投稿作品一覧
コーヒー、深夜、それだけのこと
コーヒーは
いつも僕の悲しみ
何かが心を締めつけるわけでも
あるいは涙腺を痛めつけるわけでも
ないというのに
ただ悲しみだけが
そっとそっと、攻めてくる
コーヒー、深夜、それだけのこと
なのに
ただ顔を上げては
一片の眠気さえ失った目に
星を焼きつける日々が過ぎ去るんだ
青の溶液
彗星の速度で
時間の裏側へ遠まわりする
夜に
ないていたのは
きみの骨。
ずっと昔に
置き忘れていた
戸棚の
ビーカーの
青の溶液
核反応の
名残りのように
振り返る一瞬に
飛散した欠片
留め置かれた記憶。
とおりの街路樹は
原子に揺らぎ
葉は すこしの 風にゆれる
裏通りには
犬の模型が
透明のままに
佇んでいる
破片は宙空を漂う
4億年後にも
そこにある。
戸棚のビーカーは
既に破損しているのに
溶液はそのままに
すこし 紫にくすんで
形状を保っている。
ラベルには
1900 と
表記されている。
図書館
夢をずっと見ていたんだ
永久の中に沈んでいく
図書館の夢を
図書館は一つの宇宙だった
26文字といくつかの記号
宇宙を表現するには
たったそれだけで十分だと
そう言わんばかりに
図書館は存在していた
夜の果てのさなかで
図書館は星であった
図書館の中に
降り注ぐは
万物不滅の雨
無色透明の水銀灯
照らすのは
存在した
あるいは存在しなかった
書物の表紙たち
君がいつか
僕の書いた
あるいは書かなかった
詩集を手に取りますように
【短歌】親愛なる冬のみなさま【まとめてみた】
銀紙にくるまれた冬をとりだしてほうばる前にすこし眺める
透明をかさねてかさねて神無月こんないろでも光になるのか
夏掛けにいっしょうけんめいもぐりこむコタツごっこと音も無い窓
濡れ鼠かわかしたので眠りねずミルクのふとんにくるまって尚
おや中尉あなたでしたかこの冬を鏡のように磨く役目は
十二月なにを撮っても美しく星の採取に役立ちました
枝ぶりは丑三つ時ならシカのツノ冬の昼なら空の花束
将来は研究しようと思い立つ無垢なそらほど寒いふしぎを
碧すぎて夜はとうとう紅くなる電信柱へ薪をくべよう
終わり際は初冬とおなじ匂いみたいこんな鼻ではわからないけど
事故
どんでんどんでんどんでんどん
軽自動車が子供を轢きそうだ!
危ないーっ!!
キキーッ!!
ダブンッ!!
でかい鳥が子供を攫いました。
バクンッ
鳥が子供を食べました。
「我が子供、鳥の栄養になりにけり。」
きみとわたしのあわいに
海と空に境界などないように
白と黒の境界などないように
あり得ないとあり得るの境界も
きみとわたしの境界も
本当はなにひとつないのかもしれない
そこにあるのは
ただ揺らめく波のようなものだけで
あさ
めがさめてないている
なにかに
おいかけられていた
めがさめて
つめたいくうきのなか
まだ
ゆめのなか
plenty
多すぎる荷物と花束と
離れた場所に停めた車まで歩いた
桜が咲いた日
たくさんの
言葉と
雨が降っている
明日からは 新しい生活
くじらといるか
まだ携帯をみんな持っていなかった頃のお話。
彼氏と街で待ち合わせをした。
「百貨店の前のくじらの前で」と、私は言った。
けれど、彼は来なかった。
私は憂鬱を抱えたまま、その日をなんとか過ごした。
狭い街だ。
ばったり彼に会った。
彼は言った。
「待っていたけど、来なかった」と。
私は答えた。
「くじらの前で待ってたよ」
そこから、なぜか現場検証が始まる。
私の指定した場所のくじらを指さし、
「くじらでしょ」と私は言った。
すると彼は、別の“くじら”の前で待っていたと言う。
彼が連れて行ってくれた所にあったのは、
大きないるかの絵だった。
「これは、くじらじゃないの?」
と真顔で言う彼は、学校では物知りで有名だったから、
私はびっくりした。
くじらもいるかも、私たちの小競り合いをよそに
おおらかに泳いでいた。
まだ携帯をみんな持っていなかった頃、
相手の言葉がすべてだった。
肉声というやつだ。
彼が来ないという一大事を、
当時の私は笑い話にできなかった。
いま思えば、すれ違いは大なり小なり
こんなものなのかもしれない。
懐かしき思い出。
風船
あの子は風船を持っていた
みんなが欲しがる風船だ
でもわたしはそうじゃなくて
あの子のため息を気に入っておりました
いつだかあの子の風船を
誰かがうばいにやって来たけど
ついに誰のもとへも行かず
わたしはあの子の血を拭きました
きれいな晴れの日の朝に
あの子はいつもの明るいえがお
でもああいとおしいあの子は
風船に連れ去られてしまった
わたしの方があの子より
ずっと背の高いはずなのに
いつの間にかわたしはあの子の
靴の先っぽ 見上げていたのです
そうしてあの青い空へのぼったっきり
わたしはあの子を見ないのです
本音
会いたいと伝えたら
画面の向こうの貴方は
どんな顔をするのかな
びっくりするかな
困るのかな
もし同じ気持ちだったらな
つい送ってしまった
つい溢れてしまった
『本音』
しばらくして
ついた既読
返事が怖くて
画面を伏せて
通知が来ても
気づかないふり
いつも通りの
温度のメッセージ
がっかりしたのと
同じくらい
ほっとしたんだ
神よ、このまま今際の際まで我を呪い続け給え
君と初めて会った日の事
君と危うく手を繋ぎかけた日の事
僕は覚えている
どんな記憶よりも鮮明に思い出せる
そして、君が僕に初恋を教えたことも忘れない
僕は、君への初恋に心を侵食されていた
落ち込む僕に手を差し伸べてくれた君は
どんな苦しい時にも現れてくれた
夢の中でも、妄想の中でも、思考の中でも
もう会わなくなって数年は経つけど
君はいつも僕の中にいた
でも、断ち切りたいと思うことがある
新しい恋を始めるにも
別の人と付き合うにも
必ず君が付き纏った
君への初恋は呪いだった
断ち切りたいと思っても
君の声を思い出せなくて、嘆く僕が居る
初恋と引き換えに、僕は代償を負った
会えない苦しみと断ち切れない苦しみ
可憐なバラの茨が僕の心を縛っている
もう、もぎ取れない
もぎ取ろうとすると余計痛くなる
でも、僕は気付いた
呪いは祓わなくてもいい
この苦しみがあるからこそ
僕は恋愛に本気になれる
やっぱり君が居なくてはいけない
だから、離れないでくれ
星になってでもいい
概念になってでもいい
ただ僕の心から消えないでくれ
襤褸布
連載が終わって、ようやく机の上から紙の束が消えた。いや、消えたというより、別の山に移されただけだ。朱の入ったゲラ、付箋のついたノート、書き損じの原稿、飲み残しのコーヒーの輪染み。どれも、まだこちらを見ている。仕事というものは、終わったあとがいちばん目つきが悪い。
夕方から雨が降っていた。窓の外では、団地のコンクリートがぬれて、街灯を受けて白く光っている。こういう光り方を見ると、いつも、きれいだなとは思わない。冷えた流し台とか、病院の廊下とか、そういうものを思い出す。だが、白いものというのは、疲れた頭には都合がよい。汚れがはっきり見えるからだ。
机の下から靴箱を引っ張り出した。中に入っているのは、よそゆきの靴ではない。アノネイだの、デュプイだの、舶来の名前で箔のつく革ではない。国産の牛の皮で、よく見ると筋や血管の跡がうっすら残っている。均質でない。なめしたあとも、どこか生きものの名残が消えきっていない。店の照明の下では、たいてい、そういう革は負ける。きめの細かいフランスの革の横に置かれれば、どうしたって野暮ったい。学歴みたいなものだ。並べた瞬間に、負け方が決まる。
だが、そういう革が、家に持って帰ってきてから逆転することがある。
靴を膝にのせた。甲のあたりには、電車の座席に脚をつっかけたような無神経な皺が幾筋も入り、つま先には、何度もつまずいた人間に特有の、小さな擦過傷がついている。いい靴です、とは言いにくい。けれど、履いてきた時間の量だけは、ちゃんとある。こういうのは人間と同じで、写真うつりでは勝てないが、長く付き合うと、急に厚みが出る。
棚からクリームを出した。溶剤のきつい、手早く光らせるタイプのものもある。あれを使えば早い。くたびれた革でも、十分もあれば、なにか一段上の階層に属しているような顔つきになる。靴の世界にも、そういう金融商品みたいなクリームがある。有楽町の新興の靴磨き屋がそういうのを使う。中身の繊維にまで油を入れて育てるのではなく、表面にだけ、上場企業のIR資料みたいな顔を貼りつけるやつだ。足もとみられない輝き、という言い方があるけれど、あれはたいてい、本当に足もとを見せないための光り方なのだと思う。
今日はそれをやる気になれなかった。
ワックスを指で少しだけ取り、薄くのばす。ほんの膜だ。塗ったのかどうかも分からないくらいの量を、つま先と踵に置いていく。布を巻いた指先でくるくるとまわす。すぐには光らない。むしろ曇る。曇ったところにまたごく薄く置く。仕事でも人間関係でもそうだが、たいてい、薄い層を何回も重ねるほうが、あとで効く。一回で決めようとすると、ろくなことにならない。
ネットの公営競技チャンネルにアクセスすると、どこかの競馬場の結果を流していた。重馬場だったらしい。人気薄の馬が逃げ切った、とアナウンサーが妙に興奮している。逃げ切り。いい言葉だと思う。たいていの人間は、スタートで負けている。負けたまま、道中を運ばされる。最後に少しだけ脚が残っているかどうか、それだけだ。
ワックスの層が四つ、五つと重なるころ、革の表面に少しだけ深さが出てきた。鏡みたいな、即席の平たい光ではない。湿った土を踏みしめてきた黒さの上に、別の黒がもう一枚のる感じ。川でもそうだ。浅い瀬のきらきらした反射より、淵の底のほうが、見ていて落ち着く。
道具箱にウイスキーの瓶があった。安い国産のブレンデッドで、ラベルの角が少しめくれている。グラスに注ぐほどでもないので、指先にとんとんと数滴だけ落とす。水ではなく、酒を使うのは、贅沢だからではない。揮発のしかたがちがう。鼻を刺すアルコールの奥に、木の樽の名残がほんの少しある。それがワックスの油気とまざると、妙に人を黙らせるにおいになる。機械油とも、薬とも、夜ともつかないにおいだ。
玄関の道具箱から襤褸布を出した。古いシャツを裂いたもので、端はけば立ち、ところどころに黒い筋がついている。こういう布は、買ってきたままのクロスよりよほどいい。こちらの手の脂も、前のワックスも、生活のほこりも、全部しみこんでいる。まっさらな道具というのは、信用できない。人間でも、道具でも、少し汚れているくらいがちょうどいい。
酒を含ませた布で、つま先を磨きはじめる。力はいらない。ただ、円を小さく、小さくしていく。すると、さっきまで筋や血管の跡をどこか露骨に残していた国産の革が、急に口をつぐみはじめる。消えるのではない。沈むのだ。安っぽさが消えるのではなく、安っぽさごと奥へ入っていく。表面にだけ出ていた生活の傷が、下の層へ押し込まれて、そのかわり、別のものが上に上がってくる。艶、といえば艶だが、もっと不穏なものだ。まともに生きてきました、という光ではない。削れながら、湿気を吸いながら、それでもどうにか形を保ってきたものだけが持つ光り方である。
つま先に自分の手元がぼんやり映った。襤褸布で靴を撫でている男の姿は、たぶん、豊かな趣味人には見えない。どちらかといえば、何かを隠滅している人間に近い。だが、生活というのは、実際かなりの部分が隠滅作業なのだ。疲労を隠し、貧しさを隠し、嫉妬を隠し、みじめさを隠し、それでも翌朝には、何食わぬ顔で靴を履いて外へ出る。そのために人は、ワックスを重ね、酒を垂らし、襤褸布で磨く。
連載が終わっても、べつに人間が立派になるわけではない。賞罰も、階級も、加齢臭も、払いきれない請求も、そのまま残る。ただ、原稿を一本書き終えた人間には、ひとつだけ分かることがある。上等な素材を持っているかどうかではない。フランスの革か、国産の血筋の見える革かでもない。人間でも靴でも、最後は、どれだけ丁寧に襤褸布で磨き上げられるかだ。
Gluon nested
生まれ来る時に
握りしめていた全てを捨てて
開いたその小さな小さな手のひらは
全ての世界につながってゆく
https://youtu.be/u8MRUVrDaRU?si=8jAezFt6kATO29Am
池の桜
池の桜は咲いたでしょうか
春爛漫 池の周りを歩くのは
笑い始めるには程よい距離で
スベッてばかりのあなたの冗句に
そろそろと口が綻び出すから
花は見ています
どれだけあなたが善良で
どれだけ私が悪人か
逆も然り
花びらを映す水面の影は
黒い石から放たれている
差し溢れる光に 皆が
裏地の厚みを忘れたら
良いも悪いも一緒になって
かいくぐるだけよ
闇、光、闇、光、
池の桜に聞きましょう
映っているのはどんな絵かと
あなたは少し口を開いて
私はぐっと肩を引き締め
宵闇、酔いどれ、薄色、薄哀し、
池の周りを歩く距離は
程よい頃合いで面を外し
高笑い、互いの、他我に多角と
宴のような顔の混じり合い
そろそろ
歩きに行きましょうか
ただ泣くことさえ、思うようには。
泣くもんかと歯を食いしばっても
涙が止められない日もあれば
泣きたいのに泣けない日もあって
ただ泣くことさえ思うようにいかない
笑い飛ばしてしまいたいのに
顔を引きつらせるばかりで
笑うことさえままならぬ日もあれば
目に入る小さなものたちに
何度も顔がほころぶ日も
叫びたいのに声にならない日もあれば
叫び出してしまいそうになるのを
震える拳を握り締め堪こらえるえる日も
ずっと眠っていたいのに
何をしたって眠れない日も
ずっと起きていたいのに
起きていられないほど眠い日も
泣くことも
笑うことも
叫ぶことも
眠ることも
そんなことでさえ
思うようにいかない
わたしにとって
生きる日々は
そんなものだ
✿❀*〜*はなまるあげちゃう*〜*❀✿
朝 ベッドから起き上がれなくっても
ちゃんと目を覚ました
キミはエライ
躰が鉛のように重たくって
背中はバッキバキに痛くて
それでもどうにか起き上がって
ちゃんと燃えるゴミと資源ゴミと
分別できてる
キミはエライ
シンクに溜まった洗い物
洗わなきゃなのにやる気が起きなくて
それでもちゃんとこびりつかないように
お湯につけておく
キミはエライ
クスリ忘れずに ちゃんと飲んだ
キミはエライ
買い出し行くのもしんどかったけど
ウーバーでマック頼んじゃったけど
ちゃんと食べること忘れずできた
キミはエライ
ちゃんとトイレに行って
ちゃんとハンドソープで手を洗う
キミはエライ
スマホばっかり観ちゃうけど
YouTubeばっかり観ちゃうけど
柴犬はるちゃん お布団大好きお姫さま
ゴールデンのコロッケくん とぼけ顔
スコティッシュのレモンさんは超絶イケネコ
豆柴Manyuちゃんはお利口さん
かわいくてかわいすぎてモフモフしたいから
キミはエライ
眠剤があんまり効かなくって
3時間くらいで目が覚めちゃっても
ラツーダの影響か
夜中に無意識でおかしな行動してても
今日もこうして 息を吸って吐いて
生きることをケイゾクしている
そうして こんな詩を描いちゃったりしている
ただそれだけで
それだけで
もうじゅうぶん
じゅうにぶん
キミはとってもとっても
エラくて
すんばらしい
存在なのです
死ねなかった男に残ったものは
死ねなかった男に残ったものは
永遠の退屈、燃やせぬ身体
死ねなかった男に残ったものは
無駄な努力に、使わぬ筋肉
死ねなかった男に残ったものは
医者への怨恨、世間への侮蔑
死ねなかった男に残ったものは
開かぬドアと、押し黙る口
死ねなかった男に残ったものは
叶わぬ愛と、聞こえぬ音楽
死ねなかった男に残ったものは
溜まったガスと、腐った身体
死ねなかった男に残ったものは
果てない未来と、永遠の平和
死ねなかった男に残ったものは
飛べない翼と、見下す空
死ねなかった男に残ったものは
使えぬ性器と、死んだ赤子
死ねなかった男に残ったものは
無望仲間と、悲しき同情
鋳型(アーキタイプ)
蠱毒にて 勝ったわたしが 勝ち上がり
受精時の レースに続き 二度目の快挙
辞世の句というものを捻っている。
理由は特にない。しいて挙げるならば、
幼き日にわたしであったもの背中を追いながら日課のウォーキングをこなすのがそこそこの苦役だからだと思う。
記憶がいつも二、三の積層で構成されている。
自動再生をオフにすると逆再生がかかる仕様なので統合が許されない。
悔しく思う。
隣のレーンでは、べつの自分が別の条件で走っている。
機会は尊重されるべきだ。
叔母の家に行く途中の鯛焼き屋を思う。
なんで母は借金をするのに手土産をもつのか。
馬鹿げているなと思った。
訪問の形を装った物乞いの手つきも慣れたもので、全8頭が今一斉にゲートに入ります。
蓬風味の薄皮、つぶあん、天然もの。
一匹づつ焼いた鯛焼きを天然と呼ぶ馬鹿馬鹿しさが無効化する可能性に賭けているが、
どう考えてもレース自体が成立しないので、
おれの霊は最終コーナーでなんだか雑に供養されている。
ワンカップにタンポポを差すな!いや差せ!よっしゃまくった!
アーキタイプ号・日高ビッグレッドファーム出身父母はあのトリックスター、前走1000万下
ハンデ戦・よもぎ賞に続き二度目の快挙。
鋳造された途端に型が自我を定義して一匹分の苦しみが焼きあがる。天然ものと養殖もので何故か苦しみの量さえ違うのではないかという錯覚があり、
霧のように頭を覆うので呼吸がしづらい。
気持ちが悪いので、
隣でも別個体が焼かれていればまだ
痛みが分散されるのではないかと思っている。
またレーンが増える。
あと何回自己条件を勝てば、
この錯覚を払拭できるのかわからない。
シャワーを浴びる背中の像にさえ追いつけない。
鏡の自分はおれより半歩遅れて指を折る。遅い。だからお前は。
あくまで機会は尊重されるべきだが。
に・ど・め・の・しょ・お・り…
ちくしょう。字余りか。
𝚂𝙷𝙸𝙽𝙸𝙶𝙸𝚆𝙰 𝙻𝙰𝚂𝚃 𝙱
2026/03/30
日に十回水やり
勾留期限を引き延ばして生命 お世辞の青酸化合物 手首なき手錠 達筆の悪辣 供述を握った おむすびころりん ペンシルの命ごい まだ出るか 桜の内出血 客の串団子 未練ヘアピンになった骨 三年前 つり革でバイアス増殖 思考のバクテリア 感情の殺し屋 執着は大根おろしに混ぜて秋刀魚で食べよう
穏やかに生き
歯の花壇に咲いた皇帝ダリア育てています
日に
十回
水やり
木蓮の蕾
ぼくはまだ
あのアパートにいる
冴えない朝の光が
カーテンのすきまから
こぼれてる
きみは なにも言わずに
ぼくの髪を撫でる
それだけでよかったのに
憧れは 遠くて
触れた瞬間に 壊れていく
ぼくは
きみのことが 好きで
だから このままで
いいと 思ってた
きみが ぼくのことを
忘れてしまっても
ぼくは たぶん
忘れない
ベランダの隅で
苔が 静かに増えていく
誰にも気づかれずに
意識が 遠のくみたいに
やさしさは 消えていった
あの日のいたずらも
笑えなかった理由も
まだ ここにある
きみのためなら
どんなことでも
できると 思った
悪いことだって
きっと できる
きみが 願うなら
ぼくに 死んでほしいと
言うなら
そのときは
少しだけ 笑って
木蓮の白さが
やけに 重くて
これ以上
近づかないように
手を思い切り伸ばして
空に触れようと
身をなげるよ
心理分析
ビーレビューのユーザーが初月の初日に詩を投稿する傾向には、いくつかの心理的要因が考えられます。
1,
焦りや不安感:初月の初日に投稿することで、ルールに従った活動を早く始めたいという気持ちが強まる場合があります。このような焦りは、他のユーザーと比較されることへの不安から生じることがあります。
2,
自己評価の低さ:自分の作品に対する自信が不足している場合、早く投稿しておかないと、他の作品と比べて自分の詩が埋もれてしまうのではないかという恐れが影響している可能性があります。
3,
社会的承認への依存:他者からの評価を強く求める気持ちがあると、早期に投稿することで早くフィードバックを得たいという欲求が働くことがあります。このような承認欲求は、自己価値感に直接影響を与えることがあります。
4,
先延ばしの回避:投稿を先延ばしにすることで生じるストレスを避けるため、初日から行動に移すことで「やってしまった」という安心感を得ようとする傾向も考えられます。
5,
競争意識:他のユーザーとの競争を意識し、早く投稿することで目立ちたいという気持ちが強くなる場合もあります。この競争心は、他者との差別化を図るための行動につながります。
これらの要因が組み合わさることで、初月の初日に投稿するユーザーが多くなると考えられます。
https://note.com/userunknown/n/n5d18176412d0
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アートフェスタも終盤に差しかかり、どのブースも少しずつ撤収の作業に入っていた。
人気のブースでは品物がほとんどなくなり、持ってきた分の段ボールをたたんでいる作家の姿がある。
パフォーマンスをしていたブースでは、ブルーシートが絵の具でべったりと汚れている。
作家は使い捨てのレインコートを着たまま、慎重にそのブルーシートをたたんでいた。
「……思ったより、厳しかったな」
売れ残った本を丁寧に梱包しながら、朔が言う。
「まあな。こういう場所だし」
湊が机の上を片付けながら答える。
「でも、出てみないと分からなかったよな」
3人は、同じ大学の文芸サークルで知り合い、卒業後は社会人向けの文芸サークルに参加していた。
仕事をしながら、小説を書き続けている。
「初めてにしては、こんなもんじゃないか」
「場違いだったかもしれないけどな」
「それは思った」
少しだけ笑いが混じる。
「でも、無駄じゃなかっただろ」
「うん。小説を探しに来てる人は、あんまりいないってことは分かったし」
「アートだもんな、基本」
「だな」
朔が箱に本を詰めながら言う。
「次はさ」
碧月が少し間を置く。
「文フリ東京、出てみないか?」
誰もすぐには答えない。
「……いいな、それ」
「そっちの方が、見てもらえそうだし。今日はある意味、いい練習になったんじゃないか?」
「うん」
「まーでも、ビビるけど」
アートフェスタオープン後、最初に買ってくれたのは、社会人向け文芸サークル「句読点過多」のメンバー達だった。
「お前ら、本当に出したんだな」
メンバーの一人が、本を手に取りながら言う。
「1冊、買っていく」
そう言ってページをめくる。
少しだけ読んでから、顔を上げる。
「……いいじゃん。こういうの書くようになったんだな」
言い方は軽いが、適当に言っているわけではない。
「今日、サークルあるからさ、持ってくよ。みんなにも見せるよ。感想、来週また伝えるわ」
「向こうのカフェで読もうよ。おもしれーじゃん、これ」
もう一人のメンバーがそう言って、本をレジに置く。
少しだけ間を置く。
「……でも、こういうの、前から書いてたっけ」
碧月は少しだけ間を置いた。
「実は、大学のときに書いていたものを、書き直して出したんです」
少しだけ恥ずかしそうに答える。
そんなふうにして、10冊が売れた。
売れたというより、
見てほしい人たちの手元に渡った、という感じだった。
そこから先は、流れが読めなかった。
ブースの前は、閑散としている時間と、急に人が集まる時間の差が大きかった。
たまに、物珍しさで近づいて、見本を読んでくれる人がいる。
そういう人が一人いると、周りの人も安心したように近づいてきて、小さな人だかりができる。
けれど、それも長くは続かない。
そういう時間は、1日の中で2回ほどだった。
見てくれる人はいる。
ページもめくってくれる。
それでも、買うところまではいかない。
最初は、手に取ってくれるだけで嬉しかった。
それだけで充分だと思っていた。
でも、午後に差しかかるころには、同じ場面を何度も見ているような気がしていた。
見本を読んでいる人を、ただぼんやりと眺めていた。
アートフェスタでは、主催であるテレビ会社のテレビカメラが各ブースを周る。リポーターは作家を相手に、簡単なインタビューを行う。大きなガンマイクと眩しすぎる照明で、辺り一帯は非現実味を帯びている。
その集団を目当てに、人の流れができる。
カメラが回っているときだけ、そのブースに近づいて、本を手に取る人もいる。
欲しいかどうかは関係ない。
その場にいる自分を、映してほしいだけだ。
本を開き、少しだけページをめくる。
そのままレジに置く。
カメラの端に入る位置を探しているようにも見える。
それが読まれるかどうかは、分からない。
それでも、本は1冊減る。
審査員の一団が通ったときも、同じだった。
何人かが足を止め、何人かが本を手に取った。
その中の一人が、見本を少し長く読む。
ページを閉じてから、もう一度表紙を見る。
「……これ、面白いね」
小さくそう言って、碧月の方を見る。
「今は他の作家も見て回ってるから、ここでは買えないんだけど」
少しだけ声を落とす。
「あとで戻るから、1冊とっておいてもらえる?」
碧月は、一瞬だけ言葉に詰まり、
それからうなずいた。
「はい」
審査員は軽く手を振って、次のブースへと移っていく。
そのあと、3人のあいだに少しだけ沈黙があった。
「……今の、やばくない?」
朔が小さく言う。
「うん」
湊も短く返す。
碧月は何も言わなかったが、
机の上の見本を、少しだけ整えた。
そのあとで、少しだけ人が増えた。
誰かにつられるように、数冊が続けて減った。
理由は、よく分からない。
気がつくと、30冊がなくなっていた。
夕方になり、照明の色が少しだけ変わる。
会場全体が、終わりに向かってゆるやかにほどけていく。
ブースの外では、箱をまとめる音や、台車を押す音が混ざりはじめていた。
碧月は、残った本を段ボールに戻しかけて、手を止めた。
足音が、一つだけ近づいてくる。
止まる。
机の上の見本に、手が伸びる。
ためらいのない動きだった。
ページがめくられる。
紙の音が、小さく続く。
最初の一枚で終わらない。
指が、もう一度めくる。
碧月は顔を上げない。
ただ、その動きを視界の端で見ている。
少しだけ、読む時間が長い。
「これ、なんて読むんですか?」
声は静かだった。
碧月は一瞬だけ言葉に詰まり、
それから答える。
「……ゆるし、です」
短い会話が続く。
説明の途中で、一度言葉を探す沈黙がある。
相手はうなずいて、
もう一度ページを開く。
今度は、最初の行で止まる。
しばらくして、本が閉じられる。
少しだけ間があく。
その間が、長く感じられる。
1冊が、手に取られる。
レジの上に置かれる。
動きに迷いはなかった。
碧月は代金を受け取り、本を渡す。
指先が、ほんの少しだけ触れる。
視線は合わない。
そのまま、去っていく。
碧月は、少し遅れて顔を上げた。
遠ざかっていく後ろ姿を、目で追う。
足音だけが、少しずつ遠ざかる。
やがて、人の流れに紛れて見えなくなる。
碧月は、手を動かさなかった。
諸刃
どんなコトバだって
ひとは傷つくものよ
たとえば「愛している」
という
そのコトバでさえも
詩は病院をあるく (詩はあるくXXIII)
二ヶ月に一度の金曜日
いつも通りの予約時間
街の割には大きな病院
採血室はもう並んでいる
順番が来て いつも通りに腕を出す
内科のある新館まであるく
街のアマチュア作家の絵や写真
書が並ぶ掲示板の一番端に
少し色褪せた小学生の寄せ書き
コロナの時の あの緊張感を
あの頃詩を書いていたら
わたしは何と書いたのだろう
いつの間にか外のテントはなくなった
テントの跡だけが コンクリートに
未だ残っていた
詩は黙って それを見る
二ヶ月後も まだあるだろうと。
太洋のさざ波
神様は言いました
すべてのヒトに個性を持たせる
小さき使いは返します
主よ、総体ではノイズです
神様は言いました
そうだよ、そのノイズから
波が生まれるのを待つのだ
神様は更に続けました
個性だけあっても
向きが無いと波は進まないのだ
風が吹くとき
月が満ちるとき
その時――さざ波はうねりを持つだろう。
気分はもう胃洗浄
切っても別に意味はない
切っても死ねるわけじゃない
切って切って切りまくって
切ってる瞬間だけ解放される
昨日も何気に深く切りたくなって
洗面器に半分くらい血が出ちゃって
手首血みどろスプラッター
結局二十針も縫うハメとなった
解離性人格障害/入院歴有り
切るとついついカイリしちゃって
カイリすると頭の中に別の自分が出てきて
でもカイリした方が楽じゃない(語尾上がり)
そのうち切るだけじゃ飽き足らず
献血で四百ミリリットル抜いてきた
ハンズ(発音は平坦に)で注射器買って
貧血になるまで採血プレイもした
リスカマニアのOD常習犯
摂食障害ウツPTSD持ち
自傷系ネットアイドル生誕
静脈ヒットで鮮血ピューピュー
精神科で薬処方してもらうと
すぐ鼻腔吸引?(半疑問形)して寝逃げする
薬のストックないと不安発作が出るから
病院いくつも掛け持ちしちゃう
コンビニ弁当二つ食べて普通に吐いて
ケーキをワンホール食べて普通に吐いて
ご飯三合釜ごと食べて普通に吐いて
吐くものなくなってカラオケ行った
デイケアの帰り突然パニック障害が来て
あわてて電車から飛び降りた
もうテンパってデパス痛快まるかじり
ああつらいきついしんどいあはははは(五、七、五)
眠剤スペシャルカクテル五十錠飲んで
マイルドセブン一箱食べたら
とうとう救急車で運ばれて
気がついたら胃洗浄されてた
リスカマニアのOD常習犯
摂食障害ウツPTSD持ち
薬事法違反エンジェル乱心
ついにハルシオンデビューだぜっっ
障害者手帳やっとゲットしました
これで今日からバスも乗り放題
ケンジョーシャの皆々様方
どうぞ汗水たらして血税納めて下さ~い♪
虚空
なにがやりたいと言われても、気分次第で風吹くまま押し流されて
なにが望みだと言われても、このまま人生が平凡なまま永遠に続けば良いということぐらいで
なにが言いたいと言われても、お腹が空けば飯が食いたいということぐらいの内容で
なにか持っているのか? と期待されても、空っぽの頭の中に詰め込まれた不確かな記憶ばかり
なにが出来ると尋ねられたら、教えられたことを失敗を重ねながら成功に変えることぐらい
なにかを知っているのかと興味を持たれても、私は全体の中の部分でしかなくそのパーツ破片の一部を知っていると言えるぐらいのもので
なにか築いてこれたものはあるか振り返ってみても、その時々で壊してきたと覚えている限り
尊敬するものは、あるか? 畏敬の念を持つものはあるか? 触れ難いもの冒し難いものを知っているかと尋ねられれば、嗚呼、弱いものを痛ぶるような事はしてこなかったと答えられる程度
壁に向かって一人投げるボールで笑えるぐらい自分の背骨を丈夫に保っていたいし
道端に佇む草や石ころにだって価値があると思えるハートを大切にしていたい
立派じゃなくたって、機嫌良く笑えてれば万事ハッピーでみんなを和ませられるもんな
揚げたての天ぷらと温いビールがあればいつだって、最高なんだよな
シャボンの泡が浮かぶ夢とソーダ水の匂いを想像すれば、幸せになれるんだよな
刺身に缶ビール 納豆に、豆腐玉子 竹輪と、アボカド
冷蔵庫に沢山ものを詰め込むのが、目下の目標なんだぜ
おもちゃのピストルで、悪者退治だ
ピコピコするハンマーで、毎日笑って暮らそう
吐く息と吸い込む風、生きているってまるで夢みたいだあ
今年度もお疲れ様でした
沈黙のミーティング。
雄弁に何も語らぬアジェンダ。
捨象のためのデータドリブン。
墓場まで持っていくサーベイ。
戦略なきディレクション。
戦術なきPDCA。
隕石としてのエグゼクティブ。
屈服しないでマネージャー。
暴落するエンゲージメント。
なぜか貰えるサラリー。
打鍵音は銃声である。
雪山からの置き手紙
カーテンを揺らす如月の風は冷たいけれど
貴男が魅かれた白き雪山の寒さには程遠い
貴男が求める白は此処には無かったのですか
誰も触れられぬ白を求めて未だ帰らぬ人よ
帰らぬ者を憎まず帰さぬ白を憎む私の心に
白は無駄に鋭く突き刺さっては希望を装いながら光っています
永遠の眠りの中でさえ自分の白を求め止まない貴男には
目覚めを迎える眠りの残酷さなど解るはずも無いのでしょう
目まぐるしく移る季節の中で変わる色彩は
淡々と綴られた置手紙の余白を広げるばかり
カーテンを揺らす風はやがて温もりを持ち
愛おしさと悲しみを記憶として置き換える事で
私の心に刺さった白さえも許しの鑢で丸みを付けようとするけれど
雪山から 貴男が 戻る日まで 置手紙は 溶けぬ雪で 封印し
私の命が尽きる時間を要しても置手紙を遺書と改名させはしない
貴男が求める白は私の心に刺さったままなのだから
阿国花伝
昔、出雲の杵築に阿国と呼ばれる巫女がゐた。家は代々神に仕へ、神意を人の世に傳へる事を業とする家である。阿国もまたその一族としての生を受け、幼き頃より神に捧げる舞を舞つてゐた、阿国は一族の者の中でも右に出る者がゐない程舞が上手であつた。
永禄の頃、社の勸進を名目として諸國を巡る折、荒れ果てたる里の廣場にて七座を舞つてゐる時、群衆の中より荒い聲が立ちて、
「そんなことして何になる」
と叫び、石を投げる者がゐた。
「神に祈つたとて何の意味がある、數日前、隣村に飢饉が起こりみんな死んだ。村民は眞面目で厚く神佛を敬つてゐたんだ。本當に神樣がゐるんならこんな事にはならんだらう。」
と、罵詈雜言が風のごとく吹き荒れてゐた。それも無理はなく、村民にとつては舞や藝能の類などは、京の公家や格式高い武家などの餘裕がある者達にとつての娯樂であり、明日も生きていけるかわからない日々を送つてゐる農民からの顰蹙を買ふにはあまりにも十分すぎるものだつた。況してや、この時代になると神樣の存在や神祕現象等の靈妙なものに對して懷疑的な風潮が出てきてゐた。阿国はその刹那、心境に「神に祈る意味、藝能の意味とは何なのか」と云ふ問いが浮かんだ。阿国はそんな葛藤を抱きながら各地で舞ひを續けてゐた。しかし、こんな惱みを抱きながら舞つてゐたもんだから、出來榮えはみるみる稚拙になつていった。
かくして、反芻する思索を伴に諸國を巡り。やがて京の島原に辿り着いた。此處は人の欲と夢とが交はるところ、音曲は絶えず、言葉は花のごとく散り、情は夜に蘖し夜に朽ちる。阿国は此處で遊女と云ふものを知つた。阿国の目には遊女は人の嘆きや欲望を身に引き受け、笑みの下に深き孤獨を藏する者にみえた。阿国は日を費やし、彼女らの歩み、視線の影を見つめてゐた。やがて心動かされ、同性でありながらも、その色香に心を打たれた。阿国は花魁一人を迎へ、夜中語つた。舞のことや、花魁界隈の事情、花街のことや、各地を旅して勸進をしてゐること、そして、内に抱へる葛藤のことも赤裸々に語つた。花魁の言葉は輕い樣にして重く、
「わちは生まれた時には父母もおらず孤兒として生を受けたけど、今の旦那に引き取られて今のわつちがありんす。もし仮にこの生まれに意味が最初からあるなら、わつちはおそらく天涯孤獨の儘、生き死んでゐたでせう。さう考へると意味と云ふのは後付けで、最初から意味をもつて存在したもの等はないのかもしれませんね。」
と花魁は微笑み乍らさう言つた。阿国は其の時、靄のかかつた心境に一點の光が射した樣に感じた。惱みと云ふ濃霧は晴れ、阿国の心は明鏡止水の樣に透き通つて清く澄んだ相を帶び始めた。まるで、其れは神樂を舞ひ始めた昔日の頃と同じ心境である。
時は知らず知らずのうちに移り、いつしか夜の氣は盡きて、東雲の光が天地のあはひに滲み出でてゐた。曉を迎へた空の色は紫と朱色の二重の層を象つてゐた。夜もすがら花魁に言はれた事の餘韻に浸つてゐた阿国は一睡もできなかつた。阿国は宿から出て、水路の溝に立つた。そして、一思ひに護身用の短刀で髮を切り斷つた。阿国は何處か決意を固めた目をしてゐた。そして其の切つた髮を水路に流した。その刹那、阿国の境内に覺悟と云ふ燈が燈めいた。神の爲に舞ふも、人の爲に舞ふも、意味を求めればみなすべて空しく、意味を忘れて舞へば、やがて意味は後より立ち現れるもの、と、阿国は悟つた。茜さす水面に寫る亂れはだけた着物を天女の羽衣の樣に纏ひ着てゐた阿国の姿は藝能の神である天宇受賣命を彷彿させるやうであつた。
阿国は京の四條河原に仮小屋を結び、日々其處に立ち舞ひ續けた。嘲りを避けないため男裝し、神樂にも遊興にも屬さない舞を編み出した。その舞は、敬ひと戯れ、聖と俗とを隔てず、見る者の心を搖らし、笑はせ、時に不安を呼び起こした。
人々は是れを「かぶき踊り」と呼んだ。かぶくとは常ならぬこと、外れしことの意である。かくてし阿国の舞は、神を離れ、人に近づき、人の世に根を下ろす藝となつた、後の世に歌舞伎と稱せられる大河の源となる。
神に仕へし巫女の舞は、意味を疑ふところから始まつた。疑ひを抱きて舞ひ續けた果てに、ひとつの世を動かす力へと變じたのである。されば、人の營みの意味とは、初めにあるにあらず、耐へて續けた跡にのみ、ほのかに殘り、その遺燈を繼承され續けた結果、後々、開花するものだと、後の世の我らは思ふだらう。
箱入り
このままふくれ続けたらきっと指がちぎれるから、切ろう。
わたしは告げ、かの女の錆びた指輪へ鉈を振りおろしたが、折れたのは刃だった。思えばこれも、きのうたたき割った夫の脳髄で錆びている。刻みこまれた誓いのぶんだけ指輪に分があったのだろう、はみ出しかける脳の片隅でわたしは思考する。折れた刃は飛びすさり、わたしの眉間を貫いて、脳漿の漏れに栓をしている。
長雨を飲み、かの女はふくれている。絹のようだった肌理が、渇いた綿より欲深くひらいて雨季を貪る。飢えていた腕がなん倍にも太る。きのう焼かれた顔の焦げ目が、腐りゆく水に白々しく薄れながらどこまでも広がる。粥に似ながら煮くずれることを知らない、若さが、左手のちぎれそうな薬指にだけ血を焚いて、食いこむ指輪に誓われた名前と同じいろに錆びる。
かの女はかつて、わたしの娘だった。
女衒に売ったのが九日前、思いがけず帰ってきた。性病に肌を食い破られ、ごみ溜めに捨てられたので、這い出してきたと娘は言った。死なないと埋めてもらえないの、と娘は言い終えた。
八日前、夫が木箱に娘を転がし裏庭へ投げたのはそのためだ。雨季に蓋され長雨に漬けられ、きのうまで、娘の肌は溺れながら若い皮脂を吹きあげて、あらゆる水気をはじき飛ばしていた。わたしが塩水で炊いた粥も、その例に漏れない。
七日間、娘の転がる箱で粥を食ったのは蟻だけだったが、わたしの薄い塩味に飽きたらずきのう、蟻どもの群れが美味な脂を掘ろうと、娘の耳に口に臍に、膣にもぐりはじめたので、穢された箱へ夫が油を撒き火を放ち、泣いた、まだ清かった刃の火照る影で。
その膣を掘ったのが翅をもつ女王だったら、別の物語が飛んだのかもしれない。きょう、油に焼かれたかの女の脂が、地の潮を覆う。降り溜まり蒸発する地の体液の循環を、焦げ落ちた皮脂の油膜で食い止めている。
このために地表が海を失っても、たとえば涙の降る限り、血のしたたる限りかの女は飲み、新しい海を生むために溜めるだろう。眉間の栓を抜き放ち、噴きあがる脳漿の虹でわたしは感傷する。わたしの箱のこの穴を、いつかちぎれたらあの左手薬指が貫いてくれるだろう。
点描
二つのコップは水かきをひらき
潤った合谷にシナモンをまぶせば
蛾が舞い踊り
さいてんをはじめる
虫唾を吸ったヤマボウシは赤面して
点々とした灯台守になり
夕餉を香らせ
十六進数を唱える囲繞地に
さいげんをせまる紋様
体育館を転がる埃に跳躍を与え
定点観測を忘れてしまったハナクソが
遠心力を繋ぎ合わせて
大気圏を殴打する
かけ湯を何度も何度も掴もうと
にじんだ笑い声が白々しく
茎の渋味を脱出して
かりあげた湖畔を透過する
地形の標本を仰視すれば
誰も記録していない
カタカタと回転する終点のすきまから
滴る消息を印刷する蛍火の欠片が
滑り落ちるのに適した角度で手を振れば
宴を終えた化石が洗い流され
方眼紙の黄ばみを思い出す
まつり
冷たい朝の光は
ねじり鉢巻のように
僕を天使のパクりにした
ひたひたと
部屋を練り歩いて
誰を引き連れるわけでもない
ただ今日という祭に捧げる、
箸巻きもどきを作る
飴色の写真は
フライパンじゃ作れない
だからだろうか
寄れたシーツに潮騒の痕が
朗らかに残っている
多分僕以外にとってはガソリンで
僕にとってはジョウロの汗だ
ペラ一枚の神様は
方眼でできている
レゴだから踏み絵もできないね
だから嬉しいんだ
飽きっぽい僕のための祈り
ラムネが口いっぱいに広がって
バチが当たる音がする
あれは何の音
あれは何の音
鳩が泣いてる
あれは何の音
腸が動いてる
あれは何の音
明日が来ない
入れば、終末
否加熱の笑いか美談を切る時
悔いが出る上空に歯がたを垂らす
この病態と似て 心拍は企画されて死に
ハレーションが毎秒の錯誤を落として
喉の奥の背徳が光る
口は二度と開かない 毛先にさえ
獄門パスポートを解約したい
純潔が帰国できないから
背へ エゴから 染み も
陸が庇護欲を削ぐ濾過なら
新たな賛辞がかかげられて
腫れ合いに釘
盗られた狭間は海に代わられる
白い小人たちは上顎に佇む母に別れを告げて
立派な化石になってくるよと 冗談を言った
頭蓋骨の気まずさ
猫背はひどくなるばかりだろう
へーベルの探究の跡
潤いながら停止する囚人
天の根元の切れ目をただ
隠された腐敗が統べている
止めどなく流れるのは
卑屈さに愛されてしまった陽光
無機質な指にすがり こびりつく粘度の
ざわめきに淡々とする
雨にずぶ濡れた疑念が迫る前に
目覚め、が物質になる前に
滑稽なスポンジを用意する
やがて
罰 は終わる
あなたのこと、わたしのこと。
血液型を聞かれる。
でも、もっと聞いてほしいことがある。
誰と住んでいるか聞かれる。
でも、もっと聞いてほしいことがある。
料理できるか聞かれる。
でも、もっと聞いてほしいことがある。
わたしは、
あなたが話したいことを
ちゃんと聞けているだろうか。
パンを焦がした
パンを焦がした。
これは昨日、
朝食に食べたら美味しいだろうと思って買ったパンだ。
うっかりしていた。
もう少し焼こうと
時間を足したのが間違いだった。
“もう少し〜しよう”は、慎重に。
職人みたいにトースターを見つめて、
美味しい頃合いを
そっと見極めるように、
じわりじわりと攻めていく。
今度からはそうしようと、
焦げたパンを見て思った。
憂鬱な歌
渡された歌詞カードには、
「憂鬱な歌」と書かれていた。
これを長調で歌おうってんだから、
笑っちまうさ みんな面白がった。
僕は思い立って、
誰もいない体育館から
渡り廊下へ抜けたんだ。
夕日がメラメラと燃え上がって、
僕の濃い影を地面に落としていた。
カビくさい絵
高校生のときに描いた油絵を捨てたことを、
いまでもただただ惜しいと思っている。
いつ失くしてしまったんだろう。
30号という、当時の私にはゆったりしたサイズ。
ゆったりした時間を与えられて描いた抽象画。
モチーフは“当時の自分”だった。
下を向き、
ぼろりぼろりとこぼれ落ちる何かを見つめる私。
若葉のような時代に、いろいろな諦めを感じていた。
若葉は枯れ葉を押しのけて芽吹く。
そして、上を向き、発光している私。
その二人が同じキャンバスにいた。
クレムソンレーキという色を多用したことを覚えている。
重ね塗りが効果的な、湿度と大人を感じる色。
いまの私はほとんど使わない。
その絵を、いまの私が表現するなら
「カビくさい絵」だ。
「カビくさい絵」は、
他人の評価が追ってこない唯一の砦だった。
「カビくさい絵」は、自分をきれいに見せようとはしなかった。
当時の私は優柔不断だと言われた。
だって世界は選択肢が多すぎた。
いつも困っていて、少し情けなかった。
高校を辞めたいと何度も言い、
授業にはついていけず、
気が晴れることもなく、
吹奏楽部にいても音楽に喜びを感じられなかった。
追試はあたりまえで、
キラキラして見える同級生を、
嫉妬だと気づかないまま、
その感情の湿度だけを、ただ味わっていた。
「カビくさい絵」は、
そんな私の負の感情を唯一肯定してくれるものだったと、
いまは思う。
いまの私なら、
湿った感情には通気口をつけて、
健全に保とうとするだろうし、
仮に湿度があっても、人には見せない。
だからこそ、
あの「カビくさい絵」は、
いま描こうとしても描けない。
高校生のときに描いたあの絵を捨てたことを、
私はただただ惜しいと思っている。
自分を美しく見せる必要はないと、
そっと語ってくれる絵だった。
美輪さんのボロネーゼ
萎えるよ 皆
萎えるよ 皆と
笠利 End la
POLO 見ねぇ皿
歌への 性
絡める 汁
エラ Snow
to ラメの意?
ガツンとみかん
風呂には居る
助けろ
寝ると明日
そこにエルフ
皆 捨てられ
見つけられない
辛め to 否
ボロね?エエよ!
見渡す
絡めるの 汁
エラい濃厚
辛め to 意なる
彫らす ノウハウ
皆 ステテコ
見つけたりぃな
絡めるの 汁
ボロネーゼ
美輪さん、噛み!噛み!
ひらがなで噛む
かわいいきみに
みらいをのろう
あいのおもさを
とわにちかおう
The Binary Conflict #アイラシヤ大陸
時代 グリフィス期
場所 『マドウ山』
アイラシヤ大陸西部、霊峰マドウ山の麓。
時空転送装置の暴力的な白光が収まった直後、ミクを待ち受けていたのは歓迎の宴ではなく、腐肉の臭いと異形の咆哮だった。
「……座標固定、完了。グリフィス期、大気組成……許容範囲内」
安倍中期からこの時代へ、因果の荒波を跳ねた代償は小さくない。ミクの視界には激しいノイズが火花のように散り、平衡感覚を司るジャイロセンサーが悲鳴を上げていた。おぼつかない足取りで踏み出した一歩は、何者かの巨大な骨を砕く乾いた音を立てた。
その時、山の斜面そのものが起き上がったかのような錯覚に襲われる。
霊峰の主、一つ目の巨人「バロール」が、招かれざる「異物」を排除せんと、その巨躯を現したのだ。岩盤のごとき拳が振り下ろされ、ミクの演算回路が「回避不能」の死を宣告する。だが、ミクの指先が、無意識に懐の中の「重み」に触れた。
ミクは、田伏正雄から託された「ウドンかりんとう」を、迫り来る巨人の口目掛けて迷いなく放り込んだ。空を裂く咆哮が、突如として止まる。巨人は、その平坦な舌の上で転がる「安倍中期」の不条理なまでの旨味——小麦の芳醇さと砂糖の暴力的な甘美——に、全神経を掌握された。巨人の単眼が、驚愕から法悦へと染まっていく。
「……ウ……ウマイ……。コノ『概念』、知ラナイ……」
かつて神々にさえ屈しなかった霊峰の主は、その場で膝を突き、ミクの前に項垂れた。田伏正雄商店秘伝の桃太郎のきびたんご成分を注入したウドンかりんとうが、巨人の数千年の飢えを書き換えたのだ。ミクは巨人の頭上に軽やかに飛び乗り、その剛毛を掴んで宣言した。
「これより、この山を『第一演算拠点』と定義する。作業を開始!!」
その頃、アイラシヤの空の「外側」——現実世界の上海・外灘に位置するLabo「胡蝶」では、李 浩然(リー・ハオラン)が冷徹なモニタリングを続けていた。
このLaboが、単なる私設の研究室から国家の命運を握る「軍事最重要拠点」へと格上げされた経緯は、李の冷酷な政治的手腕の賜物であった。
李は党の最高幹部たちが集う秘密会議の席上で、アイラシヤ大陸から抽出した「因果の糸」を物理的なエネルギーへと変換するデモンストレーションを行った。彼は、老朽化した石炭火力発電所一箇所分の出力を、手のひらサイズの結晶体に凝縮してみせたのだ。
「これは単なるゲームのシミュレーションではない。異次元という名の広大な『植民地』から、無限の資源を収奪するためのパイプラインだ」
李の言葉は、資源不足に喘ぐ幹部たちの欲望を正確に射抜いた。さらに彼は、アイラシヤの騎士たちの戦闘思考をAIに移植することで、既存のミサイル防衛網を100%無効化する「自律型戦術論理」の構築が可能であると説いた。論理的な整合性と、圧倒的な軍事的優位性の提示。幹部たちは、李の野望がもたらす「実利」の前に沈黙し、翌日にはLabo「胡蝶」を正規軍の管轄下に置く特殊軍令が署名された。
現在、Laboの地下100メートルには、国家予算の数パーセントが注ぎ込まれた量子プロセッサ群が鎮座している。かつての核シェルターを転用したその空間は、数万基の演算ユニットが液体窒素の海に浸かり、神経細胞のように明滅する地獄のような光景だ。壁一面を覆う巨大モニターには、アイラシヤ大陸全土の因果率が、極細の光ファイバーのような線で描画されている。
李が指先を動かすたびに、数十億テラバイトのデータが衝突し、軍事転用を前提とした新たな「魔人」の設計図が0と1の奔流から産み落とされる。アイラシヤ大陸にとっての「運命」とは、ここでは単なる「兵器開発のテストデータ」に過ぎなかった。
マドウ山には、古来より霊的な天然の結界が張り巡らされている。それは上海の軍事拠点と化したLabo「胡蝶」による探知を阻む、唯一のステルス・シールドとなった。
ミクが虚空にコードを打ち込むと、山肌の至る所から、デジタルな発光を纏った電子の小人(ビット・ドワーフ)たちが湧き出した。彼らはマドウ山に豊富に眠る希少鉱物を超高速で採掘・精錬し、原始的な岩肌を、瞬く間に白銀に輝く基板へと変貌させていく。
「東部、『刻(とき)の闘技場』での決戦まで残り時間は僅か。……戦闘から抽出されるデータ情報を解除処理して、あの冷徹な軍事演算を初期化(イニシャライズ)しないと、二つの世界が滅んでしまう」
山の麓では、滝の落差を利用した水冷式スーパーコンピュータの構築が急ピッチで進んでいた。国家の威信をかけたLabo「胡蝶」の軍事的猛威に、アイラシヤ大陸の「土着の資源」と「安倍中期のオーパーツ」で立ち向かう——。
ミクは、巨人の肩越しに遠い東の空を見つめた。そこには、上海の夜景にも似た不吉な雷鳴が轟いている。
彼女の胸中には、まだ少しだけウドン出汁の香りが残っていた。
https://i.imgur.com/hn9KQIz.png
光る海豚
狩る者の足跡は濡れる
おまえの涙ではないか
煙草の烟で親は
姿をくらまし
波頭に
出生届を叩きつけ
光った海豚が
飛沫を
はためかせた
きみだ
BAR「Creative Writing Space」
ニーズがあるやらないやら、まったく見当がつきませんが、
毎度おなじみの思いつきで、BAR「Creative Writing Space」を開業いたしました。
皆様にお使いいただけなければ、すぐに閉店いたします。
電脳空間の片隅にある、吹けば飛ぶような小さなBARでございます。
一杯引っかけた体で雑談していただけるスペースをイメージしています。
「Talk」がさほど機能していないことも踏まえ、もっとカジュアルに使っていただけたらと思っています。
【ルール】
・ワンドリンク制です。必ず何かお飲み物をご注文してからお話しください。ノンアルコールでも構いません。
・お代はいただきません。もしスペースコインをお支払いになりたくなったら、他のお客様に奢ってあげてください。
・酔っ払いすぎにはご注意くださいませ。
Creative Writing Space事務局
2026/03/21
批評・論考
岐路
目の前にある
分かれた道
赤子が後ろへ
下がらないように
人は前へ歩む
他人の言葉が耳に届く
おいしい店の匂い
横切ったきれいな人
足を踏み出せば
幻覚のように
魅惑の道は消える
たとえいま苦しくても
歩んだ道には
触れられる温かい手
選べるのはひとつだけ
足跡が残る
過去は自分だけのもの
屁
屁は笑えるから好きだ
屁はした後気持ちがいいから好きだ
屁は愛とか正義とか喚かないから好きだ
本当にそうか
本当にそうなのか
嗅ぐ人が嗅いだら屁は不快なのだ
ゆったりと優雅な席で
屁はした後恥ずかしいのだ
誰の前でも
屁は稲妻のごとく走っているのだ
尻の下から天空高くへと
屁は確かに喚かないが
屁は愛そのものだ
それでなかったら空気に溶け込んで場をなごます筈がない
屁は正義そのものだ
それでなかったら汚れを外に追い出して空に返す筈がない
握りっ屁
透かしっ屁
ひとつとして同じ匂いのする屁がない
ひとつとして同じ音としてこの大地空間に木霊する屁はない
屁
僕は君のことが未だに好きになれない
Inner necessity 7# アイラシヤ大陸
時代 現代
場所 東京都
男は無言のまま、先ほどまでドアの隙間に無機質に嵌められていた独自の拘束具を、手慣れた動作で取り外した。エリカはその時、ようやく担当ホストとの泥沼のようなやり取りを思い出した。しかし、それさえも今の彼女にとっては、遠い異国の出来事のように感じられた。
「夜は長い。何か食べようか?」
男が内線で食事を注文する。運ばれてきたのは、低温調理された極彩色の甲殻類に、トリュフの土壌を模した黒いクランブルが散らされた、彫刻のような一皿だった。皿の縁には分子ガストロノミーによって抽出された「潮騒の泡」が静かに弾けていた。
男はセラーから、ラベルの剥げかけた年代物のボルドーを取り出した。抜栓された瞬間、部屋の空気は数十年分の時間が熟成された芳醇な香りに満たされる。彼はエリカのグラスにその深い血の色を注ぎ、自らもゆっくりと口に含んだ。
沈黙の食事が終わると、男はジャケットのポケットから銀縁の細い眼鏡を取り出し、慎重に耳に掛けた。そのレンズは、膨大なデータの海を「正しく視る」ためのフィルターであるかのように見えた。彼は指先で眼鏡のブリッジを静かに押し上げ、ドレッサーに並ぶラ・メールの香りと、カトラリーが触れ合う音の混ざり合う奇妙な静寂の中で、再びタブレットの画面に視線を落とした。
エリカは備え付けの炭酸水で喉を潤しながら、先ほどから気になっていたCWS(クリエイティブ・ライティング・スペース)の画面を再び指先でなぞる。
「ねえ、おじさん……この『アイラシヤ大陸』って、元々はグリフィスの物語じゃないの?」
男は眼鏡の奥の瞳を細め、司書のような淡々とした口調で応えた。
「……ああ、そうだ。説明の優先順位から後回しにしていたが、これは千才森 万葉という方が提唱したシェアード・ワールドの企画だ」
「二次創作企画『#アイラシヤ大陸』。千才森氏のMy Spaceには、この世界の根源的なルールが記されている。それが今の我々の窮地を救うヒントになるかは不明だが、世界の理(ことわり)を理解する助けにはなるだろう」
エリカは千才森氏の記した説明文と、それに対するグリフィスの過去の応答を読み耽った。文字を追うごとに、彼女の中でバラバラだったパズルのピースが、引き寄せられるように結合していく。
「……これ、別の『系』からの干渉だよ。李の存在もそう。だから……」
エリカは再びグリフィスの過去ログの深淵に潜り、ある仮説を掴み取った。
「これって、多次元……あるいは異なる時代からの干渉っていう形なら、物語の大きな流れを歪めずに、今の詰んだ状況を修正できるんじゃないかな」
「例えば?」男が再び眼鏡のブリッジを押し上げる。そのレンズには、新宿の夜景とコードの羅列が重なって映っていた。
「李が収集するデータを逆解析して無効化する存在を、彼と同じように『別の領域』から召喚するの。例えば……グリフィスが書いている『阿部中期』っていう時代。あそこの、なんとも言えないナンセンスでシュールな空気感を使って、李の脅威を感知して送り込まれるエージェントみたいな存在を作れない?」
「独立系の介入か……」男は顎に手を当て、思考の迷宮を彷徨う。「この世界の制約において、他系への干渉がどこまで許容されるかは不明だが、李 浩然という存在自体が外来の異物である以上、その毒を以て毒を制する論理は成立しうる。逆手に取る、ということか」
「阿部中期にさ、『田伏正雄商店』って場所があるでしょ。あそこ、なぜかキアヌ・リーブスの肖像画が飾ってあったりして、最初から時空が歪んでる設定になってるじゃない。すでに掲載されて、受け入れられている『確定した事実』として。だから、その世界観を崩さない形で、あの演算システムに介入できる存在を、このグリフィス期に送り込むの」
男はしばらく沈黙し、窓の外に広がる新宿の、無数の光の粒を見つめていた。やがて、重い扉を開くような決意で口を開く。
「やってみる価値はある。……では、どのような『形』をした存在を送り込むべきか、君の直感を聞かせてくれ」
エリカは腕を組み、三面鏡に映る自分の、記号化された「頂き女子」の容貌をじっと見つめた。
「そうね……私、難しいことはわかんないけど。デジタルの妖精っていうか、ボカロで言うなら『初音ミク』みたいな感じかな」
「なぜ、ボーカロイドなんだ?」
「……なんとなく。電子の海を泳ぐ、実体のない、でも誰にでもなれるような存在。それが一番、このガチガチの論理(システム)をすり抜けられそうな気がして」
「……エリカ。君の直感は、哲学の思索を飛び越えるな。ウーリチの伝言主が、君の創造性に重きを置いていた理由が、なんとなく理解できた気がする。よし、二人でその『現象』を記述しよう」
食事を終えた二人の共同作業によって紡がれた設定は、一編の物語としてCWSに放たれた。
題名は、『MIKU #アイラシヤ大陸』。
アップロードボタンを押した直後、画面は拒絶の警告を出すことなく、吸い込まれるように「公開中」の表示へと変わった。正解の鍵が、音もなく錠前に嵌まった瞬間だった。
エリカは、自分の指先から何かが失われ、同時に何かが流れ込んでくるような、底知れぬ不思議な感覚に囚われていた。
(私……私の名前、なんだっけ。エリカ……だよね? これ、本当に、私の……)
鏡の中の「エリカ」という記号が、高級化粧品の香りと共に、一瞬だけデジタル・ノイズのように揺らめいた。
パラジクロロベンゼン
学習机の上で勉強されているのは
パラジクロロベンゼン
パラジはパラダイス
クロロは苦労人
ベンゼンはベンゼン大使
みな、一様に春を待ってる
勉強しているのは
ナオミキャ・ンベル
ナオミキャは浪岡修平
ンベルはとどのつまり
明日からきっちりと春である
浪岡修平は「防虫剤を囲む会」の会長
もちろんナオミキャは浪岡修平だが二人に面識はない
ンベルはどとのつまり
月に一度の会合が奇しくも本日開催される
第一高等学校の校舎が見える公民館集会場
八畳敷きの部屋
定刻通りに会合は始まる
事務局長の田中が簡単に挨拶をし
会の設置規則第四条第一項に基づき会長である浪岡修平が
座長として議事の進行を執り行う旨を宣言する
ちなみに田中は事務局長を名乗っているが
その他に事務局員はいない模様
この会においてパラジはパラダイスではなく
クロロは苦労人ではなく
ベンゼンはベンゼン大使ではない、それはあくまでも
ナオミキャ・ンベルの学習机の上のみのことである
ンベルはとどのつまり
明日からきっちりと春である
浪岡修平はこの公民館のある町会長にも就任している
地元のちょっとした名士であり
優れた人格の持ち主であり
肩が小さい
若い頃に肺を患い生死の境をさまようが
奇跡的に助かる
以来、痰の絡む咳をよくするようになる
さて、という浪岡修平の一言で議事が始まる
出席者は会長及び事務局長を含め七人
ナオミキャ・ンベルは学習机で一人
流れるように議事は進行する
畳の上に座る七人の真ん中には防虫剤がひとつ
会が始まってから五分遅れて会員の中村が到着する
それから数分後、定期券を忘れたと言って
中村は再び離席し公民館を出て行く
ナオミキャ・ンベルが窓を開ける
風の匂いを嗅ぐとやはり間違いなく
明日からきっちりと春である
近所の犬が吠える
何にでも吠える犬である
定期券を取りに走る中村の姿が見えるが
ナオミキャ・ンベルにはそれが誰であるか知る由もない
学習机の上では
パラジとクロロとベンゼンが
一様に春を待って
春の話をしたがっている
集会場では浪岡修平の流れるような進行で議事も終盤である
次回の会合の日にちの取り決めを行い
結局間に合わなかった中村には
後日事務局長の田中が連絡することとなる
次回の主な議題は予算と決算です
田中が確認をする
もうそろそろ春ですかね、と浪岡修平が呟くと
会員が一様に頷く
ンベルはとどのつまり
明日からきっちりと春である
中村が転ぶ
上着のポケットの中で防虫剤の割れる音がする
それでも立ち上がり
会に間に合うことを信じて走り続ける
手の埋葬
手を
引かれて見知った町を歩く
老いた漁師の赤らんだ手が
まぁ、まぁ、呑んでいきぃな、と手まねく
あすこの地蔵、おどしの地蔵さん、脅しな
明治の頃、ぎょうさんの人がコレラで死んだ
焼き場はいっぱい……あすこで焼いたそうや
あすこに祖父さまはおどし番に立ってたんや
小さな手、大きな手、硬い手、柔らかい手
手が 沢山の手が積み上がり
人々の静かな祈りに眠っている
手を
引かれて、そっと手を合わせ
見知らぬ町の顔を、その輪郭を、手でなぞる