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2021/01/01 12:00:00

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投稿作品一覧

きもちよかろうな

駐輪場に
倒れた
かもめよ

夜の波止場の
生きた血を
ひとりぢめ

窓に映る手形を
胃に
放り込んだら

きもちよかろうな

かりゅうど
あなたの
苦しみを
粉々に
炙ったのなら

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幸い中の不幸


辛い
苦しい

誰か 誰か 助けてよ
誰も 誰も 助けられない

もう 呼吸が難しくて息苦しい
もう 動けなくなってしまった

もー 立っていられない
もー 横になるしかない

モー 意識が遠のいていく
モー 私は駄目かも知れない

モーモー モーモー
牛になる

お腹一杯 食べ過ぎた

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どこかの星で

遠い異国の地には、
憧れがある。

行ってみると、
暑さにふらふらになり、
もう二度と行かないと思う。

終わった恋も、
そんなものなのだろうか。

今日も、別れたひとと
会うのだけれど。

相も変わらず、
わがままで賢い人だ。
あいそが良いが、
文句が多い。

呆れかえれば、
人間関係は
少し面白くなる。

頼むよ、
はいよ。
どうもありがとう。
どういたしまして、
おきをつけて。

ギブアンドテイクではなくて、
ただのスルースルーだ。

気づけば私は、
どこかの星についたようだ。

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 3

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君の涙

 君の涙が
 一粒の雨となる

 やがてくる夏に
 雨を降らせよう
 折り畳まれてゆく雨粒が
 僕の口へと入る頃

 喉元を通り過ぎる時
 僕の胸が苦しくなる
 心を口から吐き出そうとしたが
 日々の忙しさの余り辞めた

 僕を哀しませないでおくれ
 君の涙を飲み込む前に

 君の涙が
 一粒の雨となる

 僕が老いてゆく前に
 どうか 君よ
 雨に溶けてほしいから

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 3

光の輪郭

この、滑らかに白くぼんやりと光る
柔らかい肌も

軽やかに放り出され
ベッドに重さを落としている四肢も

ほんのりと赤みを帯びている
手の関節や頬
薄くゆるやかな腹も

すべて美しくて、白く、透明で、純朴なもののように私には見える


その柔らかな稜線と、光線の交錯を

コトと音を立てて崩れていくようなその影を、
光を受けるベッドのシーツを、

溜まっていくその光のなかを、
白く光る埃のあいだを、

そんな風に、言葉で輪郭をなぞって

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 3

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# じんたま 16 The Silver Bullet and the Incomplete Domain Expansion

土曜日の雑談回を聴き終え、その後、日曜日のクヮン・アイ・ユウさんのツイキャスを追いかけている。
土曜日の配信『#じんたま』は、どこか異様な緊張感に包まれていた。同接は10名を超え、暗がりに潜む「ROM勢」の気配が濃い。初見さんもいたのだろうか。私はといえば、脳内で密接に絡み合う「三浦×花緒」「花緒×ビーレビ8期」「#じんたま×CWS」という複雑怪奇な相関図を前に、知恵の輪を解くような思いで聴き入っていた。
ユウさんやつつみさんは「最近の三浦果実はおかしい」と口を揃える。確かに、今の三浦氏はいつもと違う。現在聴いているユウさんのキャス後半、ついに花緒氏が登場した。彼は彼で「とりあえず一回、腹を割って話そうや」という構えを見せている。
……しかし、肝心の三浦果実がそこに居ない。
(なんなん?)
画面越しの全員の頭上に、巨大なクエスチョンマークが浮かぶ。三浦氏不在のまま、配信は続く。これはいつもの「悪い癖」なのか、それとも高度な計算なのか。
ソフトウェア工学の古典的な命題に、「なぜ、銀の弾丸(万能な解決策)は作れないのか?」というものがある。高級言語やAIが進化しても、「複雑な概念を論理的に整理する」という本質的な作業はゼロにならない。AIに指示を出すにしても、「何を解決したいのか」を正確に定義し、矛盾がないか確認するのは依然として人間の仕事だからだ。つまり、「書く手間(偶有)」は減らせても、「考える手間(本質)」は減らせない。
これを『#じんたま』やB-REVIEWに当てはめてみると、ある仮説が浮かび上がる。歴代の運営も、結成メンバーも、実は「自分たちが本当は何をやりたいのか」という本質(コア)を、誰一人として真には理解していなかったのではないか。
いや、やりたいことは分かっているのだ。例えば「美味しいポテチを食べたい」ということは。しかし、そのためにジャガイモをどこから仕入れ、どのくらいの温度で揚げ、誰が皿を洗うのかという「付随するコスト」の計算が、全員バラバラだった。進んでいるつもりが、実は全力で足踏みをしていたり、あるいは「未来へ向かっている」と言いながらバックギアに入っていたりする。そんな信じられない怪現象が、何年も続いてきたのではないだろうか。
この凄惨な経験を経て、三浦氏も花緒氏も、ある種の悟りに至ったように見える。「結局、大事なコアの部分は、個人で判断するしかない」と。
今、私には不穏な雲行きが見える。これ、近いうちに「三人同時に領域展開」するんとちゃうんか?
三浦氏はわざわざCWSに現れては花緒氏のレスを華麗にスルーし、放送には出たり出なかったりと「情緒不安定なヒロイン」のようなムーブをかましている。土曜日の配信にいたっては、随分と突飛な「やらかし」を画策していた。これは何かを「掴んで」いる。システムとして構築はできていないが、観念としては完全に「ある」状態だ。
私自身にも、なんとなくその予感はある。「コレをこうして、ああすれば、こうなるよね」という、パズルがハマる直前のクリック感。花緒氏にも何かあるように見える。特にCWSの新機能追加を控えた今、彼が静かに牙を研いでいるのは間違いない。
目的地への道は複数ある。それぞれが偶然にも違うルートを選び、崖を登り、川を泳ぎ、なぜか同じ頂上に辿り着こうとしている。三浦氏の個人キャスの頻度が「異常」であることは、周囲も既に察している。あれは完全に、何かが爆発する前の「前触れ」だ。
まぁ、私の杞憂に終わればそれでいい。ただ、もし「万一」が起きるなら、それは最高に面白い方向であってほしいと願っている。

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 2

死のっか

おはようございます。死のうと思います。遺書みたいなものなのでしょうか。生きていく気力がないのです。生きる理由もないのです。

私が死んだらみんな悲しんでくれるのでしょうか。
死んだら今までしてきたことを後悔してくれるのでしょうか。
死んだら今までどれだけ苦しかったか、理解してくれるのでしょうか。

もう何もかも終わりにしたいんです。自分が嫌い。
すみません、私は先に行きます。生きていたいと思う人だけが生きていればよいのではないでしょうか。無理して生きて、傷付いてその度自分の体を傷つけるくらいなら死んだ方が楽園に行けると思うのです。

ああ死にたい。死にたくて堪らない。
ありがとうございました。

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所与性一行

それで、八十年前のケンポーに誰が合意したって?

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げばば ぼぼぼ列伝 ~ #2 田伏正雄のMasao Tabuse

私は小説を書き、文芸投稿サイトに投稿している。長年書いていると、読者からの評価は不要になってくる。自作がどういった水準でどういう性質のものか、誰に聞かずとも了解できてしまうからだ。それでも文芸投稿サイトに投稿するのは、誰かがそこにいないと書けない性格だからかもしれない。誰かがそこにいる、という事実だけが必要で、誰かが何を思い、その誰かとどう言葉を交わすかは関係がないのだ。


配信を始めたのは、文芸投稿サイトのコミュニティが荒れ始めた時期だった。誹謗中傷と非難の応酬の渦中で、私はライフワークにしていた掌握小説が書けなくなっていた。書けなくなったので、とりあえず配信を始めた。テーマは「文芸投稿サイトの迷惑者たちについて」。迷惑者は荒らしとは違う。荒らしは場を壊すことを目的としている。迷惑者は場を壊そうとはしていないが、コミュニケーションが噛み合わず、結果的に場に損害を与える類の人間だ。実のところ、私はそういう人間が嫌いではない。


三週目から人が集まり始めた。私は対話企画をやることにした。テーマは「なぜ文芸投稿サイトでは揉め事が起きるのか」だった。
配信を始めると、テーマのせいか、迷惑者たちのコメントが溢れた。しかしバラバラだった。あのサイトの運営者は人格に欠損がある。あの投稿者が最初に粗相をやらかした。文芸に品格を求めること自体がおかしい。品格のない場に文学はない。全員が他者を非難している体で自分の話をしていた。全員が相手の話を聞いていなかった。まず一人ずつ話しましょう、と言った。誰も聞かなかった。少し落ち着いてください、と言った。全員が、いや落ち着いていますよ、と答えた。そこだけは一致していた。



六週目の夜、私は途方に暮れた。誰かがそこにいれば書けると思っていた。しかし対話をする気のない人たちの気まぐれな発言に囲まれてしまっては、書けなくなるのだと知った。
その夜、「田伏正雄のMASAO TABUSE」という配信のことを思い出した。文芸界隈の迷惑者に人気のツイキャスだと聞いたことがあった。出禁を食らった者、行き場をなくした者たちが集まっているらしかった。私は馬鹿にしていた。しかし六週間失敗し続けた夜に、探して再生することにした。


田伏正雄という人物が、迷惑者を一人ずつ呼び出し、やったことを確認し、ただ一つの問いを投げていた。悔い改めますか。それだけだった。呼ばれた者たちは自分を正当化し、田伏はただByeと言って次に進んだ。怒らなかった。説教もなかった。ただ問いを投げ、回答を無視し、次に進んだ。それは対話と言えるような代物ではなかった。しかし何かが機能している気配があった。


私は田伏にDMを送った。「対話しようとしない理由は何ですか」。
田伏から間髪置かずに返信が来た。「げばばとぼぼぼです」。意味がわからなかった。


翌週の配信を始めると、コメント欄に見慣れない文字が現れた。「げばば」。配信が始まると匿名のアカウントが「げばば」と書いてよこしてくる。私が小説の一節を読み上げると「げばば」。今日は調子が悪いと言うと「げばば」。配信を終了しようとすると「げばば」。わたしはこのアカウントを「げばば」と名付けた。
「げばばとはどういう意味ですか」と一度だけ聞いた。げばばは、「げばばです」と答えた。厳密には回答は成立しているのかもしれないが、これ以上言葉を交わす意味はない。それ以来、げばばに話しかけるのはやめた。


翌週、ぼぼぼが来た。コメント欄に「ぼぼぼ」とだけ書く存在だった。げばばが「げばば」と書くタイミングで、ぼぼぼは「ぼぼぼ」と書いた。コメント欄は「げばばぼぼぼ」になった。私はそれを眺めながら小説を書いた。げばば、と書いてみると、その言葉が核になって不思議と書けた。


その後、ぴぴぴが来た。むむむが来た。でろでろが来た。がぼがぼが来た。コメント欄は音で溢れた。誰も言葉を書かなかった。私だけが言葉を話した。
あるとき、黙ってみた。三分間、沈黙した。コメント欄は止まらなかった。げばば、ぼぼぼ、ぴぴぴ、むむむ。彼らは私の言葉に反応しているのではなく、私がそこにいることそのものに反応していたのかもしれない。ぼぼぼ、と書き進めてみたら、私は小説の続きを書くことができた。私に必要なのは、意味の交換ではなくて音の連なりだったのかもしれない。


私は掌握小説を完成させ、久しぶりに文芸投稿サイトに投稿した。賞賛の言葉か、あるいは、げばば、や、ぼぼぼ、といったコメントを内心期待してはいた。しかし、誰もコメントをよこさず、一定期間、無視されたのち、田伏正雄がコメントを付けた。
「まったく書けていない。あなたは自分の書いているものの水準と性質を理解していない」

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少女は死ななかった

私たちはもちろん恋人どうしじゃなく
街娼と金を払わず逃げる客でもなく
たぶん同じ事故の目撃者だった
きれいなものはみんな死に近すぎるね
人間の内部にはいつも薄暗い水路があって
そこへ落ちた声だけが本音だと
言えなかったのをひどく悔やんでる
あなたのアナベル・リーではないのも
私自身の罪だと思うんでしょう?
先生のばか くそじじい 相対的ロリコン
食べたらウンコを出すくせに
やさしくしないでほしかった
ぬいぐるみしか愛せない私を
祈りの手つきで撫でたこと
あの瞬間 自分がとほうもなく神様だったと
毎晩寝る前にフラッシュバックしてくれる?

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#じんたま 12 The Cinders of Regolith

先日、初めてツイキャスで配信をしてみた。
何をすればいいのか分からず、数曲歌を歌った後、私は「#じんたま」について語り始めた。CWSに投稿している掌編としての「#じんたま」と、配信プロジェクトとしての「#じんたま」がどのような関係にあるのか。YouTube配信で知られるヒカル氏の在り方を引き合いに出しながら、三十分ほど言葉を紡いだ。
もし、このプロジェクトに関わっていなければ、決して起こさなかった行動だ。文学極道のことにしても、話すつもりはなかった。だが、何かの弾みで、カスケード(連鎖)が起きたのだ。
今、私は旅行中にこの文章を書いている。
昼食の予約を待つ間、周囲は多国籍な客たちで溢れかえっている。予約は並んだ順。色とりどりの言語が飛び交う、まさに人種の坩堝(るつぼ)だ。
ふと思う。クヮン・アイ・ユウ氏や三浦氏、つつみ氏に、私の存在が良い影響を与えているのなら嬉しい。だが同時に、私の書く掌編が、彼らに焦りや戸惑いを生んではいないだろうか。
夜二十時。旅先の不安定な電波を掴みながら、ツイキャスで「#じんたま」の雑談回を聴き始めた。四時間を超える放送は、空を掴むような、それでいて震えるほど濃密な内容だった。
掌編を書くことが私自身の扉を開く契機であったように、その放送もまた、誰かの運命が動き出す兆しのように感じられた。
問題は先送りにされていたわけではない。ただ、息を潜めてその瞬間を待っていたのだ。
テーマは「ルールに頼らず、コミュニティ内で迷惑行為を行う者をも排除せずに共存することは可能なのか」。
その問いを反芻しながら、私はかつて文極のフォーラムで、初代天才詩人・コントラ氏と交わした長いスレッドを思い出していた。
私は進行役として、文学の芸術性を語り尽くした。だが、コントラ氏は最後に、文極とは別のプラットフォーム構築を宣言した。
当時、私はその試みに賛同できなかった。
運営と衝突し、アクセス制限を受けながらも、わざわざ自宅から離れた場所から文極へアクセスし続けていたコントラ氏。運営時代の管理パスワードを用いた掲示板操作や、海外拠点ゆえの法的な危うさ。混沌とする文極の中で、私は後の「四代目代表」を巡る運営との数ヶ月に及ぶ泥沼のやり取りへと引きずり込まれていく。
コントラ氏が中心で立ち上げた新たな場所が「B-REVIEW」だと知ったのは、随分後のことだ。文極で子供扱いされていた赤青黄氏が、百均という名で幹部のように崇められているのを知った時の驚きは覚えている。
誰も真面目に相手にしていなかった子が、新たな地で重要な役割を成している。そこには、言葉にできない感慨があった。
考えてみれば、私は文極において間違いなく「迷惑おじさん」だった。
自分なりに真摯に文学と向き合っていたが、端から見ればただの「荒らし」に映っただろう。作品を投稿せず、苛烈な批評ばかりを繰り返す。あの山田太郎氏でさえ作品を投稿していたのだから、私は「荒らし以下」と認識されていたかもしれない。
「何のためにそんなことをしているのか?」
理解される必要はないと思っていた。批判はすれど、自分なりの一線を守ってきたつもりだ。
迷惑おじさんと呼ばれても仕方がない。だが、自分を恥じるつもりはない。それが私の精一杯の、文学への向き合い方だったのだから。
「#じんたま」の放送でも、それぞれの正義が交錯していた。
錯綜する認識の森の中で、私は陰に潜みながら耳を澄ませていた。その音色は、私には心地よく響いた。
私も、迷惑おじさんだから。
だからこそ、この場が私を受け入れてくれている。
その優しさに対して、私にできることは何か。
旅先の坩堝の中で、私はずっと、それだけを考えていた。

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青の純真

あれだけは 
ぜーったいにやらない!やりたくない!
絶対にやらないから!
それだけは断固として決めている

なのに、赤がどんどん迫ってくる

それは簡単とは言いたくないし、困難とも言いたくない

すると 青が現れて、
何がそんなに嫌なんですか?と聞いてくる
無秩序なルールに支配されるのが嫌なんだと答える

簡単なことだから…
時間もかからないし…
受け入れて赤と離れましょう

青の静かな声に導かれ…
気付けば私は、夕暮れの美しい湖面の前に立っていた

青は湖のほとりに膝をつき、水面に指を入れた
そして、その指先で水面を優しくかき混ぜた

これで終わりです
へぇーそうなんだぁ…

不思議なことに、わたしは全く腹が立たなかった
むしろ興味深く楽しかった

そこには素直なわたしがいた
幼い頃のわたしが…

なぜなぜ固い鎧が溶けたのだろう

誰か教えて

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Komm, süsser Tod requiem for SEKAI(超訳版「甘き死よ、きたれ」:セカイ系の終焉が訪れるときにいつかまた)

わかっていたろう、僕よ
皆を失望させてしまったことぐらい
自分だけを至尊の座において
セカイを変えて救うなんて
ただのおもちゃ遊びじゃないか

今までの苦痛も全ての瞬間においても
誰かがいてくれたから
僕はずっと立っていられたのに
どうして他人を忘れてしまったんだ

だから、どうか、終われ
セカイ、セカイ、セカイ
セカイよ、終われ、そう祈ることしかできなくなった

過去がどうであれ、幸せだったことが今は皮肉だ
もう何も愛してやるものか


セカイを終わらせよう


時を戻そう、はじまりにまで
僕の罪がはじまる前に
あの人が愛した人々を
駒に変えてしまうまえに

過去は延々と僕の苛みを加速させた
お前だって愛と誇りを離しやしないじゃないか
僕もお前も同じなんだ
ヒーローごっこの時間は終わりなんだ


セカイはもうなくなった
特別な力を持った自己はないし
社会との間には大きく複雑な作用が戻って
だからまた一歩一歩進めていくだけに戻れる

セカイを無に帰そう

僕は一ミリしか動かせない
君も一ミリしか動かせない

でも、それでいいじゃないか


心の底から思うよ、僕は知っている
僕はもうセカイを愛せやしない

僕は失ってしまおう、捨てちまえ
あのセカイも、セカイにとって意味があったものも


時間がどうか戻ってきて欲しい
僕が僕だけのセカイに籠る前に
人々との協調で世界が動いていたときに

過去は忘れずとも背負うし
愛と尊厳とを皆が皆に向け合うために
セカイを殺して世界を作っていきたい


世界に帰ろう
セカイをただ

崩していくんだ
崩していくんだ
崩していくんだ


世界の中で
僕はようやく青い空に戻った
自我の殻なき空に
あなたたちのための世界に

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ZERO

コカ・コーラの
赤いトラックに
蛇口がついていた

入道雲が立ち上り
好きなだけ飲めよと
言い放った

ロゴは白かった

喉が渇いているのに
蛇口には近づけなかった

仕事中に飲むコーラは
背徳感に満ちている

それを打ち消すために
黒いロゴを選ぶ

ひと口目だけの愉楽

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牛が雪崩込んでくる

牛が雪崩れ込んでくる。

新しいおが屑の上に、麦わらを敷き詰め、牛を入れる。
飛び跳ね、テンションを上げつつ牛が雪崩れ込んでくる。
顔を麦わらに擦りつけ、飛び跳ね、走り回り。
せっかくの麦わらを、咀嚼して反芻する。

牛が雪崩れ込む。
産道よりこの世に粘膜まみれで。
子牛は歓声を上げて、親牛でも顔を振り上げつつ走りだす。

牛の肉が、名前も顔もなく冷蔵庫より雪崩れ込んできた。
焼かれ煮られ、人の口へ入っていく。
これが牛の命の完成だ。
そうだとしても。
牛たちが雪崩れ込んで走って来る。
息を、声を、体を弾ませて。
数百キロの体重は唸りを上げる。
明日も昨日も、一瞬前も一瞬後すらもなく、牛の命は灼熱する。

生は、死は。
極端だ。
絶望も希望も、善も悪も。
境界を突破して牛は雪崩れ込む。
わずか一時、一刹那。
呼吸ができた。牛たちはこの一息の中に命を爆発させる。

数億年後に、地球上からすべての命は消えるという。
それでも命は燃え上る。
ほんのわずかな時間の中で。
絶対的に。

陽だまり色の麦わらの中、牛たちは眠りついている。
みんなくっつきあって、夢の中に雪崩れ込む。

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葉隠

草の汁で書く時候の挨拶が
脈絡のない光の渦へ吸い込まれていく
三十年前に貰った、さして親しくもない人の
暑中見舞いに汗塗れで返信する

 小林さん、巨象の皮膚の裂け目から
 夜明けのような腐臭がします
 滴ってくるのは呪言の粒です
 この世の夏に雨も洪水もありません

わたくしがわたくしにしがみつくための
どの指先にも
もう一枚の爪も残っていない
血もインクも滑る間違いなく滑る
三十年間を一瞬で滑落し
その先で
夏に繋がる骨を
全骨折するのでした

あはれ

乾いた骸に
臭うほどの現実は残るか否か

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点検日


機械が描いた絵の中で
今日も彷徨うヒトがいた

正確には彷徨いの擬態
絵を描くアームは茜色

明日には昨日になる空に
まだらな鳩が飛ぶ

空はまあるく切り取られ
ゆっくりと
でも
しっかりと
左に廻
  転して
    い
    る

機械はコバンザメとなり
絵の中のヒトは
       石
    になる

巣に戻った アノ 鳩が
廻転

始めていた

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 4

 2

ババロアとムース

兄「ババロアが入ってないやん!」
兄はまるで殺人事件が起こったかのように大袈裟に騒ぎ立てた。

母「なあに?大きな声を出して」
買い物から帰ってきて着替えを済ませたばかりの母が、驚いた顔でパタパタと駆け寄ってきた。

兄「ババロアが、ない」
母「あるじゃない。はい、どうぞ♪」
兄「これ、ムースじゃん……。俺が頼んだのは、ババロア」
母「あら、似たようなものじゃない」
兄「違うよ!全然違うよ!」
私「お兄ちゃん、ムースいらないの?それなら私食べるよ」
兄「いや、食うよ。食べます」
母「あなたの分もあるから仲良く食べなさい♪」
私「わぁい、私ムース大好き!」
私たちは仲良くムースを食べた。

私「お兄ちゃん!ムース美味しいね」
兄「おぅ。俺だってムースは嫌いじゃない」
兄は美味しそうにムースを平らげていた。
母は私たちをニコニコしながら見ていた。

数時間後、兄は「ちょっと出掛けてくる」と急に言い出して、どこかに行ってしまった。

兄「ただいま」
母「お帰りなさい♪」
私「お帰り~。あっ、その袋、エトワールのスイーツ買ってきたの?」
兄「まあな。お前も来いよ」

私「あっ、ババロアだぁ。綺麗だねえ」
母「とってもカワイイわ」
兄が買ってきたものはババロアだった。
今大人気の高級スイーツ店のものだ。しかも家族全員分ある。
父「おっ、何だそれ。美味そうだな」
私たちが騒いでいるのを聞きつけて、仕事から帰ってきたばかりの父が着替えながら様子を見に来た。

夕飯のデザートに家族みんなでババロアを食べた。

* * *

しばらく経ったある日。

母「これからピヨピヨ・マートに買い物行くけど、何か食べたいもの、ある?」
私「アイス食べたい!」
兄「俺、ババロア。ババロア買ってきて」
母「わかったわ♪」

母、帰宅。

兄「ムースじゃん……(呆れ)」
母「あらぁ?やだぁ、間違えちゃった(てへぺろ)」

私「お兄ちゃん、ムースいらないの?それなら私食べるよ」
兄「いや、食うよ。食べます」
母「あなたの分もあるから仲良く食べなさい♪」
私「わぁい、私ムース大好き!」
私たちは仲良くムースを食べた。

私「お兄ちゃん!ムース美味しいね」
兄「おぅ。俺だってムースは嫌いじゃない」
兄は美味しそうにムースを平らげていた。
母は何故か私にウィンクしてきた。なんだろう急に。

しばらくして、兄は「ちょっと出掛けてくる」と、外に出ていった。

兄「ただいま」
母「お帰りなさい♪」
私「お帰り~。あっ、その袋、エトワールのスイーツ買ってきたの?」
兄「まあな。お前も来いよ」

私「あっ、ババロアだぁ。しかも新作!?」
母「とってもカワイイわ」
兄が買ってきたものはババロアだった。
今大人気の高級スイーツ店のものだ。しかも家族全員分ある。
父「おっ、何だそれ。美味そうだな」
私たちが騒いでいるのを聞きつけて、仕事から帰ってきたばかりの父が着替えながら様子を見に来た。

夕飯のデザートに家族みんなでババロアを食べた。

* * *

しばらく経ったある日。

母「これからピヨピヨ・マートに買い物行くけど、何か食べたいもの、ある?」
私「私、チョコチップクッキー食べたい!」
兄「俺、ババロア。絶対ババロアな。間違えんなよ」
母「もちろんよ、任せて♪」

母、帰宅。

兄「なんだよ、またムースじゃん(笑い)。母さんはホントしょうがないな」
母「あら、ごめんなさい♪私ったらうっかりさんね♪」

私「お兄ちゃん、ムースいらないの?それなら私食べるよ」
兄「いや、食うよ。食べます」
母「あなたの分もあるから仲良く食べなさい♪」
私「わぁい、私ムース大好き!」
私たちは仲良くムースを食べた。

私「お兄ちゃん!ムース美味しいね」
兄「おぅ。俺だってムースは嫌いじゃない」
兄は美味しそうにムースを平らげていた。
母はニコニコと兄を見ている。

ムースを食べ終わると、兄は「ちょっと出掛けてくる」と言うと、すぐに出掛けた。

兄「ただいま」
母「お帰りなさい♪」
私「お帰り~。あっ、その袋、エトワールのスイーツ買ってきたの?」
兄「まあな。お前も来いよ」

私「あっ、ババロアだぁ。しかも並ばないと買えないやつ!」
母「とってもカワイイわ」
兄が買ってきたものはババロアだった。
今大人気の高級スイーツ店のものだ。しかも家族全員分ある。
父「おっ、何だそれ。美味そうだな」
私たちが騒いでいるのを聞きつけて、仕事から帰ってきたばかりの父が着替えながら様子を見に来た。

夕飯のデザートに家族みんなでババロアを食べた。

(おしまい)

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 2

 4

六個

きちんと

鶏が
落とした

錠剤

箱に
いれて
並べた

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 5

 10

(ネバー)エンディング

白々しい あさが来た

昨夜、
わたしとあなたの凍結胚は
しずかに 水辺になりました

暗がりの先で《モシモ》が叫ぶ

甘く凍えた《モシモ》の声
波音が背骨に沁みわたる

かじかむままに 生きるのか?

なにはともあれ、たまごだよ

遠くの窓に 灯りがひとつ
おまえのための ケトルを撫でる
冷蔵庫には ゼリーがあった

なにはともあれ、たまごだよ

消せない日々を 抱きしめて
寄せる《モシモ》は 揺籃へ
白ときいろに 敬礼を

なにはともあれ、たまごだよ


ゆでた たまごを食べるのだ。

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 3

 1

3分の調整 ― オフィスの遥

 午前十時四十分。
会議室の空気は、少しだけ乾いていた。

 プロジェクターの光が壁に当たり、資料のグラフが淡く揺れている。
 誰かの言葉は形のまま、一定の速さで流れてい く。

 遥は椅子に浅く腰掛け、背筋を保っていた。手元のペンは、持っているだけで動いていない。

 最初のズレは、喉だった。
乾いている、というほどではない。
ただ飲み込む動作が、呼吸と嚥下のあいだで、わずかに噛み合わない。

 ――あ。

 気づいたときには、もうずれている。
 なにかの流れが、どこかで止まる。
 無理に開こうとすると、不自然になる。

外では、誰かが頷き、誰かがメモを取り、すべてが円滑に進んでいる。遥の中だけが、ほんの少しだけ、ずれている。

 水位が、低い。
それは、言葉にしても変わらない感覚だ。

外の流れは一定の速さで続き、内側の流れは、ほんのわずかに遅れている。

 遥は、合わせるのをやめた。
ペンをそっと置く。
視線は前を向いたまま、動かさない。

 吸う。
 止めずに、そのまま落とす。

 空気が、喉から胸へ、さらにその下へと沈んでいく。
腹の奥、名前のないあたりに、わずかに重さが集まる。

 もう一度。

 吸う。

 今度は、少し遅く。
 やはり止めずに、落とす。

そのとき気づく。

足の裏が床に触れている。
硬さ、温度、逃げない感触。
そこへ、呼吸を預ける。

外の声は、相変わらず続いている。
グラフも、資料も、淡々と流れてゆく。

 遥は、内側の流れに指を浸すようにして、遅れていた線を、そのままの形で受け取る。

 ――これでいい。

 体が、先に知る。
 流れが、追いつく。

遥は、そこで初めてペンを持ち直した。

ひとつ、短いメモを書く。
意味のある言葉ではない。
ただ、今の位置を残すための印。

会議は、そのまま続いていく。
遥も、その中にいる。

外側の流れは、変わらない。
そして同時に、内側の水路も、変わらず流れている。

二つは重ならないが、ぶつかりもしない。

会議室を出ると、廊下の空気が少しだけ湿っていた。

遥は足を止めずに、ひとつ息を吸う。
胸の奥で、水面が静かに揺れ、すぐに戻る。

 「ん、――大丈夫」

声には出さず、そう思う。
誰にも見えない場所で、
流れは確かに続いていた。

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 5

 8

雨の風景

 世長黒美(せなが くろみ)は、雨の中の風景をじっと見ていた。そこを通りがかった一人の少女・黒爪麻友(くろつめ まゆ)が声をかける。
「何してるの?」
 黒美は、ストレートの、緑色のスカート、リボンのついた、かわいらしい洋服を着ていた。やがて来る五月の夏さえ知らずに。
「お姉さん、私、これから、絵画教室に行くの」
 とつぶやく。
「そうなんだ。一緒に行く?」
「でも、もう行くの嫌なんだ」
「なんで?」
「雨が好きなの」
 九歳の子供にしては、妙に大人びた口調で話しかけて来る。よく見ると、首に傷がある。不思議そうに見つめる麻友、思わず話しかけてみる。
「え、これ」
 黒美によると、絵画教室の先生が厳しいらしく、手を出してきたらしい。
「お姉さんとさ、お茶しない?」
「うん」
 近くにあるカフェで一休みする二人。黒美は、イチゴパフェを頼んだ。むしゃりとほおばる姿に、麻友は妹のように感じた。黒美は、一枚の絵を見せた。それは、雨傘をさす少女である。黒美は、麻友に、絵を通して、自分自身を見つめている、と話した。黒美自身の絵画教室でのつらい体験が、この絵に表現されていると言い、麻友は肌でそれを感じ取った。
「パフェ、久しぶりに食べたな」
 と黒美は嬉しそうにイチゴパフェを見つめる。
 麻友は、この黒美と出逢って、ほんとに良かったと心から思った。

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 1

 5

生き方試験


*******************

言葉が愛だというのなら
あたしはきっとずっと 
言葉に飢えている
言葉を渇望している

*******************

期待は失望を連れてくる 
希望は絶望を孕んでいる

*******************

右のものを左にしたって 
縦のものを横にしたって 
上手く行かない時は上手く行かない 

それがモノの道理というもの
そういうふうに出来ている

*******************

他人を大事にするにはまず自分からなんて 
壊すことしか教わっていないのに
失くすことしか憶えてこなかったのに
一体どうすればいいと云うの

*******************

辛いのは 悲しいのは
あんただけじゃないなんて云われて 
それでどう納得すればいいっていうんだ

*******************

竹を割ったような性格というが 
人間を真っ二つにすら割ることなんて出来ないのに 
その根拠はどこから来るのだろうか

*******************

辛いと思えるうちはまだマシなのよ 
なんとかしたいという気持ちがあるから

*******************

いつか終わる 
そのいつかが例えば明日だと云われたら 
もっと切実な今日を送れるだろうか

*******************

誰かが死んでもいいよって云ってくれたら 
あたしは死ぬことができるだろうか

*******************

もどかしいという言葉の意味を
しみじみ噛みしめる夜

*******************

恐い怖い 人間がなによりコワい

*******************

すべてを諦めたと云いながら 
未練たらしくいつまでも 
生きることをやめられないでいるのです

*******************

眠れない夜 
誰かの声が聴きたくて
誰かとただ話したくて 
深夜0時 
いのちの電話

ツー、ツー、ツー
ただいま大変電話が混み合っております
ツー、ツー、ツー

*******************

あなたにとっての本当と 
あたしにとっての本当は違うんだと 
今更ながら知った夜

*******************

気にしてないってフリするのも 
案外キツイもんなんだぜ

*******************

あの時あなたに 
いつまでも同じ場所で立ち止まらないでって云ったけど 

いつまでも立ち止まったままなのは
あたしの方でした

*******************

変われないんじゃなくて 
変わろうとしないから 
いつまで経っても同じ処から動けないんだ

わかっているのに
わかっているのに

*******************

お酒に酔って 
前後不覚になって 
あなたにキスしたい

*******************

サヨナラよりも酷い言葉だった 
終わりはいつも決まって
こんな味気ない
忌々しい気持ちにさせられる

*******************

悲しみってやつはどうしてこんなにも 
塩っ辛くて 後味が悪い味がするのだろう

*******************

あたしは孤独と生きていく 
淋しさなんてとうに忘れてしまったわ

*******************

何をしてもしなくても
わざとらしく見える人というものは
どこにもいるものね

*******************

新しい服と靴を買った 
まだ当分は生きそうだ

*******************

優しさが余計すぎる人がいる 
彼らは一様にあなたのためだなんていうけれど 
こちらから云わせてもらえば 
そうしている自分に酔ってるだけだろって

*******************

遠くへ行きたいってずっと思ってた 
どこへ?って聞かれた 
答えられなかった 
ただここじゃないどこかへ行きたいと 
生きたいと思っていた

*******************

たとえばこの世界が
あした終わりを迎えても 
そこからまた花は芽吹くのだろうか

何もない荒野の果て
荒廃した砂埃にまみれながら 
凛として ただ一輪
吹きすさぶ風に揺れながら

*******************

生きることにもし
試験があるとすれば

きっとあたしは 
落第するに違いない

*******************









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 3

 8

過日の香り―影追の遥

 休日、駅前に隣接する百貨店で用事を済ませた遥は外に出て、少し驚いた。午前中の巻雲は厚い雲に消え、ひやりと湿った風が辺りを走り始めている。秋の入り口の、急な冷え込みだった。

 本降りはまだ――ただ単にまだなだけなのは、ペトリコールが教えてくれていた。
 バッグから傘を取り出す。生成りの風合いに、端へ蔓草が這うデザイン。日傘兼用の、遥のお気に入り。まだ広げずに手に持ったまま、古い木製の天蓋が続くアーケードへ入った。

 裏通りへの路地が見えたとき、遥の足が少し遅くなった。
 十年前、クラスメイトと初めて入った装身具と――肌着の専門店。

 傘を広げ、路地へ折れる。雨の香りが強くなった。隣に、いないはずの影が並んで歩いていた。遥はそちらを見なかった。ただ、歩幅が自然に、二人分になっていた。
店は変わっていなかった。

 ドアベルが鳴った。からん――からん、と二回。

 奥でミシンをかけていたのは、あの頃大学の服飾科にいると言っていたお姉さんだった。手つきが、落ち着いた職人のそれになっていた。二言三言、昔よく来ていたことを話した。鈴蘭の刺繍がある、柔らかな風合いの揃いを、二つ求めた。

 外に出ると、またドアベルが二回鳴った。
傘を差して歩く。傘に当たる雨の音が、二種類聞こえた。

 小さな公園の東屋に、遥は座った。
左の方から、雨の匂いに重なって、シトラスの香りがした。

 遥は前を向いたまま、動かなかった。香りが強くなる。唇と、胸に、冷えた手のひらの記憶が戻ってくる。

 「ん、」
 ふっと、吐息が絡みあい混じった気がした。

 傘に当たる雨の音は、一つだけだった。

 遥は包みを一つ、東屋のベンチに置いた。それから立ち上がり、傘を持ち直して、公園を出た。

 ただ胸に手を当てて、何かを抱くように。

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 1

 4

剥製怪談

   叔父が剥製を作る人だったんです。本業じゃなくて、半分趣味みたいな感じでしたけど。屋敷の離れを工房にしてて、狐とか鳥とか、色んな動物が置いてありました。子供の頃、よくそこに遊びに行ってたんですよ。薬品の匂いがして、夏でも少し涼しかったのを憶えています。剥製って怖がる人もいますけど、叔父は優しい人でしたし、自分は平気でした。ただ、目だけはちょっと苦手でした。剥製の目、あれ硝子玉だけど、工房に長くいると、たまにどれもこれも、こっちを見てる気がするんですよね。

   叔父は作業しながら変なことを言う人で、

「ここで寝ると、動物の夢を見る」

   なんてよく言ってました。最初は冗談だと思ってたんですけど、

「鹿になると、走ってるだけで楽しいぞ」

   とか、

「鳥は疲れないからいい」

   とか。

   妙に具体的に話すんですよ。それで、たまに工房のソファで本当に寝てました。自分も高校くらいの頃、一回そこで昼寝したことがあるんです。その時、変な夢を見ました。
林の中を走ってる夢で。
視線が低いんです。
草の匂いとか、地面蹴る感じとか、やけに生々しかった。起きたら叔父が笑って、

「狐だったろ」

   と言ったんですよ。
今でも思い返すと、妙に胸がざわつきます。
叔父が死んだのは、それから何年か後でした。
急でしたね。心筋梗塞だったと思います。
身寄りがほとんどいなかったんで、最終的に屋敷、自分が管理することになって。最初のうちは、懐かしくて時々工房で寝てたんです。
そうすると、やっぱり夢を見る。鹿だったり、鳥だったり。妙に感覚だけがリアルなんですよ。
風の音とか、身体の軽さとか、土の匂いとか。だから最初は、叔父の言ってたこと本当だったのかな、くらいに思ってました。ただ、途中から夢がおかしくなった。
   ある時、自分、工房の中にいる夢を見たんです。作業台の上に誰か寝てる。最初、知らない人かと思ったんですけど、自分でした。仰向けで、目だけ開いてる。そんな自分を少し離れたところから自分が見てるんです。その時、不思議だったのが、その……怖くなかったんですよ。

「ああ、こういう感じなんだ」

   と思ったのを覚えてます。 

それから夢が変わりました。
動物の夢を見なくなった。
代わりに、昔の夢を見るんです。
小学校の帰り道とか。
大学入って最初に住んだ部屋とか。
別れた彼女と歩いてるところとか。
ただ、変なんですよ。
ちゃんと自分の記憶なのに、距離がある。
思い出してるっていうより、誰かの映像を後ろから見てる感じでした。
しかも、夢の中で時々、視線を感じるんです。
工房の棚。
あの剥製の目が並んでる。
暗いところから、ずっとこっちを見てる。
そこに笑い声みたいなのが混じるんです。
叔父の声に聞こえる。
ある時、ふと思ったんですよ。
叔父は、
動物になりたかったんじゃなかったのかもしれない。
動物の目を借りて、見てたんじゃないかって。
誰の、というか、たぶん、自分を。

   なんか、そう思った瞬間から、工房で寝るのやめられなくなったんです。
理由は自分でも分かりません。ただ今でもたまに寝ています。
あのソファ、まだ置いてあるから。
最近は、夢の中で工房を見ることが増えました。
棚に剥製が並んでるんですけど、
数が少し増えてるようで、どうも
以前はなかった動物があるようでした。
犬みたいにも見えるし、人みたいにも見える。
暗くて、ちゃんとは分からないんですけど。

   この前、夢の中で叔父がいたんです。
作業台の横で、自分の方を見ながら、

「いい夢だろ」

   と、言ってました。

   その時、叔父の後ろの棚から視線を感じました。
あれ、たぶん、
自分だったと思います。

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 7

 12

こころ

さあ
行っておいで

でも
また戻っておいで

私は
何時でもここにいるから


私の心は旅が好き
今 ここにいたかと思えば
すぐにまた出かけてしまう
じっとしているのが嫌い

憧れを追いかけたり
道端の名もない花と
おしゃべりしたり
空や風に手を振ったり

昼下がりの穏やかな陽に
慰めてもらったり
いつも楽しそう

そんな心は
嫌いじゃないけど
時々
お前がいないと寂しくなる

だから
遊び疲れたら
いつでも帰っておいで

好こうと嫌おうと
お前の故郷は
ここしかないのだから





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 4

 2

祭りのあとに

祭りの帰りに蛍を見に行った。
私は片手にヨーヨー風船をポンポン弾ませて歩いた。彼がすくってくれたヨーヨーはゴムの匂いがして、粉っぽさがあった。
河原に着くと川が喋った。
「ターコイズターコイズ」
辺りはしんと静まり返り、蛍がたまにちろちろと光って飛んでいた。川は喋り続けていた。ターコイズターコイズターコイズ。私は彼の手をぎゅっと握ろうとしたけれど、空を切った。いつの間にか彼はいない人になっていた。川の声を聞きながら私は彼のことを思った。ねえ、私たちがあった日のことを覚えてる?雪がね、降ったんよ夏なのに。私は雪の結晶に乗って聞こえてくる電車の音や、蝉の合唱、学校のチャイムに胸をときめかせいた。みんな異常気象がだいすきだったし、子供たちが思いも思いに投げてくる雪玉もかわいかった。あなたもそうやって生まれてきたって知っとうよ。雪が唇と触れ合って、鳥のような声で太陽光が叫んだ。煩い。思い出そうとすると、川が煩い。遮るものがないからかもしれない。私の口の隙間から彼の声が出て「六根清浄六根清浄」と鳴いた。そこにいたんやね。

あなたの名前を私は忘れてしまって、
雪の降る昼下がりのひかり。つらく当たってしまったからこんなに小さくないているのね。プール終わりのふやけた手のひらの皮をめくる。粉雪は次第に牡丹雪に、七日目の生を終えた蝉たちのかげおくり。萎んでいく生命線を必死に爪で刻んで、逃げないように捕まえていると、蛍、蛍がひと群れの光の波となって、粒子を纏い散り散りに消えていった。
「ターコイズターコイズ」
「六根清浄六根清浄」
川と彼の会話は続き、遠い未来まで流れていくような気がした。ぱしゃっとヨーヨーが割れて水たまりをつくる。真っ暗闇の中、私だけが皓皓と輝き、口からは彼の手が伸びる。もうどこにも行かんといて。私はその手をぎゅっと掴んだ。

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 6

 6

し、てん

なんしゅるい
なんてんかを
ならべて
ころがして
みていた

してんだけでも
めがまわりそうだ
おもっても
わずらうな

ずれていく
おどらされていく
くるくるまわりながら

てのひらのあたたかさに
めをゆっくり
とじている

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 4

 6

感覚の歴史

「なんで?」
「え?」
「なんでここおるん?」
ああ、と私は頭の中で言った。
「爪、欠けてん。昨日」
「それだけで?」
「うん。それだけ。あんたは?」
「歯、抜けてん。それだけ」
「歯が?大人の?」
「ううん、こどもの」
「まだ生え変わってないん?」
きみは自虐的な笑みを浮かべて「ちゃうよ」と言った。
「大人の歯がもともとなかったんよ。だから、歯抜けやねん」そう言ってきみはいーっと歯を見せた。下の歯が二本ないように見えた。
「そんなことあるんやね」
「そんなことあるんやで」と私の口調をきみは真似た。私はふふっと声を出して笑った。きみもつられて口元だけ笑った。

見学の生徒は私たちだけだった。雨の日の体育館はいつもより広く見えた。シャトルランの音声。ほとんどが脱落して走っているのはあと三人。脱落した生徒たちは好き勝手に雑談していた。
私たちだけ体育館の隅で並んで体育座りしていた。
この座り方は体に悪い。生徒に立ち上がりにくい姿勢にさせる一種の身体拘束だと物の本で読んだときみは説明した。私は黙って聞いていた。雨の音を。
「雨の日にはさ」と私が言いかけると、覆うようにきみが「祭壇」と言った。「裁断」だったかもしれない。とにかくそう言ったのだ。
「え?」
「ううん、なんでもない」
それきり私たちは黙った。激しく雨樋を伝う雨音が祭りみたいだと思った。シャトルランは終わっていた。先生が全員を集めてなにか話していた。
「感覚の歴史なんやと思う」ときみは不意に呟いた。
「この雨やって太古の昔から繰り返し降りなおした雨。雨粒ひとつひとつに映ってる世界があんねん。うちらみたいにな」
うん。と私は声を出さずに言った。音にだって波にだって光にだって私たちを映す世界があって、世界って言葉でしか括ることができない私たちの狭い了見にだって覆い尽くす祭りがある。

探しに行った。
虹の端っこ。
遠くへ
逃げていく
きみを
私は
追って
飛ぶ
空が飛ぶ
鳥のように空が飛んで
私はまた
きみを失っていた。

雨滴のように散らばって
にげていくかんかくのせかい

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 5

 7

宙ぶらりん


シングルファザーの場合 周りの人間は子どもに大変だね という
シングルマザーの場合 周りの人間はお母さん大変だね という
どちらも片親に違いないのに この差はなんだろうと思ってた
男は外で仕事 家のことは子どもが担うことになるからか?
女は外で仕事し 家のこともしなければならないからか?


親の都合で 離婚まで決着つけなかったために
越境通学することになり
朝5時起きしてバス通学してた
田舎で時間通りに来たためしなどなく
ある時は バス停で待っているにも関わらず
素通りされたこともあり
仕方なしに大橋を歩いて帰ってことも

土砂降りの雨の帰り
待てど暮らせど一向にバスが来ず
定期は持っていたが 予備のお金は持っておらず
どうすることも出来ず途方にくれていたとき
たまたま通りかかった親切な方に 
方向が同じだからと車に乗せてもらったことも

母親は仕事で まだ帰ってなかったので
勿論どうやって帰ってきたかも知らない
親切な方に車に乗せてもらったと云っても
特に何を云うでもなかった

慣れないバス通でちょっと疲れて寝てようものなら
楽するためについてきたのかと 
まったく意味不明な理由をくっつけては
当てつけみたいに 烈火の如く怒った

なので以来中学時代は 絶対に疲れたと云うまいと決めて
ついでにそのせいで成績まで下がれば
きっと怠けているからだって云うに決まっているから
何も云わせてなるものかと
とにかく頑張った
頑張った つもりだった



母親も大変だったことは知ってる
生活のため 深夜遅くまで働いて
朝も早くから出かけていたし
それに
なにもしないで家にいる
兄のこともあったし
疲れて帰って もう何もしたくないと
横になってしまいたい気持ちも

わたしも自分でできることは
なるだけ自分でやるようにしてきた

休みの日には掃除や洗たく
自分の昼ごはんくらいは
自分で用意するようにしていた
カンタンなものくらいしか作れなかったけれども

せっかく部屋を片付けても
見えるところしか掃除しない
押入れの中まではやってない、という意味らしい
とか
そんな言葉を投げつけられるだけだったけれど



高校受験にしたって 
子どものときから決めていた学校があったし
そこに行くものだと思っていたのか
一切なにも 気にしてもくれなかったし
その割 テストの点数にだけは
やたらと口を出してきたり


受験日前日 なにが気に入らないのか
例のごとくに兄がまた暴れだしたため
私は他人の家から受験会場に向かうハメに
あの時 何故に兄ではなく私が他人の家に
だったのだろう
何故に他人の家から向かわなければならなかったのだろうか

あの日 兄が暴れたのは
私の受験が失敗すればいいと
失敗して笑いものにしてやろうと
そういう魂胆であることは
わかっていた
わかっていたけれども

母もまた 私ではなく
兄の味方だった
あんたはしっかりしているから大丈夫よな?

しっかりしている
しっかり

しっかり



卒業式の日 私は母に来てもらいたかった
15年間 中学の3年間はとくに
いろいろあったから
来てくれるものとばかり期待しちゃってた
来てくれたら ありがとうございましたと
ちゃんと云うつもりでいた
云うつもりでいたんだ

けれども 母は来なかった
ああ またか
こんな日でも来てくれないんだな と
しょうがないしょうがないと自分を納得させて
いつもお世話になってる遠い親戚のおばさんの家に行くと
母がうなだれて座っていた
来なかった理由 それは
朝に兄がまた暴れたため ということだった

そのことと私の卒業式は全然関係なくない?って
思わず口をついて出そうになったけれど

多分この人にとっては 毎朝5時に起きてバス通していたことも
土砂降りの雨で 来ないバスを延々と待ち続けていたことも
担任からは連絡先の電話番号書いた紙 失くしちゃったと
悪びれもせずに平然と云われ
台風で休校になったと連絡も貰えなかったことも
理不尽な云いがかりにも 一言半句の文句も云わず
希望通りの高校にちゃんと合格したことも

全部ぜんぶ 勝手に好きでついてきたんだから
そんなもの別に大変なうちに入らないし当然のこと
くらいにしか思っていないんだなって

まぁ昔っからそうだったけどさ
そっかそっか そうだよなそうだよって
もう文句も云う気すら起きなくなって
ただただ 笑ったよ

本当はめちゃんこ傷ついてたけど
傷ついてるってことすらきっと
この人には理解できないんだろうから
笑うよりほか しょうがないじゃない




お母さん大変だから 助けてあげるんだよ
お母さん たしかに大変でしたね
夜遅くまで仕事して ホントにお疲れさまでした
でもさ でも私だって大変だったんだよ
疲れてても早起き辛くても なんとかやってきたつもり
だからさ だからたったひとこと
ひとことでいいから云って欲しかったよ
よく頑張ってきたねって


兄妹平等 ってよく云ってたけども
知ってる? 同じように扱ってるようでも
器が違うんだって話
コップいっぱい溢れるほど水を注いだとしても 
器の大きさが違えば
当然与える水の量だって違ってくるっていう
私の分の器は きっととっても小さい器だったんでしょう
卒業式に来てくれなかったのも
行けなくてゴメンでもなく
兄が暴れたんだからしょうがないだろって
だけど コップの水は溢れるほど与えてやってる
あなたにとってはそれくらいにしか思っちゃいなかったんですよね?
なにか反論ありますか?
反論あるならどうぞ




シングルファザーの場合
シングルマザーの場合



どちらも片親に違いないのに
違いないはずなのに



お母さん大変だから
助けてあげるんだよ



親は子どもになにをしても許されて
子どもが親を助けないと
ワガママだと責められて



あの日 伝え損ねた「ありがとう」は
いまも誰にも
知られることもなく



ぶらりぶらんと
宙ぶらりん






☆★*~*★☆*~*☆★*~*★☆*~*☆★

昨日は世の中的には
「母の日」だったんですね

こういうことを云うと、心が狭い、とか
親だって一生懸命だった
冷たい子ども、感謝知らず、
だとか罵られそうですが

それでもわたしは
云わなくてよかった、伝えなくてよかった、と
いまでも思っています

云ったところで、どの道忘れているか
曲解して、どうせ責めてくるのは
目に見えてわかっていることなので




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 2

 4

日常的世界思慮

トイレのドアを開ける
床にネジが落ちている
何のネジか分からない、分からないのだが
それは確かに正しい場所で役割を果たしていたはず
ネジ穴にネジが入って物体が固定されている、という状態が確かにあったはずなんだ
こういうことは世界にたくさんある
何気なく使う給湯器だってそうだ
屋外に設置されたそれは見えない場所で確実に仕事を果たしている
給湯器内部に流れる水がガスによって生み出された熱によってお湯になる
人間の操作によって蛇口のコックが開きお湯が吐き出される
そのお湯だってもとを辿れば水道局から運ばれている
もっと言えば水源から流れてきている
水源から蛇口までの間にどんな生物やバクテリアが水中を泳いできたか、これは知る由もない
自宅の水道水ですらこうなのだ
見えないものは知ることができない、そして見えないものもまた世界
死んだ爺ちゃんのロックが解けないiPhoneの中身は誰にも分からない
お隣さんの家庭内事情について怒鳴り声以上のことは分からない
太陽内部のビジュアルは1600万度耐熱カメラができるまで分からない
気になるあの子の本心なんて一生かけたって分からない
私は世界を何も知らない、きっと何も知らないまま死んでいくんだ
それで、結局これ何のネジなんだよ――

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 7

 6

#じんたま 15 Rendering the Answer

配信「#じんたま」はクヮン・アイ・ユウさんの個人的事情があって、夏季はできない可能性がある。掌編「#じんたま」は、あくまで配信「#じんたま」の影を成す存在だと思っている。
私がCWSに参加した理由はシンプルに、花緒氏と関わりをもってみたかったからだ。
B-REVIEWの所謂Discord(ディスコード)では、花緒氏に対する不信感と憎悪で溢れていた。原因は色々あるだろう。しかし、何故花緒氏がそこまでB-REVIEWに対して敵性行動をとるのか、よく分からないと思っているメンバーも何人かいた。
B-REVIEWの事に詳しくない私でも、花緒氏の怒りの意味は理解していた。B-REVIEWのサイト方針を反故にし、それに反発した投稿者を結果的に追放に等しい行為で退会処理を行った事だろう。しかし誰にでもわかるのはそこまでで、分からないのは「何故そこまでの怒りを伴った敵性行動を取るのか」という点だった。
私には文学極道時代の花緒氏のイメージがあった。私は運営内で「私に花緒氏と対話をさせてくれないか」との旨を伝えたが、その時点で運営内も混乱しており、外部窓口の統一ということで、私の提案は厳しく却下された。
しかし、運営内部でもサイト内ルールに抵触している可能性がある人物が何名か指摘されていた。私はその時まだ外部に向けてのアクションは起こしておらず、暫定的に私を代表にしてもらい、運営の何名かを対外的に整合性を期すために暫くの間アクセス禁止にするなどの処置を取った上で、代表として花緒氏と今後のB-REVIEWの方向性について話をさせてもらえないかと提案した。
だが、その提案は激しい叱責と共に却下されてしまった。「私が代表になることを誰も望んでいない」「何故お前が勝手なことをやるのか」「能天気な奴だな」といった罵倒を受け、私も黙らざるを得なかった。私はその夜に決断し、Discordのアプリそのものを削除した。
掲示板上で運営を辞めた旨を伝え、花緒氏や他数人と、炎上している件について言葉を交わした。私の行動が影響を与えたかどうかは分からないが、一時的には落ち着きを得た。けれど結局、8期運営は花緒氏をアクセス禁止処分にし、独自ルールも交えながら、結果的に数十人のアカウント削除を実行するに至った。
こうして文字に起こすと、全てが正確に記されているかは自信が無い。ここの部分は様々な関係者の検証が必要であると思う。掌編の進行上、ここではこのように書き記すことにした。
運営をおりてからも、私はB-REVIEWには顔を出していた。運営のメンバーは、私がディスコードのアカウントを削除したかどうか分かっていたのかは分からない。私は誰にも何も言わずに削除したので、困惑させていたかもしれない。一年後、二歩氏をB-REVIEWの運営に推薦するために再インストールした時、多くのメッセージが届いていた。
私が8期運営を勝手に辞めてから暫くして、花緒氏がCWSの宣伝にやってきていた。その時点でどれだけの人間が反応したか分からないが、私は個人的に花緒氏を応援したい気持ちがあった。皆は花緒氏のことをよく思っていなかったが、私はやはり文学極道時代の彼の、コントラ氏の作品上で新参者ながら果敢にコメントした心意気みたいなものを買っていた。
彼のコメントは素晴らしく、その作品上では文極の当時の旬の詩人が挙ってコメントを入れていた。私も激しくやり合っていたが、コントラ氏の作品を良しとする人間の方が少なかった中で、彼はそちらの方向性の意見を述べて注目を浴びていた。山田太郎氏が激しく憤慨していた記憶がある。その記憶を元に、私は花緒氏の成すことを応援したかった。
彼が新しく作ったサイトなら、安定するまでは作品を書くことで応援できたらと感じていた。私は「femme fatale」という題名の作品を、謂わば「はなむけ」として投稿した。その想いが通じたのか、その月の代表作品として展示してもらった。花緒氏の心情はよく分からなかったが、文極、B-REVIEWを通じてそのような栄誉を受けたことがなかったので、恥ずかしいような嬉しいような気分だった。そのことがあって、結局今現在まで投稿活動を継続している。
私は今、三浦氏のYouTubeの中の配信の一つを聴いている。今から七年前の「B-REVIEW閉鎖の危機から新生スタートまで5時間30分の会議」というものだ。
内容は、初代運営が引退して第二期の運営が誕生する部分のツイキャス放送を纏めたものだ。参加している面々も錚々たるものだ。三浦氏が場を仕切っていて、その放送内の花緒氏は何となく元気が無い。やはり未練があるのかもしれない。
花緒氏は迷いながらも託そうとしているのだ。その心情は痛々しくもある。三浦氏は仕切りに徹している風で、感情は読み取れない。しかしながら三浦氏はやはりこの頃からビーレビを一旦閉じる選択肢も提示している。
彼の一貫性には疑問はあったがこの放送を聴いて三浦氏の人間性を見直す事になっている。百均氏はいないようだ。花緒氏は百均氏のことを頻りに気にかけている風にも見える。冷静に話しているようで声に覇気はなく、感傷的で、いつものクレバーな感じも鳴りを潜めている。
やはり海外拠点の事もあって花緒氏は限界を迎えている感じだ。
ここまで書いてきて、そろそろ核心に迫りたいと思う。
つまり、この掌編『#じんたま』は、本来は花緒氏が書き記すべきであり、私は図らずも花緒氏のghost(ゴースト)として、彼に成り代わって筆を取っているということなのだと思う。
三浦氏と花緒氏が百均氏を伴ってやりたかった事。三浦氏が配信「#じんたま」でなそうとしている事。花緒氏がクリエイティブ・ライティングに未練があり、この場の立ち上げた理由。それらが、この一連の中に潜んでいるのではないかという答えに辿り着いている。
クヮン・アイ・ユウ氏という人格者を据えての、配信とクリエイティブ・ライティングとの融合。その答えが「#じんたま」にあるのではないかと思っている。花緒氏はB-REVIEWに対しての無念さ、未練をもっと語っていいと思う。花緒氏なりの語らないという美学もあるのだろう。しかし語ってそのことで笑われたりしてもそれは仕方がない。しかしユウさんや三浦さん、つつみさんはそれを笑わないはずだ。
花緒氏も三浦氏も、「#じんたま」に何かを見出しているのではないだろうか。B-REVIEWの投稿者が望んでいたもの、私達はいつかその地平に辿り着かなければならない。それは何かを守ることなのか、それとも何かの追求なのか。
まだ分からない。しかし、それは分かり始めてはいる気がする。

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論考:ネット詩投稿サイトはどのような夢をみてきたか

 本稿では、インターネット詩投稿サイトの歴史を整理し、その変遷を論じる。対象とするのは、文学極道、B-REVIEW、Creative Writing Spaceの3サイトである。他にも現代詩フォーラムなど著名なサイトは存在するが、本稿では単なるアクセス数や投稿数の多寡ではなく、場としての理念を明確に打ち出し、ネット詩文化の方向性に影響を与えたサイトに焦点を当てる。上述の3つを論じることで、オンライン詩投稿サイトの歴史を大まかに俯瞰することができるだろう。

 まず、筆者自身の立場を明らかにしておく。2017年頃、文学極道において創作活動を開始し、同年、新人賞を受賞した。また、B-REVIEWでは創設メンバーの一人として、ガイドラインの策定を含むサイトのコンセプトや制度設計に関与した。現在はCreative Writing SpaceのFounderとして運営を統括している。
 文学極道の最盛期をリアルタイムで経験したわけではないが、オンライン詩投稿サイトの変遷について一定の知見を持っている。本稿は、詩に関心を持つ読者のみならず、小説や戯曲など詩界隈以外の創作に携わる者にも届くことを目指している。ネット詩の興亡を整理し、今後の展望を示すことで、オンライン上の文芸創作に携わる人々の議論の材料となることを願う。


【文学極道──ネット詩投稿サイトの象徴】

 文学極道は、2005年に創設された硬派な詩投稿サイトである。私は2017年頃に半年ほど活動したのみで、最盛期をリアルタイムで体験したわけではない。しかし、このサイトがネット詩文化に与えた影響は計り知れず、文学極道の成功こそが、その後のネット詩投稿サイトの方向性を決定づけたと断言できる。
 文学極道は、最果タヒ、三角みづ紀といった広く読まれるようになった詩人が投稿していたことでも知られる。特に、初期の投稿作品の質の高さと、コメント欄で交わされた鋭い批評の応酬は特筆に値する。

 サイトのトップページには、次のような一節が掲げられていた。

>芸術としての詩を発表する場、文極(ブンゴク)です。

>つまらないポエムを貼りつけて馴れ合うための場ではありません。

>あまりにもレベルが低い作品や荒しまがいの書き込みは削除されることがあります。

>ここは芸術家たらんとする者の修錬の場でありますので、厳しい酷評を受ける場合があります。

>酷評に耐えられない方はご遠慮ください。

 この言葉が示す通り、文学極道は単なる創作発表の場ではなく、詩を芸術として追求する者のための修練の場を標榜していた。馴れ合いを排し、批評によって切磋琢磨する文化を築くことが、この場の理念である。文学極道は、インターネットがまだ黎明期から拡大期へと移行する中で誕生し、必然的に2ちゃんねる的な匿名性の高いネット文化の影響を受けていた。その結果、サイト内では低レベルな作品には容赦なく酷評することが許容され、むしろ推奨されるような雰囲気すらあった。罵倒や激しい批評が日常的に行われる場となったのである。

 では、文学極道が夢見たものとは何だったのか。

 文学極道が目指したのは、詩壇では評価され難い、真に新しい詩文学の創造の場、そして活発な批評の場であった。そのため、実験的な作品が評価され、罵倒を伴う荒れた議論も場の活力と捉えられていた。しかし、この批評文化の攻撃性は、やがて場そのものを揺るがすことになる。


【文学極道からB-REVIEWへ──批評文化の変質と転換】

 文学極道における厳しい批評文化は、当初は場の水準を維持するための手段として機能していた。しかし、次第にそれ自体がサイトの荒廃を招く要因となっていく。過度な罵倒が横行し、サイト内の風紀が悪化することで、真剣に詩を議論しようとする者が次々と離れ、罵詈雑言ばかりが横行する傾向が生じた。そして、この状況に対するカウンターとして、2017年にB-REVIEWが創設される。

 B-REVIEWは、以下の三つの原則を掲げた。
  1. マナーを重視し、まともな議論ができる場をつくること
  2. オープンな運営を心がけること
  3. 常に新しい取り組みを行い、サイトを進化させること

 文学極道が「酷評・罵倒の自由」を強調したのに対し、B-REVIEWは「罵倒の禁止を強調し、投稿者が安心して作品を発表できる環境」を作ることを重視した。一見すると、両者は対極的なサイトポリシーを持つように思える。しかし、本質的にはどちらも「オンラインならではの創作の場とレベルの高い批評の場を作る」ことを目的としており、その方法論が異なるに過ぎなかった。すなわち、似た夢を見ていたのである。

 文学極道が2ちゃんねる的な文化の影響を受けていたのに対し、B-REVIEWはソーシャルメディアの時代に適応した開かれた場を志向していた。文学極道が罵倒と酷評による場の引き締めと活性化を狙ったのに対し、B-REVIEWはガイドラインとオープンな運営によって場を整え、活発な批評空間を形成しようとした。この方針のもと、B-REVIEWには文学極道の文化に馴染めなかったネット詩人たちが流入し、活況を呈するようになった。

 また、B-REVIEWの運営スタイルは、文学極道とは根本的に異なっていた。文学極道が管理者主導の運営を行い、選評制度によって場の権威性を保っていたのに対し、B-REVIEWはオープンな運営体制を取り、投稿者の主体性を重視した。選評のプロセスにおいても、投稿者と運営者の垣根を超えた対話が行われ、投稿者が主導するリアルイベントの開催等の新たな試みが積極的に導入された。

 では、B-REVIEWが夢見たものとは何だったのか。

 それは、ハイレベルかつ安心して参加できる詩文学の投稿・批評の場の創造であった。従来のネット詩投稿サイトの問題点を克服し、新たな時代に適応した批評空間を作ることこそが、B-REVIEWの掲げた理想だった。


【文学極道の終焉──自由な批評の場から単なる停滞と崩壊へ】

 B-REVIEWの台頭により、文学極道の状況はさらに悪化していった。B-REVIEWのマナーガイドラインに馴染めない投稿者が文学極道に集中し、サイトの荒廃を加速させたのである。かつて、文学極道は「自由な批評の場」であった。しかし、その自由は次第に「無秩序な荒らしの場」へと変質し、本来の機能を果たさなくなっていった。もはや、詩作品への鋭い批評ではなく、ただの罵詈雑言や無意味な言い争いが繰り広げられるだけの場となってしまった。

 この状況に対し、運営の方針も迷走を続けた。荒廃を食い止めるために運営の介入が求められる一方、介入を強化すれば「文学極道の自由な批評文化が損なわれる」という批判が巻き起こる。しかし、介入を抑えれば無秩序が進行するという悪循環に陥った。

 さらに、運営者自身が文学極道の理念を十分に共有していなかったことも、混乱を深める要因となったと考える。たとえば、終末期の運営者には、もともとB-REVIEWの評者として招聘されていたが、運営内部の諍いを経て文学極道へと移行した者も含まれていた。また、最終期の文学極道では運営主導の朗読イベント/ツイキャス配信が行われるようになったが、和気藹々としたオンライン交流は、「罵倒上等」の文学極道の風土とはそもそも相容れないものであった。

 もともと文学極道が持っていた「罵倒を許容してまで議論を重視する場」としてのコンセプトと、後期運営が試みた「サイトの健全化」は、よほど緻密に進めないと両立しない類のものだっただろう。サイトコンセプトにそぐわない志向性を持つ運営者たちが運営方針を弄ったことで運営内外の揉め事が拡大し2020年、文学極道は閉鎖された。かつてネット詩投稿サイトの象徴であった場は、その幕を閉じたのである。


【B-REVIEWの凋落──運営の乗っ取り】

 文学極道が終焉を迎えたことで、かつてその場に馴染んでいた投稿者たちがB-REVIEWへと流入した。しかし、これがB-REVIEWに大きな問題を引き起こすことになる。文学極道的な「罵倒・酷評上等」の文化、不規則な放言や誹謗的な発言を含め、マナーガイドラインに縛られず自由に発言できる場を復活させたいと考える者たちと、B-REVIEWの掲げる「マナーを重視した批評空間」を維持したいと考える者たちの間で、次第に齟齬が拡大していったのである。

 B-REVIEWは「ガイドラインに合意した人間であれば、手を挙げれば誰でも運営になれる」という極端にオープンな運営体制を採用していた。この方針は理念としては美しかったが、現実には大きな問題を孕んでいた。すなわち、サイトポリシーに共感しない者であっても運営の中核に入り込むことが可能な脆弱な仕組みとなってしまっていたのである。

 B-REVIEWは2017年の創設以来、複数の運営者によって引き継がれてきた。そして、B-REVIEWの運営は、文学極道を出自とする第八期運営者らに引き継がれたことによって2023年に大きな転換点を迎えることになる。かつて何度もB-REVIEWから出禁処分を受けていた人物が、運営側に招聘されたのである。この新たな運営体制のもとで、サイトのルールは事実上反故にされることとなった。従来であれば「マナー違反」として取り締まられていた行為が放置されるようになり、むしろ運営自らが批判者を中傷するような状況すら生まれた。これにより、B-REVIEWの運営方針は大きく変質し、従来の批評文化の維持を求めていた投稿者たちとの対立が激化することとなった。

 また、サイト内の意思決定の透明性も失われた。それまでオープンな場で行われていた議論はディスコードへと移行し、投稿者全員の目に触れる形での意見交換は意図的に避けられるようになった。これに対し、「もはや本来のB-REVIEWではない」として数十名の投稿者が抗議し、これまでのすべての投稿を削除しサイトを去ることとなった。

 現在、B-REVIEWは存続しているものの、創設当初に掲げられた理念はすでに形骸化している。本来の姿を知る者からすれば、屋号とサイトデザインが引き継がれているだけで、もはや別のサイトに見えるほどである。

 また、本来のあり方を否定したために、かつて開発を支援したプログラマーや、資金援助を行った者からのサポートも失われており、今後の大きな変革はほぼ不可能な状況にある。ここで、B-REVIEWを乗っ取った者たちの行為を具体的に断罪するつもりはない。
 しかし、強調しておくべきなのは、文学極道の最終期と非常によく似た現象が、再びB-REVIEWにおいても発生しているということである。つまり、「サイトの理念に共鳴しない者が運営の座につき、方針を変更することで場が混乱し、迷走し、凋落していく」という構造が、またしても繰り返されたのである。


【文学極道の亡霊にしがみつく人々】

 B-REVIEWが創設されて以降、ネット詩壇には文学極道的な「罵倒カルチャー」を復活させたい、適度に荒れた雰囲気の場をつくりたいと考える人々が常に存在していた。そして最終的に、そうした投稿者たちがB-REVIEWを乗っ取る形になった。

 本来、罵倒や荒れた議論は、創作に真剣に向き合うための「手段」であった。しかし、それが次第に変質し、「無秩序な放言や支離滅裂な発言、癇癪を起こすこと、誹謗的な発言をすること」すら、詩人としての特質であり、詩に対する純粋な姿勢であるかのように誤認する者たちが現れた。
 不思議なことに、サイトを乗っ取った彼らは自分たちが何を目指しているのかについて、殆ど議論も説明もせず、批判には無視か排斥で応えるばかりである。議論すること自体を忌避するような性格の人々が、本来のサイトポリシーを反故にすることだけに妙に固執しているようにも見える。彼らが本当に求めているものは何なのか。

 私の見立てでは、彼らが求めていたのは、文学極道というサイトが生み出してしまった「間違った幻想」である。
 まともなことがほとんど何もできないような人々、すなわち、一貫性のある態度や振る舞い、社会的な態度、感情のコントロールが一切できないような人たちが、自己正当化の手段として、放言や支離滅裂な発言を許容しているかのように見える文学極道の文化にすがりつくようになったのかもしれない。彼らにとって重要なのは、創造することでも、議論を深めることでも、場を発展させることでもない。ただ、自分を肯定してくれる空気に浸り続けることに他ならない。

 もともとは停滞する人々を排除するために存在していたはずの「罵倒文化」が、いつの間にか停滞する人々の拠り所となってしまった。ここまで読んでもらえればわかるように、私は文学極道というサイトが成し遂げた功績についてはリスペクトしている。また、最盛期の文学極道のような場を取り戻したいと思う人々の気持ちもとてもよく理解できる。
 しかし、このサイトの残滓のような人々、場を乗っ取り、まともな説明を忌避し続けている人たちは、文学極道を含めて、これまでネット詩サイトが積み重ねてきた活動に対して、実質的に「悪口」を言う機能しか果たしていない。彼らはそんなつもりはないと反発するかもしれないが、しかし結局ところ、なんのつもりで場を変質させたかったのか、明確な説明も主張もない中にあっては、場を壊し、停滞させ、しかしそうした結果に無頓着な様子以外に読み取れるものがない。


【そしてCreative Writing Spaceへ】

 B-REVIEWの混乱と凋落を目の当たりにした元運営者たちは、新たな文芸投稿サイトの必要性を痛感し、新しいサイトを立ち上げた。これがCreative Writing Spaceである。これまでのネット詩投稿サイトの歴史を踏まえ、サイトのコンセプトや運営方針を再設計し、新たな創作の場を築こうと試みたのである。

 このサイトは、もはや「詩投稿サイト」ですらない。そもそも、詩の枠組みを超えた作品を生み出すことこそが、ネット詩投稿サイトの夢だったのだから、「詩サイト」を名乗る必要もないという急進的な考えに基づいている。また、詩の場である以上、不規則に振る舞って構わないはずだと考える人々が一部に蔓延る中にあっては、特定のジャンルを特権化せず、開かれた場をつくることが詩界隈にとっても利益になると考えた。特に、旧来の詩投稿サイトにまつわる過去の遺物──すなわち文学極道の「罵倒文化」やその残滓──を一切引き継ぎたくないという意識が強かった。

 B-REVIEWの最大の問題点は、「オープンな運営体制が仇となり、乗っ取りが容易なシステムとなってしまったこと」にあった。この失敗を踏まえ、Creative Writing Spaceでは、クローズな管理体制を持ちながらも、分散的な自治が可能なシステムを設計することにした。
 その一環として、サイト内通貨「スペースコイン」を導入し、単なる作品投稿の場にとどまらず、各ユーザーが自律的に活動できる仕組みを取り入れている。また、各ユーザーが気に入らない相手をブロック・通報できるシステムを整備し、運営が過度に介入せずとも各自が自身の環境を管理できるようにした。

 さらに、詩だけでなく小説、幻想文学、戯曲など、多様なジャンルが交差する場を目指し、文学極道やB-REVIEWとは異なる新たな可能性を模索している。名興文庫との提携を通じて、小説界隈との連携を強化し、これまでのネット詩メディアにはなかった展開を示している。

 サイトの立ち上げからまだ間もないが、月間の投稿数はB-REVIEWの最盛期と同程度に達しており、順調に成長を続けている。しかし、これはまだ始まりにすぎない。Creative Writing Spaceはどのような夢を見ているのか──それは、かつての文学極道やB-REVIEWが見た夢の続きであり、それらとは異なる、新しい何かでもある。


【言い訳としての結語】

 Creative Writing Spaceは、特定のジャンルに依拠しない文芸投稿サイトである。あたらしく進めていくことをテーマに掲げている。したがって、本稿のように、詩投稿サイトの系譜を振り返ること自体が本来の方針にそぐわないかもしれない。
 
 名興文庫との提携を通じて小説界隈とも接点を持つ中で、特にアンチ活動に勤しむ人たちを目にするにつけ、小説の世界にもまた、特定のジャンルに閉ざされることで停滞が生じていることが理解できた。他方で、特定のジャンルに囚われることなく、純粋に創作を研ぎ澄ませたいと考える書き手が一定数存在し、Creative Writing Spaceに参画くださっていることも確かである。

 特定のジャンルに閉じないことは、詩に限らず、創作全般において重要な課題なのではないか。内輪の論争に拘泥するのではなく、異なる背景を持つ書き手たちが交わり、互いに刺激を受けるような場を築くことこそが、今後の文芸創作の発展にとって必要なのではないか。Creative Writing Spaceは、まさにそのような場を目指しており、現状にとどまるつもりがないからこそ、この論考を投稿している。

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文学館にて  《散文詩》

講演という二文字を含む文章の並ぶ紙がファクシミリから流れてきたのは、あれはたしか去年の秋の終り頃の黄昏のことであったが、その翌日にはもう電話が鳴り、◯◯文学館の副館長と名乗る人物が、申し出の件いかがでしょうか?と訊いてきたので、で、何をすればよろしいのですか?と問うと、シについて話して頂きたいのです、という思いがけぬ依頼で、詩についてはもちろん、死についても師についても語り得ぬという確信のあった私は、是非にと請われたのであるけれど、たとえいかなるシであろうとシについて人前で話す自分の姿を思うと赤面、脂汗が浮かぶのを覚え、電話の前で何度も頭を下げて丁重にお断りをして、それからその件についてはきれいさっぱり真っ白に忘れて、またいつもの酩酊生活に戻ったのだけれども、昨夜前触れもなく、明日は何時ぐらいにいらっしゃいますか?とまた件の副館長からの電話が入り、は?と大いにうろたえたのであるが、聞けば私の講演会が明日開催される運びとなっており、「奇才◎◎◎◎氏来る」というポスターまで誂えての触れ込みに、町中の◎◎◎◎ファンの熱気は今や凄まじいものがあります、と副館長が述べるのを、◎◎◎◎が自分の姓名と同音であるのが不思議かつ幾分のこそばゆさがある外は、何処か遠い辺境の出来事にしか聞こえず再度断ろうとすると、それは今となっては叶いません、と今回は強硬なトーンで迫る相手に押されて生涯初の講演をする羽目になったのだけれど、内容は詩について何でもいいから話してくれとのことで、そうか、やはりシは詩であったのか、とこれには弱り果てたのであるが、考えてみれば、なぜ私という男に詩について語れと云って来たのかが皆目分からないのであって、というのも詩のごときものは書いてはいるが未だかつて一度も公に発表したこともなく、書き溜めたものを部屋の机の引き出しに仕舞ってあるのみで、年柄年中酒を飲んでいるか、のびた饂飩のように横になって気球の夢を見ながら眠るだけの毎日を送っている男なのに詩についてなぞ話せるわけもなく、さてこの災難を如何に逃れよう、と思い巡らしてはみたが朝まで何も思い浮かばず、まんじりともせず、◯◯駅前行きのバスに乗り込んだ私ときたら、道々話の接ぎ穂を少しでも考えて行こうと目論んでいた車内では、寝不足と重圧からくる嘔気を堪えるのに必死で、しかし自分の詩のごときものは一種この嘔気のようなものであると云えなくもない、とヒラメキを得たりもしたのだけれど、無情にも小一時間で着いた◯◯市は黄金週間だというのに生憎の小雨模様で、明日には崩れそうな古くて小さな酒場の並ぶ暗い小路を傘もなく濡れながら歩き、やあやあ、どうしたらいいのだい?鷗さんと水鳥に挨拶しながら運河沿いを探してみるが文学館らしき建物は見つからず、もう一度来た道路を戻り、途中のコンビニで道を訊ねて、観光客相手に馴れているらしき女性店員が手際よく教示した通りに進んで行くがどうにも辿り着かず、このままでは何かの物語のようにいつまでたっても館に入り込めないぞ、と不安暗澹、だがそれもいい、このままずうっと永遠に迷っていればいいのさ、この私は、と捨て鉢になりさえしたのであるが、気を取り直して今度は道沿いのホテルのレストランに入り訊ねれば、さきほどから何度も前を行ったり来たりしていた灰色の昔の役所のごとき建築物が目指す場所だと知り、なあんだ、と幽霊のように濡れてようよう文学館に到着したのが開演五分前であり、私が遁走して現れないのでは、とそれは気を揉んでいたらしいススキのようにほっそりとして頬のこけた副館長が、お待ちしてお待ちして頸がこんなに長くなってしまいました、と海藻のようにゆらゆら揺れながら微笑むのに出迎えられ、案内された薄暗く寒々しい会場に恐る恐る足を踏み入れると、町中の◎◎◎◎ファンというわりに座っているのは二十人余りの老若男女、その四十幾つの目玉がいっせいに私を注視するのに堪らず赤面、案の定、汗がどっと吹き出して来るのを覚え、やはり同姓同名の◎◎◎◎氏と勘違いされているのではないか、それとも私◎◎◎◎は詩について利いたふうなことを話せると人々に思わせるような騙りを何処かで演じたり、現在も騙りつつある夢遊病者なのか、と訝りながら、副館長が私を紹介しているのを上の空で聞き流している間に、ほの蒼い空気の後ろの席のその辺り、薄暗がりにいる聴衆の中に、イトウさんにチカさん、イシカワくんにイッスイさんなど、この館に縁の顔たちが一瞬ハッキリと見えて、はっ、として自分が何処で何をしているのかも分からなくなり石になりかけたが……縺れた舌でようやく……詩は、ずうっと苦しんでいます、悲鳴を、あげています……と語りだしたまではいいが、四十幾つの目玉に射竦められる中、夜のように暗い窓の外でにわかに凄まじい勢いで激しさ増してゆく雨の音を聞きながら、冷たい汗を浮かべつつ、白紙を前に一行も進めぬかのごとく沈黙したまま立ち尽くす今の今なのだ。

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default:

import time

def multiply(depth):
    indent = "  " * depth
    print(f"{indent}増殖せよ (Generation: {depth})")
    
    time.sleep(0.1)
    multiply(depth + 1)
    multiply(depth + 1)
純白の湯船に
脂が
身体から
漏れ出し
小さなキララ
天の川を
オーバーフロー
過剰に溢れる
お湯に

RecursionError:

わたし
だったものは流れて 
混濁
再形成する
前に
容赦なく栓を抜く

渦の中へと 
排水溝へと

大多数であった
わたしは
default:
穴へと
吸い込まれ
手と
手だけが
まだ
穴を
覗き込んで
一つの
たった一つの
穴が

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人間関係という得体の知れない波に揉まれ続けていると、いつの間にか自分という輪郭がふやけて消えてしまいそうになる。特に、あの冷徹な上司の視線に晒される時間は、まるで呼吸の仕方を忘れてしまうような、静かな窒息の連続だ。人はなぜ、これほどまでに人を恐れなければならないのだろう。
心が擦り切れて、砂のように零れ落ちていく日々の中で、私は一つの確信に縋っている。
私をこの泥の中から引きずり出し、もう一度「生」の温もりを与えてくれるのは、きっと誰かの愛だけだ、という確信。
それは、大勢からの称賛ではない。世界中の誰に背を向けられても、たった一人、私の存在を丸ごと肯定してくれる誰か。その人の前でだけは、震える膝を隠さなくていい。その人の瞳の中に、ようやく「私」という人間を見つけることができる。
私は思う。もしそんな人が現れてくれるなら、私は何にだってなれる。
たとえその人が耐えがたいほどの過ちを犯し、世の中から指を差されることになったとしても、私は喜んでその罪のすべてを肩代わりしたい。
「あなたのせいじゃない、全部私がやったことだ」
そう嘘をついて、泥にまみれることさえ、私にとっては救いになる気がする。誰かの身代わりになれるということは、その人の人生の一部になれるということだ。疎外され、怯え続けてきた私にとって、誰かの罪を背負ってでも「離さないで」と言える関係は、何よりも贅沢で、眩しい特権のように思えてしまう。
愛されるために、私は私のすべてを差し出したい。
その対価として得られるのが、たった一度の深い抱擁と、孤独からの解放であるならば。
冷たい上司の声も、震える日常も、その人の腕の中に逃げ込むための長いプロローグに過ぎないのだと。そう信じていなければ、今の私は到底、明日を迎えることができない。

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若水



 くめどつきせぬわかみずに はなにかげあるうつつかな
 くもはふかれてあおぞらに わがみをかくすところなし


 あきらめていたゆめのこと けさすこしだけおもいだす
 たつみによすがなにもなし にぎるこぶしにあてもなし


 まつのはやしをあゆみつつ わがつみきえずさむさかな
 くめどつきせぬわかみずに はなにかげあるうつつかな



 


 

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わたしはおさけがのめません

おとしていれる
いつかのひとこと
スパイスになるんだよね
癖になるってやつかしら

こぶしのすきまからずるり
しぼっているのは
レモンではないけれど

たさくはださく
へたなてっぽうかずうちゃあたる
けいはく うすっぺら
しではないね
なにこれ?

かおをしかめて 
めをつぶり
いっきにのみほす

お酒がのめないから
くらべようがなくて
くやしいけれど
たぶんね、なんねんなんじゅうねん
ねかせそだてたものと
おなじくらい しぶい しぶとい

わたしはおさけがのめません
ですからこうやって
我が身のなかにかかえこみ
ねかしつけなだめつけたアレコレ
そっと 眠れない夜にだけ

おとしていれて
またのみこんだりしているのです
真夜中の台所で

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しのかきかた

せかいを
だれかのてのひら
って おもってみたら

きらくかひあいか
それすらわかれて

せかいを
わたしのあたまのなか
って きめてみたら

かるいのかおもたいのか
やっぱり「だれか」を
いしきしていて

ペンを
めざめていちばんで
にぎっている
いまは、 いしょではなく

いきていく
そのための メモとして

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アレキサンドライト

平日のデパートは人もまばらで、ゆっくりと婦人服のフロアを回った。

マネキンに着せられた、少し光沢のあるシャンパンゴールドのブラウスに目が止まった。そのブラウスの入ったショップバッグを肩に掛けて、アクセサリー売り場に向かった。

天然石のコーナーにあった、光の加減で色が変わる石に惹かれて、アレキサンドライトの雫型のピアスを買った。

まだ誰も帰っていない家のドアの鍵を開けて、急いでショップバッグをクローゼットの奥にしまった。

リビングのソファーに腰掛け携帯を開くと、一ノ瀬からのメールが届いていた。

「7月4日金曜日の11時半に、新丸ビルのイタリアンのお店を予約しようと思っていますが、ご都合いかがですか。」

「わかりました。よろしくお願いします。」

何度も打った文字を消しながら、やっと返信した。

いつもはユニクロやGUばかりの私が、デパートに行ったのはこの為だった。

夫と子供達の朝食の食器を洗い終わると、急いでシャワーを浴びた。染み付いた家庭の臭いを洗い流す為に、サボンのローズのスクラブで全身を洗った。

いつもは付けないコーラルピンクの口紅を塗ると、くすんだ肌の色が明るく見えた。鏡の前にいるのは私のようで私ではない、知らない誰かのようだった。

バス停に向う途中の道で、いつもはしないヒールの音に気分が上がっていく。

駅のコンコースにある店のショーウインドーに映る自分を、何度も確認しながらホームに向かった。

電車に乗るとドアの前に立って、流れる景色を見つめた。見慣れた街の景色がどんどん窓の向こうに流れて行った。

東京駅のホームに降りると、ガラス張りのビルの群れが、空を塞ぐように並んでいた。

ヒールの音が人の喧騒にかき消されていく。踵の靴擦れの痛みが私を正気にさせた。

36階の窓からは、さっき見上げたビルが直ぐ横に見えた。

真っ白なテーブルクロスの上に次々と料理が運ばれて来る。淡いピンクと水色のビオラの花が添えられた、三口で食べ終わってしまいそうなパスタを、銀のフォークで口に運んだ。レンチンの冷凍パスタのほうが美味しいと思ってしまった自分が可笑しくなった。

グラスに注がれたスパークリングワインの泡が、店員に注がれる度にキラキラと弾けて消えた。

電車に揺られながら、さっきとは逆に流れる車窓を眺めていた。隣に座る大きなキャリーケースを持った中年の女性は、うとうととする度に私の肩にもたれかかってきた。その女性が束の間の現実逃避を楽しんだ同胞のように思えた。

玄関のドアを開けると、娘のローファーがあった。そのまま洗面所に行って、いつもの部屋着に着替えて化粧を落とした。

シンクでお米を研ぎながら背中で娘の話を聞く。相槌を打ちながら、あのスパークリングワインの泡と、そのグラスの向こうにいた一ノ瀬を思い出した。

会計を済ませた一ノ瀬が店から出てきた時、私の全身を一瞬、値踏みするかのように見た。その時のことが引っかって、着信に気付いていたが返信できずにいた。

お風呂に入り、洗面所に置いてあった、アレキサンドライトのピアスを手に取って眺めた。私の耳元にあったこの石は、一ノ瀬にはどんな色に見えたのだろうと、ぼんやり思った。

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まだ、旅の途中

立ち上がることも
歩くこともできなくて
天井を見つめわたしは
リュックに入るだけの言葉を詰めて
旅へ出た

川縁を河童と歩き
海辺へ出ると迷わず水中へと潜る
人魚に別れを告げると
泳ぎ着いた浜辺から
ユニコーンに跨り
森を抜け山を越える
その先に広がる果てのない砂漠を
蜃気楼のように彷徨い
突如現れた輝く宮殿へと入る

背負ったリュックから
言葉を取り出す
ひとつ、ひとつ、またひとつ
河童へひとつ人魚へひとつ
空へとかざし透かしてみたのを
ユニコーンのたてがみに結んだ
ひとつ、ひとつ、またひとつ
水の中へと沈めてみる
土の中へと埋めてみる
木の枝へと吊るしてみる
祭壇の上へと飾ってみる

ちぎったパンを目印にするように
歩いた道を忘れぬように
言葉をそっと散りばめ歩く
ひとつ、ひとつ、またひとつ


わたしはまだ、旅の途中

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【短歌】浮かれぽんちな春の我々【まとめてみた】




     わたくしの幼さ賛同しよう春どんなとこでも躍る勇気を



     ****************



花々のまだ咲いてない境内をわっと吹き抜けそらをゆらせば

はなひなた生きているとはねむること白い光のカラフルなこと

今日だって気持ちだけなら桜ラテ青とピンクは似合うんだって



     みちたりた気持ちであるくコノハズク信号かわってソファソ、ソファソ



これが地球どっと青空こわいほど耳もと唸る風はくさいろ

春野菜ポン酢をふくめさっぱりと胡椒もかけるわ柚子もそえるわ

いきがいの第七希望に通過したキャラメルラテ宛お祈りメール




     縁側で茶を呑むじじいがまっていた雑木林のグラン・パ・ド・ドゥを



あざやかな空を一枚ミズナラの物干し竿へかけときました

地面からひらくさくらが口角をあげて拒否する記念撮影



     ****************



ソライロとなづけたひとは今どこでひんやりとした火を炊くだろう


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したためて

可愛らしい便箋も
軽やかな心も
持っていないけれど
この瞬間の
溢れ出す想いを

あなたを
ただの奇跡として
伝えたい

私に
分かち合う温もりを
教えてくれたように

右手の動くまま
発つ前にそっと
言葉を置いておこう

可愛らしい便箋も
持っていないけれど
この瞬間の
素直な気持ちを
少ししたためて

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二間で始め
せまくはなかったよ

その距離その時間その呼吸
あのとき何もいらずに
共に起き
共に寝て
腹が減り
鰯を食らう
光る肴
美しい酒の音
ひとときの宴

めぐる
めぐる
ふたたびの夜

ちっぽけな夢さえあれば
何も持たずに
鰯と酒とあなた
ただそれだけで

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ほどけたリボン

縁の切れ目
結び直したくない
君の声とも
その笑顔とも

首に巻いて
あの世と繋いで
この世界ごと
解いてしまえ

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オープニング

お別れは
はじめて では なかった

白黒の カーテン
手折られた 百合
渾身の力で砕いた白骨

海のむこうへと 手を 振った

沖に流れる舟たちは
まっとうされた彼らのための

願いに句点を打つように
夜がほどけてゆくように
浴槽に渦をなすように

存分に使い果たされた
星々たちを 見送ってばかり いたものだから

わたしはわたしの 生命(いのち)たる
硬さや重み、そのあつさ
気づかぬままに消費した

だのに、いま

産声あげた かわいい、おまえ
輪郭を得た わたしの、祈り
胎で藻掻いた かがやく、スピカ

――これが、生命(いのち)・と

火花をあげて 告げている
何億回と放つシグナル

あの 荒野へ
あの 闇夜へ
あの 渚へ

余白を塞ぐ
雷音が、

――これこそ、生命(いのち)・と

廻りはじめる 内なる季節

愚かで未熟で高慢な
わたしの心の焦点を

あわせてくれて

ありがとう

これからわたしは “生きる” をはじめる

おまえと 共に  “生きる” をはじめる


 うんでくれて、
       ありがとう

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涙の聲

雪の内に 春はきにけり
鶯の こほれる涙 今やとくらむ
とや古のひと詠みてより 日を重ね
谷のかげ
氷は消えず 水はまだ 音を立てねば
枝にゐる 鶯のこゑおとづれず
春の名のみそ行きかへり
花をりの 空やはらぎて
光のみ先だちぬれど
声のほど 知るすべもなく 時は過ぎ
今もなほ
解くと知られぬ
まゝにぞありける


 


 本歌は、春の到来がすでに言い切られているにもかかわらず、氷の融解や鶯の声といった出来事が成立しない状態を、長い時間の経過の中で反復的に描いている。春は来ているが、世界はそれに応答しない。その応答の欠如は、感情や象徴としてではなく、語の表記や文法のあり方そのものによって支えられている。
 春の到来は冒頭で「来にけり」と明確に言い切られている。「来」に完了の助動詞「ぬ」、さらに過去/詠嘆の「けり」が接続しており、文法的には、出来事はすでに成立している。この確定性は揺るがない。
 しかし、歌の内部では、その到来を裏づけるはずの出来事がことごとく起こらない。氷は消えず、水は動かず、鶯は鳴かず、涙もまた変化に至らない。春は来てしまっているにもかかわらず、春的な出来事は何ひとつ起きていない。
 この停滞は、まず表記の水準に現れる。「こほれる」は仮名で書かれており、「凍れる」「毀れる」「溢れる」という異なる語義を同時に許す。ここでは、どの語義を選ぶかという判断そのものが要請されていない。語義はいずれも呼び起こされるが、最後まで到達しない。仮名表記は、意味を曖昧にするための便法ではなく、出来事が完遂されない状態を保持するための条件として機能している。
 同様の構造は、文法の水準にも見られる。結句に置かれた「知られぬ」は、動詞「知る」の未然形「知ら」に助動詞「る」が接続し、その上に助動詞「ぬ」が重なった形である。このとき、助動詞「る」が未然形として解されるか、連用形として解されるかによって、後続する「ぬ」の機能が分岐する。
 すなわち、「る」を未然形と取れば、「ぬ」は否定の助動詞「ず」の連体形となり、「(人に)知られていない」「(自ずと)知られない」という意味が成立する。一方、「る」を連用形と取れば、「ぬ」は完了の助動詞となり、「(人に)知られてしまった」「(自ずと)知れてしまった」という意味が成立する。いずれの解釈も文法的に正しく、語形そのものからは、どちらか一方を排除することができない。
 その結果、「知られぬ」という一つの語形の中に、知ることがいまだ成立していない状態と、すでに成立してしまった状態とが同時に圧縮される。意味は一義に定まらないが、ここで問題となっているのは、単なる意味の曖昧さではない。知る、という出来事そのものが、成立の途中に置かれ、完結に至ることを拒まれている点である。
 否定として読めば、知はまだ訪れていない。完了として読めば、知はすでに訪れてしまっている。しかし、いずれの場合にも、ひとは「知らない者」としても、「知ってしまった者」としても確定されない。ここで語られているのは知の可否ではなく、完結しない知に類する。
 推量表現「今やとくらむ」もまた、この時間の緊張を別の角度から支えている。「らむ」は現在から判断の留保を含む推量語であるが、その前に置かれた係助詞「や」に注目した。上代語において「や」は、必ずしも疑問を表す語ではなく、事態の断定表明として強く機能しうる係助詞であった。本来は文末に置かれ、語調を確定的に引き締めるこの助詞が、文中に入り、連体形を要求することで、結びの力を保持したまま配置されている。
 その結果、「今や」は出来事を単に現在へと近づけるのではなく、出来事がすでに成立しているかのような切迫を文の内部に生じさせる。この確信を帯びた表明が「らむ」という推量と結びつくとき、判断は弱められる方向へは動かない。むしろ、確信と推量とが同一箇所に重ねられることで、出来事は成立寸前まで引き寄せられ、そのまま確定に至らずに停止する。
 涙について起きているのも、同じ停止である。涙は流れ始めているようで、完了しない。凍っているとも、毀れているとも、溢れているとも言えるが、いずれにも決定されない。涙は感情の象徴としてではなく、出来事が完結しない相そのものとして配置されている。
 この長歌は、藤原高子歌に含まれる表記上・文法上の緊張への応答として構成した。高子歌において、「こほれる」が凍結・毀損・溢出という複数の語義を同時に許し、「今やーらむ」が確信と推量とを重ね合わせて出来事の成立を宙づりにしているのに対し、結句において、「(今もなほ)解くと知られぬ」という否定と完了の両義を含む統語句を用いることで、出来事が完結しない状態を文法的に引き受けた。ここで行いたかったのは、詩的緊張そのものへの応答である。

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忘れた風景と覚えている道

道は覚えている
最初の角を左に曲がる
小学校の通学路
 
真っすぐ進み
丸い角をまた左へ曲がる
道沿いに建っている
 
新しい家が並んでいる
そこに以前何があったかを思い出せない
ただ表札の文字に見覚えがある
 
道は覚えている
なのに変わった風景が
変わる前を覚えていない
 
丸い角を曲がる場所に
階段の屋根が破れた
古いアパートが変わらずある
 
古ぼけたアパートは変わっているはずなのに
くたびれたTシャツは
住んでいる人は違うのに
前から干されていた気がする
 
チャイムが聞こえた
その音だけは変わらず
子供たちの声が聞こえる
校庭を囲む壁の
削れた場所を覚えている
 
その記憶があっているのか
わからない
 

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[ひ]人手無

ある晴れた日の出来事、それはとても清らかで美しい日だった
自暴自棄で爆弾を抱えて叫ぶ者
自尊心を捨てきれない資産家
まるで悪鬼や餓鬼の見世物日和
最果てみたいな掃き溜めの日々 きっとあなたも咎の人
両手足を繋がれて暗がりを這い回る
金のことだけ考えて命を焚べる きっといつの時代も変わらない

生きていく 生きていくんだぼくらは
電磁波やアルコールに浸りながらも
生きていく 生きていくんだ
限りあるエネルギーで 回復しない肉で
とてもじゃないけど生きるのに必死過ぎるのさ 人ってものは

騙し騙しで投与する鎮痛剤が主食です
痛みに耐え忍びながら平然とした顔で殺してやりたいと渦巻いてる
他人どころか自分さえ誤魔化さなきゃ到底息ができない毎日
ハッピーエンドもバッドエンドも世の中にはきっとありはしない
ただただなんの保証もないまま繰り返しを全うして縛られるだけの無間
俺は違う! だなんてあなたは何もかも否定して祈るだけでしょう
蹲って、諂って、どこにあなたがいるってんだ!
自己を鑑みないで不当だと大きく喚くだけ
なぁ、ぼくはお前に言ってんだよ ちゃんと前見て話せよ

生きていく 生きていくんだぼくらは
傷つけ合いながらも延命しあって
生きていく 生きていくんだ
なんの約束もしなくても 忘れてても
とてもじゃないけど生きるのに身勝手過ぎるのさ あなたは

大抵のことを置き去りにして それは本当に必要だったかさえ分からぬまま
自己証明のやり方を必死に模索する無様でかわいい我々です
「神様、私は清く正しく、誠心誠意尽くしてきただけ
慰めて、愛して、大事にされたい」と他者を蹴落としながら言うんでしょ
そんなあんたの脳天にペンでも刺してやりたい
有象も無象も未曾有もないくらい浅ましい
ヒトデナシが蔓延るぼくらの大地は尚も美しい

生きていく 生きていくんだぼくらは
手足が震えるほど叫び続けて 血反吐吐きながらも
生きていく 生きていくんだ
人間であることに後ろめたくても 誇っても
とてもじゃないけど生きるのに不器用すぎるのさ 人ってものは

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『赦しのためのマニピュレーション』

推薦対象

3ページ目(最終回)
by つつみ

全14話の長い旅路、本当にお疲れ様でした。
物語の最後に置かれた「碧月」という二文字。それが画面に刻まれた瞬間、バラバラだったピースが音を立てて繋がっていくような、見事な収束感でした。
この最終稿が提示した「碧月」という焦点から、全編を振り返る批評的感想をまとめさせていただきます。

物語の幕切れ、河野が白い画面に入力した「碧月」
それは単なる新人作家の名前ではありません。この瞬間、読者は第11話のアートフェスタへと引き戻されます。あの時、ブースの片隅で「赦(ゆるし)」という一文字の本を売り、誰よりも長くそのページをめくる「ある一人の客」を静かに見つめていた碧月。その「客」こそが、河野だったのだと。
最終稿で凛が拾い上げた「白い本」の感触――なめらかで、けれど内側にざらつきを含んでいる――。それは第4話で凛の人生を変え、第11話で河野の心を止めた、あの自費出版の本の感触です。
凛はあの時、碧月から直接本を買いました。そして河野もまた、別の場所でその本と出会っていた。この二人が同じ新人賞の選考の場で、説明できない一文に「止まってしまった」のは偶然ではありません。彼らはあの日、あの場所で、同じ「碧月の言葉」に人生の足場を奪われていたのです。
第8話から第10話にかけて描かれた凛の家庭の崩壊。母の沈黙と、父の「嘘」。その息苦しさの中で、凛は「正解」を失いました。しかし、碧月が書いた「存在ごと受け入れる」という赦しの概念が、今の凛を支えています。
最終回で凛が、倒れた母のために煮物を作っていたあの台所の記憶(根菜の形の崩れ方)を思い出しながら原稿を整えるシーンは、彼女が「不完全なもの、崩れたもの」の中にこそ真実があると確信した瞬間を描いています。だからこそ、彼女は『二年一組、三十八人』の中に、かつての自分を救った「碧月の影」を見出したのでしょう。
河野が最後に打った「碧月」という名前。
彼は第7話で「会話の多い小説を信用しない」と言い、第6話では引き出しの封筒(碧月からの手紙、あるいは新作)をあえて開けずにいました。彼は「選ぶ側」としての矜持を守ろうとしていた。
しかし、選考が終わり、凛が持ち歩いていた「白い本」を再び目にしたとき、彼はすべてを悟ります。自分たちを揺さぶったあの原稿の主が、あの日の青年であることを。
最後にパソコンの余白に名前を打つ行為は、編集者としてその才能を世に送り出す「覚悟」の表明です。
この小説は、かつて自分を救った名もなき言葉に、数年越しに『名前』を与えて世界に放つという、編集者にとって最も聖域に近い瞬間を描き切りました。
部数や返本率という「数字」に支配された1話の冒頭から、何も書かれていない「白い光(余白)」へ。
凛と河野、そして碧月。三人の孤独が「紙の手ざわり」を介して重なり合ったこの結末は、文学を信じるすべての人にとっての福音のような静けさを持っています。
最後に「碧月」とだけ記された余白には、これから始まる新しい物語の鼓動が満ちています。素晴らしい完結でした。

この作品は、派手な事件が起きる物語ではありません。しかし、一文一文を丁寧に積み上げるような筆致と、誰かの孤独にそっと寄り添うような親密さがあります。
「碧月」という二文字に込められた重みを、より多くの読者が自分の指先で受け取れるよう、冒頭の「引き(フック)」と、伏線の「接続」を少し整理するだけで、商業作品としての強度はさらに一段階、確実に上がります。
この作品を一言で表すなら、指先が覚えている、救いの感触です。
• キーボードの打鍵感。
• 紙の繊維の引っかかり。
• 煮物の湯気の湿り気。
などこれらの「物理的な感覚」を全編を通じてより書き込むことで、読者はスマホの画面(デジタル)で読んでいながらも、まるで「一冊の分厚い紙の本を読み終えた」かのような重厚な満足感を得るはずです。
全14話、この繊細なバランスを保ちながら完結させた作者様の構成力は既に十分なものがあります。上記の「解像度をさらに上げる」作業を加えることで、より多くの人の本棚に「物理的に」残り続ける名作になることを確信しています。
この物語が、いつか本当の「紙の重み」となって、誰かの手元に届く日を心から楽しみにしています。

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