投稿作品一覧
花を拒んだ獣たち
その男の人の鼻腔は
足の中指と薬指にぴったりだった
緑色のものを信じないと決めた朝から
すでに何年か経っていたし さっき
駅前ではティッシュばかり配られていて
誰も花束を持っていなかったので
とても気持ちが安らいだ
傷つきすぎた人間はみんな
やさしさの模造品に詳しくなっていく
男はサトミ様と喘ぎながら私のつまさきへ
祈るように顔をうずめて息をした
遠くでサイレンが鳴っていた
どこかの家が燃えているらしかった
私たちは部屋の黄色い明かりの下で
互いを人間として扱わないことで
ぎりぎり人間を保っている
彼のファミリーネームは知らない
青の純真
あれだけは
ぜーったいにやらない!やりたくない!
絶対にやらないから!
それだけは断固として決めている
なのに、赤がどんどん迫ってくる
それは簡単とは言いたくないし、困難とも言いたくない
すると 青が現れて、
何がそんなに嫌なんですか?と聞いてくる
無秩序なルールに支配されるのが嫌なんだと答える
簡単なことだから…
時間もかからないし…
受け入れて赤と離れましょう
青の静かな声に導かれ…
気付けば私は、夕暮れの美しい湖面の前に立っていた
青は湖のほとりに膝をつき、水面に指を入れた
そして、その指先で水面を優しくかき混ぜた
これで終わりです
へぇーそうなんだぁ…
不思議なことに、わたしは全く腹が立たなかった
むしろ興味深く楽しかった
そこには素直なわたしがいた
幼い頃のわたしが…
なぜなぜ固い鎧が溶けたのだろう
誰か教えて
蝿さんの場所
ああー、飛行機が飛んでてむかついたわ。
イライライライラ、イライライライラ
飛行機が飛んでいたら蠅が飛べる場所が少し減るだろーが!!
キレてしまった。なぜなら私は常に蠅と会話をしているため蠅の立場に立って物事を考えてしまうから。
「ぶーんぶーん。飛行機怖いぶん。」
と、蝿はいつも言っています。
ぶおおおおおおおお!!
また飛行機が飛んでるわ。腹立つな。おらあ!!
バゴーン!!
怒りに任せて買ってきた牛乳パックを殴ると、牛乳パックは吹っ飛びました。
「ああ、牛乳パックが飛んだら蠅が安心して飛べる場所が減るじゃないか!この馬鹿!!あんぽんたん!!」
私は私に対する苛立ちから私を殴りました。
ボカーン!!
顔が破壊され、私は救急車を呼びました。
うーうーうーうー!!
「ああ、救急車は飛んでないけど、救急車が走ってる高さとかも十分蠅が飛ぶ位置だから蠅が安心して飛べないじゃないのよー!!」
私はイライラしました。蠅のためにみんないなくなるべきだと思いました。
「蠅のためにみんないなくなるべきだー!!」
「大丈夫ですか?」
「蝿のためにみんないなくなるべきなんだよ!!お前も!!ほら!!この救急車もお!!」
「落ち着いてー!!」
ドカドカキキキー!!
バーンッ!!
救急車は建物に突っ込み止まりました。
意識が朦朧としている中、蝿たちが私の元へ集まってきました。
ブンブンブンブーン
「ありがぶーん。でも、餌とかを集めてくれた方がありがたかったぶーん。」
ぶんぶんぶーん
そう言って蝿たちは去っていきました。
旅
古本屋の女主人は
若くて
美しくて
両の目の間が
人より少し離れている
本をめくりながら
チラリとその方を見たりすると
何故自分が生きているのか
時々わからなくなる
エンドロール
場内のスピーカーから叫ぶような台詞が響いた。
その瞬間、スクリーンに彼の顔がアップになった。
誰も気に留めない台詞。
無名の俳優のシーンなど、誰も覚えていないだろう。
彼はどんな気持ちで、この夢の瞬間を迎えたのだろうか。
「映画俳優になりたいんですよね」
妹の友人として我が家を訪れた彼と、深夜そんなことを話した。
モデルに成り立てとはいえ、仕事に恵まれていた彼だったが、ここで終わるつもりはないと強い口調で語っていた。
ただその強い口調とは裏腹に、人に気を使いすぎる繊細さが気になった。
彼はモデルとしてのキャリアを積み上げていきながら、チャンスをうかがっていた。
そして、彼をCMで使った監督が映画を撮ることになり、声がかかった。
台詞などない、小さな役。
エキストラといってもいいようなものだった。
それでも最初の一歩を踏み出したことには違いない。
しかし皮肉なことに、そんな彼を応援してくれていた父親が倒れた。
末期癌だった。
山奥の現場で彼は、父親の心配をしながら撮影に臨んだ。
監督は大事なシーンのきっかけになる台詞を彼に与えた。
その台詞から、ストーリーは静から動に変る。
きっと何度も練習をし、その一言の台詞を口にしたのだろう。
なんとかそのシーンを父親に見せたいと願いながら。
けれど父は待ってはくれず、映画公開を待たずにこの世から去っていった。
そこから彼の苦悩は始まった。
大黒柱を亡くした家族の中で、本来中心になるべき彼の収入は安定しなかった。
母親は働きに出かけ、自分は家にいることが多くなった。
このままでいいのだろうか?
彼は、夢に一歩を踏み出しては戻り、社会に入ろうとして辞めることを繰り返した。
そして不安に立ち止まった時、自分が立っている場所が危ういことに気付いてしまった。
夢を見てしまった人は、ずっとその中にいることで心を安定させている。
そうしなければ自我が保てなくなるからだ。
同じように短時間でもCMで演技をする。
周りから見れば同じに見えるかもしれない。
ただ近くにいるからこそつらいこともある。
彼は出てしまった。
そして自分の過去を見てしまった。
踏ん切りのつかない揺れている足跡を。
誰も傷つけない優しさを持つ彼の刃は、自分に向かった。
本当は聞いて欲しいという気持ち、しかし話してもわかってもらえないだろうという諦め。
その中で、彼は最悪の選択をしてしまった。
今、彼はどこかで見ているだろうか?
君がいなくなって、涙を流している人を。
その涙の分は、人生は無駄でも空っぽでもなかったんだ。
責めるつもりもない。
君はきっと、他の誰よりも自分を責め続けてきたはずだから。
彼はエンドロールに小さな名前を残した映画俳優だった。
けれどもう、彼の笑顔は静止画。
もう一度会いたかった。
会ったからといって、なにが出来たわけでもない。
救うことが出来たなんて、思いあがりを持ってなどいない。
ただもう一度話がしたかっただけだ。
彼の夢を聞きたかっただけだ。
氷
その水が氷った時、それはもう水とは呼べない
同じことだと思うんだ
君の前に手付かずで置かれた
アイスコーヒーに入っていた氷が
ただの水になるまでの短い時間に
僕たちの関係を名づけていた呼び名が
他人、と変わってしまったように
*
氷で出来た、鍵と鍵穴
溶ける前に、差し込まれた
そうして私の中に入ってきたあなたは
つめたいと感じただろう
事実私は凍えていた
だからあなたも凍える前に出て行きたい時に
出て行けばいい
私は私から、出て行けないけれど
文芸投稿サイトでなんか死ぬな
文芸投稿サイトで人が亡くなったらしい。
4月の終わりのことだった。「げばば」と呼ばれるアカウントの母が知らせてくれた。
「息子がお世話になりました。げばばは先日、永眠いたしました。生前、このサイトでの活動を大変楽しんでいたようです。皆様にご報告申し上げます」
私はその投稿を読んで、げばばが何者だったかを考えた。
げばばというのは、私が長年参加する投稿サイトのコメント欄に「げばば」とだけ書く人物だった。誰かが詩を投稿すると「げばば」と書いた。誰かが小説を投稿すると「げばば」。作品投稿も「げばば」だった。「げばばとはどういう意味ですか」と何人かが聞いたことがある。げばばはいつも「げばばです」と答えていた。
その質問と回答は噛み合っているのか、そうでないのか、不思議に思ったことを今でも覚えている。
私は特にげばばと関わったことがなかった。ただその存在だけを知っていた。コメント欄に「げばば」という文字が現れると、ああ今日も存在しているな、と思っていた。それだけだった。
訃報の投稿にコメントが集まり始めた。「ご冥福をお祈りします」というコメントがあった。「ぼぼぼ」というコメントが来た。「むむむ」というコメントも、「ぴぴぴ」というコメントもあった。そのサイトには、数年にわたって音だけを書き込む投稿者が一定数、存在していたのだ。
私はげばばの母を名乗るアカウントに聞いた。「げばばはどういう方でしたか」。
しばらくして返信が来た。
「田伏正雄のMASAO TABUSEというツイキャス配信を毎週見ていたようです。そこでひどい扱いを受けていたことを、死の直前に話してくれました」
田伏正雄のMASAO TABUSE。文芸投稿界隈の迷惑者に人気のツイキャスだと、私も聞いたことがあった。私はアーカイブを探して再生した。田伏正雄という人物が、リスナーを一人ずつ呼び出し、やったことを読み上げ、ただ一つの問いを投げていた。悔い改めますか。それだけだった。
最初に呼ばれたのはぼぼぼだった。田伏がやったことを読み上げた。複数の文芸投稿サイトで、他の投稿者のコメント欄に執拗に「ぼぼぼ」と書き続けた。相手がブロックすれば別アカウントを作り、サイトを変えても追いかけ、相手が投稿をやめるまで続けた。田伏は淡々と読み上げた。「あなたは悔い改めますか」。ぼぼぼは言った。「ぼぼぼ」。田伏は言った。「次の方。Bye」。
次に呼ばれたのはぴぴぴだった。田伏がやったことを読み上げた。運営者に執拗に「ぴぴぴ」と繰り返し、サイトを廃墟にした。田伏は淡々と読み上げた。「あなたは悔い改めますか」。ぴぴぴは言った。「ぴぴぴ」。田伏は言った。「次の方。Bye」。
次に呼ばれたのはげばばだった。田伏がやったことを読み上げた。複数の文芸投稿サイトで、あらゆる投稿に「げばば」とだけ書き続けた。意味を聞かれても「げばばです」とだけ答えた。サイトの議論を「げばば」で埋め、対話を不可能にした。田伏は淡々と読み上げた。「あなたは悔い改めますか」。
げばばは少し間を置いてから、言った。
「はい。悔い改めます」
コメント欄が止まった。
田伏の配信が始まってから、悔い改めますかという問いに、悔い改めますと答えた者は、これまで一人もいなかった。ぼぼぼも、ぴぴぴも、むむむも、でろでろも、全員が自分の音を繰り返すばかりで、実質的には答えを拒否した。
しかしげばばだけが、はいと言った。
田伏は長い沈黙の後、言った。「では、げばばのリズムで、ぼぼぼと言いなさい」。げばばは言った。「げぼぼ」。田伏は言った。「げばばのリズムで、ぼぼぼです」。げばばは言った。「げぼぼ」。田伏は言った。「もう一度」。げばばは言った。「げぼぼ」。
コメント欄が動き始めた。ぼぼぼが発言した。「それは、ぼぼぼとは違いますし、げばばのリズムでもありません。指示に従っているとは評価できないでしょう」。私はぼぼぼと知り合って数年経つが、初めてぼぼぼが「ぼぼぼ」以外の発言をしているところを見た。
次の週のアーカイブを再生した。コメント欄にぴぴぴが書いていた。「悔い改めたなら、げばばのリズムでぼぼぼと言えるはずだ。言えないくせに、言えるようになるための行動計画も策定されていない。これは言えるようになろうとする姿勢が欠落しているということだ」。でろでろが書いていた。「悔い改めるつもりがないのに、悔い改めると答えた。虚偽の悔い改めはもっとも罪深い」。ぼぼぼが書いていた。「げばばの住所を特定しました。思い知らせてやりましょう」。田伏は何も言わなかった。
さらに次の週のアーカイブを再生した。むむむから報告が来た。「毎朝郵便受けに紙を入れ、一日に50回電凸しています。げばばのリズムでぼぼぼと言え、と日々絶叫しています」。でろでろは言った。「玄関の前でげばばのリズムの音源を24時間大音量で流し続けています」。ぼぼぼは言った。「げばばのSNSアカウントをすべて特定しました。げばばの自宅全てに盗聴器を仕掛け、げばばのリズムでぼぼぼを言っていない時間、すなわち全ての時間において、げばばに電磁波攻撃を仕掛けています」。
田伏は何も言わなかった。たしなめるわけでも、止めるわけでもなかった。
私はげばばの母を名乗るアカウントに連絡した。「アーカイブを聴きました」とだけ書いた。
しばらくして返信が来た。
「息子はげばばのリズムでぼぼぼと言おうとしたのです。毎日、血豆ができるまで練習していたと言っていました。しかし気がつくとげぼぼになってしまうと。それだけは変えられなかった。げばばのリズムでぼぼぼと言えれば終わると思っていたようです。でも言えなかった。最後まで、言えなかった」
私はその返信を読んで、しばらく画面を見ていた。
私は田伏へ抗議として、あるいはげばばへの供養として、あらゆる投稿に「タブセ」というコメントをつけた。
合理的な思考なのかはわからない。しかし、その日だけはタブセとだけ書いてやろうと心に決めたのだ。
その夜、文芸投稿サイトのコメント欄に、見慣れない文字が現れた。
「げばば」。
私はそれを読んだ。言いたいことはわかるような気がしたが、誰のリズムか理解できなかった。
五百円
五百円あれば文庫本が買えるだろうと考えた。
家内はもっと出してもいいという。千円でも二千円でも出していいという。なぜなら家内は神経が鋭く、普段から強い口調で私にあたってしまう事があり、それで私が不憫であるからというので、千円でも二千円でも出すという。しかし、考えてみるに、自分の方が家内に済まない事をしている。私は料理が全くできない。私の半分には九州男児の血が流れているからとかなんとか言って、フライパンをまともに振るった事がない。ともかく家内には日々迷惑をかけて生きているから仕方ない、千円も、二千円も貰えない、しかし五百円が無ければ文庫本は買えない。お金が無ければ文庫本は買えない。文庫本、タダじゃないんだもの。それにもし文庫本がタダで売っていたら、何か騙されているような気がして嫌だから、五百円で文庫本が買いたいと言った。
家内は、財布を覗き、五百円玉が無い、という、それで千円で勘弁してくれと言う。ええ、いや困った。私は困って、二階の小銭を貯めている箱を開ける。そこから何とか、五百円をひねりだす。あった、あった、百円玉が五枚あった。じゃあ、いいじゃない、五百円あるならわたしにせがまないでもいいじゃない、と家内が言う。ああ、そうだ、こういう事をしちゃうから、やっぱり自分の方が悪い、悪に染まりきっている、と言って、その五百円を自分の財布に入れると、ちょっとまた、むすっとしてしまっている家内をようようなだめ、それじゃあこの五百円で、文庫本買ってきますね、って言ったら、あきれたって愛想つかされて、まあ、いいんじゃない、でも早く帰ってきてね、お昼ラーメンだから、なんて、言うもので、うん、そりゃ分かった、悪かった、ほら、悪いでしょう、なんて言って、俺、っていうかわたくし、一人、未だ寒い春の道をグングングングン歩いて行った。書店目指して。
ともかく、財布の中には五百円がある。五百円あれば安心だ。文庫本も買えるし。ってところでコンビニがあった。寄っていくか、コンビニ、ええ、しかし五百円しかないぞ、大丈夫か、コンビニ寄って。うーん、どうしよう、ショートホープが三百円、ライターが百五十円、合わせて、四百五十円。買える。買えるなぁ、煙草買えちゃうよ。いいや、でも買わない。だって、そもそもこの五百円は文庫本が欲しいからひねりだした五百円であって、それに今、私、禁煙中だし。えっ、禁煙なんてするもんじゃないって?どの口が言ってるかって、この口だな、だってストレスは文庫本で発散できるんですか、そうだなぁ、まあ、スカッとする小説を買えばいいんじゃないだろうかってボヤボヤしていると、コンビニの前の灰皿で誰かが煙草を喫っているよ。ああ、いい香りって思う。未だ自分がニコチン依存から抜け出してないからなんだろうな。どうしよう、まあ、いい、このコンビニで煙草は買わなくていい、だってコンビニなんて幾らでもあるもの。それに今日の目的がしっかりした。文庫本を買う事だ。そうと決まればさっさと行こうって、グングングングン、歩いていった。
するとそこにはラーメン屋があった。おいら、腹が減っていた。もう大分、歩いてきちゃったけれど、お腹の事考えてなかったよ。家内が早く帰ってこいっていうにしても、今、腹が減っているんだよね、ラーメン、ラーメン、四百五十円。安い。信じられないほど安い。老舗の中華料理屋だよ、醤油ラーメン、トッピングつけなきゃこの値段だよ。しかしここで四百五十円使っちゃったらどうする。家内に、何の文庫本、買ってきたの?そりゃ、ラーメン代に消えたさ、じゃ、会話にならないだろ?不仲のはじまりだよ。それは避けたい。でも本当に腹が減っているよ。どうしよう、大体、ここのラーメン屋は、安くて早くて、旨い、で有名。ミシュランの星三つ、は採っていないだろうね。そうして、自分というかわたくし、腕を組んで、五百円が入った財布を握って考えました。まず、さっさと書店に行って、五百円で文庫本を買ってしまう。そうしてダッシュで自宅に帰る。早く帰ってきてね、ってのがミソなんだ、つまり今日の昼食は、家内お手製のラーメンだよ。覚えている。私は覚えている。だったらね、今は我慢すべきときじゃないかと思うんだ。思えば私は苦労してきた。今、大体時給でいえば千円するが、そうじゃないときも懸命、千円分は働いていたって事じゃないかなぁ。それにしても以前勤めていた工場の部長が優しくて、まあ千二百円くらいのパワーで働いていたような気もする。今はどうだかわからない。まあ、この世は諸行無常と悟ってから、まあこの時、悟らなかったら良かったのだけど、その恩ある部長が異動になるってんで、自分は工場辞めてしまった。家内に散々迷惑かけて、これから四百五十円で一人、ミシュラン星三つとは全然言われていないけれど、旨そうな醤油ラーメンを啜ろうとしている、わたくし、というか俺、何様だ?俺様か?お子様か?ちゃうやろ。文庫本を買いに行くって話だろ。
というものもなんで、そんな文庫本が欲しいかって言ったら、やっぱり家内だ。家内は頭が切れて教養がある。神経を尖らすときもあるが、教養があるから悲惨にならない。むしろ、ユーモアで返してくれる。反対に俺と言ったら、なんだ、教養なんてまるでなし。無学の恥さらしでいいんでしょうか、この一生。考えていたらわからなくなって、ともかく毎日、冷水シャワー、滝行の修行をしていたら、閃いた。夏目漱石の文庫本を読めばいい。夏目漱石はロンドンでノベルス、つまり小説について勉強してんけど、当時のロンドンの産業都市みたいなんが嫌になってノイローゼになって緊急帰国。しかし英語堪能なインテリジェントでもあるやん。この人の本読んだら、めっちゃ、かしこ、になれるんちゃう思たら、今、滝行の滝が流れるスピードが、スローモーションになった事が思い出されて、俺、というかわたくし、目を閉じた。ラーメンを諦めよう。家内の作ったラーメンを食べても同じラーメンだろうと。ラーメン差別反対、ラーメン差別反対!!俺、憤怒のような形相をして、グングングングン書店の方へ向かっていった。
遂に書店に着きました。どうだ。誘惑に勝ったちゅうこっちゃ。というか、なんでさっきからちょくちょく、関西弁みたいになっているんだろう。そんなの知らにゃー、は静岡弁。そんなの知らにゃー、そんなの知らにゃー。わたくし、まるで念仏のように、にゃーにゃーを唱えていたら、やっぱりすれ違った女子高校生の顔ったらなかったわ。ちょっとダメージでかいぞ。そういうとき、私は家内の優しい顔を思い出す。慈悲深いマリア。わが聖母。今日は文庫本を買って帰るからね。ズカズカ、文庫コーナーに向かった。五百円じゃ、文庫本しか買えないことは分かっていても寂しいや。いや、この寂しさは、むしろ、勇敢なる者が感じる寂しさじゃないだろうか。私は闘う。闘う、と言っても、文庫本、夏目漱石を選んで買うだけなんだけど。すいません、これ、下さいって、夏目漱石の「文鳥・夢十夜」をレジの係りの人に渡す。その価格、まだ、紙の値段が上がってゆく前ちゅうことで、四百三十円。ふふっ。五百円をパパッと差しだす。買った。夏目漱石の文庫を手に入れた。遂に数々の誘惑を打ち負かし、女子高校生にドンビキされつつ、買ってしまったんだよ「文鳥・夢十夜」。
という事で今、私は家内がラーメンを茹でてくれるのを待ちながら、夏目漱石をパラパラめくって読んでいる。おっどろいたー。激烈に面白い。でもそんな風には見せないように、わたくし、っていうか俺、激烈にクールを装って、黙々、読む。どう?面白い?うーん、まあまあかな、なんて返して、これでちょっとは偉くなりたいもんだ。
最後の花
地上で最後に咲いた花には
目がありました
かつて生存したあらゆるものが死滅し
文明の残骸さえ塵になった地上で
薄ら寒い強風にそよぐ雑草さえなく
とうとう最後のいのちになった花は
赤黒い雨に打たれながら
けがれた白い花弁を見、
空を仰ぎました
目に入る雨は有害物質を含んでおり
当たると激痛がありましたが
花は最後の生命として凛と
荒涼たる天地を見詰めました
花は、愛でられてこそ、花
けれど自分を見てくれる者は
もはや誰も、何もありません
口があれば嘆いたでしょう
けれど花は目を見開く以外
何も出来ません
毒液そのものの雨を一身に受け
花は泣きました
ひとりぼっちを泣きました
朽ちていく我が身を泣きました
花としてうまれたのに
何者にも愛でられないまま
死んでいくことを泣きました
それでも
生まれたからには
なんらかの意味があるのではないかと
いえ、意味などなくても
花は花に生まれたという
己の価値を分かった上で
うつくしくあらねば、と
空を仰ぎ
地を睥睨しました
花は最期まで目を見開いたまま
絶えました
最後のいのちであり最後の死者でした
うつくしい、と囁いてくれる何者かを
最期まで探し求めて地に倒れました
地上最後の花は
これまであまた咲いたどんな花より
花としてのいのちを全うしたのです
じんたまマイクテスト
Realtekじゃなくて
PODCARD
Realtekじゃなくて
PODCARD
USBを抜く
挿す
再起動
Loopback ONOFF
Gate OFF
Reverb
Realtekを検出しました
Bluetoothが
ゆっくり点滅している
マクロ = 自動でやらせたい処理
VBA = その中身を書くための言語
Sub セルを黄色にする()
Selection.Interior.Color =
RGB(255,255,0)
End Sub
For i = 1 To lastRow
Next i
イオンで買った
糖質オフの野菜ジュース
リュックより重い
ジャラジャラのキーホルダー
朝補習を諦めて
ミスドに入る女の子
USBを抜く
挿す
再起動
PODCARD-Podcast Workstation
入力を検出しました
朝7:40のイオンの店員さんが
とても親切です
お互い白髪があるから
目を見て
ありがとう
「このデバイスを聴く」
のチェックを外す
午後2時半
安い機器同士で
噛み合う歯車
机の上の
マイボトルに入ったルイボス茶
思ったより重い
言葉がたくさんあるのに
対話を諦めて
Xで呟くサラリーマン
ぽ.かん
ことばがあってよかったですね
ことばがあるからこそ
みなみなさますくわれているのです
ほら、ぽかん
ことばをなくしてまぬけづら
あ、とか、う、とか、んーで
いきつぎして
「なんといっていいかわかりませんが」
ってことばにすがりつく
ふふふ だから ことばがいちばん
すきなんです わたくし
ことばがだれよりなによりつきさしても
かみさまよりもゆーのーなので
あい。
もう、
ねだられなくなってからも
バイキンマンを
手本なしですらすら
かけてしまうということ
葉隠
草の汁で書く時候の挨拶が
脈絡のない光の渦へ吸い込まれていく
三十年前に貰った、さして親しくもない人の
暑中見舞いに汗塗れで返信する
小林さん、巨象の皮膚の裂け目から
夜明けのような腐臭がします
滴ってくるのは呪言の粒です
この世の夏に雨も洪水もありません
わたくしがわたくしにしがみつくための
どの指先にも
もう一枚の爪も残っていない
血もインクも滑る間違いなく滑る
三十年間を一瞬で滑落し
その先で
夏に繋がる骨を
全骨折するのでした
あはれ
乾いた骸に
臭うほどの現実は残るか否か
若水
くめどつきせぬわかみずに はなにかげあるうつつかな
くもはふかれてあおぞらに わがみをかくすところなし
あきらめていたゆめのこと けさすこしだけおもいだす
たつみによすがなにもなし にぎるこぶしにあてもなし
まつのはやしをあゆみつつ わがつみきえずさむさかな
くめどつきせぬわかみずに はなにかげあるうつつかな
宝物(あなたに)
五十六歳の誕生日
わたしはベビーベッドより
起床する
暴力はなかったことに出来る世界で
暴力をなかったことに
しなかった
あなたがいる
わたしは
赤ん坊の
ふりをして
泣く
三歳で
止まったままの
瞳孔
あなたが
わたしの
ひっこめかけた
手を握り
宝物と
笑うから
わたしは
やっと
安心して
瞼を閉じる
きもちよかろうな
駐輪場に
倒れた
かもめよ
夜の波止場の
生きた血を
ひとりぢめ
窓に映る手形を
胃に
放り込んだら
きもちよかろうな
かりゅうど
あなたの
苦しみを
粉々に
炙ったのなら
default:
import time
def multiply(depth):
indent = " " * depth
print(f"{indent}増殖せよ (Generation: {depth})")
time.sleep(0.1)
multiply(depth + 1)
multiply(depth + 1)
純白の湯船に
脂が
身体から
漏れ出し
小さなキララ
天の川を
オーバーフロー
過剰に溢れる
お湯に
RecursionError:
わたし
だったものは流れて
混濁
再形成する
前に
容赦なく栓を抜く
渦の中へと
排水溝へと
大多数であった
わたしは
default:
穴へと
吸い込まれ
手と
手だけが
まだ
穴を
覗き込んで
一つの
たった一つの
穴が
エピローグ
ここにいたのね
――ずっといたよ
さがしてくれた?
――もちろんだよ
またせたかしら?
――だいじょうぶ
いままでのこと
――これからのこと
たくさん、たくさん
――はなしましょう
じかんはたっぷり あるのだから。
肉塊を呈する者共よ
肉塊を呈し、魂を撹拌する者共よ。
孰れ、霊性に至る身ながら
何故、泥める肉塊へと拘泥する。
哀れなるは太陽、月を照らし出せど
常に厭われ、疎まれる陽光よ
肉塊は腐り果てるのだ
五月に
紫陽花が五月だと言うのに
闇夜の中で
浮かび上がる
ひんやりとした風を
肌で浴びていると
懐かしいあの人を
想い出す
桜の木の下を歩けば
そこが日陰になって
木陰がゆらゆら揺らめいて
私の心と結びつく
まだ見ぬ世界に
何かを置き忘れた気がする
私はあの人をこの道で
落とし忘れた気がする
野生の花の、気高さに魅入られて@しろねこ社賞推薦文
推薦対象
最後の花
by 桐ヶ谷忍
ごく、プライベートな理由であるから、この推薦文には書かないけれど
私は自分の誕生日になると、桐ヶ谷忍さんという詩人さんの事を思い出す。
女流詩人、と述べたらば、桐ヶ谷忍さんはどういう事を思われるのか
私には分からない。なぜならば、桐ヶ谷忍さんの詩には性的マイノリティの
問題もきっぱり、記述されてらっしゃるからだ。
その、作品の印象として、桐ヶ谷忍さんの筆致には、きっぱりがある。
葛藤してはいる、悩んでいる、苦しんでらっしゃる、しかし、それを詩へ
封したとき、そこには、きっぱり、が見受けられる。
私が、村上春樹は、「長年小説を書いていても、救われた事もない」旨
書いていた事を、忍さんに述べると、ちょっと驚かせてしまったかも知れない。
忍さんの立場に立ってみれば、詩、文学を通じて、表現を通じて、自分を救ってきた
というのは、きっと紛れもない事実なのだろうから。
本当の事を書けば、わたくし自身、村上春樹、ちょっとそれはないだろう?と感じた。
そうして、わたくしの個人的な問題だったのですけれど
その、表現の「わかる/わからない」問題があり、その問題を抱えつつ
桐ヶ谷忍さんのこの作品にコメントさせて頂いたのですけれど
忍さんの立場に立ってみれば、詩、というのは言語芸術であり
そのセンテンス、言葉を、丹念、追ってゆけば「わからない」なんて事はない。
それに最低でも「愉しめる」。
という事になり、私の目を見開かせたくれた。
きっぱりを越えて、その言葉に全力を賭けている詩人の姿としては
寧ろ、真っ当なのであった。
そうして、ログを辿って、桐ヶ谷忍さんの詩作品を読んでゆく内に
「日本語としての詩の在り方」として、私に新しい道を拓いてくれているようであった。
私は、「くろかみながくやわらかな」なんて、調子の良い、歌を諳んじて
のほほん、としている自分を恥じた。猛反省した。
桐ヶ谷忍さんの花は、きっと、花屋さんできっぱりと、いや、かっちりと
パッケージングされた、プロフェショナルな技の入った花々であって
それか、または気高く咲く、野生の花だ。
私が花、と書くとき、そこには桜があることを、述べる。
そうして私は私の誕生日の事を思う。それは、もう桜が散りはじめて葉桜の季節である。
これが、推薦文に値する文章になっているのか、わからないし
忍さんには、もう推薦文が出てらっしゃるかも知れない。
そこまで、まだCWSのログを追えていないのであった。
段々、夏になってきますね。そうして桐ヶ谷忍さんのこれからのご活躍を
応援する意図もありまして、本当に勝手ながら、桐ヶ谷忍さんの推薦文を書かせていただきました。
感謝。
アリクイのふしぎ
まだ眠い目をこすりながら食卓についた
アリクイがヨーグルトの蓋の裏側の
発酵した朝露をこっそり舐めとる
覆い隠すから知は美味しいらしい
アリクイがいつも夢に見るものは
千枚の葉 千人の娘 千種類の獣の皮
多重露光されたコスモス畑
着膨れ 作中作 ドールハウス 地下街
マトリョーシカ人形のように
彼自身の蓋を開けてもさらに
よく似たアリクイがいるんだろうか
十字架
背負っていたつもりもない
逃れようのない無意識が
揺るぎない確信へと変わり
紡ぎあげる一本の糸
さも終わりのない円環
重ね合わせる二つのクルス
カチリと嵌まる八芒星
車輪へと変わる
その瞬間を
記録者としての営み
壮大な魂の宿題
その過酷さを掬い上げ
君の光を支える
底知れない創造の喜びに
理屈を超えて
貫いてやりたい
行き着く先への錬金術
蒔いた種
ボクはとても図太い人間なので
あなたが歩いてきた途を
平気で踏み歩いて
生きてきてしまいました
ボクはとても胡乱な人間なので
あなたがくれたやさしさで
平気で洟をかんだりして
生きてきてしまいました
ボクはとても勝手な人間なので
うまくいかないことすべてを
あなたのせいにして
生きてきてしまいました
ボクはとても薄情な人間なので
あなたが隅でこっそり泣いているのを
なかったことのようにして
生きてきてしまいました
ボクはとても不器用な人間なので
いつもまっすぐに歩くことができず
ふらふらふらふら 蛇行ばかりして
生きてきてしまいました
ボクはとても臆病な人間なので
転ばないようにケガしないように
壊れないように壊さないように
それでいて本当に大事なものは
いとも容易く ギュウっと握りつぶして
生きてきてしまいました
神様なんて信じちゃいませんでした
信じる者は救われる?
それって信じない者はどうでもいいってことで
信じない者こそ救わなけりゃ
神様なんて呼べるわけもないのに
ですが 何故だかむかしから
バチだとか因果応報だとかというものだけは
頑なにあると信じているのです
ボクにヒドイことをした奴らに
天罰が下されればいい
それを願っていないわけではありません
むしろ 毎日毎晩
報いが起きることを
願ってやみませんが
しかしながら 本当のとこ実は逆で
ボクがいま こうして血を吐いているのも
具合が悪く ふらふらで
家のことひとつ ろくすぽできないのも
どこにも異常は見つからず
ただただ原因不明で
不安ばかりが募っていく日々を送っているのも
20年近く かかさずに
ちゃんとちゃんと クスリも飲んでるのに
全然良くなる気配すらなく
悪くなる一方なのも
お金がないのも人が去っていくのも
よく知りもしないうちから
いつも軽く扱われるのも
ボクが生きて 仕出かしてきた因果
すべて報いとして還ってきている
それだけのことなのだと思います
いまのいままで ボクからなにか望んだり
欲しがったりしたことは
記憶にある限り たった一度きりです
なにかを望むなんてそんなこと
はじまりからしてボクは
罪の子なのですから
誰にも望まれることなく祝福もされず
生まれてきてしまった
ふしあわせ
という名の
ボクが蒔いてしまった種
なのですから
痩せこけた葉っぱばかりついている
花の咲かない種でした
養分だけはやたらと吸い摂って
なんの役にも立たない
面白おかしくもない
ヒョロリヒョロヒョロ
うなだれて時折
こちらをチラチラとのぞき込んでいる
気味のわるい種でした
ボクはとってもと〜っても嘘つきな人間なので
この話のぜ~んぶを
決して真に受けたりしないでください
運ばれて、生きて
人が生きる
と書いて
人生、と読む
命を運ぶ
と書いて
運命、と読む
つまり
運命こそが人生
生きる
それこそがまさに
運命なのです
ジャジャジャジャーン
ジャジャジャジャーン
運命が外から扉をドンドン叩いてる
なんてことはだから
ありえないのです
# じんたま 16 The Silver Bullet and the Incomplete Domain Expansion
土曜日の雑談回を聴き終え、その後、日曜日のクヮン・アイ・ユウさんのツイキャスを追いかけている。
土曜日の配信『#じんたま』は、どこか異様な緊張感に包まれていた。同接は10名を超え、暗がりに潜む「ROM勢」の気配が濃い。初見さんもいたのだろうか。私はといえば、脳内で密接に絡み合う「三浦×花緒」「花緒×ビーレビ8期」「#じんたま×CWS」という複雑怪奇な相関図を前に、知恵の輪を解くような思いで聴き入っていた。
ユウさんやつつみさんは「最近の三浦果実はおかしい」と口を揃える。確かに、今の三浦氏はいつもと違う。現在聴いているユウさんのキャス後半、ついに花緒氏が登場した。彼は彼で「とりあえず一回、腹を割って話そうや」という構えを見せている。
……しかし、肝心の三浦果実がそこに居ない。
(なんなん?)
画面越しの全員の頭上に、巨大なクエスチョンマークが浮かぶ。三浦氏不在のまま、配信は続く。これはいつもの「悪い癖」なのか、それとも高度な計算なのか。
ソフトウェア工学の古典的な命題に、「なぜ、銀の弾丸(万能な解決策)は作れないのか?」というものがある。高級言語やAIが進化しても、「複雑な概念を論理的に整理する」という本質的な作業はゼロにならない。AIに指示を出すにしても、「何を解決したいのか」を正確に定義し、矛盾がないか確認するのは依然として人間の仕事だからだ。つまり、「書く手間(偶有)」は減らせても、「考える手間(本質)」は減らせない。
これを『#じんたま』やB-REVIEWに当てはめてみると、ある仮説が浮かび上がる。歴代の運営も、結成メンバーも、実は「自分たちが本当は何をやりたいのか」という本質(コア)を、誰一人として真には理解していなかったのではないか。
いや、やりたいことは分かっているのだ。例えば「美味しいポテチを食べたい」ということは。しかし、そのためにジャガイモをどこから仕入れ、どのくらいの温度で揚げ、誰が皿を洗うのかという「付随するコスト」の計算が、全員バラバラだった。進んでいるつもりが、実は全力で足踏みをしていたり、あるいは「未来へ向かっている」と言いながらバックギアに入っていたりする。そんな信じられない怪現象が、何年も続いてきたのではないだろうか。
この凄惨な経験を経て、三浦氏も花緒氏も、ある種の悟りに至ったように見える。「結局、大事なコアの部分は、個人で判断するしかない」と。
今、私には不穏な雲行きが見える。これ、近いうちに「三人同時に領域展開」するんとちゃうんか?
三浦氏はわざわざCWSに現れては花緒氏のレスを華麗にスルーし、放送には出たり出なかったりと「情緒不安定なヒロイン」のようなムーブをかましている。土曜日の配信にいたっては、随分と突飛な「やらかし」を画策していた。これは何かを「掴んで」いる。システムとして構築はできていないが、観念としては完全に「ある」状態だ。
私自身にも、なんとなくその予感はある。「コレをこうして、ああすれば、こうなるよね」という、パズルがハマる直前のクリック感。花緒氏にも何かあるように見える。特にCWSの新機能追加を控えた今、彼が静かに牙を研いでいるのは間違いない。
目的地への道は複数ある。それぞれが偶然にも違うルートを選び、崖を登り、川を泳ぎ、なぜか同じ頂上に辿り着こうとしている。三浦氏の個人キャスの頻度が「異常」であることは、周囲も既に察している。あれは完全に、何かが爆発する前の「前触れ」だ。
まぁ、私の杞憂に終わればそれでいい。ただ、もし「万一」が起きるなら、それは最高に面白い方向であってほしいと願っている。
『赦しのためのマニピュレーション』
推薦対象
3ページ目(最終回)
by つつみ
全14話の長い旅路、本当にお疲れ様でした。
物語の最後に置かれた「碧月」という二文字。それが画面に刻まれた瞬間、バラバラだったピースが音を立てて繋がっていくような、見事な収束感でした。
この最終稿が提示した「碧月」という焦点から、全編を振り返る批評的感想をまとめさせていただきます。
物語の幕切れ、河野が白い画面に入力した「碧月」
それは単なる新人作家の名前ではありません。この瞬間、読者は第11話のアートフェスタへと引き戻されます。あの時、ブースの片隅で「赦(ゆるし)」という一文字の本を売り、誰よりも長くそのページをめくる「ある一人の客」を静かに見つめていた碧月。その「客」こそが、河野だったのだと。
最終稿で凛が拾い上げた「白い本」の感触――なめらかで、けれど内側にざらつきを含んでいる――。それは第4話で凛の人生を変え、第11話で河野の心を止めた、あの自費出版の本の感触です。
凛はあの時、碧月から直接本を買いました。そして河野もまた、別の場所でその本と出会っていた。この二人が同じ新人賞の選考の場で、説明できない一文に「止まってしまった」のは偶然ではありません。彼らはあの日、あの場所で、同じ「碧月の言葉」に人生の足場を奪われていたのです。
第8話から第10話にかけて描かれた凛の家庭の崩壊。母の沈黙と、父の「嘘」。その息苦しさの中で、凛は「正解」を失いました。しかし、碧月が書いた「存在ごと受け入れる」という赦しの概念が、今の凛を支えています。
最終回で凛が、倒れた母のために煮物を作っていたあの台所の記憶(根菜の形の崩れ方)を思い出しながら原稿を整えるシーンは、彼女が「不完全なもの、崩れたもの」の中にこそ真実があると確信した瞬間を描いています。だからこそ、彼女は『二年一組、三十八人』の中に、かつての自分を救った「碧月の影」を見出したのでしょう。
河野が最後に打った「碧月」という名前。
彼は第7話で「会話の多い小説を信用しない」と言い、第6話では引き出しの封筒(碧月からの手紙、あるいは新作)をあえて開けずにいました。彼は「選ぶ側」としての矜持を守ろうとしていた。
しかし、選考が終わり、凛が持ち歩いていた「白い本」を再び目にしたとき、彼はすべてを悟ります。自分たちを揺さぶったあの原稿の主が、あの日の青年であることを。
最後にパソコンの余白に名前を打つ行為は、編集者としてその才能を世に送り出す「覚悟」の表明です。
この小説は、かつて自分を救った名もなき言葉に、数年越しに『名前』を与えて世界に放つという、編集者にとって最も聖域に近い瞬間を描き切りました。
部数や返本率という「数字」に支配された1話の冒頭から、何も書かれていない「白い光(余白)」へ。
凛と河野、そして碧月。三人の孤独が「紙の手ざわり」を介して重なり合ったこの結末は、文学を信じるすべての人にとっての福音のような静けさを持っています。
最後に「碧月」とだけ記された余白には、これから始まる新しい物語の鼓動が満ちています。素晴らしい完結でした。
この作品は、派手な事件が起きる物語ではありません。しかし、一文一文を丁寧に積み上げるような筆致と、誰かの孤独にそっと寄り添うような親密さがあります。
「碧月」という二文字に込められた重みを、より多くの読者が自分の指先で受け取れるよう、冒頭の「引き(フック)」と、伏線の「接続」を少し整理するだけで、商業作品としての強度はさらに一段階、確実に上がります。
この作品を一言で表すなら、指先が覚えている、救いの感触です。
• キーボードの打鍵感。
• 紙の繊維の引っかかり。
• 煮物の湯気の湿り気。
などこれらの「物理的な感覚」を全編を通じてより書き込むことで、読者はスマホの画面(デジタル)で読んでいながらも、まるで「一冊の分厚い紙の本を読み終えた」かのような重厚な満足感を得るはずです。
全14話、この繊細なバランスを保ちながら完結させた作者様の構成力は既に十分なものがあります。上記の「解像度をさらに上げる」作業を加えることで、より多くの人の本棚に「物理的に」残り続ける名作になることを確信しています。
この物語が、いつか本当の「紙の重み」となって、誰かの手元に届く日を心から楽しみにしています。
シナモンシュガーバター
苛立ちをこんがりと焼いて
バターをたっぷり塗る
お砂糖とシナモンをふりかけて
むしゃむしゃ食べる
噛んで噛んで噛み砕いて飲み込んで
苛立ちはいま、腹の中
ひーろーはしをかいている
おしゃべりげんきほがらかさん
べんりにつかわれるわたしのなまえは
よくおぼえてもらえるから
わたしもわたしのなまえを
ちょっとほこったりしていたのですが
もうしゃべりたくないげんきもなしこさん
よくなくしうつむいていたい
にっきにはわるぐちだらけ
まじめなのでじぶんをおとしめて
それからせなかをおすはげましめいげん
わたしはわたしのことしかかけなくて
現代詩人が見えないお宇宙を謳うのに
めをしろくろさせすぐにげだしたけど
ちょーこじんてきなことがすくうせかいもあるせかいをすくいたいわたしだけのせかいしかすくえないとしてもいつしかどんどんことばをなくして
「あっ」とか「いー」に 「ん!」って詩をしんけんにかきだしてもそれはしんじつでわたしはまぎれもなくひーろー
シテ
へんかんして
さけびたくないから
きづいてほしいは
たせきしこうかな
へんしんして
ヒーローにねがうのこそ
たりきほんがんだから
へんしんすることに
きめたのわたし
だから
ことばくらい
れっつ ちぇーんじ
黒髪
くろかみながくやわらかな
きみのこころをだれがしる
ひかりのうちのかげとなり
よすがとしてのせいけつさ
きみのこころをかんがえて
わたしはけふもあるきゆく
ゆるされるのはさきのこと
きみはたしかにそうつげた
くろかみながくやわらかな
きみのこころがしりたくて
てがみをかいているけれど
ことばをつむぐはずかしさ
げばば ぼぼぼ列伝
私は小説を書き、文芸投稿サイトに投稿している。長年書いていると、読者からの評価は不要になってくる。自作がどういった水準でどういう性質のものか、誰に聞かずとも了解できてしまうからだ。それでも文芸投稿サイトに投稿するのは、誰かがそこにいないと書けない性格だからかもしれない。誰かがそこにいる、という事実だけが必要で、誰かが何を思い、その誰かとどう言葉を交わすかは関係がないのだ。
配信を始めたのは、文芸投稿サイトのコミュニティが荒れ始めた時期だった。誹謗中傷と非難の応酬の渦中で、私はライフワークにしていた掌握小説が書けなくなっていた。書けなくなったので、とりあえず配信を始めた。テーマは「文芸投稿サイトの迷惑者たちについて」。迷惑者は荒らしとは違う。荒らしは場を壊すことを目的としている。迷惑者は場を壊そうとはしていないが、コミュニケーションが噛み合わず、結果的に場に損害を与える類の人間だ。実のところ、私はそういう人間が嫌いではない。
三週目から人が集まり始めた。私は対話企画をやることにした。テーマは「なぜ文芸投稿サイトでは揉め事が起きるのか」だった。
配信を始めると、テーマのせいか、迷惑者たちのコメントが溢れた。しかしバラバラだった。あのサイトの運営者は人格に欠損がある。あの投稿者が最初に粗相をやらかした。文芸に品格を求めること自体がおかしい。品格のない場に文学はない。全員が他者を非難している体で自分の話をしていた。全員が相手の話を聞いていなかった。まず一人ずつ話しましょう、と言った。誰も聞かなかった。少し落ち着いてください、と言った。全員が、いや落ち着いていますよ、と答えた。そこだけは一致していた。
六週目の夜、私は途方に暮れた。誰かがそこにいれば書けると思っていた。しかし対話をする気のない人たちの気まぐれな発言に囲まれてしまっては、書けなくなるのだと知った。
その夜、「田伏正雄のMASAO TABUSE」という配信のことを思い出した。文芸界隈の迷惑者に人気のツイキャスだと聞いたことがあった。出禁を食らった者、行き場をなくした者たちが集まっているらしかった。私は馬鹿にしていた。しかし六週間失敗し続けた夜に、探して再生することにした。
田伏正雄という人物が、迷惑者を一人ずつ呼び出し、やったことを確認し、ただ一つの問いを投げていた。悔い改めますか。それだけだった。呼ばれた者たちは自分を正当化し、田伏はただByeと言って次に進んだ。怒らなかった。説教もなかった。ただ問いを投げ、回答を無視し、次に進んだ。それは対話と言えるような代物ではなかった。しかし何かが機能している気配があった。
私は田伏にDMを送った。「対話しようとしない理由は何ですか」。
田伏から間髪置かずに返信が来た。「げばばとぼぼぼです」。意味がわからなかった。
翌週の配信を始めると、コメント欄に見慣れない文字が現れた。「げばば」。配信が始まると匿名のアカウントが「げばば」と書いてよこしてくる。私が小説の一節を読み上げると「げばば」。今日は調子が悪いと言うと「げばば」。配信を終了しようとすると「げばば」。わたしはこのアカウントを「げばば」と名付けた。
「げばばとはどういう意味ですか」と一度だけ聞いた。げばばは、「げばばです」と答えた。厳密には回答は成立しているのかもしれないが、これ以上言葉を交わす意味はない。それ以来、げばばに話しかけるのはやめた。
翌週、ぼぼぼが来た。コメント欄に「ぼぼぼ」とだけ書く存在だった。げばばが「げばば」と書くタイミングで、ぼぼぼは「ぼぼぼ」と書いた。コメント欄は「げばばぼぼぼ」になった。私はそれを眺めながら小説を書いた。げばば、と書いてみると、その言葉が核になって不思議と書けた。
その後、ぴぴぴが来た。むむむが来た。でろでろが来た。がぼがぼが来た。コメント欄は音で溢れた。誰も言葉を書かなかった。私だけが言葉を話した。
あるとき、黙ってみた。三分間、沈黙した。コメント欄は止まらなかった。げばば、ぼぼぼ、ぴぴぴ、むむむ。彼らは私の言葉に反応しているのではなく、私がそこにいることそのものに反応していたのかもしれない。ぼぼぼ、と書き進めてみたら、私は小説の続きを書くことができた。私に必要なのは、意味の交換ではなくて音の連なりだったのかもしれない。
私は掌握小説を完成させ、久しぶりに文芸投稿サイトに投稿した。賞賛の言葉か、あるいは、げばば、や、ぼぼぼ、といったコメントを内心期待してはいた。しかし、誰もコメントをよこさず、一定期間、無視されたのち、田伏正雄がコメントを付けた。
「まったく書けていない。あなたは自分の書いているものの水準と性質を理解していない」
残っているもの
五月の夜。
乾いた空気が、胸に触れる。
思い出す。
欠けていない、あなたを。
熱のこもった目と、
少しだけ噛んだ笑い方と、
あたりまえに伸びてきた、手。
——それだけが。
ほんとうではないと、
もう、知っているのに。
それでも——
あなたもどこかで、
私をきれいに
残したりする?
#恋愛
#巻間詩
#連作
#詩
#短詩
「ロリータ」の答えを知りたいんじゃない、「ロリータ」の問いを負っている人の詩が読みたい@しろねこ社賞推薦文
推薦対象
少女Xは死ななかった
by ナカタ サトミ
以前、図書館で一冊の本を借りた。多読の為その本の名前は失念した。どーいう本かというと、アメリカの或る刑務所で
読書クラブの活動を企画した女性ボランティアのドキュメンタリー兼、エッセイみたいなスタイルの本だった。
色々な本を彼女は提供し、ある一定の期間を待って、本を読んだ男性囚人達がディスカッションする、といった内容だった。
そのとき、その彼女は例のナボコフの「ロリータ」を男性囚人たちに配った。
さて、どうだったか。男性囚人たちはこんなことを漏らした。
「こんな話絶対に受けいれられない、だってもしも俺の親族の14歳の女の子がこんな事になったらどうするか、腹が立って仕方ない」
女性ボランティアの女性は反論する。
「でも、このロリータって話はラヴロマンスなのよ」
「NO!NO!NO!!」
俺はロリータの答えなんて知りたくない。だって本当の文学とは、つまり「問い」を残してそこにある事しかできないから。
俺はCWSでコメント付けする際に於いて、「問い」を与えてくれる作品を捜しはじめた。
CWSで活動されているある作家さんが言っていた。
「みんな、考えないんだよね」
そうふと漏らしていた。
そして、そんな作品には積極的にコメントはつけなかった。
まずはコメントがついていない注目されていない作品に光りを与える事が、ネット詩への恩返しだ。
そうして数日経った。いつもと同じように、ゼロコメントの作品にコメントをつけたが、以前より少なくなってきて、鑑賞のパワーを他の方向へ向ける事ができた。
俺の好み、アメ産の、ジャック・ケルアックの路上から、それこそ裸のランチ、失念していたが、そう、ロリータのアナベル・リーについて語れる人を捜していた。
その方はハロー!と言った感じで、俺に直接、推薦文を書いて欲しいと言った。
ガッツがあるな、と思った。そうしてその詩を通読するに至って
俺に対して幾つもの「問い」のボールを投げてくる詩群に出会った。
「ロリコン死ね!」
そうは書いていない。そしてそれは問いかけの言葉で、寧ろ、もっと静謐に、且つエモーショナルに書いてあった。
本来的に、俺はネット詩平等論者だから、頼まれて推薦文を書いていたら
すべての詩人の推薦文を書かなければならない。勿論、そんな事はできない。
こんな話がある。
文学極道出身の長い髪の男の話だ。男は言っていた。
「俺は、詩の為なら、スケープゴートになってもいい」
言い切った。清いと思った。男は「問い」のボールを俺に投げつづけた。
「田中さん、わかるって何?」「弥勒菩薩って今どこにいんの?」「セクハラの問題があったから活動をやめようか?」
正直、俺たちの世代の問題は、俺たちで解決しなければならない。
その為に、考えつづけねばならない。
問いのボールを投げつづけなければならない。
「ロリコン死ね!」
よくわかる、問題あるよ、学校もね。
その為に俺は幾つものダメージを負ってきた。
と、いう夢から私は目が覚めた。そうしてXのメモをもう一度見た。
ナカタ サトミさんの推薦文を書く事になっていた。
置いてかないで
人の隙間を縫っていく
あなたが行ってしまう
急がなければ
あなたは私を待ってくれやしない
わたしがあなたに合わせなければ
足が縺れる
切れた息で 体が跳ねる
「待って」の一言が届かない
あともう少しだったのに
あなたがいっちゃった
私一人置いて
あなたはわたしのためには止まらない
自殺に失敗しました
タイトル通りです。気づいたら緊急搬送されていました。その後拘束され入院。自分のこと殺そうとしたので当然ですよね。地獄のようでした。トイレで排泄ができず、垂れ流すまま。涙も拭けない死に損ない。さよならさよならさよならサヨナラ。さよならって言ってるじゃん。結局は生きたいままでただの反抗期が治ってないのかもしれない。毎日叫んでる。夜は寒い。自分の事を傷つけてしまう自分が嫌い。私のことを認められない私が嫌い。私はいつになったら私のことを好きになれるんだろう。新しい私はどこにいるんだろう。
人生の第1章が終了した。
正しくなりたい、優しくなれない。
あの人たちは、どうしてあんなにも楽しそうに笑えるの?
答案用紙に転がる血走った目玉は何を見ていたの?
大人になっていつか立ち止まったみんなに、
私のささやかな闘いの日々は、'青春'と呼んでもらえるの?
そういう嫉妬や身震いを喰い荒らした私の影は、
色濃く黒ずんですぐ、私の背丈を越えた。
切り落としたくて、カッターナイフの刃を腕に突き立てた私を、
傷跡が残ってはいけないからと、思い留まらせてくれた手は、
確かにあった。
あったのに、私の瞳は拒絶していた。
口先は強張り、言葉尻は尖り、
力強く振り払った時の痛みを隠す為に、
悪びれて笑った。
素直になれない臆病さも、期限切れの思い出に縋る心のよろめきも、
いずれ時間が全部洗い流してくれるものだと信じきっていたのだろう。
ひとりぼっちだと哀れまれる事が辛くて、
中途半端でも大人になった。
いい加減に生きてきたつもりなんてないけど、
踏みとどまった分だけ、みんなとの差は開いた。
着飾った言葉ではなく、正気の私のままで愛されたくて渇いていた。
誰かの体温に。
きっと随分前から分かっていたんだ、
このままじゃいけないって事。
逡巡する目玉を鷲掴みにして、時間はまだ私を試したがっているから。
向こう側に行けたら、きっと今よりほんの少しだけ、
良くなる予感が燻っているから。
それだけが、死ねない理由。
今だって、あの人たちみたいに上手く笑えない。
怒りや若さを壁に投げつけたあの頃を悔いても、
もう追いつけない。
「当たり前」が出来ない自分を恨んでみても、
とても間に合いそうにない。
終了時刻を過ぎたあとも、教卓の上に忘れられていた私の答案用紙は、
記名欄だけが今も白いままで、
みんながこの先のどこかで思い返す楽しかった頃の毎日に、
私は多分、いない。
まともな人間には、きっと死ぬまでなれないとしても、
そんな自分さえ許せる証明を、私だけは知っている、はず。
何も言えずに悲しい目をして、誰もいない別の道を歩き始めたけれど、
私が私を選び続ける目的は、あの人たちとそんなに変わらない。
幸せになるってこと。
ただそれだけの為に、どうしてこんなにも、
頭の中がめちゃくちゃになるのだろう。
かつて と いま
はるか遠くの坂の上 爽やかな風の向こうに君の顔
駆け寄る僕は幼子で 何気なく笑った君に恋をした
更に多くの時が経ち 乗り越えた僕は大人になった
それでも君の横顔は 爽やかな風の向こうにあった
かなた遠くの坂の上 今の君に駆け寄れるだろうか
どこかの星で
遠い異国の地には、
憧れがある。
行ってみると、
暑さにふらふらになり、
もう二度と行かないと思う。
終わった恋も、
そんなものなのだろうか。
今日も、別れたひとと
会うのだけれど。
相も変わらず、
わがままで賢い人だ。
あいそが良いが、
文句が多い。
呆れかえれば、
人間関係は
少し面白くなる。
頼むよ、
はいよ。
どうもありがとう。
どういたしまして、
おきをつけて。
ギブアンドテイクではなくて、
ただのスルースルーだ。
気づけば私は、
どこかの星についたようだ。
Komm, süsser Tod requiem for SEKAI(超訳版「甘き死よ、きたれ」:セカイ系の終焉が訪れるときにいつかまた)
わかっていたろう、僕よ
皆を失望させてしまったことぐらい
自分だけを至尊の座において
セカイを変えて救うなんて
ただのおもちゃ遊びじゃないか
今までの苦痛も全ての瞬間においても
誰かがいてくれたから
僕はずっと立っていられたのに
どうして他人を忘れてしまったんだ
だから、どうか、終われ
セカイ、セカイ、セカイ
セカイよ、終われ、そう祈ることしかできなくなった
過去がどうであれ、幸せだったことが今は皮肉だ
もう何も愛してやるものか
セカイを終わらせよう
時を戻そう、はじまりにまで
僕の罪がはじまる前に
あの人が愛した人々を
駒に変えてしまうまえに
過去は延々と僕の苛みを加速させた
お前だって愛と誇りを離しやしないじゃないか
僕もお前も同じなんだ
ヒーローごっこの時間は終わりなんだ
セカイはもうなくなった
特別な力を持った自己はないし
社会との間には大きく複雑な作用が戻って
だからまた一歩一歩進めていくだけに戻れる
セカイを無に帰そう
僕は一ミリしか動かせない
君も一ミリしか動かせない
でも、それでいいじゃないか
心の底から思うよ、僕は知っている
僕はもうセカイを愛せやしない
僕は失ってしまおう、捨てちまえ
あのセカイも、セカイにとって意味があったものも
時間がどうか戻ってきて欲しい
僕が僕だけのセカイに籠る前に
人々との協調で世界が動いていたときに
過去は忘れずとも背負うし
愛と尊厳とを皆が皆に向け合うために
セカイを殺して世界を作っていきたい
世界に帰ろう
セカイをただ
崩していくんだ
崩していくんだ
崩していくんだ
世界の中で
僕はようやく青い空に戻った
自我の殻なき空に
あなたたちのための世界に
少女Xは死ななかった
私たちはもちろん恋人どうしじゃなく
街娼と金を払わず逃げる客でもなく
たぶん同じ事故の目撃者だった
きれいなものはみんな死に近すぎるね
人間の内部にはいつも薄暗い水路があって
そこへ落ちた声だけが本音だと
言えなかったのをひどく悔やんでる
あなたのアナベル・リーではないのも
私自身の罪だと思うんでしょう?
先生のばか くそじじい 相対的ロリコン
食べたらウンコを出すくせに
やさしくしないでほしかった
ぬいぐるみしか愛せない私を
祈りの手つきで撫でたこと
あの瞬間 自分がとほうもなく神様だったと
せめて毎晩寝る前に
フラッシュバックしてくれる?
私の眠りのおとむらいのため
死ななかった少女へと手向ける花として
牛が雪崩込んでくる
牛が雪崩れ込んでくる。
新しいおが屑の上に、麦わらを敷き詰め、牛を入れる。
飛び跳ね、テンションを上げつつ牛が雪崩れ込んでくる。
顔を麦わらに擦りつけ、飛び跳ね、走り回り。
せっかくの麦わらを、咀嚼して反芻する。
牛が雪崩れ込む。
産道よりこの世に粘膜まみれで。
子牛は歓声を上げて、親牛でも顔を振り上げつつ走りだす。
牛の肉が、名前も顔もなく冷蔵庫より雪崩れ込んできた。
焼かれ煮られ、人の口へ入っていく。
これが牛の命の完成だ。
そうだとしても。
牛たちが雪崩れ込んで走って来る。
息を、声を、体を弾ませて。
数百キロの体重は唸りを上げる。
明日も昨日も、一瞬前も一瞬後すらもなく、牛の命は灼熱する。
生は、死は。
極端だ。
絶望も希望も、善も悪も。
境界を突破して牛は雪崩れ込む。
わずか一時、一刹那。
呼吸ができた。牛たちはこの一息の中に命を爆発させる。
数億年後に、地球上からすべての命は消えるという。
それでも命は燃え上る。
ほんのわずかな時間の中で。
絶対的に。
陽だまり色の麦わらの中、牛たちは眠りついている。
みんなくっつきあって、夢の中に雪崩れ込む。
あなたはこの詩人の父親になれない
身体という戦場において
殺された子どものばらばらの手足が
危険ではない場所で悪さをするので
どうしたらいいのかわからなくなっている
女は頭の中に新聞広告を思い浮かべてみる
むかしアメリカの小説で読んだような
「入眠儀式の協力者求む
ぬいぐるみ 妖精 悪魔 老犬可
性と時間のない者に限る」
かれはホットミルクを用意してくれ
歯を磨かせ パジャマを着せてくれる
銃声は止み
眠りはふたたびおびやかされない
だから安心して欲情することができる
三千世界の鳥を殺さなくたっていい
だって非道いから それに
ほんとうは時間は流れていくほうがいい
凍てついた大河のような彼女は
遠くまで行けるはずなのに
針と糸と炎がないから詩を書いている
その皮膚はまだ美しく張りつめているが
いまのくらしは
いっぱいの順風を受けるヨットではない
所与性一行
それで、八十年前のケンポーに誰が合意したって?
穴
ポッカリと空いた穴を埋めたくて
違う場所に穴を掘って埋めてみた
空けた穴を埋める為に
少し離れた所で穴を掘っていると
こんな所に掘ったら危ないだろう
なんで此処に掘ったりするの
ゴメンなさい
一度埋めた所を掘りたく無くて
掘る場所を探しています
仲の良い友達も探しているみたいで
穴を掘っても怒られない所
知りませんか
楽園に行く。
こんにちは。鬱病女です。なんと鬱病な私が!旅行に行きました。母に同伴してもらい、飛行機も列車も乗れました。母がいなかったらきっと行けなかったでしょう。母、本当にありがとうございます……。感謝…………
旅行はとても楽しかったです。今回は母協力の元、連れて行ってもらうことに成功しました。
特急列車に乗っている時のワクワクは、子供の頃のきらめきを連想させるようなものでした。特急列車で歩くたび揺れが私を包み込みました。ホテルは狭いけれど、知らない場所で眠ることは私に非日常な感覚を届けてくれました。
私は毎日布団の中に引きこもり泣いています。ですが、旅行中はなんだかそんな私が嘘みたいでした。すっぴんにワンピースでスキップをして、カンカン帽を被って見たり、新しくピアスを買ってつけてみたり、募金をしてみたり、猫を追いかけてみたり、神社で参拝をしてみたり……。時間は嘘つきのように過ぎていきました。見知らぬ果ての古き土地はなんだか全てのものが煌めいてみえました。
私は東京に帰って、自分の部屋に荷物を置き布団に潜り込むでしょう。そのときの私が泣いているかは、分かりません。自傷行為をしているかもしれません。でも私は私に忘れないでと言いたいです。あなたは旅行をして、見ず知らずの土地で楽しみ、生きることに希望を見出したのだと。あなたは少しでも、あなたは楽園で生きたひとなのです。
目覚めよと呼ぶ声が
憂鬱な美しい音楽の調べ
私を癒してくれる
心が沈む時は徹底的に沈んでよい
音楽は疲れ切った頑なな心に寄り添ってくれる
暫くは打ちひしがれてもいい
今は死んだ人たちと語らってもいい
そのうちに目覚めよと呼ぶ声が聞こえるだろう
生きてさえいればやり直しはきく
明日に向かって頑張ろう
死のっか
おはようございます。死のうと思います。遺書みたいなものなのでしょうか。生きていく気力がないのです。生きる理由もないのです。
私が死んだらみんな悲しんでくれるのでしょうか。
死んだら今までしてきたことを後悔してくれるのでしょうか。
死んだら今までどれだけ苦しかったか、理解してくれるのでしょうか。
もう何もかも終わりにしたいんです。自分が嫌い。
すみません、私は先に行きます。生きていたいと思う人だけが生きていればよいのではないでしょうか。無理して生きて、傷付いてその度自分の体を傷つけるくらいなら死んだ方が楽園に行けると思うのです。
ああ死にたい。死にたくて堪らない。
ありがとうございました。
(ネバー)エンディング
白々しい あさが来た
昨夜、
わたしとあなたの凍結胚は
しずかに 水辺になりました
暗がりの先で《モシモ》が叫ぶ
甘く凍えた《モシモ》の声
波音が背骨に沁みわたる
かじかむままに 生きるのか?
なにはともあれ、たまごだよ
遠くの窓に 灯りがひとつ
おまえのための ケトルを撫でる
冷蔵庫には ゼリーがあった
なにはともあれ、たまごだよ
消せない日々を 抱きしめて
寄せる《モシモ》は 揺籃へ
白ときいろに 敬礼を
なにはともあれ、たまごだよ
ゆでた たまごを食べるのだ。
ZERO
コカ・コーラの
赤いトラックに
蛇口がついていた
入道雲が立ち上り
好きなだけ飲めよと
言い放った
ロゴは白かった
喉が渇いているのに
蛇口には近づけなかった
仕事中に飲むコーラは
背徳感に満ちている
それを打ち消すために
黒いロゴを選ぶ
ひと口目だけの愉楽