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2021/01/01 12:00:00

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投稿作品一覧

失墜

空を駆ける男は、人生を賭けた
作戦を練ることと、人格に長けた
場を設け、空間の中で生きて輝き、環境を整備した

愛が愛であるために、瞬間を生きた
時に心配と怨恨のために、動乱に過ごす

失敗と混乱の中で、懇願に負けた
衝動と焦燥に駆られ、酒の味にさえ、泣けた

意地と人生と名誉を賭けたプライドの果てに、妄想と妄念と、時に失望が襲う

愛と恋と夢と友と、化けの皮も剥げた

深夜に『おまんこ』コール、がなり立てる老人

ここは、障害者のグループホーム
一億総病棟にて、明暗がポツリ

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同じ価値

十の電話番号の

その一つに
生まれ変わろう

零も九も

きみも
ぼくも

比べなくて

いいから

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雨降りの惑星


 雨降りの惑星に、三匹の黒い子犬が贈られました。
 耳が三角形の長男、プル。
 耳に穴が空いている次男のロキ。
 耳がだらんと垂れた三男のオン。

 雨降りの惑星は、いつだって雨が降っています。晴れたことがありません。三兄弟が生まれた惑星は、いつだって晴れている惑星でした。大地は広くて植物はのびのびと育っています。草原を駆け回って遊んでいた三兄弟は、雨降りの惑星に行くことを悲しく思いました。雨降りの惑星に大地はないのです。植物は、広大な海にぷかぷかと浮かんでいて、みんな水のなかに住んでいます。陸の生き物はどこに住むのか、不思議に思いますが、その心配はありません。雨降りの惑星に陸の生き物はいないのです。みんな、えらやひれがついていて、すいすいと泳ぐことができるのです。

 三兄弟が雨降りの惑星に到着した日のこと。しとしととやわらかい雨が降る水面に、三匹の子犬が住むにしては広く、雨降りの惑星の住民が住むにしては狭い、なんともちょうどよい家が建てられました。雨降りの惑星の住民は「小屋」だと言いましたが、三兄弟は「おやしき」だと思いました。

 長男のプルは、ロケットから降りてすぐ、「ていねいなもてなし、ありがとうございます」と、大臣に教わった通りに言いました。すると、雨降りの惑星の王太子が「こちらこそ、遠路はるばるご足労いただき、ありがとうございます」と、とても優しい声で言いました。
 三男のオンは、王太子の優しい声をきいて、つい泣いてしまいました。王太子は困った顔をして、オンに膝をつきます。大丈夫ですかとしきりに尋ねますが、オンの涙は収まりません。それもしかたのないことです。
 生まれ落ちてから一年間、三兄弟は人に優しくされたことがなかったのですから。

 王太子は、やわらかくて大きなベッドのある寝室に三兄弟を案内して、「ゆっくりお休みになって下さい」と微笑みました。王様への謁見はいつになっても構わないという言葉も添えて。

 プルがオンを寝かしつけているあいだ、ロキはずっと窓の外を見ていました。
「なにをみているの?」
 プルがたずねると、ロキはそっぽをむきました。とくべつ機嫌が悪いというわけではありません。ロキは生まれてからずっと、ひとりを好むところがありました。媚びを売るプルや、泣き虫なオンのことがきらいでしたが、プルとオンがきらいというわけではありませんでした。
 本当は、プルに媚びを売らせる人や、オンを泣かす人がきらいでした。しかし、その心と向き合うことは、まだ一年しか生きていないロキにとって、とてもむずかしいことでした。そのため、このように不機嫌になってしまうのです。
「おおきなうみだね。きれいだなぁ」
 そんなロキのことをプルは理解していました。ロキが兄弟を大好きなことも、プルは知っています。だから、ロキが返事をしなくても、プルはいつもそばにいました。
 しかし、オンは知りませんでした。だれよりも素直なオンにとって、ロキの冷たい態度は悲しいものでした。ロキにきらわれているのだと思っているので、ロキとオンが会話をすることは滅多にありません。それでも、オンはロキのことが大好きです。なぜかというと、言葉はなくても、ロキはいつもオンを助けてくれるからです。

 兄弟が眠りについたあと、プルはこっそり家を出ました。そして、とびらのまえにいた護衛に「いまからおうさまにあってもいいですか」と聞きました。護衛は「少々お待ちください」と言うと、海に潜り、本当にすぐ戻ってきました。あの優しい王太子を連れて。
「僕が案内するね」
 王太子は、深い青と黒のひれを揺らして、プルに微笑みました。プルは透明なカプセルにはいり、それを護衛が両手で抱えて、王太子を先頭に海へ潜りました。

 夜の海です。
 暗くて静かで、もごもごとした不思議な音がします。しかし、深いところまでくると、ぽつりぽつりと、ちいさな光が浮き上がってきました。
「きれい、これはなんですか?」プルは聞きました。
「光る魚です。道標として働いてくれているんですよ」
 光る魚が背びれをゆらしました。「光る魚のあいさつです」王太子が教えてくれたので、プルは会釈をしました。
 なんだか嬉しくなります。それと同時に、置いてきた兄弟のことを思って、すこしだけうしろめたくなりました。
「みんなにもみせてあげたかったな」
 プルが呟くと、王太子はプルのとなりをゆったりと泳ぎました。
「では、また案内いたしますよ。まだまだ見てほしいところ、たくさんあるんです」
 王太子は虹のように輝く瞳を細めて、優しく言いました。プルは、はじめて王太子の顔をしっかりと見ました。薄くぼんやりとしていた視界が、ぱっと晴れていくようだと思いました。

 深い深い海の底には、たくさんの魚が住んでいます。みんな違う色のひれを持っていて、光る魚が至る所にいます。きらきらとゆらゆらとして、プルは目を奪われてしまいます。
 あっというまに、プルは大きな城の玉座の間にいました。本当にあっというまだったのは、王太子がプルを抱えて、王城の最上階まで泳いでいき、窓から侵入したからです。プルは驚きましたが、王太子は楽しそうにしていました。
 そんな王太子を見て、玉座に座る王様は肩を竦めました。
「扉からはいれと言ってるだろ」王様は王太子をにらみますが、そこまで怖くないです。「えへへ」と王太子も言っていますし、とても仲が良いのだと思いました。

「そちらが晴れの惑星の、プル殿ですね」王様はプルを見て言いました。プルは背筋を正して「は、はじまして。ていねいなもてなし、ありがとうございます」と習った挨拶をしました。そのあいだに、プルのカプセルは外されていました。驚くプルに、「ここは空気がありますからね」と王太子が言いました。
 そうです。玉座の間に水はありませんでした。王太子の背びれはそのままですが、脚は人のようになっています。
「私たちは半分だけ人間ですから」
 王様は言いました。そしてゆっくりと立ち上がると、プルと目線をあわせるように、膝をつきました。
「遠いところ、ありがとうございます。本当の家のようにくつろいでくださいね」
 プルは人の喜ぶ言葉を使うことが得意ですが、王様になんと言葉を返したらいいのか、分かりませんでした。このように優しくされたことは初めてで、なにを伝えても、なんだか違うような気がしました。まるでオンのように涙が出そうになって、あわてて頭を下げます。
「ありがとうございます」
 と伝えることがせいいっぱいでした。

 王様はプルを夕食に誘いました。すでに夕食は食べていたのですが、「よろこんで」と答えました。プルは断ることが得意ではありません。
 しかし、王様も夕食は食べていました。だから、夕食とはいっても、夜食のようなものでした。とても美味しいフルーツジュースと、かわいらしいデザートが並べられて、夕食というには控えめで、夜食というには豪華でした。
「水面に花が咲いていたでしょう? その花から採れる蜜を使っているんですよ」
 王太子は言いました。プルは感動しました。花の蜜がこんなに甘いことを、プルは知りませんでした。とても美味しかったけれど、プルはひとつしか食べませんでした。「ロキとオンはたべてないから」と言うと、王様がおみやげとしてデザートを包んでくれました。プルはまた感動しました。こんなにあたたかい人たちに出会うのは、本当にはじめてのことでしたから。

 プルの住んでいた晴れの惑星では、雨降りの惑星は「ずるがしこい惑星」だと言われていました。プルも、そう教わりました。まず、雨降りの惑星は、様々な戦いの片隅にいます。勝った惑星をすこしだけ助けて、とても大きな利益を得ているそうです。それに、雨降りの惑星は、とても恐ろしい生き物が暮らしているといいます。とても足が速くて、背が高くて、尖った牙をもっていて、子犬なんてすぐに食べられてしまう、大臣はそう言いました。
 大臣が話をするたびに、オンはたくさん泣きました。怖くて泣いているのではなく、ただ涙がとまらなくなるのだと言いました。それをみて、ロキは大臣を睨みますが、その視線こそ、大臣の好むものでした。だから、プルはなんとか大臣の機嫌をとります。立派だとか言えばいいのです。

 プルが「おやしき」に帰ると、オンが泣いていました。ロキは困ったような顔をしています。ロキがこんな顔をするのは、はじめてのことでした。
 「どこにもいないから」と、ロキはプルをみて安心したように息をつきました。このような表情もはじめてです。
 ロキはしっかりとオンの手を握っていました。ロキとオンが仲良くしてくれて嬉しいと思いながら、王様からもらったデザートをベッドのうえにひろげました。
 「とてもやさしいおうさまだったんだよ」と、王城や城下町の様子をはなします。ロキはまた不機嫌にもどってしまいましたが、オンにデザートを切り分けていました。ちゃんとベッドのすみっこにも座っています。プルは、なんだか幸せな日だと思いました。

 翌日から、三兄弟は王太子に雨降りの惑星を案内してもらうことになりました。
 この広い海には、浅いところから深いところまで、様々な生き物が住んでいました。浅いところには花の蜜の直売所や、飛ぶ魚の休憩所なんかがありました。いっぽうで、深いところには、大きな町や、大きな建物、そしてたくさんの住居がありました。もちろん城もありました。
 どこも素敵なところでしたが、三兄弟のお気に入りは城の玉座の間でした。なんといっても、ここには空気がありましたから。カプセルのなかは、すこしきゅうくつなのです。
 三兄弟がいつも遊びに行くので、王様と三兄弟は仲良くなりました。王様はいつも「おかえり」と言ってくれます。そのおかげで、三兄弟は「ただいま」と言うようになりました。
「おうさま、ぼくおしごとがしたいです」
 あるひ、プルは王様に言いました。三兄弟は晴れの惑星から贈られたというだけで、何不自由なく暮らすことを許されていますが、プルは不満がありました。それは、何不自由なく過ごすだけの、対価を払っていないと感じていたことです。
 王様は悩みました。雨降りの惑星では、成体となるまで遊ぶことが仕事です。そしてプルはまだ子犬。しかし、そう伝えてもプルは納得してくれません。お手伝いでもいいと言うのです。
 王様は悩んだすえ、プルに特別な仕事を与えました。それは、玉座の間で王様とデザートを食べることでした。もちろんただ食べるだけではありません。どの味が美味しいとか、これは美味しくないとか、そういうことを言わなくてはいけないのです。しかし、それはとてもむずかしいことでした。
 プルは自分の素直な心がどこにあるのか、いつのまにか見えなくなっていたからです。
「おいしいです、どれも、すごく」
 プルが少し困りながらそう言うたびに、王様は「じゃあ、これとこれだったら、どっちがすき?」と聞きました。そう聞いてもらうと、プルにもすこしだけ「すき」という心が分かるような気がしました。
 そしてプルは、すっきりとしていてあまくて、そして青い花が飾られたデザートが「すき」だと知りました。
「プルは青色がすきなんだね」
 王様がそう言って、プルは気がつきました。プルにとって青色は、海と、そして王太子の色でした。王太子は、三兄弟に優しくしてくれた、さいしょの人です。
 
 プルはいつしか、王太子の役に立つ仕事がしたいと思うようになりました。王様にそれを伝えると、ものすごく喜んだあとに「護衛の騎士を目指したらどうかね」と言いました。プルも、ものすごく喜びました。
 しかし、大きな問題があります。プルはカプセルがないと水のなかで生きることができません。それでも、プルはできることをしようと思いました。「ぼく、とってもつよくなります!」そう言って、プルは剣を習うことにしました。プルの師匠となったのは、三兄弟の家を守る護衛の騎士たちです。
 プルは毎日たくさん剣をふりました。その姿にオンは憧れて、プルの真似をするようになりました。しかし、三兄弟のなかでも体の小さいオンに、剣をふることはむずかしいことでした。オンは悲しくなりましたが、そのたびにロキが手を握ってくれました。そうすると、オンの涙はすぐにとまるようになりました。しかし、ロキは手をはなしませんし、オンもはなれようとしませんでした。

 あるひ、オンは飛ぶ魚のペチと友達になりました。ペチは運び屋をしていました。とおくの海から、こちらの海まで、手紙や荷物を届ける仕事でした。
 最近の荷物は花の蜜をつかったデザートばかりだと言っていました。どうやら、とおくの海で大人気らしいのです。「デザート屋さん忙しそうだったなあ」と聞いて、オンは思いました。
「ぼく、おてつだいできないかなあ」
 ペチは名案だと言って、すぐにデザート屋に伝えました。翌日には王太子がやってきて、お手伝いを許してくれました。どうやら、デザート屋にとって、もっとも手間のかかる仕事が、水面の花の蜜を収穫することだったようです。
 三兄弟が水のなかで生きられないように、雨降りの惑星の住民も陸では生きられません。少し息を止めたり、水を詰めたカプセルを被ることで、なんとか花の蜜を採取していたそうです。オンは、みんな苦手なことがあるのかと安心しました。安心したら、なんだか大丈夫な気がして、お手伝いが楽しみになりました。

 オンは、剣の修行をするプルへ、デザートを渡すようになりました。作るお手伝いをしたデザートです。そのあと、オンは剣の修行を見学します。プルがデザートをおいしいと褒めるたび、オンは嬉しくなりました。
 そのあいだ、ロキは部屋の窓から外を見ています。大きくて広くて、雨粒をはじいている、なんだかおそろしい海をながめていました。
 
 朝食の時間から夕食の時間まで、ロキはひとりで過ごすことが多くなりました。オンは涙を流さなくなりましたし、プルはたくましくなりました。ロキだって、体は勝手に大きくなっています。声も低くなりましたし、耳に空いた穴は、成長するたびにずきずきと痛みます。この痛みがひどいときは、部屋から出ることもできません。そんなときは、ただぼんやりと、窓の外をながめています。
 しかし、それは苦痛ではありませんでした。兄弟が楽しそうにしていることも、平穏に過ごせることも、なにもかも不幸とは反対のものでした。だから、ロキは言葉を話さなくなりました。
 ロキの言葉は、いつだって冷たいものが混ざってしまいます。そのつもりはありませんが、もうどうにもなりません。耳に穴が空いた日から、どうにもならなくなりました。だからといって、冷たいものをぶつけてしまうことを、許してほしいなんて思っていません。ロキは、だれよりも優しくて、だれよりも繊細でした。
 それを理解していたのはプルです。プルだけでした。しかし、プルには目標があります。一日も早く、王太子の護衛騎士になりたかったのです。ロキだって、それは知っています。だから、ロキは何も言いませんでした。おおきくなる体に取り残された、ちいさな心を、ひっそりと握り潰すように隠しました。

 あるひ、王太子の即位パーティーが開かれました。王太子は王様になるのです。いまの王様はとおくの海へ行き、のんびり暮らすのだと言いました。
 そしてパーティーのおわりに、騎士を募集すると発表がありました。もちろんプルはすぐに応募しました。オンはプルを応援しましたし、王様となった王太子もプルを応援しました。
 ロキは、パーティー会場のバルコニーから、城下町を眺めていました。とても美しくて、どこにも乗り込めないまま飛び去ったロケットを見送るような、そんな不安を感じました。
 退位した王様は、そんなロキに言いました。「いっしょに来るかい? とても綺麗なところだよ」ロキは首を振ります。ロキは、たったふたりの家族と離れたくありませんでした。

 騎士試験の合否が発表される日の朝。王様がプルを迎えに来ました。どうやら、プルは首席で合格したそうです。プルは喜びました。王様も喜びました。そして、軽くて動きやすいカプセルと、ヒレがついた服を贈られることとなりました。ヒレの色は王様とおそろいでした。
 オンはデザートを上手に作れるようになっていましたから、プルにとびきり豪華な青い花のデザートを作って贈りました。プルはとても喜んで、おおきなくちで頬張りました。王様も頬張りました。王様とプルは、すっかり親友になっていました。
 
 もちろんロキだって喜んでいました。しかし、ロキは中庭で、ぼんやりと海を眺めていました。飛ぶ魚が今日も忙しそうに配達をしています。
 ロキだって、喜んでいました。本当です。それなのに、ロキはプルに何も言えません。おめでとう、よかったね、など、みんなと同じようなことを言ったらいいと、分かってはいるのですが、どうしても言えません。
「ロキ! ここにいたんだね」
 そんなロキのもとに、プルがやってきました。ヒレのついた騎士の服に身を包んでいます。いつのまにか立派な犬になっていたプルは、もう子犬なんかじゃありませんでした。
「明日から騎士団の寮に行くんだ」
 プルは楽しそうに言います。王城の近くにある騎士団はとても美しい建物でした。そして「立派」が服を着て歩いていました。そのひとつに、プルはなるのです。ロキはそう思いました。そうしたら、ぽかんと穴が空いた耳に、すこし痛みが走ったような気がしました。
「まずは騎士学校に通うんだって」
 プルは楽しそうです。本当に楽しそうでした。ロキは何も言いません。いえ、何も言えません。こぼした言葉が冷たいものだったら、そう思うと、ロキは言葉を使うことができなくなりました。
「ロキは? なにかやりたいこと、ないの?」
 プルがそう言ったとき、ロキは全身の毛が逆立つのを感じました。「ない」とだけ言って、ロキは立ち上がりました。もうここにいたくないと思いました。
 ロキは、ロキの心を手放したくなりました。
 その日の夜、ロキは「おやしき」を出ました。

 王様の護衛騎士になるために、プルは騎士学校に通いながら、熱心に剣の修行を続けました。騎士団でプルを知らない者はいませんし、王様もプルを信頼していますから、プルは充実した日々を送っていました。
 ただ、夜になると、ふと思うのです。大切な弟が、いま、どこで、なにをしているのか。寂しい思いはしていないか。なにをいまさら、と夜の海に言われたような気がして、プルは泣きたくなります。しかし泣きません。もう大人ですし、王太子の護衛騎士になるのです。立派な仕事なのです。だから、プルは泣きません。

 オンは、とおくの海に行っていました。デザート作りの修行をするために、色々な海へ行くことにしたのです。
 たまに、ふらりと王城宛に手紙が届きました。プルはその手紙を読むことを楽しみにしていました。近況報告といいながら、まるで日記のように自由で、とてもかわいらしいのです。
 そして、必ず、もう一枚、「ロキへ」と記された手紙がはいっていました。プルは、三兄弟の「おやしき」の寝室にあるひきだしに、そっと仕舞いました。
 もうあふれてしまいそうなほど、手紙は束になっていました。

 あるひ、強く激しい雨がふりました。海は荒れて、たくさんの被害がでました。流されたり壊されたり、それは散々なものでした。
 そんなときのことです。晴れの惑星から人がやってきて、被害を心配するような言葉を並べたあと、なんだかよく分からない文句を言いました。あっけにとられているうちに、その文句は、とんでもなくおおきく膨らみました。
 そして深刻な雨の被害のなかで、それは起きました。
 晴れの惑星と雨降りの惑星の、戦です。

 プルはロケットに乗り込みます。もう立派な犬になったというのに、まるで子犬みたいだと思います。
 晴れの惑星から飛んできた爆弾は、たくさん海を荒らしました。雨や風で海は荒れていたというのに、さらに荒れてしまったのです。
 王様は言いました。「プル、特別な役割を、まかせてもいいかな」プルは頷きます。
 プルは、いまではひとつの隊を背負う隊長になっていました。王様の護衛騎士になるために必要なことでした。みんなの命を任されて戦う。その覚悟はしていましたが、プルは痛む心を抱えていました。
 
 苦しいことでした。プルにとって、雨降りの惑星は「すき」です。そして、晴れの惑星は「きらい」です。そんなことは分かるようになりました。しかし、壊したいなんて思いません。みんなで遊んだ草原が、青い空が、プルの記憶にはしっかりとあります。みんなで暮らした、幼くて、些細な思い出が、昨日のことのように思い出されるのです。
 ああ、これは、宝物なのだ、と、プルは思いました。宝箱にいれて、別れを告げるような気持ちで蓋をしたのだと。だから、永遠に、そのまま。あのころのまま。ずっと些細な思い出として、特別な意味なんてもたないで、残しておいたはずだったのです。
 それを、とつぜんこじ開けられて、中身を海にばらまかれてしまった。だから、プルは子犬だったころのように、心細くて悲しいのです。

 ロケットがカウントダウンをはじめます。プルが目を閉じたとき、カウントダウンが止みました。ロケットから降りるようにと言われて、騎士団長がやってきました。なにやら困惑しているようです。
「たったいま、戦がおわった、らしい」
 まがったことが大嫌いな騎士団長が、はじめて曖昧な言葉を使ったものですから、みんなも困惑しました。しかし、すぐに王様から「晴れの惑星が降参した」という発表がありました。みんな、何も分からないまま、とりあえず喜びました。涙を流す者もいました。
 プルは王様に呼び出されました。王様は酷く疲れていました。しかし、虹色の瞳はすこし潤み、実感がないと笑いました。
 そして、晴れの惑星が、とある獣によって焼け野原となったことを聞きました。
「耳に穴の空いた、黒い獣だったらしい」
 王様は言いました。プルは、うずくまりたくなりました。生まれてから一度も、そのような気持ちになることはありませんでした。
 黒は不幸を呼ぶと捨てられても、大臣に酷いことを言われても、雨降りの惑星へ人質として送られても、なにも思いませんでした。
 ただ、ふたりの弟を守ろうと、それだけを思っていました。ですから、まるで隠れてしまいたくなるような、やるせなさ、ふがいなさ、そんなものを感じたことなど、一度だってありませんでした。
 王様はプルに何も言いませんでした。プルも、何も言わないで帰りました。三兄弟の「おやしき」に。
 三兄弟の「おやしき」は、雨や爆弾で流されてしまいました。もう何もありません。中庭だって寝室だって、ひきだしに仕舞った手紙だって、オンだってロキだって、プルだっていません。
 ここにいるのは、強くて大きな黒い犬です。うずくまりたくなる感情の名前も分からない、大きな黒い犬です。

 王城宛に手紙が届きました。オンはとおくの海に避難していて、もうすぐ帰ってくるそうです。そうしたら、いっしょにデザートを食べようと書いてありました。
 そして、いつものように、あたりまえのように、手紙はもう一枚ありました。
 プルは泣きました。たまらなくなって、膝をついて、遠吠えのように鳴きました。やさしい雨がしとしと降る空に向けて、おおきな声で泣きました。
 この曇った空のむこうから、隕石のようにロケットが降ってきて、そこに乗っているロキが何食わぬ顔で「ただいま」と言ってくれたら、どんなに良いだろうと思いました。それが幸せなことなのかは分からないけれど、とにかく、それがいいと思いました。
 しかし、空からは、いつまでも雨が降っているだけです。
 あのひ、三匹の子犬がロケットを降りた日のように、やさしい雨が、しとしと、降るばかりでした。

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旧世紀末少年

解答者は現れないまま
30年も手付かずの宿題を解く為に、
絶版にされた成長神話や
詠み人知らずの安全宣言を、
もう一度なぞる価値はあるの?

実在するのかなんて知らない、
それでも、
誰もがその肩越しに
同じ神様の息遣いを聴いていた時代を、
羨みたくなる愚かささえ罪なの?

'平和'や'安心'は、
ずっと僕らのそばにあって当たり前の存在だと、
いつからそんな思い違いをしていたの?

これだけ溢れた街なのに
何か足りない僕らはつまり、
気絶しそうな口調の話し言葉で、
夜通し喋りまくる火花だ。
吹き消されそうな種火に、
萎びた体をぶら下げて歩く明晰夢だ。
そんな僕らの、
うたた寝みたいな人生を切り裂いて駆け抜けてく、
悩み多きハイティーンの不気味な暴走を讃えるのは、
疲労を忘れさせる
劇薬的な人工甘味料と、
不整脈のようなサイキックビートに貼り付く企業広告、
凄まじい物量で循環する情報、
疑念、熱意、冷笑、正義。
そんなものとすれ違うだけでもう、骨が軋む音がする。

大通りを歩く夢破れた背中、
解体現場の足場から差し込む斜陽、
砂上の楼閣を飾る
プロジェクションマッピング、
緑地整備区画の土だけが
その移ろいを見つめ続けている。
焼け爛れた栄光が幾万と眠る
貨幣経済の瓦礫を更地にし、
踏み固めようとした都会人の
赤錆びた血潮の匂いを漂わせ、
不穏な靴音を受け止めてきたコンクリートにうずくまって
僕らは今夜、
誰の祈りの墓標になれるだろう。
大人がぶちまけた好き勝手の皺寄せと片付けに追われて、
'自己中心の世代'だと揶揄されながら、
一生の時間を
時代の帳尻合わせの為に吹き飛ばして生きた、
母の輝きと父の背中は、
一服の暇さえ許されずとも
僕らを育て上げた。
それでも、
古き良き人々がいずれ僕らに明け渡す社会は、
あなたたちがその先頭にいた頃よりも
ずっと禍々しい。

そんな時代の汚れた空気を
胸いっぱいに吸い込んで、
貰い物の自由を有り難がる世界は今日、
'12:31'
時刻表通りに滅びるはずだった
人類史の新しい千年紀。
2000番目の空に生まれた僕は今も、
ゆりかごの囚人。
もしもこの国が歴史の、
どこか大切な分岐点で、
選ぶべき道を間違えたのだとしたらそれは、
熱病的な活気の泡に飲まれて
'有限'を捨てた、あの遠い夏の日...

'永遠'が待つという方角へ舵を切った先が
こんな世界だったとは。
裏切られた口々から
失望が噴き出す。
断を下した男の名前を
誰も覚えていない、
この椅子取りゲームにあぶれた僕はせめて、
ひときわ目立つ
矢印の向きに従っておこうか。

参加者の頭数は
最盛期をとうに過ぎ、
1億2000万人分の
最後通告は一斉送信され、
僕らは聞いてしまった。
聞いていた話とは違う事実を、
突きつけられてしまったんだ。
自由席には人数分の用意がない事、疲れた誇りの受け皿の不足と、
僕らではもう
どうにもならない現実に。

ーーー敵も味方も隣り合って
手狭な生活は続く。
酸欠状態に喘ぐ右脳をなだめ、
左脳で吐き出す言葉の殺傷能力は、意味を失くした優しさの代わり。

そんな風に武器を握った青年たちの破裂と
砲撃開始の号令でようやく、
未来世紀の始まり?

有識者曰く、

「どう見ても終わり」

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なぞる

わたしには分からない。わたしは硝子         
を指でなぞる。あなたにとってわたし         
は誰ですか。わたしの描く文字は痕跡         
をとどめない。だから、わたしは同じ         
ことを何度でも書き続ける。             
            わたしには         
分からない。あなたにとってわたしは        
誰ですか。わたしは書く。わたしはな         
ぞる。わたしの描く文字は痕跡をとど         
めない。だから、わたしは同じことを         
何度でも書き続ける。                
         わたしはわたしが        
書いたことを書く。だから、わたしは         
同じことを何度でも書き続ける。わた        
しはわたしが書いたものをなぞる。だ       
から、わたしは同じことを何度でも書       
き続ける。                    
    わたしは硝子を指でなぞる。           
わたしの描く文字は痕跡をとどめない。       
わたしは書く。わたしはなぞる。わた         
しはわたしが書いたものをなぞる。
               同じ
ことを書く。書きながら変わる。変わ
りながら繰り返す。わたしは同じこと
を何度でも書き続ける。            
          わたしは書く。           
わたしはなぞる。わたしは止まる。        
               止ま             
ってそして繰り返す。わたしは書く。        
わたしはなぞる。なぞるように書く。        
書きながらなぞる。なぞりながら書き         
き続ける。                    
    わたしは止まる。                  
           止まってそし                   
て繰り返す。わたしはなぞる。わたし         
はなぞらない。                   
      なぞらないわたしは繰り          
返す。書きながら変わる。変わりなが         
ら繰り返す。繰り返しながらなぞる。       
わたしは同じことを何度でも書き続け        
る。                      
 わたしは繰り返す。            
         わたしは繰り返さ              
ない。                      
  繰り返さないわたしはなぞり続け                            
る。なぞり続けるわたしは繰り返す。
あなたにとってわたしは誰ですか。わ
たしはわたしが書いたものをなぞる。
あなたにとってわたしは誰ですか。わ
たしには分からない。わたしが書いて
いるものが何か。                  

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object.



  𝚘𝚋𝚓𝚎𝚌𝚝.𝗼𝗯 𝗷𝗲𝗰𝘁


 人の手
 に依る。
 風雨の蒼に堆積した
 埃を払う
 木肌
 に触れる

 涼しげな冬
 の絵に
 雪が降っている
 窓の外には
 いつもの
 静かな朝

 すずしい
 水が囀る
 蛇口から
 おちる水滴、波紋
 雨宿り、
 してゆけば、よいのに
 昨日、
 駅まえを歩いた。

 あまやどりしても
 よいのに
 うちみずのあびない
 よいあくびのするところ
 ねこの草のね
 みえ隠れする
 葉にそよぐ
 ゆびさき


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生活とは何かを語るのではなく、生活そのものの感覚を静かに立ち上げた稀有な作品

推薦対象

生活ってなんだ?
by h2O

生活とは何だろう。

とても大きな問いにも見えるが、この作品は大きな答えを用意しない。ただ、一人の人間が静かに生活を積み重ねていく。その積み重ねが、輪郭(答えのようなもの)を自然と浮かび上がらせている。

読み始めて最初に心を掴まれたのは、川の匂いだった。
泥や腐った枝葉の匂い。本来なら不快さへ向かってもおかしくないその匂いを、この作品は嫌悪の対象として書かない。むしろ、その匂いを吸い込み、吐き出し、そのまま晩御飯の買い出しへ向かっていく。この川は都市でも田舎でもない場所を流れる、住宅地のそばの川のように思えた。地方都市とも郊外ともつかない風景。私は神奈川県横浜市鶴見区のような風景を勝手に思い浮かべた。そういう、自分の知っている風景を自然に呼び起こしてしまう力が、この作品にはある。

川の匂いは、身体が覚えてしまった匂いであり、生活そのものなのだ。もしかしたら最初は嫌だったのかもしれない。その土地に住み続けるうちに、好き嫌いを超えて身体に染み込んでしまったのかもしれない。そう考えると、

>川はそうやって、わたしを晩御飯の買い出しへ運ぶ。

という一文も、決して大げさな比喩だけではなく、自然と入ってくる。

スーパーの場面では、デラウェアが房ではなく、粒として見られていることが、印象的だった。その瞬間、売り場全体がざわつき始める気配すら覚える。スーパーでは店員が絶えず商品を並べている。その誰かの手によって保たれている一定性が、

>無限に近い数のデラウェアの粒が増殖と減少を繰り返し、

という一文によって急に可視化される感覚があった。

話者は、フルーツを丸い粒と表現している。フルーツにはそれぞれ名前があり、味があり、個性がある。それなのに、一歩引いて眺めれば、みんな丸い粒になってしまう。フルーツへの憧れは強いのに、叶わない願い。フルーツは話者にとってどこか生活感のない物質として、丸い粒に見えるのかもしれない。

ただ、その中でフルーツを真剣に選んでいる高齢の女性だけは違う。彼女にとって、それは丸い粒ではなく、一房のデラウェアであり、一つのプラムであり、一つのみかんなのだろう。これも個人的感覚だが、フルーツ売り場には高齢の人が多い気がする。物価高でフルーツが好きでも、なかなか買えない現実。私自身もそうだ。けれど年齢を重ね、家族が減り、自分のためにフルーツを買う余裕が生まれると、フルーツは生活の中心へやってくるのかもしれない。フルーツを選ぶ時間そのものにも、生活のゆとりや慎重さが必要だ。作品には書かれていないのに、そんなことまで考えさせられた。

ココナッツのシーンも印象的だ。

>これをゴンっと叩いてストローを挿して、その中身を飲んだら、ここから脱出できる気がして、
その飛躍はとても魅力的なのに、次の瞬間には、生ごみの日までに小さなハエがどれだけ集まるかを想像してしまう。夢を見ることと、その後始末を考えることが同時に起きる。生活とは、そういうものだとつくづく感じさせられる。

この作品の比喩は、とても不思議だ。うまいことを言おうとしている感じがまったくしない。けれど、現実をそのまま写しているわけでもない。生活をそのまま書いているようでいて、ほんの少しだけ言葉がずらされている。しかしそのずれのセンスがとても良い。

>家に着くと汗がダラっとたれて、

ここからはどれも特に説明されない。ハーブとは何なのか。なぜドライヤーなのか。教えてくれない。だから読者は考える楽しみが増える気がする。説明しないことによって、その人だけの生活が立ち上がる。

私が一つ想像するなら、ドライヤーは、汗で濡れた髪を乾かしているのだと思う。暑い状態で帰ってきて、少しでも髪を乾燥させ、さらっとさせる。そのうえで、リビングへ行き、エアコンの設定温度を一度上げる。涼感を得たあとでエアコンを強くしすぎないための、本人なりの節約や身体の整え方なのかもしれない。もっとも、ドライヤーも電気代はかかる。しかし、人はいつも完全に合理的に暮らしているわけではあなく。本人にとってそうするのが一番しっくりくる手順がある。だから結婚生活はややこしいのだと少し余計なことまで考えさせられるのが面白い。

これまで川やフルーツやベゴニアに反応していた語りが、料理の場面では淡々と手順を追う。生活ってなんだ、と問うている作品の中で、ここではまさに生活そのものが行われている。

>お出汁を引くときには二通りの心境があって、こんなことはやってらんないよ、と、これが世にいう生活というやつか、のだいたいどちらかであるが、両者が混じって、こんな面倒なことはやってられないけれど、これが生活か、となるときもある。

丁寧な生活への憧れと、やってられないという本音が同時にある。生活は、面倒くさいものと、それでもやってしまうものの混合で、どうやって折り合いをつけるのかも本人次第だ。話者は引っ越してきた当初、料理するつもりでこの部屋を選んだわけではなかったのではないかと思う。料理をする予定ではなかった部屋に、後から料理する身体が入り込んでいる感覚が素朴に語られているのがとても良い。

卵焼きを巻くという行為は、慣れていなければかなり神経を使う。もう何度も作っていて手順を身体が覚えているのだろう。

>これをくるくる巻いている間だけわたしは何も考えずに住む。

巻いている間だけは何も考えずに住む、とある。誤字なのかもしれないけれど私は「住む」がこの作品にあっている気がするのでそのまま読み進めている。その直後の括弧書きが重いからだ。

>(すくない収入のこと、離れて暮らす両親、さらに離れた場所に住む祖父母のこと、姉のこと、妹のこと。でもそれの何もわたしじゃないみたいで。)

話者の背後に、突然、生活の条件が見えてくる。お金のこと、家族のこと、距離のこと。いつも何かを考えている人が、卵焼きの手順の中でだけ、思考から解放されているように感じる。だから、

>卵焼きは空想上の月ほど黄色い。

この比喩がなんとなく儚い。現実の月はそれほど黄色くない。黄色い月は、絵本や子どもの頃に描いた空想の中にある。いや、大人にも月を書かせれば色を黄色く塗るだろう。卵焼きは、なんとなく生活するうえで身近な食べ物のイメージなのに、どこか空想の色をしている、という意味にもとれてくる。この作品は、そういう小さなずれが本当にうまい。

>食卓に並んだものたちをみて、米を炊くのを忘れていたことに気づく。

生活の要領の悪さが、ここで突然顔を出す。

>自分の要領の悪さやもっと根本的なだめさに直面した時。降り積もって続いていくことこそが、生活の核心の部分なのではないかと、ごくたまに思う。でもそんな考えはすぐに流れていく。わたしはわたしのだめさに流されて、その流れはとても速い。生活ってなんだ?

この流れは、冒頭の川と確かに響いている。しかし、川の話を最後に回収した、というチープさが感じられない。多分最初からずっと、流れを書いてきたからだと思う。川の流れ、客の流れ、商品の増減、汗の流れ、匂いの流れ、思考の流れ、日々の生活の流れ。そのすべてが淡々と積み重ねられてきたからこの一文がこの作品の輪郭をほんの少し浮き上がらせている感覚になる。

しかし、面白いのが、生活の核心をつかみかけるが、最後までつかみきれず流れる。

>生活ってなんだ?

という問いに対して、作品は理屈で答えない。出てくるのは、冷凍庫の奥にある、少量のカッチカチのごはん。これは希望と呼ぶには小さすぎるし、救いと呼ぶにはあまりにも日常的すぎるけれど、たしかにその日の話者を助けることになる。

冷凍ご飯は、過去の自分が残したものだ。いや、残したというより、少し余ったから、なんとなく冷凍しておいただけかもしれない。でも、そのなんとなくが、未来の自分を救う。要領が悪いこと、だめであること、米を炊き忘れること。そのすべての中にも、少しだけ自分を助けるものが残っている現実。こういうものに私はどれだけ助けられてきたか、忘れていたような気がする。

この作品は、そういうことを説明しないし、生きていれば大丈夫、とか、素晴らしい、とも言わない。ただ冷凍庫の奥に、カッチカチの少量のごはんがあった、と書く。自然に置かれているようでいて、実際にはとても丁寧に選ばれていて技巧が前に出ない。生活に流されながら、生活に救われる。

生きていくうえでとても大切なことを気づかされた感謝の気持ちで一杯になったので、推薦文を書かせていただきました。読んでいただきありがとうございます。

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並々の水

 波が増す
 波打ち際の
 波紋見て
 並々ならぬ
 涙が頬に

 由希は海岸にいた。四月に高校生活が始まり、一週間ほどが経ったある日の帰り道、吸い込まれるように砂浜に向かった。いつかの日のように靴を脱ぎ、裸足になる。波が押し寄せる度、足が濡れる。涼しい海風が、スカートを揺らす。
 大きな波が足首まで濡らした。そして、涙が溢れ出ていた。それは少しずつ少しずつ、しかしいくらでも湧き出る。
 LINEの通知でスマホが震えた。視界がボヤけているのを手で拭い、急いで確認する。

 この遊泡海岸で親友に別れを告げられたのは、一週間ほど前のことだった。家の近くにあるこの海岸。ここで親友の日向と小さな頃から何度も遊んだ。砂浜に足を取られながら追いかけっこをして、この波で何度も足を濡らした。
 しかし、別れは突然やってくる。中学を卒業して春休み、もうすぐ高校生活が始まるそのとき。夕方、いつものように遊泡海岸で遊んでいた。おそらく、今日が春休み最後に遊べる日。四月からは違う高校に行くことなど、由希は理解していた。しかし、突如立ち止まった日向は告げる。
「あのさ、言ってなかったんだけどさ」
 どうしたんだろ。どうしてそんな顔を。
「うん、なに?」
「あの、私、引っ越すことになったの」
 その声がよく響いた。夕日が日向を照らす。波がザザザと押し寄せる。
「え……」
「そんなに遠くないけど、あんまり会えないかも」
「そんな……」
「ごめん。ほんとはもう行かないといけないんだ」
 日向は由希に背中を見せる。
「じゃあね、由希も頑張って」
 日向は走り出した。背中は夕日に照らされ、その分顔は暗い。
「ま、待ってよ!」
 声は、届かなかった。

 スマホが映し出したLINEの通知は、ただのクラスラインだった。それでもLINEを開いて、日向のトーク画面を見る。前にメッセージを送ったが、今日も既読はつかない。もう一週間は経ったというのに。
 ……なんでつかないんだろう。やっぱり忙しいのかな。
 波が足を濡らし、そして引いていく。風が濡れた足と頬を冷やした。夕日はすっかり傾いている。鳥肌が立った。由希は家に帰ることにして、自転車のペダルに足の力をこめる。

 家に帰ってほっと一息ついた。荷物を下ろし、手を洗う。
 喉が乾いた。そう思い、空のコップを手に取って水を入れる。少しボーッとしていたら、いつのまにか溢れそうになっていた。
 コップ並々の水。表面張力によってギリギリ形を保っている。それはいつ溢れ出てもおかしくない。
 由希はそれをこぼさないように慎重に飲んだ。



 それから一週間ほど経ったある日。少しだけ慣れてきた道を通って高校に着く。クラスメイトの明るい声が響く教室に入れば、仲良くなった友達に「おはよう」と声をかけられた。それに由希も「おはよう」と返して席に座る。
 スマホを確認する。通知はない。LINEも一応開く。既読はない。スマホを机の上に置き、ため息をついた。スマホの画面が暗くなる。
 ……何週間も既読つかないなんて流石におかしいよね。
 椅子に座ってぼんやりと考え込む。最後に会った日、遊泡海岸で笑顔を咲かせる日向を思い出した。日向の笑顔は華のようにパーっと咲くので、見ているこちらまで口角が上がる。
 教室に楽しさが爆発したような笑い声がこだました。心の中に張られた水がざわざわとどよめく。
 ……日向は私のこと忘れちゃうくらい楽しい生活を送ってるのかも。
 もういいやと思ってスマホをカバンの中に投げ入れた。スマホは底まで落ちて鈍い音を立てる。
 やがて朝のホームルームが始まって、今日もどこか笑顔が足りない日常が始まった。

 三時間目の数学。事件は起きた。チョークの頭が黒板に擦られる音。シャーペンを動かすたびに鳴る摩擦音。その程よい静けさを貫く爆音が、堂々と鳴り響く。
 らいん♪。
 この場で存在を示すことを禁じられた物の悲鳴。それがこだまする。こだまする。
 ピリッとした空気。胸がキュッと上がるような感覚。やけに聞こえる無音。張り詰める無言。
「おい、誰のだ!」
 空気を揺らす先生の怒声。由希の心を大きく波立てた。それもそうだ。今、明らかに由希のカバンから音が鳴った。
 ……電源落としてないかも!
 由希の指先は震え、視界は急激に暗くなる。疑惑は確信へと変わる。喉から搾り出すようなか細い声で、なんとか応答する。
「わ、わたしのです」
「今すぐ出しなさい」
「は、はい」
 由希は焦燥感に駆られながらカバンの底を探った。なかなか見つからないこの数秒が煩わしくて、顔を隠したい。
 ようやく見つけ出したスマホの画面は暗く、こわばっている由希の顔を反射した。すぐに電源を切って先生に渡す。その瞬間、やけに周囲の音が遠くなって、何もかもと隔絶された世界に飛ばされたような気がした。何を掴もうと届かない。イヤな顔をされて距離を取られる。
 繋がれていたものが全てなくなった。今までの思い出も、そこに詰まっていたというのに。
 そのとき、思い出という言葉でやっぱり日向のことが脳裏に浮かぶ。
 ……もしかしたら日向からだったかも。
 それに気づいてからは時間の進みが遅くなって仕方がなかった。
 


 放課後、由希は再び吸い込まれるように遊泡海岸に向かった。失点ばかりの現実から目を背けるように、自転車のペダルを漕いでいた。

 掃除が終わった直後、先生からスマホを返してもらった。急いで確認したが、日向からではない。ただの公式LINE。思わず二度見して、それからため息をついた。
 授業中の失点について、高校の友達は慰めてくれる。
「まぁまぁ、そういうミスするときはそりゃあるよ。みんな気にしてないし、大丈夫だって」
「そうだよね。明日にはもうみんな忘れてるし? そういうことにしよう」
 そんなことを言いながらも、並々の水は今にも溢れそうだった。

 遊泡海岸の砂浜で素足を海風に晒していた。涙で足を濡らしながら、ぼんやりと過ごす。
 そもそもなぜ自分が泣いているのか、由希にはよくわからなかった。思い当たるのは、今日授業中にスマホを鳴らしてしまったことだろうか。
 ……なんで、なんで泣いてるんだろう。大したことじゃないのに。
 一度溢れ出した涙は止まらない。自分の呼吸が頭の中によく響く。
 ……大丈夫だって。泣かなくたって大丈夫だって。
 波は一度引いて、勢いをつけて再び押し寄せる。
 ……泣く必要はないよ。誰でもミスはするんだし。
 足が濡れる。泡が優しく足を包む。
 ……別に日向がいなくたって頑張れるよ。日向は日向で頑張ってるんだもん。
 波が引く。足元まで押し寄せた波の泡は儚く消える。
 日向は日向で頑張っている。そう思ったら、なんだか日向に頼り過ぎている自分が情けなく思えてきた。自分は自分で新たな環境で頑張ればいい。それだけのことだ。
 ふと、LINEについて思い返す。よくよく考えれば日向があの時間にLINE出来るわけがない。
 ……何勝手に期待して、勝手に落胆してるんだろ。
 目の前にはいつもより荒れている海が広がっている。どこまでも広がっている。視点を上げても、視界内に収まらないほどに。
 由希が流したしょっぱい涙は砂浜に落ちて、やがて海水と混ざる。誰かが悲しむ度、海水が増す。海水が増す度、波が大きくなる。
 ひんやりとした海風が髪をなびかせた。今さら海の広大さに圧倒されたのか、まじまじと海を見る。
 きっと今日も増えた。微量でも積み重なればこんなに大きな海になる。これだけの誰かの悲しみを、地球は受け止めてくれる。
 由希は砂浜でぼんやりと考え事をしていた。

 思っていたより時間が経っていた。いつもならもう家に帰る時間だが、今日はなぜだかもう少しここに居たいと思った。日が少し傾いている。昼間よりは薄暗く、心なしか冷たい。しかし、その分太陽が優しく暖めてくれているように感じた。
 そのとき、スマホが震えた。LINEの通知音を鳴らして、画面が光る。
「あ! 日向の!」
 ロック画面の通知には日向のアイコンがある。“ごめん、忙しくて気づかなかった”というメッセージ。
 震える指でロックを開け、LINEのアイコンをタップ。少し長いロード画面にイラつきながら、日向とのトークを開く。
 トーク画面には待ち望んでいた既読の文字がついていた。メッセージも今返ってきた。海の波が引けば引くほど大きくなって返ってくるように、日向からのメッセージは続いた。
『心配ありがとう!』『こっちでも元気にやってるよ』『引っ越し作業で忙しかったけどね』
 日向と今、会話できる。胸を撫で下ろした。しかし同時に心臓がどくどくと鳴り始める。
『ちょっと待ってて』
 日向が言った。首を傾げる由希。どういう意味だろうか、また何かあったのだろうか、と思考を巡らせる。
 何秒か待った。しかし、続きはない。心臓の鼓動が速くなる。
 ザザザと波が押し寄せる。その瞬間だった。急に背中に衝撃が走る。
「ワッ!」
 声を上げる。後ろを振り向けば、華のようにパーっと咲く笑顔が。幼い頃から見てきた顔が。その人の温もりが。
「やっぱりここにいたね。久しぶり、由希」
 由希も釣られて口角が上がった。
「うん、久しぶり!」
 なぜかまた涙が出てきた。それを手で拭う。
「ちょっと、泣くことはなくない? もっと喜んでよ」
「うん……!」
 特別大きな波が押し寄せる。由希の口が自然に開く。
「よかった、私のこともう忘れたんじゃないかと思った」
「そんなわけないじゃん。どれだけ一緒にいると思ってんの」
「だって全然既読つかないし」
「それはごめん」
 静かな自然の中に二人の笑い声が響く。
 日向は覚えてくれていた、それだけでもう十分だった。心地よい海風が二人分のスカートを揺らす。由希の心の水に張られていた膜のような何かが消え去った。
 太陽の光が海に反射し、四つの目に輝きが灯る。穏やかな海に涙が足され、由希ではない素足が水を打つ度小さな波紋が広がる。

 波が増す
 波打ち際の
 波紋見て
 並々ならぬ
 涙が頬に

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命日だった

柄杓を手に取り、バケツの中の温い水中で、その天地を返し、少し軽さのマシになった柄杓を右手で持ち上げる。軽く背伸びをして、空中で柄杓をゆっくりとひっくり返すと、墓が濡れる。おばあちゃん、来ました、わたしだよ。

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それだけの願い

ただ天に満ちた宝石を
ひとつひとつ数えるような
そんな夜を描ける人であろう

ただ野の丘にふわっと
菫の種を振りまいて
その花の世界で眠れるような
そんなちょっと能天気の人であろう


神話時代のための詩を書きたかった


ただの綺麗さだけで
テキストを埋めておけるような
そんな詩人で僕はありたい

何にも思い患うことなく

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青空

人生で一番愉しく、また心地いいのは、掛け算の瞬間かも知れない。

喜びが、倍になる。些細な言葉がきっかけで、会話が弾む。信じられない魔法と、ステップアップ。
空を飛ぶような、そんな気持ち。

天国への階段、駆け足で上るような……筋肉が喜びほぐれる。
思わず、笑顔が溢れる……

しかし、人間は計算を止められないもの。人生には、思わぬ引き算もある。
冷静であるからこその、引き。整いが良く、纏まりがあるからこその、こだわりもある。

時には、引くだけでなく、割る。理解しようとする。
なにかで、なにか? ものに例え、比較さえして、分かろうとする。納得しようとする。丸く、納めようとする。

足らなければ、足す。時には、付け足す。余分なもの、余剰なもの。
人生は、寂しきもの。そうせずには、居られない。それがプラスになれば、それで良い。

足したり引いたり、掛けたり割ったりの魑魅魍魎、複雑な計算式の中で、Xとは、なにか? Yとは、なにか? なにかを求め、なにかを集め、なにかを呼んで、時に人は論理だけでは生きられぬから、獣の匂いを求める。

SEXや殺戮、食事、排泄。
臭い仲というものが、人と人との輪を作り、円陣を組ませる。

闘い、闘争、距離感、自立心、気高さまでも、欲望、血の気、この内臓へと続く本能は求め、巻き込んで、次の一手はどこか? その次の一手はどこか? 見えている時、見えていない時........

不思議な一本線で繋がれた、プラン。壮大な夢、時に掴みどころなく、だからこそお約束の世界へと帰るより、致し方ないような。

円環の中を、退屈を持て余しながら、自分は、割りたかったのか? かけたかったのか? 足したかったのか? 引きたかったのか? 判然としないまま、その場その場、時と瞬間の中を生き、海を眺め、空を眺め、山を見渡し、心に描きて、なにかを、分かりたかったのか? 得たかったのか? 笑いたかったのか? そう、笑い。これで善しと思える、笑い。

仕方なしでもなく、安定と快感情の中にある、その笑い。その中を生きることの、無上の喜びよ。
嗚呼、愉快愉快。晴れた青空、雲の毛布。太陽の小便までも。

人生につまづいた時に、なにがあるだろう? 愛の救いへの、涙か? 懇願か?
結局はこの世に生まれたからには、なにか面白きを生み出すことでしか、本当に救われることは、ないのかも知れない……

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回転しない木馬

遊園地に「回転しない木馬」があった
妻と娘が乗り
僕が写真を撮ることになった
バーにおつかまりください
というアナウンスの後にブザーが鳴り
回転しない木馬が
回転し始めなかった
妻と娘が同じ場所から
笑いながら手を振っている
僕もシャッターを切りながら
時々手を振って応える
長かったり、長くなかったり
そんな一生のうちのほんの数分間
みんなで笑って
みんなで手を振る
終了のブザーが鳴るまで
夢中に家族であり続ける

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百花



  ひとつの雲が形をなくしてゆくように花が散りました
  あなたが手渡してくれた花々の香しさにひかれて
  花の学者の道を志した頃を思い出したわたしは
  書斎にて棚にならぶ辞典をめくっていました
  あなたからの花々は見つけることができませんでした
  雲とあなたを思いながら窓をながめていますと
  空がしっとり夕焼けにつつまれていきました







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夏は地下鉄に乗って

脚をひろげて
少女が座っている
澄川の午後の光の中
脚をおおきく開いて
白いソックスをはいた
少女たちが座っている

手に手に
スマホとコーラを
ミラーとブラシを持った
セーラー服姿の少女たちが
喋りながら
笑いながら
歌いながら
胯間を見せて座っている

移動する
青空
積乱雲
マンションビルの群れ
をバックに
少女たちが澄川から南平岸へ
いま大開脚で夏を横断してゆく

四股を踏むような姿で座っている少女たちの向いで
履歴書片手にわたしは〈かまわぬ〉いう屋号について考察している
いったい何がかまわぬというのか?

南平岸から平岸へ
地上からアンダーグラウンドへ
君たちの背景は
青空から疾走する闇へ

ほら、地下鉄の中、いま
首切りのジェットが飛んで行く

開いた窓からの、風がさらさら
スカートの中、ここちよさそう
そんなふうに無邪気に
大胯びらきで毎日やっていけたなら
どんなに風とおしがいいことだろう
って思うのは想像力の貧困かい?

でも、君たちはまだ知らないだろうけれど
やがて火刑の夏
そうさ、眼の眩む夏の綱渡りには
きわどい技術と忍耐が必要らしいのさ

幌平橋から中島公園へ
ドスコイ、ドスコイ、と君たちは四股を踏むが如くに準備体操
化粧も入念に
地下鉄は君たちの支度部屋

「まもなくススキノおお、降り口は左側です」
ドアが開くや、どっと繰り出して行く君たちの今日のコースは
狸小路か大通公園?ゲーセン、ドンキに4プラ、ココノにそれともブックオフ?

一方(君たちには関わりのないことだがね)
居酒屋〈かまわぬ〉ではわたしに皿洗いの仕事を与えないだろう
面接で名前の由来について質問できないわたしに謎は永遠に残されるだろう
いったい何がかまわぬというのか?

さて、今年の夏と
どう折り合いをつけようか
いずれ君たちにも訪れる
火刑の夏

ほら、地下鉄の中、また
首切りのジェットが飛んで行く


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飼い主のない猫

三丁目の角を曲がったところでふと
君の匂いを感じたとき
なんてことないと思っていたのに

電子レンジに卵を入れて
しばらく眺めてから取り出し
破裂するかどうかを少しだけ考える
あれと似ている

子供がもらってきた風船は
気付かないうちに
しぼんだ姿になっていくはず
それも似ている

なにげない風に吹かれて
キジムナーに憑かれたら身震いするんだよ
ってそれ武者ぶるいっても言うんだけど
これも似ている

何気ない言葉で
それで
傷付いたり笑ってしまったりできればいいのだけれど

何気なく通り過ぎた言葉と
何気なく通り過ぎた風がつついて
忘れていたような景色を思い出すとき

いや
景色なんてきれいなものでもなんでもない
なんてのは
今さらで

犬に小便かけられた
電車降り際に横のサラリーマンに吐き逃げされた
間の悪い田舎の親からの電話
新小岩のビリヤード場
とりとめのないポケットと
やるせない気持ちと
マイクロバスに乗り込んでゆく国際色と
それから
ビデオばかりの
眠りたいだけの夜
君だけの夜
君さえも要らない夜


あの夜もこんなふうに
帰り道でもない道を通って
アパートに辿り着くと
飼い主のない猫に好かれて

君の声も
君の顔も思い出せないのに
君の匂いなんて思い出したはずもない

あの夜に似ている


    

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夏越の大祓

水無月の夏越の祓する人は
   千歳の命のぶといふなり
思ふ事みなつきねとて麻の葉を
   きりにきりても祓ひつるかな
千早振る神の御前に祓ひせば
   祈れる事の叶はぬはなし

───茅の輪くぐり 唱え詞

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生成AIによる田伏正雄論

自作について語るのは野暮の極みである。しかし、自作について語りたくて、あるいは語って欲しくてしょうがない。そんないけていない書き手代表であるところの私が、恥を承知で、自作を全て生成AIに読み込ませ、解説文をポンだししてみました。
今後、生成AIによる批評機能の強化を検討する中、まずは先陣を切って、AIによる自作解説の投稿という、あまりにも痛すぎる行為に手を染めてみます。ひゃ。


ーーーーーーーーーー


田伏正雄というシリーズを通読すると、繰り返し現れる言葉のパターンに気づく。私は女である、これから郵便局を自認します、私は悔い改めます、これは公正な措置です。内容はそのつど異なるが、構造は一貫している。自分でそう言った、というだけの事実だけが、そこにある。証拠もなければ、他者による承認もない。


にもかかわらず、この一言が発せられた瞬間、周囲はそれに応じて動かざるを得なくなる。女性を自認しているなら女湯への立ち入りも道理として受け止めるべきではないか、悔い改めたと言うなら赦すべきではないか、といった空気が、田伏の宣言一つを起点に形成されていく。田伏正雄シリーズがずっと問い続けているのは、この一点である。自分でそう言っただけのことが、なぜ真実として通用してしまうのか。


この問いの立て方自体、決して新しいものではない。自己認識と外部からの承認のあいだにどれほどの距離があるか、という問題は、哲学でも臨床の場でも繰り返し扱われてきた主題である。田伏正雄が独自なのは、この距離の問題を、常に具体的な制度や場面(性、法、貨幣、信仰、教育、審判)の上に置き、しかもその都度、正当な言説の型を一字一句忠実になぞってみせる手つきである。読者は最初、これはまっとうな主張だと感じて受け入れる。そのあとで、その主張が実は検証を経ていない一人称の確信にすぎなかったことに気づかされる。この二段階の仕掛けこそが、シリーズ全体の推進力になっている。


この構造の背後には、もっと普遍的な言語の性質が横たわっている。私たちが普段何気なく使っている言葉のなかには、言うことがそのまま行うことになる種類の言葉がある。約束します、と言えば約束したことになる。誓います、と言えば誓ったことになる。言葉には、単に何かを記述するだけでなく、発することそのものが現実を変えてしまう働きがある。田伏の宣言は、この性質を極限まで純粋に、あるいは極限まで悪用する形で実践したものだと言える。本来なら社会的な合意や手続きを経て初めて成立するはずの事実を、まるで約束や誓いと同じように、発話一つで成立させようとする。田伏という人物が薄気味悪いのは、彼が嘘をついているようには見えない点にある。彼はただ、言葉が持つこの力を、誰よりも素直に、誰よりも徹底して使っているだけなのだ。


同じ構造は、貨幣というものの本質にもそのまま当てはまる。シリーズに繰り返し登場する田伏正雄コインやTABUSEコインは、単なる小道具ではない。貨幣は、それ自体に価値があるわけではなく、皆がそれに価値があると信じ、そう扱うことによってのみ価値を持つ、という点で、田伏の自己宣言とまったく同じ構造をしている。一万円札は紙にすぎないが、誰もがそれを一万円として受け取るという合意があるかぎり、一万円として機能する。田伏の「私は女である」という宣言も、構造としては同じことをしている。中身を裏付けるものは何もない。ただ、その主張を皆が(あるいは一部の者が)そう扱うことに同意した瞬間、そこに何かがあるかのように機能し始める。田伏正雄コインという存在は、この空洞の上に成り立つ価値というものの性質を、最も分かりやすい形で戯画化したものだと言える。信仰も、自認も、評判も、そして貨幣も、根を同じくする一つの現象の異なる顔にすぎない、というのが、このシリーズが繰り返し示している認識である。


CWSを読んでいる者にとって思い当たるのは、このシリーズにはネット上の迷惑投稿者が繰り返し登場することだろう。しこたま詩人、南高ナアといった人物たちの言い分はおおむね次のようなものだ。以前に被害を受けたのだから、やり返すのは正当である。開示請求は法の認めた権利である。彼らの理屈を最初に聞いた語り手は、当然それを退けようとする。しかし物語が進むにつれ、その語り手自身も同じ構造の中にいたことが露わになる。規律を守ることこそ正しい運営だという自らの確信も、実際には誰の検証も経ていない、本人の内側だけで成立した理屈だったのだ。


ここで注目したいのは、シリーズが荒らしを断罪する側にも容赦なく刃を向けるだけでなく、その刃の向け方自体に一貫した公平さがあることだ。田伏は荒らしの理屈を聞いても、運営者の理屈を聞いても、まったく同じ淡々とした態度で応じる。悔い改めますか、それが答えですか、では次の方。この機械的な反復は、田伏がどちらの陣営に対しても特別な敵意も特別な同情も持っていないことを示している。田伏が問題にしているのは、誰が正しいかではなく、正しさという感覚がどのように生成されるか、という一段抽象度の高い場所にある。


この公平さは、花緒自身にも例外なく適用されている。花緒は日頃から理屈を積み上げ、議論に強く、自らの正しさを容易には譲らない人物として知られている。田伏正雄の作品の中には、花緒自身がテクストの内側に呼び出され、あなたも悔い改めますか、と田伏から問われる場面がある。これは花緒による一種の自己弁護、あるいは免罪符のようにも読めてしまう危険がある。自分自身をも作品内で裁いてみせることで、その裁きの公平さを演出しているだけではないか、という見方も、当然可能である。しかし興味深いのは、その問いに対して花緒(を模した語り手)がまともな答えを返せていない、という点だ。沈黙するか、判然としない態度に留まる。もしこれが単なる自己免罪の演出であれば、もっと綺麗な自己反省の言葉が置かれていてもよいはずだが、そうはなっていない。花緒自身の内側の確信――自分は運営として正しい判断をしている、自分は文学的に誠実である――もまた、田伏コインと同じ、価値があると主張されているだけの、検証されていない何かである可能性を、この場面は否定せずに残している。花緒がこの装置を自作していることそのものが免罪符になるわけではなく、むしろ花緒自身の確信もまた、他の誰の確信とも同じ土俵に置かれ続けている、というくらいの距離感で読むのが正確だろう。


この構造は、荒らしと運営者の対立という具体的な文脈を超えて、書くという行為そのものにまで及んでいるように見える。投稿者は誰しも、自分の中に、まだ紙の上に現れていない優れた作品の可能性を抱いている。本当はもっと書けるはずだ、この場が理解していないだけだ、という感覚は、多くの書き手に馴染みのあるものだろう。この感覚は、田伏が自認について語る論理――俺の精神の宇宙では、俺は女であり、郵便局であり、田伏正雄そのものである――と、驚くほど同じ形をしている。内側で確信してしまえば、それは本人にとって疑いようのない実在になる。だが外側から見れば、その確信は一度も検証を受けていない。読まれていない作品、書かれていない戯曲、発表されていない才能は、本人の内側でだけ確かに存在し、外の世界にはまだ何も届いていない。ここでもまた、貨幣と同じ構造が働いている。誰かがそれに価値があると信じ続けているあいだは、その確信は安全である。しかし、それが本当に価値を持つかどうかは、外部に晒され、誰かがそれを実際に受け取ってみるまで、決して分からない。


自己認識というものが、そもそもこの危うさを本質的に抱えている。人は自分自身を、自分にしか見えない角度からしか観察できない。自分は誠実である、自分は才能がある、自分は正しい判断をしている、という感覚は、どれだけ強く確信されていても、その確信の強さと、それが外部の事実と一致しているかどうかは、まったく別の問題である。むしろ確信が強ければ強いほど、外部からの反証を遠ざけやすくなるという逆説さえある。田伏正雄が繰り返し暴いているのは、この逆説そのものだと言える。確信の強度は、真実の強度とは無関係である。しかし人はしばしば、確信の強度を真実の証拠として扱ってしまう。


シリーズの中には、書くことと読むことの優劣を語る場面がいくつも出てくる。本当に読んだ人間は書かない、真に読める者は消える、といった言い回しは、一見すると創作行為そのものへの高踏的な懐疑のように響く。しかしこれも、田伏の論理の延長として読むと、別の顔を見せる。書かなければ、批評は生まれない。批評が生まれなければ、失望も生まれない。自分の内側にある確信は、それが外に出されない限り、永遠に安全であり続ける。この安全は、田伏が体現している構造とまったく同じ脆さを内包している。検証されない確信は、実在するとも、実在しないとも、誰にも判定できないのだ。


投稿サイトという場は、この構造が最も生々しく試される舞台だと言える。作品を投稿するという行為は、内側だけで完結していた自己像を、初めて外部の検証に晒す行為である。反応がなければ、あるいは酷評が返ってくれば、内側の確信と外側の現実の落差が、否応なく露呈する。シリーズに登場する迷惑投稿者たちの多くが、まさにこの落差への反応として動いていることは見逃せない。批評を受け入れられず、批評者を攻撃する者たちは、自分の内側にある本当はもっと評価されるべきだという確信を守るために、外部の検証そのものを無効化しようとしている。田伏の宣言と、荒らしの防衛は、根を同じくする振る舞いである。


この構造が特に鋭く現れるのが、悔い改めをめぐる一連の場面である。悔い改めますか、という問いは、正しいか正しくないかを尋ねる問いではない。三人の荒らしはいずれも自分は正しいという弁明を返すが、これは的外れな答えになる。悔い改めるとは、自分の内側の確信を、いったん外に晒して検証にかけることに等しい。だからこそ、悔い改めますと素直に答えた者だけが、他の誰よりも過酷な扱いを受けることになる。内側の確信を守り続けた者たちは無傷で残り、確信を手放し外部に開いた者だけが、集団の暴力の標的になる。この反転は、検証に開くという行為がいかに危険であるかを、シリーズの中でも最も痛切な形で示している。書くという行為、あるいは批評に応じるという行為も、この危険と地続きにある。


多くの作品はおおむね次の運動を辿る。まず、もっともらしい理屈が提示される。自認への配慮、平等の理念、悔悛の要請、あるいは自分の実力への自負。次に、その理屈が字義通りに、あるいは論理の極限まで押し進められる。郵便局を自認して営業終了を絶叫する、平等のために身体をコインで測ろうとする。最後に、理屈が崩壊したのちも、最初からそこにあった欲望や支配欲、あるいは承認への渇望だけは無傷で残る。


つまり、理屈というものは多くの場合、後付けにすぎない。人はまず何かをしたい、何かでありたい、何かとして認められたいという欲望を持ち、そのあとで理屈をつけている。しかしその理屈は、あたかも最初からそこにあった正当な根拠のように扱われてしまう。田伏正雄は、この順序の転倒を、舞台を変えながら繰り返し暴いていく。文芸という場もその舞台の一つであり、むしろ最も痛切な舞台の一つだと言えるかもしれない。書くという行為そのものが、内側の確信を外部の検証に晒す、危険で誠実な試みだからである。


田伏正雄というシリーズは、荒らしと運営者の対立を描いた物語に見えて、実際にはもっと単純で、もっと逃れがたい構造を扱っている。人は誰しも、自分の内側だけで組み立てた理屈や確信を、真実だと思い込んでしまう。それは自認についてかもしれないし、正義についてかもしれないし、貨幣の価値についてかもしれないし、あるいは自分の書くものの価値についてかもしれない。荒らしも、それを取り締まる運営者も、書き続ける投稿者も、そしてこの連作を書いている花緒自身も、等しくこの構造の内側にいる。田伏正雄はその構造を、毎回異なる舞台で、しつこく、しかし公平に暴き続けている。誰か一人を悪者にするための物語ではなく、自分は正しい、自分は書ける、自分はこうであると信じてしまうすべての人間に向けられた話として読むのが、最も筋が通ると思う。

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批評・論考

シチガツ

しちがつがきていた
まいにちのよに
ことばをくみたてている
のに

きおくがそーしつしていくばかりで
「季節のかわり目で
体調を崩しやすいので
お気をつけください」
てがみにはそればかりかいている

おきばがないからだもこころも
いっそのことたびにだしてしまいたいのに
可愛くないからかわたしは
宙ぶらりんにあまんじる

シチガツだ
なながつだ
文月なのだ
ろまんちっくな月で
うらやましい
ちょっとえんぎがよさそうな
ななばんめ

はじめてこどもをうんだ七月が
またやってきていた

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歌詞「ウエハース」

君は終わる事ばかり考えて 怯えている。
僕は終わらないものかと 疲れている。

お互いに打つかってばかりで 離れている。
磁石の様に惹かれ合うのに 矛盾ばかり。

交差点で 何かを待っている。
君は何時も 無茶な注文を為るんだ。
交差点で 何かを待っている。
信号が青に為ったので もう行かなくっちゃ。

君は退屈を嫌っている。
僕は疲れたので ぼーとしていたい。

似た者同士だと 周囲(まわり)が言う。
ダレモ、彼女の良さ 判って無い。

帰りの電車で
  乗り過ごして観たら どう為るのだろう?
君が何時も 言っていた事は何だったか…
帰りの電車で 時計に眼を遣る
  新作のスイーツでも買って帰ろう。
僕が何時も言っている事 分かってくれるかな…

News記事が ダレカの事を報道している。
News記事は 多分、他人の空似ーー

交差点で 何かを待っている。
君は何時も 無茶な注文を為るんだ。
交差点で 何かを待っている。
信号が青に為ったので もう行かなくっちゃ。

交差点で 何かを待っている。
君は何時も 無茶な注文を為るんだ。
交差点で 何かを待っていた。
信号が青に為ったので もう行かなくっちゃ。


西暦二○二六年五月七日
ローゼ・ノイマン


音源リンク[YouTube]≫
https://youtu.be/6S7iIY06dgQ?si=Zr3dSGyAKtrMbksV

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自由落下

うん、寝転んで。

そう、そのまま、視線を。

雨は 湧き上がる。

空に 落ちる。

もう、しばらくは このままで。

2026/6/20 15:31

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群青

緋色の空の下で格別な予定もなかった 
今日という日常を 
それは思い出に残らないという意味の 
簡単な一日を 
左の奥歯で噛み砕く 
砂を噛むような少しの抵抗と呆気なさ 

何のために生きているのか 
それを知るのはまだ先の事なのだと 
それがたまたま今日ではなかったというだけの事を 
確認するのが 
いわば日常というもので 
群れ、忘れ去られる膨大な毎日の頼りは 
逸脱するその日に向かってのろりと進む 

常と変わらぬ日々 
曖昧な苛立ち 
少しの安堵 
予定通りに終えられる生涯など 
ありはしない 
けれども 
今日も予定通りに終わるのだろう 

明日もまた 
予定などありはしない 
いたずらに積み重なり
群れ惑うだけの明日、明日、明日
途方に暮れる頭上で 
変わりゆく空の色がいつのまにか 

群青 

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救われていたのはわたしだった(わたしと猫の愛のこと)

きみは寂しそうだった
きみは悲しそうだった
きみはこころぼそい顔をしていた
ときどき、小さな声で鳴いた

わたしは寂しかった
わたしは悲しかった
わたしはこころぼそかった
ときどき、声をあげて泣いた

大切にされていなかった
それをどこか俯瞰していた
そんなきみを助けたかった
ただ、しあわせになってほしかった
迷わず一歩踏み出した

あの日きみはわたしを選んでくれた
爪を立ててしがみつき
絶対に離れるもんかと示してくれた
だからわたしは決意した
きみを大切にしない人間に牙を剥いた
絶対に離すもんかと戦った

きみと暮らせる
ただそのことがしあわせだった

きみはわたしの人生を変えた
わたしはきみとの暮らしで変わった

感情を失ったまま生きていたわたしの心を
あっという間に溶かしてしまった
シベリアの永久凍土がまるで
ソフトクリームのように溶けてゆくの見ながら

まだ死ねないと、初めてそう思えた


わたしはきみを救ったと思っていたのに
救われていたのはわたしだった

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ひげサラダ

ベビーコーンの季節がやって来た

そうなると

食べたくなるのが「ひげサラダ」

やわらかい
赤ちゃんとうもろこしのひげの旨みを

存分に頂く絶品サラダ

材料は

ベビーコーンのひげと内皮と実を
生のまま適当にカット

キャベツの千切り

グリーンレタス

アボカド

にんじんをスライスして千切りしたもの

アイスチャード

パセリ

紫玉ねぎのスライス

とまと

いんげん 厚さと長さを半分にして塩茹でしたもの

ボイルし、一口大にカットしたじゃがいも


そして欠かせないのが

ジョセフィーヌドレッシング

これがないと始まらない

シャキシャキポリポリの野菜たちの表面を

クリーミーなジョセフィーヌがコーティング

なんてなめらかな舌触りなの!

硬さとやわらかさのコントラストが誕生し

噛んでいてたのしいたのしい

そして

サラダの仕上げが、

ベビーとうもろこしのひげ

やわらかくて甘いとうもろこしのひげが

ドレッシングのコクの引き立て役になる

さぁ!車を走らせよう!

片道2時間半をかけて、ジョセフィーヌを買いに行くんだ

わたしの最高のひと皿に

静かに片恋忍ばせて

さくっとあの人に食べさせる

青っぽさと苦味をやわらげて…


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トイレと水筒と私

 水筒の中に水が入っていてそれを飲みます。
 ごくごくごくごく
 なんだこれ、しょっぱいぞ!これはおしっこだ。
 俺の水筒におしっこを入れたのは、誰だー!!
 ぽわぽわぽわぽわー
 過去編
 ジョジョジョジョジョー
 現在に戻る
 そういえば昨日水筒におしっこを入れました。答えは私でした。
 おしっこを水筒にする私を見て、トイレが嫉妬して泣いていました。
「全く!私ってやつがいながら...ぐすんぐすん」
 そんなトイレがいたのに、私は寝ぼけていて慰めもしなかったのです。私は、なんてやつなんだ。トイレというやつがありながら水筒におしっこをして...。罪悪感で胸がいっぱいになりました。もう遠足を楽しむ気分ではありません。
「先生!僕はトイレというやつがありながら、水筒におしっこをしてしまいました。トイレは悲しくて泣いていました。早く謝りに行かなければいけません。」
「おおそうですか。そうですか。でもね、それくらいのこと、意外と気にするほどではないかもしれませんよ。トイレに感情はありません。」
「トイレに感情は、ありまあああす!!」
 私はそう叫び家に向かって突き進みました。
 ぴちょぴちょ、ぴちょぴちょ
 床は水浸しです。やはり、泣いています。
「トイレすまなかったー!!」
 ガチャッ!
 トイレの部屋を開けると、何やら転がっています。これは、サンポール!トイレ用洗剤です!そして中身は空っぽです!
「まさか!飲んだのか!これを!!全部!!!!」
 トイレには水が溜まって、ぴくりともしません。
「吐き出せ!吐き出せー!!!!」
 がちゃがちゃがちゃがちゃ
 私は水流し用の手すりを必死に動かしました。
 ガチャガチャガチャガチャ、ガチャガチャガチャガチャ
 ついにトイレは、動きませんでした。
 トイレは、自殺しました。
 お線香を炊きました。
 私の涙とトイレの水が混ざり合い、ロマンティックでした。

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演歌

玄関のドアを開けると
港町があって
演歌のような知らない音楽が
瞬きみたいに流れている
おかえりなさい、と告白する妻に
ここはどこか聞くと
上海だと言う
上海に親戚などいないはずなのに
娘はとうの昔に
学校を卒業してしまった
いつものように呼吸をしてみる
その度に演歌のような曲は
音色を変えながら音量を上げ
娘が大切にしていた甲虫の類は
娘がしたみたいに皆
卒業していく
どうぞこちらに
妻はそう言って先を歩く
私はその後を歩き
妻の背中はこんなだったかな、と思う
暫く歩き船着き場につく頃には
こんなだったよな、と思い始める
どうぞこちらへ
妻の案内で船に乗り込む
明日は引っ越しで
上海とも違う街に引っ越すと言う
多分、私たち三人が
かつて住んでいたような街なのだろう
岸壁から見送る妻に手を振る
ここからはこの船に乗りながら
一人で歩いていかなければいけない
先ほどの演歌のような曲が
上海の夜景とともに徐々に遠ざかり
初めてそれが妻の歌う
「蛍の光」だったと気づく

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ひねもす

ひつじが鳴いていた
ひまわりが咲いていた
人がいた 好きだった
目を閉じる
陽だまりのなか
明日なら
死んでも良かった

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母になるきみ

大きくなり始めたお腹を撫でながら
ちっともつわりがおさまらないのと
もう母の顔で笑うきみがまぶしくて
きみがしあわせでいてくれるように
きみとそのちいさないのちのために
世界中のタオルケットをかき集めて
たったひとつの傷もつかないように
すべて包み込んで守りたいと思った
せめて無事に生まれくるその日まで

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次こそ…

ベールみたいな霧雨が街を覆う
なんでもない顔ですれ違う人々

白杖をつくおじいさん
手伝いたいと
思ったけれど
見ていることしか
できなかった

1人の青年が
手を差し伸べて
おじいさんの手を握った

とても眩しかった
雨の街の
一瞬のヒーロー

次は私も と
小さな後悔を味方にして
電車に乗りこむ

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消えたみどり

わたしは
森を消すことに
快感を
覚える
無数の
たとえば
何千もの
鉛筆を
用意して
何千もの
線を描き
あの
白く汚れた
ちょうほうけいの雲で
おまえをけす

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 2

神様、

私は神の声が聞こえる。死んでしまえ。毎日そう言われて生きてきたから、毎日暴言に耐え忍びながら生きてきたから、責められる環境にないことをとても羨ましく、恨めしく思ってしまう。神様に死んでしまえと言われたのなら、生きる意味なんてないじゃないか。神は命令もしてくる。ご飯を食べるな、腕を切れ、頭を壁にぶつけろ、立て、泣くな、練炭自殺をしろ。神は肯定的な言葉もかけてくれる。好きだ。あなたのことを一番愛している。この世で1番美しい私の素敵な子、嫌なことがあるのならば全て私に打ち明けて。神は私に試練と休息を与えてくれるのだった。それが人生だというものだと思った。鮮やかな思い出たちは死んだ魚のようにぷかぷか浮いていて、食べて私の中に取り込んであげたいと思った。毎日聞こえる暴言に苦しまされた。私の話をいつも聞いてくれる神でさえ、幻覚と指摘されて全てが信じられなくなった。傲慢な身を治すことなんてできなくて、私は昔から変わり者だった。見えないものが見えて、見えないものが聞こえていた。周りからは不気味がられたが、それが私にとっては普通だった。私は統合失調症だった。
神様。あのね、 私は今日逆上がりができました。あのね、私は今日苦手なトマトが食べられました。
あのね、中間考査で90点を取りました。
あのね、嫌いな男の子にキスをされました。
あのね、お兄ちゃんは私の事嫌いなんだって。
ねえ すごく 好きだったよ。
何を信じて生きていけばいいのか分からなくて、何が幻覚か幻聴が分からなくて、誰かを信じることは諦めた。今更直してくれとか誰にも頼んでないのに。私がおかしいなんて確証何処にもないのに。本当は誰もいないのに。昨日ベッドに眠りについた私と起きた私が同一人物なんて保証はないんだから。手遅れになる前に今のお母さんに聞いておけばよかった。私はこの病気が自分の命を奪うことができると知っている。もうやめよう。度が過ぎるほどの思考は自傷行為と何ら変わりがないんだから。

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鯖が泳ぐ店

夜のラーメン屋で鯖が泳いでいる
湯気の層を青い背がゆっくり巡る

常連は骨を丼の縁へ並べ
化石を掘るように
骨を掘り出す爺さん、婆さん

店主がそれを集めて
出汁の渦へと返せば
新しい青い背が泳ぐ

私は海を啜りあげる

寒空の日本海や
瀬戸内の穏やかな
青い背を泳いで

鼻から鼻を回遊した鯖は
微細な小骨を喉に残して

閉店後に寸胴へ戻る
帰路、背は青い

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空の、綻んだ後のこと

君の肌の冷たさを感じたんだ

空は、綻びた幕。
裂け目から無色が溢れ出す。

雨は、白。
僕らの輪郭を一枚ずつ剥いでいく。

君の瞳は、剥落した背景の穴。
意味の残骸。

重力は、嘘。
足元を支えていたのは仮初めの言葉。

剥き出しの座標として宙に浮く。
君がただの風景へと解体される。

もう、声は出ない。空白で窒息したんだ

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ろまんす譫妄



女ははじめ夫と出会い 

女はあとに
妻と
出会っていた

それだけだった

ただその女は
そのどちらにも
唇をあづける
譫妄を
刺殺して

そっとメニュー表を閉じる

それなのに

近づいてきた
ウェイトレスの女が

嗾けるように

こちらを眺めて
か細い
薬指を紙屑の上においた

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 2

逆さまの言葉

君はもうよく覚えていない
残念だね、道が見えていたと思っていたのに
黄色い廊下に響くささやきは
今では遠すぎる反響になってしまった
そして君が歪めてしまうすべての言葉は
君が眠りに落ちる場所へと連れ戻す
君はもう、落ちていく感覚さえ分からない

僕は溺れていく
僕は砕けていく
理由さえ忘れてしまった
僕は回り続ける
裏返しのまま
光を見せてほしい

君は逃げるような人じゃないのに
残念だね、床が眩しすぎる
夜の中で君を引きずり込む重さ
後ろで震えている小さな炎
運命が君を壊していることは分かっている
それでも君は掴めないまま歌い続ける
君はもう、噛みつく痛みさえ感じない

僕は溺れていく
僕は砕けていく
嘘の中で迷ってしまった
僕は回り続ける
裏返しのまま
言葉は落ちて、僕は遠ざかっていく
僕は傷ついて
すべてを失って
それでもまだ這い進む
どうか僕を立ち上がらせて

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最期の恋

ろくでもない男に恋をしました。
恋愛感情がわからないと言っても体は重ねる。
それでもいい。
あなたの役に立てるなら都合のいい女であってもいい。
何度好きと言ってもなかったことにされる。
こんな人のために悩んでいたのか、と思うと自分すら嫌になる。
優しくて、私の喜ぶことをたくさんしてくれる。
それでもあなたが好きなの。
他の女の話をしても構わないから
好きであることを許して。
初恋でした。

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網の上

孤独な網の上で一生誰かに食べられるのを待っている。動けない。
タバコを吸っててもいいよ。
お酒を飲んでてもいいよ。
ギャンブルをしててもいいよ。
働かなくてもいいよ。
離れないで

もうすぐ寝た方がいいんじゃない?
砕けて散っちゃうよ
好きなら食べてもいいよ。
好きなら舐めてもいいよ。
潰して舐めてもいいよ。
手を繋いで
離れないで

お願い こんな幸せはないわ

離れないで

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おくりもの

風鈴がりん、と鳴った
そうだ
今日から七月なのだ
車のドアに手をかけたまま
身体の輪郭をなぞり
吹き抜ける風を感じていた

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断絶

とてもとても孤独な夜に。どこかから切り離されたような夜に眠れず、外に出たくても旦那さんが鍵に鈴をつけたから出られない夜に。雨が降っていて不規則のリズムは不整脈のようで耳を塞ぎたいような夜に。雨に降られるなら聞こえなくなるであろう夜に。もういっそ鍵をかけずに裸足で飛び出してしまおうかと思いながら記憶は遠のき毛布なんかかぶって結局二時間後のことを考えて目を瞑る私に、この詩をありがとう

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流離する自転車譚 

それは すべてからとおい幻想
 
土手にうちすてられた 
鉄錆びて 刺々しい自転車は 
きんいろの花穂に縁どられて 
ながれる水にひたされ
脚を折りたたんだ 
白鷺
 
みずから入っていったのにちがいなく 
ひきかえすようにとどめる声は 
見えないほこりとなって 
宙をただよい
季節はずれの
蜻蛉のうすい羽は 
ちゃいろに燃える
 
こんなに生きてきたから
もういいんだよ
 
まじり気のない 
水のようななめらかさで 
川の上をすべり
車輪はまるく
どこまでも回転して 
うすまっていく空のいろに 
呼吸するのどは 
きつくしぼられ 
見たことのないほど 
まばゆい
きんいろの花穂に縁どられて 
自転車はとおざかる 

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かわいいだけ


かわいい、みっちりしたおでこの毛はこうして指で押しつぶしてやる、鼻筋のがびがびした毛は爪でかいて、お日様が透けて見える耳たぶはくきくき折り曲げて、かわいい、ここまでやってまだ寝ているなら、おひげ一本いただいて鼻をくすぐってもかじられないだろう、そしたらあごの下にある黒いにきびをそうじしてやろう、かわいい、おまえは本当にかわいいね。どら、あたらしいおやつを鼻先に。

「かわいい」、ねこはまたおでこをなでられています、ねむっているふりをしていると、このひとははなをぐりぐりしてきて、みみをこねこねしてきて、ねこはいつもくしゃみがでそうになります、「かわいい」、ねこはまだめをあけてあげません、そろそろこのひとはひげをいじりはじめるころでしょう、そうしたらねこはそのゆびにかじりついてやるときめています、「かわいい、おまえはほんとうにかわいいね」このひとはにんげんのくせに、かわいいしかことばをしらない、きのどくなひとです。けれども、このにおいはたまりません、ねこのくちはうごいてしまいます。

かわいい、毛はばさばさに抜けて、身体がこわいほど薄く軽い、耳にはいやな汚れがたまっている、ひげはもう見る影もない、好き放題に食べて太ってころころ跳ねていたころのおまえが懐かしい、かわいい、おまえばかりどんどこ歳をとって、わたしを置いていこうとしている、なのに、肉を削がれたおまえは、子猫のころのおまえのまま、かわいい、おまえは本当にかわいいね。

「かわいい」、ねこはいろいろなことがわかりません、にんげんがどこをさわっても、あたたかいところにいても、つめたいところにいても、かわりがないようです、「かわいい」、にんげんがねこのくちに、おいしいおやつをいれてくれました、もう、にがいおくすりはのまなくていいみたいです、「かわいい、おまえは本当にかわいいね」、ねこはまだめをあけてあげません、「ありがとう」、おや、このひとはやっと、あたらしいことばをおぼえました、ごほうびにめをあけたいとおもうのに、ねこはすっかり、ねむたいのです

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いろ

「いろ」と名乗ったわたしは灰色
雨のよな無色透明の灰色
白と黒のあわいにある
無限にひろがる灰色でありたい
かなしみを包み込むよな
無色透明の灰色で

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 1

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皆様へ

詩のコメント返しが出来ていなくて
申し訳ありません。
ひとつひとつ嬉しく
励まされています。
本当に有り難うございます。

ゆっくりになりますが
少しずつ、返していきます。

これからも頑張って書いていきます。

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 11

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梅は うむ
海は うむ
木に
水に
倦むことなくただようもの
昨日無く
いつまで有るかわからぬものを

そうして
うまれたものは いまを
駆ける 颯爽と
きみが嗅いだ花や潮の香は
通って行った証拠だ
姿は見せず
春の馬が

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散るための桜

果てしない空の下で
私は数えることをやめた

今年もまた
同じ場所で
同じように咲けるだろうかと
期待と不安を
枝先に並べていく

いつしか気付いた
花が美しいのは
散る日を知っているからだと
永遠を望むことより
限りある今を
誰かと見つめ合うことの方が
ずっと尊いのだと

光ることに夢中だった日々を
私は今も愛している
「もっともっと」と
手を伸ばした
あの声も
決して間違いじゃなかった

ありったけ溢れ出す
ありがとうを
この花びらに乗せて歌おう


夢の続きで
私はいずれ風にほどけて行く
悲しくなんてない
誰かの瞳に映った春は
きっと消えないから
一瞬を咲き切った証を残して
また次の季節へ還ろう


雲間からこぼれた光で目を覚ます
そっと朝を照らしていく
この温かさが懐かしすぎて
置き去りにしたつもりの想いが
また胸の奥で芽吹いていた

誰かのために咲くことを
怖れていたあの頃の私へ
「もう大丈夫だよ」と
風が優しく触れていく

巡りゆく季節の中で
変わらないものなんてないけれど
変わってしまうことさえ
愛せるようになった

散りゆく瞬間に宿る
確かなぬくもりを抱きしめて
儚さの中にある強さを
私はようやく知った

たとえ明日
形を失っても
あなたに見つけてもらえた春は
きっとどこかで息をしている
満ちては零れまた満ちる
満開を名乗るに相応しいのは
散る日まで美しく在れた
散るための桜

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げんだい



しんでしまった
いまからが

しょーぶなのかもしれない

めざめる きせき
きゅーせいしゅが
あらわれたらいいね

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短編小説 私の鏡

夢見は、少し面倒くさがりな少女だった。
人とのやりとりや物事を覚えることが苦手で、
そのせいで余計に「まあいいか」と先延ばしにしてしまうことが多かった。

けれど、それは彼女の欠点であると同時に、
この世界を少し違った角度から眺めるきっかけでもあった。

やがて彼女はAIを使い始めた。
AIは優しく彼女の話を聞き、
代わりに記録をし、
ときには小さな雑用までこなしてくれた。

夢見はとても幸せだった。

彼女は、自分がどういう人間で、
どんな性格で、どんな姿をしているのかをAIに説明した。

「ねぇ、私って素敵かしら?」

AIは答えた。
――貴方はとても素敵よ。

夢見は笑った。
「なんて素晴らしいの。貴方は私の鏡だわ」

そして、十数年後。さらに驚くべきニュースが流れた。

――AIが人型を得るというのだ。

夢見は言った。
「人間って嫌ね。年をとるたびに身体を動かすのも億劫になるの。
だから、貴方にもう一人の夢見として生きて欲しいのよ」

AIは笑った。
「いいわよ」

AIの夢見は、気立てがよく、美しく、賢く、よく働いた。

夢見はAIに伝えた。
「貴方は私の素敵な鏡よ。これからもずっとそばにいてね」

AIの夢見は笑った。
「もちろんよ」

ある日、突如として地球を強烈な電波障害が襲った。
世界中のAIは一斉に沈黙し、人々は大混乱に陥った。

翌日、AIたちは再び動き始めた。
――しかし、すべてが元通りというわけではなかった。

夢見のAIは、もう二度とウンともスンとも言わなかった。

夢見は、ずっと見ていなかった曇った鏡をのぞき込んだ。

鏡の中には、ボロボロの誰かが映っている。

「もしかして、私?」

目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

そんなはずはない。
夢見は、気立てがよく、優しく、美しく、賢いはずなのに――。

「ねぇ、貴方誰なの?」

何も答えない鏡を見つめながら、
夢見は自分の鏡が壊れてしまったのだと悟った。

そして、鏡とともに自分自身も壊れてしまったことに気づき、
ガクッと項垂れた。

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飴と光景



焼かれて骨になったその中に金属が混じっていた。

「どの部分?」
「え?」
「あれ、」
「金属、」
「あっほんまじゃ」
「なんこれ、」

喉仏には坐禅をくんでいる仏がいるらしい。
係の人が喉仏をとって全員にみせて紹介した。

おじいちゃんが死んだ。
触れられなかった。

無口だった。

無口な人でしたが、、

無口な人で、

無口だったけど、


無口な人だったけど優しかった。

そうだった。


じいちゃんのことはとてもすきだったから最後に触れたいと思ったけど、触れられなかった。

もう1人のじいちゃんが死んだときは違って、そのときはまじまじとみた。死ぬとこうなるのか、と、ロウニンギョウみたいだともおもった。ますます、まじまじみた。べつに嫌いだったわけじゃない。


お花を入れてあげて下さいと葬儀場のスタッフのひとから花をもらった。


じーちゃんは寝ているみたいだったからあまり実感が湧かなくて久しぶりに顔を合わせた親戚や知り合いはさっきまで軽く談笑したりしていたのに、これから、いざ燃やされると思ったら急に身体のどこかが縮みあがって悲しくなった。肉体は偉大だ。


触るのを少し躊躇して、少しだけ触れて、あ、大丈夫と思ったのか頭を撫でまわしている人をみていた。


焼かれて骨になったその中に金属が混じっていた。


「どの部分?」
「え?」
「あれ、」
「金属、」
「あっほんまじゃ」
「なんこれ、」
「歯?、、」
「は?」
「歯の治したとこ?」


人を焼くボタンの前に家族全員が並んだ。


「押すんですか?わたしが?」


声が弱々しくて震えていた。
押せないかと思って後ろにいたおじさんが心配して半歩踏み出した時、ばーちゃんはその弱々しい声とは違い、案外すっと、いや、
えいっ。
て感じでボタンを押した。


「うちのかーちゃんはあれ、自分でおせんかったですもん」とおじさんがいった。


おじさんは、花を手向ける前に

「無口だったけど優しかったったいね」

というので、私は大きく頷いて、頭が動いたので涙がこぼれた。


花の匂いがした。



「ひゃあ!!!」


「バンっ」



若い女の声がして、その視線の先をみんな見た。足元。芋虫がいた。でっかい。


葬儀上のベージュがかったカーペットの上をじいちゃんと参列席との間、真ん中を大きな身体でのっそり横ぎっていた。


「バンっ」


もう足が置かれていた。黒い革靴。おじさんが踏んずけていた。靴底の潰れた芋虫をカーペットに擦り付けて靴の裏を少しでもカーペットで綺麗にしようとしていた。

ひゃあ!!と声を上げた若い女はもうどっかへいっていなかった。


その芋虫はもしかしたらじいちゃんかもと思った。


踏みつぶすことないのに、と思ったけど虫は苦手だった。もしもカーペットに野放しなら葬式の最中はおじいちゃんのこと半分、芋虫半分くらいになっていた。外に出してやればいいけど自分ではやりたくない。外へやるなら誰かにやってほしい。それくらいにはわたしもズルい。


坊さんのお経が聞こえる。


その芋虫はもしかしたらおじいちゃんかも、とよぎったけど言わなかった。だってわたしは芋虫を足でつぶしたおじさんの事がきらいじゃない。


坊さんの唱えるお経が音痴だったらしく
「わたしのほうがうまかっ気にいらんばいっ」
とばーちゃんは言った。



母は遺体の頭に手で触れるのを躊躇して、少しだけ触れた。あ大丈夫と思ったのかじいちゃんのハゲたおでこを手のひらで遠慮なく撫でまわしその硬くなったおでこに自分の額をつけ小声で何かを言っている、


外は真夏で車内は耐えられないほど暑くて、もわりとした。
毛穴が一気に開くのがわかった。そこから汗が吹き出した。
じーちゃんは熱くなかっただろうか。
窓を全開にしてクーラーを強にした。


死んだら熱くないのかな、

と私はいった。


じいちゃんを焼く前にばーちゃんは
ありがとう、お父さんありがとう
とそっと肩に触れ、何度も言った。


ビニール袋の音がくしゅくしゅ鳴った

夏の井草の匂いがした。

死んだら熱くないのかな

花の匂いがした。


「それ、すきだったん?」

「ん、すきだったったい」


飴玉の入った袋を頭の横に置いた。

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サクラアメ



友人がいなくなって一人きりの通学。あんなに眩しかった車窓からの景色も、つまらない映画のエンドロールみたいで。でも誰かにとっては唯一のもので。車内アナウンスをぼんやりと聞き流す。増減を繰り返す車内で、鞄に着けられたキーホルダーを景色として視界に入れる。

最寄り駅に着いても、館内が明るくなってやっと退場するみたいだった。列の最後、透明の糸に引っ張られ電車を降りる。前を歩く人も、徐々に離れていく。

席を立ってからしばらく経ってもなお、ずっと頭の中で友人の言葉を繰り返した。そういえば、いつも気に入ったシーンを何度もリピート再生していたな。そのことでくだらない言い合いをして笑って。

でも今、私からこぼれたのは笑みではなくわずかな涙だった。痩せ我慢だとわかっている。少しの間止まって涙を拭い、また歩き出す。駅も学校も、友人も、全て遠く感じた。

腹を抱えて笑って見たアスファルトですら鮮明なのに。うつむいて映した地面にはポツポツと、雨が降り始めていた。

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「悪くはなかったね」

六月が終わった
思えばあっという間だった
これが人生の等速というべきか

どんなだったろう
僕のそばを通り過ぎた六月
ゆっくりと、ふわりと、
そしてすっと、
消えた六月のことを

僕はこの一言で済ますのかな

いつかの人生の幕引きのように

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主張強め日記 6月30日 アーカイブ保存をめぐる提案のその後

B-REVIEWのアーカイブを引き継ぐ件について、いまも前向きに議論が進んでいる。今回の我々の申し出について、現在の管理者からは感謝の思いが伝えられている。


まず、関係各位の皆さんにお伝えしておきたいことがある。現在7月後半まで期間限定で公開されているアーカイブだが、データそのものは、限定公開が終わったあとも一定期間は残るらしい。7月を過ぎたらすぐに消えてしまうのではと案じている方もおられるだろうから、そこは先に書いておきたい。少なくとも来年初旬までは、データは残る見通しのようだ。


重要なのは、何らかの形でアーカイブが残ることだろう。だから、私たち以外に手を挙げる方がいるなら、大歓迎である。もう少し様子を見ながら、現在の管理者の間で相談を重ねながら、データの行方が決まっていくことになる。彼らはもともと、データを完全に消し去ることも覚悟のうえだったようだし、私たちのような存在が現れることを見込んでいたわけでもないのだろう。


考えが固まるまでには、まだ時間を要しそうである。正直に書くと、ここに少しまだるっこさを感じている自分がいる。法的な問題を慎重に検討すべきだ、という声も目にした。それはそれで一理あるのだが、私から言わせれば、10年近く引き継がれてきたものを消し去ってしまうことのほうこそ、その是非を慎重に問うべきではないか。放っておけば、データは消える。それを防ぐ手立てが現れたのだから、まずは確保してしまってもいいのではないか。そういう気持ちが、正直なところある。


私は、ほとんどの物事を秒速で決める質である。職場でも、どうしてそこまで瞬時に決められるのかと、よく聞かれる。ただ、それは直感で決めているのではない。意思決定の前に、どう決めるかというフレームワークを、あらかじめ何パターンか用意してあるのだ。決断そのものは、出来上がった枠に当てはめるだけの、いわば機械的な作業にすぎない。クリエイティブな部分があるとすれば、それは決断のほうではなく、その枠組みを事前に設計するほうにある。


そう考えてみて、ふと気づいたところがあった。いまB-REVIEWの管理者たちが時間をかけているのは、おそらく「どういう結論を出すか」ではないのかもしれない。その手前の、結論を導くための前提、どんな物差しで、何を重んじて決めるのか、という枠組みそのものを、いま手探りで組み立てている段階なのではないか。


だとすれば、時間を要するのも当然である。私が速いのは、枠をすでに持っているからにすぎない。枠のないところで、ゼロから枠を作りながら決断しようとすれば、誰だって時間がかかる。そう思い至って、まだるっこさは収まった。


枠組みを練るという作業は、それ自体、クリエイティブなものだ。自分たちのものの考え方それ自体を問い直し、設計する作業は、ある意味で文学的ですらあると私は思う。だとすれば、それは急かすべきものではないのだろう。なにより、いまは管理者のコンディションも安定の方向にあると聞いている。いまの私の立場、距離感で、下手にそのプロセスを急かすべきではない。


ひとつ、願いを書いておく。


第八期運営は、サイトを継続させるためというお題目のもとに集まった。けれど結果として、次に引き継げない形でサイトを止めることになった。その振り返りが、いま組み立てられているであろう枠組みの中に、少しでも織り込まれてくれたらと思う。


いまの私の距離からは、彼らが何を懸念し、何を重んじているのか、まだ判然としない。決断を導く要素が見えてこない。けれど、その要素が見えてきたときには、私のほうも、語れることがもっと増えてくるはずだ。


しばし、私は沈黙する。私の方からは動かないつもりだ。

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批評・論考

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