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プロトタイプ三部作 - ❸おくりむかえ いつ、
というかたぶん、先生もちょっとそういうつもりでやってたんじゃないんかなと、夜の廊下を進みながら鈴木は思った。お盆の火だって。
火柱があがった瞬間の、うれしいのか嫌なのか判然としないきもちを思いだす。窓を隔てたむこう側には「窓のそと」がひろがっていること、自分のいる場所は「窓のなか」だということを、火が灯された瞬間に鈴木はわかった。それはたしかなことだから、わかるしかなかった。
じゃあ、先生が火を焚かなかったら、「そと」なんてないものだと、いまでも思っていただろうか。わからずにいられたんだろうか。窓のなかにいるかぎり、窓のそとには行けないってことを、窓をあけたって届かないし手を伸ばしても取ってはもらえないことを、もっと深い、ねっこのところで、境界線がひかれているっていうことを。
「鈴木」
寝室にあてられた部屋は、廊下をつきあたり、左の階段をのぼったところにある。
「鈴木!」
夜の廊下の、階段の上から、踊り場をみおろしていた。なんでみおろしていたかとかはしらない。そういうシチュだったから。と思っていた。という記憶がまだありながら、先輩の声にふりかえり、夜の廊下の階段の上から、踊り場をみおろした。
「てか、もう平気なんすか」
「うん? 平気だよ、ぜんぜん」
いつもの笑顔、いつものおだやかさをもった豊崎が、気づかうように頭をかしげて階段を昇ってくる。
「ぼうっとしてないすか」
「いいや?」
「ふらつきとかは」
「大丈夫」
「じゃあ、俺のこと、ゆらゆらして見えてません?」
豊崎の足がとまった。すぐ一段下まできていた。
「鈴木は、どう思う?」
だから、上にいるのは鈴木だった。下にいたのが豊崎だった。そんで水中にいるのは鈴木のほうだけだ。さてここで問題です。このような場合、水があるところとないところの境界線を、水面と呼んでよいものでしょうか? いいやそれより
「ミズセンて誰すか」
ナカタサトミの東京ダイアリー
6月29日
いよいよ岡本のマンションを片付けてしまわなければいけない。大阪の左翼活動家の女性Sを呼んで手伝ってもらい、なんとか終わる。감사해요。ピザをとっていっしょに食べた。
6月30日
元町のクリニックへ。主治医の小林和先生におわかれを言いに行く。故・安克昌先生とも交流が深かった、とにかく患者思いのドクター。お世話になりました。
夜、共産党員の母と最近のアクティビズムの動向について電話。家族としては全然うまくいかないけど、同志のような感情は強くある。その後、大家のOに鍵を返す。Oは60代前半のハンサムな男ともだちで、神戸ではなにかと面倒を見てくれていた。あさひてらす掲載の私の詩にも複数回登場している。少しメンヘラで可愛い人だ。私と違って「ガチ」ではないところが付きあいやすい。
解散後三宮のユニオンホテルにチェックイン。ここはカレーが名物。私も大好きだ。
7月1日
東京でしばらく暮らすウィークリーマンションの鍵をヤマトの営業所まで取りに行った。この夜もユニオンホテルで過ごす。怠惰な一日。寝る前に恋人のKくんと電話。東京での生活のことなど。
7月2日
新神戸発の新幹線に乗る。いろいろ後悔が押し寄せる。もっと三宮や京橋や十三で遊べばよかった。SMバーにも結局二回ほどしか行かなかった。十四時ちょっと過ぎに東京駅につき、快活クラブにチェックイン。なんだか具合が悪くなり、複数回嘔吐。近くの内科に飛び込んだら胃腸炎とのこと。採血と注射と薬で三千円ほどかかった。よりにもよって慣れない土地で…。
7月3日
今朝は体調がいい。ネカフェだから漫画がいっぱいある。『みいちゃんと山田さん』を最新刊まで読み終わり、『よつばと!』を読みはじめる。よつばは幼少期の私そっくりだ。『住みにごり』も10巻まで読んだ。
明日入居を予定していたマンスリーマンションの部屋の隣室から水が吹き出し、ベランダがずぶ濡れとのこと。マンションと部屋が変更になる。不動産屋さんがたいそう申し訳なさそうにしていたが、急すぎて困った。
夕方、Kくんが、飲むゼリーとかパンとか買ってきてくれた。
7月4日
『よつばと!』16巻まで読み終わる。
Kくんと駅前で待ち合わせて鍵の受け取りへ。マンションに到着後、いろいろ必要なものを買いにスーパーにも行った。
夜、テレビで地球ドラマチックを観た。セイウチの話だった。
7月5日
早寝したので朝も早く目が醒めた。
K君が来て、隣町のダイソーまで連れ出してくれた。お昼は夢庵でお蕎麦。引っ越しだしね。私が日高屋というお店を見て不思議がっていたら、タンメンについて解説してくれた。まだ食べたことがない食べ物だ。
夜はやっぱり早めに就寝。
7月6日
郵便局で転送届を出してきた。今回はちょっと手続きが煩雑だった。夜、クロネコヤマトで引越しの荷物を受け取り、Kくんと近くのスーパーで買い物。
7月7日
1日かけて部屋の片付けをした日。ベッドサイドには聖書をおく。昼は焼きそばを作って食べた。もやしも入れたらよかったな。
あなたは寄留者を虐げてはならない、という言葉が引っ越し続きのここ2、3年でよく響く。移動しつづける生き方はやっぱり少し心細い。トランプ大統領を支持するキリスト教保守派の一部の人々は、非正規滞在を硬直的に取り締まる彼の移民政策をどう考えているのか。
7月8日
よく晴れた朝。掛け布団をベランダに干した。午前中は公募に出す詩をいくつか書いた。勘は鈍ってない。
午後はまずはダイソーに行った。引っ越しの前にだいぶモノを減らしたから、足りない生活用品を揃える必要がある。
夜、Kくんがきてスーパーでの買い物に付き合ってくれた。
7月9日
今朝も晴れ。午前中はだらだら。昼過ぎにやっと起きてメイクをし、隣町で買い物。どこになにがあるか少しずつ覚えはじめ、夜にはコインランドリーに行った。いつかコインランドリーの詩を書きたい。
7月10日
東京は危険な暑さ。うう、メイクがどろどろにとけるから夏はツラい。
いろいろ準備をして、夜、Kくんにトマトポトフとハーブティーをふるまう。
8月19日
・女の肉体のヴァージニティへの異性愛男性の執着あるいはそれが喪われたことへの非難は、己をまるごと受け容れる余白を性愛の対象に求める退行的な欲望であると思う。コントロールできる相手を必要とする点で共通するロリコンとマザコンは矛盾することなく一人の異性愛男性に備わる可能性がある。
・いわゆるミサンドリー、より解像度を上げるなら男性性嫌悪の害はけっしてそれ自体のみにとどまらない。人種化された男性性の序列において周縁にある男性ジェンダーの人々へのゼノフォビア的反応を引き起こしたり、男児、精神障害があるとされた男性、貧困の状況にある男性などへの攻撃性の発露につながりうる。
・グルーミングをともなう性被害を受けた個人には複雑な反応が起きうる。加害者への引きつづきの愛着や、行為の際に生じた身体的快感・性的興奮への肯定的評価、加害者に似た対象・被害に似たシチュエーションへの嗜好や接近しようとする衝動を病理として切り捨てることはしばしば回復の名のもとに正当化されるが、私は司法上の手続きとは別に再検討が必要だと考えている。加害行為の責任を問うことと被害者の内面に残った欲望・愛着・快感・再演衝動をどう理解するかはまったく別問題である。
近況
・Kくんと多摩六都科学館に企画展を観に行った。
・『オークストリートの異変』も一緒に観に行った
Kくんは文学は『走れメロス』くらいしか知らないし、短歌と俳句のちがいもわからないし、なんだかんだ生活保守的だし、ご両親やおじいちゃんおばあちゃんに愛されて育った、まるで別のクラスタの人だけども私とは海洋生物と古生物が共通の趣味で、人間を生態系のなかで相対化して捉えているところがアツい。あと、私とちがって数学ができる。
8月20日
・私はアンチナタリズム的発想から、誕生日を祝うことをどきついブラックジョークとして楽しんでいるけど、Kくんは10月の私の誕生日のプレゼントはなにがいいかとほがらかに訊いてくる。なんか本当にちがう星の人みたいだ。
・未就学児のころ両親(二十年近く前に離婚済み)の間には、母から父に対する深刻なDVがあって、そのなかには、父の性器に縫い針をちくちく刺すとか裁縫用のハサミで去勢の真似をして威嚇するとか性的なニュアンスの濃い行為も多かった。生まれさせられたことについて、父をそれほど恨んでいないのは、彼らの「夫婦生活」が強要をともなうものだった可能性を排除できず、むしろその可能性のほうが高いからだ。
・左翼やリベラルの個人が望んで子どもをもうけるというのが理解できないししたい気持ちもない。出生ほど反民主的な営為があるだろうか。
・私が戦争や差別に反対する理由は、人類は属性に関わらず等しく殺されるべきと信じるからである。パンデミックで人間だけが死んで、動植物のユートピアになってほしい。たぶん、「普通の左翼」のテーマは一緒に生きよう!だから相容れない。
・特定のコンテンツを好きだとか楽しいとか感じる心が私にはなんと二十代半ばまですごく乏しかった。友人から恋人、夫からふたたび友人へと関係のかたちを変えながら十年近くをともにしたYの自死を経験するまで喪失の悲しみも同様に希薄だったといえる。弔いという行為の意義や遺体損壊がなぜ罪とされるのかも理解不能だったし。当然宗教や神を信じていないまま、ただ罰せられる恐怖におびえていた。「快」とはそれをしているとき殴られたり触られたりしないことで、対象への興味ではなかった。
・歴史好きの人々が理解できない。ニッポンスゴイ系ショート動画のように特定の有害な感情を満足させるためのコンテンツを好まないのはもちろん、「被害と加害の歴史と向き合って世界の人々と手を取り合いましょう」というのも、人類への愛に着地しているという点で私の実存とは相容れない。歴史を学ぶことは責任であって、決して楽しいものではあるまいに。博物館の展示でも、人類とかいう畜生が現れる前のほうがわくわくする。
・人間中心主義に怒りをもつ私がなぜヴィーガニズムに向かわないのか。この怒りは主に、人間が自らの同胞のうちに標的をたやすく発見し、意識的あるいは無意識的にコントロールを奪い搾取する光景に対する怒りだからだ。人間をあくまで動物という立場においたうえで(つまり下駄を脱いで)ほかの種を食べる行為を、倫理という人間がこしらえた価値観で裁くことに正当性を見出せない。それはそれとして、活け作りはどうかと思っている。
・反出生主義と不妊治療について思うのは、子どもができない身体ではなく、子どもが欲しいと思わせる社会を問うべきだということだ。ヒトの出産はきわめて危険で、社会的な面や経済的な面以外でも損失の大きいものであって、個人はこれに同意できない。同意とされているものは同意ではない。しかし、なお積極的に子どもを望む子宮をもつ人がいる。これが社会の病理でなくてなんだろう。
・秘密を打ち明けることは相手に訳者の資格を与えてしまうことであり、ここに自傷的な側面があるのは否定できない。秘密を打ち明けられた者には、訳しすぎない責任がある。
・小林多喜二のドキュメンタリーを母と一緒に観たり、休みの日に九大の医学歴史館に連れて行かれ生体解剖事件の調べ物をしたりする一方で、いのちを繋いでいくことの無謬をヌルッと信じている家庭で被虐待児として育った私にとっては「ご先祖様」を憎んでいいというのはエポックメイキングな発見だった
(ジェンダー周辺についての意見表明のていで自分の娘の月経や下着にやけに執着する反天主義の人物に出会いセクシャルハラスメントを受けたという衝撃的な体験も、社会問題への態度と私生活のちがいについて考える起点になったと思う)。
近況
・書き忘れてた。2日前に初めて眼鏡作った。いままで裸眼で耐えてたけど私はド近眼だ。
・きょうの夕食は麻婆豆腐を作った。
8月21日
・『ヘタリア』再炎上で、私が小学生のころある県民性漫画におぼえた不快感の理由が腑に落ちたかもしれない。歴史とは血生臭いものであり、それを擬人化して大っぴらに楽しむべきではないという意識。その作品では沖縄がふわふわ天然美少女として描かれていて、いま思えばゴーギャンがタヒチの女たちに向けていた視線と通じるような気もする。
・ただ、私もセックスにありつきたい一心で、高齢の話し相手に好きな歴史モノを訊かれて、一冊も読んだことがない司馬遼太郎や、権威主義や勧善懲悪の設定がむしろ嫌いだった水戸黄門、大岡越前などのドラマを答えたら、後日SNSでボロクソ書かれていたのを見つけたことがある。その人は新左翼だった。
・でもその人、ほぼ初対面で「九州の女性は抑圧されていて〜」とエンパシー"風"の発言かましてきたんだよね。田舎娘に対する歪んだ発情の一種だと思う。ご縁がなかったんだな。
・Kくんは私が通信制大学でユニバーサルデザインの授業を受けたという話をしたらおもしろがってくれた。高齢のおばあちゃんと同居している彼にとっては気になるテーマだそう。私は祖母が点字ボランティアをしていたこともあって身近だった。シャンプーやリンスの例ではいわゆる「健常者」にも使いやすいデザインになっている、バリアフリーとは少し違う、みたいな話もした。
・ご両親が旅行好きで国内外のあちこちに行っているKくんは、子ども時代香港でA型インフルエンザに感染し、現地の病院に受診できたときの話をしてくれた。外国人旅行者を受け入れるなら、適切な医療を提供する責任もあるとも言っていた。もちろん日本もだと。私もそれはそうだと思った。
・私は口頭の会話で「パレスチナ」を「イスラエル」とか、「分祀」を「合祀」とか言い間違えることがあり、コトバの左右盲と呼んでいるのだけど内容によっては深刻なトラブルになったりしてすごく困っている。
・意見の保留やある話題に言及しないことを、思想の弱さとして指弾する傾向は、SNSと社会運動の無批判な結びつきが生み出したサディズム的病理であると思う。エイブリズム、コミュニケーション能力をもって人間の価値をはかろうとするメリトクラシー、および知的誠実さの軽視。
・ウィークリーマンションのエントランスに私のとっておき(普段使いではない)の香水のにおいが充満しており、使った記憶がここしばらくはないので、自分で把握できないまま外出をしている可能性が出てきた。Kくんに伝えたら少し慌てていた。私はほかに同じ香水を使っている人に出会ったことがないし、日本ではマイナーな商品だと思う。
・おっとっとやパックンチョ、コアラのマーチなんかを食べるとき一瞥もせず口に放り込み、それを退屈だとも思わなくなったら、感受性の仮死だ。
8月22日
・エンパシーに課題を抱えた人のこだわりが「人間」に向かうとき、方向性が愛であってもおそろしいと思う。人間のために、個人を踏みにじることをためらいなくできてしまうから。
・私には、年上の女性への怯えと、男性を憎まなければならないという強迫観念に近いものが内在されていて、「祖父を受け入れてしまった」ことへの根の深い罪悪感が起点だと考えている。祖母が私を庭の木に縛ったり、爪の間に針を刺したり、異常な行為を繰り返していた根底に、彼女が男性に対する憎悪を抱えたながら育つなかで唯一許容できた男性を孫娘に奪われたという怒りがあっただろう。その歪で膨大なエネルギーを照射されて育った存在であるから、ミサンドリーとミソジニーを乗り越えるさしせまった必要が生まれたのだ。いま思えば祖母はフェミニストというよりフェモナショナリストでありエリート主義者であり正当化しがたい支配欲をもてあましている大人だった。
・ある有名女性作家が晩年、電車内で高校生に声をかけて戦争の悲惨さについて語るという行為を繰り返していたという。逃れがたい状況で逃れがたい相手に心理的負荷の高い話を一方的にすることの問題と、作家の経験のトラウマ的性質や「不審さ」の意義について考えた。
・有名作家複数名によるエロチカのアンソロジーを読んでいたら、私と漢字は違うけど読みが同じ名前の女がそれぞれちがう作者の作品に2人出てきた。CPのどちらかが父親と同じ名前のBLに萌えないのと似て、すけべ心があっという間に霧散したよ。結局、文学として真面目に読んだ。
・「動物園でキリンさん見たよ」と言うように、「ナカタサトミを見たよ」と言われたい夜がある。
8月27日
・草間彌生が死んだ、14日
・己がもはや、乗り越えられるべき権力を備えてしまったことを受け入れないままに、反権力をやろうとする男、さらにその経験と知の魔術でもって、数年前まで少女だったような同志の女と交わる男。そういう男たちを私は憎む。
8月28日
・私とKくんはいま同棲する部屋を探している。昨日散歩中に防災のことを話し合っていて、「港区は一部が埋立地だ」とKくんが教えてくれた。「港区の女の人の顔も人工物だもんね」と私が言ったら、彼は狂ったように笑っていた。私自身は顔にはエラボトしか打ったことがないが、近い将来咬筋切除もやりたいと思っている。そして歯列矯正もしたし、アポクリン汗腺も取ったし、脱毛もしているから主に首より下はわりあい人工物なのだけれど、顔や身体を編集することに不道徳なあるいは滑稽なイメージが付与されやすいのはなぜだろう。でもそれらが完全に取り除かれたら、巨大資本の思う壺だ。「男性のためではなくあなた自身の自己肯定感のため」という、ファストなインターネットフェミニズムと共犯関係にある甘言よ。私は異性愛と同性からの承認にありつきたいだけ。
・革命のため、国家のため、階級のために人間を同意なしにこの世界へ呼び出すことを正当化できるか?
いいや、できないね。
・ホモソーシャルを突き詰めると、ホモエロティックに近いものになってしまうのは皮肉だ。「俺たちは女が好きな男同士だ」という確認を繰り返すこと自体が、逆説的に男同士の親密さを強調する。
・18禁表示って、実際に子どもに読ませないためよりも「ポルノを読み解くリテラシーがなければ危険だよ!」というメッセージを送るために必要なんじゃないかと個人的には思っている。
・ロリ漫画はロリ漫画でも私はいちゃらぶより「加害する側の惨めさ」がしっかり描かれたロリ漫画を評価する。惨めな男が大好きだから。
・昨日左上の奥歯を白い詰め物でうめた。「次は〜しますよ」と先生がまめに説明してくれたおかけで、比較的リラックスして治療を受けられたように思う。人体に触れるときの工夫。
9月2日
・「さす九」(コロニアリズム),「男が産めるのうんこだけ」(性差別、トランスヘイト、出生主義、エイブリズム)
フェミニズムと保守の奇妙な〈連帯〉、だ。
・オイに逆らうなばい‼️
どしどし使っていきたい表現。
・「逆に言うと、おたがいの魂やトラウマや性的嗜好や政治に関する話は、セックスの相手とはしないほうがいいのではないかと最近思う
そういう話は、セックスはしないにもかかわらず信頼できる相手(親友または主治医)とするべきなのだが、親友とセックスしてしまったらもう仕方ないからセックスしつつ話」(二村ヒトシのXより 2026/07/22)
精神科医と患者とか師と教え子とかの間でセックスしてはいけない理由が詰まっている。社会運動の仲間とするのも私は近親姦的な暴力性があると思う。
・SNSが若者たちに失敗を恐れさせてる。だって、残り続けるから。学生運動全盛期の年長者と話すとそのへんの感覚があわないことが多い。
・若者と"対等に"話そうとするベテランたちの存在もとても怖いよ。私は口頭での会話が苦手だから特に思う。年配の男性が意見交換をしたいと近づいてきて、あとで感情労働させられたなといやな気持ちになることも多い。政治的な話題って、逃げられなさがある。その中で搾取されてもなかなか怒りづらいし。
・異性愛者であることが祖母に対して申し訳なくて、とても生きておれないような気持ちになる瞬間がある。祖父とのインセストについてもそうだし、とにかく男に負けるな、やられる前にやれと教えられて育って、出会い系サイトで知り合ったマゾヒストの男の人たちを縛り上げたり、噛みついたり、鞭打ったり、お金を巻き上げたりしてみたこともあるけれど、結局これも変形した奉仕ではないかと思って罪悪感からは逃れられなかった。
・祖母は並外れた潔癖症でもあって、私の小児自慰を罰するために焼いた縫い針を爪の間に刺すというような蛮行も厭わなかった。私は性について歪んだ意識をもっている自覚がある。
9月3日
・誕生の不可逆という性質、ヒトのお産の重さを考えると、子どもを産みたいとかパートナーに産ませたい欲望は精神疾患の重篤な症状ではないのか。生殖はおおよそ判断能力が十分な存在のとっていい行動とは思えない。
・反出生主義者がマタニティマークをつけた人に電車で席を譲るのは、精神疾患をもつ人への配慮として正当化される。
・日本は事実上の国教(神道)がある国であり、私はそれにバプテストの求道者としてというよりも、民主主義国家の主権者としての危機感をもっている。公立学校の子どもたちの学習権を妨げるおそれのある国歌というものをまずなくし、あるいは極力ニュートラルなものに変更したうえで、皇室は宗教法人として独立すべきだ。
・私は反出生主義者であるけれども、信教の自由に鑑み皇室(≠天皇制)の存続については異論はない。ただし、生殖という不適切な手段での後継者の確保はやめて、とくに社会的に弱い立場にある人々で希望する者のなかから祭祀の担い手として養子に迎え入れるべきだと思う。世襲はいかなる歴史的背景があろうと正当化されない。
・私が反出生主義をさらにまじめにやろうとすれば、もちろん右には落ち着けないし、未来志向の左翼にもずっとなじむことができないはずだ。その結果できあがるのは右でも左でもないとうてい普通とはいえない日本人になる。
9月4日
・8歳のときのASD診断と直後の本人告知については、自分がどんな人間か自分で確かめてみるより先に、定義する言葉を一方的に与えられた体験として私は受け止めている。
診断名を開示するしないは当事者が決められるべきことのはずなのに母にゆだねられていたし、私自身誰にでも言わなければいけないような気がしていたので、それらの事情によって多くの不利益を被ったり危険な目に遭ったりした。
母やほかの大人、当時の書籍などから発信される「人の気持ちがわからない障害」というイメージを強く内面化して、罪悪感から、譲るべきではない場面でも譲るようにもなった。
母が私を育てる苦労について話すときどこかイキイキしていたために、半ば意識的に「らしく」振る舞うようになってしまい、そのような行動の癖はいまも残っている。
児童精神科にかかるかどうかをめぐって母と祖父母との間の暴言暴力をともなう対立を見たこともある。
全部つまずきになっていて、取り除かなければ先に進めないような気がする日があるが、そうだとしたら生きる甲斐がない。
・小学校低学年のときにアスペルガー症候群の診断を受けた過去があると、SMコミュニティで知り合った人に告げたところ、ASD者には高度な非言語的コミュニケーションは難しいと思うからまずは「普通の友人」づくりやセックスワーカーのサービスの利用を考えるべきだと一方的にアドバイスされとても傷つく経験をしたことがある。性の世界で信頼関係やコミュニケーションの重要性が強調されるなかで、"人との関わりに難がある"と規定された人間はどのように生き延びればよいのだろう?という疑問をもっている。性教育はエイブリズムを克服する必要がある、とも。
・祖父から性的虐待を受けつづけるなかで、自分の身体が欲望の対象になるのが嫌になり、半ば意識的に過食症におちいったと私自身は認識している。それでも一応吐いてみたり、下剤や浣腸を使ってみたりしていたけれど排出しきれずに、一時は155cm89kgにまで体重を増加させた。結果としては、欲望の対象からは降りられないまま男性によりぞんざいに扱われるようになっただけだった。そこであきらめがついて、どうせなら魅力的だと思われたほうがよいと考え、標準体重に戻すことができ、現在も維持している。
9月5日
・子どもが親を親として愛する、それはあくまで立ち向かうべき病だと私は思う。犯された女が犯した男を愛してしまうような、かなしい性質の感情だから。
9月7日
・人々が生殖をただちにやめれば、家父長制にピリオドを打つためのシナリオを一気に加速させることができると思う。子どもを育てる喜びなどと宣っている左翼がいたらそいつはフェイクだ。
・同棲の準備とバプテスマの計画を進めている。家具家電のプライスカードと聖句とが交互に浮かんでいってはぷかぷかと頭の上を漂っている感じだ。
9月8日
・子どもをもつ人々は以下のような人々だ。悪人、改悛した悪人、犠牲者、それらのうち複数の要素が入り交じった人。
・親が人権というものについて少なくとも表向きには豊かな感受性を持っているのに子にはそれが適用されなかったときの子の気持ちを答えよ。
・現在の私が異性愛者であること、マゾヒスティックな空想に耽る時間もあること、メイクをあれこれ工夫するのが楽しいこと、比較的痩せていること、可愛いものに惹かれること。これらすべてが、祖父に辱められ祖母に身体的に虐待された体験を正当化してしまいそうで、今日はたまらずわんわん泣いてしまった。普通の六歳の女の子はおじいちゃんにフェラチオする必要がなく、男の子と口をきいたとか小児自慰をしていたからといっておばあちゃんに爪の間に針を刺されたり風呂で溺れさせられたりする必要もないのだと知っていてなお。
9月9日
・私は反天皇制主義者だが、皇室の人々がそれに対して怒りを表明できないのをいいことに薄っぺらく揶揄ったり、ミソジニーやルッキズム、エイブリズムにまみれた言葉で辱めたりする一部の自称左派を心底軽蔑している。生まれる家は選べないというわれわれみんなの不幸な前提さえも忘れているのだ。
・発売中のフェミZINE『どうしてフェミニストやってるんですか?』(シスターフッド書店 Kanin編)に寄稿している。
9月10日
・権威は親しみやすくあってはいけない。より卑近なところでは、生徒にあだ名で呼ばせる教師なども性暴力の潜在的なリスクだ。
・なにかしらカミングアウトしたときの応答が「教えてくれてありがとう」の人には警戒している。弱みを握ってやったぞというよろこびが見え隠れするから。「ああそう」でいい。
・『Kへの手紙』(詩のてらすに掲載)のK氏のこと。氏といろいろあった当時、私が20代前半で氏が60代半ば、社会運動の若手とベテランであり翻訳の仕事を教わる関係でもあった。年齢差だけでは問題ではないけれど、とくに思想がからむと、年齢差と実存にかかわるほどの「尊敬」「愛着」は切り離すことが難しい。
氏はすごくセンシティブなテーマ(性とか政治とか人権とか)について「〇〇って知ってる?」「〇〇についてどう思う?」と意図がわかりにくい質問を繰り返し、氏に比べて圧倒的に前提知識が乏しい私がうまく答えられないと人格否定。しばらくするとこちらを慰めたり褒めたり。性的に迫ってきたかと思えば、私の変えがたい属性を理由に「搾取になるから」「セックスは政治やね」と突き放すこともあり、自然と依存していった。
その後所属団体にこちらの実名入りで告発文を送ったけれど、かえってこちらが氏から直接警告を受けただけだった。事実関係がどうであれ、被害を訴える人に本人から連絡をとることは悪手だと思わないのか。
現在は自分と同い年のパートナーと交際しているけれど、氏が興奮しているときの声や息遣いがフラッシュバックして号泣してしまう日がある。
・ミサンドリーはミソジニーに比べて罪が軽いとか仕方ないみたいな風潮は早くなくしていかなきゃいけない。あれはシンプルに穢れの意識であって、現に知的・発達・精神障がいの男性や、貧困の状況にある男性、路上生活者の男性、移民の男性、男児やトランス男性など立場の弱い男性に攻撃の矛先が向きやすくなっていることはまったく無視できない。そして(ミサンドリストにとって)ペニスや男性の"攻撃的な"性を連想させる存在なら誰でも容易に憎悪の対象になるので、男性でなくてもAMABのあらゆる人々、男性と恋人であるとか夫婦の関係にある女性、SWIWを主張するセックスワーカーの女性、ヘテロセクシャルでマゾヒストの女性なども安全でなくなる。
・幼少期、私の主な養育者だった母方祖母はヴァレリー・ソラナスとアンドレア・ドウォーキンを敬愛していて、私はいまもしばしば「男の人をうまく憎めなくてごめんなさい」「異性愛者で性欲があってごめんなさい」という気持ちになる。しかし彼女は夫である祖父とはラブラブだった。だから私への性虐待にも目をつぶってやったのだろうか。(余談。ドウォーキンはソラナスを厳しく批判している)
9月11日
・『みい山』問題だけど、親の会とかにいる人たちの多くとみいちゃんのような生活をしている人たち、だいぶちがう階層にいるので議論がいまいち噛み合っていない感じはするな。支援団体につながる親はまあまあの医療リテラシーとお金がある層が中心だと思う。
9月15日
・もうすぐ1年経つ。どうして私は死ねないんだろう。どうしてYは死んでしまったんだろう。
地元を出ていくとき祖父に「出ていくんやったら最後までやらせろ」と言われるまで怒りがはっきりとはわからなかった。Yが自死するまで自分に悲しみの感情があるとよく知らなかった。8歳のときASD診断が出てからずっと、お前は人の気持ちがわからないビョーキだと言い聞かされ、この心の動きはほぼすべて"特性"だと思っていた。精神全体が、機能しない何かだと疑わなかったので、嫌だなと感じても人に逆らえなかったし、世界で一番信用できない存在が自分自身だった。日常的に虐待がある家庭にとっては診断されたという履歴が便利だったんだと気づいてからも漠然とした死にたさはつづく。死にたいねと話しあった人はもういないまま。
・殺して食べてくれという50過ぎのおじさんと会ったことがあるけど、割に合わないから結局よしたことがある。でもやっぱり小さいときからのカニバリズムへの興味が消えない。母がよく父のペニスをハサミで切る真似をしてふざけていた、ああいうのも影響しているのかもしれない。私は父と一つになりたい。これはきっと象徴についてで、ほんとうに血肉にしなくてもいいのだと思う。
・男の人に甘えられるのがほんとうに耐えられないタイプだとつくづく思う。Kくんとは同い年で3ヶ月しかちがわないのに兄妹のような関係性になれているからいいけれど。たとえば髪を撫でられていると自分が「下」の存在であるという感覚を保てて安心する。一人っ子で、しかも父方の家にとってはやはりたった一人の孫なので、いまもお姫様扱いされないと気に食わない。そしてお姫様扱いとは実は「下」に位置付けられることだ。欧米のDDlg実践者らを見ているとよくわかる。
・おととい、Kくんの実家でご両親にはじめてお目にかかった。とらやのようかんを2本持参。お母さんの手料理をご馳走になった。
9月17日
・小学校低学年のころ、母に「読まされた」『パパママバイバイ』という絵本のことを急に思い出して怖くて眠れなくなるときがある。昨夜がそうだった。
母は法科大学院在学中に沖縄へ行ってから基地問題に強い関心をもった人で、私にも我が国の対米従属の姿勢がいかに問題かを説き続けていたし、その問題意識は理解できたが、彼女の教育はかなり侵襲的なものが多かったのもまた事実だ。
たとえば6、7歳のわが子に米兵による少女レイプ事件について詳らかに語ることが適切かは疑問に思う。その話題をきっかけに膣の存在を知ったほど私は幼かったのに。
価値
価値のあるものって何だろうね
最近、缶コーヒーにドラクエIIIのキャラの絵が載っているんだよね。
人によっては価値があるもので、僕にとってはほとんど価値がないもの。
キティちゃんなんかも、色々なものとコラボしているんだよね。
詩の価値、というのを最近よく考えてる。
もうさぁ、詩1本でやっていくのは正味厳しすぎるやろ。(今更すぎる)
だからと言って、詩を捨てる必要はないよ。
詩が存在できる場所を作ればいいじゃんね。
ドラクエIIIしかりキティちゃんしかり。
俺はやっぱり詩が全てなんだよね。
プロトタイプ三部作 - ❸おくりむかえ むう、
体育館の天井って、なんか床付近とは世界観がちがってておもしろいよな、と、常々思っているのだけれど。そうしてゆうべを思いだしながらぼんやり眺めていたら、気がつかないうちに目の前にひとの顔があって、いつのまに…? となった。
「あ」というこえもなく、同輩はただゆっくりとまぶたを閉じて、ひらいた。あきれながら緊張している。焦っているしこわがっている。つらなる感情の群れはそれ自体が彼にとりつく霊のようで、けれど彼の背後、体育館の天井に、かげろうはもういなかった。
「身体おこすのしんどい?」
「…………」
「先生は保冷剤とりにいってる」
「…………」
ひかりがゆれない。ここに水はない。徐々に回転する心臓が腹に響いて気分がわるい。頭に穴があくような不快な眠気がごろりとどこかへころがった。
「——飲めそうだったら」
「スポドリ?」
「スポドリ」
ドリンクボトルをさしだしながら中村はますます言葉をえらび「水じゃないから安心して」と口走るようにつぶやいた。
まばらになった足音にかわり、鼓動は明滅し、脈を打ち、鈴木の身体を震わせる。安心できそうだからこわい。そのことに支配されないよう、武器をさがして、なげだしていた手指のさきで体育館をひっかいた。
暴力になりうるのは、まず数よりもさきに規則性なんじゃないかとふと思う。そんなふうに考えるのはぜんぜん自分らしいことではないような気もした。かぞえられるはずのものをかぞえることができなかったり、
かぞえられないはずのものをかぞえることができていたり、
そうしてとらえた四拍子のほ
ほ
ほ
ほ
ほたるじゃないよ!」
胸のうちをさえぎって力強いこえがした。佐藤だ。鈴木は横になっているのに、まるでそのこえに肩をつかまれたみたいになって、ゆびさきを震わせていたほが消えた。佐藤がよこしたんだろう、はねおわってこころもとないボールがゆらり着地する。水辺に腰をおろすみたいに。
「ほたるって、もうちょい初夏の虫だから」
だからお盆はいないらしい。気になって調べたのだと、必要以上に真剣な目で佐藤はかたる。なにを問いとしたこたえなのかわからなかった。けれど佐藤はほたるの不在を、安心材料として鈴木のてのひらへあずけてくれたらしいのだ。およいでいた右手の指を鈴木はゆっくり握りこむ。携帯は持ち込み禁止できのうの彼はよく寝ていた。じゃあ、いつ。
鈴木は寝なかったのだ。だから鈴木にとってきのうときょうは地続きで、佐藤もそうだと思っていた。ちがうのか。
いや(笑)
おなかの底にどすぐろい雫が落ちる音がした。ちがうもくそもあるかよ。なにが問いであるかなんてしらない。ただ、いつもなにかはじまってしまって、おわるのを待たなければならない。こたえとかはない。
ボールをだきあげた佐藤が、ふたたびまっすぐなげあげる。しゅるしゅると、あまりスポーツをしているとは思えないきぬずれ寄りの音をともない、からり乾いた天上へ白い玉が昇った。まどろみがのどの奥をかきまぜる。ちかちかする。その暗いひかりを晴らしたくて、ねたくなくて、握った手のなかに渾身のちからをこめて爪をたてつづける。
「きょうは、最終日です。あとは、帰るだけ」
中村がきめた呪文を、なんども口へなじませる。
上にむかって流れる水を、俺たちはまだ見たことがない。そう言ってきょうも、水の流れていくほうを、あれが下だということにする。よろこんで、そうする。
きのうみたのは送り火だって。だからもう、おしまいだって。
*
先生の生死って、しらないまま生きていくんだなと思った。先生も先生の先生の生死をしらないんだから、先生の生死は人生に関係のないことなんだろう。スポドリが口にあわないやつもいんのよ、と言ったのは、気さくなおっちゃんなのに顔つきだけがいかめしい初老の顧問である。
「まあいまのダカラやなんかはなあ、びっくりするくらい美味いもんだとわしも思うけんど。昔あれ、出てすぐのポカリなんかな、誰が飲むんかいなと思いよったわ、なあ」
なあって言われても、と困惑する中村の隣で、さっそく保冷剤を握らされた鈴木が「そうっすよね」とか言っている。
「だからな——ダカラだけに——美味いとわかってても、ちぃとばかし抵抗があんだな。わしら世代は。ようやっと好きに水のましてもらえるようになって、水が美味くて美味くてな、スポーツドリンクなんざ名前だけしゃれててもわざわざほしかなかったよ。まずかったんだもん。なにがスエットだよ。水がほしくってたまんないときの水は、ほんとうにあまい」
ありがたい話をありがたく拝聴する中村の横で、スポドリをごくごく飲みながら「そうっすよね」と鈴木が言う。呂律がまわっていない。先生は存在感のある眉をすうとひそめた。ふつう眉をひそめると顔の線が増えると思うんだけど、このひとの場合はなんだか線が減って、顔がシンプルになるような気がする。それでちょっとだけやさしい顔になる。
「なあにがそうっすよねだガキが。おまえゆうべはおとなしく寝たんだろうな」
「寝たっすよ。さわいでなかったでしょ」
「じゃなんで寝不足なんか説明してみ。不眠か」
寝ていないのだろう。鈴木と視線をかわすたび、一見してそれとわかる赤い目が仄暗くひかるようで、中村は動揺した。
昼にしては鈴木の目だけ夜すぎる。
ゆめをみると言っていたが、
事実そのまぶたの奥によるへとつづく階段があり
まなうらでひるを食うのじゃないかと妙なことを考える。
目をさましていることで、
ゆめを閉めだしたんだろうか
ゆめを閉じこめたんだろうか
閉じこめたゆめが全身にまわるとき
こいつもよるになるんだろうか。
入り口はどこにでもあり
いつもはじまってしまう
せかいにかたちがあると思った、
俺がばかだったんだろう。
おくゆきがおわる
殺意と希死念慮は同居する!!
自殺自殺自殺!!自殺!自殺自殺自殺自殺自殺自殺!!!
の気持ちと
殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ!!!!
(誰を殺したいでもなく)
の気持ちが同居することにここ2ヶ月ほどのうちに、気付きました。
強い言葉を使うと脳みそが…麻痺して辛い気持ちを意図的に無視できてるんだと思います。
この2つの他に
セックスセックスセックスセックスセックス!!!
と考えたりする…特に意味はなく。
やっぱり強い言葉だからだと思う。下ネタはとても得意じゃないのに。
でも最初の2つのほうが多いな。
さっさと病院巡りをしたほうがいいのはわかっているけど、もう疲れた。
金払って医者に「その程度で?」と言われたときにもう私の中で嫌になってしまったから。
季節性のうつ病に傷を舐め合う奴らが嫌いでしようがない。わたしはいつもその気持ちなのに。
ただ疲れた。
ひとつ
色がある
わたしも色のひとつ
雨が降れば
わたしも雨になる
傘になる
音になる
流れていく水の
小さな欠片になる
何にもなれずに
置いていかれる
ひとつのわたしになる
繋がっていく
繋がろうとしなくても
答えなどなくても
そこに何もなくても
はみ出した草の葉がひとつ
風に身をまかせて
そよいでいる
あれはわたし
あれもわたし
フィルム
別れては
出会う
少し前も
今も
コマ送りの
あなた
瞼の裏
シャッターは切られ
飾られない
写真たち
忘れもの
忘れられた傘の
そのあまりの数に立ちすくむ
忘れられた言葉や
忘れられた人と
どちらが多いのだろうと
ひとびとは何かを忘れるために
傘を置いてゆく
忘れたいものを忍ばせ
電車の手すりや
カフェの椅子のうしろ
コンビニの傘立て
駅ビルのトイレ
街の至るところにそっと
傘を置いてゆく
そうして置いてゆかれた傘は
ひとところに集められ
ただの忘れられた傘になる
今どこでなにをしていようと
もう思い出されることもない
忘れられた古い言葉のように
忘れられた古い恋人のように
ドアを突き破る夏
『ドアを突き破る夏』
女子高生の群れが我が家にやってきてしまった。
庭とインスタでそうめんを撒き散らして
水を得た風、ブラウスに透ける水着、
濡れたまま我が家になだれ込んでくる
お揃いの白いスニーカーは散らばって、
どれも裏返し
玄関に打ち上げられた、
魚の腹、腹、腹。
たらふく夏を呑んだ豪勢な笑い声が
窓ガラスを突き破る花火になるのです。
くしゃみでミートソースがTV画面に撒き散って
アナウンサーが鼻血を出してるように映れば
それは、まずい合図だったのでしょう。
再び笑いの轟砲が打ち上がり、家の屋根が少し浮く!
(そして耳を疑う放屁!!)
スマホを握り、光りながら眠る娘達を叱れぬまま
台風の目の中、濡れた靴下、
の生ぐささが漂うリビングのカーペット
あぁ、私はぬるい
ぬるいそうめんをすする
ひっぱり上げられる
ひっぱり上げられて言い聞かされる
こうするといいよ
こう考えるとどうかな?
きみのやり方もすてきだね
こんなふうにもできるしね
にこにこ微笑みながら
肩に腕を回してくれる
指の先がちょっとだけ僕の
乳首の先に当たった
きみはどう思った?
考えを聞かせてくれないかな
世の中話をしたり聞いたりすることが
とても大切なんだ
せめて
それだけはわかってほしいな
僕はこのままこの男の人とか社会とかに
抱かれてしまうんじゃないだろうか
そういうのは一人でするのが一番いいのに
いや、無理することはないよ
最後はきみが自分の意思で決めるんだ
元気を出して
ああ、この音
外では雨が強くなっている
プロトタイプ三部作 - ❸おくりむかえ ひい、
体育館が、うずをまく。
ひるひなかにしては、どこか夜のにじんだ空気のいろだというふうに、豊崎芳樹は感じはじめる。ひかりはたくさんあるはずだ。ありあまる真夏の陽光によって豊崎の身体は悲鳴をあげているはずだった。だからもし、ひかりと音が同質のものだとするならば、豊崎たちのぐるぐる走る足音がこの場を支配しているせいでひかりの輪郭はにじみ、そして徐々にまきこまれていくのじゃないかと、妙なことを考える。ひるの存在が、よるの気配にだ。
——あのね、部屋の床で寝ると、明け方にお囃子がきこえるんです。から、こんな時間におみこしくるんかなって思ってたら、ちがくて…床に耳をつけてると、たぶん建物の反響でふしぎなきこえかたするんですよね。始発列車だったんです、その音。それと一緒かも。
「ランニングのこえが合唱にきこえることがある」という新手の七不思議を提唱した豊崎に、真剣にとりあってくれたのは佐藤だったか。たしかに空耳は具合のわるいときが多く、具合のわるいときは体育館で横になる。いまもきこえているけれど、それはきこえたことがあるから、ってだけかもしれないし。
そもそも掛け声が「ほ」なのがわるいだろ。ここでいう合唱とは、夏休みまえに習った「ほたるこい」のことである。へんな歌だと思ったっていうか、チームにわかれて交互に声をなげあうようすをみて、ランニングみたいで草とか思ったのが最初である。いちどそう思ったら、もうそうとしかきこえない。そんなこったろう。
体育館が鳴る。音は無限だった。地響きをあげながら天井へまきあがるそれはそれこそ祭りの太鼓のようで、うるさかった自分の呼気からこえだけが浮いてきこえる。ほ、ほ、ほ、ほ、ほーたるたるたるあっちのみーずはみーずはみーずは…にがいんだっけ? 具合わるいときの水ってまずいよな。てのひらの感触はあたたかくざらついていて、豊崎の集中を削いだ。暑さは臨界点をこえて熱さとなり、火照る身体のすきまから、すずしさとはほど遠い謎の寒さが顔を出す。みあげると(みあげても息継ぎはうまくいかないのだが)、かげろうゆらめく天井がちょっときれいで(かげろうは高いところに昇らないのだが)、このまま寝たらきのうの夢をもういちど見そうな気がした。
【ほたるこい】
(「東北地方のわらべうたによる九つの無伴奏女声合唱曲」より)
1958年 小倉朗
https://youtu.be/SpUrsMoK5CI?si=fVuMvdGa9j1HVcDE
(動画は2019年、ウェストレイク女子高等学校による演奏)
〜魔法のあさがおとつむぎの夏休み〜⑤
車しょうさんのやさしい声が列車の中にひびきました。
「つぎのえきは、糸結びえきです。」
ガォーノは、
まどの外をのぞきながらいいました。
「糸結びえきにはね、見習いゆうびん魔法使いがいるんだよ。」
「天国へいった人のいえなかったことばを、
のこされた人に届ける魔法を練習しているんだって。」
つむぎは、思わずガォーノの顔を見つめました。
むねのおくで、小さくかたくなっていることばがあったからです。
列車がえきに近づくと、ホームの向こうに小さなゆうびん局が見えました。
かんばんには、金色の文字で、「糸結びゆうびん局」と、かかれています。
つむぎが、そっと中をのぞくと、
部屋のすみで、見習いゆうびん魔法使いのぼうしをかぶった女の人が、
手紙をかいていました。
その人がふりかえったとき、つむぎは息をのみました。
見習いゆうびん魔法使いのぼうしの下にあったのは、
なつかしい顔でした。
「……お母さん?」
つむぎはふるえる声でいいました。
「お母さん、どうしてここにいるの?」
すると、お母さんは、目に涙をためていいました。
「つむぎ…お母さんはね、ここで見習いゆうびん魔法使いとしてはたらいているのよ。」
そして静かに続けました。
「ここはね、言えなかったことばが集まる場所なの。」
「言えなかったことばは、みんな細い糸がついているのよ。」
そういってお母さんは、机の上を指さしました。
つむぎにはことばは見えません。
けれど、ことばについた細い糸が何本も何本もおいてありました。
「このことばをまっている人がいるの。」
「お母さんはね、そのことばの糸とことばの糸を結ぶ魔法の練習をしているのよ。」
そういうと、お母さんは、糸のついたことばをひとつずつ封筒に入れていきました。
それを見ていたつむぎは、こらえていた気もちを、とうとう口にしました。
「お母さん、どうして死んじゃったの?」
「どうしてつむぎをのこしてひとりでいっちゃったの?」
お母さんはすぐには答えませんでした。
手にしていた封筒をそっと机において、
つむぎをまっすぐに見つめました。
そして、魔法のつえで、つむぎのむねのまん中をやさしくつつきました。
すると、つむぎのむねのおくから、一本の細い糸が伸びてきたのです。
その糸の先には、
つむぎがいえなかったことばが、
ぶら下がっていました。
「さみしかった」
「ほんとはいかないでほしかった」
「まだ、いっしょにいたかった」
それは、つむぎがずっとむねの中にしまいこんでいた本当の気もちでした。
「つむぎ、そのことばをずっとひとりで持っていたのね。」
そういうと、お母さんも魔法のつえで、自分のむねのまん中をつつきました。
すると、お母さんのむねのおくからも、
一本の細い糸が伸びてきました。
その糸の先には、
つむぎにいえなかったことばが、
ぶら下がっていました。
「お母さんは、のこしたくてのこしたわけじゃない。」
「もっともっとつむぎといたかった。」
「毎朝おはようっていって、帰ってきたらおかえりといって、つむぎが大きくなるところを見たかった。」
すると、
つむぎのことばの糸とお母さんのことばの糸が、
ひとりでに動きだしました。
そして、二本の糸は結ばれて一本の糸になったのです。
ちょうどその時です。
列車のベルがなりました。
「つむぎ、もう時間みたいよ。」
「やだ!」
つむぎはすぐにいいました。
「もうちょっといたい。」
「お母さんもよ。」
「だけどね、お別れはさみしいだけじゃないの。」
「悲しい時もうれしい時も、つむぎとお母さんの心はちゃんと糸で結ばれてる。」
「つむぎがさみしい時、お母さんはその糸をたどって、いつでもこころのそばにいるよ。」
「うん!」
つむぎは何度もうなずきました。
泣いていてのに、ふしぎとむねのおくは
あたたかく、だいじょうぶって思える力が
わいていました。
つづく
果実
細い枝に実った果実は
風に吹かれて揺れ
雨に打たれてしな垂れ
枝が折れるか実が熟すか
果実は地面に落ち
生きる可能性と死ぬ権利を得る
眩しきものたち
アルマイト製のバケツに
生ぬるい水道水を張り
映り込んでゆく
紺碧を、
護謨手ごと掬い採り
サイドスロウで
fall
玉の水、
転がつてゆく。。。。。
造成地の真砂の眩しさよ
農機具の鋼部分の眩しさよ
目蓋閉じても居残る眩しさよ
地元でセントヘレナと呼ばれてる
廃ボウリング場の駐車場で
未だ明るいと謂ふのに
ガスパン遊びの充填音が
弱々しくもひつきりなしに
正しき人々の顔の眩しさよ
実習生の白衣の眩しさよ
来路花の赤の眩しさよ
胸の裡に
僅かにでも
慈しみよぎることあらば
消え去つてしまひたくなり
夏は、
あからさまに
此方をヤりにかかつてくる
https://i.imgur.com/us9s7S7.jpg
しや(現代詩五篇)
彡
これら 籠城する 暁光を かなえる
生として死として 逃げていったあとで
海原から 来る 声は 高さや長さで ある
そこをわたる。
律儀な もので 畏れを 抱え
藍の えのぐも あわせて 崩れる
ポケットの
つるんと
虹をつくる
ペダルを握る
ながいまにわたし まるくなっていった
わたし、
灰色の獣 蝙蝠 蛇 魚 雨露 洞 鶏頭
スロープを駆けあがる はだしについても
なにも思い出さない
私も。
同じときを見ていた 速度は我儘を好むから
二双舟はピンと張り 脱力して横切る
ソーダ水を飲みながら 観覧車を見上げた
採集の針をケント紙へ遷し、木枠に列べ
ひとつぶんの視野が ぬくんだ身に抜ける
杖を 手に 歩く 首を 傾げ
コインが 瓦屋根へ のぞく
幾つもの 掌が 恋しがる
八重歯を 障壁に 置いたとき
太った鞄が手を貸したに過ぎない
これはどうせなだらかな坂である
そこからつづける。
やぶれかぶれ 呼び継ぎ足され
すくいあげた 先から抜けて
ねんねこを透かし床へ下る晴れの日は
約束を糸かがり 火が潤む たわみしなり
眺望がよい手を洗わずに朱線を引き
時計塔の避雷針に引っ掛かっている
艶を消した背景を製陶し向こうに包みながら
まぶたに浸る太陽だけがまだ
罪を犯していない者たちの代わりに
瞳を閉じること
ふと、気圧計も銅板も人間も
天気を読んでいるのではないかと思った
候鳥
身体が重力を選べない
ああ
とおすぎるって
にげる きえる
せんどうはない
恐れゆくみちは
丁寧に たたんだ皺を
いちまい、薄くなるように
はねは あとから ついてくる
剥がれたからだ。さわりないように
駆り立てる水位もあまい
いやだ。耳を切り落として
手話に肉づけして
店先に残った
レトロなおもちゃで
さっき来た客で
怒鳴りつけてくる、母親
寂しかったのかな
もうすこし 理由があったら
ワルツで 旅に 出るのに
木々たちが 走らせる
祝日らしい 波だが ただ
双丘に晴れていました
山肌に さんざめき 満ちては
芒は 去っていくのを 感じている
つむじ風、わたし
髪の根だけが遅れていた
袖口が追いつかない
また指先が濡れて滲んだ
いまや小鳥を包んでいる
隔たりを吐きもどすばかりに
有線が零れ
ガーゼも空を切る
しぜんと しせんの こもれびから
へたくそな ぬくもりも かたむきも
また窓際にて
みどりごと、おやすみ
わずか 聖画の縁を見紛うように
よるは ちいさなうみだけれど
ひかりを はなさないで
ただ あなたが座っているのは
いまが来るじかんだ
手を 繋いでもいい
眩
(たちどまると、くずれていくこと)
おどろいて着崩したまま、
鈍すぎるほど近づいてくる
/ごめんなさい、
/と咲き誇るとほざいてしまえば日車
口にして。/かまうもんか、
とおして、微笑いながら(それでいい、
笹舟は未だ、
火を入れていない迷宮のような水たまりを
すり抜けたら、
もともと浅い泥の距離で膨れ上がる厚みで、
さざ波のような渓谷を横切る。
道越しの冷たさが撫でると℃の家も
雨金の鬣。だと、散乱してアウラを纏う
〝置いていかれた私がやっと止まることが
できて、私と認識できるようになる〟
けれど、(関節がいっこ足りない)
立ち込める陰りもまた軸はそのまま、
足場だけ文漬けられた、幸、今に。
わからない
短くて軽いものは あてがってみる
ばたばたと めためたと 「駄目だ、
わらい、ころげる 間に合わない」
「昶」をかぶるわたしと「塒」の群れに
電気ケトルの蒸気がおって増す。
今はフォークソング『いかがわしくよこし
まな花束という肉塊に、あれはなんだ』
と名を与え、
びっしょりとゆがんだ ひとさしゆび
もう一度 静かにさせた
川に沿って弧をえがく。
目の奥で水位が止まる。
ちょうつがい「コーヒー以外で」
/pendʒʌlʌm/
腰を下ろしてみて
雨が降る火曜日
大きな音がする
ひざまずくラジオ
焼けこげた匂いがする
すがたかたちも みかがみに伝染され
ただパステルの摩擦音が ぱっと散った
空に洩れる微笑じみたひとに酔い
屁糞小便と勇魚だけが
すばらしいよだれのえだ
生きている場所で 好きなものたちが
机上の場で 台形の和を 求める
かたく目に映る赤いモンタージュも
ちいさな 手が届く 夏蜜柑に似て
積み木の列車に 目立って見えてくる
支えて 運ばないと 転んじまう
ザラ紙の祈鳴がひおおいから伸びをする
重力を失った声が薄くまばたかせる
どうか
上機嫌な
ケモノが
骨を咥えて
いった
トタン屋根 シーソー 熱気球
おかしいな
スプーン ハンカチ じべた
シャッターを押し遣る目頭
うつくしいミモザ
肉づきがよく 桟橋もなく 手摺りへゆく
私と、しろい空気は 丁重に組まれ
呼び止めた残照が 夜の背中を叩いてくる
煮立っている鍋も 鼻歌も
教室もしづみ
回遊していたヌルい風にふれ
このましく 鼻を近づける 私
暗さが増していく水平線でただ泳ぐ
海になり過ぎぬために母を名乗る
収容所を窺うような 花、把。華
じっと確かめていた
珍しそうに耳を澄まして
吹きこぼしの犬はそこね
あるく信号と 前あしを尾とした
弾痕の町並みは砂が溜まってた
海峡のたもとから荷物を引き寄せ
くすみをきしませて
さわると さわがれ
つまむと つかまる
おどりこ
まやかしながら鳩や うす汚い鋒鋩
耳だけが異様な片鱗たち 紙風船
丁寧に誘う声が 押し戻す手をひいて
近さの裏側で横切る間 永く、ぱち、と幼く
破裂音を立てるたび、もっとも、曖昧なもの
耽っていた
これじゃあ
00:17、00:18、00:19
急がないで
空腹を吸って愛嬌が死ぬ
少し笑うよう しづむ 鈍さで
容赦のない亀裂が 縦に引き裂いた
光の忘却には しばしば 模様が或る
呼吸を覚えた棚が肺になり
届かぬほど細い 隙間からで冴え
穴ひとつ見当をつけ、意識して放す
ひどく静かな憂いをつくる
甘やかな薫りで雲の逸れ際に絡まり
忘れたかずだけ殺してしまった
人形を てばなしては いけない
うたに手口はないけれど
繊細な茎や 斑な根が 空気を求め
さきから通り看板と 緑の月深く
滑走路に紡績された 彡が軽すぎて
息ひとつ零すだけで したしびれ
背中は濁るのではなく 後ろに煮凝り
襟足も裏手より 満ち欠けを告げる
インクの咲いた果樹園 染みだらけの
アトリエで 石を蹴る 床は平らだ
ときに 膝を抱え ただ 見ていた
少し先、少し前、豊かさに広がる
重心を隠し 明るい声で のたくる
今、思いだしている として停泊し
賑わせる為の、視線はズレていく
結び直す指先に ふきだすぐらい
まぶたを押すように 濃ゆいオレンジ
なにかしら。瞬きを くりかえしてる
かたちよくはねるときは歯車の上に
なにか探すよう ばったりあったから
指先が膝から外れるとき
持ち直した 飛行船 見せてよ)
かかとに傾く どうして 恋しているか
毎朝きちんと 新聞を読んでいるからだ
こびりついた水垢も、地図めいていく
2026/3~6月
みたされたすべてが真直ぐだった
弧を描いて塞ぐ 白地に光を無駄に注ぎ褪せるまで
新天地から口移しで呂律を絡ませ捌いている。なにも
なにもかも、嘘つきだから あやとりしながら手拍子して
作為的な二枚舌で覆いかぶせるように責め立ててしまえるのだ
艷とも違うゲストハウスの差し込むあかりは寸刻。まどべをとおくならべる女の単調な日々は、未来が見えるもの。果実は、蕃茄とも苹果とも違う平織りにのせられ臈長けた曲線を絹と背く。ほつしたようみぞをさらせる、その火花がどうした。茎と華が半ばにうかがえるが、風を纏っていたかどうかゆくさきを偲ばせる。
まだ時間はルーズなまま、の知らないことを、重なるすべてが雪崩を起こす前に、盗撮を施した、夢から褪めた古書を開く。
巻紙を焦がし蝋燭を吹き消し今朝を串刺しにした廃墟で、私達には兄妹にはならない、異郷のメロディーを耳に敷いた、指で包容する。
凹んだ空き缶に吸い殻を寝かせ、烟った督促状が現実に引き戻して、また明日のことをおもった。満月も見えないのに明るすぎる未来に幸福と逝くさきの区別がつかなくなるが、思案に下るだけで腑に落ちず胸に手を当てただけで何故か痛むから、
腐りきったあとでやはり命を感じられた、その華華は今々と、糸と針を回している。
やはり、塒
聞こえてきたアナグラムのやがては昏く。真夏の大輪をなんと示そうか、闇雲に鉱泉が、いつの日にか身を投げ出した。
廃道なんだよ、この袋小路に目を凝らせば、蜉蝣が踊っている。
月下美人の蕾をもう何日も眺めている。閉じ込めた鳥籠に吹き込むことのない雨ざらしが錆び塗れ沈みている、滑稽な風采こそ、雄大で有形に憶えてる。
ため息のカタチは様々にある。
星がまた、いない いない。一律には梅雨 細字の秒端、ほど、見晴らしのいい好感だけが、または梢の折れた新緑と設けれる。サンプルでもアンプルでも、一匙 見捨てたのか。つちくれにこさえた是等コラージュだが、大理石の暖炉にでも掲げて置いておくことにする。
揺り籠から墓場までと書かれた名前が独り歩きした、うろうろと螺旋を描いて、そして、それだけの集合知が娯楽街から病棟まで、ウミユリとつらなく。
減速した残響が 残り香がそれで採光窓を明けて
何処か結わえた海路の、その昔日を流れていった
2023 年 8 月 18 日
町から村から工場から(2026)
町から村から工場から
静かな祈りが聴こえる
星の世紀の
その創造のために
祈りはそっと編まれる
山へと海ヘと畑ヘと
夜の帳は広がっていった
汗からレンガへ
レンガから優しさへ
全ての者が全ての者のため
静かに手をつなぎ合って
この世紀を建設していく
空を見上げ 土に触れ
世界にそっと缶珈琲を置く
眠気の静けさに
そっと沈んでしまった
そんな世界の机の片隅に
あおい染み
クリアファイルに書類を挟むようになったのは随分大人になってから。というか、けっこう最近。無関心はやがて邪魔に変わり、それはじわりじわり奥に追いやられたのか追いやったのか。無自覚なわりに力強く確実に、雑に雑に意志をもってどこか遠くへと追いやっているのは自分だ。机の奥にやられてくちゃくちゃにつぶれたプリントを発掘した。忍者みたいだと思った。こう思ったのは初めてではない。隣の席の子はハンカチをもっていた。隣の席の子のハンカチはアイロンもかかっていた。ハンカチは30過ぎてようやく必要だと感じたから持つようになった。たまにアイロンもかけたりする。なのによく忘れて濡れた掌の処理に困ってしまう。濡れた掌を制服のスカートで拭いた。それで充分だった。恥ずかしげもない私をその子は鏡越しに見た。スカートは揺れて風はよく通り濡れてもやがてすぐに乾いた。
プロトタイプ三部作 - ❸おくりむかえ よう、
夕飯といえばカレーだ。ということを、鈴木はもちろん思っている。となりの佐藤も絶対にそう思っている。しかしよく考えてみると、それはなんでだ。その真相をつきとめるべく鈴木たちは合宿へ参加したが、先輩たちもやはり「夕飯といえばカレーだ!」とおおごえでさけびながら、野菜をきざみ、肉を切り、よくよく煮込んでいた——
おれたちは カレーに支配されている
しみじみと一句詠めば、ななめむこうのテーブルから耳に入ったらしい中村の、胡乱なまなざしが痛い。あとであいつ用のおかわりをもってってやろう。福神漬けばっか食いやがって。
窓際に陣どったのが悪いのだけれど、肘をぶつけそうな位置にある窓のそとは暗い。というか黒い。めっちゃ暗い窓ってありえないくらいこっちが映るのなんでなんだろう。「窓のそと」なんか存在しないかのように、くっきりと映しだされた右腕を見て、このあと寝たらきのうの夢をもういちど見そうな気がした。
目をあけて、それからすこし考える。
「まぶたをひらくことができた」
そのことが ふしぎなことだと思うまでに、
息をすい
背中がふくらみ
肩を上げ
つまさきをすこしぎゅっとして、
リノリウムの床をつかんだ。
ここは学校、夜の廊下
水のなかに立っていた。
高校の合宿でみたゆめだから、高校の校舎なんだろうと思う。うん? ちがうか。逆か? 高校の合宿にきているのに、高校の校舎じゃないから、あれをゆめだと思うんだろうか。ゆめが題材の話あるある「妙にリアルなゆめ」とかでもなかったんだ。水中だし。だから、夜の学校だったという以外に、あまり言えるところがない。高校だと思えばそんな気もするし、中学説を否定できないし、小学生の自分が記憶したスケール感の小学校かも。
水の匂いは、あまり「水がある」というそれ自体を感じさせないふくよかな味がして、飲みくだしてもいないのに喉ごしがあったりした。口をあけても入ってこない。あぶくが昇ることもない。こわくなんてなかった。ただ、ひょっとするとそれはたんに「ゆめだから」ということじゃなくって、
…じゃなくって。
「そと光ってね?」
「は」
気がつくと鈴木の目のまえに線のほそい坊主頭があって、その位置からこえがしたからびっくりする。鈴木の右肩から、鈴木の左肘にあるまっくらやみへむかって、身を乗りだしているのは佐藤日々だった。
すいこまれるような同輩の目が至近距離でまばたいたとき、ひとみのなかでなにかうごいた。お腹の底が急速にひえていく。ちがうこれは反射だ、いきをひそめて目をそらすと「窓のそと」がみえた。
ひかったから。
「ほたる?」
「ちげぇよ」
否定より牽制にちかい声が出た。
「ほたるじゃない?」
窓のそとがひかるたび、まっくらやみにすきまが空いて
障子の破れ目みたいなそこから空間が発生する。
「ほたるじゃない」
そこへ映っていた鈴木の肘に穴が空く。
そこへ映っていた部活のみんなに穴が空く。
窓のそとはそとであって窓じゃないんだから。
「じゃあ、ひからないほたるなんじゃない?」
「なにいってんのおまえ」
おくゆきがはじまる。
おくゆきが、とおくのほうへ駆けてゆく。
ずいぶん、うれしそうに——
「え、あれミズセンじゃん」
豊崎のこえがした。
瞬間、まちがってもほたるのサイズ感ではない、鬼火でも人魂でもない、どうも荒削りな火柱が、窓の下の校庭でいきおいよく燃えあがった。同時にぼうっと、それこそお化けみたいな雰囲気で浮かんだのは、くらがりでもわかる先生たちの背中だ。ほかのテーブルでもみんな気がつきだして、ざわめきが届いたのか、むこうもふりかえってにこにこと手をふった。
「ああ、ごみの分別かわったって言ってたやつ、これのことか」
テーブルのむこう岸にいた豊崎は、鈴木の頭上からそとをのぞきこみ、得心したようすでそう言った。
「ごみ…え、なんすか」
「昼バーベキューだったでしょ。そんときの燃えかすっていうか、使ったけど使いきるまでいかんかった炭とかがね、わりと残るのよ。毎年先生たちが話しあって処分してくれてたんだけど、まあすごいめんどかったらしくて」
いわく、ことしから分別方法がかわり、元来それができればいちばん合理的だという「燃やしきって処分」することができるようになったんだそうだ。そう豊崎が話しているあいだにも、校庭のおとなたちはかたっぱしから燃えさしに火をつけ、窓のそとはゆらめく灯りで満ちていく。
いまごろ家族はお祭り行ってんのかなあ、と豊崎はあたたかな声をだした。
「祭りいきたかったすか」
みあげると、みなれた笑みが深くなる。気がつくとひとつの窓から鈴木も佐藤も豊崎もそろって顔を出していて、我ながらまぬけなだんごだった。中村もこないか。
「いやあ、合宿べつに強制じゃないし、俺はお祭りいくよりみんなと合宿したくてこっちにしたんだけどね。でもいきたくなるよねえ。このまま寝たらみんなで盆踊りする夢見そう」
てか寝ないやつあるらしいよ、と話はつづいた。どこかとおくに、ひと晩踊りつづける祭りが、いまでも残っているらしい。満月の夜に踊るから、夜どおし明るかったんだって。
「いきましょ」
鈴木はいかないだろう。
鈴木みたいなのがいったらだめだと思う。
だからもし、ほんとにいくことになったら、仮病をつかうことにしよう。
「絶対いきましょうね、先輩」
プロトタイプ三部作 - ❸おくりむかえ みい、
体育館の天井って、なんか床付近とは世界観がちがってておもしろいよな、と、常々思っているのだけれど。そうしてゆうべを思いだしながらぼんやり眺めていたら、気がつかないうちに目の前にひとの顔があって、いつのまに…? となった。
あ、というこえともいえないこえが後輩の口から出たかと思うと、顔による並行移動といった感じの低刺激なフレームアウトがおこなわれ、次の瞬間にはドリンクボトルがさしだされていた。それを受けとりなにも考えずにキャップをひねったら、中身がこぼれてあわてて閉める。
「身体おこすの、しんどいですか」
真剣みの増した言葉でようやく、そうだ今ねころんでるんだったと気づいて、そんな自分に若干引いた。
「先生が今保冷剤の替えを取りにいってて。具合がよくなってもならなくても、いったん保健室にきてもらうって言ってました。飲めそうだったらそれ」
おちついた挙動でそっと話すのは、もうこのごろは豊崎よりよほどたよりにされている中村しがつである。根底から世界をゆさぶるようだった足音はいつのまにか鎮まって、いまはどこかとおくのほうから遠隔的に肩をたたかれるような、やさしい響きにかわっていた。数って暴力なんだな。
真夏日だった。豊崎の家族はいまごろ、お花と柄杓と、あとけっこうな量の水をもって、親戚の車で山道を昇っているだろうか。柄杓はお墓においてあるからいまどきマイ柄杓とかはないのかもしれない。豊崎はよくしらない。「お墓参りで遠出するひとは、ついででいいんでほたるをさがしてみてください。ほんとにちょっとまえまではね、どこにでもいる虫だったんだけどね」ミズセンの昔懐かし思い出特番みたいだった授業は、そんな前振りからはじまり、そしていまいちノリのわからぬ合唱曲の紹介へと繋がっていった。だからいま豊崎の思い描くお盆の景色は、ほっほっほっほっほたるとともにどこともしれない水辺にきえる、ミズセンのエピソードトークをコピペしただけの代物なのかもしれなかった。
ミズセンとは、今保冷剤の替えを取りにいってる清水先生の略で、その名の通りふたことめには水を勧めてくるから、河童とか蛇口とか使い勝手の悪いあだ名をいくつも持っている。部室の壁にお札かなにかのように貼ってある「覆水盆にかえらず」というスローガンも、きいてないけどたぶん彼が書いたとみんな思っている。もしでかい大会に出たらあのスローガンを垂れ幕にするのかなっていう疑問は残る。でかい大会に出ることがないから伝えたことはないが。
いつだったか、豊崎は彼に、スローガンの意図をきまじめにたずねてみたことがある。てっきり示唆的な話なんだろうと思ったからで、それこそかつての部員がちょっとやらかしたせいででかい大会に出られなくなったみたいな、エピソードトークを期待したのだ。でもそしたら彼はうれしそうにわらって、ぜんぜんそのまんまの意味だよって言ってた。
——いいか、水はのんでものんでも身体から出ていく。みんなが思ってるより即座に、全身いたるところから失われてしまうんだ。そしていちど失った水はもどらない。だからきみたちは盆。
——俺たちは盆!?
——お盆はうつわっぽいけどうつわじゃない。水がとどまることのできる場所じゃない。だから水はおいしいんだよ。きみの身体は常に水がほしくて喚いているんだ。
あれはいつだったかな。一年のときだと思ったが、なんだかきのうのことのような気もしてきた。おじいちゃんみたいだよな俺って…
「というわけで、飲んでくださいね」
豊崎のうわのそら具合を透かして見るように、ゆっくり一度まばたいた後輩の目は疑わしげだ。ごめんね。
「せんぱーい!」
まばらな足音をとびこえ、気やすい声が届く。頭を起こすと、そうとおくない距離の鈴木が、まっすぐボールをなげあげてやけにはっきり説明した。
「きょうは、最終日です! あとは、帰るだけ!」
「はいはい、ありがとな」
やっぱり相当ぼけっとしているようにみえるんだろう。へこみながらひらひら手をふってみせると、豊崎の右手はそのまま豊崎をはなれて体育館をおよいでいきそうな勢いだったから、思わずひっこめた。
倒れるまえの、めまいのようなものは、どうやら眠ったおかげでひいている。それでも体育館の上のほうは、やっぱりかげろうでゆらいでいた。俯瞰でみるとまるで、ここにいる全員が水の底みたい。水底なのに水を飲んでる。そう思ったら、ひとくちも飲まないうちから飲みすぎた感じがして、半袖の腕とかがひとりでにふやけていくようで、鳥肌が立って、もしかしてこういうのを熱中症っていうんだろうな。
「あの、先輩顔だいぶ赤いです。先生まだですけど保健室行っちゃいましょう」
いよいよ眉じりをさげてしまった中村が、ご丁寧に外履きまで豊崎の足もとへそろえてくれて、ふたりはそろそろと体育館を出た。
喧騒がとおのく。暑いところから暑いところへ出ただけだが、ひかりが肌にふれ、体温のことをやわらかいと感じた。校舎へとつながる廊下をわたりながら、せみのこえはひかりとまざり、はるかな残響をもって耳をゆらしている。またふと合唱を思った。
「溺れないでくださいね」
「うん?」
まえをいく中村のこえに、きらきらした夏の日がまぶされている。
「水はのんでものまれるなって言うじゃないですか」
「お酒だよねそれ」
「水もそうなんですよ」
「そうなの……?」
肩ごしにすこしだけふりかえり、さっきとおなじ、目というよりまぶたにみられているようなまなざしが覗いた。
「先輩のボトル、水っすよね」
「え、うん」
「スポドリ飲んでください」
「なんで……?」
「なんで……??」
プロトタイプ三部作 - ❸おくりむかえ ふう、
目をあけて、それからすこし考える。
「まぶたをひらくことができた」
そのことが ふしぎなことだと思うまでに、
息をすい
背中がふくらみ
肩を上げ
つまさきをすこしぎゅっとして、
リノリウムの床をつかんだ。
ここは学校、夜の廊下
水のなかに立っていた。
高校の合宿でみたゆめだから、高校の校舎なんだろうと思う。うん? ちがうかな。逆か? 高校の合宿にきているのに、高校の校舎じゃないから、これはゆめだと思うんだろうか。ゆめが題材の話あるある「妙にリアルなゆめ」とかでもなかったんだ。水中だし。だから、夜の学校だったという以外に、あまり言えるところがない。高校だと思えばそんな気もするし、中学説を否定できないし、小学生の自分が記憶したスケール感の小学校かも。
水の匂いは、あまり「水がある」というそれ自体を感じさせないふくよかな味がして、飲みくだしてもいないのに喉ごしがあったりした。口をあけても入ってこない。あぶくが昇ることもない。こわくなんてなかった。ただ、ひょっとするとそれはたんに「ゆめだから」ということじゃなくって、こわくないと思うだけの理由があったからかもしれない。ひとりじゃなかった。
豊崎は夜の廊下の、階段の上から、踊り場をみおろしていた。なんでみおろしていたかとかはしらない。そういうシチュだったとしか。ただ、水のおもてから水のなかを覗いてもよく見えないことが多いけれど、水中からむこう側というのは案外くっきりとしているもので、…いや逆じゃない? もういいや。なんでもいいが、かげろうのようにゆらめきながらも鈴木の顔はよくみえた。
鈴木はたぶん豊崎をみていた。豊崎も鈴木をみていたが、あいつになにか言いたかったとかではなくて、関心事はもっぱら水についてだった。なにをかくそう豊崎は階段の上にいる。鈴木は階段の下にいる。なのに、水中にいるのは豊崎のほうだけだ。
さてここで問題です。このような場合、水があるところとないところの境界線を、水面と呼んでよいものでしょうか?
豊崎は首をひねり、そんなものごとの疑問について真剣に考えていた。あるいはこの局面においてそんなこまかいディテール…? にしきりとこだわっていたことこそが、ゆめがゆめたるゆえんなのかもしれないと今は思う。そもそも、水があるところとないところっていうのはなんだ? 豊崎のいるところは水があることがとてもあたりまえのようだ、息をしているし、とくにこまることがない。口をあけても入ってこないのは、すでにこの体が水であふれているからだ。じゃあここは、この場所に水があるとかではなくて、この場所が水なのでは? ひとつの場所に水があったりなかったり、あるいは水によってひとつの場所が分断されたりしているんじゃあなくってさ、もっと、こう、ねっこのところで、深い意味合いでひかれた境界線が、俺と鈴木のあいだにあるんじゃないのかな。しらんけど…
とりあえず、豊崎のほうからは鈴木の顔がよくみえたのだ。おおきく、きまったかたちなんて元から無いみたいなゆれかたをしながら、それでもそいつがひとつ年下の、自慢のチームメイトだってことを、豊崎はうたぐったりしなかった。そのかわり、なんとかとらえたそいつの顔色、表情の風情をひとしきりながめたとき、やっぱりこれはゆめだという予感に異存はなくなった。
ざっくり言えば、おだやかな顔をしていたように思う。でもしっくりこない、おだやか…? 日ごろこいつがおだやかな顔をしないというわけじゃあないんだ。口もとがわらっていたか、眉がさがっていたか、そういう具体的なことはよくわからない、ゆめだから。ただ俺の知る鈴木景文の顔ではない、という印象をもった、という記憶、だけだ。
「鈴木はどう思う?」
豊崎ははっきりたずねた。
なにが? と自分でも思う。仲良い後輩のしらない顔を見たときの感想について? ちがう? 水か。水面のこと? それとも、境界線についてたずねたんだろうか。わからなかったのだけれど、ゆめのなかの豊崎が迷っていなかったように、鈴木もなにかを了解しているみたいだった。鈴木の身体は必要以上にゆらゆらしながら階段を昇ってきた。ちかづいて、水のそとが終わるだろう地点、つまり水のなかが始まろうという地点のぎりぎりまでやってきた。こうして目のまえへくると、こんなにゆらゆらしていても鈴木は小さいんだなってなる。それに関してだけはゆめじゃないっぽかった。
「俺ら、どこででも溺れられるんすよ。人間なんで……」
——なるほど?
こいつにしては、ずいぶん含蓄のある発言だったように思う。思い返せば返すほどよくわからない。それでもやっぱりゆめのなかの豊崎は、いや、ゆめのなかにいたときの豊崎? ゆめをみていたときの豊崎? それもよくわからないけれど、そのときの自分にはよくわかったらしい。錠剤をのみくだすと体が理解するように、得心した瞬間の味を、おなかのあたりにそなわっているもうひとつの味覚が憶えている。
うなずくと、鈴木の手が水へ、「水のなか」とされているほうへ、伸びて、入りこんできた。そんなふうにできることはなんだか意外だった。でも、そんなことをしても「水のなか」と「そと」はとくになんにもかわらなくって、豊崎も、わざわざ後輩の手をとったりだとか、そういうことはしてやらなかった。
勇敢さの前では
真夜中の海を泳ぐような
自由と恐ろしさ
今にも沈みそうな船に
意気揚々と乗り込む
猛スピードで流れ
一直線に落下する雲
落下していると錯覚させる
向こう側へと伸びる飛行機雲
沈みそうで浮いている
落ちそうで飛んでいる
きみにはわからない
わたしにはわからない
正しさなど
勇敢さの前では無意味だ
二人芝居 冬空の二人
題名 冬空の二人
脚本 蛾兆ボルカ
登場人物 2名
・カシオペア 女、カシオペア座。
紺色のビジネススーツ着用。
両手、両肘、胸中央に五芒星を付けている。
・オリオン 男、オリオン座。
ブラックスーツ着用。
両肩、両腰、腹部(3カ所)に五芒星をつけている。
(開幕)
舞台上に、カシオペア座とオリオン座が並んで立っている。
カシオペア座は腕を曲げ、身につけた星をカシオペア座型に配置している。
(会話が始まったあと、手足は自然に。)
【カシオペア座】
ねえ、オリオン。
【オリオン座】
なんだい、カシオペアさん。
【カシオペア座】
なんだか素敵な夜ね。
【オリオン座】
そうだね。 今夜は月がきれいだ。
【カシオペア座】
あら。漱石?
告白かしら?
【オリオン座】
うん。
【カシオペア座】
意味不明ね。
【オリオン座】
そうですね。まったく意味不明だね。
(間)
【カシオペア座】
ところであなた、わたし、前から気になってたんだけど。
あなたってオリオンなの?
【オリオン座】
いや、僕はオリオン座だよ。
たまたま星がこうゆう並びだけど、僕がオリオンさんってわけじゃないです。
【カシオペア座】
それはそうよね。
星だって地球からその並びに見えるだけで、ほんとうは、それぞれの星の地球からの距離もぜんぜん違うものね。
(間)
【オリオン座】
カシオペアさん、僕からも訊いて良いですか?
【カシオペア座】
良いわよ。
素敵な夜ですもんね。
【オリオン座】
カシオペアさんのそのWのならびなんだけど、その。つまり。
Wの下の2つの山の先っぽの星なんだけどさ。
あのさ。
(間)
【カシオペア座】
あ、これ?
これね。
いいわよ。
あのね、
わたしってば昔、「わたしは海のニュムペーのネーレイスよりも美しい」なーんて言っちゃったのよ。
そしたら酷いのよ。
嫌な女たちがさ。
ポセイドン様に言いつけて、わたしを罰するように訴えたの。
それでポセイドン様ったら、海の怪物のケートスってやつにエチオピアを荒らさせたのよ。
で、困り果てたエチオピア王ケーペウスが、神託なんか信じちゃってさ。
神様の陰謀なんだから、そんなのこっちから騙されにいくようなもんなんだけどね。
なんと、わたしの娘の可愛い可愛いアンドロメダちゃんを生贄に出したのよ。
まったく酷いことするわよねー。
でもね。たまたま通りがかった英雄ペルセウス様がケートスを倒しちゃうんだけどね。
【オリオン座】
あの、ちょっと。ちょっと待って。
その話、けっこう長いよね?
【カシオペア座】
そうでもないわよ。でもねえ。
【オリオン座】
でも?
【カシオペア座】
結局、意味分かんないのよ。
お話に出てくる人、最後にぽんぽん星にされちゃったの。
アンドロメダちゃんも隣に居るでしょ。
【オリオン座】
そうなんだ。
【カシオペア座】
そうなのよ。
(間)
【オリオン座】
そうなんですね。
で、Wの下の山の先の星なんだけど。
【カシオペア座】
肘と膝。
【オリオン座】
え。そうなの?
でもその2つの星、ピンクですよね?
【カシオペア座】
それなりに、赤いわね。
【オリオン座】
それ、膝と肘ってことはないんじゃないかなぁ。
本当に肘と膝?
(間)
【カシオペア座】
今夜は月がきれいね。
【オリオン座】
それ、乳首ですよね?
【カシオペア座】
こんな夜はエチオピアを思い出すわ。
【オリオン座】
でも乳首ですよね?
【カシオペア座】
ところであなた、
【オリオン座】
ところで?
ところでって言いますか?
【カシオペア座】
まぁ良いじゃない。
しつこくきかないでよ。
あなたなんか、弓矢で殺されたのかも、なんでしょ?
誰にでも秘密はあるわよ。
【オリオン座】
(沈黙)
(舞台上を右端まで歩く)
(舞台上を左端まで歩く)
(舞台上を右端まで歩く)
(もとの位置に戻る)
今夜は月がきれいですね。
【カシオペア座】
告白?
【オリオン座】
アルテミスも、きれいでした。
【カシオペア座】
あなたの横のアルデバランも、赤くて
きれいじゃない。
【オリオン座】
見てると、棍棒で殴りたくなるけどね。
あれ、おうし座なんでしょ。
おうし座って、ちゃっかり変身したゼウスだし。
【カシオペア座】
そうね。
あのね、オリオン。
(間)
【オリオン座】
何ですか?
【カシオペア座】
あなた、もうすぐ超新星爆発するでしょ?
そうしたら、形が変わっちゃうから、もうあなた、オリオンじゃないわ。
【オリオン座】
まあそうなりますね。
星の並びだけが、僕のオリオンたるゆえんだから。
【カシオペア座】
そうしたら、わたし、居なくなったあなたは、月にいるんだって思うことにするわ。
アルテミス様と一緒に。
【オリオン座】
(沈黙)
(遠方を見る)
【カシオペア座】
乳首よ。
【オリオン座】
えっ?
【カシオペア座】
でも、秘密にしてね。
(幕)
栞
わびしさを
なるべく小さく折り畳んで
今しがた読み終わった本の
最後の頁に挟んだ
またいつか
開くかもしれない日のために
戻ってくるかもわからない
感情のために
正しさではなく
帰る場所を失わないために
この世のどこかに
この世のどこかに
あなたの淹れた
海がある
私の放牧させた
空もある
明日は
喧嘩して
はぐれた
雨が来る
裏返して傘を
みつめている
風が
その
すこし前にある
小さな星のラジオ(第三夜)
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 皆様こんばんは。筑水せふりの人生ラジオ〜
(・ω・)σ リスナー1号でっす
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 今日はね、ちょっと昔の作品の裏話をします
(・ω・)σ 昔?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ うん。『漆黒の園』っていう、かなり初期の作品。ちょっとまとめなおしてnoteとCWSに再掲載
https://note.com/chikusui_sefuri/n/n0b345135dfef?sub_rt=share_sb
https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=5680
(・ω・)σ ああ。黒い薔薇が出てくるやつですね
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ あれね、本文だけ読むと、たぶん中世とか近代ヨーロッパのお話に見えると思うんですよ
(・ω・)σ 貴族のお屋敷に薔薇園があって、黒い薔薇が咲いて……っていう
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ ところが
(・ω・)σ ところが?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 現代のお話です
(・ω・)σ ええっ!?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ www
(・ω・)σ いや、分からないよ!
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ でしょうねえ。本文には一言も書いてないから
(・ω・)σ じゃあ、どんな世界なの?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ クラリス・エルネスタは、ドイツ系フランス貴族の流れをくむ上流階級の家のお嬢さん
(・ω・)σ ふむふむ
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ エルネスタ家は昔は貴族だけど、現代では種苗改良で財を成している
(・ω・)σ ……現代なんだ
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 現代です
(・ω・)σ スマホは?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 出ません
(・ω・)σ 自動車は?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 出ません
(・ω・)σ じゃあ何を見て現代だと思えばいいの!?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 作者が現代だと思っている
(・ω・)σ 読者には分からないよ!
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ そしてレティシア・ヴェルノは、エルネスタ家に協力している研究者家系のお嬢さん
(・ω・)σ 研究者
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ バラ園の管理や、種苗の品種改良をしている
(・ω・)σ ああ、だから黒薔薇
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ そう。ヴェルノ家も中堅貴族の流れをくむ学者家系、という設定
(・ω・)σ これ、本文にあった?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ ありません
(・ω・)σ ないんだ
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ ないです
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ クラリスが十歳、レティシアが十六歳のときに、新月の夜に二人は出会います
(・ω・)σ おお
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ そこでクラリスが言った言葉が、レティシアの心に残る
(・ω・)σ それが十年後の物語につながるのね
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ そう。そしてレティシアは、その願いを叶えるために、こっそり黒い薔薇を作り始める
(・ω・)σ 十年間!?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 十年間
(・ω・)σ 壮大じゃん!
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ でも本文では、新月の記憶と黒い薔薇が出てくるだけ
(・ω・)σ 十年間の研究開発史は?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 闇に溶けました
(・ω・)σ 設定まで溶かすなw
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ ちなみに黒薔薇は、ちゃんと商品としても価値がある設定だったんですよ
(・ω・)σ ほう
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 上流階級の支援者たちに非常に高い価格で提供される、希少な新品種
(・ω・)σ ちゃんと産業がある
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ あります
(・ω・)σ ヴェルノパパは?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 娘の研究を見守っています
(・ω・)σ 生きてる?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 溶けてませんw
(・ω・)σ よかったwww
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ でもね。ここで大事なのは、設定を考えているかどうかじゃないんです
(・ω・)σ というと?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 考えた設定を、全部本文に書く必要はないということ
(・ω・)σ ああ
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ この感覚には、昔読んだ細野不二彦さんの『あどりぶシネ倶楽部』の影響がかなりあります
(・ω・)σ 漫画作品でアマチュア映画の話だよね
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ そう。たくさん撮影したフィルムをカットできずに悩んでいる主人公に、共同監督が言うんですよ
(・ω・)σ きれいな映像でも?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ うん。きれいだからというだけでつないだフィルムは、作品としては不幸なんだ、という話
(・ω・)σ つまり、良い素材と必要な素材は違う
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ そういうこと
(・ω・)σ 映画には上映時間もあるしね
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 杉谷庄吾氏の漫画『映画大好きポンポさん』の「映画は90分」みたいな話にもつながるね
(・ω・)σ 撮ったもの全部を見せるんじゃなくて、必要なものを残す
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 小説だって同じだと思うんですよ
(・ω・)σ 小説には90分制限ないけど
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ だからこそ危ない
(・ω・)σ www
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 設定も書ける。調べたことも書ける。きれいな描写も書ける
(・ω・)σ 全部書けちゃう
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ でも、書けることと、書くべきことは違う
(・ω・)σ じゃあ『漆黒の園』の裏設定は、いらなかった?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ いや、必要だった
(・ω・)σ あれ?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 作者が世界を成立させるためには必要だった。でも、読者に説明するためには必要なかった
(・ω・)σ なるほど
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 現代ヨーロッパで、旧貴族の家が種苗改良で財を成していて、研究者家系がそこに協力していて、黒薔薇が商品になっていて……
(・ω・)σ うん
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ そこまで決めておけば、私は安心して全部書かずに済む
(・ω・)σ 設定があるから、削れる
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ そう
(・ω・)σ アシモフもそういうところあるよね
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 『夜来たる』なんか、ものすごい世界設定があるのに、最初から世界設定資料集を読ませるわけじゃない
(・ω・)σ ロボットシリーズの『堂々巡り』だって、今読むと科学設定に「セレンかよ」となるところはあるけど、面白い
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 設定の細部が現在の科学から見て古くなっても、物語の構造まで古くなるとは限らないんですよね
(・ω・)σ 漫画家竹本泉さんの『ねこめ~わく』もそうだ
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 最初なんて、女子高生が猫の世界に召喚された、くらいしか分からない
(・ω・)σ なのに読み進めると、人類が地球を脱出して、文化保存のために猫を高知能化して残して、猫が召喚の儀式を編み出して……
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ さらに外宇宙探索に出ていた宇宙飛行士が、ぽつぽつ帰ってくる
(・ω・)σ 最初から説明されたら、絶対面白くない
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 必要になったときに、必要な分だけ世界が見えてくる
(・ω・)σ そう考えると、『漆黒の園』も同じなのかな
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ かんぜんに同じとまでは言わないけど。文藝始めて半年ごろの習作だし。
(・ω・)σ ただ作者の頭の中には現代ヨーロッパの種苗産業がある
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ ある
(・ω・)σ でも読者が見るのは?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 黒い薔薇
(・ω・)σ 二人の女
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 新月
(・ω・)σ そして闇
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ それでいいんです
(・ω・)σ じゃあ今日のまとめは?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 考えたものを全部書かない。撮ったフィルムを全部つながない。
(・ω・)σ 必要なものだけ残す
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ そして、残さなかった設定も作者の中ではちゃんと生きている
(・ω・)σ ヴェルノパパも?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ ときどき棘から赤いしずくを落とす黒薔薇をまもってます
(・ω・)σ ひぃぃ。でも親の愛だね……
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ それでは今夜はこのへんで
(・ω・)σ おやすみなさーい
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ また次の夜にお会いしましょう
刈り込む庭と、アホい性
愛は、ドーパミン
溢れ出すノルアドレナリン
夢が、フワフワさ
俺は、ノータリン
踊り出すイエローサブマリン
腰が、ガタガタさ
闇は、もう去りん
走り出すバス、ロータリー
胸は、ムラムラさ
来てよ、ねえダーリン
絞り出すアイデアと、皮肉の数々
鼻が、ヒクヒクさ
人は一生、懲りん
目が覚めて歩き出す、ローズマリー
いつも、ワクワクさ
退屈の形について
ヒトデは
深い退屈の形を
しているんだよ、と
眠れない男性利用者が教えてくれた
夜勤明けの朝、
川から随分と離れた通用口をでると
沢蟹にであった
えっちらおっちらあるいている
何処にいくのか
みていたいがどうにも眠い
蟹はいつ眠るのか、ヒトデは眠るのか
僕は知らない 着いていけばわかるだろうか
目を瞑る
ヒトデは深い退屈の形をしている、と
言った老人が見る間に形を変えていく
いや、元からそうだった気もする
目を開く
ヒトデも蟹もいない
ついていくものはいないから、僕は帰る
沢蟹を獲った田舎の川、を少しだけ思い出した
夢に落ちていくとき、身体がほどけていく
ヒトデにでも蟹にでも、なれそうな気がする
深い退屈となり横たわっている
裾を奏でる
虫の音はその草陰から
アスファルトの熱を冷まし
路地の五線譜は
地衣類の音符を加える
音符をまたぐ 足取りは
少しだけ 軽やかに
オルフェウスの妄進
前へ進む
足を運ぶ
ただ前へ
肉を削ぎ 骨を砕き 暗盲になろうとも
前へ
体を這わせる
体を
ただ前へ
行先がラッパの口のように狭まっていこうとも
我が身を圧し潰して 引き伸ばして 擂り砕いてでも
まえへ
進む
中身が溶けだし
ただ一欠片の残渣になろうとも
前へ穿つ
後退なんて知らない 旋回なんて許さない
ただ白痴に
届くまで前へ
届きうるまでまえへ
私は進むことしかできないから
進めることしか
できないから
一つだけのもの
あの娘が白いワンピースを買えば
私も白いワンピースを着て歩いた
だって私の方が早くに買っていたもの
あの娘が髪を伸ばせば
私も髪を伸ばした
だって私の方が真っ黒だもの
あの娘が手紙を下駄箱に入れれば
私も手紙を下駄箱に詰め込んだ
だって私の方が、沢山の漢字を書けるもの
あの娘があなたの左にいたから
私はその左にどろみずを撒いた
だって左は一つしかないもの
一つしか無ければつぶせばいい
そうしたら私だけがゆいいつだもの。
[ん]んっ?
んっ?
と、
疑問に苛まれて
この身は今日も気怠く動く
ヒヤシンスに塗れて
朗らかに死を飲み込む私の
あくなき身勝手な好奇心
それがもっと、
もっともっと
身勝手になればいい
なんて思っているので
そう成りきれない矮小な
私
は、
まだ『優しさ』という名
の呪いに包まっている
キミに、
もしも
クリーンな殺意があるなら
どうかこの身を切り裂いてほしい
切れ目から羽化する
誰でも傷つけることのできる羽で
私は飛び立ちたい
短命である
キミも私も
宇宙の最果てと並べれば
すべて、輝きのない一瞬だ
そうであるのにもかかわらず、
今日も私は「おはよう」
ってキミに話しかけている
歩く
とりとめもない話に
「ん?」ってセツナに襲われるけど
その一瞬を私は「人」と呼んだ
非常口
真っ暗闇の中にぼんやり光る緑
非常口と書かれた看板ごと
見慣れてしまっているから
いざというときに
見つけられる気はしないけれど
「非常口わかりにくいね」
あなたに言うと
『別に良いよ 助からなくたって』
あなたはそう返事する
「そうだね」
わたしもそうやって答えるの
だけどさぁ
あなたはわたしじゃなくても
いいんだろうけど
わたしはあなたじゃなきゃいやよ?
黙ったまま目で訴えても
ちっとも気づいてくれないから
背伸びしてキスをして
非常口から出て行くの
蜥蜴
蜥蜴の尻尾は
主から離れて
束の間の自由を
むさぼる様に
踊り狂っている
治療塔惑星
それは遠い遠い祈り
君はそう語っていた気がした
その遠い遠い祈りを
淡々と、それでいて情感をこめて
優しく語ってくれた
永く果てしない
夜の果てのための祈り
驟雨という世界の眠気が
窓をそっと撫でていくなかで
ただ君の声が最期まで響いていた
「クラバート」
あるいは人々は僕をそう呼んだ。その理由は実はいまでも納得がいっていない。ある人が実に教えてくれたのだけれど、僕にはそれがどうにも一つの不条理にして不可解を成しているようにしか感じられなかったんだ。世界の夜の眠気の中で、それがいかなる意味を持つというのだろう。
それすらもわからぬまま、ただ僕は夜の果ての旅を続けていた。それがいかなる終着点を有するというのか、まるでわからないというのに。そもそも、終着点自体の存在性すらも懐疑性を有しているというのに、どうして僕は夜の果てへの旅を続けるのか。
この紺碧の宙海において
自由意志の表象たるそれは
ただ僕の魂を
そっと縛るように
あるいは世界の果ての夜の夢のために
ただそこにあるだけのような気がした
「クラバートくん」
ある日、そのある日に僕はこの人生の中で最初にそう呼ばれたのを覚えている。それが誰かも、よく覚えているのだ。その情景すらも。
夜みがかかった薄暗い教室で、その人は僕をそう呼んだ。その学校の蛇口から出る石英質の香りの水を入れた水筒を口につけているときだった気もする。その時の僕はまだ夜の果てということすらも知らない時分だったように思える。
そんな時分で、まだクラバートと呼ばれたことがなかったからこそ、その呼称がまさに僕を指し示したものだと気づくのに、永遠の時間が過ぎたようにすらも思えた。実際には数秒か十数秒でしかなかったのかもしれないけれど。
「それはもしかして僕のことかい?」
「そうだよ、君のことだよ。もしかしなくても、あるいはどうあがいたとしても、君がクラバートだよ、クラバートくん」
いつのころからだったろう
夜の果てへの旅
心の中で
少し微笑みながら
そう名付けたのは
石垣が連なる中
橙色に染まる空の反対側の
夜が始まっていく世界に
歩みを始めていた旅のことを
その人について何を話すべきなんだろう。僕はそれだけで涙ぐみ、この星々の下でうつむくしかなくなるのに。沈黙するべきものについては、沈黙するべきか。ウィートゲンシュタインがあるいはそう言ったようなことなのかもしれない。それでも言語隠蔽の罪悪を背負ってでも、その人について語る必要があるのかもしれない。
その人について話をしよう。夜の果てへの旅を始めるずっと以前、その人は同じ学び舎に通う少女だった。夜の果てへの旅を初めたときには年齢は既に変わらなくなっていた。死者はいつだって年を取らない。
その人が僕をクラバートと呼び始めたのは確かだ。そして、彼女は世界をそっと変えてしまうような、どこかそんな強かさすらあった。これは国家や社会の上部構造や下部構造をどうこうする歴史的次元においてではなく、彼女と触れあった人々の見ている世界を変えてしまう次元とでもいうべきだろう。何か彼女の独特な思想とかそういうもので他人の世界を変えるのではなく、ただその人が近くにいるだけでそのような状態にさせてしまうような人だった。
変わり始めた人々というのは、実に僕以上に偉大な気がした。それなのに、彼女はただ僕だけを本名とは違うクラバートで呼んでいた。これは愛だったのだろうか、あるいは束縛としての意味合いだったのか。今となってはもうわからない。
何もわかりたくなかったんだ。
コックピットの画面は
ただ通常モードの仕様のまま
静かなブースター音が響く中
紺碧はただ紺碧のために存在していた
世界を最高密度の紺碧で覆うために
レバーを引きながら
こう思おうとした
この紺碧の果てのために僕は生き続けるのか、と
ある日、その人は言った。
「クラバートくん、エーミール・シンクレアって知ってる?」
「知らない」
僕はそうそっけなく答えた。それが彼女の気分を害するものではないというのを、よく承知していたから。むしろ、変に手を尽くして答えようとするのは、それはその人の意にそわないものだろうということすらも承知していた。
僕はいつの間にかその人について承知することが多かった。
「そうだね、やっぱり知らないよね」
話はそれだけだった。いや、それだけでよかったのだ。その人は僕がエーミール・シンクレアについて調べることを知っているだろうし、それからデミアンというのが彼女の友人だったいうことについても知り尽くしてしまうということも、よく知っていたのだ。
その人は最初から僕について知っていた。
君のいなくなった日々の中で
確かに僕の中の何かが
ゆっくりと消えて、そして忘れてしまったんだ
それでも思い出した後は
ただただ夜の果てへと
君の残り日のための
夜の果てへと
向かっていったのを覚えている
「世界は生まれ変わる、この山において。人生の放蕩息子、クラバート。君はいつかその瞬間を見届けるだろう」
そう僕に言い遺して死んでいった人は、トーマスだったっけ。彼もまた彼女の友人であったし、共にあの人が死んだときに一緒に泣いた友人でもあった。そんな彼が指した山に、いつの日だっただろうか、僕はトーマスがもういない世界の日々にもう一度来ていたんだ。そう、この槍ヶ岳の頂上にまで……。
それがいったい何を意味するのかわからない。もしかしたら、意味などないのかもしれない。だけれど、本人たちにとってはそれは切実なものであり、それを貶すことは何かの精神を殺すことになってしまうことを、僕はわかっていた。
槍ヶ岳の頂上の朝はいつものように静かだった。まるでこれからの銃声すらも吸い取らんとでもいわんばかりに。そこで僕はただ、二人がゆっくりと決闘の準備を整えていくのを見届けながら、冬の中で憐れなほどに澄んでいった紺碧を誇る空を眺めていた。
僕はいったい何をなそうというのか
これまでの何の償いを求めている?
この旅の果てにおいて、何の意味がある?
二人について、僕は説明を始めなくてはいけないのだろう。僕は人について説明することが多いのを、よく自覚している。まずはギー兄さんについて説明をしよう。彼はまるで神様のような人だったし、お酒を飲まなければ……いや、飲んでいてもやはり神様のような人だった。そんな人はそれゆえに、とある村において信仰を集めていて、僕も彼のことは信仰しないまでも尊敬はよくしていた。
ギー兄さんが広範の信仰と尊敬を集めることのできる人ならば、それに対するバタイユは一部からの狂信と熱愛に満ちた人だったのを覚えている。覚えている、とどうにも距離を置いた表現をするのは、僕がやはりこの人ときちんといようとはしなかったのが原因だろう。今となっては申し訳ないとはわかっているけれども、やはり僕の志す何かと彼の目指すアセファーリアという無頭的境地においては、どうにも容れがたいものがあった。
でも、彼は僕をクラバートとやはり呼んでくれていた。
それで、そんなギー兄さんとバタイユは槍ヶ岳頂上にて互いに向けて銃を構えていた。経緯については僕は沈黙しよう。沈黙すべきものは、沈黙しなくてはいけないのだから。ただ、僕はその光景を見て、ただ息を呑んだことを記してはおく。世界がだんだんと音を失くしていく錯覚にだって囚われた。
決闘相手の本名を叫びながら先に引き金を引いたのは、バタイユだった。
「何が文化か! アルバート! 銃をとれ!」
彼のピストルから放たれた三発の銃弾。一発がギー兄さんの頬をかすめ、二発はアルプスの彼方に消えた。ただ、それだけだった。それでバタイユの分はなくなった。それから、ギー兄さんはそっと、ピストルを構えて、ギー兄さんと同じ弾数を放つ。だけど、それはぎーにーさんに向かってではなく、この紺碧の空々に向かってであった。
「……卑怯者」
バタイユはそれだけ言うと、断崖の向こうへと走り出し、そして跳躍していった。それからは人の転げ落ちるような音がしばらく続いただけで、静寂というものを世界が取り戻すのにそうは時間がかからなかった気がする。
まさにその時だったんだ、あの人の存在を思い出したのは。
だから僕は夜の果てへの旅を始めた。
境の向こう側をくぐっていくと
星がただ瞬くだけの空が
何の悔いもなく広がっていた
いこう
このまま歩いて
いこう
左手はまっすぐ夜の果て
君がいたときの日々
あの街燈の光景
消えつつあるものたちを取り戻すため
「行くんだね、クラバート」
ギー兄さんは、とくにとりとめもなく呟いた。僕が背負い鞄にランプやナイフ、そして当面の食糧であるパンたちを入れているときのことだった気がするのは、僕の思い違いというものであろうか。いいや、そういうことでもなかろう。
「ああ、行くんだ。僕は」
僕もそれに倣って、とりとめもなく呟いた。
「そうか……なあ、クラバート。僕は知らないよ。君がどういう人に捕らわれているのかを。君が、君自身が君自身の胸を張り裂いたというのに、それをどうにも君は君をずっと捕えている人に求めている気がするけれど……それでも、どうかその人に会えるといいね」
僕は背負い鞄のチャックをジジッと閉めると、改めて僕は僕のいる場所について見渡してみることにした。ここは一つの教会で、ギー兄さんを信奉する人々が建てた場所。僕はここにしばらく滞在していたけれども、もうお別れの時間が来ていた。けれども、それはきっとギー兄さんたちも同じだったに違いない。
ギー兄さんは教会の創始を共にした女性(ギー兄さんにとっては、僕にとっての”あの人”に該当するような存在なのだろう)と一緒にずっとずっと窓の外を見ていた。そこには、この教会の始まりである緑麗らかな一本の木が聳えていた。その視線の意味を、僕はどことなく察していた。
ブースターの音は
あいも変わらず静かに響いている
軽量の二脚のその核心は
黒曜石のように輝いていた
この紺碧の宙海で
僕の体の拡張となって
僕はその惑星を知っていたのかもしれない。聞いただけで、どこか胸の締め付けられるような懐かしさに襲われるからだ。その田原、赤羽根、渥美という三つの名前を持つ惑星に、夜の果てはあったから、だから僕はそこを目指すことにした。
目指すことにした、と言えば簡単かもしれないけれど……そこに至るまでにも案外苦労は多かったのも確かだ。夜の果てへの旅は、あらゆる寄り道の連続であった。ただ道を歩けばいいというものじゃなかったんだ。僕は物語を読み、あるいは物語の中にいることを要求された。
その度に人生だけがさようならを意味できると、そのことを喪失という名の痛みの中で理解することだって多かった。無論、手に入れたものも多くて、それがまた悲しみというものを加速状態にしてしまうのだけれど。喜びと同じように。
そうした夜の果てへの旅のときに、とある村に古くから伝わるケガレ唄を聴かせてもらったことが、この旅の終焉を決定づけることになるだなんて、どういった因果のめぐりあわせだったのだろうか。未だにそれは僕の中で謎という古苔を形成していた。
唄から紐解いた惑星の位置座標は、34°35'55.9"N 137°03'43.2"E。
夜の果てに、惑星の果てに、惑星はあった。
惑星の
暗転する黄道にそれは聳えていた
火を焚きたくなるような
白く煤けた、治療塔
「昔話をしてあげるね」
清廉の病室。その人はもう死ぬというのに、どことなく余裕綽綽で、あるいはそれもまた悲しみの裏付けとでもいうべきだったのだろうか。君もあるいはもしかすると、恐れていたんだろうか。だから、自分の死後のことではなくて、ただ僕も君もいない時代の話をしたのか。
今となっては、もうわかりたくもない。
「遠い遠い祈りのことでした。神様は人を救いたがっていました。だから、手を差し伸べました」
その厳かさは肌をどこか突き刺すような冷気すら纏っていた。
「けれども、その度に人の中から邪魔をする人たちが現れました。神様の作ろうとした秩序を、壊してしまう人たちが。神様は悲しみました。人は救われたがっていないのかって」
「きっと、あれこれと言われるのが嫌だったんじゃないかな」
と、僕はここでしまったと思った。その人のこの荘厳性の昔話に茶々を入れたと思われかねないような行為だったろうに、つい言わずにはいられなかったのだ。いつもは途中で割ることなんてしなかったのに……だけど、彼女は笑って許した。
「言うようになったね、クラバートくん」
鉄と火と光線の夢を見た
どうして求めずにはいられなかったのか
僕の魂と身体が、それを求める
ただ心の迸るがままに生きる事が
こんなにも許されざることだったなんて
「それでも、神様は人を救いたかったのです。神様は考えました。その邪魔をする人たちは、先に見つけ出して焼き尽くしてしまおうと」
その人の昔話は続く。外の驟雨は、果ての夜の夢をずっと奏でるように音を立てていた。
「神様はそのためにとある人々を、世界に解き放ちました。何もかもを黒く焼き尽くしては、死を告げる人々を。その人たちは、”黒い鳥”と呼ばれるようになりました。今からしてあげるのは、私のご先祖さまたちが見て来た、そんな”黒い鳥”たちのお話」
それから、彼女は少し咳き込んだ後、僕の腕を支えにするように掴んできた。
「本当は私も会いたかったんだ。”黒い鳥”というものに。けれども、ある時まではずっとずっと会えずにいたんだ」
僕はその人の手の温度を感じながら、どうにか嗚咽が出そうになるのをこらえながら、ゆっくりと息を吐きながら、あるいはもう何も感じまいとしながら、言葉を吐いた。
「それだけが心残りなのか」
すると、彼女は首を横に振った。
「ううん、違うよ。言ったでしょ、ある時まではって。だから、心残りじゃないよ」
その目は、じっと僕を見据えていた。
「じゃあ、最期までしてあげるね。昔話を。昔話の名前は……」
神話の名は、”武装化された核心”
ブースターを切り、僕の構築した軽量二脚のその核心がそっと塔の上に着陸したとき、僕はその旅が終わりを迎えたことを知った。暗転する黄道に直立したその塔の上には、街燈があった。あの帰り道のどこかにあったはずの、あの街燈が。
そして、その下には、昔日のその人が立っていたんだ。
淡い暖色の光の街燈の下
花束を抱えた君がいた
核心から降りた僕は
煌々と灯された光のもとに歩いていく
夜の果て
夜の果て
夜の果て
この旅の終わりを祝うように
花束を手渡してくると
こう静かに囁いた
僕の目をまっすぐ見据えながら
「もしかしなくても、あるいはどうあがいたとしても、やっぱり君はクラバートだったね、クラバートくん」
僕が旅立つ前、ギー兄さんは自分たちの始めた教会の木をそっと燃やした。
〜魔法のあさがおとつむぎの夏休み〜④
つむぎとガォーノは
ことのは野原をあとにして、列車にのりました。
車しょうさんが、列車を走らせながらいいました。
「つぎのていしゃえきは、かがみ湖です。」
ガォーノは、少し声をひそめていいました。
「かがみ湖はね、じぶんでも気づいていない気もちが見える湖なんだ。行ってみるかい?」
つむぎは少しこわい気がしました。
けれど、知りたい気もちもあって、行ってみることにしました。
かがみ湖は、とても大きな湖でした。
けれど、湖の水はまるで夜のように暗く、
うすきみわるく静まりかえっていました。
のぞきこむと、今にものみこまれそうです。
つむぎは思わずガォーノの服のすそをつかみます。
するとガォーノはわらっていいました。
「だいじょうぶ。こういうときのために、
ぼくにはこれがあるからね。」
そういって、もっていた見習い魔法使いの本ひらきます。
そしてページをめくりながら、
「ええと…かがみ湖、かがみ湖…あった!
ここには、本当の気もちが形になってあらわれることがあるんだって。」
それをきいて、つむぎは小さな声でいいました。
「本当の気もちって見えたらこまることもあるよね。」
ガォーノは湖を見つめながらうなずきました。
「うん。でも、見えないままだと、じぶんでも分からなくて、つらくなることもあるんだ。」
つむぎはそのことばをきいて、もういちど、
そっと湖をのぞきこみました。
すると、黒い水の中にひとつの景色がゆっくりと、うかんできました。
勉強のじかんになると、ためいきをつくつむぎ。
水泳の時間で、いちばんうしろにかくれるつむぎ。
牛乳を見て顔をしかめるつむぎ。
「こんなのみたくない!」
つむぎは思わずうしろに下がりました。
ガォーノは、ページをめくっていいました。
「ええとね。きらいって気もちは、わるい気もちじゃないんだって。」
「そうなの。」
「うん。本当は、こわいとか、苦手とか、
いやだとか、うまくいえてない気もちが、
きらいのうしろにかくれていることがあるんだって。」
つむぎはもういちど湖を見ました。
すると、こんどは、勉強がきらいなつむぎのうしろに小さな文字が見えました。
むずかしいとわからない。わからないからまちがえる、それがこわい。
水泳がきらいなつむぎのうしろには、
みんなより泳ぐのがおそくて、はずかしい。
牛乳がきらいなつむぎのうしろには、
においが苦手でがまんしてた。
つむぎははっとしました。
「わたしは、ただきらいなんじゃなかったんだ。」
「そうだよ。」
「心のまだしらない気もちは、見つけてもらうのをまってるんだ。」
つむぎは、しばらく湖を見つめていました。
黒い水は何もいいません。
けれど、さっきよりもこわくはありませんでした。
そのとき、湖の水面に、もうひとつの景色がうかびました。
そこには、勉強のわからないところを、
先生に質問するつむぎがいました。
水泳の時間に、はずかしそうにしながらも前にでようとするつむぎもいました。
牛乳のにおいに顔をしかめながら、先生に、「苦手です。」と、
話しているつむぎもいました。
「これ、わたし?」
つむぎがたずねると、ガォーノは本をひらきました。
「本当の気もちに気づいたものは、少しずつじぶんにやさしくなれるんだって。」
つむぎは思いました。
きらいなものを、
すぐにすきにならなくてもいい。
こわいものを、
むりに平気だと思わなくてもいい。
ただ、じぶんがどうしてそう思うのかを
知ることがだいじなのだと
少しわかった気がしました。
かがみ湖のえきにもどると、車しょうさんがまっていました。
「おかりなさい。なにか見つかりましたか?」
つむぎは、じぶんのむねに手をあてて、やさしい声でいいました。
「うん。きらいのうしろに、本当の気もちがかくれていました。」
車しょうさんは、うれしそうな顔をして列車のとびらをあけました。
つむぎは、ガォーノにいいました。
「わたし、またきらいって思うことあるかもしれない。」
「あるよ。」と、ガォーノはすぐにいいました。
「でも、そのうしろを見てみればいいんだ。」
つむぎはうなずきました。
「そしたら、またしらない気もちが見つかるかな。」
「きっと見つかるよ。心は本当のことをしまっておくのが上手だからね。」
ふたりをのせた列車は、次のえきへむかて
走り出しました。
つづく
五行歌「弱さ」
ほんのひとひら
だれでもない
あなたらしさ
弱さは
間違いにあらず
https://www.instagram.com/p/DdJohyOGn0j/?stkn=YzdzZ2xrc3ZxZWli
踊り場
階段の踊り場には
いじめっ子がいた
私はわざと
何回もそこを通った
少し傷つくのを確認しながら
徹底的に傷をつくり
忘れられないように
それが傷だと確認するように
小さな傷はなくなることはないけれど、あることを忘れてしまうんだ。
だから大きな傷にして、ないことにはしないんだ。
しょうめいたん
大文字になって寝かされ、倒れるように横たわるも
煤けたランプが瞬いている 肉を刻む出口は遠い
開始を告げるアラームもまた鉄骨のした
あかりが 途切れない という 身を 投げて 死ぬ
ハンドルを握りしめ 照明や歓声はあつい幕をへだて
積みあげられた汗は泡だち 鉄柵のよう失奏する
支えよう ゆっくりと吸い込み、ヒグラシがきれる音
潮がひくように空間を描け ゆかり とどかない拍手と
ヨレヨレになった天鵞絨のうらて
襟をぬうように唇をかいがいしく撫で
あけ濡れたレインコートの裾 水がしたたる
すこし外した幻想として立ちあげられる
命令をきかない、駄馬の柱
おもに濁化した ささくれの肌理
陽光、眠らないから 楽譜をめぐる
キーボードに零れたコーヒーは乾かない
群れに 阻まれる 目は、濁っている
行く手とは、鼻歌だろうか
止まりそうになるまで、代わりに触れているブーケ
腐った、軍手を脱いだ掌は割れ、香りを含んだ口から
しろくたいらくなり、すっと頭から消えていく私
出まかせを吐く。演目は トレモロをあやつる
スポットライトがひとり、ひそやかな寝息をきかせるも
袖口に追いやられた生き物 のびためろでぃが溶け
光り。かがろうとする。虫が材木に巣食うように
咳払いひとつなぐ。暗転:軍靴ひとつが、強めます
ざわめく余白は海にあずける 打ち捨てた漁村の小屋
轡が食い込み、吐き気がして、せせこましい波にゆだねて
かちり、誰かが息を呑み かすかな尾をおっていくこと
ゆるり、唇が動いて 動きにぶい眠気を、瀑布のよう浴び
蝋燭の腰をおり曲げたアパートの敷居はしづみ
壁にもたれた浅瀬を、昏々と滾々と、まどかに預けて
またどこかで上演するサーカスは攫われた喝采
土の床は湿り気を帯び、藁も汚れきっていて
畳の上に域を、針ほどの理由にまた、片付けても
流れを堰きとめて 擦れた背景板
その隣に、人が腰をおろす
背を丸めたまま、肩が広がっては途絶える
身じろぎすら リズムとなり
倒れかけた表紙に禽獣と近づくと
死んだようになって
立ち尽くしている ともしびが差し替える
ボタンの飛ぶ不規則なアケビの伴奏
吹き溜まりで火花が さき揺れる油膜と蹄
またこだまする かすかに耳によぎる
檻の影で眦をあげる人形のように
ここで私を抜け出し、見苦しそうに寝返りを打つ
浅い川に漂う。すなわち落ちてくる眩暈、勝手に軋む
ぽたり、ぽたり、泥を抱え、風が溢れていく
やわこいソファーのしぐさ。点滅、点滅、
歩く前はかがみ、イメージを振り払っては継ぎ足す
うすい縞を描くデスクで。腹を濡らし。口許も締まりなく
拭えない耳を支配する まだ体温を失わない 幻の舞台
ただ黙って。では頷き合う。それさえ、しかたないことがら
サビアンの詩 蠍座18度 豪華な秋色の森 「美人」
貴方が褒めてくれたこの髪、
いつかは白くなっちゃうかもね
貴方が褒めてくれたこの口紅、
いつかは似合わなくなっちゃうのかなあ
貴方が褒めてくれたこの笑顔も
いつかはしわくちゃになっちゃうんだ
秋の終わりはいつも切ないね
髪が白くなってもしわくちゃになっても
口紅が似合わなくなったって
きっと紅葉を見に行こうよ
しわくちゃになった手を繋いでさ
きっとこの森を散歩しよう
メメント・モリの丘
シスレーの空の下
丘をめざしてあるく
遠いようで近くもある
静かに目を醒ます青
メメント・モリ
死は生命を
活かすために
あるものとして
丘のむこうに積みあがる
無数の髑髏は輝くカンテラ
あるかなくては
なにかに突き動かされて
なにかを見届けるために
湧き出た汗が額を伝う
生まれる雫の屈折に
傾斜を登る青い影を見た
丘をめざしてあるく
近いようで遠くもある
約束された永遠の青
メメント・モリ
死は生命を
燃やすために
あるものとして
風船
膨らませた風船
思いを込め過ぎて
大きくすれば
割れて
弾けて
手の中で破れたゴム
繰り返さないように
膨らんだ風船
見つけてほしいと飛ばせば
わからない場所で
誰かの靴の下
両の手から
離すのは
持つ力がないから
割らないように
飛ばさないように
両の手の中で
収まっているものが
自分の風船
小さくても
割れるよりいい
舞い上がらなくても
踏まれてしまうよりいい
両の手の中にあれば
渡せる
きっと
誰かに
藤原太亞暴
日本がもっとデタラメな国になればいいのに
〜魔法のあさがおとつむぎの夏休み〜②
次の日の朝、つむぎが目をさますと
えんがわのガォーノは、きのうよりももっとつるをのばしていました。
みどりのつるは、
木のえだにくるり
雨どいにくるりと
あちこちにまきついて、とても楽しそうです。
つむぎがえんがわに出ると
ガォーノは、いきおいよく
つるを空へのばしました。
けれど、まい上がったつるは、
とちゅうで曲がって下におちてきます。
ガォーノは、もういちど
力いっぱいつるをのばしました。
けれどこんどは、気のえだに引っかかってしまいました。
あたりを見わたしたつむぎは、
あちこちで引っかかるつるの先をみて
はっとします。
「もしかして、魔法がうまくいかないの…」
すると、ガォーノは紙にこう書きました。
『にんげんかい じゅもん きかない』
『ガォーノ つらい』
『そらのぶらんこ みせられない』
それを見たつむぎは、思わずガォーノを
だきしめました。
「ガォーノありがとう。」
「わたしのためにがんばってくれて。」
ガォーノは、つむぎのために、
ひとばんじゅう、魔法のれんしゅうをしていたのです。
人間界でなんとか空のぶらんこを見せてあげたかったのでしょう。
そのやさしいきもちにふれたとき、
つむぎのさみしい心は、
じんわりとあたたかくなりました。
そして、ガォーノは
一本のつるをつむぎの体にそっとまきつけました。
そうかと思うと、もう一本のつるの先で
つむぎのうしろがみを
いたずらにひっぱりました。
「いたっ!」
つむぎはいやそうなかおをしましたが、すぐに小さくわらいました。
ガォーノのいたずらが、
なんだかうれしかったのです。
そしてガォーノは、これを見てというように、鉢の下から、一枚の紙を出しました。
そこにはこう書いてありました。
『まほうのくに よるとあさ さかいめ
あらわれる』
『はなのとびら まほうのくに いりぐち』
つむぎは、その紙をなんどもよみました。
夜と朝のさかい目にあらわれる
あさがおの花のとびら
そのむこうに、ガォーノのすむ魔法のくにがあるのです。
ガォーノは、さらにつづけてかきました。
『いっしょ いく』
『あした まほうのくに 』
『そらのぶらんこ みせる やくそく』
つむぎは、むねをたかならせながら、その紙をにぎりしめて、しばらくその場に立ちつくしていました。
つづく
〜魔法のあさがおとつむぎの夏休み〜
つむぎは、500円玉をしっかりとにぎりしめて、ひとりスーパーへ向かいました。
花売り場のすみには、見切り品198円税込の札のついたあさがおがひとつだけ残っていました。
葉っぱは、しおれてうなだれています。
そのすがたを見て、つむぎは思いました。
「なんだか、わたしににてるなぁ…」
あさがおは、亡くなったお母さんがいちばん好きだった花です。
つむぎは、そのあさがおをそっとだきかかえるようにして、大切に家にもちかえりました。
そして、家につくと、つむぎは、じょうろでたくさん水をあげました。
「元気になってね。」
と、何度も声をかけ、何度もようすを見に行ってから、ねむりにつきました。
だけど次の朝、あさがおを見に行くと、葉っぱはしおれたまんま。
「あんなに水をあげたのに。どうしてだろう。」
つむぎが小さなこえでいったその時でした。
あさがおのつるがひとりでに細長くのびはじめたのです。
先を器用に上下左右に曲げながら、
つむぎのかばんの中をさぐり、ペンと紙を引っぱり出します。
そして、へたっぴな字で、こう書きました。
『あつすぎる』
つむぎは目を大きくひらきました。
あさがおは、ただ水がほしかったわけではなかったのです。
「え!お花がおしゃべりしたの!!」
あさがおは、つるの先を、小さくゆらして返事をしました。
つむぎは、あわててあさがおを日向からはなしました。
そして、えんがわのすずしい日かげにうつして、そっと水をあげました。
しばらくすると、あさがおのつるは元気に動き出し、紙にこう書き始めました。
『ありがと ここ らく きにいった』
『まほう とくい あつい きらい』
つむぎは思わず笑ってしまいます。
「あなた、ほんとうに魔法がつかえるの?」
せみの声が青い空いっぱいにひびくまぶしいお昼でした。
あさがおは、今度は、つるの先で、かるくうなずきました。
そしてまた、紙に文字をかきました。
『よるのかぜ つきのひかり げんきなる
あした そらのぶらんこ みせる バイバイ』
あさがおは、つるを鉢にぐるりと、まきつけると、きもちよさそうに眠りにつきました。
つむぎははっとしていいました。
「あっ、あさがおさんのなまえ、聞くのわすれちゃった。」
すると、鉢に小さな名札がぶら下がっていることに気づきました。
『ぼくのなまえはガォーノ』
「ガォーノ?変ななまえ!」
つむぎはまた少し笑いました。
「わたしは、つむぎ」
つづく
BAR「Creative Writing Space」
ニーズがあるやらないやら、まったく見当がつきませんが、
毎度おなじみの思いつきで、BAR「Creative Writing Space」を開業いたしました。
皆様にお使いいただけなければ、すぐに閉店いたします。
電脳空間の片隅にある、吹けば飛ぶような小さなBARでございます。
一杯引っかけた体で雑談していただけるスペースをイメージしています。
「Talk」がさほど機能していないことも踏まえ、もっとカジュアルに使っていただけたらと思っています。
【ルール】
・ワンドリンク制です。必ず何かお飲み物をご注文してからお話しください。ノンアルコールでも構いません。
・お代はいただきません。もしスペースコインをお支払いになりたくなったら、他のお客様に奢ってあげてください。
・酔っ払いすぎにはご注意くださいませ。
Creative Writing Space事務局
2026/03/21
批評・論考
けんか中華
ついにはじけた 小籠包
なぐりあいっこ 回鍋肉
意地張りぷりぷり 鶏白湯
黙々むくむく 酸辣湯
あいつと他の子 とんで僕
あいつと別の子 またいで僕
給食は おかわりしなかった
放課後ぶらんこ 坦々麺
嫌だったこと あんなこと
伝えてみたんだ 棒棒鶏
ごめんねって 言ってみる
しょんないなって こいつ笑う
それでいいじゃん 豆板醤
またね明日ね じゃーじゃー麺