投稿作品一覧
うどん
たそがれの食卓にあるうどんが赦せない
うどんをのみこむことだけが昨今のわたしの労働だというのに
あたたかなうどんに遅れたおろかな自分が赦せない
さきほどまで夕陽が頸を切っていた
わたしの生涯は すでにこの うどん のように のびて しまった
にょろにょろのぬるい素うどんをすするわたしの頬をゆるい湯気がなぜてゆく
それは夢のなかの肌ざわりのようだ
うどんに罪はあらねども それはじゅうじゅうわかっているのだが
無抵抗のまま咀嚼され わたしの胃の腑におちてゆく
うどんが憎い
憎くてたまらぬのだ 今日は
うどんレッスン
強いられて今日もうどんに向かう
拒む術なく望むところでなく
首の廻わらぬわたしのうどんレッスン
サヌキでもイナニワでもなく
三玉百円のうどんパラダイス
春夏秋冬一日三食自業自得の一年中
米に見放された男が毎日おめおめと
(ふざけんな!)
トウフの角に頭ぶつけてうどんパーティー
ロンドンへも香港へもハワイへも行けず
新聞読めず、誰が死んだかも知らず
二進も三進も行かない男のうどんレッスン
云うだけの男が毎食素うどん啜る
奥さん!わたしはうどん男
奥さんの肌より白いうどんをぐつらぐつら
煮込み煮込んで忍耐のうどんレッスン
炎天の道路をピンポン、蚤のごとくに跳ねつづけ
枯葉の噂に猫とひそかに頬被りして逃げつづけ
降りしきる雪を湯気に受けながら
散りしきるサクラを鍋に浮かべながら
啜りつづけても終わらぬ男のうどんレッスン
雲のようにうどんが頭に浮かんで離れない
来る日もわたしはうどんに試される
沸騰したお湯に蠢くうどんと愚鈍な男をぶちこみ
昆布スープと想い出加えてぐつらぐつら
お好みまで煮込んで一丁あがり
奥さん!地獄うどんはいかがです?
いざ、心ゆくまで地獄谷のうどん天国
一味唐辛子を赤い雪のように降り降らせ
真っ赤に染まった素うどん啜り咳き込んで
汗と涙を流して呑み込めば
曲がりくねった無用の労働と、踏み迷った道路が問題なのか
潔く人間やめてうどんになれと云うのか
うどんを毎日食いながら
うどんの真意を理解できないわたしに
毎日支払いの疫病が浸蝕して来る
毎日破産の津波が押し寄せて来る
魯鈍な男のうどんレッスン
寝不足の充血した眼で今朝もまた
うどんと対峙する試練が今のわたしの労働なのだ
今日も今日とて有無を、倦むを云わさず
屋根の上、黒い鳥たちが待機するアバラ屋で
沸騰する忍辱のうどんを啜る
妻はまだ押入の中
正午過ぎまで夢から出て来はしない
これには根強いいわれがあるのであるが
今は勤しめ
うどんレッスン!
春
春風が吹く
みどりがばさばさと揺れる
暖かい空気が
中身をいっぱいに満たす
わたしは、春の入れ物だ
春は神様だ
この世界にいるみんなが
春が来ると顔を出す
みんな春が来るのを
待っていたみたいに
春は救いだ
寒くて暗い、狭くて白い
静かな箱庭のような冬から
春は手を差し伸べている
それをみんな、掴んでいる
だから、春は怖い
優しく、暖かい手を差し伸べて
いつも命を見ている
目がちかちかする程の
中間色を抱えて
でも、春はあるだけ
そこにいて、世界を見ている
冬から逃げたみんなを
よく来たねと抱きしめて
優しく微笑んでいる
春 はる ハル
春は来る
三つの国を渡り歩いて
春は巡る
優しい笑顔を向けて
春は歩く
もう夏の匂いだ
さようなら、春
雨情
枕を並べてなお
『好き』とはいえず
雨音だけが聞こえる
街を発つ
メトロの出口を見上げると
いつも小さな空があり
始まる今日を待っていた
最後の日
小さな雲の白さに映えて
澄んだ青色が笑っていた
この街に
私が刻んだものは僅かでも
この街が
私に刻んだものは大きくて
持ちきれない想いを詰めて
今はただその跡を深く吸う
これからに足元がすくんだ時
心が思い出すように
好きな私を思い出すように
愛と名付ける
言葉にしてしまえば
愛している
結局はそれしかない
あなたというひとを
私がどれだけ憎み、妬ましく、哀れみ、許せないか
大切に、誠実に、守り、毛一筋も傷つけたくないか
あなたは知らないだろう
どれだけ求め、そして同じくらい突き放したい衝動
矛盾だらけのこの
こころで
愛していると
他に当てはまる言語が存在しないことが歯がゆく
結局
うつくしいものだけをかき集めたようなひとこと
「愛している」
そんなものではない
うつくしい想いと同等に醜さが確かにあるのだ
私の中の愛という愛全てを捧げてしまう悔しさ
それを唯ひとりに捧げられる途方もない歓喜
あなたはそんな私のこころを知らず
信頼しきった顔で無防備に隣で寝ている
そのすこやかな寝息を永遠に壊したくないのに
次の瞬間にはもう
首に両手を這わせ締め上げたくなる
儚く、したたかなこのこころは何だ
誰か名付けてほしい
愛している
確かに愛してはいるのだ
だがそこに潜む醜さを包含した時
それでもやはり
ひとは
それもまた愛だというのだろうか
最近効かなくなりつある睡眠薬を飲み干し
あなたのまぶたに唇でそっと触れる
知らなくていい
あなたは私が差し出した半分のこころだけを信じて
残りの半分は知らなくていい
脅かしたくない
喰い殺したい
どこまでも矛盾するこころで
愛している
あなたの耳元に聞こえない程のちいさな声で
私はつぶやいた
これが愛でなければ(私と猫の愛のこと)
わたしはここにいる
きみとここにいる
きみはここにいる
わたしとここにいる
わたしはいつか消える
きみもいつかは消える
永遠はわたしの中にある
永遠はきみの中にある
だからきみはいつか
わたしの永遠になり
そしてわたしはいつか
きみの永遠になる
これより愛と呼べるものが
この世界にあるだろうか
狐と踊れ
クリニックの待合室には
体重三十キロ台ぐらいの女性がいて
針金みたいに細い脚で
カクカク貧乏揺すりを続けていた
坊主頭の青年が
母親らしき人に付き添われ
大声でお経を唱えながら
診察室へ入っていった
おでこはニキビだらけ
手首は傷だらけ
せめて夢の中で
狐と踊れ
一人カラオケで
三時間歌ってから
もう一時間延長しようとしたら
待ってる客がいるからと追い出された
ゲーセンで一人プリクラ撮影会をやり
ダンスダンスレボリューションもやろうとしたが
同世代の男の子たちが集まってきたので
回れ右して帰った
おでこはニキビだらけ
手首は傷だらけ
せめて夢の中で
狐と踊れ
満員電車の中で
痴漢に遭った
助けを求めたかったが世の中そう都合よく
正義の味方なんていない
バスの中はバスの中で
いちゃついてるカップルがいて
八つ当たり気味に
後ろからシートを蹴った
おでこはニキビだらけ
手首は傷だらけ
せめて夢の中で
狐と踊れ
家にたどり着くと
びしょ濡れの制服を脱ぎ捨て
シャワーを浴び
ファイナルファンタジーを夜までやった
それから薬を飲み
鞄の底から百均で買った
ビニール紐を出し
部屋のドアノブに縛りつけた
おでこはニキビだらけ
手首は傷だらけ
せめて夢の中で
狐と踊れ
覆水盆に返らず
8月の中頃。気分が良かった私は贅沢をしてみようと思い立った。
お気に入りの青い花の模様が描かれたマグカップにティーポットでアールグレイをこぽこぽと注ぐ。
このマグカップはなぜか私を惹きつける。
何故だろう。
ベルガモットのいい香りが鼻を突き抜ける。
いつもはしないが、テーブルの上を綺麗に片付け、コースターを置きその上にマグカップを丁寧に置く。右手に小説。私はマグカップに口をつけ、またテーブルへと戻し、小説を読み始める。
どのくらい経っただろうか。
こんなにも充実した日は久しぶりだ。テーブルの上を片付け小説をしまう。
ベランダに出て愛用の表が木でできているジッポでマルボロのメガアイスに火をつける。ジッポの火打石が擦られた音が心地良い。
カプセルを砕くとスーっとメンソールの涼しさと、煙草の匂いが鼻腔をくすぐる。どこかの木でヒグラシがカナカナと1日の終わりを告げている。
足元にはきゅうりの馬となすの牛が置いてあった。何故だっけ。
夕焼けで空が真っ赤に燃えている。その光景に思わず涙が出てしまう。誰かと何度も一緒に見た気がする。
こんな日に世界が終わったらいいのに、なんて考えてしまう。思わず拝む。
あの赤い空から隕石が降ってきたりして。そんな不思議なこと都合よくあるわけないよなあ。
くふくふとわらって、煙草を揉み消した。
私は部屋に戻ると、急に焦燥感に襲われた。
変な妄想なんかして、笑ったりしてたのになあ。
その時、ガタガタンと音を立てて部屋が揺れた。急いでテレビをつけると、この辺りが震源の地震が発生したようだ。
―――ガシャン!!!
大きな音に驚いてテーブルの方に目をやる。マグカップが割れている。
お気に入りだったのにな。少し悲しくなって、割れてしまったマグカップの破片をそっと拾い上げる。
指先かは血が出ているのにも気づかずに。
「あれ」
確かに持ち上げた時は欠片で、マグカップは割れていた。だが、私の手の中にあるマグカップは割れているどころか、ヒビすら入っていない。
私は気味が悪くなって、そのマグカップをベランダの床に叩き落としてわざと割った。
破片が散らばる。変な幻覚でも見たんだろう、なんて呑気に思いながらも、不気味さからこのマグカップを早く手放してしまいたかった。
少しの興味もあったのかもしれない。散らばったマグカップの残骸の後片付けを始めようとした。
――だが。
マグカップはまた形を保ったまま、床に放られていた。先程まで無残な姿になっていたはずだ。この目で確認した。なのに、何故。
マグカップを拾い上げてみる。またもやヒビすら入っていない、新品同様のマグカップだ。
暑さにやられて可笑しな夢でも見てしまったのだ。
そう思うことにして、気味の悪いマグカップを私は戸棚の奥に隠すように仕舞い込んだ。
手放したい気も大いにあるが、何故か私の興味をそそる面白さを持っていたので、捨てずにとっておこうと思ったのだ。
このマグカップはもともとお気に入りのものだ。一瞬夢なのか、と思い頬をつねってみて痛かったのは忘れる。
8月の終盤。
そういえば、と思い出しあのマグカップを戸棚の奥から取り出してみる。傷ひとつない綺麗なままだ。
私は好奇心をそそられまた割ってみようか、なんて脳裏を横切った。
私は好奇心でマグカップを勢いよく、以前同様にベランダの床に叩きつけた。
――ガシャン!!!!
すごい音と共に、マグカップの欠片は四方八方へ飛んでいった。
じっとマグカップが再生するのを待ってみる。
――だが
10秒、1分、10分と待ってもマグカップは散々な状況のまま変わらない。
私は興醒めしマグカップの残骸を箒とちりとりで集め、新聞紙に包んでビニール袋に入れ、ゴミの日に出した。
私は久しぶりに写真を見返していた。
何故かずっと見返す気になれずに、新しい写真を撮る。
昔の写真は見る気になれなかった。
自分のお気に入りの一眼のカメラだ。
そこにはたくさんの思い出が詰まっている。
何故か、汗が出てくる。
カチカチとメモリーを覗く。その中に2年前に亡くなった妹の写真を見つけた。
私はとんでもないことをしてしまったと、瞬時に思った。
その写真には手にあのマグカップを持つ妹が写っていた。
『このマグカップお姉ちゃんにあげる』
私が散々に割ってしまったマグカップだった。
『お姉ちゃん青、好きでしょう』
中古で、青い模様の入ったマグカップを探していた時に妹が使っていたマグカップをくれたのだった。
それがあのマグカップだった。どうして忘れていたのか。
妹が死んだ日から妹との思い出には蓋をしてしまった。
だから妹の命日も、誕生日も、思い出せなくなっていた。
今、全てを思い出した。
あのマグカップが割れたはずなのに割れていなかった不思議な出来事が起こったのは、8月の中盤、盆だった。妹は家に帰ってきていたのだ。
地震の揺れで落ちて割れてしまった私達の思い出のマグカップを妹は直してくれた。私に全てを思い出してもらおうとしていたのか、それはわからないが。
私はその後若干の興味とみ気味の悪い思いで、マグカップをわざと割った。そのマグカップは綺麗に元通りに直った。もしもこれが妹のしたことのならば、妹はどんな気持ちでマグカップを直したのだろう。
もう盆は終わってしまった。妹はもう還ってしまった。マグカップはもう二度と元には戻らない。
何故?
私は記憶の蓋が開いたと同時に罪悪感に苛まれることになった。
足下にはもう、なすの置物はなかった。
耳鳴りに襲われる。
『余白』
渡したい想いは、幾らもあるのに
当て嵌まる言葉は、幾つもなくて
あらわす言葉を探しては
「何かが足りない」と解けていく
それはきっと
「独り善がり」だと知っているから
渡したところで
貴方にとっては、幾らか場所を取るだけで
特別何かと成るモノではないのでしょう?
知っているから、探す言葉も曖昧で
填まる言葉は、象に成らず熔けていく
それでも
そうだと解っているからこそ
何処か朧気な貴方という人が
「確かに居る」と伝えたい
“私”にとって『とても愛しい貴方』が
『此処に確かに居るのだ』と
そう伝えたいと
願い祈ることを
貴方は許してくれるだろうか?
短編小説『明日のおやつ』(『いちごみるくのキャンディ』改題)
「母が亡くなりました。残っている猫たちについては……」
愚痴でその存在を聞くだけだった佐藤さんの息子さんからの着信。アスファルトに照り返されながら項垂れたわたしは、ひたひたと夏に溶け出し始めていた。
夏にはたくさん溶け出して、冬にはよく凍る。わたしは十八を超えたあたりからそういう体質に変化した。母もだいたい二十代にはそうだったと言うし、だいぶん前に亡くなった祖母も、四十をすぎた頃にはよく夏に溶けていたと母から聞いた。
もうほとんど意識がなくなりそうに暑い。最後の最後に自宅のドアの前で鞄のなかの鍵を見つけるのに戸惑って、苛つく。そして、やっと取り出した鍵が佐藤さんの家の合鍵だった時、わたしはもうどうしようもなかった。
自宅にいる三毛猫のなつみのために室温は24度になっていて、帰るなり、涼しい空気に迎えられる。
なつみは佐藤さんが助けた猫のうちの一匹で、わたしが依頼し、捕獲してもらった子だ。
なつみ、と呼ぶと、尻尾だけが動いて、でも返事はない。なつみはこういう子なので、反応はいつもこんなものだ。
夏用ひんやりカーペットに転がっていたなつみのふわふわした腹に手を入れ、抱き上げる。なつみは迷惑そうにしている。おやつははずんでよね、というむすっとした顔。
わたしはなつみの背に顔を埋めて深呼吸した。なつみの、人間のよりずっと速い鼓動を聞くと、少し気持ちが落ち着いた。
あのさ、なつみ、佐藤さんっているでしょ。
覚えてるよね、佐藤さんがさ、あの……。
いや、また話すわ。今日夜出かけるからね。お留守番しててね。
解放されたなつみは、わたしの様子を見上げたあと、大事そうに肉球を舐めた。
佐藤さんが亡くなった。
そう言葉にすると、それが現実になるようで怖い。いや、現実に佐藤さんはもう。でも、こんな急に、いなくなるって許されるのか?
わたしはこれまでに経験した他者の死を想いながら、クローゼットを漁り、黒のストッキングを買わないといけないと結論付けた。
ストッキングが伝線しないよう、足の爪を短く切っていると、着信があった。発信元を見て、要件を察する。
わたしはその電話に出ない。佐藤さんの猫ボランティア仲間からの着信は、留守番電話につながって、わたしは発信者の声が七割程度の精度で文字起こしされるのを息を詰めながら見ていた。
佐藤さんのこと残念です。
その文字だけが網膜に印字されたようにどぎつく見えた。
では後ほどお通夜で。
無意識に止めていた息をふぅーと吐き出しながら、わたしは携帯を裏返した。しばらくは誰の声も入れたくなかった。
亡くなった佐藤綾子さん家の猫は、歳をとっている子が多くなってきていた。佐藤さんが見送るはずだった猫たち。
シニア猫や病気で介助が必要な猫、次々とさまざまな猫の顔が浮かぶ。佐藤さんが個人で猫の避妊去勢をした上で必要があり、保護をした猫たちは、佐藤さんがあと五年余り生きれば、全てを見送れるはずだった。ただ、佐藤さんは昨晩亡くなってしまったらしい、コロリと。
コロリと死んだことを佐藤さん自身はどう感じているだろう。無念だろうか、一抜け! だろうか、わからない。佐藤さんはどう思っているだろう。
今頃、彼女が見送ってきた、たくさんの猫に囲まれて、あちらでしあわせにやっているのだろうか。もうなにもかも平気になってしまったのだろうか。置いていかれた人間にはわからないことばかりだ。
わたしが、夏の暑さに溶けてしまった下半身を掬い集めている間に、死んでしまった佐藤さん。一昨日、猫の世話であったばかりだ。下半身が溶け出すと、トイレに行けなくて困るから、昨日は佐藤さんの家に手伝いに行けないと連絡をしたばかり。
ok、体に気をつけて! と返信が来たのに、それっきり死んでしまうなんて聞いていない。
わたし、あなたの相棒なんじゃなかったでしたっけ。相棒の体が溶けてる時に、死んじゃわないでくださいよ。
それに、もし佐藤さんが死んでしまうなら、もっと話したいことがあった。
佐藤さん家にいる猫のこと、ボランティア仲間の誰がどの子を引き取るか。これからわたしはどうすればいいのか。いい大人なのに、つい何もかもを決めてもらいたくなる。
いや、そんなことは本当は、どうでもいい。わたしが佐藤さんと話したかったのは、そうだな、たとえば一昨日の帰りに、「飴食べて!」と、くれたいちごミルクのキャンディ、あれ、わたし食べられないんですよ、ほんとは。
ただ、佐藤さんがずいっとわたしに押しやってきたから受け取っただけで。わたしこれをたべるとそわそわするから。おばあちゃんを思い出して、という話。
1997.夏
わたしが子どもの時、あれは5歳のとき。祖母はいつも黒飴といちごミルクのキャンディをテーブルの上の折り紙でできた箱に入れておいていた。折り紙の色は季節や月によって色を変えてあって、そういうことを大事にする人だったんだなあと、三十になって、やっと祖母の輪郭の一部を掴んだ感がある。
わたしは一度、いちごミルクを喉に詰まらせて、母にそれを吐かされたことをまだ覚えている。ゲポッという音を立てていちごミルクが喉から出た後、昼に祖母や母と食べたゴーヤチャンプルーや白米もわたしは吐き出した。吐瀉物の海に混じったいちごミルクのキャンディがきらきらぬめらかに光っていた。その光景が奇妙に目に焼き付いている。
母がわたしを寝かせた後、祖母に懇々と話しているのが、襖越しに聞こえた。
「ああいうのあげないでって言ってるでしょう。メイコに不自然なものはあげたくないの。それに喉に詰まらせてるのに、母さんオロオロするだけだったじゃない」
祖母の返事は聞こえなかった。ただ、次に祖母の家に行った時、テーブルの上の折り紙でできた箱には、黒飴しか置かれていなかった。わたしもなんだか気恥ずかしくて、この前の嘔吐のことには触れずにそうめんをいつも通り3人で食べた後、祖母とわたしは昼寝をした。
祖母の家から自宅へ帰る時、祖母がこっそりわたしの手にいくつかキャンディを握らせてくれた。
そこにはいちごミルクのキャンディもあって、わたしはちょっと緊張した。お母さんはどう思うだろう。わたしはそれを黙ってポッケに入れて、祖母に手を振り、母の車に乗り込んだ。
祖母に最後に会ったのは、祖母が施設に入る前日の食事会だった。わたしは中学生になっていて、久しぶりに会う祖母の痩せ方に驚いた。ただ、祖母はメイコちゃん、かわいくなったねえ、と言ったきり、それ以上言葉を発さなかった。
ただ、三人きりの食事会で、ただにこにこしているばかりで、何も話さない祖母。わたしは、そわそわした。何かを話さなくてはと、空回って、母に笑われた。母は今だってそのときのわたしをネタにする。食事会の最後、母が会計をしている時に、祖母が小さな声で言った。
大丈夫よ、メイコちゃん。
わたしは頷いた。中学生でもわかることはある。三度頷いたあたりで目が潤み始めたので、わたしは天井を見上げてやり過ごした。大丈夫という言葉は、時々、本当に何の足しにもならずに、むなしく宙に浮く。
お母さん、佐藤さんが亡くなったって。お母さんは佐藤さんのこと知らないもんね、言ったってしょうがないね。お母さん、この夏何回暑さで溶けた? わたしは五回。こう暑くちゃいやんなるよね。
三年前と少し前、家の近所に小さな三毛猫が暮らしていた。毎日会っていると自然と情が移る。
ねえ、今日はとても暑いね、お水飲めてる? だとか、ああ、ご飯くれる人が来たよとか、そうやって毎日話しかけていると、本当に馬鹿になってきて、一人の人間が、この子に何か出来ることがないかを本気で考え始めてしまう。なにせわたしはその子以外には誰も話し相手のいないような人間だったので。
市のホームページを見たり、外猫の暮らしを調べたりするうちに、わたしはこの子が99%メスで、次の春には子を産むことを知った。
地区名とボランティアとsnsの検索欄に入れて、確定ボタンを押すと、たくさんの情報が出てくる。そしてわたしはそこで佐藤さんを見つけることになる。
捕獲機と名刺を持って現れた佐藤さんは声が若々しくて、見た目も溌剌として、とても六十代半ばのひとには思えなかった。
ただ、Tシャツの背中に信じられないくらいの量の猫の毛がついていたことには驚いた。
それから、三毛猫が捕獲機に入るまで、わたしたちは佐藤さんの車で待機した。
独特の緊張感に包まれた車内で、わたしが無理くり何かを話し出そうとしたとき、車の外から、ガシャンという、自転車がぶつかったような音がした。
佐藤さんは、「猫ちゃん、入ったみたい」と車から出て行き、わたしもその後をもたつきながら追う。
捕獲機の前に行くと、いつもの三毛猫が小さく暴れながら直方体の捕獲機に入っていた。手汗で溶けかけていた手で、思わず捕獲機に触れようとする。「危ないよ」。佐藤さんが、大きなタオルを持ってこちらに来た。
猫を落ち着かせるために、佐藤さんは捕獲機にタオルをかけた。そして、「これで完了! あとはこっちで病院連れてくから。お代金だけいただくね」、と言って額の汗を拭った。
「また、ここにちゃんと戻すから、心配しないでね」
佐藤さんの言葉に、わたしの左手がゆるやかに溶け出す。また、この暑い中この子はここに戻される。これから寒くなってもこの子は外で暮らすこの子の将来を考えるざるを得なかった。
「この子、この子飼っちゃいけませんか」
佐藤さんは少し悩んだ後、「大変だよ、人慣れもしてないから」と答えて車の後部座席に三毛猫の入った捕獲機を乗せている。
「でも、いいです。わたし、この子に何かしたくて。毎日、会ってるから、情が移っちゃってて……」
ふう、と言いながら、こっちを見た佐藤さんは、まあとりあえず病院。話はそれから、と言った。
「あと、あなたが良ければ、私の家に来ない?」
わたしはなつみと暮らし始めるまで、猫に触ったこともなかったし、しかもなつみはなかなか手強いやつだった。触らせてくれるどころか、シャーシャー、ウーウー唸って、一緒に暮らし始めた頃は、大変なことをしてしまった、と自分の決断の甘さに泣きそうになった。
元の場所に戻したいなどは一切思わなかったが、ひとつのいのちのあり方を自分が、自分のしたいように捻じ曲げて家に入れたわけで、最初のうちはよくメソメソしていた。佐藤さんは呆れ果てていたのだと思う。
すぐにびびってしまうわたしを尻目に、佐藤さんはわざわざ家にきてくれて、易々となつみに手を伸ばし、容赦なく猫パンチをくらって、もとから傷だらけの白い手に、傷口を増やしていた。
それからもう三年、毎日のように一緒に彼女の家の猫の世話をして、だいたい猫の話と日頃のお互いの愚痴を話していた。
佐藤さんの家の猫みんなのトイレと、ケージ内の掃除をする手伝いをして、地域の誰かに頼まれれば、捕獲をする佐藤さんの手伝いをした。
よく一緒に料理をしたり、持ってきた季節の果物を、(リスのように)、分けたりもした。佐藤さんの得意料理は、里芋の煮っころがしで、わたしもその作り方を習った。
家で里芋の煮っころがしを作って食べると、佐藤さんの作ったものと少し味が違うので、そのことを話したことがある。おばさんの手から出る出汁じゃない? と佐藤さんは笑っていた。
料理中、換気扇の近くで話しかけると、お互いの声が聞こえずに会話が滞って、思わずお互いに笑ってしまうことがよくあった。ごめんごめん、また後で言うね。また後で言うね、って佐藤さん、また後っていつですか。
一昨日の夕方はまだ、出回りたての梨を剥いて、ふたりで食べていたのに。これは明日の方がいいんじゃないですか? というわたしの疑問はスルーして、明日には明日のおやつ! 今日は梨の気分! と佐藤さんは嬉しそうに梨の皮を剥き始めた。
佐藤さんの梨やりんごの剥き方は大雑把で、ところどころに皮が明らかに付いている。わたしや母とは異なる剥き方だった。
各家庭の味ですねえ、とわたしは内心で呟き、口内でざらつく梨の皮を飲み込んだ。りんごはいいけど、梨はちょっと皮が気になって、今度はわたしが剥くことにしようと思った時の、わずかな違和感。
でも佐藤さんの包丁使い、こんなんだったっけ? 梨に爪楊枝を刺している佐藤さんの手はこんなに皺が多かったっけ?
わたしは、ざらついた心のなかを、足元にいた茶トラの小太郎を撫でることで潤していた。
小太郎がわたしに猫というものを教えてくれた。猫というものはね、というように。
最初は、新入りのわたしを少し離れたところから見ていた小太郎が、そのうちこちらへ近づいてきてくれるようになり、わたしはこの子に猫との関わり合い方を教えてもらった。
近頃は歳をとって、よく眠るようになった小太郎。わたしはこの子が大好きだった。
家のなつみは、三年の間でわたしに、だっこをさせてくれるようになったが、やはり気まぐれで、大体の場合わたしに抱かれるのを嫌がる。
小太郎は抱き放題、撫で放題で、ひっくり返ってわたしに腹を見せていた。細かいことは気にしないタイプで、他の猫にも友好的だった。
佐藤さんに何かあったら、わたしが小太郎を引き取ることになるんだろうか。そんな考えを打ち消して、その朝に見た朝ドラの話ばかりしていた。竹野内豊は最高だという意見の一致を見て、わたしたちは満足した。
そののち、佐藤さんは休憩と言って10分ほど仮眠した。疲れが溜まっているのかやけに深い眠りに感じられた。
佐藤さんはよく自分の家の猫の真似をして、わたしを笑わせた。佐藤さんは笑わせるために、そんなことはしているわけではないのに、わたしは思わず笑ってしまい、いつのまにか佐藤さんもつられて笑っていた。
あなたは、笑ってた方がいいよ。佐藤さんはよくそう言ってくれたが、わたしは年相応の人付き合いの経験もなく、佐藤さんの知り合いとたまにお話しする程度だった。
あなたには、あなたのやり方や生き方があるから。と佐藤さんはよく慰めてくれたが、わたしはただ気が弱いだけで、やり方もライフプラン何もなかった。なのに、なぜ佐藤さんはわたしなんかを側に置いてくれていたのだろう。
これもお得意の慈善事業の一環だったのだろうか。それを聞いたら、佐藤さんはまた、「卑屈ねえ」、と笑うだろうか。それとも、図星をつかれた、という顔をするのかもしれない。
直近では二匹の猫が亡くなり、わたしはおおいに泣いた。亡くなった猫に花々を組んで、またね、と言って佐藤さんと動物霊園のある寺へ連れて行き、葬式をあげて見送った。最後に亡くなった子に触れるとき、いつもさみしさが頂点に達する。
さみしくなりますね、と佐藤さんに話しかけると、彼女は頷いたきりだった。二人ともドッと疲れて言葉を発する余裕もあまりなかった。猫が亡くなってしまった、というよりも、無事にその子を見送れた、という感情が胸を占めた。
いつか、同じように猫を空へ見送った帰り、佐藤さんの運転でわたしたちは疲労をとるべく、喫茶店に向かっていた。甘いものでも食べなければやってられないと2人の意見が一致したのだった。そのときの、佐藤さんの、「相棒に何かあったら困るから、安全運転!」という言葉にわたしは笑った。
あのときも思ったけど、わたしは、佐藤さんの運転で死ぬなら、それはそれで幸福だったな。だってわたし佐藤さんとくらいしか出かけないし、助手席乗らないし、わたしが死ぬなら、佐藤さんと死ぬんだろうな、なんて、考えてました。
わたしは、佐藤さん、わたしはね。わたしはそれも一つの形だったと思うんですけど、なんでひとりで死んじゃったんですか。わたしだけが残ったってしょうがないでしょうよ。
でもあれか、わたしたち干支3回り違いますもんね。順序ってものが、ありますよね。そうですよね。少しだけ、納得できたかもしれません。
佐藤さん、来ました、メイコです。と声をかけて、棺の小さな窓を開け、彼女の顔を見た。化粧をされていて普段よりずっと綺麗に見えるが、どこか作り物めいて見える。猫たちと過ごす過程で、死を散々経験したのに、わたしはこれまで何を学んできたのだろう。
ああ、あ。と、猫が肛門から捻り出す便のように、自然と声が漏れ、わたしは夏に包まれていた。止まらなかった。
ばかやろー! なんで死んでるんだよー! わたし寂しいじゃないですか。佐藤さん、まだまだ一緒に話しましょうよ。猫一緒に撫でましょうよ。
蛇口を逆さに向けて捻ったみたいに。
残された猫の分配を話し合いたそうにしていた人たちが、夏の来たわたしの姿を、驚愕の目で見ている。
人の輪に加わらねばならないが、そうはできなかった。大量の涙が、異常な水量で、部屋を支配していた。わたしが座っているあたりの水たまりは面積を広げて、そのままついに床が浸水し始めた。そこらじゅうで数珠やハンドバッグが水面に浮かんでいる光景に、涙を止めなければ、と思う。
佐藤さん、わたしあなたがいないとこうなんですよ。わたしはついにぷかぷかと浮かびながらひとりごちる。
ひとは怖くて、緊張で、寒くて、凍りついちゃって、本当は佐藤さんくらいしか緊張しない人いないんです。佐藤さんや猫たちがいない、そうなったら、わたしどうしたらいいんですか? わたしがかわいそうだったから、一緒にいてくれたんですか? 相棒とか、そういうのは、全部嘘だったんじゃないですか?
そのとき、猫の鳴き声が一つ二つと聞こえてきた。わたしはじぶんの作った川をかき分けて鳴き声のした方へ向かう。
ゲボみたいな日常のなかの、いちごミルクのキャンディ、あの幼い日の。
数秒、わたしは佐藤さんの死自体を失っていた。わたし、生きている。
足元では、いつの間にか小太郎が、黒いストッキングに体を擦り付けていた。小太郎を抱き上げて皆の輪に入る。小太郎がわたしの手を舐めながら、なーんと鳴く。わたしはそれを抱きしめて、涙声で、大丈夫よと囁く。
大丈夫、という言葉は時折むなしい。ただ、わたしの口から自然と出たのは、その言葉だった。
わたしが佐藤さんに言えなかったことなどほとんどない。いちごみるくのキャンディのはなしは、してみたかったかもしれないが、しなくてよかったものなのかもしれない。
佐藤さん、わたし、なんていうか、すごく生きてる、あなたと一緒に。
佐藤さんの通夜は、猫たちの鳴き声や存在で、にぎやかなものになった。
通夜に来る人たちも、かわいいねえ、と喪服にも関わらず、猫たちをなでていた。小太郎も知らない人相手にも、体を触らせてやっていたし、特に人懐っこい子たちは、すりすりといろんなひとに擦り寄っていった。
黒い衣服につく猫たちの毛。それをうれしそうに摘んだり、コロコロをみんなで回して使う人々。黒いストッキングも、黒靴下もみんな平等に毛だらけになっていた。
わたしも不思議と凍りつくことなく話すことが出来たし、ヒヤッとする感覚がしたときは他の人たちが助けてくれた。
これは今日限定の現象だろうか、わたしが心をひらけば、助けてくれるひとは案外といるのかもしれないと妙な感覚になった。
それでも、喪失は、かんたんに乗り越えられるものじゃない。
通夜からの帰り道、すっかり靴擦れした足を引き摺りながら、トボトボ歩いていると、佐藤さん家の猫部屋に近い匂いのする場所があった。わたしは思わず顔を上げた。
そうしてあたりをきょろきょろすると、犬の形の飾りのついた古めのお宅があり、そこの玄関には、わんちゃんシャンプー、どうぞおためしあれ、との文字。
わたしは声をあげて泣いた。どうぶつの匂い、猫、佐藤さん。わたしは夏の夜の熱気ごと抱きしめるように、膝を抱えてその場にしゃがみこんだ。
「どうしたの?」
後ろから自転車でこちらに向かって来た男性に尋ねられ、すみません、大丈夫です、とだけ答えたが、こんなにも宙ぶらりんな大丈夫も少ないだろう。
具合悪い? いえ、大丈夫、大丈夫になりました! わたしの急な空元気に、男性も面食らっていたが、わたしは靴擦れの足に負けず、なつみの待つ家に帰った。
*
喪服にコロコロをかけて小太郎たちの毛を取って、クローゼットに今日着たもの一式を入れようとしたとき、ニー、と高い声を出しながら、なつみがストッキング越しにわたしの足に触れた。
なつみの頭を撫でようとかがむと、その動きに驚いたなつみが、急に体を後ろへひいたので、見事に黒いストッキングは伝線してしまった。
あ! と声を出したときにはもうストッキングには線が入っていて、なつみはしらんぷりでわたしの足元に座っている。
ありゃりゃ、と言って、なつみの肉球を押して爪を出すと少し伸びていた。爪を切られることを察知したなつみは一目散にわたしのベッドへ逃げ出す。
わたしは猫用爪切りを手に取ると、なつみの元へ向かう。なつみはいつでも逃げられる姿勢をとっていたが、わたしが近づいても逃げなかった。
ダルダルのメンズサイズのTシャツに伝線済みの黒ストッキングというミスマッチのわたしを見て、またニー、と鳴いた後、なつみは珍しく爪を大人しく切らせてくれた。なつみとわたしは飼い主とペットというより、少し距離のある友達に近い。ここまで来るにも随分かかった。
なつみさ、わたしの友達ともお友達になってくれる?
返事はない。なつみは爪を切られていることより、爪切り後のおやつに意識を飛ばすことで気を紛らわせているようだった。
はい! おわり、となつみを膝から下ろすと、なつみは、ニーニー、とおやつを要求して鳴いた。ハイハイ、なつみのおやつをとりに行こう。
立ち上がったわたしの足元にすりついて離れないなつみの、体躯のわりには長いしっぽを踏まないように、気をつけながら、キッチンへ向かう。
わたしはなつみのおやつ箱の中身を吟味しながら、片手であのいちごミルクキャンディを手に取ると、ぺりぺりとセロファンから剥がして口に入れた。暑さで少し表面がねばこく、柔らかくなっていた。
なつみのおやつを決めて、なつみ専用のお皿に入れてやる。なつみは待ちきれないという顔をしながら、それでも待っている。
あんたがいるから頑張れるからね、とわたしが声に出すと、なつみは、それを食べて良しの合図だと思ったのか、チャムチャッチャと音を立てて、皿の中身を食べ出す。
食事中のなつみを撫でているつもりが、いつのまにか食後のなつみがわたしの指先をぺろぺろ舐めていた。
なつみ、一緒に寝ようか、と誘うとなつみは忙しそうにタッタッタッと自分の寝床に一目散に走っていった。その様子がおかしくて、わたしはつい吹き出す。
寝床で丸まったなつみを見つめながら、わたしもベッドに入る。また明日ね、なつみ。なつみのしっぽがちいさく揺れる。そうね、また明日。なつみ。ニー。そうだね、明日には明日のおやつ、だね。
黎明
遠い静謐の
淵に生まれた星たちが
舞い降るように
枝にとまる
枝にとまって
幾千の白い花になる
花びらの一枚一枚が
薄翅のように息づいて
やがてそれが
一つの調べに変わり
空に漂い昇るのを
微睡む窓が聴いている
時満ちて
薔薇色の明け染めに
星の姿に戻って空へ帰る花たち
裸になった枝枝に
露が煌めく
目覚めた窓は瞼を開けて
新しい一日への想いを
ゆっくりとあたため始める
はたらくということ
スーツも引っ詰めた髪も
足が痛くなるパンプスも
たぶんこの先ずっと
好きになれない
志望動機はつまるし
自己PRは言い飽きた
それでも
ビルから出た時に
守衛のおじちゃんがくれた
あたたかな笑顔と
『試験、お疲れ様』が
心を解いた夕焼けの街
収める ― 白石 × 神谷 4 ―
三月も終わりに近づいていた。
白石は机の上に並んだ書類を順に確認していた。
現場から上がってきた報告をまとめ、記録に残すだけの処理だった。
確認が終わったものから重ねていく。
隣の席から声がかかった。
「白石さん、例の件、終わりました?」
顔を上げる。同じ係の中村だった。
「ええ、今まとめています」
「前回どおりで?」
一瞬だけ、市長の声が重なった。
「はい」
中村は頷いて、画面に視線を戻した。
白石は書類を揃えて留め、ファイルを開き、順に挟む。
閉じて、背表紙の番号を確かめた。
「これ、確認取れてました?」
白石は一瞬だけ言葉を探した。
「……問題ありません」
「そうですか」
中村はそれ以上何も言わず、画面に向き直った。
白石は手元の書類を開く。
もう一度、最初から読む。
受話器に手を伸ばしかけたが、止まり、そのまま手を引いた。
書類を閉じる。
立ち上がり、キャビネットを開ける。並んでいる背表紙の間に差し込む。
奥まで押し込むと、他のファイルと同じ位置で止まった。
扉を閉める。
席に戻ると、机の上に別の書類が置かれていた。
白石はそれを開く。
文字を目で追う。
手が止まった。
ページをめくる。
書類を閉じる。
もう一度開く。
日付を書き入れる。
書類を重ねる。
手続きは、滞りなく進んでいた。
#連作
#白石×神谷
The Void Gambit #アイラシヤ大陸
時代 グリフィス期
場所 アイラシヤ大陸東部
アイラシヤ大陸東部、断崖の上に位置する「刻(とき)の闘技場」は、かつてない密度の「存在」に満たされていた。
朝日が昇ると同時に、黄金の円卓十二座が集結する。地響きと共に現れた勇者王レオニダスが黄金の盾を据え、その傍らではサムライマスター・ジンが静かに抜刀の感触を確かめる。ランスロットの白銀の甲冑が陽光を弾き、ソーサリアンら魔導士たちが展開する幾何学模様が、闘技場の空気をパチパチと震わせていた。
対する北側の空。空間がノイズのように歪み、李(リー)が上海のサーバーファームから送り込んだ十二体の「魔神(アバター)」が、無機質な着地音と共に姿を現した。現実世界の演算能力を物理的な破壊力へと変換した、最高純度の敵性エージェントたちだ。
上海の外灘(バンド)にある李浩然の作戦室。ホログラム・ディスプレイが、闘技場の熱量を無機質な数値として李の網膜に投影していた。李の指先が、空中で微かに震える。一か月前、目前に落とされた「次元越えの雷撃」。あの絶望的なエネルギー値は、いまだトラウマとしてニューラルリンクの隅々に焼き付いている。
第一戦の火蓋が切られる直前、殺伐とした空気の流れる戦場に、場違いなほど清らかな鈴の音が響き渡った。李の魔神たちが発する電子ノイズを切り裂き、闘技場の中央に現れたのは、アイラシヤ随一の歌い手と称される巫女、エニフェル。彼女の背後には、劇伴のような、壮大で演劇的な旋律が鳴り響く。
彼女が舞い、喉を震わせると、紡がれる歌詞は「人間」の言葉ではなく、万物の根源に語りかける精霊語へと変わった。
エニフェルはしなやかな指先で空をなぞり、見えない五線譜を描くように舞い踊る。その歌声は、上海の李のイヤホンにまで、デジタル化不可能な「魂の振動」として直接届けられた。
李のモニターには、歌声を解析しようとしたAIが『解析不能:非言語的感情エネルギーの増幅』という警告を赤々と表示している。
李の指先は止まっていた。エニフェルの舞いに合わせ、闘技場の魔素密度が幾何学的に上昇し、円卓の騎士たちの輪郭が、現実世界の解像度を凌駕するほどに「濃く」なっていく。これは単なる演舞ではない。アルスが仕掛けた、騎士たちの存在意義を増幅させるための「神話的バフ(強化儀式)」であった。
エニフェルは最後の高音を天に突き刺すと、一礼し、霧のように姿を消した。
静寂。
そして、その静寂を切り裂くように、アルスがゆっくりと前へ歩み出た。
「第一番。大魔法使い、アルス・ヴォルテックス」
闘技場の中心に立つアルスは、ただ静かに佇んでいた。李を戦慄させたあの神々しい輝きは、今や深く内側に沈み込み、底知れぬ「虚無」のようにも見える。アルスは杖をゆっくりと回し、李の放った第一の魔神、ヴォイド・ヘラルドを見据えた。
李のモニターでは、アルスの魔力残量が「計測不能」というエラーフラグとして点滅し続けている。
(……計測不能? ゼロなのか、それともセンサーが捉えきれないほど高密度なのか?)
李の脳裏を、最悪のシミュレーションが駆け巡る。もしここで、あの雷撃が「連射」されたら。もしこの「無」の状態こそが、魔力回路を特異点へと昇華させた「神域」の証だとしたら。
その時、アルスが不敵に口角を上げた。
「……李よ。君は効率を愛する男だ。ならば、私の『一撃』がどれほどの対価を要求するか、計算は済んでいるね?」
アルスは戦う構えを解き、あえて闘技場のラインを自ら跨いで、外へと踏み出した。
『第一戦:アイラシヤ代表アルス・ヴォルテックス。不戦敗。』
「なっ……!?」
李は椅子を蹴って立ち上がった。ディスプレイには「VICTORY」の文字が躍るが、勝利の実感など微塵もない。
「不戦敗だと……!? 戦わずに白星を捨てたのか? なぜだ、そんな無意味な選択をするはずがない!」
李の高速演算回路が、猛烈な勢いで「アルスの意図」を逆算し始める。だが網膜に映るアルスは、背を向け、悠然と椅子に腰掛けていた。
「……李様、魔神の同調率が不安定です。アルスの挙動を解析しようとして、メインサーバーの負荷が40%上昇しています!」
AIオペレーターの非常音声が響く。
一方、闘技場。
アルスは隣のステラにだけ聞こえる声で、弱々しく、しかし満足げに囁いた。
「……ステラ。あちらの彼は今頃、私の『何もしない』という一手に、意味を見出しているはずだよ」
一回戦、スコアは0勝1敗。
しかし、上海の李浩然は、手に入れたはずの「1勝」という重圧に、冷や汗を拭うことができなかった。
アイラシヤ側:0勝1敗(不戦敗:計略による疑念の植え付け完了)
https://i.imgur.com/pZf7TO8.png
写真から聞こえる声
バスの窓の枠の中で、幼い男の子が転んだ。
父親が慌てて戻り抱き上げた。
泣きながら、父親の首にしがみつく。
思い出すとき、いろいろな感情が湧き上がってきそうだ。
頭を撫でながら、泣き止まそうと笑顔で話しかけていたところまで。
写真や動画で残してみれば、泣いてしまうのはどっちだろう。
ただ、私の心に数枚残る写真は、このようなものではない。
「痛くない!」
並んで歩くようなこともしてくれなかった私の父は、転んだ息子のところへ戻って来てくれる訳がない。
黙って、見ているだけだ。
泣くと機嫌が悪くなることをわかっていた私は、必死にこらえ立ち上がり、父のもとへ歩いて行く。
近づくと、また少し前を父は歩き始めた。
「転ぶときは前な。手をつけば顔なら怪我で済む。頭を守ればいい」
物心つく頃から、父は私に対し男同士の会話をしていた。
「いつまでも、そばにいられるわけじゃないんだ」
まるで早く私の前から消えることを知っているかのようにつぶやいた。
「抜くのは背だけなんてやめてくれよ」
少し見上げた十六歳の私に、父は笑いながら言った。
やっと並んで歩くようになったころだ。
「真剣に遊べよ。今はそういう時だ。
辛抱は嫌でもしなきゃいけないときがある。
でも我慢はするな、
ションベンと一緒だ。
我慢は病気になるからな」
何故辛抱はしていいのかの説明はなかった。
「痛くない!」
苦しいことがあると、そう心の中で呟いてみる。
手をつくように、怪我で済めばいいと。
正しくはないのかもしれない。
ただそれが父の教えだ。
その人の息子なのだから、それでいい。
そう思うことにしている。
痛い思いをしたとき、それを癒し、抱きしめてくれる父ではなかった。
ただ思い出す言葉をたくさんくれる人だった。
「答えは自分で探せ。
言葉はそういうものだ」
父がくれるのはいつも、答えではなくヒントだった。
バスの車窓から見えた、息子を抱きしめる父親。
あれも愛し方なのだろう。
信号が変わりバスが動き出し、窓枠はほかの絵を流す。
親子の姿が見えなくなるように、時代は流れていく。
私の思い出の中の父の姿は、ピンボケになってきている。
それでも言葉だけははっきりと聞こえる。
背筋を伸ばして、立っている写真一枚とともに。
香る風
歩んできた道
慈しみ振り返る
思い出と共に
緑香る風
子どもたちの声
この場所に来て
降り立つ君よ
この大空にわたる風が
つつみこむ
穏やかなとき
なつかしい
日々のかがやき
光さす大空に
自由に舞え
そのうち 眼裏に 花香る。
一つの丘に対し駆け上がる、息を整えては姿を思います。野草の強さを願うとき 目を凝らせば姿も浮かぶような、ぽつと明かり ともり ぼぉと照らしだす未知に沿って、拍動は抑えきれず漏れた声色はどこへ届くというのだろう。
傷だらけの溝に埋まる、正体を、君と名付けて見ようとした。けれど手紙を書ききれないように、頭に霜を戴く、骨組みを交わし魂がざわめくままに笑みが咲く。両手には持ちきれないほどの小花を摘み、腹を空かせたものが辿り着く場所へ、躰は撓み 歪み 曳かれ裂かれるより、つぶされるより膨らみ 薄く 底に痕を轢いていく。
今宵に参り 白木蓮の蕾 あかぎれ、まだきゃしゃな幹に手をかけ軽く登る、引力を滅したものが。
黄昏を待たずに眠りにつくあとは。星星が揺らめくこと、凪のかなたへ漕ぎ出していた。
水辺は上昇し ここは離れて等しい。地から美しく光を呑み込んだ 月よりもただただ軽い銀盤が。手を伸ばせば直ぐ届くほど、近づく素足で湖に降り立つ。確かに芯と微速を持って、ぬかるみの存在が湛みゆく。空を仰ぐ。なにもない底冷えするような漆黒とやはり、私だけと抱きとめている。
その幸福が、厳しさが射るほどに焼きついて、道を覆って、重くのし掛かる。
ずっと捕らわれている。どうか 定かにはできない けれども、
錆びた釘を置いて行列を成して翔ぶ烏が、方向を定めて暮れていたならば。春はもうすぐにでもやはり落花する。それは木々が生い立ち、目覚ましく逞しくあり、うんと おしゃまなものであれば、見事だろうと。
追い求めているのか、ここにきたばかりで歌も残されない何かを。それとも急かされているのか。ふさがれた 眦の 隅に たよりに 耳をすませては鼻を寄せた。
そのうち 眼裏に またたちはじめる。呼び覚まされる 花香る。
鞄と傘
鞄を背負った。
外に出た。
雨が降ってた。
傘を差した。
駅へ行った。
苦しかった。
傘を閉じた。
立てかけた。
鞄を置いた。
線路に身を寄せた。
人生を捨てた。
つながる
電車は最寄り駅に着かないまま
回送列車になってしまった
毎日毎日迷いもないふうに走るだろ
いつの間にか分からなくなったりするんだ
欲張りすぎたのかもな
帰る家があって
やわらかい布団の中で明日を
夢見るだけで良かったのに
時間は待ってくれない
他人は待ってくれない
それはまだ、分かる
僕が僕を待ってくれないなんて
思いもしないじゃないか
冷たい水で顔を洗ったら
少しは新しくなれる気がした
刺すような空白のあと
泥だらけの手をした懐かしいぼくが
僕の顔を包んで笑うのだった
僕はぼくともっと
話をしなければならない
点と点を線で結ぶように
ぼくが僕であることを確かめるために
定刻通りに今日も
乗るべき列車は駅にやってきた
間に合わなかった僕に
迷いはもう無かった
壁の圧
見たくなくて
目を閉じる
どこを向いても
壁の落書きが近い
言葉を飲み込んだ
影に
覆われる
周りを囲まれて
呼吸が浅くなる
息を吸うと
隠れていた埃の味
砂利を噛む歯の音
傷と痛みの水たまり
嵌った靴が水面を
ゆっくりと揺らした
揺れた壁は鏡のようで
脆く
崩れて
視界から消えた
古いレコードを聴いていた
古いレコードを聴いていた
窓の外 世間じゃもう春だというのに
どこかでは気の早い桜が
もう芽吹きはじめたというのに
チラチラと白いものが降り積ぼんでいる
からっぽの部屋
からっぽのボク
君がいない
君がいない
ポツンとひとり がらんどうの部屋の中
響きわたるジャニスの声
君がとても愛した曲
理由がわからないといって
怒らせたこともあった
あの頃のボクたちは
一体何を見つめて暮らしていたのだろうね
愛というには照れくさすぎて
幸福というにはあまりに幼すぎた
不安でたまらなく淋しくって眠れない夜も
心細くて頼りなくって泣きたくなる朝も
重なりあえばそれだけで
どうにかなるような そんな気がしていた
求めていたものはきっと同じだったはずなのに
見ている世界はまるで別々だった
夜が明けるたびにキレイになっていく君だけが
いまよりずっと前に進んでいるように思えて
ひどい言葉を吐けば 君が傷つくのを
ボクはよく知っていた
切り刻んでいたのはボクのほうなのに
イタイイタイと叫ぶのは いつだってボクのほうだった
淋しさを愛とはき違えて育んだつもりでいたはずの幸福は
いともあっさり萎びて枯れてしまった
君とはじめて出逢ったのはいつの日だったか
枯葉が静かに舞っていたね
街灯が灯りはじめた街角の路地裏で
その細くて小さな躰を ヒドク震わせながら
ビルの向こう 遠く見えない空を
いつまでもいつまでもずっと
探していたね
街路樹が風に揺れて孤独を誘う
いつも君は そんなことを云っていた気がする
3月ももうじき終わりだというのに
都内でも雪がチラチラ降ったとニュース
そういえば 君がボクの前から姿を消したのも
ちょうどこんな 底冷えのする
3月のみぞれの夜だった
君はいまごろ どうしているだろうか
探し続けていた空は 見つかっただろうか
いまでもジャニスは好きなままか
悲しいほどの魂の叫び声は
いまでもジャニスは 君を震わせているだろうか
こんな夜 ひとりではとても堪えられそうもないから
思い出してしまうんだ 左側に君がいたあの頃の日々を
輝いてみえるのは 君の笑顔がなにより優しく見えたから
泣きそうになるのは 君がいないとなにもひとつも
嬉しくも楽しくもつまんないも なんにもない
空っぽなボクを思い知ってしまうから
古いレコードを聴いていた
君がとても愛した曲
わけがわからない というと
君がヒドく怒ってむくれるのが可愛くて
その姿が見たくてボクは
何度も 何度も君をからかっては笑ったんだ
笑っていられると思っていたんだ
あの頃は
窓に映ったボクの顔
はりついたみぞれまじりの雨粒が涙のように
静かに頬につたって
落ちた
☆★*~*★☆*~*★☆*~*☆★*~*★☆*~*☆★*~*★☆
こちらも、むかしに描いた詩を改稿したものです(^_^;)
余談ですがジャニスとは、ジャニスジョプリンのことです
転がる石(掌編もしくはエッセイ)
「どこかにチャンスが転がってないですかね…」
小劇団の芝居を見た帰り道、夜にそびえる東京タワーを見ながら、彼はつぶやいた。
立つ舞台が見つからない、ささくれた声に聞こえた。
彼は、とある劇団の研究生だった。
年下だが、同じ職場で働く仲間でもあった。
国立大学を中退し、親の反対を押し切り、役者を目指し東京へやってきた若者だ。
メガネをかけたひょろりとした背中を少し曲げて、声だけは大きい男だった。
役者になりたいという思いだけで、見えない未来の探し物をしている。
努力をしたからといって目が出るものではない世界だ。
一年前までフリーターと呼ばれていた人間が、
突然スターになることもある。
すべて他人の「好き、嫌い」で決まる。
「お前が石だとしたら、
河原に転がっているようなものだ。
動かなければ見つからないような平凡な。
だったら自分が転がって、
その石の中で目に留まるしかない。
自分はここにいるんだと、
そこで散々転がって、
だれにも見つけてもらえなかったら、
河に飛び込んで流れて、
たどり着いた場所でまた転がるしかない」
彼は、オーデションという運の世界に何度も立ち向かい敗れた。
努力の差ではないだろう。
「ダメでした」
と笑った後のため息。
「やるだけやったんで」
その言葉は、自分を説得するだけのものだ。
納得できない心を置いて、彼は故郷へ帰った。
バカだと言う人がいる。
帰ってくると思っていたと、笑う奴もいるだろう。
何もしなかった人ほど、そんなことを言う。
それを僻みだと取れるほど、人は強くない。
気になる、後悔が残る。
人として当たり前だ。
でも彼は、自力で転がれるはずのない石が、意志の力で転がろうとした。
他の石とぶつかったり、河原に投げ出されたりしてついた傷の痛みを知っている。
悔いは生きた足跡を強い影に変える。
陽のあたる場所に出れば、
その影が見える。
薄い影より濃い影のほうがいいはずだ。
たとえ止まっていても、
きっと彼の影は優しく、
だれかの背中を支えるだろう。
矛盾
「草生す屍、あるいは水漬く屍。
それだけが僕に許された運命だ」
これほどに煌びやかさと
同時に高貴に溢れた言葉は
見たことがない
ないのに
なぜか世の低俗さとか
モラルの低下とやらを
嘆く人々ほど
喜んでこの言葉を踏みにじる
モラルを支持しておきながら
彼らの口から溢れるのは
許されざる不誠実と裏切り
そして彼らは
僕というノブレス・オブリージュを憎み
卑劣というレッテルを貼り付け
下卑た笑みとともに罵倒する
彼らが低俗とやらを憎み
あるいはモラルを嘆くとき
彼らは一つの過ちを犯している
暴動の夜に
夜になって
家の外は騒がしくなった
群衆が
酒臭い息を吐きながら
大通りを練り歩いていく
手に持つのは
燃えあがる松明
錆びた農具を振り回したり
古びた猟銃を携える者もいる
年端もいかないそばかす顔の青年は
隊列の隅っこで
威勢よく木の棒を振り回していた
喧騒に息巻く父に連れられて
五歳年上の兄様は
お揃いの黒いバンダナを首に巻き
意気揚々と路上へ繰り出す
丸い瞳は
熱にうかされたように輝いていた
二人は嬉しそうに闇に消えていった
「馬鹿なことはおやめなさい」
母の忠告が耳に残っている
どうして男の人はみんな騒いでいるの
怪我をしたらどうするつもり
少女は寝室へと駆け上がる
どこからか野太い雄叫びが聞こえて
少女は思わず布団に潜り込んだ
『怖い』
震えを止めたくて
枕で
頭が隠れるように覆ってみる
伸ばした髪の毛が
ヒリついた空気で逆立った
石畳を靴が踏み締める音が
次第に遠くなっていく
みんな どこへ向かっているのだろう
みんな だれに向かっていくのだろう
少女には分からなかった
大通りが静かになると
川むこうの旧市街で教会の鐘が鳴りだした
歩く野良犬の遠吠えが聞こえる
どこかで赤ん坊が泣いていた
今日は夜になっても街が眠らない
少女はまだ震えていた
朝になって
明るい太陽は戻ってきたというのに
大好きな父と兄様はまだ帰ってこない
外の様子が気になるから
窓を少し開いて覗いてみた
石畳の端に
焼け焦げたぬいぐるみが転がっている
光の無い目がこちらを見つめていた
少女は息を吐き
ちいさな声で呟いた
「この世界はとても醜いわ」
小さな星の軌跡 幕間話 詩ニ篇 「明日の私、今日の私」
https://note.com/chikusui_sefuri/m/mc4ef7cab4639
noteにマガジンでまとめている掌篇「小さな星の軌跡」のシリーズです。人物紹介なんかも書いていますのでよろしければご覧くださいませ。
着替えの前に 篠山三智
シャワーを止めると
世界が少しだけ
静かになる
タオルで髪を包んで
水滴が肩を伝う前に
さっと拭いてしまう
そういうのが好き
ためらわない方が気持ちいい
鏡が曇っている
手のひらで一拭き
ぱっと現れる
今日のわたし
うん、いる
濡れた肌は
少しだけ光を持っていて
鎖骨のあたりに
まだシャワーの温度が残っている
今日は曇りのち晴れ
朝のバスの中で
空を読んだ通りだった
わたしも大体
読んだ通りに動いた
肩にタオルをかけて
引き出しを開ける
明日を選ぶ
これは天気予報みたいなもの
明日どんな風が吹いても良いように
ここは自分で決める
レースが肌に触れる
すっと馴染む
鏡の中のわたしが
ちょっとだけ胸を張る
いつか見た積乱雲みたいに
どんどこ育って
どこかへ行ってしまいたい日もあるけど
今日はいい
明日のわたしは
ちゃんと地に足がついている
おーちゃんに
明日も会える
タオルを外して
Tシャツを引っ張り出す
袖を通すと
肩のあたりに
夕方の風みたいなものが
ふわっと通り抜けた
鏡に向かって
小さく頷く
「よし」
それだけで十分だ。
―――
水のおと、胸のおと 小郡律羽
目覚ましよりも
少し早く
目が覚める朝
まだ家の中は静かで
長い廊下の奥は
やわらかい光だけが入る
古いタイル張りの浴室は
お湯が静かに流れ出す
この家の朝は
いつも少しだけ
音を立てない
髪をほどいて
朝のシャワーを浴びる
細い水のしずくが
肩を伝って
床に落ちるころには
眠気もきれいにほどけている
タオルで髪を包む
少し厚手の
やわらかさがくすぐったい
母が
「これが一番髪にいいのよ」
と選んだもの
鏡を拭くと
そこに今日のわたしが現れる
まだ少し
朝の色をしているけれど
たぶん大丈夫
香りは
ほんの少しだけ甘くする
わたしが今日を好きでいられるくらいに
引き出しから
淡い桜色を選ぶ
春は
こういう色がいちばん落ち着く
制服に袖を通すと
布の中に朝の空気がふわっと残った
リボンを結び直して
鏡を見る
少しだけ胸を張る
鼓動が、聞こえる気がした
扉を開ける前に
小さく息を吸う
玄関の冷たい朝が
胸の奥までまっすぐ届く
——今日もみっちゃんに会える
そう思いながら
いつもの革靴に
足を滑らして
こつん と軽やかに音がひらく
さぁ、いきましょうか。
やぁ、やぁ
縁側に坐る
(ここは何処だったか?)
手を振る、段々と近づいてくる
(あれは誰だったか?)
やぁ、やぁ、と
風と樹々が挨拶を交わして
素知らぬ顔で川はせせらいでいる
井戸の水は良く冷えていて僕は
そろそろやってくる人に茶を
淹れ始めるのだ、汗が噴き出る
そろそろ世界が終わるそうですね
題無し
千里の道も一歩進んで二歩下がる。
石の上に時間かけんな。
そうやって生きてきた。
後悔先に立たず。
愛と勇気を妻に迎えた。最高のヒーローになった。
交わった
三プレイヤー
まじ終わった
勘違い
どっちにもふられたよ。
一対二
俺の世界
ジャスティス
子供につけるのまさよしだった
絶対を継げ
おれのコンフィデンス
じゃあひとり目の前のふたりをみてね
著作権放棄の宣言、名興文庫-漆黒の幻想小説コンテスト選考通過作品について。あるいはAIポン出しという名の冒険
こんにちは。以前は茅杜弐 乃至真(ちずに ないしま)という名前で呼ばれていたこともあるけれど、今の僕は「AIポン出し太郎丸」と名乗ることにしている何者かだ。どちらがより僕の実体に相応しい名前なのか、それについてはまだ結論が出ていない。
生成AIが書いた小説が世間を騒がせている。それはまるで、真夜中のプールサイドに迷い込んだ一頭の羊のように、どこか場違いで、それでいて否定しがたい現実味を帯びている。みなさんはどんな風にこの季節を過ごされているだろうか?
挨拶はこれくらいにして、本題に入ろう。
僕はこれから、僕の名前で発表されたいくつかの作品について、著作権を放棄することをここに宣言しようと思う。
『覚醒めよ、鉄の王よ』
https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=259
『群島に吠ゆる』
https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=260
『夢よりの囁き』
https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=257
正確に言うなら、これは放棄というよりも「そもそもそこには最初から著作権なんて存在しなかったのだ」という事実の確認に近い。
なぜなら、これらの作品はいわゆる「AIポン出し」によって生成されたものだからだ。僕はただ、無料版のChatGPTに対して、とても簡素な——日曜日の朝にトーストを焼くのと同じくらい簡単な——プロンプトを与えたに過ぎない。
例えば、こんな具合だ。
■実際に使用したプロンプト一覧
『覚醒めよ、鉄の王よ』:
「人造の鉄巨人」と「ダークファンタジー」というお題で1000字未満の小説を書いてください。 タイトル付きで。
『群島に吠ゆる』:
「群島に吠ゆる」というタイトルで、ダークファンタジー小説を1000字以内で書いてください。
『夢よりの囁き』:
「夢魔」「ダークファンタジー」というお題で、1000字未満の短編小説を書いてください。
そこには創意の欠片も、個人的な葛藤も含まれていない。出力された原稿に手を加えることはしなかったし、正直なところ、僕はそれらをまともに読み返してさえいない。書き直しのための再出力、いわゆる「ガチャ」すら一度も回さなかった。ただ一度きりの、乾いた一発出しだ。
文化庁や世の中の主流な見解によれば、こうした生成物には著作権が発生しない。それは妥当な考え方だと僕は思う。深い穴に石を落としたとき、跳ね返ってくる音にまで所有権を主張するのは、あまりに不自然なことだから。
しかし、奇妙なことは起こるものだ。
これらの生成物が、どういうわけか名興文庫の「漆黒の幻想小説コンテスト」で選考を突破してしまった。一次選考を通過したものもあれば、二次を通過したものもある。いずれも書籍への収録が確約された。
【第01回】名興文庫-漆黒の幻想小説コンテスト 一次選考通過・書籍掲載作品 発表
https://www.naocoshibunko.com/shi-kon-001-11/
【第01回】名興文庫-漆黒の幻想小説コンテスト 二次選考通過
https://www.naocoshibunko.com/shi-kon-001-12/
昨今のAIの進化を思えば、選考に携わった方々の先見性には、深い敬意を表さざるを得ない。彼らが何を見出したのか、僕にはわからない。だって、僕は読んでいないのだから。
もし詳細を知りたいという奇特な方がいれば、文庫の講評を読んでみるといいかもしれない。そこには僕の知らない「僕の作品」についての言葉が並んでいるはずだ。
【第01回】名興文庫-漆黒の幻想小説コンテスト 一月度の所感と告知
https://www.naocoshibunko.com/shi-kon-001-4/#toc26
繰り返すが、これらの作品に著作権は存在しない。
書籍にしようと、大賞を授与しようと、誰かが勝手に物語を書き換えて遊ぼうと、それは完全に自由だ。僕の許可を取る必要なんてどこにもない。存在しない権利を行使することは、誰にもできないのだ。
そういうわけで、これが僕からのささやかなお知らせだ。
生成AIという新しい風が、この世界のどこかで何らかの可能性を示したのだとしたら、それはそれで悪くないことのように思える。
もしあなたが、この一連の出来事に何かを感じてくれたなら、SNSという名の広大な砂漠のどこかでシェアしてみてほしい。それが僕の、これからの「ポン出し」のささやかな励みになる。
※なお、この原稿は下書きの作成後、Geminiを利用して村上春樹風にリライトしたものである
【2026/03/10追記】
なぜか本記事をもって「選考辞退」と解釈されてしまっている方がいるようだ。
僕はそんなことは一言も書いていないし、そんなことを言う権利も持っていない。
繰り返すが、これらの作品には「著作権が存在していない」のだから。
書籍にしようと、大賞を授与しようと、みんなの自由にしていい。
ただ一言だけ言わせてもらうことが許されるなら、みんなが何にも縛られず、この新しい風が吹く世界を自由な翼で羽ばたいてくれたらいいなとは思っている。
AIポン出し太郎丸(旧:茅杜弐 乃至真)
2026/03/08
ゆうた!!
ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆつた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆうた ゆう ゆうたああああああああああああああああああああああ!! 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yuge
魚が好きな母へ
親鳥みたいに
あれこれ運びます
煩わされずに食べられる、と
あなたは平気で言うけれど
タラも海老も
食べなくたっていいんです
そばに猫さえいてくれれば
お椀によそったスープを
見つめていると
ゆらゆらと、なみだちます
全う
わたしは命の
主犯格
天寿を全うし
刑期満了
この世からあしをあらう
眠れる場所
https://i.imgur.com/jUo3zrt.png
この絵をどうか見てください
そうです、どうかゆっくりと
あるいはさっと見るだけ見て
暮らしに戻っても構いません
だからどうか見てください
そして覚えていてください
もしこの場所を見つけたら
僕にどうか教えてください
まだ地球に尊厳があった時代の
その名残ゆえの寂しき墓標です
だからどうか教えてください
僕が唯一眠れる場所ですから
反物語主義
すべては点であり
それらは決して結びついて線になったりしない
線が見えたら
それは欺瞞だから気をつけなければならない
噴煙が上がると
物語が敗北したことがよく分かる
それは破壊と殺人のしるしであり
我々が何のために建て
何のために生きたのか
もはや分かりようがない
夢は点に満ちた時空であり
いつも散らかって混乱している
したがってそれは世界の鏡である
幸せな夢や楽しい夢で慰められることはあるが
それらはやはり混乱しており
言うまでもなく真実ではない
真実を材にして生まれた妄想である
アマプラのようなもので映画を観ている我々は
真実から遠ざかることをしているのだ
画面に映る芝居や物語は
点から点へ結びついてゆく線である
試すように結びついてできた線に騙されてはいけない
それは甘美な夢であり楽しいものかもしれない
線を作るのは人間の性かもしれない
しかしそれでも真実ではないことが
意味を成すとは思えない
蜥蜴についてのmemo
脱皮
静寂が、ほんのり積もる音がするのを、脱がされた輪郭だけが聞いている。脱皮する蜥蜴は、蜥蜴を脱ぎながら一瞬、自分の内側を見る。連続する一瞬が、積み重なりこの世になるのに、脱け殻の内側には、時間の外側から来た虚空が、漂い始めている。この世の不注意でできた喪失の真空には、この世には存在していなかった偽り一瞬があふれている。
嘘の、はじまりを忘れないために、つき続けなければならない新たな嘘が、秒針よりも正確に辻褄を尾行する。
天体を飼う蜥蜴
地上を取り込むトカゲが、なぜ胃袋に天体を飼っているのか。例えば消化された蠅は、質量の無い光にかわる。トカゲの胃袋で、太陽が生産される。天体が地球を這う。星と星の衝突が、この世を滅ぼす爆発をトカゲの胃袋は担っている。重力を、喰いつづけた。地上を薄くした。地上という人にとっての周辺そのものが、蠢きをとめることがない。地球の中心がずれる。
蜥蜴の時制
蜥蜴には、地球の時制がなかった。鱗の内側に、昨日の夜を潜ませようとして、明日生まれる過去を、蟋蟀の腹のなかに探した。そのまま以後の夜が結晶すると、昨日の蜥蜴の骨になった。たえず記憶の水辺を吐き出して、以前の砂地に、未来の尻尾を残した。他の蜥蜴の遺骨になってはじめて、蜥蜴に時制がうまれた。
蜥蜴は、時間に見つからないように生きていた。生きることは時間なのに、時間から立ちのぼる空間には所属できなかった。
蜥蜴の生命
蜥蜴は、生命が一つではなかった。時間の薄い地上を見つけて自分をいくつも、隠し置いている。生命が抜け落ちて、とうとう輪郭で這うのを目にする。土の現実だけが流動しているように見えるが、地上は蜥蜴の、伏せられた生命に覆われている。
蜥蜴という仮定
他者の化石の、脈絡につながる。はじめから、地上の輪郭を借りている。自分を、透明に排泄したい。という他者のあらすじで生きるようになる。水に、理由がないように、蜥蜴にも理由がないから、透明な皮膚を脱ぎ、身体を澄まそうとする。自分が、他者である豊かさで溢れているから、手足さえもそっと自分から離れて、消去法で残された仮定が、自分を所有している。
蜥蜴と人々
芒の茂みに、放り込んでしまった軟球が、今もそのままだと思う。そこからまあるい喪失が、腐葉土の軟らかさで生まれ続ける。軟球を探すのに頻繁に、脚を葉に擦る。喪失から、できた傷。置いてきた本当の足を探す物語が、叢を這っている。草の根のほうには古代が吹いていて、蜥蜴の皮膚ができあがろうとしている。
地球の誕生
したがって地球は、蜥蜴の腹から産まれ続けている。孵化すると一部は、地面から剥がされて蜥蜴になり、その腹のなかから創り出される地球に、住む何かに喰われたり、朽ちたりを繰り返し、地面の出来事として、この地上を産卵しながら、同時にそこは蜥蜴の棺桶でもある、ということに自覚がない。だから蜥蜴の腹には地上が、たらふく含まれていて赤い。大地は、蜥蜴と地上とで完成する。蜥蜴が絶滅すると、この世の地上で、地面が成立しない。
この作品を完成させて、蜥蜴が成立すれば良い。
愚者でいい
賢者は
穏やかな声で
手を振りながら導く
考える時を与えずに
笑顔と強い言葉で圧をかける
歩かされる道の下には
何があったのかを教えずに
賢者の言いなりになりたくない
だから愚者でいい
馬鹿だと言われても
道を選ぶ意思をもちたい
自分を勇者という人は
早口で間を与えずに
正義を掲げる
怖がることはない。
危なければ手を差し伸べると
振り向いた先に
逃げ道を用意して
そんな勇者のために、
戦いたくない
卑怯者と呼ばれても
貧しくても
守る愚者でいたい
自分を聖者という人を
信じることはできない
自慢話は虚しい言葉
見知らぬ人のために
汗や涙を流す人は
いつも黙っている
賢者の言葉に耳をふさぎ
正しい道を自分で選ぶ
勇者の力を借りずに
大切なものを守る
聖者よりも
沈黙する声に耳を澄ます。
愚者でいい。
例え馬鹿だといわれたとしても
自分の言葉を
書き記す
[た]例え話
例えばあなたの腕がなくても、
私はあなたを抱きしめるでしょう
例えばあなたの足が動かなくても、
隣でいつまでも歩んでいくでしょう
例えばあなたの声が潰れてしまっても、
私はいつまでも耳を澄ますでしょう
例えば私の存在が消えていくとしたら、
あなたには何も言わずに消えるでしょう
あなたの荷物にならないように、
軽やかになってほしいから
私よりも素敵な恋人を作って愛を育むでしょう
例えばあなたの涙が枯れ果てても、
私は涙腺を分け与えるでしょう
例えばあなたの夢が潰えたとしても、
私だけでも前を向いていくでしょう
例えばあなたの鼓動が止まったとしたら、
私は一緒に止めようと泣くでしょう
例えばあなたが化けて出てきたら、
私は「おかえり」って笑いかけるでしょう
下らない話は もうしないよ
怒らずに悲しい顔をするあなたは 優しい
一緒に隣り合うこの席が
私の居場所で いつまでもあるように
あなたの側で愛を捧ぐでしょう
模範解答
その時代に生きていた人は
どんな気持ちだったのでしょうか
その問いの答えを私は知っている
私たちは知っている
令和時代に生きていた人は
どんな気持ちだったのでしょうか
網膜に入る刺激
皮膚と空気
広がる世界
くすぐられる鼻腔
揺れる鼓膜
色付く世界
味蕾は信号を変え
未来はつくられ
豊かな世界
その中で私たちは何を感じる
何を感じた
どれも正解
私は模範解答を知っている
私たちは模範解答を知っている
外の景色と新鮮な空気
外にある運動場でしか新鮮な空気は吸えないと言われて、否応なく放り出された先で吸う空気は、全く澄んでいなくて期待外れだ
とりあえず確認した四方には、見渡す限りの灰色が広がっており、土や花でもあれば匂いを嗅ぎたくなっただろうかとか、それとも踏み潰したくなる衝動に駆られただろうか、なんて、無駄な事を考えたりもする
この八畳程度しかないコンクリートで囲まれた空間が、外にある運動場とやらなのが信じられない
この空間が運動場と形容されるのだから、後に戻る、剥き出しのトイレが在る部屋はスイートルームだろう
この空間が外だと言われているのだから、いつの日か帰る、シャバと呼ばれる世界は未開のジャングルだろう
この都会で味わう空気が美味しいのなら、きっとまた吸える、タバコのフィルター越しに吸う空気は格別だろう
色のない世界に飽きて顔を上に向けると、そこに広がる灰色の空は、鉄の網で覆われており、ただでさえ悪い日当たりを、更に悪くしているような気がした
今の状況を的確に例えるならば、ここはゴミ捨て場で私はゴミといった所だろう
何もすることがないので、少しくらい反省でもしてみようかなんて、殊勝な考えを起こしてしまいそうだ
人間喜劇
人生なんてコメディーだよ
そうだろ?
ひっくりかえせば
何もかも笑えちまう
不幸だって?
ごまかしちゃいけないよ
人間喜劇には最高のネタ
あっちフラフラ
こっちフラフラ
酔っ払いが街を行く
真実なんてものを知るのが
誰も怖くてたまんないから
ホラ 見て
向こうの方でバカがひとり
ヘンチクリンな歌を歌ってる
人生なんてコメディーだよ
そうだろ?
ひっくりかえせば
何もかも笑えちまう
☆★*〜*★☆*〜*☆★*〜*★☆
大分むかしに描いた詩ですが^^;
ヘンチクリンな歌を歌ってるバカは、わたしです
オムライスが信号機
オムライスを食べよう。オムライスを注文した。美味しそうなオムライスが出てきた。さあ、食べよう。美味しそうな黄色だ。と、そこで気づいた。オムライスだと思っていたもの、実は黄色信号だった。黄色信号だったから、注意して食べようかな、と思っていたら、すぐに赤信号になってしまった。赤信号になったら、食べてはいけない。私はただ眺めていた。そのうち、青信号になった。よし、食べよう、と思ったが、青色なので食欲がわかない。
怒りが湧いてきた。この野郎、俺に食べさせる気がないな、フンガーッ、フンガーッ。怒りのボルテージが上がっていく。ピコン、ピコン、ピコン、ピコン、ピッコーーーーン。
怒りのボルテージが満タンになったので、私は信号機になって、交通整理をした。交通安全に貢献した。
短歌一首
今日またや
めくれるぱじゃまの
すき間より
本音もれくる
月曜の朝
坂下の図書室までの旅
春はまだ
だが冬はようやく過ぎて
そしてあかるさは増しつつ
あちらこちらから雪融けの水の音が聞こえて
手袋やらゴミ袋やら犬の落とし物やら
冬の残した遺留物の現れ始めた、ちょっと
生臭い匂いもする坂道を私は下ってゆく
有島さんに関する本を紙袋に入れて
公園の樹々からのカラス共の鳴き声も
食べ物を探して広場を歩くハト達の身ごなしも
うす曇りの空に凧のように浮かんでいるトンビの姿も
どこかいくぶんの安堵を感じさせ
訪ねて来る者もなく
何処へゆく場所もない私は二週に一度
坂の底にある図書室までを歩き
十冊ほどの本を袋にまた陋屋へと戻る
有島さんはなぜ死んでしまったのか?
ぶらさがった二つのカラダが私の頭から離れない
昔、この街には有島さんが住んでいた
若く美しい夫人と暮した川沿いの家の庭には
春になると桜が満開だったことだろう
漁師町に住む青年が自作の絵を携え
前ぶれもなく訪ねて来たこともあった庭のその桜
あの桜の子孫たちはいま何処にいるのだろうか?
あ!あれは数少ないわが友人だったサトウくんの父上ではないか!
(彼は遠くへ行ってしまったが)
「どちらさんでしたっけ?」
怪訝そうな父上は私を思い出してくれたのかどうか定かではないが
「明日は友達とイシカリさ、釣りに行きます」と教えてくれる
昨年倒れて入院されていたと聞いている父上には
ひと月前に同じこの路上で遭って以来ではあるが
自ら死を選んだ人は謎を残すというけれど
まだ生きている人だって謎ばかりだ
ふっと私もあちらへ行きたくなることがある、でも
私がいなくても、春の水は春に流れるが
私がいるから、春の水が春に光るのだろう
何処へゆくお金も
釣りに誘ってくれる友だちも
一緒に死んでくれる女もいないが
図書室で次に借り出す書物は決めてある
有島さんを訪ねた「漁夫画家」に会うために
前ぶれもなく漁師町の傾いた家を訪れた
八木さんの本にしようと決めてある、そして
青空にドストエフスキーの髯のような雲の浮かぶ測量山のムロランへ
道の両側を落葉松の原始林が途切れなく続くカラフトへ
赤い裸電球とベッドの他には何もない木賃宿のハルピンへ
娼婦たちを訪ねて暗い一郭のトウキョウへと
ちょっと出かけてみるつもりなのだ
春はまだごく浅いけれど
◎註
*「漁夫画家」は有島武郎(一八七八~一九二三)作の小説「生れ出づる悩み」の作中人物「君」のモデルである木田金次郎(一八九三~一九六二)。木田は北海道岩内町出身の画家。岩内で漁業に従事しながら絵を描いていたが、有島の死後は画業に専念した。
*「八木さん」は室蘭出身の作家八木義德(一九一一~一九九九)。
旧制室蘭中学に在校中、剣道部の先輩から奨められた有島の「生れ出づる悩み」を読んで文学に開眼、その後入学した北大水産学部を自主退学後に上京、二十歳で左翼運動に関わり仲間が逮捕された報せを受け満州に逃亡、ハルピンで自殺未遂、故郷室蘭の警察署に勾留された後、転向した。
測量山は室蘭市清水町にある標高一九九mの山で周辺の市街地、室蘭港、噴火湾などが見下ろせる。室蘭警察署の留置場を出て実家に戻った(実母の黒髪は頭半分から白髪に変わっていたという)八木は転向後の失意と無為の日々の中、人目を避けるようにして毎日測量山に登り、携えていったドストエフスキー全集を一冊、また一冊と読破、最終巻「カラマーゾフの兄弟」を読み終えた後、自分も小説を書いてゆこうと決意する。
八木はその後再上京、早大仏文科に在籍、同人雑誌に拠り創作を始める。北大在学中の樺太旅行の途次、宿賃が払えなくなって従事させられた缶詰工場の過酷な労働体験を描いた「海豹」で注目され、中国に出征中の1944年に「劉広福」で第十九回芥川賞を受賞、戦後に帰還した後、空襲による妻子の死を知り「母子鎮魂」を、娼婦との交流を描いた「私のソーニャ」を発表、職業作家として歩き始める。
八木は一九五二年、岩内に木田金次郎を事前連絡もなく初めて訪ねた折のことを短篇「漁夫画家」に描いている。しかしその二年後の岩内大火により、木田は自宅に置いていた作品の大半を焼失することになる。
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横浜駅で電車を降りた。夕方のホームは人であふれていた。凛の父、朝倉和真は人の流れに押されながら歩き、ポケットから携帯を取り出す。画面を見た瞬間、足が止まった。凛からの着信が並んでいる。1件や2件ではない。いくつも続いていた。その下に、見覚えのない番号がある。
和真の心臓が強く打つ。
後ろから肩がぶつかった。
「すみません、止まらないでください」舌打ちまじりの声が飛ぶ。和真は我に返り、慌てて人の流れから外れた。ホームの端にある椅子まで歩き、そこに腰を下ろす。胸がまだ速く動いている。和真はすぐに凛の番号を押した。数回の呼び出し音のあと、凛が出た。
「凛、すまん。今気づいた……どうした」
息がまだ整っていない。
「お母さんが倒れて……今、病院」
和真は言葉を失った。
「え……大丈夫なのか」
「いま先生の説明を聞いてるところ」
凛の声は落ち着いていた。
「どこの病院だ」
「青葉台総合病院」
和真はすぐに立ち上がった。
「分かった。今から行く」
「うん」
通話はそれだけで終わった。和真は携帯を握ったまま、しばらく動かなかった。数時間前の着信が並んでいる。凛はずっと連絡を取ろうとしていた。和真は改札へ向かった。
病院の廊下は静かだった。凛は椅子に座っている。携帯を握ったまま、うつむいていた。和真は凛の姿を見つける。歩み寄る。だが、すぐそばまでは行かなかった。少し離れたところで立ち止まる。
「凛」
凛は顔を上げない。
それ以上、和真も何も言わなかった。
しばらくして処置室の扉が開いた。白衣の医師が出てくる。和真を見る。
「ご主人ですか」
「はい」
「奥様のことでご説明があります。こちらへどうぞ」
医師は説明室の方を指した。
凛は立ち上がる。携帯を握ったまま、二人のあとを歩く。小さな部屋だった。机と椅子があるだけの簡素な部屋。和真と凛は並んで座る。凛はうつむいたまま顔を上げない。医師は椅子に腰を下ろした。
「まず、命に関わる状態ではありません」
和真の肩の力が抜けた。
「ただ、かなり無理をされていますね」
医師は続ける。
「疲労と脱水が重なった状態です。血圧も少し高くなっています」
和真は黙って聞いていた。
「今日はこのまま入院して、点滴を続けた方がいいと思います」
和真は深く息を吐いた。
「そうですか……よろしくお願いいたします。」
それ以上の言葉は出てこない。説明は長くはなかった。
部屋を出る。廊下の空気が戻る。和真は凛の方を見た。凛はまだ顔を上げない。携帯を握ったまま、視線を落としている。和真は少し近づいた。だが、触れはしなかった。
「大事じゃなくてよかったな」
和真はそう言った。
凛は小さくうなずく。
「うん」
それだけだった。
和真は凛の横に立った。
凛は椅子に座ったまま、顔を上げない。和真はその様子を見ていた。疲れているだけかもしれない。今日のことが大きすぎたのかもしれない。それでも和真は、凛の横顔に、どこか違うものを感じていた。和真は廊下に残ったまま、しばらく動かなかった。
おまえがほしい
マーガレットに結いあげて
環にした三つ編みの
うしろの髪飾りが
らしくもなく白い時
おまえがほしい
ネイビーカットの煙草を
斜にかまえた華奢な指に
エナメルのマニキュアが
したたるように黒い時
おまえがほしい
シースルーのフェイクファーに
漉された光線の中で
胸もとを走る静脈が
なぞのように青い時
おまえがほしい
ウォーキングベースの音階が
ばらばらと降りかかり
ストローに残った口紅が
ひた赤く赤い時
おまえがほしい
からっぽの世界
早朝の飯田橋駅ホームで
警察に保護された
黄色い線の前で
放心していたらしい
係官の取り調べにも
まったくの上の空
妹が駆けつけた昼下がりには
親指の爪を嚙みちぎっていた
どのみち残されているのは
付録みたいな余生だから
辛い仕打ちには一通り遭った
あとはお迎えを待つばかり
新宿駅に着いたら
トイレの中に立てこもって
両親の眼を盗んで
改札口へ逃げ込んだ
病院と実家との往復
自傷と薬漬けの日々
心安まる居場所は
東中野の安アパートだけ
差別されても友達作った
虐待されても恋人許した
洗脳されても仕事続けた
魔法が解ければ元の木阿弥
団地の十一階の外廊下から
夕暮れの郊外が見える
ぎざぎざになった爪を嚙むと
手すりの上に立った
ここは一体どこなんだろう
私は一体誰なんだろう
電車はどうして来ないんだろう
心に「死ねスイッチ」の入る時
瞼を閉じれば
瞼を閉じればそこにあなたがいる
優しい笑顔
差し出された手
全て私に向けられている
なんて幸せなんだろう
瞼を閉じればそこにあなたがいる
優しい笑顔
差し出された手
その手を握ろうとしても
手は空を切る
なんて寂しいんだろう
瞼を閉じればそこにあなたがいる
優しい笑顔
差し出された手
触れられないけど
それでも目の前にあなたを感じていたいから
私は瞼を閉じる
瞼を閉じればそこにあなたがいる
本当にあなたが居てくれたらいいのに…
飴玉
飴玉コロコロコロロロリ
何に押され転がる飴玉は
飴玉コロコロコロロロリ
何が追うやら飴玉を
飴玉コロコロコロロロリ
何を見付け止まる飴玉よ
飴玉コロコロコロロロリ
あの子の膨らむホッペから
飴玉コロコロコロロロリ
こぼれる笑顔が甘くて眩しいね
呼び止められる ― 白石 × 神谷 3 ―
白石は、書類の束を抱えたまま、いつもの速度で廊下を歩いていた。
次の部署へ向かうだけの移動。
遠くでドアの閉まる音がして、空気が一瞬だけ揺れた。
正面の角を曲がろうとしたところで、足音が重なった。
反射的に視線を上げる。
向こうから人が歩いてくる。
距離が縮むにつれて、足音が妙に明瞭になった。
神谷市長だった。
一瞬、判断が遅れる。
進路を譲るべきか、そのまま進むべきか。
考えるほどのことではない選択が、妙に輪郭を持たない。
視線が合ったのかどうかも判然としないまま、すれ違いの距離に入る。わずかに体を寄せた。書類の角が指に食い込み、紙の擦れる音が響く。
「――白石くん」
足を止める。振り向く。
市長はすでに立ち止まっている。
「はい」
それ以外の返答は浮かばなかった。
「例の件、進んでいるね」
白石は一瞬だけ記憶を探り、最も衝突の少ない対象を選ぶ。
「……滞りなく」
市長は頷かない。否定もしない。
わずかな間が落ちる。
遠くで誰かの笑い声がした。
「そう」
市長の視線が書類の束へ落ちた気がした。
どう動くべきかが決まらない。
「基準は、前回どおりでいい」
唐突に告げられる。
前回――どの前回なのか。
基準――何の基準なのか。
本来なら確認が必要な語が、そのまま通過していく。
「……承知しました」
承知するには情報が足りない。
それでも、市長の表情には何の変化もなかった。
「それでいい」
市長はそれだけ言って歩き出した。
足音は先ほどと同じ間隔で遠ざかっていく。
白石はしばらくその場に立ったまま、抱えた書類の重さを意識していた。紙の端が指先に触れ、遅れて現実感が戻る。廊下にはいつもの音が満ちている。誰もこちらを見ていない。
それでも、何かだけがずれていた。
#連作
#白石✕神谷