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2021/01/01 12:00:00

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投稿作品一覧

コンピュータvirusくん

「おいみんな〜紹介するぞ。転校生のコンピュータVirus君だ。」

「Virus、こんにちは、初めまして。転校生のコンピュータ・Virus、と申します。Virus、よろしくお願いします。」

「みんな、仲良くしてあげてねー!!」

「はーーーーい!!」

(イケメンだ、イケメンだ、イケメンだ、イケメンだ、イケメンだ、イケメンだ、、、)

 クラスの女子たちの心の中の騒めき、、、。

「はい、じゃあVirus君は、そうだね。あそこ、たかこさんの隣に座ってもらってもいいかな。」

「Virus、了解。」

「はい、じゃあたか子さんと仲良くしてね〜。」

「Virus、了解。」

 Virus君はそういうと、たか子さんの隣の席へ座りました。

「あ、よろしくね、Virusくん。」

「よろしく。俺はVirus。」

 きゅんっ

 なんだかかっこいい。たか子さんはもうVirusくんの事を好きになってしまいました。

「たか子さんはなんか、ハードディスクに似てるね。」

 "えっ、、きゅんっ"

 たか子さんはVirus君との初めての会話にときめいてしまいました。

「ハードディスクっていうのは、データを保存するための装置なんだ。僕はVirus。ハードディスクに入り込み、データを破壊するのが得意なんだぜ。」

 饒舌に語り出すVirus君。

「えっ、えっち、Virus君のえっち!!」

 たか子さんはえっちな発言に怒ってしまいました。

「先生!!Virus君がえっちで〜す。」

 たか子さんは思わず、先生にチクりました。

「ん、Virus君はえっちなんだ。ところでVirus、ズボンを履きなさい。」

 先生は落ち着いた対応をします。

「Virus、了解。」

 ずずずずず、ずずずずず。Virus君はズボンを履きました。滑らかに、滑らかに。ズ・ボーーーン。

「きゃあVirus君。ズボン履くの上手ね。」

 たか子さんはあまりにもVirus君が滑らかにズボンを履いたので驚いてしまいました。

「Virus、得意なことはズボンを履くこと。Virus、物音立てちゃ、いけないからさ。Virus、Virus、Virus。」

 きゃあかっこいーーーーーーー!!

 パチパチパチパチ〜!!

 教室はVirus君のあまりのカッコよさに拍手と歓声で包まれました。

「ふふっ、俺はVirus。これくらい、当たり前のことさ。」

 得意気な、Virus君。

 それを見ていたたかしくん。嫉妬しました。僕だってあれくらい上手にズボンを履けるもの。僕だって、あれくらい上手にズボンを履けるもの。たかしくんは教室の前に躍り出ました。勿論ズボンは脱いでいます。

「これからズボンを履きます。みんな見てて。」

「わかったわ。」

「わかりました。見ます。」

 みんな、見ています。たかしくんを見ています。みんなの、真剣な眼差し。たかしくんは、少し、緊張しています。

 ドキドキドキドキ

 は、履くぞ。履くぞ。履くぞ、履くぞ。

 ずずずずずず。ずずずずず。隆くんは、ズボンを履きました。滑らかに、滑らかに。ズ・ボーーーーン。

「す、すごいわたかしくん。滑らかで上手だったわ!!」

「すごい!!すごいわ!!流石だわーー!!」

「え、えへへへへへ。そ、それ程でも。」

 頭をかいて照れるたかしくん。それを見守るVirus君。

「みんな幸せ。Virus、ハッピー。」

 完

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南口にて

新宿の南口でふと目の前にポケットティッシュを出され
俺も彼女に次のライブのチラシを渡そうとしたが
受け取ってくれず
彼女は少し困った顔をしていた
まあ女性を困らすのは趣味ではないので俺はライブのチラシを仕舞い
ポケットティッシュを受け取った
だいたいにおいてハイボールの炭酸により下痢気味であるし
いつか役に立つのかも知れない 
ポケットティッシュのなかには芸能人の笑顔と即日50万までOKと印刷された紙が入っていた
俺はその広告だけを抜き取って彼女に返した
困った顔をしていたが彼女はこれを受け取ってくれた。

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やさしいて

夕方にテレビをつける
遠くの国の戦争が
こわいこわいかなしい
背中を丸めるわたしに

夫はちっとも休まず
仕事から帰って着替えて
しっかり手を洗い
せかせかせかせか
晩ごはんを作り始める

戦争のニュースから
全国でクマが相次いで出没にかわり
更に天気予報に変わっても
わたしは背中を丸め
戦争について
A国の大統領の言動について
携帯の画面の上
親指を走らせて追いかけている

夫はやっぱりちっとも手を休めず
包丁やお鍋やら電子レンジやらと
向かいあったり
わたしには背を向けているのに
わたしの話を聞きながら
うなづいたり聞き返したりしながら
いそがしくしている

であってからずっと
夫はやさしいてをしている
どんなときだってこーやって
わたしの日常をくみたてて

「はい!暇なら、
魚の骨をとって、ほぐしてあげて」
焼いた魚がのったお皿を差し出してくる
やっと携帯を机において
手伝い始める

やさしいてからわたしは
「はい!」
返事だけはとても明るく上手にして
受け取る

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問わず語り/偏西風と蛇の道は、性。

 夏の最盛期であろう、海がずっと荒れている。
 イワシが上がるとイカが逃げるなんてよく聞きますが、今のご時世、皆が好調に売れることなんか無い。誰かが躓けば、誰かが笑うように売れるのだ。まぁ海に関しては、これだけ地震が多ければ環境の変化が伴って当然。
 スーパーエルニーニョ現象で、猛暑と大暖冬の予想。
 こっちはもう夏が終わったんじゃないかと思うくらい寒くて、お外歩きに買った日焼け止め・・・・・・未開封・・・・・・遮光日傘の出番はあるのか。乞うご期待。

 現在、札幌市内ではYOSAKOIソーラン祭り開催中。

 スタートから数日間は市内の各所また大通公園のステージで演舞して審査。予選通過した団体が、ファイナルの夜に演舞して大賞が決まる。この流れは毎年変わらず、どんちゃん騒ぎと思いきや、札幌市は東京都よりも広くてそのうち6割が森林。その中にある中心部で一部の日時、通行止め。華やかなダンスイベントとして取り上げられているけど、雪まつりとそんなに変わんない気がする。
 札幌市民はうるさいと通行止めで迷惑だと言うけど、ここから猛ラッシュ‼
 6/10~14  YOSAKOI
 6/14.15.16 北海道神宮祭
 7月から市内マラソン大会3つ以上、毎月開催される度に一部通行止め。花火大会もあってピッピー笛の音が聞こえたら、もうやばい。この先すぐのところに行きたいのに迂回しろって、嘘でしょ。

 夏イベント、あるある。
 
 だから私は街中でのお待ち合わせで時間厳守ができない、心と時間に余裕のある方だけを対象とした朝からプレミストな空間で、おはシャン乾杯(おはようシャンパンの略)ここから見える景色は見慣れたもので、今みたいに大雨警報レベル3で青空と真っ黒な雷雲がセパレートしていても、それほど気に留めず。
 だってここは安全で私があなたを守るもの。
 近況報告をして、今日は何する?
 彼らは言います「これをつけて欲しい」と。大概お察しの展開に、変態要素たっぷりな性癖を持ち出す奴は初見のみ。
 そう、二度と会わない相手だからこそ、思い切ったことが言えるしできる。どうでもいい相手だから雑に扱える。狂暴な甘えを隠し持つ男の正体は、支配と強要を目的としたセックスが定番。
 だから男は初対面と性的な関係になれる。自分は割り切っているからね、家族とそれを強要する男いるじゃない。家庭は閉鎖的な空間、家族はそれらをシェアする相手。弱い立場で自分には逆らわない相手にはお構いなしに言いたい放題で、ちょっと殴れば言う事を聞くような関係性だと、相手が妊娠するような事を平気でする。現実のなかにある非現実の抜き取りは禁断、とっても刺激的で、やろうと思ったらすぐできる距離に相手がいることも常習させる理由になります。
 物事がまともに判断できない、認知と判断力が衰えている男ほど性欲の管理ができず、他人に欲望を押し付けることで抜く。
 相手を犠牲にしてもやめることができない。
 
 それってね、誰からも否定されないことが原因で。

 より強い暴力で制圧、強制的な罰が例え加虐的であっても原因を作った側に投げつけて納得させてやれば、壊れて震えながら従う。別にそんなことは望まなくても、相手がその気ならこっちも遠慮なくエロ特化した非常識さでやっつければいい。
 どうせ何度か会うと、どうでもいい相手から恋人っぽい存在に昇格するので。
 大事にされるくらいなら一度きりでいい、思いっきりして。乱暴でいいから夢中になるくらい脳天を男だったら貫いてみろ。快楽なめんなよっ/実力派
 ────ていう地ならしから始まる今日の話は「教えたい男」更なる艶漢叫喚を見たい人だけ進んでください。

 その日、何度目かの乾杯で始まる会話。
 ビールはサッポロクラシックが好き、パーフェクトクラシックは泡がまろやかで唇が喜ぶ。穏やかな会話の先に見る大きなテレビ画面はこわいサムネイル。こういうシュチエーションで見る動画は気分を盛り上げる、ある種の工程。その観点は人によって異なることを知っている私は驚く様子もなくちょっと彼のほうに体を寄せてから、話を始める。
「こわい番組、苦手なんだけど」
「あー、いつも見てるやつっていうか。ホラーって見る?」
「映画なら。動画はわかんないなぁ」
「へぇ、どんな映画見た?」
不安の種。言いかけて、グラスからゆっくり口を離す。
「スラッシャーの、ちょっとエッチなやつ」
「じゃあ、こういうのは・・・・・・」彼はリモコンを操作して、YouTubeの番組一覧からある怪談を見せて来た。
横から私の体を触る。最初からそういうことがしたいのは解っていたけど、怖がらせて、頼りにされたい男の心理は支配性の強い、何らかの強迫性障害があることを念頭に彼の膝の上で手を繋いで、肩を抱かれた。
 内容はよくある怪談
 夜、廃墟に入って撮影。遠くから聞こえる音がテロップで表示され、気配に怯えながら撮影をして状況を説明するユーチューバー。確かに自然ではない音/そこに在る筈のない音や話し声が、画面の左側からだんだん近くに寄って来るのが聞き取れた。
「えっ、なになに。わかんない」
「もうちょっとだから・・・・・・これ、ほんとにやばいから」
「マジもう無理。こわいの嫌いなんだけど」
「ほら、静かに」────声、決定的なシーンがリプレイされる。
 撮影はここまで。実際に廃墟で人が殺されて遺体が発見されたとネタバレする彼。
「これ、本物でしょう」私に何度も確認する。共感能力を高めることで私は彼に支配され、彼の思い通りになってエンド。だと思っていたら、どうしても見えてくる彼の特性に付き合うことになる。




 教えたい男の正体は、病。

 


 強迫性障害の人は自分をしっかりと持っている。
 そして、他人にどう思われているのかをとても意識する。不安なんです。だから他人をよく観察して判断した行動を正解とする、間違えたくないから正しさを強要する。自分がこうしなければいけないという概念を相手に押し付ける迷惑行為も顧みず、自分がやって見せてから同じようにやれという「巻き込み型」強迫性障害の持ち主であることがすぐに判りました。

 この特性がある人
 私個人でいいなと思うところがあって、不潔なことをしたがらない。
 食べ物のシェアや、キス、自分から密着したい欲求がほぼ無い。いいよと言っても、やりたくないが勝つ。それが自我の在処でこちらの意思を尊重しないのは大いに結構。性的な興奮が興ると理性が乏しくなり、衛生的ではないことも勢いで強いる。自分の行いに対して、体感よりも、目から入る情報が全て。相手を支配して思い通りになっている精神的な高揚感が快楽だと思い込んでいる男らよくある傾向。
 聞かれてもいないのに、自分は理性的な紳士でいい人だと言い出す自称・サディストは大体がこれ。
 Sすぎて、虐められたいとか。
 タチ、突っ込むほうの立ち位置で、相手に甘えて感じながら、ご主人様がそんなことするから気持ちよくなっちゃう我慢できないよって言いながら程よく攻め過ぎない。甘えて抱きついたり、開いた足の内側を撫で上げながら恥ずかしい所を見せつけて、なおかつ俺のこともちゃんと見ろ。ヒクついてる所を指で広げながら、汗とアレで乱れる陰毛ごと握って揉みしだく。
 人間の内臓の香りがしてきたら、おねだりしながら何度もしつこく侵入する部位をどっちがいやらしい名前で今どうなっているのかを言い合いながら、激しく優しく切なく、抱きあげる。

 タチのバリエーションは豊富ですが、集中力を要する体現を継続する為のアクセスはシンプルに私自身が行為そのものに夢中になること。ぞっこんラブ、今全てを無くしてもお前が欲しいと斯くも優しく訴え続ける。芸事であり、演技。自主的にやっているわけではない事を相手は知っているので、そこで割り切れなかったら、心残りが終わった後に漏れ出す。
 俺が一番いいなら、もう俺だけでいいだろ。
 本当に好きなら、付き合おう。とか
 積極性がある人ばかりじゃなくて、どうせみんなに同じこと言ってるんでしょ。ほんとに気持ちいいならLINE教えてよ、外で会おう。
 それができないなら本物じゃないから信用できないって言い出す始末。
 卑屈になるのは、ベッドのシーツが冷たいせいだよ。シャワーを一緒に浴びて、そこに座って。洗面器にためたお湯でボディソープを解かして泡立て、顔を知被けてキスしながら上から順に、いやらしい手付きで全身シゴキ洗い。もちろん至近距離でいやらしい視線をこれでもかというほど投げ打って、相手は気が付く。
「もしかして、俺のこと本気で好き?」
 すぐ興奮して抱きつく私は、ぬるっぬるの手応えから手を離して挟んだら密着させて動く。
 この時よく言うのは「ちょっとだけ。まだ時間あるよね?」お客様の台詞を横取りしてしつこく抜き取る。大声をあげて、精子じゃないものを飛び散らせて息も絶え絶えになる方はご愁傷様。
 
 ここまで、私にやらせない強迫性障害の方は最後まで適切な距離をキープ。
 それを承知で踏み越えて股に入り混み、クッションに手を埋めながら「帰りたくないんだけど」嫌になるほど困らせて、だけどそれは冷酒のように後から効いてくる。
 相手が何を求めていて、どんなやり方が効果的なのかをいち早く探し当て、何度も練り返すことで常に興奮のピークに置き、他のことを考えなくてもいい時間を提供する。この人には、しつこさや聞き分けの無さ、要はわがままが貫通する。それも確認しないでやって叱られることに意義があるとしたら、すぐ甘い関係になれる。
 好き、という感情が繋ぎ止める確かなものが、どエロい性愛で正解。
 言い方を変えればこの手の男にはミスマッチがほぼ無い。甘えるのが下手だからこそ甘えて見せて、相手が甘えてきた時に、素直に嬉しいと感じてキスができるようになったら・・・・・・
 相手のやりたいプレイを先行してやりたがる。身の毛もよだつ男が求める本質的な痴態は、願望/フェチを突き抜けて人間性を疑うトラウマの解禁とか、絶頂アブノーマルなのでここでは言えないけど。
 オーラルでは無い、心の溝の奥まで光を当てて「しっ、助けに来た」金さえ払えば俺が何とかしてやると言うのだから、仕方ない。
 
 ※私は、守銭奴。

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 夏のメンズ肝試し、いかがでしたか。
 支配と性愛は必ずしも一致して、誰にでも振り掛かるわけではありません。
 大概の男性はちゃんとしまってお行儀よくしてます。
 ただ、教えたがる男が私の周りには多くて、言うことなんか聞きやしない私のわがままを上手に扱ってくれる。日常生活のなかで自分に対してこんなにも好きだと必死に求めてくれて、愛してあげないと襲われる危機感に今日も悩みは尽きない。
 
 次は墓場で運動会。

 たのしいな
 たのしいな──終──

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水と煩悩(短歌集)



夏の海どこからとなくあらわるるヨットしらなみ尽きないしらべ


鎌倉やいつかいもうといたこの地へと追いかけるよう今着いたのだ


伊豆はあたたかテントもよくてなみおとの耳へとどくや頁をめくる


また一枚ぬぎすてながら畑おこすおこされてゆく山の土くれ


ぽっと月ある東京のこと巡りつつ買ったのり弁ふたつを下げて


花これ葉となりこれも落ちてあゝ東京よほんとうにさようなら


辿りつきほんとう旨いこの水のしぶきしぶきしぶきしぶきや


のんびり水のむやありったけもうならんもう一杯だけを



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貸し本棚に関する意見交換会

貸し本棚サービスをローンチし、すでに一定の盛り上がりが見られつつあります。
こうした中で、ぜひお互いの貸し本棚、本のラインナップなどについて、意見交換する場をつくらせて頂きました。

Talkでやる手もあるのですが、貸し本棚サービスの立ち上げを優先するために、ぜひコメントすれば、自動的にコインが貯められる
掲示板スペースで意見交換会を催したいと思っております。

ということで、まずは取り急ぎ、会の発足を宣言させてくださいませ。

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批評・論考

風の刻印


黒く 冷たい風は
地を 凪いでゆき

泊雲 留まれなく
遠雷 午後を記す

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最後の散文詩 5




わたしは井戸の傍に腰かけながら、分析心理学をめくり、今夜の仕事のこと気にしている。
雨がふれば仕事は中止。雨がふらなければ決行しなきゃいけないんだけど。ふたりの男が話していた。
清楚な服に身を包んだ若い詩人とすっかりしろかみになってしまった仏教学者がなんやかんやと議論している。
わたしはわからないことばかりだ。
なぜ数式と睨めっこしていた人間が爆発的回心キリストについて熱く語るようになってしまったのか。
なぜ数式と睨めっこしていた少女が、今、AIを使用して絵画を描いているのか。
いつかぶら下げていたカメラは今どこにあるのか。
だからわたしは井戸の傍にずっと身を寄せつつ、ずっとそのふたりの男の話に聞き耳を立てていた。そして急いで家に帰った。


 先の議論のことをくりかえし、頭の中で反芻しながら、内村鑑三さんの本が確か家にあった筈なんだけれど、と思いつつ、自分の本棚を見まわしたが、多くの本はクローゼットや物置に入れてしまっていたので、肝心の、内村鑑三さんの本が見当たらず、時刻が来たので、とりあえず、サンドウィッチと、慣れないがここはコーヒーではなく、紅茶を淹れて飲んでみようと考えた。
 おいしかった。


 この時代にあって、若い詩人はもうこの日本にも大聖堂が立っているのだから、そこでコツコツと詩を書いた方がいいと言っていた。しろかみの男はずっと何か語りかけようとしていたが、その大聖堂があるとして、わたしはその大聖堂の天井に描かれた絵を、見つめるということができるかな、とそっと言った。


 わたしは妻を病院に見送ると、そうだ、わたしも教会に行ってそこで最後の散文詩を書いてみようと考えたが、玄関を出て、とことこ歩いていっても、木や草ばかりだし、ああ、確かにここに確かに教会があった筈だと思ったらば、そこは小さなケーキ屋さんになってしまっていた。

 しょうがないので、ともかくノートに歌を諳んじつつ、書き落としてゆきながら、歩いてゆこうとすると、なぜか、またあたらしい人、あたらしい人たち、に出会うことになったけれど、みんな、各々の答えをしっかりと持っているけれど、そもそもわたしは、わたし自身の答えの、その問いすらももっていないことに気づいた。


 スマートフォンで、Halleluiah Halleluiah、と歌いつづける、ロックンロールを聞きながら、結局のところ、わたしは生き残りだけれども、最後にたった一本の煙草に火をつけてこの世の生を全うしたということでいいのではないかという気がした。


  そうしてわたしの詩はどこまでいっても嗜好品にしか過ぎないから
  今からあの若い詩人を訪ねて、どうぞ、あなたはあなたのARTを完成させて下さい。

 そうした手紙を祈りながら綴りながら、この詩が何ものの表現も盗んでいないことを気にかけつつ。


 わたしはハッと、周囲を見回すと、ことの始終をのぞいていた一人の女の子がいて、彼女は、一歩、二歩、三歩、といいながら、海の方へ歩いていった。


 きっと今夜は晴れるだろうから。この手紙を便箋につめて夕闇のなか出しに向かう。

 星空の下、

   Halleluiah
          Halleluiah


と、歌いながら、俺は、俺の仕事をするだろう。


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《歴史創作》井上さん 最終話予告

 さーて、来週の井上さんは。


 どうも、元兼です。最近は備後の山名も無事に追い出すことができ、一安心。
 志道のうるさいおっさんも年なのか孫を評定に出すきりだし、元就殿も気弱な小倅に家督を譲ったことでのびのびと羽根が伸ばせますわ。
 あとこの前の評定で上座に座ってみたけど、なかなか悪くない気分でしたよ。

 さて、次回いよいよ最終回! そういうわけで豪華に

・次の評定、宴があるからサボっちゃおう!
・毛利の小倅ご乱心! 引き締め&帳簿要求!
・就在くん、いきなりの褒美! いざ郡山城へ!
・冷酷無慈悲! 元就のその本性!

 ……の四本立てです!
 来週も井上党の勇姿をご照覧あれ!

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金貨と目薬(3)

<3人の関係➋>
加賀見にショートメールで店に出るシフトを送り、
加賀見が来店する日は太客以外の指名を断り加賀見との時間を取るようにした。
何度目かの来店で同伴出勤を約束して貰い、同伴のお礼にとアフターで他の店へ飲みに行った。
何度目かのアフターで加賀見の寝ている横で目を覚ます事となった。
記憶を失くしての結果でなく加賀見のタイミングで、こうなる事を深水は望んでいた。
加賀見と朝を迎えるタイミングで深水は自分の考えるデザイン企画を持ち出した。
自分で考えた企画でなかった事も有って乗り気で無い加賀見に
この企画が成功すれば夜の世界から完全に抜け出せるから力を貸して欲しいとねだった。
加賀見の脳裏を深水と二人で成功する世界が横切り
「やってみるか、俺もイラストで食べて行ける様に成れば最高だしな。」
その言葉を聞いて身支度を済ませて深水は加賀見を置いて部屋を出て行った。 

加賀見との企画を進める為に深水は持てる人脈をフルに使い企画に現実味を持たせた。
深水はファッション雑誌の編集長を前に企画の面白さを熱弁していた。
「深水君、面白い企画だと思うけれど大きな問題が有る様に思うのだよ。」
編集長の言葉に深水は動揺の欠片も見せる事なく先回りする様に答えた。
「私が夜の仕事をしている事ですか?協力して貰えるアパレル企業からも指摘されましたけれど
この企画に対して私は一切、前に出ようと思っていませんし出ません。」
深水の言葉に「そんな貪欲な目で言われても誰が信じられるのだよ…」編集長の言葉を遮る様に
「私が今、欲しいのはお金でも名声でも無いのです。流れ私が源流と確信出来る流れが見てみたいのです。」
モデルが企画を提案しに来た場とは思えない異様に重い空気を押しのける様に
「流れ?流れて何だよ!まあ、深水が表に一切出ない事を条件に前向きに検討してみるよ」
編集長の言葉によって深水の異様な申し出と雰囲気に吞み込まれる様に深水の企画が机上に乗った。

そして雑誌の後ろの方に加賀見の顔写真と共にデザインに込められた思いなどが紹介された。
記事の内容からは自分の影さえ伺う事は出来なかったが深水は気にする事も無く企画の反響を追っていた。
愛の言葉文字を読めぬ程に解体してデザインとして使っているとアピールしたところ
秘めた恋心を感じるとネットで騒がれはしたが爆発的な流行とは成らなかった。
しかし深水は細いけれども自分が作り出した流れを感じて満足げだった。
~つづく~

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偃鼠(えんそ)の歌

                                   ドブネズミみたいに美しくなりたい
                                   写真には写らない美しさがあるから
                                      「リンダリンダ」甲本ヒロト

無常観、わび、さびなど所謂日本的美意識と言われるものについて書いてみた。素人の戯言に過ぎない。


一、
人生は思うままにならない。不如意な事が後から後から生じる。都会に就職して高給取りになりたかったのに幸運の女神にソッポを向かれて田舎暮らしを強いられる。若いうちには頻繁にパーティなんぞを楽しみたかったのに人もいなければよい場所もない。都内タワマンの高所でエッヘンオッホンとしたかったのに我が家は僻地にあって荒屋じみている。家具も食器も輝かんばかりの新品で埋め尽くしたかったのに親や親戚からのお古で我慢しなくてはならない。いつまでも若いと思っていたのに気がつけば黒髪に白いものが混じり体の到る所に皺が刻まれ節々が痛み始める。一体どうしろと言うのだろう。

誰しも自我を守らんとする心理体制を備えている。酸っぱい葡萄がそうである。高所に実る葡萄を取れなかった狐は、どうせ酸っぱいのだから取れなくてよかったと負け惜しみを言う。心中に壁、というより門を造り自在に開閉させ、自我にとって必要な情報は門を開いて取り込む一方、好ましからざる情報は閉ざして遮断する。葡萄は酸っぱくて口に合わないかもしれないとの話はしっかりと聞いて記憶し、世間の悪口は心に容れずに自我を守る。葡萄の寓話は人の成長を阻むので必ずしも好ましいとは言い切れないが、それでも何もしないで自我を無防備に厳しい現実に晒せばいい、というものでもあるまい。

葡萄が可能なら、華のない生活や古びた家具や思いのほか足早な終末も可能ではあるまいか。自我の門を思うままに開閉し、心を清流で満たし、逆境にあって順境さながらの自足が果たせるのではあるまいか。無常・わび・さびのイデーである。負の美学であるが、人を苦しませかねない事物をしてむしろ満足せしめるのである。儚きを儚きが故に愛し、寂しきを寂しきが故に愛で、古きを古きが故に惜しむ。このように人をして価値転換せしむる防衛機制として、無常観があり、わび・さびの理念があるのである。

二、
如何なる生き物であれ、この世に生を受けて喜ぶのも束の間、終息は足早に訪れる。春の桜は夏を知らず、夏の蝉は秋を知らない。愛する者もいつまで生き永らえようか。鴨長明は「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし」と嘆き、啄木は「おそ秋の空気を/三尺四方ばかり/吸ひてわが児の死にゆきしかな」[1]と悲しむ。しかし、生きとし生けるものは蜻蛉の命であるからこそ、一分一秒の輝きが愛しくなるのである。桜が年中咲き誇るとしたら、我々はかくもかの花を愛するだろうか。咲くと見る間に散るからこそ、いっそう愛おしいのではあるまいか。兼好法師が「あだし野の露きゆる時なく、鳥辺山の煙立ちさらでのみ住みはつる習ひならば、いかにもののあはれもなからん。世はさだめなきこそいみじけれ」と説くのはそのためである。命が永遠だとしたら「もののあはれ」も何もないのであり、儚く定めないからこそ胸を打つのである。命は儚いが故に愛おしく、愛おしいが故に美しくまた尊いのである。損なわれ易い生は憂いの対象であるが、それにもかかわらず、否、それ故にこそ愛おしく、慈しむというまさにその思いを通して生の充溢が感じられるのである。同一の対象が正負両義の解釈を許容し、対象の陰性が悲しむべきものから愛おしむべきものへと変えられるのであり、かくして人は能動的にゲシュタルト転換を成し遂げ、新解釈に慣れ親しみ、生の悲しみが生の喜びとなるのである。(啄木の嘆きには同情すべき点があるにしても)鴨長明はこの積極性を欠くので悲しむばかりに終わったが、兼好法師は生の愁いを歓びへと投げ企てたのであり、無常観は主体的獲得によって負の美学として確立されたのである。

陰陽転換は洋の東西を問わない。詩人シェリーの涙は随筆家リンドの笑みへと変貌する。シェリーは「うたかた」[2]にて無常に袖を濡らす。

  きょう ほほえむ花も
  あすは 死ぬ
  待ってほしいものはみな
  さからい 逃げてしまう
  この世のよろこびは なに?
  夜をあざける稲びかりか
  つかのまのきらめきか

ところが、その袖に滴る雫に知らず感嘆するのがリンドである。

  たいていの人間にとって、人はついには死なねばならぬと知るからといって、いま生きている喜びを弱めることはならない。詩人にとって、枯れる宿命にある花
  や余りに早く過ぎ去る春を凝視する時にも、世界はいっそう美しく見えるのである。五月を見ているまさにその瞬間にもその美しさは消えつつあると知るからこ
  そ、詩人は心をより激しく震わせるのである。

と言うのだから[3]。リンド的転回には兼好法師と同じ機微が潜むのであり、無常を憂いから喜びへと転換させる知恵は普遍的なのである。

三、
わびは元々は叶わぬ恋の苦しみや生活上の不如意の辛さを表した。以下は万葉集からであるが、一つは「何度も恋に泣くが、心慰める効果なく、辛い思いで寝る夜が多い」と嘆き、一つは「国が遠いからとて悲しむな、風に吹かれ雲が行く如く、私の言葉があなたに届こう」と言う。どちらの動詞「わぶ」も辛さを意味する。

  立ち反り泣けども我(あれ)は験(しるし)なみ思ひわぶれて寝る夜しそ多き[4]
  国遠み思ひなわびそ風の共(むた)雲の行くごと言(こと)は通はむ[5]

仮に地方へと流されたとすれば、都会的事物から隔離され、愛しい人に会えず、手にしたい物もない。人は憂いの淵に沈む。ところが、これは煩わしい世間からの解放でもある。私は誰にも気兼ねしない独居に親しみを覚える。草の葉に這う朝露、物静かな昼下がり、郷愁を呼び起こす夕暮れの情景に愛着を抱く。すると新しい環境を辛いと感じず、自ら進んで享受する。主体的生活態度としてのわびが成立し、これを和歌に詠むと美意識へと昇華する。価値転換が果たされるのである。

古今和歌集には「山里はもののわびしきことこそあれ世の憂きよりは住みよかりけり」というよみ人知らずの歌があり、「山里は物悲しいが、都の辛さと比べれば住み易い」という意味である。ここでは、正負転回の結果としてわびが成立し、しかも「もののあはれ」を知る者ならば誰であれ経験し得るので、無名の人もまた詠むのである。

わびとは何か。武野紹鴎は『紹鴎侘びの文』において「正直に慎み深くおごらぬ様」であるとして、「一年のうちにも十月こそ侘なれ」とする。「正直」とは自然であって無理に作らぬ態度である。「慎み深くおごらぬ」とは人に派手さを見せつけず、静謐な暮らしに安住することである。『分類草人木』という書には「有るべき様こそ面白けれ」とあり、『禅茶録』には「不自由なるも不自由なりと思ふ念を生ぜず、不足も不足の念を起さず」とあるように、富者が強いて貧しいナリをするのではなく、貧者が貧しさに忍従することでもなく、富者ならざる者がその暮らしぶりのままに充足することである。人も物も不足する日々に馴染んで自足することである。その様はまさに穏やかな秋であり、華やかな春でも眩い夏でも手厳しい冬でもない。

千利休によれば、わびの精神は藤原家隆の歌「花をのみ待つらむ人に山里の雪間の草の春をみせばや」にある。見目麗しき花を欠く草地に親しみ、活気に満ちる派手さよりも活気無き地味さに心惹かれて落ち着く詩情である。さらに、わびは贅沢と粗末を対照させ、より深い美を引き出すことでもあり、華麗美と不足美の対照において成立する感性でもある。

すなわち、不足それ自体に享受すべき美の性格があるから不足美と言えるのだが〔不足美〕、のみならず、通常は好まれない不足に敢えて美を見いだそうとするから見いだされるのであり〔主体性〕、不足に慣れて自足するから美を自家薬籠中の物とできるのである〔習い〕(「習い」は兼好法師の言葉である)。また、不足美に華麗美を対比させることによって不足美を際立たせることであると同時に、華麗美の華麗美たる所以を強調することであり〔対照性〕、さらには不足美を華麗美に重ねて重層化させることでもある〔重層性〕。

家隆の歌でいえば、まだ雪の間に草が生えつつあるのみであって花は何処にも咲いていないのがむしろ美しいのと考え〔不足美〕、華やかならぬ雪間の草にすら美を見いだす積極的態度があり〔主体性〕、そして草を見慣れるにつれ愛着を抱くところに自然な美意識が育成される〔習い〕。想像上の春の花と現実の冬の雪と草との対比により、いまだ花の開かぬ草地の不足性が浮き立つところでそれを哀憐し、同時に雪間の草と待ち遠しい春の花との対比により春の花の美しさが際立つところでそれを愛で〔対照性〕、雪間の草を背景に据えた上で春の花を提示することによって重層化された美が示されることで、いっそうその美の虜となるのである〔重層性〕。

四、
心に苦しみを引き起こす生活や対象から逃避したり、あるいはそれを抑圧していたりするだけでは、いつまで経っても不如意のままであろう。この手のものの中には、美的観点から、ひいては実存的立場から、実は高い評価の付与に値するところもあるかもしれない。逃げたり抑えつけたりせずに向き合い、目を留めるべき点を見出し、いわば身を委ねれば、精神の充足を果たし得る。

芭蕉がそうである。このわび人は、若い頃は将来が約束された立場にいた。ところが後ろ盾となる人物が亡くなって苦境に陥ると、江戸に出て俳句評論家として身を立てようとした。弟子もでき、さあこれからだという時に、芭蕉はなぜか鄙びた深川へと隠棲し、この地で短期間に『柴の戸』『月侘斎』『茅舎の感』『寒夜の辞』『乞食の翁』など一連の名句を生み出すのであり、これらの作中において、徐々にわび概念を確立するのである[6]。以下、簡潔に見て行こう。

『柴の戸』では、芭蕉は「こゝのとせの春秋、市中に住侘(すみわび)て、居を深川のほとりに移す」と書く。都会は金のない者が暮らすには辛いから町外れへと住まいを移すのであり、芭蕉は辛い場所から逃げる〔逃避〕。次に『月侘斎』においては、「月をわび、身をわび、拙きをわびて、わぶと答へむとすれど、問ふ人もなし。なほわびわびて、侘てすめ月侘斎がなら茶哥」とする。わぶという動詞を繰り返すことによって芭蕉は自らの状況を直視し、苦しみを忌避せず、意識という舞台へと登壇させる〔意識化〕。『茅舎の感』では、杜甫に「茅舎破風の歌あり」と言い、蘇東坡は「此句を侘(わび)て、屋漏の句作る」と続け、そして芭蕉は「芭蕉野分して盥(たらひ)に雨をきく夜哉」の句を得る。杜甫は破屋が漏るので眠れないと困り、蘇東坡は大雨には雨漏りがすると悩み、その心を芭蕉は取り上げて一句を得る。ここでは、孤独で辛い独夜に雨音を聴くという情景が描かれ、苦しみながらそれが詩情へと高められている〔昇華〕(ただし、芭蕉翁の弁としては、いまだこれを楽しむ心境には到っていないようであるが)。精神分析の用語を借りれば、逃避によって意識下へと抑圧されていた辛い侘びの思いが、意識化を経て詩情溢れる侘びへと昇華するのである。

そして『寒夜の辞』では、「深川三またの辺りに草庵を侘て」と書き、「芦の枯葉とふく風」という一節を挟み入れる。ここには、西行の和歌

  津の国の難波の春は夢なれや蘆の枯葉に風わたるなり
  津の国の葦の丸屋のさびしさは冬こそわけて訪ふべかりけれ

この二つが背景となっている。「津の国の難波の花咲く春は夢だったのか、眼前には蘆の枯葉に風が吹き抜けるだけではないか。むしろ難波の春の暖かさではなく、冬の枯れたる詩情こそ我々は希求すべきではあるまいか」と。これは西行の陰陽転換の記録であり、芭蕉はそれに共感し、「芦の枯葉とふく風」という言葉を書き留めたのである。

そして『乞食の翁』である。芭蕉は杜甫の

  窓には含む西嶺千秋の雪
  門には泊す東海万里の船

という二行を置き、「我其の句を識て、其心ヲ見ず。その侘をはかりて、其楽をしらず」と続ける。杜甫と同様、芭蕉も貧しく生きているが、杜甫とは違って芭蕉はいまだそれに自足する精神を獲得していないと言う(もっとも、そう嘆くのも俳諧に固有のイロニーであるのかもしれず、当の翁は既に莞爾としているのかもしれない)。ここに到ってようやく、芭蕉の詩歌と人生の目的が侘びを楽しむことと見据えられた。侘びの精神の確立である。

言語的に見る。『柴の戸』では、「市中に住侘て」とあり、わびは助動詞であるに過ぎない。『月侘斎』では、「月をわび、身をわび」となり、わびが本動詞に昇格される。最後の『乞食の翁』となってようやく「その侘をはかりて、其楽をしらず」と書かれ、わびが名詞として用いられる。わびが明確な概念として確立され、詩歌の主題として追及する価値のあるものとなったのである。

このように、芭蕉は孤独で粗末な暮らしに対する評価を消極的なものから積極的なものへと転換させたのであるが、東に芭蕉がいれば西にはソローがいる。ソローは人里離れた森に単独で暮らし始め、ただ一度だけ寂しいと思ったと述懐する。しかしソローはむしろ孤独に精神の充足を感じることになる。発見されたのは日本のわびではないが、僻地における孤独で貧しい暮らしを悲観せず好意的に評価したのだから、芭蕉と同じ精神の力学が働いており、わびの西洋版とでも言うべきものがあると言える。

ただ一度だけ——森に住みはじめてから二、三週間たったころだった——おちついた健康な生活を営むには、やはり身近なところに人間がいなくてはならないのではないか、という疑いの念に、一時間ばかりとりつかれたことがある。ひとりでいるのが、なにか不愉快だった。しかし同時に、私は自分がいくらか狂気じみた気分になっていることを意識しており、まもなく回復することもわかっていたようだ。そんな気分に囚われているあいだ、雨がしとしとと降りつづいていたが、突然私は「自然」が——雨だれの音や、家のまわりのすべての音や光景が——とてもやさしい、情け深い交際仲間であることに気づき、たちまち筆舌につくしがたい無限の懐かしさがこみあげてきて、大気のように私を包み、人間が知覚にいればなにかと好都合ではないかといった先ほどの考えはすっかり無意味となってしまい、それ以来、二度と私をわずらわせることはなかったのである。[7]

さらに、ソローは「むかしから最高の賢者たちは、貧しいひとびと以上に質素で乏しい生活を送ってきた」と書く。賢者は「外面的な富においてはもっとも貧しく、内面的な富においてはもっとも豊かな階級に属して」おり、賢者のように「自発的貧困とでも呼ばれるべき有利な基盤に立脚しなければ、だれひとり人間の生活を公平な賢い目で観察することができない」と言うのみならず、「贅沢な生活からは贅沢という果実しか生まれはしない。当節では、哲学の教授はいても、哲学者はいないのである」とすら断言する。そして「哲学者になる」ためには、「ひたすら知恵を愛するがゆえに、知恵の命ずるところに従って、簡素、独立、寛容、信頼の生活を送ることである」と述べる。簡素と独立はまさしく芭蕉のわびではあるまいか。日本人の定義するわび人は、西洋においては哲学者と呼ばれるのである。

不足美といえば、ワーズワースのルーシー詩編に侘しい生活を送った少女を題材とする作品がある。不足への評価は消極的であるが、少なくとも詩の主題となる点においてわびに通じる。

人の通わぬ路に人知れず暮らす少女がいる。讃えられも愛されもせず孤独である。おそらく少女の住まいは粗末であろう。少女は付き合うべき人間に不足し、生活する上で便利な物にも不足する。少女はひっそりと生き、ひっそりと死ぬのであるが、詩人はこの少女に哀惜の念を吐露するのである。少女の慎ましい境遇は楽しいものではなかったが、少なくともワーズワースにとっては、詩へと昇華すべき価値はあったのであり、わびの精神に通うものではあったのである。[8]

  ダヴの泉のかたほとり、
   迹なき路に住みしなり。
  讃へしはなく、愛でにしは
   いともすくなき鄙少女。

   苔むす石のかたはらに、
    かくれて咲ける花すみれ。
   そのさやけさは大空に
    さびしく照らすひとつ星。

   生きて知られず、ルーシーの
    逝きしを知るも稀なりき、
   今、墓にあり、ああ、われに
    大いなるかな、そのけぢめ。

五、
人の生を促進せず、妨げかねないものがあるとする。その対象の負の性格は変えられないにしても、人の捉え方を負から正へ、陰から陽へと転換することによって、人がその対象の負性を忌避せずに受け止め、安らぐに到ることは不可能ではない。無常、わび・さびがそうである。対象は負のままでありながら、その負を担う人の精神は陰から陽へ、負から正へとコペルニクス的転回を成し遂げる。兼好法師はこれを書き留め、リンドはここに詩人の幸福を探り当て、芭蕉は深川隠棲中にこれを成就し、ソローも森林中の独居においてこれを獲得したのである。古今東西の賢者や詩人の書を繙けば、枚挙に遑がないのではあるまいか。

この価値転換は既に神話において見られる。ソフォクレスによるオイディプス神話と古事記におけるイザナギの神話を見てみよう。

オイディプスを生んだ二親は一国の統治者だった。ところが、我が子は父を殺め母と交わると予言され、恐れをなして子を遠ざける。遠くで長じたオイディプスは、とある道端で遭遇した人物と揉め事を起し、その者が父とは知らずに殺害する。オイディプスは訪れた国でとある問題を解決し、その王座を得、その王妃を母と知らずに娶る。やがて事実が明るみに出ると、オイディプスは絶望の余り両目を抉り出し、失命して放浪の旅に出る。最後にオイディプスは行きついた地で死ぬのであるが、かっての絶望に弱り切った姿は見られない。自らを襲った残酷な運命と向き合い、受け入れ、尊厳を持ってオイディプスは死ぬのである[9]。知るに到った出自から当初は逃げ出したが、やがて直面し、それを自らの実存的課題であると悟達し、清明なる境地を獲得するのであるが、ここにも〔逃避→意識化→昇華〕なる過程が確認できるのである。

ニーチェの運命愛はこの観点から解明すべきものではあるまいか。すなわち、認識するのが辛いがため逃避している対象と敢えて向き合い、意識化することにより、対象それ自体の負性は変わらぬまでも、対象を見て取る目が負から正へと転換するのであり、そうして対象を受容し、安心立命すら獲得することが可能なのである。その一例がギリシア神話のオイディプスであり、それを運命愛と呼び得るのである、と。

古事記はどうか。死せるイザナミを黄泉の国まで追っていったイザナギは、見てはならぬという約束を破って醜くなり果てたイザナミを見てしまう。恐れをなしたイザナギは逃げ、イザナミに追われる。黄泉比良坂を千引の石で塞ぎ、イザナミにこれより先に入るなと禁ずると、穢い国にいたから禊ぎをしようと独り言ち、禊ぎ祓いをする。海水中に潜って身を濯ぐと、まず穢れによって成れる神である八十禍津日神と大禍津日神が生じ、次にその禍を直そうとして成れる神である神直毘神、大直毘神、伊豆能売神が生じ、最後にはいとも畏き三柱である天照大御神、月読命、建速須佐之男命が生じた。

ここには不浄を浄化する三過程が見られる。イザナギはまず不浄から逃げ〔逃避〕、次いで不浄に直面し(黄泉比良坂においてイザナミに対し「これより先に入るな」と言ったことや、禊ぎにより好ましからざる神々を生成したこと)〔意識化〕、終いには自らの不浄を清めることにより、不浄が浄化されたのである(直毘神や貴き三柱を生成したこと)〔昇華または浄化〕。すなわち、禊は、より多くより念入りに行われることにより、その対象となる人や物のケガレを祓うことができるのであり、さらには不幸・不運・邪悪を取り去る消極的行為から、安全や幸運や豊穣をもたらす積極的行為へと、行為の目的も効果も変わってくるのである[10]。ここにおいても、ケガレと呼ばれる逃避対象が意識化され、昇華(浄化)される過程が描かれているのである。

ケガレとは神々の嫌うものである[11]。

  一、衛生上不潔なもの。糞尿、塵芥、腐敗物、溜り水など人間に不潔感を与えるもの。
  二、必ずしも不潔でなくとも醜怪な感じを与えるもの。血液がそうであり、殺傷の出血、産血、月水。
  三、死。人間の死のみならず禽獣一般の死、生きとし生けるものを殺傷する行為、死者の屍を切り破ること、鳥獣を殺して料理すること。
  四、自然から受ける損害。虫に刺されることや蛇に咬まれること、家畜が野獣に食われること、農作物が外注に荒らされること、天変地異により人畜が害を受け
    ること。
  五、人間の社会生活を攪乱する行為。大祓に列挙するものには、田の畔を破壊すること、水樋を毀すこと、一度種子を蒔いた畑にさらに種子を蒔くこと、地堺の  
    串を勝手に挿すこと、他人の家畜を害すること、略奪、横領、盗賊、放火、失火、職務怠慢など。その時代時代の社会規範に反するもの。

無常観にせよ、わび・さびにせよ、ひいては運命愛にせよ、何れも日本神話の概念で定義すれば、ケガレがミソギにより浄化された結果(不浄の浄化)、獲得された精神なのであり、この浄化過程が文芸に取り込まれて成立したものなのである。

六、
無常観ならば、論者様々であっても定義の一致は比較的容易に見出せよう。わびとさびについては、論者により定義に異同が少なからずありそうである。さび概念の多様性に私も甘えよう。

さびとは、物の内部から浮かび上がる衰退の相に敢えて愛でるべき側面を見出し、その物自体も愛惜する主体的態度である。衰退相の現れと言うのは、「寂」は「錆」「荒」と読みが同じであることから連想せられよ。鉄器の表面が錆びるのも、建物や庭が荒ぶのも、どちらも寂びときわめて似通った印象を与えるのである。
かくして、さびは古びを古びとして愛好する態度であると言えるが、通常は美とみなされず見逃されやすい古びの様相から美的性質を的確に掬い上げるには、主体性と訓練が求められる(「訓練」は、九鬼周造が『情緒の系譜』で用いる言葉である。P.155)。いつまでも新しいと思っていた物の内部からいつしか古びた様相が浮き上がってきたり、若さの内からいつの間にか老いが現れ居ついたりする際に、古びや老いを嫌がらず、その性格が刻印された物や人を忌避せず、直視し、のみならずその古さや老い、それを帯びる物や人、これに評価すべきところを鑑賞者が見出だすのである。

『徒然草』(八十二段)には、「羅(うすもの)の表紙は、とく損ずるがわびしきと人のいひしに、頓阿が、羅は上下はづれ、螺鈿(らでん)の軸は貝落ちて後こそいみじけれ、と申し侍りしこそ、心まさりて覚えしか」とある。草紙や巻物の表紙について言えば、上下の部分が剥がれ、巻物の軸は散りばめられた螺鈿(青貝)が剥がれ落ちているのが素晴らしいという。さびが積極的に評価されるのである。『南方録』では、藤原定家の「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の春の夕暮れ」という歌について、「とまやのさびすましたる」と評される。粗末な小屋がわびであり、観賞に十分に堪え得るのである。わびが貧しく孤独な生活に対する主体的充足感であるならば、さびは具体的な物に現れる客観的劣化相への愛着ではあるまいか。わびの主観性がさびの客観性へと結晶化されるのである。

七、
物や人における古びや老いを毛嫌いせず、むしろ親しみを感じる点にさびが成立する。それまでなかった新たなる相が人や物に立ち現れるのであり、それが古びや老いであり、その愛着がさびとなる〔古び〕。四季で言えば、春は誕生であり、夏は成長である。秋は衰えが始まり、冬はそれがいっそう深まって死へと到る。わびが穏やかなる秋であるとするならば、さびは白々とした冬となる。冬ともなると、夏や秋には見られなかった新たなる様相が立ち現れる。それが雪や氷であり、さびをしてさびたらしめる。物の内部より立ち現れる新たな相は、自然界では必ずしも古びや老いではないが、これらの新様相が周囲の死滅せる世界から際立ち、愛でられるに値するのである〔際立ち〕。藤原俊成の歌論書『古来風躰抄』では、冬についてこう書かれている。

  冬になりゆくままには、蘆の枯葉に霜置き迷ひ、水際(みぎは)の氷に閉じられ、まして雪降りぬれば、厳(いはほ)にも咲く花と疑はれ、終(つひ)の緑の松
  の上の雪などは、年さへ残りなくなるにつけても、袖の氷も心身しみまさる心地して…。

私の考えに従えば、「蘆の枯葉に霜置き迷」うのが俊成の「さび」となる。生命絶える冬の枯葉において新たに立ち現れるのが霜であり、周囲には映える物が減るので希少価値を有し、いっそう際立って見える。それが「厳にも咲く花と疑はれ」ということなのである。つまり、殺風景なる情景はそれ自体がさびとなり得るが、同時にそこにひときわ目立って見えるもの、それもまたさびの真髄を構成するのである。蕉門十哲の一人である支考の『続五論』の「華実論」では、「風雅は本さびしきもの也。…たのしきに居ては淋しきをたのしみがたく、さびしきに居てはたのしきをたのしみやすし」とし、それを「風雅のさび」とする。支考説を俊成説に接合すれば、「さびしき」とは冬の荒んだ情景や枯葉であり、「たのしき」とは枯葉の霜である。「さびしきに居てはたのしきをたのしみやすし」とは、殺風景なる風景の中だからこそ、枯葉の霜がいっそう映えるということなのである〔際立ち〕。また、ここでもわびと同様に、地味と派手、陰陽の対照性も確認できよう〔対照性〕。

リルケは何処かで果物の美味さを詩に詠むが、もしやリルケは満足に果物を食べられなかったのかもしれず、だからこそその美味さがひときわ強く感じられたのかもしれない。だとしたら、それはリルケのさびとなるのではあるまいか(飽くまでリルケ的なものとして、であるが)。

八、
芭蕉は去来の「花守や白きかしらをつき合はせ」という句について、さび色がよく出ていると評した。桜の咲き誇る時期に花の番人がいる。老夫婦であろうか、二人が花弁の散りしきる中に頭を突き合わせるようにして、何やら相談事でもしているのだろうか、それとも周囲の華麗なる情景をじっと見入っているのだろうか。二人はもう何年もこの情景を見続けてきたのであろう。そしていまも時を惜しむが如くに、または時の波に揺られるが如くに、桜の風景を見守っているのである。さびとは人や物の内部から立ち現れる経年の象徴であり、ここでは老夫婦の白髪であり〔古び〕、そのような象徴や象徴を含む全体に対する愛着の念でもあり、ここでは白髪を戴く老夫婦への静かな共感である。そして老人全体においては、深く刻まれた皺や衰えた皮膚と比べると、清浄そのものにも見える白髪はひときわ映えるようにも感じられるのであり〔際立ち〕、あるいは二人の老人と咲き誇る桜とを対比すれば、桜の姿がいっそう華やかに際立つのである〔対照性〕。

心敬は「ふけにけり音せぬ月に水さび江の棚無し小舟ひとり流れて」(夜も更けて月は傾き、水錆の浮かぶ入江には乗り捨てられた小舟が一艘あって、音もなく流れている)という和歌を詠んでいる[12]。「ふけにけり」が時の流れを示し、「水さび江」は、水溜まりの表面には茶褐色の錆びのようなものがしばしば浮かんでおり、そのような入り江をいうのだが、これは自然界における古びを詩情へと掬い取ったものであろう。心敬はこの歌について「ひとへにふけさびたる風情をつくし侍り」と自註しており、『老いのくりごと』では「ふけさびたるかた、最尊なるべし」とすら言う。この歌には古びのみが見られて陰陽の対照性はなく、これといった際立ちもないが、これもまたさびなのであろう。

九、
ソローは衣服について言う。衣服の意味は実用性にあって目新しさや世間体にはない、「われわれの衣服は、着ている者の性格を刻印され、日々肉体に同化されてゆくので、ついには自分自身のからだとおなじように、ためらったり、医療器械で治療したり、儀式でも挙げたりしたあとでなくては、思いきって捨てることもできなくなってしまう」と[13]。ここには、物の内部から新たな様相が日々の使用と共に立ち現れる姿が描かれ、これも古びであるが、経年劣化というより経年「変化」の様相である。それが人をしてよりいっそう衣服に馴染ませ、愛着を抱かせるのである。古びが人を惹きつける一因である。ソロー一流の見立てによるものであるとしても、これもまたさびではあるまいか。

ソローはわびからさびへの精神的経路の発見者でもある。ソローは住まいについて言う、最も趣のある住まいというのは「貧しいひとびとの、少しも気取ったところのない質素な丸太小屋や田舎家である」と。家を「絵になるものにしているのは、その貝殻のなかに暮らしているひとびとの生活であって、その外観上の特質だけではない。また、都会人が郊外にもっている箱型の家も、やはり彼らの生活が単純で、想像するだけでも楽しいものとなり、住居の様式にむりな工夫をこらしたりしなければ、それに劣らず趣の深いものになるだろう」とも[14]。要約すれば、質素な住まいはわびであるが、理由としては背後に庶民の貧しくも素朴な暮らしが想像されるからである。貧しい暮らしはわびであり、それによって成り立つ住まいがさびである。主観的なるわびを苗床として客観的なるさびの木が育つのであり、ここにわびからさびへの連絡がつくのである。

ソローは、衣服が古びを獲得することによって人はいっそう衣服に親しむと述べた。この事情は衣服に限らない。ヘッセは「ラヴェンナ」という詩において「ささやかな死んだ町」[15]を詠むが、町の古びに惹きつけられる人の心が主題である。その第二、三連を見よう。

  町を通りぬけて、振返って見ると
  街路はいたく陰気で湿っている。
  千年のよわいを重ねて、ひっそりと語らず、
  到るところにコケむし、草がはえている。

  さながら古い歌のようだ——
  その調べを聴いてだれも笑わず、
  みな耳をかたむけ、聞いたあとでも
  夜中までみな物思いする古い歌のようだ。

古い街並みは誰もが耳を傾け物思いに耽るようなものであり、ヘッセは町の古びに心を寄せる。まさしくさびではなかろうか。「夕暮れの家々」[16]もそうである(どこかの旅路で詠まれたようであるが)。その第二、三連を見よう。

  家々は互にしっくりと寄り添い合い
  姉妹のように丘の斜面に根ばえている。
  だれも習いはしないがだれでも歌える
  歌のように、簡素に古めかしく。

  壁、漆喰、かしいだ屋根、
  貧しさと誇らしさ、衰えと幸いが、
  愛情こめてやさしく深く、
  昼に向ってその熱を照し返す。

質素な暮らしを背景として粗末な家々が寄り添い合っている。質素な暮らしとはわびであり、粗末な家とはさびである。ヘッセは寄り添い合う家々を見、背後に倹しい生活を見通すのであるが、ヘッセの視線も主観的わびから浮かび上がる客観的さび、すなわちソローの経路をなぞっているのである。

以上、陰の美学とでも呼ぶべきものについて、駆け足で舌足らずながら論じてみた。写真には写らない美しいドブネズミの歌である。いまだ長い道中の途上におり、道は東西に伸び、再び探求の旅は続くのである。




参考文献
[1]『一握の砂』石川啄木、青空文庫
[2]『シェリー詩集』シェリー、上田和夫訳、新潮文庫
[3] Rain, Rain, Go to Spain、III. The Earthquake、Robert Lynd。
[4]万葉集、中臣朝臣宅守、巻15-3759
[5]万葉集、作者未詳、巻12-3178
[6]『芭蕉の「わぶ」についての考察』日暮聖の講演。
[7]『森の生活』ソロー、飯田実訳、岩波文庫、上巻、「孤独」
[8]『名訳詩集』ワーズワース、竹友藻風訳
[9]『ギリシア悲劇全集 第2巻』、人文書院
[10]『ケガレ』波平恵美子、講談社学術文庫
[11]『祭——本質と諸相』松平斉光、日光書院)
[12]『正徹と心敬』伊藤伸江、笠間書院)
[13]『森の生活』ソロー、飯田実訳、岩波文庫、上巻「経済」)
[14]『同上』
[15]『世界の名詩』高橋健二訳
[16]『同上』高橋健二訳

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 3

 2

批評・論考

でっきるかな、でっきるかな、はてさてフフ〜ン

会話も喧嘩も
ひとりじゃできない



ただ一方的に投げつけるのは
それとは云わないからね


そんなのは
単なる暴力で支配で
自分が気持ちよくなりたいだけの
押し着せでしかない




そしてまた
自分を深く深く知るすべも


ひとりじゃ決して
決して 
できっこない



鏡の中のアリスちゃん
あなたはいったい



誰ですか






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約束をしないで会えたら僥倖

またね、とは言わない
また会える前提で手を振った幾人かが
二度と会えなくなったから
立ち去るとき
そういう人は足音をたてない
疎、疎、疎、と離れていく

私もそうしてきた
いかにもまた楽しい時間をすごそうと
暗黙の約束を結んだ笑顔で
じっと影を踏まれない所まで離れてから
もうそれきりにした人たち
泣いたり泣かせたりして
花びらを一枚ずつ散らし
散、散、散、と
だんだん花芯だけになっていくように

私の知らないところで
あなたの知らないところで
共有出来ていたかなしみを
たったひとりで持て余す夕方に
どんなに引き伸ばしても
もう誰にも届かないのに
この影の内に誰かいないかと
探してしまう癖を
きっと誰もが抱えている

我が儘な私たちは臆病でもあり
立ち去る理由を告げず決別する
さようならと言って別れる優しさを
持てないまま

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透明の駅

石英のように透き通っている
ホームも線路も
あるいは留まっている汽車さえも

そんな透明の駅の中の
これまた透明のキオスクで
僕はコーヒーを買う

ふとしたときに
少し感じることのできる
君の残り香を求めて

君がいなくなった日々を想う
世界の夜の中で

過去の駅

果ての星々
あるいはあの日の夕焼け

僕がまだこの駅に
ずっと留まっているのは
まだ君の存在の証拠に
ずっと浸っていたいから

石英質の香り高い
このコーヒーは
ずっと僕の心に刺さり続ける

あの日の君の声がまだ僕の魂に刺さり続けているように

コーヒーを飲み終えると
世界にそっと
無色透明の水銀の雨が降り始めた

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生きる、活きる、が生活、デス

活き活きと生きることを
生活
と呼ぶなら


この苦しさは一体
なんと呼べばいいのでしょう



日々の暮らしに追い立てられて
ニッチもサッチもいきゃしない


この日常を
なんと呼んだらいいのでしょう




生活が
活き活きしさを圧迫し



生活が
生きる気力を喰らい
吸い尽くす




この世界に 活き生きと
生きてるひとが
どれくらいいると
いうのでしょうか




生けども生けども
我が暮らし楽にならず

ちょっとコトバが違うけども



じっと手を見てみる



最近やたらと
手指が強ばるのは
きっと


歳のせいばかりでも
暮らしのせいばかりでも
ないんでしょうが



それでもやっぱり
じっと手を見る
見てしまう



生きる、活きる

生活ならば



いまのこの暮らしは







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 ただぼくは かなしくなった
 弟ばかり見る 母に

 ただぼくは かなしくなった
 ほこりを被った つうしんぼ

 ただぼくは かなしくなった
 楽しいだけでは いけなくなった

 ただぼくは かなしくなった
 何がかなしいか 分からなくなった

 無力感が足を砕いた
 あなたには何気ないことが
 心のやわいところを つねった
 つうしんぼは 休みの最後に
 はんこだけ もらえた

 怒るでもなく
 叫ぶでもなく
 ただぼくは
 かなしくなった

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《歴史創作》駿河英雄伝説 最終話予告

 駿河の至尊の座を戴く者を曖昧にせんとする不当な盟約の監視者であった太田道灌が偶然にも暗殺されたことにより、ついに小鹿範満は自らの覇業の完成へと舵を踏み切る。
 もはや敵は異母兄の忘れ形見とその無力な母親のみ。範満はついに嫡流にあらぬ身でありながら、本来得られるはずのない駿河の至尊の座に至るのである……。


 次回『めぐりあい駿河』

 駿河の歴史もあと1ページ……




※来週より『The New Order -Last days of Kanto- 伊豆救世編』となります。

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うれしいひ

わたしにかいておく
こいもじで

すぐにわすれちゃうから
うれしいことほど
かいておきなさい
やったーとかふふふとか
あっはははーでいいから

ね、やくそく

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[む]ムニエルの詩

熱に抱かれて私は色付き
身を白く、労働を得て焦がれるのです

セピアの背景に第七惑星の氷粒が延々と、旋回をアピイルするわけで
自由に効かない節足が切れてしまったって
「あっ、切れちゃった」なんてどこか他人事のように思っちゃうわけで
切れた足ではどこにも行けないなんて誰に言われたのかわからないが、
例え切り身になったとしても誰かの栄養になるならそれでいいじゃないか

我が身は粉雪の降り積もる地にて鉄の上で拍手喝采のダンスに狂わされる
筋肉が悲鳴を上げる
拍手はやまぬ
この舞踏病は止まることを知らぬ
舞台が次第に熱く焼ける
拍手はやまぬ
脂汗が落ちる
足が切れる
拍手はやまぬ

舞台袖へ私はおいしくなった

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僕という建造物

僕は、造られた。
お母さんとお母さんに造られた。
生まれてから10年を越えても、
まだ完成していないと二人は言う。
お父さんが僕の設計図を描き、
お母さんがそれを見て指示をする、僕に。
時々二人はケンカをする。
時々それを僕にも売る。
僕はどうしようもなく、
ただただ二人に頷くだけだった。
二人はこれを子育てだと言った。
僕にはこれを成長だと言った。
だんだん積み上げられていく、
誰のためにでもなく大きくなっていく、
僕という建物は、
次第に僕の中の僕を覆った。
お父さんとお母さんは、
協力したとて僕が頑張って作った僕に、
ズカズカと土足で入ってきて、
勝手に家具やら何やら置き始めた。
僕の僕はどんどん大きく立派に建ってきて、
どれもお父さんとお母さんの部屋ばかりになって、
僕は迷子になってしまった。
僕は僕の中で迷子になってしまった。

ある日、
一人の女の子が僕の僕に遊びにきた。
その子はとても楽しそうで、
僕の間取りもすっかり覚えて仲良くなった。
ある時、僕は耐えられなくなり、
その女の子に、家出をしたいと言った。
ここは間違いなく僕の僕で僕の家であるのだけれど、
どうにも息苦しく暮らしづらい。
女の子はとても親身に聞いてくれて、
ある夜ついに夜逃げした。
僕という建造物を残して夜逃げした。

しばらく経ってその子はすっかり運命の相手となった。
近々、家を建てるつもりだ。
二人で一生懸命考えた。
しっかり業者に建ててもらう。
愛という業者に建ててもらう。
家庭という大きく住みやすい建造物を。
僕はこれから何を造ることができるだろうか。
彼女のために。彼女と共に。

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突き刺さった破片は、そう簡単に抜けそうにないから



小綺麗な言葉で曖昧にごまかすのには
もうほとほと 疲れてしまったから
そろそろ本当の話を始めましょうか
身もふたもない 本当の話を




   忘れもしません
   あれは私の保育園最後のお遊戯会の日でした
   とおさん そんな日でもあなたは機嫌が悪くて
   朝から些細なことでカッとなって
   かあさんが今日のために用意してくれたお弁当のおかずを
   次から次へと床に蹴散らしていきましたね
   それから髪の毛を鷲掴みにして 顔が腫れ上がるほど
   何度も何度も殴り続けましたね
   私は怖くて 驚いてしまって
   声をあげることも 助けることも何も出来なくて
   何が起きてるのかも うまく理解できないまんまで



   結局 お遊戯会は欠席になりました
   かあさん あなたは何も云わず私の手を引いて
   そのままタクシーに乗りこんだのでしたね
   たどり着いたのは隣町の小さな映画館
   人気の少ない劇場の片隅で
   二人 声を殺して泣きましたね
   スクリーンからは大音量の音が流れていたのに
   誰の耳にも届きやしないのに
   こみ上げてくる涙が喉を締め付けて
   息を漏らすのがやっとやっとで



   床に落ちた卵焼きがからあげがたこさんウィンナーが
   こんなときでもケンカする両親が
   小刻みに震えるあなたの肩先が
   顔に残った青あざが 体中の痛みが
   あなたを殴り続けながら 笑っていたあの男の顔が
   何もできずにただ怯えるしかできなかった私が
   震えるあなたの手を握り締めようとした時
   すっと振りほどいたあなたが 
   何より悲しかった




こんなことを云っている私はきっと
どうかしているのでしょう
面の皮が厚いのですよ
恥を感じる頭がないのですよ 
図々しいんですよきっと
子どものころから云われてきました
そうですね きっとそうなんですよ


だけど私にはいまだによく解らないんですよ


あの日 あんなことがあっても
結局は帰るしかなくて
群青色になりかけた空 帰り道 
同級生のYちゃんとそのお母さんに
偶然ばったり会いました
大人同士の白々とした会話
無邪気に笑うYちゃん
あゝ Yちゃんは今日
お遊戯会に出られたんだな
綺麗な着物を着られたんだな
羨ましくって羨ましくって
それでも それなのに
ただ 笑いました
あのときの私には
笑うよりほか
どうしようもありませんでした




いくら見ないふりしたって 忘れたふりしたって
思いが消えてなくなるなんてことないんですよ
それで救われるなんてそんなこと 絶対ないんですよ
半世紀も生きてきてしまった今でもまだ 
あの頃の映像が鮮明に蘇ってくるんですよ
そのたんびに 楽しいことも楽しんじゃいけないような
なんだかひどい罪を犯してしまってるような気がして
呼吸するのもままならないんですよ
どうやって生きていったらいいのか 全然わかんないんですよ
出来ることなら逃げ出したいですよ 
いっそ何もかも終わりにしちゃいたいですよ
けど 逃れることなんか
到底出来っこないってことも
解りすぎるくらいよく解っているから




だから だからせめて詩でくらい
本当の話をしたいのです



涙と鼻水でぐっちゃぐちゃの
まったくもって綺麗とは程遠い



けど



私の不幸を心の底から願ってるあの人たちに
敗けてたまるかよって
ざまぁみさらせよって



こんなこと もう
平気へっちゃら屁のかっぱと
痛くも痒くもございませぬと



笑って話すことが出来るよう




身もふたもない
本当の話を





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あなたにであって

ありがとう

ほんとうのひとりとは
ひとりだということに
気づかないことなんだと
知りました

馬鹿な私は学んでばかりです
本当の馬鹿だから
気づかないことばかりなのです
当たり前のことだとしても

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天皇陛下万歳

泉の里は、吾咲くところにて
常に帰りし、水面かな

人は皆、依るところありて
野に花咲くとても 光り輝かん

嗚呼、天皇陛下 嗚呼、天皇陛下 
天皇陛下万歳! 万歳 万歳

夢の続きはいつ、果てるともなく
郷里を目指し、引き返す旅の途中

常に民のため、公に生きる役目引き受け
胸に痛み背負う人の、胸中

嗚呼、天皇陛下 嗚呼、天皇陛下 
天皇陛下万歳! 万歳 万歳

今際の際は、残り僅かな生
捨てるものありて、拾うものなし

個と公と、夕焼けと温い缶ビール
スイカの種口にて飛ばし、田畑に捨てて一人遊ぶ

麦わら帽子顔に埋め、想ふのは
遠い時代のノスタルジアよ

嗚呼、天皇陛下 嗚呼、天皇陛下 
天皇陛下万歳! 万歳 万歳

明治昭和平成安らかに眠りたまえ
令和の影に光当たらんことを!

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かくれんぼ


あなたが必ず
見つけに来てくれるって
解っているから


もういいかい
まぁだだよ


もういいかい
もういいよ



今度はわたしが
あなたを
探しに行く番


もういいかい
もういいかい


まぁだかな
まぁだだよ


必ず 必ず
見つけに行くから
待っていてね



痺れを切らして



ひとりでサッサと
帰ったりしちゃ



イヤだよ
イヤだからね














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スキャンダル

「待って」の一言で待ってくれたらなぁ。

いいえ、何でもないわ。

どうせあなたは行ってしまう。

たくさんの用紙を束ねたノートの最後のように。

白紙で片付けようとしてるんでしょ。

ビデオレターみたいにずっとこの瞳に映っていればいいのに。

どんな画質のあなたも今は思い出せる。

もういなくなるんだから、

でも、本当はここにいたいんじゃないの?

私の頭の中でまだゴネてるのよ。

離れたくないって、あなたが。

アニメの如く、

フレームごとに動くあなたは誰が描いてくれたんでしょうね。

枠から外れたその日、

カメラもこの気持ちも、その美しさでさえも燃え枯れてしまう。


「待って」の一言で待ってくれるの,,,?

いいえ、何でもいいの。

どうせあなたは戻ってくる。

とびっきりのニュースと一緒にね。

私は何にも言わないから。

他人のプライベートには加担しない主義なの。


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問わず語り/水曜、歌沫どうでしょう。

 水曜日のネコ、といえばベンジャンホワイトエールですが。
 私が暮らす北海道は梅雨前線のはるか上に位置する蝦夷の島、雨が降ると蒸し暑いなんてことはある筈もなく。週明けは寒くて暖房を付けた家庭も多く、着るものに困る季節。いよいよ札幌の夏祭りハイシーズンに突入。こんなに寒いのに、理不尽だ。
 
 その話は後日。この頃では書きたいことが多くて、追い付かない。

 小説も実は3本くらい書いてますが・・・・・・
 最後まで書けない。こういう状態を「エタる」と言います。
 エターナル/永遠を意味するネットスラングで、作品が未完結のまま永遠に更新が停止・放棄されてしまう状態を指します。
 だからWEB小説の書き手は皆、最後まで書けと言います。一本でもちゃんと書け、とか。その流れで、書けない人もいるのだから書けることに自信を持てなど言葉は細分化され、作家であることを誇らしく思いたい人が大変多い界隈に私はいる。
 おそらくWEB小説家として、私は知名度もありませんし、カテゴリは大衆文芸<ゴア>に属するもので読む人を選ぶ内容。アルファポリスに置かれた小説が顕著にされで、Twitter時代はリンク貼って投稿するとセンシティブに該当してしまい、SМや同性愛に関する情報だとコメディでも外見はダメなのか。という世間の目を感じながら、今でもそっと書き続けています。個人連載という形式で。

 そういう流れがあって、サイト毎に投稿するテーマを決めて利用しています。

 私の名前をGoogleで検索すると、AIによる概要は・・・・・・

 及川まゆらは、主に「カクヨム」などのWEB小説投稿サイトで執筆を行っているペンネームの文筆家・エッセイストです。
 創作界隈の動向やジェンダー、働く日常をテーマにしたエッセイ、および恋愛・ホラーなどの短編小説を執筆しています。
 彼女の活動や作品については、以下のプラットフォームからご覧いただけます。

 エッセイ・ブログ: note では「働くエッセイスト」として自己紹介や創作に関する考えを発信しています。
 小説作品: カクヨム にて作品を公開しており、『ぼくらのリビングキャット』などのストーリーを執筆しています。

 その他、読者による感想や書籍の評価については 読書メーター の及川まゆらページも参考にしてみてください。

 自分の情報
 まるっとコピペしてけど、データ化されるとその通りで。
 彼女←性別・・・・・・まぁオンライン上では年齢と性別を個人情報として扱い「気にしない」とする不明瞭さはあるけれど、ここでは性別の話をする機会が多いので、私は雄/menであることを置きたい。

 さて、私の活動報告といいますか、過去話をすると。
 カクヨムにSМ奇譚を投稿したら運営にバレて2回警告の通知を受けて投稿そのものができなくなり自主退会。KADOKAWAの投稿サイトで、直撃アダルトを穿つ勇敢さは認められない。無難です、異論なし。
 それからです、投稿サイトによってテーマを決めるようになったのは。
 noteは、日常系。
 ノベルアップは、ホラーとエッセイ。
 CWSは恋愛をテーマにした内容を書いています。
 だから、ここに濃密なセックスの内容を含む男同士の痴情は持ち込んでも、SМは愛の形として・・・・・・ある寄りの、無し。
 ゴアのカテゴライズは、前提条件がある人だけが読んで楽しめる内容なので、SМを全く知らない人に悪い先入観を与えたくない。怖くて危険、禁断のイメージが固定されがち。でも内訳として日本の伝統や芸術性を示す意味があることだけは伝えたい、私のジレンマ。
 モラルの解釈という視点は人により違う。そこに経験が伴わないと、残酷なイメージだけが心に残る。
 マイノリティってね
 そういう仕組みがあるから、こちらとしても気を付けたい所。 
 ボーイズラブと同性愛の位置付けも、当事者の私から見て、ボーイズラブはカテゴリ・ジャンルとして文芸やエンタメで市民権を得ているのに同性愛はいつまでも社会問題の範囲であること。ボーイズラブが先行で実際のゲイを知ると、美と性の在処が違い過ぎてどん引きされること請け合い。

 同性愛者のジャンルもいろいろあるけど、例えば女装。
 ジェンダー問題で社会に浮上する女装家たちは加害者となるケースが圧倒的に多い。だって性別・男でありながら女性専用の場所に立ち入り同じように利用することを社会に発信して、さも楽しそうにしているのだから。
 女性にしてみたら、いるはずのない男性がトイレや更衣室にいたら、女性だけが利用できるサービスに対して男性でありながら当然の権利を主張する姿を見たら、それは間違いなく不快感でしかない。
 汚い初老が、女性の仲間入りをしたがっても、受け入れる側は 絶 拒 私はそれが正常な反応だと思う。

 これと同じで、社会は「美しく若い男」に需要がある。

 若いと見た目がいいのはもちろん、そのものが非現実・ファンタスティック。
 誰かの夢を叶える為の象徴/美しく若い男たちの恋愛とセックス。
 ボーイズラブはここが頂点でありスタンダード、完全に他人に搾取される為にある。
 それも女性が満足できる栄養として存在する。本物・現実的な同性愛者は要らないと区分されるところ、ゲイポルノとは異なる位置付けで、それってゲイが「何かの代役」を果たすだけ。カルチャーでも何でもないただ消費されるブツ、若くて美しい生き物に対してそんな論を宛がっていく不幸がボーイズラブには当たり前の定義としてあることが、私は悲しい。
 売れる為の商品として開拓され続ける、ボーイズラブの世界。
 それが顕著に表れたのが2020年の映画「性の劇薬」私史上最悪のタイトル。予告編を公式サイトから今でも見れるので、気になる方だけ自己責任でご覧ください。これはゲイ映画よりかボーイズラブの過激なほう、で。
 監禁調教
 ポルノ風性犯罪の現場
 など、散々な言われようですが、その通り。
 製作者側には様々なメッセージがあるのも知っていますが、パッと出て来た話題で1年後には忘れられるような作品。というのもネットで紹介されるゲイ映画の枠に、性の劇薬を見ることがない。取り扱えないものとして弾かれるだけのことはある/見たらわかる。

 だからね、作品なのでご理解くださいをCWSでも言ってくる人いるけど。
 その在り方を問われても、見せる側に責任があるんだよと私がいうのはこういった背景があってのこと。同様に私自身も、そのような目で見られていることを知る機会がよくあります。
 他人は、ほんとうに心無い言葉で論う。
 社会に出れば、そういう人達と対峙して全うな物言いをつけられるのも常。それが自分軸で、好きなことや言いたいことを言って何がわるいのか。他人が嫌なことばかりしてくると言葉を連ね、他人からより強く否定される。メタ認知の高低差は必ず言葉になって表れて来るから、結果として、同じ場所にいられない人達が溢れていく。
 続ける為に住み分けをするとか、器用であるとか、強い信念を携えている人だけが生息する。
 追い抜いていく人たちは、そのような傾向が最初からあって自身を振り返ると、私はここにゼロスタートで入って今は1万コイン以上の保持者であるランカー/創作界隈だと上位をそう呼びます。
 CWSは1投稿100コインの条件があり/月に一度コインが無くても投稿できる。
 コインの増やし方は投稿者にコメントをすること、他にも参加型の企画がありますが、基本的にコミュニティの中でコインの増減が起きる。故にアーカイブのコインランキング上位にいるけどあまり投稿で名前を見ることがない人達は過去、サイトを積極的に投稿していたり、投稿とは別分野で名前を拝見します。
 
 最近だと #オンライン貸し本棚 が立ち上がり
 既に実装されていますが、私はまだ未登録なので、本棚を開始次第のお知らせとします。ご了承ください。

 私の感覚だと、2000コインまでは遠かった。
 その理由として、投稿するだけで自分からアクセスをしていなかったから。自分からコメントする社交性に切り替え、相手と日常的な会話ができるようになるとエッセイを読んでもらえたり、コミュニケーションが取れるようになり親睦が深まる。
 ここからコインが一気に増えました。
 ランクに応じて実装される内容もありますが、あまり利用したことがないので今後の課題とします。

 そこで、気が付いた。

 詩界隈の方は、例えば紹介でコメントを書くことがあるようで。
 前から違和感があったんですよね。なぜ、推奨されるのだろう。これ、何の意味があるのかなって疑問でした。
 でも、詩界隈におけるルールとして存在していると知り、WEB小説投稿との違いを認識。
 例えばWEB小説投稿サイトではユーザー同士の読み合いがあり、コンテストなど開催されるとポイント稼ぎが内輪で行われる。サイト内では数字が全て、★の数とレビューの多さは確かに読者の目を集めるけど、それが操作された情報だと不正行為になる。
 その先に書籍化がある。もうお察しの状況に多くの作家は苦言を呈し、コンテストも不正発覚で辞退など頻繁に起きている状況のなかで、昨今ではなろうの流行/人気の傾向に変化が起きて、カクヨムに大勢が移民として流れた結果、なろうで行っていた内容でカクヨムのランキングを埋め尽くす魔境と化す。
 そしてKADOKAWAが、なろう・異世界系などの特定ジャンルへの偏重が収益悪化を招いたと発表。
 もう、界隈は大騒ぎ。
 これに関して私の意見は、確かになろうは要りません。
 でも、なろうで書きたい人やテンプレートが絶対的な攻略であることは過去それで書籍化した人たちの実績だし、書籍化がその人にとって大変価値のあること、成功例であれば声が大きくなっても仕方ありません。ただそれが原因で正しさを言い争い、何の解決策もないまま否定的な意見を募らせ物別れに終わる。因縁や対立関係を作り上げて、自分は被害者で相手が悪い。ここまで構築されたストーリーは誰が必要とする情報なのか。どうでもいい話を、必死になって説明する人達を見る度に、その人の本質が見えてしまう。

 作家であれば書いて示す、それだけでいいのでは。

 CWSの立ち上がりにも様々な経緯があり、同じようなことを感じる時がある。
 どうか気持ちを収めて
 文芸や文学を純粋に奏でる筆を以ているのなら、見せて欲しい。ここはそういう場所だよね。 
 ────そういう書いてるうちに4000字を超えている。やらかした。
 長い文章を読めない人もいると聞きます。今日はここらで呼出、見世昼三などする筈もない私的はまた今度。参ります。

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箱に入れる

だれにも
みえなければ
さわられなければ

なにもないも
すべてあるも
おなじことに
なるってきいて

箱に入れる
ときめて
箱に入っていく

ことばひとつおとさないように
きをつけながらきをつけながら


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三日間


まだらに暗い画廊の魚
主人は荘厳な雨の杖の
白いパンの窓ガラス
崩れ落ちた大きな動物の三日間を
魚たちは
欲望の舌と
平原を吐いて過ごした

我が名はサハラの貝の肉
剃刀片手にそう歌い
男は膝を削ぎ落す
オニヤンマは目覚めたときから酩酊し
無音で喪失 身振りは慇懃
膝は夜明けに
イラクサの脆弱な孤独の模様を思うのだ

宇宙は剥き出し風の点……
まだらに暗い精神の帰路をゆきながら
主人は故郷の容器の小人
裸体で飾る白いパン
遠く移ろう古代の雨だ

我が名はサハラの貝の肉
妄念薬局の深淵なる思想の
そこで買った剃刀の
空気は孤独で目は野営地だ
オニヤンマ 俺の膝食え オニヤンマ
男は歌い
無音で喪失
火山の咽喉に雨降らし

宇宙は剥き出し風の点……声だけ響く精神の帰路
むかしあったのだ 感謝しながら回廊を這い
這いながら 傘とタールを吐き出して 途方もない
雨 闇 ネズミ ライオン樹木
雨 闇 ネズミ ライオン樹木
ここは明るく
あっちは暗い……むかしあったのだ
感謝しながら石の塔を這い 這いながら踏む
領土の墓地と唾の鐘
宇宙は剥き出し
わしも剥き出しで
……いまは地虫の時間の距離だ

まだらに暗い画廊の魚
主人は荘厳な雨の杖の
白いパンの窓ガラス……
魚らは
三日間
記憶の画廊で
濡れたまま過ごした

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新婚

初めて住んだ 築四十年の
古いマンションの
畳の部屋は 西日に焼けて
何か 香ばしい匂いがした
隅には 
黒い四つの四角形があって
それは 爛れた皮膚を
思わせたから
わたしはそこに
白い敷物を乗せて
見て見ぬ振りをした
 
部屋に入るたびに
わたしは草原を思い出した
乾いた風が 草木をなびかせ
わたしは香ばしい風を
長い灰色の鼻から吸い込んだ
 
わたしは 
ほんしつ的に象だった
ぱおんと一声 
高い声で鳴いてみたかった
 
遠くで誰かが
わたしの名前を呼んでいた
夫であるようでも
よく知らない人のようでもあった
しかし 
つよい声をもっていた
 
わたしはまだ
大地を駆けていたかった
わたしのからだは 
若くて
こんなに力があるのだから
せいかつなどとは無縁の
わたしの草原は
のびのびとそこにあった
 
ある日 
白い敷物が
はがされていた
こんなもの邪魔だろうと言って
夫が外したのだ
 
「この方が清々する」
 
わたしは草原を失った 
黒い四つの四角形が
わたしを見ていた

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コント原稿 結婚相談所

「初めまして。予約していたものですけれど」
「あ、どうぞ、おかけ下さい。予約時に教えていただいた理想の相手像にぴったりの方がおられたんですよ」
「え、本当ですか」
「ええ、ラヴィちゃんと言いまして」
「外国の方か」
「色気のある」
「うんうん」
「しっかりとしたお子さんを産めそうな」
「うち、親がうるさいんですよ」
「瞳が少し吊り目で」
「いいですね」
「唇が厚めの美人さん」
「そうそう」
「山梨県は南アルプス市鋳物師屋遺跡よりお越しのラヴィちゃんです。どうぞ」
「土偶じゃないですか!」
「コントをやる際は、ここでラヴィちゃんの写真を張ったパネルを出してください。
URLはこちらhttps://www.isan-no-sekai.jp/report/6196」
「メタいな! オイ!」
「ご懐妊の婦人を模したのではと言われる円錐型土偶で大きなお腹に手を当て、子宝の女神として皆様に愛されております。しっかりとしたお子さんを産んでくださること、間違いなしです!」
「だから土偶じゃないですか! 結婚できるとか以前の問題!」
「山梨県南アルプス市ふるさと伝承館でお待ちしてくださってますよ! 入場料はまさかの無料!
また分身が国立歴史民俗博物館におられます! 入場料600円!」
「うるさいわ!」
「では、他の方が良いと」
「そうしてください」
「では普段から身だしなみを整えている方はどうでしょう」
「いいじゃないですか」
「体は安産型でありながらその造形はまさに芸術」
「子供は欲しいですからね」
「やさしく、それでいて鋭い眼差しはあたかも蛇の様」
「そういう美人さんもいいなあ」
「お化粧も髪型にもこだわる、またとないお方です」
「素晴らしいじゃないですか」
「まさにビーナス」
「どんな人かな」
「長野県は棚畑遺跡よりお越しの縄文ビーナスちゃんです
URLhttps://www.city.chino.lg.jp/site/chinomiryoku/miryoku11.html」
「また土偶じゃないですか!」
「そのお体には雲母によるラメが入り、光に照らされると輝くと言う類例のない、目が文字通り眩むお美しいお方です」
「お化粧って、それ!?」
「また頭頂部には渦が描かれており、これは髪型なのではという説があります。他には見られない表現です」
「だからなんで土偶なんだよ!」
「お待ちください」
「なんだよ」
「国宝です」
「知らんわ!!」
「長野県茅野市尖石縄文考古館にてお友達で恥ずかしがり屋で国宝の仮面の女神ちゃんとダブル国宝でお待ちくださっているんですよ! 入場料500円!
またしても分身が国立歴史民俗博物館におられます! 入場料600円!」
「無駄に押しが強いな! オイ!」
「仕方ありません。別の方ですね」
「そうしてください」
「では大柄の方でも大丈夫ですか」
「ええ、問題ないです」
「体はがっしりと」
「スポーツやっていたのかな」
「それでいて自分独自のファッションに自信を持っており」
「おしゃれ好きか」
「普段は道の駅にてお勤めになっています」
「売り子とかかな」
「北海道は著保内野ちょぼないの遺跡よりお越しのニックネーム・カックウちゃんです
URLhttps://www.jomon-do.org/chukudogu」
「なんでしつこく土偶なんだよ!」
「待って下さい」
「だからなんだよ」
「北海道初の国宝です」
「知らんつの!」
「しかも日本で唯一道の駅で会える国宝です」
「だから知らねって!」
「銀箔を使って精巧に写し取った分身が、函館市役所と江別市の北海道埋蔵文化財センターにおられ入場料無料! 札幌市の北海道博物館にもさらに分身がいたりします。入場料800円!
まさに! 分裂するアイドル、それがカックウちゃんです!
本体は道の駅縄文ロマン南かやべに付属の函館市縄文文化交流センターにてお待ちしてくださってますよ! 入場料300円!
これまた国立歴史民俗博物館に分身がおられます! 入場量600円!」
「知らんつってるだろ!」
「でもってそっくりなご親戚もしくは分身と思われる中空土偶のニックネーム・マックウちゃんが東京都町田市の田端東遺跡よりお越しになっております!
URLhttps://www.city.machida.tokyo.jp/bunka/bunka_geijutsu/cul/cul08.html
町田市考古資料室にてお待ちです! 入場料はなんと無料!
なんで北海道と東京でここまでそっくりなのか!
ロマンが尽きません!」
「こっちは精魂尽き果てるわ!」
「そしてこれらの土偶がまさかの国立歴史民俗博物館におられます! 千葉県の皆様、ぜひお越しくださいませ! 縄文土器土偶に、平成の子供部屋を再現し、歴代のおせち料理をずらりと並べ、果てはゴジラまで展示されております!
まさに狂気の館! もはやこの博物館と結婚したいレベルです!」
「どんな博物館だよ! 勝手に結婚してろ!」

「と言いますか。こんなにこのかわいい土偶が嫌なんですか。なんでですか」
「なんでですかじゃないですよ」
「では全然別な方をご紹介しますね」
「お願いしますよ」
「お名前はハニィちゃんでして」
「嫌な予感がするんですけど!」
「日本で代名詞的な埴輪の踊る人々埴輪。埼玉県は野原古墳群よりお越しです!
URLhttps://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2152
どうでしょう?」
「どうでしょうじゃねーよ! いい加減にしろ!」
「本人は東京国立博物館におられますが人気者のアイドルにつき、訪れたとしてもお会いできるとは限りません。
分身が熊谷市江南文化財センターにおられますので、そちらにお伺いください。入場料はこれまた無料です!」
「しつけーわ!」

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処分

二月八日(日)
夜道を歩いていると、道がツルツルの氷であったため、転倒。手首と肘、膝をしたたか打つ。パートナー氏、私を置いて先へ先へと歩く。黙々と歩くパートナー氏の背中を見ながら、ゆっくり、慎重に立ち上がる。体重を預けた手首が、曲げると痛む。
夜、タコライス、袋詰めのサラダ、わかめスープを作り食べる。料理をすることでのス
トレス発散が日課となりつつある。しかし洗い物は辛い。

三月十日(火)
日中仕事。買い物をしてから帰る。酒、みりん、油など切れるタイミングが重なる。買い物袋が指の関節に食い込む。
夜、アラビアータ、袋詰めのサラダ、セロリと玉ねぎのスープを作り食べる。我ながら美味。お湯が出ず、洗い物難儀。指、ますます悪化。スマホでユーチューブを聴きながら笑う声が背後から聞こえてくる。

四月七日(火)
おつりを出す際にもたついていると、「早くしろ! 恥ずかしい」と詰られる。思わず小銭を数枚、落とす。なかなか治らない、ひび割れた指で散らばった小銭を拾い、後列の人に頭を下げながら、逃げるように去る。視線が刺さる、とはこういうことか。
夜、ガストのハンバーグをウーバーイーツに頼み食べる。冷えているが、まあ、美味い。企業努力の賜物に感謝。

五月十九日(火)
テレビで金があったら何をするか、という質問に対して「美味しいものを食べる」と回答する人あり。
夜、余り物の、冷凍焼けしてそうな肉じゃがを解凍して食べる。いつ作ったか、日付はいつのまにか消えていた。処分と割り切る。

六月八日(月)
ようやく、指先のひび割れが改善の兆しを見せる。指先の皮の部分はだんだんと厚くなっていくが、いずれまたひび割れるだろう。水道水が温かくなってきたのが救いか。
夜、食欲なし。食べなければ洗い物が出ないことに思い至る。流しにはコップのみ。

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ち、ぎりたい

なかゆびよりも
ひとさしゆびを
さしだして

あなただけに
ちかいたい

そんなこいをしたいです
そんなあいをもちたいです

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トクさん死んだ

トクさん死んだ

昼間は賑わうショッピングモール
楽しくて涼しくて広い
みんなが大好きショッピングモール

深夜は静かなショッピングモール
汚くて暑くて広い
みんな大嫌いショッピングモール

深夜の清掃は大変
便器に糞を付けても何もしないような奴が
埃一つでクレーム入れる

エアコンが切れた広い店内
限られた人数で一気に掃除
誰でも出来る誰もやりたくない仕事
慢性的な人手不足
働くのは身寄りのない男達

そんな一人がトクさんだった
だけどトクさん死んじゃった

効率重視の役割分担
トクさん倒れてしまう
十分後に見つかって
救急車で運ばれる

熱中症で死んじゃった
トクさん七十一歳だって
トクさん真面目な性格だから
暑い中でも頑張ったんだ
ウォシュレットについた糞を取りながら
具合悪くなって倒れたんだ

他人の糞を触った事もない上の人達が
現場を知らないのに対策を考える
熱中症の危険性を教える講習
時給も発生しないのに一時間も受けさせられたよ
言われた言葉は「水を飲め」
何もかもを飲み込めと言われた気分
そして最後に配られた塩あめ四ヶ
一時間も講習を受けさせられて
貰えたのは塩あめ四ヶ

偉い人達は涼しい会議室で
汚れもせずにお金を貰いながら
どうするのかを考えたのだろうな

トクさんはサウナのように暑い中で便器を磨いていた
人手不足なのにやる事多い
最低賃金しか貰ってないのにね
埃一つで怒られるんだ
汚れた手では水なんて飲めない
時間だってないから休憩も碌にとれない

ああ トクさん死んじゃった
明日からは僕が便器を磨くよ
配られた塩あめ四ヶをポケットに入れて

舐めている
ほんと舐めている
美味しくない塩あめ

あーあ トクさん死んじゃったな 
次に死ぬのは誰だろう?

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けつのろん

たった
おおよそ ひゃくねんすら
わたし(たち)には
ながすぎる

めいそうばかりしているよ
めをひらいてはとじては

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紙占い

雷鳴が聞こえて
寂しい感じがした
薬を飲み忘れてしまい
そのことも含めて
あの椅子に座っている人が
被告人さんなのだと思った
風が吹くと嫌なので
雨戸の建てつけの話も少しした
被告人さんは海に釣り糸を垂れて
雷鳴がすると
やはり寂しいのだろうか
今のはどこ、みたいな表情で
椅子の位置を直したりする
裁判長と名札の付いた人に
質問するよう促されるけれど
わたしは何を聞くべきか分からずに
釣った魚の色はどうですか、とか
冷えた身体はいつまで続きますか
などと聞くしかなくて
いつまでも埒があかない
被告人さんは雷鳴の度に
今のはどこ、と言いながら
釣り糸の位置も変える
おそらく本当は
釣りなんか好きではないのだ
時間だけがゆっくりと過ぎて
裁判長の人は飽きたかのように
法律書を破いて紙占いをしている
どうしてあんなにも
愛してやまなかったのだろう
人も物も
被告人さん
と声をかける
はい、と
椅子に座ったわたしが
小さく返事をする

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でっかい夢

こどもの頃にあった
バイキングの焼肉屋の話になった。
しかし、私はそこの焼肉を思い出すことができなかった。

家族と行ったことはあるが、
その家族との記憶もない。

そのかわり思い出されたのは、
プリンだった。

それも、大皿に作られた
自分の顔よりでっかいプリンだ。

大皿に固められたプリンは
表面に傷一つなく、美しかった。
もし指をつけると、指紋がついただろう。

心の中でティンカーベルが
プリンの表面をスケートすると、
つやつやのプリンに一本の弧が描かれる。

大きなプリンは、お玉で自分の分を掬い分けて食べる。
丸い大皿の上から下へまっすぐ掬うと、
縦に一本筋ができて、たくさん取れるだろう。
まさに、食欲と夢と甘さとを
がっぽりいただく感じだろう。

しかし、そんなことをする人はいない。

端の方から、自分の小皿に乗るくらいだけ掬うのだ。
次の人は、その隣を同じぐらいとる。
それを続けて、プリンは少しずつ
広がるように減っていく。

最後の方になると、プリンの端は
お玉の形で三方を囲まれ残る。
しまいには、くずくずになりながら、
「そんなこともあるよね」と
当たり前のようによそう。
そして大皿は空になった。

しばらくしてプリンの棚を見ると、
大きくて新しくて美しいプリンが置かれている。
神様がみていたのだろうか。

でっかいプリンは、夢のプリンだった。
小さいプリンが百個あるより、
ずっと魅力的だった。

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夏虫疑氷 ーー 夏の二十八句 ーー

夏虫疑氷 ―― 夏二十八句 ――


笛地静恵



少年期


息を吸いまた息を吸い水遊び

冷や麦を空いたお腹へ従姉弟らと

縄とびの二重飛びからかき氷

ときおりはおかしくなるさ毛虫焼く

夕立のけれども何も鳴りませぬ

ガマンからマンガへうつる風青し

捨て猫のごとく人待ち夏帽子



青年期


朗々とヘルデンテノール入道雲

精液の夜に創られる酷暑哉

ともすればともしびを待つ洗い髪

きっかけは茅葺き屋根か一夜鮓

トットちゃんホッテントット土用入り

善し悪しの伝言のあり黒ビール

午前四時西をさすべしカラスの子



壮年期


巻物の瑪瑙の玉を鑑真忌

軽口を友とたたけば風薫る

コンビニのクーポン券と夏の虫

原爆忌面影ぞ立つ羅漢様

わが宿の梁に吊るべきハンモック

大水の後片づけを飯の汗

神田の借りを上野で返す初鰹



老年期


知っている空の色なきさくらんぼ

今生のさとりは遠し富士詣

脱俗をクラゲに習う三尺寝

知ることは知らぬを増やし片かげり

前世の記憶なりしや二重虹

ここからが正念場だぞ夏の果

遅くともできることから夏惜しむ



(2026年6月10日)


(了)

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すすきの草原

同じ方向を向いているが
ここはすすきの草原ではない
歩道の植え込みで
それはお喋りのように造作もなく
美しさを誇張するわけでもなく
困っている様子もなく

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不倫

高ぶる私の香りに貴方の香りが
纏まり付いて来る
唇に伝わる野暮だけれど柔らかい感触
絡み合う舌だけが
落ちてゆく底知れぬ恋情の中で
現実への扉をまさぐっているかのように
相手の舌を押し戻しながら別れを告げる
貴方が帰った部屋の残り香が
私の知らない 知らなくて良い 彼の顔を隠す様に
火照った私の心を抱きしめる

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女子大生御用達小人の靴屋 ~~~ 靴の底から宇宙が見えた ~~~ (後編)

女子大生御用達小人の靴屋 ~~~ 靴の底から宇宙が見えた ~~~ (後編)

笛地静恵



清純女子大で大規模な創立記念パーティが開かれる。ドレスコードがある。ドレスにはハイヒールがつきものだ。

大蔵靴工房には、数日前から女子大生たちのハイヒールが、これでもかと持ちこまれていた。

「はい毎度。お預かりしてたミュール、ヒールのゴム打ち替えとインソールの滅菌洗浄ね。ばっちり仕上げといたよ」
頭上から、親方の地鳴りのようなバリトンボイスが降ってきた。
新しくハイヒールを持ちこんできた依頼主の女子大生――ゆるいウェーブの髪を揺らした女の子が、前に頼んだ仕上がった靴を嬉しそうに受け取った。彼女の顔は、僕たちからすればビルディング壁面の巨大広告だ。
「すごーい、新品みたーい! あ、ねえ親方。ずっと気になってたんだけどさ」
「あん? なんだい」
「親方のところで働いてる子たちって、みんな例の縮小病ってやつなんでしょ? ニュースで見たことある。遺伝子戦争の生物兵器が漏れたとかっていう。うちらで、小人の妖精さんが働く靴屋だって、都市伝説になってるよ」
靴のつま先の奥、暗黒のインソールに潜りこんで、スクレイパーの片付けをしていた僕と斗真は、思わず動きを止めた。ヒールに隠れて外界を覗いた。
親方は、巨大な丸太の円柱を口にくわえた。タバコである。ライターの爆炎で火をつけながら鼻で笑った。
「あァ、それね。某国が、遺伝子を上書きするウイルスを作っただの、十代の男の子の遺伝子の鍵穴がどうのだの、お偉い学者先生たちがテレビで大騒ぎしてたやつだろ。俺に言わせりゃ、どこの国のどいつが始めた戦争だか知らねえが、大迷惑な話だよ」
「へえー、じゃあ本当に、遺伝子が上書きされちゃったんだ。かわいそ」
親方は話題を逸らしているのだが、老靴職人の口調には妙な説得力がある。話に引きこまれていた。最新のスマホのスペックの噂をするのと同じ軽さで感心している。遺伝子戦争も縮小病も、しょせんはどこか遠い世界でのフィクションにすぎないのだろう。
「かわいそう、ねえ」
親方は作業台をコツンと指先で叩いた。僕たちの世界が小さく揺れる。
「まあ、書き換えられちまったもんは、しょうがねえさ。お偉い兵器開発者サマも、まさか自分が作った最先端のナノテクノロジーが、日本の場末の小人の靴屋で、女子大生の靴底の泥んこ落としに、こき使われるハメになるとは、思いもしなかっただろうよ」
「あはは、確かに! テクノロジーの無駄遣いだ!」
女子大生はケラケラと笑った。ぼくと斗真は、両手で耳を押さえた。
一万七千トンの足音を響かせて店を出て行った。ガラス戸が閉まると、すぐに親方の巨大な顔が、靴の中を覗きこんできた。
「おい、妖精二人。お嬢ちゃんの世間話に、つき合ってる暇があったら、さっさと次のハイヒールの赤土を削り落としに行け。遺伝子戦争がどうであれ、おまえたちの戦場はここだ。仕事が溜まると、あとがきついぞ」
「了解です!」
僕と斗真は顔を見合わせ苦笑した。親方が靴にかけた特製のミニ脚立へ足を乗せた。



「今夜は徹夜だ。色気づいたお嬢ちゃんたちの足元を支えるんだ、一足たりとも汚いまま返すんじゃねえぞ!」

「はい、親方!」

見習いを含めて職人たち二十五名全員が、親方の作業台に整列していた。食事と風呂は済ませてある。完全武装の臨戦態勢である。

作業台の上に並べられた二十八足のハイヒールは、僕たちの視点から見れば、巨大な黒漆塗りの軍艦か、あるいは滑らかな曲線を持つ前衛的な建築物の群れだった。

一足のハイヒールは、十五メートルの建築物である。バス一台分の容積がある。僕たちの仕事は親方が修理を済ませた靴の微調整である。それでも、どんなに急いでも、五人がかりでは通常は三十分。左右で一時間はかかる。八時間で四足分。五班で二十足。親方が、最後のチェックをする時間も、残さなければならない。《大蔵靴工房》の評判を落とすわけにはいかない。明朝、午前八時半には、ダンス・パーティ実行委員が、車で取りに来る予定だ。二十八足は限界に近い。


「作業、開始」
鳴柱大蔵親方の雷鳴の怒号を合図に、作業台のサイレン(親方が取り付けた極小のブザー)が鳴り響いた。
「第一・第二班、ヒール固定用ジャッキ起動! 第三班、インソール洗浄ラインへ急げ!第四班、アウトソールへ、第五班は前半は」

班長の坂城さんの鋭い指示が飛び交う。作業台の上に引きこまれた二十四足、四十八のハイヒールは、さながらドックに入渠した巨大戦艦の群れだ。 

靴工場には、改造された小型の油圧式卓上ジャッキが、鎮座している。真鍮製の太い配管や、細かな目盛りが刻まれた圧力計が並ぶ。化学工場の高圧プラントか、巨大な水圧サーバーだ。一歩間違えれば暴発するか、あるいは一瞬で油圧が抜けて自重で崩落する。まさに命を預ける重機だ。

自分が満足できるまで手作りした、針金を曲げて作った小さなレーキ(熊手)を担ぎ、一足の真っ赤なエナメルのハイヒールへと向かった。



各持ち場には、精密機械のパーツを溶接して作られた専用の油圧式卓上ジャッキが並ぶ。重化学工業プラントさながらの武骨な金属音を立てていた。五百グラムのハイヒールは、僕たちの世界では百キログラムを軽く超える重量物となる。簡単に移動もできない。持ち上げることも難しい。
工房内には、五列のベルトコンベアが設営されている。滑らせていく。
持ち上げるには、機械力に頼る。

重い鉄製のレバーにぶら下がる。体重をかけて押し下げる。キチキチ。金属が軋む。グリスの塗られたシャフトが、ゆっくりと競り上がる。機械の強固なアームが、ハイヒールのヒール部分を捉える。じりじり。十メートルほど持ち上げる。ギヤが噛み合う重々しいロック音。ようやく巨体が空間に固定される。もし、ジャッキが壊れたら。
僕は間違いなく、赤いエナメルの下に押し潰される。背中に冷たい汗が流れる。だが、恐怖に震えている暇はない。

「よし、油圧固定完了! 下部への潜入許可を乞う!」
事故がないように口頭で確認する。
「よし、いけ! 崩落に気をつけろよ!」

僕はハイヒールの下へと潜りこむ。

見上げる。
頭上には、なだらかな曲線を描く革の底(アウトソール)がある。巨大な橋の裏側を見ているようだ。そびえ立っている。十数メートル向こうでは、ピンヒールが工場の重歩行用の床を突き刺している。第五班の本来の仕事は主に内部の清掃だが、親方の靴の修理が終わる順番を待って、初めは靴底の清掃作業を分担する。

午後九時から零時までの三時間で三足を完了した。予定通りだが、後の負担を考慮すれば、もう少し速度を増したいところだ。しかし、無理は禁物である。事故につながる。一時間の休憩。食事と水分を取る。



午前一時。

四足目。第五班は内部の清掃へ戻る。
僕はハイヒールのバンプと呼ばれるつま先部分、一番狭く、そして一番ゴミが溜まりやすい洞窟の奥へと、底のソールを下って潜入していく。

ヒールグリップという固い踵から中に入る、外界の光が遮断されていく。革の匂いと、持ち主の香水の残香が混ざり合った、濃密な空気が漂っている。普通の靴職人なら、ライトを照らして長いピンセットを突っこむだけの場所だ。が、僕は全身で潜航していく。

つま先の最深部。人間の生活の縮図だった。



午前二時を回った。五足目。草木も眠る丑三つ時。徹夜仕事は、この時間帯が最も眠気が襲ってくる。ミスも起きやすい。僕は手袋の両手で頬を殴った。

目の覚めるようなスカイブルー。十センチのピンヒール。僕の身長の三倍以上。
履き口から中を覗く。親指の付け根が当たる部分(インソール)の革が、黒ずんで深く窪んでいる。つま先に尋常じゃない体重が常にかかっている証拠だ。前滑りして、外反母趾の痛みに耐えながら歩いているに違いない。
洞窟の最深部に這入る、ストッキングの擦れ跡に混じって、薄ピンク色のハイドロコロイド絆創膏の剥がれ殻が、クシャクシャになって裏地に張り付いていた。
「痛えだろうに、無理してこんな高いヒール履いてさ」
見栄を張りたいのか、あるいは大好きな誰かに、自分の歩く姿をかっこう良く見せたいのか。足元の痛みを笑顔で隠して、女子大のキャンパスへの坂道を登る、涙ぐましい背伸びが痛いほど伝わってくる。僕は絆創膏の跡を、革を傷つけないようピンセットで慎重に、優しく剥ぎ取った。




午前三時。六足目。
ちょっと焦点がぼやけた視界の中で向き合ったのは、クラシカルな黒エナメルの太ヒール。
靴の持ち主は、かなりのおっちょこちょいらしかった。なぜなら、ヒールの側面や巻き革のあちこちに、溝にハマったり階段の角にぶつけたりしたりしている。十センチから数十センチを超える引っかき傷が、ささくれ立っていたからだ。親方とアウターを担当する第四班によって補修はされているが、僕たちの視点は至近距離からの接写だ。無数に刻まれたのがわかる。
案の定、つま先の奥からは、駅の改札でちぎれたらしき清算券の切れ端と、折れたヘアピンが二本も発掘された。朝、遅刻しそうになって髪を振り乱しながら、駅の階段をドタバタと駆け下りている女子大生の姿が目に浮かぶ。
「おいおい、もうちょっと落ち着いて歩きなよ。せっかくの綺麗な靴が台無しだ」
苦笑しながら、僕は熊手でヘアピンを引っ張り出した。



午前五時。七足目。
最後に残った一足は、ストラップにフェイクパールがあしらわれた、華奢なヒールサンダルだった。
ベルトの隙間やインソールの端には、昨日のゲリラ豪雨で跳ね上げられたらしい、細かい泥の粒子が白く乾いてこびりついている。つま先の奥へ進むにつれて、香水とは違う、ツンとしたカクテルのアルコールの匂いが、かすかに漂ってきた。
熊手の先が捉えたのは、ちぎれたスパンコールと、バーか居酒屋のコースターの裏紙のクズ。
「夕立に降られて、サークルの飲み会で、泥酔しちゃった口か」
人間の足は、実に多くの消費生活の残骸を吸着させるものだ。職場にいるとわかってくる。
きっと昨夜は、泣いたり笑ったり、泥だらけになりながら、朝まで語り明かしたのだろう。女子大生の夜の終わりは、いつだって少しだけ切なくて、ひどく汚れている。
「起きたら頭が痛いだろうけど、靴だけは、綺麗にしておいてやるからな」
泥の粒子は、一粒残らずブラッシングした。夜の悪酔いの残香を、外部へと追い出した。



午前六時。他のラインが間に合わない。僕に回ってきた。
僕の前にそびえ立つのは、単なる靴ではなかった。
八足目。
目の眩むような深紅の光沢を放つ、滑らかな曲線を持った未知の巨大建造物。僕が挑むべき赤いエナメルのハイヒールだった。
表面を覆うウレタン樹脂の皮膜が、卓上LED蛍光灯の光を鏡のように跳ね返す。塗りたての高級外車か。つややかにうねっている。触れれば、指先が吸い付くような独特の粘り気がある。僕の足元でキチキチと不気味な金属音を立てる油圧ジャッキの影を、赤いボディが歪んだ像として映し出している。
もし巨体を支える真鍮のギヤが噛み外れたら、僕は一瞬で深紅の底に敷き潰される。文字通り紙切れになってしまう。 
緊張を解いてはならない。背筋を冷や汗が流れる。僕は手作りのレーキを握り直した。圧倒的な質量の下へ潜りこんだ。

「よし、やるか」

僕は熊手を構え、綿埃の塊に突き刺した。
ハイヒールのつま先へと続く漆黒の洞窟は、外側の華やかな赤とは一転して、濃密な闇と熱気が渦巻く空間だった。
壁面を覆う裏地は、持ち主の体温と香水の残り香がブレンドされた、甘く重い空気を生々しく放っている。おそらく昨夜も着用されていたのだろう。僕の呼吸を制限される。
ヘルメットのヘッドライトが闇を切り裂く。頑固に踏み固められた灰色の綿埃の壁に熊手を突き立てる。全身の体重をかけて引き剥がす。
ずるり。巨大なゴミの塊が動いた。刹那、ライトの細い光線を鋭く撥ね返す、異質な輝きが視界を刺した。
「……なんだ、これ?」
堆積したストッキングのナイロン繊維や微細な砂塵の中から、それが姿を現した。 
両手で抱え起こすようにして持ち上げた。まばゆい銀のピアスだ。 
六十倍の世界の縮尺にあっても、星の造形は驚くほど精巧だった。5つの角の先端は、職人の手による丁寧なカッティングが施されている。
女子大生の爪ほどのサイズなのだが、三センチメートルの僕にとって両手で捧げ持つ重量感のある銀の塊だ。教会の尖塔に掲げられた聖なる勲章だ。
暗闇の底で、踏みつぶされることもなく、持ち主の手元へ帰る瞬間を信じて、健気に待っていたのだ。

「親方! つま先から、ピアスが出てきました!」

僕はヘルメットに装着されたマイクロフォンに向かって、大声で叫んだ。
外から、大蔵親方の巨大な顔が覗きこんできた。暗闇の中に、大真面目な眼球が現れる。二つの満月だ。

「あん? ああ、それか。よし、磨いて、靴を返す時に、袋に入れて添えておく。お前のファインプレーだ」

僕の小さな体がなければ、ピアスは、暗闇の中で踏みつぶされ、靴の形を歪める異物となっていたはずだ。大蔵親方の言葉に、胸が温かくなる。

「おい、見習い、明日からは、少しだけ革の裁断のクズを磨く練習をさせてやる」

親方は不器用そうに鼻を鳴らした。顎髭が数センチは延びていた。皮膚の汗腺から滲んだ脂汗が無数の玉になっている。

「本当ですか!?」

「ああ。ただし、掃除の手を抜いたら、承知しねえからな」

「はい!」

僕は喜びを胸に秘めて、十メートルの上空へ持ち上げられた赤いハイヒールの、革の底(アウトソール)を覗きこむ。
滑らかなエナメルのサイド部分には、パーティ会場の床で擦ったのか、あるいは誰かの靴と接触したのか、薄く白い引っかき傷が、かすり傷のように走っていた。 
つま先の外側だけが、ほんの少し不自然に削れている。おそらく、鮮烈な赤を履きこなす彼女は、背筋を伸ばして凛と歩きながらも、時折、ヒールの高さに足元をふらつかせては、ステップを乱したのだろう。

そんな強がりと華やかさが同居する靴の最深部から、あの星型の銀のピアスが転がり出てきたのだ。 持ち主の女の子が「お気に入りのピアスを無くしちゃった」とベッドの上で涙ぐんでいる姿が、靴底の傷痕と重なってた。僕の熊手を持つ手に、自然と優しい力がこもった。  



午前七時。最後のふんばりだ。
一足、また一足。
僕はジャッキを自分の両手で操作する。巨大なハイヒールのトンネルの下を潜る。奥底にある汚れを文字通り命がけで取り除いていく。疲れた足が棒だ。熊手を持つ手が震える。ピンヒールのエッジが、そびえ立つ崖だ。巨大な彼女の足が靴の上にたっている。幻覚を催しそうになった。

「手を休めるな! 職人のプライドを忘れるな!」

親方の怒号が、僕を現実に引き留める。

午前七時四十五分。

作業台の上に整然と並べられたハイヒールは、どれも新品の輝きを取り戻していた。
靴底は泥一つなく清められている。つま先の奥は、僕たちの執念によって完全な清潔さを保っている。

僕は最後のジャッキを降ろした。床に大の字に寝転がった。全身の筋肉が悲鳴を上げている。けれども、不思議なほどの充実感が全身を満たしていた。

「おい、新入り。生きてるか?」
隣のドックのラインで、さっきまでスカイブルーのピンヒールを担当していた同期の斗真だ。彼も僕と同じ三センチメートル、縮小病の罹患者。美形だが端正な顔も靴の油とエナメルの削りカスで真っ黒だ。

「なんとかね。指一本、動かしたくないよ」
「そいつは重畳。じゃあ、這ってでも、シャワーへ行くぞ。そのままで寝たら、カチカチの靴墨人間になっちまうからな」

斗真に肩を貸してもらい工具箱の裏手に隠された小人専用の共同浴場へと向かった。
大蔵親方が僕たちのために、古い熱帯魚用のヒーターとシリコンチューブを改造して作ってくれた特製の湯沸かし器がある。壁のスイッチを全身で押し下げる。僕たちの頭上にあるシャワーヘッド(人間用のスプレーボトルのノズルを流用したものだ)から、勢いよく熱い湯が降り注いだ。

「うあああ……生き返る……!」

声が出た。熱い湯が、一晩中張り詰めていた皮膚の緊張を、じんわりと解きほぐしていく。掌で湯を受け止める。顔を洗う。うがいをする。つま先の暗闇で、吸いこんでしまった革の粉。鼻の奥に残っていたアルコールと泥の匂い。湯と一緒に洗い流されていく。石鹸を泡立てる。髪を洗う。自分は、確かに、まだ、ここに、ある。無となって消え去っていない。

さっぱりとしたシャツとショートパンツに着替えた。シャワー室の隣にある、マッチ箱を並べた簡易休憩所に腰を下ろした。

「それにしても、あのスカイブルーのヒールはえぐかったぜ」
斗真が、冷やした小さなアルミ缶(人間用の栄養ドリンクのキャップを器にしたものだ)を僕に手渡しながら、ため息をついた。
「インソールの親指のところが、すり鉢みたいに凹んでるんだ。外反母趾の絆創膏を剥がすときなんて、裏地まで破っちまわないか冷や冷やしたよ」

「僕のところの赤エナメルもすごかった」
僕は、冷たい水分の喉越しを楽しみながら笑った。
「中で星型の銀のピアスを見つけたんだ。親方に報告したら、磨いて添えておけって」

「へえ、そいつは、手柄だ!」
斗真が僕の肩をバシバシと叩いた。
「俺たちの仕事はさ、誰にも見えない。普通の人間は、靴のつま先の奥に三センチの人間が潜りこんで、熊手でゴミを掻き出してるなんて、夢にも思わないだろ。役所じゃ価値ゼロ扱いされた……」

斗真は自分の小さな手のひらを見つめた。悪戯っぽく笑った。
「こうしてお前と、泥だらけの靴を挟んで、夜を明かしてると、俺たちのちっぽけなからだも、案外捨てたもんじゃないって、思えるんだよな」

「……うん。本当にそう思う」
湯上がりの心地よい気怠さの中で、僕は深く頷いた。
世界が六十倍に膨れ上がったあの日、僕は完全に一人きりになったのだ。絶望していた。コンニチハワークの片隅で、誰にも声が届かなかった孤独。今は違う。
熱いシャワーを浴び、互いの健闘を称え合って笑う仲間たちの声が聞こえる。

「それにしてもさ」

斗真はドリンクのキャップを弄びながら、ふっと視線を落とした。横顔から、いつもの悪戯っぽい笑みが消えていた。

「初めて、お嬢ちゃんの生きた素足が、親方の足台に乗っかった時、ジャッキの影で震えてただろ。俺と二人で、道具の片づけをしていたときだ。靴擦れをしたから、見てほしいって、パンプスを脱いだときだったな……笑わないよ。当然だ。十五メートルの生足の質量が、ドスンと目の前に降って来たんだ。恐怖で心臓が止まりそうになる。俺の初体験は、もっと最悪だったんだ」
斗真は自分の細い手首を擦った。そこには、うっすらと古い火傷のような痕があった。

「半年前、まだ縮小病になってすぐの頃だ。俺は、公園で生活していた。ほら、ろくあるだろ、食い詰めた縮小人間が公園に流れ着くって。かわいそうに思った近所の子供たちが、給食の残りを持ち帰って、養ってくれるってさ。だが、そんなに甘くはなかった。
そこで、女の子に捕まった。小学校の中学年ぐらいだ。赤いスカートの中のパンティがイチゴ柄だったことだけを、はっきり覚えている。顔は覚えていない。スカートの陰になっていたのかもしれない。どういうわけか、履いていた運動靴の中に俺を入れたんだ。薄闇の中で迫ってくる五匹の竜を夢に見る。気が付くと俺は草の上に寝かされていた」
斗真は深呼吸をした。
「靴のつま先には、ゆとりがあるって、俺は気が付いていなかった。成長期だからな、親も少し大きめの靴を買ったんだろう。あの靴は新品だった。生地の匂いがしたからな。それから、まあ、いろいろとあって、ここに流れ着いたってわけだ」
斗真は、自分の恐怖の体験を靴の専門家として客観的に分析することで、乗り越えようとしているのだ。
「火傷は、そのときのものだ。教訓としているよ」
尊敬に値する友人だった。

「生きた人間の足が、店に入ってくる重低音を聞くと、それだけで、胃の奥がキリキリ痛む。靴工房からは、逃げなかった。ここで逃げたら、人生はゼロで終わりだ。泥水をすすってでも、三センチの体で、生き抜いてやる。公園の冷たい草のしとねで決めたのさ」
斗真は言葉を切り、アルミキャップの水を一気に飲み干した。そして、いつもの少し生意気な笑みを無理に唇で作った。話を締めくくった。

磨き上げられたハイヒールたちが、舞台への出番を待つ主役となって、キラキラと光を反射している。

清純女子大のパーティで、華やかに踊る女の子たちがいる。ハイヒールの
ステップが軽やかならば、幾分かは僕たちの小さな腕のおかげなのだ。



翌日の夕刻。

《大蔵靴工房》の床を揺らしたのは、女子大実行委員長のお嬢さんの一万七千トンの靴音だった。

創立記念パーティは大盛況のうちに幕を閉じたという。

「急ぎの仕事で、無理を言って、申し訳ありませんでした。仕上がりの丁寧さに、みんな満足していたとお伝えください。ほんの一口ですけど、職人さんにも、差し上げてください」

親方に紙袋を手渡した。

彼女は親方しか見ていない。職人の姿は見ていない。みんなして隠れていた。普通の人間の興味本位の視線にさらされるのを好まない。

袋の中身は、自分たちの権利として、たしかに受け取った。

夕方が来た。《大蔵靴工房》は、鍵を閉めた。親方がガラス扉に厚い幕を引いた。閉店した。

クレーンで紙袋が吊り上げられた。傾けられた。

ドサドサ。中身が一望に並べられた。

僕たち二十五名からは、地鳴りのような大歓声が沸き起こった。

ダンス・パーティのきらびやかな余韻が詰めこまれている。夢の残り物の山だった。香水の香りがした。

「よし、全班、今夜は宴会だ! 好きなだけ、食って飲め!」

親方の豪快な大号令を合図に、僕たちの秘密の祝祭が始まった。

まず目を奪ったのは、人間の世界では一口サイズのプチタルトやマカロンだった。
三センチメートルの僕たちの前に並ぶ。身長と同じ直径がある。お菓子の国から切り出されてきた巨大な円形劇場か、色鮮やかなドーム建築だ。
ピスタチオグリーンのマカロンは巨大なクッションだ。同期の斗真が体当たりする。ざくりとした表面の生地が砕ける。濃厚なガナッシュの香りが、とろりと溢れ出す。
「イチゴのタルトを見ろよ! ルビーの結晶だ!」
先輩たちが足場のロープをかける。スプーンの代わりのピンセットを突き立てる。イチゴの果肉の大岩を削り取っていく。甘酸っぱい果汁が流れ出る。

中央に鎮座するのは、半分ほど飲み残したロゼ・シャンパンのボトルだ。 横たわる漆黒の巨大宇宙船。ガラスの塔だ。
「よし、第四班! 給酒ラインを構築しろ!」 
坂城班長の鋭いホイッスルの音が響く。班長は、大蔵親方とは、三十年来の仲だという。先の遺伝子戦争で縮小された、第一世代ということになるだろう。人類は奇病を克服できないでいる。

精密油圧式卓上ジャッキが、ガガガと不骨な金属音を立てる。ボトルの下部へ滑りこむ。日頃は、ハイヒールのヒールを固定するために使う機械だ。
「せーの、引け!」
 職人三人が、重い鉄製レバーにぶら下がる。全体重をかけて押し下げる。キチキチとギヤが軋む。ゆっくりと油圧シャフトが迫り上がっていく。ボトルの底を持ち上げていく。計算された角度まで、巨大なボトルが傾く。ボトル口に取り付けられたサイホン用の真鍮製配管から、鮮やかなピンク色の気泡を孕んだ液体が、ドクドクと勢いよく流れ出る。 
「よし、コップ回せ!」 
職人たちは、ベロウズ(蛇腹式吸塵器)のセッティングを逆噴射に切り替えている。流れ出るシャンパンの金色の流れを、効率よくコップへ誘導していく。
それぞれに掲げているのは、日頃の機械整備で使う配線用の小さな絶縁ビニールキャップや、風邪薬の錠剤が入っていたアルミシートのくぼみをきれいに切り抜いたものだ。僕たちの手のひらにもすっぽりと収まる。特製コップだ。

高さ数ミリメートルの器にシャンペンが注がれる。
高圧化学プラントを操る手際の良さ。次々と極上の美酒が配給されていく。


「乾杯――!!」

一斉に声を上げる。一口すする。
シュワシュワとした微炭酸の泡。全身を包む。口中で衝撃とともに弾ける。鼻に抜ける葡萄のフルーティーな香り。芳醇なアルコール。徹夜でカチカチに凝り固まったからだの芯を、じんわりと、優しく解きほぐしていく。
「最高だ……! 生きてて、よかった!」
炭酸の心地よい刺激に喉を鳴らす。夢中でカップを干した。

料理のエリアも活況を呈していた。ダイナミックな重機作業が展開されていた。
十メートル角のローストビーフの立方体。ピンク色の断面の高さは、僕たちの背丈の三倍はある。赤土の崖だ。挑むのは、小型電動グラインダーを装備した先輩の職人たちだ。
普段は、噛み捨てられたガムや、頑固な泥や、硬化した接着剤などを、削り取る。

「おい新入り、危ねえから、下がってろ!」
先輩はヘルメットのシールドをパチンと下げる。グラインダーのスイッチを入れる。高周波の駆動音が、作業台の上に響き渡る。超硬質のブレードが回転を始める。
ヴィィィィン! 
小気味よい音を立てる。肉の崖に刃が突き立てられる。香ばしいグレイビーソースと肉汁のしぶきが豪快に飛び散らせる。

僕たちの防寒用ウール毛布ほどの厚さに、美しく、正確にスライスされていく。

「よし、吊り上げろ!」
スライスされた十メートル四方の肉の一片に、ピンセットを改造した卓上ミニクレーンのワイヤーロープが、手際よく巻き付けられる。ウィンチのギヤが、カラカラと軽快な音を立る。肉の絨毯が宙に舞う。ナイフ代わりにスクレイパーを構えた。
「せーの!」
肉の繊維を切り出していく。
「このソース、赤ワインとトリュフの匂いがするぞ!」
「さすが有名私立女子大のパーティ、贅沢極まりないな!」
ちぎり取った肉片を口に運ぶ。ジューシーな旨味と、スパイスの香りが口いっぱいに広がる。みんなが顔を見合わせて笑う。

陸上のトレーニング・シューズの恐ろしい泥の壁を、血を流しながら削っていた時の惨めさが、脳裏から薄れていく。

「おーい、こっちの第一テーブル(人間の灰皿を裏返したものだ)へも降ろしてくれ!」

要求の声が響く。

カチカチに凍りついたバニラアイスクリームの小山に対しては、陸上シューズの泥壁を穿つための鉄製スクレイパーを持った男たちが、ツルハシを振るう炭鉱夫さながらに豪快に突撃していく。標高十メートル。幅もそれと同じぐらい。長さは、二十メートルに近い。とても食いきれない。食べ残しは、親方が冷蔵庫に保管することになっている。

削りクズとなった濃厚なバニラの結晶を、シャベルで次々とバケツ(人間用のペットボトルのキャップ)へ、放りこんでいく。

先輩たちが生きるために、血と汗を流して作ってきた道具類。無骨だが、ぬくもりに満ちた工作機械だ。
今夜ばかりは、心の底から笑顔になるための、最高に愉快な「調理器具」へと姿を変えていた。

「次は、チョコレート火山を崩すぞ、手を貸してくれ!」
斗真が、真っ白な粉砂糖にまみれた手で、僕の肩をバシバシと叩いた。
「おう、行くぞ!」
僕は斗真と大きく足を踏み出した。


女子大生御用達小人の靴屋 ~~~ 靴の底から宇宙が見えた ~~~ (後編)


(了)

女子大生御用達小人の靴屋 ~~~ 靴の底から宇宙が見えた ~~~ (全編)


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女子大生御用達小人の靴屋 ~~~ 靴の底から宇宙が見えた ~~~ (前編)

女子大生御用達小人の靴屋 ~~~ 靴の底から宇宙が見えた ~~~ (前編)

笛地静恵

【ノート】R18です。暴力や性的な表現があります。成人したら読みに来てください。ライトノベル風「巨大娘小説」の「職人尽くし」の第三弾です。AIさんとの共作十五作目。「小人の靴屋」の話は、以前にも挑戦したことがあるのですが、靴に関する知識などが不足して、途中で挫折しました。今回は、AIさんにていねいに教えていただき、物語を完成できました。感謝です。例によって真偽のチェックができません。詳しい方は、コメントなどで指摘してくだされば、適宜、修正していくつもりです。三部作のです。他の二編も、お楽しみくだされば幸いです。笛地静恵 2026年6月11日(木) 市街地にまたクマ出没のニュースをききつつ

【あらすじ】
遺伝子戦争の生物兵器漏洩が原因とされる「縮小病」で身体が三センチメートルになった主人公。過酷な世界を生き抜くため、女子大生の靴を修理する小人の靴屋の職人となる。人間用の工具を重機のように操り、靴底の汚れから持ち主の人生(小宇宙)を読み取る。埃臭くもあり、誇り高くもある労働の日々。同期の斗真の言葉に、職人としての覚悟を決めた彼は。



縮小病。十代後半から二十代前半の男性のみを狙い撃ちする。ウイルスと一致する遺伝子の鍵穴を持っている者のみが感染する。人体の設計図である遺伝子を上書きされる。原因不明。某国が先の遺伝子戦争で開発した生物兵器が漏洩したとされるが確証はない。真偽は不明のままだ。治療法なし。

僕を拾ってくれたのが、《大蔵靴工房》の鳴柱大蔵(なるばしらだいぞう)という珍しい苗字の親方だった。五十六歳。独身。髭面の大男である。

店は最寄りの駅から、清純女子大学へ向かう商店街にある。右が喫茶店で左が本屋の間の狭い路地。かろうじて車一台が通れる。一方通行。左手に間口二間、奥行き二間の小さな木造の二階建てがある。《大蔵靴工房》とペンキの手書きの看板が、デカデカとかかっている。外見は地味だ。昔ながらのガラスの引き戸。それでも、評判は良かった。職人たちはいつも忙しい。

立地がいい。他の店で買い物をしたり時間つぶしをしたりしながら、靴の修理を頼める。特に清純女子大の学生たちから、絶大の信頼を得ていた。お嬢様学校。年間を通じて、入学式、体育の授業、運動部のクラブ活動、体育祭、文化祭、ダンス・パーティ、卒業式等々の各種の行事がある。そして、足元のおしゃれ。金はある。ちょっと具合が悪いと、最新流行の靴に買い替える。しかし、一足を大切に履く少数派からは愛用されていた。早い。安い。ていねい。三十年の実績がある。妖精の住む靴屋さん。都市伝説がある。「黙って座れば、ぴたりと直す」。昔の占い師のような評判も代々の学生へ伝わっているという。

銀髪を短く刈りこんだ親方は、地響きを伴う低音の声で宣言した。

「小人だろうが何だろうが、動く手足があるなら働け。ただし、一人前になるまでは革に触らせねえぞ」

親方の巨大な手に乗せられた。作業用の机が店の左手奥の隅にある。壁に穴がある。そこから、隣の部屋に入れた。我が目を疑った。縮小病に罹り、行き場を失った小人たち二十五名がひしめき合う、巨大な靴整備コンビナートだったのだ。
天井の照明は工場用のLEDだ。無数の小型ジャッキが並んでいる。おそらくピンセットを改造したクレーンが動いている。小人たちが無線機を片手に声を掛け合っている。普通の人間には見えない裏側や工具箱の影には、僕たちのための小さなプレハブ小屋や、油圧の配管が張り巡らされている。

衣服や靴が支給された。靴屋というよりも工場の作業員である。頭には無線機のついたヘルメット。灰色の上下の作業衣。手袋。安全靴等々。

案内された作業台の奥にある工房では、親方が使う人間用のニッパーが、クレーン車か何かのように無造作に転がっていた。全長十数メートルにおよぶ鋼鉄の巨獣だ。油の匂いをまとった一対の刃先は、大型重機の油圧カッターの鈍い光を放っている。先輩職人が、巨大なグリップの隙間に、慣れた手つきでワイヤーをかけた。ウィンチで引き絞っていく。日常の工具のすべてが重工業プラントの主役なのだ。

僕は、見習い靴職人としての第一歩を踏み出した。  

「おい新入り、ちょっと手伝え!」
班長の坂城さんから呼び止められた。
「床に障害物が落下している」
僕は作業台の端から見下ろした。
横たわっていたのは、人間にとっては、ポケットに入るサイズの、お洒落なピンク色のリップクリームだ。
「清純女子大のお嬢ちゃんが落としたやつだ。明日の営業開始までは、ドックに格納しておく!」
店の床に降りた。
目の前にあるそいつは、全長四・五メートル、直径一メートルを超える。巨大な金属の円柱だ。メタリックピンクのボディは、工場の天井のLED照明を、ギラギラと反射させている。不発弾か魚雷だ。圧倒的な質量で床を占拠している。
先輩たちと五人がかりでロープをかける。ウィンチを軋ませる。
「せーの、引け!」
数十センチずつ床を動かしていく。下手に回転されて、下敷きにでもなれば、足が潰れる。キャップの隙間からは、甘いストロベリーの香気が、呼吸を狂わせる濃厚な香霧となって、むわあと立ち昇ってくる。本人には、これほど強烈には、感知できないのではないだろうか。女の子にとっては、唇を彩るだけの、小さな日常の愛用の品に過ぎない。
僕たちの世界では、動かすことすら冷や汗の浮かぶ重労働となる。巨大で、目も眩むほど華やかな不発弾となるのだ。気を引き締めていなければ怪我をするぞ。ヘルメットの紐を、きゅっと締め直した。



もちろん最初から靴を修理したり、靴の顔である外側のアッパーを磨かせたりしてもらえるはずはない。僕の担当は、靴底の溝に詰まった小石の除去、そして、つま先の奥の奥に溜まった抜け毛や綿ゴミの掻き出し等々。普通の人間なら手が届かない、あるいは見落としてしまう暗黒の領域を掃除することだった。新入りに許された仕事場だった。



靴の中には小宇宙があった。

最新のトレンドを取り入れた、シアー素材のシースルーミュールの奥は、夜の街のネオンを閉じこめていた。
暗がりにライトを当てる。クラブやライブハウスで浴びたであろう、微細なマルチカラーのラメグリッターの星空が、キラキラと輝いている。繊維クズに混ざって出てきたのは、プリントシールのフチを切り落とした細いゴミ、お気に入りのリップのキャップのローレット(滑り止め)に削られたワックスの塊、そして深夜のファミレスのレシートのちぎれた端きれ。SNSの画面の向こうにある、華やかで少し刹那的な若さの日々が、狭い空間に溢れんばかりに詰まっていた。

テニスサークルの遠征用らしき、白ベースの厚底スニーカーの奥は、熱気あふれるコートだった。
つま先部分の裏地には、大学のクレーコートから持ち帰った赤土の細かい砂塵と、汗が乾いて塩分を含んだ硬い綿埃が、がっちりとこびりついている。熊手の刃を立てて削り落とす。ちぎれたグリップテープのゴム片や、プロテインシェイカーの粉末の残り、さらには、大会ではIDパスを留めていたのだろうプラスチックのクリップの破片が、転がり出てきた。よく怪我をしなかったものだ。講義よりも、サークル活動に全てを捧げた少女の、熱い青春の汗の匂いが、奥底から漂ってくる。

図書館に通い詰めているのか。少し色あせたブラウンのコインローファーの奥は、古書特有の落ち着いた気配をまとっていた。
最深部を覗きこむ。大学の古い研究室の絨毯から拾ったであろう、ウールの長い繊維が、クッション状に丸まっている。発掘されるのは、鉛筆を削った際に出る黒鉛の粉、ブックマーカーの紐のちぎれ端、そして、展示会の半券のコーナーカット。彼女が本の世界に没頭し、キャンパスの片隅で思索に耽っている静謐な時間が、標本となって保存されていた。
ストッキングから擦り切れて落ちた、微細なナイロンの繊維。絡まり合って、灰色の巨大な綿埃の塊(僕の頭ほどもある)を作っている。さらには、いつ紛れこんだのか、小さなビーズの破片や、パーティの招待状の切れ端らしき紙屑まであった。

甲に細いストラップのついた、おとなしめのベージュのパンプスだった。
ジャッキで持ち上げる。靴底(アウトソール)を覗きこむ。外側のエッジだけが不自然に丸くすり減っている。極端な外開き、いわゆるがに股の歩き癖だ。上品なデザインの靴とは裏腹な猛々しい摩耗に、僕は疲れを忘れて、少しだけ笑ってしまった。
つま先の奥に潜りこむ。消しゴムのカスが大量に沈殿している。細かいおからだ。
「講義中、ずっとノートを取りながら悩んでたんだろうな」
おっとりした見た目とは裏腹に、不器用だけど人一倍、真面目に大学生活を送っている女の子の姿が浮かぶ。僕は熊手を大きく引いた。
「よし、明日からも自分の歩幅でしっかり歩けよ」
心の中で語りかけながら、頑固な消しゴムの粉をすべて掻き出した。

僕の前に立ちはだかったのは、これまでに扱った靴とは次元の違う巨大な建造物だった。
上質なダークブラウンの牛革で作られた、膝丈まである冬物のロングブーツだ。
ジャッキで固定された履き口は、僕の身長の優に十五倍を超える高さにある。見上げるだけで、首が痛くなる。上から覗きこむ。筒の内部は、外の明かりを完全に拒絶した、漆黒の縦穴(シャフト)と化している。

「おい、新入り。ロングブーツの内部清掃は、初めてだよな?」
ロープを肩に巻き付けた先輩職人が、僕の背中を叩いた。
「これは潜入じゃない。下降だ。足元に気をつけろよ。奥で熱気のこもったガスにやられるな」

僕はヘルメットのヘッドライトを点灯させた。ブーツの履き口の縁に、頑丈なピンを打ちこむ。といっても、僕の尺度での話である。彼女には、一ミリにも満たない。肉眼では見えないだろう。僕は、細いナイロンロープを固定した。
「よし、下降を開始します」
ロープを握り、おそるおそる縦穴の壁面へと足をかける。

中は、想像を絶する空間だった。
内張りに施されたリアルファー(ボア)が、ヘッドライトの光を吸収して不気味にうごめいている。未知の巨大生物の食道へと滑り落ちていく。食われそうだ。妙な錯覚に囚われる。
一歩、また一歩、ロープを繰り出しながら、垂直の壁を降りていく。牛革の濃厚な匂いと、持ち主が使っているであろう、甘いバニラ系の香水の残り香が、洞窟内部の空間にむうっと充満している。下降するにつれて、自分の体温と吐き出す息で、内部の温度が、じんわりと上がっていくのがわかる。

「深いな……」
どれほど降りたのだろうか。上を見上げる。丸い履き口が、遥か彼方に、満月の形となって小さく輝いていた。もし今、ロープが切れたら、僕は暗黒の底へと真っ逆さまだ。

ようやく足が底に届いた。ブーツの踵からつま先へと続く、なだらかな傾斜のインソールだ。
最深部へ進む。ヘッドライトの光が、裏地のボアに絡みついた遺物を照らし出した。

細かくちぎれたイルミネーションの電飾用コードのビニール片、冬の乾燥で剥がれ落ちた微細な皮膚の粉、そして、ひどく擦り切れたウールの厚手靴下の繊維だった。
「……寒がりな女の子なんだな」
これほど長いブーツを履き、さらに厚手の靴下を重ね履きして、彼女は冬の街を歩いてきたのだ。
さらに熊手を引っかける。奥底からガサリと音がした。一枚の紙がはがれた。広げれば新聞紙大となる。有名なすき焼き専門店の領収書の切れ端だ。日付は去年の十二月二十四日。クリスマス・イブだ。

「そうか。大好きな人と、ちょっとだけ背伸びをして、贅沢なディナーに行ったんだな」
冷えこむクリスマスの夜、一番のお気に入りのロングブーツを履き、防寒もしっかりして、彼女は大切な人の隣を歩いていたのだろう。少し緊張しながら、慣れない高級店へ向かう彼女の、弾む足音が聞こえてくる。

僕はロープをしっかりと結び直し、熊手を構えた。
「お待たせ。今年も、出番が来るといいな。きれいに、してやるからな」

ボアの毛並みに絡みついたウールの繊維を、一本ずつ丁寧に熊手で梳いていく。奥に沈殿していた細かな砂塵を、小型のベロウズ(蛇腹式の吸塵器)で吸い出す。仕上げとして、革の湿気を取るための、シリカゲルの粉末を薄く撒いた。

作業を終えた。再びロープを掴んで垂直の縦穴をよじ登る。
ようやくブーツの履き口から這い出した。工房の油の臭いのする冷たい空気を胸いっぱいに吸いこんだ。ヘッドライトは、今にも切れそうに暗くなっていた。命綱のピンを外した。

――だが、そんな僕の慣れとうぬぼれは、ある日、唐突に打ち砕かれることになる。

「おい、新人。ちょっとそこに立ってろ。これも、一度は体験しておかなけりゃいけねえことだからな」
僕は、先輩の斗真と工具類の整備をしていた。汚れを取り、油を塗り、後片付けをする。珍しく僕だけが、親方に呼ばれた。作業台の端。いつも靴が置かれる足台の脇。机の脚の陰。小人たちの特等席の位置。そこで待機していた。
しばらくして。
店に来客があった。ドスン。激しい地響きがした。靴を置く木製の台が、大きく傾いだ。家一軒分ほどもある巨大な質量が、頭上から降ってきた。

女子大生が、ストラップの壊れたサンダルを脱ぎ捨てた。生身の素足を、目の前の足台へ、無造作に投げ出したのだ。

「ひっ……!」
僕は恐怖のあまりへたりこんだ。
現れたのは、人間の足などという生易しいものではない。そびえ立つ壁があった。ぬめりとした生身の肉の巨大な建造物、あるいは剥き出しの怪獣の肉塊だった。
皮膚のきめの一つ一つが、底の見えない大地の裂け目だ。深く刻まれている。ピンク色の足の爪は、僕の全身を容易に切断できる。ギロチンの刃だ。指がピクリと動く。それだけで、僕の周囲の空気が揺れる。圧倒的な獣の体温。皮膚の奥から匂い立つ生々しい肉の香気。津波となって僕の鼻腔を蹂躙した。
(踏みつぶされる――!)
逃げ出そうにも立てない。腰が抜けるというのは、ほんとうにあったんだ。
靴の内部という無人の遺物を相手にして、発掘作業だと格好をつけて分析していた自分が、いかに呑気だったかを思い知らされた。
本物の人間は、歩く天変地異だ。僕の存在など、彼女が少し足を移動させただけで、血と肉と骨に変えられてしまう。人間としての原型さえも留めていないだろう。

しかし、親方は平然としていた。
「お嬢さん、ちょっと、そこで、動かねえでくれよ」
虫眼鏡を軽々と担ぎ上げた。レンズの直径は、僕の身長の三倍ほどもある。巨大な恐るべきサンダルへ顔を寄せた。
親方の目は、常人には見えない領域を捉えていた。サンダルのストラップの付け根、革の繊維がほんの一筋だけ、目に見えないレベルで裂けている。一瞬で見抜いた。
「なるほどな。こりゃ、歩き方の癖で、内側に重心が、かかりすぎたんだ。芯材の糸が、悲鳴を上げてる。今すぐ直してやるよ」
親方は作業台の道具を素早く操る。僕の腕ほどの太さがある特殊針を、目にも留まらぬ速さで、サンダルの隙間に突き刺した。グサリ。グサリ。硬質な革を貫く音が響く。ほんの数十秒の神業だ。僕が巨人の足元で、ガタガタとみじめに震えている間に、親方は完璧な補強縫いを終わらせていた。

「ほらよ、もう大丈夫だ。これでまたガシガシ歩けるぜ」
親方がサンダルを差し出す。台の上の巨大な肉塊が、するりとそれを履いた。
「わあ、すごい! 全然痛くないし、前よりぴったりフィットしてる! さすが親方さん、ありがとう!」
天井の遥か上から、鈴を転がすような歓声が降ってきた。作業台が大きく揺れた。

嬉しそうに立ち去っていった。店内を疾風が吹きすぎた。笑顔の余韻が、微かな香水の匂いとともに、作業場に残されていた。常連らしい。ビニール袋をぶら下げていた。買い物の途中で立ち寄ったのか。リラックスした雰囲気だった。

けれども、僕は、じっとりと冷や汗を、かいたままでいた。それどころではなかった。作業ズボンの中へ、おしっこをちびっていた。ひそかに洗わなければならない。たぶん幼稚園生のとき。近所の野良犬に追いかけられ。あの日以来かもしれない。
「まいどあり」
お客様が立ち去っても、ごま塩頭を下げている親方の背中を見上げていた。

親方は、僕を縮み上がらせた、巨大で暴力的な世界と、真っ向から対峙している。恐怖の先に、僕たちが果たすべき本当の職人の仕事があるのか――。



夕方、工房の床を揺らす女子大生地震とともに、巨大な五つの段ボール箱が運びこまれてきた。

「おい、全班、手を止めろ!」
鳴柱大蔵親方が声を張り上げる。
「清純女子大付属高校女子陸上競技部からの至急の依頼だ。明日の朝一番から、インターハイの県予選が始まる。だが、一昨日の豪雨で、グラウンドが泥の海になった。部員全員のスパイクと、トレーニングシューズと、ランニングシューズが全滅した。明日の朝七時までに、すべてを極上のコンディションに戻して届ける。一足たりとも遅れは許されん!」

届けられたのは、三十足を超えるスポーツシューズだった。
ドサドサと並べられた。光景の凄惨さに、僕は言葉を失った。

華やかなハイヒールとは真逆の、泥と汗の戦場だった。
ソールに刻まれた無数の溝には、水を含んで粘土質のコンクリートになった黒い泥が、これでもかと目詰まりしている。スパイクの金属ピンの根元には、削られたトラックのゴムチップがびっしりと固着している。履き口からは、何ヶ月も染み付き、発酵した強烈な足臭と部室の思春期の麦を煎ったような汗の匂いが漂ってきた。強烈だ。目がしょぼしょぼする。涙が出る。

「これを……明日までに、僕たちだけで?」
喉の奥がカラカラに乾いた。
僕の担当として割り振られたのは、泥をまるごと被ったもともとは真っ白だったはずの茶色いランニングシューズだった。身長の七倍から十倍はある靴の巨体は、全体が乾きかけた泥でコーティングされている。発掘されたばかりの恐竜の化石だ。不気味に鎮座している。

支給された道具は、いつもより二回りも大きくて重い、鉄製のスクレイパーと硬質のワイヤーブラシ一本だった。
「よし、やるぞ……」
自分に言い聞かせる。泥の壁に道具を突き立てる。

硬い。信じられないほど硬かった。
乾燥し始めた泥は、コンクリートさながらだ。全体重をかけてスクレイパーを突き立てる。表面の泥が、僕の尺度でほんの数ミリ分、粉となってパラパラと落ちるだけだ。
一回、二回、三回。両手の皮が擦り切れる。強烈な振動が、手首から肩へと突き抜ける。

一時間が経過した。
二時間が経過した。
必死の作業で削り落とせたのは、左足の踵の、それも、ほんの一部分だけだった。
見上げるほどに巨大な靴の全容は、ほとんどが分厚い泥に覆われたままだ。時計の針は無情にも進んでいく。周囲では、先輩たちが手慣れた様子で、小型の電動グラインダーを、火花散らせて華麗に操っている。新入りの僕には、そんな新型の機器は与えられない。

焦る気持ちを抑え、僕はランニングシューズの土踏まずの窪み、泥が分厚く堆積した影へとスクレイパーを突き立てた。
道具の先から、泥とは明らかに違うグニュリとした不気味な弾力が手に伝わった。

「うわっ……!?」

驚いてライトを照射した。泥を退けた僕は凍りついた。心臓が跳ね上がり、呼吸が止まる。
埋まっていたのは、泥ではなかったのだ。僕とほぼ同じ体長を持った、異形の大怪獣の死骸――人間の世界ではゴキブリと呼ばれていた虫の、無惨に踏みつぶされた残骸だった。

持ち主の少女にとっては、歩いている途中に、何かを踏んだという一瞬の違和感に過ぎなかったのだろう。いや、それすらも感じなかったのかもしれない。だが、3センチメートルの僕の眼前に広がる光景は、凄惨極まる地獄絵図だった。
靴の持ち主の巨大な体重によって圧殺された怪物は、全身を覆う油じみた茶褐色の甲殻が、バキバキに砕け散っていた。濁った体液と内臓の肉片が、ドロドロと周囲の泥に溶け出している。
僕の腕ほどもある太い脚は、不自然な方向に折れ曲がって天を突き刺している。引きちぎれた長い触角が、靴底の溝で虚しく揺れていた。強烈な死臭と、生物特有の生臭い油の臭いが、狭い空間に立ちこめて鼻腔を刺した。

すぐ隣では、陸上シューズの鋭いゴムの突起が、ナイフのように怪物の頭部を真っ二つに叩き割っていた。
もし、こいつが生きて動いていた場所に遭遇していたら。あるいは、もし僕が巨大な靴の持ち主に踏まれていたら。今頃は、怪物と同じ姿になって、泥に塗れて朽ち果てた死体をさらしていたはずだ。

自分の無力さと、巨大な世界の圧倒的な暴力性が、死骸を通して脳髄に直接叩きこまれた。両膝の震えが止まらない。スクレイパーを持つ手が、恐怖で硬直していく。

「――おい、新入り。手が止まってるぞ」
不意に、隣のドックから低く芯のある声が、無線機越しに聞こえた。同期の斗真だった。彼は僕の視線の先にある異形の残骸を一瞬だけ見つめた。それから、すぐに自分のワイヤーブラシを泥の壁へと叩きつけた。
ガリッ。硬い音が響く。
「怖いか。俺だって、吐き気がするよ。人間の世界じゃ、一瞬で踏み潰されるただの不快な害虫だ。怪物の命を奪った巨大な足は、明日、インターハイの舞台でコンマ一秒の記録を縮めるために、泥まみれになって走る女の子の足なんだ。俺たちが、泥を落とさなきゃ、スパイクが滑る。怪物の死骸ごと、彼女の夢が、グラウンドで転倒する」
斗真はヘルメットのゴーグル越しに、真っ黒に汚れた顔で、不敵に笑ってみせた。
「世界は、クソみたいに巨大で、暴力に満ちている。足元をコントロールできるかは、スクレイパーを握る、俺たち三センチの人間の手にかかっている」

走る少女。

滲む視界の向こうで、目の前にある陸上部の巨大なスニーカーが、別の靴の幻影と重なって見えた。

――まだ僕の体が普通に大きかった、中学生の頃の記憶だ。

当時、僕には好きでたまらない女の子がいた。陸上部所属の、いつも髪を短く括った、小柄でひたむきな子だった。
後ろ姿を遠くから眺めているだけで胸が苦しくなった。不器用な片思いだった。中学最後の冬、僕は意を決して、拙い文字で想いをつづったラブレターを彼女の下駄箱に入れることにした。

放課後、誰もいない昇降口。
心臓が口から飛び出そうになるのを抑えながら、彼女の下駄箱の扉を開けた。毎日の登下校で履いている、黒い小さなローファーが、綺麗に揃えられて置かれていた。

いけないことだと知りながら、ローファーをそっと両手で持ち上げてみた。なぜか中の匂いを嗅いだ。深呼吸していた。
今からは想像もつかないが、当時の僕の両手には、彼女の靴が、すっぽりと収まった。人間の女の子の、22.5センチかそこらの、驚くほど軽くて、小さくて、愛らしいローファー。つま先のあたりには、彼女が、毎日全力で走っているからだろう、独特のしなやかな履きジワが、刻まれていた。
手のひらから伝わる小さな靴の温もりと重みに、僕は彼女という存在の愛おしさを狂おしいほどに実感した。僕は勃起していた。耳まで真っ赤にしながら、靴のすぐ横に手紙を添えた。そっと扉を閉めた。

結局、彼女からの返事は、卒業式の日まで何もなかった。
声をかけられることもなく、手紙について触れられることもなかった。完全な黙殺。人生最初の失恋の体験だった。自分の想いは、彼女の心に1ミリも届かなかったという無力感。静かに冷えていった黒いローファーの感触が、今でも胸の奥に苦いトゲとなって刺さっている。

あの頃は、人間の女の子の靴を小さくて可愛いなんて思っていた。
なのに、今の僕の体はどうだ。
かつて両手で愛おしく包みこめたはずの靴が、今や僕のすべてを押し潰す巨大な怪物となって、目の前に立ちはだかっている。彼女の心に手が届かなかったあの頃と同じだ。今の僕は、巨大な泥の壁を前にして、あまりの無力さにただ立ち尽くしている。

「おい、ぐずぐずするな! 今夜中に仕上げなきゃならん靴が、あと山ほどあるんだぞ!」

大蔵親方の怒号が、作業台の上から降ってきた。

ハッと我に返る。涙を手の甲で手荒く拭った。目の前の、泥に塗れた巨大な陸上シューズを見上げた。
届かなかった恋。変わってしまった身体。諦めたら、本当に価値ゼロのまま消えてしまう。
震える手で、もう一度、床からスクレイパーを拾い上げた。
一心不乱にスクレイパーを振るった。右足の土踏まずの泥を大きく剥ぎ取った。ヘッドライトの光の中に、奇妙な摩耗の痕跡が、浮かび上がった。
一部分だけ、ゴムの突起が不自然にすり減り、白いミッドソールが露出するほど抉れていたのだ。人間が上から見ても、ただの小さな傷にしか見えないだろう。だが、数センチの至近距離で対峙する僕には分かった。彼女がスタートブロックを蹴り出すとき、あるいは全力でコーナーを曲がるときに、狂気じみた力で地面を引っ掻いた、執念の痕跡だ。
泥にまみれた強烈な足臭は、サボった証拠なんかじゃない。彼女が血の滲む練習を繰り返してきたあかしだ。
胸の奥の苦いトゲが、すっと消えていく。届かなかった僕の恋とは違う。靴の持ち主は、今、練習のすべてを賭けて、明日の舞台に立とうとしている。
「……滑らせるもんか」
僕はワイヤーブラシを強く握り直した。努力のあかしを決して傷つけまい。そして、一粒の泥も残さない。巨大な白いキャンバスを磨き上げる。僕は再び泥の壁へ突撃した。

女子大生御用達小人の靴屋 ~~~ 靴の底から宇宙が見えた ~~~ (前編)

(了)

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いきることにひっしのわたしたちは

どうもこうも
ながさやおもさがちがう
すぷーんで たがいたがいに
たべさせあう

それがあいだと
しっていてもしらずとも

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傘をさす

ぱらぱらり
小雨降るなか歩くとき
傘をささない私にきみは
信じられないと言って笑った

ぱらぱらり
雨足だんだん強まると
折りたたみ傘を開いたきみは
入れてあげるよとちいさく笑った

ぱらぱらり
雨がだんだんやんできた
もうやんだよと言う私に
まだ降ってるよときみは笑った

ぱらぱらり
雨がやんだら傘たたみ
ふたりで見上げた空高く
見えない虹が笑ってた

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たわわ

 おろしたての極点と銀の手は仮のものと氾濫する。丘の小股をすくい、山なりの隆起を飛び越して、うねりもたおらかな、てっぺんを砂上とする
 秘められた悪辣な改竄を行う眺望の地に 合掌する沿岸に 足が不自由な 雉の 感度が増し、皮肉っぽいコマネズミの書窓を 聞きかじる

慈雨と
彩雲を楽天地に
残り香を 
口車に乗る天気図を

 寂滅した愛嬌を深みにかぶせる、波音はののしり 人生を 引き締める思惑は 葉擦れ
『それとなく水を向ける私は木の股から生まれた理由じゃない』
 湖心された型に嵌っている。舗道の剥離 水際立つ夢路への いちまい

/情熱的神がいる場所を強いれる軍人
挙句の果て熱っぽく血の気がひく無恥
進む速さを傾ける煩悩
三日開けずにやってくる綿花
爪に火を点す自問自答。息が弾む
泣くに泣けない陰茎、鵜呑みにせよ/

母のやさしさから
(不慮)色彩は豊かな。埒もない老骨、またたく間。暗に言う、突出した強さ

  あなたへの、壱文

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千本桜論

1 読めるか読めないか

    作詞作曲・黒ウサ、Vo初音ミクによる「千本桜」の歌詞を以下に読解する。
    この歌の解釈は先行事例が多々あるようだが、検索するとくだらない解釈が上位に並ぶ。曰くこの歌詞は解釈できない、曰く意味はない、曰く音で楽しむ歌だ、曰く刺激的な語の羅列である、などというものである。最初にそうした論を否定しておく。

    この作品を原作とした歌舞伎は私も鑑賞し、実在する。また、私は鑑賞していないが、漫画、小説、芝居なども存在するらしい。それら二次創作や翻案は、元になった「千本桜」への解釈と鑑賞を実行しなければ存在しないはずであり、したがって千本桜が「解釈することも可能」な詩であることは間違いない。二律背反である。解釈が存在するのであれば、「解釈できない」という説は確実に誤りである。

    なお、「解釈することもできるだろうが、解釈はしない。」という鑑賞態度ならば、形式的には存在可能である。ありえねえとは言わん。だが無益だ。何が嬉しくてそんなことをするのか?何も楽しくないではないか?
    解釈しない鑑賞は、解釈の不能性を味わうことがあってこその読み方である。解釈不能な作品においては、ときには解釈の不可能さが感動を触発する。それはよい。私もその事は知っている。
    だがふつうに意味が読める文字を読まないで、これはただの音の並びです、やあやあ、いかにもきれいなならびですね。ではごきげんよう。などと述べるのはあまり立派な態度とは言えないと私は思う。

2 カタカナで歌う少女

    この詩にはひらがなベースの部分とカタカナベースの部分がある。
    カタカナベースの部分は少なく、以下4行のリフレインである。

千本桜 夜二マギレ
君ノ声モ 届カナイヨ

三千世界 常世ノ闇
嘆ク歌モ 聴コエナイヨ

    これはこの歌の中で何らかの特殊な声を表現したものであり、この曲がVO初音ミクをアテ書きしたものである以上、この部分は人間の感情や認識ではなく、人ならざるものの声なのかもしれない。初音ミクが発話者であることもありうる。仮にこれを初音ミク17歳少女(架空存在・アイドル)が自己の内心を歌っているのだとする。あとから全体を考えて見れば、それが整合性が良い。
    するとこれはまた、「君」と呼ばれる者へむけた歌いである。
    【君ノ声モ聴コエナイヨ】と歌ってるのはカタカナ少女だから、もう一人の誰かである「君」も歌っている。また、その歌はこの楽曲を構成する一部であり、カタカナ少女(初音ミク)に呼応して、対話のような構成をなしているに違いない。
     だからこの歌詞には少なくとも2人の誰かが登場している。
     では、上記カタカナフレーズの前後直近で呼応している歌詞は、カタカナ少女に向かって何を述べているか。そこからカタカナ少女が何をしていることがわかるか。
    カタカナ少女のリフレインする四行のフレーズに、隙間をあけずピッタリついて歌われる、平仮名少年のフレーズが、以下の五パートある。これら五パートはいずれも、カタカナ少女への呼応であると解釈できる。またいずれもが、依頼または命令の文形で、カタカナ少女への希求・祈りと、応援を表明している。


(1)
ここは宴 鋼の檻
その断頭台で見下ろして

(2)
青藍の空 遥か彼方
その光線銃で撃ち抜いて

(3)
希望の丘 遥か彼方
その閃光弾を打ち上げろ

(4)
ここは宴 鋼の檻
その断頭台を飛び降りろ

(5)
君が歌い 僕が踊る
ここは宴 鋼の檻
さあ光線銃を撃ちまくれ

    カタカナ少女は鉄の檻の中にいる。おそらくそれは運命だが幽閉された可能性もある。カタカナ少女が初音ミクなら、鉄の檻(機材)の中にいるのは起動までの初期設定だ。
    また、カタカナ少女は囚われて処刑目前だ。断頭台にいるのだから、そのままなら殺されるが、その処刑は見物されている。
    これらのフレーズで、カタカナ少女を「君」と呼んで歌いかけている者を、ひらがな少年と呼ぼう。ひらがな少年は、カタカナ少女に対して「君(ミク)が歌い、僕は踊る」と伝える。だからカタカナ少女はひらがな少年(僕と自らを呼ぶ者)の身体を行動・動作へと向かわせるアイドルだ。
    彼女は歌っている。少年も少女も鉄の檻に囚われているが、死んではいない。むしろそこは宴である。強制は宴を結果しない。宴は参加者が自ら望んで参加することで発生する。
    ひらがな少年は千本桜の夜に紛れている。そこには多数の桜が存在し、その一部がひらがな少年だ。桜の多くはカタカナ少女の処刑を見物しているのか、そうではないのかだが、ひらがな少年は処刑に同意していない。

    ひらがな少年はカタカナ少女に断頭台から飛び降りろ、と歌いかける。
    逃げろ、殺されるな、自由になれ、というのだ。

    処刑場で反乱を起こす断頭台上のアイドルである、カタカナ少女に、ひらがな少年が期待する戦闘行為は、3通りである。
(1)青空の彼方を光線銃で撃ち抜くこと。
    これは軍事衛星などを破壊する行動である可能性があるが、非・戦闘員を直接殺害する行為ではない。
(2)閃光弾を打ち上げること。
     閃光弾とは、暗闇などを光で照らし、敵を発見する武器。対人の殺傷兵器ではない。
(3)光線銃で撃ちまくること。
    これは殺戮である可能性があるが、そのような銃は作詞時点で実戦投入されていない。だから(1)とともに隠喩(歌による敵の無力化)である可能性もあるし、殺害するとしても、断頭台から飛び降りた直後であるから、逃げるという目的にとっては必然的な犯罪と言えよう。

    この歌詞を暴力的であるとする解釈も可能かもしれないが、カタカナ少女に歌いかける部分で述べられている言葉を、たとえば無名の人に無差別大量殺人を呼びかけるアジテーションと解するのは、相当な無理があると私は思う。
    ともあれ、カタカナに着目するだけで、すくなくとも一人の生贄なりかけ少女(上述のカタカナ少女)と、それに歌いかけている少なくとも1人の死刑反対者が読み取られた。

3 平和国家日本

 詩でも小説でも、状況は最初に決定する。
 優れた文芸作品では、登場人物は最初から動作しなけばならないし、物語は説明される前に始まらなければならない。したがって状況説明は多くの場合に冒頭ではないが、作中世界の枠組みと登場人物たちの足元は最初から暗示されていて、導入が終わる前半まではそれがぶれてはならない。
 「千本桜」の最初のスタンザで提示されるのは、
 ・磊落と見える平和国家
 ・日本製二輪車
 ・悪霊退散のおなじないのようなICBM
 ・戦国時代のような状況で無敵を示している少年と少女
 である。
 私は断固たる反戦主義者であり、あらゆる戦争に絶対に反対だが、上記四点を状況として描くことに違和感はない。ましてや上記の提示をもって好戦的だと述べるとすれば、それはリアリティにかける状況認識であると言えるだろう。
 平和国家であることは人類の最前線での知的戦いであり、もちろん楽でも簡単でもない。
 日の丸が商標にすぎないのであれば、それを愛そうが嫌悪しようがどちらでも好きにすれば良い。どちらも同じように無意味でくだらない。
 大陸を飛び越えるアメリカのミサイルが、中国やロシアの脅威をなんとかしてくれるなど、呪術並みに非現実的だ。
 そうであることが快適だとは言わないが、国土が戦場になっている国よりましであり、他国の住宅に絨毯爆撃したり、あろうことか学校にいる女の子をピンポイントで殺害して笑ってる愚劣な連中よりはまだ人間的であるし、どの時空で何を戦っているのか私が知らない少年と少女に、彼らの物語が進行していることもわかっている。
 わかったうえで私は絶対的・原理主義的な反戦主義者なのであり、このサイトで別の散文により言及した平塚らいてうも、濹東綺譚の永井荷風も、同じ意味で反戦主義者のカラマートである。

4 この国はだれのものか

 マルクスは資本論においてやや難解な地代論を述べた。
 価値とは畢竟労働が姿を変えたものであるから、労働時間と賃金は差し引きする項目で修正の上では、等式で結ばれるという労働価値説はわかる。生産手段の独占や特定階級の投資・再投資による搾取が資本主義のシステムであることもわかる。受給曲線も剰余価値説もちろんわかる。だが、地代というものは何百年の大論争を経済学者たちがやったあとでも、やはり実感として私には納得できないものである。なんとなくおかしいではないか。土地は人間が作り、作った人が販売するものではない。基本的には自然が作ったものだ。なのになんで土地にお金を払わねばならない。
 柳田国男は土地はそこにいる者たちのモノだ、という捉えかたをした。
 彼はそこにいる者たちを当初農民ととらえたが、後にはよりひろく、すべてのなりわいに拡大して、常民と呼んだ。
 その後の彼のロジックを私は未理解なのだが、結果的に彼は、死者や妖怪も「民」に含めた。ものすごくぶっ飛んでいて、ものすごくしっくり来る考え方だ。
 都会にも田舎にも幽霊の出るとされる場所はあり、すくなくとも当面はそこには人が住めないので、伝説と死靈が占有している。保護されている禁断の場所も、神聖視されている場所もある。妖怪もアニメなどのなかに姿をかえつつ、それでも消滅しないし、しばらく前のコロナの時にもなんだか見慣れぬ姿絵が流行った。演劇に登場してもらう場合は、お岩さんには今でも礼拝は行われる。お墓も青山や六本木ですら守られている。
 地代なんて変であり、土地は、そうした非実在存在や過去に生きた死者もふくめて、みんなの物なのが本当なのだ。
 いっぽう、インターンネットの普及は、すべてを情報化する方向に進んだが、これは現実の土地と存在者を切り離す面もあった一方で、怪異と生者を等価にながめる、未来のAIの視点を我々に近づけている。それは当然人外の視点だから、人間のうち資本家や支配者と呼ばれる地位の者たちの、あやふやな感性やあやしげな説明に縛られるはずもない。必然的な変化として、我々は死者と生者と怪異と神聖のうち誰かの特権をもはや信じていない。そしてアーカイブはそれらを同じ電気信号で記憶して蓄積していく。
 文芸仲間と東京を文学散歩すれば、白虎隊隊士の戦闘の跡を寺社にふつうに見かけるだろうし、新宿では江戸時代に行われた牛裂き刑場のあとを見かけ、池袋には魔辻がある。関東大震災や東京大空襲の莫大な数の死者は、まだ眠ってるかどうかわからない。
 戦国の少年武士や巴御前が戦場をかけるのは、初音ミクが異空間でみかけた風景であってなにも不思議はないではないか。
 この国は民主主義の原理から言えば、政治的には国民のものであるが、叙情空間を描写するとなれば、それだけに限定して状況を設定しなければならないわけでもない。

 千本桜は、千年桜ではなく千本桜として作詞され、歌われる。
 あるひとはこれを横への空間の拡がりや多数を暗示ないし示唆するものと指摘したが、私も同感だ。この歌では時間と空間が拡張されて状況設定されている。私はその世界観に異論はないが、それが一部のひとには難解さに見えているのではないだろうか。
 
5 サーガ千本桜

 以上を踏まえ、破綻しておらず歌詞と矛盾しない物語としての千本桜を述べることは、私にも可能であるが、考えてみればそれをここで詳述する必要はないように思えてきた。
 これは軍国主義や固定観念により捕縛され、処刑されようとしている少女が解放され、精神世界の革命少女として活躍に至る物語であり、過去すべての民と英雄と怪異が参加する宴の歌である。と、いえば十分ではなかろうか。
    ここで筆をおく。

 
 

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批評・論考

シーシュポスの神話  Full version 



   
 深夜のコインランドリー、僕たちが漂着した最後の中州のようだった。


湿った空気の中、安価な洗剤の人工的なフローラルと、さっきまでシーツの上で貪り合っていた僕たちの、微かな汗の匂いが混じり合っている。
まなみは、回転を止めた乾燥機の前で立ち尽くしていた。
彼女の細い肩には、脱ぎ捨てたばかりのラルフローレンのオックスフォードシャツが、アイロンを失ったまま無防備に羽織られている。その下から覗く胸元、ヴィクトリアズ・システマティックの黒いレースが、湿った熱を帯びた肌に食い込んでいた。

「熱も、言葉も、すべてが均一に混ざり合って、何も動かなくなる状態……それがこの世界の理で、いちばん平穏な死のはずでしょう?」

彼女の言葉は、薄氷を割るような静けさで響いた。まなみは、バスケットから取り出した僕のシャツを手に取ると、その袖を愛おしそうに指先でなぞった。指先にはまだ、僕の体温を求めて彷徨った時の強欲な力強さが、仄かな赤みとなって残っている。

「……でも、この世界はそれを許してくれないみたい」

まなみはシャツをバスケットに戻した。そして、唐突に歌い始めた。
彼女の唇からこぼれたのは、昔のアニメソングだったが、それは高揚感とは無縁の、ただ事実を淡々と確認するような音調だった。彼女は踊り始めた。
右手を上げ、左手を腰に当て、リズミカルにステップを踏む。その動きは、何千回、何万回と繰り返されたはずの「正解」のトレースだった。
けれど、まなみのそれは、決定的に何かが欠落していた。
シャツの下の黒いレースが、ステップのたびに湿った肌の上で揺れる。僕の背中に爪を立てた、剥き出しの身体性はそこにある。なのに、その動作はどこか機械的で、まるで動かなくなった乾燥機のドラムが、慣性だけで回り続けているかのようだった。

「……魔法以上ノ愉快ガ……」

その声には、魔法も愉快さも存在しなかった。ただ言葉が、彼女の気管を通過して、深夜のコインランドリーの静寂に、無機質な振動として放たれていくだけだ。
僕たちの、あの終わらない熱が、この安っぽいアイドルソングによって完全に濾過され、ただの「運動」へと成り下がっていく。
それは、彼女が先ほど口にした「平穏な死」への抵抗のようでいて、その実、最も残酷な形で死を体現しているようにも見えた。かつての熱狂の、抜け殻のようなダンス。
まなみは、一通りのサビのパートを踊りきると、項垂れる様に笑って唐突に抱きついてきた。店内を照らす蛍光灯が、彼女の無防備な横顔と、少し乱れた髪、そして胸元の黒いレースを、執拗なまでの鮮明さで焼きつけている。
その静止を破ったのは、店内の隅で色褪せたクレーンゲームが散らす電子音だった。
僕は100円玉を数枚投じ、磨耗したジョイスティックで銀色の爪を操作した。煤けたペンギンのぬいぐるみを狙う。機械的な駆動音が、静寂を一定の周期で刻む。爪がぬいぐるみの首筋をかすめ、空しく宙を掴んだ。

「取れないね」

僕は言った。彼女のダンスが残した、決定的な何かの喪失感を、クレーンゲームの無残な空振りに重ねるように。

「いいよ。執着だけが形に残れば」

まなみは力なく笑い、今度は埃を被ったガンシューティングの筐体の前に立った。
画面の中ではゾンビの群れが、生物学的死を超越した「非平衡」の足取りで押し寄せてくる。彼女は使い古されたプラスチックの銃を両手で構え、狂ったようにトリガーを弾き続けた。銃声が店内のタイルに反射し、マズルフラッシュの青白い光が、再び彼女の横顔を鋭く焼きつける。
それは、未来を使い果たした僕たちが許された、暴力的なまでの生の横溢だった。さっきまで僕の背中に深く爪を立て、もっと奥へと、もっと永遠に近い場所へと求めてきた彼女の、あの剥き出しの貪欲さが、いまは火花となって虚空を貫いている。さっきの、魂の抜けたダンスとは、対極にある烈しさで。

「死なないものを、何度も殺すのって、祈りに似てると思わない?」

まなみが銃口を下ろすと、画面には『GAME OVER』の文字が、血管の破裂したような鮮やかな赤で点滅した。まなみの唇が、かすかに震えた。

「時間の結晶——外部の誰にも理解されない周期を刻みながら、熱力学の終焉を拒み続ける。たとえ、それがただの、終わらない『慣性』だとしても。私たちはこの静止を許さないの」


彼女が洗い立てのシャツを抱きしめた瞬間、乾燥機の排気口から吐き出された熱風が、二人の間を通り過ぎていった。
それは、エントロピーが増大し続ける宇宙の中で、肉体を重ねてもなお埋まらない欠落を抱えた僕たちという異物が、唯一許された「不変」の証明だった。
そしてその不変は、今しがた彼女が演じた、あのあまりにアンニュイで、あまりに空虚な眼差しによって、より深く、僕の中に刻み込まれていた。


 
 リチャード・ブローティガンを、ある詩人が、リチャード・ブロー「ディ」ガンと誤記した詩を発表した事も、もう一つの神話になってしまって、さいきん、私はリチャード・ブローティガンこそ、死の比喩で無かったかと思ったものだ。というのも、或る記事を読み、こんな事が書いてあった。「彼が死んだときには、じっさい安心してしまった。いつ彼が死ぬのか冷や冷やしていたものだから」
 死がいなくなったら、人は安心する。
その記事を、私はポケットに突っ込んで、冷えた路傍を歩く。


さいきん、花の事をとても考える。でも、花はこんな郊外の夜の路傍では認められない。光りが無いからだ。甘い光りが。私はずうっと起きっぱなしのまま、明日の朝焼けに涙を零すだろう。そんな嘘もすっと、コンビニの灰皿の前、マールボロを弄っているとき、リアリティを持っていると「思う」。「思う」、「思う」、「思う」。「思う」って何だ?
 リアリティを持っていると「考える」、実際はそういう事なのではないかと。思う、なんて何か余計な贅肉がついているんじゃないか。そうして、考える、として、本当に考えているのか?人間よ

 という、テキストをパチパチと打つとき、俺は色んなものに影響を受けすぎていると思う。もっとラフにならなければならない、チャーミングにならなければない。でも、チャーミングでいる事は罪だぜ、黒髪のきみが、風呂上がり、洗いたてのその髪をゴシゴシと拭いている。陶器のような肌だ。そうして怖ろしくなってゆく。壊れてしまうって事だから。

 「まだ寝ないの?」
 「もう少しだけ」

俺は、サーモスのカップへコーヒー粉を突っ込んで冷水を注ぐ。
俺は、換気扇を回し、ポケットのマールボロに火を点ける。
俺は、明日の朝、あさやけを見つめ泣いてみようとする。



/小学三年生の僕は、学校で「考える」という言葉を習い、座りながら固まってしまった。いったい、「考える」って言うのはどういう意味なんだ?一時間半のあいだ、黙って机に座り、考えるとはどういう意味か考え続けた。答えは出ない。しかし考えは止まらない。何か意味あることが浮かんで来るかと、熱心に考え続ける。答えは出ない。
 僕は、今まで、すべての概念を理解してきたのだが、「考える」という言葉には降参してしまった。意味不明。そう結論して、一時間半を終えた。
 ただ白熱した時間だけが残ったのだ。考えるとは、答えを出すことだけではなく、答えを求めて問いの中に留まり続けることでもある。だから、答えを出そうと考え続けることが考えるということなので、答えを出そうとするという正解に辿り着かなかった当時の僕は、まだまだ未熟だったのだ。今考えるとそう結論付けられる。しかし、完全なる解に至ったのかどうかは今もわからない。内的体験は、他者に完全には伝達できない。だからこそ、自分にとっても、それを言語化することには限界がある。ただそのプロセスがあり、その間に時間が過ぎた、ということ、これが、考える、という内的体験を言い表す、もう一つの解として、言語化できる精一杯の言葉なのかもしれない。当時の僕よりも、今の僕の方が、伝達への意志が強い。だからこそ、あの一時間半を、こうして言葉にしようとしている。考えるとは、答えに到達することだけではなく、答えの出ない時間を、それでも意味あるものとして生きることなのかもしれない。/


 深夜を包む白々とした蛍光灯の光は、彼女の右の頬にある、紙を一枚滑らせたような微かな線条を浮かび上がらせていた。
それは、彼女が小学三年生の夏のものでまなみはその日、鉄棒の冷たい鉄管に身体をあずけ、重力に逆らうようにして逆さまにぶら下がっていた。視界の先では、友人たちがバドミントンのシャトルを無意味に往復させている。白く、軽い羽が、夏の重苦しい大気を切り裂いて規則的な軌跡を描く。彼女はその反復される運動の奴隷のように、ただそのラリーの点と点を視線で追い続けていた。
やがて、網膜が捉える速度と、彼女自身の内側を流れる時間の速度が決定的に乖離した。目眩が彼女の三半規管を襲い、天地の契約が破棄される。まなみは自らの意志とは無関係に、握りしめていた鉄の冷たさから解放され、そのまま剥き出しの砂利と、陽に焼けた道路の側溝の縁へと落下した。顔面が硬いコンクリートに衝突した瞬間、彼女の幼い世界には、血の匂いとともに「偶然」という名の不条理が刻み込まれたのだった。そのとき出来た薄い皮膚の裂け目は、今も彼女の顔に、消えない不均質さとして居座り続けている。
まなみは、他人のそれよりも明らかに色素の薄い、硝子細工のような瞳を持っていた。
黒目の奥は、どこまでも透き通るような、しかし一切の光を吸い込んで沈黙する、冬の水底に似た色をしていた。
幼い頃の彼女にとって、この地上に降り注ぐ太陽光線は、祝福ではなく絶え間ない過剰な暴力だった。網膜を灼くような正午の光の容赦なさに、彼女は耐えかねて、かつて実姉にその苦痛を訴えたことがある。

「太陽が眩しすぎる、光が多すぎて、なにも見えなくなる」

しかし、姉はただ、妹の過敏な言葉を子供の他愛ない錯覚として、一顧だにせず聞き流しただけだった。他者との間にある、決定的な断絶。自らの肉体が受ける痛切な実感が、もっとも身近な人間にすら「言葉」として機能しないという事実は、彼女の内部に、ある種の冷徹な諦念を育て上げるのに十分だった。

「世界は最初から、過剰に明るくて、過剰に不親切なのだと思う」

まなみは、冷たいステンレスに指先を滑らせながら、呟いた。
彼女の薄い瞳は、深夜のどこをみるでもなく、ただその透明な深度を深めている。その眼差しは、あの夏の日の鉄棒から落下した瞬間の、そして誰も共有してくれなかった眩しすぎる太陽の光の下の、あの孤独な幼児のまま、均一化された深夜の空間をただ静かに見つめ返しているようだった。


羽傷ついた鳥一羽 目の中に入れ天上の
 星の頼りはつれなくて 外灯だけが頼りなり
 ポツンと置かれた鳥一羽 鳥の周囲に波紋の広がり
 この目歯車に狂いつつ しかと見つめていたいのに
闇深くなるばかりでは ずうっと髪を指で触れ
 誰か救ってくれないか
 鳥を
 私を
羽傷ついた鳥一羽 目の中に入れ天上の
 汗を拭えば大聖堂 
 私は何処にいたのだか

大聖堂で
神に祈る
ステンドグラスが
目に鮮やか
厳かな
十字架には
過去の
悲劇と奇跡がまとわりついている
誰かが
生の一部を
願って
天井を見上げた
見事な
光に照らされた
ほこりに
神様の意志が
宿っている


鐘の音が鳴る
神的な時間は
人と共有され
愛の話を
信仰者たちは
小さな声で
分け合い始める
ハトが大聖堂の外で
歩きながら
穏やかな光を受けて
人の声にまざっている
人とハトは
どちらが偉いか
そんな問いを
神様は
持たない
人とハトはどちらが偉いか
そんな問いを神様は持たない



「どうかな」と、まなみは呟いた。
彼女の両親は、歴史の変革を標榜する活動家であった。彼女は、揺り籠の中にいた頃から、両親の強固なドグマ(信条)に沿って、その精神を、調教されて育った。彼女は姉と弟と共に、事あるごとに「世界に対する意味と回答」という精神的提出を義務づけられていた。
姉は従順であり、弟は秀才であった。そしていつも、まなみだけが弾き出された落第生であった。やがて姉は海外へ旅立ち、弟は家族の縁を切って生活を始めた。まなみだけが、両親との関係性を引き受け続けることになった。


「私は確かに、彼らの言う優秀な人間ではなかった。けれど、私はあの幸福を、素朴に願っていただけなのに」
まなみは、自らの疎外を噛み締めるようにそう吐露する。
太陽が沈み、狂騒が止む夜が訪れると、彼女は力を取り戻す。その瞳が、夜という闇に対して、あまりにも優しく調和するからだ。
「私の瞳は、過剰な光を吸い上げすぎてしまうの。だから、疲れ果ててしまうのね」
彼女はそう呟き、すべての社会的役割を返上した一個の原生的実存として、静かにその身体を私へと預けてくるのだった。


 素朴、朴訥な祖母の置いたキャラメル、実直、事実無根の罪を負うた祖父の黒い革靴、雨がふるまなみは帰ってくる。そうして黒い革靴はなぜずっと出されたままなのだろうと考える。もう祖父の顔は額縁の中におさまり部屋の片隅に吊られているだけなのにその黒い革靴のとなりに雨でぐずついた白いシューズを置く
新聞紙は無い ビラは沢山あるけれどこのビラ一枚手をつけてはならない。
祖母が歯の無い口で何か言っている。彼女はそっと祖母の右側の席に座る。
祖母は歯の無い口で何か言っている「キャラメル、もらうね」
そうして彼女は白く包装されたキャラメルを一粒掴むと祖母の少ない髪をくしゃっと撫でる。そうして彼女は自分が自分自身に戻れる。唯一の部屋に入った。



/一生懸命に
配っていた
落ち葉のような
捨てられたビラ
風に舞って
ちょっと遠くへ
その人は汗を拭いて
終わった
と言った
イチョウの木の下で
天を仰いで
話しかけたいかのように
高い空を
見つめている
イチョウより自分は小さい
ビラを配った後で
そう認めた
その人の運命が
変わるかもしれない
愛がどこから始まるかは分からない
とりあえず
帰ろうと思って
その人は
コートを着直した/



まなみは贅沢な暮らしなど望んでいなかった。
美に対する執着は人一倍あったが、それ以上に、身の丈に合った静かな生活を好んだ。
活動家である両親には、皮肉なほど十分な資産があった。
「口では現体制を批判しながら、その実は、体制側の恩恵を余すことなく貪っていたの」
まなみは自嘲気味に、苦しそうな笑みを浮かべた。
本当に国家の転覆を企てるのなら、その国家がもたらす富を受け取らないのが筋ではないか。幼い頃からのそんな疑問が、彼女の心をずっと内側から削り、混乱させてきたのだ。
大衆に革命を焚き付けながら、自分たちの日常はとても庶民とは呼べない高級なものだった。
「お金なんて、簡単に手に入るのよ。役所に協力者がいてね、数年先に実施される未公表の都市計画を、両親は事前に掴むことができた。だから、その情報に合わせて土地を買ったり投資したりすれば……ね、わかるでしょう?」
まなみの瞳の奥に、深い闇が沈んでいた。
「家の中はね、極端な規律と、毎日の宴会のような騒ぎが同居していたの。私はいつも少しだけ食事をつまんで、あとはずっと水ばかり飲んでいた。そうしていないと、頭がおかしくなりそうだったから」
高校生の夏、初めてできた彼氏に身体を許し、その直後に別れた。
それ以来、彼女が重ねてきたのは随分と窮屈な恋ばかりだったようだ。
「二股をかけられていると知りながら目を瞑ったり、明らかに情緒の壊れている人と付き合ったり。でも、どれも長くは続かなかった。きっと私の方に原因があるんだと思う。弟も似たようなもので、結局大学を中退しちゃったし」
まなみの指先が、僕の頬をゆっくりと撫でる。
「愛がどこから始まるかは分からない、でもいつかは君も、私の前からいなくなるんだよね」
彼女はそう言って、諦念の滲む笑みを私に向けた。


(朝は一杯の水で済ます。澄む。どんどん、純化してゆき 私は一体何者になれるのでしょうか。冷蔵庫を開けると、ペットボトルのコーヒーがあって飲んでみたけれど、それは黒い色なので吐いてしまった。部屋にいる。雨がふってほしいと思ったら本当に雨がふったこともあった。ふらないこともあった。家。この家は忘れられてゆくんじゃないかと思った。
だって蔓や、草が茂り、何?わたしがすべてを勝手刈ってしまえばいいとでもいうの。そんな、出せない手紙が沢山溜まっていって頭に手をあてて、ちょっともう涙が落ちるのかな
と思う。闘っているのかなと思う。闘いという言葉が嫌いだ。雨がふってほしいと願った。でも雨はふらなかった。)


/何者かになれ
誰でもないものとして
生きると言った詩人がいたが
この世の中に
怒りを込めて振り返るなら
いいように使われる怒りを思い出せ
世の中から逃れて詩の中に生きる
才能あらばそのようなこともできる
でも私たちはすべてを許すことはできない
傷つけられた心の声を聞いて
何者かになって見返してやるのだ
誰かと関係を結んで
怒りの心を
大人になって
慰撫するのだ
世界は私を包み込み
わたしの心に問いかける
お前は何者なのか
人に認められなければ
それはわからない
神ならぬ我々は
思ってくれる人に答えられなければならない/



   深夜、排水溝に溜まった雨水が、街灯を歪ませていた。誰かの吐いたガムが、アスファルトに黒く貼りついている。
 コンビニのガラス越し、アルバイトの青年は欠伸を噛み殺しながら、揚げ物の油を見つめていた。
 世界は、いつだって少しだけ疲れている。
 まなみは、その光景を見ながら言った。
「人って、本当は壊れるために生きてるんじゃないかな」
 僕は答えなかった。答えられなかった。壊れないために生きている人間なんて、見たことがなかったからだ。
 午前三時。
 洗濯の終わった衣類たちは、熱を失いながら静かに沈黙している。
 まるで、役目を終えた臓器だった。
 僕は乾いたシャツを畳もうとして、途中でやめた。
 どうせまた皺になる。
 どうせまた着る。
 どうせまた汗を吸う。
 繰り返し。
 繰り返し。
 繰り返し。
 シーシュポスの岩は、案外こんな柔らかな布だったのかもしれない。
 持ち上げても、また汚れる。
 愛しても、また失う。
 言葉を書いても、また沈黙する。
 それでも人は、畳み続ける。
 まなみは僕の隣で、ペンギンのぬいぐるみを抱いていた。
 さっき取れなかったはずのそれを、店員が見かねてくれたのだ。
「優しさって、システムのバグみたいだね」
 彼女はそう言って笑う。
 僕は、その笑顔が、なぜだか少しだけ怖かった。
 小学生の頃、僕は「未来」という言葉も嫌いだった。
 教師たちは、未来には希望があると言った。
 テレビの中の人間たちも、未来へ向かおうと叫んでいた。
 でも、未来という言葉を聞くたび、僕はずっと、ベルトコンベアを想像していた。
 流れてゆく。
 止まれない。
 降りられない。
 気づけば皆、どこかへ運ばれている。
 だから僕は、未来よりも、途中が好きだった。
 学校から帰る夕方の道。
 まだ帰宅になりきらない時間。
 自販機の下に落ちた十円玉。
 遠くで鳴る救急車。
 名前も知らない家の夕飯の匂い。
 ああいう、意味になる前の時間だけが、少し好きだった。
 まなみは、煙草を吸わなかった。
 煙が嫌いなのではなく、肺に残る「感じ」が嫌だったらしい。
「残留するものが怖いの」
 彼女はそう言った。
「匂いも、記憶も、愛情も。全部、あとから腐るでしょう?」
 それを聞いて、僕は少し安心した。
 この人は、ちゃんと絶望している。
 希望だけを信じる人間より、絶望を知ったうえで誰かに触れる人間のほうが、たぶんずっと優しい。
 朝が近づいていた。空は群青色をやめはじめ、輪郭の曖昧な青へ変わってゆく。
 新聞配達のバイクが、濡れた道路を走り抜けた。
 世界がまた始まろうとしている。
 僕はそのことに、軽い吐き気を覚える。
 始まるということは、また繰り返されるということだから。
 労働。
 会話。
 誤解。
 期待。
 諦念。
 孤独。
 人は、昨日の続きしか生きられない。
 それなのに、ときどき奇跡みたいに、誰かが隣に座っている。その偶然だけで、僕たちは今日を、もう一度だけ引き受けてしまう。
 まなみが、眠そうな目で僕を見る。
「ねえ」
「なに」
「もし全部無意味でも、一緒にコーヒー飲んでくれる?」
 僕は少し考えて、それから、考えることをやめた。
「うん」
    その返事だけが、夜の最後に残された、唯一まともな倫理のように思えた。



深夜の展望台は、宇宙の吹き溜まりのようだった。
眼下に広がる街の灯りは、誰かがぶちまけた雲母(きらら)の破片のように無秩序で、僕たちがそこに帰るべき理由など、どこにも見当たらなかった。
高度が上がった分だけ、夜風は尖っている。
まなみは、錆びついた手すりに両手を預け、街の光の海を見下ろしていた。
彼女の細い身体は、いつも愛用しているアニエスベーの黒いウールコートに包まれていて、ボタンは上まで厳格に留められている。その隙間から覗く白い首元だけが、凍てつく夜の暗黒の中で、頼りないほど無防備に浮き上がっていた。
まなみの声は、標高のせいでいくらか掠れていた。彼女が吐き出した微かな呼気は、たちまち白い煙となって夜の闇に吸い込まれ、均一な虚無へと同化していく。
彼女はコートのポケットから、古びた真鍮製の万華鏡を取り出した。それは彼女が子供の頃から持っているという、どこか剥げかけた、取るに足らない玩具だった。
まなみはそれを片目に当て、星ひとつない夜空へ、そして次に眼下の無機質な街の灯へと向け、ゆっくりと筒を回し始めた。
カサ、カサ、と、内部の安っぽいプラスチックの破片が擦れ合う、微かな乾いた音が風に混ざる。

「ねえ、見て。中にあるものは、ただの色のついたゴミくずなのに、回すたびに、驚くほど整然とした、完璧な『正解』の模様を作るの」

彼女は万華鏡を覗いたまま。

「でも、どれだけ回しても、それは何の意味も持たない対称性の反復。何千回、何万回と組み替わっても、どこにも辿り着かない、ただの慣性の運動。……奇麗に整えられているようでいて、決定的に中身が欠落している」

世界は僕たちに本質的な意味を与えてはくれない。理性の叫びは、この高い空の上でも、ただ冷たく、静かに撥ね返されるだけだ。
まなみは万華鏡を筒ごと強く握りしめ、レンズから目を離して僕を振り返った。
冷たい夜風に晒された彼女の瞳は、色素の薄い、硝子細工のような淡い色をしている。周囲の暗黒や街の虚無をそのまま透過させてしまいそうな、どこまでも怜悧で、温度を持たない静かな瞳。
その奥を覗き込んだ。
薄い瞳の、さらに深い底の底に、鮮烈な青い炎が宿っている。
世界に意味がないことを完全に看破した冷徹な知性と、それでもなお、この生を、この一瞬を圧倒的な熱量で生き抜こうとする狂おしい情熱、その二つの温度差が、彼女の薄い瞳の中で、静かに、しかし激しく火花を散らしている。
まなみは、ポケットから手袋を外した素手を取り出すと、僕の凍えた手をそっと包み込んだ。
その手のひらは驚くほど冷たく、けれど僕の輪郭を確かめるような確かな力がこもっていた。痛いほどの純粋さがそこにはあった。
まなみは僕の胸にそっと額を寄せた。彼女の髪からは、いつもと変わらない、少し古風な石鹸の匂いが微かに立ち上る。
彼女は顔を上げ、街の灯りに向かって、不敵に、美しく笑ってみせた。
その手の中の万華鏡は、もはや無意味な玩具ではなく、彼女が引き受けるべき不条理の結晶そのもののようだった。
その時、僕たちの頭上を、展望台の強力なサーチライトの光条が、一定の周期で静かに薙いでいった。
光は彼女の黒いコートのシルエットと、すべてを透かすような強い眼差しを、網膜が痛むほどの鮮明さで焼きつける。ライトの白光に照らされた瞬間、彼女の薄い瞳の奥の青い炎は、よりいっそう深い青へとその輝きを増した。
押し上げた岩が、どれほど無残に、どれほど正確に麓へと転がり落ちようとも、それを追いかけて再び坂を降りていくあの「意識の空白」の瞬間。
意味がないから投げ出すのではない。
この世界に、僕たちの繋がりに、最初から約束された救いなど用意されていないからこそ、私たちはこの「今」という一瞬の魂の交歓を、余すところなく尊ぶことができるのだ。
まなみが僕の手を強く握りしめた瞬間、展望台の鉄柵を鳴らして、激しい突風が吹き抜けた。
それは僕たちの歪んだ情熱の、静かな決意の爆発だった。外部の誰にも理解されない、僕たちだけの永劫回帰の周期。たとえそれが、ただの終わらない慣性だとしても、僕たちはこの静止を、世界への降伏を、決して許しはしない。
眼下の街を見つめるまなみの眼の奥には、運命を呪う奴隷の姿はなかった。
凍りつくような冷徹さと、燃え盛る青い情熱
その静かな横顔は、どこまでも幸福そうだった。
星も見えない暗黒の頂で、僕たちは繋いだ手の温度だけを信じ、愛すべき夜へと降りていく。


こんな夢も見て
あんな夢も見た
それは万華鏡のスコープをのぞいているだけなのか
と私は気づく
熟れた無花果

「私は気づく、熟れたいちじく」

その押韻を
そっと口ずさむ
ハッと
まなみは、普段、自分自身をあらわすとき
「わたしは」と言っていないことに気づく
わたしの中から決定的に喪失していた「わたし」
だから
彼女が手紙を書いても、主語が抜け落ちていることに気づいた
だからそれは詩になってしまう事に気づいた
もう手紙を書く事はやめてしまおうかと考える
大体、この出せない手紙もたまりにたまったし
いつか 淡い海へ目を向けつづけるとおいまなざし
彼女はひとねむり その前に自分自身に呟いてみる「おやすみ」
部屋の中 人生なんて暇つぶしに過ぎないのだが
夢を見るんだ
こんな夢を見て
あんな夢も見るんだ
彼女はふと起きだし、パソコンにルーターを
これはずっとしまいこんでいたもの
埃を払い
プライドっていうの それをはらい
それらを部屋の中で「設定し」
とおき夢つかもうともがく しかしそれもわたしなきまぼろし
かも知れないけれど
下手くそでも良くて しかしじっさい物を書いて 恥をかいてもよろしく
パブリック(もうかたはらいたいっす)へ ただ楽しく
投稿しようと考えた。雨が、ふりはじめていた


/パブリックな昼の習い
永久平和国
バナナを食べたいな
足の裏をなでながら
くすぐったいことはいいこと
大人になるほどくすぐったくて
幼稚園を思い出す
色んなことを教えてもらえた/


朝になると 
干からびたコップがひとつ 
私の残した遺跡 
考古学者になったつもりで、
縁を指でなぞる 
昨日の私 
水を飲んで 
一息ついて 
生きることに飽きた私 
窓の外では 雨はやんでいた 
鳥がこちらを見ている 
あの傷ついた鳥ではなく 
ただの鳥 
鳥は鳥のまま 
朝のアスファルトを歩く 
幼稚園の頃は知らなかった景色 
一時間 
一時間 
時は静かに刻む 

シルクのローブが私の素肌に触れる 
朝のきらめきを受けて発光する 
私は、その瞬間 
光と一つになれた気がした

気がしただけかもしれない

ローブの裾を持ち上げると
昨日の煙草の灰が
まだ床に残っていた
それでもいい
鳥は飛び立ち
コップは乾き
私はまた

一時間を始める


私はまた時間を始める
まなみが、僕の頬をゆっくりと撫でる。
その、あまりに、冷たい、その、あまりに、静かな、その、あまりに、孤独な、その、あまりに、美しい、その、あまりに、不条理な、その、あまりに、儚い、その、あまりに、静かな、その、あまりに、孤独な、その、あまりに、美しい、その、あまりに、不条理な、その、あまりに、儚い、その、あまりに、静かな、その、あまりに、孤独な、その、あまりに、美しい、その、あまりに、不条理な、その、あまりに、儚い
指先。

「いつかは君もはなれていくんだよね」

彼女はそう言った微笑んだ。その、あまりに、冷たい、その、あまりに、静かな、その、あまりに、孤独な、その、あまりに、美しい、その、あまりに、不条理な、その、あまりに、儚い、その、あまりに、静かな、その、あまりに、孤独な、その、あまりに、美しい、その、あまりに、不条理な、その、あまりに、儚い、その、あまりに、静かな、その、あまりに、孤独な、その、あまりに、美しい、その、あまりに、不条理な、その、あまりに、儚い、

微笑み。

まなみが、僕の頬をゆっくりと撫でる。

その、あまりに、冷たい、
その、あまりに、静かな、
その、あまりに、孤独な、
その、あまりに、美しい、
その、あまりに、不条理な、
その、あまりに、儚い、
その、あまりに、静かな、
その、あまりに、孤独な、
その、あまりに、美しい、
その、あまりに、不条理な、
その、あまりに、儚い、
その、あまりに、静かな、
その、あまりに、孤独な、
その、あまりに、美しい、
その、あまりに、不条理な、
その、あまりに、儚い、

指先。

その指先は、地上の歪な模様をなぞるように、僕の輪郭を確かめている。
まるで、これ以外の方法では、自分が存在していることを、そして僕が存在していることを、証明できないとでもいうように。

「いつかは君もはなれていくんだよね」

彼女はそう言った微笑んだ。

その、あまりに、冷たい、
その、あまりに、静かな、
その、あまりに、孤独な、
その、あまりに、冷たい、
その、あまりに、静かな、
その、あまりに、孤独な、
その、あまりに、美しい、
その、あまりに、不条理な、
その、あまりに、儚い、

微笑み。

そこにあった心に従うだけ。
蒐集家が夢見るエラー

まなみの、
あの、

あまりに、
あまりに繰り返される、

冷たくて、
美しい微笑みの、

その方向に、

僕はただ、
歩いていく

微笑み。


もう何も残っていないよ。空では、冷酷な秩序を持った星座が、私たちの感傷をあざ笑うように輝いている。
そこにあった心に従うだけ。
まなみの、あの、あまりに、あまりに繰り返される、冷たくて、美しい微笑みの、その方向に、僕はただ、歩いていく。
ただひとつの不条理な命令を胸に抱いて、一歩、また一歩と、砂を蹴って不格好に跳躍した、その絶望的な歩調のままで。
僕を繋ぎ止める鎖はもう見えない。

けれど、僕の頬にはまだ、あの、あまりに、あまりに執拗に繰り返された、彼女の指先の冷たさが、呪いのように張り付いているのだ。
私はそこへ行く。言葉の通じない、誰も私を理解することのない、あの、深遠な、微笑みの、その、陰の中へ。

O Manami, mundus hic, in quo versamur, ab omni intrinseca ratione ac salutis promissione vacuus est; divina enim silentia hanc rerum absurditatem usque quaque dominantur.
Etsi fortasse hoc effatum, 'Omnia vincit Amor,' commenticium sit ad fragilitatem nostram consolandam, nos tamen huic ipsi absurditati obviam ire audemus, cum voluntaria deditione nos amori cedamus.
Mane mecum, quaeso; nam fatalis necessitas omnia tollit, nec contra fatum ullum exstat remedium.
In huius mundi nihilitate, dasein meum — hoc est, ipsam essentiam existentiae meae — non in verbis inanibus, sed in supremo silentio tuo altius inveni.
Quapropter, etiamsi omnia mox in voraginem vanitatis interitiumque demergentur, te constanter amare unica ac suprema contra hanc absurditatem rebellio mea manebit.


「儚い詩文をポツポツとまなみは諳んじつつ、打ちこみながら」

とまなみは儚い詩文をポツポツと諳んじつつ、打ちこみながら
まなみは、まなみになろうとする。刻句、刻み付けるようなその作業の果てに、まなみ、海、ひろがってゆく。浜辺の光景、閉っている海の家。芒洋とする、なんて言葉を覚えたのはいつだっけ?あゝ、ナカハラチュウヤ、ナカハラのハラからハラリハラリとススキッパラへ転じてまなみは、とてもお腹が空いたな、と考えた。いつか受けつけなくなったコーヒー、そのネスカフェゴールドブレンドを探ろうとキッチンの戸棚を開けた。まなみ、海、ひろがってゆく。するとそこに母親が隠していた男性俳優の写真集があった。まなみ、それを和室に持っていっては、同時、とってきたピーナッツを少しずつほおばりながら、パラパラと眺めては、ふっと笑った。ふふっと笑った。ふふっ、に釣られて、ふり、その雨は、パツパツだった。まなみは一言「おかあさん、もう」と言って、その写真集を閉じて放り投げた。 まなみ、海、ひろがり、しずんでゆく、からこの雨は夕立ち。いない、ともだち。「おかあさん、もう」なぜだか、もう一度言ってしまっても、まなみはいつまでも一人だった。
 そうして立ち上がり、ちょっといきりちらし、さっきの写真集をグシャグシャと丸めてゴミ箱に放りこみに行こうとして、待って、止まって、燃やしたらいいんじゃないの?
まなみ、海、ひろがってゆく。
手頃なそれは空のオイル缶、カンカン、雨が打ちつけている。その缶の中に写真集を突っ込み、ファイヤーオイルを数滴、落とす。そうしてライターで新聞紙、へ火をつけようと(どう?こんな、散文詩、)まなみは気づく。まなみはライターの火を点ける事が出来ない。
まなみ、海、ひろがってゆく、まなみ、海ひろがってゆく。雨に打たれて。


ファイヤーオイルをたらして
火をつける
ぼっと燃えたら
昨日の夢を忘れる

火が欲しい
火が欲しい
わたしの心に火が欲しい

オイルをひとしずく
着火寸前
危険な香りを
かぎ分けて

火に包まれた心は
命を燃やす
わたしの心は
いつでも燃えだせる

オイルをひとしずくだけ 
着火する寸前に 
危険な香りを 
かぎわけた 

火に包まれた心は 
命をも燃やす 
私の心は 
いつだって燃える 

けれど 燃えない、
まだ それは 

雨が降っているから 
まなみ、海、ひろがってゆく。 
雨は静かに缶を叩く 
カン、カカ、カン 
だれかが 
ノックをしているみたいだ 

火をつけたいのに 
つかない 

燃やしたいのに 
燃えない 

昨日の夢も 
怒りも 
恋も 
湿っている 
湿ったまま 

こちらを見ている 
まなみは 

ライターを握ったまま 
しゃがんだ 

すると 
雨粒が 
燃やそうとしていた写真集の表紙へと落ちた 

男優の微笑みが 
ゆっくりと滲む 
じわりと広がり 
海になる 

まなみ、海、ひろがってゆく。 

「ああ」 
「ああ、そうか」 

燃やさなくても 
消えるものは 
消えてしまうのだ 
ページはふやけ 
顔は崩れ 
記憶は流れ 
言葉は擦り切れる 

それでも私は 
火が欲しい 

ほの暗いところで 
誰かの顔を見るための小さな火 

まなみ、海、ひろがってゆく。 

そして、まなみは 
ようやくライターを置いた 
濡れた写真集を抱える 
昨日を捨てるのではなく連れていくために 
火のないまま 
それでもほんの少しだけあたたかった


知らない番号からの電話は、弟からだった。一時期は携帯を持たない生活を送っていたようだが、新しい仕事を始めるために必要になったらしい。

「姉ちゃん元気にやってる?」
「なんとかね」

素っ気なく返すと、弟は「いや、実は警察が来てさ」と言った。実家に置き去りにしたSAVAGE 400の反則金が未払いのままで、身元照会にやってきたという。

「あ、それ私だわ。キップ切られて、イラついて破り捨てたの忘れてた」

少しの沈黙。

「まぁ、姉ちゃんが元気ならそれでいいけど」

そう言って電話は切れた。まなみはそんな風に、事もなげに過去を振り返る。車庫には、カウルの砕けたアメリカンバイクが横たわったままだ。数日前、彼女は営業車と接触して宙を舞った。
センターラインを越えて突っ込んできた営業車に対し、激突の瞬間、彼女の脳内では恐怖よりも興奮が勝った。フルスロットルのまま正面から突っ込み、相手のボンネットを足がかりにするようにして、バイクごと青空へ跳ね上がったのだ。相手は完全に死んだと思ったらしい。警察の検証でも「ブレーキを一切踏まなかったこと」が奇跡的な生存につながったと分析されていた。極めて異例なケースだった。検査入院を経て、奇跡的に五体満足で退院した彼女は、相手方の会社と早々に示談を成立させ、その金で新しい軽自動車を契約した。

「私、バイクの運転は向かない。我を忘れちゃうから」

目の周りに青い打撲痕を滲ませたまなみが呟く。
呆れるこちらの視線など一向に気に留めず、彼女は広場で鳩が餌を突つく様子を、かれこれ3時間も凝視している。
彼女にとって、死は隣人のようなものなのだろう。最低限の礼儀は払うが、決して気兼ねすることのない、すぐ傍にいて当たり前の存在としての、死。すぐ傍にある死。

 彼女は「ほんとうに」死ぬ事ができなかったので、「やりなおす」ことができなかった。
ときどき、彼女は掃除でハタキをふるったが、パシパシとふっている内、そのリズムに嵌まり込むと、ずうっとその動きをつづけて家中をグルグルグルグル、何周もした。

「コラ」

センセイが来ていて、センセイは彼女のふるっていた右手を掴んだ。彼女の眼はどこか潤んで今にも泣きそうだった。おとうさんも、おかあさんも、センセイの事を、センセイと呼んでいたので、彼女もセンセイの事を、センセイと呼んでいた。しかし実際、何のセンセイなのかは知らなかった。センセイは、いつも急にきた。「おとうさんもおかあさんもいないの?」彼女は首を縦に一度ふった。「コーヒーを頼めるかい?別にインスタントでいいんだけれど」
センセイは白いシャツに、ジーンズ、そして丸メガネをかけている。
「パソコン持っている?Xしていないの?私はクロカミ、ってハンドルネームなんだ。元々は黒髪だったんだけれど、もう、こんな白髪になってしまった」
センセイは笑った。

「センセイ、最近、自由詩を書いたの。でも、これって何か私のデータのような気がする」

「詩?センセイも昔書いていました。ファイヤーオイルなんていうタイトルの作品を書いてね、あれはないね、とか、よくやっているね、なんて色々言われたものです」

 「いや、わたしの詩」

 「わたし?」

 「わたし」

 「いつからきみは自分の事をわたしって言えるようになったのだろう」

 又、センセイは、白髪をそっとかき分けて言った。

「センセイは、アカシックレコードやユングの事は少々分かる。でもね、きみ
  専攻するならば、インド哲学がいいでしょう。あの、稲垣足穂も小説の中で書いています。知っていますか?稲垣足穂。少年愛の美学。そうして、三島由紀夫へ向かって、いや、三島になると、全集の巻数が多い。こうしましょう。金閣寺。から豊饒の海、輪廻転生、仏教、そうして、インド哲学ですよ」

 「わたしの詩を読んで下さい」

 「ええ、読みます。ちょっと待って。コーヒーを置きます」


Elastic

ひとは時に弱気 
時に強気

自信というのはきっと伸縮性なんだろう

だから
自信がなくなった
というのは勘違い
ただしぼんでいるだけなんだ

もっともっと調整がうまくなればいい

 そうセンセイは諳んじた。
 そうして一言言った。

「きみはちょっと明るくなったかね?」

 そう言われた途端
 彼女は急に走り出して外へ出た。

「きみはちょっと明るくなったかね?」

 恥ずかしかった。


川があった。
その川沿いの道をずっと、ずっと進んでいこうと思った。
昨日読んだ宮沢賢治の詩の一行を口の中でころがしながら。
あめゆきとてきてけんじゃ。
あめゆきとてきてけんじゃ。


そう諳んじ、祈りつづけていけば、わたしは「ほんとうに」どこかへ行けるのではないか。
あの宮沢賢治の妹の、トシのように。
川の向こうの山に日が落ちてひかりかがやいている。


「スマホ、ちょっとおとうさんに頼もうかな」


やりなおそう
台風が去ったあとで
野は一面に水浸し

パシャッ
と魚が泳ぐ音がした
見ると波紋を広げながら
大きな魚が泳いでいく

鳥が水面をかすめて飛ぶ

物事には理由がある
理由があるんだ
その理由が法であり
法を知れば
苦しみの中にも道がある

私は生まれることも
老いることも
死ぬこともない

触れられる

魚が僕の心に触れた
今日は雨上がりなんだ








グリフィス作品「シーシュポスの神話」は連詩企画であり、グリフィス、田中教平、黒髪、二歩の書き手が、主にグリフィスが捌き手となり、コメント欄やりとりによって、創作したものである。
しかし、グリフィス氏が、暫し、創作の休息期に入ると宣言されて、田中教平が、そのまとめ、編集を依頼されてここに、full version として発表する物である。連詩ではあるが誰が、どの筆記箇所を担当したのかは、「シーシュポスの神話」https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=4409 のコメント欄を参照して頂きたい。
編集が不可能であるコメント欄上で展開され、その明らかな誤字に関しては、訂正を加えたが、今後、更に訂正、編集を加える可能性がある。「シーシュポスの神話」は、カミュの書いた物語ではなく、孤独な少女まなみを巡る物語であるけれど、一概にはそう言い切れない作品になっていると思われる。しかし連詩の一参加者として野暮な言及は避けるが、一ついえば、物語がどのように詩情を獲得してゆくか、その課題意識があった。

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水飛沫、木漏れ日

雨のかわりに
ホースを思い切り
引っ張り
水まきする
枯れかけた
カタバミのために

黄色い花と
青い鞘に触りたい
触れると同時に
指先が痺れるのがいい

目を離した隙に
シジミチョウが
ひらひら

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 10

かさぶた


ずいぶん長いことご無沙汰しておりました
その後お変わりございませんか


いつぞやは大量のクスリを飲んでしまい
あなたやたくさんの方々に
大変な心配とご迷惑をお掛けしてしまいました


人生はそうカンタンに タンジュンには
終わってはくれないものですね
なんてね
いやはやこれは ブラックジョークと
受けとめてやっていただければ幸いです



生まれてこのかたずっと 
家族というものについて考えています
家族団らんとか あたたかい家庭とか
そういったものが本当に存在しているのか
あんなのはただ 物語の中だけの
絵空事でしかないのではないかと
私には思われて仕方がないのです
考えがひねくれすぎかもしれませんが
いまだ 考えてしまうのです



いったいどういう育ち方をすれば
あんなふうになる なってしまうものなのでしょう
何を見て聞いて触れて感じたれば 
あんないい加減な大人子供が出来上がるのでしょうか
絶対にあんな大人にはなるつもりはないしなりたくもないですが
自分もやがてはそうなってしまうのでしょうか
いやもうすでにそうなってしまっているのでしょうか



できることならこの躰を流れる血液まるごと全部取り出して
洗濯機でジャバジャバ洗い流してしまいたいですよ
あんな人間の血がこの躰の隅のすみまで走っているなんて
考えただけで そら恐ろしくてたまらないのです
夜な夜な 髪の毛を引きずり回される夢を
ぶん殴られ蹴り飛ばされる夢を
家中の物というものを投げつけ破壊
あの壊れる音を
何度も何度も繰り返し 再生してしまうのです
いずれ間違いなく つま先から腐敗していく
そんなどうしようもないクズの血が流れている私だから
きっとみんな その匂いを嗅ぎ分けて
誰も寄り付こうとしないのではないか
そんな考えなくていいことまで考えてしまうから
ホントまったくもってやれやれなのです



いつだって自分の気持ちはどこかへ置いてけぼりのままで
しょうがないしょうがない
だってこれが私だもの
しょうがないよ しょうながい
そんなふうに今までずっと 
言い聞かせ続けて生きてきましたが



だけど本当はもうとっくに 
うすうすと感づいてもいるのです



思い出したくないのに思い出してしまうから辛いのだと
ずっとそんなふうに思ってきたけれど
本当はそうじゃなくて  そんなことなんかじゃなくって
そいつによって沸々と湧き上がる感情であったり
心が拠り所を失ってしまったり
どこへもぶつける宛もなく
結局は自分に向けるしかないやり場のなさだったり
眠ることさえ怖くなってしまったり
思い出すことによって何度も何度も痛めつけられていたんだということ
かさぶたをひっぺがえすのはなにも
てめぇの爪ばかりじゃ 決してないんだということ


つらい記憶がフラッシュバックしてしまうのは
もうしょうがないことなのです
思い出すつもりじゃなくても出てきてしまう
そんなの当たり前のことだったのです
たとえて云うなら 子供のころに習った掛け算の九九
繰り返し繰り返し復唱しては覚えていった
要するにあれと同じようなことなのです
経験してしまったんだもの
強く強く刻みこまれてしまったんだもの
忘れろと云われることのほうが無理な相談というものなのです




殴られた記憶が いまの私を殴りたおす
蹴り上げられた記憶が いまの私を蹴り散らす
酷い言葉が いまの私の存在を脅かす



もうええでしょ もう十分でしょ
縛り付けてるその重い足かせ 
そろそろ外してもいい頃よ



あの頃の痛みを思い出してつらいんじゃない
記憶の刃先が斬りつけるのは
まぎれもなく いま現在のわたし



まったく何かの罰かなにかのように
自分を痛めつけることに熱中していたのです
しあわせになることは罪なことだと
どこかでそう思い込もうとしていた
いや そう自分に押し付けようとしていた


つまりは 今度は私自身が
わたし自身を弄り倒していじめていたのです




しあわせになるのに 罪も罰も
遠慮も会釈もいらないのにさ




そんなふうに思ってしまう思考のくせみたいなものが
知ってか知らずか いつの間にかついてしまったんだって
最近になって ほんのちょっぴり
解って 解りかけてきた気がして




ずっと自分が大キライでした
愛を求めて伸ばした手は撥ね付けられ
歩みよろうとすれば近寄るなとばかりに壁をつくられて
何をしても 何もしなくてもいつも余計者扱いで
どこにも拠り所のない自分が
大キライでした
もてあましてばかりいました
消えてなくなってしまえばいいと
ずっとそう思いながら生きてきました






だけど今日宣言します
私はわたしを引き受ける覚悟を
どんな情けない自分も
決して見放さない覚悟を


ここに決めました、と













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アンシエー マタ ヤーサイ


県立病院前バス停で見知らぬ女性に声をかけられて
よくよく 顔をよくよく見てみれば
あの色黒で歯のやけに白かった娘じゃないか

こんなに色白でスマートになるならば
あの日の体育館の裏で
うん と頷いていたらよかったか なんて


 アンシェー アンシェー マタヤー サイ
 アンシェー アンシェー マタヤー サイ
 サーターテンプラー屋ぬお嬢さん

 アンシェー アンシェー マタヤー サイ
 アンシェー アンシェー マタヤー サイ
 帰る場所は もう この島じゃないんだろう




コザのそば屋で偶然会った
小学校からの友達も
たまの休みで帰ってきてたさ と言う

もうすっかりナイチャーになったねえ
と言うと お前は
顔をまっ赤にして 島酒 あおった


 アンシェー アンシェー マタヤー サイ
 アンシェー アンシェー マタヤー サイ
 ナイチャーって言ったのは 悪かったさ

 アンシェー アンシェー マタヤー サイ
 アンシェー アンシェー マタヤー サイ
 またくぬ店で くぬ酒ぬ続きを




この齢にもなればしかたもないが
元気だった友の一人が急におじいに呼ばれ
ニライ・カナイに行ってしまった

馬鹿がつくほど優しくいつも笑っていた
残されたふたりの天使も父親に似るのだろう
笑顔の似合う娘に育つだろう


 アンシェー アンシェー マタヤー サイ
 アンシェー アンシェー マタヤー サイ
 清明ねえ巡いやびら

 アンシェー アンシェー マタヤー サイ
 アンシェー アンシェー マタヤー サイ
 七月ねえ降ってぃ来うよお




我侭言って大分休みをもらったけど
明後日からは仕事に戻るさ お父
明日の朝の飛行機に乗るさ お母

昔の詩人のように風を待つこともなく
いつもの生活に戻れるのだけど
僕の帰るべき場所はどこなんだろう

さあ


 アンシェー アンシェー マタヤー サイ
 アンシェー アンシェー マタヤー サイ
 我 生したる 父母

 アンシェー アンシェー マタヤー サイ
 アンシェー アンシェー マタヤー サイ
 我 生したる 縁ぬ島


 アンシェー
   マタヤー サイ
 







(読み方と個人的な解釈)
************************************
アンシェー マタヤー サイ=それじゃあ また です
サーターテンプラー=サーターアンダギー
ナイチャー=内地人
ニライ・カナイ=島に幸をもたらす神の住む場所、理想郷
島酒(シマザキ)=泡盛
清明(シーミー)=旧暦三月の吉日、墓前に供物をし、その後、共食する(中国の風習)。
巡(ミグ)いやびら=巡りましょう
七月(シチグァツ)=旧盆(旧暦七月)
降(ウ)ってぃ来(ク)うよお
我(ワン)生(ナ)したる


https://youtube.com/shorts/z2q4KwolH-0?si=1mJoLhwHyXfEq7SJ
https://youtu.be/XdNQjtbEYMw?si=mpudE0r8mbhT_OtR

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BAR「Creative Writing Space」

ニーズがあるやらないやら、まったく見当がつきませんが、
毎度おなじみの思いつきで、BAR「Creative Writing Space」を開業いたしました。

皆様にお使いいただけなければ、すぐに閉店いたします。
電脳空間の片隅にある、吹けば飛ぶような小さなBARでございます。

一杯引っかけた体で雑談していただけるスペースをイメージしています。
「Talk」がさほど機能していないことも踏まえ、もっとカジュアルに使っていただけたらと思っています。


【ルール】
・ワンドリンク制です。必ず何かお飲み物をご注文してからお話しください。ノンアルコールでも構いません。
・お代はいただきません。もしスペースコインをお支払いになりたくなったら、他のお客様に奢ってあげてください。
・酔っ払いすぎにはご注意くださいませ。

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批評・論考

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