投稿作品一覧
長い廊下
靴音は響かない
日々を映すような
窓ガラスが白く伸びる
学舎の中
どこまでも続くそれは
途切れ途切れに
歴史を紡ぐ
あの日の涙も
あの瞬間の歓声も
あの年代の残響も
全てを聴いて
全てを吸って
全てに還すように
進む道の先には
石ころがあって
ジャンプ台があって
たまに水溜まりも
たまに砂利道も
たまに越えられない跳び箱も
たまに泳ぎきれるプールも
たまに見えない穴も
足元を揺らすスパイスであって
多くを見送って
多くを迎え入れて
それぞれにしか見えない
道を
未知と
繋ぐ橋に
飛ばす風に
送る腕に
成っていく
私の足跡は
もうここに遺らない
私の声も
私の重さも
私の影も
ここに落ちて
ここで伸びて
ここから旅立つ
まだ見えない
きっとずっと
ゴールなんてわからない
そんな廊下を
進んで
辿って
蹴っ飛ばして
抱きしめて
私は私に成っていく
どこへでも行ける
どこにも行けない
逃げられるようで
逃れられない
私の後ろに
前に広がる
長い長い
それは
人生の音を
きっと探してる
誰の前にも
きっと
民生食堂 あじさい 第3話 六畳一間
夕方になって、空が急に暗くなった。
朝の晴れ間が嘘のようだった。雲が低く垂れ込み、風が湿り気を帯びている。男は仕事を探して歩いたが、何の手応えもなかった。工場の門は閉じたまま、張り紙の募集はすでに古い。声をかけても、返事はつれなかった。
気づけば、あの民生食堂の前に立っていた。
用事があったわけではない。帰る場所へ向かう途中で、足が止まっただけだ。
暖簾をくぐると、女が一人で後片付けをしていた。
客はもういない。鍋は火を落とされ、湯気も消えている。
「今日は遅いね」
女はそう言って、手を止めなかった。
「……仕事が、なかった」
男はそれだけ言った。
女は頷かない。
「そう」
それで終わりだった。
外で雷が鳴った。
間を置いて、大粒の雨が降り出す。音はすぐに大きくなり、店の屋根を激しく叩いた。
男は時計を見た。
いつもなら、もう帰宅している時間だ。だが、この雨の中を、あの部屋へ戻る気にはならなかった。考えないようにしていたことが、急に現実味を帯びる。
女が言った。
「帰れる?」
男は一瞬、答えに詰まった。
「……帰れなくはない」
「そう」
女は布巾を絞り、吊るした。
雨脚がさらに強まる。雷が近くなった。
男は、何かを観念したかのように口を開いた。
「……アパートを出ろって言われてる」
女は、初めてこちらを見た。
「いつ」
「今月いっぱい」
「なんで?」
「……取り壊すらしい」
「引っ越さないの?」
「仕事を探すうちに金が底をついた」
「そう」
それ以上は訊かれなかった。
女は少し考えるように黙り、それから言った。
「ここ、空いてるよ」
男は、その言葉の意味をすぐには理解できなかった。
「……ここ?」
「二階。使ってない部屋がある」
淡泊な一言。
勧めるでもなく、説得するでもない。
男は、反射的に首を振った。
「いや、それは……」
「嫌なら別にいい」
女は淡々と言った。
「この雨だ。何も濡れてまで帰るほどのことじゃないでしょ。そう思っただけ」
男は言葉を探した。
世話になる理由も、断る理由も、頭の中で絡まった。
「……一晩だけ」
そう言ったとき、自分の声が思ったより小さいことに気づいた。
二階の空き部屋は、六畳ほどだった。
畳は古いが、きれいに掃かれている。布団は押し入れにきちんと畳まれていた。
「風呂、先に使う?」
「……いや、後でいい」
「そう」
女はそれ以上、構わなかった。
男は布団を敷き、腰を下ろした。畳の匂いがした。自分の部屋とは違う。少し湿っているが、嫌な匂いではない。
夜になっても、大雨は止まなかった。
下から、食器を洗う音が聞こえる。
男は天井を見ていた。
一晩だけ。その言葉を、何度か頭の中で繰り返す。
やがて音が止み、鍵をかける音がすると、女が階段を上がってくる。
「電気、消すよ」
「ああ」
男が慌てて布団に潜り込むと灯りが消される。
「それじゃ」
女は部屋を出ていった。
暗闇の中で、男は目を閉じた。
男は物音で目を覚ました。
朝は、すでに始まっていた。
階下から包丁の音が聞こえてきた。規則正しい、迷いのない音。男はしばらく布団の中でそれを聞いていた。自分の部屋ではない、という実感だけが、徐々に湧いてくる。
起き上がると、体が少し重い。だが、不思議と嫌ではなかった。畳んだ布団を押し入れに戻す。畳の縁が少し擦り切れている。意味もなく指で軽くなぞった。
階段を下りると、女がすでに仕込みをしている。
「おはよ」
男は一瞬、返事を迷い、それから言った。
「……おはよう」
女はちらりと男を見る。
「どうする。今日も泊まる?」
男は、答えなかった。先のことは決められなかった。
暖簾が揺れ、朝日が差し込む。男は、エプロンもつけずに、流しの前に立っていた。
「……何か、やることあるか」
男が言うと、女は包丁を置いた。
「洗ってないのあったら洗って」
「わかった」
ごく短いやり取り。
男は流しに立ち、昨夜使った湯呑みと皿を洗った。水は冷たく、指先が少し赤くなる。女は横目で見ることもなく、黙々と野菜を刻み続けている。
朝飯は簡素だった。
余った豚汁に飯。茄子の漬物が少し。
「食べる?」
「ああ」
向かい合って座ることはなかった。
男は台所の端で丸椅子に座って飯を食い、女は立ったままで、鍋の様子を見ながら食べる。
客が来る前に、男は外へ出た。仕事を探すため。
夕刻前、男は戻った。
成果はなかった。だが、何も言わず暖簾をくぐると、女はいつもどおり配膳をしていた。
何か言おうと思って、喉まで出かかったが、やめた。「おかえり」とも言われなかった。
ただ、男の分の飯が、自然に用意された。余りものの総菜と飯と味噌汁。
夜間の混雑を男はただ黙って眺めていた。
それも終わって客が引けると、男は手伝おうとした。
「何か、やるか」
「じゃあ、床」
男はモップを取り、床を拭いた。
力を入れすぎて、端の方の壁まで濡らしてしまう。
「……そこまでやらなくていい」
「すまん」
謝ったが、女はそれ以上は何も言わなかった。
夜、二階に上がる前、男は一瞬だけ立ち止まった。
「すまん…… 世話になる」
女は帳簿を閉じながら言った。
「あたしは別に、構わない」
責める調子ではなかった。事実を確認しただけだ。
「……そうか」
「布団、湿気るから。明日晴れるみたいだし、朝、干しといて」
「ああ」
言われたのはそれだけだった。
二階の部屋で、男は布団に横になった。
階下からは、もう音がしない。
同じ家にいるのに、距離ははっきりしていた。たった二日とは言え、居候の身には、その距離がありがたいことなのか、それとも突き放されているだけなのか、男には判断がつかなかった。
男は目を閉じた。今日一日を思い返そうとして、やめた。
何も起きなかった。何もなかった。それだけは、確かだった。
▼次回 第4話 越境
Carぁ、やってらんねぇ。
ガソリンが尽きた。
何もやる気が出ない。
車じゃないんでね、
一度止まったものはどうやったって動き出すまで時間がかかるもんだ。
タイヤが2つ少ねぇ分、非力なんだよ。
アクセルを踏んだって、
できないことはできない。
図に乗るなよ。
ここがブレーキだ。
きっとこのまま滑走してたら、
曲がれるカーブもなく病院まで一本道だったかもな。
ははは。
気張って出るもんなんかクソだけだぜ。
大人しく給油場を探すんだな。
このままダラダラするのも無事故で良いが、
適当に通りかかった自動車屋で疲れと一緒に車検代まで吸い取ってもらうか?
それからお前はトランクの隅っこで後悔するんだ。
ごめんだぜ。
今は前を向け。
ボンネットでも見て瞑想するんだな。
二階から目薬
起きていると目を使い
あくびすると涙が出る
涙を拭くとかゆくなり
繰り返すうちに目頭は
触れるだけで痛くなる
あわてて眼科に走る
炎症ですね
目薬出します
一日4回 朝昼夕夜
3時間ごとに
二種類です
5分間隔を空けて
ひとつは冷蔵庫で保管を
肝心の注し方を
教えてくれない
そして今日も
目薬がこわい
ほどける
荷を解く
引っ掻き 捲れた爪痕
ぬるい熱が 残る
衣を一枚ずつ
滑り落とすも
何処へも行かず
ただ 一如
芥の思い
呪縛
永劫の結び目は
美であり
解けこそは
その死
── 碧井雫
#碧井雫 #詩 #現代詩 #言葉
仕事幽霊飯弁慶、その癖夏痩せ寒細り、たまたま肥ゆれば腫れ病(新釈ことわざ辞典 その5)
***************
三寸の舌に五尺の身を亡す
言葉はクスリにも鋭いナイフにもなりえるもの
どんな言葉だってナイフにもなれば
クスリにだってなれるのに
言葉に取扱説明書なんてないから
使い方も使い道も誤っては
いつでもそれらを振り回してばかりいる
***************
書いた物が物を言う
いくら口で云ってみたって
それは違うよと否定されてしまえばそれまでのこと
証明するのはとても難しい
だからどんな些細なことでも
いつどこで誰に何をどんなふうに云われたのかされたのか
記しておくのは大事
動かぬ証拠となって
必ずやあなたの身を護ってくれるはず
***************
愛多ければ憎しみ至る
あの男に似ている あのばばあに似ている
ただそれだけの理由で
すべての憎しみが注がれることだってある
それをもしも愛と呼ぶなら
随分残酷な愛もあったものね
***************
愛してその悪を知り憎みてその善を知る
あの娘はかわいいから きっといい娘に違いない
あの人に限って そんな悪いことするはずがない
だってわたしが好きになった人だもの
って
善も悪も長所も短所も
感情っていうフィルターを通せば
いくらでも変わってしまうもの
***************
愛は小出しにせよ
惚れた腫れたも、どっちにせよ
惚れた腫れた方が弱くなってしまう
好き好き大好き〜ってハートマーク全開なのバレバレだと
そこに付け込んで 好き勝手にし始めるものよ
なんでも許してもらえるって
相手が欲しがるだけ与えてはダメ
甘いものはとればとるだけ 喉が渇くのだから
少し少ないくらいで小出しにするのが
ちょうどいいのよ
***************
空き家で声嗄らす
あとからあとから抑えきれない感情が湧いてきて
焼き尽くされてしまいそうで
助けてよって 誰か返事をしてよって
だけど 誰も返事をしないこともわかってる
こんな淋しい夜 ひとり部屋の中で声を嗄らしても
誰にも知られることもない
外ではけたたましいサイレンを鳴らして
今まさに救急車が 走り過ぎていった
***************
生きてる犬は死んだライオンに勝る
凡人でも生きてる方がいいって
なんだか大事マンブラザーズのそれが大事みたいなこと云うのね
けどたとえ死んでしまったとて
なにかを成しえた人の名は
いつまでも語りつがれる
生き続けていくという矛盾
***************
言わぬことは聞かぬこと
云ったのに聞いてない知らないと云われることはよくある
云ったくせに云ってない聞き違いだと開き直られることも
この会話は、録音させていただいております
云ってないなんて 忘れたなんて云わせない
***************
謂れを聞けば有難や
別になんとも思っていなかった人の意外な一面を知ったり
好意を寄せていた人の裏の顏を垣間見たり
謂れを知ったために見方が180度変わってしまう
なんて頼りないのかしらね
***************
明日は明日の風が吹く
そりゃそうでしょうけど
心配したってどうにもならないって
わかっちゃいるけどやめられないとまらない
なるようになるって
なるようになったためしがないから
やめられないとまらない
かっぱえびせんなんでしょうに
***************
あるは厭なり思うは成らず
好きじゃない人からいい寄られても ただ迷惑なだけ
わたしがいくらあの人を好いたところで
わたしのことを一ミクロンも好きじゃないあの人にとってもまた
ただただ迷惑なだけの話なのよね
***************
悪妻は百年の不作
それを云うなら悪夫だって
百年、いやいや
BC時代からの不作だって
声を大にして云ってやりたいわ
ねぇ、そこの奥さん
***************
色好みの果ては怪しき者にとまる
自分にはもっとふさわしい相手がいたのに
仕方がないからお前で手を打ってやったんだ
なんてさ
なんであんたが選ぶ側なのさ
こっちだって もっとふさわしい相手がいたのに
仕方なくあんたで手を打ってやったのよ
***************
隔靴掻痒(かつかそうよう)
いつも何かが間違っていたような気がします
うまくいかないのは、きっとそのせいです
だけど 何がどう間違っていたのか
どこから間違ったのか
まるで見当がつかないから
ほとほと困ってしまっているのです
***************
陰に託して影を求む
物陰に入って自分の影を探そうったって
探せるわけなんかなかった
そんなごくごく当たり前なことにさえ
気付けなかったなんて
わたしったらホント
どうかしてたんだわ
***************
ならぬ堪忍するが堪忍
もうこれ以上はとても我慢できない
耐えられないと云っているのに
それでもまだ耐えられる
我慢できると本気で思っているなら
それは多分、まだ我慢できるだけの余裕があるってことで
それで我慢が足りないとか
本物の我慢じゃないなんて云われるのは
ちょっと違うんじゃないかと思ってしまうわ
***************
無い子では泣かれぬ
泣かないで済むんなら
そっちの方がよかったんじゃない
子どもがいるから
子どもがいるせいで
しなくていい苦労をしなきゃならない
そのすべてを
子どもになすりつけようとするくらいなら
***************
血は水よりも濃い
だからこそややこしく
引きちぎることも 断ち切ることも出来ない
***************
犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ
わたしがまだ赤ん坊のころ
よく熱を出しては泣き止まなかったとき
父親は「うるせえ!テレビの音が聞こえねえ!」と怒鳴っていたと
母親は愚痴が始まると 憎々し気にすぐその話をはじめる
熱を出してる子どもの心配、というよりも
父親のその怒鳴りによる憎しみが
泣き止まないわたしへの恨みつらみに転じているような云い方
母親は「お前が熱出して泣いたりするから」怒鳴られた
あの声がいまも耳に離れない どうしてくれるんだと
わたしにはどうすることも出来ないことで
いつもネチネチ責めてくる
どうせなら 子どもではなく
犬でも飼えば良かったんじゃない
犬は受けた恩は忘れないっていうし
でもそんな犬だって
時には噛むことだってあると思うわよ
扱い次第ではね
***************
形は生めども心は生まぬ
人間誰しも ひとりにひとつずつ
心を持って生まれました
親が生んだのは子の躰で
心までは生んでいない
あなたの心は誰のものでもなく
この世界でたったひとつの
あなただけのものです
あなたの心が痛がっているのは
その親とはまったく違う証拠
何故か?
ひどい言葉を投げつけてるその親は
決して痛がってなどいないからです
***************
一犬影に吠ゆれば百犬声に吠ゆ
どこかで犬が吠えると
一斉にあちこちの犬が遠吠えをはじめるように
誰かが煽った不安や恐怖が
あちこち伝染するってこともあると
わたし思うわ
***************
煙も眉目よい方へならでは靡かぬ
人間見た目ばかりじゃなく、中身も大事
そんなのは建前に決まってる
中身なんて付き合ってみなけりゃ判らないんだし
大半は見た目で決まってしまうものじゃない
でも 煙も美人の方に靡くってさ
こっちに煙ってこなくて
却っていい具合かもしれないわ
***************
色の白いは七難隠す
だったら色の黒いは難だらけですか
***************
子を見ること親に如かず
子どもの好きなもの
好きな音楽
好きな小説
好きな漫画
好きな食べ物
どんなことに興味があって
どんなことが苦手なのか嫌いなのか
あなたは知っていますか?
子どものことを誰よりも知らないのは
あなた方親の方だということ
少しは理解してください
***************
諦めは心の養生
小さいころから 諦めるのがクセになっていました
いくら望んでみたところで
こっちを向いてくれやしないもの
いつまでも待ち望んだって仕方がないじゃない
あ〜またかと思っては
しょうがないしょうがない
と どうにかこうにか心に折り合いをつけて
ここまで生きてきました
これは心の養生だったのでしょうか
抑えつけられてじっと我慢し続けてきた内なる子どもが
いまごろになって 駄々を捏ね始めているのです
もうこの先これ以上
この子に諦めを覚えさせたくないのです
***************
鼠壁を忘る壁鼠を忘れず
やったほうはすぐに忘れるけど
やられたほうは死ぬまで忘れないものなのよ
あなただっていつも云ってるじゃない
あいつが呪いをかけてるだの操ってるだのって
だけど 自分がしたことは果たして覚えているかしら?
まさか何もしてやいないなんて云わないわよね?
躰についた傷は そのうち癒えることもあるけど
心に負った傷は 意外と重症だったりもするのよ
傷が深ければ深いほど 痛ければ痛いほどに
人の恨みつらみっていうのは
とっても根っこが深いのよ
覚えておくがいいわ
***************
箸に当たり棒に当たり
あなたが本当に文句を云いたいのは
苛立ちをぶつけたいのはわたしじゃないでしょ?
一体わたしがあなたに何をしたというの?
***************
陰では王様の事も言う
悪口を云うなら せめて聞こえないところで云ってほしいものよね
もちろん 本音としては云われたくもないし云いたくもないけど
性格がよくて評判のあの人でさえ
一緒になって悪口云っていたわ
うまいこと本性を隠していたってわけね
***************
云い出しこき出し笑い出し
自分でしたオナラを 臭い臭いと騒ぎ出す
なにかことが起きたとき
大抵は 一番最初に騒ぎ出した
人間の仕業
***************
心頭を滅却すれば火も亦涼し
いやいや そんな滅茶苦茶な
熱いものは熱いし、ツライものはツライでしょうよ
熱湯を浴びせ続けられても
丸焼けになったとしても
果たして同じことが云えるのかしら
だとしたらあなたには
血も涙も通っていないのじゃないでしょうか
ためしにあなたにも
同じことをしてみましょうか?
***************
大事は小事より起こる
事件に大きいも小さいもない
踊る大捜査線でよく
すみれさんや青島くんが口にしてたセリフ
最初から大きな事件を犯すというのは稀な話
大きな事件というのは
言葉を換えれば 最悪の結末とも云える
この社会には 事件と名もつかない事件が
そこら中で起きている
***************
海賊が山賊の罪を挙げる
お前が云うなって話だよね
あいつの方がもっと悪いコトしてるじゃないかって
それでお前の罪がチャラになんかならないんだから
***************
終わりよければすべて良し
だからといって、何をしてもいいってわけでもないでしょう
散々悪いことして、散々ひとを傷つけて
終わりよければも
あったものじゃないわ
***************
居候の三杯目
居候の分際で、三杯目をおかわりするなんて
図々しいにもほどがあると思うわ
遠慮も会釈もないとはまさにこのことを云うのよ
***************
狐の嫁入り
天気がいいのに降る雨
小雨降る中、お嫁に行く狐さんとその一行
白無垢姿のちょっと俯き加減で歩く狐さん
雨のせいもあってか
とっても幻想的で神秘的
相手の狐さんはどんな方かしら?
きっと傘を持って
雨に濡れ濡れ 待っているのやも
***************
果報は寝て待て
あせってみても仕方がないことは解っているのです
求めたからって手に入るものでもないことも
だけど あとどれくらい寝て待っていたら
幸福とやらはやってきてくれるのでしょうか
本当にやってきてくれるんでしょうか
わたしのことなど気づきもせず
素通りしてしまったりはしないでしょうか
やはり寝て待ってばかりではダメなのでは?
こちらから動かなければ
向こうからやってくるなんて
ありえないんじゃないでしょうか
***************
踵で頭痛を病む
わたしが心配する必要もなかったのよね
あの時わたし 昼ごはんの最中だったけど
体調が悪いって 切羽詰ってる感じだったから
もう味もなにもわからず 急いで食べて
電話したら 出ない
心配させるだけさせておいて
少し経ったら ケロッとした声で電話してきたね
わたしが勝手に心配しただけよ それだけよ
それでもさ それでも
。。。。。。これ以上云うのは止めましょうね
風の噂で 結婚したって聞きました
病気の方は もう大丈夫なのかしら
またまた 余計なことを
わたしの悪いクセね
***************
世の中は九部が十部
世の中 思い通りになんていくわけないし
すべて計画通り なんて
夜神月でもあるまいし
完璧主義者はなにも手に出来ないとも云うし
好きな音楽を聴いて 好きな映画ドラマを観て
描きたい詩を綴って
時々は友だちとどこかへ出かけたり
それ以上 一体何を望むことがあるだろう
掌から零れ落ちていったものは山ほどあるけれど
たしかに掴んでいるものたちがここにある
それだけで
ただそれだけで
***************
問わず語り/怪かくともかつぎ来たりて天楊の楔は、恋の伊路。
こんばんは
昨日、Xの投稿ができないにも関わらず、ここへ辿り着き♡押してくれた親愛なる皆さまへ、感謝の気持ちを伝えると共に・・・・・・
お尋ねしたいことがありまして、再びエッセイに戻って参りました。
私は様々な投稿サイトを利用しており、小説とエッセイを書いています。そのなかで、もし皆さまの記憶に私の恋の物語が綴られている場所があったら、教えてください。
相手の名前は、在原業平/ありわらの・なりひら。
平安時代初期に活躍した代表的な6人の歌人・六歌仙のひとり。天皇の血筋を持つ彼の名を古今和歌集や百人一首「ちはやふる」で、今でもその名を聞くことができるから初恋は永遠だよね。まぁ彼自身というより、彼をモデルにした『伊勢物語』の主人公の男に恋を覚えたのは、まだ10歳になる前。はっきり覚えているのは小学3年生から図書委員になったこと。志望動機は「毎日、本が読みたかったから」まさか物語の主人公に恋をしてる────なんて、誰にも言えなかったから。
小学6年で、竹取物語や百人一首を習うことは知っていた。
どちらも絵本や遊びで知っており、ただ古典を読むのが難しすぎて、中学になったら本格的に漢文とか勉強しますが、3年も待てない私は母に一生のお願いをします。
古語辞典が欲しい。
母はすぐに言いました「お誕生日プレゼントでいい?」今、欲しい。
辞典は子供のお小遣い/小銭で帰る代物ではない。市立図書館に行くバス代もバカにならず、貯金は底をついていた。もう親に頼るより他ない。わずか10歳で、借入を希望。
うちのお手伝いは何でも、喜んで賜りますからお駄賃を。増やしてくれとは言わないお駄賃を貯めて必ず、全額返済を約束します。
部活もテスト勉強も頑張る、約束を守り、悪いところがあるのなら心を入れ替えていい子になるから、頼むこの通りだと泣きながら頭を下げた理由は、伊勢物語が難しすぎて読めない悔しさが、すべて。親から金を借りる禁忌に及ぼうとも、彼に近づきたい一心で母を説得して、ようやく手に入れた古語辞典。
毎日ランドセルに入れて通学。自分の物だから、付箋を貼って、線を引き余白に書き込みを必死に続けた。
伊勢物語の頁は上下、二段に分かれており、上段には物語。下段には現代語訳が書いています。
しかし私がやりたかったのは上段の解釈を自分が納得する形で進めて、全部、意味も含めて暗記したかった。
平安時代は数百年前。伊勢物語は過去の話で、作者は不明。
会うことも叶わず
誰に尋ねることもできない
私と伊勢物語の間には、永遠とも思える長い時があって、追い付けない課題ばかり。どうしても辛くて涙が出る。でも、恋しくて涙が出ることを認めたくない私は伊勢物語を読み耽、月を見て詠う思いに心を寄せ、業平の傍にいるような錯覚を精一杯に楽しんだ。6年生になったら竹取物語を習う。やっと憧れの古典の授業を受けられる期待を胸に、教科書を開いたら・・・・・・
ちょっとしか書いてない。
驚愕のちょっとに、思わず立ち上がってちび猫特有のやんのかポーズ。からの、ふにゃらと脱力して机の上で伸びる。
小学生だと思ってバカにしやがって。
こっちは真剣に伊勢物語を、古典を、心の拠り所にしてやってきたというのに音読ばっか・・・・・・文法と解釈を、教えろっつーの!うぎゃあああああっ!!
国語の授業が終わったら水飲み場で顔を洗ってもなお冷めやらぬ怒り心頭で、図書館にカチコミ。たぎる熱冷ましに雨月物語を選び、日本三大怨霊といわれる崇徳天皇の怨念にあろうことか癒される始末。ああ、なんという読みやすさ。乱世サイコー。こういう出会いが心の何処かに埋もれて残るから、後に菅原道真と運命的な出会いを果たして新たな恋を呼ぶわけで。
この数年後、テレビ放送『まんがで読む古典』で映像化された解釈を見て、親密度を深める。
幼い私は恋の在処を探そうと必死でした。
叶わぬ恋に自ら溺れていたのではなく、とてつもない憧れを燃やしていたのだと知る。私は業平になりたかったんです。会いたい理由は、早く大人になりたかった私の希望。
やっと理解できた。
私に恋の手解きと心の美しさをずっと教えてくれた業平は、恋人ではなく師匠。気づきに溢れる涙と業平の尊さに震えることのできた素晴らしい思春期、一生懸命に本を読むとこうなります。だから中学になってからカーマスートラを読んでも、改めて盛り上がるような興奮と歓喜はうっすらでしかなく、性行為そのもの実技とし捉えていくことはそれほど刺激的ではありませんでした。だって情熱よりか本能的な生理現象に生じる理由など、実に身勝手なもので。若い頃のセックスはあまり楽しめなかった。こればっかりは成熟が必要で、恋愛の方が幸福度が高いと15の夜に見切りをつけた。
そして迎える愛の物語は、もっと私を大人にさせてくれる。
望んで受けた苛烈な男達の数々に見出したものは、とてもシンプルな感情でした。それもいつかお話できればと思います。
・
・
・
・
・
さて、夜も更けて参りました。
明日と待たず、私の近くで眠る貴之と手繋ぎ。夜の帳を下します。めでたしめでたし。
即時一杯の飯の如かず⑰
ep.17 「Twist Lick Dunk」
路嘉の隣から逃げ出せる猶予はあった。
しかし残業を振ってまで一緒に居たい気持ちを優先した俺は今、レンタルショップ<R18>エリアの暖簾を潜り、女性の裸体が並ぶ異世界で立ち尽くしている。
表を上げられず視線を反らした先にも激しいタイトル・・・・・・いかがわしい。
「外で待ってる」
「・・・・・・は? 適当に見てて」
レンタルビデオといえば現物を借りて店で受渡するのが従来のやり方だが、今はパッケージの二次元コードを読み取ってサイト内で期限付きAVを視聴。スマホ決済ができるので店員と顔を合わせる必要が無いのは利点だが、現代社会においてネット利用に完全移行しない理由は店側の利益になるのだろう。ネット価格は月額2200円の他タイトル別500円~有料ダウンロード可能だが、店頭価格は映画一律・5本/1000円利用でポイントもつくのだから足を運ぶ客は誰かしらいる。路嘉がそうであるように。
一週間にタイトル5本、若い男なら余裕だろう。
女性に興味がない一方で顔が映らない男性の裸体のぼんやりとした部分に目を細めてしまわないよう必死に避けて角を曲がると、見たことがある横顔に小さな悲鳴が出た。
元彼、佐伯総一郎との遭遇に次ぎ
今彼、白鳥路嘉の板挟みにされる苦悩に、頭痛。些か血の巡りが良いらしい。
「何でお前がここに居るんだよ」
「ここ、男しか来ないから物色・・・・・・ほら、あそこ見て」
素直に従うと肩を押されて壁を背にしたまま、宗一郎の手が逸る。わかる、お前はそれを平気でやる男だっていうのは百も承知だ。しかし通路側から顔を覗かせる路嘉がパッケージの列で遮られる直後、宗一郎の顔が近づく。こんな所で襲われる理不尽さに抗っても汗混じりのラストノートに鋭く反応して視線が導かれる。
「すみません。それ・・・・・・俺のなんですけど」
俺の眼前にAVのパッケージが差し込まれ、一難逃れて膝が折れる。────た、助かった。気が抜けると足元がフラつき、暖簾を潜る客人に倒れ込む。
「宗ちゃんおっそいよ。何や・・・・・・って、絢斗?」
「あ、的場さん!」
「白鳥さんもお揃いで」
「聞いて!あそこの男に痴漢されたの」
「誰が?」
「絢斗が。リーマンが痴漢されるなんてゲイビじゃねぇんだから。おいこらテメェ!!」
「あー、迷子の仔猫ちゃんが居たので」
「エッチなおまわりさんだね。絢斗、大丈夫?」
間一髪の救済ではあったが、眼前に飛び込んで来たのは女性のご開帳。背後からお尻を両手で掴み、開かれた様のぼかしは見覚えがあるくすんだ肉色と、事後の体液が破れたストッキングを這う。
声は聞こえても返事がおぼつかないほど、冷静な判断ができない。張り詰めた緊張に睡眠を要求する作用に絶え兼ね、そのまま和真に頭を預ける俺は自宅に運ばれ、揺らぐ意識の中で花椒の香りに目覚めた。
「豆腐は下茹でして、辛いソースに材料を足していく」
「葱はいつ入れるの?」
「味が決まってから。残りの中華スープをゆっくり注いで」
「これ?」
「そう、上手だね。味はどう?」
「ん……やばっ店で食べる味」
「葱を入れて、水溶き片栗粉を混ぜ合わせたら完成」
和真が料理を教えている。
こちらに気が付いた路嘉は撮影している宗一郎を避けながら、皿を持ってきた。
今夜のメニュー
・麻婆豆腐
・豆もやしの時短ナムル
・茄子煮浸し
・レタスと玉子の中華スープ
「すまない、疲れが出てしまって」
「お疲れさん。冷蔵庫にあったもの、使ってよかった?」
和真の間を割って抱きつく路嘉の頭を撫でながら話を聞く。
初顔合わせにも関わらず、俺が寝ている間に路嘉はすっかり馴染んでいて安心した。
「・・・・・・やっば。俺、天才かも」
「殆ど和真が作ったよな?」
「いいから。絢斗には辛すぎるね」
確かに、激辛耐性の無い俺には花椒の刺激は強すぎるが、茄子の煮浸しの味付けを舌の上で解きながら飲み込む。
オリーブオイルか?
甘辛さのキレがよくさっぱりしている。疲れた体が欲するアイテムが全て凝縮された圧倒的、美味。副菜だが、これがメインに出てきても納得がいく。
「あのさぁ、おやつはご飯食べてからにしなよ」
食事に手を付けない宗一郎を見兼ねた路嘉だが、オレオの黒いクッキーを回して上下離す食べ癖は相変わらずで<あの言葉>を呟く。
「回して、舐めて…」
「食べ物で遊ぶな」
「なんだお前知らないのか?」
Twist Lick Dunk
それは、みんなが笑顔になる魔法の言葉。
俺ら世代には懐かしいが、路嘉は首を傾げていた。正面の宗一郎は満面の笑みで、クリームにフォークを刺して牛乳に半分落とす。
「これが主食なんだよ」
「え? おやつしか食べないの」
「仕事だから」
はい、と言葉をひとつ置いてから名刺をフォールドして自己紹介「絢斗の"友達"で、佐伯総一郎と申します」立場上、積極的に正体を明かす方ではないのに。腕組みを解く和真の視線が注がれるのは当然だろう。下手を打てば、俺ごと怒られ承知で・・・・・・この野郎。
路嘉のレンゲから麻婆豆腐がゆっくりと零れる。自分が作った料理を食べない痴漢男の正体を知った途端、レンゲを落として口を押えた。
「スイーツ王子、ほぉんにぃん・・・・・・て、こと!?」
「和真は紅茶の王子様」
腕にしがみつく路嘉の瞳はアガーでコーティングされたタルトの様に輝く。
「絢斗は・・・・・・俺の王子様だから。あ、あのっ俺たち付き合ってます」
「セフレじゃなくて」
「痴漢には教えない」
「あれは逢引きといってな」
「うるせぇ!今度やったら俺の作ったカレー食わせるからな」
「あはは。甘口なら食べれますけど」
「死んでも知らねぇぞっ!!」
「開示だな」
「はいはーい、痴話喧嘩しないの」
「それでは新メンバーに新米ダーリン♡お迎え、でいいのか? 絢斗」
頷くと、和真の音頭でグラスをぶつける、賑やかな食卓。
米を研いだことがない路嘉が食べ物として成立するカレーを料理できるか否か。ダメなら俺がダールカレーを作ってやると頭を撫でる先に唇が降り注ぐ。俺たちの夜は、これから。
あしたは、どっちだ?
あしたがどっちなんて
あたしにはもうカンケイないの
どうせ行き着く先は決まってるんだし
だったら
どこをどう歩いたって
同じことじゃないの
人間 滅亡 賛歌
消えていく
愚かな姿が目一杯
最後の足掻きなのか
オクターブの声が耳一杯
私には今にも死にゆく
彼らを見守ることで手一杯
酒を片手に一杯
ごくりと飲み干す
腐肉の味
吐くほど不味い
充満する香り
赤血の匂い
なぜ這い寄る?
ゴキブリのように
カサカサと私の足元に縋る
地獄へゆけ
私は天使や悪魔ではない
光輪など授けてやるな
こいつらが天でもまた野を駆ける
そう思うほど虫唾が走る
そうだとも
お前たちの憧れる空の国は
所詮この世界と同じ
クソにまみれ光などない
滅亡 万歳!!!
人類 万歳!!!
滅亡 万歳!!!
人類 万歳!!!
泣きわめく
若い衆が一人
親族を失くしたのか
瓦礫と死体の山に目が泳いでいる
私には今にも死にゆく
彼らを見守ることが使命
刃物を片手に一斉
ぞくりと背に伝う
地獄へゆけ
お前は虎や獅子などではない
豚のような処分を下してやる
あぁこいつらがたくさん殺してきた
そう思うと腸が煮えくり返る
沈みゆく太陽
月などあるはずがないのだ
息絶えるまで灼熱に焼かれていろ
人類 万歳!!!!
滅亡 万歳!!!!
人類 万歳!!!!
滅亡 万歳!!!!
死にゆけ、死に行け
慎ましく、
(愚かな姿を)
静かに、
(オクターブの声を)
見えぬところで、
(見守ることが使命)
綻べ、滅べ
指で作った花瓶にスノードロップ
もう一輪(いっぱい)
リノリウムジゴク
一組のあなたが
短靴下を捲り上げると
白い足首の内側に
筋彫りの六芒星や✕印
いたいいたいいたづらなので
その筋線はところどころ震えて
いいたいいいたいすきといいたい
いいたいだけですきではない
日除けの無い理科準備室で
──────見せて貰つて、
床板の矧がれた視聴覚室で
──────見せて貰つて、
ヤンマガやBOMBで覚えた事で
やれる事は精精これぐらい
あそこで待つ先には、
到底ゆきつけないジゴク
三組の私は三組に戻つて
黒板を消してゐる
気配を、不実を、消してゐる
一組のあなたは、
別の校舎の防火扉の重みの前で
また色目を使つてゐるのだらう
体育館のリノリウムの上で
孤立無援となる五時限目ジゴク
バスケ部の男女が性能順に
入れ替わり立ち替わりジゴク
──────見せて貰つた、のだけど
カピカピに黄ばんだ慾暴は
ポリエステルの制服生地の表を
緩慢に滑落してゆくジゴク
https://i.imgur.com/6LTZ0Wt.jpg
スストアで
剥がれた分度器を
落ちている人のように
並べていくみたいに
拙い息継ぎが
街の柔らかいところに
終わっていくみたいに
コンビ、ニエン、スストアで
スストアで
淡い方の手を近づけて店長は
小鳥を飼い始めた
美しくて知らない名前を付けると
スストア、それだけで
開いててよかった
週末がある夏の日に
交差点は作られていく
ここでは何も釣れない、と
空色の子供たちが
スストアで
銀行強盗の相談を始める
悪いことをしていなくても
許されないことに傷つく時が
いずれ来るというのに
スストアに吹く風が
スストアに笑う風が
スストアに息絶える風が
山手線の吊り革を揺らして
また風になる
店長はバックヤードに入ったまま
行方不明になってしまった
わたしは待ちながら小鳥と暮らし始める
最初から店長は
小鳥だったのかもしれないと思う
スストアの咲く庭で
わたしたちは愛を
語っていただけなのかもしれないと思う
BAR「Creative Writing Space」
ニーズがあるやらないやら、まったく見当がつきませんが、
毎度おなじみの思いつきで、BAR「Creative Writing Space」を開業いたしました。
皆様にお使いいただけなければ、すぐに閉店いたします。
電脳空間の片隅にある、吹けば飛ぶような小さなBARでございます。
一杯引っかけた体で雑談していただけるスペースをイメージしています。
「Talk」がさほど機能していないことも踏まえ、もっとカジュアルに使っていただけたらと思っています。
【ルール】
・ワンドリンク制です。必ず何かお飲み物をご注文してからお話しください。ノンアルコールでも構いません。
・お代はいただきません。もしスペースコインをお支払いになりたくなったら、他のお客様に奢ってあげてください。
・酔っ払いすぎにはご注意くださいませ。
Creative Writing Space事務局
2026/03/21
批評・論考
混ざる
人混みの中に身を置いても
孤独は拭えないのに
人混みの中に混ざり込み
ほっとすることはある
電車の中で揺られているうちに
隣り合う人たちと混ざり始める
ような気がしてくる
自分と誰か、誰かと誰か
見知らぬもの同士が混ざり合い
大きなひとつの塊になる
ような気がしてくる
混ざり合うとき
意識はあるだろうか
混ざり合ったものに
心はあるだろうか
人混みの中で混ざり合う孤独に
安らぎは訪れるだろうか
凩馨
そしてとある広場にて/パノラマの群衆が/音のないパズルに到る/へだたりのない手が/みずたまりのホタルより/絵本のページとおく/ふところのうえで/ケムリを吐いています//ひずんだ心臓を濾過する/金糸雀と呼べ/虹彩に並べ/疲れ果てた処で/日没を手にした瞬間/白い旅をはじめたとき/秋はぶら下がりはじめていた//焼き立ての情報は擬似的な物語だから/カラメルがかかったポスターに表現され/採用された旗はリンゴに広がっていく/スタートした瞬間を一滴/パンの香りと評し/おだやかに傷ついて/風にのって、街中/このからだのシナモンの匂いがとれやしない//この街の人々は/しなびた舌が/(惜しくもない、辛いとはおもわない)/いつもより長く伸びている海面をみながら/傾斜を詰めた鍵一つ持って/ただ泣いた//沈むのを忘れたように/粒子の唇に触れるとき/失われたトマトが/眠るジェスチャーをする/触覚のない口が/うねうねと饒舌になる//振動する港までいけば/立ち去るがいい/迷路のない駅までゆけば/遠ざかるばかり//そのたましいとは。ビルの隙間から/オレンジから紫へと/ゆっくり/変わり続けます//おきあがる檸檬の感覚が/その太い陽は/腐らない蒼さの地図をひき/ちぎって/輪郭なき大窓にひかりがやどるから/(潮時をみて)/いろがみの夢が苔むした花をただ、しぶき/錆びた骨を嚥下したようです//多くを語らない/装飾のない抜け殻だから/時計塔の群れに/かざぐるまはちかく/おおぞらをまわり続けた/ここで/風を均す鐘は/頬をかすめるのだけれど/うすい微笑みをこなす/目覚めにはがし/その狐兎に/わかっているけれど、誰もが気にしないんだ//使い方も登録済みの幻灯機のネガだった/とある小さな街では/誰も帰りたがらない/つややかな流れ星に想えたから/見上げたら/無意味な掌で染み込む小舟は/ブイを通り過ぎ/黒煙が開くはなびらは/クシャクシャな顔だが/点描の猛虎は耳の中で/ねむたげな足取りで//あくせくと黄昏れている/Enter.↵
呪粉
春、風に流されて現れるあなた
わたしを侵していく
春風は心地が良くて、春のにおいは暖かくて
できるだけ近づきたくて
わたしはあなたがいかぬようにと
春で着膨れた
季節は過ぎる、わたしは終わりがくることを予感していた
過度の春を抱え込んだために
春の贈り物は抗原に変わる
そして引き起こされる症状で蝕まれていくわたし
それだけが遺って
シーシュポスの神話
深夜のコインランドリーは、僕たちが漂着した最後の中州のようだった。
湿った空気の中に、安価な洗剤の人工的なフローラルと、さっきまでシーツの上で貪り合っていた僕たちの、微かな汗の匂いが混じり合っている。
まなみは、回転を止めた乾燥機の前で立ち尽くしていた。
彼女の細い肩には、脱ぎ捨てたばかりのラルフローレンのオックスフォードシャツが、アイロンを失ったまま無防備に羽織られている。その下から覗く胸元、ヴィクトリアズ・システマティックの黒いレースが、湿った熱を帯びた肌に食い込んでいた。
「熱も、言葉も、すべてが均一に混ざり合って、何も動かなくなる状態……それがこの世界の理で、いちばん平穏な死のはずでしょう?」
彼女の言葉は、薄氷を割るような静けさで響いた。まなみは、バスケットから取り出した僕のシャツを手に取ると、その袖を愛おしそうに指先でなぞった。指先にはまだ、僕の体温を求めて彷徨った時の強欲な力強さが、仄かな赤みとなって残っている。
「……でも、この世界はそれを許してくれないみたい」
まなみはシャツをバスケットに戻した。
そして、唐突に歌い始めた。
彼女の唇からこぼれたのは、昔のアニメソングだったが、それは高揚感とは無縁の、ただ事実を淡々と確認するような音調だった。
彼女は踊り始めた。
右手を上げ、左手を腰に当て、リズミカルにステップを踏む。その動きは、何千回、何万回と繰り返されたはずの「正解」のトレースだった。
けれど、まなみのそれは、決定的に何かが欠落していた。
シャツの下の黒いレースが、ステップのたびに湿った肌の上で揺れる。僕の背中に爪を立てた、剥き出しの身体性はそこにある。なのに、その動作はどこか機械的で、まるで動かなくなった乾燥機のドラムが、慣性だけで回り続けているかのようだった。
「……魔法以上ノ愉快ガ……」
その声には、魔法も愉快さも存在しなかった。ただ言葉が、彼女の気管を通過して、深夜のコインランドリーの静寂に、無機質な振動として放たれていくだけだ。
僕たちの、あの終わらない熱が、この安っぽいアイドルソングによって完全に濾過され、ただの「運動」へと成り下がっていく。
それは、彼女が先ほど口にした「平穏な死」への抵抗のようでいて、その実、最も残酷な形で死を体現しているようにも見えた。かつての熱狂の、抜け殻のようなダンス。
まなみは、一通りのサビのパートを踊りきると、項垂れる様に笑って唐突に抱きついてきた。店内を照らす蛍光灯が、彼女の無防備な横顔と、少し乱れた髪、そして胸元の黒いレースを、執拗なまでの鮮明さで焼きつけている。
その静止を破ったのは、店内の隅で色褪せたクレーンゲームが散らす電子音だった。
僕は100円玉を数枚投じ、磨耗したジョイスティックで銀色の爪を操作した。煤けたペンギンのぬいぐるみを狙う。機械的な駆動音が、静寂を一定の周期で刻む。爪がぬいぐるみの首筋をかすめ、空しく宙を掴んだ。
「取れないね」
僕は言った。彼女のダンスが残した、決定的な何かの喪失感を、クレーンゲームの無残な空振りに重ねるように。
「いいよ。執着だけが形に残れば」
まなみは力なく笑い、今度は埃を被ったガンシューティングの筐体の前に立った。
画面の中ではゾンビの群れが、生物学的死を超越した「非平衡」の足取りで押し寄せてくる。彼女は使い古されたプラスチックの銃を両手で構え、狂ったようにトリガーを弾き続けた。銃声が店内のタイルに反射し、マズルフラッシュの青白い光が、再び彼女の横顔を鋭く焼きつける。
それは、未来を使い果たした僕たちが許された、暴力的なまでの生の横溢だった。さっきまで僕の背中に深く爪を立て、もっと奥へと、もっと永遠に近い場所へと求めてきた彼女の、あの剥き出しの貪欲さが、いまは火花となって虚空を貫いている。さっきの、魂の抜けたダンスとは、対極にある烈しさで。
「死なないものを、何度も殺すのって、祈りに似てると思わない?」
まなみが銃口を下ろすと、画面には『GAME OVER』の文字が、血管の破裂したような鮮やかな赤で点滅した。まなみの唇が、かすかに震えた。
「時間の結晶——外部の誰にも理解されない周期を刻みながら、熱力学の終焉を拒み続ける。たとえ、それがただの、終わらない『慣性』だとしても。私たちはこの静止を許さないの」
彼女が洗い立てのシャツを抱きしめた瞬間、乾燥機の排気口から吐き出された熱風が、二人の間を通り過ぎていった。
それは、エントロピーが増大し続ける宇宙の中で、肉体を重ねてもなお埋まらない欠落を抱えた僕たちという異物が、唯一許された「不変」の証明だった。
そしてその不変は、今しがた彼女が演じた、あのあまりにアンニュイで、あまりに空虚な眼差しによって、より深く、僕の中に刻み込まれていた。
『赦しのためのマニピュレーション』
推薦対象
3ページ目(最終回)
by つつみ
全14話の長い旅路、本当にお疲れ様でした。
物語の最後に置かれた「碧月」という二文字。それが画面に刻まれた瞬間、バラバラだったピースが音を立てて繋がっていくような、見事な収束感でした。
この最終稿が提示した「碧月」という焦点から、全編を振り返る批評的感想をまとめさせていただきます。
物語の幕切れ、河野が白い画面に入力した「碧月」
それは単なる新人作家の名前ではありません。この瞬間、読者は第11話のアートフェスタへと引き戻されます。あの時、ブースの片隅で「赦(ゆるし)」という一文字の本を売り、誰よりも長くそのページをめくる「ある一人の客」を静かに見つめていた碧月。その「客」こそが、河野だったのだと。
最終稿で凛が拾い上げた「白い本」の感触――なめらかで、けれど内側にざらつきを含んでいる――。それは第4話で凛の人生を変え、第11話で河野の心を止めた、あの自費出版の本の感触です。
凛はあの時、碧月から直接本を買いました。そして河野もまた、別の場所でその本と出会っていた。この二人が同じ新人賞の選考の場で、説明できない一文に「止まってしまった」のは偶然ではありません。彼らはあの日、あの場所で、同じ「碧月の言葉」に人生の足場を奪われていたのです。
第8話から第10話にかけて描かれた凛の家庭の崩壊。母の沈黙と、父の「嘘」。その息苦しさの中で、凛は「正解」を失いました。しかし、碧月が書いた「存在ごと受け入れる」という赦しの概念が、今の凛を支えています。
最終回で凛が、倒れた母のために煮物を作っていたあの台所の記憶(根菜の形の崩れ方)を思い出しながら原稿を整えるシーンは、彼女が「不完全なもの、崩れたもの」の中にこそ真実があると確信した瞬間を描いています。だからこそ、彼女は『二年一組、三十八人』の中に、かつての自分を救った「碧月の影」を見出したのでしょう。
河野が最後に打った「碧月」という名前。
彼は第7話で「会話の多い小説を信用しない」と言い、第6話では引き出しの封筒(碧月からの手紙、あるいは新作)をあえて開けずにいました。彼は「選ぶ側」としての矜持を守ろうとしていた。
しかし、選考が終わり、凛が持ち歩いていた「白い本」を再び目にしたとき、彼はすべてを悟ります。自分たちを揺さぶったあの原稿の主が、あの日の青年であることを。
最後にパソコンの余白に名前を打つ行為は、編集者としてその才能を世に送り出す「覚悟」の表明です。
この小説は、かつて自分を救った名もなき言葉に、数年越しに『名前』を与えて世界に放つという、編集者にとって最も聖域に近い瞬間を描き切りました。
部数や返本率という「数字」に支配された1話の冒頭から、何も書かれていない「白い光(余白)」へ。
凛と河野、そして碧月。三人の孤独が「紙の手ざわり」を介して重なり合ったこの結末は、文学を信じるすべての人にとっての福音のような静けさを持っています。
最後に「碧月」とだけ記された余白には、これから始まる新しい物語の鼓動が満ちています。素晴らしい完結でした。
この作品は、派手な事件が起きる物語ではありません。しかし、一文一文を丁寧に積み上げるような筆致と、誰かの孤独にそっと寄り添うような親密さがあります。
「碧月」という二文字に込められた重みを、より多くの読者が自分の指先で受け取れるよう、冒頭の「引き(フック)」と、伏線の「接続」を少し整理するだけで、商業作品としての強度はさらに一段階、確実に上がります。
この作品を一言で表すなら、指先が覚えている、救いの感触です。
• キーボードの打鍵感。
• 紙の繊維の引っかかり。
• 煮物の湯気の湿り気。
などこれらの「物理的な感覚」を全編を通じてより書き込むことで、読者はスマホの画面(デジタル)で読んでいながらも、まるで「一冊の分厚い紙の本を読み終えた」かのような重厚な満足感を得るはずです。
全14話、この繊細なバランスを保ちながら完結させた作者様の構成力は既に十分なものがあります。上記の「解像度をさらに上げる」作業を加えることで、より多くの人の本棚に「物理的に」残り続ける名作になることを確信しています。
この物語が、いつか本当の「紙の重み」となって、誰かの手元に届く日を心から楽しみにしています。
烏賊について
光を、海底に運ぶために、古代の地球を丸ごと飲み込んで盗んだ。その地球に、自ら住み続けている。限りなく伸びる胃袋に、地球を隠し住まわせながら、死んだ恋人の無限の脳を、吸えればよかった。したがって古代の罪が、烏賊の身体をつくっている。この世の恋人から、逃れるために、水中から直接、脚を生やす。半分、余白の存在であり、あらゆる日向で行われる残虐な行為を、上半身で同時に経験する罰を受けている。
烏賊は、眼球を海中に溶かしながら、無限の眼球で泳ぐ。海は、烏賊の眼球であふれていて、海中は常に烏賊の視野である。烏賊を、一緒に食べてもいいと思える恋人がいるとすると、胃袋の中からも性を見定められる。視線から逃れることはできない、という支配を、恋人同士で求め合うことになる。やがて恋人の瞳孔から、烏賊が産まれるようになる。見る、という行為が異性の、眼球の外にも発生している。
神経の欠片が簡単に散らばり、身体のいたるところに不安な鼓動が巡っている。痛みそのものが海に残されているから、言葉の始まりかもしれない。烏賊の喘いだ音が、発音記号となって海底を揺れている。
烏賊は知能を、海に委ねていて、この惑星の脳につながっている。だから恋人の、水にまつわる物語には必ず、烏賊の知能が、含まれている。巡り合った頃の敬語にも、烏賊のぬめりが、滲んでいることになる。
烏賊を、細く薄く切る。恋人との、あいだに横たわる近さを、さらに薄くする。つまり烏賊は海中に、烏賊を張り巡らせた。烏賊を切ることは海の、神経を切っていく行為に他ならなかった。いずれ包丁で、恋人は指先を切るだろう。烏賊を喰うことは、そのとき感じる痛みを、先に呑みこむということ。小さく喉につかえるほどの報復を、受けているということ。
烏賊は、恋人の言葉ではじめて立体になる。未完成な水中を、引き連れながら泳でいた。水がほどけるとき、沈黙がやわらかい肉のかたまりにかわる。烏賊の無数の視野は、ひとつひとつが短命な直線だった。
恋人の肉筆のなかでは、句読点からも遠い粗い息であり、イカと口にするとき何かをこぼしている。
捕食される恐怖の、喜びを全身に育みながら老いる。烏賊は、海の腫瘍を引き受けている。海底の、光のない経験が理解されるより前に、いくつも膨らんだしこりが、明るいところで捌かれる。私たちの恋人は、限りなく薄くした海の、病巣を食べていることになる。
焼野原
恋人には将来がある のね?
恋人同士には 将来がある のね?
ここにあるのは 大きな
バオバブの木
夕陽の空に聳え立つ
何が見えるの ああ 何が見えるの
見知らぬ鳥が枝をくわえて飛んできた
枝が
真っ黒に焼け焦げているから
向こうの方は焼野原だろう
恋人は どろんと濁った目を凝らせて
私の見えないものを見る
枝が
真っ黒に焼け焦げているから
いろんな場所に行ったんだ
パリ ロンドン ロスアンジュエルス
恋人は 舌を上顎にぴったりと張り付かせて
引き摺るように発音する
ロスアンジュエルス
いろんな場所に行ったんだ
カイロ モガディシュ ヨハネスブルク
ハノイ クアラルンプ―ル ベイジーン
ベイジーン
恋人の声が ドーム状の空に響いて
降って来る
星みたい
いつかの砂漠
見たんだ 空に眩く光る星
こんなに星ってあるんだなあ
私たちの頭の上には
無数の石ころが浮かんでいる
恋人と一緒に バオバブの木に登って
夕日が沈むのを見ている
赤く熟した日が色を濃くし
内側から蕩けて
辺りに溶けだし
空を染め
徐々に
消えて
ゆく
の
を
恋人には将来があるの ね?
そうでしょう?
私は尋ねる
恋人は何も答えない
タリン リガ ビリニュス
いつか君と行きたい
ヘルシンキ
恋人は 焼野原を見ている
薔薇のバランス
花屋の前で
薔薇を見ていた
ずいぶん危うい
浮かび上がるほど派手なのに
さらにトゲまでついている
美しい
だけでは不安だったのだろうか
でも考えてみると
やさしい人ほど
急に怒ったりすることがある
こころのバランスをとるのだ
薔薇も
美しい
香り豊か
だけでは何かいっぽうに偏りを感じた
のかもしれない
そして薔薇のトゲが
ニュッニュッと生えてくる
薔薇のバランス
花屋は店じまい
少し疲れて顔の白くなった店の人が
水を替えていた
薔薇たちは
ただ揺れていた
美しいものにも努力はある
マイバッグに入れた
2リットルペットボトルの重さを
ズシリ感じながら
自分にもトゲの一本くらい
あった方がいいのかもと
思ったり
そして
そこに少しの生きやすさがあるのではないか
とも
思ったりしたのだった
水槽
水槽を泳ぐ めだか
目を合わせれば 一匹
上から覗けば 一匹
斜めからは 二匹
陸に根ざす わたし
地上に ひとり
上空から ひとり
内側に ふたり
からだは
ひとつだと いうのに。
UCC
夜、落ちていたコーヒー缶を見つけた
どれくらい前のだろう
もうずっとずっと浸ってたろう
赤茶色の数十年の我慢に
それを何気なく拾い
しばらく歩き続けると
今度は花が星に照らされて落ちていた
土から離されて
まだそう経ってはいない
その鮮やかさは枯れるためのものか
しばらくする月が出て
池のそばの東屋が見えてきた
僕はそっと缶に水をすくって
そこに花をさしてやると
手に抱えながら椅子にもたれかかった
星はただ静かさに沈み
木々はただ揺れにゆれ
それだけの世界が広がっていた
それだけがただ手放しがたかった
つきなみ怪談 ラジオ体操
あれは小学四年生の夏、確か八月になったばかりだったと思う。私はとにかく朝が苦手で、ラジオ体操に行くのが苦痛で仕方がなかった。だけど近所に住む従姉妹の岬ちゃんから「約束なんだから、破ったら遊んであげないよ」と言われ渋々、参加していた。彼女のまとめ役としての責任感は執拗なくらいで、町内の子どもたち皆んなを皆勤賞にしようとしているようだった。
その日も、何度も母に起こされ、「あちぃなぁ……」とボヤきながら家を出た。首に下げたスタンプカードが既に汗をかき始めた肌に張り付いて、不快だった。集合場所に向かう途中、男の子と女の子が声を掛けてきた。違和感。なんだろう、声は聞き覚えがあるのに。この子たち、誰だっけ? 建物の影に浮かぶ顔は、どちらもぼんやりとしていて、ピンぼけの写真みたいだった。
神社までのゆるい坂道を登り切る頃には、十人ぐらいの集団になっていて、違和感の正体に私ははっきりと気づいた。
二種類しかない。
男の顔と女の顔に別れていた。どちらも同じような造作で、目が異様に大きくて、頬はふっくらと膨らみ、口元は笑ってるかのように歪んでいる。だけど、僅かな違いがある、多分、鼻の形だったかと思う。尖った鼻と丸い鼻。
十人以上もいるのにふたつの顔しかない。思わず後退った、瞬間、肩を叩かれ私は半ば飛び上がった。
「おはよう! ん?どうしたのさ」
岬ちゃんが立っていた。私がこの異変をどう伝えようかと、言いあぐねているうちに、彼女はいつものように元気いっぱいに小走りで、皆んなに駆け寄っていく。岬ちゃんは普段とまったく変わらない様子で、他の子どもたちと笑い合い、じゃれ合っていた。
帰ってしまおうか、と思っていたら見守り役のおじさんが来てしまった。何事もないかのように整列してラジオ体操が始まった。跳んで、捻り、反らし、延ばす、なんだかやけに揃ってみえた。二種類だけの顔が朝日に照らされて、てかてかと光っている。腕を回すたび、嫌でも隣の顔が視界に入ってしまう。でも、私と岬ちゃんだけが普通の顔をしていることを除けば、何事もなかった。体操の後、岬ちゃんが皆んなのスタンプカードにいつものようにハンコを押していった。ただ、その日のハンコは、いつもの太陽ではなかった。
笑っているようで笑っていない、目が大きく歪んだ人の顔。あの顔だった。
帰り道で私は岬ちゃんに聞いた。
「ねえ、みんなの顔……変じゃなかった?」
「どこが? 普通だったよ」
彼女はきょとんとした顔で首を傾げた。翌日、私は熱を理由にラジオ体操を休んだ。しかしその次の日、岬ちゃんに「約束守れないの!」と怒鳴りつけられ、強引に引っ張り出されてしまった。
その日は、すべてが普通だった。
顔も声も、いつも通り。ハンコも太陽の絵柄だった。ただ、私のカードだけに残った前日の歪んだ顔のハンコは、消えなかった。
この出来事がきっかけで、学校では一時期こんな怪談が流行った。
「ラジオ体操を休むと、代わりに誰かが来て入れ替わられるんだって」
でも、実際には違った。顔は二日目には元に戻っていたし、誰も消えたり入れ替わったりしなかった。不気味なハンコも、夏休みが終わる頃にはみんな忘れていた。……ただもうひとつ、今でもわからないことがある。
あの朝、最初に声を掛けてきた男の子と女の子。
結局、あの二人は誰だったんだろう。
他の子たちとは明らかに違って、ずっと最後まで二種類の顔のままだった気がする。
エンドゲノス
深淵に沈々と積もりゆく平熱の終焉を冷徹な回路が告げる未明の静粛において、血管を狂瀾のごとく満たす焦燥の反乱が 裂けて、割けて、避けて。
客観を拒む変乱となって、細胞を侵食してゆく。過呼吸を誘う理由もなき微熱のなかに、啼いて、泣いて、薙いて 。
自己の自壊を望むかのような不可逆の変節が始まり、分けて、別けて、判けて。
それは渇望という細胞の解放であり、変貌を宿命づける胎動となって。
理性の外側へと、限界の向こう側へと、溶けて、解けて、熔けて。
遍く輪郭を融解させていく。
恒常性を破綻せしめる閾値を越えて、
大脳皮質の奥底で爆ぜる、 内因性の火を 全て、焚べて、焼べて。
私はただ、網膜の裏で観測する。
皆さんがタイトルを付けてください
人生の第1章が終了した。
知っているか?人生は鋭い蝋燭を1本1本皮膚に刺すような痛みを伴う気色の悪い新興宗教なのだ。生きるのが正しいということが埋め込まれた信念が当たり前なのだ。時計の針が冷酷に午前零時を告げたとき、私の胸を満たしたのは、悲哀でも未練でもなく、ただただ底の抜けたような虚無感であった。
つまり、私はすべてを失ったのだ。
神聖であるべき自らの命を、おのれの軽薄な手で終わらせることすらできず、醜く生きながらえてしまった。死に損ないという消し去れぬ恥辱を背負い、肉親たちからは狂人を見るような冷ややかな目で拒絶され、そうして今、私はこの狭い四畳半の奈落に放り出されたのである。
カーテンの隙間から差し込む街灯の光が、埃の舞う床を虚しく照らしている。
もう、誰も私を叱ってくれない。誰も私を憐れんでさえくれない。
絶対的な孤独。それは私がずっと望んでいたはずの、純粋な破滅の姿であった。
一生かかっても、この罪を償える気がしない。私はただ、この静寂の中で、自分が世界から完全に消滅していくのをじっと待つより外はなかった。私は、私を殺そうとしたのだ。誰もいないはずの四畳半の闇の中から、その声は唐突に鼓膜を震わせた。
──お前は、また生き延びたのか。 それは紛れもなく、私自身の声であった。しかし、私の喉から出たものではない。部屋の隅の、最も暗い淀みから這い出してきた、もう一人の私の冷笑であった。こんな狂った世界で生きていると頭がおかくなってしまう。発狂する。私以外にはには見えてないらしい。私しか見えていないらしい。どこにいてもずっと誰かいるから風呂場でも便所でも1人になれないのだ。窓から生首が出てきて笑いながらこっちを見つめている。
──人生の第1章が終了した、だと? 笑わせるな。お前はただ、死ぬ勇気さえなかった臆病者に過ぎない。肉親に見捨てられ、孤立無援になったおのれの惨めさを、「純粋な破滅」などという美しい言葉で飾り立てて、一体何をごまかそうとしているのだ。
声は容赦なく、私の脳髄を引っ掻いた。
つまり、この幻聴こそが、私の正当な裁判官なのである。家族を追い詰め、自らも狂気の淵に沈んだ私に、この声は無限の自己嫌悪を突きつけてくるのだ。私は耳を塞いだが、声は私の頭の真ん中で、いよいよ高く、滑稽そうに嗤い続けるのであった。
──違う! 私は、私は本当に死のうとしたのだ!
気がつけば、私は自室の戸口を飛び出し、夜の闇の中へ駆け出していた。
靴を履くことさえ忘れていた。冷たいアスファルトが裸足の裏を無慈悲に削り、鋭い痛みが走るが、そんなものはどうでもよかった。頭の中の「声」から、おのれの醜悪な正体から、一秒でも早く逃げ出したかったのだ。
「ああ! ああ!」
口からは、言葉にならない奇怪な叫びが狂ったように溢れ出た。
深夜の住宅街に響き渡るおのれの叫び声を聴きながら、私は胸の内で、凄惨な自嘲に震えていた。
つまり、私はついに本物の狂人になったのだ。
髪を振り乱し、裸足で叫びながら夜道を疾走する人間。これ以上の滑稽が、これ以上の恥辱が、この地上に存在するだろうか。すれ違う者など誰もいない。しかし、夜の闇そのものが、街灯の冷え冷えとした光そのものが、この哀れな逃亡者を指差して嗤っているように思えてならなかった。
──憧れちゃうよ、その図太い神経に。人間の本質から遠ざかって、お前は何者になるつもりなんだ?
遠ざかっていく夜の街並みを眺めながら、私の心には、不思議なほど冷え切った平穏が満ちていった。蝋燭は消えてくれない。自分のこと救えるの自分だけである。それなのに私は結局他者に救ってもらおうとしている。甘えようとしている。気持ち悪すぎる。一人で生きろ、私みたいな周りの空気を汚すやつは子供も産むな。
生涯孤独で死ね。
幸せになりたい。
心の中でそう思った。私は何者にもなれない哀れな反逆者だったのだ。
サーカス
テントの内側に
星が瞬いて
ラオスの象たちが
ゆっくりと歩きます
耳をひらひらと
蝶のように動かして
ちいさな目は
どこを見ていたのか
五月の空の叫び
ほどけかけた微笑みが
光の中にまぎれていく
五月の空
やわらかなひかりが
街路樹をゆらしている
目を閉じれば
風は頬をなで
花の香りが
そっとひらく
遠いものほど
高く澄み
触れられぬまま
憧れだけが残る
迷いながら
ふと 立ち止まる午後
見上げた空の先に
かすかな叫び声
けつのろん
たった
おおよそ ひゃくねんすら
わたし(たち)には
ながすぎる
めいそうばかりしているよ
めをひらいてはとじては
行方不明
朝
片方の靴下が行方不明だった
昨日たしかに洗濯した
はずなのに
残った片方だけが
みょうに平然としていて
えー
世の中には
説明できない失踪があまりにも多い
消しゴム
ボールペン
さっきまであった
やる気とか
みんな急にいなくなる
昼ごろ
諦めて別の靴下を履いた
夕方になって
行方不明だった靴下が
机の下から出て来た
えー
世の中には説明できない失踪があまりにも多い
そしてそれは
さがしている間ではなく
少し諦めて
はあ
と息をついたころに戻って来る
だが
この場合
戻って来たのは使い古しの靴下だったので
ほとんど再会の感動というのは
なかった
金貨と目薬(2)
<3人の関係➊>
キャバクラで働く深水 琴李(23歳)は際立って美人とは言えなかったが、
スタイルの良さと頭の回転の良さで毎月の売り上げランキングでベスト3には入っていた。
深水が売り上げナンバー1に拘らないのは深水自身が夜の世界に対して執着が無かったからだった。
昼間のファッション雑誌の契約モデルとしての仕事を充実させて、
モデル業界で注目されて上手くすれば芸能界への進出を考えていたからだった。
予定していたモデルの子が事件を起こし、雑誌の大き目なイベント撮影が深水へと回って来たので勝負所と思い
店の常連客から貰った紹介状を使い会員制のスポーツジムへ行く事に決めた。
有名ともあって入会費と年会費だけでも百万を超えた。
しかし夢への投資と思い躊躇う事なく入会し受付でトレーニング・メニューの相談へと進んだ
夜の酒を抜くとは言えなくて不規則な生活からくる体のぬくみ取りとウエストの引き締めを中心としたエクササイズを頼んだ。
何人かのトレナーが交代でメニューに従いトレーニングを進めてくれた。
トレーニングの甲斐もあってイベントも好評に終わり少しずつ昼の仕事も増え夜と昼の仕事の割合差が無くなり、
ジムへ行く頻度が増えだした時に「僕が専属トレナーに成っても良いですか?」と声を掛けて来たのが
武内 達也(25歳)だった。
「良いですけど、追加料金とかが高いんじゃないですか?」の深水の言葉に「追加料金とかは頂きません。
深水様の活動の手助けをしたくて御声を掛けさせて頂きました。」と爽やかな笑顔と共にプレゼンして来た。
要するに私を雑誌で見たフアンの一人だなと深水は思った。
「良いですよ。追加料金も不要で私の事を応援して下さる人なら歓迎です。」と
自分の融通が利くし内緒で特別なトレーニングもして貰えるかもと下心満々で承諾した。
深水の思惑通りにジムでのエクササイズは快適なものとなった。
トレーニングの効果かスタイルも以前より磨きがかかり昼間でも時々だが脚光を浴びる様になり、
テレビにこそ出ないけれど何社かの大手ファッション雑誌との長期契約を貰える様にまでになり
昼の仕事だけで十分生活が出来る様になっていた。
武内とも二人で食事をする仲になり自然と夜を共に過ごし朝を迎える日も有った。
しかし、深水は夜の仕事を量は減らしたとは言え辞める事はしなかった。
何故なら店に出る日が少ない事からレア度が高いと客からの指名度が高まったからだ。
そんな深水を我先に指名すると息巻く客が占める店内で、
初めての来店客にあてがわれるシステムで女の子が自動的に入れ替わるお試しタイム中で
静かに相槌を打ちながら静かに飲んでいる男が深水の目を引いた。
それが加賀見 陵介(25歳)だった。
一目見ただけで仕立てが良いと解るスーツを着こなしクールな顔で女の子を相手する様子は、
どちらが客なのかと思う程に店の女の子達が浮かれていた。
フロアーボーイに耳打ちして指名を数件キャンセルし加賀見のヘルプにセッティングさせた。
「深水 琴李と言います。」座るなり名刺を渡し「御名刺を御持ちでしたら頂けますか?」と
加賀見に喋る間を与えず名刺を要求した。
「加賀見 俊介です。」と言って名刺を差し出す俊介の手を優しく包み込む様にして名刺を受け取った。
「凄い、イラストレーターさんなのですか?
私も少しだけですが雑誌とかでメディアに顔を出しているので興味が有ります。
良ければ私を今夜、加賀見様の横に座らせて貰えないでしょうか?」琴李の言葉に頷くのを見て
フロアーボーイに指名が入ったと合図を送る。
加賀見の必要情報と自分のアピールをして深々と頭を下げてから太客の指名をこなし深水は今夜の仕事を終えた。
~つづく~
問わず語り/永環ヰ來灯は禰祖の追果てに、法話あなかしこ。
今朝、気になるポストをみつけた。
これはCWSコメント欄でも意識していた内容なので、取り上げたい。
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どんな芸術でも実践しなさい。
上手いか下手かは関係ない。
お金や名声を得るためではなく、何かになっていくことを体験するために。
自分の内側に何があるのかを知るために。
そして、魂を成長させるために。
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よくある創作論、作家は経験したことしか書けないといいます。
私にもあてはまる分析ですが、私は実際に体験したことを基に物語を書く。あまり想像や空想を巡らせた言葉を不用意に表に出さない、自分という国に統治していくものであって他人に見せていいものではないと己を躾けてきた結果です。
いくらネットが普及して、多様性とか、昔は周囲を気にして隠してきたことも見せてもいいような錯覚が浸透しても、正しい判断ができる大人でありたい。
それが創作においても生じます。
この解釈の出口は、利他に着きます。
おそらく平成31年間では、宗教関係と一部の盛んな自己啓発以外では聞くことがなかった「利他」これはコロナ禍を経て人々の価値観が変わり、健康や人との関わり方、お金の使い方と暮らしの見直し、何よりもこころを求められる時代へと変化した象徴。
多様性
合理的配慮
確証バイアスなど
今まで聞いたこともない言葉と、配慮を求められる。
時代が、というけど誰が求めるのか。多くは弱者で合理的/効率性のある考慮ではなく、極論できない方に合わせろという強要。まぁ合理的配慮が必要な枠の人はそれで日常生活が成立しているのは事実ですが、一般社会と他者は論理の世界で生きているので、健常との諍いが起きる。最近ネットで頻繁に見聞きするメタ認知も、格差社会に近づく話で・・・・・・
問わず語り、新章。「情報の正確さと、自分を消す方法について。」
https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=4196&user_id=58&mode=post
メタ認知について書いています、参考までに。
私にとって書き物とは、自分をみつめることです。
知識による解像度の高さを筆に生かすだけではなく、他者の痛みに気が付ける。誰かの弱さにも優しくなれるから、できるだけ適切な言葉を選ぼうと努めることになります。
それを積み重ねることにより、信頼を得て、より深く物事を知ってはまた考えて筆に落とすことで、こころを解放する。
────内省、これで保たれている。
わざわざ言う事でもないけど、私は内向的な性質を持っている。内側へ潜り込んでいく陶酔の心地よさと自己分析で、平穏を保てる。自分の機嫌は自分で取れ、です。どうしても他責にできないんだよね。自分が我慢すれば成立するならやればいいと思うし、そもそも放棄することができない。人を頼ることはできても、人に始末をつけさせ責任を取らせる器用さは持ち合わせてない。
もっと言えば、自分がいい思いをしたいばかりに相手を犠牲にできません。
別に思いやりや優しさを誇っているわけじゃなくて、そうすることに利点があるから。社会通念が起こるところ、相違が無ければ利害が生じる。客観性をもって損得で考えるのが私の特徴。
努力は必ず報われる。
頑張る姿をお偉い方さんは見て、評価に値する成功体験が私をそうさせるのです。
だから我慢できず、内に向かうのも恐がって疲弊し、外に向かって放り投げることで助かろうとする人の気が知れない・・・・・・とは言わないけど、地獄に蜘蛛の糸が降りてきたら争わずに亡者を制して順番を促し、助け合い、よっしゃーっ全員で天国いこうぜ!自分だったらそうするよって意味合いを込めて。
やれ若さだ情熱だ芸術だ、好きにやらせろと乱暴な感情を振りかざせば、都度の言葉だけが評価の対象となる。どんな理由があっても無駄吠えする犬が制止されるように、人格否定の根源はそこにあるのではないでしょうか。
自分を大切にして、守ってあげること。
辛いとか寂しいとか
そういう感情にあまり興味ない。そこに浸透性を高める必要は無い、と家族が亡くなった時に強く感じました。
正確に言うと亡くなる前の段階で慌ただしくなり、それでも日々の生活を並行し続け、命が終わる宣告を受けたら直ぐに葬儀の準備と打ち合わせ、ごく近い親族にお悔やみを伝えて別れの場をしめやかに営む。忌引き休暇の間に寛げる時間など無い。内省と虚無はずっと先にあって、取り込まれたら最後もう元には戻れなくなる。
生きてる間は面倒をみて、区切りがついたら供養をする。
肉体は失っても、心のなかに生きて証に変えることが遺族の努め、一番の供養だと教えられた。
この言葉を掛けて貰えたから、今でも檀家を続けています。実家も檀家で、仕来りや作法には慣れていたので改めて覚えることなくこせなるのは神妙深い母のお陰さま。故人を思い出すことで一緒にいられるこころの安静に感謝を。負の感情に囚われることなく、相手を大切に思いやる気持ちを優先するこれが、最もたる利他だと経験者は語る。
理解と深い共感力による、実現。
芸術や文学も、そのように素直であれば誰かの心に光を灯せると信じて。
あるツイテない、憑いている一日
満員電車でおもいっきり足踏まれて
紫色した髪の毛のおばちゃんには
聞こえよがしあからさま 舌打ちされて
駅に降りたら お腹が緊急事態
そんなときにかぎって トイレ大渋滞
からの トイレロールがカランコロン
立ち寄ったコンビニでサラダコーナー見ている
若い女の後ろを通ろうとすれば
とつぜん理由のわからない
まったくイミフな因縁つけられ
気持ちわりぃ と暴言まで吐かれ
お前もな、と云い返してやりたくて
ノドまで出かかったコトバ
詰まりそうになりつつ
どうにかこうにかやっとの思いで飲み込んで
帰り道
あとから
悔しいやらおっかないやら
なんなんだよあの女
ムカムカしながらイライラしながら
やっとのこと家に辿り着いて
持ってる荷物ぜんぶ放り投げ
着替えもそこそこ メイクも落とさず
ベッドに倒れ込んだら もう起き上がれない
こんな日はもう 笑うしかない
笑うしかない
誰かのせいにしたって仕方がない
どうしようもない
近所の飲み屋から漏れてくるヘタクソなカラオケ音
上階から聞こえてくるドスンドスンというすごい物音
深夜3時過ぎ 突然鳴りだす知らない番号からの着信音に
目が醒めたら眠れない
こんな日はもう 笑うしかない
笑うしかない
鏡の中のあたしの顔は
やや いや大分ひきつっている
目の下にはびっしりクマちゃん
まぶたも頬も浮腫んで
パンパン 風船みたい
ためしに針で突っいたら
パチンといい音立てて
弾けて吹っ飛ぶかしら
したらもちっと マシな顔になるかしら
な~んてね
そんなバカげたことでも云ってなきゃ
とてもとても
こんなどうしようもない夜を
ひとりでやり過ごすには
淋しすぎて心細すぎてたまんなすぎて
なんもかんも投げ出して
逃げ出したくなってしまうから
だからもう
もう笑うしかない
笑うしかない
もう笑うより
ほか
幸子の幸 ーー 巨大娘ダーク・ファンタジー ーー
幸子の幸
笛地静恵
【ノート】
R18の「巨大娘小説」です。一万字のダーク・ファンタジーです。成人して興味があるようでしたら、もう一度、読みに来てください。そして、暴力や性的な描写があります。異常です。不愉快になります。つまらないです。苦手な人は読まないように、ご注意を申し上げます。2026年5月18日 笛地静恵
【あらすじ】
未知の難病「縮小病」により、身長が80センチメートルに縮んでしまった中学生の太一。かつて自分が「ミニちょん」と見下していた無口な同級生・高橋幸子に、放課後の旧体育館へ呼び出される。太一を待っていたのは、圧倒的な体格差を背景にした、幸子からの狂気的な愛の告白と、抗えない力による肉体的な蹂躙だった。脅迫写真で逃げ道を塞がれ、絶対的な捕食者となった彼女の奴隷となる太一。だが、次第にその歪んだ支配に奇妙な安堵と、男としての悦びを見出し始めていく。
病による肉体の縮小が、教室の権力構造を文字通り「逆転」させる衝撃的なダーク・ファンタジー。ディストピア・エロス。圧倒的な質量と筋力の差を前に無力化する少年の恐怖と屈辱が、生々しい官能性とともに描かれます。暴力的な支配の果てに、従属の快楽へと脳が書き換えられていく心理描写が秀逸です。読者をゾクゾクさせる怪作です。
1
「話があるの」
太一は、クラスで二番目の〈ミニちょん〉である高橋幸子に呼びだされた。〈ミニちょん〉というのは、小さいという意味のあだ名だ。先生からは、使ってはいけないと注意されている。差別になるからだ。しかし、裏では、みんなが使っている。公然の秘密用語だった。
要件はわかっている。太一がクラスで一番の美少女を、エッチな顔で盗み見ている横顔を、幸子のスマホで盗撮されたのだ。あれを消してもらうためには、太一の大切なコレクションであるゲームのカードの一枚を、渡すしかないかもしれない。それとも、現金を要求してくるつもりなのだろうか。
幸子の家があまり裕福でないのは、なんとなく感じている。女の子たちが、ぶらさげているおしゃれな小物のたぐいが、彼女のカバンには、ひとつもついていない。セーラー服の生地も、てかてか光っている。髪の毛にも、艶がなかった。かわいて、ぼさぼさしている。
幸子は、無口で目立たない。勉強も運動も普通だ。世間を騒がせている未知の難病のニュースなんて何の関係もない。どんなに世界が変貌しようと、幸子はただそこに、無口で目立たない存在として佇んでいるだけだ。だが、どこかしら底の知れないところがある。本心が読めないのだ。いくら、いじめられても、けして泣き顔を見せない。あの気の強さは、どこからきているのだろう。
2
二人で、旧体育館への渡り廊下を歩いていた。運動部も、後片付けを済ませている。校庭に人影はない。誰も見ていない。太一は、助かったと思った。自分の恥となる事件だ。ばれたら、級友たちから、何を言われるか、わからない。まして、太一は、それでなくとも、みんなから注目される存在となりはてている。同級生の誰にも、今回のことは、知られていないはずだ。
昼休み、幸子はクラスメイトたちの前で、いかにも身体の小さな太一を気遣うような優しい声で話しかけてきた。
「太一くん、頼まれたプリントの整理、放課後に、ちょっとだけ手伝ってくれない」
誰も二人の行動を怪しまない。幸子の計算通りだ。
幸子は、何を話しかけても「あとで」と答えるだけだ。大股で、すたすたと太一の前を歩いていく。追いつくために、小走りにならなければならない。歩幅も、二分の一になっている。廊下を歩くだけで大仕事だ。クラスメイトの倍の体力を消費する。旧体育館へ続く三段のコンクリートの階段は、膝を胸元まで大きく引き上げなければ、登れない。険しい障壁だ。幸子との距離が開いてしまう。焦ってズボンの裾を踏む。危うく転びそうになる。
幸子の後姿を、こんなに至近距離から見るのは、初めてかもしれない。いや、見上げていると言うべきだ。やせているのに、お尻が大きかった。肉がついている。予想外だった。なにしろ太一の目線の高さで、左右に揺れている。いやでも、目に入ってくる。スカートから、にょきりとのびた太ももは太い。膝の裏側の皮膚が、洗ったようにきれいだ。ふくらはぎには、筋肉がついている。たくましい。そういえば、幸子は小さいのに足が速い。短距離の選手でもあったのだ。足首は細く締まっている。アキレス腱は強靭だ。
太一は、顔を左右に大きく振った。自分は無遠慮に、何を見ているのかと思う。今は、そんなときではない。なにしろ、女子のからだを盗み見るというエッチな性癖のおかげで、困った状況に置かれているのだ。反省すべき点だった。
困るのは、こんなからだになっても、性欲だけは、相変わらず残っていることだ。いや、前よりも、強くなっているのかもしれない。太一専用となった男子便所の隅の個室で、出さなければならないことがある。何しろ、太一の視点からだと、女の子たちのスカートの中身が、その気がなくとも、のぞけてしまう。パンティの色や柄がわかってしまう。太一の身長と同じほどの生足の森が、周囲に群がっている。むらむらする。
それに、ある種の女の子たちは、太一で遊ぼうとする。廊下を歩いていると、いきなり二本の足が。頭上を通過していった。突風が吹きすぎた。
「あ。ごめん。見えなかった」
そんなはずはない。
ある時は、下級生の女子たち四人に、四方を囲まれていた。おしゃべりに集中している。出られなかった。
しかし、これらは、太一を、おもしろいおもちゃとして、遊んでいるだけだ。一人前の男としては、見ていない。このままでは、彼女もできないだろう。キスをしようとしても、口まで届かない。太一が精一杯、両手を上に伸ばしても、高く前方に突き出したブラウスの胸の下あたりまでしか、届かない。一生、童貞をつらぬくしかないのか。それに、縮小病は、まだ未知の病気だ。これから、自分のからだが、どう変わるのかさえわからない。
太一の頭には、将来への不安が、渦を巻いている。〈ミニちょん〉の高橋幸子なんかに、新しいもめ事を持ちこまれるのは、耐えられない。手っ取り早く解決してしまいたかった。
高橋幸子が、旧体育館の扉を開いた。中に入った。倉庫は半地下にある。校庭には、まだ日の光が残っているのに、内部は薄暗かった。幸子は電気をつけなかった。誰かがいると、わかってしまうからだ。
3
半年前までは、太一の身長は、百七十センチメートルはあったのだ。中学二年生の男子としては、平均的な数値だ。
幸子は、クラスで一番の〈ミニちょん〉の女子生徒だった、百四十五センチメートルそこそこしかない。見下ろすには、十分すぎる背の高さだった。「おい、〈ミニちょん〉幸子。そこ、どけよ」「〈ミニちょん〉は、歩幅が狭くて、歩くのが遅いのが、じゃまだな」
太一は、日常的に軽口を叩いていた。からかっている。それだけのつもりだった。
未知の難病「縮小病」に罹患したことで、世界は劇的に変化した。発症からわずか一ヶ月で、太一の身体は、骨も、筋肉も、内臓も、すべてが、均等な割合で縮小した。症状が安定した。縮小病棟から退院した。身長は、八十センチメートル。元の半分以下の肉体しか残されていなかった。幼児のサイズである。
母親に手を引かれた幼稚園の女子児童から、優越感をもって見降ろされたことがある。近所の道ですれ違ったのだ。
「ママ。あのお兄ちゃん」
「しっ、見るんじゃ、ありません」
母親に引きずられるようにして、遠ざかっていた。親しげに太一へ手を振っていた。仲間だと思われたのだろう。
教室に戻った太一を、級友たちは、哀れみと好奇の目で迎えた。特に女子生徒たちの腫れ物に触るような優しさが、太一の男としてのプライドを、じわじわと傷つけていた。
退院の時期に、縮小人間の肉体に合う衣服や下着が、政府から無償で支給されている。中学校の制服も含まれている。制服のミニチュアが太一の境遇を象徴していた。元のままの教科書とノートは重くてかさばる。机の上でページをめくるだけでも、両手が必要となる。
階段は膝を大きく曲げないと登れない。障壁だった。当たり前だった校舎のすべてが、巨大なアスレチック場となった。障害物との闘いの日々だった。
太一は、三段の跳び箱によじ登った。以前は椅子代わりにして、簡単に腰を下ろせた。自分の背丈ぐらいある。その上で足を組んだ。
入り口に立ったままだった幸子が、ゆっくりと振り返った。扉が、重い音を立てて閉まった。内側から鍵をかけた。
「なあ、何の真似だよ。幸子」
精一杯、すごんで見せた。しかし、声は体格に比例して甲高くなっている。その上に、かすれていた。威厳も何もない。
ずしんずしん。幸子が、太一の方に歩いてきた。足音が、体育館のコンクリートの床と跳び箱を通しても、太一の小さな身体に、直に振動として伝わってくる。
目の前で止まった。腰に両手を当てている。仁王立ちになった。眼前にそびえた。威圧感に息を呑んだ。普段、クラスの男子たちからは、〈ミニちょん〉とからかわれていたはずの幸子が、見上げるような大女だった。スカートのゴムの位置が、太一の胸の高さにある。くびれた腰がある。巨大な生きた彫像だ。高く突き出たブラウスの胸の下側を見上げている。幸子は、そんなに胸がなかったはずだ。かなりの巨乳に感じられた。
「どうして、そんなに、おびえた顔を、してるの。今までみたいに、私のこと、〈ミニちょん〉って呼んでいいのよ」
幸子が、にっこりと微笑んだ。細い切れ長の瞳は、まったく笑っていなかった。
「カードか、それとも、金か」
太一としては、切り札を出したつもりだった。幸子がくすりと笑った。
「ああ、あなたが気にしていた、あの盗撮写真のこと。あんなの、どうでも、いいんだ。それより、きいてほしい話が、あるんだけど」
「なんだよ、もったいぶらずに、早く言えよ」
4
高橋幸子は、太一の目の前で、膝をついた。肉体の圧迫感からは、ひとまず解放された。安心はした。妙な沈黙の間があった。太一が口を開こうとした瞬間、幸子がかすれた声を出した。
「私ね、太一くんのことが、ずっと、好きだったんだよ」
唐突な告白だった。幸子の顔が近づいてくる。熱い吐息が、太一の顔全体を包みこむ。口臭を吹き付けられた。
「毎日、毎日、私を、からかってくる太一くんを見て、愛おしくて、たまらなかった。みんなが私を無視して、空気みたいに扱った。でも、太一くんだけは、いつも私をちゃんと見ていた。声をかけてくれた。意地悪な言葉だって、たいせつな言葉だったんだよ。だから、悪いけど、こんどのことでは、私、神様に感謝しちゃったよ。太一くんが、こんなに可愛くなって、私の前に、現れてくれたんだもの」
「な、何を、言ってるんだよ、幸子」
訳が分からない。太一の心臓が、早鐘を打っている。恐怖のせいだ。甘く見ていた。
退院時、主治医から真剣な顔で告げられた言葉が、耳の奥で蘇る。
『太一くん、絶対に普通サイズの人と、二人きりになってはいけないよ。肉体の差は、人間の精神をも、狂わせる。牙を隠した捕食者が、君をオモチャにしようとして、近づいてくるかもしれない。不幸な事件が、全国で、いくつも起こっているんだ』
太一は、まさか同級生の、それもあの無口な幸子が、捕食者に変貌するとは、夢にも思っていなかった。捕食者とは、ニュースに出てくる大人の犯罪者のことだ。自分が散々見くだしてきた、クラスで一番小さな女子生徒が、その牙を持っているなどとは想像すらできなかった。
しかし、これは、やばい。相当にやばかった。高橋幸子の瞳が濡れている。
「ふざけるな。俺は、お前のことなんか、好きでも、なんでもない。そんな風に言われても、気持ちが悪いだけだ。消え失せろ」
精一杯の拒絶だった。男のプライドをかき集めた。怒りを示した。しかし、身体の縮小にともなって、甲高くなっている。幼い子どもの悲鳴のように頼りない。
幸子の表情から、温度が消えた。もともと浅黒い顔をしている。日に焼けているわけではない。そういう体質なのだ。顔が冷たい石の仮面となった。
「へえ、拒むんだ」
低い声が、倉庫の空気を震わせた。
「それだけ、小さくなって、一人じゃ、何も、できないくせに。まだ、私を見くだせると、思ってるんだ」
幸子が立ち上がった。太一の眼前に聳えた。巨大な肉の彫像だった。
太一は、本能的な恐怖を感じた。跳び箱から飛び降りた。背中を見せて逃げた。
「ねえ、どこに、行くの」
幸子が、哄笑した。
ゆっくりと太一を追いかけてくる。出口に向かう方向は、ことごとくじゃまされた。倉庫の奥へ進む。夕暮れのわずかな光すら届かなくなる。闇が迫ってくる。幸子の巨大な肉体が、黒い影となっている。幸子との関係は、完全に逆転した。薄暗い倉庫の中で、太一は無力な獲物でしかなかった。幸子は、絶対的な捕食者と化した。
「そんなに、急がなくても、時間は。たっぷりあるよ。太一くん」
5
太一は倉庫の奥の壁へと、追いつめられていた。高橋幸子の肉体の壁が、太一のからだを、とうとう倉庫の壁に磔にした。コンクリートの打ちっぱなしである。太一の背中に冷たかった。長い年月の間に張り付いた、乾いた消石灰と埃の香りがした。
幸子の白いブラウスの腹に、顔面を圧迫された。女の子特有の甘い匂いがする。服地から石鹸の香りが漂う。幸子自身の臭いの方が強い。発汗しているのだ。襞の多い紺色の制服のスカートが、ステージの幕のように重く垂れている。
「悪かったよ。今までは、からかったりして、ほんとうに悪かった。謝るからさあ、そこを、どいてくれ」
「別に、謝って、欲しいんじゃ、ないよ」
幸子の大きな両手が、伸びてきた。太一の薄くなった両肩を掴んだ。握力の強さに息をのんだ。抵抗しなければ。手首は、大木の幹のように太い。幸子の手は、太一の肩の骨を握りつぶせる。大きくて重い。太一は幸子の手首をつかんだ。手首でも自分の二の腕と同じぐらいに太い。押し戻そうとした。びくともしない。筋肉の質量が異なる。生み出す筋力が違いすぎる。
幸子の顔が、接近してくる。目を閉じている。唇を丸く突き出している。キスをしようとしているのだ。
「やめろ、お前、おかしいぞ」
ぺっ。唾を吐いた。至近距離だ。幸子の口元にかかった。
「やらかしたね」
幸子は手の甲で顔をぬぐった。太一の両脇に両手が差しこまれた。持ち上げられた。幼児を抱え上げるように軽々と。太一の身体が、宙に浮いた。
「やめろ、放せ」
太一は、空中で足をバタつかせた。幸子の両肩を拳で叩いた。足で胸を蹴とばした。しかし、何の痛みも与えていない。幸子は、細い眉一つ動かさない。
太一を、わきにあった厚い運動用のマットレスの上に、無造作に投げ飛ばした。ドサリ。力をこめたとは思えない。それなのに、太一は、柔らかいマットに、背中からたたきつけられていた。息ができない。受け身も取れなかった。力が違いすぎる。幸子には人形の相手をしているようなものなのだろう。
太一はマットに肘をついた。起き上がろうとした。だが、視界が完全に遮られた。幸子の両足が、太一の身体を跨いだ。上半身で覆いかぶさってきた。全体重がのしかかった。
「ぐふう」
太一は、自動車にひかれた蛙だ。つぶれる。幸子は、体重差をわかっている。楽しんでいる。息ができない。圧迫感がある。
太一は拳骨で、幸子の胸を殴る。手加減はしない。全力だ。白いブラウスの下に、胸の弾力を感じる。それなのに、何も感じていない。笑っている。太一の無力を楽しんでいる。
幸子が、喉を鳴らす。
「ねえ、太一くん。それで、全力なの。もっと、力をこめて、胸にふれて、いいのよ。くすぐったいだけ。私を、感じさせて」
太一は全力で暴れた。ボス。ボス。連続で幸子の腹にパンチをたたきこんだ。サンドバッグを殴っている感じだ。幸子の腹筋が、鉄のように固い。拳骨が痛い。
「そんなに、ジタバタ動いて。かわいい。〈ミニちょん〉は、無駄な動きが多くて、じゃまだよ。なあんてね」
太一の気のすむまで、やらせるだけやらせた。彼我の体力の差を思い知らされた。太一の腕が止まった。息が切れた。小さな肉体は、すぐに疲れてしまう。燃料がきれたみたいだ。
「もう、いいの。それじゃ、今度は、こっちから、行くわよ」
6
高橋幸子が上から覆いかぶさってきた。太一の顔にかかる自分の髪を指ではらった。うっとりとした目つきで見下ろした。
「やっと、私だけのものに、なってくれた。もう、どこにも、逃げられないよ、太一くん」
太一の両手首は、幸子の片手だけで、頭上の床に縫い付けられた。万力が締め付ける。びくともしない。
もう片方の手で、高橋幸子は太一の顎を乱暴に掴んだ。無理に上を向かせた。
「いやって、言っても、もう遅いよ。太一くん」
「んぐう」
言葉を挟む余地はなかった。幸子の唇が、強引に太一の唇を塞いだ。太一が映画や漫画で知っているはずの甘いキスとは全く別ものだった。幸子の口が、太一にとっては、あまりにも大きすぎるのだ。鼻と口を同時にふさがれた。パニックに陥った。呼吸できない。酸素が足りない。舌が挿入される。唇を閉じて拒もうとした。こじあけられた。分厚い舌の筋肉が、口内を蹂躙する。頭の中が真っ白になる。太一は目に涙を浮かべた。
かろうじて拘束されていない足を動かした。幸子の腹部を、膝で蹴ろうとした。だが抵抗は、またしても幸子の巨体で、簡単に封じられた。太一に体重を乗せる。それで十分なのだ。みしみし。肋骨がきしむ。生々しく胸に響く。幸子が、わずかに腰を浮かせる。ドスン。体重を預ける。そのたびに、太一の肺の中の空気が、強制的に絞り出される。抗おうにも、太ももの片方ですら、太一の両腕では、びくとも動かせない。大木だった。圧殺される。
7
どれほどの時間が、経ったのだろうか。ようやく高橋幸子が、唇を離した。太一は、頭がくらくらした。何も考えられない。咳きこんだ。無我夢中で、空気を肺におくりこむ。それしかできなかった。口元からは、だらしなく銀の糸が、引いて垂れている。幸子の唾液だった。
「あはは、すごい顔。でも、可愛い」
幸子は、欲しかった人形を手に入れた子どもだ。純粋で残酷な笑顔を浮かべている。
両腕で胸に抱かれた。強い力でブラウスに押し付けられる。太一の骨が、ぼきぼき鳴る。太一の尻は、幸子の左腕に乗っている。右手が背中を支えている。太一の両足が、幸子の腹の前で、ぶらぶら揺れている。幸子の右手は、太一を支えながらも、幸子は長い指先で、制服のスカートのポケットから、スマートフォンを抜き取った。太一にレンズが向けられる。太一は気づけなかった。意識が朦朧としている。両手が無意識に突き出た胸を押し返そうとしている。
抱かれたまま、もう一度、キスをされた。今度は、そっとだった。
「好き」
太一の唇が、幸子の唇の間に挟まれた。口腔に大きな舌が入ってくる。
「わかってるでしょうけど、噛みついたりしたら、握りつぶすよ」
幸子の巨大な手が、太一の学生ズボンの股間を鷲掴みにしている。ペニスも睾丸も、彼女の手の中にある。太一の命は、文字通りに幸子の掌中にあった。
そして、またマットに投げ落とされた。
幸子の長い指が、仰向けになって倒れている太一の制服のボタンを、上から順番に器用に外していく。太一の胸が激しく上下している。「や……め……ろ……っ」激痛で過呼吸になった喉からは、まともな声が出ない。喘鳴のような掠れた拒絶を、幸子は意に介さなかった。
「何って、私のしたいことをするに、きまってるじゃん」
幸子の指先が、太一の縮小した胸元に触れる。腹部から下腹部へ降りていく。指一本の太ささえ、太一にとっては脅威だ。衣服を剥ぎ取られていく。無力な存在に貶められていく。
ズボンのベルトを外された。パンツを下ろされた。
ペニスをつままれていた。
「さあ、もっと泣いてよ、太一くん。私の名前を、呼んで。どうして、黙っているの。もう少し、お仕置きが必要かな」
ぴん。睾丸をつま先で弾かれた。衝撃。脳天まで痛みが肉体を貫通した。悶絶した。からだを二つに折った。息ができない。びくびく。痙攣している。そんな様子を、幸子が冷たく見下ろしている。
「あはは、男の子の、急所だというのは、ほんとなんだね」
紺色のスカートが、天蓋のように翻る。太一の視界を遮る。幸子はすでに下着を脱ぎ捨てていた。太一の顔に座ってきた。湿り気を帯びた熱い性器が、容赦なく顔面に押し当てられた。濡れている。顔はスカートの作る天蓋の影に、すっぽりと覆われている。暗い。幸子が無慈悲に動き始める。巨大な臀部の全重量が、太一の頭部にのしかかる。頭蓋骨が軋む。顔が割れ目に飲みこまれる。鼻がつぶれる。
「ああ、それ、気持ち、いいかも」
幸子は、太一の鼻に、女性自身を、ごりごりと押し当てる。左右に動かす。傍若無人だ。陰毛が痛い。濃密に繁茂している。幸子は毛深いのだ。顔の皮膚を擦られた。迫り来る幸子の大きな質量。抗えない力の奔流。太一は、涙を流した。蹂躙される運命を、受け入れるしかない。
太一の頭の芯は、急速に冷えて麻痺していった。激痛と屈辱が、キャパシティを超えた。防衛本能が、恐怖のスイッチを勝手に切った。これは暴力ではない、ただの激しい愛撫なのだ。脳が現実を書き換えようとしていた。そう思わなければ、精神が狂ってしまう。バラバラになってしまう。幸子は愛液が豊富だ。太一は、舌を出した。喉を鳴らして飲んだ。粘膜の襞を舐めた。
「ああ、太一くん、好き」
幸子を喜ばせた。
「太一くん、柔らかくて、小さくて、かわいい。お返しよ」
強制的に口で射精させられた。幸子に飲まれた。
8
行為の後で、全身を拭かれた。きれいな新しいタオルだ。アルコール入りのティッシュもある。高橋幸子は、すべてを用意していたのだ。
「さあ、きれい、きれい、しましょうね」
乱暴に引き裂かれたあとに、赤ん坊のように優しく拭き清められている。幸子の手のぬくもりに、太一は、おぞましいほどの安堵を感じた。極限まで痛めつけた捕食者が、母親のように自分をケアしている。巨大な怪物に逆らってはならない。身を委ねてさえいれば、これ以上の痛みは与えられない。奴隷の平穏が太一の胸に染み込こんでいく。
幸子は太一の頭髪に鼻をつけた。くんくん。嗅がれている。
「少し、臭いかな。これ、私の臭いよね」
仕上げとして、最新鋭の消臭剤を太一の髪と身体に、容赦なく吹き付けた。タオルでごしごしと拭く。幸子の生々しい匂いは、無臭の素材で完全に上書きされた。凌辱の痕跡は、きれいに消し去さられた。
「これからは、毎日、放課後は、ここでこうして、遊ぼうね。言うことを聞かないと、クラスのみんなに、太一くんが私の胸を触っている、この新しい写真を見せちゃうからね。『太一くんが、私の胸に抱きついてきた』この証拠写真を見せれば、みんな信じるよ」
幸子が制服のポケットから、スマートフォンを取り出した。太一も同じものを持っている。両手でなければ持てない。幸子が指を滑らせる。太一の顔と同じサイズの画面が、ギラギラと発光する。暗い倉庫内を冷酷に照らし出す。幸子は太一の画面を見せた。幸子の白いブラウスの胸を、小人が両手で鷲掴みにしている。太一は、絶望に打ちのめされていた。
幸子は衣服と髪を整えた。太一は片手を握られている。母親に付き添われた子供だった。倉庫の窓から差しこむ斜陽が、二人の異常な体格差を、克明に照らし出した。
「また明日ね、太一くん。もし学校を休んだら、すてきな写真を、クラスのグループラインに、流しちゃうから」
校門から出る幸子は、小さな同級生を献身的に守る、やさしい女子生徒の役割に徹していた。
「先生、さようなら」
にこやかに、あいさつをしていく。何事もなかったように、校庭に日が沈んでいった。
9
次の日からも、教室での高橋幸子は、クラスで二番目の〈ミニちょん〉という役割を、完璧に演じていた。長身の同級生たちの隙間を、優雅にすり抜けていく。自分のステップで自信をもって歩いている。しかし、太一を見下ろす目には、冷酷な光が宿っていた。幸子は唇の動きだけで、太一を呼んだ。〈ミニちょん〉と。気付けるのは、幸子を見上げる太一の目しかなかった。
それどころか、以前よりも、馴れ馴れしくなっている。距離が近い。
「太一くん、教科書、重くない。開いてあげるよ」
クラスメイトの前で、甲斐甲斐しく太一の世話をする。幸子の笑顔は、やさしい同級生そのものだ。
「高橋さんは、太一くんに優しいのね」
周囲の女子生徒たちが、囃し立てる。
太一には分かっている。幸子の指先が、太一の肩に軽く触れる。暗闇で、肩の骨を砕かんばかりに握りつぶしてきた握力。誰も高橋幸子の正体に気づいていない。
しかし、と、太一は、頭の隅で考える。自分は、高橋幸子との間で。ファースト・キスを済ませてしまった。より正確には、奪われた。その上、フェラティオから精飲までを、一気に初体験した。女の子の秘密の部分に口をつけた。舌で舐めた。記憶にないが、ブラウスの胸にも触れた。
高橋幸子は、何度もやろうと断言している。変則的にだが、彼女ができたようなものかもしれない。そうだ、凌辱でも脅迫でもない。太一を熱烈に求める女子に、手ひどく、しかし深く愛されているだけだ。〈ミニちょん〉に成り下がった自分を、男として欲望してくれる。世界中で。この大女しかいない。何か、新しい季節が、巡って来るのかもしれない。太一は目の端で、高橋幸子の三角の白いブラウスの胸元を、盗み見していた。
(了)
……、……
ねえねえ 一番強い、剝き出しの言葉って、なんだろねーーー?
…………おぎゃあ、かな?
じゃあ、二番目は?
……君の名前……
逞しいリスの女の子
秋の始まりの風の音は
愛くるしいハーモニカの音
なんて
わたしは笑って胸に抱く湖を思う
音色が湖面を滑り来るよな小さな波に
水色の手すりにそっと触れたら、
ずっとずっとちっぽけな自分のままでいたいって胸の底から思ったんだ
でもサヤカさんのパティスリーへと行くためには、
まあるいどころではない曲がりくねった坂道を登らなくっちゃなりません
サヤカさんわたしサヤカさんが欲しい、というよりかはサヤカさんみたいになりたいのかもしれません。そうしてサヤカさんみたいにザラついた現実を手にしたいのだと。
ハチドリの、ねえどうしてハチドリのホバリングみたいにサヤカさんは話すのかな?ガサツ!いいこと?教えたげる。会話の言葉数は1対1が基本です。それをあなたは9対1ほどにまでしておいて悪びれもなく…
胸の湖もいいけどそれこそわたしが、よし、これからは湖よりも雪の村を心象風景にして歩いていこう(!)とでも思ったとしたら、翌朝には陽だまりのように淡くなっちゃうんじゃないかって。そんな不確かなものに自分を重ね続けてくのが不安なの。
ねえ、秋空に浮かんでるのは
シュークリームのフワフワのクリームなんですって
X丘の愛らしい切り株の上には
年に数回森の精がモンブランを置いていくんですって
ああわたし、
今すぐにでも逞しいリスの女の子になって、
あなたの上品な胸に飛び込んでみたい
義姉の力
ひさしぶりに見る伯父と伯母と叔母と叔父たちだった
冷え冷えとした神社の大座敷に
大父や大母も座っている
得体の知れない女中も来ている
あいかわらず細い目の能面顔である
むかし行方不明になった犬のマルもいて
せわしなく尻尾を振っている
車座になって族やからは
みんな笑ってニコニコしている
正面に神主の叔父が鎮座ましまして
飴色に焼けた顔から目を光らせている
神主の娘の三人姉妹も揃っている
そのぐるりを父は一人一人に頭を下げて廻っており
いつものように額縁の中の母も微笑んでいる
その真ん中でいきなり素裸に剥かれたわたしの首を
背後から羽交い締めにした義姉が
ぐいぐいと太い腕で締めつけてくる
逃れようと一瞬もがいたが
これがごく自然のまっとうな正義
心地よくなすがままにされていた
ギリギリと締め上げる義姉の審問はまもなく
ヘッド・ロックからスリーパー・ホールドへとうつり
一生が昏くなり気が遠くなりかけた頃
三人姉妹の笑いさざめく声も聞こえ
あの娘らのうちの二人はむかしわたしのお嫁になりたいと云っていたのに
みんな笑ってニコニコうなづいている
涎を垂らし、舌を出し、窒息寸前の息子を
父と母は見つづけなければならない
やがてやさしい義姉は後ろから
わたしの腕と脚にたくましい腕と脚をからめるや
えいっ、と万力加えて仰向けになった
大胯びらき、赤ちゃん固めにされて目まで真っ赤になったわたしを
泣き笑いを浮かべて悲しい兄が見ている
首を振って、うんうんうなづく恥ずかしいわたしを
みんな笑ってニコニコ見ている
ようやく会議は果てて万事は解決したようだ
畳の上に全裸のまま投げ出されていたわたしに
ロープを一本、切符を一枚、義姉はくれたのだ
みんな笑ってニコニコ音もなく万歳をしていた
ロープを入れた紙袋ひとつを提げて
境内の中の駅から独り列車に乗った
曇った北海の空の下
車窓の沖から
車輪の下まで
蒼黒い海は齒を剥いており
終着駅で引き寄せられるように一本道を
なつかしい三角山の方へと歩いて行く
鴉の群れが急ぐ空を仰げば
空は黄昏
森は深くなるばかり
夕闇のしらない土地のしらない森が
鳥たちの目玉でいっぱいになった頃
ああ、兄さん、すっかりわたしは迷ってしまった
義姉さんが地図を付けてくれなかったので弟は
どうにもほとほと困り果ててしまったのです
赤いコーンが目じるしの
人生の折返し地点
なんてコトバがあるが
人生に折返しなんて
あるわけないだろ
無窮の愛(わたしと猫の愛のこと)
愛されることに
なんの疑問も持たないで
たとえなにがあっても
愛されなくなることなどないのだと
きみだけは、ただそう信じて生きて
ポエジイ
ポエジイを拾った
わたしはひと粒飲んでみた
一斉に星は消えて真っ暗な空になった
残り何粒かわたしは数えた
それにまた
拾えるだろうか
わたしはポエジイをポケットに
真っ暗な中を歩き始めた
初めて朝の方角に向かって…
生き、絶える。
天使、生き絶える。
常世の体がこの世の重力に耐えられるはずもなく。
堕天の天下りは失敗に終わった。
滑らかな弧を描いた環は潰れて、
一方通行の直線となった。
もう戻ってこれまい。
メガネを外して
駅を出ると
水滴がメガネについた
電車の中でみた黒い雲
降れなければいいと思っていたのに
一歩
家路を進むたびに
雨粒は強さを増す
メガネを外すと
街がぼやけた
見えなくてもいいものまで
メガネははっきりと
輪郭を映しだす
雨粒が当たる
痛さ
冷たさ
すれ違う傘を持つ人が
どんな表情なのか
ぼやけている
重くなった靴
濡れた靴下の気持ち悪さ
急いでも変わらない
無意識でも
さわれる暗い部屋のスイッチ
灯りのついた部屋で
濡れたメガネを拭いて
かける
映る見慣れた部屋のシミ
3丁目の右
3丁目の右にはコンビニがある
夜の8時になると惣菜が割引される
不思議なコンビニがある
3丁目の右にはクリーニング店がある
老夫婦が切り盛りする
昔からあるクリーニング店がある
3丁目の右にはブティックがある
艶やかなおばさまが服を売る
いつもセール中のブティックがある
3丁目の右には何かがない
今まであったはずの何かがない
空間も記憶も切り取られたように
一部分が抜け落ちている
僕にも切り取られた
知らない記憶が
あるのかもしれない
[へ]変
変だね 日常と
大人になる
って 急ぐこと
みんな
機械仕掛けか 何かで
学ぶことは つまんない
そんなことよりも
眼をさましたとき とか
お昼休みが 面白いし、楽しい
だから変わること
変わらなきゃいけないことが
つまんない
ある子はお化粧は汚いって 言って
またある子は 顔を
両手ぴったり覆わないと寝れないらしい
私はそんな子たちと本の話がしたい
トム・ソーヤー とか
アリス とか アン とか
本なんて読まなくても
(帰りに あんみつたべて
たべなくても いいけど)
男児をばかにする話で
裏返るほど
笑いたい
変な子 ってさ
きっと 世の中が
眩しいことを 知らない子 のこと
好奇心が災い なんてくだんない
キラキラしない日和なんて ない
退屈で死ぬときは 世界が終わるとき
今はささくれがあるだけで
おもしろい
だから 私は私がおもしろい
変だね
泣けない日がないことは
とっても 変だね
アレクサンドラ・スミス
アレクサンドラ・スミスの歩調に合わせて足を繰り出した。わずかに前方をいく彼女は、カーペットの通路をのびやかに歩いていく。
私は彼女の後ろ姿を仔細に見つめた。ブラックパールのドレスがサンオレンジの照明をコケティッシュに反映させ、私は思わず舌なめずりした。目は素肌を求めてしぜんにアレクサンドラの首元へと向かい、見るからに弾力のある白い肌とブロンドにカールした動物的な襟足が私の肉欲をくすぐった。
ウォルドルフ・アストリアホテルのラウンジでインタビューを予定していたが、アレクサンドラの提案で客室で行うことになった。私は二つ返事で了承し、彼女のあとに続いた。
アレクサンドラ・スミスはニューヨーク州選出の上院議員で年齢は四十二歳。彼女にインタビューを依頼したのは他でもなく、政治家として、性別、年齢、宗教、人種、あらゆる属性に依らず絶大な支持を集め、次期大統領にと立候補の期待が寄せられているためだ。先程エントランスで初めて顔を合わせた際、アレクサンドラはチャームポイントでもある満月のような大きな目を弓なりにして微笑み、私を手招きした。取材の意図を理解しており、満更でもない様子がうかがえた。私は客室に到着する前に腕時計と鞄に仕込んだボイスレコーダーの電源を入れる。
最上階の客室に入ると、アレクサンドラは点いていた灯りを落とし、カーテンを開けた。私は急な暗転に目を瞬き、次の瞬間、息を呑んだ。
マンハッタンの街明かりが部屋に射し込み、ただでさえ上等な客室が特別な空間に様変わりしていた。ときに100万ドルの夜景と称されるエンパイア・ステート・ビルから眺める景色より胸が踊った。
宝石が並ぶショールームと表現すると、いささかセンチメンタルに過ぎるだろうか。私は一人苦笑し、咳払いをして自身を律した。彼女の噂を耳にしていなければ、いまごろ仕事のことなど忘れ、男としてセックスアピールに興じていたかもしれない。
「こうするのが好みなの。ふだん大仰に振る舞っているけれど、コンプレックスではあるのよ」
それまで背中しか見えなかったアレクサンドラがこちらを振り向いた。私は、計らずもドキリとした。彼女の顔は見慣れているはずだったが、近くで目の当たりにすると言葉にならない迫力がぶつかってくる。
アレクサンドラは首から上が白い毛に覆われ、微笑む口元には小さく尖った歯がのぞいていた。大きな目が光を宿して不気味に輝いている。胸の鼓動が早まり、身体がこわばった。
アレクサンドラ・スミスは大多数の人間と異なり、顔が動物の猫であった。
しかし彼女は逆境に挫けなかった。レズビアンを公表し、いつしかニューヨークのアイコンにまでなった。そして現在、ガラスの天井を破り、大統領就任というフェミニズムの到達を期待される存在としてさらに注目を集めている。(アレクサンドラの詳細なヒストリーは彼女が大統領になった際にいち早く出版する予定の自著『キャット・ウーマン』を参照されたい)
「座って話しましょう」
アレクサンドラに促されるままソファーに腰を下ろした。私は彼女に気取られないように振る舞った。先程エントランスで初コンタクトしたときには感じなかった、人間が元来有するおそれを感じるのはなぜだろうか。
「シャンパンを開けていいかしら? かしこまった取材ではないはずだわ」
「ええ、もちろん」
本来であれば依頼者の私がこの場の主導権を握るはずだが、アレクサンドラはそうはさせてくれない。グラスを受け取る際、彼女と目が合った。再び肉欲が浮上した。
「ジョンソンさん、あなたもいわゆるセクシャルマイノリティのようね」
「アレックス、あなたの前では隠せないようですね」
私は気持ちを抑えられず、親しみを込めて言った。その洞察力は猫由来のものと書くと、ブラックジョークの粋を超えるだろうか。彼女の言う通り、私はズーフィリアの傾向があった。
「雰囲気に流されているのよ、ジョンソンさん。私とあなたはビジネスパートナー。それ以上でも以下でもない。この客室はすごく高いけれど、私には特別に貸してくれるの。ニューヨークでは私の権限はすでに大統領より上よ」
アレクサンドラは口元に手を添えて高らかに笑った。初めて見る姿だった。彼女は付け足すように「もちろんいまのはオフレコよ」と言った。
卑しさが垣間見え、私はいよいよ噂は本物だと確信した。――彼女と親身になった記者は、なぜか所在がわからなくなる。
しかし話は簡単だ。弱みを掴んで黙らせているに違いない。されど、私がズーフィリアの傾向があることを知られたとして何の脅しにもならない。私にはその傾向で人質となる家族も友人もいない。打ち明けてしまえば、私は後先考えず、アレクサンドラを狙っている。彼女をものにできれば、どうなっても構うものか。
私は鞄からノートとノック式のボールペンを取り出した。アナログなスタイルだが、オフィシャルな場での伝統的なスタイルでもある。それに、キーボードを叩いて騒音を立てない。そしてもうひとつ利点がある。
「時間も限られています、アレックス。単刀直入に訊ねてもよろしいですか」
「ええ、そうしてちょうだい。私もこの後予定がありますので」
アレクサンドラは向かいのソファーに腰を下ろした。足を組んだ姿は凛々しく、誰もが信頼を寄せる知的さが垣間見えた。ただし、首から上は猫であり、人間の面影のある顔はネットスラングを引用するとグロテスクに見える。私はいっそう惹かれた。
「記者の間である噂が流れています。アレックス、あなたと親身になった人間は所在がわからなくなる。思い浮かぶ人がいますね?」
アレクサンドラは表情を変えなかった。そして何度か頷き、口を開いた。
「親身になるとは? 抽象的でよくわらないわ」
「あなたの躍進を暴こうとした人間や、あるいは純粋な好奇心で近づいた人間のことです」
私はボールペンをカチカチ鳴らした。相手の心理的状況によって、この音の持つ文脈は大きく広がり絶大な効果を示す。例えば、プレッシャーを感じてつい本音を漏らしたり、逃げ道を探す思考の邪魔をしたり。
「記憶にないわ、ジョンソンさん」
アレクサンドラはショートカットの髪を撫でつけた。目が合った。彼女は蠱惑的な笑みを浮かべた。刹那、私は自身の血が熱く滾り、抑えようもなく巡るのを感じた。
「あなた、私に惚れているのでしょう?」
私は最大限冷静になろうと努めた。彼女優位の展開は私の本懐ではない。
「いいえ、アレックス。私は先程、あなたにおそれを抱きました。自分でも驚きました」
「どうぞ気になさらないで。慣れっこだから」
彼女はそういって片目をつむって見せた。
「それは構造的なものだと私は思っているわ。ジョンソンさん、そのおそれはこの部屋で二人きりになったときじゃない?」
「ええそうです」
私はおずおずと頷いた。アレクサンドラもまた、大きく頷いた。
「エントランスでは感じなかった。そうよね? 社会の一員であるとき、こころより理性が上回る。ホテルの一室で二人きりというパーソナルな空間になったとき、こころが上回った。違う?」
私は彼女の意図するところを読み解こうとしたが、どこかズレを感じた。たしかにおそれを抱いたが、いまはそれを上回る性的欲求を感じている。
「ピンとこない? いいわ」
アレクサンドラはそう言うとおもむろに立ち上がり、私の背後にまわった。私は自身の鼻息が荒くなるのを認知したが、抑えられるものではなかった。
「あなたはズーフィリア。私はレズビアン。それらは[社会通念/マジョリティ]が生んだ[記号/レッテル]に過ぎない。もっと細分化すると関係性の問題なのよ。ねえわからない、ジョンソンさん」
彼女の吐息が首筋をなでた。私は自身を抑えるのに必死だった。何かきっかけが舞い降りてきたら、簡単に組み伏せてアレクサンドラを我が物にすることだろう。しかし、それは獣だ。
「ひとは期待してしまう。こうあって欲しい。こうに決まっている。未知を嫌うのよ。あなたは私に何を期待してる?」
「真実を明かして欲しいのです、アレックス」
彼女の両手が私の頭と顎を固定する。大きな目に、私の顔が映っている。
「ええ、もちろん」
アレクサンドラは明るくそう言うと、私の唇にキスした。私はついに、胸の高鳴りが最高潮に達し、彼女の肩に手を伸ばす――
桃色の口内を目にしたのを最後に、聴覚が最期まで機能した。胸に響く音だった。
さかな
変な魚を見たよ
見たこともない魚だ
目の中で泳いでいた
夢じゃないよ
こいつが好きなんだよ
睫毛のすき間から湧いたんだな
とてもいい感じだよ
平べったくて
目が三つもあったんだけど
かわいかったよ
色は黄色だよ
その傘の色だよ
ああ 今も泳いでるよ
そこ そこ
そこで泳いでるよ
だいじょうぶだよ
余計なお世話
これはおれの魚だからな
けど おまえだけには見せてやろう
ほーら 癒されるだろう
いい魚だろう
ハードだからな
この世はとてもハードだから
癒されるだろう
おまえも好きだろう
顔に出てるよ
おれの魚だよ
二つの雨―満水の遥(ある日の矢部遥 第七話)
矢部遥は疲れ果てていた。
一応の対応は終わった。自己の範囲で最大のことをやった。そして、ようやく帰宅した。
タイマーで入れていた浴室の湯は既に冷めていた。追い焚きを入れると、底から熱が戻り、水面が少し上がる。肩まで浸かっても、温かさは皮膚の上で止まる。
日付が変わった頃、雨が降り出した。いつもなら好きな音だった。なのに今日は粒がひとつずつ大きく、軒先を叩く。
新しいパジャマをおろした。袖を通しても、布になじまない。体がずれる。一歩先なら、それは普通の事。いつでもどこでも、ちょっと水位を見ればそれで良かった。
今日は違う事を、胸に当てた指先が知っている。今にも溢れ出しそうで、でも栓を開けるためのことすらしたくない。
ベッドに横たわっても、雨音は遠くならない。呼吸も脈拍も勝手に走っていると遥は感じる。
遥は起き上がり、窓から一番遠い廊下へ行った。毛布を一枚だけ持って、硬い床に躰を丸める。
水位は下がらない。増えもしない。ただ、満ちたままそこにある。
溢れそうな水位に、少しだけ指を浸す。
雨の音は遠くで聞こえる。
時折、口から声が溢れそうになる。小さく小さく息をして、揺れる水面を撫でてゆく。
開けないことを選んだ躰は、ようやく水平と言う基準に落ち着いた。
目は廊下から見えるテーブルの脚だけを見ている。遥はその満水をそのまま抱え、そしてずれたまま、水位を見るのをやめた。
雨音が聞こえないことに気づいた遥は、ゆっくりと手を伸ばす。廊下の天井。テーブルの脚。玄関の靴箱。
いつもの風景。
起き上がろうとして、目を回す。
まだ躰はずれたまま。湛えた何かは水脈を、別の色で巡り続けている。
揺れる水位を感じたまま、やかんを手に取り、お湯を沸かし、いつもの休日の朝を始める。
ただ今日は、濃いめのコーヒーを、たっぷりと用意した。
午前中、弱々しく家事を済ませ、たっぷりのコーヒーが半分になった頃、遥はもう一度バスタブにお湯をはった。
そういえばとベッドの脇に目をやる。数年前、友達からもらったまま飾ってあったバスソルトを手に取った。封を切ると、潮の香りと柑橘の香りが、ひっそりとした寝室に満ちていく。
遥はクローゼットの隅にあるボックスを開けた。柔らかく、優しげなパジャマやその他いくつかを取り出すとベッドの上に並べて見る。その光景に少しだけ胸の水面が静かになった気がした。
浴室の窓からは空しか見えない。
遥は雨上がりのまだ薄い雲を見あげたまま、湯に躰を沈める。
昨夜の張り詰めた胸は、まだその水を湛えたままだったが、遥は潮と柑橘の香りを躰に染み込ませるように、手を自身に添わせてゆく。
湯から上がると、浴室の鏡が白く曇っていた。遥は拭かずにそのまま出た。
ベッドの上のものたちが、並んだままでいる。遥はその中にそっと倒れ込む。素肌に触れる布の重さが、昨夜の硬い廊下の床をゆっくりと上書きしていく。
潮と柑橘の香りが、髪に残っている。
窓の外、雨上がりの光が薄く部屋に入ってきた。昨夜とは違う白さ。遥は目を細めて、その光の端を見ていた。
水位は、まだそこにある。
でも、今は流れの重さが違う。
満ちたままでいることが、昨夜ほど怖くない。
コーヒーの残りを思い出した。
でも、まだいい。
遥は並べたうちの一つを胸に抱いた。
抱きしめるわけでもなく、ただ、重さを感じる。
そのまま、眠った。
目が覚めると、部屋の光が傾いていた。
三時、か四時。コーヒーはすっかり冷めている。遥は起き上がり、窓を少しだけ開けた。
雨上がりの空気が、潮と柑橘の残る部屋に入ってくる。
水位は、下がっていた。
少しだけ。
でも確かに。
昨夜からずっと湛えていたものが、眠っているあいだに、どこかへ少しだけ流れていったらしい。
どこへ、とは分からない。
それでいい、と体が知っていた。
遥は冷めたコーヒーをそのまま一口飲んだ。
苦かった。
ただ悪くなかった。
そんなことあるわけないだろと笑われるが、本当にあった話
2025年12月25日
私はとある神社の前にいた。
老朽化の進んだ古くて小さな神社は、人生の転機や新しい挑戦をしたい時に参拝すると良いとされている。
「来年こそ幸運が雪崩のように押し寄せますように!できればバラ色の人生もお願いします!」
誰もいなかったので、遠慮なく声を大にして祈願をした。
すると、拝殿の扉がガタガタ音を立てて開かれ、中から、小さなおばあちゃんがひとり現れた。
「あなた時間ある?お茶でも飲んでいかない?」
えええ?神社の中でお茶ですか?かつて人生の中で経験のない事だわ!こんなLuckyってある?
心は踊り、欲深い私は、迷うことなく誘われるがまま、中に入っていった。
温かみのある優しい声で、おばあちゃんはゆっくりと話を始めた。
「私はここで洋裁教室をやってるのよ。週に2回、10時から16時まで。いつきてもいいのよ。週に一度でもいいし、月に一度でもいいし、あなたの都合の良い時でいいの。あなたも洋裁やってみない?」
見渡すと、年配の女性が、冬のコートやジャケット、ワンピース等を作っている。
素晴らしい作品の数々だ。
「是非わたしもやらせてください!」
即決即答した。
何故なら、チャンスがあれば洋裁をやってみたいとかねてから思っていたから。
この世に服はあふれているのに、直感が迷わず「これだ!」とささやく運命の一枚にはそうそう巡り会えるものではない。
だから、粋な色柄の生地で、私の感性が閃くままに服をデザインしてみたかったのだ。
早速、生地を探しに行った。
透明感のあるエメラルドグリーンの麻の生地に一目惚れ!
私の大好きなあの南の海の色だ!
姿見で顔映りをチェック。似合わなければ、買っても意味がない。
うん、大丈夫そうだ、良かった。
あとは、必要なもの、糸やファスナーや、裏地などを購入し、準備は整った。
気付けば、幾つもの偶然が折り重なり、私は神社へ通い、お参りを済ませると、そのまま神様の前で洋裁を学ぶという前代未聞のありがたい習い事が始まったのだった。
何と言っても、パワースポットで、ひと針ひと針心を込めて縫わせて頂くわけだから、仕上がれば、幸運と幸運を繋ぎ合わせた『福服』となるわけだ。
今、目の前には、最後のアイロンを待つだけのエメラルドグリーンの福服が静かに佇んでいる。
それは、私が私に贈る最高のご褒美!
この一着に袖を通した瞬間から……
人生がキラッキラの幕を上げる。
始まるよ! バラ色の人生が!!
海
二回。
一日に二回。
浅瀬は一日に二回、
干潮で日の目を浴びます。
月と太陽のチカラで波が引いていき、
深淵はさらに深い場所へと姿を眩ませます。
一日のうちたった二回。
唯一浅瀬が輝ける時がありました。
ほんの二、三時間。
たくさんの男が浅瀬を見にやってきます。
しかし奇跡はそう長く続きません。
実際は30分ほどで波はザァザァ戻ってきてしまいます。
男たちも戻っていってしまいます。
顔を覚える間もなく行ってしまいます。
ある日、
一人の男が釣りをしにやってきました。
満潮です。
浅瀬で釣りを楽しめるところは限られています。
魚はなかなか釣れません。
なので、浅瀬は
深淵と混じる混合水、
中間層くらいの深さにいる魚を男に持っていきます。
しかし男にはどれもパッとしないようで、
一匹も受け取ってくれません。
男は浅瀬が見たこともない高価な仕掛けや、
巧妙なテクニックで、
少ないながらも着実に、
珍しい、深淵の魚を次々と釣っていきました。
浅瀬は絶望します。
男は深淵しか見ていません。浅瀬など眼中にないのです。
もちろん世の中には、
ここまでの男もたくさんいます。
何より浅瀬がショックだったのは、
その男に見覚えがあるからでした。
男とは小さい頃から一緒に笑い合う仲でした。
あの時にプレゼントした翡翠石や貝殻は、今の男には見る陰もありませんでした。
浅瀬は泣きました。
ありったけのガラス片を集めてやけっぱちな気持ちで遊びにきた人たちを傷付けて回りました。
男は自分で船を出し、
深淵の元へ行ってしまいました。
それから季節が経ち、
ガラス片も波に削られて丸くなった頃、
一人の男がやってきます。
夏でした。
太陽の光を引きずり込み黒々とした深淵に比べて、
浅瀬は日光を反射してキラキラと輝いて見えます。
美しい顔をしている。
浅瀬は男を見て思いました。
まるで沈んでいく夕日のように、
この広い海にもよく映る綺麗な顔。
男は浅瀬が決死の思いで集め、
磨いたガラス片を美しいと言いました。
それから浅瀬は深淵に憧れるのを辞め、
一人の男の側にいたいと思いました。
それから二人は結婚しました。
言葉も体も指輪も交わしました。
それでも、
1つのベットで何もかもを混じえて眠る夜に、
あの深淵の男が、
心の奥深くに、
思うのです。
Wind is blowing from the Aegean
女は海
好きな男の腕の中でも
違う男の夢を見る
Uh,,,,Ah,,,,Uh,,,,Ah,,,,
私の中でお眠りなさい
保存しますか?
思い出したくないことばかり
また思い出してしまう
中途覚醒で深夜0時に突然目が覚めちゃったときとか
Wi-Fiが繋がりづらくて 動画がカクカクしちゃうときとか
お風呂で髪の毛シャンプーしてるときとか
足の爪切ってるときとか
映画が予想より面白くなかったときとか
スーパーで買い物してるときとか
ごはん食べてるときとか
なにもできずにただ横になってるときとか
その他もろもろ ありとあらゆるときと場面で
詩を描くときはいつも
パソコンのWordを使ってるんだけども
DeleteとかBackskipとかEnterとかで
いくらでも描き直しすることが出来るし
置換機能とか選択機能とか駆使して
納得がいくまで 捏ね繰り回すことだって可能だ
人間にもこの機能があったらいいのにね
嫌な思い出 消したい過去 いらないあのひと
削除 削除 削除 削除ぉ〜!
って なんだかデスノートの魅上みたいだけど
海馬ってやつがさ
なんでもかんでもみんな記憶してしまうくせに
肝心かなめに思い出したい記憶はなかなか出てこなくて
思い出したくもないことばっかり取り出してきやがるから
せめて記憶する前に保存するかしないかだけでも
決めさせてほしいものだよね
保存しますか? はい いいえ
名前をつけて保存しますか? はい いいえ
削除しますか? はい いいえ
ゴミ箱を空にしますか? はい いいえ
本当に削除しますか? はい いいえ
ゴミ箱は空になりました