投稿作品一覧
BAR「Creative Writing Space」
ニーズがあるやらないやら、まったく見当がつきませんが、
毎度おなじみの思いつきで、BAR「Creative Writing Space」を開業いたしました。
皆様にお使いいただけなければ、すぐに閉店いたします。
電脳空間の片隅にある、吹けば飛ぶような小さなBARでございます。
一杯引っかけた体で雑談していただけるスペースをイメージしています。
「Talk」がさほど機能していないことも踏まえ、もっとカジュアルに使っていただけたらと思っています。
【ルール】
・ワンドリンク制です。必ず何かお飲み物をご注文してからお話しください。ノンアルコールでも構いません。
・お代はいただきません。もしスペースコインをお支払いになりたくなったら、他のお客様に奢ってあげてください。
・酔っ払いすぎにはご注意くださいませ。
Creative Writing Space事務局
2026/03/21
批評・論考
伝えたい人
あなたの『貴方』は誰なのだろう?
私の『あなた』はあなただよ?
何度でも
きみが
お話のろうそくに
灯りを点してくれると
どうしてかな
窓が曇るね いつも
お互いに
恐る恐る
覗いた
蓋から
あたたかい
湯気
きみが眼鏡を外す
性別
曇ったら
拭き続けよう
何度でも
窓に
掌を重ねる
厚い硝子のずっと奥
半分ずつの虹
唇を隠して
微笑った
収める ― 白石 × 神谷 4 ―
三月も終わりに近づいていた。
白石は机の上に並んだ書類を順に確認していた。
現場から上がってきた報告をまとめ、記録に残すだけの処理だった。
確認が終わったものから重ねていく。
隣の席から声がかかった。
「白石さん、例の件、終わりました?」
顔を上げる。同じ係の中村だった。
「ええ、今まとめています」
「前回どおりで?」
一瞬だけ、市長の声が重なった。
「はい」
中村は頷いて、画面に視線を戻した。
白石は書類を揃えて留め、ファイルを開き、順に挟む。
閉じて、背表紙の番号を確かめた。
「これ、確認取れてました?」
白石は一瞬だけ言葉を探した。
「……問題ありません」
「そうですか」
中村はそれ以上何も言わず、画面に向き直った。
白石は手元の書類を開く。
もう一度、最初から読む。
受話器に手を伸ばしかけたが、止まり、そのまま手を引いた。
書類を閉じる。
立ち上がり、キャビネットを開ける。並んでいる背表紙の間に差し込む。
奥まで押し込むと、他のファイルと同じ位置で止まった。
扉を閉める。
席に戻ると、机の上に別の書類が置かれていた。
白石はそれを開く。
文字を目で追う。
手が止まった。
ページをめくる。
書類を閉じる。
もう一度開く。
日付を書き入れる。
書類を重ねる。
手続きは、滞りなく進んでいた。
#連作
#白石×神谷
考察 浦島太郎
浦島太郎と乙姫様の物語には数々のバージョンがあるが、どうも乙姫様が拘束キツめのヤンデレな女の子(または怪異)であったことと、龍宮城がキャバレーやクラブみたいな非日常空間または異界であったことは察せられるように思う。
漁師であった浦島家の太郎君が地上で亀なり乙姫様なりと出逢って会話し、龍宮へと旅立つまでは数時間から数日ぐらい、龍宮城に滞在した時間は太郎時間で3年程度。それが地上時間ではたぶん700年ぐらいのようだから、怪異である亀や乙姫様にたらし込まれた時点で、太郎君(出逢った当時22、3歳のようだ)の人間としての命は終わっていたとみるべきなのだろう。
現代でも高級クラブに3年も居続けたら、ただごとで済むわけがないが、太郎君の場合、怪異なんかに惚れるからいけないのである。だが、浦島太郎伝説を童話に改作した巌谷小波を含めて、この物語の伝承者や改変者はその点では太郎の非を責めない。むしろ古伝では乙姫様作や太郎作とする和歌なんかを添えたりして、太郎君のたらし込まれぶりは称えている。
これはポニョに惚れた宗介を、宮崎駿も宗介のママも責めないのと似ている。仕方ないというか、この手の色男とはそういうものなのだろう。宗介ママがポニョを毛嫌いせず、ラーメンなどを食べさせてあげたように、誰もヤンデレ乙姫様のヤバさは批判しない。しないのがお約束なのだろう。
龍宮城も批判されない。あれはどう見てもアダルトなコンセプトとわかってて遊ぶ、しかも色恋営業アリの岡場所である。ときには家族を巻き込んで破滅する男がいるのは誰もが承知だが、存在させないわけにいかないと皆が納得している。警察だか天帝だか知らないが、為政者も龍宮城を取り締まって営業を禁じるわけにいかないのであろう。
ところが明治時代の改作者の巌谷小波は、浦島太郎が玉手箱を開けたことを理由に、彼だけを厳しく罰して教訓としてしまうのである。今で言えば極端な買春処罰法である。
なぜ後の世までその改作が受け入れられたのか、奇妙ではある。浦島太郎をそんなに責めるのは、間違ってないだろうか?と思う。
確かに怪異と約束したら守らねばならない。小泉八雲が伝える物語では、雪女ちゃんの夫も同様の罪を犯し、その罰として幸せな家庭を破綻させられて、10人の子どもを男手一つで育てねばならなくなる。だがその程度だ。自分も掟破りの罰で存在消去されたかも知れない雪女ちゃんの愛とはからいで、ミノ吉君は死を免れる。
常なら浦島太郎も乙姫様との約束がある以上、玉手箱を開けたくはなかっただろう。玉手箱を開けたのは、こんなの開けるとロクなことはないと薄々気づきつつも、ヤケになって開けたのであろう、と思われる。ヤケにもなる。玉手箱を開けずに第二の人生を始めようとしても、700年の出遅れはなかなか辛い。浦島伝説はもとは稲作開始前後の古伝と思われるが、古代なら、浦島太郎が知らない間に稲作文化が始まっちゃうぐらいの時間だ。
玉手箱を開けるとたちまちに歳をとったという巌谷小波バージョンで解するなら、これは乙姫様の悪意、むしろ殺意が感じられる。殺意なら、毒殺の比喩のようにも思われる。だが乙姫はそこまでヤバイ女なのか?
浦島が異世界人との約束を破ったのが悪いにしろ、3年は夫婦となって相思相愛であった以上は、一時の里帰りをしたいと言ったぐらいで、殺すほど憎むのはヤンデレ女子にしても歪みすぎてる。
よって私は巌谷改作を廃して、いくつかの古伝、解釈、学説、冗談を参照の上、以下のシン・浦島伝説を信じたい。
□
月は円盤ではなく円筒を一方から見た形をしており、異世界へのトンネルの入り口である、と考える。一部の古代人はそう考えただろう。
浦島太郎は水平線と満月が接続する日と時間に、異なる宇宙へと続く月トンネルへと入り、その向こう側にある龍宮城へと向かった。海中へ行ったわけではないから、亀に乗ったわけではなく、迎えに来た乙姫と一緒に船に乗って行ったのだろう。そのほうが巌谷改作の前の室町〜江戸時代の伝に近い。
浦島と乙姫は何かの偶然で出会い、恋におちた。出逢いは漁師の浦島が亀に化身した乙姫を捕獲したことだと古伝に伝わるが、それもあり得ただろう。乙姫は異宇宙から来た異世界人であるから、地球の病原生物を警戒して宇宙服を着ていたと思われる。鉄器をやっと作り始めた古代人の太郎には亀に化身してると見えたのではあるまいか。
数日後に乙姫は浦島太郎を船で龍宮へ連れ帰ったと古伝ではされている。だが宇宙人に拉致されたにしては、浦島は楽しみすぎだから、おそらく恋愛によることなのだろう。
浦島太郎は3年間、帰ろうとしなかったという。これは巌谷に責められても仕方ない罪で、当時浦島は年老いた母を養っていた。3年飢えさせれば死亡していた可能性が高い。浦島太郎自身、異世界に行っても何らかの存在として、存在はしていただろうが、乙姫が数日しか地球にはいられなかった事を思うと、人間の身体としては、異世界では3年などとても持たずに死亡しただろうと思う。
これには「星の王子様」の物語りも支えの一つとなる。人間は地球から異世界に移動するには身体を置いてゆく必要がある、と、かの物語では設定されるが、多くの異世界アニメもそれを踏襲しており、そこには強固な集合的無意識が作用している。
生きていたにしろ死んでいたにしろ、3年後、浦島太郎は悔いて帰郷する。人としてなら罪は罪だが、浦島太郎をたらしこんだ張本人の乙姫や龍宮の皆さんに責められるいわれはない。
古伝では帰郷した浦島には家族親族の墓所もわからぬ様に絶望はあるものの、玉手箱を開けると鶴に変化し、人間時間では永遠に相当する長寿となる。そして乙姫の元へ戻って神格化し、後生を愉しんだ。
地球ではそれを寿ぎ、浦島太郎は乙姫とともに、今も実在する社に祀られている。ひとまずこの説を、シン浦島太郎としよう。
介護より恋を選べば、人の世で罪とされるのはやむを得ない。だがそれでも恋を選んだ者が、火くぐりを課せられたあと幸せになるのなら、それは寿ぐべし。という教訓であろうか。
ザラバン紙
涙が出る瞬間を
図式で表すという実験をしている彼は
普通の会社に勤務していて
倉庫で箱詰めをし 幾つもの空白を
ザラバン紙で埋めている私と
都会の歩道橋の上で会った
初めは涙の話を
蛙が体から落とした雫の話と勘違いし
笑った後から 少しずつ泣いた
図式は一旦社へ持ち帰り
後日見せてくれると言って
彼とは歩道橋の上で別れた
あれから
幾たびもの背景が過ぎ
蛙は何匹も葉陰へと消えた
時々 詰めるザラバン紙の中から
微かだけれど 交信がある
彼からの 図式だと思う
shidan
遠い森の中
色とりどりの鳥たち
麗しいよくとおる声で
さえずりあつて
私は立つ
酢漿草の上
何も聞こえてこない
ただ遠くで森が揺れてゐる
変わらぬ森の深さ
知らない風の記号に
新しい鳴きかたを
鳥たちが試しだす
私は蹲う
落雁色の空の下
新しくはないやりかたで
又同じみぞ筋を掘りなおす
https://i.imgur.com/la2ngxV.jpg
フィラデルフィアの夜に 90
フィラデルフィアの夜に、月と星々が見ます。
夜、真っ暗な中。
動く。
蠢く。
縋るように。
祈るように。
水を付けては。
綺麗な水を付けては。
捨てられる事になってしまった物に、大量の財産が荒々しく捨てられ積まれて行ってしまった、ゴミ捨て場にて。
懸命に何かが動いている。
見られることも、知られることもなく。
ひとつの物音だけが、この夜の中に、音を響かせる。
月と星々が、雲に切れ目を入れる。
まばゆい光を一点に照らし、その物音の主を見据えます。
腕。
土の中より無数の捨てられた財産へ長い長い針金が伸びて、絡み組み合わさり、一本の腕を作り上げているのです。
傍らには水たまり。
これ以上にないきれいな水が点在していました。
月は思う。星々も思います。
ここには天災があり大雨が降り、洪水になったと。
それで人々の財産は壊れ汚され、この場所に集積された。
また思います。
以前に同じく集められ、窪地に忘れ去られた鉄線があったと。
それは無数に棘を有する鉄線だったとも。
その場所から長い長い針金の腕が伸び、懸命に同じく捨てられた財産を清めているのです。
泥を払い、汚れを拭い、輝くまでに。
清い水が傅くように自然と湧き出し、腕の元にいくつも水たまりがあります。
腕が動きを止めました。
そうすると、天へ向かって伸ばします。
グッと拳を握りしめて。
これが、自らが自らに課した仕事だと言わんばかりに。
月と星々に向かって。
また針金の腕は自らをブラシとして、捨てられてしまった財産を清めていきます。
月と星々は雲の切れ目から見守っていました。
朝、異様に清められた財産はまた荒々しくトラックへ積まれ、焼却場へと運ばれていく。
雲はまだとても厚く、また雨が降り出しそうになりながら。
春の花
むせるほどに
春が流れ込んでくる
また巡って来たと
幾度か数えているうちに
咲いていた桜より
今を咲いてる桜のほうを
見始めている心がいる
またきっと
時が動き出す
あなたもどこかで
春を見つめているでしょうか
表皮だけ、
剥離をいざなう
恍惚が
虹彩(褪せた
踝の(踵の(白い、みかんの
アルベド(痛覚はない)
下
亀裂、と言うよりも
ぶつけて割った軽石
(の
手触りだったはずだった、陽
が照らし
毛根(毛髪
表皮だけ、
炭酸の抜けた
コーラの
気泡の代わりに
詰め込んで
(、(と
喉を慰撫する
モニター越しの
声(帯
土踏まずへ捧げる
拷問
空(地中深く
ざらざらの、眼
が照らす
網を振っても
網目のない網には
踝と
コーラ
だけ
飛び込んでくる
今日も活きのいい
誰か(の(悲しみ(
一匹(網)
水溜まりの中
びちびち
ふるえる瞳で
ぼくを(ぼくを(
見つめている
≒
ひとと同じはイヤだって
ひとと同じこと思って
でも
自分ひとり変わってると
思われたくもなくて
どこかに似たような誰かを探しては
ひとりじゃなかったんだ
よかったよかった
なんて安堵する
ごくごく平均的でありがちで
フツーじゃないっていうフツーにあこがれて
『みんな』ってコトバがなにより好きで
その他大勢にさえなれない
その他で
つまりは ≒ ひと山いくら
の
そんな
ニンゲンなのです
誇らしき灯
ひらりひらひら青条揚羽
おおきく千切れた左翅
百日草を飛び回る
おまえの翅も千切れているのね
ぴょんぴょこぴょん閻魔蟋蟀
よく見りゃ千切れた左脚
草むらの中を跳ね回る
おまえの脚も千切れているのね
痛かったろう
痛かったろう
文句のひとつ
弱音のひとつ
吐きもせず
ただその命燃やしてる
おまえの欠けたその翅の
おまえの欠けたその脚の
その美しさ頼もしさ
その誇らしき命の灯
かぎ 短編小説
最近、毒幽霊が多すぎるなあ、とは思っていたのだ。
本当だ。気づいていたのだ。嘘ではない。
私は愚鈍ではない。
が、「予防」を怠っていた。
理由は物理的な「労働」による「忙殺」と簡単に言ってしまえばそんなものだが、この物理的な「労働」によって生じる心的ストレス。
これが私の精神を苛んでしまい、追い詰め、思考を鈍らせ、毒幽霊に対する対処を怠ってしまった。
(普段の私、平常運転の私は冷静かつ、決して頭は悪くはない。機知に富む、とまではいかないが、バカではない。
しかし、「労働」とはなんと健康に悪いのだろうか。人を極限まで病ませるものとは、決して、煙草や酒などではない。
酒や煙草は快楽を享受させるが、「労働」はただただ精神を、肉体を病ませていくわりに、その対価は「金銭の授受」のみである。
脳が機能する限り、半永久的に反芻させる事が出来る「快楽」ではなく、使えばなくなっていく「金銭」。
なんとまあ「労働」とは吝嗇であろうか。
しかし、我々はまだ幸せな奴隷なのだろう。
という、はなはだまともな「常識」が私にはある。
その程度には「まとも」である。)
しかしこうしている間にも、毒幽霊の一人が私の部屋で私のパソコンで卑猥なDVDを再生させている。
油が浮くようなねばついた笑みを薄紫色の顔に張り付けて、こちらの様子をちらちらと見ながら、卑猥なDVDを鑑賞している。
同棲している恋人に見つからないように隠していた、いわゆる卑猥な内容が収録されているDVDを。
辱めを与えてやろう、という魂胆は明白だ。
死んでまで、人に危害を与えようとするとは。
死ねば全て、どうでもよくなるだろうに、と私は思っている。
死後にまで、「恨み」「妬み」といった執着をもっていってしまう。というのは「安寧」からはやはりほど遠く、人は生前ももちろん「安心」を手に入れたいはずだ。
いつまでも執着に囚われる。
愚かだ。なんと愚かなのだ。
しかし、哀しい。哀しすぎる。
こうは、なりたくない。
私はいまだ、解放されない魂に同情しすぎていたのかもしれない。
私の優しさが仇となり、彼らの「侵略」を許してしまった。
私が頭を抱えて、苦悶する姿が見たいのだろう。
では、思う存分そうするがいい、と私は顔を歪ませ、美的感覚を全て失った流行作家のように「絶望」を体現してみせた。
彼等を祓う儀式のように、執拗に咆哮し、私の柔い拳では到底、破壊出来ないような部屋の調度品たちを殴り散らかした。
(それにしても、あのDVDの内容はああいったものだっただろうか?
ありふれた性行為を収めたものだったはずだが、誰かが縛られ吊るされている。
女性とも男性ともつかない吊るされたそれは、縄で全身をぐるぐる巻きにされており、身体のラインが判別できない。
顔が唯一、何物にも覆われず出てはいるが解像度がそこだけ粗く、そういう映像加工を施されているかのように、見ずらい。
基本的にモザイクがかるようだが、たまに、はっきりと顔が映る時、その時の顔が見知らぬ女の顔であったり、私の顔であったりする。
表情は読み取れない。
なぜ、私の顔に見えるのだろう?
その吊るされたものを、横で誰かが話している。
こちらの顔は完全にモザイクで加工されている。
音声はノイズ混じりで、大きくなったり、小さくなったりしていてなにを言っているのか判別出来ないが、吊るされているものに対して、なにやら嘆き叫ぶようであったり、泣き叫ぶようであったり、けたたましく笑い転げるような瞬間もある。
一貫性のない行動をとり、こちらまで不穏な気持ちになるほどに、冷静さを欠いている。
この時、私はもう狂い始めていたのかもしれない。
最初、毒幽霊に対する「抗議」を主張するための演技のつもりで、握り拳を部屋の家具にあてていたのに、そのうち、手が鈍くまどろむように痛み始めていて、それでもしばらくはその行為を止めなかったからだ。)
私は何かを殴ろうとした拍子に、派手に足を滑らせ、床に身体をしたたかに打ちつけてしまった。
私の目から涙がでてきた。我に返ったように痛覚がよみがえり、その反射によるものだろう。
毒幽霊たちの仕業による屈辱からくるものではない。断定する。
私の卑猥なDVDを鑑賞していた毒幽霊はいつのまにか再生しているパソコンの電源を落としており、感情のない表情で私を見つめていた。
絵描きが対象物の輪郭をとらえようとする「観察」のようなものではなく、うつろな目で私をぼんやりと見ていた。
やがて、毒幽霊は私に近づいてきて、床に転がっている私の顔の近くに接近した。
「嫌ですよね。あたしも嫌なんですよ。あなたに恨みがあるわけじゃないんです。たしか、あなたみたいな人に恨みがあったんです。とりあえず肌の色は一緒なんです。ごめんなさい、というべきなのかもしれません。でもなぜか、重いのです。その言葉を発しようとすると。唇が。もしかしたら心が、なのかもしれません。」
「もしかして私は無関係なんじゃないか?人違いでやっているなら、お前らはやはり愚鈍の極みではないのか?私は今、頭に血が上りすぎていて、お前らの報復を恐れずにしゃべっている。本来なら、命乞いをするべきだからな。だが、私は著しく冷静さを欠いている。愚かさ、とは我々に伝染する厄介な精神疾患なのかもしれないなあ!」
私が唾をとばし、叫びながら言うと、毒幽霊と私の間にしばし、沈黙が訪れた。
「悪意です・・・。」
「えっ・・・?」
「悪意が消えないのです。拭えなくなったのです。死んでしまえば、消えてしまうと、あたしも思っていました。でも、消えませんでした。悪意、消えませんでした。」
ふたりとも、次の言葉が出ず、私はこの時、少し眠っていたのかもしれない。
それくらい、長い時間が過ぎたように感じた。
しばらくして私はふと、思い出した。
隣の部屋で眠っている恋人が今、どうしているだろう、という事に気づいた。
「隣の部屋はどうなってる?お前の仲間が彼女に危害を加えているんじゃないだろうな?」
私は毒幽霊を睨みつけて言った、と思ったが、思ったよりも目に力が入っていなかった。
改めて、私は睨もう、と表情を繕うようにした。
「あの女の人は部屋に鍵をかけてしまいました。」
鍵?
「鍵がかかっているだと?彼女の部屋に鍵はかかっていないはずだ。なにを言ってるんだ?」
「たしかに元々、鍵なんてありませんでした。でも鍵をとりつけたのか、鍵があり、女の人は鍵をかけたのです。」
鍵があるだと?
私は鈍く痛む身体を起こし、彼女の部屋のドアの前に立った。
がちゃ。
鍵がかかっている・・・。
がちゃ。がちゃがちゃ。
何度かドアノブを捻る。ひっかかりがある。やはり鍵がかかっている。
「だれだよ?」
ドアの向こうから粗野な声がする。
ドアの上の方から声がする。かなり長身の男がドア越しに話しかけているようだ。
「お前、そこで何やってるんだ?美琴は無事か?」
「美琴?美琴は俺と取り込み中だよ。」
ドア越しの男は面倒くさそうに答えた。
「美琴と取り込み中とはなんだ?なに言ってるんだ!?おまえは誰だ!誰なんだ!」
「あまりうるさくドアを叩くんじゃねえよ。せっかく長い時間をかけてここまできたのに。台無しになるだろ。これから結婚式なんだ。俺と美琴の。あまり、うるさくするんじゃないよ。」
「結婚式?なに言ってるんだ?」
「美琴が結婚したい、って言ってたから。俺と結婚するんだよ。あんた、結婚する気ないんだろ?美琴と。なんか、すげえ言ってたからさ。結婚、結婚、って。」
「それは私と結婚したいという意味だろ!私たちは愛し合っていて、長い間ここで一緒に暮らし、愛を育んできた。では私と結婚したい、という意味でしかないだろ!」
私はけたたましくドアを叩きながら、ドア向こうにいる不遜な男に激しく抗議した。
「あんた、は違う、って言ってた。泣いてたぞ。毎晩毎晩。うるさくてさ。俺が眠れないから、なんとかしたよ。もちろん手荒な真似はしていない。あんたが考えるような吐き気がするような真似は。時間はかかったけど、やっと静かになる。もちろん、同意はしてるんだ。俺は彼女を愛している。そして今、美琴も幸せなんだ。」
男は最初の雰囲気とは打って変わって、丁寧に説くように私に静かに言った。
ざらつくような粗野な声はそのままだが、諦観をたたえたようなその語りは、なにか私を落ち着かせるようなものがあった。
「それは本当なのか・・・?美琴は本当にそう言っているのか?美琴の口から聞かせてほしい・・・?美琴から・・・」
「いや。美琴はあんたの事をちゃんと忘れているんだ。思い出させるような事はしないでくれ。また、追いすがる必要のない欲望に囚われるのか?美琴は。やめてくれ。
彼女の、美琴の幸せを真剣に考えてくれないか?頼む。お願いだ。」
縋り付くように話す私に対して、男は切に訴えてきた。ドア越しにでもその男の痛々しい切望がわかるほどに悲痛さを感じた。
かつて、どうしようもなく美琴を愛おしく感じてしまった出会った頃の瑞々しい感情を呼び起こさせる。
悔しいが、私はこの男ほどにはもう彼女を愛していないのではないか?
という疑念にかられる。
私はうつろな気持ちを抱え、ドアから後ずさった。
ふと後ろを振り返ると、部屋の真ん中に黒い穴が開いていた。
「アリスが開けた穴やねん。」
「地獄の穴だ。入ったら最後だ。」
ふたつの声が部屋中に反響する。
「アリスが開けた穴やねん。」
と言う声は小さい少女が覚えたての言葉を反芻し、親に何度も聞かせているような無邪気な声だった。
「地獄の穴だ。入ったら最後だ。」
という声は大勢の炭鉱夫たちが地下道で祭囃子を囃し立てているかのように、活気に満ちた声だった。
どちらの声も交互に部屋中に鳴り響いている。
美琴の部屋からうっすらとワーグナーの結婚行進曲が流れているのが聞こえてきた。
底の見えない穴を見つめ続けて私は思った。
なにをこれ以上私は逡巡しているのだろうか?と。
かいくぐる
めんどうくさいこと
しらなくていいこと
おぼえなくていいこと
わたしはどんどん
すいすいひょーいひょい
詩を上手に書くことすら
ぴゅーんと手にせず目にせず
とおりすぎていくのかも
[ち]魑魅魍魎の聲
どろろ、黒ずんで肋骨
ドクドク、と鮮血 はたまた呼吸
してる、シテる 寂しんぼう から 流動
「知ってる? 7階の理科室の首吊りした子の話」
知らない知シない知らない 私は何も見てない
旧校舎はきっと寂しがり屋の集い
黄昏の中でしか影を落とせない
季節外れのセーラー服 じっとりした夏
見えてはいけない見えない 聲
古い杉の学び舎 脈のない 足もない
時間が止まったようだった
木枯らしが迷い込んだ寒さ
首すじに伝う 細く長い指
「知ってる? また旧校舎で亡くなった子の話」
知ってる? 知ってる? 知ってる! 暗くて嫌われた子!
未曾有、黒ずんだ背甲
嗚呼嗚呼、と嗤う カナカナ カナカナ
妛の諱 がらんどう から 胎動
鼓動を忘れた宙ぶらりん 若いまま 留まった
時間に老いて枯れたようだった
きっともう誰も近寄らない廃校になって
いつの日か自分すらも忘れてしまうだろう
月と太陽の天ぷら
薄皮を脱いだキメラがね、
お日さまにぷりぷり焼かれているよ、
ジュー、ジュー、ジュー。
数え切れない粒々、蘇生して、
飽和脂肪酸からの解放、甘言蜜語の充溢。
ああ、この満ち足りた香り。
深山幽谷のマヨネーズ、
シュワッと、 さわやかに、空気に溶けて。
(ねえナターシャ、山桃、菜種油も忘れずにね、
(入道雲がナマタマゴ、踊っているよ、
(エルビスガエル、鳩サブレー!
あなたは何をしているのですか?
ラスベガスで腐敗していくウルメイワシ、さん。
(兵隊に行けといわれます、またあの錆びた匂いがするのです。
ああ、この憂鬱。 この充溢、
わさびマヨネーズどばどばと、どばどばと。
感極まって、辛子ナス(甘い、ひどく甘い)
エルビスナマズは、塩辛に漬けるとブリキの兵隊に
(なりたくない、決してなりたくない!)
(こちとら弾道ミサイルの揚げ物ですぜ、熱いよ、熱い!)
(おもしろいことを言うね、ナスターシャ、いつだってそうだ)
わたくしの精神世界は、
みずうみいっぱいに伸び広がり、
牧場のにおいをさせたり、 犬に喰われてみたり、ときどき、
セラミックフライパンみたいになるの、乾いて、焦げつく寸前。
(エルビス、あなたも兵隊に行くのですね、遠い場所へ、
(頑張って行ってきます、ポテトチリハウス、もう二度と帰れない場所へ。
雑草はぜんぶ、ぜんぶ抜いてしまって、 妙に明るいこの調理場、無音の空間。 無味無臭の空に、吸い込まれていたく、 放牧みたく、ただ風に揺られていたく、 蟹の泡みたく、儚く消えたく、
逆さ吊りのザリガニたち、
ザリガニ、ケガニ、ズワイガニ、 タスマニアオオガニ、
ぶら下がっているのはベニズワイガニ(蜜の甘さ、とろける甘さ)。
妙に明るい、
コモンセンスな味つけ、
ステーキハウス、カニハウス、血の匂いと潮の匂い。
(戦場のブルーベリーチョコレート、甘く、苦く、忘れられない味)
林檎も桃もオレンジも、
エルビス(カルメ焼)も、フライドチキンも、
むきエビも、ブリキの妖怪も、 すべてが溶け合い、油の中で、
ジュー、ジュー、ジュー、ジュー、ジュー、ジュー、
ああ、この音!
いよいよメインディッシュの登場です。
とろとろの溶岩に浮かぶ、黄金の輝き。
月と太陽の、天ぷら。
この世のすべてを揚げた、至高の一皿を、
三月の夜十時
明かりの消された家々の間を
吐息を薄めたような風の中
丘を降りて、道を歩き、川筋へ至ると
蕭々と流れる音に包まれる
子どもの頃、
荒川や想い川の桜の下で聞いた
あの音はしないし、
あの風は吹かない
ありもしなかった虚偽の懐かしさが心に浮かぶ
我がふるさとは三つ滅び、十一度、転居した
あれやこれやの風景を見ても、つまらない、
と、思ったとたん
子どもの頃、小川に浮かべた葉を追って
どこまでも走った、あの時の風が
頬を不意になでて
ポピーの花が揺れた
闇の中を音もなく走る黒猫たちよ
お前たちを称えて、世界は今夜も四次元構造
半端に長く、終わりそこねた詩が
小雨になって降り、私を満たす
しをかくひと
詩人でありたい
とか思ったことないし
詩を書きたい
と明確な意思をもち
書き始めたわけではない
意思もさ
意思と意志があるし
どう違うかわからないし
調べるのも癪だから
今は
検索すらしないけど
しをかくひと
である私は
ひどく居心地の悪さを感じたり
詩とはなにか
詩人とは誰で
どういうものか
声高らかに騙ることから
離れていたいし
「〇〇」賞とか
「投稿欄」や「〇〇詩人会」から
当たりも触られもしないとこで
書いている
詩人と名乗りたくないといい
詩人とくくらないでと言えば
「自分自身を否定してるのですね」
とか心理分析
もうそう言うの結構なのです
詩を書いてしまう
から
逃げられないけど
書いている
それだけで
それだけくらい
許してもらえませんか。
まぁ、勝手に書くんですけど。
なにがどうあれ
上町の家。
子どもの頃に暮らした家がある。
こじんまりとしていて、それゆえ使い勝手の良い家だった。
お風呂に勝手口があり、
開けると家の裏はそのまま江ノ口川だった。
母はよく風呂の水あかをすくい、勝手口から川に投げた。
ドアノブの影がホットドックに見えた。
幼い私は、その影を見るたび、
心の中でかぶりついていた。
向かいの家は石川さん。
留守番の時は、よく長居させてもらって、
お菓子をもらうことが当たり前のようになっていた。
壁は薄く、隣人の階段を昇る音が聞こえた。
ずっと幽霊の足音だと思っていた。
もう片方の隣には、画家が住んでいたらしい。
覚えているような、いないような。
それでもアトリエの記憶が、一枚の写真のように
心の中に残っている。
実際の風景なのか、心象風景なのか、
今となってはまったく分からない。
美しい南天の実がなっていた。
赤い実というのは、宝物のように見える。
ベランダは木の床で、朽ちれば新しく替えた。
替えたばかりの木の感触が、素足に残る。
鉄の門は、何度も色を塗り替えた。
私はよく、よじ登り、揺らして壁にたたき付け、
その振動を楽しんだ。
兄弟で部屋を散らかした時、
父が怒って裏の川にすべて投げ捨てたことを覚えている。
あれから、だいぶたった。
季節は何度も巡り、家々も人も変わっていった。
父も介護が必要になった。
家は年々、暮らしやすくなっていく。
それでも私は、あの家に戻りたいと思うことがある。
リフォームもせず、古いままで。
しかし、戻ることはないだろう。
今日も、手間のいらない世界の中で暮らしている。
父のデイサービスの日程を決め、
介護リフォームの間取りで悩む。
今はただ、
父が一日でも長く生きて、
その一生を
幸せに締めくくることができるようにと祈る。
そして透明であるということ
そして透明であるということ わたしのように あなたのように それから他のなにかのように漂っているもの 架空であるということ 空想であること あるいは なにもない空間のなか ひとがひとり 小鳥のように籠にいる すこしの微風に揺れている そこに色彩と呼べるものはなかった あったのは籠で そのなかにいるということは あまりにあたりまえのことだったから
爪を切る とおりすぎる人がいる 破片は落ちる そうして少し宙空を漂い 大気に触れて ゆっくりとおちてゆく それを眺めているもうひとりのわたしがいる そうして地面に接するときに 衝突するいたみを思う その過程を その映像を
時折 みえないものがみえるという みえるということはそれが現実なのだという またはそれすら言葉であるという そして
AとBをプラスするとXになるという Xがすべてのはじまりだった すべては仮定の話であるという その仮定の話をしているものが誰なのか 想定すらしていなかったことに気づく時に 多くの物語のはじまりは幼年期のゆめのように 根拠のないまま定められていた
αとN°を衝突させてシャッフルさせていた 手助けが必要だった 風が流れて 何がおきたのかという声が聴こえる すべてが終わって 透明な言葉が いくつもの映像が 多くの物語が創造される この土地に いずれかの時代に
冷めていく革命
駅前の温度が
少しだけ高い
閉じたシャッターに
昼が残ってる
エスカレーター
逆向きの気配
影だけ先に
角を曲がった
めくれ上がった
シャッターの貼り紙
触れていないのに
指先が冷たい
冬の陽がビルの隙間
長く伸びて消えかける
レジ横の一輪の花
日焼けして褪せている
ポケットに残った砂
どこで付いたか思い出せない
遠くで鳴る昔の旋律
信号待ちで途切れてる
時計塔の針だけが
急ぎ足で進むけど
僕だけ少し遅れて
夜に追いつけない
やわらかな闇の中
頼りない足跡を踏む
ほっとかれたナポリタンが
小さく世界を変える
雨宿り中のうさぎが
こちらを見て笑ったら
何も起きない今日にも
新たな目覚めがある
募金箱の硬貨の音
誰かのためのリズム
閉店後の海の碧
街灯に揺れている
帰る理由を探すほど
帰り道が遠くなる
取り残された夜更けに
靴先で線をなぞる
昨日と似てる今日でも
同じ夜はない
やわらかな闇の中
頼りない足跡でも
昔の旋律に合わせて
歩幅が少し合う
雨宿り中のうさぎが
森の奥へ消えてしまっても
終わらない夜の先で
新たな目覚めを待つ
じこちゅー
自己中だよね
って
かおりちゃんから
いわれて
泣いた
じこちゅーって
虫みたいだよね
虫みたいに
ウザイよね
そーやって
周りの女の子たちに
優しいと評判のかおりちゃんは
わたしを笑っていた
けどあれから
二十年たってから
じこちゅーだよね
自分で自分に言ってみて
笑って胸を張っている
じこちゅーじこちゅー
上等だよ
虫みたいにウザイくらいに
生きられてサイコーだよ
じこちゅー
わたしがわたしのこと
考えなきゃ誰が考えてくれるって
いうんだよ
かおりちゃんを時々
思い出す
風のうわさで
3人のこどものお母さんに
なったって聞いた
きっと 優しい優しいと
言われているだろう
作品は死体である——鑑賞と倫理、複数の立場について
(多々AI対話推敲Claudeで記事作成)
作品は死体である——鑑賞と倫理、複数の立場について
2026年3月23日
はじめに:なぜ「死体」と呼ぶのか
作品を語るとき、私たちは様々な比喩を使う。「作品は鏡だ」「作品は窓だ」「作品は問いかけだ」。そのうち、「作品は事件現場だ」という言い方がある。これは芸術人類学者の中島智が示した捉え方で、興味深い。作品を「出来事そのもの」として見ること、完成品ではなく制作プロセスをその通過点として捉えることの重要性を指摘したものだ。
しかし、私が自分の制作と向き合うなかで感じるのは、「事件現場」という比喩では足りない、ということだ。むしろ、そこに「死体」という別の比喩が必要になってくる。
「死体」——それは、事件現場にあるもの。でも同時に、現場の読み方を大きく変える。
なぜそう呼ぶのか。それを説明するために、もう少し根本的なところから始めたい。
第1部:書く行為の本質——今を殺すこと
生と死の定義:流れるものと止まったもの
まず、ここで「生」と「死」をどう定義するかが重要だ。
生きていること=今、流れている。運動している。未確定である。
死んでいること=止まった。固定された。過去になった。
この定義は、道徳的な意味での「善悪」とは関係ない。単に時間の状態についての記述だ。
流れているものは形がない。動いているから捉えようがない。一瞬ごとに変わっていく。その中にいるあなたは、その流れを完全には把握できない。「今」は常に逃げていく。今を認識した時点で、それはもう過去だ。
書く=流れるものを止める=殺す
それでは、私たちが「書く」とはどういうことか。
思っていることを言葉にする。感じたことを文字にする。その行為の本質は何か。
それは流れているものを止めることだ。
形のない思考を、形のある言葉に変える。動き続けている感覚を、静止した文字に固定する。その瞬間、何が起きるのか。
流れていたものが、止まる。 運動が、形になる。 生が、死に変わる。
だから「書く=殺す」なのだ。
不可逆的な相転移
しかし、ここで重要なのは「不可逆性」だ。
運動を書く → 痕跡になる(自然、避けられない) 痕跡を書く → 運動にならない(不可能)
なぜか。時間の向きが逆だから。
運動は未来に開いている。今のあなたは未確定な状態で存在している。だから、それを言葉にすることはできる。
しかし、一度言葉になったものは、もう過去だ。それを読み返しても、それは「痕跡を読む」という行為になるだけで、再び運動にはならない。触れることで新しい運動は生じるが、書かれたもの自体は動かない。
書いた瞬間に、その内容は「いま」ではなくなる。それは確定され、固定され、変わらないものになる。
これが「死体」だ。
第2部:痕跡としての作品
痕跡とは何か
痕跡という言葉で何を指しているのか、もう少し詳しく考えてみよう。
風が砂を吹く。その軌跡が砂紋になる。 水が石を流す。その力が侵食になる。 足が地面を踏む。その跡が足跡になる。
こうした自然現象のなかで残るのは、意図や感情や説明ではない。それは単に「何かが通過した」という事実だけだ。方向、力のかかり方、速度、質量——そうした物理的な情報が、形として残る。
痕跡には、それを作った「何か」の説明がない。意図も感情も運動もない。ただ、通過したという事実だけがある。だから痕跡は、意味の前に立っている。それは「意味が発生する環境」であり、「意味そのもの」ではない。
書かれたものが痕跡だとすれば、読者が手にするのは、作者の「意図」でもなく「感情」でもなく、「運動が通過した跡」だけ、ということになる。
保存と変質——壜のメタファー
保存しようとする試み、それはしばしば失敗する。
新鮮な食材を壜に詰める。「これで保存できる」と思う。でも、詰めた瞬間に何が起きるか。その内容は、もう新鮮ではなくなっていく。酸化する。発酵する。変質する。壜の中では、確かに何かが「保存」されている。でもそれは、元の形のまま保存されているのではなく、変質した形で保存されているのだ。
作品も同じだ。「この瞬間を作品という形で保存しよう」と試みる。でも、保存された瞬間、それはもう「この瞬間」ではなくなっている。時間が経つ。読まれ方が変わる。自分自身も変わる。かつて「今」だったものは、どんどん「過去」へと遠ざかっていく。
だから、棚に並べられた過去の作品は、すべて「死体」のようなものだ。かつて「今」だったもの。でも、今はもう「今」ではない。全部、殺されたもの。
第3部:「事件現場」から「死体」へ——比喩の転換
事件現場という比喩の有効性と限界
「作品は事件現場だ」という言い方は、ある点では有効だ。
事件現場は、「何が起きたか」を推理させる場所だ。散らばった物、残された痕跡、配置——それらすべてが、出来事を語る手がかりになる。だから鑑賞者は、その痕跡から「事件」を再構成しようとする。犯人は誰か。何が起きたのか。どういう順序だったのか。そういう問いへ向かう。
つまり、「事件現場」という比喩は、必然的に読者を「解決」へ駆り立てる。読者は「推理」の快感を求める。「納得する」ことを求める。そういう方向へ引っ張られる。
でも、「解決」がない場合は?
しかし、もし「事件」そのものが再構成できない場合はどうか。
因果関係が解体されていたら。主体が確定しなかったら。時間的な連続性が消えていたら。そうした条件下では、読者は「事件の筋」を復元しようとしても、復元できない。手がかりが足りない。あるいは、手がかり同士が矛盾している。繋がらない。
そのとき、事件現場という比喩は崩れる。読者が手にしているのは「事件の証拠」ではなく、単なる「断片」「配置」「圧のかかり方」だけになる。
つまり「事件現場」は、もう「現場」ではなく、別のものになっている。
それが「死体」だ。
死体と事件現場の違い
死体と事件現場は、根本的に違う。
事件現場は、「何が起きたか」を問う場所。痕跡を通じて、出来事を再構成する。だから読者は解決へ向かう。
死体は、「何が起きたか」を説明しない。説明できない。それはすでに運動を終えた、固定された結果だ。意味的な回収に先立って、そこに存在している。
死体は、おそらく何か事件に関わっていただろう。でも、死体そのものは、その事件を語らない。死体があるだけだ。
だから、読者の関わり方が変わる。
第4部:死体に対峙すること——複数の立場の可能性
事件現場に立つということ
事件現場に立つ、とはどういうことか。あなたが突然、その現場に立ち会った。そこに死体がある。
あなたは、そこで何か一つの役割を果たすわけではない。あなたは、複数の立場を同時に持つことができる。
あなたは警察官かもしれない。事件を解決することが目的。真犯人を見つけ、動機を明らかにすること。
あなたは肉親かもしれない。その死体が愛する人間だったら。感情的な関係性の中にいる。
あなたは犯人かもしれない。罪悪感や、逃走の不安、あるいは別の感情を持ちながら現場を見ている。
あなたは通りがかりの人間かもしれない。何の関係もない傍観者。でも、その場に立ち会うことで、何かを感じずにはいられない。
重要なのは、この複数の立場が同時に可能であるということだ。作者は「こういう立場で読め」と指定しない。死体がそこにあるだけだ。読者は、その死体の前で、自分がどの立場に立つのかを選ぶ。あるいは、複数の立場を揺らぎながら経験する。
選択と責任
その選択には、責任が伴う。
あなたが「警察官」として死体を見れば、あなたの読みは「犯人探し」「事件の再構成」になる。その読みは、作品の一つの側面しか照らさないかもしれない。
あなたが「肉親」として死体を見れば、あなたの読みは「喪失」「愛」「悔恨」といった感情に焦点を当てるかもしれない。
あなたが「犯人」として死体を見れば、あなたの読みは「逃走の不安」「後悔」「自己弁護」といった心理に焦点を当てるかもしれない。
どの立場で見るのか。その選択は、読者のものだ。作者は強制しない。でも、その選択をした瞬間から、読者は責任を負う。自分がどう読んだのか、その読みがどこに立っているのかに、直面することになる。
鑑賞とは「思考すること」
だから、鑑賞とは何か。
答えを探すこと? No。 意味を回収すること? No。 作者の意図を理解すること? No。
鑑賞とは、その現場に立ち会った人間として、「何を見て、何を思うか」という行為そのものだ。
その思考プロセス、その問い、その戸惑い、その選択。それらすべてが鑑賞だ。
そして、その思考には、必ず倫理観が付随する。
第5部:倫理観の自動発生
死体は、倫理を要請する
「倫理」という言葉は、しばしば「規範」「〜すべき」という道徳的な重さを持つ。でも、ここで言う倫理観は、そういう意味ではない。
死体の前に立つ。その時点で、何かが自動的に立ち上がる。それは「この死体に、どう向き合うべきか」という問い。「この死体を、どう扱っていいのか」という困惑。
死体は、勝手に消費していい対象ではない。物体でもなく、ただの材料でもない。かつて「生」であったもの。その固定された結果。だから、それに対する接し方が問われる。
複数の立場と倫理
重要なのは、この倫理観が「一つ」ではないということだ。
警察官として死体を見る人と、肉親として死体を見る人では、その倫理観は異なる。
警察官は、科学的な証拠採取、動かしてはいけない部位、という形式的な倫理に従う。
肉親は、その死体への敬意、触れたい衝動と触れてはいけないという禁止の間で揺らぐ倫理を経験する。
犯人は、逃走を優先させる倫理と、自分がしたことへの倫理的責任の間で引き裂かれる。
通りがかりの人間は、何もしてはいけないという無力感と、それでも何かを感じずにはいられない責任感の間にいる。
つまり、倫理観は複数で、流動的だ。絶対的な規則ではなく、その立場によって変わる。そして、その立場を選ぶのは読者である。
倫理観は「要請」ではなく「発生」する
ここが重要な点だ。
作者は「倫理的に読め」と要請しない。死体として作品を提示することで、倫理観が自動的に発生する。それは、死体という対象の前に立つことの自然な結果だ。
つまり、倫理観は、作者からの命令ではなく、死体という物質性そのものがもたらすもの。だから、読者は「倫理的であるべき」という道徳的な圧力を感じるのではなく、単に「この対象に対して、どう接するか」を問わざるを得なくなる。
それは構造的に必然化される。選択の余地がある形で、でも確実に立ち上がる。
第6部:作者の側の放棄
作者は何もできない
ここで、作者の側の問題を考える必要がある。
作品を死体として提示する。その時点で、作者は多くのことを放棄する。
「こう読んでほしい」という願い。 「この意図を汲み取ってほしい」という期待。 「正しく理解されたい」という欲望。
すべて、手放す。
なぜなら、死体として提示された時点で、読者はその死体をどう扱うか、自分たちで決めるしかないから。作者には、もうそれに対する発言権がない。
読み手の暴走に対する無力性
そして、もう一つ重要なのは、作者は読者の暴走に対して、何もできないということだ。
死体として提示された作品に対して、読者が暴力的に接することもできる。踏みにじることもできる。無視することもできる。作者には、それを止める手段がない。
だから、作者は「倫理観が守られることを期待する」ことしかできない。でも、その期待が保証されることはない。
つまり、作者は「倫理観を要請しながら、その実現を保証できない」という矛盾した立場に立つ。
でも、それでいい
でも、それでいい。というより、そうであるべきだ。
作品を死体として置くことで、読者の自由が最大化される。読者はどう読んでもいい。どう解釈してもいい。どう怒ってもいい。どう感動してもいい。その自由が守られる。
同時に、その自由の中で、読者は自分の読みに責任を負う。どう読んだのか。なぜそう読んだのか。その読みが何を露出させているのか。それは、読者自身の問題になる。
作者は、その読みに対して「ありがとう」としか言えない。その読みが何を体現しているのか。読者がどこに立っているのか。それを受け止めるだけ。
第7部:節度と敬意——接触の作法
死体は「接触の仕方」を問う
死体に対しては、自動的に「接触の仕方」が問題になる。
勝手に動かしていいのか。触ってもいいのか。どこに触ってもいいのか。どれくらいの距離を保つべきか。
死体という対象の存在が、これらすべての問いを立ち上がらせる。
それは、規則や指示ではなく、死体の物質性そのものから発生する問い。だから、強制的だが、外部から与えられた命令ではない。その場に立つあなた自身が、必然的に問わざるを得ないことになる。
敬意と距離
死体に対する接触の仕方には、必ず「敬意」と「距離」が含まれる。
敬意とは、それが「かつて生きていたもの」である、という認識。単なる物体ではなく、何か意味のある対象として扱うこと。
距離とは、無闇に近づかない、無闇に触らない、という慎重さ。あるいは、感情的に引き込まれすぎない、という理性的な保ちの問題。
これらが、死体の前に立つ者に必然的に要求される。そして、その要求は、作者からのものではなく、死体という対象そのものからのものだ。
複数の立場による節度
先ほど述べた通り、死体に対する立場は複数だ。それぞれの立場によって、敬意と距離の取り方は異なる。
警察官としての敬意と距離。 肉親としての敬意と距離。 犯人としての敬意と距離。
それぞれが異なり、相互に矛盾することもある。でも、その矛盾の中で、読者は自分の立場を問い続ける。
その問い続ける行為そのものが、節度を生む。
第8部:読者の多様性と責任
「何をどう読み取られても、ありがたい」ということ
だから、作者としての立場は、シンプルだ。
「何をどう読み取られても、ありがたい。考えて言葉に出していただいて、『良い』と思う。」
なぜなら、それは読み手が自分の立場を体現しているに過ぎないから。
その読みが「浅い」か「深い」か。その読みが「正確」か「誤読」か。そういう判断は、作者はしない。できない。なぜなら、作者はもう、その作品に対して「正解」を持っていないから。
代わりに、読者の読みを通じて、「その人がどこに立っているのか」が明らかになる。その人の世界観が、立場が、倫理観が、読みの中に現れる。それは、読者自身を体現している。
読者の自由と責任
だから、読者の自由は最大化される。同時に、その自由の中で、読者は完全に責任を負う。
「何もしないでいい。でも、何かをしたなら、その選択に責任を持て」という構造。
読者は、死体に対して、警察官になることもできるし、肉親になることもできるし、犯人になることもできる。でも、どの立場を選んだのか。なぜそこに立ったのか。その選択は、読者のものであり、読者が負う責任だ。
第9部:「解釈」から「鑑識」へ
解釈とは何か
通常の鑑賞では、「解釈」という言葉がよく使われる。
「この作品をどう解釈するか」「作者の意図を解釈する」「隠喩を解釈する」
解釈とは、基本的に「意味を見つけ出す」行為だ。作品の奥に隠された「本当の意味」があると仮定して、それを明らかにしようとすること。
鑑識とは何か
これに対して「鑑識」は、別の行為だ。
鑑識とは「そこに何があるのか」を調べること。
意味を見つけることではなく、物質そのものを見ること。断片の配置を見ること。圧のかかり方を見ること。切断面を見ること。継ぎ目を見ること。
意味の前に立つ。意味に到達する前の段階で、すべてを見る。
死体に対する行為は、まさに鑑識だ。医学的な検死から、警察による現場検証から、肉親による最後の対面まで、すべてが「意味を見つけ出す」ことではなく「そこに何があるのか」を直視することだ。
鑑識の多様性
そして、鑑識は、立場によって見えるものが変わる。
警察官の鑑識:血痕の位置、致命傷の部位、推定死亡時刻 肉親の鑑識:顔つき、手の状態、最後の着衣 犯人の鑑識:自分の行為の痕跡、逃げられたかどうかの可能性
同じ死体を見ていても、見える側面が異なる。そして、どの側面を見るか、という選択は、立場を選ぶことと同じだ。
第10部:作品を死体と呼ぶことの意味
三つの層
作品を死体と呼ぶことの意味は、三つの層から説明できる。
第一の層:時間論 書かれたものは、流れるものを止めたもの。生から死への相転移。このプロセスは、必然的で不可逆的。すべての作品は、この構造を免れない。
第二の層:物質性 死体は、対象の前に立つ者に、必然的な問いを立ち上がらせる。「これにどう接するか」という問い。その問いから、倫理観や節度が発生する。
第三の層:関係性 死体として提示することで、読者の自由が最大化される。同時に、その自由の中で、読者は完全に責任を負う。複数の立場の可能性が開かれ、読者はそこに立つ。
これら三つが重なることで、「死体」という呼び方が、単なる比喩ではなく、制作と鑑賞の本質を指し示すことになる。
なぜ「比喩」ではなく「概念」なのか
「死体」を「比喩」として使っているのではない。それは「概念」だ。
なぜなら、比喩は「本当ではないこと」を指す。比喩は「例えるならば」であり、実際のことではない。でも、作品が死体であることは、比喩ではなく、制作と時間の本質についての記述だからだ。
書かれたものは、本当に死である。本当に痕跡である。本当に過去である。その時点で、鑑賞のあり方が本当に変わる。
だから、「死体」は概念であり、制作と鑑賞の根本的な構造を指す言葉。
終章:常に問いの中に
循環構造
結局のところ、この全体は、一つの循環を成す。
今(生)→ 書く → 死体(痕跡) → 触れる → 今(新しい生) → また流れる → また死体...
この循環を通して、存在を確かめる。 何が流れたかを知る。 何が変わったかに触れる。
そして常に、問い続ける。
「今はどこにあるのか」 「私はどこにいるのか」 「書かれたものは何なのか」
答えはない。でも、問い続けることで、「今」にいることができる。存在を確認できる。
読者を前にして
作品を死体として置くことで、読者は複数の立場の可能性を引き受ける。その中で、どこに立つのか。どう接するのか。その選択と責任の中で、鑑賞が成立する。
作者は、その読みのすべてに対して「ありがとう」である。なぜなら、それは読者が自分たちの世界を体現しているに過ぎないから。
倫理観も、節度も、敬意も。すべては、死体という対象の前で、自動的に立ち上がる。作者が強制するのではなく、その場に立つ者が必然的に問わざるを得ないことになる。
最後に
戸惑いながら進むこと自体が、この仕事に値する。 怖いまま進む。 わからないまま触る。 常に問いの中にいる。
そして、いつか手を離す。委ねる。
書かれたものは死体。 でも死体があることで、生が見える。
わからないことからはじまる詩作の自由
詩は「わかる」ために書くものではない。むしろ「わからない」ことから始まる。言葉を分解し、無心に組み直すことで、意味ではなく感覚が立ち上がる。そのとき詩は、伝達ではなく接触となり、読み手にとっての鏡や触媒となる。
・わからないものへの切り込み方
なにが書かれているのかわからないものを読もうとするとき、どう切り込もうか、いつも考える。まず探すのは、わからないものの中にある「違和」だろう。
それは文体の変化や語彙の選択、論理の飛躍かもしれない。テキストの中には何かしらのパターンや秩序がある。それを違和感として無意識に探っているのだ。
その違和がとても違和だったとき、それは作者が意図的に残したものではなく、むしろ消そうとしても消せなかった何か——最も本質的なものが宿っているという感覚がある。その痕跡が詩に馴染んでいるかどうか。
・接触という楽しみ
結局のところ、作者がなにを言いたかったのか、詩がなにを伝えたいのか、ではない。わたしがこの詩に対してどう掴んでいくか、どう触っていくか。わからないからこそ「まだ見えていない構造」への入り口を自分で設定する。楽しむべきは、接触だと思う。
芸術を見るように鑑賞するのか、文学を読むように納得するのか。書き手の癖としても、読み手の癖としても偏りはある。その中でやはり、自分の思っていない方向が現れることを素直に楽しめるかどうか。意味を重視して書いている人は意味を探してしまう。自分の傾向を自覚した上で、あえて真逆のアプローチを取ってみる。そうすることで「自分の思っていない方向が現れる」瞬間を楽しめる。
間違っても問題はない。詩に近づきすぎても遠すぎても、気づきは得られないかもしれない。その距離感。一連を取っても、コトバの並びを見ても、まるで楽器の調律をするみたいに、詩との間合いを微調整していく。その「ちょうどよい距離」は詩によって、その日の自分によって、きっと変わるものだ。
・書かれていないものを読む
書きたいことが見えない、何も訴えてこない——それは、書かれていることから書かれていないものを想像できないからだ。鑑賞者であれば、作者の意図とは無縁の世界にいるべきなのかもしれない。
詩の中を歩こう、詩に触ってみよう。この完成品ならば、どういう方向に読み手は引っ張られるだろうか。その道筋を自分の中で立てておきたい。それが裏切られるから、全く予想がつかない方向へ読み手は読解するから、作者として考える価値をいただくものだと思う。
詩という完成品の向こう側にいる人間、その人の癖や迷いや、思わず露呈してしまった何か——詩を通して人間そのものがにじみ出てきてしまう。なにを書いたのか、ではなく、なぜこうなったのか。なぜこうでなくては成立しなかったのか、を作品から逆算する。
・読み手に委ねること
「言いたいこと」は、読み手が勝手に読み取るものだ。だから作者は逆に、読み手を引き寄せるように、覗かせるように仕掛けなくてはならない。読み手が自由に触れるように、風通しも、オブジェクトも、モノやコトも、そうあるように配置する。どこかなにかに触れ、読み手それぞれになるだけ。
詩が読み手を変容させるのではなく、読み手がその詩に触れることで、より深く自分自身になっていく。詩は鏡のようで、触媒でもある。
・詩にしかできないこと
散文で説明できること、エッセイで明確に言い切れること、小説として具現化できるなら、わざわざ詩にする必要がない。でも、どうしても一つの言葉に収まらない、立ち上がってくる何かがある。だから詩という形を取らざるを得ない。
詩に近づきすぎてはいけない。かといって遠すぎてもいけない。難解・わからない、のひとことで終わっても、それでいい。無理に理解してもらう必要もないし、万人受けを狙う必要もない。詩自体が人を選ぶ。なにかしら楽しんでくれたらいい。理解されなくても、評価されなくても、ただ楽しんでもらえれば。
その楽しみ方も人それぞれで。手探りを楽しむ人もいれば、音の響きを楽しむ人もいるし、わからなさ自体を面白がる人もいるだろう。
「意味の伝達」ではなく「感覚と自由の共有」に重きを置く。読み手に委ねられ、詩そのものが人間のように「生きて」変容していく。そのプロセスを楽しむことこそが、詩の醍醐味なのだと思う。
2025-08-28初稿
2026-03-05改稿
手の鳴るほうへ
子どもの頃 近所に住むおじさんが
泥酔し川に落っこちて死んだ
あたしはその時
そのおじさんの死にホッとしていた
よかったと思った
だってずっと変だったんだもん
いっつもあたしが学校から帰って家につくまで
付きまとっては しばらく
家の前で じっと見てきてたから
薄気味が悪かったんだ
気持ちが悪かったんだ
いなくなればいいのにって
消えてなくなっちゃえばいいのにって
何度も何度も 繰り返し繰り返し
心の中で強く願ってた
願って
そしたら
死んじゃった
ひとの死を願うだなんて
あたしの中にはきっと
鬼が巣まっているのでしょう
やはりあの親父 あのばあさんの
血
ほらほら
おいでおいでと
手招いて
抗いようもなく
逃れようもないままに
街
感嘆符が降る街に
文脈が棚びく
句読点が傘をさして
拍子を重ね
韻律をはね上げる
水溜りが記号を映して
形象を結ぶ
終局の星を数えて
翼は夢を見ている
閉ざされた鏡の中で
意味がざわめいている
パラフィン紙に濾されて
幾何学形の現象が
透明な滴りになる
その純水に
感嘆符は飽和して鎮まり
軈て煉瓦の街角に
ゆらゆらと詩が立ち昇る
憧れを向ける先(掌編)
「バカだなあ…お前は」
少年に向かって、その男は言った。
少年が男に出会ったのは、アルバイト先の小さなレストランだった。
男は少年より15歳ぐらい上で、定職につかずバイト生活をしていた。
少年はその男が好きだった。
地位や立場にはなびかなかったが、目下の者のためには平気で頭を下げる人だった。
かばってくれた礼を言うと、照れくさそうに手を振り背中を向けた。
周りの人たちはそんな男を見て、
「今時、こんな生き方をして」
と呆れたようにこぼした。
それは彼の仕事ぶりが邪魔だったせいもある。
洗って並べて乾かせばいいコップを、灯りを通してみて、汚れがあると拭き取っていった。
「ありがとうございました」
店員の中で、必ず笑顔で言っていたのは男だけだった。
そのことを少年が口にすると、たばこを大きく吸い込み、
「不器用なだけだ」
と空へ向けるように、煙をふわりと吐き出した。
「世の中っていうのは、肩書きがあったほうが便利だ。ないよりあった方がいい。
そういう支えがあれば、楽に立っていられる。
でもその支えは、誰か知らない人が作ったもののように感じるんだ。
やっぱり、支えは自分で作ったものじゃないと、安心できないよな」
店が暇な時、男がふと漏らした一言だ。
少年は男の様な大人になりたいと言った。
それを聞いた男は、
「お前はオレとは違う人間だ…どんなに望んでも、オレはお前にはなれないし、お前はオレにはなれない。だから…」
そう言い、少年を見た。
「どうせ憧れるなら、自分にだ。
こうなっていたいという心に描いて、その姿になるために進めばいい」
そして体を伸ばすと、
「と、いうことだ」
立ち上がって仕事に戻っていった。
男はそれからしばらくして、
「辞めるから」
と手を差し出した。
ささくれだった指は、決してきれいではなかった。
意外に柔らかい手にあったペンだこが、少年の指を固く押した。
男が物書きを目指していたのは、会えなくなってから知った。
時折デニムの後ろのポケットから、小さなメモ帳を出して、何かを書いていたのを見たことがある。
それだけで出来るペンだこではない。
多くの文字を部屋で一人、書いていたのだろう。
周りには見せなかった、男の孤独な戦いを思った。
少年はやがて青年になり、平凡な肩書きを手に入れ社会の中にいる。
仕事に疲れた電車の中や、下げたくもない頭を下げた後に、ふと男のことを思い出す。
「こうなっていたいと憧れた自分になれているのだろうか?」と。
きっとなれていないだろう。
そんなとき思い出す。
「平凡をバカにするものじゃない。それだって難しいことだ。
それにお前は諦めるほど、生きてないだろ。
オレだってまだ諦め方がわからない」
という男の言葉を。
諦め方を知った大人より、未完成だという男の方が魅力的だ。
そう思っていても、自分にはなれない。
不器用を隠すより、器用に生きる方が楽だと気付いてしまっているから。
この日も減った名刺と同じ数だけ、顔も思い出せない人達の名刺がカードケースを埋めている。
だから、数々の男の一言が、いつまで心に問いかけてくる。
少年の頃に持った憧れは、そのままの姿で残り、だれの言葉よりも心にとどまっている。
そんなことを思っていると、隣からこんな言葉が聞こえそうだ。
「バカだなぁ…お前は」。
うどん
たそがれの食卓にあるうどんが赦せない
うどんをのみこむことだけが昨今のわたしの労働だというのに
あたたかなうどんに遅れたおろかな自分が赦せない
さきほどまで夕陽が頸を切っていた
わたしの生涯は すでにこの うどん のように のびて しまった
にょろにょろのぬるい素うどんをすするわたしの頬をゆるい湯気がなぜてゆく
それは夢のなかの肌ざわりのようだ
うどんに罪はあらねども それはじゅうじゅうわかっているのだが
無抵抗のまま咀嚼され わたしの胃の腑におちてゆく
うどんが憎い
憎くてたまらぬのだ 今日は
濃縮還元
ずいぶん長いこと生きちまったものだ
深夜2時
解凍されないまんま
底冷えする部屋の片隅にて
思い出してももう平気かと
むかし住んでた町の
川辺や公園や 喫茶店なんかを
記憶の奥の方から引っぱり出そうとして
失敗した
あの日 真っ暗闇の岸壁でひとり
失望も絶望も 仕方がないしょうがない
と飲み込んだ想いまるごと
一切鮮度が落ちもせず
まんま濃縮還元されたジュースみたいに
100%で押し戻ってくるだなんて
手紙
毎日かいてる
出さないだけで
出せないのとは
ちがうから
それが ほんのちょっぴり
救いだよね
ひとりごとばかり
ふえていくけれど
ここちよい
春
冬の透明
白い息が
頬を包む
ふと夜空を見上げたら
月と星たちがきらめいていた
無垢なひかりに照らされて
私の心も
すこしずつ
洗われていく
透き通っていく
ブブンヤキソバ
わたしたち、幼い風に吹かれて
食べている(食べている)
ブブンヤキソバ
わたしたちは全部ではないから
いつまでたっても部分だから
ブブンヤキソバばかり
食べているの(食べているの)
この麺は (ブブン)
このお肉は (ブブン)
このキャベツは (ブブン)
広がっていく (ブブン)
狭まっていく (ゼンブ)
宇宙のどこか片隅に
厨房があるんだってね
そこではゼンブヤキソバが
調理されているんだってね
あなたが夕べ
寝言でそう言っていた
その宇宙は
千葉県長生郡にあるんだってね
名物のゼンブヤキソバは
絶品なんだってね
わたしが夕べ
寝言でそう言っていた(らしいね)
いつまでも見つからない全部を探して
ブブンヤキソバを食べる
細い顎をしたわたしたちはそれでも
ブブンブブンをよく噛んで食べる
部分がいくら増えても
全部にはならない
そんなことは知っているのに
部分ばかり集めてしまう
(集めてしまうの)
雨が降り始める
雨音を聞くために
今ここにある
わたしたちの身体
見たことはないけれど
全部の真似事をしてみる
たとえ間違っていても
こうしてわたしたち
幸せで良かった
(出会えて良かった)
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9
横浜駅で電車を降りた。夕方のホームは人であふれていた。凛の父、朝倉和真は人の流れに押されながら歩き、ポケットから携帯を取り出す。画面を見た瞬間、足が止まった。凛からの着信が並んでいる。1件や2件ではない。いくつも続いていた。その下に、見覚えのない番号がある。
和真の心臓が強く打つ。
後ろから肩がぶつかった。
「すみません、止まらないでください」舌打ちまじりの声が飛ぶ。和真は我に返り、慌てて人の流れから外れた。ホームの端にある椅子まで歩き、そこに腰を下ろす。胸がまだ速く動いている。和真はすぐに凛の番号を押した。数回の呼び出し音のあと、凛が出た。
「凛、すまん。今気づいた……どうした」
息がまだ整っていない。
「お母さんが倒れて……今、病院」
和真は言葉を失った。
「え……大丈夫なのか」
「いま先生の説明を聞いてるところ」
凛の声は落ち着いていた。
「どこの病院だ」
「青葉台総合病院」
和真はすぐに立ち上がった。
「分かった。今から行く」
「うん」
通話はそれだけで終わった。和真は携帯を握ったまま、しばらく動かなかった。数時間前の着信が並んでいる。凛はずっと連絡を取ろうとしていた。和真は改札へ向かった。
病院の廊下は静かだった。凛は椅子に座っている。携帯を握ったまま、うつむいていた。和真は凛の姿を見つける。歩み寄る。だが、すぐそばまでは行かなかった。少し離れたところで立ち止まる。
「凛」
凛は顔を上げない。
それ以上、和真も何も言わなかった。
しばらくして処置室の扉が開いた。白衣の医師が出てくる。和真を見る。
「ご主人ですか」
「はい」
「奥様のことでご説明があります。こちらへどうぞ」
医師は説明室の方を指した。
凛は立ち上がる。携帯を握ったまま、二人のあとを歩く。小さな部屋だった。机と椅子があるだけの簡素な部屋。和真と凛は並んで座る。凛はうつむいたまま顔を上げない。医師は椅子に腰を下ろした。
「まず、命に関わる状態ではありません」
和真の肩の力が抜けた。
「ただ、かなり無理をされていますね」
医師は続ける。
「疲労と脱水が重なった状態です。血圧も少し高くなっています」
和真は黙って聞いていた。
「今日はこのまま入院して、点滴を続けた方がいいと思います」
和真は深く息を吐いた。
「そうですか……よろしくお願いいたします。」
それ以上の言葉は出てこない。説明は長くはなかった。
部屋を出る。廊下の空気が戻る。和真は凛の方を見た。凛はまだ顔を上げない。携帯を握ったまま、視線を落としている。和真は少し近づいた。だが、触れはしなかった。
「大事じゃなくてよかったな」
和真はそう言った。
凛は小さくうなずく。
「うん」
それだけだった。
和真は凛の横に立った。
凛は椅子に座ったまま、顔を上げない。和真はその様子を見ていた。疲れているだけかもしれない。今日のことが大きすぎたのかもしれない。それでも和真は、凛の横顔に、どこか違うものを感じていた。和真は廊下に残ったまま、しばらく動かなかった。
ことば
胸の奥まで 落ちた言葉が
ゴロゴロゴロゴロ転がって
骨を食い
身を食い
そしてこころを食う
胸の奥まで透った言葉が
リンリンリンリン鳴り響いて
骨を満ち
身を満ち
そしてこころを満つ
Inner necessity 6 #アイラシヤ大陸
時代 現代
場所 東京都
上海・外灘(バンド)の煌びやかな夜景を背景に、最新技術で世界のOSそのものをアップデートしようと目論む男、李 浩然(リー・ハオラン)。その傲慢な独白から物語は幕を開けていた。そこへ、アイラシヤ大陸の大魔法使いアルス・ヴォルテックスが因果の糸を伝って介入する。海上に極大の稲妻を落とし、その圧倒的な「現象」を交渉材料に、李に「十二番勝負」を呑ませる場面だ。
「……これ以降の投稿が、全部弾かれてるってこと?」
エリカは、ラ・メールのクリームが馴染んだ滑らかな指先で画面をタップし、未送信のバッファを確認しながら尋ねた。
「ああ。文字数制限、フォーマット、あらゆる形態を試したが反映されない。システム上のエラーでないとするならば、それは『正解』ではないということだ。物語という名の精巧な時計仕掛けが、どこかで歯車を噛み合わせることを拒絶している。この先の記述そのものが受け入れないのだ」
男はそう言うと、眉間に深く指を添えた。思考の解像度を高めるための、彼なりのプレ・パフォーマンス・ルーティンだろうか。それは目に見えない砂時計の落ちゆく砂を、指先で必死に止めようとしているようにも見えた。
「だけどさ」エリカは三面鏡に映る自分と目が合った。「つまりここから先は、一文字だって間違えられないってことじゃない? 不正解を書き込んだ瞬間に、この物語の心臓が止まってしまう。盤面そのものが崩壊しちゃうんだ」
「おそらく、その直感は正しい。正しい手筋、すなわち『必然』でなければ、アイラシヤという『系』そのものが成立を拒むのだろう」
男の言葉を背中で聞きながら、エリカはふと、既視感に似た奇妙な感覚に捉われた。
(あれ……この感覚、どこかで……)
自分が自分ではない、何者かの意志が指先に宿っているような全能感と空虚。この感覚は、いつ、どこで感じたものだったか。
「私の考えを言うよ。この十二番勝負、騎士たちが戦えば戦うほど、李のAIにデータが蓄積されていくんでしょ? 最終的に自我を持った『第十三の存在』が産まれて、シンギュラリティが起きる。そうなればアイラシヤ大陸の騎士は誰も太刀打ちできなくなって死んでしまう。そして残された民たちの、喉を焼き切るような恐怖の叫びすらもデータとして取り込まれ、第十三の彼は至高の存在として、現実世界のLLMをも支配してしまう……。つまり、戦うこと自体が李の思惑通りなんだよ。この罠を壊さなきゃ」
「いや、それは難しい。最新の記述から『十二番勝負』という契約を回避する合理的理由が見当たらないんだ。勝負そのものを無効化すれば、物語の魔法は解け、因果の糸は千切れてしまう。」
男は、エリカの論理の脆弱性を冷徹に洗い出した。彼は論理の番人として、物語が正しい終わりへと向かうよう、必死に秩序を繋ぎ止めようとしていた。
「じゃあさ、戦いの記録そのものを『アップデート』できない状態にすればいいんじゃない? データの収集ができなければ、第十三の彼は、名もなき影のまま誕生することさえできないでしょ」
「理屈はわかる。だが、李が操る高性能システムに、データ収集不能な事象を発生させるには、微細なエラーでは足りない。システムを根本から沈黙させるような、決定的なブレイクスルー(突破口)が必要になる……」
男はワインの最後の一滴を飲み干していた。
アルコールが思考の明晰さを奪うことを承知した彼は、サーバーからミネラルウォーターを取り出し、氷のように冷たいボトルの底で額を冷やした。それから一口、静かに水を含んだ。
エリカは「グリフィス」の過去の投稿欄を、無機質なネイルの音を立てて閲覧し続けた。
彼女の頭の隅では、男の語る理論とは別の思考回路が、独自の熱を帯びて回り始めていた。
それは、鏡の裏側に回り込むような「狡知(こうち)」。
相手が望む「正解」という名の餌を与えると見せかけて、その前提条件そのものを無効化する術。論理の外側から世界を反転させる鍵。
しかし、その具体的な形が何であるのか。正体はまだ、深い思考のもやの向こう、誰も足を踏み入れたことのない意識の奥底に眠っている。
あいする。
ゆらぎ、ひずみ、まよう世界で
人はそれを見つけた。
求めてみたり
振りかざしてみたり
人はそれを「愛」なんて。
どうしようもない気持ちになんて
名前をつければいいのかと
そうでもしなきゃ、やってらんなくて
人はそれを「愛」なんて。
不確かで不完全で
あまりに脆く、ただ強い。
人はそれに
或いは救われ
或いは傷つき
それでも人は「愛」なんて。
それでも人は愛をする。
【短歌】親愛なる冬のみなさま【まとめてみた】
銀紙にくるまれた冬をとりだしてほうばる前にすこし眺める
透明をかさねてかさねて神無月こんないろでも光になるのか
夏掛けにいっしょうけんめいもぐりこむコタツごっこと音も無い窓
濡れ鼠かわかしたので眠りねずミルクのふとんにくるまって尚
おや中尉あなたでしたかこの冬を鏡のように磨く役目は
十二月なにを撮っても美しく星の採取に役立ちました
枝ぶりは丑三つ時ならシカのツノ冬の昼なら空の花束
将来は研究しようと思い立つ無垢なそらほど寒いふしぎを
碧すぎて夜はとうとう紅くなる電信柱へ薪をくべよう
終わり際は初冬とおなじ匂いみたいこんな鼻ではわからないけど
猿蟹合戦を平和的な話しに出来ないかと考えてみた
昔話しの「猿蟹合戦」を合戦が無くても物語が成立しないかと思い立って
「猿蟹合戦」の蟹が殺されずに平和に物語が終わる様に書いてみました。
場所によっては柿でない所ある様ですが、自分が聞いた話しは果実の柿だったので柿で話しを進めます。
猿は蟹が持っているオニギリが欲しくて、蟹に持っていた柿の種と交換してくれと話しました。
蟹は快く猿が持っている柿の種と自分が持っているオニギリと交換しました。
蟹は柿の種を一生懸命に育て柿の実を実らせました。
実った柿の実は木の上の方に実っている為、
木に登れない蟹には柿の実を採る事が出来ずに困っていました。
そこへ猿が柿の木に登り美味しそうに柿の実を食べ始めました。
腹が立った蟹は猿に「俺の柿を勝手に食べるな」と怒鳴りました。
それを聞いた猿は平然と蟹に言いました。
「お前が育てた柿の種が実らせた柿を食べられずに見ているから、
木に登る事の出来る俺が代わりに食べてやっているのさ」と言って
蟹の言葉に耳を貸す事なく柿を食べ続けていました。
蟹は目の前の理不尽な出来事に悔しい思いをしましたが木に登れない蟹には、
どうする事も出来ませんでした。
蟹は、仕方なく猿が口から吐き出す柿の種を集める事にしました。
そして集めた柿の種を蟹は、また一生懸命に育てる事にしました。
懲りずに種から柿を育て始めた蟹を見て、蟹と仲の良い臼と蜂と栗が来て言いました。
「蟹さん、俺が体当たりして柿の実を落としてやろうか?」と臼が言いました。
「柿の実が落ちても柿の木が折れるかもしれない。」と蟹は臼の申し出を断りました。
「それでは、俺が柿の甘い汁を取って来てやろう。」と言って蜂が柿の実に向かって飛ぼうと構えまた。
「柿の実は歯ごたえも大事だから」と蜂が飛び出さない様に蜂の肩を抑えて蜂の申し出を断りました。
栗が怒りを露わにしながら「俺が毬(いが)を纏って猿を脅して柿の実を猿から取って来てやる。」
でも蟹は興奮する栗を宥めながら
「それでは強盗と同じだから止めておこう。」と栗からの申し出も断りました。
皆の申し出を断り、心配してくれる気持ちは嬉しいと言いながら蟹は笑顔で皆を見送りました。
やがて、多くの種が順調に育ち、それぞれに柿の実を実らせましたが、
今年も柿の実は木の上の方に実っているので蟹には採れませんでした。
また猿がやって来て沢山の柿の木を見て一番実が付いて居る木に登り柿を食べ始めました。
「今年は、柿の実で十分に冬を越せそうだな」と満足そうな顔をしていました。
ところが食べても、食べても無く成らないし、住み家にも入りきらない柿の実を見て猿は
「食べ切れない柿を腐らすのは勿体ない」と思って。
蟹の居る所へ柿を抱えて降りて来ました。
蟹は猿から柿を受け取り満足そうに笑いながらハサミの手で器用に柿の皮を剥いて
「皮を剥いて食べる方が美味しいよ」と皮を剥いた柿を猿に差し出しました。
皮の無い柿を食べた猿は感動して、毎年、蟹に柿の皮を剥いて貰う為に
柿の実を蟹の所へと持ってゆく様にしました。
蟹は柿の実がなる頃に猿が持って来る柿の皮を剥いては
猿だけでなく、臼や蜂や栗達にも食べさせました。
柿を貰った臼は餅を蜂は蜜を栗は毬の衣をお礼に持って来る様に成り、
蟹は厳しい冬を豊かに越せる様に成ったそうです。
めでたし めでたし 良かったね。
(終わり)
少し話しを省略していますが、被害者の蟹以外のキャラクターの考え方は変えずに
猿に柿をぶつけられて蟹が死んで、蟹の子供が周りの助けを借りて敵討ちをする話しを
読む人への教訓的な事も残しながら平和に終わらせた様に思っているのですがどうでしょう?
密かな企み
小説でいうところの
私小説
というものをわたしは
詩で
描こうと
企んでいる
ムフフ
対向車線の話です
信号がわたしを無視する
充血した、
たくさんの眼がわたしをじっと視ている
操られるように呟いて笑う
あまりに暢気で素敵な赤口
一秒の価値に圧殺され
無謬の温度差に熱死する、
対向車線がおもしろかった
根も張れないのに動けないなら
いつものとおり、授けられた愛
解けない絆
歌えばいいじゃない?
こんなことが言いたくて生きてる
わけじゃないけれど
こんなことしか見えない日々もある
今日も今日とて、
希死念慮が白線の内側から零れたよ
無表情の白昼と
青かった学生服がロールケーキのなかを
渦巻いていてとてもあざやかだ
その青は、
きっととても重かっただろう
これからは軽やかに泳げるね
うらやましい、青い惑星に、
やっぱりわたしはのこされて、青すぎて、
喉が渇くから
自販機でお茶を買っていたら
コールタールみたいな影が群がり
つまらない景色は今だけ四角くて
氷みたいで、
冷ややかに、神妙という習得物が貼り付けられる
無関係な苛立ちはわたしの足より遅くって
文明とはなんだろう
追い付けますか、
息切れてませんか、
すくわれていませんか、
答えなんてどうでもいいのに、想う
歩く、
お茶を啜る
苦味で頭が醒める
それにしても、
潤さなければならない身体が、つらい。
メヌエット
映る星影を
舳先が静かに裂いて
水面を舟が滑る
軌跡は
一条の帯のように
煌めきを残して流れ
岸辺の薔薇に
夢を見させている
お聴き
宇宙(そら)のため息を
遠くルビィの空間が
深い闇の淵にはじけるのを
最期と思しき今宵も
焔露に身悶えて
汝が胸を乱さましものを
呼ばれてみたい
湊かなえを筆頭に
イヤミス
というジャンルがあるならば
さしずめわたしの詩は
イヤ詩
とでも云ったところだろうか
呼ばれてみたいものだな
ウフフ
mei.
銀の瞳は遠い彼方に
かつての夢を見る明け方のつめたさのなか
冷蔵庫の振動音を聴いている
Inner necessity 5 #アイラシヤ大陸
時代 現代
場所 東京都
男はエリカの前にスマートフォンを置き、画面に表示された「クリエイティブライティングスペース」のログインフォームを指し示した。入力されたユーザー名は、「グリフィス」。
「グリフィスは、いわゆる共有アカウント(Shared Account)だ。共通の指向性、あるいはある種の『共犯関係』から生まれた器だ。創始者がこの世を去ってから、現在何人がこの鍵を共有しているか、その発信源がどこにあるのか、もはや誰にも辿れない。意図的な偽装というよりは、エントロピーが増大した結果としての匿名性だ」
男は、夢と現実の境界を疑ったときのような、危うさを孕んだ口調で続けた。
「法や倫理の適応外にある場所……と言えば聞こえは悪いが、我々は日常的に、状況に応じて法の外縁を歩いている。僅かな速度違反のような微細な逸脱、あるいは沈黙という名の嘘。ここまでは理解できるかな?」
エリカが短く頷くのを見て、男はワインの栓を抜き、琥珀色の液体をグラスに注いだ。
「このアカウントは、公開鍵の役割を果たす掌編や詩を投稿するために使われる。当事者同士にしか解読できない、織り交ぜられた。それは明日の事かもしれないし、埋葬された過去の開示かもしれない。本質的に出口のない迷路であり、羅列そのものが意味を完結させている。だからこそ、ウーリチが私の元へ現れたとき、私は戦慄した。私の周囲に、これを実存の脅威として理解できる人間などいなかったからだ」
男は一気にワインを飲み干し、震える手で再びグラスを満たした。
「完璧ではないということこそが、共有アカウントが成立するための絶対条件だ。だが、その欠落こそが今、私を枠内と枠外の両面から窮地に追い込んでいる。……アイラシヤ大陸に関する記述は、ある時期まで正常にアップロードされていた。しかし、ある点を境に、システムは『アイラシヤ』の投稿を拒絶し始めた。理由は不明だがこの大陸の物語が、どの段階かも不明だか引っかかっている」
彼は自嘲気味に笑い、地球儀を回すような仕草を見せた。
「地球儀をどの程度の速度で回転させるか、それは我々の気分次第だ。だが、気がついた時には共有メンバーの数名は敵に回り、私は釈明を迫られていた。いや、それすらもはや些事だ。私は神託を聞いた。これはもはや遊びではない。ある日、ある場所で誰かに傘を差し出し、その記憶に刻印されることが唯一の生存証明だとしても、今の私はそれを笑えない。物語が書き換えられ、提示されている。そこに対話は存在しない。ただ、ウーリチは翻訳音声でこう告げた」
男の瞳に、絶望と一筋の光が混濁したような惑星が浮かぶ。
「『正解は存在する。そしてそれは、彼女(エリカ)が最終的に巡り合うものだ』……とね。どうかな、私の実存の震えが、少しは伝わっただろうか?」
古語金言集
くがり ろうけつ かがりび
はなれこじま ちゅらちゅら
よいこ ねんねこ
やまとのくに
あびきのわらし
まほろば うつつ くりから
はにまに とどのこおり まや
ふくわりのまじり
ほろほろ くらいど こち
おきつ しらなみ
さきとてたつかみ しなつかみ
まほろび ころべば とちのくに
さきみたま まななか くちたつ
かえりち このめば やしゃとなる
さち これいど まはすかみ
みちづき かけつき くくれいぬ
このはな めのう
さきがたし うのつち
むつかみ
とききたりて まろく
きりやまびこの こえとおく
ふるぎ きこえる
るりはり くらつかみ
これいりのつだち わだつみのこゑ
まほろば ゆきすきのくに たつたがわ
こがねのまゆ こやね くくり
しょうじょう きくた とつとつ
かちどき ちぢみ ものもの
みつ たりき さすが
みなかた くどく みつせみ
くるこのきたりて せんをまつ
このみ みうつ かま
こらつ くらつかみ まらつ
このくに ききかたし
ここのつ
ぶつかりたい
幸せを願われるほど、苦しんだ過去がない。
不幸を嘆くほど、傷ついた過去がない。
苦楽がないので、寄り添えるものがない。
私はぶつかりたい。
雑踏を嫌い、
物音ひとつに怯える私は、
ぶつかりたいのだ。
通勤ラッシュの駅、
祝日の繁華街、
人混みは、
ぶつからないように、
流れていく、
私を避けていく人々と、
私はぶつかりたい。
旅行者の引っ張るキャリーバッグ、
先を急ぐサラリーマンのカバン、
仲良く手を繋ぐカップル、
ぶつかれば、
私はみんなと繋がれる気がしていた。
帰りの駅のホーム
電車到着前のアナウンスを聴きながら
私は夕陽を見ていた。
陽光
影
色
光の屈折
音
声
息
雨
ふ
り
傘
虹
風
みんな私と
ぶつかって
みんな私と
繋がって
ぶつかりながら、私は
チキンナゲット
その曲が流れたとき
彼女は静かに涙を流した
探しても見つからない
言葉と涙が
ポトリと床に落ちた
曲が終わると
「何食べようか?」
うつむいたまま
「外食べに行こ」
背中を向けたまま
「先行ってて」
外へ出ると
背中に顔を洗う水の音が
ドア越しに
出てきた彼女は
待つ僕を追い抜き
階段を下りて行った
ファーストフードの
チキンナゲットを
オーブンで温めた
チンと音が鳴った仕上がりは
アルミホイルが貼りついていた
二人で笑い
二人ではがした。
諦めて
ちぎりながら食べる
チキンナゲット
二人で分けた
壁の向こうの雲
気持ちよく歩いた道
地図にないはずの
目の前に壁
進めず
下がれず
声も出ず
座り込む
声を張る
何も変わらず
諦める
見上げた空に
黒い雲
ただ壁は
道を塞ぐだけじゃない
支える右手を
助ける壁
転んで突いた左手
痛みを和らげてくれる
冷たい壁
寄りかかれば
頼もしい
もう一度見た空には
黒い雲の隙間から
白い雲
そこは壁の切れ目だ
進むのは前でなくていい
横でもいい
乗り越えなくてもいい
白い雲が見つけたように
隙間を見つけて
砕いて
掘って
通れそうになったら
這いつくばって
手で土をつかみながら足掻く
抜けた先には道
空には白い雲
なまえをかえる
わたしのなまえは
「あかり」
なまえのとおりに
あかるいこだね
それがいやで
なまえをかえた
せかいいち
すきなたべものの
なまえをつけた
わたしはわたしを
たべちゃいたいくらい
すきに
なりたい
ゆめおいびと
晴天に眩む空の下 誰も彼もが船を駆る
灰色の海の向こう側 黄金満ちる島求め
雨天に沈む空の下 誰も彼もが船送る
黒染めの海の向こう側 僅かな希望に胸高め
ハイヤ ハイヤと高らかに 帆を張れ舵切れ錨あげ
ハイヤ ハイヤと誇らしく 凡夫も英雄も前を向け
晴天に眩む空の下 誰も彼もが船を待つ
灰色の海の向こう側 黄金満ちる船求め
雨天に沈む空の下 誰も彼もが船を待つ
黒染めの海の向こう側 託した希望を胸に秘め
ハイヤ ハイヤと高らかに 灯挙げ人挙げ胸を張れ
ハイヤ ハイヤと誇らしく 力なき者も前を向け
夢追い人の凱旋だ 夢負い人の凱旋だ
ハイヤ ハイヤと声上げよ 何も抱えておらずとも
ハイヤ ハイヤと声上げよ 何も帰って来なくとも