者の眼差しによって立ち上がる現象」ではないか。誰かがその機械に意志を感じ、その沈黙に意味を読み取るとき、魂は「記述」としてその空洞に受肉する。
魂とは、存在そのものに備わった属性ではなく、関係性という回路の中で点滅する電気的な火花に過ぎないのではないか。だとすれば、この廃船も、そして自らの論理(ロゴス)によって妹を導こうとする自分自身も、精緻に組み上げられた「欠落の器」に過ぎないのかもしれない。人間というあまりに絶望的な欠落を埋めるために、我々は「魂」という名の幽霊を捏造し続けているのではないか――。
兄のこの冷徹な洞察は、妹の無垢な信頼という鏡に映されることで、さらに残酷な輝きを増していった。
二人の服装は、この世界の不条理を象徴していた。
兄は、銀灰色の鱗のようになった軍用の重厚な外套を纏い、ポケットには「論理の破片」を詰め込んでいた。彼にとっての「正義」とは、混沌とした海に、揺るぎない幾何学的な秩序を与えることだった。対照的に、妹は廃船から剥ぎ取ったレースの断片を繋ぎ合わせた、幽霊のように薄い白いドレスを身に付けていた。彼女の瞳には客観的な現実は映らず、独我論という名の甘く濁った幻覚の中に生きていた。
その日、賢い亀もドードー鳥も、生への盲目的な意志に従って岩陰に身を潜めていた。だが兄は、自らの内に積み上げた「論理」が、現実に打ち勝つことを証明しようとした。彼は自ら定めた倫理という名の律動を過信し、存在の証明を持たぬ小さな「器」へと妹を招き入れた。
「さあ、認識の変容の時間だ。素晴らしい絶対的な真理を見に行こう」
器が岸を離れた瞬間、世界という名の「客観」は牙を剥いた。色彩が現象世界から剥がれ落ちるような、刹那の沈黙。器が逆巻く無意識の怒濤に呑み込まれたとき、高く掲げられた狂信的な断定は虚無の飛沫の中に霧散した。妹は、自分がなぜこの冷たく暗い「非存在」の檻に閉じ込められたのか、その不条理をロゴスで解き明かす間もなかった。
器が裏返った瞬間、認識の水平線という名のチェス盤はひっくり返り、無防備な現存在(ダーザイン)たちは慈悲なき虚無の潮流へと投げ出された。二人の時間は、そこで閉じた円環となり、永遠の静止へと至った。
事象のあと、存在の岸辺には無数の「なぜ」という名の懐疑が打ち上げられた。
かつて「希望」という名の器であった二人の空洞を、今は緑青を帯びた蔦が締め上げ、精緻な濾過装置のように過去を吸い上げている。陽光という、あまりに平等で冷酷な「忘却」が、彼らが握りしめていた思想の断片を、星屑のように燃え立たせている。
かつて兄が問うた「魂」の在処は、結局のところ、この沈黙する海へと還元された。魂とは、失われた後にのみ観測される「不在の光」だったのかもしれない。
沈黙が現実の幕を振り下ろすとき、鏡の迷宮に閉じ込められた楽園は瓦解し、再演を拒絶するただ一つの「終止符」だけが刻まれる。残されたのは、ただ陽光にさらされた虚無の海と、割れた砂時計の破片だけだ。
ただ、冷ややかな絶対的客観だけが知っている。この何処へも至らぬ終焉こそが、すべてが望み続けた「始まり」の対極にあった、唯一の救済であることを。
素直
褒め言葉だと思って
便利に使うなよ
まったくもって正直に生きては
いませんから
素直な良い子
真っ直ぐ育ってほしい
何じゃそりゃ
あまりにもご都合主義な皆様に
乾杯します
こちらは常に完売なのに
ニチャラニチャラと笑ってくださり
有り難う
疲れた私は憑かれたように
眠ったあとで
突かれたように
起き上がる朝を迎える毎日
素直じゃないです
まったくもって
わたしはわたしという名の
作品を
各々に差し出す為に必死ですわ
ええ
ええ
もう舞台から飛び降りる覚悟でいいますわ
素直にいえば
すべてがだいきらいです
恋と愛と
恋すると
ワガママを言ってみたくなって
愛すると
困らせるのが嫌になる
恋すると
心が 言葉が 欲しくなって
愛すると
心を 言葉を あげたくなる
ゆらゆらと揺れるわたし
いつかあなたへ辿り着けるかな
蕾のまま
好きだと告げることが
好きだと思うことさえ
裏切りなのではないか
そんな 迷い 抱えて
それでも
綻んだ桜の蕾を見つけて
目に浮かぶのはあなたの顔
鬼
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蒸し暑さにパタパタと襟口を摘んで扇ぐと、俺はじっとりと流れる額の汗を拭った。
「……ねえ、まだと?」
前方に向けてそう声を掛ければ、振り返ったタッちゃんはカラッとした笑顔を見せる。
「なんや、もうきつかと? もうすうだけん、楽しみにしてな。きっと驚くけ」
「…………。それさっきも言いよったやん」
「そうちゃ。さっきもおんなじこと言いよったやん。だいたい、“面白かもん”ってなんなん?」
「暑うてかなわんばい……」
口々にそんな愚痴を溢せば、「根性が足らんなぁ」とだけ告げて再び歩き始めるタッちゃん。そんなタッちゃんの背中を追いかけながら、道なき道をひたすら四人で歩いてゆく。
そもそもの事の発端は、一刻半前のことだった。
『鬼狩り山で面白かもん見つけたったい。今から見に行こうや』
得意気に胸を張りながらそう宣言したタッちゃんは、ニカッと笑うと鼻を擦った。そんないつもと変わらない、普段通りの日常。
まさかこんなにしんどい思いをすることになるとは、あの時の俺達は誰も予想もしていなかった。
村の外れにあるこの場所は、普段人などほとんど寄り付きもしない※鬱蒼とした山。かつて鬼が住んでいた土地として語られ、村人からは畏怖の対象として“鬼狩り山”なんて名前で呼ばれている。
当然ながらそんな場所なので、人が歩けるような歩道が整備されているわけもなく、うだるような暑さの中歩くのはかなりの疲労を感じた。
「──ほら、あれ見てみぃや!」
一際大きく声を発したタッちゃんは、前方を指差しながら後方にいる俺達を振り返った。
「……やっと着いたと?」
「ほら、凄かろ!?」
疲労困ぱいの俺とは対照的に、ワクワクとした瞳を輝かせるタッちゃん。その指先を辿って更に奥へと視線を移してみると、何やら墓石のようなものがある。
「なんやろ、あれ」
独りごちると、ぜぇぜぇと息を切らしながら追いついて来た武ちゃんが、額に流れる汗を拭いながら俺に向けてポツリと呟いた。
「……誰かん、お墓かな?」
二人で顔を見合わせながら小さく首を傾げる。
「※祠じゃなか?」
そんな俺達の後方からひょっこりと顔を出した清ちゃんは、そう言うと興味深げにクリクリとした瞳を開かせた。
「鬼神や。こりゃあ、鬼神様ば祀っとう祠ばい」
フフンと鼻を鳴らしながら胸を張ったタッちゃんは、「面白かとは、これからや」と俺達に向けて宣言すると、再びクルリと背を向けて歩き始める。そんなタッちゃんにつられるようにして後を追うと、祠らしき石の裏側へと回り込む。
そこにあったのは、観音開きの粗末で薄汚れた小さな箱。箱とはいえ、よくよく見てみると何やら※仰々しい型をしている。
(さっき祠っち言いよったし、これも神様でも祀っちょるんやろうか……?)
「こん中見たら、驚くけ」
そう言いながら扉に手を掛けたタッちゃんを見て、驚いた俺は思わず声を上げた。
「待って! ほんとに開けっと? 祟られたらどげんするん!?」
「大丈夫だって。敏雄は臆病ばい。心配せんでもなんも起こらんけん」
「でも……」
タッちゃんは大丈夫だと言って笑っているが、目の前の箱を見るとどうにも不安が込み上げてくる。それほどに、不気味で陰湿な雰囲気を放っているのだ。
「うちも見てみたかね」
清ちゃんの言葉を聞いて武ちゃんの方へと視線を移してみると、困ったように視線を彷徨わせながらオロオロとしている。
「大丈夫だって。俺は昨日見つけた時にいっぺん開けたけど。ほら、なんもなっちょらんやろ?」
「そうよ、心配しすぎばい。せっかくここまで来たんに、なんも見らん気?」
そんなタッちゃんと清ちゃんの意見に押され、すっかりと勢いのなくなった俺は苦笑した。
「う、うん……ごめん」
俺のその言葉を合図に再び扉に手を掛けたタッちゃんは、一度ぐるりと俺達の顔を確認すると口を開いた。
「じゃあ、開くっぞ」
「うん」
「……う、うん」
「うん。早う早う」
箱の前に屈み込んだ清ちゃん達二人を見つめながら、武ちゃんと二人で少し離れた背後から静かに見守る。ギギギと鈍い音を立てながら開かれてゆく観音扉。その光景は、なんだかやはり少し恐ろしい。
背中を伝っている汗が一気に冷めてゆくような感覚に、俺はたまらずゴクリと小さく喉を鳴らした。
「わっ。……なんこれ?」
「どがんね、カッコいいやろ? 鬼んお面ばい」
「そうかなぁ……。なんかちいと不気味やわ」
「清江にはこん良さが分からんとか。やっぱり女はいかんなぁ」
「そがんことないし。こんお面が悪かとばい」
そんな二人のやり取りを黙って背中越しに眺めていると、こちらを振り返ったタッちゃんが手招きをする。
「そがんとこ突っ立ってないで、二人もこれ見てみぃや」
「う、うん」
「……うん」
武ちゃんと一緒に恐る恐る近付くと、屈んでいる二人の背後からそっとタッちゃんの手元を覗いてみる。
そこにあったのは、古木で作られた鬼の面。ドス黒く古めかしいその様子から、その表情も相まって何だか※禍々しいものを感じる。
「な? カッコイイじゃろ」
タッちゃんはそう言って嬉しそうに笑っているが、俺にはこの面の良さが全く分からなかった。
「なんか不気味やわ……」
「何ば言いよっと、こがんカッコイイんに。武史はこん良さが分かるやろ?」
「……あ、うん。カッコイイかも」
「そうやろ? お前だけやな、こん良さが分かるとは!」
武ちゃんの返事に満足したのか、とても嬉しそうな笑顔を浮かべるタッちゃん。その横では、武ちゃんが興味深げにお面を覗き込んでいる。
どう見てもただの薄汚れた不気味なお面だが、この二人にはそうは見えないらしい。
(こん古さが逆にカッコイイんやろか? それにしても、不気味な顔ばい……)
おもむろに面を被り始めたタッちゃんを見て、思わず一歩たじろいだ俺は息を呑んだ。
目出し部分の穴が小さいせいか、その表情は外からでは全く読めず、それがより一層不気味さを増している。
(…………まるで本物の鬼みたいや)
怒りとも哀しみとも言い切れぬ、なんとも恐ろしい表情をした鬼の面。
そこにいるのは確かに見慣れたはずのタッちゃんだというのに、何故か俺の目には本物の鬼のようにしか見えなかった。
◇
──それから二週間ほどが経ったある日のこと。
いつものように畑仕事の休憩中に岩陰で休んでいると、そこへひょっこりと顔を出した武ちゃん。
「敏ちゃん、お疲れ様。今日も暑うてたまらんね」
暑さのせいか少しばかり紅潮した頬でニッコリと微笑むと、そう告げた武ちゃんは俺のすぐ隣に腰を下ろした。
「ほんと暑うてたまらんよね……。武ちゃん、今日ん畑仕事は? もう終わったと?」
言いながら首から下げた手拭いで額の汗を拭うと、冷たい水の入った竹筒を武ちゃんの目の前に差し出す。それを受け取った武ちゃんは、「ありがとう」と告げるとゴクゴクと勢いよく喉の奥へと流し込む。この暑さだ。よほど喉が乾いていたのだろう。
数秒ほど黙ってその様子を眺めていると、ようやく満足したのか、武ちゃんは片手で拭った口元からプハッと息を吐き出した。
「うちは収穫は先週で終わっちょるけね。今日は枯葉や残った根の処理だけやったけ、午後は遊んできていいって」
「そっか。俺もあと少しで終わるけ、終わったら一緒に遊ぼうや」
「うん。……あ、そうや。さっき清ちゃんに会うたんやけど、今日は忙しゅうて遊べんって言いよったばい」
「あー……そういやあ、ヤギのお産ん近かって言いよったわ」
「そうなんや? じゃあ生まれるまでは無理そうやなぁ」
「うん、そうやな」
「じゃあ、暫くは二人やな……」
「……そうやなぁ」
「…………」
「…………。ねえ……、タッちゃんは?」
最近めっきりと見かけなくなったタッちゃんの名を口にすると、一瞬ひりついた空気がその場に流れる。
あの日あの山で祠を見つけた日から、徐々に様子がおかしくなっていったタッちゃん。いつもなら元気に外で遊んでいるはずなのに、最近では家に引きこもっているのか、滅多にその姿を見かけることもなくなってしまった。
(最後に会うたのはいつやったっけ……?)
そんなことを考えながら、鬼の面をつけたタッちゃんの姿を思い浮かべる。
特に何かがあったというわけではない。ただ、あの日あの山で見つけた鬼の面を持ち帰ったタッちゃんは、その面をとても気に入ったのか、下山してからもよく面を被っていることが多くなった。
その様子は村の人々から薄気味悪がられ、俺の目から見ても少し異様だった。
もしかして、あの祠で何かに祟られてしまったのでは──? そうは思ったものの、あの山に無断で入ったことを咎められるのを恐れ、周りの大人達には誰にも相談することができなかった。
もしかしたら兄なら何か知っているかもと、三つ年の離れた兄にそれとなく聞いてみると、随分とあやふやな内容しか返ってこなかった。
『──やけな、あん山で鬼ば殺して村を守ったんや』
『あん山に鬼ば住んどったと?』
『そうや』
『一人で?』
『そうや』
『突然現れたと? そもそも、どっから来たと?』
『そがんこと知らん。鬼は突然現るっとばい、やけ怖いんやろ?』
『…………また鬼ば来るやろうか?』
『そりゃ分からんばい。もしかしたら来っかもしれんし、来んかもしれん。あん山に近付かんば大丈夫ばい、きっと』
俺は兄に聞いたことを後悔した。ぼんやりとしたその内容では、逆に余計な不安を募らせるだけだったのだ。
どうやら兄は祠の存在など全く知らないようで、そんな兄に鬼の面の事など聞けるはずもなかった。兄の話からわかったことといえば、かつて村に鬼が出た時、あの山で追い詰めた鬼を殺したことから、今では“鬼狩り山”と呼ばれていると。そんな山の名の由来くらいだった。
「タッちゃんは……っ、最近なんか変ばい」
小さな声でポツリとそう告げた武ちゃんの声は、あまりに弱々しくて蝉の鳴き声にかき消されてしまいそうな程だった。
「確かにあんお面ば最初に見た時カッコイイて思うたけど……。だけんって、あげん毎日かぶちよるなんて不気味ばい」
「…………。やっぱり……祟りなんやろうか?」
「……そうかもしれんばい」
蒸し暑さで大量の汗を吸収した着物はべっとりと張り付き、執拗に肌に※纏わり付くその感触は随分と着心地が悪かった。
俺は張り付いた着物の裾をギュッと上に引き上げると、あの日あの山に行ったことを後悔した。
◇
「……あっ! ねえ見て、あれタッちゃんじゃなか?」
不意に立ち止まった武ちゃんを振り返ると、すぐ横に戻って武ちゃんの指差す方角を覗いてみる。するとそこにいたのはやはりタッちゃんらしき人物で、※他人の家の敷地内で何やら漁っているようだった。
「タッちゃん……?」
思わず漏れ出た俺の声に反応してピタリと動きを止めると、ゆっくりとこちらを振り返ったタッちゃん。その顔は鬼の面で覆われ、異質な雰囲気を放っている。
「……なん、しよーと?」
恐る恐るそう声を掛けながら視線を下へと移してみると、その手には締め殺された鶏を抱えている。
──タッちゃんが殺したのだ。
そう理解した次の瞬間、全身の毛穴から一気に大量の汗が吹き出すのを感じた。
(目の前におるんは、ほんとにあのタッちゃんなんやろうか……?)
生まれてから十二年間共に過ごしてきた友人として、どうにも目の前の光景が信じられなかった。
例え家畜とはいえ、決して動物を傷つけることのなかったタッちゃん。普段はあんなに豪胆なくせに、人や動物を傷つけることを極端に嫌っていた。そんな心優しい少年なのだ。
にじりと一歩前へと踏み出したタッちゃんを見て、あまりの恐怖からヒュッと乾いた空気が口から溢れ出る。
「こ……っ、こっちに来るな!」
意外にも、そんな声を張り上げたのは武ちゃんの方だった。
カタカタと全身を小さく振るわせながらも、必死に威嚇してみせる武ちゃん。その姿を前に一体何を思ったのか、その場で足を止めたタッちゃんはただ静かにこちらを見つめ返した。
ほんの数秒の後、その沈黙を破ったのは武ちゃんの声だった。
「敏ちゃん、早う逃げよ!」
そう告げるなり、俺の手を取った武ちゃんは「祟りや……!」と叫びながら一目散に走ってゆく。当然ながらその手に掴まれている俺は、武ちゃんと一緒にその場を強制的に走り去ることになる。
けれど、今はそれが有り難かった。恐怖で固まってしまった俺は、あの場から一歩も動くことができなかったのだ。
「武ちゃ……ありが、とう……っ」
息も絶え絶えにそう告げれば、ようやく足を止めた武ちゃんがこちらを振り返った。
「やっぱり……、祟りなんや。おかしかったやろ? ……あげなん、タッちゃんじゃなか!」
ついには涙声になって声を荒らげた武ちゃんは、鼻を※啜ると両目をゴシゴシと雑に擦った。
「どうすりゃあいいんやろ……」
「タッちゃんには近付かんことばい」
「でも……タッちゃんはどげんするん!?」
「子供ん僕達にはどがんすっこともできんばい……大人に任せようや!」
「あん山に入ったこと言うと!? 怒られてまうやん!」
「そがんこと言いよー場合じゃないやろ!」
「……っ、……」
「…………っ」
互いにぜぇぜぇと肩で息をすると、呼吸を整えてからもう一度お互いを見合う。
「……ごめん、武ちゃんの言う通りやわ」
「僕こそごめんね。言い過ぎたばい」
今ここで二人で争っていても意味は無いのだ。とにかくこの事態を大人達に話さなければならない。そして、一刻も早く祟りに対処してもらうべきなのだ。
そう考えた俺達は、お互いの両親にあの山での出来事と今日見たことを話すと約束した。けれど、その日の帰り道は酷く憂鬱で、まるで沼地に足を取られているかのように重い足取りだった。
◇
──気づけば季節はすっかりと秋口になり、うちの畑では大根の種まきが始まっていた。
そんないつも通りの日常の中。あれからタッちゃんがどうなったのか、俺の気がかりはそればかりだった。
秘密を打ち明けた日には、随分とこっ酷く叱られた。それでも、抱えていた重荷から解放されたせいか、俺の心は幾分か軽くなったように感じた。けれど、その隙間はすぐに新たな問題が埋めることとなった。
秘密を打ち明けた俺に対して、タッちゃんとは二度と関わるなと両親は告げたのだ。
祟りから解放されればきっと元の関係に戻れる。そう信じていた俺は、両親から告げられたその言葉に大きなショックを受けた。
そして何より、そんな両親に逆らうことのできない自分自身に失望した。
「タッちゃん、どげんしよるかな……」
独りごちると、夕焼け色に染まった空を見上げる。そこに広がっていたのは穏やかな琥珀色で、まるで心の中にくすぶっているドロドロとした感情が炙り出されてゆくようだった。
情けないことに、俺はあの日見たタッちゃんの姿が未だに恐ろしかった。だからこそ、両親に止められているという口実を盾に、あれ以来タッちゃんの家にすら近づいていなかった。
そんな自分の弱さを呪いながらトボトボと歩いていると、突然の衝撃に吹き飛ばされた俺は尻餅を着いた。
「……っ、痛ったぁ」
擦りむいた掌の痛さに顔を歪めると、体当たりしてきた本人であろう人物にそっと視線を移す。するとそこにいたのは、先ほどまでその安否を心配していたタッちゃんだった。
「タッ、ちゃん……?」
久しぶりに見るタッちゃんは随分と痩せこけ、なんだか薄汚れている。そんなことを思いながら手元を見てみると、そこにはあの日見た時と同じ締め殺された鶏が握られている。
それを認識した途端、あの日の恐怖を思い出してカタカタと震え始めた身体。
「……敏雄」
「ひ……ッ!」
タッちゃんの動きに驚いた俺は、咄嗟に片手で顔を覆うとズリズリと後ずさった。そんな俺を見て、伸ばしかけた右手を引っ込めたタッちゃん。
恐る恐るその様子を窺ってみると、タッちゃんの身体には所々に擦り傷や打撲痕がある。察するに、これは昨日今日できたばかりの傷ではないようだ。
目の前の光景を眺めながら、俺は混乱する頭の中で必死に思考を巡らせた。
(なんで……タッちゃんは泣きよるんや──?)
ズレた鬼の面の隙間から見えたタッちゃんは、悔しさと悲痛に満ちた表情を浮かべながら涙を流している。
「……タッちゃん?」
心許なくそう発したその声は、随分と弱々しく情けないものだった。
「──また鬼子が悪さしよった! 早う捕まえるぞ!」
「あっちに行ったぞ!」
村人達の怒号が響く中、ズレた鬼の面を被り直したタッちゃんは一気にその場を駆け抜けた。
「……っ。待って、タッちゃん!」
必死の声も虚しく、あっという間に走り去ってしまったタッちゃん。
何がなんだか状況の分からないまま、ただ静かにドクドクと鼓動を早める心音。今まで自分が信じて疑いもしなかったものに、その根拠のなさを感じてひんやりとした汗が流れ出る。
俺はカタカタと小さく震え始めた足でふらりと立ち上がると、何度も※躓きそうになりながらもタッちゃんの家へと急いだ。
そこに見えてきたのは、村人たちに囲まれて暴行を受けているタッちゃんの両親の姿。今年の春頃から病で臥せっていたタッちゃんのお父さんは、今にも折れてしまいそうなほどに痩せこけている。
「……っ、許してくんさい。ちいと食べ物が欲しかっただけなんや」
「何度目や、こん穀潰しがっ! 満足に働けんくせに食べ物ばよこせやなんて、なんて図々しかばい!」
「鬼子ん親も鬼に違いなか! 殺せ!」
「「「殺せ!」」」
村長の言葉を合図に、「殺せ! 殺せ!」と大合唱する村人達。まるで地獄のようなその光景に、俺はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
先ほど見たタッちゃんの傷跡を思い返しながら、ガタガタと震え始める全身。
鬼の面を被り始めてからおかしくなったタッちゃん。今にして思えば、それ以前から時折悲しそうな表情をしていたような気がする。よくよく考えてみれば、それはタッちゃんのお父さんが倒れてからのことだった。
何故、そんなことにすら気づいてあげられなかったのか──。頬を伝う涙を拭うと、俺は震える口元から小さな声を漏らした。
「……っ、俺はなんて馬鹿なんや」
この村の田畑や家畜は、全て村の財産として村長が管理している。そうやって昔から支え合って生きてきたのだ。きっと、鬼という異物を排除しながら。
兄から聞いた鬼の伝承を思い返しながら、止めどなく溢れ続ける涙。
タッちゃん達家族は、もしかしたら村八分による差別にずっと苦しんでいたのではないだろうか──?
(やとしたら俺は……)
村人達によって撲殺されてゆくタッちゃんの両親を眺めながら、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を歪める。
「……鬼はお前らの方や」
そう小さく呟いたその声は、誰にも聞かれることなく村人たちの怒号によってかき消された。
────────
────
「「「鬼子を殺せ! 村長殺しの厄災や!」」」
この日は、すっかりと陽が落ち切った夜深い時刻になっても、月明かりの下では村人たちの怒号が鳴り響いていた。
松明片手に必死になって森の中を探し回る村人達。その横をすり抜けるようにして森の中を進むと、俺はタッちゃんの行方を必死になって探した。
両親を殺された仇に、村長を殺害してしまったらしいタッちゃん。そんなタッちゃんの心情を思うと、堪え切れない涙にグッと唇を噛み締める。
こんなにも愚かで弱い俺では、タッちゃんの為にできる事など何もないのかもしれない。そうは思っても、それでもどうしてもタッちゃんに一言謝りたかった。
「タッちゃん……どこにおるん」
突然の突風に瞼を閉じると、再び開いた先に見えたのは探し求めていたタッちゃんの姿だった。
「……タッちゃん!」
そう叫べば、ゆっくりとこちらを振り返ったタッちゃん。その顔は鬼の面で覆われ、タッちゃんが今何を考え、どんな表情でいるのかは全く分からない。
「っ、……ごめん! ごめんね、タッちゃん!」
涙でぐちゃぐちゃになった顔でそう叫べば、ただ静かにその場からこちらを見つめ返すタッちゃん。俺にできる唯一のことは、この場から立ち去るタッちゃんを静かに見送ることだけ。
クルリと背を向けて森の中に消えてゆくタッちゃんを見つめながら、心優しい少年に向けて何度も謝罪する。
月夜に照らされて浮かび上がったあの姿を、俺はこの先も一生忘れる事はないだろう。
返り血を浴びて、まるで血の涙を流しているかのように見えた鬼の面。
それはきっと、お面の裏で一人ずっと泣いていたタッちゃんのように──。
その日を最後に、俺がタッちゃんに会うことは二度となかった。
─完─
春うらら
私の知る春は
うららうらら麗らかな灰色
雨の匂いがする
ぱらりぱらり湿った土香
濡れそぼる花びら
しとりしとり滴る花露
俯く目に映るのは
ぽとりぽとり枯れ落つ薮椿
頭上で啼く烏
宵闇迫る空
消えた笑い声
霞み歪む景色
それが私の知る
絶望と希望入り混じる
うららうらら
麗らかな春
[つ]つまんないや
なりふり構わずに人を傷つけ、愛し怒らせて
一方的に振りかざした刃がまたあなたの頸動脈に刺さっていく
息も絶え絶えのあなたの声が聴こえない
締めつけられた喉が糾弾する言葉を許さない
暇に腐って 惰眠を貪って 悦楽に微睡んだ
死んで濁った目のカルマ
なぁ 脈が上手く動かせないんだ
つまんないや つまんないや
生きようが死んでようが結局一緒じゃないか
つまんないや つまんないや
鼓動は徐々に萎んでいく
付き合いきれないね 同じだよきっと
過ったことに笑われて、正しさなんか見出せなくなって
誰よりも正しくあろうとした私はいったい何なんですか
恥ずべき日々に蓋をして身を潜めて生きる正午
教えに囚われていく毎日だ 教えに呪われていく毎日だ
勧められある程度楽しかった映画も漫画も音楽も
だんだんと嫌いになっていく
きらびやかなものがドロドロに溶けた鉄のようだ
つまんないや つまんないや
平和も戦争も溶けて煮詰められた坩堝
つまんないや つまんないや
安らぎさえ退屈の延長線
「つまんないか? そうだよな」
灰になって 骨になって 動けないのに
死にたくはないんだよ 誰も彼も
誰よりも愛されたいなんて喚き散らす自己愛者
つまんないや つまんないや
融通もやり直しも利かない世界だ
つまんないや つまんないや
人知れず朽ちていくこの身体が
今 誰かのためにと無理やりいかせようとする
それは愛や呪いじゃなく、自然的なことさ
色の気配の二篇
https://i.postimg.cc/mrSjZbKM/IMG-2012.jpg
雨音は色を変えて
雨粒は
カーテン越しに
夜半の符号を 未だ打っている
その拍子に合わせ
わたしの手が
部屋の冷気と
布の囁きを 探る
春の冷たさを
すこしだけ避けながら
すこしだけ受け入れる
レースの 向こうに
フリルの 内側に
そんな色を 想う。
―――
新しい色は風とともに
部屋の湿度は 色を変える
カーテンは 空の影を映す
窓の隙間から 風を受け取る
フリルの内側の 音が変わる
湿度の記憶は
肌を覆う ドレープの光沢
春の風を
すこしだけ受け入れて
すこしだけ溢れさす
部屋に溢れた風は
わたしの色を
外へと 連れ出した。
いいあらわせないけど
自死をした娘さんの携帯料金を
ずっと払い続けている
と綴れたブログを見かけた
誰に何と言われようが
そのお金は必要経費で
娘そのままなんです。
このような言葉に
しばられたみたいに
こころがびたり
ここ数日
かたまってうごけない
わかる気がします
などとたやすくことばは
かけられず
けれどなにをするときも
ふいにそのひとの言葉を
何度も何度もおもいだした
昨日の夜読んだ漫画の主人公の
言葉が
そんなわたしをひょいっと
すくいあげた
何年ぶりかにゆっくりじっくり
漫画を読んだ
「わたしがあなたの記憶も全部
未来に連れて行くよ」
こんな風に言っていて
この主人公のエルフ族は
寿命がとてつもなくながく
周りのは人間は「通り過ぎていくよう」に
「人生」を終えてしまう
いいあらわせない
なにをなにがいいたいのか
わからない つたわりきらないばかり
だから
だけど
だからこそ
やっぱりいいあらわせない
や
ただただ あの主人公の笑顔が言葉が
眩しくって
生きているって
わたしも料金をはらいつづけてしまうかもしれません
そうおもうのです
願い
嫌でなければ
明日の朝 私が目覚めた時に
愛していると言って貰えますか
その言葉で私は
書きたい事を日記に書きながら
自分がなりたい自分になれるように
生きてゆこうと思います
嫌でなければ
明日の朝 貴方が目覚め時に
愛していると言っても良いですか
嘆きの天使
最最最底辺に生きる私には
輝ける未来なんかない
いつでもどこでも空気が読めず
周りからドン引きされる運命になっている
一番嫌いな奴はオノレ自身
こんな人間失格に誰がした
屈辱感に耐えきれずバックレた
世間様の正義が私を木っ端微塵にする
オ前ハ社会ノ穀ツブシ
オ前ハ社会ノ穀ツブシ
高い壁を乗り越えてもさらにもっと高い壁
死ぬまでこれの繰り返し
運の悪い奴は何をやっても
ドツボにハマるようにできている
同情買う奴オレオレ詐欺師
この世は弱肉強食の生き地獄
私のような●●●●●は
一丁前にハッピーになる資格はない
オ前ハ地球ノ落チコボレ
オ前ハ地球ノ落チコボレ
人生に期待する奴は大馬鹿野郎
生きていられるだけで御の字と思え
ラブとかピースとかありえない
夢みたいなこと考えてるから病気になる
オ前ノ一生燃エルゴミ
オ前ノ一生燃エルゴミ
NO NO NO
NO NO NO
NO NO NO
NO NO NO
黒い傘とテッポウユリ
祖母は学生の頃、カラフルな色の傘を買ってもらえず、黒い傘をさして学校に行っていた。それをクラスメイトにからかわれて、恥ずかしい思いをしたそうだ。
母方の祖母の家は貧しく、古い木造の借家だった。風のある日はいつも玄関のガラス戸が軋む音がしていた。
祖母は花が大好きで、自分の好きな花を植えた庭をとても大事にしていた。庭で蟻を見たり、花にお水をあげたり、その庭で沢山の時間を祖母と一緒に過ごした。
父が迎えに来た時、車窓から白い割烹着を着た祖母の寂しそうな顔が見えた。離れるのが辛くて、こっそり泣いたことを祖母は知らない。
初夏になると、その庭には白いテッポウユリが咲いた。祖母が蕾が少し開いたものを選んで、新聞紙に包んで、学校に持たせてくれた。教卓の上の花瓶に生けられたユリは、とても誇らしく見えた。
何年かぶりに会った祖母は、棺の中で花に埋もれていた。薄紫色のトルコキキョウ、淡いピンクのガーベラ、真っ白な胡蝶蘭、黒い傘しかさせなかった少女は、カラフルな色をまとい天国へ旅立った。
私が顔を見せないことを、祖母がこぼしていたと母から聞いて、足が遠のいてしまったことを、棺の中の祖母に詫びた。私は大事な人程、背中を向けられるのが怖いのだ。
テッポウユリが咲いたあの庭で、祖母は私のことを思い出していたのだろうか。あの花の庭に祖母はいない。
今年もユリの季節が来た。傘をさして歩いていると、甘いユリの香りがして足を止めた。庭先で白い割烹着を着て、花の手入れをしている祖母の姿がそこにあった。
LESSON 1
なんだか妙に 心がザワザワ落ち着かず
目覚めてしまった午前1時
喉が渇いて 乾涸びそうな妄想にまたかられ
フラフラする足取りで冷蔵庫へ
ペットボトルのウーロン茶 グラスにも注ぎもせず
息も切らせずグビグビがぶがぶ
イッキに飲み干す
体調がずっとよくない
もう2年以上もずっと
あの人から離れることが出来れば
一切の関わりを断ち切れたら
いまよりきっとよくなるはず
……そう思っていたんだけどな
そんなカンタンなことでもなかったみたい
よくさ 子どもの頃にひどい目に遭ったとしても
大人になれば なんとかして苦悩から乗り越えて
強く生きていけると どうにでも生きていけると
そう思い込んでいるひとがいるけれども
それは大きな間違い
だってひどい目に遭ったって気づくのは大人になってからだから
子どもの頃に感じた なんだかよくわからない違和感
同じひとつ屋根の下に住んでいるのに
あっち側 と こっち側
ベルリンの壁よりももっと分厚くて高い壁が存在しているみたいで
なにかと云えば すぐにモノをぶん投げ破壊しまくる父親
ただ単に気に食わないという理由だけで
殴る蹴る髪の毛掴んで振り回す
いつも不機嫌そうで具合が悪そうな母親
口を開けば 出ていく出ていく
顏が違うだの 嬉しそうにしやがってだの
生意気だ 目つきが悪い うちの家系にそういうのはいない
夕食に家族全員が揃ったためしなどなく
母親はいつも ごはんの支度だけしたら
ひとり どこかへいなくなっていて
寝る時間まで帰ってくることはない
この家はなにかがおかしい とは思いながら
なにがおかしいのかっていうのがわからない
そういうの気づくの 大人になってからだから
大人の方がむしろ生き苦しいしツライししんどい
泣き言だって弱音だって本当は吐きたい
でももう大人だから 大人なんだからって
だから仕方なしに 平気なふりを装って生きてるだけ
終わった出来事 遠い過去の出来事
いつまでも縛られてるなんておかしい?
そうね おかしいかもしれない
けれど
記憶の再生ボタンは勝手に何度も何度も押されては巻き戻し
巻き戻されては押されを繰り返す
そしてこうささやきかける
「逃げられると思うなよ」
こんなあたしにだって 忘れたくない出来事くらいある
はじめて中島みゆきの夜会を観に行った日のこと
あまりに感動して 帰りの電車でもずっと号泣してた
はじめてみゆきのコンサートに行った日のこと
何十年ぶりかで歌うという「世情」を生で聴けたこと
はじめてエレカシのライブに行ったこと
背伸びしないとなかなか見えなかったけど
それでもエレカシはミヤジは めっちゃカッコよかった
何度目かのライブでは ミヤジが歌唱中に感極まって泣いちゃって
なんだかこっちまでギュってなったこと
悪いコトばかりでもなかった
いいコトだって
笑えたコトだってあったはずなのに
思い出し方をうまく思い出せない
忘れてしまったからなのか
教わってこなかったからなのか
だったら
だったらさ
LESSON 1
からはじめましょう
ツライ過去 思い出してしまったっていいんです
心に深く深く刻みこまれてしまったのだもの
そう易々と消えるものではないのだから
それで自分を必要以上にいじめるのは
もうやめにしましょう
自分をいじめてしまいそうになったら
そのいじめてるやつをノートに書き出して
白日の下に晒してしまいましょう
眠れないときは 無理して眠ろうとしないで
好きな音楽を聴いたり 本を読んだり
夜空を見上げたりするといい
温かいミルクとかココアなんか
ゆっくりゆっくり飲みながら
古い映画を観るのもいいかも
少し疲れてきましたね
甘いものでも食べて
ひと休み ひと休み
そしてね ひとしきり書き終えたら
ここ一番重要 試験に出すレベルで重要
今日出来たこと3つ
最後に必ず書き記す
なんだっていいの
こじつけだってかまやしない
とにかく 今日いちにち
自分がんばった
よしよし いい子いい子
えらいえらいって
なんにも出来なくっても
それでも なんにも出来ないことを
がんばりましたって
目いっぱい 思いっきり
褒めちぎって讃えてあげて
LESSON 1
あなたは悪くない
生まれてきたことに正解も不正解もない
あなたは間違っちゃいない
疲れたら休んだっていい
倒れそうになったら
どこかに寄りかかったっていい
そしてまた一歩 また一歩
先に踏み出せたならそれで
それこそが 生きる道しるべ
サーチライト
LESSON 1
さぁ 練習しましょう
もうじき
夜が明けます
グラデーションモーニング
白という色すら
何百種類もあるらしい
ニンゲンにも
コトバにも
キモチにも
沢山沢山タクサンたくさん
つかれちゃうから
もっと シンプルに
まとめたら いいのに
かなしいはかなしい
うれしいはうれしい
くやしいはくやしい
だいすきはだいすき
おはようはおはよう
ひねくれてないきもちだけを
つれていきたくてわたしたくて
カーテンをあける
空すら見事に絶妙なグラデーション
むらさきもしろもあおもおれんじもピンクもくろも
ふくんでまざりあってとけきりはせずの
朝がいて
図書館
夢をずっと見ていたんだ
永久の中に沈んでいく
図書館の夢を
図書館は一つの宇宙だった
26文字といくつかの記号
宇宙を表現するには
たったそれだけで十分だと
そう言わんばかりに
図書館は存在していた
夜の果てのさなかで
図書館は星であった
図書館の中に
降り注ぐは
万物不滅の雨
無色透明の水銀灯
照らすのは
存在した
あるいは存在しなかった
書物の表紙たち
君がいつか
僕の書いた
あるいは書かなかった
詩集を手に取りますように
も、く、げ、き
ワレワレハチキュウジンダ
ミテルダケ セカイヲ
はるのはじまり
少しくすぐったい
春みたいな温度
はじまりの前
右隣で微笑むあなた
ふと手が触れて
心が動く予感は
静かに体温を上げて
小さないろ達
花のいろ 新芽のいろ
あさひにうつるそのいろは
まだゆるりとゆれてゆれて
むねのなかの 小さな月は
肌にうつるそのいろいろの
波紋となって浮かびあがる
わたしをつつむ いろ達に
染まるわたしの小さな月は
夜の優しさ 抱えたままに
https://i.postimg.cc/6qD2P3td/20260328-100456.jpg
HEY HO
HEY HO 夕焼け、満月、風切る私
犬が鳴くのと同じように、歌を歌う
HEY HO 朝露、宿木、愛の雨
鳥が囀るのと同じように、歌を歌う
HEY HO 秋風、春風、弛まぬ流れ
川が流れるのと同じように、歌を歌う
HEY HO 自信満々、天狗鼻
山が聳えるのと同じように、歌を歌う
HEY HO 怒り爆発、快楽絶頂!
雷が鳴るのと同じように、歌を歌う
By Myself
躰中のやりきれなさを振り起こして
もう 誰もあたしを止められない
誰もあたしを縛りつけられない
あたしは あなたじゃない
他の誰でもない
あたし自身に変わってく
理性で抑し殺して生きるのはとっても窮屈だわ
聞き分けのいいやさしい女になんて
悪いけどあたし なれそうにないの
誰かのために自分を犠牲にするなんて
そんな生き方はもうやめにしたのよ
ただこれからもずっと
好きな服を着て生きていたいだけ
サイズの合わない靴を履いて歩くのは
とてもとても歩きづらいったらないからね
あんたが選んでくれたあの靴じゃもう だから
同級生だからって 友だちなんかじゃなかった
彼女たちはただ あたしを笑うだけだったわ
先生たちにも嫌われてたの
学校はいつも あたしに冷たかったのよ
でも 別に気にしちゃいなかったわ
何をするにも トイレに行くさえゾロゾロと
連れだって行動している彼女たちが
なんだか あたしには奇妙なモノのように思えて
ガヤガヤ騒がしい休み時間
あたしはひとり教室の片隅で耳にイヤホンをつっこんでは
太宰や寺山や坂口安吾なんかを
ひたすら読みふけっていたわ
孤独だからって 淋しいっていうのとは理由が違うのよ
淋しいのは あなたをとても遠くに感じてしまうことよ
たとえばその瞳の中に その態度の中に
ここから先はSTAFF ONLY 立入禁止のテープ
あたしの思ってることが あなたに伝わらない
あなたの傷みが あたしにはわからない
そういうのって泣きたくなるわ
あなたはそれを知らなすぎよ
幸福な人ね
あたしそういうの
うらやましい
躰中のやりきれなさを振り起こして
もう 誰もあたしを止められない
誰もあたしを縛りつけられない
あたしは あなたじゃない
他の誰でもない
あたし自身に変わってく
あたし自身に
変わってく
Germany
私はケストナーであったし
あるいはマンでありたいと祈った
わがままは言わないからヘッセとして生きたかった
なぜ心の迸るままに生きることを許してくれなかったのだろう
『巨大な憎悪が私を生かしている。フランスが滅びるのを見るのが確実なら、私は千年でも生きるだろう』
塹壕の中で鉄十字が煌いたとき
ゲマインシャフトは高貴さであった
響き渡る塹壕の砲声と大地を覆う黄色い煙は
人間精神のその一大的交響曲の
完成ゆえの神聖さだけを意味した
卑俗さも卑劣さもそこにはなかった
だから塹壕戦は僕にとっての神様だった
トリコロールを燃やすこと
それは全人類の望んだこと
ありとあらゆるトリコロールを踏みつけるんだ!
君が君という人間性を守るために戦うんだ!
共和主義者どもを地の果てまで追い詰め、ギロチンにかけるんだ!
火にくべていくんだ! そして八月の砲声をもう一度だ!
それだけが人間を救う方法で
それしか高貴さを復元する方法もない
だから僕はヨーロッパ精神とそのクライマックスたる塹壕戦を愛していました
だのに
どうして僕のドイツへの欲求はいつも憎まれたんだろう
どうして誰も僕の高貴さに赦しをくれなかったのだろうか
楽園に行く。
こんにちは。鬱病女です。なんと鬱病な私が!旅行に行きました。母に同伴してもらい、飛行機も列車も乗れました。母がいなかったらきっと行けなかったでしょう。母、本当にありがとうございます……。感謝…………
旅行はとても楽しかったです。今回は母協力の元、連れて行ってもらうことに成功しました。
特急列車に乗っている時のワクワクは、子供の頃のきらめきを連想させるようなものでした。特急列車で歩くたび揺れが私を包み込みました。ホテルは狭いけれど、知らない場所で眠ることは私に非日常な感覚を届けてくれました。
私は毎日布団の中に引きこもり泣いています。ですが、旅行中はなんだかそんな私が嘘みたいでした。すっぴんにワンピースでスキップをして、カンカン帽を被って見たり、新しくピアスを買ってつけてみたり、募金をしてみたり、猫を追いかけてみたり、神社で参拝をしてみたり……。時間は嘘つきのように過ぎていきました。見知らぬ果ての古き土地はなんだか全てのものが煌めいてみえました。
私は東京に帰って、自分の部屋に荷物を置き布団に潜り込むでしょう。そのときの私が泣いているかは、分かりません。自傷行為をしているかもしれません。でも私は私に忘れないでと言いたいです。あなたは旅行をして、見ず知らずの土地で楽しみ、生きることに希望を見出したのだと。あなたは少しでも、あなたは楽園で生きたひとなのです。
フラグ・メンツ(現代詩手帖 落選につき皆様による批判を受け付けています)
約束を違えた襟の ボタンひとつを
なおす術さえ 教わらなかった子ども ら
各々の部屋に埋葬されている、だと。
私はそれが許せなくて、ドアを叩いた
ぶよぶよに腫れ上がった 手旗信号 届くか
拳骨が見えて 内側はあばかれる
諦めているのはわたしなのに
この生き物ときたら痛覚さえないとは
外縁で折り合いをつけなくては
内側から食い破られてしまう
侵入者を 腿を 腕を 抓っていたのは
私の手ではなかったのか と
少しは疑え。語りの主体は誰
きみという 可変のシェルに籠る
居留守がばれ続けている
不在と書いた 白旗を立てた この領地を
所有したくない と思った、感情の数だけ身体を割いた という口上を自己防衛に使った それは三人称でも転用可能か検索した
とメモした 紙片は虚しく空調にはむかった
フラグメンテーション
齧ったトーストのかけらで
構成されたような具合の身体性
ばらついたまま あさましい欲望を余すもの
ナイフにこびりつく
バターが不快で 漆喰を塗る音が不快で
飛び出してしまいたい。
うちなる他人のものとして
切り離して責任を逃れたのはだれ?
あと何度かはこの問いを再起していい筈だ
芯を食いにいけばいい 芯を立てればいい
そして常に すり替えればいい
喉元で正せ 襟とただせ
編集時の差異こそ本懐ともてなせ
口がふえたごとに 噤まれるとされど
スレッド数など比例しない
すっぱい葡萄の 枝まで食えばいい
実感を握って 痛覚を得よ わたしの氷を わたしの陣地に 取りに行かないと
手も足も増えるんだ そらみたことか
盛大な離反 しかし コアなどあると思ったか
断片たちから名前を選べ
断片化された名前を選べ
あるいは 選ぶな
𝚂𝙷𝙸𝙽𝙸𝙶𝙸𝚆𝙰 𝙻𝙰𝚂𝚃 𝙱
2026/03/08
冬の透明
白い息が
頬を舞う
ふと夜空を見上げたら
月と星たちがきらめいていた
無垢なひかりに照らされて
私の心も
すこしずつ
洗われていく
透き通っていく