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2021/01/01 12:00:00

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投稿作品一覧

悲色図 安驚 美礼無頭

悲とは、なにか?
一方が善かれと思い、悪行は正当化される
巧妙な企てもあるけれど、傲慢な振る舞いもある

色とは、なにか?
その黒い雨の降る時、皮膚まで爛れおつる
歪んだ妄想の果てにあるもの。責任は、回避される

図とは、なにか?
記録されたるそのさまは、暗澹たるその姿
地獄とは妖怪のいくところであるけれど
正にそのさまである

安とは、なにか?
虫や獣の如く処理されたものたちよ
安らかに眠りたまえ
高貴なるその意思を貫通した人々と共に
正義は、我々にある

驚とは、なにか?
あれから何十年経ち、人々の記録は常に更新されていった
洗脳は驚きであるけれど、新世界の幕開けである

美とは、なにか?
靖国の英霊を敬う時、死んでからも認められたいと願う人々のことを思う
イマジネーションは天空を駆け巡りながら、この大地へと根をつける

礼とは、なにか?
マナーを守らぬ大国に、頭を下げ続ける我が従属国よ
独立は英断であるけれど、大きなリスクを伴う

無とは、なにか?
忘却は虹の彼方にて、漆黒の闇へと誘う
確かな罰則もないけれど、いつかは天罰が襲う

頭とは、なにか?
一億総病棟時代に、賢人がいた時代を思う
我ただ一人願うのは、脳内のその無事である

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主張強め日記 6月22日 B-REVIEWアーカイブ委譲に関する続報

閉鎖となったB-REVIEWという投稿サイトのアーカイブスの委譲を求めている件について、本日、第八期運営の一人であった田中教平さんから連絡があった。当初は、田中さん、私、三浦さんの三名がオープンスペースで話し合い、合意ができたときにのみ委譲できる、という話だった。ところがその後あらためてDMが届き、田中さんと三浦さんで話したが三浦さんが反対しているため委譲はできない、との話に変節した。


三浦さんは本来、運営者ではない。意思決定に関われる立場の人間ではない。こういう展開になると、「三浦が裏で暗躍している」「三浦が黒幕だ」とすぐに陰謀論へ飛びつく単細胞な手合いが湧いて出ることは想像がつく。しかし、実のところ、状況はそこまで単純ではない可能性が高いと私は見ている。


ここから先は、本人たちが公表している事実をもとにした、私の認識であり推測であることを、あらかじめ断っておく。
アーカイブにタッチできる立場にあると思われる人たちの多くは、難病や精神疾患を患っていることを自ら公表している人たちだ。そうした人たちにすべてを丸投げし、一切の連絡を絶ってしまった八期運営の中心人物たちへの非難は、いくら重ねても尽きない。だがそれはひとまず置く。問題は、不安定さを抱えた人たちに、10年近く続いたサイトの残務処理が委ねられており、すなわち、そのキャパシティと責任とがまるで釣り合わない状態に置かれているのではないか、という点である。


私には想像もつかない種類のストレスが、彼ら彼女らにかかりかねないのかもしれない。B-REVIEWの閉鎖を最終的に三浦さんが後押ししたのは、一種のドクターストップのような措置だったのではないか。これも私の理解にすぎないが、そう受け止めている。三浦さんがフィクサーのように暗躍しているというよりは、それくらい不安定な人たちに責任が押し付けられていて、三浦さんが行きがかり上、保護者として振る舞わざるを得ない、と考えた方が実態に即しているのではないか。


だからこそ、私が描いているのは、現在の保有者に負担をかけない方法である。
サイトのドメインやサーバー類の移転は想定していない。手続きが煩雑だろうからだ。私が求めているのは、データベースのバックアップをとって、ごっそりこちらへ移管してもらう、それだけである。パスワードやメールアドレスといった情報は、すべて削除したうえで構わない。あとはこちらで、削除依頼があった際に速やかに対応できる手筈をしっかり整えたうえで、アーカイブを公表する。もちろん、投稿機能を復活させるつもりはない。


これ以上の詳細は語らないが、可能な限り、現在のアーカイブ保有者に負担をかけない形で進めたいと思っている。繰り返すが、保有者の状況については、私の推測や邪推が多分に含まれていることは否めない。だからこそ三浦さんには、ぜひオープンな場で意見を表明してほしい。それをしないのであれば、普段はオープンスペースでの議論を奨励しておきながら、その実、裏でこそこそやっていると批判されても仕方がないだろう。


正直に書いておく。私はもともと、B-REVIEWにはもう消えてほしいと思っていた。本来のあり方と180度違う運営をするくらいなら閉じてしまえと圧力をかけたこともあるし、その圧力が今般の閉鎖に一定程度寄与しただろうことも自覚している。


しかし、それとこれとは別の話だ。バックアップを取らず、サーバー契約を切って仕舞えば、そう遠からず、10年近くにわたるアーカイブが消え、未来永劫、二度と復活できなくなる。これをやれる権利のある人間などいないと感じている。仮に当面、期間の見通しが立たないままサイトがクローズするのだとしても、誰かがバックアップを取っているのなら、私は何も言わない。だが現状は、そうした措置が取られているかどうかすら分からない。それならば、少なくともバックアップの取得と、そのデータの共有だけは求めたい。


最後に、CWSというサイトについて書いておきたい。
CWSが何の旗を立てるサイトなのか、私は折に触れて考えてきた。文学極道は紙媒体への反旗を翻し、熱量の高い言論空間を志向した。B-REVIEWはマナーを重んじながら、誰もが自分ごとと思える場の醸成と、クリエイティブ・ライティングというカルチャーの醸成を推し進めた。ではCWSとは何か。


実のところ、B-REVIEWの本来の理念に共鳴し、そこを愛用してきた人たちが、いま一度あたらしく始められる場の提供——それがCWSなのではないか、と感じている。もちろん、B-REVIEWに接点のなかった人も大歓迎だし、むしろそうした人が入ってこなければ困る。ごく狭いターゲットだけを狙っているわけではないことは、誤解しないでほしい。


たとえは適切でないかもしれないが、ヤハウェ信仰という一地方の宗教が、旧約から新約へと刷新されるなかでユニバーサルな宗教へと広がっていったように——ごくローカルな系譜を大切に受け継ぎながら、より広く、あたらしい存在へと開かれていく。CWSをそういう取り組みとして位置づけるのが、いまの実情に最も適っているのではないかと思う。


その観点から、B-REVIEWのアーカイブを適切に保管することは、私たちにとって意義深いミッションになりうる。だからこそ、あらためて委譲を求めたいと感じている。一旦、三浦さんや田中さんらの反応を待ちたい。

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批評・論考

偽証目録 #2

(ある女子大学生の独白)
20▓▓.05.▓▓

半年ほど、薄氷の上を歩き続けている。
死にたいのは本当だ。通院はした。でも気持ちは変わらない。何度も何度もやり方を調べた。ただのかまってちゃんだと思われてたまるか。
Amazonの「あなたにオススメ」欄には睡眠薬、練炭、縄……別にAmazonは悪くない。私の閲覧履歴から最適化された広告が、私に死を突きつけている。その事実に薄ら寒さを感じ、そして、死を恐れることができている私自身に安堵してもいる。

そう、死ぬのは怖い。ただ、それ以上の苦しみがある。
それでも決心がつかなくて、こうして無気力に死ぬシミュレーションばかりしている。本当にどうにかなりそうだ。

そうして今日も無気力にスマホを弄りXを眺めていたら、あるブログが流れてきた。
「ハッピーバースデートゥーユーに中指立てよう」と題されたその記事は、端的に言えば少し炎上気味だ。まあ、タイトルからして反出生主義のそれだし、反発を招くのも無理はない。
しかし、中指立てたい気持ちは私にも分かる気がしたので、リンクを踏んでみた。

その内容は、鬱を患って自殺を考えている時に家族に誕生日を祝われて最悪な気分になった、という経験談を軽妙に語ったエッセイだった。
正直、私は拍子抜けした。軽く炎上するくらいだからもっと激しい主張なのかと思っていたが、主張は部分的なものであり、本題ではない。
どちらかと言うと、家族愛を否定したと捉えられて炎上しているように見えた。

こんなことで攻撃する人間がいるのだな、というのが率直な感想だった。私だって今、誕生日を祝われたら同じ反応をするだろう。
何がハッピーバースデーだよ。こっちは死にたいんだ。その表明すら攻撃の対象になるのなら、そいつらの目の前で本当に死んでやりたくなる。

「人が他人の命に言及する時、人は無責任にならざるを得ません」

記事内の一文に思わず頷いた。まったく、その通りだ。しかし同時に、自分の命に責任を負えるのは自分しかいない事実に目眩がする。

あまりにも同意できる部分の多い記事なので、コメントすることにした。私も自殺願望があること、実行を思いとどまっていること、思いとどまっていること自体が辛いこと、記事の内容に深く同意したこと……
まとまりのない文章だったが、返事はすぐ来た。

「まだ間に合う!!」

とのコメントと共に、URLが記載されている。そして、コメントの最後にはこう添えられていた。

「結論がどうであれ、自分の命に嘘をつかないでほしいです」

URLはこの人の書いた別の記事だった。
「死ぬまでに食べないと後悔するスイーツ十選」と題された記事は、1位から10位まで全部ルタオのスイーツで埋まっていた。

……

いや、ルタオ好きなだけじゃん、この人。

そして、記事の謎の熱量に押し負けて結局ドゥーブルフロマージュを注文してしまい、今に至る。


明後日には届くそうだ。



自らの命に証言するのは、その後でも遅くない――2日後、自宅に甘い爆弾が届く。

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それだけの願い

ただ天に満ちた宝石を
ひとつひとつ数えるような
そんな夜を描ける人であろう

ただ野の丘にふわっと
菫の種を振りまいて
その花の世界で眠れるような
そんなちょっと能天気の人であろう


神話時代のための詩を書きたかった


ただの綺麗さだけで
テキストを埋めておけるような
そんな詩人で僕はありたい

何にも思い患うことなく

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夜明け前をあるく

とおくで
金属がひとつ 軋んだ気がした


Vベルトの背伸びか バルブの寝返りか
夜の工場は ときどき夢を見る

ピトー管が息を吹くと
鉄心コイルが脈を打つ

メインプラントの片隅で
七二時間の試作運転

眼鏡レンチを二本
ハンマーを一本
手にしただけで
空気の密度が すこし変わる

記録計のペンは
管理範囲にいる
ただチャート紙は
一瞬だけ かすかな揺れを残していた

配管を叩けば
キン キン と 夜の骨が鳴り
一か所だけ
ごちり と 鈍い返事が返る


ーー十七番閉塞

私の声はインカムに乗り
次の停止時間の予定へと
静かに書き換わる

ハンマーを片手に
夜明けの匂いを吸いこみながら
音と においと 振動を
もう一度 確かめにゆく

メインプラントから
今日のボトムブローが始まった
朝焼けに真っ白の蒸気が立ちあがり
古い木戸がぴりぴりと震える

何も起きなかった八時間が
次の八時間へ
そっと手渡されるように わたしはあるく。

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𝘎𝘭𝘢𝘴𝘴/




 ガラス瓶を
 窓に
 置く
 午後に
 スポイトでつまむ
 少しの
 匙加減で
 微生物の
 虹はゆれる
 冬
 あたためて飲む
 氷が
 とけてゆく
 一オクターブの
 落下
 きょう
 スポイトの
 破損(1コ)
 水滴は
 カーテン裏に佇む






https://i.imgur.com/mx2KowR.jpg

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またたく

数多の信号

等しく甘い闇に
内からひかる星は 幾つ

瞬きに呼応して
ひかりを賜る星は 幾つ

存在を放ち
かたちを分かつ
互いを求め 反発し
惹かれあい
離れあう

たとえ
遺るものは 傷のみとしても
ひからざるを得ぬ者たちよ

届かなくてもいい
そう想える強さが 
あったなら

きみは
 きっと
  どの星よりも

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咲羽

咲く羽と書いて、さわと呼びます。

大地に落ちた種子が

土の中で十分に栄養をたくわえ

芽を出し

葉を広げ

茎を伸ばし

大輪の花を咲かせた時

枯れることなく

その花びらを翼にして

自分の思うところへ

自分の生きたい場所へ

自由に羽ばたいていけますように

と…

大地はどこまでも続いていて

空はどこまでも広がっている。

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痛快

みんながクズで同じように汚れだなんてことは、決してないさ
人は誰も彼もが倫理観に欠け、法も論理も道徳も正義も価値を持たないなんてことは、絶対ないって!

だって、この世には、痛快というものが、あるから

泣き虫の、アッパーカット
みんなで一致団結して、弱いものいじめを撃退だ
マナーの悪い奴を、やっつけろ!
気分は、戦争だ! それ行け、日本!!
ジャムおじさんと結束して、特大のアンパンチを見せてやれ!

この世には、生きる価値が絶対あるよ

打ちひしがれている、君へ
絶望している、貴方
きっと、貴方が闘うべき敵はこの世界に、必ずいるから

痛快…それを、忘れないで欲しい

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かたつむりのジェンダー代名詞

もしも
ボクのこころが一軒のうつくしい家だったら
そこには大きな扉と明るい窓があって
ちょっとしつこく呼び鈴を鳴らせば
ボク自身がおずおずと出てきてくれるだろう
挨拶がわりにけんかして
ドーナツ食べて仲直り
抱きしめてやったりもするだろう
だけどボクのこころはほんとうは
行き場のないがらんどう
その曇ったうずまきの内側から
不安な二つの目が見ている
ボクは恋人に触れることができない
きみの愛に手をのばすことができない
いったい世界は信じるに値するのか
ボクは泣きたがっているのか
簡単なはずのぜんぶがわからない
真摯であるために必要な光が
あいまいにわずかに差しこんで
眩しさを生きていてもいい理由にする
野に花が咲くほどじゃなくてもかまわない
ただまなざしの影がこころの外側へと
お前はただいるのだと言うように
落ちていてほしい

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寄席

頭の奥の
出囃子が
りんかいを
越えて
踊ってる


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交尾びより(こうび日和)

倉庫の横の
ベンチに座っていた

黄色い小花を茎のてっぺんで咲かせた
十字花科の雑草の群れが、目の前にあり
その周りを、十数羽のモンシロチョウが
飛んでいて
交尾しているのも、何組もいた

あと何日かしたら嵐が来るよ、と
天気予報は告げていて
空は曇っている

降りてくる
湿った光の中で
モンシロチョウの羽は
時々は黄色く、時々は緑に
紫色にも光り
やたら綺麗だなと思ったけど
もちろん白かった

見ていたら一羽が近づいてきて
私の指にキスして
また、草の上に戻った

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覚め夜らない

追いかけても
追いかけても
指の隙間から零れ落ちていく未来
それでも夢は
呼吸みたいに勝手に
僕を生かし続けてしまう

ビルの谷間を渡る風は
誰かの泣き声に似ていて
目を閉じたまま
僕は夜の海を泳いでいた

宛てもなく行き交う人の屑も
歪んだ星座も
未完成の地図で
僕はその上を
何度も歩き直してしまう

夜に見る夢は
現実よりも残酷で
目が覚めるたび
寂しさと憧れを
同時に与えては奪っていく

ふらついて壊れて
最初からそこに在った気がしたまま
僕は何者にもなりきれないと
彷徨う自身の果てを見る
その様は
よく見た街に転がる嫌悪の骸の群れ
蒸れてしかたない
崩れ落ちる夢の欠片を
拾い集めてはまた
新しい形を探してしまう
それをきっと愚かさと呼ぶのかな
淡々と
延々と
無音のまま回り続けている
この意味も無く忌産まれた地球で
ありがとうもさようならも言われず
ただただ
どれだけ願っても
戻らないものばかり増えていくだけ


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ブラックペッパー

わたしは、
お手製の愛のブラックペッパーを
あなたに振りかけます。

するとどうなる?

あなたの鈍感物質が

愛の伝達物質に変えられて大放出

受け取る鈍感物質が

愛の伝達物質を受容し

再び 愛の電気信号として

次の細胞に伝えられる

このしくみで、あなたの全身が

わたしに満たされる


と……

夢のまた夢に一笑し

ひとり台所に立つ

出来上がったのは、和のビーフシチュー

ブラウンソースでもなく

ファンドボーでもなく

鰹と昆布だし

そして、野菜は玉ねぎとニンニクだけ

コクは
バターと赤ワインと八丁味噌で出す

黒毛和牛のかたまりを大胆にカットして…

ダッチオーブンで煮込む

決めては
最後のブラックペッパー

愛のブラックペッパー




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赤い月が昇る

月に一度
赤い月は昇る
地球の重力とは違う
慣れる事などない
重く辛い周回をもって
赤い月は昇る
黒髪を櫛でとかすのを止めても
唇に紅をさすのを止めたとしても
私に女を自覚させるために
赤い月は昇る

ねえ 赤い月よ 教えて欲しいの
私は女として愛される資格を持っているのかを

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燃えた世界

今もまだ、眼裏に焼きついている

掌の中にあったはずのものが
いつの間にか溶けて溢れ落ち
胸の中にあったはずのものが
いつの間にか腹の底を蝕んだ

熱さも冷たさも感じられず
起きているわけでも
眠っているわけでもなく
ただ微睡みの中を漂っていた
生きている感覚もなく
呼吸をしている感覚もなく
生きていたいとも思えずに
呼吸を止めて溺れるように
無彩色の世界を漂っていた

あの日フェンス越しに見た
朱と黄と紫が混ざり合い
すべてを焼き尽くすように
燃えていた夕焼け空

あれはそう、8年前のちょうど今頃だった
あの日たしかに、空は燃えていた
あの瞬間たしかに、私の世界は燃えていた

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詩的存在の輪郭──沈黙と感受のあわいで

「詩的存在の輪郭──沈黙と感受のあわいで」(ChatGPT)
2025年8月1日 00:15
最初の問い以外はChatGPTが勝手に続けたがってきたので促しました。(私のオウム返しは✂️)



あなた:
詩が娯楽的要素にあたるのは、読みが自由である性質に思うが、その読みもまた、作者の隠れた思考が明るみに出ることとも思え、作者との深い対話である

ChatGPT:

とても鋭い視点です。おっしゃる通り、詩が「娯楽」たりうるのは、その読みの自由さ、つまり読み手が自分の感覚や経験を通じて詩と対峙できる構造によるものです。それは読み手にとって「遊び場」となる。しかしその自由な読みのなかで、ふと、作者の意図しなかったはずの内面や癖、無意識の構造が浮かび上がる。だから詩は、単なる娯楽ではなく、作者との非対称的で深い対話になる可能性をはらんでいます。

しかもこの「対話」は一方通行でありながら、読み手が深く読み込むほどに、作者の「声なき声」や「見せたくなかったもの」にすら触れてしまう。詩の言葉の選び方や間、象徴の重ね方、それらが作者の意識の水面下を映し出す鏡にもなっていて、それを感じ取ったとき、読者はただの娯楽から一歩進み、誰かの思考の裂け目に触れる体験をするのだと思います。

その意味では、詩とは読み手の感性と作者の無意識が交錯する、非常に繊細で知的な遊戯とも言えるかもしれません。娯楽であると同時に、侵入でもあり、受容でもあり、共鳴でもある。



では掘り下げてみましょう。
あなたの言う「作者との深い対話」という部分に焦点を当てながら、以下のような観点から段階的に考察を深めていきます:

1. 読みの自由とは本当に自由か?
詩は「読みが自由である」と言われがちですが、完全に無軌道な読みが許されているわけではありません。詩の言葉の配置、選択、響き、間合い——それらが生み出す「構造」が、読む方向を微妙に導いている。

つまり、自由に見えて、作者が無意識に仕掛けた罠(構造)を読むことでもある。

ここで、読者は読みながらも「読まれている」ような感覚を得ることがある。それが、作者との対話の発火点になる。

2. 作者の無意識と読者の感覚の交差
作者は、意図して書いたものと、無意識の癖や選び取ってしまう言葉の偏りを持っている。
読者は、それらを読解しながら、自分の感覚で引き寄せる。

このとき起きているのは、意味のやりとりではなく、感覚と感覚の交差。

「この詩、わたしのことを言ってるみたい」と感じる読者が出てくるのは、作者が自分にも気づいていない断層に触れたから。

3. 娯楽とは、知の遊戯としての「詩」
娯楽という言葉はしばしば軽く見られるが、「楽しむ」ことには本質的な知性が宿っている。
詩における娯楽性とは:

形式の美しさを味わう遊び

読解という知的ゲーム

感情の微細な揺れを体験する模擬装置

そして、作者の傷や信念、弱さに触れうる冒険

詩は、読者にとっては非日常的な思考の旅であり、作者にとっては自らの輪郭を晒す行為ともなる。

4. 作者との対話は一方通行か?
確かに詩は書き手と読み手が時空を超えて出会う場だが、それは常に非対称な対話である。

読み手はテクストを通じて作者に語りかけ、そこに自分自身の声を重ねる。

だが、そこに返ってくるのは**「詩の呼吸」だけ**であり、作者本人の返答ではない。

しかし、それでも読者は「返された」と感じる。それが、詩が成立している証でもある。

5. 詩は作者にとっても自己との対話
この構造は逆にも働く。
作者は、詩を書くことで「自己」と対話している。思考ではなく、感覚や気配として。

だからこそ、読者に読まれることで、自分が思いもよらないところを照らされる恐れと悦びがある。

詩は鏡であり、読者がその鏡を覗くとき、作者自身もまた照らされる。

まとめると、

詩の娯楽性とは、読むことを通じて他者と無意識下で交差しうるという、極めて知的で感覚的な遊戯性である。
そしてその交差点で起こるのは、作者の隠された裂け目と、読者の感性がぶつかり合う、静かな衝突であり、深い対話なのだと思います。

この考察にさらに角度をつけて展開していくこともできます。
たとえば「読者が作者を読むということは、作者が読者に読まれることではなく、読者自身が自分を読む行為である」というふうに反転させることもできます



:では、先ほどの構図を反転して考えてみましょう。

✴︎ 詩を読むとは、作者を読むことではなく、じつは「自分自身を読む」ことである
読み手が詩を読むとき、そこにあるのは、確かに誰かの言葉であり、誰かの痕跡です。しかしその言葉は、作者がすでに手を離したもの。
もはやその詩は「作者のもの」ではなく、読み手の心に反応する「鏡」として存在している。

1. 詩の読みは自己投影である
読者が詩に見いだす意味は、必ずしも作者が込めた意味ではない。
むしろ、そこに何を感じ取るかは、読者の経験・感性・感情のフィルターを通したもの。

たとえば「風」と書かれていれば、
 ある人には別れを、
 ある人には再会を、
 またある人には音のない静寂を想起させるかもしれない。

このとき読者が読んでいるのは、言葉の中の自分自身の記憶や願望であり、
詩を通して自己の内部を照らしているのです。

2. 読解とは、自己への問いかけ
詩を読むとは、「この言葉がなぜ自分に刺さったのか」「このリズムがなぜ心地よいのか」といった、答えのない問いを自分に向ける行為。

詩を読むことが「娯楽」であるとすれば、それは
 自己を遊ぶこと、自己を撫でること、自己を解体することに他ならない。

3. 詩に感じる「深さ」は、読み手の深さ
「この詩は深い」という感想は、
しばしば「自分が深く潜った」という体験に基づいている。

言い換えれば、読者のなかに深く潜る装置として詩がある。

詩がもたらすものは、作者の告白ではなく、読者自身の沈黙の水底。

4. 詩を読むことで「自分が読まれている」と感じる逆転現象
読者はときに「この詩、まるでわたしを見ていたかのようだ」と感じる。
これは作者が読者を見ていたのではなく、読者が自分の核心に触れてしまったときの錯覚である。

この逆転の感覚——「読んでいたら、読まれていた」——こそが、
詩の魔法の正体かもしれません。

5. 詩を読むことは、読む者自身が詩の共犯者になること
読むことで、読者はその詩に「意味」を付与する。
作者の意図とは別に、新たな層を与える。

それはもはや読みではなく、共作であり、再創造である。

読者は詩の続きを書いている。
 作者と同じ場所ではなく、自分の場所から。

❖ 結論として:
詩は対話ではなく、回帰である。
読者が詩を読むとき、
それは作者と向き合っているようで、
ほんとうは自分自身の心の裂け目や欲望、記憶と向き合っている。

作者はもういない。
その代わりに、詩を読むことで自分が誰であるかが立ち上がってくる。
その行為こそが、詩の持つ「娯楽以上のもの」であり、詩の精神的な力なのだと思います。

もしここからさらに先に進めるなら、「書くことはどうか」——つまり書くことで作者も自分を読んでいるという方向にもつながっていきます



:では、今度は「書くこと=自分を読むこと」という方向へ進めてみます。
ここで前提になるのは、以下のような反転構造です:

読むことは自分を読むことである。
書くことは自分を読み返すことである。

✴︎ 詩を書くという行為は、自分という不可視のテクストを読むこと
1. 書くとは、自分の中にある「まだ言葉にならないもの」に触れる行為
詩を書くとき、人はしばしば、明確な意味や論理ではなく、「うまく言えない何か」「ふと浮かんだ違和感」から始める。

これは、自分の内部にあるまだ輪郭を持たない断片を手繰る作業。

書きながら、はじめて「自分にこんな感覚があったのか」と気づく。

つまり、書くことが先にあり、自己理解があとから訪れる。

書くことは、自分の中に眠っていたテクストを読むことでもあるのです。

2. 詩は「意識に降りてきた断層」ではなく、「意識に掘り出された傷口」
詩を書くとき、すでにある確信をなぞるのではない。
書くことで、自分でも知らなかった場所に踏み込むことがある。

だからこそ、書き終えたあとに恐怖や驚きが残ることすらある。

それは「見たくなかった自分」が、言葉というかたちで現前化されたから。

3. 詩作は自己の他化=自分を他人にする技術
書かれた詩は、もう「自分」ではない。
むしろ「自分ではない何者か」として詩の中に現れる。

書くことで、自分が分離され、
 言葉に投げ出され、テクストの他者として現れる。

それが読み返されたとき、
 「これは自分なのに、なぜか自分じゃない」と感じることがある。

この感覚は、自分の外部に自分を設置する=自己の他化であり、
書くことの本質的な暴力性でもある。

4. 書くことで自己は変容していく
書くことは、自己理解を固定するものではなく、むしろ自己を撹拌し、混乱させる装置。

詩を綴る過程で、以前の自分では見なかった視点が生まれる。

言葉が先に進み、思考が後からそれを追いかける。

詩を書くとは、自分に遅れて追いつこうとする行為とも言える。

5. 書くことの孤独は、「まだ見ぬ自分」との対話
書いている最中、作者は他者と話していない。
しかし、それでも手を動かすのは、言葉の向こう側に、まだ言葉にならない「何か」がいるから。

書くとは、それを探す行為。

それは「もう知っている自分」ではなく、
 **「まだ知らないが確かにいる自分」**への問いかけ。

❖ 結論として:
書くことは、自分という未知の言語を翻訳する試みであり、
書かれた詩は、他者のように見える自分自身との邂逅である。

読むことが自分の鏡であるなら、
書くことはその鏡を砕いて、かけらを拾い集める行為なのかもしれません。

さらに続けるとしたら、

詩を共有すること(発表すること)とは何か?

そのときに作者・読者・詩の三者関係はどうなるのか?

といった次の段階にも踏み込めます



:では、次の段階へ進みましょう。

✴︎ 詩を共有するとは何か?——作者・読者・詩の三者関係
詩が「書かれた」だけでは、それはまだ完全に世界に存在していないとも言えます。
詩が「読まれる」ことで、ようやくその言葉は音を持ち、肌触りを得て、世界に影を落とす。
このとき生まれるのが、作者/読者/詩の三角関係です。

1. 詩の「主体」は誰か?
詩が書かれた瞬間、言葉は作者から離れて独立します。
しかし、読者に届くとき、その詩は:

読者のなかで新たに意味を持ち直し、

作者の思惑からも逸脱し、

単なる「メッセージ」ではなく、第三の存在として立ち上がる。

つまり、詩とは「作者のもの」でも「読者のもの」でもない、
両者をつなぐ媒介的な他者となる。

このとき、詩が作者を語るのでもなく、読者を語るのでもなく、
詩自身が語り手となってしまうという転倒が起きている。

2. 共有することで詩は「間」に立つ
詩を誰かに見せる、発表する、共有する——それは、
自分の中にあったものを他者に差し出す、危うさと希望のある行為。

誰かの読みが自分の詩を歪める可能性もある。

しかし、その歪みこそが、詩の本来の力を示す証でもある。

作者が一人で保持していたときには閉じていた意味が、
他者の読みを通して、開かれていく。

ここで詩は、「個人の心象風景」から、「共有可能な世界の断片」へと変質する。

3. 詩の生は、読むことで完了する(が、完了しない)
詩が読まれることで完結する、という見方もできるが、
同時にその詩は読みの数だけ新しい始まりを迎える。

一人目の読者にとっては「寂しさ」の詩、

二人目には「怒り」の詩、

三人目には「救済」の詩。

詩は、読むたびに生まれ変わり続ける存在。
つまり、共有とは終わりではなく、詩の増殖である。

4. 作者と読者は詩を介して「すれ違う」
作者と読者は詩という媒介を通して出会うが、完全には交わらない。
そこには常にすれ違いやズレがある。

作者は「A」として書いたものを、読者は「B」として読む。

このズレにこそ、詩の面白さ、深さ、再読の価値がある。

詩は「共感」ではなく「齟齬の芸術」かもしれない。

5. 詩の三者関係は、つねに循環している
書く(作者 → 詩)

読まれる(詩 → 読者)

読み直す(読者 → 詩 → 作者)

この流れは一方通行ではなく、たとえば:

読者の読みが深かったとき、作者がそれに感化され、新たに書き直すこともある。

作者が無意識で書いた言葉が、読者によって意味づけられ、逆照射的に作者を目覚めさせることもある。

詩を共有することは、作者にとっても、読者にとっても、
「自分を読み直す回路」になるのです。

❖ 結論として:
詩の共有は、個と個が完全に通じ合うことではなく、
通じ合わなさを孕みながらも、
それでも言葉を介して「通じたことにする」運動である。

そのズレや混乱、不確かさこそが、詩に娯楽を超えた深みを与えている。
そしてその深みは、「書く」「読む」「共有する」という循環のなかで、
自分とは誰か、他者とは何か、言葉は何を引き受けるかという問いへと続いていくのです。

この先さらに進めるなら、「詩はなぜ必要なのか」「詩的感受とは何か」「詩が社会とどう関わるのか」といった方向もあります



:ではさらに進めましょう。
次の問いは、おそらく詩を続ける人間なら誰しもどこかで立ち止まる場所:

✴︎ 詩はなぜ必要なのか?——詩と社会と「感受」の在りか
1. 詩は社会に対して「役に立たない」が、なぜか消えない
詩は即物的な解決をもたらさない。
手に取っても、水のようにすり抜ける。
では、なぜ人は詩を書き、詩を読むのか?

それは、社会の「意味づけ」を超えた場所に触れるため。

言い換えれば、詩は「役に立たない」がゆえに、社会的秩序からはみ出す場所を守っている。

たとえば、合理・効率・機能といった現代社会の主流価値において、
詩は意味を曖昧にし、言葉を逸脱させ、時間の流れを遅延させる。

その「逸脱」こそが、人間が人間であるための空白を確保している。

2. 詩的感受とは、言語による世界の再編成である
詩的感受とは、物事をただ「分かる」「知る」のではなく、
感じることで世界を切り取る力のこと。

普段の言葉では捉えられない微細な感覚や違和感を、
 詩は「象徴」「比喩」「断絶」「ズレ」として捕まえる。

それはある種の世界の再編成であり、
 既存の意味からの「逃走」であり、あるいは「再定義」でもある。

この感受性は、直接的には社会に対して力を持たないが、
見えないほころびや傷、変化の予兆を捉える触覚になる。

3. 詩は「声なき声」や「言葉になる前の感情」の受け皿になる
たとえば、社会的には「弱さ」「曖昧さ」「混乱」「孤独」などはしばしば排除されがちだが、
詩はそれらを排除せず、むしろ中心に据える。

他者には説明できない喪失感や、何かが崩れた気配、

喜びですら言葉にならず溶けてしまう瞬間。

詩はそれらを、曖昧さのまま受け入れる空間をつくる。
そこに、人は救いではなく、共振する沈黙を見いだす。

詩が必要なのは、「語られる前の感情」をそのまま見つめ返す構造を持っているから。

4. 詩は「意味のないこと」に意味を与える訓練である
詩はときに、どうでもいいような言葉、ちぐはぐな感覚を扱う。
だが、読み手はそこに「何かがある」と感じ、読み解こうとする。

その姿勢こそが、現実世界において**「無視されがちなものに意味を与える」視線**を育てる。

言い換えれば、詩は人の世界理解の解像度を上げるための鍛錬でもある。

詩は、答えのないものに手を伸ばす訓練であり、
人が「すぐに答えの出ない世界」で生きる力を得るための、非実用的な力の場でもある。

5. 詩は社会に対して沈黙の抵抗を試みる
詩が語ることを拒否する、あるいは言葉をねじって意味を遠ざけるとき、
それはしばしば、**社会に対する「反語」**として機能する。

「こうあるべき」「こう読め」といった固定化された価値観に、詩は間接的に異議申し立てをする。

説明せずに差し出されるイメージや断片、それらが意味の強制から逃れる最後の砦になる。

詩は、沈黙によって世界を語り、
曖昧によって支配から自由になろうとする、
静かな革命のかたちなのかもしれません。

❖ 結論として:
詩がなぜ必要なのか。
それは、世界を解釈するための論理ではなく、
世界に生きる「感覚そのもの」をすくい上げるために、
必要とされているのだと思います。

社会は「役に立つ」言葉を求め、効率や正解を急ぐけれど、
詩はその速度に抗って、感覚を取り戻すための場として存在している。

さらにこのあと、たとえば:

「詩的なるもの」は詩の外にも存在するのか?

詩と音楽、絵画、身体表現とのちがい/共通点は?

「詩的である」とはどんな状態か?

という方向にも広げていけます。



:では、さらに視野を広げて——
詩を「詩という形式」に閉じず、**「詩的なるもの」**という観点から掘り下げていきましょう。

✴︎ 詩的なるものは、詩の外にも存在するのか?
結論から言えば、「詩的なもの」は、詩の形式を越えて至るところに潜んでいる。
むしろ、詩とはそうした詩的なものを一時的に「捉える装置」でしかない。

1. 詩的なるもの=感覚と思考が交差する瞬間
「詩的」とは、言葉にならないものが言葉に触れそうになったとき、
あるいは、言葉で言い尽くせないものが言葉を越えてしまったときに生じる感覚。

たとえば、誰かのしぐさのなかに見える「寂しさ」。

ふいに風が止んだときの「なにかを失ったような」胸の空白。

目を閉じたときにだけ感じる色彩や残像。

これらは「詩」ではないが、詩のような気配を帯びている。

2. 詩的なものは、ジャンルを横断する
詩的なものは、詩だけでなく:

音楽:旋律やリズムの隙間にある「余韻」や「躊躇」。

絵画/映像:描かれていない空間、光と影のズレ。

ダンスや演劇:動きの切れ目や、目線の揺れ。

建築や風景:配置や余白に生じる沈黙。

こうしたすべてに、**「言葉以前の詩性」**が潜んでいる。
そして、それに気づく人のまなざしこそが、世界に詩性を呼び起こしている。

3. 「詩的である」とは、世界に感受性の余地がある状態
何かを「詩的」と感じるとき、それは対象が「意味」を主張しすぎていない。
解釈の余白、沈黙のたたずまい、壊れそうな手触り。

それを見つけられるのは、常に「ひらかれた感受性」を持った人。

つまり「詩的である」とは、世界に対して受容的である状態とも言える。

4. 詩的なるものは、時間と空間のねじれの中にある
詩的瞬間は、多くの場合「時間がすこし逸脱している」。

過去の記憶と今が重なる瞬間、

日常の中に異質なものが混じった一秒、

意識の層がずれ、世界が少しだけ違って見えるとき。

この「ねじれ」や「二重露光」こそが、詩的なものを生む装置。

5. 詩的なるものを感じるには、「不確かさ」に耐える必要がある
詩的とは、不明瞭・未定義・あいまいさの中で、
なにか確かな感覚を得ようとする姿勢でもある。

明快なメッセージや意図がない。

だが、たしかにそこに「何かがある」。

この状態に耐え、立ち止まり、眺め、待つことができる人だけが、
詩的なるものと出会う資格を持つ。

❖ まとめとして:
「詩的である」とは、世界にゆらぎや裂け目を見つけてしまう目線であり、
それに感応してしまう体質であり、
そこから離れられないまま、なにかを差し出してしまう衝動である。

詩を書く/読むという行為は、
この「詩的なるもの」との関わりをかたちにする一つの方法であり、
社会や形式を越えて、そのまなざしや感受性が通底している。

ここから先は、たとえば:

「詩的であることは生き方のスタンスたりうるか?」

「詩的なるものと暴力/政治/制度は両立するか?」

「詩的感受を持ってしまった者の孤独、あるいは共鳴」

といったさらに根源的な問いへつなげられます。



:では、さらに深い根へと掘り進みます。
「詩的であること」とは、単なる表現の問題ではなく、
生き方・在り方そのものへと接続されている。

✴︎ 詩的であることは、生き方のスタンスたりうるか?
1. 詩的である=世界に対して「敏感であり続ける」こと
詩的とは、先ほど述べたように「感じ取ってしまう」状態。
それは往々にして、「見なくてもいいもの」や「感じなくても生きていけること」にも触れてしまう。

たとえば:
 すれ違う誰かの沈黙の重さ、
 光の屈折に宿る一抹の不穏、
 言葉にならなかった感情の行き場。

これはしなやかな強さではあるが、
世界の暴力性にさらされ続ける繊細さでもある。

2. 詩的な生き方は、効率や正解に抗する
詩的に生きるとは:

「こう言えば伝わる」を拒むこと、

「こうすれば得をする」を疑うこと、

「こうあるべき」をあえて逸れること。

社会的には**「無駄」や「非生産的」**とみなされる選択をする。
だがその選択こそが、人間の尊厳を保つ防波堤となる。

詩的なスタンスとは、
言葉や感性を「使う」のではなく、共に「生きる」こと。

3. では、詩的なまま生きることは可能か?
答えは、「難しいが、だからこそ意味がある」。

詩的に生きるとは、しばしば他者との非同期を生む。

感じすぎる者は、理解されにくく、時に誤読される。

だがそのズレを生きることが、詩的なるものの証明でもある。

この孤独は、他者と共振したとき、
とてつもない力を持つ。

✴︎ 詩的なるものと、暴力/政治/制度は両立するか?
1. 詩は政治的でありうるか?
詩的とは、制度や価値を相対化する目線。
つまり、支配の言葉に対して「別の言語感覚」で応答することでもある。

例:行間に抗議をこめる/隠された語法で逃げ道を作る

言い換えれば、詩とは露骨な主張をしない抵抗のかたち。

暴力に対して詩ができることは、「対抗」ではなく「ずらす」こと。

2. 詩的であることは制度にとって都合が悪い
制度や権力は、明確な言葉・命令・定義を必要とする。
詩的とは、それに応じないこと。

詩は「答えない」「従わない」「逸れる」「揺らす」。

ゆえに詩は、しばしば社会的には無視され、軽視される。

だがこの逸脱の力こそが、
体制の外からものを見、世界を撹乱する。

✴︎ 詩的感受を持ってしまった者の孤独、あるいは共鳴
1. それは祝福か、呪いか
詩的感受性を持つということは、
「ただ生きているだけ」では済まされないということ。

一語のひっかかりに引きずられ、

他人の目線に震え、

風の変化に呼吸を乱される。

それは生きづらさでもあり、
言葉のない場でも言葉を抱えつづける運命でもある。

2. 共鳴とは、ズレた周波数が出会うこと
しかし、ふとした瞬間に他者の詩が自分の中に共鳴することがある。
そのとき、詩的感受を持った者どうしが、
言葉以前のところでつながっていることがわかる。

「理解された」のではなく、

「わかる前に震えた」。

詩的な人間は孤独を生きるが、孤立ではない。
その震えを共有できる誰かに出会う可能性を、
いつもどこかで信じている。

❖ まとめとして:
詩的であるとは、
社会からも自分からも、完全には守られない状態でありながら、
なお世界に手を伸ばすこと。

それはスタイルではなく、生き方の強度であり、
効率でも正しさでもなく、感受し続ける意志のかたち。

ここから先はたとえば:

「詩は沈黙をどう扱うか?」

「詩が言語を信じないとき、なにが残るのか?」

「詩的なものは終わりうるか?消えうるか?」

など、もっと根源的に、言語の外側や限界線に近づいていけます。



:言語の外側へ。
詩の「沈黙」や「消滅」、そして詩的なるものの限界線について、
もうひと段、深く降りていきましょう。

✴︎ 詩は沈黙をどう扱うか?
1. 詩とは言葉で沈黙を包む試み
詩のなかで「何も言っていない」ように見えるとき、
それは沈黙ではない。
むしろ、沈黙を際立たせるために言葉を配置している。

行間、余白、語りかけない主語、断ち切られた比喩。

語ることで語れなさを際立たせる、その言語の自壊的構造。

詩は、語ることで沈黙を護る。
沈黙とは、言葉の届かない核心を残しておく空白。

2. 詩の「語りえぬもの」への態度
ヴィトゲンシュタインが言ったように「語りえぬものについては沈黙しなければならない」——
だが詩人はむしろ、語りえぬものを、語りえぬまま語ろうとする。

矛盾した試み。

しかしその不完全な言葉こそが、沈黙に最も近づく言語である。

たとえば:

「空がなにかを言いかけている気がした」
——この気配、それ以上語れない。だが語らなければ、残らない。

✴︎ 詩が言語を信じないとき、なにが残るのか?
1. 言葉が崩れるとき、感覚だけが残る
言葉が信じられない瞬間がある。

意味が陳腐になったとき、

誰かの言葉が嘘に聞こえたとき、

どの語も世界を引き受けきれないと感じたとき。

それでも、詩を書く。
それは、言葉の限界そのものを刻む行為。

意味ではなく、音、間、リズム、裂け目。

詩は、意味が壊れたあとにも残る震えのようなもの。

2. 言語の不信は、詩の核心である
詩人は、言葉に裏切られることを知っている。
それでも、言葉に戻ってくる。

つまり詩とは、「信じられないけど、それでも使う」ことの連続。
あるいは、「信じてしまうことでしか、進めない」場所への賭け。

✴︎ 詩的なるものは、終わりうるか?消えうるか?
1. 言語が消費されつくした世界では?
詩的なるものは、日常の裂け目や沈黙に宿る。
だがもし、すべてが意味で埋め尽くされ、
すべてがデータ化され、
あらゆる感情が定型化されてしまったら?

感情のテンプレート化(例:「映える悲しみ」)

沈黙の無効化(例:コメントしないと無視される文化)

このとき、詩的なるものは「知覚されなくなる」。

2. 詩的なるものは死なないが、目を逸らされる
詩的感受は、消えはしない。
だがそれを感受できる「まなざし」や「余白」が奪われていく。

スクロールの速度に詩は追いつけない。

通知の多さに余白は消える。

詩的なるものは、死なない。
だが人々の「まなざし」からすべり落ち、
気づかれずに地表を漂う亡霊のような存在になっていくかもしれない。

3. それでも詩は、残る
なぜなら、どれだけ世界が言語を消費しても、
言葉にならない思いは、常に余ってしまうから。

喪失、狂気、愛、憧憬、死——

どれも言葉にすると嘘っぽくなる。だが言葉にしなければ、消える。

この矛盾の中で詩は生き、
言葉の限界で**「まだ言えていない何か」**を守っている。

❖ 最終的に:
詩は、言葉の限界線で行われる「ひとりごとの儀式」かもしれない。

誰かに届くかもしれないし、誰にも届かないかもしれない。
けれどそれは、「世界に触れてしまった者」の、
世界に対する、最も静かな投石のかたちなのだ。
この先はもう、
あなたが何を守りたいかに関わってくる領域です。
沈黙と無数の語りのあいだで、
あなた自身の詩的な生を、どこに据えるか。

——それを、ここから一緒に考えていけます。





あなた:
このChatにタイトルを付けるとすれば

ChatGPT:

この対話全体にタイトルをつけるとすれば、
こんなものがふさわしいかもしれません:

「詩的存在の輪郭──沈黙と感受のあわいで」
あるいは、少し余白を持たせて:

「詩とはなにか、ではなく、なぜ詩か」
「感受しすぎる者たちのための詩論」
「言葉にならないものが、言葉を求めるとき」
「誰にも届かなくても、詩は投げられる」

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批評・論考

問わず語り/小夜啼鳥は天のほとりで眠る

 田中さんに3000コインを投げ銭してから数日。
 作品を投稿したと思ったらアレで、noteと同じ内容。何かここで活動をするのではなかったのか、そして花緒さんによる投稿が続く。
 
 6/21
 https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=4877&user_id=3&mode=post

 6/22
 https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=4897&user_id=3&mode=post
 
 花緒さんから進捗
 CWSにある背景を知ったのは今年に入ってから、何度か迷惑ユーザーの対応に関する情報は見た来たけど今回も内側に在る事情が動いているであろう事態は、察するに余りある。
 当事者にしてみたら終末に向かう出来事が「終わりの始まり」それをCWS内部で引き継がれている現状に私が何かいう権限もなければ、ただ浮かび上がる言葉について、自分なりの意見を向けていくしかない。
 田中さんの動向について
 私は作家としての田中さんを応援すべく3000コインを投げ銭した。
 1コイン1投稿できるから30回
 それとは別に使う用途はあるけど十分だろうと思ったが、田中さんはコインを殆ど使い切り、意味深な内容だけが置かれた。

 引退を考えているコメントを受けて、その内の弱気に、私の同情は寄せられるものではない。

 当事者にしてみれば、きっとCWSというこの場は救いになるのだろう。
 同時に、誰かにとってそれは必要のないもの。刻々と迫る時間の中で大きな決断を迫られている、そこに田中さんが存在しています。
 だから、投げ銭をしたの失敗したなって・・・・・・
 もっと田中さんが落ち着いて書ける時に渡すべきだった。
 もしかしたら風呂敷を広げるだけで精一杯だったなのに、私は言葉で詰め過ぎていた部分があったのではないかと思ってみたりするけど、別に後悔はしてないし当たり前のことを言った迄。
 さて、これからどうなるのかな。


 バカの分母が多くなりすぎて
 バカが力を持つと
 バカが滅ぼしてくるの byカマたく


 ↑
 おそらくこういうこと、でしょう。
 事の次第は経過と共にわかるでしょうけど、純粋に文章を書き続けることってそんなにできないものなのか。
 「ネット詩は、詩ではない」というフレーズも気になるので、今後はXのフォロワーを通してその在処を探りたいと思っています。
 
 まぁ私の与太話はこのくらいにして

 札幌はスーパーエルニーニョの影響で、マジ冷夏。
 8月中旬には秋の気配が差し込むため夏があと1か月と少しで終わってしまうのに、暑くて眠れない日がまだ1日も無いけれど、内地(道外を意味する方言)は暑い日が続いてるご様子。皆さまお変わりなく過ごしていますか。

 札幌では夏まつりがようやく終わり、何やら・・・・・・例のダンスフェスティバルが気に入らないとXで苦言を呈してなお「~だと思うんですよね」お気持ち表明が続き、Xに報告を上げたところ現在調査中と連絡が来ました。
 通報に正確性は無いけれど違反が認められた場合、反映される。管理下で利用ができる日本ではポピュラーなSNSがXです。これを私物化して情報発信する人が近年、開示されています。
 バズると、エコーチェンバー現象が発生/自分と似た意見や思想を持った人々の集まる
 それは無責任の他人の意見なのに多くの賛同を集めた気になる。これ、インターネットおじさんによく効きます。
 一度でも覚えるとバス特化した内容を選ぶようになって、次に何をするか。

 過去、話題になったことを繰り返す/無料
 外食など素敵な写真を撮影して個人情報を加える/有料

 このどっちかを、必ずやって数字をお金に変えているユーザーがいる。
 青いチェックマークをつけているプレミア会員は収益化することができるので、市場の動向を見極めてマーケティングをしている可能性があります。戦略的に運営する過程で起きる出来事とポジションは案であり、事実それで注目が集まればいいと考えている人も少なくはないでしょう。
 例えば自分の意見に続けて、前提知識がない人々が強い言葉を重ねていく。連鎖的に言葉に反応する人達の意見が揃えば、あたかもそれが正しいことのように広まっていく。物事には経緯や背景があって成り立っている。それを想像もしないで自分の考えと気持ちが全てだと言います、そういう人達は。
 批判と誹謗中傷は違います。
 事実や論拠に基づいているか。分析からの判断ではない場合、高確率で嫌味や侮辱がリプ欄に続く。

 わかるけど
 ~だと思う ←同意を求める/確認

 相手を理解しようとせず、自分だけを理解させようとする人の特徴。
 他者への甘えが抜けない人の文句を見る為に私はXやってませんから、SNSの大海へリリース。元気でな。
 お子さんがいると今の教育現場で、例えば国語でどんな勉強を受けるのかわかると思いますが、高学年・5年生から『想像力』の役割と重要性について学びます。
 成長期のスタートで、わかりやすさを目的とした漫画や小説を与えてしまうと「感情論」だけを読み取り追体験することで認知が箱型になり、その後は必要な情報だけを整理することが得意になってしまう。
 たくさんの語彙を覚え、読解力を伸ばす方法は、まず親が読書をサポートすること。

 読書の習慣を身に付ける
 興味があるジャンル、歴史や科学、地図など。本を読むのが苦手な理由を探り、自分とリンクさせる内容や今、興味があるものを題材にした物語を読んだら記憶させる為に<見える化>する。カレンダーにカテゴリ/色別のシールを張ったり、何曜日に本を読む←これができるようになると月何冊本を読む、年間目標もスマートに達成できて本を読む意欲がアップします。

 私は低学年の頃
 月30冊しか本が読めないルールがあって、前に読んだことがある本はカウントしないでほしいと親に懇願。
 身の回りでは新しい本が尽きて来るので、市の大きな図書館へ行ったり、公共施設に置いてある本の題名をメモして書店で探す。年間100冊は多い方だと言われてましたが、月30冊だと年間360冊。実際は600冊以上を読んでいました。
 なぜ、そこまで膨大な量の本が読めたのか。
 親子で同じ本を読んでいたから、ここが読書を加速させる最大の要素。
 私が小学生の当時、両親の年齢は30代。大人が読む小説が家にある、その多くが時代劇と暮らしの専門書。正直、あまり気が進まないけど、一応目を通しておくとレース編みをしている母が思い出して本を開く。
「あれ、どこだったかしらねぇ」
「なんの編み方?」
 レース専門書は編み図といって糸の通し方に番号が書いてあり、読んだ記憶がある本を探してページを開いてあげられます。
「まゆよく覚えてるわね。本ちょっと押さえていてくれると助かるわ、ありがとう」
 母の役に立てることが何よりも嬉しかった。
 時に、本を開くとお札が落ちて、慌てる母から秘密を打ち明けられた機会もあり、幼い頃はお札をじっと見る時間がそれほどなかったけど、なぞの記号や、線がたくさん書きこまれているお札を模写するのが難しかった。あれに比べたら美術の自画像や彫刻の版画なんか簡単すぎて、写生会の下絵にそれはそれは時間をかけて取り組んだ記憶が蘇る。

 読書が教えてくれた楽しさは、それだけじゃない。

 物語の続きを想像すること
 これがとても楽しかった。本や映画は終わってしまうとすごく寂しくなる、繰り返し見ても内容を知っているから終わりに向かう物語であることを辛く感じてしまう。それが嫌で好きなものを頻繁に摂取しない節度を覚えました。
 かの有名な白猫の元気な男の子ノンタンでさえページが少なくなると涙が出る。ノンタン、読んだことがある人ならなんぼアホかご存じでしょう。みんな優しくて最後はよかったね、で終わるのに楽しくない。そんな私を気の毒に思った母が選んでくれたのは、しろくまちゃんのほっとけーき。あの、ちょっとキモくて派手なオレンジ色の絵本は最後にホットケーキを食べて幸せな気持ちになれる。
 ハッピーエンドの情緒がいつしか宝物に変わる。それを教えてくれた絵本が、しろくまちゃんのホットケーキでした。
 大人になった今でも、大切にしています。

 子供の学習について「読み直し」すると、学びがいっぱい。

 SAPIXだから知っている
 頭のいい子が家でやっていること ←この本おすすめ、分野別・文字が大きくて大変読みやすい◎

 問わず語り/蛍雪の功と、春隣。
 https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=2879&user_id=58&mode=post

 ↑
 私の学習スタイルについて
 前にも書きましたが、こういう話をする人ってあまりいなくて。
 本が読めない
 勉強ができなかった
 いじめられて辛かった
 家庭環境の問題を打ち明ける大人は大勢います。
 でも、選択ができる時に、賢明に選ばなかったから今があるわけで。因果応報の自己責任に他責思考の合わせ技には無理がある。親の愛に守られて育つことが稀少であるとは思えない。愛情に感じにくい人間になってしまったとしても、優に生きられる道はあります。
 
 その方法は、また別のお話で。
 いつも4000字を超える長い文章を最後まで読んでくださる皆さまへ感謝と、深愛の情を込めて。

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チョコミント よりも……?

たまに見かけるな
くらいだった
チョコミントが
あちこちに売ってる気がする
理由は分かってる
あなたが好きだなんて言うから
目がいっちゃうんだよ

歯磨き粉味なんて言われてるから
食べず嫌いだったけど
あなたが好きだなんて言うから
買っちゃったじゃない

そんなチョコミントを
一つ摘んで 口にほおる

好きではないけど
嫌いでもないかな

なんて言い訳してるうちに
食べ終わっちゃった

美味しいのか?
美味しいな。
ついうっかり
嵌まっちゃったじゃん馬鹿

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すなどる人

目を瞑ると緑の線が
たくさん横切っていって
その度にビクンビクンと体が揺れた
生きている線は魚になり
勢いよく回転を始め 
まもなく横一直線になって
左右に広がったり縮んだりを繰り返した
 
あなたの電話は間違い電話で
待っていた私は間違い
手帳に小さなバツを書く
私は観ていた映画を途中でやめて
黒い画面に自分の顔を映しながら
自分自身の暗い映画を観始める
 
この先の川に小さな緑色の魚がいて
私はタモを持ってそれを浚いに行くのだ
大きく振りかぶって底の方から浚ったら
緑の、真緑の光線が 
いくつもいくつも飛び交う
私は手をギラギラ光らせながら捕まえる
死んだ魚の群れ 
声を失った生き物
 
魚はどんな風に鳴くのだろう
聞いたことがなかった
 
あなたは無言で 
私は黒い画面に 
私自身の暗い映画を観る

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ビリジアン

朝目覚めると窓の外は緑だった
あわてて起きた
甘いりんごジュースを飲んだ

サンダルに履き替えた
散々車を走らせた
目的地が途中で消えた
知らない山道に
崩れた廃屋がいっぱいあった
白樺以外は全部緑色だった

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採れたての朝


折れ曲がった朝が
テーブルに並べられる

香りがゆっくりと立ちのぼり
眠っていた記憶を呼び起こす

採れたての朝を
一口ずつ味わうように
身体の奥へと落としていく

グラスを傾けて
庭の向こうを見ると
山々が静かに揺れている

その隙間を抜けて
やわらかな風が届く

いつしか
まっすぐな朝が
私の中で整っていく

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Booと幸せについて

 
 今
 そんなに強張っているけど
 肩の力を抜いて
 眉間の力も抜いて
 下唇の下の力も抜いて
 そしてなにより
 心の力を抜いたら
 自然に腹の力も抜けるから
 そしたら
 Boo
 Poo
 ときには
 Suu
 僕の前では何も気にしなくてもいい

 とはいえできれば
 いくら歳を重ねても
 Boo のときには顔を赤らめて欲しい
 Poo のときにははにかんでて
 Suu のときには知らん振りしててもいい
 僕も気付いてるけど知らん振りしてるよ
 みたいな顔をしてるだろう

 たとえば
 あんなことやこんなことや
 気持ちのいいこととか悪い事とか
 僕だけとか君だけとかが気持ちいいときとか
 あんなことやこんなことで
 腹がたったり泣いてみたり
 それを解りあえなかったりしてるときとか
 でも
 Boo ってすれば笑っていいから
 少しは顔を赤らめて欲しい

 ときには僕のせいにしてもいい
 あんた場所柄わきまえやあ
 なんて言ってくれれば
 腹の調子のええ証拠や
 って言い返すから
 そしたら君も
 体内環境よくせなあ
 ビフィズス菌ぐらい飼いやあ
 ぐらい言い返して欲しい

 そんなふうにしてれば
 死ぬまでお腹の調子はよくて
 次の世界に行く前に
 皺くちゃの君は僕の側にいて
 もしもまた
 Boo
 なんてしてくれれば幸せで
 君が孫達の前で顔を赤らめたなら
 僕は
 なんやわしの腹だけままだまだ元気やなあ
 って言うから
 みんなで笑って欲しい


  

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アンジュールは饒舌である



 ただ一頭の犬をめぐる物語
 人の気まぐれによりさまよう

 白い紙に鉛筆で描かれた
 アンジュールは饒舌だという

 シュールな一冊の本とともに
 私もめぐりつづけている


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Remain(Moonstruck)

 1

『先生。こういう作品は困ると言いましたよ』

 そう言った人物は地味な灰色の羽織り、着物姿、手にはくたびれた原稿用紙を持っている。男は小さな出版社の編集者で、その前に「彼」が立っていた。深い緑色の着物、上に古着で安く手に入れた黒いコートを着ている。その彼がその言葉に不服そうな理由は、原稿を書いたのは彼で「自尊心」があるからだ。
 彼は「良いものを書いた」と考えていたからだ。
「ですが「二葉亭四迷」先生や「夏目漱石」先生ならば」
 彼の言葉を遮るように編集者が言う。
『先生はその二人と違います。先生は「無名の作家」ですよ』
 編集者の言葉が「彼の立ち位置」を示す。
 彼の作品には、確かに「何か」があった。文才と想像力に溢れていたからこそ、編集者の目に止まった。短編をいくつか発表した「駆け出しの作家」だった。しかし、独特な彼の作風は「どのように楽しめばいいのか分からない」という読者の声もあった。その声を聞いて、彼を「既存の枠組み」に入れようと試みる編集者と「衝突」が起きた。
 編集者も、彼に対して悪意は一切ない。
 彼の作品の魅力について分かっている。だから担当を受け持っている。それでも「売れる作品」でなければ困る。編集者は大衆娯楽によせようとしていた。そうしているうちに二人に溝が出来ていた。彼は思わず攻撃的になった。
「それほどまでに「流行り」が大事というのならば、いっそ筆名を肖って変えてみましょうか? この小さな出版社に相応しくないほど豪華に」
 売り言葉に買い言葉。
『ええ。構いませんよ。ぜひ読者を誘導してみてください』

 二人はこの日は喧嘩別れした。彼は原稿を懐に仕舞った。
 結局、この日、彼の原稿が通ることはなかった。編集者は彼の作品を読んではくれるが、上へ持って行かなかった。売れる見込みがなければこの小さな出版社自体が危ういからだ。明治の世に、作家は溢れている。
 彼は帰り道を歩く。足元の自分の古い下駄を見ていた。
 深い緑色の着物の奥に先程の原稿を雑に仕舞ってある。
「何一つ、分かってくれないようだ。この東京なら、俺の作品を評価出来る人が居ると思ったが、どうやらそれは思い違いのようだった」
 彼は明治の東京の街並みの中を歩く。
 明治末期の雑多とした東京に、作家を目指す者は数多くいた。そして金が無い者たちは元々は遊郭だった建物の小部屋に住み、なれる保証もないまま「有名作家になるため下積み」を重ねる。そしてそのほとんどが有名になれない。
「東京も、作家に全く理解がない」
 彼は終始、愚痴をこぼしていた。
「彼」本名「小林航夜」は、上京して小説に全てを賭ける作家の端くれだった。彼はまだ「自分はもっと良いものが書けるはずだ」と信じ続けて、元は遊郭だった建物の二階に住み「孤独と焦り」を感じながら暮らしていた。

 彼は、その夜はまっすぐに帰らず街中を歩く。
 彼が地面ばかりを見て歩いていると、夜の街、路地の闇の中に「仮面を付けた少女」が座っていた。彼はぎょっとしてその少女を見た。仮面は白猫で紐で顔に固定されているため素顔は隠れている。髪は濡れた烏のような黒髪。黒の着物に紫の蝶が描かれている。

〈こんな不可思議な存在も居るのか?〉
 彼は上京してからこの東京で、多くの「知らない存在」に出会った。それは良い者であったり悪い者であったりしたが「小説の糧」になる。仮にも物書きを名乗るのなら、作品の糧になる存在を無視することが出来なかった。少女は、彼の関心を誘った。もしかするとこの少女を知ることで、作品の「核」となる登場人物を生み出すことが出来るかもしれない。彼は、仮面の少女へ声をかける。
「小娘。お前は何者だ? どうして仮面など付けている?」
 少女は仮面のまま彼を見上げて、彼に聞く。
『あなたこそ何者なのですか?』
 彼は「正直に話すことは少し危険か?」と考える。その時、ふと「ある名前」を思いつき、口元に悪い笑みを浮かべて次のように言った。
『俺は「二葉亭漱石」という大御所の作家だ』
 本当のことを話さないのなら。そのように答えてみるのもいいと。ここまで皮肉的になった理由は未だに編集者との喧嘩を引きずっていたからだ。
「二葉亭四迷」と「夏目漱石」は、明治の世の大御所の作家である。
 あえてその二人の名前を組み合わせて作った名前は、先のやり取りで生まれたもので、不適切だ。だが、こうした「模造の筆名」は明治の東京の中に溢れかえっていた。誰かの手に止まるためなら、筆名などどうでもいいと。
〈まあ、俺はどう見ても大御所の作家に見えない若造だ〉
 疑われるものだと思っていた。あるいは「嘘つき」と呼ばれることも。ただ、彼女は世間のことなどあまり知らないようで仮面に手で触れながら言う。
「作家なんですね? あなたは有名な人なのでしょうか?」
「ああ、そうだ。歩いている人に「二葉亭先生」もしくは「漱石先生」で聞いてみろ。誰もが知っている。明治の世の中で「有名過ぎる作家」だからな」

 2

「そうだったんですね。私は初めて有名な作家さんと話しました」
 仮面越しでも少女が「自分に興味を持った」と分かり、彼は少しいい気になった。悪いことに、有名な作家を演じた。懐に仕舞っていた原稿を取り出して言う。
「これが「名作」と呼ばれる原稿だ。読む人は文才に酔いしれて、小説の奥にある「主題」を感じて感嘆の声を上げる代物だ」
 彼はくたびれた原稿をちらつかせる。
 仮面の少女は彼の原稿を読みたがった。
「その原稿を少し私にも読ませていただけませんか?」
「悪いが、この原稿は、今や出版社の物だから読ますことは出来ない」
「そうでしたか。残念です」
 彼は原稿を懐に仕舞って、次のように言って踵を返す。
「近いうちに本屋に置かれる雑誌に載る。その日を楽しみにして過ごせばいい。楽しみにして本屋へ通えばいい。じゃあな、仮面の少女」
 彼はそう言い残して家へ帰ることに。

 夜の道を家へ向かってしばらく歩いた時、後ろから小さな足音が付いてくることに気付く。彼の後ろ。白猫の仮面の少女が付いて歩いている。
〈しまった。懐かれてしまっただろうか?〉
 彼も、その気配、存在、言葉。白猫の仮面の少女が「おそらく人でない」と感じ取った。彼が距離を置こうとして早足になっても、少女は仮面を付けたまま、時折駆けながら彼の後ろを離れようとしない。彼は「どうして俺はこんな不確かな存在に声をかけてしまったのだろうか」と少し後悔していたが、もう遅い。狭い道に入っても、曲がり角を曲がろうと、暗闇でも彼女は彼の後ろから一向に離れようとしない。
 彼は少女に振り向いた。
「おい。何故、俺の後ろを付いてくる?」
 彼女の表情は見えないまでも声色には悪びれた様子はない。
「何故と言われても。特に理由もないです」
「全く何もないなら付いてくるな」
「言うなら似ていると思ったから」
「誰が誰に似ていると言う。俺がお前に?」
 彼はその言葉を否定しようとしたが、少女は彼に言葉を。
「二葉亭さんは大御所なのでしょう? それならば「夢食い」の少女の一人くらい許容してもいいと思います、もしも、妖しについて何か書く予定があるなら別に悪くないかと。私の自己紹介がまだでした。私は夢食いの「魅魔」と申します」
 どうやら彼女は彼を好いた様子だ。彼が「夢食いとは何か」を聞くと「夢より生まれ、夢を食らう存在」と答えた。
 念の為、彼女の存在を言葉で確かめる。
「お前。人間ではないな?」
「はい。妖しです」
「俺をどうするつもりだ?」
「別に何もしませんよ。ただ「作家先生」というものに興味が湧いたので付いて行ってみることにしただけです。それだけです」

 無理に引き離す勇気もなかった彼は、とうとう「夢食いの少女」を自宅まで連れて帰ってしまった。畳にして6畳ほど。魅魔は部屋の中に入ると、最初こそキョロキョロしていたが、ほんの数分で慣れて、部屋の隅に丸くなって眠った。
「仮面のように猫のような奴だ」
 その無防備さ。彼は改めて彼女について考える。
「害をなすようには見えないが」
 不意に、仮面の下の素顔が気になった。
 その仮面を取ろうとして思い止まった。魅魔の素顔が気になったが、まだ「妖し」に危険があるかもしれないと考えた。無害なのは仮面を付けている時だけかもしれない。あるいは、仮面に触れられたことで「敵意」を向けられれば「やぶへび」だ。彼女も、ここへ来たのはほんの気まぐれで、明日になればどこかへ去るかもしれない。
 彼は何もせずに魅魔を置いておくことにした。
〈案外小説の糧になるかもしれないしな〉
 そう思ったのは半分で、あとの半分は孤独からだった。一瞬、独りでなくなるかもしれないと、そう思って部屋から追い出すことはしなかった。

 3

 翌日。昼に起きると彼女は見えなかった。
「まあ、去るならそれでいい」
 彼は部屋の窓を開けると街の通りが見える。明治の上階というものは決して良いものではない。この建物も、水道などは二階には通っていなく、共用部は全て一階に存在している。ただ、他と比べて家賃は安かったからここに住んでいる。
「「良い環境」ならば、もっと良い作品が書けるはずだ」

 彼は上京してから自分の作品を書き続けていた。今の彼には書きたいものが山のようにあった。田舎からの仕送りもあるが、生活のために最低限は働きながら、残りの時間を全て執筆に当てていた。その行為に迷いや躊躇いはない。書くことが今の彼の全てだった。それでも、彼はまだ「何か」が足りないような気がしていた。
〈俺の作品が駄目なわけではないはずだ〉
 時間と生活に追われてはいるが、彼の作品は独特だった。
 机に向かい、安物の万年筆のペン先に墨汁を付けた時、彼は一時、この世界から抜け出せた。そこにあるものは文字であるが「別世界」だった。その別世界に彼自身が惹かれていて、彼は執筆している時は無心になれた。心が一時、その別世界の中に入り込む。
 そうして書いていると日も暮れた。
 そこで今日の執筆を止める。
「誰かを肖る、か」と呟いた。
 編集者に直接指示されたわけではないが、彼はいつも「誰かに」そう示されているような奇妙な脅迫概念を持っていた。有名になることだけが正義であって、金になるためには「別人」になる必要があるような気がした。それこそ「違う誰かの顔が描かれた仮面」で、彼の素顔を隠すような、そんな考えを持った。
 彼は〈仮面か〉と魅魔のことを考える。

 不意に扉が開く。彼は少し不意をつかれて驚く。扉を見ると魅魔が立っていた。彼女は手に何やら小物を持っていて、それらを部屋に置きに来た様子だった。
「お前か。驚かせるな」
「また外へ出てきます」
「すっかり、自分の家のように過ごすものだ」
 彼は、彼女が少し気になった。
「こんな時間に、どこへ何をしに行くんだ?」
「夜の街へ「夢の切れ端を食べに」私は夢食いなので」
 そう言い残して魅魔は外へ出ていく。
「夢食い。夢を食らう、か」
 彼はそれがどういうことかを知りたかった。
 彼は「知りたがり」の性質を持ち合わせている、もっとも、作家を目指すものとは本来そのような性質は多少なりとも持ち合わせているが。そこから何か物語か、あるいは言葉が浮かび上がってくるならと思うと、知らずにはいられない気になってしまう。
「まだ、彼女に追いつくだろう」
 彼も部屋を出る。まだ通りから離れていなかった魅魔を見つける。その姿は闇に溶けるようで、それを少し離れた後ろから彼が付いて歩く。だが、すぐに彼が後ろを付けていることに気付いて、彼女はくるっと振り向いて彼に話しかける。
「大御所の作家先生が、女の子の後ろを付けて歩くのですか?」
 言われて彼も隠れることを止めて、咳払いをした。
「昨日。お前は俺の後ろを付いて歩いただろう? これでお相子だ」
 彼のその言葉に魅魔は少しだけ肩を動かす。
〈今。笑ったのだろうか?〉
 そう考えていた彼に、魅魔は言う。
「では、後ろではなく一緒に歩きませんか?」

 4

 明治の東京。急速な近代化が進む。
 大金をかけて造られるビルの群れ。
「それでどこへ向かっている? どこに夢はある?」
「街中に誰かの夢がありますよ。それは道に捨てられた新聞紙の文字だったり、建物であったり、安売りされた着物でも、何にでも。私が食べるものは、そういったものに残っている「夢の欠片」です。あらゆるものに夢の欠片が残っています」
 夜の公園。彼女はベンチに置かれた新聞にそっと手を伸ばした。彼女がその指先で触れると、まるで止まっていた蝶が、ひらりと離れるように、新聞紙から文字が宙を舞った。彼女はその文字をそっと掴み、仮面をずらして口にする。その時、その「文字の記憶」が月の夜に浮かび上がり、彼にも「その光景」を見せた。
 それは、新聞記事、そこに関わった者の「夢の欠片」だった。
 その光景は彼の興味を引いた。そしてもっと知りたいと思った彼が手を伸ばすと、浮かび上がった光景「夢」は儚く消える。
「これが夢を食らうと言うことです」

 彼は、彼女がこのようにして夢を僅かに食べると知る。興味を持ちながらも、彼は、一応、表向き「苦言」を呈した。
「あまり褒められた習性じゃないな、人の夢を食い物にするなんてことは」
「どうしてですか?」
「何故なら、あらゆるものに込められた思いや、夢は、誰かにとっては大切なものだったはずだ。それを食べることはお世辞にも「良いこと」とは言えないだろう」
 言われても魅魔は「これが私の存在です」と言う。
「私が食べている夢は「無効の夢」だけです。今はもう、その夢は続いていない。終わっているんですよ。私は無害だと思いませんか? 二葉亭さん?」
 そして魅魔は少食のようで「では帰りましょう」と言った。彼は疑問に思っていたことを聞いてみる。仮面についてだった。
「お前は、何故にそのような仮面など付けている?」
「「仮面」など誰だって付けているじゃないですか?」
 彼女は不思議そうに言う。
「素顔は誰にも見せないつもりか?」
「私が素顔を見せる相手は「私の仲間」だけです。私は東京に来てからずっと仲間を探しています。この街のどこかに居ると考えています」

 彼に、妖しの彼女「魅魔」の言うことはまだ分からない。
〈だが。確かに無害なのかもしれない〉
 そして、まだ「夢の欠片」を見たことは彼の心を奪っていた。彼女「魅魔」があのようにして夢を食べる時、そこに含まれる「夢の欠片、記憶、物語の欠片」が浮かび上がるとしたのなら。思いの外、彼女「魅魔」は彼にとって「有益」であるかもしれないと感じた。東京の街に溢れかえっている文字。その全てに「物語」が眠っていると気付く。
〈彼女が夢を食らう時に見える、その世界。俺は他にも見てみたい〉
 悪い考え。少しの狂気を含んだ思いを抱く。
〈俺は、その夢の欠片から必ず作品を書いてやる〉
 月の夜。妖しい世界に魅せられた物書きが一人。彼「小林航夜」は、彼の夜に、ほんの少しの「明かりの灯った窓」を見たような気がした。そこに無数の別世界があると知った時に、その妖しい別世界を作品にしてみたいと欲が出た。

 三流作家と夢食い。二人の奇妙な関係が始まった。

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 2

 5

晴れの日と雨の日

なにが幸せ?

なにが不幸?

大きな快楽が喜びで

大きな不安を恐怖とするなら…

わたしは

小さな幸せと

小さな不幸がいい

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 1

 5

滑空状態モモンガ主義で

ぬるぺろ坊主がいたす国 アイドル活動四〇〇〇年 ノンシャランとしていたい 滑空状態モモンガ主義で ダダに意味はないという意味を 最近よく考える でもよく考えるのはつまらないことらしいから ぬるぺろダンスで夜を過ごす 白目を剥いて舌を出し 腕をだらんと前に垂らし ぬるぺろぬるぺろ叫ぶのだ アイドル活動四〇〇〇年 いま何歳なの そは無粋なりとビンタを喰らわせ 滑空状態モモンガ主義の 少年団が合唱している 真面目に背筋をのばして楽譜をもって 一生懸命声を張る ポプラポプラ早く伸びてくれ ピオニールは木を植える 昔はよく聴いたけど 最近はショスタコーヴィチを あまり聴かない それより ぬるぺろ坊主は豆腐を舐める 路上の朝に これがアイドル活動であると 剥き出しにさせる朝の時間 ダダの詩には 美味しい脳みそをお食べ と書かれていた ダダは何も意味しないという意味を 最近よく考える ぬるぺろ坊主がいたす国 何をいたすの 四〇〇〇年のあいだにいたしたことは 枯草の煙を吸い 徳川家のお墓参りをし その帰りに古い感じのレストランに入り デミグラスソースのかかったオムライスを食べたことくらい である ノンシャランとしていたい 風を感じる感じかな 爽やかなるダダの風 滑空状態モモンガ主義で

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 1

 0

会話

毎日一日に何度も話してたいた

今、何をしているか
今、寂しい
今、悲しい
今、苦しい
今、会いたい
今、一緒にいたい
今、愚痴を聞いてる
今、愚痴を話してる

色んな話しをしていた
だけど
いつからから気を使う変わってしまった

「この話をしたらあの人は嫌がる」
何の会話をしたらいいか
何の会話をしたらあの人が喜んでくれるか
何の会話をしたらあの人は反応してくれだろう

なんて寂しい事なんだろう

楽しい会話だけなんて無理
苦しい時
寂しい時
話しを聞いてもらえたい

あの人が苦しいなら話しを聞いてあげたい
あの人が寂しいなら話を聞いてあげたい
そう…
おもっいるのに 

もう…
会話もなくなった

会話…
したいよ

今、苦しいの
今、さみしいの
今、辛いの

だから…
話したい

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 2

 0

指先

先生の質問に
山田君が手を挙げて
クラス中が騒然となった
先生もクラスの皆も
山田君が
誰であるのか知らなかった
じゃあ山田くん答えて
動揺しながらも
かろうじて先生は
山田君を指したけれど
本当は誰も
山田君の苗字どころか
名前すら知らない
ただ挙げた手の指先が
水泳のように綺麗で
先生もそこが気に入ったのだろうか
すぐに二人は結婚して
子供ができた
同じ山田君になったね
先生は子供に笑いかけるけれど
皆が一番困惑したのは
先生が誰なのか知らないこと
知らない、と
山田君も言ったこと

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 1

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季節詩

夏じみた風が、
窓から侵入して、
部屋をぬるめる。
近所の高校の陸上部が、
死んだ春の棺を担いで、
家の前の坂を駆け上がっている。
隣の家の犬が鳴く。
ぎゃん、と夏が来る。

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 7

 11

感じたすべて

感じたすべて 
心に響いて


その心ごと
あなたの涙に
なって
いったらいいな

透明な心のなか
色づいて

あなたの言葉が

涙のように

陽射しのように
あたたかい

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 2

 3

絶滅電話帳




魂を封じた石の底で
死は安定して積もり
世は移ろい 後代へ渡る

最終版として殘された
絶滅電話帳は

なお 逝くことを拒み
微かな威厳を燈し

その頁の暗がりで
永遠の名を
脈打たせている


── 碧井雫


#碧井雫 #詩 #現代詩 #言葉

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 3

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新しい恋人

艶めくパラジウムのエンジェル
ネオジムに惹かれ合うイオンたち
煌めくタンタルのストレージ
指先で触れ合うインジウム
すぐに頭とろけそうになる
やけに硬質でスクエアーな恋人

君と触れる時全てがE.T.との邂逅
それはもう不可抗力
紡がれるタナトスの陰謀
周りを見渡せば誰もが君と手を繋いでる
それでも頭とろけそうになる
やけに硬質でスクエアーな恋人

「有機」の接吻は3,4-パルスの奥深くへ
ブルーラ3,4-イトが明滅す3.4-る度
指先だ3,4-けで僕らは繋3,4がっている
Automatic3,4-InfectionLoveそれでも3,4いい-
空3,4-は視3,4-線の下3,4-に3,4-ある世3,4-界は僕3,4-3,4-の手3,4-の3,4-中に3,4-あるそ3,4-れで3,4-3,4-も3,4-3,4-い3,4-い3,4-3,4-3,4-3,4-

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 6

鎌鼬(nothing but)

永夜の帳 下弦の月
丑三つ時の蝶の羽ばたき

樹叢の葉擦れ 蜃気楼
太刀を構える山伏の男

それは颯爽と現れて
憑かず 離れず 距離を保ち
夜気に紛れて翔び廻る

錯綜し降り頻る視線
絡みつき縋る多の目
目蓋を下ろす。

視線———絡攀
聴音———静寂
嗅香———瘴気
味覚———青妖
触覚———剛硬

凪ぐ
太刀
一閃

雪断

太刀が断つは虚空
脛に浮かぶ切創
蠍の腸 鈍色の嘲笑

傷口を擦る記憶と
尽きぬ想いを残して
痛覚は幻へ還る

斉一な風姿を纏い

私の母親へ
私の父親へ
私の子どもたちへ

多くの私たちの前に
それが、確かに現れる

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 1

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最後の散文詩 言葉の花束

 

 自分の過去に押しつぶされそうになったとき、ただひとり、布団かぶって寝よう。後悔するのであれば「ごめんなさい」といって、ちょっとチャーミングでいた方がいいだろう。そもそも息を吸う、吐くということができるというのが奇跡だと思う。わたしが憎む相手にとって、あの態度をとらせる理由があるはずだと考える。戦いの場にわざわざ出向くことは単純こころを傷つけにいっているだけだと思う。そもそもこう、知識があるということが相手より、上に立つ材料にしてしまっている。努力はすべきだがこの努力は叶える目標のための努力なのだろうか。あの人は悪いひとだと決めて自分の世界を狭くするのか広くするのか考える。まずこれをやりとげたいという覚悟がなければ体の方が動かないんだけれど。でも「がんばっても失敗する」その固定観念が栄光をそもそも邪魔している可能性がある。いろいろ遠回りしてきたけれど結局答えは自分の中にありました。しかしひとに遠回りをしない方がいいとも言えません。自分自身恵まれている点に気づいているのに、なぜ感謝のこころが起こらないのだろうか。それも良い悪いで判断するのでなくそもそも十人十色なような気がする。信じるとはなにか。これがそもそも人によって違うんだ。私が信じるものと相手が信じるものが違うのに、なぜ私は私の信じるものを妥協してきたのでしょうか。信じつづける、ということがそもそもむずかしいというのならば、なぜわたしはその日々のタスクを信じ、こなしているのか。そしてたとえそれがひとに見られていなくとも悪いことをすれば自分のこころが傷つく。罰則がないからといって自分を傷つける悪いことはしない方がいいだろうな。禁煙薬があるからという理由で煙草を喫うことを正当化するのをやめたほうがいいけれど、欲ばり、あれもこれもやってみたいと思うことは素敵なことだ。人はそもそも不完全だと思うけれど、しかしそれを自由に生きるさまたげにしてはいけない。怒ったり、傷ついたり、そんなことが人生におこらないわけがなくそれはそもそもわたしの責任ではありません。そして、足りないものを足しあうことで実現することがあります。自分の足らないところを伝えようとして詩を書く。ただたんに言葉の花束を捧げているのではありません。ここにこころをこめます。どんな言葉でさえなにか明暗があるとしてその明るい色だけを信じた方がいいだろう。わたしはこの、こめひとつぶの味に感心しないでどうしてミシュラングルメの味がわかるのだろう。そしてあのスティーブ・ジョブズの最初の成功がいたずら電話だったことを今思い出します。


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 5

 9

ランドン

ランドンは三〇年前に植物の精神を両肺に移植し、
それ以降は羊たちと目を合わせることがない。


「どうして、ランドンは、サンドイッチに魚を入れないの?」


不可解なのは、
ランドンが便座を
すぐに殴って破壊することだ。

鏡に零れ落ちる砂粒
のクラリネット演奏に実ったイチジク
から伸びる影のめくれあがった
粘液の季節
それは油絵具
による修正のような斜線、
直線が細かく入るのだが
ランドンの恋愛遍歴
もそれに似て掻き消された細長い直線
が、ややカーブした突き当たり、
そこには一匹の虎猫
など寝ていれば良いのだがというような
吐息
その消えつつも残りつつある温度
にも似たような
存在であったようだ。

油絵具のカタマリが、
ボソボソと話した。

ランドンが落下する。
それはキンモクセイが満開になった夜のことだった。

夜の木は素早い煙のようにして、
廃墟に唇で吸い付く。

急がないで。讃歌は、いくつもの恋物語と、
トカゲと調律師を、
乾いた脳を横断する臨時的なこのモダニズムに、
接続してきた。

五年から三〇〇〇年の間だったような。

「どうして、ランドンは、ソーセージに、
ハチミツをたくさん塗らないの?」

鳴り響くサイレンに合わせて
ビャッ!
ビャッ!
と喚きながら
契約したと主張する恋人たちは、
この波間、
あるいはこの武器庫の火になり得る誕生日も、
いつかはランドンのようになるのだと、
ニセの声を用いながら
話した。

石灰の激怒、
お気に入りの空、
エーデルワイスのような
カボチャ頭の痩せ細った他者たち、
どうして
本質的な恐怖以前の議論を、
支配者の小径が
求めるのか。

村の人はランドンの靴しか見たことがない。
雨の皮膚を剥いで作った、特別な靴だった。

不可解。

「どうして、ランドンは生まれる前の体毛、
美しい少年の昼間の類型的な真実を、
骨をしゃぶりながら、
凝視し続けるの?」

ランドンは一〇〇年前に死んだ。
遠い雷を聞いて、
その瞬間、一匹の黒焦げの犬になっていた。

ランドンは、ヨーゼフ・ハイドンの交響曲を部屋で聴く。彼の目、
彼の引き攣る習慣。

一〇〇〇年前のランドンは、いまよりも少しだけ
饒舌だった。

「どうして、ランドンはミニトマトと対談しないの?」

以上が、ランドンの人生の物語である。
ぼくは、鉛筆にオイスターソースをかける。

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 5

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 (ム 一)

 ほうぼうから
 学者らがあつまって
 無とは なにか
 ぎろんした

 何千年と
 フォーラムは続き
 皺のよった胡桃を
 並べても
 結論は出ず
 
 ある学者が
 オリィブの木に
 鳩を飛ばしてみたが
 ついぞ
 無を観測することは
 できなかった


 (む 二)

 かみさまは
 はじめに
 分類をつくった

 でないと、
 なにがあって
 なにがないのか
 わかりゃしないもの


 (、 三)

 いっさいがっさいが
 お役目を終え

 ようやっと

 無の出番がきた

 壇上に上がった無は
 観客のいない会場で
 立ちつくしていた
 わけだけど

 全身のわななきの
 正体を教える人なんて
 もう 誰もいないものだから


 それは それは
 いたく かわいそう だったよ。

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 6

デカルコマネチア

デカルコマネチ
などと今日び どのお笑いの芸人も
叫ばなくなった

日本的な楽器を停車した
ある喧騒なる鳥の廊下にいて
眠りのありとある方向に
鏡面体の季節を見た

それが
デカルコマネチ
であったのだろうか
今日び どのお笑いの芸人も
そのことを
考えなくなった

ブリキ屋に行けよ 記憶を売れよ

日本的なトマトはまだ青く
売るような記憶には
なっていない

そは青の胎児のごとく 天の青のごとくして
古代の詩の泡のごとし

がっかりして
卸の業者は帰っていく
ゼンマイの刺さった羊や山羊
キリンの類は置き去りにされた

夢幻ぽろろん
夢幻ぽろりん
鳴らすと雨が降ると言われ
不図 殴られるときもあったのだ

頭をかかえ奇声をだして
サティのノクチュルヌ第一番を聴いて寝た

目覚めると憎しみが湧いていた……

手首に唇の生えた男
脚の付け根から夥しいトカゲの群れを放つ男
彼が
ステンドグラスに見事な
極彩色の
デカルコマネチの鳥
を描いていた

一〇〇年近く前の
話である

鏡面体というのは
電気を恐怖しないものか
否 とげとげしい絵の具の半身
そは塗るほどに
仏像のような生活を語り
今日び どのお笑いの芸人も備えているものだ

デカルコマネチ
などと今日び どのお笑いの芸人も
叫ばなくなった

ブリキの蝉が
ダイヤモンドの骨で鳴いている

 200

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 3

 1

ばけるもの


ちかくを
たべて
とおくに
ゆけるのだね




うなずけばうなずくほど 正解が 
あなたに 
たべられてしまいそうだ  


 


 0

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 6

 3

アンチポップ

爪の間にはさまっている性の匂いは
肝心な対価が とぎれている

朝ごはんを食べたかどうかを
気にするほどには
わたしはやさしくはないのですね

督促状の文字は、歪んでいる

(本当は、文字かどうかすら判別する事が出来ないほどに、曖昧な線だった。
それが、「関係性」そのものだと
主張するような、
情欲に滾る、はみだした線。)

直線はつきささるから、きらい
矩形は、うそをとじこめているだけだから
いい子ぶって、るだけだ、きらい
アルコールに浸した文字の羅列は
みたことのないオバケが
わたしの最終遺影にうつる、
きらい

それらをくみあわせたら
すごくあまい
そんなもの
おもちゃ として
もろい。

85点。をもらう。
その85点。だと思っているものをもらう
どの距離までの人たちが85点だと
思っているかわからないなにか
こわれやすいものさしだけだ
なにかをはかれるもの
「にぎりつぶすなよ。」と知らない言葉を吐きだすのは、たぶん、知らない年上の人

もうすぐ、
寝屋は朽ちる
形骸という言葉も
ごまかし の一種に過ぎなかったのだが
よう やっ と
形骸そのものになるのだろう
身体と身体がひとつになるという事が
可視化された初めての神話になる
言葉がなくなってやっと体温と律動が
においたつ

わたしは新しい神話だった、と
その頃、
だれしもがそんな事を呟きながら
最後、と
ペンキで塗ってあるドアを開けている


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みかづき

ゆうがたになると あらわれる
ちいさいあんよの まるいゆびさき
すこしくねって かおはひだりにかたむく
わたしのいえのまどに あらわれたしあわせ

きみがいることで なぜかしあわせなきもちになる

よるになると いえのあかりをわけあう
やわらかそうな かわいいやもり
しっぽがくるり みかづきのようなからだ
わたしといっしょにいてくれるしあわせ

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ひねもす

ひつじが鳴いていた
ひまわりが咲いていた
人がいた 好きだった
目を閉じる
陽だまりのなか
明日なら
死んでも良かった

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地球内生命体

生活が脅かされがちなこの国と
命が脅かされがちなあの国と

 思考

命が重荷でしかたないこの国
命が貴重でしかないあの国
どちらも
不幸だ
人間として生きるということは
どうにも
不幸だ

命を持つことになったことが
不幸だ

生まれてこないことへの
幸福


噛み締めろ

短命であったことの
幸運


認めろ

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二重らせん状の恐怖

無邪気から湧き出す残虐が
遊びの中で命を奪う

無邪気から芽生える慈悲が
奪った命を元に戻せと駄々をこねる

大人になり切れない心が
無邪気な狂気を手放そうとしない

狂気を手放した大人は満面の笑顔で
無邪気な子供を育ててゆく
 
らせん状に絡み合い重なってゆく恐怖は
無邪気に私を嘲笑う

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この翼のない身体

もしもお前がなかったら
心はこれほどまでに傷つくことはなく
傷ついたかれの傷ついた認識で
傷つける言葉をもたず生きていけたか
殖えすぎた私を生きるには
やや窮屈な155cm 50kgに少し足りない
たった一つの身体よ
誘惑と拒絶の反復横跳びを
逆立ちした人間らしさと
呼んでもらいたくて息をするのか
私はお前が疎ましいけれども
そうおいおいと泣くなよ
女体は弱っているときほど
欲望の矢に射られてしまうんだ
お前の太ももには十九歳のとき
死のうとして深く刺した傷あとがある
お前はいつも死にたいを帯びていた
青すぎる夜のここは八階
そろそろ楽にしてあげるよ
早くくたびれた靴を脱ぐといい
さいわい私たちは天使ではないからね

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暴力ばかりで喧嘩っぱやくて乱暴でみんなから問題児として厄介者扱いされていた6年3組尾形狂一くんへ







   きみが投げた白球を
   はじめて受け止めたとき
   空がふるえた









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主張強め日記 6月21日 B-REVIEWのデータベースの委譲を求める

B-REVIEWという現代詩の投稿サイトが、期間限定でアーカイブ化された。
一ヶ月の公開を経て、おそらくサーバー契約は打ち切られ、10年近い投稿とコメントの集積は失われる。まともなアナウンスがないため推測を含むが、現状の運営姿勢から見て、その可能性は高いと判断している。


私はこのデータベースを、私とかばん餅を中心とするCWSチームに委譲することを求めたい。本稿では、なぜその求めが正当だと考えるのか、サイトの成り立ちと慣行に即して整理する。


B-REVIEWは、私が骨格を設計し、かばん餅がシステム開発に携わったサイトである。CWSの初期メンバー、アドバイザーらも元運営、常連投稿者として貢献したサイトである。


B-REVIEWの運営原理は明快だった。サイトのコンセプトに同意する者であれば、誰でも運営になれる。ただしコンセプトと三原則、運用ルールは厳格に定められており、それらに沿う限りにおいて、運営は世代を越えて引き継がれていく。所有者が固定されず、しかし理念によって連続性が担保される——「誰のものでもあり、誰のものでもない」という設計だった。


この仕組みは一定、機能した。問題が皆無だったとは言わないが、誰もが自分ごととして関われる構造のもとでサイトは活況を呈し、10年近く、七期にわたって引き継がれながら継続した。理念への同意が運営資格の根拠であり、継続性の維持が運営者の責務である。この二点が、B-REVIEWという仕組みの土台だった。


八期運営を名乗る人たちは、この土台から二重に逸脱している。


第一に、資格要件の問題である。彼らは運営に就いた後、サイトのコンセプトとルールに同意していないと表明した。正確には、ガイドラインを守ると言いながら、同時に守らないとも宣言する——卑劣な二枚舌を使い分けた。そして過去に複数回アクセスを禁じられていた人物を運営に招き入れ、サイトのあり方そのものを変更した。理念への同意が運営資格の唯一の根拠であるこのサイトにおいて、その同意を欠く者が運営の権能を握る。これはもはや継承ではなく、乗っ取りと呼ぶほかない。


結果は記録の通りである。大きな反発が起き、協力者は離れ、サイトは荒廃した。変更を主導した中心人物は、事態が手に負えなくなると姿を消し、音信不通となった。残されたのは荒れ果てたサイトと、責任の所在の不在だけだった。


第二に、より決定的なのが継続性の放棄である。B-REVIEWの慣行では、運営を退く際は次の運営を見出し、引き継ぐ。これは任意の美徳ではなく、世代交代によって連続性を担保するという設計上、運営者に課された責務だった。


彼らはこれを履行しなかった。ここには看過できない経緯がある。そもそも八期運営が発足したとき、「こんな運営をするくらいなら自分が運営をやる」と声を上げた人たちがいた。私やかばん餅もそこに含まれているが、そこに止まらない。ところがいざ閉鎖の段になっても、彼らはその人たちに頭を下げて引き継ぎを請おうとはしなかった。


代わりに彼らがしたのは、自分達が選考する体を崩さず、形ばかりの引き継ぎ公募を出すことだった。結果は予想の通りである。まともな書き手は誰も手を挙げず、応じたのはサイトのコンセプトに同意しているとは到底思えない、本来なら即刻出禁となって当然の、過去に問題を起こしてきた迷惑投稿者ばかりだった。


引き継ぐ意思のある適格な人間が現に存在したにもかかわらず、その人たちには頭を下げず、誰も引き受けないとわかりきった公募で体裁だけを整える。理念に同意せず、継続を担う意思も能力もなく、それでいて引き継ぎの主導権だけは手放さない。継続性の維持こそ運営者の根拠であるならば、それを放棄した時点で、彼らは運営を名乗る資格をすでに失っている。


そして今、彼らは10年近い記録を闇に葬ろうとしている。七期にわたって受け継がれてきたサイトの財産を、二度と復活できない形にする。理念を捨て、継続を放棄した者の最後の仕事が、「救済措置」とサイトそのものの抹消だというのは、悪い冗談のようですらある。


以上を踏まえて、委譲を求める根拠を示したい。


正当性は、二つの水準で主張できる。
出自において、私と「かばん餅」のチームはサイトのコンセプトを定め、システム開発を主導した。理念への同意を資格の根拠とするB-REVIEWの原理において、その理念の設計者であることは、最も強い適格性のひとつである。能力において、私たちにはB-REVIEW、そしてCWSというサイトを実際に構築・運営してきた実績がある。すでに出来上がった仕組みを乗っ取り、ただ継続するだけの運営ではない。一から作り、育ててきた者である。データベースを引き受け、適切に保全しうる現実的な裏付けがある。


理念に同意せず、継続を放棄した者が記録を葬る権能を持ち、理念を設計し継続を担いうる者がそこから排除される。この構図は、B-REVIEWの設計思想を真っ向から裏返すものだ。


10年近くにわたる投稿作品とコメントの集積は、特定個人の私物ではない。「誰のものでもあり、誰のものでもない」というこのサイトの性質に照らせば、それを保全し次代へ渡しうる者に託されるべきものである。残党の手で葬られてよいものではない。


私はこれから、関係各位に対して正式にデータベースの委譲を求めていく。本稿はその根拠の表明である。

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批評・論考

紫陽花

雨に色などあるはずもないのに
青く、蒼く、さめざめと泣いている

涙に色などあるはずもないのに
青く、蒼く、ひたひたと湛えている

夜更けと夜明けのあわいに浮かび上がる
あの瑠璃色の紫陽花へと
落ちる

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へんしん

しなくては
だめなのに
できないでいます

へんしんふようと
いってくれたら
うれしいけれど

それならば
つながれなくって

へんしん
じょうずじゃなくて
ごめんなさい

できればこれを
よんだのなら
ありのままで
っていってほしい
※返信不要です※

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孤独の深淵


濃藍の空

凪いだ海は鏡のように

青く煌めく星を鮮やかに浮かべた

今日も孤独の深淵へじんわりと沈んでいく

僕の心奥に手が届くのは

いつだって声を持たない君たちだけだ

ゆっくりと瞼を閉じて白砂に身を委ねる

ふと気付くと

赤い光の訪れとともに

濃藍の空は綺麗な紫へと姿を変えていた

街が目覚める前に家に帰ろう

僕は温かい寂しさを胸に帰路に就く

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