投稿作品一覧
わたしにはいない
わたしのおもてにも
そこにも
ひっかきまわそうが
ひっくりかえそうが
なげすてようが
でてこない
いないいないいないいないいない
くりかえしつづけてみるから
バア!!!
あらわれてはくれまいか
いないいない
さがすからいないのか
よぶからいないのか
いないいない
いないいないいないいないなにが
わたしが
モーリス
明日三十一歳になるはずだったのだね
黒いコッカースパニエルのような髪に
これから鼻をうずめられないし
やがて君の歳を追い越してしまうのだね
もういない人よ
君の顔立ちは九州の青年らしく
渓谷に似ていた
君の肌は夏 赤銅色に灼け
君の手に触れられた頬は熱かった
君という人はいたのに
いま私の隣には誰でもないが座っている
がらんどうに寝盗られてくやしくはないのか
せめて明け方の夢にでてきてくれないか
シーソー
シーソーってのは
互いの信頼がなければ出来ない遊び
もしも自分が上にいるとき
相手が退いてしまったら
疑えば疑うほどに
恐ろしい遊び
チューリップが咲いた日に
去年 初めて育てた
オレンジ色のチューリップが
咲いた日に
愛犬は旅立った
最後の1週間
ごはんが全然食べられなくて
望みを託して
栄養剤の注射をしてもらいに
病院へ
注射をする前
ふらふらしながら
わたしと長男を
見上げて
頼りなげ困り顔で
ぺっそりくっついてきた
がんばろうね
長男とわたしは
かわるがわるいって
注射をしてもらった
長男が抱いて車に一足先に
連れていき
わたしはお金を払いながら
獣医と話していた
「急変を覚悟してください
もう、だいぶ、、、」
頷くしかなく
無理やり笑っていた
そうしていたら
長男が、大きな声を出しながら
愛犬を抱きしめて
駆け込んできた
「お母さん!先生!
様子がおかしい!
たすけて!!」
愛犬はすぐに
診察室へ
でも だめだった
獣医も肩を落とし
何も出来ず
すみませんと
泣きそうだった
でも
早く家に帰ろう
お父さんに抱っこしてもらおう
愛犬はそれが一番うれしいよ
と泣きじゃくるわたしに
長男が言ってくれた
すぐ連れてかえり
家族みんなで
かわるがわる抱っこして
泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて
チューリップが咲いた日
4月8日だった
春だった
お釈迦様の誕生日だと言われている日
愛犬が旅立った
わたしがそちらに旅立つ時まで
忘れられないだろう
チューリップが咲いた春の日
また会える日をまちわびて
転生しなくても
何度も名前を
かえるだけ
生まれてこられる
世界は
便利だね
けれど
ひきょうでは
いかしきれないかな
(にがわらい)
回転しない木馬
遊園地に「回転しない木馬」があった
妻と娘が乗り
僕が写真を撮ることになった
バーにおつかまりください
というアナウンスの後にブザーが鳴り
回転しない木馬が
回転し始めなかった
妻と娘が同じ場所から
笑いながら手を振っている
僕もシャッターを切りながら
時々手を振って応える
長かったり、長くなかったり
そんな一生のうちのほんの数分間
みんなで笑って
みんなで手を振る
終了のブザーが鳴るまで
夢中に家族であり続ける
『西武園所感』所感 その遊園地は誰が作ったと思うんだ
資本家がペンで計画を築き上げ
労働者が汗を流しながらペンキを塗り
そうして互いが互いのできることをやって
遊園地という一つの詩が完成した
その詩で家族連れが多く訪れては遊び
子供たちに思い出を刻んでいく
それはきっと何よりも詩的なことなのだろう
“みみっちく淋しい”だなんて
その一言で資本家も労働者も踏みにじっていいものか
図面も作れず、ペンキも塗れぬ輩に何がわかる
グラン・ブルジョワを倒そうとか言うけれど
アイン・ランドによって一瞬でたかり屋認定されるぞ、それ
司馬遼太郎だったら褒めたたえたことだろう
“君たち。よくぞ英雄たちのように働き、成し遂げたじゃないか”
そう暖かい笑顔でそっと原稿に記してくれる
それは独占によっては生まれなかった
それは協調によって生まれたのだ
一つの階級協調のその産物
某詩人と同年生まれの歴史作家だったらそう述べたはずだ
ビルの上にいるようでそれでもビルで働く人々の
その傍にいるようにエールを送ってくれた
君がもし詩を書きたいというのなら
西部園とそこを作ったあらゆる階級の人々を賞賛するために
そっとペンを走らせていくのです
今は叩かれがちなあの人だってそうしたはずだろうから
いやまあ僕にも庇えない部分はあるけれど
彼の価値観は僕の価値観となっていったのだから
詩で家を建てたっていいじゃないか
僕は建てたい、それも本当に住みよい家を
子供に玩具を買ってやったっていいじゃないか
むしろ自分のためのゲームをたくさん買うね
血統書づきのライカ犬は……
その、僕は猫派だけど飼ったっていいんじゃない?
あと、諸国の人心にやすらぎをあたえたっていいはずだ
やすらぐ人はどうせやすらぐんだし
むしろあの人の歴史譚は多くの働く人たちを元気づけたじゃないか
現に僕があの人のようによく貪欲になれていったのだから
詩で人間が造れたって別に問題はない
詩で協調を作り上げてしまおう
三つの矢をもって決して折れない矢を作るように
いくつもの束をもってして強力な斧を作るように
詩は君の心の一つの盾
詩は君の心の一つの矛
なぜなら
詩は最初から君の私有
詩は君が血と汗の代物
君の魂が世界に立つための足
君が君自身の労働で実現しようとしているもの
詩は八月のラムネ
詩は一輪の菊花
一つのさざれ石
詩は 表現を変えるなら 人間の魂
名づけがたい物質 不滅の歴史だった
いかなる時代においても
詩は君のそっと握った刀
花曇り
あたたかく降り積もった雪の下に埋めた
女になってしまう前の、
何でも言葉に出来ていた少女のわたしを
女になるというのは
自分が一番遠い他人のように感じる生き物に
なることなのだ
女になったわたしは
薄暗いさみだれを落としながら
それを拾い上げてくれる誰かを
いつも求めていた
呟きでも、言葉に出来るなら救われるのに
落とした思いを重苦しく引きずりながら
歩む道程で出会ったあなたには影があった
あなたは光の真下にいた
影の出来ないわたしの空模様を面白がって
わたしの背後にあなたはしゃがみこんだ
何の種だろう、と容易く拾い上げて
掌に転がしてわたしに見せてくれた
わたしにも分からなかった
つないだ手の熱で
自分がどれだけ凍えていたかを知った
それもまた、女であるという証だった
あなたの真上には青空が
わたしの真上には曇天が
それでも、つないだその手のあたたかさが
あたたかさだけで
あなたは幾つもの種をいじったり埋めたり
朽ちた空色の下でも、
花は言葉もなく咲く
2024/07/15@海遊館吟行より
夜がくるじんべゑ鮫と云ふ夜が
銀河系のすべての神々を呪う
「もう誰とも話したくない」と無言を貫いていたら、間違い電話が三回かかってきた。
「しばらく一人になりたい」とカフェで読書していたら、知らない人に相席をお願いされた。
「今日は誰にも見つかりたくない」と隅の席に座ったら、店内放送で名前を呼ばれた。
「もう疲れた、何もしたくない」と思った日に、今日締めのコンビニ振込用紙が見つかった。
「もう休みたい」と有給を取ったら、休み明けに有給休暇を取った人が二人いて、仕事が三倍になった。
「もう辞めたい」と思いながらレジを打っていたら、さっきクレームをつけてきたお客さんがまたレジに並んでいた。「もう辞めたいから今すぐ辞めたい」に気持ちがレベルアップした。
大失恋の夜、泣きながらコンビニに行ったら、振られた相手とばったり会った。
絶叫系が怖くて乗れないのに「度胸試し」で乗らされ、止まったあと体が動かなくて、また絶叫マシーンが動き出した。
「もう全部投げ出したい」と思って大切な物をどんどん段ボールに投げ捨てていたら、宅配便が五回来た。
「もう全部やめたい」と海に行ったら、海上保安庁の船が浮かんでいた。
夜中にひとりドライブで気持ちを切り替えようとしたら、道に迷って朝になっても家に帰れなかった。
「誰にも会いたくない」からしばらく山に籠もろうとしたら、知り合いのハイキンググループに遭遇した。
「もう消えたい」と思いながら歩いていたら、マンホールの穴に落ちた。
「もう◯のう」と思って樹海の森に行ったら、道の途中で車に轢かれそうになってマジ◯ぬ!かと思った。
https://x.com/bagu_now_real
二〇二〇年代の解離症患者
降る雨が風景写真のようだ
時刻不明 私越しに誰かと話している
誰かのニットの服が濡れて痒い
スニーカーの足音はぴちゃぴちゃと猥褻で
どうやって来たのかわからない
なにをしでかしたのかわからない
たとえば隣のきみは誰だ
歩いている身体はあいまいで
死にかけている秋のセミ同然で
阪急電車 立ち食いうどん 頭ん中の裸々々
根深い罪悪感がかえって生を壊すのだった
祖母は男を盗まれた女の眼をしていた
いま 腰にまわされた手がどういうわけかも
思い出せないのに千円出して傘を買う
そしてセロファンに包まれた
花束ともいえぬ二輪として歩いているのを
私の愚かさともきみの悪辣とも
名指されたくない
きみは彼らとちがって
世界といのちを壊してはくれない
22歳
※注意書き※
自死に対する気持ちにふれています。
自ら、
身体の内部にメスを入れ
がんばってがんばって
命というしつこいかたまりを削ぎ落とすかのようだ
結構量が多い
終わったと思ったらまた別のがある
もうしんどい、もうしんどい
早く意識よきえてくれ
死に切れぬ人のかたまり
たくさんこの街にはあるのだろう
悔しさが震えてる。
不思議だ
死のうとしてる最中にすら考えたりする想ったりする涙が出る
人々の優しさはきっとうつくしい
けれど命を削ぎ落としている刻
その人が本当に欲しかったものは
花束か?
まるでこの世とあの世を隔てるように手摺が立っている
君がいるのはあの波の中なのにな
たった一声が届かない
届いてもつたわらない
もうそれは
死ぬ以外あとがなくても
誰が責められよう?
助けなんか求められないほど弱ってしまうという気持ちを
君が知っているなら僕はなによりそれが
この世の希望と初めて微笑える
*この作品は22歳の頃に書いたと記憶している。
一時間で詠んだ即興川柳たち
葉桜も帽子を被る春うらら 季節の首絞める手つき押花 なだらかな坂を登れば海と亀 跫と書いて真夜中にひとを待つ 卓上に南瓜の種が芽をだした 開け放ち通る風グァテマラ旨し 夏という女もいたマリンブルー ペットボトルの蓋回し指を舐め ヒマラヤを台所にて料理する 春とうららを分けたとて春ばかり 墓に刻む名ばかりの芳名録 綾鳥が糸から飛び立つ黄昏 朝刊を運ぶ足音雨を避け 弁当箱に星を埋める朝焼け 塩ジャケ包む銀紙の沈黙 掌に梅の香塗す握り飯 割り箸に何処から来たか尋ねる子 天井は裏か表か悩みつつ 使わぬテレビ猫の寝台列車 物置きにトーテムポール眠り姫 玄関に乾燥わかめぶち撒けて ピザの具に悩む平和ノ祈りたち 海岸線は猫の背に爪をたて 大漁旗死に絶えてトランポリン 十円のギザをなぞりて爪を破る 生きる為魚を干せば光差す 缶コーヒーの凹み神が踏みゆく 雲梯を空に浮かべて星渡る 戸棚からフランスパンが雪崩れ落ち 日記では青鹿毛奔る六月よ 【終わり】
職種:コンビニバイト
レジ編
・「Suicaで」って言われたあと「やっぱり現金で」の流れ、もう慣れた。
・袋いりますか?って聞く前に「いりません」って言われると少し傷つく。
・「温めますか?」を言い忘れて、もう袋に入れたあとに「あ、温めて……。」
品出し・作業編
・賞味期限チェック、ひたすら無心になれる唯一の時間。
・発注ミスで棚がカラカラか、逆にパンパンかのどっちか。
「いらっしゃいませ」が口癖になって家に来た宅配の人にも言いそうになる。
お客さん編
・「あのー、なんか……チキンみたいなやつ」→ どれ??
・ホットスナックを指差しで注文。でもガラスで反射して何の品なのか分からない。
・常連さんの注文、言われる前にわかると少し嬉しい。
深夜シフト編
・深夜は深夜で独特な雰囲気を纏うお客さんが来る。
・暇すぎて掃除を3回する
・明け方の品出し、なんか妙に気持ちいい。
https://x.com/bagu_now_real
TikTokあるある
「今日、盛れてないからやめようかな」と言いつつ、ガッツリメイクで2時間配信する
ギフトのリアクション用に、100均で買った被り物や小道具が画面外に常備されている
「今日で配信やめるかも…」という匂わせで、リスナーの引き止めと枠投げを誘う
イベント期間中、ランキングが下がると露骨にテンションと顔が死ぬ
配信中、親や同居人が部屋に入ってきそうになると急に無言になる
「明日もこの時間に会おうね!」と言って、平気で遅刻する
リスナーからの「彼氏いるの?」という質問を、高度な技術でかわし続ける
友人ライバーとコラボする時、エフェクトの強さで負けないよう必死で調整する
配信終わり際、「終わる終わる詐欺」でさらに30分以上引き延ばす
喉を痛めて「今日はミュート配信ね」と言いつつ、結局タイピングで爆喋りする
「みんなのことが一番だよ」と、全リスナーに個別に思わせる絶妙な距離感をかもし出す
配信終了後の「お疲れ様でした」ポストの自撮りが、配信中よりずっと可愛いくて悔しい
https://x.com/bagu_now_real
2026/04/05 日常詠 Shuraxa Lost Temperature Release Tourを観て
https://i.postimg.cc/d1xH5kV8/IMG-20260405-184344.jpg
武田理沙
鍵盤や葱へ刃のあまたたび
山本達久
春の闇うごくシンバル瞬けば
中尾憲太郎
じむぐりの耳道這ひずる重力場
『余白』
渡したい想いは、幾らもあるのに
当て嵌まる言葉は、幾つもなくて
あらわす言葉を探しては
「何かが足りない」と解けていく
それはきっと
「独り善がり」だと知っているから
渡したところで
貴方にとっては、幾らか場所を取るだけで
特別何かと成るモノではないのでしょう?
知っているから、探す言葉も曖昧で
填まる言葉は、象に成らず熔けていく
それでも
そうだと解っているからこそ
何処か朧気な貴方という人が
「確かに居る」と伝えたい
“私”にとって『とても愛しい貴方』が
『此処に確かに居るのだ』と
そう伝えたいと
願い祈ることを
貴方は許してくれるだろうか?
闇をあなたに
ぼくはかならず夜
光をすくう
とても わるいことが あっても
朝になったら
くつを
揃え
いってきますと
ずらす
ダイアル
一つ
光をかきわけつづければ
会えるから
唇のたましいのうえ
網を
あなたに
わたそう
闇を
掌を
ひきさいて
すくいつづけた
ひかり
一つ
美しい朝のこと
とても美しい朝だった
雨上がりの匂い漂うなか
朝日が白い壁を曙色に染め上げ
風に揺らされた桜は全身を震わせ
柔らかな花びらを舞い踊らせる
新緑を纏い始めた木々たちが
さわさわと細波のような音を奏で
それに合わせ鳥たちが歌う
ただそれだけの
あまりにも美しい朝のこと
もう二度と同じ朝はない
ただ一度の、美しい朝のこと
アンダー ザ 玉ねぎの下
たべきれない晩餐が並ぶとき
強制的な死を選ばなければならなかったあなたを想うと
牙が剥き出しになる夜が
あまりにも長い
球形を見ると
投げつけて あなたを破損させるものなのだと
自動的に思う自分が
歯痒いのだ
いつくしみに
値段がついていたのに
誰にもわけあたえられなかった自分がいたと思うと
死ぬほど 死ぬほど
死にたくなる
フォッカ
350円で満足できるって実績がほしかったから
その日ロータリーは草原になった
停車場には屋根があり わたり廊下に似ている
外周をひとめぐりして 地獄ゆきのバスが出る
雨の多い月だ
しがつは春雨が
ごがつは五月雨が
そのつぎは梅雨
台風と スコール
しきりによこすのに
————さりげなく傘を置き草原へ走りでる、この手をかわかして。
ロータリーの草原にくるくるとまわろう
ここだけがよく晴れて
もぐらとねずみが手をつなぎ駈けていくのを見ることができた
かれらはサイゼリヤでお茶を呑むだろう
わたしが望むなら
350円で満足できるってわかったから
わたしはまだバスに乗らなくていい
車体が外周をめぐるとき
草原のまんなかでゆっくりと踊ろう
花の名前を
『別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい。
花は毎年必ず咲きます。』
有名な小説家の一節
知ってはいたけれど
身をもって知るのは
あまり愉快とはいえない
穀雨に潤される山吹を見るたびに
『この花が好きなの 綺麗な黄色』
何気なく言った君の声が
鮮明に 蘇ってくる
大事なこともそうでないことも
ごちゃまぜの記憶が胸を刺す
桜じゃないのが 君らしいななんて
あの時はぼんやり思っていた
さよならを言い合ってから
幾度目かの春
忘れてないとも
忘れたとも言えないまま
移ろいゆく天気と
晴明に澄み渡る空に
置いてけぼりにされた気持ちで
いつもの道を歩いていく
AIは「音楽」を作っているのか、「パッケージ」を作っているのか
はじめに
近年登場した音楽生成AI、とりわけGoogleのLyria 3シリーズは驚くほど万能である。歌詞や画像を与えれば、音楽として完結した形態に仕立て上げる。しかし、その巧みさゆえに、私は違和感を覚えた。
AIが作っているのは果たして「音楽」なのか?
大量のデータから導き出された平均値としての音響パッケージではないのか。
アレンジと伴奏を自動で付ける能力はある。でも、ポリフォニックな思考を持たないホモフォニー機械の出力なのではないか。
私にはAI音楽は主旋律に従属する和声の袋詰め商品に映るのである。まだファミコン音楽のほうが人間の魂を感じられる。
1 ヒーローソングという「デフォルト」から出発する
遊び心で「さおりんは わらびの たいよう」と入力したとき、AIは即座にロボットアニメ風の英雄歌を吐き出した。
(むかし、蕨市のシェアハウスに住んでいた。浦和競馬でオケラになるたび、ハウスのさおりさんにすいとんを食べさせてもらった。このままではいかんとヨーロッパの会社に就職したが、スポキール空港の国営カジノのブラックジャックにハマってしまい、結局まともな人生は歩めていない。再生産のトラックに乗れていないのだ)
このさおりんソングは、多くの利用者が求める「気持ちのよい平均値」であり、J-POPのメロディに電子的な伴奏をまとわせた既製品だ。要するに、デフォルト設定ではAIは、歌詞をパッケージにする産業機械として振る舞う。
私はこの既成概念を破りたいと思った。伴奏という呪縛そのものを無化し、声部が対等に生きるスコアに向かわせたい。
https://youtube.com/shorts/3zIxxpYJ36g?si=0L6ZD_E97Ae1cFh8
2 伴奏の呪縛とデータの支配を問う
スコアを書くような詳細な指示に変えても、AIは頑なに伴奏を付ける。なぜか。
AIが学んでいる膨大なデータの大半が、主旋律と伴奏の二分法からなるポップスや映画音楽である。
資本主義的な音楽産業は、旋律を前景化し、他の声部を背景音として均質化する。そのデータを学習したモデルにとって、音楽とは「トラックメイキング=商品化」であり、多声の対話という構造は想定外だ。
人間が複数の主体の声を織り交ぜるために築き上げたポリフォニーは、訓練データの外部に位置づけられている。
こうした偏りは、音楽産業が大量に供給してきた楽曲の形式と無関係ではない。商業的に成功したポップスや映画音楽が訓練データの大半を占める以上、AIは市場で受け入れられてきた様式を忠実に再現しようとする。言い換えれば、AIは既存の音楽的慣習の優秀な継承者であり、その枠の外にある表現は自然と周縁化される。だからこそ、ポリフォニーを引き出すには明示的な指示で枠組みを書き換える必要がある。
私はAIのバイアスを剥がすために、音楽理論の言葉でモデルを縛り上げてみた。
#不協和の多重和音でペンタトニックのモチーフを包囲せよ
#打楽器を排し弦楽器に推進力を持たせよ
こうした指示を重ねるほど、AIの出力は「テンプレ音楽の伴奏」から「論理に沿った音の集積」へと変貌する。
特に効果的だったのは、「伴奏」という語を禁じ、「ポリフォニー」を命じること、各声部に互いに素数の周期を与え、周期がずれ続けるように設定することだ。
これによりモデル内部の自動化されたアルゴリズムが従来的なトラックメイキングから逸脱し、多声部それぞれの横の論理を保持しながら縦の響きを制御しようとし始める。まるでファミコン時代の作曲家が限られたチャンネル数でポリフォニーを編み出したように、AIは計算機的作曲家へと一時的に変身した。
アイラシヤ大陸プロジェクトに参加しているので、世界観にあわせてAIに生成させた「マドウ山」
https://youtube.com/shorts/unWga_ocUVE?feature=share
3 オクテットの壁と注意の限界
声部数をさらに増やすと、驚くべき壁が現れた。4声まではそれぞれのメロディが自律的に動き、緊張と弛緩のバランスを保つ。それ以上では、AIの注意機構が分散し、いくつかの声部が塊となり伴奏的な役割に落ち込んでしまう。生成モデルにおいて、各声部の横方向の文脈を追いながら縦方向の衝突を制御できる容量には限界があることを体感した。
海外ガチ勢も、AIが長い音楽を生成するのは困難であり、複数の時間スケールを持つ構造を維持するためは機能の改善が必要であるとの見解を発表している。AIの音楽生成における「オクテットの壁」は、計算資源と注意容量の限界の表れなのかもしれない。
https://youtube.com/shorts/oBAqGB66Ryc?si=P3duH8rYfZbJX17E
結び 孤独な探求から次の地平へ
検索エンジンを使って調べたところ、Lyria 3のようなモデルに対して厳密な多声独立を要求している利用者はほとんど存在しなかった。多くの人々はAIから心地よい平均値を引き出し、新たなフックを得ることに満足している。
しかし、音楽理論という言語を介して、AIと構造の限界を殴り合うことは、資本主義的な商品の生産に抵抗する実験でもある。
要するに、AIは皆が知っている音楽をなぞる道具ではなく、人間が書ききれないほど複雑な論理を可聴化するための冷徹な計算機たり得る。オクテットの壁を越えた先に、どのような新しい対話と解放が待っているのか。
私の探索はまだ始まったばかりであり、未来のポリフォニーは、AIと人間の共同作業によってこそ開かれる。
秋雨の雫
夏が終わり
そして冷たい霧雨の中
ほんのりと色づいた紅葉
霧雨は紅葉を濡らし小さな雫となって
ゆっくりと落ちていく
あなたへの愛も
熱い情熱から
少しずつ冷たい泪を流す雫になっていく
どんなに熱くあなたを愛しても
あなたには届かない
もう何度目の秋だろうか
一人紅葉の中を歩きながら
何度あなたと一緒に歩きたいと願って来ただろう
濡れた紅葉の雫のように
何度私は泣いてきただろうか
流れる泪の雫はあまりにも小さく
土に還る事も出来ない
波のたたない湖に波紋を広げる事も出来ない
こんな弱い雫じゃ何も出来ない
私の心も
私の泪も
一雫の水滴になれない
ただ…
ゆっくりと冷たくなった頬を伝うだけ
秋雨の霧雨の中に入れば
私の泪も雫になって
あなたをまだ愛せると
気付かせてくれるかもしれない
蕾のまま
好きだと告げることが
好きだと思うことさえ
裏切りなのではないか
そんな 迷い 抱えて
それでも
綻んだ桜の蕾を見つけて
目に浮かぶのはあなたの顔
お花畑
世界中をケシの花でいっぱいにしたら
全人類ハイになっちゃって
戦争はなくなりましたとさ
めでたしめでたし
おやすみ
ロリータ・キルズ・ユー
きみよ私を抱いたんだから死ね
私とちがって聖いはらわたをもつ
その身体が粗末な誘惑に負けて
隣で並んでいる
ばかみたいな朝 阿呆のような朝の光
この世の男性のすべて
父親であるべきだと信じる
切実にエゴイスティックな信仰を
侵したのだから死ね
ハラキリの野蛮さで ギロチンの娯楽性で
死ね
V
配信画面に切り替わる瞬間が
部屋の壁より先に
わたしの皮膚を更新する
もはや祈りではなく
手癖でもなく
半壊した儀式として
あなたを推す、たましい、
あなたが勝手にわたしを救った
言葉は軽くて
体液の粘度に耐えない
「向こう側」
で笑うあなたの息は
フーリエ級数展開されて
電波に乗り
私の耳まで届くのです
距離は倫理の代わりにならず
切り抜きの秒数で愛を学んだ者は
結末の尺を待てない
アーカイブを二倍速で巡礼しながら
私は何を省略しているのか
あなたの退屈
あなたの生活
あなたが勝手に引き受けた
あなた以外のすべてのもの
救い
あるいは逆さまの脅迫、
矛盾はないどこにも
群衆は祝祭であり
同時に略奪でもあるから
世界が壊れたのではなく
わたしが勝手に傷ついただけだ
神格化、あるいは
極端に俗っぽいあなたの
弱さを見たくない
でも弱さが好きだ
その弱さより
ずっと強いあなたのたましいが好きだ
あなたが勝手にわたしを救った
わたしは
救われる資格がないまま
あなたに怒っている
あなたを愛している
あなたをなぶる妄想をしている
あなたになぶられる妄想をしている
巨大な祭壇に詣でて
すべての整合性が解体されるのを見ている
『昂り』
どれだけ距離が遠くとも
声を届けることは出来るだろう
どれだけ時間が開こうとも
言葉を届けることは出来るだろう
便利になった社会に感謝しながら
それでも
だからこそ
埋まらぬ想いもあるのだと
息をすることも億劫なほどに
内を占める想が
どうにも辛いのに
どうにも苛んでくるのに
手放すことは
どうにも考えられなくて
考えたことすらなくて
そうすることが
どうにも自然で
どうにも真っ当で
これ程までに
苦しいまでに幸福で
哀しいまでに温かい
潰れそうなほどに充たされる
そんな想いを抱けたことを
貴方に感謝しながら
届けることの出来ないもどかしさに
届けられない悔しさに
さらに想いが募るのだ
ブランケット
コンビニに
深夜のすがたを 晒すこと
中心を踏まずとも
綱は渡りきれる きっと
街灯の配置が歓迎している
生物であれ無生物であれ
鳴き声を親しく思えること
本当にまぬけな
顔ができる
通れない隙間に思わず
わくわくする
こと
うんめい
注釈を挟みたくないなにか
ブランケットくらいはかけてやりたい
コロの茶色
私が幼稚園の時に、知り合いの理容店で子犬が生まれた。そこで母がオスの子犬を一頭もらってきた。
茶と黒が混ざった毛足の長い、まるまるとした元気な子犬だった。そんな見た目から、名前はコロと名付けられた。
コロはいつも台所の掃き出し窓を開けると、父がペンキで塗った緑色の屋根の犬小屋から出て来て、伸びをしながら、しっぽをパタパタと振っていた。
母が茹でた鶏皮を、奥歯でクチャクチャと噛んで、美味しそうに食べていた。
家に来て9年目の夏、コロは突然亡くなった。コロの苦しそうな鳴き声が聞こえて、急いで窓を開けると、犬小屋の中でもがいていた。
裸足で側に駆け寄って、何度か名前を呼んだが、すぐに動かなくなった。まだ温もりのある身体を擦りながら、無理だと分かっていながら、コロの名前を呼び続けた。
亡骸を物置に寝かせて、薄っすらと目を開けたコロの横顔を眺めていた。明日には消えてしまうと思ったら、その姿を遺しておきたいと思った。
図工で使っている、絵の具セットを持ってきて、画板に画用紙を載せて、コロの前に座った。
茶や黒や白を混ぜて、コロの茶色を探しながら、鉛筆で描いたコロに載せた。
私はコロの胸元の白い毛がとても好きだった。その胸元を白く塗る時に、胸元を撫でられながら、目を細めているコロの顔と、柔らかく指に絡むような白い毛の感触を思い出した。
コロを描き終わると、背景を淡い水色に塗った。その色はその日の空の色と一緒だった。
散歩の途中
視線が折れ曲がって
地面を這っていくと
隣町の犬に出合う
(貴殿の名は ホモンクルスか)
ぬっと突き出た枝に擦り寄って
気持ちのいいツボを探っている
(今年の梅は早い)
座れない椅子ばかりあるので
這いずって進む
遺跡の片隅に円を描き、
少し粗相をしていると
タローオカモトにぶつかった
見たこともない太陽をかかげている
(地球の裏側から砲弾の香り)
この樹の下で事件があった
三人の遺体が盗まれた
吾輩の嗅覚にまちがいはない
鼻を近づける
まだ残っている
土の下ではなく、
時間の裏側に
三人分の体温が
順番を間違えたまま
折り重なっている
匂いは、腐らない
ただ、ほどける
きのうと明日が
同じ湿り気で
鼻の奥にひろがる
もっともはち切れる地点を探す
三内円山遺跡の
わずかな勾配の先で
一歩ごとに
別の季節を踏んでいる
(今年の梅は早い)
さっき嗅いだはずの春が
まだ来ていない
舌を揺らしながら
行きつ戻りつしていると
星座が見えてくる
空ではなく、
地面の匂いの中に
吾輩の眼は
空と地面のあいだをさまよう
そのあいだにだけ、
時間の裂け目がある
気配
犬を散歩させている人がいた
けれどよく見ると
犬はいない
人もいない
ただ散歩だけがあった
それもまたやがて咲く
桜の気配に
溶けて消えた
主張強め日記(4月8日) 文芸投稿サイトに持ち込まれる揉め事について
文芸投稿サイトには、揉め事がつきものである。傍目にはよく分からない誹謗中傷の応酬、それが嵩じて裏アカウントが湧き出し、さまざまな登場人物が巻き込まれ、いずれカオスの様相を呈する。そこへ、一部始終を眺めていた別アカウント、あるいは自演アカウントが運営に向かって「適切に対応しているのか」「対応の進捗報告をせよ」と詰め寄ってくる。
これはもう、文芸投稿サイトの業とでも言うほかない。我々はこの種の事態を、知りすぎるほどに知悉している。此の手の揉め事が起きないと、むしろ運営をやっている実感が薄れるほどだ。ただ裏を返せば、よく知っているがゆえに刺激もなく、正直なところ只々、退屈でうんざりしている。
提携を打ち切った名輿文庫についても同じことが言えるのだが、結局のところ、何のために揉めているのか、傍からはまるで見えない。おそらく、何かのきっかけで揉めて、拗れて、自家中毒を起こしているだけで、これといったハイコンセプトがないのだと思う。表層的な屁理屈や常識の押し付けの応酬だけがあって、結局のところ何を守るための戦いなのか判然としない。
人生の中で堆積していく澱のようなもの、如何とも言い難い剰余のエネルギー、それが溜まりに溜まってスパークしていくのが「表現」だとすれば、うまく表現に昇華できないまま、謎の揉め事という形でしか噴出できなかったもの、それが文芸投稿サイトの揉め事の正体だろうと感じている。表現の核になるような強度を備え損ねたまま、負のエネルギーだけが気持ち悪いかたちで表出している。
だとすると、我々は「表現の出来損ない」をサイトに持ち込まれているわけで、そういう意味でも、一顧だにしたくないという気持ちに駆られる。運営を巻き込みたいのなら直接依頼すればいい。対応に不満があるなら直接抗議すればいい。婉曲な揉め事という迂回路を選んだ時点で、それは私の目には表現者としての一種の「敗北」に映る。
しかし、私はその敗北に対して、一定の理解がある、と正直に言わなければならない。私もまた、揉め事を持ち込んでしまう側の人間と通底する性質を持っている。その自己認識は、常にある。端的に言って、私は運営者でなく一参加者の立場なら、荒らしに接近するタイプの人間である。私だけでなく、多くの投稿者が多かれ少なかれその種の傾向性を有しているからこそ、文芸投稿サイトに愛着しているということもまた否定しがたい事実ではないか。
私が執拗に書き続けてきたキャラクター、田伏正雄は、この種の揉め事が体現するもの、ただただ気持ち悪く、何も生み出さない、鬱屈したエネルギーの塊を具現化しようとした試みである。出来損ないのエネルギーの表出を、なんとか表現の世界へ引き戻すこと。揉め事を起こす者たちにも、結局はそこへ戻っていってほしい。それさえできないのであれば、本当の意味での敗残兵ではないか。少し冷静になれたなら、反省の一言でもDMしてきてほしいところである。私は謝罪あるいは、今後どうするかについてすり合わせられるなら、すぐに許す準備がある。畢竟、似た性質を抱える者同士なのだから、冷静に言葉を交わせば、一定の理解には至る可能性が高いし、いずれにせよ、揉めたり、断交したりするほどの理由など早々にあるものでもない。
CWSでは、問題を起こしたユーザーはさっさとアク禁にする。ただし、その後コンタクトがあり、最低限の意見の擦り合わせができれば、アク禁は解く仕組みを設けている。もちろん、解いてほしければ頭を下げてこい、などと言うつもりは毛頭ない。自分に改めるべきところなど一切ないと思うなら、我々とは合わないし、他でやってくれればよい。インターネットやその他の場で、書く機会など無限にある。我々はアク禁によって、改めてもらい、また気分良く利用できるようになるためのきっかけを作ろうとしているだけである。
そうやって毅然と、そして柔軟に運営していかなければ、文芸投稿サイトはあっという間に荒廃する。荒廃した場には荒廃した場なりの奇妙な面白さがあったりするが、それでは結局人は集まらないし、継続性を持たない。このことを、我々は幾度となく繰り返し確認してきたと思う。
月の優しさと根源の調
一。
わたしの根源(ね)、優しき夜の底に眠る。
開かれず、ただ在ることの、深遠なる誓い。
その重みは、朝焼けの不安を鎮める、静かな錨(いかり)。
かつて握りしめ、解き放った恥じらいは陽光の中でも月の光を宿し、
真実をそっと守る、銀色の守護者。
二。
最も小さなものが、宇宙の全てを知っていた。
華奢な胸と、震える吐息。
世界が「もう少し」と囁いたその場所こそ、
魂が、最も純粋な生(いのち)を謳(うた)った調べ。
柔らかな水面が、望の秘密を映す。
爆ぜた光は、赦しを告げる星屑。
鎧を解いた時、この体は初めて、
風と月と交わる、自己を開く門となった。
三。
月はただ、息を潜めて見つめていた。
森は、何も尋ねず、ただ温かく包んでいた。
その瞳の裏に、裁きなどひとかけらもない、永遠の受容。
美しさとは、欠けや満ちを恐れず、
すべてを抱きしめて、そこに息づくという、穏やかな事実。
冷たい切り株の肌触りは、
この存在の確かさを教える、やさしい記憶。
四。
自由は、もう、逃げ場を必要としない。
仕掛け細工の小箱に、あの夜を凝縮し、
胸の奥へと、光の種として抱きしめた。
混み合う喧騒の中でさえ、目を閉じれば、
夜風は変わらず、髪をそっと撫でてくれる。
日中の乾いた影の下でさえ、
泉は、静かに、貴女は愛されている、と応えてくれる。
五。
昼の光の下、たとえ月が姿を消しても、
内側に灯された、その炎は揺るがない。
それは、他者の視線では決して灯せぬ、
わたしが、わたしに贈った、永遠の安息。
だから、もう、さまよわない。
わたしは、もう、逃げ隠れしない。
すべてを赦し、抱きしめたこの場所に、
優しく、深く、永遠に、
わたしはわたしとして在り続ける。
#じんたま 3
4月5日の夜、クヮン・アイ•ユウさんのツイキャスがあるという告知を目にし、私は導かれるようにその場を訪れた。
画面の向こうには、彼とつつみさんの二人。リスナーは時折出入りがあるものの、私は挨拶もせず、ただ静かに「潜伏」していた。彼から見れば、つつみさんと、正体不明の誰かが耳を傾けている——そんな風に映っていたはずだ。
彼は自作の詩をいくつか披露した。
改めて聴く彼の朗読は、実に響きのいい声だった。言葉の扱いが手慣れているというか、その発声には確かな地力が宿っている。月曜からはまた仕事が始まるはずだが、どうにも寝つけない夜なのだという。私は普段なら12時前には眠りに就くのだが、その夜は潜んだまま、彼の声に身を委ねていた。
詩を朗読し、その背景やつづられた当時の記憶を、つつみさんと対話するように語る時間が流れていく。私は潜伏したまま、歯を磨き、喉を潤すといった生活の細々とした動きをこなしていた。やがて、話題がCWS(Creative Writing Space)に投稿された私の「#じんたま」に及んだ。
いつまでも素性を隠して聴いているのも不自然に思え、私は挨拶がてらコメントを残した。
かつて「B」にいた頃、私は「吸収」と名乗っていた。「グリフィス」という名は、さらにその前、文学極道時代のハンドルネームだ。その投稿掲示板が機能を停止したとき、私もまた、この界隈から自然に消えていくのが道理だと考えていた。
それから約5年、ネット詩の世界からは完全に遠ざかっていた。
転機は、娘がコロナに罹患し、その看病で付き添っていた時に訪れた。ふとした拍子にネット詩の海を彷徨い、辿り着いたのが「B」だった。そこで久しぶりに詩を投稿した。いや、文学極道時代には賑やかし程度の関わりしか持っていなかったから、それは初めて詩を「発表」するような、奇妙な感覚を伴うものだった。その後の「B」での活動が私の今を形作るのだが、今はその本筋から逸れるので置いておく。
長く離れていたせいで、クヮン・アイ•ユウ氏が「B」で最も活発に動いていた時期を、私は全く知らない。ただ、後年になって過去のログを漁っていた際、彼の活動の軌跡を何度か目にした記憶が、断片的に残っているだけだった。
放送の中で、彼は私がCWSで「#じんたま」を書き継いでいることに触れ、「ご自身のペースで書いてくださいね」と穏やかに言葉を掛けてくれた。私は頷きを返しつつ、「ご本人のことをよく知らないまま書き始めてしまって、どこか変な感覚なんです」と正直な胸の内を明かした。
「クヮン・アイ•ユウさんの詩界隈での人間関係、その相関図のようなものがあれば便利なんですけどね」
そんな私の軽口に応えるように、彼とつつみさんは、これまでの歩みを丁寧に説明してくれた。
知っている名前もあれば、初めて聞く名もあった。
「武田地球さんとも活動されていたのですか?」と、おぼろげな記憶を頼りに尋ねると、「詩人z」についての解説もしてくれた。「クヮン・アイ•ユウさんは、大阪のミャンマーさんなのですか?」という私の問いには、「いや、どうなんですかね」という、煙に巻くような、あるいは照れ隠しのような返答が戻ってきた。
どうなんだろう、私は一体何を聞いているのだ。そんな自問がふと頭をよぎる。
放送は24時前に幕を閉じ、私は挨拶をして退室した。
それから、つつみさんのカレー作りの動画を眺め、紹介された場所へと飛び、過去から現在へと繋がるクヮン・アイ•ユウ氏の活動の足跡を巡り歩いた。
CWSに「#じんたま」を投稿し続けることで、私は何を求めているのだろうか。
ふと、自分自身の中にある「カタルシス」のようなものを求めているのではないかと感じた。
トーマス・マンの『魔の山』、サマセット・モームの『人間の絆』、そしてヘルマン・ヘッセの『車輪の下』——。古の教養小説が描いてきたように、私は自分自身の歩みを振り返りながら、この「#じんたま」という活動を通じ、どこか決定的な場所へ辿り着こうとしているのではないか。
目を閉じれば、ハンス・カストルプがそこに立って、世界の無常を語り出す。
私はその深く、静かな瞳を、いつまでも見つめ続けていた。
優しさの色
ふんわりと香った
春の空気
伝わってゆく
勇気をもらえて
いつものように
巡ってくる
春のなかで
こんなにも
一瞬で
優しさに
満たされる
未着
月の裏側から
砂漠が眠りに就くまえに
長いストローをひと吹き
ただ遊泳しながら作る
オムレツに
宙を漂うケチャップを
#じんたま 4
詩人とは、遊星に似ている。
独自の引力圏を持ち、孤高の軌道を周回する存在。その強大な引力に取り込まれ、旋回を余儀なくされる衛星たちの圏内では、重力は歪み、光は正しく直進することを許されない。
人間関係においても、「ロシュの限界(Roche limit)」は厳然として存在する。
詩人はあまりに強大な心的質量を有している。ゆえに、詩人同士が近づきすぎれば、その質量差が歪な関係を生み、引き合っては離れ、時には潮汐力に耐えきれず崩壊して塵へと帰していくのだ。
三浦という男を眺めていると、その理(ことわり)が顕著に立ち現れる。
彼が詩人であるかどうか、私には断定できない。しかし、彼の周囲には常に歪な空間が漂っているように見えることだけは確かだ。
あの二歩氏でさえ、三浦氏に対して激昂した。
理由はどうあれ、彼女がそれほどまでに感情を露わにする場面を、私は他に知らない。三浦氏には、詩人を寸前まで追いやる「何か」が備わっているのかもしれない。彼は多くの人間を引き寄せ、そして同じだけの人間を無慈悲に弾き飛ばしていく。
私は三浦氏に対し、深くは踏み込まぬよう距離を置いている。
端的に言えば、それは畏怖に近い。想像上の魔物を前にした時のような、根源的な感覚。近寄りがたいオーラを、私は肌で感じてしまうのだ。
怒りに震えた二歩氏自身、なぜ自分がそこまで至ったのか、その理由を測りかねているようだった。おそらく、三浦氏は「触れて」しまうのだ。良くも悪くも、深淵を引き出し、暴いてしまう。
配信『#じんたま』において、三浦氏は遺言を残し続けている。
時代の徒花として散る覚悟があるのかもしれない。そして、私の中にも似た想いはある。我々はクヮン・アイ・ユウという存在を介して、自らの人生の意味を完遂しようとしているのではないか——。
「B」の時代、第8期運営は三浦氏でなければ形にできなかった。だが、もしこれが壊れることがあるとすれば、それもまた三浦氏が原因だろう。私は何となく、そのような予感に似た感覚を抱いていた。
100のリソースしかない世界で100を出し切ろうとする私に対し、三浦氏は300の容積のうちの100を「B」に割いているように見えた。残りの200は、正体の知れない何かに沈んでいる。その余白こそが、彼のまとう不穏な雰囲気の正体だったのかもしれない。
「B」が崩壊した真の原因がどこにあるのか。無責任と言われるかもしれないが、私にははっきりとは分からない。ある日を境に、全てが変わってしまった。運営の各々が限界を超えて接近し、結果として塵のように砕け散った——そんな幕切れだった。
誰の責任かを問うことに、もはや意味はない気がする。ある日突然、全ての歯車が空回りし始めた、あの空虚な感覚だけが今も残っている。
私も相当に詰められたが、運営を去った理由はそこにはない。このまま内部に留まっていては、組織を守れないと悟ったからだ。私はDiscordのサーバーを削除し、一切の連絡を絶った。
一年後、二歩氏を運営に推薦するために再びアプリをインストールした時、そこにはメンバーからの膨大なメッセージが届いていた。
今でも、シリュウさんの残した音声ファイルは聴けないままだ。私にはそれを聴く資格がない。そう自分に言い聞かせている。
『#じんたま』の投稿を始めてから、三浦氏から連絡があった。
私は彼に対し、「必ずしも三浦氏を利するような投稿はできない」と告げた。もちろん、彼にそんな意図はないだろう。ただ、私の綴る言葉に対して、彼なりに直にコメントしづらい何かを感じているのかもしれない。あの連絡は、謂わば彼なりの激励だったのだと受け止めている。
時折、彼が一人でギターを弾くツイキャスを眺めることがある。
画面越しに響く音色を聴きながら、やはりこの男には「畏れ」という言葉がよく似合うのだと、私は改めて感じている。
メンヘラ女子は眠れない
リストカットもファッションなら
オーバードーズもまたファッション
スマホで撮ってハッシュタグつけて
今日もブログにうPする
映えるインスタ盛るX
7個のサイトを使い分け
裏垢病み垢自撮り垢
メンヘラ女子は眠れない
彼女は歌舞伎町のホストを刺したあと
その画像をネット上にばら撒いた
人生はフォロワー数や
「いいね!」の数の中だけにある
自分自身を消費せよ
誰もがアピール誰もがジャッジ
もっと可愛くもっと過激に
勝手に拡散勝手に炎上
量産型に地雷系
キーワードは「ぴえん」と「エモい」
迷惑動画もバズればノーカン
メンヘラ女子は眠れない
彼と彼女はSNSへ投稿し
トー横のホテルから飛び降りた
人生はフォロワー数や
「いいね!」の数の中だけにある
(ラップ)
プリン髪して痛バ持って
とてたま気分でバイ活オワコン
キラキラ女子に港区女子
無理ゲーだったらパパ活女子
干物女にはなりとうない
外見スペック超絶ウィケメン
スパダリわかりみキュン死にしてねアピ
パリピギャルサーマジ卍
誰得禿同同担拒否
どーでもよすぎワロタそれなw
メンヘラ女子は眠れない
真ん中
私は、世界の真ん中にいる。
立つだけでも、歩くだけでも、世界の真ん中にいる。
神様がそうしたんじゃない。
地球がそうしたんじゃない。
私達がそうしたんじゃない。
ここが真ん中だ。
それだけのことだった。
【短歌】親愛なる冬のみなさま【まとめてみた】
銀紙にくるまれた冬をとりだしてほうばる前にすこし眺める
透明をかさねてかさねて神無月こんないろでも光になるのか
夏掛けにいっしょうけんめいもぐりこむコタツごっこと音も無い窓
濡れ鼠かわかしたので眠りねずミルクのふとんにくるまって尚
おや中尉あなたでしたかこの冬を鏡のように磨く役目は
十二月なにを撮っても美しく星の採取に役立ちました
枝ぶりは丑三つ時ならシカのツノ冬の昼なら空の花束
将来は研究しようと思い立つ無垢なそらほど寒いふしぎを
碧すぎて夜はとうとう紅くなる電信柱へ薪をくべよう
終わり際は初冬とおなじ匂いみたいこんな鼻ではわからないけど
2026/03/11 日常詠 ガチャガチャを回してみて
わざはひを描いて筆は蝸牛
https://i.postimg.cc/85p8xHn5/IMG-20260312-215001.jpg
『硬つむり』という、おそらくコレはダイアモンドの。
そのたびにどこにゆくのだろうか
熱い亀裂がずらりとくすねると飽き飽きしたクセが出る。しかし、たためなくていいからおれないようにしてくれ。
風合いの葡萄酒でも鬱積があっと声を上げ。向かい風でも無責任な可能性を地図記号にみたけれど、道徳の配置を取り違えたものが、次から次へと ねずみ講と呼ぶ。
正座した淡雪の摩擦音は かざりたいきもちがある。無機質なCodeの先は紅色の臥房まで、正午の頁は路頭に迷う仕組みである。こじらせた玉虫色の脳内で暁のハ音記号を蒔いたユマニテといえ。
むすめの手もとに沈んだ行は処分された。ときに視線をとめた。楽天家の契約書ではないけど迂闊に切り出せない/タイミングは。すいぎん色に曇った空に 一刻も早く修正された手本に 幼児語のビラを疑ったとおり
すいません
たちまちのうちに
玻璃でさえずりをばらまいたもので
(やわらかにおちる)
しかし空想だけ書き出しと結びの雨に打たれている
ありきたりの消耗品だ
真鍮をダウンロードした単語帳は永遠て覗いてから、低く掠れたような猿真似でも、もてはやして涅槃を縫う、暗がりで色もない感じの夢/あやめもわかず
いまや句読点が波のようにうねる こともなくきえた雨風に(日向の樹を 白骨化した鱗のようにへいきな顔で)つきのひかりが差し込むでしょう。それはきっと全体で暗がりで色もない感じの、まえから
指で机を叩く、から、まだ舟のさきに萌いだ、初茜、に。なぞらえるようにそう、望みながら襞ばかりを、明るい調子で。正午も首を傾げ 映像はそこでとまり 脱ぎ捨てた山水画の、巷の巡遊には受け皿もなく、
象ったジュークボックスに震える手で、
この胸に喉に、標本室まで量産された廃塵がてのひらに
避けて通るような黒い水たまりが下手くそに描いてあるみたいにおもえ、待ち合わせの後になれば(目覚めがわるい)夜明けでは薄化粧も許せないから。彼方に消え去る。あかがねをつづりあわせ、どこまでも、砂山の背骨から及ぼす壊死ていく、息弾ませ 鏤めれる。思えば繰り返し送り出した文明がある。
どこか苹果と木の子に振り分けてみる、
懐かしいニオイがした。溜息ばかりは安堵に近づく
反応はすまい
潰れた時間みていた。やわらかな造本は程遠い拠点に まだ、を超えたころ身を焦がす、また間に合うかもしれない。挨拶代わりの戦犯にも基礎を敷く まだら模様の舟が薄い雲の、どんよりとした明かりが、適役は部外者であるから、
盂蘭盆より雲泥の差。しかしシンメトリで末尾に認め暖炉の前で とるにたらない包みを計算するほど。ほら、ところどころに欠伸を壊す雨、地下鉄に裸足で水没する、さりげなく怠け者の最近は、七支刀よりまたぎ追い打ちを、白色矮星、と女性はにこやかにこたえ、焼くような土、からだきした両腕で鵬翼が、灰色な紙も飾り透く
減らず口を叩く夢オチと殺伐は似たような速度だし、僅かに満たされた視界が効かなくなる。どこか温暖化したレセプションで影絵するような羅生門に天をすり合わせる。ばらばらの肢体のほころびが目立つだけ きりくちの二点を結んでいた、疲れたような獣がいるのだと知った。
何のために起きあがって無邪気といえばそれで 飛び上がって咲いていたか 望遠鏡で覗いてみたものの、あしがはやいから 苦痛に震え眠りに撞く、 贋作の蜈蚣の泡をして 憐れなぬくもりは死んだようにヌルく寄り添うのだから、それでさっそく狂いがないのだと理に従うのだ
取り澄ました印象はなく 混乱を用いた山や谷に咲きむらがる。人混みに落とした 楕円形な葉緑体より。どうやら木の枝の、夥しい数に暇を任せて、いくらか蘇る記憶にしがみついて/戻る/悲鳴が耳について。飛沫づくしの金枝玉葉にダビデと名付けて、
今、生徒諸君に亜ぐ。
弾かれたように、呆れては。たぶん言語にもあえない生命線で、オペラ座で
自由に目覚めればどこか、彗星の魂動をきく、ホルスの目で、波風もない
突っ立ったまま。氷砂糖の病葉で赤字を雷雲に被せる、振り返って
みれば憑かれたように賑やかで或れ 楔揃いの書生、諸説あり。痺れるような火のような目眩をまとった、ココロがとけていた。そのうちひびわれ、そのうちはち切れる。
化けの皮を剥がす回だ/あんたは 帰りな
かもしれないことは存在していて、ベットで丸くなって、目をつぶってもなお眠っているんだと今もこうして、NOを奈落に華やぐようなちりおちてしまった花びら。
やわらかな風がながれ、しらずしらずのうちに染み付いてしまっただけの(足元は川のようだった。)とりえのないたそがれにかけ、古インク瓶に、みせていたゆめしかみないので。
まるでつまらない罪人じゃないか
空中散歩する 我知らず漂っている。もう どこからが鳥かごの喩えで もたらされた余白を副む御厚意に(生きている)床に伸びていく影のようなもの
小規模に沈んだ口内に、覚醒した! とも言い出せず――(油紙に火をつけた)いま、淫らな無知が蒼い薔薇を 舌をそよがせて水平線にふつりと消えた。葬の後始末を化け物屋敷に変奏して、
あれはいつのあたしだろう。
目鼻立ち嘘すぎておもえる、ライトをどこか 儚さと同じぐらい、憧れでは。瀬が記録の尻尾のように履き潰しの顔。得意げに笑っては。やや激しい語気に気圧されておもいなおし 立体という名の懐古を与え あらためて悔しいとみえるようすは。
日増しにまして引っかかるようになる、なんておおごとよりは濁して立ち上がり、ひんやりと湿っている芽を等分し、わたしは首を傾げ早朝ないた。
几帳面で小心な感情が気が気でないのだ
封筒の中身は知らなかった
冷ややかな顔になり敢えて出ていった
語彙の音は続いていた
証明のために覗くと崩れた。そのたびにどこにゆくのだろうか。不審そうにたずねたが/いいや頼んだのだと頷くしかなかった。(なぜ理由もなく・単純に問題なのか。)わたしは確かに見たのだ――押しやられたような声をころしてパッと色づいたのか?
けれど何一つ変わらない。目があったのだよと、埋めるのだ。と。みい出せないから必要になるのか・知ることによって立証することなのか・これは私の言葉だけではありませんというそれとも……
覗き込んだだけだった。
波がふってきて――言葉が漏れたのはいつだろうな
おまわりにないしょばなしは阿鼻叫喚なら 与えたソラの半分が折れた、やわらかなもの〝真空〟(すべりやすいくだり坂)さながらにうごかない/屈折光で、間に割り込ませ 呪い無垢で 涙ぐましいところが、ものに含まれる部分に あらわれた姿、
邪魔にならないような結果をログインしてみる。箱にはなにか深海魚がいっぴき溺れていて 解をしらせるそっと手を握る部分。石ころより劣る深層にいつもの朝とおなじく
きみとわたしのあわいに
海と空に境界などないように
白と黒の境界などないように
あり得ないとあり得るの境界も
きみとわたしの境界も
本当はなにひとつないのかもしれない
そこにあるのは
ただ揺らめく波のようなものだけで
『独り言の一人事』
“私”は、きっと
誰よりも強欲で
誰よりも臆病で
誰よりも我が儘で
誰よりも寂しがりで
誰よりも弱虫で
誰よりも面倒だ
だって
貴方を想えば想うほど
“私”は、きっともっと
貴方の言葉が欲しくなる
貴方の声を聞いていたくなる
貴方の傍に“私”を置いてと願ってしまう
貴方の邪魔には成りたくないと祈ってしまう
貴方の心を気にしてしまう
貴方の心のままにと望んでしまう
だから、このまま
ただ想うことにしようと思う
ただ祈るだけにしようと思う
ただ「愛している」と
伝えるだけにしようと想う
欲しがる
夜の帷に
預け合っている
音のない言葉
裏も表も
思いは伝わり
眠るでもなく
曖昧な昨日の面影
時計の針の精密
静まる枕元
伝わるからこそ
言葉の音を欲しがり
ためらうままに
バレている
心の中で何度も書いた
愛しています
ジレンマ解決法
にげろ
かべこわい
ゆかこわい
そらこわい
おれこわい
はらのなかがいちばんさ
はらのなかにせなかあずけたい
はらいがいにけつむけたい
いえはあれしかない
そろそろかえろうか
あれあいてない
まえまであきやだった
はらわってはなそうか
あとちょっとのしんぼう
あれがでたらおれはかえる
おおでた
なきさげんでる
あなだ
ここがあなざーすかい
いやここだけ
ああじゅうでんきわすれた
まあいいや
おおはいった
なきさけんでる
おいだすなよ
ポ…
老いたねこ ふんづけた蟻 台所で
あらそう 家族 汗っかき
壁 それぞれに
風が なだめに おとずれる
その頃 寝室で
月が 敷いた 枕へ
ポ…
ポ
と
弱音を 吐いた
あかんぼう
宇宙
わたしは見た この世のすべてを
僕は見た この世の神秘を
到底理解できるモノではなく
それ故に人を魅了し人々が求め続けてしまう
それに抗えないのは私も同じ
底の見えない暗闇へと足を踏み入れ抜け出せないまま
その幸せに感じ入っている
私はやっと見つけたのだ 全てを捧げる存在を
この空白を埋めてくれる存在を
その『モノ』のためなら私は
何だってできる気がしたんだ