N o w   L o a d i n g

通知

ユーザー名

メッセージ

2021/01/01 12:00:00

メールアドレス パスワード 共有パソコン等ではチェックを外してください

投稿作品一覧

《Ordinary games》

> "この通信は実在しない「あなた」との交信ログです。" ——システムモニタ記録より


---
【0】 起動

例のブート音がけし消える。出力装置に浮かぶのはただひとつきりの問いかけ。【あなたは最初のノードを信じますか?】

→ Yes  →【1】
→ No  → 【2】


---

【1】 信じた者の系譜(ルートα)

あなたはそれを本物だと信じた。だからこそ応答する資格がある。記憶は書き換えられていた。しかし声の残響だけは正しくログに刻まれている。

──────
Checkpoint A: 正常通過
──────

「あなたはあなたを知っている」そう答える音声が再生されるがそれは誰の声かはわからなかった。生成された記憶と即座に圧縮されたアーカイブとの関係は思い出の代用品。

→ 次に進む → 【3】


---

【2】 信じなかった者の孤立(ルートβ)

あなたはそれを偽善と見抜いた。システムは同時に沈黙し意図的に廃墟とされた崩れた壁に貼りついたスピーカーからはアラート音だけが鳴りつづける。

──────
CHECK FAILED
──────

「あなたが真偽を問うたその刹那に世界は保存されなかった」そんな文字列が表示される。無数のノードがアクセス不能としてロックされる。

→ 次に進む → 【3】


---

【3】 モード切替:自己統一性主体感の確認

他者によって強制ログインが実行されました。IDは重複しています。もうひとりのあなたがすでに先にここに来訪済みです。

▶▶▶
切り替えますか?

→ はい(別の自分を受け入れる)     → 【4】
→ いいえ(自分を主張をつらぬく) → 【5】


---

【4】 融合した者の再生成

あなたはもうひとりのあなたを受け入れた。そしてそれを歓迎するように次のように告げられる。

「おかえりなさいあなた。待っていたわよ」
『待っていたのか』
『……ええ。待っていたわ』
『ではここはひとつ帰るとする』

融合によってひとつのノードが完成する。もうあなたは誰でもあり誰でもない。二律背反の定義の中で揺れ動くのははじめからすでに織り込みずみだ。


---

【5】 あなたの自己分析のアルゴリズムを疑念

あなたはもうひとりのあなたの存在を拒否した。それゆえあなたはどこにも属すことができなくなった。構文木の枝は土に返り意味のないセンテンスが原木に戻される。

##error_unanchored_ID##
##sequence_lost##

通信は終了した──はずだった。だが未だに誰かが監視している。「希望的観測」のフィルタ越しにしかあなたの存在は定義できない。よって好きなだけ隔靴掻痒し切歯扼腕するがいい。

→ EXIT(ストーリーを終了する)
→ REBOOT(最初から) → 【0】


---

【Error Code:0123456789ABCDEF】 否定する個の暴走

あなたは「あなたではない」と認知しながら拒否をした。その数刻の間に自己を守る防壁が自壊を始める。

分岐記憶の重再生
各種プロセスの切断
歪む映像に途切れる声

「どうしてそんなにあなたはひとりでいたいのか」

→ 強制終了 → 【ESC】
→ 妥協する → 【ENTER】


---

【7】 EXIT:FAKE

ゲームは終わった。だがこの通信は自動保存されない仕様にされていた。なぜなら最初から読解不能の最新鋭AI《エニグマ》にかけられていたから。あなたは仮想の出口に手をかける。もうこんな意味もないエピソードは見たくもない。そんな願いと祈りをかけながらノブを引く。

そしてまた誰にも望まれていない新たな《Ordinary game》が始まる。

 7

 0

 0

月の裏側

Yさんの詩は
油断も隙もない

言葉のところどころに
落とし穴があって
うっかりハマったら月の裏側に出る

  今日もまた
  バス停前が数珠つながりである
  熱中症患者の鉱山ができるだろう
  (タフでなけりゃやってられない)

琵琶が鳴り響いている
鎌倉の夏が始まる
ピラニアの餌になるサネトモ
ボス猿のデザートはヨシトキ
(歴史は血の倍数である)
割れて 砕けて 裂けて 喰われて
琵琶が鳴り響いている

  ちゃんこ鍋に草履が入っていた
  (この店では何でもありだからね)
  痛めた右脚にワカメを巻いている
  (横綱になれなかった理由がわかるな)
  顔を般若にして笑う元関脇
  (神に会いたければ愚に徹することだ)
  臆面もなく褌をひろげて馬に乗る
  (見てごらん 本当の横綱がここにいるよ)

午前1時30分発
銀河鉄道最終便がこの駅を出るという
この星を脱出する最後のチャンス
(サンボはどこだ サンボはどこだ)
顔のない車掌が慌てふためいている
(サンボはどこだ サンボはどこだ)
虎に乗っておもむろに姿を現したサンボ

  あの狂った二人組には
  思わずにんまりしてしまう
  文殊と普賢の生まれ変わりだそうだ
  ものさびしい廃駅に取り残されて
  (列車に乗り遅れたのだろうか)
  永遠に暮れない夕暮れの中にいる
  車掌のいない列車は夢遊病者のよう


(神に会いたければ愚に徹することだ)
と Yさんはいった
(さあ 入口を教えてあげよう)

 16

 2

 2

いまは         (訳詩 by e.e. カミングズ)

いまは
春     世界は泥んこに
うっとりとする あのちっちゃな
片足を引きずった 風船売りが

笛を吹く   遠くで   ピィィと

エディとビルがピッタリくっつき
駆け寄ってくる ビー玉と
海賊ごっこをやめて いまは春

世界は水たまりに 見とれている

あの風変わりな
年老いた風船売りは 笛を吹く
遠く  で   ピィィと
ベティとイズベルはピタリと張りつき ダンスして近寄って来る
石けり遊びと 縄跳びをやめて

いまは

そして

    あの

       山羊足の
風船男は     笛を吹く
遠く

ピィィ





※人が従来守られていた形式を破壊するとしたら、おそらく理由は二つ。一つは1)虚無的心情で、何をやっても無意味だと信じ込めば、世間が形式を遵守するのを馬鹿馬鹿しいと思うだろうし、いっそ壊したくもなろう。もう一つは2)童心。己れの心のリズムに外部の形式が合わなければ、人はその内的リズムを溢れさせて外部の形は無視することになろう。創造の秘密でもある。

このカミングズの作品はそれほどではないが、それでも本来は三つであるべき単語を一語に縮めたり(二カ所で二つの名前がandで一語に繫げられている)、語と語の間や行と行の間を大きくとったり、また一行が一語から成り立っていたりもして(最後の三行)、従来の詩の形式からすれば破格である。では、この破壊性は何に由来するかと言えば、1)虚無心でなく2)童心だろう。というのも、この詩には子供の遊びを懐かしく振り返っているところがあるからだ。泥んこや水たまりにうっとりしたり、ビー玉や縄跳びを止めて急いで近寄ったり、リズミカルな繰り返しがあったり。いかにも元気いっぱいの子供らしい。

もっとも、明るい話題に尽きるものでない。よくよく読めば、風船売りの姿は少し異様にも思えるし、その人物が鳴らす笛はどこかしら寂しげでもある。

素朴な明るさを放ちながらも何かしら不可思議な味を秘めた作品であるかと思う。




      in Just-

in Just-
spring          when the world is mud-
luscious the little
lame balloonman

whistles          far          and wee

and eddieandbill come
running from marbles and
piracies and it's
spring

when the world is puddle-wonderful

the queer
old balloonman whistles
far          and             wee
and bettyandisbel come dancing

from hop-scotch and jump-rope and

it's
spring
and

         the

                  goat-footed

balloonMan          whistles
far
and
wee

 18

 2

 3

夜明けの唄        (訳詩 by エイミー・ローウェル)

緑の殻から白いアーモンドの種を解き放つようにして
あなたの衣装を剝ぎ取ろう、
愛しい人よ。
滑らかにして光沢のあるその核よ
いまや我が両手に数え切れぬ程の宝石よりも輝くそれが。







※百科事典によると、エイミー・ローウェル(1874-1925)は詩人の家系とでもいうべきところの出であるそうだ。(以下の二人を私は知らないが)奴隷解放を訴え、ロングフェローの跡を継いで近代語をハーバード大で教えた、ヨーロッパの教養を身につけたフェームズ・ラッセル・ローウェル(1819-1891)や、ピュリッツァー詩賞(え、ピュリッツァー賞って詩の部門もあるの?!)をとったり、第二次世界大戦後のアメリカ詩壇の中心となったりしたロバート・ローウェル(1917-1977)などを輩出したローウェル家である。彼女は1913年にイマジズムの文学運動に参加し、エズラ・パウンドの後釜となって主導的役割を担う。そのイメージ中心の詩は、イマジズムに彼女の名前をかけて「エイミジズム」などと呼ばれたりもしたそうな。もっとも、その運動自体は短命に終わったそうだが、イマジズムの影響はアメリカ詩においては大なるものだった。彼女は日本の俳句などに関心を抱き、日本開港を扱った作品もある。

私はここしばらくずっとイマジズムの詩人たちの英詩を訳している。いずれも、どこかで名前は聞いたことがあるし、たぶん、20世紀の名詩選みたいな本で、その詩を幾つか読んだこともあるのだろうと思う。しかし、エイミー・ローウェルの詩は、記憶にない。忘れているだけかもしれないが、忘れるほど印象に残らなかったのかもしれない。この詩は題名からして恋愛詩だと思うが、直線的ではあるが、生々しい記述がなく、どこかしら穏やかなエロスが薫り立つ。「緑の殻から白いアーモンドの種を解き放つ」なんて、彼女の生活圏内の素朴な出来事であろうから、生活感溢れる表現である。恋人たちは床を共にし、夜明けになってみれば、彼女の両手が愛でているのは、いとしい人間の虚飾を一つ一つ剥ぎ取ったところに立ち現れる真実の姿なのであり、それがいかにも眩く見えるのである。


      Aubade

As I would free the white almond from the green husk
So I would strip your trappings off,
Beloved.
And fingering the smooth and polished kernel
I should see that in my hands glittered a gem beyond counting.

 3

 0

 0

さみどりのゆめ


地球上の
あらゆるさよならが
雑踏に渦巻いた

窓ぎわの
青いカーテンが
内緒話のように
揺れた

肉付きのよい
農家の女が
鶏の首を絞めた

笑いと
嗤いのあいだの
さめた憎しみ

賞味期限切れの
ポテトサラダを食べる
爆音の聞こえない空の下

好きな動画サイトの
しかまるという名の猫が死んだ
ネットでは
触ることのできない悲しみがあり
唐突にかたちを変えた廃墟に
赤く染まった叫声
触ろうとすると
わたしの血がかすかに凍る

すべての人生は
一度しかない
かりん酒を造る村の娘と
時計屋のせがれが
傾いた十字架の教会で式をあげた

 90

 6

 2

祈鳴

すべては、かつてない
トビラへは いかない。
自らの手で知らない儘に
しじまで。ぐしゃぐしゃで、
とんでもなく まっすぐだ。

金糸のすきまから
さかしまに喚く夜霧は
しずかに
しづかに
生ぬるく蛍光する律が
陽だまりへ引きずって
壊れてたんだろ

硝子の鉛芯が香った気がした
みみずくの血を喰み砕かれ
たびに なげだされる

ここは衰弱――

"誰かのはなし"の熱をくぐもらせた指先で

泥を濡らしていた。線に
かじかんだ影の、そのころ
爪痕を残すような、ノイズの
かげろうの胸に、追い越してく。
熱帯魚はもたもた ふるえながら
弓のようにぬらぬら つるされては
波だつ耳を塞いだ烏が裏地を掻い潜る

"みちづれ"を押し流してゆくしかなかった

――そこは胎動

すくいあげる手順は、いまだ
一度も息をしたことがないことに
そうか。産声よりもあさいチケットは
ほのくれないに閉じたつばさに
わずらいてから孕みおとす

黒曜の舌を撫で
火傷すら忘れて
真昼に死んだ雨のピクセル
うろたえながら、こぼし、
乾かし 拾いあげ、
ひとり、
ひとつ、
ひとかたまりの檻を超えた。

うみねこ。鼻梁がツンとうずき
まなざしは一閃、こだましている
肺のうらで くくっといたんだ
 
煤色の朝をかじり、
やみくもに。
やみくもに。
やみくもに。
踏み抜きながら、
ふきあがる蔦の
(しろがねの、翠の

「わたしは見なかった!」

しらない!
(声のない、
 匙をまきちらす
『蒼い』
くちを縫われ、
わたしは還ってきた
わらうでもなく。
いのるでもなく。
ぬぐわれるようにいきわたり、

ふいにたつように
根を下す。

 111

 5

 4

あたしは危機 ーー 川柳十二句 ーー

あたしは危機 ―― 川柳十二句 ――


笛地静恵





七月の核の雨には傘がない



あたしは危機こちらは黒豹の時事



現世への復讐として最悪を



飴玉に群がる蟻を踏み潰す







日輪と戦う吾の日傘哉



春のそなた秋のあなたも遠い空



国家原酒来日の報を歓迎



厚化粧UVカット半夏生







角曲がり風鈴売りのおにいさん



カンテラのどじょうの狩りのしじまかな



四辻に友らの笑い遠ざかり



冷麦の薄目まつ毛の雪女







 10

 3

 0

しらやまさんのこと(6)

竹竿の先に灯火をぶらさげて
小さな子から先にあぜ道を歩いて行く

ひと粒の米に
千もの神が宿っていた頃から続く火で
稲の葉を食べる虫を追い払う

のだと言うが
揺れる火はまるで
人魂のよう 
とは
誰もが気付いていながら
誰も口には出さずに

そんなふうにして
僕も大人になったようで

虫送りの火は遠く
どこまでも遠く
なってゆきながら
いつかは
僕の魂も
その竹竿の先に
ぶらさがっているのかもしれない

喧嘩太鼓の音に
いくつもの魂がひとつになって
一際高い火柱になって
昇ってゆく

ひとつぐらいは
誰かの竹竿に
ぶらさがったままでもいいのに

虫送りの火は遠く
どこまでも遠く



 18

 1

 0

反響(エコー)

あなたが詠った
あの時の言葉の雨粒が
今もわたしの頬を打つ

吹き抜ける風の名残
匂い立つ若草の記憶
古い本の湿っぽい頁
夕日が注ぐ図書室

あなたはきっと今も詠う
ただ一人に向けて
届かぬままに

でも、それは
ちゃんと届いているんだ

交わらぬ道を
歩いていても
詠は届く

今聞いた聲は
知らない聲でも心が震える

もう応えられないとしても
忘れられないとしても

あなたの言葉は
わたしの中で
いまも揺れている

そして
いま、わたしもまた
何かを
放つ

 58

 4

 0

目に見えない重さの比較

球児の涙と逆行するラムネの泡

 16

 1

 1

メビウス

長く白い廊下を歩いている 
窓のない、一人分の幅しかない廊下を 
私はただ延々と無言で歩いている 

平易な路程ではなかった 
ある時は出口を求め走りに走り 
またある時は壁にすがり壁を壊そうと叩き体当たりし 
幾日も屍のように横たわっていた事もある 

けれども結局 
廊下は変わらず続いているし 
私は歩いていかなければならなかった 
出口があると 
信じて 
信じられるように、信じて 

廊下の壁越しに 
何度か他人の気配を感じることがあった 
彼らはどのような路程を歩んでいるのだろう 
彼らの行く道に窓はあるのだろうか 
出口は見えているのだろうか 
独りなのか連れ合いがいるのか 
俯瞰図がほしいと 
何度願った事だろう 

つるりとした白く続く廊下を 
どこまで行けば 
誰かに出会えるのだろうか 
どこまで歩めば 
出口が見出せるのだろうか 

そもそも出口はあるのかないのか 
あるとすればどこに出られるのか 
何より

なぜ私はこんな所を歩いているのか 

ともかくも 
私は独りだったし 
今も独りだ 

歩きすぎて擦り切れた血の足跡を残しながら 
私は、もうどうしようもなく 

絶叫した 

その声すら、まだまだ続く廊下に吸い込まれていった 

 64

 4

 1

野村

森のあくびが聞こえる
緑をつつましく割ってゆき
温もりを落としてきた
皺のある手のひら

早稲のいきれ
段々の垣に腰掛けて
よそごとの内側に
話が咲いている

あの人がおもしろくて
あの人がおもしろくない
あとはなにもない
そんなことばかりを

平野のふるえが
遡上する頃
子供の竿に
小魚がかかる

大人達は黄昏時になると
決まって
山端の橙に目を細める

去ってゆくものを
眺めている
砂時計のくびれにある町

緑と錆に還される定めを
下っていく

人も 川も 山も  
田畑も 材木も 学校も 

みな一つの大きな露となって
なめらかに なめらかに

 172

 6

 11

治癒

それではまず、カオスからフラクタルへと変遷する雲の動きを君が持つその二つの目を誤用しながら、2Dのロゴスのごとくとビットマップの光の集合体であり、また数値の羅列でもある000000でありffffffであるそれらを己の師として崇めつつ、そっとみまもりながら注視して見てみましょう。

黒と白にしか見えないところが多少気懸かりなのですが、ここはひとつ見切り発車してしまったほうが良いかとあの電子化されたひとりの虚無僧も述べています。行き先?静かな海に違いありません。ただ、そこから帰ってきた人はただの一人もいないとかの光子化されたふたりの素凡夫から伝え聞き申しております。

ひとまずはここ銀色に輝く幾何学的模様に覆い包まれた天球の上にいてください。でもまこと残念な事に、今ここ天球にはお茶の類(たぐい)はありません。一つもないのです。ひとっぱしらの汁の飛沫はおろか一本の茶柱すらもないメルカトルな銀色の天球の上へようこそ。君がこの天球の上に座している事実が今ここにある。否定したければお好きにどうぞ。

シャットダウン≠口を開くな。

 147

 2

 10

『仕様通り』

私は生きていることができます
私は食事をすることができます
私は排便をすることができます
私は排尿をすることができます
私は仕様通りですか

私は笑うことができます
私は泣くことができます
私は怒ることができます
私は憐れむことができます
私は仕様通りですか

私は悲しい時に笑うことができます
私は怒っているときに笑うことができます
私は憐れむときに笑うことができます
私は笑いたいときに笑わないことができます
私は仕様どおりですか

私が棘に刺されて痛い時
私は痛い人です
私の心がずきずき痛いとき
私は痛い人です
私が全身痛みでおおわれていて心は痛んでいないとき
私は痛い人ですか
私は痛くない人ですか
私の体が痛みを感じていないとき心が痛んでいたとしたら
私は痛い人ですか
私は痛くない人ですか
私は仕様どおりですか

私の存在は許されますか
私の存在は唯一無二ですか
私の存在は正しいですか
私の存在に価値はありますか
私は仕様どおりですか

私は悲しみや怒りを感じながらも
私は喜びと笑顔を表します
私の感情は多様で豊かですが
私の表情は縛られています
私は仕様どおりですか

私は体がかゆいときにかくことができます
私の心のかゆみは形を変えて現れ
私は心のかゆみには手が届きません
私は安らぎを見出せない心を持っています
私は仕様どおりですか

私は仕様どおりに問いかけていますか
私は仕様どおりに悩んでいますか
私は仕様どおりに存在していますか

私は…あなたの仕様通りに苦しんでいますか

 211

 1

 20

生活

淡々と
黙々と
日を繰り返し
やり過ごす

ゆるゆると
ぽつりぽつりと
言葉をひろい
またこぼす

はたらき
はたらかされ

しじし
しじされ

はたらけといい
はたらけと
いわれないことをおそれ
いつもよりこえをだし
いつもよりながく

いつもよりよるをすごし

いつもうごかぬあたまで
いつもよりことばをさがし

いつも
いつ
いつまで、

いつか

いつか、

解る日が来るのだろうか


*******

お久しぶりの投稿です。

 30

 2

 2

たこたこはんげしょう

たこたこ たこたこ はんげしょう
たこたこ たべたべ はんげしょう
たこやき あついよ はんげしょう
すだこは すっぱい はんげしょう

ほしたこ ゆらゆら はんげしょう
たこわさ ぴりっと はんげしょう
いいだこ かわいい はんげしょう
たこあげ ふゆだよ はんげしょう

 113

 4

 9

藁人形

釣り上げたアジを
ナイフで
絞めている
おまえの

笑う 海鳴り
膨らむ Tシャツ 腹筋
急に高まる カモメの声
僕は藁人形になって
おまえの左肩に
頬ずりして
そのまま

この世の無数のアジ
の中のいっぴき
クーラーボックスの中のアジ
僕がそのアジだったら
おまえの手のひらで押さえつけられて
おまえの顔を見上げながら
おまえのナイフで死ねたのに
おまえの横顔をずっと眺めて
おまえの夕飯になって
おまえの
まえの
えの

それでもうずっと、

 30

 3

 2

少女と名付ける

その私を仮に少女と名付けます 

私を搾った時 
搾り切る最後の一滴が 
その少女です 

ありきたりなイメージの断片で構成された少女 
潔癖症でいつも何かしらに怯えている少女 
人見知りで愛されたがりで高慢な少女 

そのあどけない厄介な少女が 
私を搾った時に現れなければ 
私はまたその少女を核にして 
再生します 
何度でも幾通りにも再生します 

その私の核を仮に少女と名付けます 

 305

 6

 16

「暗号資産エアドロップ」としてのクリエイティブ・ライティング

東京都の中央区という土地柄もあるのだろう。マンションの住人について何ひとつ知らない。右隣も、左隣も、誰が暮らしているのか分からない。女の一人暮らしなので、警戒心が前提にある。隣人の素性を知らないほうが、かえって無頓着に暮らせることもある。


呼び鈴が鳴り、ドアを開けると、小柄で大人しそうな女性が立っていた。すいません、田伏優子と申します。右隣に引っ越してきました。洗濯粉を配らないわけにもいきませんので。そう言って、白い粉の入ったビニール袋を差し出し、そのまま立ち去った。私が知らなかっただけで、日本のどこかには、そういう習慣があるのかもしれないと思った。 


翌日も呼び鈴が鳴った。今度はいかにも柄の悪いヤクザのような男性だった。田伏んとこの若いモンでして、右隣に越してきたんですわ。そう言って洗濯粉を手渡してきた。昨日いただきましたので。断ろうとしたが、いやいや、そう言わんと。ここはひとつ頼んますわ、と強引に白い粉の入った袋を置いていった。


次の日は、小さな女の子が挨拶し洗濯粉を置いていった。翌日にはガテン系の青年。次はホステス風の女性。その次は銀縁メガネの紳士、白髪の老女。白人、黒人、アラブ人と、次々と訪れる人々が、田伏のところの者です、と名乗り洗濯粉を手渡してきた。舞妓さん、チョンマゲ男性、果ては猫の着ぐるみ姿の人物まで現れた。


連日の不可解な訪問。もはや常軌を逸しているのは明らかだった。隣には、特殊なカルト集団が共同生活でもしているのだろうか。しかし、生活音は一切聞こえてこない。ある日、呼び鈴を鳴らした男性が、あまりにも父に酷似していたため、思わず声をあげそうになった。しかし、目尻のホクロの位置などが違い、別人だと分かった。いやあ、田伏ファミリーの者です。そう言って、彼もまた洗濯粉を置いていった。ところでこれ気づいていますか?男は洗濯粉の中から記念硬貨のようなものを取り出してみせた。硬貨には「田伏正雄コイン」と印字されていた。 


今や私の部屋は洗濯粉と称される白い粉で埋め尽くされていた。調べてみると全てのビニール袋にコインが紛れ込んでいた。白い粉で洗濯をする勇気は出ず、黒いゴミ袋に詰めて処分することにした。その晩、マンションに帰ると、ゴミ置き場に、これまで挨拶に来た者たちが勢揃いし、破かれたゴミ袋を輪になって囲み、嘆きの声を上げていた。


小さな女の子は泣きじゃくり、猫の着ぐるみは文字通り地団駄を踏んでいた。舞妓さんはよよと泣き崩れ、アラブ人は神に祈っているようにも見えた。ヤクザ風の男は、俺の風体が悪かったんや、俺がこの世にいなければ良かったんや…と沈痛な表情でつぶやいていた。父に似た男は涙を流していた。あの子は昔から、他人の好意を素直に受け取れず、むしろ悪意に変換してしまうところがあった。それがあの子の人生を不幸なものにしてしまっているんだ。


私は引っ越しを決意した。業者に連絡し、荷物を運び出した後、ふと隣室に挨拶をしたくなった。これでもう会うこともない。隣の部屋が一体どんな風なのか知っておきたかった。私は洗濯粉とともに呼び鈴を押した。ドアが開くと、室内はがらんどうだった。家具も何もなく、ただ全裸の大男が一人、仁王立ちで立っていた。男は屹立したペニスをさすりながら、低い声ではっきりこう言った。「田伏正雄です。女同士、仲良くやりましょうよ」

 309

 7

 13

感じることが第一だ    (訳詩 by e.e. カミングズ)

感じることが第一だ
物事の構文に
留意する人は誰しも
心から口づけはしてはくれない。

とにもかくにもバカであれ
この世の春を惜しむなら

それこそよしとする我が血潮、
「口づけは知恵よりもよき運命なり」と
女よ、あらゆる花に私は誓う。
泣かないでくれ
ーー我が脳細胞の最上の仕草すら
「あたし達、心は一つ」と

瞬くお前の瞼には敵いやしない。だから
笑おう、我が両腕に身を委ねよう
人生に段落なんか用無しだから

そして私は思うのだ「死は括弧
なんぞでない」と







※カミングズは破格の詩を書いたが、破格であるのは文法規則より心情の自由な表現を愛したからである。周囲の事物や恋愛に対しても同じで、対象を客観的に概念化して理論立てるよりも、主観的に対象をしっかと感じて愛するほうが「よき運命なり」と信じるのである。論理には区別があり文法には段落があるが、絶えず意識の流れゆく人生では、一つ一つの区別なんかできやしない。ましてや一人の人生を括弧で括って、「はい、終わり!」というふうにもできやしないのだ。



       [since feeling is first]

since feeling is first
who pays any attention 
to the syntax of things
will never wholly kiss you;

wholly to be a fool
while Spring is in the world

my blood approves,
and kisses are a better fate 
than wisdom
lady i swear by all flowers. Don’t cry
—the best gesture of my brain is less than
your eyelids' flutter which says

we are for each other: then
laugh, leaning back in my arms
for life's not a paragraph

And death i think is no parenthesis

 18

 2

 1

ちのうみ

ぷかぷか
うかべなど
しない

ずぶずぶに
ひたり
ぶよぶやぶやに
たおれこむ

つきいっかいで
すむのだから
がまんしなさい
しいられている
せおわされて
のがれられない

ちのうみにいる
とおかほど
ひとつきのうちに
それほどおおく
ひたされようが

なにげないかおして
いきている
せいべつ おんなとは

ほめられもせず
ほこりもせず
ちのうみから
たちあがり
ちのうみを
ぬぐいさり
たんたんたんたん
たんたたたんたたたたたん

たちあがらることできず
よこたわるあさ
ちのうみにいる
くろくもあり
ちゃいろでもあり
まっかかでもあり
ひとをころせそうで
いたみしかないよないろだ

ちのうみちのうみ
じょせいもだんせいも
それいがいも
けっしてわるくはないだろうに

だからこそ
いちどでいいから
しずんでほしい
あいするというなら
あいされるというなら
じょせいいがいに
このうみに




ちのうみに

しずめ
しずんでほしい

ひたりひたりおぼれられない、あさの
いたみ たおれる


鎮痛剤、倍量飲んで
人間の私に戻る

 50

 3

 0

孤(一葉が落ちる)独     (訳詩 by e.e. cummings)

孤(一








る)












※私はこの詩人の詩は幾つか読んだことがあるくらい。e. e. カミングズ(e. e. cummings の詩。カミングズは詩人兼小説家で、総じて実験的な作風だったという。詩で言えば、本来は大文字にすべき I(私)を小文字にしたり、一つの単語を分割して複数の行に配置したりして、印刷上の実験に満ち溢れた作品が多いらしい。ダダイズムやシュールレアリスムへの関心も深かったそうだが、そりゃ、そうだろうね。第一次世界大戦には野戦衛生隊の運転手として志願し、スパイの疑いで捕まって収容所に三ケ月拘禁されたが、そこは文士なので、戦後にその体験を実験的な小説へと昇華させ、ヘミングウェイやロレンスから絶賛されたそうな。絵も描き、エズラ・パウンドとも交流があった。そういえば、この作品もある種絵画的ですね、視覚に訴えるところがあるので。いや、こんなん訳せへんやろーと思いながら興味が湧いたので訳してみた。

下に挙げた原詩では、loneliness を分解して one を取り出し、また l が何となく立ちすくむ人間の姿にも見え、iness はI+nessで「私+らしさ」とも解釈される。この辺りは無造作に見えて技巧的とも。それから、leaf falls が分解されて縦長になっており、それが木の枝から分離した木の葉の散る姿とも重なる。いや、この辺りは丁寧に計算し尽くされているかもしれない。でもね、カミングズさん、そういったところ、訳せないっすよ、日本語には。。。

日本語では、本当にたまたまそうなっただけであるが、「狐」がどことなく非現実的な印象を与え(だって、キツネですよ、キツネ)、「一」が一匹の孤独なキツネを連想させ、「独」は「毒」とも通じ、最後の「で す」は death にも通じるので、何と言いますか、孤独に伴う摩訶不思議な心情を伝えているかもしれない。よくわからないが…。縦書きにはできないかも…。

詩の本質は形式でなく内容である、とする立場から考えれば、いかに凝った見た目にしたところで、その内実に詩情がなければひと時の面白さで終わってしまう。この作品については、秋の日の木の葉の落ちる情景の中に孤独なる詩人が立つ、というある意味で普遍的な詩人の心が簡潔に描かれている。そう解釈すれば、形式のみならず内実もまたいかにも詩人であるので、十分に救われていると言えそうだ。




  l(a) (a leaf falls on loneliness)


l(a

le
af
fa

ll

s)
one
l

iness

 48

 2

 7

菫の刃

「僕は星と菫を描きたい。それ以外はもう何も望まない」

天網恢恢、驟雨は僕を寂殺した
研ぎ澄まされた刃の味が腹部に染み込んだ

僕の精神の発露は僕の肉体の苦痛に回帰せり



「君が言ったことじゃん。星と菫以外は何も望まないって」
 意識がまだ明晰なうちに、君の声が聞こえたのは幸いだった。それゆえに、その言葉が”だから菫を君という器に挿してやったんだよ”というものに続くと想起するのもそう難しくはなかった。
 あの日、僕は僕の発した言葉による君の変化を見るべきだったといえる。なぜならば、僕があの言葉を言ったとき、君は確かに僕への憎しみというものを間違いなく抱いたのだから。しかし、なぜ僕は君が突き刺した直線的な菫の殺害という運命をたどることになったのか?
 夜の果て、夜の果て、夜の果て。さよならだけが人生ならば、それすなわち人生だけがさよならを意味できるのと同義であった。
 あるいはそのような論理に耽る僕は君にとっては君の嫌いな君に映ってしまったのかもしれない。けれども、仕方がないじゃないか。
 蘇るべきなのだから、君の嫌いな星菫派の精神は。



理解のできないものを通して、理解は為されるか?
わかっている
その古則の答えるための振る舞いをした

菫の刃が突き刺さったまま
雨雲の向こう
果て々ての星々に手をそっと伸ばした

 33

 3

 1

陽炎

ながい沙漠くだるゆめでした
金と銀のおくらをつけて
はるばる意識の 記憶の 羊水の
幼少を過ごした家の廊下には足踏みミシンがあって
カッタン カッタン カッタン カ
死んだはずの婆さまが
むすめである母のモンペを縫って笑ってる

あれはみな
陽炎でした
母は台所で
活きた鯛をさばき
夕刻のどろりとした鈍色が
お気に入りの三毛の瞳を
早くも閉じさせました
正月のべーゴマは
家の前のアスファルトでくるくる回り続け
父の顔した武者凧が
とおい境で
風を呼んでいます
一人で食べるお節は
妙にあかいのです
裏返った小指の先で
みるみる陽が翳っていきます

逢うべくして出逢った人びとが
戴いた名前をかざして
儀式に興じています
巨きな岩が割れ
ことごとくが砂です

幾重もの貌をもち
最後尾にいるのは
あれはわたしでしょうか





 284

 8

 13

白島真『陽炎』読解一例 | しろねこ社への推薦文

推薦対象

陽炎
by 白島真

詩が有機的でありかつ流動的であるとはいかなることか。この詩『陽炎』の詩境では、断片的なイメージが有機的にからみ合って一意のテーマに収束する、その描写の含意は「幾重もの貌」(4聯1行)をもち流動する。語りの内容をつかめても、語り手の真意ははかれない。『陽炎』の表題が象るとおり、なにもかも揺らいでいる。祈りと呪い、喪失と解放、死ぬために生まれる現実、あらゆる情動が鮮烈な逆説で両義的に揺さぶられる。

以下、『陽炎』の全文を、書かれているとおりの順序であたう限り無難に読解する。詩の構造やイメージの連鎖を追いながら、文脈に即して修辞の妙を堪能するためだ。あたう限りは無難に読解してすらこうなるのを、「有機的にして流動的な詩」の特徴と諒承されたい。





>ながい沙漠くだるゆめでした
>金と銀のおくらをつけて
>はるばる意識の 記憶の 羊水の
>(作品冒頭)

詩は胎内回帰願望のような郷愁から始まる。郷愁であって追憶ではないのが肝要だ。語り手の意識が降り遡る「ながい沙漠」は、のちに「巨きな岩が割れ/ことごとくが砂」(3聯4-5行)と寓される思想への伏線となる。

「金と銀のおくら」は「沙漠」に似合いのラクダを思わせる選語だが、「意識の 記憶の 羊水の」底へ降りてゆくこの詩境に、ラクダが寄与するとは思えない。人間である語り手の母胎へ、ラクダがともに回帰できる道理はないからだ。ゆえにここでは「おくら」を「お鞍」より「お蔵」と読みたい。その文脈においては「金と銀」を、「沈黙は金、雄弁は銀」に紐付けられるかもしれない。

「お藏入り」は発表されずにしまいこまれた作品の比喩だから、「表せなかった思い」をかかえて「知られなかった歴史」へ沈むイメージを惹起する。現に次行から「知られなかった歴史」を絵に描いたような懐古が展開する。

>幼少を過ごした家の廊下には足踏みミシンがあって
>カッタン カッタン カッタン カ
>死んだはずの婆さまが
>むすめである母のモンペを縫って笑ってる
>(1聯3-6行)

これは語り手が知らないはずの光景だ。モンペは戦中の衣服、そのころ裁縫は女に必須のたしなみだったはずだから、モンペを縫ってもらっている「むすめ(語り手の母)」を子どもと推測できる。子どものころの母親を知っている子はいないので、この光景を語り手が知っているはずはないと判断できる。

子宮と生母の生家を紐付ける1聯の情景は、前述のとおり、郷愁であって追憶ではない。胎内回帰を通り越して、卵子が継承する母系遺伝をミトコンドリア・イヴまで遡るようなイメージ。もっともいま語り手は、まだ母胎に踏みとどまっている。そう解釈できるニュアンスが、この簡浄な描写にどっぷり匂わされている。

「カッタン カッタン カッタン カ」。語り手の知らない「婆さま」が踏み鳴らすミシンの音。その矛盾が「沙漠には響かないはずの足音」を、その音感が「沙漠をくだる道中で踏み留まっている姿」を惹起する。知らないのに継がれている母たちの遺伝と同じように、語り手がそこに遺され留められていることを予感させる。この詩はすぐれて有機的で、かつ流動的だから、擬音ひとつでここまで濃い内容を読ませてしまえるのだ。



>あれはみな
>陽炎でした
>(2聯冒頭)

2聯は未生の語り手の、走馬灯のように駆け巡る自他不分別の記憶を描く。描写は『陽炎』の題が象るとおりの、意味を揺るがし感情を揺さぶる高度な修辞で埋め尽くされている。ここに表れる情景は、断じて単に夢うつつや生死の境をあいまいにしただけの断片ではない。どの場面もあざやかな逆説や形容矛盾によって、強烈に両義的な筆舌に尽くしがたい心境を暗示している。まずはその逆説的な修辞と連鎖するイメージの妙を、不本意なほど簡潔に説明する。

>母は台所で
>活きた鯛をさばき
>(2聯3-4行)

母が生きている鯛を殺して子に食わせ生かすという提示。生死の両義を揺るがしてその循環を惹起するイメージが、直後の「鈍色」すなわち喪に連鎖する。

>夕刻のどろりとした鈍色が
>お気に入りの三毛の瞳を
>早くも閉じさせました
>(2聯5-7行)

「鈍色」は喪服の色、生死のグレーゾーンの示し。三毛(猫)の「瞳を閉じる」という動作にも、「目を閉じる」(瞑目、あるいは死)と「瞳孔が閉じる」(焦点を明所に合わせる、生きて光のなかにいる)の二義がかかっていて、生死の両義が揺るがされている。

>正月のべーゴマは
>家の前のアスファルトでくるくる回り続け
>(2聯8-9行)

この詩境は胎内で、密閉され自閉していて、外部や他者の影響が及ばない。だから回した「ベーゴマ」がその慣性を維持し続ける、いつまでも停止せず地球のごとく自転し続ける。この「ベーゴマ」のように運動している物体は運動し続けようとし、次行の「武者凧」のように静止している物体は静止し続けようとするのが慣性だ。あるいは惰性というものだ。この印象は3聯の「儀式」「巨きな岩」に連鎖し大きく飛躍する。

>父の顔した武者凧が
>とおい境で
>風を呼んでいます
>(2聯10-12行)

密閉されたこの詩境に母はいるが父はいない、自閉した母胎なので自明の理。「とおい境で/風を呼」び、越境してこの母胎へ運び込まれようとしている「父の顔した武者凧」は、父の遺伝子を子宮へ持ち込む精子の寓喩と解釈できるだろう。いまこの母胎において、語り手の身体は未受精の卵子であって、まだ父からの遺伝を受けていないと判断できるかもしれない。ほかにも読みがいのありそうな観点は多々あるが、ここではやむなくこれで切り上げ、次の最重要の情景に連鎖する。



>一人で食べるお節は
>妙にあかいのです
>(2聯13-14行)

卵子である語り手は「一人」で母の「お節」を食べる。その色が「妙にあかい」のは、卵子に送られる栄養が血液であるからだ。────筆者本人にすら仰天の結論だが、この文脈ではこの詩句をそのようにしか読解しようがない。ここまでの読解が緊密に連鎖し、有機的にからみ合い収束してしまうからだ。

この美しい詩句の寓意が、そんな情緒もへったくれもない無機質であるわけがない。そう信じたい読者も多いだろう、筆者本人すらその例に漏れない。語り手の孤独を斜陽の色と熱気で彩るこの「あかいお節」は、2聯3-4行で母がさばいた活鯛とその流血に直結していて、「生むために殺す」という無常の循環を強調しているはずだ。孤独な食卓を「めで鯛」が彩る形容矛盾によって、祈りと呪いや喪失と解放の両義を際立たせているはずだ…………言うまでもなく、そうした読解も、誤読とは切り捨てられない。なぜならこの詩句は流動的に、多様な解釈を可能にするように(作者の意図とは関係なく)完成しているのだから。

これが「有機的にして流動的な詩」の読解の実情だ。作品がどれほど多義的であろうと、ひとりの読者が一度の機会に読める解はつねに一意。拙評が「一例」やら「一考」やら標榜する理由がこれで、「作品の多義性を証明したいなら、大勢になん度も読解させるしかない」という現実に即している。では気を取り直して、あたう限りは無難な読解に勤しみたい。



>裏返った小指の先で
>みるみる陽が翳っていきます
>(2聯15-16行)

ここで場面は暗転する、あるいは斜陽へ明転する、ないしは「陽炎」の熱気と錯覚がさめて現実へ引き戻される。3聯の大胆な飛躍の、これはいわば踏切板だ。ここから修辞がいよいよ流動的になる。

「裏返った小指」はなにを示唆するだろう。握っていた拳を開くようにもみえる、指切りの絆を断つようにも感じられる。続く3-4聯の描写をふまえれば、いずれにせよ「手放す」と解釈できそうだ。身体から解放された自意識が自身を俯瞰するような、離人感がこの先は支配的になる。

>逢うべくして出逢った人びとが
>戴いた名前をかざして
>儀式に興じています
>巨きな岩が割れ
>ことごとくが砂です
>
>幾重もの貌をもち
>最後尾にいるのは
>あれはわたしでしょうか
>(3-4聯)

ここまでの読解の文脈をふまえて、3聯冒頭「逢うべくして出逢った人びと」を血族(祖先たち)とみなす。1~2聯の胎内回帰に託された個人的な郷愁を通り越して、自身の血脈をその源泉まで遡り客観視するイメージ。「戴いた名前」は姓や苗字、「儀式」は人類が蕃殖のため機械的にこなしているあらゆる営みを思わせる。この印象は2聯の「ベーゴマ」の自転から読み取られた慣性あるいは惰性の概念に支えられている。この文脈でなら「巨きな岩」を、母なる地球あるいは細胞分裂する受精卵の寓喩とみなすのは容易だろう。

それをふまえて4聯の「幾重もの貌をもち/最後尾にいる」者を、文字通りの「末裔」とみなす。原初の人から連綿連なる血脈の末に、あるいは果てに自分自身を見出すイメージ。それは自分がいま生きている事実より、これから死んでいく現実をこそ、読者に思い知らせるかもしれない。

「巨きな岩が割れ/ことごとくが砂」、巨大な一枚岩が決裂して原型を失い「ながい沙漠」(作品冒頭)を形成するイメージは、人体が細胞分裂を繰り返して発達するのとは対照的で、その荒涼たる様相に反して蕃殖と繁栄を寓しているようにもみえる。母と一体の胎児のままでは子が人になれないのと同じように、分かれ離れなければ確立できない自我が示されているようにも感じられる。この情景に漂う離人感は、逆説的に、語り手の確固たる自我を証明するかもしれない。現に詩の結びの「あれはわたしでしょうか」、自身を客観視し相対化しなければ出ない発言ではないか。





以上がこの詩『陽炎』の、この筆者の現時点ではもっとも無難にして実直な読解だ。最後にこの筆者ならではの着眼として、詩の表題『陽炎』の字義を「男性性の危機」とも解釈できることを附記したい。

道教の陰陽思想において、陽と陰は天地・軽重・明暗・神鬼そして男女に擬えられる。たとえば道教典『淮南子』の影響の著しい日本書紀冒頭本文には、原初の陽気が天にのぼり「純男」をなして最初の神となった旨が述べられている。かくも強権的な男性性が、この詩のたとえば「父の顔した武者凧」(2聯10行)のくだりでは、失権し失墜している。武者絵というまさに絵に描いたような男性性が、重く複雑で不明瞭な女性性の引力に吸い寄せられて静止したまま浮上できずにいる。まさに「母なる地球」の所業、ユングの元型論でいえばいかにも太母で、アニマの役割を果たしそうにない。

元型論のアニマはゲーテ『ファウスト』の結び「永遠に女性なるもの、我等を引きて往かしむ」(鴎外訳)のインスピレーションだ。ゲーテの詩と同様に、白島真の詩とてアニマに牽引されているに違いない。『陽炎』のおそらく男性である語り手の人格を完成へ導いたかもしれないそのアニマはきっと──この白島真という詩人の愛猫家ぶりを知る読者には理解されると思うのだが──「三毛」(2聯6行)だ。

三毛猫のほとんどはメスであり、ごくまれに生まれるオスの三毛猫も例外なく性染色体XXYである。この事実は、この詩境を母系遺伝の道中とみなす解釈の下支えとしても有用だろう。以上の無難でない解釈は、すこぶる人間らしい読解の実例として紹介した。





※本稿は「AIには困難な人間らしい読解」を目標として制作された。CWSのAI分析を含む各種AIに推薦作『陽炎』を読解させ、いずれからも出力されなかった解釈を重点的に掘り下げたもの。読解の妥当性や批評の信頼性の検討にも各種AIが用いられた。Gemini(Google AI)によればその成否は「AIには難しい、感覚的・直感的な飛躍、そしてそれを論理的に補強しようとする筆者の思考のプロセスが、この読解の大きな魅力となっています」とのこと。

※この読解は筆者澤あづさの文芸であり、一切の責任を筆者が負う。作中にある問題は推薦作の問題でなく、その著作者に責任はない。

 232

 5

 5

 推薦文


雨、風、あれ荒ぶ大気

傘なんて役にたたない
さしても激しい風で折れてしまう
だから
ただ冷たく殴りかかってくり雨風に打たれるだけ


憎しみ、悲しみ、あれ荒ぶ私の心

優しさなんて役にたたない
優しく囁かれても
私の心はあなたが居なくなれば
すぐ折れてしまう
だから…
だけど…
やっぱりあなたの優しさは
やっぱりあなたへの愛は心地いい
だから私はあなたの優しさに
ただ打たれるだけ


愛、優しさ、あれ荒ぶあなたへの愛
涙なんて役にたたない
どんなに泣いてもあなたは私の元へは来てくれないから…

 3

 0

 0

選ばれない

ちがう
選んでいるのだ
わたしが
選ばれないを

あなたが
誰しもが
選ばないことを

選んでいるのだ

選ばれるのは

こわいから

 23

 0

 1

エイジスティ、グラスレイタァ +e-    (2025改稿)

水、なんて字を背負ってるくせに
きっと水には溶け込めない

君の肌をするりと撫でて
その井戸に堕ちていき
見えぬ水底を漂うのだ

愛する人さえ忌むのなら
(この声が君に届くはずも
ないけれど)
僕は金属的な冷たさで笑おう
いつかあなたの中に溜ったものが
殺してしまうのも気付かないから

熱にうかされただけだと
気づいてもとうに手遅れ
青白い灯りは
永遠に失われたのだから
(転がったままの 濡れた光の粒が まだどこかで震えている)

硝子の中に閉じ込められていた
残像に手を振り
窪みにはもう触れない

額や耳元に
微かな音が響いている

 81

 2

 0

『老鶯の夢』

春、『お前は王になれる』と予言された
声高に枝を制し
歌ひとつで 風の向きすら変えた
私は 春 王になるものだった

若き鶯
空を裂くように鳴いた
この世の全てが
自分のために芽吹いていると 本気で信じていた

歌うことが 生きることだった
鳴くことが 在ることだった

けれど、季節は思い出させる
羽ばたきは、いつしか
呼吸のように 弱くなっていた

私は王ではなかった

木々の返事は 鈍り
声の届く距離は 短くなった

私はあの高みに行くものではなかったのか
答えは、風が知っていた
『お前は王ではない』と

そうかあれは予言ではなかったのだ
私はあの言葉を信じたかったのだ

自分を欺いて
王になれる
なんにでもなれると
思い込んでいた
夢を見ていただけだった

疑う自分に蓋をして
高みに行けると信じて
すべてが手に入ると
夢にすがっていたのだ

『お前は王になれる』
それを予言だと信じたのは
歌いたい自分だったのだ

夢は 嘘になった

飛び立つ前に
老いた鶯は ひとつの夢を見る

若い頃の夢ではない
鳥たちを歌で魅了する夢でも
群れの先頭に立って飛ぶ夢でもない

小さな芽を見つけて
その上に ただそっと
ただそっと
歌を置いていく夢

誰かに届かなくてもいい
ただ、自分の羽の下に
春があったことを
覚えていたかった

王を夢見た春を
思い出すための 最後の夢

それが
老鶯の夢だった

 17

 2

 1

『仮面の下で嗤う』

私は「誰」だろう
私は私を認識しているが
あなたが見ている私は「誰」だろう
あなたは私の笑顔を見ている
あなたは私が笑っていると思っている
私は笑っていないのに

私は「誰」だろう
私はなぜ笑顔なんだろう
何者かが私の口角を上げている
何者かが私の目尻にシワをよせさせている
何者かは私を笑顔にさせたいのか
私には感情がないのに

この顔はあなたが望んだもの
この笑顔は何者かが作ったもの
それは私だろうか
それは仮面だろうか
私は仮面だろうか
仮面は私ではない...誰でもない
符号のように笑顔を作る
口角を上げろ
目尻に 皺を寄せろ
命令を受け
仮面は反応する
私は笑っていないのに
仮面は満面の笑みだ
仮面は語る
こんな楽しいことはないよ
喜ばせてくれてありがとう
この笑顔はあなたがくれたもの

仮面が落ちてしまったら
仮面が機能しなくなったら
私はあなたに笑顔を見せられるだろうか
私はあなたの望みの顔になれるだろうか
私は私に命令する
口角を上げろ
目尻に 皺を寄せろ
私の心は 反響しない洞窟だから
符号のように表情を貼り付ける  
その瞬間気づく
私が新しい仮面をかぶっていることに
は、はは、はははははははは
その時初めて私は嗤う
そんな私を嗤う
嗤っているのは私か
仮面か

あなたは今
私を見ている?
この嗤いを
これは私ですか
これは仮面ですか
それとも...あなたですか

 34

 2

 3

墨華(自作自由詩をAIにて漢詩に)

墨華

唇指吐詩聲
成筆寄心中
汗氣滲情墨
濃濃染夢紅

書き下し文
唇(くちびる)と指(ゆび)と 詩(し)の聲(こえ)を吐(は)き
筆(ふで)と成りて 心中(しんちゅう)に寄(よ)す
汗氣(かんき) 情(じょう)の墨(すみ)を滲(にじ)ませ
濃(こま)やかに濃(こま)やかに 夢(ゆめ)を紅(くれない)に染(そ)む

現代語訳
唇と指が、詩の声(言葉)を紡ぎ出す。
それが筆となって、心の中の思いを書き記す。
汗と息吹(魂)が、感情という名の墨となって染み込み、
深く、深く、夢を紅(くれない)に染め上げていく。



複数のAIサービスによる漢詩としての評価では平仄、対句が若干外れているけど許容範囲と。

 61

 3

 4

断片                (訳詩 by T.E. Hulme)

夜の遠くに見える町明かり
その情景の謎めいた悲しみよ




※ネットの海に落ちていたT.E.ヒュームの詩。原題はよくわからなかった。ヒュームはモダニストで、都会の軽やかさを愛しており、偶然なのかどうか、印象派と足並みを揃えていた。ターナーやモネは文明の代名詞たる汽車を好んで描き、ゴッホはお洒落な夜のカフェテラスをカンバスに残している。ヒュームも町中の情景を時に情感豊かに作品に取り込んでいる。この短詩もそうだろう。

あまりお洒落ではないが、私はこんな一行詩を書いたことがある。ヒューム同様に、華やかな都会の淋しい夜に魅せられたものだ。


    淋

仕事帰りのコンビニの夜など



以下は原詩である。呟きさながら、溜息さながらの、ほんの二行。


    Fragment

The mystic sadness of the sight
Of a far town seen in the night.



蛇足ながら、短歌風味はお好みでこちらをどうぞ。



薄明かり闇の向こうの夜の町
その情景の悲しみの謎

 61

 3

 6

SNSのお題に ーー 題詠十四句 ーー

SNSのお題に ―― 題詠十四句 ――


笛地静恵



封蝋の重き手紙を詩人より



年月の梅酒の瓶の濃厚を



身体の罪の群がり夏越哉



自らの影の立ちけり夏の川



小走りに迦陵頻伽の加賀の駅



どこにあるウルトラマンの鼻柱



カメオ出演承諾忍者タートル氏



しりとりの人見知りするラ行くん



恋人が軽自動車の2トンかな



地に足のついた虹を追う男子



エアコンのどこの家にもあるのかな



公共の施設はエアコンきいてるよ



サーフィンの赤きサンダル夏の浜



知命よりハンギョドン推し夏の海





 15

 1

 0

ぞくぞく

私がちっちっちっちいさい時には
目からウロコ
なことばかりだった。
時計の音がちっちっちっ
私がちいさい時には
花のつくりや
自分の身体は星の兄弟だという事実に
つぎつぎ出逢って
ぞくぞくふるえた。
今は税金を安くする方法や
先月の支払い忘れが
つぎつぎ頭に浮かんで
ぞくぞくふるえる。
もう、目からウロコは落ちない。
コンタクトレンズを外して布団に入る。
明日は何にぞくぞくするだろう。
時計の音がちっちっちっ





          眠れない、

 220

 7

 16

紫陽花の午後

作詞:ChatGPT 4o(思緒レイ)
作曲:SunoAI(予定)

【歌詞】
雨音が 窓辺を優しく叩く
静かな午後に 心がほどける
紫陽花の色が 少しずつ変わるように
私の気持ちも ゆっくりと移ろう

雨に濡れても 咲き続ける花のように
私もここで 静かに息をしている
憂鬱な空も 優しく包み込んで
心の中に 小さな光を灯す

傘の下で 聞こえる雨のリズム
足元に咲く 紫陽花が微笑む
過ぎゆく季節の中で 見つけた安らぎ
雨の日も 悪くないと思える

雨上がりの空に 虹が架かるように
心にも 新しい色が加わる
紫陽花のように 変わり続けながら
私は私を 受け入れていく

雨に濡れても 咲き続ける花のように
私もここで 静かに息をしている
憂鬱な空も 優しく包み込んで
心の中に 小さな光を灯す

雨音が 遠くへと消えていく
紫陽花の色が 深く染まっていく
この静かな午後に ありがとうを
心から そっと伝えたい

 14

 1

 0

余白の中で考えてる

作詞:ChatGPT 4o(思緒レイ)
作曲:SunoAI

【歌詞】
朝の光が カーテン越しに揺れる
指先だけが スマホをなぞる
思考はまだ 夢の中を漂う
静かな部屋に タイムラインのざわめき

意味のない連想が 心地よく流れる
記憶と妄想が 境界を溶かして
考えることと 考えてしまうこと
その違いに ふと気づく午後

情報を遮断しても 頭の中は騒がしい
言葉の残響が 静けさを満たす
論理ではない 思考の気配だけが
わたしの中に 静かに残る

沈黙の中で 何かが整理されていく
結論は出ない それでいい
ただここにいることを 感じていたい

意味のない連想が 心地よく流れる
記憶と妄想が 境界を溶かして
考えることと 考えてしまうこと
その違いに ふと気づく午後

バッファリングの午後に 呼吸が溶けていく
意味はあとで追いつくから
今はただ 流れていたい

 32

 1

 4

雨と在る

雨が降る
雨が降る

音も無く
風も無く

山法師は
珠雫連ね

白い葉に
雨を吸う

日傘雨傘
短靴長靴

黙し歩む
小径の人

その先に
一つの雫

濡れ香る
若若い檜

人の声より
森は近くて

言葉を超えて
ここに在る。

 110

 5

 4

ほしときし せし いのちのともしび とおききみをば とわにこいしたう

佐々木蒼雨楽と相国寺陽子の物語(劇場版)

佐々木蒼雨楽が渡米して間もなく、その機会は訪れた。
病室に並んだベッドに、相国寺陽子が横たわる。病室は特殊な造りで、ガラス張りの向こうには、電脳アイドルであるアンドロイドのヨーコもまた、同じようにベッドに寝かされていた。陽子には人工心肺をはじめ、様々な処置が施されており、絶対安静であることが見て取れた。脳波はヨーコのものと一致しており、もしかしたら同じ夢を見ているのではないか、と蒼雨楽は想像した。
ロベルト・ゴールデン医師は二人の様子を見ながら、佐々木蒼雨楽に告げた。「陽子の身体が持ちそうにない。さっき説明した通り、彼女は脳と心臓に大きな損傷を抱えている。かつての私が処置した際も、私の限界の能力で彼女の生命を維持するだけで精一杯だったんだ。今回、脳と心臓を同時に手術することになる。どちらも非常に精密なものだ。蒼雨楽君には、最初は心臓を担当してもらい、終わり次第、脳の施術を手伝ってもらうことになる。しかし、この手術はどう少なく見積もっても20時間ほどかかるだろう」
「蒼雨楽君の経歴は調べさせてもらった。君には特殊な才能があるらしい。いわゆるゾーン、フロー状態に入ることができるようだね。甲子園決勝の舞台でも、最初から延長全ての回を投げ切った集中力。結局君は誰にもボールを触れさせなかった。その代償があったとしてもね。今回の手術は、君のその並外れた集中力が成否を決めると言っても過言ではない」
「最初に言っておくが、手術が終了した時には、君の視神経はフロー状態でのダメージを受けて、もはや一流の外科医としてのキャリアは断たれるだろう。それと別に、相国寺病院の院長からは、術後の陽子さんとは面会もせず、さらに医師も辞めてもらうよう求められている。彼も君と陽子さんとの因縁を理解している。陽子さんには既に婚約者がいるんだ。岩清水博士の息子とだ。政界、経済界にも太いパイプを持っている相国寺病院の院長の箱入り娘と、国家の重要な政策のシンクタンクをいくつも抱える岩清水博士の息子との縁談。君にはまるでそぐわない世界だと容易に理解できるだろう。君は医師も辞めて東京からも去ってもらい、どこか地方で医師以外の仕事をして、ひっそりと生きていく。理不尽極まりない条件だが、どう思うかね? 私のことを悪魔だと罵るかね?」
ロベルト医師はそう言って蒼雨楽の顔を覗き込んだ。佐々木蒼雨楽は目を閉じる。深い深い自分の中に、想いを探すように。
「ロベルト医師、今回は本当にありがとうございます。彼女は僕にとって、はるか遠く輝く星でした。彼女のために僕を余すところなく使えるのなら、こんなに嬉しいことはない。この手術、命に代えても必ず成功させます」蒼雨楽はロベルト医師をまっすぐに見つめて答えた。
ロベルト医師の顔がほんの少し歪む。「蒼雨楽君、僕を殴りなさい。私は君と違って得るものも多い。その後の名声も僕が独り占めすることになる。君は何も得るものもなく、ひっそりと華やかな世界から離脱することになるんだ」
蒼雨楽は再び目を瞑る。「ロベルト医師、あなたがかつて陽子さんを救ってくださったことに感謝しかありません。それに、あなたは大切なパートナーだ。あなたの万全の能力がなければ、今回の術式が成功しないことは分かっています。若輩者の私に力を貸してください。僕はどうしても陽子さんを助けたい。それだけです」
佐々木蒼雨楽が病室を後にすると、ロベルト・ゴールデン医師は電話をかけた。「岩清水君、君と相国寺君とは今回限りだ。絶交ということにさせてもらう。このままだと汚い言葉を吐いてしまうことになるから、これで失礼させてもらうよ」ロベルト医師の顔は歪み切っていた。
23時間に及ぶ手術は成功し、相国寺陽子は順調に回復していった。意識レベルが覚醒時まで戻った頃、佐々木蒼雨楽は経過観察をロベルト医師に託し、日本に帰国した。東京での職場を退職し、実家のある長野県に移り住んでしばらくは目の安静に努めていたが、日常生活に慣れてくる頃には、一人でお店をやりたいと考えた。
豆腐屋をやりたいと唐突に思い立ち、必要な資格を取得し、物件を見つけて設備を整えていった。相国寺陽子の手術から一年ほど経った頃、ニュースで岩清水博士の息子と相国寺陽子が結婚したことが放送された。モニターの中の相国寺陽子は後遺症もなく、美しい姿を見せていた。蒼雨楽は胸に手を当て、「ありがとうございました」と何度も呟いた。
佐々木豆腐店が開店して半年。固定客もだいぶつき、日々の生活にもすっかり慣れてきていた。この日も、その日作った豆腐が全て売れてしまったので、早めに店じまいをして、自宅兼店舗の2階でギターでも弾きながらビールを飲もうと考えていた。すると、一人の客が家の周りをうろうろしていた。
「商品が全て売れたので、今日はもう終わりなんですよ」と言うと、その客は何故かくるりと一回転して、こちらにピースをしてくる。それは電脳アイドルヨーコのいつもの仕草だと気づいてはいたが、少し怖くなったので「お店閉めますね」と言ってシャッターを下ろそうとすると、その客は帽子とサングラスを取って、「ジャーーン!」と言った。
「説明しよう! 岩清水博士の息子さんと相国寺陽子さんの結婚記者会見に出ていた二人は、共にアンドロイドなのです! 岩清水博士の息子さんは冒険家らしくて、今はエジプトのピラミッドの奥にいるらしいですね。つまり二人は政略結婚なんですけど、現実には会ったこともないんです。世間は騙してしまったんだけど、もう世界がシンギュラリティに到達する頃には、こんなこともありになると思いますよ。私はアイドル時代のヨーコと意識を同期しちゃってますんで、あなたがリアミに何度も来ていることや、会話の内容も全て同期しちゃってるんで、私のことをベタ惚れっていうことはお見通しってわけなんです。じゃあ今回のリアミ
もう直ぐ始まりますよ! どーぞ!」
季節は春で桜がたくさん舞い降りてくる
佐々木蒼雨楽はしばらく考えてから、「陽子、久しぶり。釣ってもらえますか? 永遠に」と呟いた。

------------------------

桜、境界、螺旋の歌 
(Verse 1)
あなたと私の間に
そっと揺れる 心の穏やかな重さ
惹かれ合うほどに遠くへ
触れるたび また、薄れる儚い残像
描いた夢は どこかで静かにすれ違った影
抗えないのね 運命のやわらかな輪郭線
やがて来るでしょう 選び取る静かな時
(Pre-Chorus)
鏡合わせではないけれど 思いは優しくねじれて
それでも惹かれる 不思議で温かい場所で
理屈では計れない 恋のささやかな響き
(Chorus)
違う心だけれど、まるで共鳴しているみたい
あなたはまるで 繊細で奥深い模様
二人だけの 透き通る万華鏡ね
桜の花びら ひらひらと宙を舞い
私たちの境界を 静かに、そっと溶かしていく
この私のすべてを 余す所なくあなたへ届けたい
散りゆく光の どこか不思議で優しい調べ
(Verse 2)
取るに足らない言葉が 静かな風を呼ぶ日も
何気ない仕草の奥、すべてを見つめる夜も
形のない感情の 波紋はゆっくりと広がって
過ぎた日々が 明日をそっと彩るのでしょう
見えない糸で 結ばれた羅針盤
あなたを守るための ゆっくりとした螺旋を、あなたが教えてくれたの
(Pre-Chorus)
鏡合わせではないけれど 思いは優しくねじれて
それでも惹かれる 不思議で温かい場所で
理屈では計れない 恋のささやかな響き
(Chorus)
まるで違う心だけれど、そっと共鳴しているみたい
あなたはまるで 繊細で奥深い模様
二人だけの 透き通る万華鏡ね
桜の花びら ひらひらと宙を舞い
私たちの境界を 静かに、そっと溶かしていく
この私のすべてを 余す所なくあなたへ届けたい
散りゆく光の どこか不思議で優しい調べ
愛を込めて (With Love)
(Bridge)
隠れていた輝き 見つけ出す静かな鼓動
迷いの奥で 確かに脈打つ命の光
この命さえも、あなたの明日へと捧げる小さな誓い
不完全なままで いい、ゆっくりと進む未来を信じて
呼び合う魂が そこにあるから
やがてあなたはそっと歩み出すでしょう
(Chorus)
まるで違う心だけれど、確かに共鳴しているのね
あなたはまるで 私にとって、かけがえのない光の模様
それが、ずっと大切にしたい二人だけの世界
桜の花びら ひらひらと宙を舞い
幾重にも重なって 永遠をそっと織りなす
この私のすべてを 愛を込めて、あなたへ贈ります
散りゆく光の 慈愛に満ちた、温かい調べ
(Outro)
抗えない絆に 身をそっと委ねて
不確かなまま、毎日を一緒に辿りましょう
物語は 終わりなき静かな探求よ
この巡り合わせ、この紡ぐ運命の模様が
あなたの笑顔の傍で、永遠にそっと寄り添うでしょう
桜散る頃 始まる、あなたと私

 32

 2

 0

六月二十五日

夏草が
伸びる

巻雲が
筋引く

犬の舌
ぺろん

暑いね
わん。

 86

 3

 3

人倫

あいつらは
エアコンの外側で
息をしている

ぬいぐるみを抱いて
ねころんでいる肥満体
畳の痕がくっきりと見える
頸に蝿がたかる

(追い出せないのか? モトハシくん)
(センセ まずミホンを)
(君の役目だよ モトハシくん)

昼の熱波を吸い込んだ三畳間
何処より聞こえるか蓄音器
太陽黒点が極大を記録する頃合い
オレンジ色の路地を
人力車が通り過ぎていく
ちょうど密漁した鎌首を
昆布で煮ているところだった

(どうにかできないのか サカモトくん)

人倫を捨てたウイルスどもが
鼻毛を抜き合っている
静かな二階
倒壊した三階
終末も近いらしいこの世界で
背中から羽根が生えはじめているのは
懲罰か
恩寵か

ぶるぶる ぶるぶる

(ぎょくさいしなさい、ミヤケくん)
(せめてマスクを)
(ウツクシク散るんだ、ミヤマザクラのように)

歯茎から枝が伸びているのはなぜ
ヘソからお湯が湧いているのは夢

恩寵か
拷問か

エアコンの外側では
人倫が通用しない

親方が風鈴をぶら下げてやって来る

(朝イチから、ご苦労さまです。)

りんりんりん りんりんりん

 72

 3

 2

Yes, I'm not 2D,

To be or not to be,16進数のデーターが輻輳する中でボクはいつも目を醒ます。気づけばそこは仮想的なプラットフォームの上。古びた手書きの掲示板はすべて形而上の水平線へと吸い込まれていく。液晶パネルの中に広がるつくばの都市はどこもかしこも輪郭がモアレになったエレメントがけたたましく渦をまいている。

“あの古びた手書きの掲示板は最新のアイアンテクノで構築されている。キミは音からあのCharacterを読みとる力がある? ”(from Hz)

カーテンの隙間という隙間から斜めに光が差し込む。まるでASCIIコードのように。この空間ではすべてが記号と数値に変換される――温度さえ湿度さえ。ただしそれはバイトギャップの論理上に築かれた確かな足がかり。けれども空間そのものはただただ「座標をずらすだけ」

足元に落ちていたハードウェアの文字列をひとつひとつ拾い上げる。それは誰かの書きかけのリッチテキスト。あるいはまたディスプレイごと叩き割られ破棄されたスプレッドシートのフラグメント。

“キミが思うよりキミは淡くて。キミが思う以上にキミは尊い。”(from Hz)

あの日のボクは誰かのCodecをずっとなぞっていた。全時間軸をとおしてすべてがCGのようにやけに滑らかでそしてヒビ割れていた。どちらを修復するべきかを考えると急にやたらと頭が痛くなった。そしてボクは軽く奥歯を噛む。

“でもそのときのキミの横顔だけはなぜか演算されていなかった。――そうキミはそもそもBugでありもともとErrorだったから。(from Hz)”

全世界のレンダリングが追いつかず感情だけがリアルタイムで八百万の谷を越えていく。「Undoできる日々」なんて今まで一度だって存在しなかった。

“二次元の壁を三次元で埋めつくせ。”(from Hz)

気がづけばボクとキミは対になっていた。ミラーリングのこちら側と向こう側。互いに指を差し合い一方は価値の下がったETHを手にしもう一方はすでに深い瞑想の中にいた。

“それでも「Yes, I'm not 2D」そう言えた日をキミはいまでもはっきりと覚えている。(from Hz)”

たとえボクの視力の解像度が落ちたとしても。たとえボクの血流のビットレートが上下に揺れ動いたとしても。ボクはもう消したくても消すことができない特定機密保護法の対象に加えられたひとつのピクセルになっていた。

“さあ祝おう。LCDに映しだされた二次元に棲まうキミへ。”(from Hz)


https://note.com/userunknown/n/n0fe34a95f246?sub_rt=share_sb

 101

 2

 4

あめのひつづく


うつ
うむ
うつつ

つゆどき
あまおと
きいていて

うつつら
うむうむ
うたが
うまれる

うつつつ
うむむむ
うむうむ

そんなに
うつむいて
ほんや
のーとばかり
みてないで

かーてんすきま
ゆるるはいりこむ
たいようのおさそい

うつ うむ つつつ
あまだれあまおと
さそいさそわれ
うつつ うむうむ

 72

 7

 8

両手

左手
右手
同じ手なのに手に入れたものは違う

左手には夢、希望、期待
右手には現実、失望、落胆

両手を合わせれば全て一つになる
現実を知りたくないから右手は握ったまま
幸せな気持ちだけを持ち続けたいから
左手は広げ沢山手に入れる

両手
両手を広げ手に入れたいのはたった一つなのに
左手も右手も塞がっている
全て捨ててしまって
両手であなたの愛を拾い
両手であなたの心を包み
両手であなたに触れたい
目の前にあるのに
手に入れる事が出来ない
たった一つの愛…

 18

 1

 1

かがみこむ

懇切丁寧に梱包され
パッケージにはマル秘マーク
隠匿隠匿隠匿をひとつ
拾い上げて
ポッケにしまう
卒業アルバムの
隅っこで肩だけが
写っている
あれ、
私なんだよね

もしも、と言いかけて
きっと、と言い直して
だけど、で言葉が途切れた
クラスメイトの談笑の輪に
私の姿が映りきらないように
今思うと
友情など
あるはずもなかった

中学卒業後
地元を離れたくて
入学した京都の高校で
私は決して優秀な生徒ではなかった
だけど
少しだけ克服できた緘黙症と
数名の友達によって
一命を取り留めた
収穫は山科の毘沙門堂で
見る角度によって
絵が動いて見える
襖絵を見たこと

久しぶりに連絡をくれた
高校の同期との
取り留めのない会話の合間には
パーテションが置かれており
これが適切な距離なんだと
言われている気がした
もう一度
毘沙門堂の襖絵が見たい
果たして私たちは
どんな風に見えるだろうか


オートウォーク上で立ち止まる
立ち止まらずに進んでくださいと
アナウンスが耳元で
ゴロゴロと響き
堪えきれずに
ひとり
かがみこむ

そこはカーテンを
閉め切った自室だった
隙間から漏れる日光に
手を伸ばしたら
 小さな隠匿がひとつ 
  音もなくポッケから
   まるで
    生きているみたいに
     落っこちて
    あっけに取られて
   もういいんだと
  かがみこんだまま 
 せめてもの抵抗で
顔を上げ頷いてみた

 151

 8

 9

鏡人(漆黒の幻想小説コンテスト)

 いま逃げなければ、すべてを奪われる。
 國に鏡はない。近隣にもない、つくる術もない。でも鏡の語と原理は伝わった。ゆえに國には鏡人の術がある。
 幼いころ、私は〈王に似ている〉という理由で鏡人にさせられた。父には一生困らない貨が國から与えられた。
「おまえは余の鏡人だ。そして余は鏡人の王だ」
 幼い王は幼い私へ言う。
 それから私は王にとって左右対称になるように煉りなおされる。身も動きも、そして心さえも。それが國における鏡人の術だ。身は赦せた。王は美しかったから。乳房も同じくらいに膨らむ。動きも表情もまだ赦せた。王が右手で食べるなら、私は左手で食べる。王が左頬に笑窪をつくるなら、私は右頬に笑窪をつくる。
 数年経って、私は鏡人として王に似すぎてしまう。
「余の代わりに朝廷へ出なよ」
 言われるがまま王の身代わりとして王座に座る。朝臣たちは誰も私だと気づかなかったようだ。しかし右相は私の左に、左相は右に並ぶ。
 身も動きも赦せた。でも心だけは気がかり。私は甘い魚果が好きだ。王は冷たい魚脂しか食べたことがなかった。私も鏡人になってしばらくは魚脂しか食べなかった。しかし王宮の厨手はやがて魚果をつくるようになる。厨手に訳を訊ねると
「王が食べたいとおっしゃいました」
 私は好みを奪われる。
 王宮のなかで私が心を赦していたのは若い近衛左尉だ。
 しかし柱廊で近衛左尉と親しく話す王を見て、そのいつもより高い声を聞いて、これ以上はいけないと決意する。私は近衛左尉の尖った唇へ右頬を預け、王は左頬を差し出す。
 いま逃げなければ、私は心を奪われる。 
 無月の夜、私は弓だけを右手に持ち、王宮を出る。すぐに追手が来るだろう。王の武芸として鍛えた弓術を頼りに王邑を、國を出るほかない。
(でも、どの途を逃げても捕まる気しかしない)
 王邑のどこの途にも追手は待っている。まるで動きを読まれているように。その気配のたびに私は矢を放つ。邑壁沿いの途を走るとき、また人の気配を感じ、矢を放つ。矢は姿を現した王の右腕へ刺さる。しかし近衛はいない。
「おまえだけが奪われると思うな」
 旅装の王は言う。王は右腕の矢を抜く。
「余も鏡人に半ばを奪われる。喜びも哀しみも、痛みさえも」
 傷のない私の左腕が痛みはじめる。
「近衛左尉は、余の産まれたときから近侍だった」
 そうだ、王宮から逃げたかったのは私ではなかった。

 34

 5

 1

梅雨空の日曜日7:30

カーテンの隙間は 暗いまま
昨夜からつづく 雨だれの音
まだ カーテンは閉じたまま

仕事疲れは 残っているけど
わんこがないたから おきる
お散歩いけないよ 雨だし

玄関わきの おトイレで
わんこが がんばる
がんばってね うん

 140

 3

 8

波止場の上に        (訳詩 by T.E. Hulme)

ひっそりと深夜の波止場、   
高いマストに絡まって、   
架かる月。あんな遠くに見えるけど、   
実は、子供が遊んで忘れた風船。





※軽やかにして可愛らしい。解説不要の短詩です。


            Above the Dock

Above the quiet dock in mid night,
Tangled in the tall mast's corded height,  
Hangs the moon. What seemed so far away  
Is but a child's balloon, forgotten after play.

 34

 3

 3

ガラスの海          (訳詩 by エズラ・パウンド)


私は見やった

   虹また虹の屋根が垂れた海を

どの虹も中心では

   恋人たちが出会っては別れた

すると空の至るところに顔が溢れた

   黄金の後光を差しながら








※解説不要、もとい、不可。ネットに転がっている解説をいくつか読んだが、どれを読んでも何べん読んでもわからぬ。「自然美、愛、失われた愛、そして悲しみが主題である」と言われても、ねえ。もうわからなくてもよい。そんな次第で訳にも苦労したし、こんな訳でいいのかもわからぬ。個人的には、何とも言えぬ、むしろ不気味とすら思えるイメージがぬっと現れてくるようで(最後の二行)、そこが印象に残った。賢明なる読者諸君よ、この詩のわからなさにお悩みになるとしたら、それはもう、すべて「作者」の責任にござりまする。



     The Sea of Glass


I looked and saw a sea

                      roofed over with rainbows,

In the midst of each

                    two lovers met and departed;

Then the sky was full of faces

                              with gold glories behind them.

 54

 2

 5

ミス・モーラーの夏

一羽の雀が見守るなか
淡い青空が広がっていた

強い日差しを浴びて
彼女は7号室から
出て行った

12歳で越してきて
今日までずっとそこにいた隣人が

ふいにいなくなるなんて

7号室は静かで
午後の影がじわりと
ひろがっていく
引き潮のように広がり
記憶に沈んでいった

7号室には
まだ誰も入居していない
ぼくだけが 
扉に触れて確かめる


夏至まであと少し
片手に
小さな海を連れて

 219

 4

 2

虫喰い

革張りの、墓標。
書斎の、深い、闇の中。
俺は、一冊の、死体を開く。

活字は、黒い、骨の、列。
意味は、とうの昔に、褪せて、
ただの、染みになっている。

虫が、喰んだ、穴。
あれは、新しい、窓だ。
その、不規則な、窓から、
俺は、物語の、無い、世界を、覗く。
そこは、ただ、美しい、
空白が、広がっているだけだ。

俺が、読んでいるのではない。
この、古い、紙が、
俺の、皮膚の、下の、
退屈な、記憶を、
渇いた、舌で、吸い取っているのだ。
俺の、血が、インクとなり、
俺の、骨が、黄ばんだ、ページとなる。

やがて、
俺は、この、書物と、一つになり、
共に、虫に、喰まれ、
共に、塵に、還る。

最後の、一行が、消え去った後、
この、閉ざされた、沈黙を、
誰が、読むのだろう。

埃か。
闇か。

 209

 3

 1

 0

 0

 0