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短編小説 月
毎日21時から22時の間は、彼の為に時間を空けていた。
ホットココアを片手に、ヘッドホンを付けて一緒に通話をする。
ゆっくり流れる優しい声を聞きながら
窓から空を見上げる。
私の部屋からは満月が良く見えてとても綺麗だ。
なんて他愛のない話を良くしたっけ。
だけど私のお気に入りのBGMはなくなってしまった。
(1時間も自分の為の時間が出来たのに、どうやって過ごせばいいのかな。悩むわ。)
彼と出会う前、自分はどうやってこの時間を過ごしていただろうか。
何もしないのもなんだか勿体無くていつものようにお気に入りのコップにホットココアを入れてヘッドホンを着ける。
耳が寂しいから、色んなBGMを探していたけど
結局ラジオで音楽を聴く事にした。
今日はよく晴れていて、空が綺麗に見える。
ミッドナイトブルーに月が美しく浮かんでいる。
それなのに、今日は新月だから月の大半が欠けているように見える。
まるで大事な物を無くしてしまった私の心のように。
それでも、この夜空も月も私だけのものだ。
(自分の為に過ごす時間も悪くないわね)
強がっていたけど。
ヘッドホンから彼の好きな曲か流れた瞬間
目から涙が溢れた。
彼との会話を思い出す。
「新月の日には、願い事をするといいらしいよ」と言っていたっけ。
とてもロマンチストな人だった。
「また、いい恋したいな」ポツリと呟く。
今は寂しくても、また月は満ちていく。
そしたらきっと
私の願いも叶うだろう。
あい・し・あう
いみ
を
ことばで
まいごに
するなんて、
ことばが
いみを
かさまし したり
まどわすのも
め ん どくさい ね
ことばにすればいいさ
ひどく 単純な こと
だから
事実だけを
ことばにすれば
きみもぼくも
わたしもあなたも
だれもどれもそれも
楽に
なれる し
きづくはず
なのだけれど
すっぱり きもちなど
おきざりで
ことばにまかしきって
しまえ ば
単純にイキキレルはず なのに
ポ…
老いたねこ ふんづけた蟻 台所で
あらそう 家族 汗っかき
壁 それぞれに
風が なだめに おとずれる
その頃 寝室で
月が 敷いた 枕へ
ポ…
ポ
と
弱音を 吐いた
あかんぼう
メンヘラ女子は眠れない
リストカットもファッションなら
オーバードーズもまたファッション
スマホで撮ってハッシュタグつけて
今日もブログにうPする
映えるインスタ盛るX
7個のサイトを使い分け
裏垢病み垢自撮り垢
メンヘラ女子は眠れない
彼女は歌舞伎町のホストを刺したあと
その画像をネット上にばら撒いた
人生はフォロワー数や
「いいね!」の数の中だけにある
自分自身を消費せよ
誰もがアピール誰もがジャッジ
もっと可愛くもっと過激に
勝手に拡散勝手に炎上
量産型に地雷系
キーワードは「ぴえん」と「エモい」
迷惑動画もバズればノーカン
メンヘラ女子は眠れない
彼と彼女はSNSへ投稿し
トー横のホテルから飛び降りた
人生はフォロワー数や
「いいね!」の数の中だけにある
(ラップ)
プリン髪して痛バ持って
とてたま気分でバイ活オワコン
キラキラ女子に港区女子
無理ゲーだったらパパ活女子
干物女にはなりとうない
外見スペック超絶ウィケメン
スパダリわかりみキュン死にしてねアピ
パリピギャルサーマジ卍
誰得禿同同担拒否
どーでもよすぎワロタそれなw
メンヘラ女子は眠れない
めぐる
春は
私に動き出せというようである
夏は
暑さに耐えればえらいというようである
秋は
実りの多くを収穫しなければならない
私は、冬が好きだ
お風呂が楽しみになるからだ
冬は
私に期待しない
私も
冬の間はゆっくりできる
しかし、私は気づいている
春が来れば
私もまた
変わらなければならない
花びらの中で息をする
この世界は醜い
憎い
大嫌い
許さない
一緒に叫べるなら
Lily、
私たち幸せだから
Lily、
この世界と人間を
否定し、踏みにじり
強く手を繋いで
Lily、
この手が届かなくても
離さないから
何度奪われ、見失い、
造花を掴まされても
Lily、
私たち笑ってしまえば
世界なんて征服できる
世界中の花を奪って
花束を作ろう
それを
散らして歩こうよ
この花びらの中でなら
息ができる
踏みしめて
道にしてしまおう
この世界がしてきたこと
私たちだけは忘れない
知っているか、カルナ。
知っているか、カルナ。
君は先程道で転んだ。そして悲しそうに泣き始めたね。君は純粋無垢な子供は、痛みで泣くことができることを知っているのかも知れない。でも、僕は忘れていた。その純粋さが、僕の中には限りなく希釈されていたのだ。それを知っているか、カルナ。
知っているか、カルナ。
君は花屋で花を選んでいたね。昔は道端に生えていた草木を嬉しそうに愛でていた君が、花屋で形作られた花を選んでいたね。様々な色が目や頭を駆け巡るその景色は、君にとっては美しいものなのだろう。君がお金を握りしめ、顔を赤らめながら花を買っているその相手を、僕は密かに知っている。
知っているか、カルナ。君はこの前、なぜ自分が生まれたのかを尋ねてきたね。人間でもなく、肌は金属で固く、冷たい君が、一体なぜ生まれたのか。君は知らないだろう。知らないで僕とともに生きてきたのだろう。
知っているか。カルナ。君は亡くなった僕の娘の代わりに、人間そっくりに僕が作ったロボットだ。君は転んで泣き、いろいろなことを学び、花を買い、恋をして、そして自分の意味を知った。どうだろうか。君は人間に慣れたのだろうか。君は、人間になりたかったのだろうか。その向ける笑顔は、僕へのものなのだろうか。
知っているか、カルナ。君のことはすべて、君しか知らないはずだ。
#じんたま 2
私は、詩壇という界隈の作法を何ひとつ知らない。
それゆえに、クヮン・アイ•ユウという男について、あるいは「B」という場についてこうして筆を執ることに、拭いきれない後ろめたさを抱えている。私は時折、後先を顧みず、衝動のままに動いてしまう悪癖があるのだ。
振り返れば、三浦氏は第6期の時点で、すでに「B」を閉鎖したかったのだろうと思う。
しかし周囲には、その決定権が真に彼にあるのかさえ判然とせず、住み慣れた居場所を奪われることへの根強い抵抗が渦巻いていた。Xのスペースでは、運営側が袋叩きに近い指弾を浴びていた。
「これを見過ごしてはいけない」
今思えば、それはあまりに安易な正義感だった。良かれと思って始めた私の振る舞いは止まるところを知らず、独断でスレッドを立て、その結果、三浦氏が第7期を引き継いだその返す刀で「第8期運営を爆誕させる」という禁じ手を使わせてしまった。
本来「B」の運営が経るべきイニシエーション(通過儀礼)を一切無視し、素通りでその座に就かせてしまったのだ。
三浦氏が次期運営として密かに構想していた人選は、その荒波の中で霧散した。
私もまた、歴史の重みを何ら知らぬまま、運営の一員となってしまった。当初の構想の中に、クヮン・アン・ユウ氏の名があったことは知っている。だが、彼はそれを頑なに固辞した。
第8期は確かに「ドリームチーム」ではあったかもしれない。しかしそれは、それまで「B」が積み上げてきた歴史とは決定的に乖離したものだった。
私自身の安易な正義感が、現在の歪な状況を招いた一因であることは疑いようがない。この過ちは、深く反省しなければならない。
クヮン・アイ•ユウ氏こそが、歴史に即した正統な運営を任せられるべき一人であったのだと、今になってようやく理解できる。
しかし現実は、彼を「排除される側」へと追いやってしまった。当時はただの「ボタンの掛け違い」程度に考えていたが、事態はもっと深刻だったのだ。
第8期が決定する直前、私は彼に呼びかけた記憶がある。彼を推す声は一定数あったからだ。だが、彼はやはり首を縦には振らなかった。
その時の私は、正直に言えば何も感じていなかった。「縁がなかったのだな」と、ただそれだけで片付けていた。
それから二年の歳月が流れ、私の視界を覆っていた霧がようやく晴れつつある。
三浦氏がなぜ、あれほどまでにクヮン・アイ•ユウ氏を高く買っていたのか。そこには、相応の理由があったのだ。
いつか、彼を題材にした小説を書きたいという想いは、今も胸にある。
しかし、今の私は「自分がいかに彼のことを知らないか」を知り始めた段階に過ぎない。
ここに記すのは、私がクヮン・アイ•ユウという男の輪郭をなぞり、理解していくための軌跡だ。そして確信している。彼を知ることは、私自身が「文学」というものの深淵に触れることと同義であるはずだと。
私がイーロン・マスクの言葉にリプライを送り続けるのは、彼が人類に対する一つの回答を提示していると信じているからだ。
そして、クヮン・アイ•ユウもまた叫んでいる。
「我々はどう生きるべきか」という、逃れようのない問いに対する一つの答えを。
私は今、その微かな、しかし切実な音に、静かに耳を澄ませようとしている。
黒猫
黒猫を見た。
ノラではなく、首輪をつけているから飼い猫なのだろう。
目も優しい。
黒猫は木の上にいた。
天気の良い日だったので、日向ぼっこか、と思い見ていると、どうもそうではないらしい。
登ったはいいが、降りられなくなっているようだ。
枝の上をそろりそろりと進んで行く。
前足は慎重に、後ろ足少し震え気味に。
すぐ折れるような枝ではないが、先へ行くほど細くなる。
そこで立ち止まると、少し考え込むように空を見る。
そこに答えはないようで、柔らかい体を反転させて、太い幹の方へ戻っていく。
枝分かれしている幹の、少し安定感のある場所に戻ると、黒猫はちらりちらりと辺りに視線を移す。
葉や枝を伸ばし、見た目には弾力性のありそうな、しかし実際は飛び降りたら勢い良く地面に到達させられそうな、弱弱しい木の方を見つめる。
しばらく見つめた後、「ムリムリ」と思ったのかどうか、また最初の枝に挑戦し始めた。
しかしやっぱりそこに先はない。
また戻ってくる。
幹に少し飛び出ている枝の切れた痕を見つけて、ゆっくりと左前脚を伸ばす。
爪も引っかからないほどの、頼りにならない痕。
確認すると、また幹に戻り小休止。
黒猫はまた空を見上げる。
けれどそこに答えはない。
そこで目があった。
「どうしようか・・・」
そんな目をしている。
「わからないな」
クビを傾げてみる。
しばらく見つめあった後、黒猫はまた空を見上げた。
そしてうつむいた後、黒猫は生気を取り戻したように、クビを上げた。
「見つけた」
細く伸びた枝や葉に隠れた物置に気付いたようだ。
黒猫は思いっきり跳躍し、その物置の屋根に着地し、消えていった。
答えは空にはなく、すぐそばにあった。
たばこを一本吸い終る間の出来事だ。
今年度もお疲れ様でした
沈黙のミーティング。
雄弁に何も語らぬアジェンダ。
捨象のためのデータドリブン。
墓場まで持っていくサーベイ。
戦略なきディレクション。
戦術なきPDCA。
隕石としてのエグゼクティブ。
屈服しないでマネージャー。
暴落するエンゲージメント。
なぜか貰えるサラリー。
打鍵音は銃声である。
#じんたま 1
「本を読むとは、煎じ詰めれば誰かに会いに行く行為だ」
ツイキャスでそう発言すると、三浦氏が其れに反応して「自分は今、三島由紀夫の『金閣寺』を読んでいるが、それは云々……」と、私の放った言葉の端を拾い上げ、話を広げていく。
配信主であるクヮン・アイ•ユウ氏は、それらの発言を更に掬い上げながら、散漫になりがちな雑談に一つの方向性を与えようと腐心していた。
やがて三浦氏が「B」について言及する。
彼に言わせれば、Bとは「じんたま」という目的地へ辿り着くための、ひとつの遍歴であったという。それに対し、クヮン・アイ•ユウ氏は「次の場所へ行けば、今度は『じんたま』がそこへ至るための道のりだった、なんて言うんでしょう?」と、いささか冷ややかな、あるいは予言的な言葉を返した。
私と「B」の関わりは、二年ほどに過ぎない。その歴史は浅く、クヮン・アイ•ユウという人間の実像についても、実のところほとんど何も知らないに等しい。
最近になって新設したXのアカウントには、彼の発言が時折流れてくる。「バズる」ような性質のものではないが、綴られる内容は悪くない。
思い返せば、三浦氏は以前から随分と彼のことを気にかけていた。「B」の運営を巡って紛糾していた時期でさえ、三浦氏の口からはクヮン・アイ•ユウ氏の名が頻繁に語られていた。
彼が詩の界隈で多くの接点を持っていることも聞き及んでいたが、これまでの私にとって、それは等しく「興味のない対象」でしかなかった。
なぜ、惹かれなかったのか。
おそらく、当時の私には彼の中に「刺さる要素」を見出すことができなかったのだろう。
しかし今、私は変心している。
イーロン・マスクのポストに言葉を投じるように、クヮン・アイ•ユウという活動体にも、何らかの光を当ててみたい。
私の中では、カエサルとイーロン・マスク、そしてクヮン・アイ•ユウは、知的好奇心の天秤において等しく釣り合っている。だが、カエサルやマスクの功罪を語る者は、既に世に溢れている。ならば私は、後にクヮン・アイ•ユウという存在に突き当たるであろう者たちのために、先駆けて彼を語る「観測者」になるべきではないか。
午前二時。
スマートフォンの放つ希薄な光が、闇に沈む手元を辛うじて照らし出している。
この微かな光の中に、一つの明確な思惑が宿り始めている。
独り児
生きるということは
生えるということだなと思った
再生の夜
わたしはバスタブから生えていた
わたしの生殖器もまた
わたしから生えていた
生きるということは
生えるということ
後半生を活きるということは
思い出すこと
あの日を
あの子を
あなたを
思い出すことだと思った
色々忘れていたよ
再生の夜
わたしは春の独り児になった
#じんたま
前回はアーカイブだったが、今回はちょうどリアルタイム。画面の向こうでは、クヮン・アイ•ユウさん、三浦さん、つつみさんの三人が語り合っている。正直なところ、この配信がどこへ向かおうとしているのか、そのコンセプトや目的は判然としない。もちろん、私自身が運転や食事、あるいは誰かの世話をしながらの「ながら聴き」に終始しているせいもあるのだろう。
三人はそれぞれに誠実で、時にはある程度の摩擦を伴いながら言葉を交わしている。しかし、聴き終えて残ったのは「これではどこにも辿り着けないのではないか」という予感だった。
配信である以上、視聴者を意識していないはずはない。だが、クヮン・アイ•ユウさんはあまりに堅物で(それは誠実さの裏返しでもあるのだが)、三浦さんはどこか宇宙と通信しているかのようであり、つつみさんは良くも悪くも「お母さん」という日常の枠の中にいる。淀みのない自然体な会話は、耳には心地よい。
所謂レヴェルは低くはない。しかし、ある程度の視座を持って眺めれば、そこから何かが新しく生まれるような予兆は希薄に思えた。
だが、ふと思う。
この放送を、全くフラットな視点から淡々と「観察」し続ける誰かがいたとしたら。その乾いた視点こそが、このような対話の先に、何らかの目的地を見出すのではないか。根拠はない。だが、直感的にそう思った。
クヮン・アイ•ユウさんのX(旧Twitter)の言葉も、胸に響くものはあっても、感情を激しく揺さぶるまでには至らない。しかし、その「届かなさ」や「人柄」そのものを、少し離れた場所に立つ第三者のフィルターを通して描いてみたらどうだろう。
本人は、自らが創作の客体とされることを承知しないかもしれない。だが、その「拒絶」や「乖離」こそが、かえって文学としての強度を生むのではないか。内部のネットワークに埋没せず、外部からの冷徹な視点を介することで、クヮン・アイ•ユウという存在は初めて「文章」として息づく気がするのだ。
この『#じんたま』という不可解な場を題材に、商業的な可能性を孕んだ、あるいは賞レースに耐えうるような一編の物語を綴ってみたいという衝動が何となくある、ふふふふふ。
心の掃除
掃除をしましょう 心の掃除
キュッ キュッ キュッ キュッ 掃除して
人の悪口 消しましょう
キュッ キュッ キュッ キュッ 掃除して
見下す心を 消しましょう
キュッ キュッ キュッ キュッ 掃除して
怠け心を 消しましょう
掃除をしましょう 心の掃除
キュッ キュッ キュッ キュッ 掃除して
感謝の心を 磨きましょう
キュッ キュッ キュッ キュッ 掃除して
優しい心を 磨きましょう
キュッ キュッ キュッ キュッ 掃除して
負けない心を 磨きましょう
心がピカピカ輝けば きっと 幸せ微笑むよ
残翅
翅の片方を落とした蛾が
舗道の罅を歩いている
影だけは左右対称のまま
忠実に夕陽を写す
飛ぶことを忘れた、のではない
飛ぶ以前の身体を思い出しただけだ
幼虫の頃の柔らかさで
地面の温度を舐めている
街灯が一つずつ点る
その度に影は濃くなり
残された翅が震える
まだ風を信じている証拠だと
誰も言わなかった
足裏に粘着する湿り気は
昨夜の驟雨の名残か
それとも
剥がれ落ちた鱗粉が溶けた水か
歩くたびに世界が分岐する
右に曲がれば排水溝
左に曲がれば誰かの玄関灯
真っ直ぐには
たぶん
もう何もない
それでも罅の中に
微かな花が咲いていた
名前を知る前に
蛾は通り過ぎてしまったが
振り返る機能は
翅と一緒に落としてきた
蕾のまま
好きだと告げることが
好きだと思うことさえ
裏切りなのではないか
そんな 迷い 抱えて
それでも
綻んだ桜の蕾を見つけて
目に浮かぶのはあなたの顔
清廉潔白なんて
誰かの小さな孤独や失敗や不幸せを目にして
ああ自分だけではないのだと
心のどこかでほっとする程度の浅ましさなんて
きっと誰しも持っているはずだ
自分が喉から手が出るほど欲しくても
持てなかったものに満たされ微笑む人を見て
胃のあたりに熱かったり冷たかったりする感情が
渦巻く程度のさもしさなんて
きっと誰しも持っているんだ
誰かを羨んだり妬んだりすることくらいある
私だけじゃあない
私だけじゃ
そう思うことで心を保つことなんてきっと
誰しもあることだ
清廉潔白でなんていられない
聖人君子や聖女になんてなれなくていい
一点の穢れもないものである必要なんて
これっぽっちもない
自分の心の内の醜さも浅ましさも知り
自分はさもしい人間なのかとその仄暗さに震え
それでもそれらを丸ごと抱え生きている
きっとそれでいい
人の美しさは
傷がないことでもなければ
欠点や足りないものがないことでもない
それらの感情を知り
それらの感情を抱え
それでも踏ん張って
今この瞬間
笑って立っていることなのだと
私はそう信じている
綺麗事だって
笑いたければ笑えばいい
私も一緒に笑ってみるよ
美輪さんのボロネーゼ
萎えるよ 皆
萎えるよ 皆と
笠利 End la
POLO 見ねぇ皿
歌への 性
絡める 汁
エラ Snow
to ラメの意?
ガツンとみかん
風呂には居る
助けろ
寝ると明日
そこにエルフ
皆 捨てられ
見つけられない
辛め to 否
ボロね?エエよ!
見渡す
絡めるの 汁
エラい濃厚
辛め to 意なる
彫らす ノウハウ
皆 ステテコ
見つけたりぃな
絡めるの 汁
ボロネーゼ
美輪さん、噛み!噛み!
花曇
町並みの軸は摩耗する
その浅瀬の透明な温い水は塩辛いものだ
ジグザクのうそを指折り数える
見知らぬ場所であれ不自由な語尾にのせる
小骨のかたちを定めるように游ぐばあい
仕切られた裏を愛してあげることにする
なにもないから、じぶんで抱いて
白檀に造花を、なんて灰をおとして
吹かしている、喧騒ばかりを煙にまく
気儘なだけで なんの歴史もありません
褪めるばかりの騙りといいわけさせてください
なにをどこでどうしてこうなったのか
ひとひとりの圍が整然と並ばっている
ばかだなあ、漏らしてみた(余りにもと置く。)
色白の記憶から指先でぬぐうようにして
拾った憐憫。くちごもる躯という連絡船は
いのちという理屈がねじ込まれるあたり、
けれどむき出しの蒼天、輪郭が崩れていくのを
その偽薬、おもえば生か死か箱庭は斜面
黙って見過ごせばいいのに微酔のさま
剥離した余剰なものが穴から溢れたものと
ゆめでもなく、致死量を浴びた
無地に花と折る、咲う――劣情。賭して息吹
もしゃくしゃすっから、投げ出せず震えてんのか
かけ狂うじてしまった桜色にこうして
ぐだらぐだらとのさばる、眞砂のうつわでは
ヒカリの状態で濡れている。この弛んだ鍵の束
求めることなどただ、漉いた部分から錆びて
落ちないように埋め尽くしてしまいたいだけで
染み込んだままの微熱と富んだトビラがある
ふくよかな春風は強く背を押しては
すっと燃え尽きてしまうもの
掬いきれずに薄明、ここまできたけれども
くだらないなぁ こりゃ地獄の空だ
あんた生きているんだろう
じゃあな 花筏、それが凡てだ
意味も形も知ったところでなんも変わらない
帰ることが成らない、流れもの 総ては明け離れる
BAR「Creative Writing Space」
ニーズがあるやらないやら、まったく見当がつきませんが、
毎度おなじみの思いつきで、BAR「Creative Writing Space」を開業いたしました。
皆様にお使いいただけなければ、すぐに閉店いたします。
電脳空間の片隅にある、吹けば飛ぶような小さなBARでございます。
一杯引っかけた体で雑談していただけるスペースをイメージしています。
「Talk」がさほど機能していないことも踏まえ、もっとカジュアルに使っていただけたらと思っています。
【ルール】
・ワンドリンク制です。必ず何かお飲み物をご注文してからお話しください。ノンアルコールでも構いません。
・お代はいただきません。もしスペースコインをお支払いになりたくなったら、他のお客様に奢ってあげてください。
・酔っ払いすぎにはご注意くださいませ。
Creative Writing Space事務局
2026/03/21
批評・論考
白に翳る
私にとって春を告げる花は桜ではない。毎年、家の近くの道沿いにある、白いモクレンが咲くと、春が来たんだなと思う。
産毛に覆われた蕾が、少しずつ大きくなって、子供の握り拳くらいの大きさになると、皮が弾けて白い花が顔を出す。その弾ける音を、いつか聞いてみたいと思っている。
白い花びらが、一枚一枚ハラハラと開いて、天に向かって咲く姿が、私はとても好きだ。
私は物心ついた時から、友達が赤やピンクの花を好む中、白い花を選んでいた。
供花のイメージも強いが、翳りを感じるところに何故か惹かれてしまう。
そのままの形で花を落とす、その潔さも好きだ。
去年はせっかく咲き始めたモクレンが、春の嵐で散ってしまい、落ちた蕾の前で立ち尽くしてしまった。花の時期は一年に一度、数日しかないのに、自然のいたずらに思わず天を仰いだ。
歩道に落ちた、少し茶色くなったモクレンの花が、踏みつぶされた姿さえ、私には孤高に見える。
春の海
海は凪ぎ、鷗は空を
真っ直ぐな瞳で飛んでゆく。
春の海、私の胸の裡もまた、
すっきりと青く澄んでいる。
思い詰めることを続けてきた、
あの不吉な緊張がするすると解け、
眼前に広がる春の海を
まことに美しい、と思って見つめている。
何かを美しいと思い、
その美しさを尊ぶことの出来る心が、
また私のもとに戻って来た。
ああ、海は凪ぎ、鷗は空を
真っ直ぐな瞳で飛んでゆく。
美しく、じつにしずかな、春の海である。
(2026.4.2)
さよなら.com 11-20
明けて静かな正月
少し笑顔の戻ってきた母の顔を見て
また あの青空を思いだしてしまい
それから
僕らのパイロット・プラントを吹き抜ける風は
いつでも同じ音になった
笛の音
振り返るばかりの僕には
聞こえず
お前と違って俺なんかただの
月に吠えるような馬鹿
それでもまだここで生きてる
いつものとおりだと泣いてしまうので
美味しいお菓子の作り方で
カレーを作る
君を忘れようとすることと
忘れられないと思うことは
キルクルからのかけがえのない風
このメニュウ
先生の部屋の座卓に置いてあった
原稿用紙に書いてあったこととそっくりだ
あ から ん までのきみのこと
ろくがつ だけが
かすんで る
君の知らない街のひとくちのコーヒーは
僕の気持ちを包もうとしたオブラートを
簡単に溶かした
君が百本の小説を乗り越え眠るころ
僕は一握の詩の前で童貞のままで
国際色の喧騒にしがみつきながらも
同じ月の夢に ニャー と哭く
木蓮の蕾
ぼくはまだ
あのアパートにいる
冴えない朝の光が
カーテンのすきまから
こぼれてる
きみは なにも言わずに
ぼくの髪を撫でる
それだけでよかったのに
憧れは 遠くて
触れた瞬間に 壊れていく
ぼくは
きみのことが 好きで
だから このままで
いいと 思ってた
きみが ぼくのことを
忘れてしまっても
ぼくは たぶん
忘れない
ベランダの隅で
苔が 静かに増えていく
誰にも気づかれずに
意識が 遠のくみたいに
やさしさは 消えていった
あの日のいたずらも
笑えなかった理由も
まだ ここにある
きみのためなら
どんなことでも
できると 思った
悪いことだって
きっと できる
きみが 願うなら
ぼくに 死んでほしいと
言うなら
そのときは
少しだけ 笑って
木蓮の白さが
やけに 重くて
これ以上
近づかないように
手を思い切り伸ばして
空に触れようと
身をなげるよ
拝啓、海の音が聞こえます。
拝啓、海の音が聞こえます。今日も窓辺に立つと、彼らが白波をたてて光り輝いているのが見えます。さて、以前教授は海はお嫌いとおっしゃっておりましたが、今はいかがでしょうか。歳を重ねて物事の見え方が変わるといいますが、可愛く思えたりなんかしてはこないでしょうか。でもこの年になると、もはや変わらないというのも悪くない気がしてきてしまいます。
ところで、私も変化がありました。あの「朝日」が嫌いになったのです。希望に満ち溢れているものだからこそ、目を逸らしてしまうというものは間違いでしょうか?毎朝毎朝私の目元をくすぐり起こしてくるそれが、最近はひどく鬱陶しいのです。だから、教授のご意見もお聞きしたいと思っています。
いつも同じ書き出しなので、きっと教授は私からの手紙ということをすぐにおわかりになるでしょう。そしたら笑ってやってください。敬具
追伸、先日世にも美しいと自負できるような貝がらを拾いました。手紙に添えて。
詩は病院をあるく (詩はあるくXXIII)
二ヶ月に一度の金曜日
いつも通りの予約時間
街の割には大きな病院
採血室はもう並んでいる
順番が来て いつも通りに腕を出す
内科のある新館まであるく
街のアマチュア作家の絵や写真
書が並ぶ掲示板の一番端に
少し色褪せた小学生の寄せ書き
コロナの時の あの緊張感を
あの頃詩を書いていたら
わたしは何と書いたのだろう
いつの間にか外のテントはなくなった
テントの跡だけが コンクリートに
未だ残っていた
詩は黙って それを見る
二ヶ月後も まだあるだろうと。
つめたい
ディズニーランドの入場口、
すぐ入ったあたりで心臓が止まってしまった
のであれば
もう少し泣いたのかもしれない
つめたくなったあの人を見て
泣かないわたしはつめたいと思われ、
じゃあお前らはあたたかいのかよ
と思う
脳でよう考えんと
反射だけで調子よく泣けるお前らは
そんなにえらいんか?
根拠なく堂々と正義って書き殴れる
狂った暴力の塊のような
プラカードみたいな顔しやがって。
あったかさ、やさしさでいうとこの、
お前らのどこにアンパンマン感があるんじゃ。
せいぜい、
ヤマザキパン工場から出直してこい
お前らにはまだアンパンマン工場は
五十年、早すぎるからじゃ
なにが、はとこのよしおですう
この度はご愁傷様ですう、ぐすん。じゃ
だれやねん。
そして、だれたち、やねん。
つめたくなったという事実だけで
泣けるお前らになにがわかる
つめたいわたしと
つめたいあの人のなにがわかる
知らん子供が退屈そうにしている
いい子に育てよ
スイッチ、押せば泣くのなんて簡単じゃ。
と、
いともたやすく言う大人になんかなるなよ
いともたやすく理解出来ていても
泣かずにいる大人にもなるなよ
損するばかりだから。
ディズニーランド、行こうとしてたらしいな
わたしの知らん子と
わたしの知ってる女と。
ディズニーランドに行く三日前に死亡が確認されたらしいな
わたしが下から見上げたマンションの一室で
悪巧みしよるからや
神様が死亡フラグや、って思ったんじゃ
今だ、と思ったんじゃ
わたしみたいな顔して。
でもやっぱりディズニーランドの入場口あたりでないと、わたしは泣けんな。
わたしは
格別、つめたい人間じゃないわ
外野の陰口がわかるくらいには
つめたいだけじゃ。
あんたほど、つめたくないわ
しょうもな
ただ、泣けないだけじゃ、あほくさ。
きみとわたしのあわいに
海と空に境界などないように
白と黒の境界などないように
あり得ないとあり得るの境界も
きみとわたしの境界も
本当はなにひとつないのかもしれない
そこにあるのは
ただ揺らめく波のようなものだけで
Gluon nested
生まれ来る時に
握りしめていた全てを捨てて
開いたその小さな小さな手のひらは
全ての世界につながってゆく
https://youtu.be/u8MRUVrDaRU?si=8jAezFt6kATO29Am
トイレの花子さん
わたしが幼き頃
こわい話といえば
花子さんで
学校の怪談
七不思議の
定番で
いまや、、、
どうした
何処にいる?
花子さんに
会ってみたく
なったりしている
モノも人も物語も
怪談までも
増え溢れ廃れても
花子さんに
会ってみたくなる
遠く離れてしまったからか
いやいや
近づいているのかも
しれなくて
うぉううぉう
弟に金を借りにいくのに
ちょうどいい時間帯の電車は
縁がきれかかっている
親友に金借りる時の
引き出せる額の上限は
昔の彼女に金を借りる時の
どうしようもない
睾丸の汚れ具合は
自動販売機の釣銭口にも
小銭が残らないこの街は
おれのつみおれのつみおれのつみおれのつみおれのつみおれのつみおれのつみおれのつみおれのつみ、は、は、は、は
うぉううぉう、うぉううぉううぉううぉう
うぉうう、うう うぉう うぉう う、う、う、う、う、う、ううっ、う、う、う
26時頃
今日の脳味噌
は空 っぽ
犇めきあう
既読処理待ちの
26時頃の歓声が
生ぬるい脳脊髄液を
無人の手つきで
規定通りに
内側から留保し
過剰に梱包された
わたしを
事務的に剝く事務的に
わたしを
わたしより遅く
配送する
稼働が無意識の
手
を強奪
結露ダクト緩衝材
密度を
明滅発火
結露ダクト緩衝材
側頭葉が燃えている
粘性は遅延し
結露ダクト緩衝材
明け方へ滞留
ONか
既視感既視感
OFFか
肩に
プルトップの手
処理損なった昨日の手
くち
足は歯車
温まり
水分が抜け
変色し
焼き切れた明日のメモリ
沈黙を嚥下しても
通り道は
わたしを
濾過せずに 保管する
命のすれ違い
世界をひっくり返す発見は
科学的でなければ
発見者が狂人になってしまう
それは構造上の作用であり
発見されたそれが真理だとしても
その真理に悪意なんてない
創作や表現は、自分を紙などの媒体、
つまり他人に知覚できる形に外化する行為。
他人からの感想などフィードバックを
受け取ることは、外化した自分を
自分の中に回収することと言える。
外化・回収。
この循環を繰り返すうちに、
錯覚的に作者としての自分の中に
世の中を一人歩きする
「どこにもいない自分」
のような感覚が芽生える。
ここにいる自分には彼の実在を証明不能だし、
もちろん彼がどこにもいない以上、出会えない。
だけどどこにもいない自分は錯覚じゃなく、
外化・回収のくり返しの中で
高確率で認識される、
命のすれ違いだ。
出会えない自分は存在しないのか?
断定できないが
他者としての自分を想定して彼に命を感じる
この感性は不思議だ。
白馬の王子を待つ気持ちっていうのかな?
客体としての自己の座標には
自分以外のものが代入されるのを待つしかない。
それが出会えない自分というものの暗号性であり、
かつ、俺のリリックの限界。
俺は単に俺。
そして、どこにもいない俺というのも
俺と定義できるなら迎え入れてみたかった
そうして主体と客体が等しい定義の中で出会う。
それは、世界をひっくり返す出来事だった。
世界全体ではなく、俺という存在自体が
10年間、カードのように裏向きになっていた
俺が偶発的に形成した出会えない自分と出会う方法
それは科学的な記述とはとても言えなかった。
出会えない自分は出会えない
出会えない自分に出会えば世界が違って見える
そして出会ってしまったら、
彼が彼らしくいられなくなる
それが不都合だから、自分と自分の間には
主客の防波堤があるらしい
TikTokあるある
「今日、盛れてないからやめようかな」と言いつつ、ガッツリメイクで2時間配信する
ギフトのリアクション用に、100均で買った被り物や小道具が画面外に常備されている
「今日で配信やめるかも…」という匂わせで、リスナーの引き止めと枠投げを誘う
イベント期間中、ランキングが下がると露骨にテンションと顔が死ぬ
配信中、親や同居人が部屋に入ってきそうになると急に無言になる
「明日もこの時間に会おうね!」と言って、平気で遅刻する
リスナーからの「彼氏いるの?」という質問を、高度な技術でかわし続ける
友人ライバーとコラボする時、エフェクトの強さで負けないよう必死で調整する
配信終わり際、「終わる終わる詐欺」でさらに30分以上引き延ばす
喉を痛めて「今日はミュート配信ね」と言いつつ、結局タイピングで爆喋りする
「みんなのことが一番だよ」と、全リスナーに個別に思わせる絶妙な距離感をかもし出す
配信終了後の「お疲れ様でした」ポストの自撮りが、配信中よりずっと可愛いくて悔しい
https://x.com/bagu_now_real
いいあらわせないけど
自死をした娘さんの携帯料金を
ずっと払い続けている
と綴れたブログを見かけた
誰に何と言われようが
そのお金は必要経費で
娘そのままなんです。
このような言葉に
しばられたみたいに
こころがびたり
ここ数日
かたまってうごけない
わかる気がします
などとたやすくことばは
かけられず
けれどなにをするときも
ふいにそのひとの言葉を
何度も何度もおもいだした
昨日の夜読んだ漫画の主人公の
言葉が
そんなわたしをひょいっと
すくいあげた
何年ぶりかにゆっくりじっくり
漫画を読んだ
「わたしがあなたの記憶も全部
未来に連れて行くよ」
こんな風に言っていて
この主人公のエルフ族は
寿命がとてつもなくながく
周りのは人間は「通り過ぎていくよう」に
「人生」を終えてしまう
いいあらわせない
なにをなにがいいたいのか
わからない つたわりきらないばかり
だから
だけど
だからこそ
やっぱりいいあらわせない
や
ただただ あの主人公の笑顔が言葉が
眩しくって
生きているって
わたしも料金をはらいつづけてしまうかもしれません
そうおもうのです
も、く、げ、き
ワレワレハチキュウジンダ
ミテルダケ セカイヲ
池の桜
池の桜は咲いたでしょうか
春爛漫 池の周りを歩くのは
笑い始めるには程よい距離で
スベッてばかりのあなたの冗句に
そろそろと口が綻び出すから
花は見ています
どれだけあなたが善良で
どれだけ私が悪人か
逆も然り
花びらを映す水面の影は
黒い石から放たれている
差し溢れる光に 皆が
裏地の厚みを忘れたら
良いも悪いも一緒になって
かいくぐるだけよ
闇、光、闇、光、
池の桜に聞きましょう
映っているのはどんな絵かと
あなたは少し口を開いて
私はぐっと肩を引き締め
宵闇、酔いどれ、薄色、薄哀し、
池の周りを歩く距離は
程よい頃合いで面を外し
高笑い、互いの、他我に多角と
宴のような顔の混じり合い
そろそろ
歩きに行きましょうか
2026/03/11 日常詠 ガチャガチャを回してみて
わざはひを描いて筆は蝸牛
https://i.postimg.cc/85p8xHn5/IMG-20260312-215001.jpg
『硬つむり』という、おそらくコレはダイアモンドの。
愛のメロディ🎵
um〜 聞こえるよ メロディ
um〜 なつかしい メロディ
um〜 笑顔が弾けだす
um〜 思い出のメロディ
五線譜の音符も踊り出す
粋な メロディ
自然と仲間も集まるよ!
ありがとう 愛のメロディ
um〜 口ずさむ メロディ
um〜 楽しいみんな
um〜 笑顔が溢れ出す
um〜 愛のメロディ
さぁ!歌い出そう 歌い明かそう
大好きな 仲間と
今宵は歌の翼にのって
どこまでも 飛んで行こう
um〜 ありがとう みんな
um〜 愛してるよ みんな
um〜 明日につなぐ
um〜 希望のメロディ
ありがとう ありがとう ありがとう〜
um〜 愛のメロディ!
[て]手と足
手を取って 足を取りあって
相手よりも前へ 前へ
縺れた足取りが後方から掴まれて
反射的、倒れないように前方に伸ばす
手足、手足、手足、手足⋯⋯
手と手を取り合うことが苦手な我々は
路行く者の足を払う
情けないね、人というものは
手を煩わすことを厭わない
足で纏いでごめんなさい
手足の枷をつけたのは自身なのに
鎖に繋がれた身体が誰かを救いたいと嘆いたのだ
不器用なくせして、雁字搦めなのに
どうしようもないね
それてまも伸びた手を握りたいなんて
安い心の悦を満たしていたい
そんな打算で愛は生きている
春の詩
冬に捨てた言葉達が
緩む土手で顔を出す土筆の様に
心に返り咲いたなら
なにくわぬ顔をして摘み集めては
花を揺らす風を友に麗かに
春の詩でも書いてみようか
春を待つ
気持ちは一歩
背伸びする
青い
空の青や水色、淡い紫、と様々な色に覆われた何処までも続いていそうな夕暮れの空。そんな空を映す水田が風に吹かれ、波紋を広げた。嫋やかに靡く水面に映る、一言では表すことのできないような空の多彩さと空には無い、水の艷やかさ。パレットのように見えるそれは、いつか自分が染め上げた滅茶苦茶なものではなく、ただひたすらに何処までも美しかった。
それがなぜか、どうしようもなく苛立たせた。美しい絵を真っ黒に塗り潰してしまいたい衝動のような。美しすぎて手が届かない虚しさと、遠くに追いやった自分に、堪らなく苛ついた。
パーソナル・コレクション
振れ幅を持つことが統合につながるのだろうか
一つのものが相反するものを内包すれば
それが内包できる要素や属性に振れ幅を持つことだ
統合とは、異なるものを一つにすることではなく
自分の主観という一つのものが
認識の線で分解された世界を可能なだけ複数個
自分の定義・セルフイメージの中に、
内包して見せることかもしれない。
バラバラなものは一つにならない
一つの自我の中に内包するもの
それは選り好みされた要素や属性を宿した何かだ
「trash can can あいcan」
死後も発見されずに朽ちていく
私の夢、言葉、その話
誰にも見つからない人生
静かに消えて行くだけのうた
そう考えるたびに震える
私の人生は、なんなんだろう
きっと幸せで、豊かで、愛されていて、
可愛い犬も飼ってる
それは素晴らしい人生だったと
死神にでも絶賛されるだろうな
絵や映画なんかであったなら
きっと私の苦しみなんて
一つも写しはしないだろうから
私の詩、私の心、私の愛、
私の、人生。
こうやってずっと綴ってる
この言葉が無駄になるなんて
ゴミとして朽ち果てて
誰にも読まれず消えていくなんて
私の愛する言葉が。
なんて悲しいんだろう
私のうたを誰か読んで。
心に刻んで、涙して、
怒って、笑って、
私の言葉を!
どうか見つけて、
朽ち果ててしまう前に
私の人生が終わる前に。
どうか、誰か、
パンを焦がした
パンを焦がした。
これは昨日、
朝食に食べたら美味しいだろうと思って買ったパンだ。
うっかりしていた。
もう少し焼こうと
時間を足したのが間違いだった。
“もう少し〜しよう”は、慎重に。
職人みたいにトースターを見つめて、
美味しい頃合いを
そっと見極めるように、
じわりじわりと攻めていく。
今度からはそうしようと、
焦げたパンを見て思った。
天然豆
常磐線のボックス席から、女子高生の遠慮や屈託のない話声が聴こえてきます。「天然豆まじこうぇーよね、社会でみたあの写真の天然豆やばくない」「あトウね天然痘」気を使いながら訂正した声です。そんな話を聴いていた私は、しかし、と思ったのでした。本当に怖いのは天然豆の方でそれを私は知っている、と。昔々のことです。ある所にお爺さんとお婆さんをが住んでました。お爺さんは二丁の鉈を研ぐのを日課にし、お婆さんは物干し竿の先端を刃物で尖らせ鑢で磨くのに余念がありませんでした。ある日お爺さんが声をかけました。「さあそろそろ頃合だ。ところでシャア少佐はいつの間に大佐になったのだろう」するとお婆さんが「ジャブローの後でしょうか。では行きましょう」と答えました。二人はガンダムファンだったのです。鬱蒼とした竹藪が目的地でした。竹は何十年ぶりかで花を咲かせていました。竹の花が咲くのは不吉の前兆といいます。そこへ竹藪をねぐらにしている狸が現れました。お爺さんは「そろそろと思うが、天然豆は膨れているだろう」と声をかけました。狸はなぜか困った表情で「大変言いにくいんですが、隣の集落の白鼻芯が昨日すげー食べててあと十年は大丈夫みたいです」お爺さんが俯き考え込んでる仕草をしていると狸は「キシリアと合流した後じゃないですか」と言いました。お爺さんは、はっと顔をあげました。「盗み聞きするつもりはなかったのですがお二人が、あまりに熱心にガンダムの話をしていたのでつい聞き入ってしまったのです」時は1984年、Zガンダムの放送が開始される前年でした。今後ガンダムに何らかの進展があった時、横で解説してくれる先生がいなくてはいけない、と思ったお爺さんは狸を家に連れて帰り、それはそれは大事に世話をしました。そうしてお婆さんが尖らせていた物干し竿を地面深くに突き刺し、延長バーをつけて家よりも高く聳えさせ、丁寧に調整された二丁の鉈をその天辺に横にして備え付ける。するとそれは電波塔になり、三人はハムをはじめました。CQCQCQ映画版Zガンダムのエンディングありえないと思うのですが応答せよ。令和となっても電波の中で三人の声が揃っています。
余白
飽きもせずに
直向きになって
見せるでもなく
習慣とでも言えば
それまでのこと
始まりからここに
そして終わるまで
一つも浮かべず
何も願わず
ありがたきを想う
天のあらましに
付き従えば
この身に深く委ねた
もうすぐの
これからのこと
大きな命の
一部に過ぎない
小さな命を
しなやかに
そして終えるまで
始まりのここに
余白に嵌める
静かな決意を
ただ一つ
置くだけの信頼
「パスポート」
何処かに行きたいというくせに
そんな気力もない日々で
やりたいことも、行きたいところも
たくさん、たくさんあったのに
何にもできない日々でいるのが
酷く悲しくて泣いてしまう
なんにもできない人間になってしまった
遠くに行きたい
逃げたい、なのかも
行く元気もないくせに
想像だけは一丁前で
日々を想像の中で過ごす日々で
現実を直視することも出来ない
きっと見えているはずなのに
見えないふりをしているのも
そうじゃないと
そうじゃないと
とても生きていけないから
もう少しだけでも、
私を生かして欲しい
いや、生かさないで欲しい
ふふふ
願いも一丁前だったね
「母であったなら」
ゆりかご、ゆりかご
おんなじ顔の子供がいる
1人はあなたであったはず
1人はあなたが殺したはず
ゆりかご、ゆりかご
愛されてはいたゆりかごの中
それを確かめてしまうのは
まだ足りないと泣く、あの子のため
ゆりかご、揺れないで、ゆりかご
揺れなくなったあの日を
ずっとずっと後悔してる
すっからかんのゆりかごの中
愛すべき子供であったはず
抱きしめて、あげられれば
声をあげて笑ったはず