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2021/01/01 12:00:00

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投稿作品一覧

またいつか

冬の寒さに染められて
空がぐんと青くなる
息がほっと白くなる

一つそっとあきらめて
一つそっと置いて行く

一つそっとあきらめて
一つそっと軽くなる

少し空が広がったのは
心を自由にしたから

寂しさは風が連れていく
切なさは涙が連れていく

またいつか
何かを見つけられるように

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ふね

空に 浮かぶ 大きなふね
それを 見つけて 子どもは言う
僕も あれに 乗りたいよ

悲しい 目をした 母親は
いつか 大きく なったらね
叶うか 分からぬ その願い
いつかは 叶えて やりたいよ

母の 願いは 叶わずに
子どもは 空に 飛び立った
あの子の 夢は 叶ったよ

私の 夢は 打ち砕け
私の 夢は 消え去って
空に 儚く 散り散りなって……

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掌編噺『フォレスト』

 「ねえ、一緒に向こうへ行きましょ?」

後ろから優しい声が聞こえる。
僕が振り返ると黒髪の女性がこちらを見ていた。
彼女が指差すのは、向こうに生い茂る黒い森。
僕はいつもこの道で彼女から声をかけられる。

 『……知らない人にはついていっちゃいけないって
 母さんから言われてるから行かない。 
 それに……あの森には魔女がいるって話を聞いたよ。』

僕は、相手を見つめながら早口で言った。

 「そっか、わかった。」

彼女は微笑むと、森の中へとゆっくり歩いていく。
僕の事は諦めたようだ。
その姿を見送ってから僕は森の横道を歩いて、学校へ向かった。

******

僕は母さんとふたり暮らしだ。
昔は父さんも一緒に住んでいたけれど五年前に出かけたっきり、それから帰ってこなかった。
それから母さんは僕に辛く当たるようになった。ブツブツと文句を言うだけならまだ可愛いもので、時には暴力を僕に振るった。

でも、学校から帰ってきた僕を見るなり母さんはいつも泣くんだ。
  
『ごめんね、ごめんね。 
 さっきは叩いたりしてごめんね。
 嫌いにならないで、ねえ嫌いにならないで。
 私にはあなただけしかいないの。
 どうか、どうか許してちょうだい。』

そう言いながら僕をぎゅっと抱きしめては、いつも涙を流して泣く。

だから、僕も母さんを優しく抱きしめて言うんだ。

 『分かってるよ、大丈夫。もうお腹が空いたから、はやくご飯にしよう。』

けれど、また別の日に母さんは同じように大騒ぎをする。そんな日々が繰り返された。

******

ある日、帰宅すると僕を見て母さんが呟いた。 
 
 『あなた、あの黒髪の女に会ったの?』

僕は何も言わず頷いた。
次の瞬間、頬に痛みが走った。
熱い、また叩かれたんだ。

 『あの女は魔女なの!悪い魔女なのよ!
 あの……あの女が父さんも連れていったのよ!』

母さんは狂ったように叫びながら、僕に暴力を振るった。
それは永遠に覚めない悪夢のようだった。

******

気がつくと朝になっていた。
母さんはもう出かけてしまったようだ。
ヒリヒリと痛む頬を擦りながら、僕は学校へ行くために森の横道を歩いていく。

 「ねえ、一緒に向こうへ行きましょう?」

まただ。後ろからまた優しい声がする。
振り返ると、今日も黒髪の女性が佇んでいた。
彼女の細長い指が差す方向には、魔女が住むという黒い森が━━━。

 ━━━━僕は考える。
母さんと黒髪の女性、魔女なのはどちらだろう?

僕はしばらく何も言わず彼女を見つめていた。
それから、微かに笑ってゆっくり手を差し出した。
それを見た女性も、笑って僕の手を握った。
それからふたりは何も喋らず歩いていく。
木々生い茂る森へ。黒い森の中へ。
ふたりは歩いていく。
周りでは、森の木々たちがザワザワと恐ろしげな音を立てていた。
吹き付ける風が沢山の枝を揺らしていた。
その音はまるで僕のことを、森の奥深くへ呼んでいるようだった。

そのままふたりは手を繋いで、深く暗い森の中へ消えていった。
その日から通学路を歩く少年の姿を見かけた人はいない。そして黒髪の女性もそれきり消えてしまった。
少年がそれからどうなったのか黒髪の女性はいったい誰だったのか……
もう誰も知ることはできない。

******
 
後日談としての話である。

少年が消え去った後、この森の周辺では独り言を呟いて彷徨う女性が現れるようになったという。
彼女は道を子供がひとりだけで歩いていると、けたたましい奇声を上げながら追いかけてくるらしい。

やがて人々は噂するようになった。
その女は黒い森に住んでいる恐ろしい魔女なのだ、と。

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たとえ時代は変わろうとも


その昔 文学やるやつ
ギターかき鳴らすやつ 
不良だろくな人間じゃないと
うしろ指さされていた 


漫画ばかり読んでいる 
テレビばっかり観ている 
ゲームばっかりやっている 
だからバカになるんだ
いじめが起きるんだと 
こんなものがあるからいけないんだと
親も学校もマスメディアも
こぞって煽り叩きまくっていた


いまはスマホだネットだSNSだ AIだ
時代が変わろうとも何も変わりゃしない 



   悪いヤツは誰だ
   悪いヤツは誰だ


平和を謳いながら 戦争は失くならないし
人を傷つけてはいけません 
人のものを盗んではいけません
人を殴ってはいけません
人を殺してはいけません
それでも毎日 どこかで事件は起きてるし
強きモノたちが 弱きモノたちを挫き
本当に助けてほしい人の助けてが
いつまで経っても届かない



   悪いヤツは誰だ
   悪いヤツは誰だ




見てみろよ 
子どもも大人も 男も女も
健常者も 障がい者も
あたしもアンタも


ろくでもな人間ばっかりしか
いないじゃないか



こんなろくでもな人間どもが
こんなろくでもな時代を創ってきたんだ


そしてまた
時代は変わる


変わろうともに















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第三種接近遭遇

 俺はアルバイトを掛け持ちして生きている。酒屋の配達、清掃、深夜の倉庫でのピッキングだ。何かのせいにしたくはないが、それだけ働いてもなかなか暮らしは楽にならない。財産という財産はないが唯一今乗っているこの自転車ぐらいだ。自転車だけではないが、何もかも修理が必要だが余裕がない。歯も治したいが治せない。前歯ではないから放置している。4つ目のアルバイトを探すべきか考える。俺はバイト先の倉庫を目指し、暗い中、小高い丘を越えていた。

 そのとき、目の前が明るくなった。危ない。車にひかれると思ったが車の姿はなく、見回すと頭上に車ほどの大きさの何かが浮かんでいる。フラフラとではなく、しっかりと空中にとどまっている。UFO。そ
れ以外に想像がつかなかった。眼鏡をかけ直そうとしたが、身体が動かない。それに眼鏡も金がなくてレンズが微細な傷だらけで、掛け直そうが、レンズを拭こうが見え方に変わりないだろう。それより、俺はこのままエイリアンにさらわれてしまうのか。それならそれで新しい星で今よりましな生活をしてみるか。

 俺は動けないから事態を見守るしかない。果たして、UFOの一部がシャッターのように開いて、中からエイリアンが降りてきた。一人、いや一体。何かで読んだがエイリアンはテレパシーで話しかけてくると。それを待ったが音声は聞こえない。エイリアンは俺に近寄ると、たぶん、怪訝そうな表情で俺を見た。と、思ったが、ただしくは俺の眼鏡をじっと見た。おもむろに、たぶん、手をのばすと眼鏡をつかみ、なにやら光線のようなものを目、たぶん、彼の目から放った。ああ、俺はこの光線で殺されると思ったらその瞬間に気を失った。

 どれほどの時間が経ったのだろうと時計を見た。あれ、数分しか経ってない。まだ、バイトに間に合う。ペダルを踏み出そうとしたとき、俺は視界がやけに良いことに気がついた。ズボンのポケットが気になった。何か入っていたので取り出した。それは、不思議な文字の書かれたメガネ拭きの入ったメガネケースだった。

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流れ星

色鉛筆で家を描いた
女の子が窓から外を見ていた
窓を開けてあげると
絵の中には
いい風が吹いているみたいで
女の子は気持ちよさそうに
空を眺めた
夜には星を描いた
女の子が何か言いたそうに
夜空を指差しているので
流れ星をひとつ描き加えると
両手を合わせて目を瞑った
彼女は何を願っているのだろう
色鉛筆はすっかり老いて
絵はそこで終わっている

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「どうぶつスロット解説」としてのクリエイティブ・ライティング

き  ぱ  き  
り  ん  り
ん  だ  ん




ぱ  き  ご
ん  り  り
だ  ん  ら




ご  ご  き
り  り  り
ら  ら  ん




ぱ  ぱ  き
ん  ん  り
だ  だ  ん




ご  き  き
り  り  り
ら  ん  ん




ご  き  ぱ
り  り  ん
ら  ん  だ




き  ご  き
り  り  り
ん  ら  ん




ご  ぱ  き
り  ん  り
ら  だ  ん





ぱ  ご  き
ん  り  り
だ  ら  ん





























それは私が愛用する文芸投稿サイトに投稿された、どうしようもない作品だった。
「どうぶつスロット」と名付けられたその作品は、きりん、ぱんだ、ごりらという三種類の動物名が、縦横に配置されているだけである。三つの動物が横一列に揃うことはなく、永遠にわずかにずれ続けている。


悪ふざけだと断じるのは容易だった。私は十年以上、詩を書き、推敲し、投稿してきた。時間だけは費やしてきたが、ほとんど何も得られていない。ちんけな地方の文学賞をごくまれに頂戴し、しかし結局何も変わらない、そういう時間である。その時間に照らせば、これは作品ですらない。文芸投稿サイトでは、悪ふざけとそうでないものとの境界を越境しようとする投稿が、周期的に現れる。直球を諦めた投稿者が、気慰みに注目だけを掠め取ろうとするのだ。バイト中の悪ふざけをSNSに上げる頭の弱い三流大学の学生と、精神構造に大差はない。違うのは、文学を名乗っている点だけである。


匿名投稿ではあったが、誰の仕業か見当はついていた。「伝説のしこたま詩人」である。私が利用する文芸投稿サイトでは、このところ「伝説のしこたま詩人」を名乗るアカウントが運営を乗っ取ったらしいとの噂が、半ば本気で囁かれていた。規律に厳しいはずの場で、なぜか彼の振る舞いだけが不問に付されていたからである。


「伝説のしこたま詩人」と名のるアカウントは、あらゆる作品に対して、「しこたま良かったです」、「中々のしこたまですね」、といった意味の判然としないコメントを残す。時には、「あなたの作品は本当にしこたまですか」、「これで真にしこたまと言えるのですか」とダル絡みさえしてみせる。そんなものは批評でも攻撃でもない。単なる腐敗の種まきだ。


文芸投稿サイトには、こういう種類のボウフラが必ず湧く。伝説のしこたま詩人のコメントによって、誰かが深く傷つくわけではない。しかし、確実に何かが緩み、濁っていく。落書きの多い地域に犯罪が増える原理と同じである。場を停滞させ、疲弊させ、やがて誰もが諦めざるを得なくなり、最終的に「捨て地」のようにならないと自分の場として安心できない。荒廃した状態こそが真剣さの証であると、本気で思っている種類の人間。私は、そういう人間が心底嫌いだった。ゆくゆくは自費出版、そして白鳥賞、その先にあるはずの「まともな文学的評価」。そうしたものを真顔で目指すガチ勢の私にとっては、迷惑以外の何物でもなかったのである。


どうぶつスロットは日々更新されていた。一行、また一行と、きりん、ぱんだ、ごりらという文字列が増殖していく。内容も構造も変わらない。ただ量だけが増えていく退屈極まりない投稿なのに、閲覧数だけが異様に伸びていた。どうやら、人はこの無意味な配置を、飽きもせず繰り返し閲覧しているようなのだ。


コメント欄を確認する。「揃わないのがいい」、「惜しい」、「次は来る気がする」。悪ふざけに便乗する言葉が、しかし確実に蓄積されていた。場を汚されていることへの怒りはない。ただ、うすら寒い期待だけがある。何かが揃い、揃えば何かが始まるのではないかという、あいまいな他人任せの俗情である。


私は不快だった。これは文学ではない。だが、荒らしとも言い切れない。むしろ、文芸という場の癖をあまりにも正確に突いている。人は意味を読むのではない。意味が発生しそうな状態を眺め、指を咥えて待ち続けるのだ。身を削った創作ではなく、抽選を待つ態度。主体的な解釈ではなく、単なる当たり待ち。緊張感の欠落したコメントをみれば分かる通り、どうぶつスロットは、まさしく「腐ったリンゴ」としての効果を場に齎している。


私は運営に問題提起を行った。どうぶつスロットは場に対する揺さぶり行為ではないか。真面目にやる人間がバカを見るような雰囲気が醸成されてしまえば、もう元には戻せない。好き放題書き散らかし、したり顔で場を停滞させ、自己憐憫に堕するだけの人間が優位な状況となることを放置するようでは、運営者としての資格がない。こうした投稿こそ荒らし行為として、厳正に対処すべきではないか。しかし、送信ボタンを押した瞬間、私の生活に異変が起こった。


郵便受けに宛先不明の郵便物が入っている。開けると、しこたま、とだけ書かれている。夜中に電話が鳴る。出ると、しこたま、と叫ぶ声が聞こえる。街を歩いていると、やくざのような風体の男が耳元でしこたまと囁く。職場に訪れた銀縁メガネの紳士が、しこたま課長はいらっしゃいますか、と尋ねる。決定的だったのは、たまたま訪れた神社の境内で、チョンマゲ男性がしこたまと絶叫していたことである。


その頃には、どうぶつスロットのコメント欄にも異変が現れていた。「リールの癖が見えた」、「今日はきりんが強い日」、「ぱんだが寄っている」、まるでギャンブル中毒者による競馬新聞である。さらに、不穏な書き込みが混じり始めた。当たりには配当があるらしい。運営を乗っ取ったしこたま詩人がミームコインを仕込んでいるらしい。


私は意を決して、「どうぶつスロット(あたり)」という作品を投稿した。


ご  ご  ご
り  り  り
ら  ら  ら


投稿ボタンを押した瞬間、胸の奥がひどく冷えた。数分で通知が鳴り止まなくなった。閲覧数は跳ね上がり、コメントが雪崩れ込む。「やってしまった」、「これはダメだ」、「この作品はあってはならない」、しこたま詩人の荒らしコメントには反応しなかった投稿者たちが、こぞって糾弾し、怒りを表明し、すぐに場は炎上に包まれた。


しばらくして、玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると、やくざのような風体の男、銀縁メガネの紳士、チョンマゲ男性が、整然と立っていた。当たったので、と彼らは言った。差し出されたのはコインだった。


調べてみると、それは大手取引所では扱われていないマイナーなコインで、DEXと呼ばれる分散型取引所を介せば換金可能だった。試しに一枚スワップすると、日本円で百万円相当になった。私は笑ってしまった。努力でも才能でもなく、揃えたかどうか。それだけで、人生が一段階進んでしまう。


私はその金で作品集を出版した。長年の夢だった。だが刊行したものの、ほとんど売れなかった。読まれもしない。感想も届かない。
私はようやく理解した。私は表現で勝ったのではない。当選しただけなのだ。揃えた瞬間、私は文学の場から降ろされたのだ。以後、私は読む側にも、書く側にも戻れなくなってしまった。場は、揃えた者を必要としない。私の投稿にコメントが付くことはなくなり、自然と書く意欲も失われた。


今日も画面の奥で、三つの動物がずれ続けている。きりん、ぱんだ、ごりら。ごりら、ぱんだ、きりん。揃いそうで揃わない。文学が生まれそうで、生まれない。だが、その揃わなさだけが、まだ辛うじて、文学のふりをしている。

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崇めよ我はPCなり 

けっこう古い話。DOS/V (Windows PC) を入手した。本体に内蔵されたPCIスロットにカードを差し込めばPCをアップグレードできた。まず手始めにビデオカードを購入し取り付けてみた。D-Sub15ピンケーブルをM/BにあったVGAポートから抜き取り新たなカードに挿しかえケーブルを取り付ける。そしてPCの電源を入れたところディスプレイはブラックアウト。そして信号がないとのディスプレイ側からのエラー表示。

何度も何度も何度も何度も何度も

カードを挿し直しケーブルを付け直しても画面には何も表示されない。mm,どうしたものか。買ったビデオカードを押入れに入れるか買ったPCを押し入れに入れるかしばらく悩んだのちとあるアイデアが閃いた。早速やってみた。すると何事もなかったように画像が表示されWindowsが起動した。さてどうやってこの問題の解決にいたったのか。答えはこうだ。

ビデオカードを挿したまま電源ケーブルおよび映像ケーブルも抜き3日間放置した。

ようするに何もしなかった次第。

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わりと古い話。当時Matrox G450という変わり種のビデオカードを使っていた。最大の特徴はVGAポートが2つあり同時に2台のディスプレイに画像を表示できる点。ただしその頃のワタシはディスプレイを1台しか持っていなかった。まさに宝の持ち腐れとはこの事である。そしてある日をさかいにブルースクリーンが頻発する事態となった。aa,もうこれでは使い物にならないと判断し徹底的に調査することにした。そしてBSの内容を読んでみると”0*****.dll”と”f*****.dll”いうファイル名が必ず表示されていることに気がついた。この2つのファイルを調べようと検索していたところまたしても

ブルースクリーンブルースクリーンブルースクリーンブルースクリーンブルースクリーン 

『頼む、いい加減にしてくれ』と思いながらもメンタルは徐々に削られていく。疲労困憊したあげくにこころの電話相談的なものを検索しようとしたがそれは違うと直感し前回どおりに検索するとG450のドライバーとブルースクリーンが出始める前にインストールしたトレンドマイクロ のウイルスバスターのDLLだった。即刻VBをアンインストールしたところたちまちBSが発生しなくなった。

ようするにアンチウイルスソフトがウイルスのような振るまいをした次第。 

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まあまあ古い話。PCをハイバネーションから復帰させたところ画面の中心にエラーのダイアログ(内容は覚えていない)が表示された。『なんだあのエラーは』と思いつつかつてウィンドウの上部に常にバナー表示があった頃から愛用しているOpera(世界初のタブブラウザ)をアクティブにしたところ404の表示。fm,すと席を立ちADSLモデムとルーターを確認するとランプを見るかぎりステータスは正常。念のためipconfigを叩いてみても特に問題はみつからなかった。いつもであれば通信機器を再起動させたりケーブルを抜き差ししたりとガタガタゴトゴトするのだが『面倒だ』とのこれ以上ない最適解をえたのちに思考だけを用いて解決しようと試みてみた。

あーでこーであーでこーであーでこーであーでこーで あーでこーで

結果 [モデムとルーターを繋ぐLANケーブルの不具合] がもっともあやしいと断定。2台の通信機器を並べて配置しているので長いケーブルは不要。よって20cmの短いLANケーブルを自作し接続していたのだがそれを抜きさり予備のケーブルに取りかえるともののみごといつもどおりにブラウジングが可能になった。

ようするに自分自身をあやしんだ次第。

https://note.com/userunknown/n/n603cd387ffeb

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小さな星の軌跡 第一話 秘密のアイテムの二人

小さな星の軌跡 第一話

 
「あら、ちーちゃん?」

 秘密の魔法アイテムのお店(インナーとアクセサリーのお店なんだけど、わたしの中ではねそう呼びたいのよ)で名前を呼ばれる。振り向くとわたしを呼んだのは同級生っていうか親友のみっちゃんだ。困ったな、まさかここであっちゃうなんて。わたしが天文部に入ったのもびっくりしてたし、先輩とお付き合いしてるのもこの娘には話してるけど、思わず手にしてたレースのインナーを隠してしまう。彼女も何か選んでたのかな、背はわたしよりちょっと高めで、ぺたんこなわたしとはだいぶ違うところがちょっとくやしい。

「どんなの見てたの、ねえねえわたしにも見せてよー」

 みっちゃんが気さくに聞いてくる。えーっとどうしよう、これレースでかなり薄くて、サイドはひもで、こんなのみっちゃんに見せちゃったら色々聞かれそうで、いやみっちゃんが興味本位で聞き出すような娘じゃないのは小学校からの親友でよくわかってるし、そのへんは信頼してるけど、でもこんな場面で隠すのも今更だし、えいままよと。

「えーっとね、ちょうどヒップがわたしでも合うのあったからとかなんとか」

 何かへんな言い訳しながら彼女に見せた。

「....あらまあ随分と」

 何よなんでそこで言葉が止まるのよ。いいじゃないの、ひらひらふりふりついてとっても可愛いでしょ!!
 ひもは解けるしすごく透けてるけど......
言い訳できないよぅ.....

「ふふーん、ちーちゃんがねえ。長年付き合ってきたわたしはうれしいよ。とりあえずどっかでお茶しましょ、ふふーん」

 とみっちゃんの声、なんだか楽しそう、これって絶対奢らされて喋らされるやつだ!彼女にはキスした事は話してるけど、あの観測会の翌朝の事や二人だけの撮影会の事は話して無いし、いや先輩に黙って喋れないよいくらなんでも。

「わたしも親友の恋バナが聞けるなんて幸せものだわ、ちーちゃんと長年付き合ってた甲斐があるわね(੭˙꒳ ˙)੭」

 ほら聞く気満々だ。何よ(੭˙꒳ ˙)੭は?でも親友でもどこまで言って良いものやら。
 自慢できるものならしてみたいとか、わたしの方が先に大人なんだからねーとか言ってみたいけど先輩の事だし勝手に言っちゃいけないよね。頭がぐるぐる、ちーは混乱の魔法をかけられた!?

 いや落ち着こう、レースの魔法をお店に戻し歩き出す。
 まずは線引だわ。秘密のアルバムはわたしの写真だけ。先輩はカメラマン目指してるし彼女としてモデルを務めるのはりっぱな芸術のお手伝いだわ、ほら完璧ね。観測会の翌朝は、お昼まで部室で二人の時間を過ごしました、でいいかな?何してたかは言わなくても伝わるよね、はぁ〜。

「あのね、先輩の事だし全部は話せないよ...それでも良いなら、親友だし」

「あら、全部じゃなくてもうれしいよ。わたしだってまあ...それはいいや」

....ん?なんだ今の? 今日ここで会ったのもしかして彼女も魔法を探してた???
  とりあえず2人でお茶しよう。日曜の午後はまだ長い。いつか3人でお茶できるかな?とりあえず今日はレースの魔法は見るだけで。

--

「ちーちゃん、私XXフラペチーノのグランテねー」

 やっぱり奢るのね、わたしが...

「あとアイスミルクで...」

 店員さんがてきぱき動いていく。今月のお小遣いがちょっと大変だ、魔法の為に貯めたのにぃ。

「さーて、あの手に取ってたのはいつ使うつもりかなー」

「みっちゃん、見てただけだよぅ」

 一応軽く言い訳

「えー?店員のお姉さんともすでに顔馴染みだったのに?という事はあのお店は初めてじゃ無いんでしょ、既に買った物も含めて白状しなさい、私のちーちゃんが知らない間に大人になってたなんてショックだわー」

 みっちゃんの追求はきつそうだ。っていうかすでに大人になった前提なのか、いやまあ間違っては無いんだけど、直截的になんかいえないよう。こう何か詩的に婉曲的にオブラートを10枚くらい重ねてって頑張って考える。

「あのね、6月の観測会の後、帰りがお昼ごろになったんだけど...」

「あー、ちーちゃんと遊ぼうって誘って部活で断られた日だね、そうそう昼過ぎバス停で降りてくる所見たよ、ちょっと街まで出ようと反対側で」

 あああああ、見られてる。

「ちーちゃんなんかしんどそうだったから声かけようかと思ったんだけどちょうどバス来ちゃって」

 あうあうあう、確かにしんどかったです、心身ともにいろいろありすぎて。

「あ」

 あで止まらないでえええ。

 だめだ今絶対顔真っ赤だ。あの日のバスの中と同じくらい。もう全部バレてる。

「おめでと」

 だめだだめだもう泣きそう、あの軽口のみっちゃんがこんなに言葉少なく祝福してくれるなんて。

「で、ちーちゃんどうだったの?」

「みっちゃん、ちょっと直球」

「私だってここで変化球投げれるほど器用じゃ無い」

「...いたかった」

 みっちゃんが赤くなった。ほら見たことか。

 しばらくストローだけくるくるくるくると2人分。

「ねえねえ」
「天文部見学していーい?」

 ちょっと待った、みっちゃん先輩を見たいんじゃなくて現場を見たいんじゃ、いや現場ってもうちょっとこう隠れ家とか何か言い換えを、うん閃いた。

「楽園には許されたものしか入れません」

「ほほう、言うねえ」

 簡単に見られてなるものか。他の天文部の先輩たちは知らないから良いけど、ほら知らない事は無かったこととかなんかのアニメで言ってたし。しかしみっちゃんに知られた今隠れ家を見られるのは恥ずかしすぎる。

「じゃあ正式に入部届持っていこうかな」

「みっちゃん星とか興味ないでしょ」

「ちーちゃんより理科は点数良いけど」

 もうちょっと穏便に。

「それに10月の文化祭にも部員いた方がいいんじゃないの?せっかくの文化祭だし今からでも私も部活で参加できるならしたいし」

 むぅ、断れない。

「じゃあ明日の部活に来てくれる?先にわたしから先輩と顧問の先生に話しとくから」

「わーい、楽しみだなー」
「でよでよ」

 まだ追求する気だな。

「夏前に一緒に買い物した時」

 うん?

「ちーちゃん白いワンピース買ったわよね」

 はい

「あの後ちーちゃん着てる所見てないんだけど」

 そりゃそうだ。先輩の写真撮影の為に買ったんだもの。あぁこれならデータもスマホに入ってるし今見せちゃえ。先制攻撃よ。攻撃は最大の防御って言うし。

「先輩に写真撮ってもらったから見せれるよ」

 みっちゃんの目があの時の木漏れ日のようだ。きらきらしてる。
 スマホのフォルダに分けてあるから間違えないように開く。

「ほら、良いでしょ」

 ちょっとは自慢してやれ。

「わあ...」

 木漏れ日の下で白いワンピースできらきらだ。モデルはぺたんこたんただけど先輩が上手くポーズつけてくれた。ふふん。

「この背景の木立ってちーちゃんのお家だよね」

 そりゃ小学校からの親友だからすぐに気がつく。

「ちーちゃんのご両親って夏休みの平日もお仕事でいないよねぇ」

 みっちゃんまた気づいたなぁ、まずい。

「大体ね、全部は言えないよって言えない事があるのを認めてるんだからバラしてるのと一緒だよ。」

 確かにその通りだ。

「私は絶対に誰にもちーちゃんに秘密があるって事は言わないけど、言えない事もあるって簡単に言っちゃいけないよ」

 ありゃ 怒られた。

「みっちゃんありがと、その通りだね」

「でもっと写真はあるんじゃ無いの?」

 秘密の存在自体を隠せって言っておいて自分には開示しろとみっちゃんは言う。理不尽極まりない。

 先輩と2人で撮った写真は存在自体匂わせちゃ駄目だからわたしの写真が全てという前提を組み立てて、よし。最初に撮ってもらったふりふりのインナーのやつを開く。

「わぁ」
「可愛らしい白魔法使いだ事」

 おや、みっちゃんから魔法使いと言われてしまった。白いキャミソールとフリルのついたアンダーウェアが木漏れ日できらきら光ってる写真だ。ふわっと木立から浮かんでる。
何枚かポーズを変えたのが入ったフォルダを見てみっちゃんはスマホをわたしに戻した。

「ちーちゃんすごいね」
「私よりもっとちーちゃんのこと見てる人がいるんだ。素敵だね」
「私もちーちゃんに見せれる時が来たらその時は一緒に喜んで欲しいな」

 ああだめだ、目の前が滲む。
ストローを無言でくるくるくるくる。
氷が溶けたドリンクを片付けて家路につく。
バス停までは2人一緒。みっちゃんがあの魔法のお店の袋を大事に抱えているのに気づいた。

「みっちゃんだって魔法を使うんでしょ」

 今日は満月。月明かりの入る部屋で親友の魔法が光るのを思い浮かべてバスを降りる。
じゃあまた明日。良い夜を。

  おしまい

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魔導機巧のマインテナ 短編2:ミシェルの話 置時計の依頼・Ⅷ(Last)


 果たして。ミシェルは結局、その日は宿に向かうことなく、置時計の前で夜を明かした。
 そこに言葉は一切なく。
 精霊が働きかけてくることもない。
 だが、それでも。
 その場には、全てを包みこむ優しい匂いと、何処か覚えのある懐かしい匂いとが満ちて、穏やかな時間を作り上げれていた。
 その頃には、時計の針は逆回転を止めて、徐々に規則正しくチクタクと、歩調を合わせるかのように時を刻み始めていた。さながら、身体の調子を確かめるリハビリのごとく。

 ミシェルは、精霊『ドライアーダ』の様子を見る。
 同属固着現象は既に解消され、『霊核(※コア)』との融合状態も、多少の傷跡を身体に残しはしたものの、解消されていた。その彼女は今、床の上に座って、見守るようにミシェルを見ていた。

「よし」

 それを確かめた彼は、すぐに作業に取り掛かる。時計を「元の状態に戻す」ために。時の歩みを。欠けていた部品の補填を。これからの為に必要な処置を、全て施しながら。
 この時の彼の集中ぶりは、いつも通りに凄まじいものだった。
 そのためか、修復作業は意外にもすんなりと終わり、時刻合わせの作業も含めて、置時計が元の様子を取り戻すまでに、そう時間は掛からなかった。
 結局、ルダン達が顔を出した頃には、最後の仕上げと、片付けと、撤収作業を残すのみになっていたのだった。

 その後、どうなったかと言えば。

 置時計は。元の様子を取り戻して、図書館の利用者達に時の歩みを伝える役割を果たし。
 アルノーは。オーバンにミシェルから聞いた事の全てを話し、町の農耕地の利用計画やその方法についての改革を提案する。
 オーバンは。アルノーから話を聞き、彼や有志たちと共に、町の農耕産業について改革に着手する。
 ルダンと弟子たちは。その後の、オーバンやアルノーの農耕地改革に必要な機材を製造する仕事を請負って、町の今後に貢献していくことになる。
 精霊は、いつの間にか姿を消していた。何処に行ったかは、誰にも分からない。

 そしてミシェルは。

「何だかんだと。全ての歯車が噛み合った気がするね」

 オーバンから報酬を受け取った彼は、ウェスタシアの宿に一泊して仕事の疲れを癒したあとで、自分の工房へと戻っていた。
 彼は、今回の事を振り返りながら、町から帰る際にマルコムの商店で購入してきた紅茶を楽しんでいる。お茶請けは、ウェスタシア産の小麦を使って作られたスコーンが務めている。

「歯車を使ったものの不調は、まずは歯車の噛み合わせを疑うべき。それは何も時計の話だけではなく、人と人の、人と世界との関係でも同じことが言える。何処かズレが出ると、それが大きな不調につながってしまう、と。うん。義父さんの言っていた通りだったよ」

 優しく息を吐きながら、ミシェルは、そう誰に言うでもなく呟いた。その言葉は、すうっと静かに部屋の中に溶けていった。
 きっと彼は、これからも彼なりの方法で、様々な“歯車”と関り、扱っていくのだろう。

 その身に受け継いだ、カルセスファーの「名前」や「信念」と共に。


『短編2:ミシェルの話 置時計の依頼』了

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サンディのこと

サンディの煙草は誰にも止められない
と、誰もが思っていることを
サンディはなんとなく知っている
黒く長い髪
茶色のひとみ
その他の身体的特徴
にもかかわらず
サンディといえば
誰もが煙草を吸っている姿を思い出す
サンディはなんとなく知っている

サンディは煙草を吸う
煙草を吸うことができるいたるところで
サンディは煙草が好きというわけではない
習慣でもない
癖でもない
思想でも哲学でもないし
ましてや「そこに煙草があるから」
なんて決して思わない
なぜ煙草を吸うのか
サンディにはどうでもいいことだ
もし聞かれたら答えるだろう
「そこに煙草があるから」と
サンディの周りにはいつも
どうでもいいことが満ち溢れている

サンディが今まで吸った煙草の本数を
誰かが計算しようとした
一日に吸う本数の計算はたやすかったが
サンディの年齢を知らない
誰も知らない
本当の名前を知らないのと同様に
今まで吸った煙草の本数を知ったところで
何も語ることはできない
誰もサンディを語れはしない
ただ「煙草ばかり吸っているコ」として
それはメインストリートから何本か外れた
細い路地の突き当たりにある
看板がずっこけた酒場の
脂でべたつくカウンターの
隅の一番
隅で
どうでもいいこととして

サンディもいつかはこの世からいなくなる
いなくなってもサンディといえば
皆、煙草を思い出すだろう
けれども
その銘柄を思い出すほど
誰もがサンディを愛しているわけではない
サンディは知っている

サンディを知るものもやがていなくなり
どこかの役所の冷たい電子データのみが
サンディの記憶となりつづける
たとえ誰かがそれを閲覧しても
煙草を吸っているサンディの姿を
思い出さない

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初春

カーテンの素地に
触れた続き
何もない、そのことが
掌ならば
光を集めることもまた
陰影の音先
初春のプラットホームに
ブランコが停留している
午睡する胸ポケットで
凪いだ海を生きているうちに
行方のないわたしを一人残し
ブランコは
発車してしまった

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人間はコップか

 私は教師として、毎日のように教壇に立っていた。 

 ある日私は、生徒たちに、「人間の体内の約60%は水分である。」ということを教えた。私は鼻高々だった。なぜならほとんどの生徒が知らなかったことを知らせてあげたのだから。
 授業後、ある生徒から質問を受けた。その生徒はこういった。
「先生、体内の約60%が水分である人間。そんなにたくさんの水分を溜めているなら、人間はコップではないでしょうか。」
 衝撃が走った。私はこの問いに答えることが出来なかった。なぜなら、わからなかった、ためだ。私は、平静を装い、
「後日、回答する。」
 とだけ述べた。

 私は焦った。常にこの問いを頭に置き生活した。歩きながら、食事をしながら、排泄しながら、常に考えた。「人間はコップである。」という仮説。もし正しければ、今までの私の常識は完全に崩れ去る。しかし、いくらなんでもこの考えは短絡的すぎないだろうか・・・。とりあえず私は、自己紹介において「私はコップです。」などという人間に出会ったことはない。いや仮に自分がコップであると認識している人物がいたとしても自己紹介においてそんなことは言わないか。なぜなら、自分がコップであると認識している人間は、恐らく全ての人間がコップであると認識しているはずである。つまり、自分がコップであると認識している人物が、自分がコップであると自己紹介することは、自分が人間であると認識している人物が、自分が人間であると自己紹介することと変わらないのである。とすると、自己紹介においてコップであると自らを紹介しなくても、自分がコップであると認識している可能性は十分に考えられるのだ。もしかすると、人間がコップであるということは周囲の人間にとっては常識なのかもしれない。コップである私たちは、コップを使って水を飲んでいる。コップがコップを使っている・・・・・。
 駄目だ、らちが明かない。続いて別の視点、行動的観点から、人間とコップについて考えてみよう。まずコップ。コップは水を取り入れ、貯蔵し、放出する。多くの場合人間に操作されることによって。さあ、人間はどうであろう。私たちは水を取り入れ、貯蔵し、放出しているだろうか・・・。している。確かに私たちも水を取り入れ、貯蔵し、放出している。水を口から飲むことによって取り入れ、体内に貯蔵し、排尿、呼吸などによって放出している・・・。
 何も、変わらない。コップと、何も。本当にそうか。私たちはコップと変わらないのか。いや、しゃべったり、歩いたり、考えたり、従来のコップにはできないことが、私たちにはできるではないか。なんだ、明らかに私たちはコップではないじゃないか。なぜこんな簡単なことに気付けなかったのだろう。私は安堵した。便秘が解消したように、安堵した。すぐにこの答えを例の生徒に伝えてやろう。私はその生徒の家の電話番号を調べるため、足早に職員室へ向かった。しかし、職員室の扉を開けた瞬間、新たな考えが浮かんできた。それらの、従来のコップに出来ない行動は、コップに付随された機能でしかないのでは、ないだろうか・・・。つまり、私たちはコップに新機能を加えた存在―進化形コップ―ではないだろうか・・・。
 人間はコップの進化形。こんなことを認めてしまったら、先人たちが作り上げてきた進化論が崩れ去ってしまう。いくらなんでも、結論付けるには早すぎる。もう少しコップと人間の相違点を考えることにしよう。私は再び職員室を離れた。
 と、瞬間、ビビビビビ、私の頭に電流が走った。そう。コップと人間の相違点を、見つけたのだ・・・。嬉しいような、悲しいような、長年一緒に暮らしてきた息子が、独り立ちして家を出ていくときは、きっとこんな気持ちになるのだろう。コップと人間、水を取り入れ、貯蔵し、放出する。そこに違いはない、が・・・。まず、人間についてだ。人間は自発的に、水を取り入れ、放出する。自分が取り入れたいときに取り入れ、放出したいときに放出する。続いて、コップについてだ。人間が自発的にこれらの行動をとるのに対し、コップは強制的にこれらの行動をとらされているのだ。コップは、強制的に水を取り入れられ、放出させられる。これは人間とコップの違いといえるだろう。よって人間はコップではない。よし、今度こそ答えが出た。再び職員室へ・・・。
 いや待て。人間もたまには強制的にこれらの行動をとらされているではないか。例えば拷問における水責め。人は自分の意思に反し強制的に水を取り入れられさせられる。また、何らかの理由で長時間トイレに行けないとき、人は自分の意に反して失禁する。これも自発的に水を放出しているとは言えないだろう。つまり、人間はときにコップになっているのだ。
 結論。人間は、人間、時々、コップ。
 待て。何かがおかしい。なぜ私は、人間がしゃべったり、歩いたりすることはコップの新機能、コップから進化した結果、と捉えたのに、自発的に水を取り入れ放出することは、そのように捉えなかったのだ。自発的に行動することが出来るようになったこともまた、コップからの進化の結果と、捉えられないだろうか・・・・。

 わからない、わからない、わからない、わからない、わからない・・・。私は人間がコップであるかどうかさえ、わからないのだ。コップが、頭から離れない・・・。苦しい、苦しい、苦しい、苦しい・・・。
 
 翌日私は、辞表を提出した。これにより私はもうこの問いと向き合う必要がなくなったのだ。なぜなら私はもう教師ではないのだから。例の生徒の質問に回答する必要はないのだ。晴れ晴れした気持ちで、帰宅する。しかしもうコップとは関わりたくないな。今日は我が家の全てのコップを処分しよう。―いや、待て、『コップ』、とは、なんだ・・・。

 完

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鳥とキツネとアイツ⑨ 喧嘩両成敗?

 僕たちはそのまま帰宅した。
 家までの道のりは、やけに長かった。

 夕方の住宅街は静かで、犬の鳴き声と、どこかの家の夕餉の匂いが漂っている。春先の風はまだ少し冷たいのに、左側だけが妙に熱かった。

 僕の左を歩いて熱い圧を放っているアイツは何も言わない。

 歩幅も、歩く速さも、昔と同じだ。小さい頃から変わらない。なのにすぐ隣を歩いている感じがしない。視線も合わないし、やけに重たく聞こえる靴音だけが淡々と響いていた。

 僕の家の前に着く。

 アイツの家は、その隣だ。逃げ道はある。だからあえて声をかけた。

「……上がる?」

 自分でも驚くほど、平坦な声が出た。
 アイツは一瞬だけ立ち止まり、僕を見た。目が合ったのはその時だけだった。

「行く」

 短く、それだけ言った。やはり平坦な声だった。

 玄関で靴を脱ぐ。鍵を閉める音が、やけに大きく響いた。
 母が「あら、いらっしゃーい。ねえねえ大学どうだった?」と明るい声をかけて来たのでアイツは「お邪魔しますー。ええ、とっても楽しかったですよー」だなんて、いつも通りのキツネの皮をかぶって答えた。いや、これはもう鉄面皮って奴だな。

 僕には、母の何も知らない呑気な声も、アイツの嘘くさい言葉も、二階へ上がる階段を踏む音も、きしむ床も、全部がうるさい。

 自室のドアを開ける。

 見慣れた机、ベッド、壁に貼ったオオタカの写真。いつもの僕の居場所だ。なのに、今日は知らない部屋みたいだった。

 ドアを閉めた途端、アイツが振り向いた。

「ねえ」

 低い声だった。

「なんだよ」

「今日のこと、どう思ってんの?」

 真正面から来やがった。これじゃこっちの方が逃げられない。

「どうって…… 普通じゃないか」

「普通?」

 アイツの眉がぴくりと動いた。

「三原先輩に随分鼻の下伸ばしてたじゃないさ」

「それは…… 先輩だし、別に……」

「別に?」

 一歩、距離が詰まる。爪先だったアイツの薄い胸が僕の胸に触れそうになる。
 狭い部屋の中で、空気が一気に濃くなる。

「どうせ『いい匂いがするう』とかなんだとか思ってたんでしょ」

 心臓が跳ねた。

「……なんで」

「顔に書いてあった。バッカみたい」

 アイツの声が、少しだけ震えた。

「ねえあんた。あたしがどんな気持ちで、あそこに座ってたか、分かってる?」

「分かるわけないだろ。何も言わないんだから」

 言ってしまってから、しまったと思った。

「言えないでしょ」

 アイツが吐き捨てる。

「公の場で。後輩の前で。部長の前で。彼氏です、なんて言えるわけないでしょ」

「なんでだよ。言ってみろよ」

 声が荒くなったのが、自分でも分かった。

「こっちだって何も知らされなくて、黙って合わされて、勝手に距離取られて、挙句こうやって責められてさ。僕だけ悪者みたいに言うなよ」

「悪者?」

 アイツが笑った。乾いた笑いだった。

「ほんと、呑気だよね。あんた」

 その言葉で、何かが切れた。

「呑気? 何がだよ」

「見られない。噂されない。先輩として品定めもされない、ってこと」

 一気にまくしたてる。

「あたしはね、ちょっと笑っただけでも、誰かと話しただけでも、それ全部見られてんの」

「……」

「その横で、あんたはただぼーっとしてるだけ」

 胸の奥が、ずきりと痛んだ。同時にアイツの外面ばかり気にする態度も気に入らなかった。なにをそんなに恐れているのか。

「僕は嫌なんだよ」

 気づいたら、声を張り上げていた。

「隠されるのも、距離置かれるのも。僕だってそういうの気分悪いんだよッ」

 部屋が、しんと静まる。
 アイツは何も言わなかった。唇を噛み、視線を落としている。
 しばらくして、ぽつりと呟いた。

「……そんな、あたしばっか、必死になってるみたいなこと言ってさ」

 その一言が、妙に重く沈んでいく。
 言い返す言葉が、出てこない。

「あたしだって言いたいよ…… でも怖いんだよ。どうなるか……」

 僕たちは、向かい合ったまま、黙り込んだ。
 喧嘩は、確かに起きた。でも、どっちが勝ったわけでもなかった。ただ、部屋の空気だけが、少しだけ変わってしまっていた。

「あたし帰る」

「……ああ」

 下に降りると、母が「あらもう帰っちゃうの? お茶もお出しできてないのに……」と残念そうに言うと、アイツは「はい、ちょっと寄っただけなんで……」とお得意の愛想笑いをして帰っていった。

 扉が重たい音をたてて閉じた後、母が詰問口調で言った。

「ちょっとあんた、なんかしたの?」

「え?」

「なんだか元気なかったじゃない。いつもあんなに明るい子なのに……」

 愛想を振りまいててもやっぱり判るか……

「いや、それは――」

 僕は何かを言いかけてやめた。

「喧嘩でもした?」

 僕はぎくりとした。母は畳みかける。

「もう…… やめてよね。あんないいお嬢さんめったにいないわよ。あんたには不釣り合いなくらいなんだから、絶対手放しちゃだめ」

 いやそれはアイツの愛想の良さに騙されてるだけで……

「わ、判ってるよ……」

 一言だけ言って僕は二階へ上がった。

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海抜

右に倣えの呼吸をするたび
積み上げられてく気体に圧され
40色の折り紙を詰めた
培養素地から抜け出せなくなる
脈絡も無く風邪を引くように
名字と唇だけを覚えたふたり
歩道橋から海へと降りた

あの頃の君と僕は
人工工学じみた制服の代わりに
肌には透明な鱗が貼り付いていた
会話する度に痛む喉の代わりに
深海でも泣けるエラが生えてた
夕暮れに染まる影法師たちの
帰り道なんかを失った代わりに
僕らは確かに魚であった
一対で生きる魚であった


高々と掲げた杭に不幸を灯す
大人達の船を忌み嫌ってた
生温かい僕らの放課後
日焼けの跡が子供っぽいとか
背骨がボコボコしてるとか
些細な事で笑う僕らは
何者なのかも語れないまま
微熱の住み処に潜り込むための
合鍵ばかりを集めて過ごした

積み上げた洗濯物を崩して
奥からラジオを引っ張り出した
砂塵のようなニュースを越して
雲よりも空っぽな笑い声を越して
いけないクスリになりきれなかった
流行曲を垂れ流す午後
押し潰したり押し潰されたり
互いに食らいつこうとするから
手放せなくなる想いで火照る

塗った爪からほどいた髪まで
値が付く恋をばら撒け乙女と
無責任な歌詞にほだされ
歌おうとする頸動脈に
指を添えて苦しめていく
僕らが行くのは深い海の底
深海に歌は必要ないから
頬に手を当て口を咎める
深海に歌詞は必要ないから
心臓を辿り縁をなぞる
深海に拍は必要ないから

「私だけでいい」
「一人でいく気?」
「そう」

隙間に指を掛けて引っ張る
これも必要ないでしょ


「続いてはこちら、三週連続ヒットチャートをかき乱す神童サークル、クラリス・ヒス ナンバーはアポストロフィ2025」


恋なの? 愛なの?
恋していると言って引き寄せ
愛していると囁いて触れた
どちらも遠いと自覚している
嘘だよねって嬉しがる君
許されなくなる理性の姿を
あやす手つきで撫でられた
答えを囲って悦に入る君は
じっくりと唇を湿らせていき
嘘みたいに海を抱く瞳
嘘みたいに膨らませた胸

「そこは好き、にして?」
「好き 大好き」

這う爬虫類の足音よりも
二足歩行の何物よりも
濡れた魚に近い気がした
起つ波を誘い
引く波を導き
それでいて
重なり続ける波と生きてた
だから魚だと思い込んでた
僕も君も半透明の水槽の中で
すぐに溺れる


泣く声
鳴き声
やがては声も無くなって
汗ばむ吐息と吐息の隙間に
滑り落ちていった答えを
探るふりして絡め合う海
何もかもを間違えてるのに
きっと辿り着けると信じて
理性の根元に楔を打った
何もかもを信じて抱きつく
君の最後の息さえ娶って
海の底に沈めたいという欲
望み方すらも見せてやりたい

肢体が浮上しようと藻掻いてた
酸素は毒だと耳に流し込む
陽差しは灼けると肌に叩き込む
風は凍ると体の奥で信じ込ませる
それでも
水面を求める魚のように
手足を弾いて藻掻いてた
指がシーツの裾に掛かって
まるで救いを求めるように
ギュッと力が入って腱が張る
その必死さにイラついたんだ

苦しかっただけかもしれない
痛かっただけかもしれない
それでも僕の目に映った君は
二人の体温で満たした海から
逃げだそうとしているように
そのようにしか見えなかった
伸びている手の手首を掴み
左右を揃え頭上に据えた
ちょうちょのように
ふるふると君が身悶える
そんなに浮上したいなら
白い腰の後ろに手を挿し
一気に腰を持ち上げた

久しぶりに空気を吸ったと
言いたがりの息を吐いてる
浮上したなら後は落ちるだけ
気が付いたらしい君を制して
何度も何度も沈ませる
抵抗する術を奪われ
魚のくせに人間みたいに
悶える君を海の底まで
何度も何度も落とす

息をつく間に上体だけでも
浮き上がろうとしたんだろうけど
潮流に身を投げて弛緩していた
足を掴んで引きずり倒す
声が変わってきた事に気付く
波が岩で砕ける時の
この程度なら壊れないはず
こんなに柔らかいんだから

ラジオのボリュームを上げる指
合鍵の隠し場所をまさぐる指
数を数えるときに使う指


海底が泥だと知ったのは
カーテンを開けた大きな窓から
月が覗き込んできた頃だった
泥に座り込む君の曲線と温もり
大きく開いた瞳の色を
僕はきっと忘れない
赤い舌を覗かせた口が
エンディングを求めて這い回る
そうして
君は僕を飲み込んだ

浅き夢見し、その入り口に
歯を立てられて跳ね起きた
そんな幼稚な遊びにだって
命を預けられると信じてた


この頃、僕らは魚であった
二人で生きる魚であった
小さな魚の群れから逃れ
大きな魚の目を盗み
自由の価値を知ろうともせず
不自由を訳もなく憎んでいた
この頃、僕らは魚であった
互いに互いの怖れを舐めあい
聞きかじった深さで溺れあい
夜を忘れてじゃれ合って
未知の明日の代わりに縋り
たいだけの為の愛を産む朝

僕らはただ、魚でいたかっただけ



題名『海抜』


2026年1月16日 書き換え



ちとせもり の みちしるべ(ジャンル別一覧ページに飛びます)
  

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haru 3と4

✧  

 水面は夜に負け、不可視。窓にあるのは空の象徴である闇だけで、無に垂れる雫が、少しずつ脳を埋めて言う、君は既に生まれているでしょう?と。

 僕の想像の形は夜の広がりの中で実体を持ち、見たいものを見ようとする。それは水面だ。すると、車窓からはみ出した光が水面を照らし、僕の瞳に波が寄せた。水は遠いか、近いか、浅いか、深いか、全く察せず、しかしそこにあることだけが分かる。水に形はある?ただの黒色の塊なのか?判然としない。決めようとしないでおこうと決める。烟草を吸いに立とうとした最後の一目に、湖上に彷徨う木製のボートがちらりと照らされた。誰もいない、小さな木舟は、形を持たない水を転がっていた。無人の記憶だ。

 ✧  

 オレンジ色のライトが見えていた。それは少し赤みの強い一個の裸電球だ。リザーバーを越えるとそこはもうイサーンだろう。ここは…?

 その下に円く集まって眠らない牛が耳を傾けていた。

✧  

 ゆっくりと空が白み始めていた。霧の向こうから昇り始めている太陽の気配を感じ、向かいに座る青年も目をこすって外の景色を見ようとしていた。長い夜の間に明るさを忘れてしまったのか、僕は初めて光を見たような気持になっていた。前の席の青年はカバンの横に置いてあった資料をほどき読み始めた。彼は農家らしく、そのポスター型の資料にはバンコクで学んだのであろう有機農業が図解付きで説明されている。村へ持ち帰るのかもしれない。

 空が撫子色に染まり始める。青年はすぐにポスターを片付け、荷物を背負い席を立った。

 朝日を近くから見たかった、僕は車両の連結部へ歩いて行った。農村へ帰るのであろうあの青年もそこに居た。彼は朝日を眺めながら、故郷に列車が着くのを待っているのだ。彼は烟草に火をつけた。撫子色の空を見つめる僕も、一本唇に挟む。きざはしに腰を下ろして、烟草を吸いながら、彼は故郷の話をした。畑の一部に池を作ってそれを灌漑と養魚に使うよう教えるのだと言った。水の少ない村だからな、と言い烟を吐いた。名も知らない駅に列車は停まる。青年は僕に頷いて降りて行った。

 鐘が鳴らされ、列車が再び進み始めても、僕は彼の歩いていく後ろ姿を見続けていた。空中を埋め尽くしていた夢は既に消え去り、音は暗闇ではなく人々から発されている。一人ずつ列車を降りていく、皆が戻る場所を知っているのだ、そう気づいたとき自分の空洞が慄える。戻る場所がわからなかった。列車は約束の場所に近づいている。

 ✧  

 朝の太陽は空をバラ色の霧で満たし、鮮やかに染めて飽きれば、やがて熱でその霧をひと払いにした。遂に光は広くどこまでも続く農地の台を滑り、牛やカッサバ、人々を平等に照らし、最後町に青を掲げた。列車がその町に停まると、僕は再び歩き始めた。

「久しぶり。元気だった?」と女は言った

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迷宮LOVE

現場はたぶん口の中  
「好き」って言葉のカケラが
舌の裏で昼寝してる
グラスの水滴が指紋で
スマホの通知が足跡
息止めたら 心臓の音がカンカン響く

検視官はまぶた
開け閉めするたびに君が映る  
証拠はぬるいペットボトル
折れたボールペン
送れなかったメッセ

アリバイは既読時間の完璧さ
完璧すぎて嘘くさい
でも本当っぽい

恋ってさ 未解決事件みたい
容疑者は「私たち」 
黙ってるのが証言 瞬きが調書
判決はまだで カレンダーだけ捲る
無罪の顔して歩きながら 有罪の汗をかく

履歴は消せても
匂いは消えない
Wi-Fiの電波が
心臓の鼓動みたいに上下する
カメラロールの隙間から
君の声が漏れてくる
拡大すると荒れてその荒れが好き 

取調室はベッドの隙間
天井が真正面 質問は逆さま
「いつから?」って枕が聞く
「最初から」って髪が答える
証人は窓のカーテン
風のたびにうなずいてる
黙秘権はあるけど使えない

恋ってやっぱ未解決事件 
被害届は出さない派
笑顔はアリバイ 涙は偽札
どっちもよくできてる
手錠は比喩で 鍵穴は喉の奥
回せば開くけど 開けば落ちる

真相は折りたたみ傘の骨の中
開けば雨 閉じれば夜
読むたびに文字が並び替わって  
正しい順番で読めたことなんて一度もない

恋は未解決事件 犯人は未来の私たち
被害者も未来の私たち  
判決は保留 それが判決
手を繋いだまま 現場検証を続ける

恋ってさ 未解決事件みたい
容疑者は「私たち」
黙ってるのが証言 瞬きが調書
判決はまだで カレンダーだけ捲れる
無罪の顔して歩きながら 有罪の汗をかく

https://i.imgur.com/ln43nlX.jpeg

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The Archive in my Snow

駅前のガラス越し 淡く歪む夜景
君の名前だけ 吐息に触れて滲んだ

指先に残った 今日の温度の揺れ
触れるたびに 静かに形を変えていく

息を合わせるたび 脈が跳ねるくせに
言葉にすれば壊れそうで 黙ったまま歩いた

交差点の青が 腕に影を落とすたび
すれ違った感情だけ 理由を持ち始める

いま 雪底に沈む光を拾って
君の鼓動の隙間に そっと置いてみる
たどり着けない未来でも
名前を呼べば 続きを示す

触れた温度がまだ 離れないまま
ぼくは今日をアーカイブしていく

信号の切り替わり 遅れた帰り道
冬の粒子だけが ふたりの距離を測る

片耳のイヤホンで 風の揺れを聴いていた
上書きし続けた記憶の底で
“あと一歩”を言えなかった

街灯の白が 影を細く伸ばすたび
明日を怖がる癖だけ どうしても消えない

ねえ 雪底より深い静けさが
君の沈黙の中には隠れている
閉じたつもりの夜だったのに
名前を呼べば 呼吸が開く

ぼくらは今日の欠片を集めながら
それでも未来をアーカイブしていく

触れた手の迷いが かすかに震えて
ほどける前に そっと包む

雪明かりの裏側で
浮かびあがった真実
“離れ方をまだ知らない”

いま 雪底の光を抱きしめて
君の影の輪郭を 春より先に確かめる

理性の奥にしまい込んだ
未練も痛みも 全部連れていくよ

すれ違った季節の隙間で
もう一度“今日”を刻み直す

手を繋ぐたび 息が重なって
ふたりの景色が 静かにほどけていく

https://i.imgur.com/npnEEZM.jpeg

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Anxious Princess - あんくすぃあす♡ぷりんせす -



あなたが眼鏡を失くしたと言った

あなたはあたしの王子様

でも

手を繋いで歩いている時あなたが 段差につまずいた
スーパーでオリーブオイルを探しているあたしを 見失った

あなたはお姫様のあたしを 守る役目があるのよ

あなたが重たいものを持って転んでケガをした あたしが代わってあげたかった、お姫様でも

あなたは……眼鏡をかけて しっかりこっちを向いたほうが良い
魅力的だから
ふたりは 今すぐ踊るべきよ 舞踏会なんだから

キスする時……どうするの? ドキドキ
めがねをはずしましょう、でも
すぐに眼鏡をかけて あたしがうっとりしているお顔を見てください
スキ……だから 恥ずかしい でもそうしてね

けどね、見えにくくてしかめっ面 作っている皺も大好きなの ほんとうよ?
どうしよう……
だけど、だけど!
安全のために、メガネは掛けたほうが良い
よそ見しないでしょ はっきりお姫様がみえたら


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にーにーちゃん

 
 麻実子さんは、高校を卒業した1966年、憧れの地、東京へと汽車に乗り、そして寝台列車に乗り継いで……島根県山あいのふるさとをあとにしました。

 麻実子さんのお父さんとお母さんは、悲しくて、さみしくて……。
 でもね「麻実子がんばってこいよ! 辛い時はいつでも帰っておいでね」と小さな駅で泣きながら見送ったのです。

 お父さんとお母さんにとって、大事な大事な自慢の一人娘である麻実子さんは、踊りのお稽古とバイオリンのお稽古をがんばる、優秀な女の子でした。
 緑の黒髪を棚引かせ、さっそうと歩く彼女は田舎町のお嬢様として人気者でした。巫女さんだって務めたことがあります。

 彼女が小学生の頃……ある日お友だちのお家に招かれお泊まりへ行きました。
 お夕飯を見て衝撃を受けた麻実子さん。
 ちゃぶ台の上には、お魚が一尾、そしてお味噌汁とごはんとお漬物だけだったのです。
 麻実子さんはその時(あ~、みんなはこうなのか……)と初めて分かったそうです。卵もお肉も毎日のようにいただける自分は、当たり前ではなかったのかと。
 お庭には四季折々のお花が咲き乱れ、園芸好きのお父さんとお母さんがていねいに御世話をするものだから、毎年美しくお花は咲いてくれました。

 かわいい麻実子さんがいなくなった……。
 両親は、等身大の赤ちゃん人形を買いました。
 お母さんは『にーにーちゃん』と名前を付けて、抱いたり髪をとかし大切にしました。
 麻実子さんの代わりです。麻実子さんがいなくなったさみしさを紛らわそうと、両親はお人形を手元に置いたのです。そうして毎日、麻実子さんの無事を祈りながら話しかけもしたのです。

 やがて、麻実子さんは東京で結婚をし、お母さんはおばあちゃんになりました。 
 孫の顔が見れると楽しみにしていたお父さんは、孫が生まれる50日前に心臓発作で亡くなってしまいました。

 おばあちゃんは独りぼっちになりました。おじいちゃんはもう居ません、にーにーちゃんと二人きり。ずっとお話ししながら島根で暮らしていました。

 やがて数年経った頃おばあちゃんにお見合いの話が持ち上がり、おばあちゃんは広島県へ嫁ぎました。と同時に、出戻りの麻実子さんと、やや子ちゃんと妹である赤ちゃんの香苗ちゃんも広島へと呼び寄せられました。

 おばあちゃんにとって、とっても辛い結婚でした。
 にーにーちゃんは黙っておざぶの上でその様子をいつも見ていました。

 ついにはおばあちゃんは、麻実子さんと年頃になったやや子ちゃんと、妹の香苗ちゃんともすれ違い、ケンカばかりするようになりました。
 おばあちゃんに冷たくしていた二番目の夫であるお爺さんは、やや子ちゃんが小学生のころ事故で亡くなりました。

 にーにーちゃんは、いつもおばあちゃんの部屋に居ました。
 おばあちゃんにとって、にーにーちゃんは麻実子さんです。だのに、かわいくない麻実子さんになってしまったのです。にーにーちゃんは全部見ています。

 おばあちゃんは80才にならずに急性の病気で亡くなりました。嫌な思い出しかない広島で。

 ……そして今、おきゃんな少女だった麻実子さんは77才です。

 母親が亡くなってからというもの、ずっとずーっ……と、にーにーちゃんを自分のお部屋に置いています。時々話し掛けます。
 麻実子さんは、やや子ちゃんと香苗ちゃんが赤ちゃんの頃に着ていたお洋服を大切に取っていて、にーにーちゃんに着せています。
 汚れて来たなと思ったら「やや子の服」「香苗の服」と交互にお着替えさせるのです。

 やや子ちゃんは、いつか麻実子さんが旅立ったときには、にーにーちゃんと一緒に暮らすと決めています。

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月見草に隠れていた


いまはハンターズムーンの月灯りに照らされている

夏には月見草が咲いていた ほんとうの名前は待宵草
でも あたしの国ではみんなそう言うの
お月様の雫でできているからよ

あたしはいつも 花びらの中に居た
そうして彼に摘んで欲しくて、首を伸ばしていた

フェアリーは 片想い
フェアリーは 情熱家
内気なフェアリー

月見草はもうないの 狩猟の満月がキラキラ


彼は時々みていた
彼は 花なんて知らない人 きっと妖精も信じない

そんな そんな違いがあったって
だれも だれにも秘密であったって

愛は純粋

あたしはお星様になるまで 彼を待ち続けても
しあわせよ
ラヴフェアリー ラヴフェアリー
身分違いな恋

でもいいの こんな音 初めて聴く
ドキドキ…… ドキドキ……



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加筆済み:『わたしはあなた/ぼくのきみ』

 伊織は休日の昼過ぎに目を覚まし、部屋のあたたかさに、ふと気づいた。ラインを見ると、イヅミから、「エアコン、タイマーで入るようにしたよ。乾燥に気をつけて」とメッセージが入っていた。

 イヅミは受験生たちのために、この時期は毎年休日出勤していた。ベッドから出て冷蔵庫を開けると、簡単な朝食が入っている。恵まれている、と伊織は思った。

 恵まれている、でも、それだけだ。



 記憶の中で伊織は、いつもストーブの前に陣取って朝を過ごしていた。
 妹はそれを見て、ズルい、と言った。妹——楽器をプウプウ吹いていたばかりのその子とは、もう数年会っていない。
 両親は、お前が烏賊なら食いごろだ、とストーブ前から動かない自分達の子どもを見て揶揄した。しかし、子からは、うんともすんとも返ってこない。そして、その子は、ストーブの前から、少しも動かなかった。両親は次第に飽きて、何も言わなくなった。

 伊織には、意志があった。自分という像があり、それを維持するために、己を律することができた。そうむずかしいことでもなかった。ただ、自分の心地よく感じるように振る舞えば、それがそのまま正しいことだった。
 伊織は、強く正しい子どもで、勉強にも運動にも、何にも困らなかった。度々の家の雨漏りには気が滅入ったが、雨音自体は好きだったから、それほど気にやまなかった。
 物事は大抵、伊織の思うように動く、それは伊織がいつも正しかった証左だった。
 しかし、その胸の内には、欲望がなかった。同時に悩みもなかった。では、若い伊織の頭の中には何があったか。

 そこには、たったひとつきりだが、確固とした概念があった。伊織はそれを瞼の裏に思い浮かべると、満たされた。知らない世界に飛びたつような心地さえした。それが、一般に何と呼ばれるのかわからない。



 私には、分からない。

 イヅミはそればかりだった。

 分からないのよ。
 イヅミは言う。それはイヅミの口癖だった。
 好きな食べ物、音楽、色。何も言えない。ああ、本だけは言えた。『限りなく透明に近いブルー』。
 イヅミ自体が、限りなく透明に近い何かだった。無味無臭。伊織はイヅミをそう評した。
 限りなく透明に近いブルーって、結局何色のことなんだろう。伊織が聞くと、イヅミは、わからない、と答えた。

 わからないだろうな、君には。伊織がそう口にすると、イヅミは、唇を一瞬だけ歪めるのだった。まるで、どこかが痛むみたいに。



「どこか痛い?」

 伊織に聞いても返事はなかった。イヅミは仕方なく、ひとりでコンビニへ行き、ヨーグルトといちごジャムを買った。
 帰り道には猫を見て、ああ、伊織に似ていると思った。
 もう昼の一時を過ぎていた。パンを食べる時間でもない。伊織が起きれば昼を食べに行くのだから。
 仕方なく、ヨーグルトにいちごジャムを加えて食べた。味気なかった。自分には、味なんてわからないから、良い。イヅミはそう思ったが、伊織がいつまでも狭いベッドから動かずに半日を潰してしまったことには苛ついていた。

 ときどき、感情が迫ってくる。足音もなく、しかしこちらをぐっと掴むそれをイヅミは嫌っていた。

 感情なんてなくなればいい。イヅミはしばしばそう思った。しかしそれを口にはしなかった。それが正しい主張か、そして、それを主張するのが正しいのか、わからないからだ。

「イヅミ、ここの文変じゃないかな」

 伊織の手から、彼が執筆中の論文の一部を受け取り、その1番上の紙、灰色の蛍光ペンで線の引かれた箇所の英文に目を通す。問題はなかった。

「和訳は出来ても英語を話せないんじゃ、宝の持ち腐れじゃない」

 伊織はそう言ったが、イヅミは、それでもいい、珍しく、はっきりと言い切った。

「別にこうやって伊織にする以外に使う場所ないし」。「あ、そう」。

 伊織は呆れたように言った。イヅミに意志があればね。伊織はいつもそう思う。



 自由意志について論じなさいという小論文の添削をイヅミはしていた。
 イヅミの所属する塾の教室はオレンジと白を基調とした明るいイメージだった。
志望校絶対合格! だなんて紙があちこちに貼られている。
 たった今採点し終えた、高校三年生の書いた小論文は、残念としか言いようがなかった。
 まあ、まだ夏だから。イヅミは生徒にも自分にもそう言い聞かせた。
 でもさ、自由意志について、そもそもあなたはどう思っているの? それはあるの、ないの? 
 生徒はにっこりした後、黙ってしまった。
 その瞬間、サッと血が上り、そうしてそれはイヅミの中から去っていった。血は満ち引きを繰り返す。波のように。


 イヅミも、何度か、伊織に好きだと告げた事があった。へえ、そうなの。と返されたきり。イヅミはそれ以上は踏み込まなかった。

 自分と伊織には、二人にしか分からないことがあって、伊織は自分からは逃げないし、逃げたとて、きっと帰ってくる。それはイヅミの人生における唯一の確信だった。イヅミは伊織のいうことを聞いているのが気楽だった。

 たまに自分で何かの正しさについて考えると、頭が痺れた。頭が痺れる感覚は、きもちがわるいから、イヅミはいつも伊織に託した。伊織本人にそれを馬鹿にされても、何とも思わなかった。一心同体ってやつ。そう解釈していた。この一体感は、親とも、友人とも味わったことがない。

 そんなイヅミにもちゃんと友人はいた。上面だけの仲の良さではなく、もっと本質的な会話のできる友人たち。
 みんなとてもかしこくて、でも、何も言い切れない、煮え切らないイヅミのことを馬鹿にしたりしなかった。
 イヅミが一度、伊織とのことを話すと、皆笑った。イヅミの作り話だと思ったのだ。
 だが、それは何一ついつわりのない話だった。切れかかった電灯の下でべたべたくっついて歩いていたら、伊織に、二人の関係を弁えるように言われたこと。

 その後に、イヅミが謝ったら、今のは自分に言い聞かせた、と伊織は言ったのだ。
 伊織がカラオケでスナックごっこをしたがることも、伊織の身体の隅々までイヅミがミントの石鹸で洗っていることも。どこにも嘘はなかった。それはイヅミだけの、真実だった。

「ロミオとジュリエットみたいだった」

 伊織はドアを開けて、開口一番にそう言った。イヅミは笑って聞いていた。雨の降る中、伊織が視線を感じて見上げたアパートの五階。イヅミがそこの窓から顔を出して、伊織を見つめていた。「ロミオとジュリエット……」。イヅミはすこし黙り込んだ後、その自己陶酔に笑ってしまった。笑って、そのあと少し泣いた。陳腐な例えをする伊織が愛おしかった。

 やはり伊織はよく眠った。左耳に黒子があって、それがピアスのようでどうしようもなくかわいらしかった。伊織、伊織……。それは、イヅミ以外には聞かれないささやきだった。イヅミはそのささやきを何年もやった。とても長い時間、伊織が起きるのを待ち続けた。

 ささやくような音。血が満ち、そして引いていった。伊織は、また夕方の夜まで寝汚く寝過ごして、イヅミを待たせ、その癖、喫茶店ではカレーライスを頼み、イヅミではなく、お冷のグラスが壁に映った青い影を見た。

 しかし、イヅミが何も言わないことに気づいたときには、イヅミはもうぽろぽろ泣いていた。イヅミは笑おうと努めたが、それに何度も失敗した。

 伊織は、泣いて良いんだよ、と思わず口にした。そうしてイヅミは激しく声を上げて泣く。のではなく、静かに涙を拭き、口を真一文字に結んで、さようなら、と言った。さようなら? 伊織は言った。

「伊織、昨日は私の誕生日だったの。いつか言おうと思っていた。でもそんなものはどうでもいいと、伊織は言うだろうと思って、言えなかった。伊織、あなたは素敵よ。でも、あなたは誰も愛せない。なら、あなたは誰からも、心からは、愛されることがない。私はあなたを好きだったし、愛していた。ねえ、伊織、あなたこのままでは、生きることも死ぬこともできない。……ここ、私が払うね。じゃあ、さようなら」

「イヅミ、みっともないよ。どうせ戻ってくるのに。こんな人前で、それもあてつけるように」

「戻らない、さようなら」

「……気が済んだら、連絡して」
「さようなら」

 イヅミが去ったあと、伊織は一度ブルーのグラスを傾けてみたが、もう壁には何も映らなかった。ポタ、と雨垂れがして、伊織は天井を見た。雨垂れだよ、イヅミ。イヅミが身体をあらってくれなくては、僕はびしょぬれのままになるじゃないか。
 伊織は、自分の意志というものや、自己を律する心が激しく揺れ動く気持ちの悪さを生まれて初めて感じた。それは血の気がさがるのにも似た、気持ちの悪いものだった。

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アンタレスの針とわたしの光は、下弦に孕む月に似て。

 下書き保存をしておらず、惜しくも6000字が消えました。
 これは書き方を変えなくては。いいことも書いて……いた……筈、なのに思い出せない。気持ちを新たにまっ白な本文に向かいます。

 さて、10月という節目を迎えました。

 何をもって節目とするのかは<盆暮れ正月>目途になる半分にあたる6月に、北海道は初夏を迎えてようやく始まる夏まっしぐら。
 北国の夏はとても短いので、瞬く間に夏満了。ここ最近はそうでもない蒸し暑さが内地(方言・関東のことを意味する)並みだと言われてますが、暑さのピークはいいとこ60日。お盆を過ぎたらもう寒くなる。昨日までは夏、明日から秋の季節スイッチが近年、穏やかではありません。
 連日の猛暑日を記録するお盆明け──まさか夏終わった? 半袖で過ごす夜も、残りわずかだと肌感覚で察する特殊能力が、道民には備わっている。

 ここで、夏から秋へ。
 寒露の候に、今年の終わりが見えて来る。でも、ここから先が長い厳冬期。北国は一年の半分以上が寒いので、今がようやく節目というわけ。
 道外だと冬の期間が2~3か月、雪も降らない地域がある。
 冬は雪が降るもの、だと思っているので、どこの地域に冬が降ると珍しいのかもわかりません。
 10月は残暑、紅葉は12月──ああ、日本は縦に長い。季節の移り変わりに違いがあるよりか、どこか抜けて、どこかで全国平均に寄せているショートカットような感覚さえ覚える。
 こちらは既に街路樹が色づき、秋のマラソン大会が終われば、大通公園に静けさが戻る。そこから先は年に一度のお楽しみ、ミュンヘンクリスマス市でハンセンの甘いローストアーモンドの香りに包まれる。今年最後のお祭り、待ち焦がれていた夜に、あのメロディーを。
 この頃ではクリスマスに雪が積もらないけど(厳冬期は蓄積と降雪量がメートル単位、という価値観。)雪が降りる知らせとなる白い体毛のアブラムシを見たような気がして、X調べ→やっぱり雪虫だった。

 ──それも、9月末に。(大阪30℃とか言ってたような……)

 現在、10月の三連休。
 明け方は冬みたいな寒さです。これって地球の更年期、深刻なせっかちを迎えている。
 急なホットフラッシュと情緒不安定、加齢による認知症は本人よりも他人が意識させられる。とはいえ段階的な老化は生きとし生ける物には必ず訪れる運命であり、幻想的な物語のように永遠はない。四季折々の情景があって、生命が豊かに育まれるのだと自然の中にいるから気が付けるようなもので。
 夜になれば虫の音に、空は明るく。
 10月の満月は<ハンタームーン>と呼ばれ、月明りを頼りに夜の狩りをする由来があるとか。
 ひと狩りいこうぜ、を合言葉に……新たなる戦場へ……向かう先は男だらけのブロマンス。新作シューティングを解禁から楽しむ人たちには、いい夜かも知れません。

 今夜は月が綺麗ですね。
 
 1年、12サイクルで月は満ち欠け、約15日で新月に変わります。
 新月は月の無い夜のこと。ここから始まり、3日目に右側から徐々に見え始めるのが三日月。そこから数えて一週間で半分まで膨らむ上弦の月、左側に丸みを帯びて十五夜の翌日に満月を迎えます。
 満月から1週間後、左の半分だけ残る下弦の月。月は右側から欠けるサイクルが特徴的。どちら(右・左)側が欠けているか、とちら側に月が細く見えるか、新月を知る手掛かりになります。
 新月の前後3日間、約5日間ほど月が見えにくい夜は新しい周期の始まり。これを停滞と例えるひともいるけど、準備期間なのでしっかりと休めること。今年の10月は天赦日があり、厳かに過ごすつもりが……流行り病を患う結果に。病み上がり、書きかけの下書き保存に取り組んでいます。
 
 今、読み返しても散文で。
 だけど今の私にはこれが精一杯。消えてしまった神様のお話は、また今度。

 ***

 コロナに罹患しました。段階的な症状と炎症反応が続き、昨日からようやく食べて回復。
 1週間かけてエッセイを書き上げたのは、人生で初めてのこと。
 公開しようか。渋る自分の意気地を払って投稿。物書きとして<こんな経験>もありかなと。行き届かぬ点も多々あったかと存じますが、何卒ご寛容の程お願い申し上げます。

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鳥とキツネとアイツ⑧ アイツの眼

 野鳥研のサークル室は、思っていたよりもずっと狭かった。

 長机が二つ、古いロッカーが壁際に並び、窓際には双眼鏡やごつい三脚やプロミナーとかカメラのレンズが無造作に立てかけられている。どれも年季が入っていて、流行りや洒落とは縁遠い。なるほど、新歓で苦戦するわけだと妙に納得してしまった。

「じゃあ、座れる人から適当にどうぞ」

 姫川先輩――ここではそう呼ばなければならないらしい――が、いつもより少し高い声でそう言った。
 昨日まで、いや、ついさっきまで聞いていた声と、どこか違う。
 角が丸く、よそよそしい。
 いつものキツネの皮をかぶったアイツだ。

 でも。
 なんかおかしくないか?
 アイツ、なんで僕らの関係を隠そうとするんだ?

 僕が入り口に近い椅子に腰を下ろすと、隣に座った“姫川先輩”は一拍遅れて僕から視線を外し、瀬野さんや浦川さんの方へ向き直った。

「今年は一年生が一人だけだから、活動も無理のない範囲でね。最初は近場での観察が中心になると思います」

「了解っス」

「まあ、のんびりやろうねえ」

 皆が軽く相槌を打つ中、僕だけが取り残されたような気分でいた。

 隣にいるはずなのに、遠い。
 声は届くのに、目が合わない。

 僕は傍らにあった双眼鏡のストラップを指先で弄びながら、どうしてこんなに落ち着かないのかを考えた。
 理由は、たぶん分かっている。

 アイツとは逆の隣に座った三原先輩のことなんだろうな。
 隣にいるだけでなんか良い匂いがする。

 話は新歓観察会に移っていた。

 自転車でも行ける近所の自然公園に行こうというものだ。
 今年もカワセミの営巣が見込まれるそうで、運が良ければ見れそうだ。

「高尾の都合はどうだ?」

 真島先輩が実に爽やかな笑顔で僕に訊いてきた。その笑顔がなんだか気に入らない。僕はそれを巧妙に隠して無難に答えた。

「あ、はい。僕はいつでも……」

「じゃあ来週の金曜日にしよう。そしてそのまま新歓コンパだ」

「おおー!」「待ってましたっ!」と瀬野さんと浦川さんが歓声を上げた。

「ふふっ、ふたりともこういう時ばっかり元気なんだから。でも未成年は飲酒しちゃだめよ」

 僕の左隣の三原先輩がそう言った。それだけで僕は心拍数が上がる。

「はっ、はいっ、もちろんですっ」

 途端に、僕の右隣りから猛烈なオーラというか圧というか熱というか、とにかくそんな良くないものを感じる。背筋にちょっと冷たいものが走った。
 いや、普通にしていればいいだけじゃないか。なんでそんなに距離を取ろうとするんだ? そのくせ、三原先輩と話すだけでこんなに怒って…… 僕にはよく判らなかった。

 今日はそのまま解散。

「今日は講義ないけどどうする?」「あ、自分これからバイト入ってるっス」

 瀬野さんと浦川さんが話しながらハウスを出ていく。

「高尾君はこれから何かあるの?」

「いっいえっ、何にもないです、何にもっ」

 僕はほんのちょっとだけ期待してしまった。

「いえ、今日はこれから私が高尾君のキャンパス案内をすることになってましてえ」

 アイツが口をはさんできた。

「ねっ、そうでしたよね、高 尾 君」

 顔は笑っていいるが眼が笑ってなかった。ヤバい。これはヤバい眼だ。

「あ、ああー、はい、そうでした……」

 僕は仕方なくアイツに合わせる。

「そう…… あ、そうだ、それじゃあ私もご一緒してもいい?」

「いえっ、だっだっ大丈夫ですっ! 私ひとりで大丈夫ですので、それではっ! ほっ、ほら高尾君行こうっ」

「え、あ、はい……」

「そっかあ、残念。じゃあ、いってらっしゃい。ここのキャンパス意外と複雑な構造してるから面白いわよ。それじゃあね」

「失礼します……」

 僕は後ろ髪を引かれる思いでアイツについて行った。さっきより距離が近い。

「ちょっと顔貸しな……」

 アイツの硬質な声が僕の隣で響いた。

「お、おう」
 
 僕に拒絶の余地はなかった。

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小さな星の軌跡 第五話 雨の夜の天体観測会

雨の夜の天体観測会

文化祭も終わって天文部は一段落。
え、文化祭のお話ですか?
作者がボリューム的に書く自信が無いとかなんとか。いつか書くと思うから気長に待っててね。1年女子3人娘は浴衣姿で説明係をやったんだよ。先輩はプラネタリウムのお客様が途切れなくて1日中プラネにこもりっきり。わたしの浴衣姿もほとんど見てないんだよぅ。
あ、花火大会ではデートしたよ、えへへ。そのお話もいつか話すね。詩になるか、ショートストーリーになるかはまだわかんないよ。

「それでは10月の観測会の始まり始まり〜

ぱらぱらぱらぱら•••••••

えっと、雨なんですけど〜〜〜☔️

「おー耳納、雨降ってきたけどどうするん?」

珍しく先輩と、もう一人男性がいる。先輩は写真部の掛け持ちだけど、こっちの人は写真部員で天文部のほうが掛け持ちだ。ほとんど天文部にはこないけど天気図は描けるそうだ。

「プラネでも出すか、文化祭で散々喋ったけどお客さん多すぎて1年には聞かせる暇無かったしな。」

普段先輩以外は女子ばっかりの部室ではあまり聞かない喋り方だ。

「あら、珍しいわね。今日は朝倉くんも泊まってくの?雨なのに」

生物部掛け持ちの柳川先輩と大川先輩の二人も観測会以外はあまりこないと思うけど...

「写真部も文化祭終われば一段落だしな。3年になりゃ泊まりの部活なんて、早々出来ないし、今のうちにもうちょい顔を出そうかなって」

「うちの1年をモデルにしようと思ってんじゃ無いの?ちーちゃんは駄目だよ。耳納くん専属なんだから」

先輩、あってるけど、顔が赤くなるよぅ。

「篠山さんも駄目だよ、みっちゃんはかわいい相方さん居るからね」

あれ、先輩たちもおーちゃん(小郡さん)の事は知ってるのか。みっちゃん自分から話したのかな?先輩たちも同性でいつもいっしょだし。

「基山さんは....」

大川先輩が喋りかけたところでたかちゃんが自分から話す。

「私はお兄ちゃん居るからいいです」

朝倉先輩が返す。

「基山先輩の妹さんにそんな恐れ多い事を頼めません」

たかちゃんには2つ上のお兄さんがいて3年生で写真部員だとの事。そりゃ頼めないね。しかもたかちゃん、結構お兄ちゃんっ娘だ。

「朝倉よ、雨は宵のうちっぽいし、夜半からは晴れ間も出る感じだから、それまではプラネでいいか?」

「へいよ、そういや耳納は文化祭で延々とプラネの解説してたって聞いたけどホントなん?」

「おう、行列できちまったんでな、おかげさんで全然他を見れんかったけどな」

生徒会から聞いた話では天文部が一番人を集めたらしい。ご褒美に望遠鏡の予算が通るとかなんとか、ホントかな?

「暗くなる前に着替えてきましょ」

10月も下旬にになると日が暮れるのも早いなあ。屋上に上がるときはもう一枚羽織るようにダウンを持ってきた。部室はまだそこまで冷え込まないよって大川先輩も言ってたのでモヘアのカーディガンにした。前が開くと着替えが楽だからね。髪も乱れないし........

うん、なんだろう。ちょっとまあ良いじゃないの。少しくらい想像の羽を広げたって。

みっちゃんは今日はちょっと英国風だ。バーバリーチェックのロングスカートにダークグリーンのセーターを合わせてる。おーちゃんとお付き合いするようになって服がちょっとかわいい雰囲気に変わった気がするよ。
たかちゃんも季節に合わせてか、ベージュのスキニーなコットンパンツにダークブラウンのフリースだ。相変わらずすらっとスマートでかっこいいなあ。

今日は先輩たちと一緒の教室で着替えているんだけど....はい、立派です。先輩たち。1年生トリオが1年後にあんな立派な....いいもん、ちゃんときれいって言ってくれる人がいるから。

着替えも終わったので部室に戻る。朝倉先輩が居るから私服はちょっと緊張するなぁ。

がらがらがら

着替えてきましたよ〜x3
きがえてきたよんx2

あれ、耳納先輩も朝倉先輩もいない。

隣の第二理科室から明かりが漏れてる。プラネを組み立ててる見たいだけど2人でやってるのかな?

「おーい朝倉、そっち引っ張ってくれ」

「被せるぞ、せーのーせっと」

ぶわ

ちょうどパイプで出来たドームの骨組みに内側が白いビニールのドームを被せる所だ。
文化祭だけなら白い段ボールでドームを作ったりするらしいけど、ありがたい事にうちの学校には組み立て式の立派なプラネタリウム用ドームがある。天文部の備品では無くて地学の教材らしいけど、なんだか天文部が好きに使っているようだ。

「やるねえ、2人でもう組み立てちゃったん」

「そりゃ、たまにはいいところ見せないとな」

柳川先輩と朝倉先輩が喋ってる。

「それじゃ、ドームを持ち上げるから間にその椅子を入れてってね。出入り口は2カ所開けといて」

耳納先輩が指示を出すので、先輩たちが持ち上げた隙間にわたしたちで椅子を入れてゆく。

「おっけー、今日は電気消せば暗いからこれだけで良いかな」

文化祭の時はドームに光が入らないように暗幕や段ボールで周りを囲って大変だったけど、今日は天文部員しかいないし設置も簡易版だ。覚えとこ。

あとはプラネタリウム本体を真ん中に置いて電源コードを繋げば完成だね。

元々このプラネタリウム、光源は電球であまり星は明るく投影できなかったらしいけど、去年今の3年生が改造して高輝度LED仕様にしちゃったとの事。天文部の備品でなく地学の教材で無かったっけ?

「じゃ、1年はちょっと中に入ってみて、点灯けるよ」

かちっ

「おおー」x3

耳納先輩と朝倉先輩、1年3人の5人が座ってもまだ余裕はある。文化祭の時は行列ができちゃったので詰め詰めに入れて大変だったけどね。

「おう、雨でどうするのかと思ったらプラネタリウムか、文化祭で評判よかったから望遠鏡の予算がついたぞ、年内には買えるんじゃないかな」

顧問の先生が見回りに来たけど、予算の話は本当だったのか。楽しみだなあ。

「じゃあ、後は安全に気を付けて、あと、電気ストーブと電気ポットは部室内で使って良し。んーと、筑水、そのモヘアのカーディガンは電気ストーブに近づくと危険だ、できれば違うものにして欲しい所だがなあ....まあ十分に気を付けるように。部室が無人になる時は必ずストーブは消すこと」

先生が一応泊まりの人数を確認して、宿直室に戻っていった。わたしの服にはちょっと指導が入ってしまった。安全第一、これもしっかり覚えとこう。

「とりあえずプラネは出来たし、ちょっと部室で休憩しよっか」

先輩がみんなに声をかける。
雨は霧雨に変わって音も無く降っている。

スマホの天気予報では夜半からは晴れ間もって変わらずだ。

時計は19時を回った所、夕方学校に来る前に晩御飯は各自で済ませているし、先輩はこの後どうするんだろう。

「えーと、それでは」

先輩がしゃべりだす。

「先の文化祭ではちょっと見込み違いもあって大勢のお客さんが来てしまいました」
「今回は原稿を放送部に読んでもらって、BGMもつけてもらった音声データを流しながら、ところどころを音声止めて星座をレーザーポインタで示して解説した訳です」
「反省会でも言いましたがちょっと原稿長過ぎました、なので来年もやるなら基本の原稿は短くしてあとはアドリブで調整したほうが来場者に対応しやすいかなっと」

「というわけで、1年生は今日プラネの解説を実演してみましょう」

なんかえらいことになってきた。

「文化祭は9月末だからお題は夏から秋の星座にしましょうか、原稿無しで5分程喋ってね。お客さんは私たち2年生4人よ〜」

柳川先輩....いきなりすぎるよぅ....

先輩が作った原稿と放送部製作の音源は何回も聞いてるけど、それとは別に自分で原稿無しでとは。

「じゃあ、最初は誰から行くのかな〜?」

大川先輩楽しそうなんですけど。

「あ、じゃあ私最初で良いですか?」

みっちゃん、チャレンジャーだ。
みんなでプラネにごそごそと潜り込む。
七人も入るとさすがに窮屈だ。

「良いかな、それではスタート」

先輩の合図でみっちゃんが喋りだした

「本日はようこそ天文部主催上映会にお越しくださいました。本日の解説は北半球の夏から秋にかけての星座を行います、解説員は私、篠山三智(ささやま みち)が務めさせて頂きます」

おお〜、すごいすらすら喋りだしてる。

「それでは、9月下旬、21時頃の星空です」

先輩がそれに合わせて、くるっとプラネタリウムを回した。

「昼の暑さとは裏腹に、夜空は既に秋の雰囲気を滲ませています、蠍座は既に地平の彼方、夏の大三角も西に見えています.....」

みっちゃんがアドリブで喋ってるし、それに合わせて先輩がレーザーポインタで星座のあたりをくるくる示してる。ちょっといきなりレベル上げすぎないでよ〜💦💦💦

「........以上で上映を終了いたします」

ぱちぱちぱち

「先輩ちょっと無茶振りですよ〜、こないだ科学館行っといてよかった〜〜〜」

みっちゃん、1人で行ったわけじゃ無いよな...
でぇとだな。いやそっちの方に気を回してる場合じゃないぞ。

「夏の大三角からアンドロメダにペガサスと知名度が高いのものでうまくまとめたね。即興で大したもんだ」

お、朝倉先輩の講評だ。

「しゃべるの上手いねえ、来年は放送部に頼まなくても大丈夫そうね」

柳川先輩も高評価だな。

「それじゃあ次はどっちから..」
「あ、私行きますよ」

大川先輩の声に被せるようにたかちゃんが手を上げた。

「じゃあお願いするかな、筑水さんがトリで」

うわ、最後になっちゃったよ。ネタがかぶったら面白くないしどうしようか...

「....本日の上映は秋の訪れを一足先に感じてみましょう、解説は基山高瀬(きやま たかせ)でお送りします」

「9月20日、23時の北緯33度付近の星空です。夏の1等星を持つ星座も大半は西に傾き、黄道には山羊座、水瓶座、魚座が静かに輝いています。」

先輩は一瞬迷って黄道のあたりを大きくくるくるポインタで示した。

「その水瓶からこぼれ落ちる水を飲み干すように輝く秋の1等星、フォーマルハウトを持つ南魚座。周りに明るい星もなく、少し寂しげにも感じるその姿は2000年もの昔、古代ローマの時代から天文学にも登場しプトレマイオスの48星座に数えられています」

そうだったのか〜

「世界各地で沢山の名を持つフォーマルハウトは日本でも各地でさまざまな名で呼ばれています。太平洋側での呼び名が目立つのは....」

星座とギリシャ神話主体でなく地域性と絡めた語りだ。

「それでは時間を進め、翌午前二時頃の北の空高く見えるM字型、北極星を見つける目印でおなじみのカシオペア座です。この目立つ配列も世界各地で名前を持ち、日本では錨星や山形星などと各地で呼ばれています。沿岸部でも山間部でも北を知るために親しみを込めていたのでしょう....」

「....以上で今夜の星語りは幕と致します。」

おおおおーぱちぱち。

「たかちゃんもやるねえ、和名の紹介で来たね。民俗学とかも好きなの?」

今度は大川先輩の講評。

「地質学×民俗学ならブラタモ◯ですので」

確かにそうだ。

「さて、最後だけどこのまま行く?それともちょっと考える時間を入れようか?」

先輩の優しさが身に染みる....
けどここは甘えるわけにはいかないわ
甘えるのは後にとっとこう。

「筑水せふり行きま〜す」

「頑張ってね〜」

みっちゃん、たかちゃん、負けないぞ。
....いや、勝負じゃないけど。

「すう....」
「それでは、本日の夜間飛行のお供は、わたくし、筑水せふりです」

ん、なんか聞いたことある何かになっちゃったよ。

「9月20日の深夜、私たちの街では、どんな星々が輝いているのか、せふりと一緒にたどっていきましょう」
「23時ごろの夜空です。始めに、北の方角をご覧ください。春の陽気の中、空を駆け上るように輝いていたおおぐま座も、この時期になると地平線をゆっくり歩いているように見えますね。脊振の山々の上を歩く姿は、冬眠に備えてどんぐりを探しているのでしょうか?....」
「....おおぐまの上にはかわいい子ぐまの柄杓の姿が見えます、星座絵図ですと今の時間はひっくり返っていますね。まるで木から落っこちているみたいです」

うまく喋れてるかなあ..

「....それでは時間も進み翌午前三時となりました。」

先輩がくるっとプラネタリウムを回す。わたしが思ってたのと同じ星空がでている。息がぴったりだわ、さすが先輩。

「....北西の地平をご覧ください。夏の間羽ばたき続けていた白鳥も、緩やかな川辺でひと休み。夜明けとともに地平線に姿を隠していきます....」
「最後に皆様も、また良い一日でありますように、ありがとうございました」

おわったーーーーーーーー
何喋ったかよくわかんない!!!!!!!

ぱちぱちぱちぱちぱち

「いやー、かわいくてちーちゃんらしいねえ」
みっちゃんたかちゃん

「うんうん、地元密着な解説がいいねえ」朝倉先輩

「何気に自分をアピールしてたよね」
柳川先輩

「川辺って筑水だよね」
大川先輩

あれ、先輩はどうなんだろ....

「....脊振山....と言うか、九州に熊は居ないけど」

がーーーーーーん
まじレスが来てしまった。先輩のばかばか。

「おおぐま座が山々を歩くって情景は雄大で詩的な解説で良いね」

そうでしょうそうでしょう、この前の観測会で実際に思った事を解説したんだもの。先輩ちゃんとわかってくれてる。さすがわたしの先輩。きゃ。

「と言うことで、3人無事終わりました、みんな即興でよく喋れてたし、個性があって面白かったです。実は録音録ってたのでデータを渡すから、文字起こしして今後に生かしてください。それじゃいったん部室に戻ろうか、お疲れ様」

や〜れやれ、どうなる事かと思ったけど、なんとかなって良かったわ。

部室の窓から見上げるとまだ時折ぱらっと雨粒が落ちてくる。特に出来ることも無いので今までより少し早めのお夜食と、雑談や昔の大先輩が描いた天気図なんて引っ張り出してみたりして過ごす。

....23時か、雨は上がった見たいだけど雲はどうかな?

みんなで屋上(3階の渡り廊下だけど)に上がると雲は残っているけど星が見えてる。
東の雲の切れ間にはオリオンの三ツ星、昴は既に結構な高さだ。
先輩が今からどうするか、ちょっと考えてるように見える。

「まだ雲も多いし、今から3時間、午前二時まで自由活動にしましょう。下も濡れているから望遠鏡の組み立ては無しにして、双眼鏡での観察やカメラでの撮影等、もしまた雨がぱらついても直ぐに片付けられるように各自でお願いします。で皆さん良いかな?」

「りょーかーいっす、ぶちょー」

朝倉先輩がなんか立派なカメラとレンズを取り出した。さすが写真部メインの先輩だ。三脚はフランス製だそうで青いマークが付いている。

「んじゃ、俺はここでしばらく頑張ってみるかな、カメラと三脚は自前のを使うから、追尾装置だけ部のやつ借りるよ」

追尾装置とは星の動きに合わせてゆっくりモーターで回る架台の事だ。カメラだけ載せる小型のやつは数年前の部長がなんとか予算を取って購入したらしい。部の大きい望遠鏡、正確にはこれも地学の教材だけど、結構古いもので大層高価な物らしいが、すべて手動で操作する。

柳川大川両先輩はじゃあちょっと休んで来るわね〜っと毛布を抱えて去っていった。柳川先輩は生物部の部長でもあるし、2人でそっちの部室にいるのかな。

みっちゃんとたかちゃんはプラネタリウムで南半球の旅にでますねーと第二理科室似に向かっていった。パソコンやスマホアプリのプラネタリウムソフトでも南の星空は見れるけど、やっぱりドームに映すのは簡易型ピンホールプラネタリウムであっても独特の迫力がある。

と言うことで、部室に残された先輩とわたしはこれからどうしようと顔を見合わせる。なんとなく、みんなに気を使わせている気もするけど、せっかくの自由時間だしね。

「わたしの教室で少しお話がしたいんですけど」

ちょっと甘えてみよう

先輩は軽く笑って

「じゃあ上着を着て毛布も持っていってね、僕もちょっとしたら行くから」

やった。

からからから
「こんばんは〜」

誰もいない深夜の教室でもなんとなく挨拶してしまう。からからっと閉めて、ダウンを羽織ってか奥の窓側の自分の席に毛布も敷いて腰掛ける。窓は南側、少し振り向くと東の空に満月を2日過ぎた月が雲のあいだで輝いている。

からからから
「こんばんは」

先輩が少し遅れて入ってきた。
まあみんな気づいているだろうけど、暗黙の了解と言うか紳士協定とでも言うのか。そういうものだよね。

右隣の席に先輩が毛布をかけて腰掛ける。

「立待月だね、良い月だ」

雨が上がった校庭の水溜りに月が映って見えている。今までこんな景色を見た卒業生は天文部のOBでも早々いないだろうななんて思う。

「さーて、なんのお話がしたいのかな?」

少しいたずらっぽく先輩

「もう、今日のプラネの解説実演はどきどきしっぱなしでしたよぅ、少しくらい事前に用意させてくれれば良いのに」


「でも、3人とも今までの部活の成果がよく出てたよ」

「わ•た•し は、どうだったんですか?」

ちょっと突っ込んでやれ

「せふりさんらしさが」
「よく出ていて、優しく可愛く、そんな解説だったと思うよ」

どきん

「それって、わたしが優しくかわいいって...とっちゃいますよ」

「そういったつもりだよ」

きゅう.....

「普段はそういう事、言わないのにこういう時は言うんですね」

「あんまり言ってないかな....」
「これからはもう少し言葉にするよ」
「いつも思ってはいるんだけどね....」

ぽぽぽぽぽ

いつも思っているだってーーーーーーー!!!!ピンポイントでね、先輩って天然なのか。

「そういうせふりさんだって、あまり言葉にはしてないと思うけど」

う~~~ん、してない?
してるよね、ちゃんと、たぶん、ほらほら、こんなにも気持ちはいっぱいで、言葉に.....

してないような。

「今しなくちゃ駄目ですか?」

「僕は天秤座なので、傾かないよう公平に」

ぷすり....めっちゃ刺さるのよ。何処で覚えてくるんだか。
ううううう、いざ本人真横にしてさあって言われると胸がどきどきしっぱなしで声にならない。既に深く気持ちを確認し合った仲なのに...

声を出せないでいると、先輩がわたしの左手に目を落とす。そのまま手を取って、小指に触れる。先輩から8月の誕生日に頂いたピンクゴールドのピンキーリングと、そのあとみっちゃんおーちゃんからのシルバーリングがきらっと輝いた。

「ま、僕もちゃんと気持ちはもらったから、今言葉にしなくても大丈夫だよ」

と自分が羽織っているコートをちらっとめくった。

コートの下は制服の上着でなくて、この前10月の先輩の誕生日にプレゼントした、わたしが編んだカーディガンだよ。

「それ、ごわごわしてないですか?かなり急いで編んじゃったので....」

「そうだね、せふりさんに背中から抱きつかれているように感じるよ」

ぼふん

この人はね、しれっとこう言う事は言っちゃうんだよ。もういいや、火をつけたのは先輩だ。

「それじゃあ前が寒いでしょ(੭˙꒳​˙)੭」

前からしがみついちゃえ

.....なんで静かになるのよ〜、何か言ってよ....

ぎゅう

先輩の左腕がわたしの背中に回って

少し冷えた先輩の右手はたぶん真っ赤担ってるわたしの頬をゆっくり撫でる。

もうあとはゆっくり顔を上げるだけだねぇ....

..........

..........

..........

はふぅ

先輩の手を取る、ちょっと冷たい

「先輩の手を温めてあげますよ」

わたしのカーディガンの内側にその手を滑らせる。少しだけ脇の下がひんやりした。
.....
.....
.....
.....
「ねえ、先輩?」
「わたしのって、成長したかなあ....」
.....
.....
.....
「....そのままで、きれいだよ」
.....
.....
.....
2枚の毛布に包まる2人
.....
月明かりが差し込んできた
もうしばらく、このままで
.....
.....
木漏れ日を素肌に重ねたあの日
一人月光に素肌を晒したあの日
今晒すのは波打つ鼓動
波が伝える、わたしの想い
肌を通して、広がる鼓動
温度と温度が溶け合う時間
月の光で溶け合う2人
.
.
.
月明かりがもう少し深く差し込む。
そろそろ午前二時だろう。
少しのまどろみを残して、服を整える。

「じゃあ僕はそのまま屋上に行くから」

「ん、部室に寄ってから上がるね♡」

ちゅ

一応別れて戻る。ばればれであってもマナーというものだね。

からからから

あれ、部室の電気ストーブは消えたままひんやりする。ずっと無人だったのかな?

隣の第二理科室は...

いたいた、プラネの中からかわいい寝息が聴こえてくるよ。
そーっと近づいて覗くと毛布にくるまって仲良く寝ちゃってるよ。
おーちゃんが見たら嫉妬しそうだなこりゃ。

そーっと近づいて耳元で囁く。

「みっちゃーーん、たかちゃーーん」

ごそごそ

あ、おきたおきた。

「あれ、寝ちゃってたよぃ」

まだ寝ぼけてるな。

「うーん、あれ、もう2時だぁ」

いつもはちょっとクールなたかちゃんがなんか可愛いぞ。いつかたかちゃんもおうちの女子会に招きたいなあ。

3人で屋上に向かう途中毛布にくるまった大川先輩と柳川先輩が生物部の方からやってきた。第1理科室の隣だね。

こっちは鉱石標本とかだけどあそこはホルマリンの標本とか置いてある。夜中だと怖さ倍増だと思うけど、先輩たちは気にもとめない感じだ。

「1年も集まってるね、屋上はどんなかな」

みんなで階段を登って渡り廊下に出る。

ひゅぅー

教室では窓を閉めてたけど、風があるとかなり冷えるね。周りも雨で濡れてるからなおさらだ。

「朝倉君、どう?良いの撮れた?」

柳川先輩が毛布にうずくまった朝倉先輩に声掛けている。

「ふふふ、久しぶりにがんばちゃったぜい」

自慢のレンズとカメラを架台から外して液晶画面を見せてくれた。

「わ~~~すごい」

アンドロメダ銀河が楕円の姿を見せている。

望遠鏡だとぼんやりした染みのような姿だけど、ご自慢の大きなレンズとデジタル一眼レフと部の追尾装置で立派な姿が浮き上がった。

「やるねえ、M42は撮らないの?」

「今日は、17夜だしなあ。牡牛座に月が居るから明るいし、ちょっと難しいかな」

天気と月明かりと、自分のお休みと、そう考えると星空チャンスって以外と少ない。

さらには先輩と一緒に学校で見れるのはあと何回なんだろう、そう思うとさっきの月明かりがかけがえのない時間だったと思い返す。
きっとこの先何年経っても思い出すのだろう。

「ほかは何が撮れたんですか?」

みっちゃんがたずねる。

「こんなもんかな」

二つの星の塊が並んでいる。ペルセウス座の二重星団だ。

「双眼鏡でも見えるよ、ちょっと首は痛いけど」

先輩が三脚に大きめの双眼鏡をセットしてくれたけどほとんど真上を向いている

しゃがんで三脚を抱えるくらいに近づいて覗くと写真ほどじゃないけど星の塊が寄り添っているのがわかる。

「ちーちゃん、ぱんつ見えちゃうよ」
柳川先輩

きゃ

夢中になるあまり深くしゃがみ込んでしまった。前にいた先輩がちょっと顔を横に向けてるよぅ。
あぶないあぶない。レースとひもを先輩以外の皆にまでご披露する所だった。もぞもぞ。寒くなってきたし、後でタイツ履いとこ。

そうこうしているうちにオリオンは南中しその右上に少し細くなった17夜の月が煌々と光を落としている。すっかり雨雲も何処かに行ってしまった。星はゆらゆらと瞬いてきれいなんだけど、望遠鏡で観測するには向いていない状態だ。夏のプールの底から見上げた太陽のきらめきのように揺らいでいる。そういえば結局先輩と泳ぎには行けなかったなあ....

3時を回って夜明けまではまだ時間がある。

ちょっと身体が冷えてきたので皆部室に一旦戻る事にした。

ずっと屋上で写真撮影を頑張っていた朝倉先輩はカメラも下ろして丁寧に布で拭いている。雨上がりで湿気もあったからきちんと乾燥させないとよくないんだって。

「部長さん、1年生にプラネの生解説はしてあげないの?」

と柳川先輩

「まだ明るくなるまで時間もあるし、そうしようか」

おお、先輩の生解説だ。

「私たちは良いから、部長と1年4人で寝っ転がって見てきなよ4人なら入るでしょ」

カメラの手入れを終えた朝倉先輩は机にうつぶせになって寝てしまった。

部室に3人の先輩を残して隣の第二理科室に入る。1年トリオと先輩で床に毛布を敷いてその上に寝転がる。端のほうが狭いからわたしとたかちゃんが両端でわたしの隣に先輩、その隣にみっちゃんとなった。わあぃ先輩と並んで寝てるよ。...何が出来る訳でも無いけど。

「それでは」

「今日は天文部主催プラネタリウム上映会にようこそお越しくださいました。解説は耳納でお送りします.....」

ぱちぱちぱち

「午前三時も回り、まだ深夜の人と、もう早朝の人と、夜勤で休憩中の人と、そんな時間の星空は、街の営みをどんな風に見下ろしているのでしょうか?」

導入がなんだか詩的だ。

「地上の私たちも、星々からはまた、きらめく星々のように見えているのではないかと.....」

プラネの解説というより、即興の詩の朗読だ。隣の先輩の喋る声が、心地よく響く。

「....今から冬本番の地上を、明け方の空にわずかに顔を出す豊穣の女神も、その姿をすべて見せること無く朝靄の中に溶け行ってゆきます。まだまだ、私の姿は早いわねと」

「以上を持ちまして、今夜の星々の夢は目覚めの時となりました。ありがとうございます」

なにこれ先輩、めっちゃ詩人。

ぱちぱちぱちぱちぱち。

「先輩やるねえ、さ〜すが宮沢賢治ファン」みっちゃんが茶化してる。

「耳納先輩の意外な特技」
たかちゃんも好反応

「ははは、まあ適当に雰囲気重視で詠んだだけだから、あまり深く突っ込まないでね」

「せんぱーい、録音しときましたからね」

みっちゃんいつの間に

「この録音はちーちゃんに買い取ってもらいましょうw」

何を言い出すんだみっちゃんめ。

「親友だと思ってたのに、しくしく」

「ちーさん、大丈夫ですよ、私も録ってますから、みっちゃんの半値で良いです」

たかちゃんがこう言う冗談を言うとは。

「ちーさんが文字起こしして今後の天文部教材に直してくれるなら無料でお譲りしますよ」

うぐぐ、自分の分と二つもやるの?何かAIとかでさくっとできないのかな?

「まあ、さっきのは雰囲気ましましの、教材で残すようなもんでも無いと思うから、もう少し整えたのをきちんと作るかな、今後の宿題だね」

公式に残さなくても良いからどうにかしてたかちゃんから録音を譲ってもらおう。

「まあこんな所かな、4時半過ぎると夜が明け始めるし、日の出は6時ちょい前だから5時まで自由活動で。基山さん、部室の三人に言っといてもらえるかな?」

「わかりました、篠山さんも部室でお茶しません?」

そう言って2人は隣の部室に移っていった。

ドームの中に先輩と2人きり....
ではあるけどすぐ隣の部室からは皆の気配がするわけで、大人しく天文談義をして時間を過ごす。

「そういえば文化祭の一番人気のご褒美に望遠鏡の予算とかって先生言ってましたね?」

「ああ、あれ本当は何か学校の部活全体に予算がでてるらしくて天文部だけって訳でもないんだけど、ただ先生達の間でも天文部の集客が話題になったのは本当だよ。なので多少多めに天文部に回す事になったとか聞いたんだ」

何でも20万円近くも予算がついちゃったそうだ。今の地学教室の望遠鏡は立派な10cm屈折望遠鏡だけど鏡筒も長いし、架台もピラー脚と言って重たい鉄の一本足だ。正直小柄な1年女子トリオじゃあ屋上に上げるのも一苦労。

「1年女子だけでも使えるような物を考えてるからもうちょっと待ってね」

楽しみだなあ。天文の雑誌にはGPSとスマホで操作するのが出てた。だったらわたしでも扱えるかなあ。
でも今の手動の望遠鏡でもちゃんと扱えないと、来年はわたしが先輩になるんだもんね。もっと先輩に手取り足取り教えてもらわないといけないな。

プラネのドームも私たちだけでも組み立てられるようにしないとね。

1年生でいられるのももう半年も無い。
少しずつ、積み上げてきた。
自信もあるけど、不安もある。
先輩だって去年は1年生だったんだ。
そんな事を想いながら、プラネの中で先輩を見る。

「1年生の時の先輩って、どうだったんですか?」

ちょっと聞いてみた。そういえばこういった事を聞いたことなかったな。

「そうだねえ、2年や3年の女子先輩からおもちゃにされてたよ。髪にリボンつけられたり」

何だそりゃ、ずるい。こんどわたしもやろう。

「望遠鏡とかは直ぐに操作できたんですか?」

「あれ、言ってなかったっけ」 「9cmマクストフカセグレンの経緯台なら中学生の時に買って持ってるよ」

なんと。

「ただ周りが家だし、視界が開けて無いからなかなかね、深夜に遠出するわけにもいかないし」 「中古の軽自動車で良いから、卒業したら免許取って、出かけたいね」

どきり わたしに問いかけたのだろうか、先輩一人の夢なんだろうか。

ぶろろろろ...... 学校の外から車のエンジン音がかすかにし始める。時計をみるともう5時だ。外も少しづつ明るくなり始めた。

「お、もうこんな時間だ。そろそろ片付けを始めようか」

先輩と一緒に部室に戻り、そのまま女子は制服に着替える為揃って隣の教室に移動だ。

「ふー、着替えるの結構寒いねえ」

着替える時に気づいた。あったかタイツ履いといて良かったわ....レースと紐だし....

着替えて第二理科室に行くとまだプラネのドームがそのままだ。

「自分と朝倉でバラして行くから、手順をスマホで撮っといてくれるかな?」 「あとあとの為にね」

先輩たちが手際よく骨組みからビニールのドームを外して畳んでゆく。大きなドームがあっという間にくるくる畳まれて箱に入った。 骨組みは、丸い横の輪になるのがそれぞれ長さが違う。よく見ると番号が書いてあるけどそれとは別に手書きの注意書きラベルも貼ってある。どれだけ前かは分からないけど大先輩が貼ったのだろう。もしかしたら、文化祭に来てたのかも。

途中休憩しつつ綺麗に掃除もした頃には6時も過ぎてすっかり朝だ。

がらがらがら

いつも通りに顧問の先生が確認にくる。

「理科室の方も片付け終わってるな、毛布と電気ストーブ、ポットを宿直室まで持ってくるように」

全員で持って宿直室までぞろぞろ。 部室に戻ってくるとなんだかちょっと殺風景な気がする。 無くなったのはストーブとポットだけなのに。さっきまであった何かがふっと消えた感じ。

柳川先輩と大川先輩が私たちにこそっと語りかけてきた。

「学校の近くに銭湯があるんだけど、寄ってかない?ちょっと冷えちゃったでしょ」

特に急いで帰る用事は無いし、みっちゃんとたかちゃんを見ると、良いよーって合図が返ってきた。

「じゃあ耳納ぶちょー、1年トリオは私たちが借りてくねー、お先に失礼」

「お疲れ様でしたー」×3

銭湯は学校から歩いて10分くらいだった。普通のお風呂やさんって感じ。初めてだよ。

お金を払って、脱衣場で、はたと固まる。 タイツの下はアレなんだよな。さくっと一緒に脱いじゃえ。

わ~~~富士山

クラシック過ぎる。映画にでてきそうな雰囲気だ。ちょっと熱めだけどそのまま眠っちゃいそうな気持ちよさだ。 みっちゃんもうううーーーーんと謎の唸り声をだしている。

バスの時間に合うようにでて歩いていると、雨上がりの空気がひんやりちょっと気持ちいい。たかちゃんは今日はご両親が迎えに来るって言ってたので、先輩たちとも別れてみっちゃんとバス停に戻ったら、ちょうどバスはやって来た。

「ぴったりだったね」
「逃してたら湯冷めしちゃうよねえ」

ぶろろろろ

まだ少し湿った髪に手をあててうとうと

今回も色々あったなあ。 2年生になるまでもう5ヶ月か。 わたしたちが先輩になるんだもんね。 新しい望遠鏡も楽しみだし、いい先輩になれるように、頑張らないとね。

駅でバスを乗り換えていつも通り。 ただ今日は雨上がりの帰り道。 ひんやり澄んだ空気が胸の奥に心地よかった。



おしまい

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過去作短編『三匹目のドジョウ または田之上みやびがいかにして心配するのをやめてグイタル族の滅亡を受け入れたか』

ぐいたる?
確かに彼はそう言った。guitarのことだと気づくまで約二十秒。その約二十秒間で私は脳内にグイタル族という中国北部に暮らす遊牧民族を誕生させた。彼らは山羊と寝食をともにしているため山羊に関する語彙が豊富である。山羊をオスメス、成獣、子供だけにとどまらず耳の形、毛の色、成長段階で呼び方を変える。それだけ山羊を詳細に分ける必要があったのだ。
しかし、ぐいたるがguitarと判明したためにグイタル族は滅びた。
「なんだ、ギターのことか」
「これでギターって読むんや。知らんかった。自分英語できんねや、すごいな」
「ギターくらい誰でも読めるわボケ。あんた英語力ヤバすぎるやろ」と思わず私はキツイ言い方になってしまった。彼のせいで滅びたグイタル族が不憫でならなかったからだ。
私たちは楽器屋でギターを眺めていたが、ギターに用がある訳ではない。ギターに用があるやつはぐいたるなんて言わない。
私も山本さんも明らかに手持ちのカードを切り尽くしていた。しかし、この蒸し暑いなかを歩きたくなかった。
昼は山本さん、おすすめのイタリアンを食べた。三宮のとあるビルの三階にある雰囲気のいい店だった。もちろん、支払いは山本さんだ。ランチのあとは、センター街の本屋に行き、私は気になっていた詩集を買った。普段、漫画しか読まないらしい山本さんはずっと退屈そうにしていたので、じっくり眺めるのはまたの機会にすることにした。そして、やる事がなくなり、適当に歩いてたどり着いた楽器屋に入ったわけだ。
そもそも、ランチに誘っておいてその後の計画はなしって言うのはいかがなものかと私は山本さんの無計画に内心ウンザリしていた。
「カフェでもいかへん?」と私はその場しのぎの提案をした。
「ええよ」と山本さんはすぐにスマートフォンでカフェを探し出した。JR方面にチェーン店があるという。
「ほなそこで」
二人は無言でカフェまで歩いた。


山本さんは会社の同僚だ。私と年齢はほとんど変わらないが、私より五年先輩の営業マンである。コテコテの大阪弁で喋り散らかし、常に談笑の中心にいる陽気が服を着て歩いているような人。ダンボール工場の営業マンとして、豊富な知識と経験を持つ、我が社のエースだ。
一方、私、田之上みやびは山本さんと違って地味でさえない事務員である。仕事が出来ない。教えられたことをすぐに忘れてしまう。重要な見落としをする。頼まれたことをミスなくこなせる方が珍しいポンコツ社員。きっと他の職員から嫌われている。気がする。楽しい談笑の場に私は入れない。いつも遠巻きで見ている。昼食はもっぱら一人。さっさと食べて残り時間を読書に費やす。読書が唯一の友達だ。
と、いうのが職場での私の顔で、本当の顔は別にある。職場以外の私はだいたい阪急三宮駅前でナンパ待ちをしている。何を隠そう、私は女装男子なのだ。
みやびという女の子みたいな名前だが、列記とした本名である。その名前のせいなのか小さい頃から女の子みたいとからかわれることが多かった。私は本当に女の子だったらどれだけ幸せだったろうとその度に思ったものだ。物心がついた頃から「性別」というものがあることに違和感を覚えていた。男らしさって何?って感じで。しかし、違和感があるというだけでそういうものとして受け入れてはいた。
そんな思いを抱えながらも何不自由なく、男の子として生きていたのだが、高校二年生の時、私は目覚めることになる。
私の通っていた高校は学祭でいつも学年ごとに演劇をやることになっていた。一学年一クラスの少人数制の高校だった。ものを書く事が好きだった私は脚本を担当した。脚本書くなら演出もやってほしいと周りに頼まれ、それを引き受けた。
私の学年には女の子が二人しかいなかった。あとは男子。しかも、男汁満載の頭よりも筋肉で生きてきたような男子たちだ。そんな男子たちに負けないようにヒョロガリの私は熱血指導をした。ふざけている奴がいると、怒鳴り散らして、最悪の場合物に当たった。
そして、それがいけなかった。ヒロイン役の女の子が怖いから辞めたいと言い出したのだ。私は他の生徒たちから糾弾された。やる気をなくした一部の生徒は練習をサボるようになった。このままではクラスがバラバラになってしまう。そこで私は責任をとってヒロインを引き受けたのだ。人生で初めての女装だった。
ヒロインを降りた女の子と、人前に出るのが苦手で小道具にまわっていた女の子。クラスの二人の女子によって私はフルメイクを施された。私は女になっていく自分を見て、これが本当の私。本当の顔だと思った。私はとても可愛いかった。こうして私の女装ライフが幕を開けた。


二匹目のドジョウを求めてしまうのが人の性ってやつだ。じゃなきゃ、女装してナンパ待ちなんてしない。つまり一匹目のドジョウがいたわけ。
そのドジョウは友達との待ち合わせをしている時に現れた。阪急三宮の駅前の広場。友達は遅刻していた。三十分は待っていたと思う。そこにいかにも軽薄そうなサラリーマン風のスーツの男が声をかけてきた。梅雨明けが発表された七月の初旬。気温は連日三十度を超えていた。スーツの男は額に玉汗をかいていた。私の顔を覗き込むように見ながら言った。
「お姉さん、待ち合わせ?さっきから三十分もここいにいるけど、すっぽかされたんじゃない?ねえ、暇でしょ。そこらへんでお茶でもしようよ」
私はジロリと男を睨んだ。玉汗をかいてる割に汗くさくもなく清潔感がある爽やかな男だと思った。だが、標準語なのが気に食わないし、友達からはあと五分くらいで着くと思うと連絡が来ていた。こいつに付き合う義理はないのだ。
私は目線を逸らして早足で男から逃げようとした。すると、男は通せんぼして立ちはだかり「いいじゃんか、少しくらいさ」とニヤリと笑った。その笑みは不潔だった。だから言ってやった。
「あんな、私男やねん。ごめんやけど、ナンパするんやったらよそでやれや!」
男は明らかに狼狽えた様子でそそくさと去っていった。そこに丁度よく友達が到着。
「知り合い?いまのひと」
「ううん、ナンパかな」と答えてから初めてナンパされたことに気づいた。
「まあ、みやびちゃんかわいいからしゃーない」と友達は笑って言った。
かわいいからしゃーない。この言葉が私を二匹目のドジョウに探しに突き動かした。というのも、私はそれまで自己基準で私はかわいいと思っていたのだが、ナンパと友達の証言によって他人から見ても可愛いというお墨付きを頂いたのだ。
しかし、そう簡単に二匹目のドジョウは現れなかった。声をかけてきたと思ったら怪しげな壺や美術品を売りつけられそうになったり、よく分からない署名を求められたりだった。
それでも諦めきれず、休日は欠かさず阪急三宮駅前の広場でナンパ待ちをする日々が続いた。そして、一ヶ月が経った。ついに二匹目のドジョウは現れた。山本さんである。
「きみ、かわいいなぁ。連絡先教えてくれへん?暇やったら遊ぼうや」
思わぬタイミングでの山本さんの登場に私はつい職場のモードで「お疲れ様です」と言いかけた。それほど職場と変わらない山本さんだった。この人は裏表がない。と思った。
「なに?ナンパ?」と私は一応、警戒心をアピールしてみた。
「ナンパやで」と山本さんは笑った。白い歯が見えた。工場の男性職員はだいたいがタバコを吸っていた。ヤニで黄ばんだ歯を見せて下品に笑う。だが、山本さんの歯は白かった。そういえば奥さんのために長生きするから酒とタバコはやらないと言っているのを聞いた気がする。愛妻家でもナンパするんやなと私は思わずふっと笑った。それが山本さんには愛想笑いに見えたらしく「ほな、いこか」と大胆にも私の手を引いて歩き始めた。強引やなと思いつつも断る理由もなかったし、山本さんとはいつか話してみたかったからついて行くことにした。
その日はカフェで二時間ほど話した。山本さんは最後まで私が会社の同僚だと気づくことがなかった。私はみやびとしか名乗らなかったし、友達の体験をさも自分のことのように語ったので疑われるはずがなかった。
職場では一言も話したことがなかった先輩と二時間も話した。職場でも女装していこうかと考えたほどだ。
ただ、山本さんが職場にポンコツ社員がいると言って、私のことを笑い話として語り出した時は泣きたいような気持ちで笑った。笑ってしまった。
あなたの目の前にいるのがそのポンコツ社員の真の姿ですよ!と言いたかったが、この場を台無しにはしたくなかった。


そして、今に至る。山本さんとはナンパされて以来の二回目のデートだったのだが、今私たちはカフェの席で向かい合って無言のまま時間だけが流れていた。
「ひまやなぁ」と山本さんがコーヒーを一口啜った。
「せやな」と私もコーヒーを一口。
「ねえ、山本さんって奥さんおらんの?」
「うん?おらんよ?」
「そうなん?いい旦那さんになりそうやのになぁ」
「ほな、結婚するか?」
「アホか、そんな簡単なノリで結婚せんわ」
嘘つきめ。と思ったが、女を装ってる私も大概か。山本さんにも裏の顔があるんやろなと思った。
「難しく考えるからあかんねん。ええか、みやびちゃん教えたるわ」
「何を?えらそうに。ギターも読めんのに」
山本さんはニヤリと笑った。白い歯がキラリと輝いた……ように見えた。そして、指をパチンっと鳴らした、実際は鳴ってなくてパスっと乾いた音がしただけだったのだが、私にはパチンっと響いて聞こえた。


草原。青空があまりにも青くて瞬きをしばらく忘れていた。どこまでも広がる草原。馬の群れが駆けていた。突然、背後で山羊の鳴き声がして、驚いて振り向くと、山本さんが山羊を撫でながら得意顔で立っていた。
「ここは?え、、どういうこと?」
「ここはな、今風に言ったら内モンゴルや」
「は?内モンゴル?さっきまでカフェにおったやん」
「知らんか?内モンゴル」
「内モンゴルは知っとるわ。なんで内モンゴルにおんねんって言うてんの」
「まあ、可能性の空間やからな」
「は?」
「教えたるって。世界はな、数えきれん可能性の中から選ばれた一つの可能性の結果にすぎん。俺とみやびちゃんが出会ったんもその可能性のひとつ。出会わない選択ももちろんあんねん」
「さっきからなんの話しとん?」と言った瞬間、あることに気づいた。女声を出していない。喉仏をあげる意識をしていないし、抑揚を意識して話してもいない。地声だ。しかし、地声なのに女声だ。そして、身体の異変にも気づく。おっぱいがある。そして、ファルスがない!これじゃ本物の女じゃないか!待って、身体まで女になりたいと願っていない。女にしか見えない男でありたいだけだ。
いや、ある。私が幼い頃母がよく話してくれた。産まれる直前まで、女の子だと医者が言っていたという話。それを聞かされる度に、なんで女の子にしてくれなかったの?と思ったことがある。
「ここではあらゆる可能性が暮らしてんねん」山本さんが指さす。そこにはモンゴルの伝統的家屋ゲルがいくつか並んでいた。
「あれは?」
「グイタル族や」
「は?」
「グイタル族や。みやびちゃんが考えて、俺が滅亡させた遊牧民族。なんで俺がグイタル族を知ってるかって?それはみやびちゃんがグイタル族の話を俺にしてくれた可能性があるからや」
確かにグイタル族を思いついた時、それを言おうか迷った気がする。だが、あくまで気がする程度だ。私は次々浮かぶ疑問を一つ一つぶつけていきたいが、何から訊くべきか分からずただただ惚けていた。
山本さんは話し続ける。
「人には表と裏があるってよう言うやんか?あれはほんまはどっちも表のコインちゃうかって思うんよな。絵柄がちゃうけどどっちも表なんや。みやびちゃんに見えへん俺の顔もあるし、みやびちゃんにも俺に見せてない顔があると思うねん。どっちを見れるかはコイントスみたいなもんで、運やねん。せやから、俺と結婚してるみやびちゃんもおるかもしれんで」
「はあ」としか私は言えなかった。
「みやびちゃん、そろそろ受け入れようや」
「なにを?」
「グイタル族の滅亡とみやびちゃんがポンコツ社員なことをや。仕事できんってイジって悪かったな。でもな、事実や。きみは仕事できひん」
晴れ渡る空のもと、心地よい風の吹く草原で、私は仕事ができないポンコツ事務員だった。
鬨の声が聞こえた。中華王朝の軍が来たのだ。グイタル族を滅ぼしに。私は目を閉じた。逃げ惑うグイタル族。ゲルは次々と火をつけられ、辺りは血と焦げ臭い匂いが満ちていた。悲鳴に混じって何か聞こえてくる。徐々に音がはっきりしてきて、それが下手くそなギターの演奏だとわかった。私は目を開けた。ギターをジャンジャンカ鳴らして山本さんがドヤ顔していた。
「どう?」と山本さんは言う。
「下手くそやな。耳腐るわ」と私は笑った。
もう草原じゃなかった。楽器屋で山本さんはぐいたるを買うと言った。弾けるようになったら家に呼んだるわと笑った。私はそんな未来は選ばれないだろうと思った。


それから私は女装をしなくなっていた。ポンコツ社員として、真面目に働いた。相変わらず仕事はできない。
今日も山本さんは談笑の中心にいる。最近、ギターを買ったらしい。その話の途中、私の方を見た気がした。気の所為だと思うが。
グイタル族は滅亡した。その存在を知るものはいない。三匹目のドジョウを探すことは当分ないだろう。
そして、休日。私はまた阪急三宮駅前の広場で待っていた。ナンパ待ちではなく、友達を。友達はまた遅刻していた。女装男子ではなくポンコツ男子として待っていた。
そこへ「あの……」と突然二人組の女性に声をかけられた。逆ナンだった。友達をすっぽかして、ノコノコと女の子たちについて行く道すがら気がついた。三匹目のドジョウはぼく自身だったのだと。でも、もうそれで良かった。

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花言葉は追憶


 もう、10年以上経ったよな、あんな事があってから……。
 その時はあたし、2度目の結婚生活中だった。あるメールが携帯に届いた。


 『 久しぶり、ナンシー! ケンジだよ。元気にしてた……? 明日がアスターの三回忌だね。まるでこの間の事のようだよ……』

 え? なんで登録外のケンちゃんからメールがくるの?
 あたしは人づきあいが煩わしいほうで、全アドレス指定受信設定だ。アドレスのすべての部分を登録した人のメールしか着信出来ないようにしてある。
 登録外のケンちゃんから何でメールが来る?!

 それと、それよりも……!

 ちょっと待って! アスター、アスター! あたしの数少ない女友だち。
 でもあたしは、結婚してから友達付き合いが全くと言っていいほどなかった。夫が外出を許さなかったし、あたし自身が元々、友人と頻繁に交流するタイプではないのだ。

 あたしはすぐに返信した。

 『 ケンちゃん、どういう事!? アスターが死んだって! 嘘でしょう! 』

 『 え! ナンシーは聞かされてると思ってたよ。心筋梗塞だったの、苦しかったと思うよ。玄関で倒れていたらしい。アスターの家に居た猫、チェルシーは僕が引き取ったんだ 』

 あたしは……あたしは……アスターにこの3年間、何度かメールを送っていた。
 何処にも届いていなかったんだ。
 読んでいなかったのね、もう居ないアスター。

 ランチをおごってくれたのが最後だった。
「今度はあたしがおごるね!」ってアスターに甘えたよ。
 人見知りなあたしだけど、アスターには気が許せ長電話までしていた。
 きっとアスターは、とてもとても心遣いのできる女性だったのだろう。あたしが疲れないように、心を配ってくれていたんだ。

 優しいアスター、あたしと同じように田舎から出て来て、ずっと水商売でがんばり続けてきたレディ。
 彼女は今都内のロッカー式納骨堂に眠っていると言う。

 ケンちゃんに誘われたので、夫に「ケンちゃんとアスターのお参りに行って来てもいい?」と訊くと、駄目だと言われた。

 その頃のあたしはパワーゲームの勝者である夫にからめとられていた。

 胸の中でアスターに話しかけた。
 「知ってあげられていなかった、御免ね、アスター……」


 今でも大好きだよ、アスター。

 あの時あたしの携帯にアスターが魔法をかけたのね、そうやって自分の死を教えてくれたんだね。

 アスター、いっぱい話したかった。もっと、いっぱい。あなたもあたしも日々に終われ苦しんでいた。もっと……たくさん共有したかった、悲しい気持ちも、素敵な景色も。

 内気なあたしにあの時、声を掛けてくれた事「ありがとう」とはっきりとした輪郭で言い残したかった。

 アスター、ありがとう……ありがとう……。
 ありがとう。
 言いたかっただけだよ。


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空を仰ぐ
白に染まる
木の葉を揺らす
砕け地に舞う
雪の夜は現実ではなく
幻想の中でただ佇むのみ
あの頃はよかった
なんて口癖も
今となってはかわいいものよ

滑りゆく記憶
降り積もる後悔
楽しみなど
私には贅沢で
共に解けてしまえばなんて
いやになるほど思ったような
そんな記憶も淡く
そして名残なく消えゆく
記憶の契りというものは
儚く薄く雪のように脆い
そんなものを繋ぎ止めるなど
到底無理な話よ

空を仰ぐ
雪が解けた
彼女の記憶から
私も解けた
もう思い残すことはない
私はそっと瞳を塞ぎ
雪の降るのを感じていた…

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Love's Metamorphosis(ラヴ・メタモルフォーゼ)


あなたの車のキーに変身したいわ
そうすれば いつも一緒にいられるでしょう

あたしは女神よ お守りにもなるわ

車を降りたなら、あなたのお腰にゆらゆら揺れて
お供をするわ
あたしは女神 あなただけの女神

お仕事する時もおそばに置かせてね
アイディアに困った時は あたしにそっと尋ねて
小さいお声で助け舟を出すわ

通勤する あなたと毎日ドライブ

あなたにはあたしが必要ね 知っているわ

知っていたけどそんな、メルヘンで遊んでみたの

あなたはあたしのお部屋の鍵になる? need you
知っているよね surely

落っことさないで 互いの想い
なくさないで たいせつ
only oneのカタチの愛

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小さな星の軌跡 第十話 雪の空の下で

雪の空の下で

「みっちゃんおはよう」「ちーちゃんおはよ」
いつものバス停 いつもの親友
いつも通り 同じ席に座る
窓から見上げる空は鉛色
頂を白く飾り 霞む西の山々を眺め
しばらく星は見れないねと呟く

学校前のバス停で降りると
紺色の制服にふわりとかかる白い物
そうそう この前の気象通報では
「ハバロフスク……地吹雪…」
ラジオからの声に皆で慌てた
先輩たちは余裕で天気図に書いていたな

放課後の天文部
今日の天気図をさくっと終わらせる
先輩たちにはまだ負けるけど
それでも上達したと思う
外を見るとまた白い物がはらはらと
何かごそごそする先輩たち

黒紙とルーペとカメラを持って
三階の渡り廊下に向かう
曇り空とすでにこの時間
ぼんやりした夕刻の中で
黒紙の上の六角形を観察する
先輩たちは結晶の写真も撮れたみたい

いつものバス停 いつもの親友
じゃあね また明日といつも通り
ただいまっと玄関を開け
頭についた雪をはらう
屋上で はらってくれた 先輩の
大きな手のひら 思い出しつつ

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滲むタコ焼き


(今日はダーリンとお家デート。タコパするんだ~!)

 紅はダーリンがくる前に! といそいそと下ごしらえ。
(お粉と出汁に玉子を混ぜ、タコを切り、紅ショウガにおネギ。天かすに……とろけるチーズも入れちゃうぞ!)

 はりきっているが、今日の紅には気がかりが1つだけある。

 それは、いつもメインで使っている24個いっぺんに焼けるタコ焼き焼き機が壊れてしまっていて、穴が15個の機械を使うということ。

 別にそんなこと~、と笑われそうだが、紅はくいしんぼうなのだ。
 ダーリンがタコ焼きを竹串でダーリンの小皿に持って行く時、自分は残念がるんじゃないか、その気配をダーリンに感じ取られたら、卑しい紅ちゃんと想われそうで恥ずかしい……と、緊張しているのだ。

 ポニーテールにピンクのフリルのエプロン。紅は今、明るく愛らしい恰好をしているが、ハートの中はタコが吐いたスミのように黒く曇りがち。

 ピンポーン♪

「あ! 庸介っ」お仕事を終えたダーリンがやって来た。

「ただいま~、紅! ちゅ♡」

「うふふ」

 チューで表情華やぐ紅は、キッチンへダーリン庸介と手を繋いで行き、パッとスペアタコ焼き焼き機の15個の穴を見た。その瞬間顔色が変わった。

「どうしたの? 紅? タコ焼きの準備で疲れちゃったかな?」

「う、ううん。大丈夫、なんでもない!」

                 *

(さあ、タコパ……開始! 穴! 15個! 15個……!)
 泣きそうな紅。

 ここは東京だが、紅は大阪暮らしが長かった。タコ焼き奉行は紅だ。
 それはそれで、気が重い紅。

(あたしは、自分の小皿に容易にいい塩梅に焼けたタコ焼きを放り込める。タコ焼きの美味しさに夢中になった場合、ダーリンそっちのけで、タコ焼きを独り占めしかねないかな……心配)

「紅? なんだかさっきからおかしいよ。具合が悪いのならオレが焼くから任せておいて、ね!」

(それはそれでいや! いつもより穴の数が少ないと言えども……庸介があたしほど上手に、ぜんぶ焼けるかな?)
 疑り深い女だ。

 けれども、紅は、タコ焼き焼き機の穴の数がいつもより9個少ないことが原因で、マジで眩暈を起こしフラッとした。

「紅?! 紅っ、大丈夫!? とりあえず、タコ焼き焼き機の火を止めよう」

「う……うん」

 紅は庸介に介抱されつつベッドまで歩いて行った。

 シクシク……。なんと、紅が突っ伏し泣き始めた。

(タ……タコ焼き焼き機、15個の穴が嫌!)悲しみが止まらない。

「体が辛いの? 紅、かわいそうに。風邪でも引いちゃったのかな……どんな感じ? のどは痛くない?」

 ……。ハッとして、紅は庸介ダーリンに抱きついた!

「うわぁああああ――――んっ!」
 ギャン泣きだ。

 紅は……紅は気づいた。

(何にも恥ずかしくなんかない。庸介にタコ焼きを取られることを気にしてるって気づかれても、おなかの音やつばを飲み込む音を聞かれても。ダーリン庸介になら恥ずかしくないんだ!)と素直に感じられ、涙は安堵の涙となった。

 そうして紅は何もかもを打ち明けた。ダーリン庸介に。大爆笑されること覚悟で。自分の食い意地を恥じていたことを。

 庸介は一つも笑ったりしなかった。

「優しいんだね、紅。紅は細やかで素敵だよ」と言いつつ頭を撫でてくれた。

 もう、『穴15個』なんて怖くない!

 タコパ再開。

 でも、ジャンジャン紅が己の小皿に良いやつを持って行き、庸介はあんまり食べられなかった。

 箸と幸せをかみしめる庸介がそこには居た。

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夏至の日だったか

 ここでは、誰もが急に現れ、すぐにきえる。僕も、そのような存在のひとりで、気が付かぬうちに病室に押し込められていて、しかし、まるで生まれた時からここにいたように、ここに馴染んだ。

 ここで生まれ、育ち、ここで病んだかのように。たくさんの看護師、患者、清掃者がいたが、そのだれも、影も印象すらも残さなかった。



 神田さぁん、眠れました?
カーテンをジャッとめくって現れた目の前の女に、声を出して返事をする気も起きず、僕は目線だけで返事をした。

 寝れたのかな? じゃあよかったね。

 返事の内容になど、はなから関心がなかった女が、カーテンを、来た時より雑に閉めて病室を出ていく。キュッキュッと床を踏む音はすぐに消えた。
 それから、二ヶ月後に、僕も、皆と同じように、そこから消えるように退院した。



 ドアを開け、9月の終わりをすぎてもまだまだあつい空気に辟易しながら、アパートの長い階段を降り、ゴミを出しに向かう。

 同じ階にあるもう一つの部屋は、相変わらず空室。郵便ポストを見たところ、その下の階の二部屋も空室になっているようだ。全部で8部屋あるアパートの、三部屋が空室、毎日丸一日部屋に引きこもって過ごしていても、誰かが引っ越してくる気配もない。

 ゴミ捨て場には、知らない人間がしゃがんでいる。何も言わずに僕は、ゴミ袋をポイと投げて、黄色いネットを被せる。ゴミ捨て場を後にしようとして、後ろから、ねえ、と声をかけられる。

「猫は人間と違って、口を聞いたりしないから良いよね」

 僕はその声に、振り向いた。痩せていて、爽やかに見える男だった。そして、その男に向かって、尻尾を太く立てた猫。

 僕を見る彼、彼を見る僕、おそらくその両方を警戒して見る猫。睡眠不足に日光のまぶしさが相まって、あたまがぼんやりしてきた。

「さあ、僕にはわかりません」

 僕はそう答えて、その場を去ろうとした。しかし、もう一度、呼びかけられて、足を止める。「あの子もさ、よく言ってたよ。隣の男の人はかわいそうだって。同族嫌悪かな」。

 ざり、と地面を踏み締めた。熱気がじわりと伝わる。僕は、履いていたサンダルの片方をおもむろに脱ぎ、男の方へ投げた。それは、彼に当たることなく、ぱたりと音を立てて、熱い地面に落ちた。彼はサンダルを一瞥し、まるでそこへ話しかけるように言った。

「でもさ、何もわざわざあんなことをする必要はないのに」



 公共放送の静かなニュースを見ていた。

 たすけてよ! 
 
 隣室からそのような叫びが聞こえてきて、ああ、またかと思った。
 夜の7時前、空はまだ暗くなり切ってはいない。夏至までまだ日数があるのに、日はこれからどこまで伸びるのだろうか。

 同じ階の向かいから、女の叫び声が聞こえることは、よくあることだった。
 今更それを気にすることも、苛立つこともない。またか。そう思うばかりで、隣人のあやうい精神状態に思いを馳せることも、かと言って、自分の生活の邪魔になると管理会社に通報することも僕はしなかった。
 ただ、またか、とばかり思っていた。


 気の狂いかけた隣人は、かねてから度々男を連れ込み、いつも小さくはない声で喘いでいた。
 いつも彼女の性事情はどこまでも筒抜けで、僕はそれに無感動だった。だからといって僕も、最初からこんなだったわけではない。最初はたしかにドギマギした。

 例えば、ゴミ捨ての際に隣の部屋のドアが偶然開き、そこから出てきた女に挨拶をしようとして、思わず相手の薄いTシャツの下に透けるヒラヒラの下着をしっかりと見てからやっと彼女の顔に目をやるくらいだった。

 ある時は帰り道、花だらけのベランダから、洗濯物を取り込む彼女をアパートの下から見て、ショートパンツから見える無防備な太ももやその先にあるあたたかい場所を想像してみたりもしたし、昂る気持ちもあった。

 しかししばらくして気づいたことだが、連れ込まれる男は違っても、肝心の女の喘ぎごえはいつも台本があるかのように同じだった。

 
 隣人の女に、決まった男が出来たのは、どれくらい前のことだったか。
 それは冬の終わりか春の始まりくらいのことだったように思う。もう一年以上も経つのだ。
 その男は、痩せて背が高く、一見爽やかだった。
 そして爽やかは、清潔感のある服を着て、女の部屋に通い、彼女で遊んでいた。

 サディストの気があるようで、彼女の尻を叩いたりする音がした。
 その頃から、向かいからよくちりちりと音がするようになった。ちりちりん、その音は耳についた。

 喘ぎごえに比べれば、聞き落とすような音なのに、僕の耳はそれをよく拾った。

 それが彼女の首元からする音だと知ったのは、彼らが連れ立って出かけ、朝になって帰ってきた時だ。

 僕は偶然を装ってドアを開けた。女は、黒い皮の首輪をつけていた。気まずそうに僕から目を逸らす男、対して、女は堂々としていた。

 挨拶をしたのは、彼女が先だった。いつも通りに僕は挨拶を返したが、よく考えれば、僕は手ぶらだった。どうみたって変なやつだ。
 しかたなく、そのまま、アパートの階段を降り、しばらく辺りをプラプラして、また部屋に戻った。部屋に置きざりにした携帯を持ち上げると、まだ朝七時だと分かった。



 その頃、女はひどく不安定になっていた。
 しかし男がくれば、きゃいきゃいと楽しそうに笑っている女の声がたまに聞こえてくる。
 僕には理解ができないことだったし、その理解のできないことや、女の泣き声やらで僕の睡眠は浅く、断続的で、奇妙な夢ばかり見た。

 顔も知らぬ女の腹を裂いて、ぞろぞろと無数の足を持った虫が生まれる夢、
 玉虫色の身体をした複数の女たちが大音量のラムのラブソングを鳴らして踊り狂う夢、

 夢の中の僕は、どこへ行っても女を見ていた。



 それから、男がひと月ほど来なくなる。それにともなって、女の情緒はより不安定になっていくように思われた。

 しかし彼女は、以前のように他の男を連れ込むわけでもなく、しおらしくしていた。

 一方で、僕の眠りは、すこしも深くならなかった。

 大量の看護師の女に囲まれて、毒にも薬にもならないはずなのに全身に愛撫を受け続ける夢や、
 女性に身体中、内臓までもをまさぐられる夢たち。

 あまりに毎日のことなので、一度、下着を汚した朝もあった。

 いつも夢のなかに、あらゆる女がいた。しかしあらゆる女は、だれも顔を持たなかった。

 それから、向かいの女は、夏至の日に狂った。ぎゃーっと叫んで、何度も、物を割る音がした。他にも何かを壊す音がしばらくつづいた。

       *
 Q.死への希求は伝播するか。
       *

 猫に睨まれている男は、よく見れば片手に花を持っていた。男の持ってきた花は、一般に仏花と呼ばれるようなもので、赤、濃青、白、黄色、といった花が束ねられてフィルムに包まれていた。ドン・キホーテとかかれたテープがフィルムのバーコード上に貼られている。

 男はフィルムをほどかないまま、花をゴミ捨て場に置き、吸っていた煙草を、線香に見立てるように立ててから、こちらを見た。

「こんなのはさ、気持ちだから」

 彼へ投げつけたサンダルをひろいに、けんけんをする僕を尻目に、腰を上げた男は、尻ポケットから取り出したビニール袋へ、仏花とふみつぶした煙草をいっしょくたに入れた。そして口を縛って、ネットの下へ袋を投げ入れた。

 ちりり、という音を、自分の鼓膜が拾ったきがして、僕は反射的に女の部屋のあたりを振り返ったが、これも所詮は睡眠不足による幻聴でしかないはずで、

 あの女の顔を僕は思い出せない。目の前にいるこの男もひょっとしたら、彼女の顔を思い出すことはおろか、覚えたこともないのかもしれないのだから。あの女が死んだのは、果たして夏至の日だったか。

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香木


「森に帰るだけだよ」

 彼は、賑やかなカフェで麗しい愛未に向き合っている。
 コーヒーカップをソーサーに置き、静かにそう言った。

 彼は熊ではない。
 人間で、名は保。木こり、林業従事者だ。
 先祖代々守っている山の中、自分で建てた家に一人暮らしている。

 では「帰る」とはどういう意味か。

 それは、恋人である愛未にもう逢わないということだ。

 別れを切り出したのは愛未だが、愛未のほうがボロボロと涙をこぼし、保は無表情だ。

 ここ渋谷のカフェには、はしゃぐ女子高校生に、熱々カップル……活気のあるムードが漂っており、愛未と保の席だけが、小劇場のステージのようだ。
 演目は『切る』。
 今まさに、スポットライトを浴びた二人の、5年に渡る愛が終わろうとしている。縁が切れようとしているし、彼の仕事は木を切ること。

「愛未、新しい恋人と幸せになって」
 保は膝の上に、軽く握った拳を2つ置き穏やかに言う。

 声にならぬ声で「ごめんなさい」とグチャグチャになったお化粧で愛未が告げる。

「じゃあオレ、行くよ」
 保は席を立った。

 震える肩で泣くと、涙はスカートの上に次々落ちて行く。動けない愛未。

 駆け寄り手を伸ばせば、まだ触れられる距離。

 別れるその瞬間まで愛未は保を愛している。
 でも、二股をかけるなど到底出来っこない愛未だ。

(温かく大きな背中に、最後に一度だけ触れたい)

 願いは叶わぬまま、保が雑踏に消えた。

 

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魔導機巧のマインテナ 短編2:ミシェルの話 置時計の依頼・Ⅶ‐3


 読書室の出入口に防護マスクと手袋を脱いで置いたミシェルは、そのままの足で事務所に近付いていく。
 見ると、窓からは照明器具の灯りが見えたが。しかし、人の気配はほぼ無いように感じられた。
 ノックを数回。

「どうぞ。開いてますよ」

 穏やかな声が、それに応えた。アルノーの声だ。

「失礼します」

 ドアノブを回し、開かれたその向こうへ。
 中は広かったが、部屋の中にはアルノーしかいなかった。

「おや、ミシェルさん。どうかなさいましたか?」

 彼は出入口に立つミシェルを見ると、手元で纏めた紙資料を専用の箱の中に収めていく。

「お仕事中に、すみません。少々お聞きしたいことがありまして」
「別に構いませんよ。何についての話ですか?」
「有難う御座います。話と言うのは、あの置時計に関わる話でして……」

 許可をもらった彼は、先ほど見た景色についての話をアルノーに伝えた。
 活気あふれる過去の町と畑。
 内乱の悲惨な一幕。
 今よりも若いアルノーとオーバンの姿。
 そして、今の町の、くすんだように見えた畑の作物たち。 

「……」

 アルノーは、無言でミシェルの話に耳を傾ける。しかし、その時の表情は穏やかで、優しいものだった。まるでかつての思い出を懐かしむような。

「そう、ですか。あの木が」

 その上で彼は。

「……貴方が、最初の方で見た風景は、この町にあった大木からの景色でしょう。やはり精霊が宿っていましたか。まあ、樹齢で言えば二百数十年以上の記録がある木でしたからね」

 語られた風景の当時を知る人間として、ミシェルの話に対する補足を行った。やはり、どこか昔の、子どもの頃でも懐かしむように。
 ミシェルは、どこか納得した表情で頷く。

「その大樹は、内乱の時に?」
「ええ。今でいう旧体制派が、この町を守っていた魔法使いと戦った際に」
「……」
「実を言うと、その魔法が荒れ狂っていた風景の中には、私も居たんですよ。魔法使いの人達が死力を尽くして守ってくれたお陰で、あれほどの暴威の中にも関わらず軽傷で済みました」
「そうだったんですね……」
「ただ、今のミシェルさんの話を聞いて思ったんですが。あの時、私達が軽傷で済んだのも。町の人々や畑の大半が戦火を免れたのも。もしかしたら、木の精霊が見守ってくれていたからかもしれない、と」
「え?」
「たまにあるではないですか。長い時間を生きた大樹が、まるで土地の守り神のような役割を果たすと言う逸話が。当時、私達を守ってくれた魔法使いの方も言っていたんですよ。“もうダメかと思った時に、何かに支えられた気がした。どう考えても奇跡だった”と」
「その奇跡の正体が、大樹の精霊だった、と?」
「今となっては、どうかは分かりませんけどもね。ですが、そう考えれば色々と腑に落ちるんですよね」
「そう、ですね。確かに、真偽はともかく、事実としてありますからね。そう言う事なのかもしれないですね。ところで、その時の倒木は、今は?」
「あの置時計の背後にある柱。あれがその一つです。倒木を削りだして、複数カ所の建材として再利用していますよ」
「やはり、そうでしたか……。であれば、あの視点があったのも納得です」
「はは、見られていたとは、お恥ずかしい。あの時は確か、本国から農耕地拡大の提案を受けたと言う話をしていたんですよ。しかし、それにしても。最後の話は流石に気になりますね。畑のくすみ、ですか。いつも畑は見回っていましたが、そのような感じは少しも」
「地の力を持つ精霊から見た風景ですから、人の目とは違って見えるのかもしれません。精霊たちは、生命の根源を見るとも言われていますので」
「とすると、色のくすみは生命力の衰えだという事でしょうか?」
「そう、ですね。そうなるでしょう」
「しかし、何故……」
「細かなことは専門外なので分かりませんが。大樹が倒れたこと。その際に町や畑を守ったこと。その後に農耕地が拡大したこと。それらも合わせた、長期の消耗が関係していると考えるのが順当かと思います」
「精霊が、力を使い過ぎたと、そう言う事ですか……」
「……そして。あくまでこれは僕の推測ですが。それゆえに、精霊『ドライアーダ』は、同属固着現象を引き起こしたんだと思われます。『霊核(※コア)』の中には、魔力の塊である魔力結晶が内包されてますから」
「それは、何と言うことだ……」

 沈黙が訪れる。
 何かを抑えるような、押し黙るような沈黙。
 しかし、互いに言葉を交し続けた故の、必然的な沈黙でもあった。

 それから少し時間が経過したかしないか、と言う頃。

「ところで、精霊は助かりそうですか?」

 アルノーは、優しく沈黙を破るように、唐突にそのような事を尋ねた。
 ミシェルは、一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに微笑みに変えて返した。

「先ほど見ていた感じですと、峠は越えたように思います。霊癒香が予想以上に効いたようで」
「そう、ですか……」
「時間はもう少しかかると思いますが、明日の朝くらいには、完全に『霊核』から抜け出ているかと」
「それは良かった。本当に。残念ながら魔法(※マギア)を扱えない私には、精霊の姿は見えませんが……」

 アルノーは、寂しそうではあるものの、穏やかな微笑みをミシェルに向ける。そこには、僅かながらの後悔も混ざっているように彼には思われたが、彼がそれを詮索することはない。アルノーが何を思っていたとしても、その笑みに嘘はないと考えたからである。
 それから二人は、特に取り留めもない雑談を交え始めた。ここまで重苦しい話が続いていたがゆえの、束の間のブレイクタイムだった。
 そうして。

「では、僕はそろそろ置時計の所へと戻りますね。もう少し監視しておかないと行けないので」
「そうですか。無理はされないでくださいね」
「お気遣い、有難う御座います。では、失礼します」

 ミシェルはその場を退出し、置時計の所へと戻っていく。そんな彼の去った後には、優しい木の香りが、薄っすらと残っていた。

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鳥とキツネとアイツ⑥ 新歓の衝撃

 入学式を終えてのキャンパスは騒然としていた。入部希望者を募るためにチラシを持った学生たちがひしめき合って僕たち新入生に襲いかかる。

 そんな人の波にもみくちゃにされながら、僕は目の前に一枚の写真を突き出された。

「はい! 野鳥研です! この写真かわいいですよねシマエナガちゃん! 野鳥研に入るとこんなシマエナガちゃんを撮りに行ける北海道遠征にも行けるんですよ。あ、それとほらこっちはオジロワシ。2枚付けちゃうから野鳥研入っちゃいましょうよ! さあさあさあ遠慮しないで!」

 ふうん、まあまあ良く撮れてるんじゃないかな。あれって冬のだんごになってないと、機敏に動き回るから撮りにくいんだよな。オジロワシは普通かな。

 しかし気になるのは人の波に呑まれそうになりながらも必死で入会を訴える背の低い女性。まあ間違いなく先輩。そして聞き覚えのある声。僕はその写真をしっかり掴んだ。写真がたわんだ。

「えっ? はっ!」

 僕の顔を見てぎょっとした顔になるあいつ。必死になって両手で写真を引っ張って取り戻そうとする。が力の差は歴然だった。

「ぐぬぬぬぬ」

 僕の顔に自然と意地悪な笑みが浮かぶ。

「へー、野鳥研。野鳥、全然興味ないんじゃなかったっけ。どうした風の吹き回しだよ」

「うっうるさいっ、あたしの勝手でしょっ。離せっ、離せったら」

 パッと写真から手を放す僕。あいつは後ろによろめいた。

「それ頂戴」

「は? やだよなんで? 無理。誰が渡すか」

「いいじゃん一枚や二枚くらい」

「やだよこれだって印刷代かかっているのに、誰がタダでやるかってんだ。あんたこそ野鳥研入れよ。まあ、あんたには物足りないかもしれないけどさ」

「確かに映える写真撮りにわざわざ北海道まで遠征するってのは全然僕の趣味じゃないな。まあ頑張れよ」

「えっ、えーっ、あたしだって、先月入ってまだ右も左もわからないのにさあ、おんなじサークル入ったら楽しいと思ってさあ。わざわざ入ってやったんだよー。ねえ頼むよお旦那あ」

 誰が旦那だ。あ、ある意味旦那か。
 でも同じサークルに入りたい、だなんて珍しく可愛いこと言うじゃないか、とは思った。僕の趣味には合わなさそうだけど、どうしようか。少し悩む。
 
 僕らがじゃれ合っていると、一人の男子学生が、僕らの方に向かってやってくる。

「おお、もう新入生GETしたか、偉いぞ姫川」

「はいっ、褒めて下さい真島部長!」

 部長。この人が。短髪イケメンで細マッチョな男だった。僕はアイツがそんな「部長」と気さくに話し合っているのが妙に癪に障った。アイツはすっかりいつものキツネに戻って、自分の本性を押し隠す。

「で、君がその入部希望者?」

「え、え、あの、ぼ、僕は……」

「はいっ! そうなんですっ! ねっ。君、真島部長に挨拶して」

 君ってなんだ。
 いや、入る気なんて全然ないんだけどどうしよう。でもアイツはその気満々だし、と思っていたら、また一人、今度は女子大生がやってきた。

 僕は衝撃を受けた。
 背中までの髪、高身長でスレンダーな体系にスキニーパンツがよく似合う。小柄なアイツとは全然違う。
 表情も穏やかで優しそうで、いつも目じりを釣り上げてぷんすかしているアイツとは月とスッポン。
 いや、スッポンが可哀想だ。
 それくらい違う。仮面をかぶっているアイツと違って、生まれついての淑やかさのようなものを感じる。オーラが出てる。
 僕は呆然となった。

「あ、三原先輩」

「どう? 新入部員見つけられそう?」

「あ、今、彼が入ってくれるとのことで」

「良かった。これからよろしくね」

「え、ああ、はい……」

 僕は赤くなっていたと思う。僕はその「三原先輩」を直視できなくて、耳まで熱くなっていた。

「やっとその気になってくれたのね。はい、じゃあこの入部希望届に記入してね」

キツネの皮をかぶったままのアイツが、バインダーに挟んだ紙とペンを渡してきた。

「……」

 僕は黙ってサークル入部希望シートに必要事項を記載してアイツに渡す。
 アイツはそのバインダーを両手で抱え、真島先輩と目を合わせ「にへへえ」なんて言って笑みを交わしている。正直カチンときた。
 
「うちのサークル、人数は少ないんだけれど、みんないい人たちばかりなの。きっと気に入ると思うわ」

 三原先輩がそういうと僕もなんだか嬉しくなる。

「はいっ、楽しみにしています」

 どこかのぼせ上りながら僕は答えた。

 すると、どこかから圧のようなものを感じた。その方向に目を向けると、アイツがすごい顔で僕の方をにらんでいた。

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鳥とキツネとアイツ⑦ 新入部員

 嵐のような新歓祭りもだいぶ落ち着いてきた頃、ふたりの生徒が僕たちに合流してきた。
 2年の瀬野さんと、3年の浦川さん。

「いやあ、全然空振りっスよ。」「今どきバードウォッチングなんて流行らんもんなあ」
としきりにぼやく。

 でも真島部長は嬉しそうだ。

「だが今年は未来ある1年生を一人獲得したぞ。姫川の手柄だ」

「おお、さすが姫」

「姫様ヤバいっスよ」

 姫と呼ばれたアイツは澄ました顔で「偶然この写真を気に入ってくれた新入生を見つけられて。ほんとに幸運だったの」などといけしゃあしゃあと言う。僕との関係については隠し通すつもりらしい。

「よし、人の波も引いたようだし、一旦サークル室に戻るか」

 真島部長が言った。

「はいっ」

 みんな一斉に答えると歩き出した。

「こっちよ」

 と三原先輩が僕に声をかけるので、僕は後をついていこうとする。
 ところが腕をぎちっとまるで締め付けられるように掴まれる。

「あんた。あとでじっくり話聞かせてもらうからね」

 怖い顔でささやくアイツ。

「姫川先輩そんな怖い顔しちゃだめじゃないですか。美人が台無しですよ」

「コイツ……」

 苦々しい表情のアイツに僕も言ってやった。

「お前だってさっきあの真島部長とやらと随分親しげだったじゃないか。おあいこだ」

「あたしはこれが平常運転なのっ。あんたのとは全然違うんだから」

「そうかいそうかい」

「ふたりとも、置いてっちゃうわよ」

 三原先輩の穏やかで優しい声が聞こえる。

「はいっ」

 僕は誘蛾灯に向かって飛ぶ蛾のように三原先輩のあとを追う。アイツは「チッ」と舌打ちをひとつして僕を恨めしそうな目で睨んで僕のあとを追った。

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黒南風

 その日も、やはり雨が降っていた。
 部屋の片隅に堆く積まれたノートを一冊ずつ開いては閉じる。三冊目のノートを開いたとき、自分がどのノートでも同じ日付のページを開いていることに気がついた。七月頭のその一日は、どのノートを開いて見ても雨が降っていたようだ。五冊目のノート見終わったとき、ここで止めておこうと思った。そもそも人の部屋に勝手に入ったうえに、一番パーソナルな日記を見るなんていうのは、どこか後ろめたい思いがする。
 ここに積まれているのは、すべて僕の叔父の物だ。彼は、もうすでに他界しており、この部屋も主を失ってがらんとしている。母は事あるごとに叔父のことを蔑むような物言いをするけれど、僕は叔父の人生を無駄だったとは思えない。家族には内緒で、最近はこの部屋に頻繁に出入りしている。
 窓の外の空には、重たい雲がかかっている。そろそろ雨が降ってきそうだ。
 周りに散らかしたノートを元々あった通りに山の一部にする。誰もいない部屋に「また来ます」と言ってドアを閉める。階段を降りて玄関に向かうと、祖母が小さい瓶を持っていた。長い白髪を後頭部の低い位置でひとつにまとめている。
「今日はもういいの?」
「うん」
 短い返事をして、家の外に出る。ポーチでいまいちしっくりこないスニーカーを整えた。雲は重たく、雨は今にも降り出しそうな様子だった。早く帰ろう。靴がちゃんと履けると、空気中にあふれる湿気で肌にシャツが張り付いていくのが分かる。叔父の部屋がある祖母の家、つまり母方の実家と自宅は歩いて十五分ほどの距離がある。僕の姉が生まれたときに、母が父を説得して、実家からほど近い場所に一軒家を構えた。幼い頃は叔父にも面倒を見てもらったことがあると母が言っていたが、ぼんやりとした記憶しか残っていない。でも、僕が中学に上がる年に叔父は交通事故でこの世を去った。お別れを惜しむというほど、僕たちは密接に関わっていなかったが、秋の風のようなどこかもの悲しく、満ち足りた叔父の雰囲気が僕にとっては居心地が良く感じていたのは確かだった。お葬式のときも、母はやはり泣かなかった。葬儀の手前、気丈に振る舞っていたのではない。ただ単に叔父のことをなんとも思っていなかったのだとまだ体にとって大きい制服を着た僕は思った。
 叔父にとって、部屋に積まれた日記はどういう存在だったのだろうか。
 家に着く前、ふと思い浮かんだ。鞄を掛けている右肩は、すでにじっとりと汗と湿気で濡れていて気持ち悪い。降りそうで降らない雨を待っていると、叔父の部屋のがらんとした空気を強く思い出した。空模様のように気持ちも、どこかすっきりとしない。
 また次の休日、僕は改めて叔父の部屋へ向かうことにした。今度はちゃんと目的を持って。叔父の部屋は以前来たときと何の変化もなかった。あるのは、持ち主を失って行き場のない叔父のコレクションと少しのホコリぐらいだ。僕は叔父の部屋にある日記を一冊ずつ読むことにした。
 日記には叔父のささいな毎日が綴られていた。飾り気のない、素っ気ない文字は叔父の生前の姿を思わせる。仕事のこと、読んだ本のこと、その日の風のこと……。読んでいると叔父と話しているような感覚に包まれる。なめらかなクリーム色の紙に青と黒の色彩を滑らせるように書いた文字たちを目で追っていると、小さい頃に叔父と手を繋いだときの温度を思い出すようだった。
 日記を大方読んだところで、そのなかに叔父ではないもう一人が頻繁に現れていることに気がつく。かなりの頻度で会って、同じひとときを過ごしているように見えた。それでも、叔父の日記は読めば読むほどに空白や文字を書いたのに塗りつぶしたように見える跡が増えていった。積んである日記をすべて読み終えたところで、部屋にコンコンという音が響く。
「そろそろお茶にしない?」
 軽やかなノックの後に姿を現したのは、祖母だった。小さい背中がより小さく見える。
「うん」
 僕は、読みかけの日記を閉じて祖母と一緒にリビングへと降りた。
 叔父の部屋にいる時には気がつかなかったが、外はじっとりと静かな雨が降っている。机の上には、ティーセットと少しのお菓子がすでに準備してあった。
「ねえ、ばあちゃん。叔父さんの部屋っていつまであのままなの?」
 僕は椅子に座るなり、胸の中に渦巻いていた疑問を祖母へ投げかけた。
「あの部屋ね、いろいろ考えたのよ。片付けてしまおうか、それともそのままにしておこうかって。あいにくこの家に住んでいるのは私だけでしょう、だから部屋を使う人もいないし。それほど急ぎじゃなかったから、しばらくそのままにしておくことにしたのよ。時折ホコリを払ったりなんだりして。あなたのお母さんは早く片付けたらっていつも言うんだけどね」
 祖母は、ティーポットにお湯を注ぎながら言う。蓋をされた透明なポットのなかで、茶葉たちが呼吸をするように上下するのを僕は黙って見つめる。
「叔父さんの日記、読んだよ。小学校上がってから全然叔父さんとは会えなかったけど、叔父さんがそこにいるみたいだった」
「そう」
 カップに紅茶を注ぐ。茶が陶器に当たり、ふわりと華やかな香りが広がる。それから祖母は、スプーンを持ち、小瓶をの蓋を開け、中身をカップの中に落とし入れた。
「全部読んだの?」
「まだ途中。あともうちょっとぐらい」
 祖母は何も言わずに、カップを僕の前に置き、「飲んでて」とだけ言い残してキッチンへ向かった。カトラリーが入っているひきだしをいくつか開けたり閉めたりして、黒いノートを持って戻ってくる。
「紅茶美味しいよ」
「ふふ、ありがとう。マーマレードのジャムを入れてみたの。さっぱりして美味しいでしょう」
 椅子に座ると、祖母は僕と同じように紅茶を飲み「やっぱり美味しい」とはにかんだ。それから、「これはまだだれにも言ってないから、私とあなたの秘密なんだけど」と切り出した。
「あの子が事故に遭って亡くなったというのは、知ってるでしょう。そのときの鞄の中身にこういうのがあって、たぶん日記だと思うんだけど、葬儀が全部終わって、みんながすっかり帰ってしまったあと、私以外誰もいない、からっぽになった家で、読んでしまったのよ。読むのはどうかと思ったんだけれど、なんだかあの子の生きた証をたどりたくて。最後の瞬間までこれを大切そうに抱えていたわ。いつも自分のなかで抱えているものを書き綴ってきたみたい。誰かに言ってしまったらその誰かが傷つくかもしれないから、ひとりでにノートに吐き出す。そうして夜を越えてきたのよ」
 僕は何も言えなかった。これまで読んできた叔父さんの日記にも、叔父さんの弱い部分がたくさん書いてあったからだ。それでも、叔父さんはついに夜を乗り越えられなかった。叔父さんは大きな波にのまれてしまったように、この世から姿を消した。
「その日記に書いてある人と彼、付き合っていたみたいね。お通夜のときにひどく憔悴した人がいたから、もしかしたらって思ったの。遠目から見ているだけだったけど、とてもいい方だったわ。あなたのお母さんはあの子のとは考えが違ったみたいだけど、自分の当たり前が他の人の当たり前ではないことに気がついたあなたの叔父さんは優しいひとだったわね。私もこんなに優しい人の母親でいることが出来て幸せだった」
 祖母は話し終えると満足そうに微笑みながらカップを持ち上げた。少し飲んでから、おかわりを注いだ。また同じようにマーマレードジャムを紅茶に溶かす。
「この話は私とあなたの秘密ね」
 そう言うと、いたずらに笑ってマドレーヌを手に取った。ほどよく冷めた紅茶の入ったカップを両手で包み込むように持ち、次の言葉を手繰る。うまく言葉が出てこないうちに、祖母の食べるマドレーヌが一口、二口と消えていく。
「おばあちゃん、その、叔父さんの日記、もらってもいい?」
 祖母はマドレーヌを食べる手を止め、「いいよ」と言った。限りなく優しい声だった。叔父さんの日記は、叔父さんの分身のように感じられた。
「そうだ」
 マドレーヌを食べ終えた祖母は、唐突に立ち上がる。キッチンではなく、階段を上って、どこかの部屋へ向かう足音がした。叔父さんの日記を読みながら待つ。祖母の言うとおり、叔父さんは優しい人だったのかもしれない。あんまり覚えてはいないけれど、叔父さんが事故に遭ったあの日も雨だったような気がした。しばらくして戻ってきた祖母の手には紙袋が携えられている。
「それは?」
「これは、あの子が使っていた万年筆。もう五年も経つから、書けなくなっているかもしれないけど誰にも使ってもらえないよりは誰かに使ってもらえたほうがこの子もあの子もきっと喜ぶと思うわ」
 手のひらには、黒いキャップ、ボディには青色の縞模様があるペンが乗っていた。祖母の手から受け取ると、見た目に反して軽かった。それでも、つややかで使い込まれた重みがあった。叔父さんはこれで日々の日記をつけていたのだろう。軽く握ったペンの重みが、どこか叔父さんの優しい強さに思えた。
「ありがとう、ばあちゃん」
 祖母はにこやかにうなずく。笑うと目尻のしわがさらに深くなるのを、あたたかい気持ちで見つめた。
 窓の外には、いまも優しい雨が降っている。

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まぶたのうらの星空

ゆるり、蛍光灯。
八等分のホールケーキは長い針。
しんだはな、かれたひと、
あからさまだね、朝
蝶々は秒針。
くるくるひらひら
吸うとしよう酸素、今日も、昼
ひやり、蛍光灯、
ひびわれてささくれ
はやく愛想になれ、夜

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やさしいのはいらないよ

私はよくやさしいねと言われます。

私はやさしくなんかありません。私はそんなに立派な人間じゃないんです。弱いんです。嫌われたくない、期待を失いたくない、仲間はずれにされたくない。弱いからやるしかないんです。弱いから譲るしかないんです。弱いから断れないんです。弱いから作り笑いするしかないんです。自分が何かに対して恐怖を抱く度、私は弱くなり取り囲む者達からはやさしくみえるんだとおもいます。私に恐怖に打ち勝つ強ささえあればいいなと何度も何度も思いました。生き延びるために選択して、偽善でもいいから取り繕って、そんなところをみられてやさしいと言われ、笑顔が作りづらくなりました。削った笑顔が、飲み込んだ感情がお腹の中で渦を巻き私の胃と腸が泣いています。

ほんとうのやさしさの前では、私は何もできません。世の中には安全な場所に立ったままやさしさを振りまける人がいるのです。親切なだけで、無邪気に、他者にやさしいのです。私はそんな方々とは全く違います。不利になると分かってる場所に立たされて、それでも摩擦を最小限にしようとして弱い立場に置かれ続けた結果、私の行動はやさしいという言葉で丸め込まれ、日常と化していくのです。そのときはなんだか自分を抱きしめたくなりました。本当の私を見てくれ、と叫んでいました。

じゃあ本当の私ってなんなんでしょうね。

やさしいと褒めてくるのは私にそれ以外の魅力がないからだと思っていました。でも、やさしいと言ってくれる人々は皆私の心の芯まで見届けていてくれて、私の邪悪ささえも包み込んでくれる人々でした。彼らの言うことならば、好意として受け取っていいのかもしれません。

我慢してきた分を労わりたい。
健やかに生きたい。
嫌な気持ちと距離を置いて、
幸せに囲まれて暮らしたい。
人を傷つけず、素直でいたい。

生き直したい。

私はやさしい自分近付くために、自分のお腹にやさしくするために本当の私に近づこうと思います。

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漢字が空から降ってきた!

云うと言う
伝えると信じる

似た意味を持つ漢字だけど
人と組み合わせれば
伝と信
全く意味が異なってしまう
わけだから
云と言は
本質に違いがあると見て間違いない。


信じる = 人に言う
伝える = 人に云う


言はわたし達が普段使っている漢字で
非常に使い勝手が良く
また、
言の漢字を使う熟語は
数えればきりがないほど多い。
言の字は、他の漢字と組み合わせやすく
飾りやすく、手を加えやすいのだ。
何にでも変化させられる。
特に言葉という技を駆使すれば
世界の全てさえも表現できよう。


一方の云。
熟語が10個も存在しない。
信じられないぐらい少ない。
それはすなわち、
云う対象を飾ることも
組み替えることも
置き換えることも
出来ないぐらい素直な漢字である
と見て間違いない。
また、
云の字には雲の意味もある。
真っ白で人の手では
捕らえることも形作ることも
色を付けることさえ叶わない雲。
雲と同じく素直で
ありのままの姿の云。
おそらく、
云は嘘をつけないのだろう。



飾ることを得意とする、言。
偽ることさえ出来ない、云。

さあ、時間だ。
解体を始めようか。



自分の話を
どうしても人に伝えたいから、云う。
自分の話を
どうしても人に信じさせたいから、言う。
これがわたしの解である。





では。
以上を踏まえて
次の問題を解いてみて欲しい。


問1 次の文章の『いう』を漢字で書こう

 ・あなたは殺人現場を 目の当たりにしたので、当時の状況を警察に いう。



問2 次の文章の『いう』を漢字で書こう

 ・あなたは2年間付き合った 恋人にプロポーズを いう。



問3 次の文章の『いう』を漢字で書こう

 ・あなたは今、世界に向けて自分の 作品の長所を いう。




注1 犯人はあなたとします
注2 人生で4人目の恋人とします
注3 作品は文芸作品とします



解答はコメント欄へ⤴

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犬声丹

ついに犬声丹が完成した。早速自分自身の身体で試験だ。俺は犬声丹を一粒飲み込んだ。顔色を見ようと鏡を覗いた。鏡の中には笑いを堪えきれない自分がいた。苦節二十年。家庭も顧みず、女房子どもには存在を無視され、残業に次ぐ残業、休みの日も図書館で研究、計算を重ねようやく犬声丹が完成した。
犬声丹。犬の声を人間が話しているかのように聞くことが出来る夢の薬。それを俺
が作り上げたんだ。これでライバルのAやB、猛追してくる後輩のCやDにも出世レースに於いては圧倒的な差をつけることが出来る。にやけそうになって仕方がない。薬と言ってもナノマシンと薬を融合した新技術で、脳と耳の神経に影響を与え、犬の声を人間の声に置換してあたかも犬が人語を操っているかのように体感出来る。昔流行った犬や猫の気持ちが分かるという玩具デバイスとは全く違う。
俺はネクタイの位置を直して研究室を出た。今日は早く家に帰ろう。我が家の飼い犬のロビンが何を語るのか楽しみで仕方がない。研究所内の廊下を歩いていると前から後輩Eがやってくる。出来るだけポーカーフェイスですれ違おう。Eが微笑みながら「今日は早いですね。何かいいことでもあったんですか?」なんて言うんだろう。と、思った瞬間、俺は耳を疑った。
『ワン!ウー、わん、わん』
Eは犬のように舌を出して鳴いてた。その直後俺は目も疑った。Eはその場でグルグル回ったあと廊下の壁に放尿したのだ。もちろん片足を上げて。
俺はその場から走り去った。研究所の敷地を出るとタクシーに飛び乗った。ドライバーに行き先を告げると『わん!』と一声、ドアが閉まった。それからは我が家に帰るまでドライバーは何十回も『わん、わん、わん、わん』鳴いていた。降車時、金を払い、お釣りを受け取るの手を出すとお手をしてドライバーは笑った。
我が家のマンションに入る前、マンションの前で2匹の野良犬が、いや、若い男女のカップルがじゃれていた。そのうちその場であられもなく生殖行動を行い始めた。
何か間違ったんだ。犬の言葉を聞けるように犬声丹(マシン)を調整したつもりが、逆に人間が犬の言葉を話すようになってしまっている。それどころか振る舞いまで人が犬になってしまうなんて。
這々の体で俺は我が家のドアを開けた。『キャン、キャン、キャン、キャン!』妻が高い声で鳴いている。娘はボーイフレンドが遊びに来ていて2人で……。
俺は発狂しそうになりながら、最後の救いの愛犬ロビンを見た。ロビンは言った。
〈お疲れ様です〉
そうか、俺は仕事に疲れていたんだ。残業、出世レース、家庭、いろんなモノのストレスやプレッシャーに押しつぶされそうになっていたんだ。
〈ここらで一度ゆっくりしてはいかがですか。わたしはいつもご主人様の癒しであり続けますから〉
ロビンの言葉が染みた。俺は泣けた。そして鳴いた。室内に俺の慣れない遠吠えが響き渡った。

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題を付さない

 死に際、英子おばさんの胸から、レオが出てきたのは必然で、だってこのひと、レオ、レオってレオナルド・ディカプリオに、いのちを賭けてた

           【開幕】

 英子おばさんの胸を破って、無数のレオが現れる、

 ①三等船室でこの上なく楽しくポルカを踊り、

 ②憂鬱の種をめざとく見つけだして、死を迎えるロミオが、

 ③パイロットの制服を着て、離陸の瞬間に肩の高さで両手を伸ばす、

 英子おばさんのひだり手の薬指には、長年つけてきた指環のへこみがあり、最後にこそ、彼女の宝物を、いのちのすべてを、その身体へをつけてやろうと、

 彼女が胸の前で、蝶々結びにしていた両手の指を、わたしが一本ほどくたび、新しいレオがあらわれては、病室を歩き始める、

 ④狭い病室を歩くことに倦んだレオ(のうちひとり)は、
廊下へ出て、患者たちが食事を食べるテーブルまであるき、そこにずらりと並んだ、

 フォーク、フォーク、フォーク  ナイフ、ナイフ、ナイフの群れを見つけると、
小さな声で隣に座った老女へ、どちらから使えばいいの、と尋ねている、
(これはタイタニックのレオ)

  「レオ、戻ってきて、おばさんが死んじゃう!」

 これ以上のレオの流出は、命にかかわるというのに、英子おばさんに、指環をはめてやることへのわたしの執念はとどまることを知らなくて、

 また新たなレオが、

 ⑤昔の恋人を忘れられずに、ずぶ濡れであらわれて、病室をぐっしょりさせた、

   (レオ、レオ、レオ!)

 わたしがあた、ふた、とレオを制しながら、指を解くうちに、
 英子おばさんの胸は、波うち、タイタニックが沈んでいくにふさわしいようなつめたい肌になる、

 わたしにできることは、気を不確かにすることしかなくて、一心不乱に彼女の指をほどき続けているうちに、
     
          【終幕】

     (Leonardo Wilhelm DiCaprio)

 と刻まれた指環が金庫の中で、
唯一の現実として存在している病室は静か、

そのさきの廊下、ビーズの指環をつくり、それを指にはめる老女。

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もう五十一歳ですか。

 もう五十一歳か。
 もう五十一歳ですよ。

 図書室で見つけた分厚いネコの物語をワクワクしながらページをめくっていたあの少年は、四十一年ものはるか時の彼方へ遠ざかってしまったのですよ。ひげよこんにちはどころか、そのひげが白くなって目立たなくなるほどの年月です。びっくり。
 あ、ひげよさらばになってるのかこれ。阿呆な事言って上野先生ごめんなさい。

 普段は月に一回書くか書かないかの詩を投稿するのですが、たまにはこういう雑文でも書いてみようかと思い立った次第。

 もう五十一歳か。
 もう五十一歳ですよ。

 昨年は節目の五十歳という事で何かしら挑戦してみようと、名興文庫さんの『漆黒の幻想小説コンテスト』という千字縛り小説コンテストに挑戦させて頂きました。
 その流れでこのCWSに出会い、忘れてた詩作も再開したりしました。楽しかったですが、やっぱり自作の拙さと小説を書く難しさを痛感しましたね。書いてみてわかる皆さんの凄さ。
 いや、これまで全く書いた事が無いって訳じゃないし、内心自分はそこそこの物書けるんじゃないかっていう根拠のない自信みたいなものが無かったかというと、実はちょっとだけありました。
 でもね、やっぱり皆さんの作品と読み比べてみると、ちょっと嫌な汗が出るというか穴があったら入りたいという気分です。
 まあ良い経験ではあったし、これからも機会があれば書いてみようかなとは思えました。どちらかと言うと読む人で充分だなという再確認にもなりましたけど。

 リアルな出来事で言えば一昨年末に関東へ進出を果たした娘が昨夏に帰省したり、去年高校を卒業した息子が四月からうちの会社でバイトを始め、今も継続して頑張ってくれている事くらいでしょうか。
 親馬鹿ですが緘黙持ちの息子なもので、心配なんですよね。中学校は不登校に終わったけど、高校はサポート校を自ら選んでなんとか通えたので、彼なりに少しずつ成長してるのかな。
 それなりに仕事も覚えてきて、頼もしくもあります。
 対人コミュニケーションはやはり苦手だけど、多少の会話は出来てるみたいだしね。

 焦らない。
 でもいつか、もっと環境を変えた方が良い時が来るだろうな。
 親父の庇護下から飛び出して、自分の道を歩き出す。そんな日が来るのが楽しみなような、怖いような。

 結婚して二十二年目。
 子供たちが小さい頃に妻が大病を患って入退院を繰り返していたので、仕事と育児、病院通いにてんてこ舞いであっという間に駆け抜けたのがようやく、落ち着いてきた感じがします。
 あともう少し、諸々が落ち着いてくればもうちょっと自分にも余裕が出来るかな。

 そうなったらちょっと旅行したり、してみたいな。
 妻と二人でね。
 今までそんな余裕、無かったからね。

 もう五十一歳ですよ。
 あと十年くらいだろうか。

 きっとあっという間だろうね。




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閉鎖病棟というお城

私はお姫様みたいに育てられました。親は可愛い見た目に産んでくれました。ワガママに育ちました。学校では脇役として育ちました。ずっとノートの隅に女の子の落書きをして、友達が増えた気になっていました。リーダー役だなんて程遠く、笑われることもありました。スマホを持っていなかったので、仲間はずれにされました。花いちもんめで私が呼ばれることはありませんでした。
私は今家を離れて閉鎖病棟というお城に住んでいます。病院じゃなくてお城なんです。雪が降っていますが、中は暖かいのです。中には昔おばあちゃん家で飼っていた、死んだはずの柴犬のなつみがいます。私の、唯一の家族でした。私は家庭内で兄に虐められていました。殴られたり、宝物の漫画を踏みつけられたり、暴言を何度も吐かれたり。扇風機で殴られた時は痛かったです。父も母もただの兄弟喧嘩と無視していました。実際は私はやられっぱなしで、やり返したら負けだと思い毎回泣いていました。私は小さくて気が弱いので習い事のスイミングスクールでもいじめられていました。蹴られたり、お腹を殴られたり、とても痛かったです。親に何度も辞めたいと言いましたが、6年生になるまで絶対に辞めさせないと言われ、絶望していました。それでもなつみは私をいちばんに慕ってくれました。そんななつみが今このお城の中にいるのです。うれしいです。今日は母にドッグフードと犬のおもちゃを買ってきてもらう予定です。いいんです。これで。

最近は幻聴がひどいです。男の人が私に対してずっと暴言を吐き、犬がわんわんと吠え、私の叫び声が聞こえます。まるで小学生の頃みたいです。辛いです。兄は手に職をつけ今彼女と幸せに暮らしています。私は大学を辞め城にいます。ここでは私がお姫様です。脇役ではありません。なつみと、幸せに暮らせるのです。誰のことも傷つけずに、幸せになれます。もう小さい頃なんて思い出したくありません。中学生の頃は特に男の子からの悪意が嫌で、死にたい気分が増えていました。でも今は中学生じゃないので幸せです。雪が強くなってきました。吹雪です。寒いので、みなさんあったかくして過ごしてくださいね。

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地球への手紙

水深4000mでは豪雨が
息を求めて走り出す

ミミズの内側から地面へ
土が這い出していく

蜘蛛の巣によって月の光は狩り尽くされ
真っ暗になっても雷鳴すら
木の上に踏みとどまるだろう

苔むした部屋で
カーテン代わりの肺を閉め

耳の蝶番の間によく染みついた
暗闇を綿棒でぬぐいとり

シャボン玉の虹彩を引き抜きながら
それで望遠鏡を作ることができる

あと何年かかるだろう
地球のもとへ辿り着くために

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音のない声

凍った土に
ひとつ ふりつむ
しんしんと
凍えた雪の
落ちる白が
ひとつ
黒い恨みの
華がぽつんと
冷えた大地に
また ひとつ
ぽつぽつと
受け皿 まだら模様
見事に調和する天と地が
あかぎれしそうなほど
鋭利な冷土
ふりつむ
盲目の
孤独な皮膚に刺す

ふりつむ雪が
いっそう しんしんと
真っ白になる故郷
純白の氷結
震える指
唇を探す
まだらな大地に
雪崩のようにふりかかる
真っ黒な口を開けた
裏切りの悲鳴が

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朝陽

母の病室を訪ねた。ベッドの上に起き上がっていた母は、私に気がつくと振り返った。母はきちんと化粧をしていた。髪は余り整えてはいなかったが、母の性格にしてはきれいにしてるほうだった。誰に会うというわけではないのに母の顔は白い。病に取り込まれたくない抵抗からか、わざとらしいぐらいに白粉をはたいている。私は悲しみのような、哀しい気分のような、反対に何故か笑いをこら
えたくなるような。何とも言えない複雑な気持ちに襲われ母の顔を見た。

母とひとしきりよもやま話をした。話の所々、にこっと白い顔で笑う母を見ていると、この先衰弱などすることなく元気に退院出来るのではと思えたが、部屋を訪ねる前に主治医のあまり良くない話を聞いていたので、厳しいと考えざるを得なかった。

また来るねと、母と別れた。また来る。何日後かなんて言えなかった。仕事もかなりハードで、三人の子供を育て、地区の委員会、夫の世話となると母の世話はほとんど出来ない。余裕がないのだ。悔しいけれど仕方がない。母は笑って話を聞いているようだったが、ほとんど理解できていない。笑うの
も可笑しいから笑うのではない。それも分かっていた。

母は私を恨んでいるだろうか。仕事や自分の家庭や周りを優先して、先の見えている自分を疎かにしてないかと。そんなことを考えることすら出来ないはずなのに、考えているように思えた。だから、あの化粧を見ると何に対してにしても母の、それこそ最後の足掻きのようにも思え、お門違いな私への当てつけにも思えるのだった。

数日後、私は母を訪ねた。病室に入るとサクッという音が聞こえた。どうやって手に入れたのか林檎を左手に持ち、右手に先の丸い小さなプラスチック製の果物ナイフを持ち、ナイフで林檎を突き刺す。

サクッ

私は、本当なら危ないと言ってるナイフを取り上げなければいけないんだろうけれど、何故かそうしなかった。母の邪魔をするのが嫌だった。

サクッ

ボロボロになった林檎を見ながら、母は私に言った。
「あんたも大変やねえ。お母さんは一番最後でええからね」

サクッ

私は耳を疑った。自分が欲してる言葉を母が話している幻を見聞きしてるのかと思えた。
サクッと林檎を指すと母は振り返り、私を見て白い顔で笑った。

私は何故か涙を流していた。本当に母の言葉かどうか、もうどうでもいいと思った。

サクッ

「お母さん、今夜ここに泊めて」
病室の窓から夕陽が見えた。この窓からは明日朝陽が見えるんだと思った。私は仕事を休むという連絡を入れ、子供たちにも、夫にも今夜は帰らないと伝えた。この病室に泊まり、母と一緒に朝陽を見ようと思った。

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ぬめる喉、濡れる喉、溺れる喉

ある晩 あなたの喉は生えた 
海の反射光に照らされて
 
喉は 溺れている
みどりでしろい ぬめり 
事後の動詞の背、みえる揺れるうなだれる溶ける

助詞の唾に、卵、のののの、ががが、ででで
喉までうつれ 
母語の実よ 成れ

塩辛い唾を飲み干し
世界に喉の数が一つ増えるとき 
あなたは 署名する

海、と呼んで
はじめてあなたは濡れるのだし
海、と 呼んで 
はじめて喉は開通する

シャウカステンに並べられた
臨月の喃語 定型発達の嘘よ 
身体から去ることなく
やがて海を濃くしてしまうのか

夏に吐瀉し 冬に息をし
いつかあなたのすべての語彙が
海に近づいたら 

かもめも 船守も
みな 溺れてゆく

凡庸なノア、それがあなたの名

崩れる堤防に
打ち寄せる 
みどりでしろい 波

凡庸なノア、あなたすら溺れてしまう?

のののの、ががが、ででで
みえる揺れるうなだれる溶ける
櫂、海抜、樽、洗濯、析出、霧、羽、帆、竜骨
浮輪、舵輪、虚偽、航路、弁解、告白、知人、癌、浜、肋骨、宇宙、左遷、美人、点字、情報、督促、暴君、自転、風、起床、新生

凡庸なノア、ありふれていていじましい、ノア、ノア、ノア
あなたすら溺れてしまう?

あなたの喉は 再び 溺れてしまう?

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雪夜

夜に降る雪のましろのあなたの
声降り積もり見えないあたたかさ
待ち侘びて誰よりも会いたい
最後の列車には誰も乗っていなかった
光の中の結晶は憐れではなく
ただわたしはわたしなのだと思う
弱くていいのだと思う
今は明日のことは考えられないけど
身についた雪をふるって歩く
歩き始める夜があるのだ
夜に降る雪のましろは暗闇の
遠く仄かな明かりに消え
わたしはわたしなのだと歩く
歩き始める夜

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ちょっとの隙間と

お正月も 終わり
成人の日も 終わり

慌ただしかった 新年も
ニュースは まあね いろいろあるけど

それでもちょっと 落ち着いて
お仕事も 回り始めた月半ば

お正月におろした 新しいもの
たんすなかの あいた場所

今週末は
二つ買って

その程度の楽しみで
後三日がんばるよ。

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