投稿作品一覧
私を殺したあなたは薔薇
顔のない顔を一輪ずつの薔薇とすれば
人間のやわらかな棘は
いつからどこまでつづくのだろう
ちがう薔薇をかぎわけようとする残忍な努力
天災のたび人によって人が殺された
犯された女には汚名がつきまとった
子どもは血を呪われ
父たちは戦にたおれた
インターネットは現代の海 そして砂漠だ
名前とぬくもりをもたない
シロウト警察官 裁判官 精神分析家たち
ソーシャルワーカー ジャーナリスト 詩人
他者の生へ解釈と審判をねじこむよろこび
私の内部にも決めつけるまなざしがあって
それを殺すために水銀を飲んでいる
シルバーグレイは宇宙の色だから
どこでも行けるのだと教えてくれたのは
変わり者の悪い大人だったけれど
まちがった方法で生き延びてきたことを
叱られるならこの世にとどまる理由はない
胃の底から黒い河がこみあげるような
ありふれた悪意に枯れてまで
♥らぶりぃ♥どんきぃ♥ぱらのいあ♥
さでぃすてぃっくおまんこ
地上はもう終わりです。
痴情に縺れたので。
犬以外は早く死ね。
(こんなんばっかっしょ)
(みーとぅー)
ぺれあすとめりざんど。 ししりえんぬ。
あたしの凡てを千切って精神からそれを滴らせたい。赤と青の混合物。あめじすとの切っ先。それを。
それを、それをそれをそれを。
朽ちていく巨大なものは、微生物達によって分解される。顕微鏡を覗いた時、その蠢く小さなもの達は、私達の顔をして居た?双眼鏡を覗き見える朽ちていく巨大なもの、その顔は私達の顔をして居た?ねぇ、だーりん、すきぞふれにっく・ぱらのいあから私を救い出してよ、体を繋ぎ止めて、舌とちんこを侵入させて、その柔らかな杭で、私を正気という檻に閉じ込めて欲しい。ちじょうに繋いで欲しい。永遠に。
流出する魂が、今、蛍になって、私の舌にのる!
爆発candy部隊が、鋏王子の城を取り囲む!
なぁんて。
凡ては
あたしの
ぱらのいあに過ぎ無いよ、だーりん
道は途絶え森に続いて居た
朽ちて腐った木の、その脇に、まだ弱々しく瑞々しい蘖があって。
から類の混群が、忙しないお喋りを木立ちの合間に響かせながら、頭上を飛び回る
雨に濡れた木々と土の匂い
熊が残した爪痕が巨大な赤松に刻まれて居る
気配を殺す鹿達がふいに腐った落ち葉の上を滑るように走ってく
白樺の肌は君のそれに似てる
何処かで野犬か、狼か。遠吠えが聴こえた
行かなくちゃ
あたしは森で朽ちて果てて腐った死体になるだろう
微生物達があたしの腐乱死体でぱーてぃーするだろう
狸や狐はまだ食べられる肉や骨を一片ずつくすねて行くだろう、巣穴で待つ彼らの幼獣達のために
やがて、土の上に散乱した、僅かな骨だけがあたしになる
黴びた肋骨は小さなきのこや苔に覆われて
やがて私は土になるだろう
森の中で
あなたの声を聴いた
私はあなたの声を聴いた
正確にはその歌を聴いた
その歌にはあなたが受けた凡ての傷と愛があった
耳を澄ませて
口を噤み
目を光らせて
1匹の犬になる
私達は犬に過ぎ無いと言っても過言では無い
透明な犬が森を駆けていく
巨大なものが分解される時、私達は蛆虫で
腐敗した肉の甘さをその口に知る
透明な犬は駆ける
どんな物語にも汚され無い朝を
どんな物語にも汚され無い夜を
追跡する
その鼻で暴き出す
白日に暴露される
その未来を
幽霊の犬よ
精神の犬よ
精霊の犬よ
未来を
私は光と呼んだのか?
そんなことより
だぁりん、早く抱いて。
さでぃすてぃっくおまんこから産み落とされる赤子はみんな鳴いて居る泣いて居る
優しい舌が額に触れる
森の中には私のように破壊された遺跡があった けれど美しくさえあった その光景は君の左手の骨に似ていると私は思った
遺跡の中の、黒く穢れ、錆つき、割れた鏡に反射する光は、分かたれた私達で、
あたしは、
自由に生きたかったし、
自由に生きるしか無かったの
そうでしょ♥
早く、だぁりん。
私達、せっくすしよ♥
この土塊の上で♥
♥らぶりぃ♥どんきぃ♥ぱらのいあ♥
三〇
身体元気でも心寝る気
肉食らいでもカルビつらい
伸びしろを感じないお年頃なんです
人生極大点フルスロットルで駆け抜けろ
これ以上ないでもまだ衰えない
次はsickでも今は疾駆
ゆかいな農夫
憎しみは愛の上位集合だと言えば
すこやかなあなたはきっと笑う
公園のそばの小さな川 小さな橋に
捨てられた絵本のお姫さまは
それでも老いた農夫を愛していた
素朴なおじいさんは反体制の王さまだった
悪も生命も許さない為政者になりさがって
それでも人から愛されていた
お姫さまも憎しみをこめて愛した
逃げていくところがないやんごとなき者は
どれだけでも年貢を納めることができた
ほんとうは盗まれているのに
見ていないふりをして
それを善くあることだと思っていた
これは物質についての物語ではない
妹の神話
バケツに火を注いで運ぶ遊び
炎が漏れて妹の緑色の運動靴が燃えた
私は逃げた 逃げおおせた
十年後に火傷の痕を指さして
「ほら、翼の生えたブーツ」
と顔のない妹は笑った
笑ったとなぜわかったのだろう
後ろめたさから
まぼろしの中にまぼろしを見ること
これが正気というものだとしたら
人間の生命は恥ではあるまいか
姉を庇いつづけたあげくに死んだ下の子が
焼けただれた脚をぴんと伸ばして翔び
地獄の天使になるのを私は望んでいたから
昨日の夢でちゃんと見た
無意識の空はうすむらさき
曖昧さを許すことなく誰も生きていかれない
エレベーターの詩
昨日の夢の深層で花が届き
ブーケには差出人の名前がなかったけれど
どうしたわけかすぐに分かりました
白百合の匂いが小さな部屋に満ちたので
泣きも笑いもできなくなりました
香りの良い贈り物を抱えたまま
異界のエレベーターに乗りました
きっと私は地獄行きだから違うフロア
ふたたび会えるものかどうか
(もうここにおらん人はここにおった人
やけんどうしょうもなくさびしいとよ
どんな人とも出会う前には戻られんけん)
長い睡眠でしたが今朝も当たり前に醒めて
あなたにはもうこない当たり前がきて
有難いことです でも
また少しだけ潜れたらと思って
三十秒間目を閉じてみていました
目的の階にはまだまだかかるみたいでした
アスペルボーイ(10)
ぼくはビョーキの子どもなので
ふるえる言葉は意味をもたないし
涙はきたないおしっこで
すぐに拭いてもらえる だけど
想像力に乏しい犯罪者ヨビ君のぼくを
誰も信じていないことを知っています
ぼくがおかしくあるかぎりで
ぼくの家族は天使さまです
ぼくの涙は症状で
ぼくの怒りも症状で
ぼくの宇宙も症状で
ぼくはぼくを発見され
いつも標本箱のなか
とべない個性の蝶々です
宇宙の絶え間ないさびしさに泣いていると
家の人が来て
薬は飲んだかと訊きます
私の迷いイルカQちゃん
背中から胸へと私のトンネルを
うすむらさきの光の帯がたっぷり通っていき
その帯を一頭のイルカが泳いでいて
狂気がときおり見せるこんなやさしさを
愛しているから死ねないのだと思う
いまこうして生きていることが
どうしようもなく恥ずかしいのだと言ったら
イルカはきゅうと鳴いた
人間の揺れる輪郭を
ただ不思議そうに見ていた
恋のある瞬間によぎるナスティーな内心を
祖母に殺される気がして
公共の猥褻広告にさえ救いを求め
自尊心はほとんど欠落し それでも
お前には矜恃がないと誰かが言うなら
ぶっ殺してやるつもりで在る
沸きたつ氷の核のことは
ぜんぶイルカに訊いてくれ
学校ぎらい
薄暗い部屋で息継ぎするように
自分を塗りつぶす言葉を必要としたきみは
見えざるピンクの詩を書いていた
きらめく失血 幽体離脱のおまじない
生まれつき身体のない人の身体
逃れることなどできない
教育はときに所有に似て
不躾な視線に眺めまわされるという美徳で
秋の夜長の喘息発作で
甘く苦しい関心がきみを見ているのだ
帰りの会で男の子の名前を言うと
赤面するきみを
国語の時間当てられるたび
吃音するきみを
先生は可愛がってくれる
博物館の小鳥のように死んでいる
病気の子どもの青白い頬へ
褪せた唇へ彼は手を伸ばし
逃す気などないくせに逃げておいでと言う
やがてきみは学校ぎらいになる
大人の男をきらいになる
生きのびるためにばかになる
桜の木のセカンドベース
桜の切り株に、初老の男性が座っていた。
まるで誰かを待っているように、広場を見つめている。
かつて、そこは私にとっての「セカンドベース」だった。
自宅が歩いて10分ほどの距離。そこに巨大団地があった。
建設されたのは昭和30年代。車が余裕で2車線通れる道路が団地の真ん中を通り、道沿いには木が整然と並んでいる贅沢な造り。
広い団地であるため、公園も3カ所あった。
私が7歳で引っ越してきたときからその団地はあったが、すでに新しいとは言えない建物だった。
小学校時代の私の遊びはこの中で完結していた。
学校が終わると、自転車のハンドルにグローブをはめた。
タイヤには軟球が挟んである。
道具はそれだけで十分だった。
その中心となったのが、団地の奥まった場所にある「桜広場」。
実際の正式名称は知らないが、そう呼んでいた。
名前の通りに、桜の木が何本も植えられている広場だ。
道を挟んで、遊具のある公園があることと、子供が野球をするにはほど良い内野と呼べるスペースに、桜がなかったため、私たちのホームグラウンドになった。
まだ広場で軟球を使い、バットで打っても、禁止になるような時代ではなかった。
強い当たりを打っても、桜の木が邪魔をして団地に住む人のところまで、飛ぶことがなかったからなのかもしれない。
そこへ行けば、誰かが野球を始めていて、グローブをもった友達が集まり加わっていく。
同級生だけでなく、下級生が仲間に入ることもあった。
野球ができればそれでよかった。ある程度の人数が集まると、自然と仕切る友達がいて、いつの間にか試合が始まる。
ときには広場の端にあるベンチに、野球好きな観客な姿があった。
もちろん1人か2人ぐらいだが、声援が飛ぶと、頬が緩んだ。
気分はまるでプロ野球選手だ。ベンチに観客がいないときには、僕らにとってのダグアウト。
すぐにバッターボックスがあるのに、選手の真似をしながら、屋根も囲いもないダグアウトから打席や守備に向かう。
1塁、2塁、3塁のベースは、だいたいそこにある桜の木。
切り株の桜は、セカンドベースだった。寄りかかることができたぐらい頼もしい木。
ホームベースだけは、自分たちで土を削って作り、スコアボードも地面に書いた。
日が暮れて、ボールが見えなくなるまで試合をした。
中学生になると、さらに学校が遠くなり、団地へ行く回数は減った。
外で遊ぶにしても、すでに野球ではなく、せいぜいキャッチボールをするぐらいになっていた。
そしてなぜか、私たちの世代が小学校を卒業すると、そこで野球をしている少年たちの姿は見なくなった。
やがて、「バットやボールを使っての遊びは禁止」という立て札が建てられた。
それからは、春は桜の花見、夏は桜の枝にできた陰で休む人の姿が目立つようになった。
野球の消えた広場のベンチは、冬になると枯れ葉が積もり、ペンキの禿げた部分を隠した。
そんな団地が、建て直されるというのを聞いたのは数年前だ。
駅へ行ったり、買い物をしたりする道は他にあり、団地からは足が遠のいていた。
壊されると聞いたときには、その古さからは、「仕方がない」と感じるだけだった。
先日、久しぶりに団地の中を通った。買い物ついでに、壊される前に行ってみようと、自転車を走らせた。
思った以上に寂れた団地は、夕方のせいもあり寂しく感じられた。
歩いているのは老人だけで、塗り替えで保たれていた白い壁は剥がれた箇所が目立った。
ただ階段を照らす灯りだけが全棟でついていた。
家から近い砂場がある公園は、ビー玉遊びなどで低学年の子供たちでにぎわった場所だった。
ちょうど小学生の帰宅時間だったが、その姿はない。
この日いたのは母と子供がバスケットボールでキャッチボールをしていただけ。
誰もいない砂場にかかった屋根は、穴が開いたまま補修されていなかった。
桜広場を見ると、私たちが野球をしていたころには、もっとも大きな桜の木だった「セカンドベース」が切り株になっていた。
その切り株に初老の男性が腰かけていた。
視線の先は、私たちのホームグラウンド。
そこに、ツルツルの軟球が転がっていた。
今は、秋風が吹いているだけの広場と軟球に目を向けている。
彼は私と一緒に、ここで野球をしていたひとりなのかもしれない。
記憶というのは曖昧なもので、以前あった家や店を数年後には思い出せなくなることが多い。
友達の家でさえ棟を間違えてしまうほどの広い団地。
誰がどこに住んでいたかは、もう思い出せない。
ただ、小学生のとき、毎日のように遊んだこの団地のいくつかの場所には、はっきりと自分の姿が感じ取れた。
転校してきて初めて、野球の仲間に入れてもらった。
雨を防げる砂場で、ビー玉をぶつける山を作り、自分たちのルールで遊んだ。
公園に穴を掘り、バットとボールでゴルフの真似事をしたこともあった。
動いていたはずの時間は、やがて写真のように止まり、折り重なっていく。
切り株になった桜は、椅子になった。
ただそこに座ることなく、間もなく消える。
1/15sec 1:1.4 ASA400
カシャーーチチ
聞き慣れない 乾いた音
振り返ると
先輩と その手にした 知らないカメラ
いつもの 一眼レフじゃない フィルムのカメラ
薄紫の反射に 部室と わたし
少し首をかしげると、先輩の人さし指が
もう一度 動いた 十七時
靄の中で
「みんないなくなって
俺だけが生き残ってるんだ
あれは正夢かな」
折れ曲がった眼鏡のつるを押さえながら
歩行訓練を終えてきた父が
若い医師に話しかけている
応えようもない夢の話を背中で聞きながら
海沿いにひろがる町に降りてくる夕暮を
七階のこの窓から眺めている
午後の駅に降りたとき
あんなにも海辺でさわいでいた
カモメもカラスもとうに何処かへ消えてしまった
年中快晴な男であったというのに
突然昏倒した父が夢のなかで一人きりになったという町へ
町に忘れられた頃に帰ってきた
さきほどまでの光にかわって
海からの靄が少しずつ
町を浸しはじめている
同室の三人の老人に倣って
力なく口を開けたままの父も
夢のつづきへ入った模様
馬鹿げた幻を商いして破裂していた弟は
無言と微笑で迎えた兄と二人
医師の説明を聞いた
やがては父もいなくなるだろう町並を
濃い靄が墓地の方へと向かいはじめ
ガスのなかをクルマや人の影が見え隠れして行き交っている
リハビリの時間が必要なのは父だけではないのだろう
影さえもさだかではない靄のなかを
ゆっくりとクルマの灯が動いている
そしてドアを開けてふわふわといま
歩きだした夜の回廊に
靄がもう這いはじめている
羚を見つめて
円らかなる瞳は
熱悩し
懊悩し
痛悩し
苦悩し
苦悶し
煩悶し
欝悶し
愁悶し
愁情し
愁歎し
愁苦し
衆苦し
困苦し
憂苦し
艱苦し
艱危し
艱難し
艱虞し
見つめてる
懐かしんだ柘榴を貴方は踏み均すのね
蟻の一歩
誰かにとっては蟻の一歩でも
わたしにとっては象の一歩だ
誰かにとっては取るに足らない雑草も
わたしにとっては初めて咲かせた一輪の薔薇だ
誰かにとっては吹けば消えるマッチの火も
わたしにとっては燃え上がる夕日だ
黒猫
黒猫を見た。
ノラではなく、首輪をつけているから飼い猫なのだろう。
目も優しい。
黒猫は木の上にいた。
天気の良い日だったので、日向ぼっこか、と思い見ていると、どうもそうではないらしい。
登ったはいいが、降りられなくなっているようだ。
枝の上をそろりそろりと進んで行く。
前足は慎重に、後ろ足少し震え気味に。
すぐ折れるような枝ではないが、先へ行くほど細くなる。
そこで立ち止まると、少し考え込むように空を見る。
そこに答えはないようで、柔らかい体を反転させて、太い幹の方へ戻っていく。
枝分かれしている幹の、少し安定感のある場所に戻ると、黒猫はちらりちらりと辺りに視線を移す。
葉や枝を伸ばし、見た目には弾力性のありそうな、しかし実際は飛び降りたら勢い良く地面に到達させられそうな、弱弱しい木の方を見つめる。
しばらく見つめた後、「ムリムリ」と思ったのかどうか、また最初の枝に挑戦し始めた。
しかしやっぱりそこに先はない。
また戻ってくる。
幹に少し飛び出ている枝の切れた痕を見つけて、ゆっくりと左前脚を伸ばす。
爪も引っかからないほどの、頼りにならない痕。
確認すると、また幹に戻り小休止。
黒猫はまた空を見上げる。
けれどそこに答えはない。
そこで目があった。
「どうしようか・・・」
そんな目をしている。
「わからないな」
クビを傾げてみる。
しばらく見つめあった後、黒猫はまた空を見上げた。
そしてうつむいた後、黒猫は生気を取り戻したように、クビを上げた。
「見つけた」
細く伸びた枝や葉に隠れた物置に気付いたようだ。
黒猫は思いっきり跳躍し、その物置の屋根に着地し、消えていった。
答えは空にはなく、すぐそばにあった。
たばこを一本吸い終る間の出来事だ。
#じんたま 11 Neither praised, nor a burden
第2回配信「#じんたま」を終えて。
今回の配信は、詩の朗読会だった。
私の録音音源も使ってもらったのだが、白犬氏からは「Liveでやれ。説教だわ」と直球の洗礼を浴びた。これに対しては「ごめんて」とのたまう他ない。どこまで行っても俺が悪い。……いや、これは「よそ者感」や「アウトサイダー」を気取ってしまう、私のいつもの悪い癖かもしれない。
それぞれの感想、あるいは批評は実に良かった。
正直に言えば、放送前はどこか舐めていた部分もあったのだが、蓋を開けてみれば、参加者全員がちゃんと心臓を捧げていた。音声だけの配信ではあるが、その面構えが違うことを痛感させられた。
アキレスと亀のパラドックスのように、私もまた、無限に分割され、決して辿り着けない自らの時間軸の解像度を上げて、言葉を紡いでみたいと思う。
私が朗読した宮沢賢治の『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』の一節。
これを以前ケムリ氏のスレッドに貼り付けた時、私はある種、似たような想いを抱いていた気がする。
ケムリ氏の文脈は、確かこうだった。
キャバレーの用心棒をしていた頃に「文学極道」を知り、その衝撃で大学の文学部に入った――文学を何も知らない「やんちゃな子」が、文極に揉まれることで自己を構築していった、という物語だ。「文極には感謝しかない、お前ら全員漏れなくクソ野郎だな、ありがとうよ」という、暴れ回るような文章だったと記憶している。『それからよるもひるも栗の木の湯気とばけものパンと見えない網と紳士と昆布と、これだけを相手にして実に十年というものこの仕事をつづけました。……はじめの四年は毎日毎日借りばかり次の五年でそれを払いおしまいの三ヶ月でお金がたまりました。そこで下に降りてたまった三百ドルをふところにしてばけもの世界のまちの方へ歩き出しました。』
(宮沢賢治『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』より)
私自身もこの一節が、実は狂おしいほどに好きだ。そこには、一つの「信念」が血肉化されている。
文学極道における私の信念は、徹底した読み専であることだった。
あそこにはおそらく何百人という観覧者がいた。私は批評のみを書き、作品を「銘打つ」行為を自らに禁じていた。
それは独りよがりのリスペクトだったかもしれない。「自分はまだ、この場に投稿するレベルに達していない」という自覚。
安全圏からの発言だ、だったらお前が書いてみろ――そんな反論も本当にうんざりする程無数に浴びたが、私には其れはどうでもいいことだった。
才能ある者の光を際立たせるためには、才能のない者を削り落とさなければならない。私はその一心で、時には「最低劣作品としてノミネートすべき」という烈火のような批評も投じた。へつらう必要などない。読めるということは、書けるということだと、今も確信している。
批評されて筆力が向上する人間は本当に極めて稀だ。それは一つの「才能」であり「天才性」に他ならない。文極において批評とは、天才とその他を分かつ「篩(ふるい)」として存在していた。その場に対する私の最大限の敬意が、「作品を投稿しない」という自制だった。
結局、私は十年かそれ以上の間、一度も作品を投稿しなかった。記録には何も残っていない。
しかし、その年月の重みが、現在の私の詩作を支える要(かなめ)となっている。
クヮン・アイ・ユウ氏が、ネネムの搾取され続けた九年九ヶ月の苦役を、私が「抑揚なく、普通に朗読したこと」に注目してくれた。
それは私の中の最も鋭い部分を拾ってくれたと感じている。ネネムの苦労を、まるで「当然のこと」のように淡々と語る美学。
自分自身に折り合いさえつけば後は必死になるしか無い。私自身、ネネムの歩みに自らを重ねていた部分があったのだ。
私にとって、文学極道は「膝を折って祈る」ほどの体験だった。
時間をどれほど分解しても届かない場所。届かないという事実そのものを知れたことは、そこに「美しさ」を見出すことに他ならない。
星に手を伸ばす感覚。
それは詩作に向かう今も、私の中に息づいている。
無駄なことは、何一つなかった。
私は私自身と向かい合い、私自身と納得し合っているのだから。
もふもふのライバル
あなたの可愛がる
ミケちゃんが羨ましい
愛し気な視線を感じて
優しい声を聞いて
喉をゴロゴロ鳴らして
毎晩一緒に眠るの
きっとミケちゃんは
あなたの普段見せない
涙も知っているはず
可愛いねこに嫉妬
バカみたいだって
わかってるんだけど
仕方ないじゃん
私はかなわないんだから
大穴
わたしの街に穴が空いて、はや幾年
今日も母は花に水をやり
父は日曜大工に勤しみ
穴に落ちて動けないわたしは
ただ二人の生活に声をかけるだけ
風の噂で
隣町にも大穴が空いたと聞いた
鈍臭い、どこかの馬鹿者が
うっかり足を滑らせたらしい
母は笑った 父は呆れた
わたしは何も言わなかった
名前だけ知っている、近くて遠い街
そこに流れる川の名前も知らない
一番身近な異国で
暗い穴から這い出そうと
今この瞬間 もがいている誰か
泥だらけの顔で
大穴にぶら下がり震えている誰か
わたしは急に鼻の奥がツンとして
冷たい地面に頬擦りをした
水母 その下書き
水槽のなかの水母
水母を、聴く。人の会話の内側で、人の下書きを、生きている。恣意が、指のかたちで水槽に触れるとき、誰もが水母に耳を澄ました。わずかな発光から、心のにおいが漂ってくれるだろうか。光の屈折のなかで、本当はどこにいるのかわからない、という小さな表現として揺蕩う。人は、人として揺蕩わないように、水母を見ている。
詩と水母
水母は、文脈があるからといって、飛べない詩のなかに縮んでいる。誰しも、耳の奥には水辺の無い海をひろげていて、無言を聞いてもらう為のすがたを求めていた。だから水母は、あらゆる人々の耳に溢れようとした。詩の一編は、鼓膜の内側の声を聴いてほしいのに、砂利の摩擦に覆われていつも消えた。人の内側に、発せられる朗読が、自分の耳骨へ届くことさえあきらめている。水母の化石はきっと、人の聴覚の背後にあふれている。
水母という逆説
結局、水母はいない。この世にいない、ということを、指し示すために、揺蕩っている。この逆説に住む水母は、どの時間にも戸籍がないから、自分が存在するための海中を、絶えず出産している。それは、海になるために成長しながら、母親を薄く殺す途中である。自分という部分が、死骸であることの全てであることに気づくと、海の中心からずれる。水母、という言葉からも水母ははみ出し、自分が産んだかもしれない卵を、他人の眼で眺めている。やがてそこから自分が産まれ、水母でいる以外の世で、はじめて水母が生きている。存在と感情の公約数が、その身体が揺蕩わせる。この世の排泄物であり同時に、この世を身ごもり積もろうとする。捨てられたところからまた、芽生えようとする。
水母の視野
水中で、水母は近視をなくす。所有に、探されていた水中が、水母のなかに所有を見つける。やがて視えないことで、水中のすべての好奇心が、水母の眼球にかわる。同じ時間でなければ、同じ水中に何人もいる。温もりを、繰り返し生む。死骸と、時間が、笑いはじめる。水母は水中で、使われる動詞そのもののかたちをしている。
海中のすべてが、水母の脳だった。あらゆる他者という海中が、すべて自分なのだから、水母の経験で、海はあふれていた。無数の、命の交換がきっと、対等ではない。死者への二人称で、海がひろがっている。あらゆる死骸に付着した時間が、死骸から離れる。海中に、時間があらわれるとき水母は、未来の手足を切り離し、正しい誤りで身体ができている。やがて海水そのものの死体が、水母になる。実体を、海中へ還しつづけた水母は、海そのもの意識にかわる。海であることが、水母の脳である。
隔たる水母
水母という隔たりは、明確に光を帯びて水母を纏っていた。水母が泳ぐと、隔たりも等しく移動し、海からすると、絶えず水母には隔たられていて、海中が盗まれながら、海を修復するという反復があらわれる。海が隔たり返すと、隔たりを隔ててしまい、水母は内側のなかの外側へ、消えてしまうのかもしれない。隔てられた海のなかでは、移動が成立しない。未来を含んだ過去と、過去の続きとなる未来を、同時に経験しながら、水母の時間は全部を含む。
砂浜
砂浜に打ち上げられている。この世の波打ち際に、自分の輪郭を探しにきていた。水母は内側に、住まわせているそのものの身を、漏らさないようにするため時々、輪郭を捏造していた。うわの空から水中を集め、それらを擦りつけながらいったい、ずらされた中心は何処にあるのか。生命と自分との関係を、見定めるのに必要な輪郭がついに見つからなくて、存在する理由を、砂粒の空隙に溶かしついに、立体をこぼした。はげしい能動態だけが、言葉を隠して、潮が満ちるのを待っている。
くじらといるか
まだ携帯をみんな持っていなかった頃のお話。
彼氏と街で待ち合わせをした。
「百貨店の前のくじらの前で」と、私は言った。
けれど、彼は来なかった。
私は憂鬱を抱えたまま、その日をなんとか過ごした。
狭い街だ。
ばったり彼に会った。
彼は言った。
「待っていたけど、来なかった」と。
私は答えた。
「くじらの前で待ってたよ」
そこから、なぜか現場検証が始まる。
私の指定した場所のくじらを指さし、
「くじらでしょ」と私は言った。
すると彼は、別の“くじら”の前で待っていたと言う。
彼が連れて行ってくれた所にあったのは、
大きないるかの絵だった。
「これは、くじらじゃないの?」
と真顔で言う彼は、学校では物知りで有名だったから、
私はびっくりした。
くじらもいるかも、私たちの小競り合いをよそに
おおらかに泳いでいた。
まだ携帯をみんな持っていなかった頃、
相手の言葉がすべてだった。
肉声というやつだ。
彼が来ないという一大事を、
当時の私は笑い話にできなかった。
いま思えば、すれ違いは大なり小なり
こんなものなのかもしれない。
懐かしき思い出。
赤い眼
あっちで赤黒いものが動いているじゃないか
お前には見えないのかあの赤黒いものが
お前は今手拭いを持って
私の眼を拭こうとしている
お前のすべきことは今
そこのガソリンとライターを持って
私の背中を燃え上がらせることだ
私は何か苦しいあの赤い光
わからないならお前はその青く白い心臓を持ったまま
今すぐどこかへ消え失せてしまえ
痛みも怒りも嫌いな私だ
お前の身体から抉った血を
いつまでも私の歯にこびりつかせたまま
ひとりで高く笑い続けるのだ
「あの死の海を殺せ!」
「あの火の海を燃やせ!」
あなたがいるこの世界で
あなたがいるこの世界で、わたしは幸せになりたいのです。
[ぬ]ぬ~ぼ~
黄色の
ずんぐりむっくりの
君に、
であえるかな?
崩れたモナカ
の、
破片が
セーターに絡まった
あの焦れることが、
懐かしい
そんなことは食べてからにしよう
空気を食べた。
とけゆく思い出と共に
また、
であうその日まで
たった三十年
黄色の
ずんぐりむっくりの
君が、
目覚めるパーティを贈りたい
[ね]寝静まった夜に
鈴虫の
声が
聞こえない
彼らは
泡沫の騒音
Automaticな夜に
鳴らす警笛
都会の昆虫さ
見えない星と
嫌でも映る
ネオン テトラ
かしましいのさ
誰も彼も
Hydramaticな夢を見て
溶かす昨日
透けて出会う今日
慌ただしいのさ
朝も昼も
夜も、
また迎える
浮足立った街の灯りと
眠らない欲
麻薬より甘いよ
不幸なにんげんであるということを発信するとそれを揶揄するかのような批判的な発言に刺される。
不幸マウント笑笑笑笑
かまってちゃん笑
みんな辛いんだから甘えるな!
自分の体を大事にしなよ!
うるせえな。
自分の心の方がよっぽど大事だよ。そんなに言うなら人生入れ替わってみる?
大好きなお母さんに殴られてみる?
お父さんに初体験奪われてみる?
衣服を脱がされて写真を撮られてみる?
トイレに閉じ込められてみる?
ライターで髪を焼かれてみる?
描いた絵を破られてみる?
万引きをさせられてみる?
失敗を笑われてみる?
身体的特徴を馬鹿にされてみる?
虫の死骸を食べさせられてみる?
笑顔を見せることに抵抗がある人生歩んでみる?
私は全然いいけどね!爆笑
不幸マウント被害者ヅラ悲劇のヒロイン、うるせえな。私の不幸の味を知ってからものをいえ。麻薬より、甘い 私の不幸の味。ちゅっ。
岩魚溪の猿
岩魚溪の猿
五月新綠入源清
岩魚金影氣初明
浩氣滿壑栂林風
群猿渡水亂山鳴
石雨忽從巖上墮
客中一發火箭驚
箭花直逐青藤去
狒面魁猿怒目迎
兩陣相持溪色冷
諸猿斂石默然行
翌年復入岩魚谿
栂顛褐毬墜有聲
彈地騰坡如迅電
始知昔魁獨餘生
五月、新緑に源の清きへ入る。
岩魚の金影ひそみ、気は初めて明らかなり。
浩然として壑に満つるは、栂森の風。
群猿、水を渡りて山を乱して鳴く。
石の雨、たちまち巌上より墜ち、
客中、一笑して火箭を放てば驚く。
箭花はまっすぐ青藤を逐って去り、
狒々面の魁猿、怒目してこちらを迎う。
両陣あい持して、溪色冷ややかなり。
諸猿、石をおさめて黙然と行く。
翌年、また岩魚の谿に入れば、
栂のいただきより褐の毬、墜ちて声あり。
地に弾み、坡を騰ること迅電のごとし。
はじめて知る、昔の魁、独りなお生き残れるを。
カミサマへ
扉なら
叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて
名前なら
呼んで呼んで呼んで呼んで呼んで呼んで呼んで呼んで呼んで呼んで呼んで呼んで呼んで呼んで呼んで
かみならば
書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて
疑いを差し込まなければ
ナニゴトも叶えられますよね
とどかないこえはわたしのじゅんすいさの
しんけんさの
ふそくですよね
信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて
ただいきていきますねいきてるかぎりは
そら、くも、ひかり。そして水母
それは一角獣や龍を煎じた、
清濁を併せ持つだけの貧相なヒトから一重。
幾何学の協調性が噛み合い、
奇想天外な旅の者と招き入れる
赤い手鞠、蒼い羽織物、見せかけだらけの人々は着せられ、
老いて露と消える。
土にかえり礎とかす――雨、私の名を呼ばないで
星月夜の声もない 玲瓏の琴線の細工はその風采、見栄え良く手のひらを覆す。波濤を越え暗転した生け簀にわたつみが、慟哭が揺曳する。管弦の游びを垂らし 出ずる日つぼむ花を謳い つぶらなひとみは 円か望、と抱き上げました
瞑目の海月は珊瑚の懐を撫で忙しなく岩礁を想いました。ですが水鏡は銀盆の薄片だけのまやかしでしかありません
一面の花畑に少しだけ雪を残した山々が遠くに見え、朝日はもうすぐに顔を出し、恥じらいながら花開く華華が印象的でした。丘の上には小さな小屋があり気持ちよさげに風車がまわり風もないなだらかな道にある、私は
ただ幸せに酔いしれていた
ノスタルジックな狂気がやわらかなカラダも、
仄かな薫りも総て君の手の内のテラリウムに列ばされる。
か細い糸を張りその間から粛々と花弁が流れて征きます。また月日が経ち、甘く芳しい果実は誰かを潤しましたでしょうか。醜陋の陰に苔むした遠景より
彼方様へ。
オフィーリアの芽生えからはじまる、これから先なにが起ころうとどうせ今が滅ぼされる、過去と未来を繋ぐ光と風の匂いを細指で辿りましょう。
小さな荒屋に雷鳴と驟雨が犇めく。いっとき、のはずがどうしても逃れられない迷路のようだ。音楽室には朽ちたピアノが一台、ふりしきる音色にも堂々としたものであった
あれは夕暮れ泥む余光に躍る光の粒、記憶の屍が飛翔した姿、彼の者ははじめからそこにはいない、あれは幻であろうとも追い求める、楽譜に塗り替えて絶唱と成すならば。
/そんな夢を見たのだった
/夢のような世界だった
大通りからひとつ入った所に魂の乗り物を軽く漂白する。私達の人生の ふらふらとする カーブに沿ったケーブルが 寄り付いただけの、険しい階段のこの先。道筋があり 当時の背景には 夜景の、白骨が、恋しい、半端なオフィスビルの一角を臨むロープウエイから、引き付けて手繰り寄せてキミのところまで、今すぐに!
かけがえのない、とはその場限りのといい、ことさらに距離感もない。手枕のように微温く痺れていた、空気の詰まった頬の、それらハンガクシールの着せ替え人形の 至る所を繋ぎ留めるだけの、
〈意図と玻璃がない。〉
ただ青白い宇宙を眺める、異星人にも似た新人類。荒廃した精神が妄想を産み落とす白痴美は女の腹の中にいる。
蚊柱をかきわける
積年の恨みだってあったのだ
目の前の我が子に他人をみつけるように
また会おう
そう言って永遠に別れた友を思うように
玄関を開けると闇
水にぬれぬらぬらと輝く石筍たち
ここは寒い
我が家ではなかったのか
傷つけるための物はもっていない
その代わりに蚊柱が
竜巻のように逆巻く
安全より安心を選び生きる
公準
猥褻と猥雑を結ぶ
X軸とY軸のまじわるところの舌触り
俺に似たお前は誰だと鏡が言う私ではない
親から子へのものがたり
子から親へは行くことはない
天井が狭い
傷がない傷痕
に塗る薬飲む薬
住む場所をかえるために蚊柱をかきわける
どこだ
かえりたい
電車に揺られている気がする
石筍から垂れる一滴の水を飲み
正気でいられるうちに連絡を返す
昨日は本当によく晴れた。
あめだったとしてもそう思うだろう
積年の恨みよ
朽ちて学べ
私の子へ
私の知らない
私を知らない
蚊柱の一匹となるまえの
夜明け
憎しみの株式
神を名乗る奴が
西の方角に
煙草を
ふかす
口座に貯まる
預貯金は
株式一
安全な
"憎しみ"
愛の
株価は
暴落
わたしは
愛を
信じない
神を名乗る奴が
沈む太陽に
瞬きを
送った
東京では
地下鉄の
利用者が
八万人も
足並みを
そろえて
憎しみが
急騰
して
いく
のを
明日明後日幸せだって
私は、いつだって、幸せなのです、今日は、満員電車の窓から、ひまわりの花が見えました、黄色くて、とても大きい花です、りかちゃんはそれをきれいと言ったので、私もキレイと言いました、ねえ。
みて
みて
みて
白緑の小鳥
最近、よくお父さんと出かけるよね。
子どもの頃には、一緒に出かけることが
ほとんどなかったよね。
子どものころをやり直しているみたい。
そう言ったのは姉だった。
父は、得な人生だ。
何十年も前を
娘が静かにやり直してくれる。
新しい世界の訪れは、
いつくるのかわからない。
古木に白緑の小鳥がとまる。
私もまた、
その時間を悪く思っていなかった。
空白の時間。
石蛍
無機物の生命が
いないとなぜいえるのか
蛍石にたいして
石蛍がいないとなぜいえるのか
じゃあ、石蛍ってなーに?!
その名の通り
石でできた蛍でござい
たん、たん、たん、と明滅し
たんたんたんと
魂の宿るところにおるのです
しいたまじゃなくて!?
しいたまではござらん
じゃあ、しいたまってなーに?!
しいたまとは
強いて言うなら珠であり
敷いた卵でござい
卵を敷いたのはもちろん親鳥でござい
卵の親鳥じゃなくて!?
さよう
じゃあ、卵の親鳥ってなーに?!
卵の親鳥とは
かつて卵だった親鳥によって
産み落とされた卵の行く末であり
今はまだ卵でもある親鳥のことでござい
つまり、時間とは水平に続くわけではなく
前期後期という言葉があるように
前か後ろにあるのであって
上半期下半期のように
上や下にもあるのである
ということはだな
卵の親鳥親鳥の卵は
同時に成り立つのでござい
石蛍が成り立つことも
これで自明になったわけです
蛍が光るように
石も光る
開けば開くように
閉じれば閉まるのである
石蛍のしいたまが
親鳥に産み落とされて
夏
水死体の午後が
開く
投げ出された脚のように
凍えて閉ざされる
だけなのでござい
あなたがいた日々
あなたは、私をじっと見つめる。
あなたは、私を呼ぶ。
あなたは、私の足元で眠る。
あなたは、
犬という生きもの。
愛という生きもの。
小さな星の軌跡 第二十四話「重なる軌道、揺れる軌道」――柳川橘花、大川桐葉
六月の半ばの午後、校舎の窓は曇り空をそのまま映していた。
放課後の生物部室は、いつものように静かで、湿った風がときどきカーテンを揺らす。中庭を挟んで向こう側の天文部と広さも形も同じだけど、少し違うのは薬品棚の匂い。この部屋は私たち、柳川橘花と大川桐葉がこの二年間"学校内でふっと消える"為の場所として、存在していた。
「橘花〜、机の上に置いてたよ。進路希望調査、また出てた」
桐ちゃんがプリントをひらひらさせながら入ってくる。
私は椅子をくるりと回して受け取り、ため息とも笑いともつかない声を漏らした。
「見た見た。……まあ、書くことはもう決まってるけどね」
「県内私大で生物か化学でしょ。推薦で行けたらいいね〜」
「うん。うちは親戚に農家多いし、なんかね、そういうのはよく見てきたし……昔から"土の匂い"が落ち着くんだよね。JAとか役場の農水課とか、そんなのもいいなって」
私はプリントを机に置き、指先で軽く叩いた。
「橘花はさ、なんか"人と現場の間"に立つのが似合うよね。
ほら、ちーちゃんとか下級生の面倒見るのも上手いし」
「桐ちゃんに言われると照れるんだけど」
私がちょっと呆れた風に笑うと、桐葉もつられて笑った。
私たち二人の笑い方は似ている。声は違うのに、空気の揺れ方が同じだ。
「桐葉は? 市内で私大の食品系、推薦でしょ」
「うん。なんかね、食べ物の"手触り"って好きなんだよね。
自然と人の間にあるものっていうか……。
地元の食品企業で品質管理とかできたらいいな〜って」
「桐葉らしいなぁ。細かいとこ、見るの好きだよね」
「えへへ。橘花に言われると嬉しい〜」
桐葉は照れたように頬をかいた。
私はその仕草を見て、目を細める。
桐葉と出会って三年目。一年生の時に生物部室で初めて会った時と変わらない仕草。
窓の外では、曇り空がまだらに明るさを変えていた。
降りそうで降らない、六月特有の空気。
「ねぇ橘花」
「ん?」
「うちらさ、進路は分かれても……なんか、離れない気がしない?」
桐葉の声は、いつものふわっとした声だったけど、少しだけ低く、静かだった。
私は机に肘をつき、桐葉の方へ身体を向ける。
「する。めっちゃする。
だってさ、同じ土地で育って、同じ空気吸って、
同じ部室でだらだらして……」
「え~~"だらだら"はしてないよ〜」
「いや、まあ褒めてるんだって。
なんか……未来って、こう積極的に選んで決めるんじゃなくてさ、気づいたら"そこ"にいるんだと思うんよね」
桐葉はしばらく黙って、窓の外を見た。
曇り空の向こうに、うっすらと光が差している。
「うん。そうだね。
……私達、離れる事があっても、大丈夫って思う」
私は少しだけ目を丸くして、それから桐葉の柔らかに揺れる髪のほつれをそっと直した。
「ありがと。
……あ、そういえばさ」
「ん?」
「天文部のちーちゃんと耳納くん、最近ますますいい感じじゃない?」
私は一瞬きょとんとして、それから声を上げて笑った。
「うん、あれはもう決まってるよね。
あの距離感、自然すぎるもん。学校内でも知られてるし、ちーちゃんの女房っぷりとか」
「だよねぇ。
ちーちゃん、ああ見えてわかりやすい〜」
「耳納君もね。あの人、優しさが"にじむ"タイプだし」
「耳納くん、文化祭の写真部の方でちーちゃんのポートレート出してたよねえ。愛だねえ〜〜」
私たちは顔を見合わせて、また笑った。
笑い声は小さいのに、生物部室の空気が少しだけ明るくなる。
「橘花、でもね、ちーちゃんたちの未来は"見える"んだよね。
なんか、あの二人はそのまま続いていきそうな感じ〜」
「でも耳納君って写真に進みたい見たいだけど、地方じゃ大変なんじゃないかな」
「その時はさくっと見切りつけるでしょ。ちーちゃんを置いてどっかに行けないよね〜」
二人ともちょっと苦笑い。
「じゃあ、うちらは?」
「うちらは……"見えないけど、決まってる"って感じ、かな」
「それ、どういう意味?」
「うーん……説明できないけど、
なんか、未来のどこを見ても"橘花と桐葉"って並んでる気がする、とか〜」
私はしばらく黙って、桐葉の言葉を噛みしめた。
そして、ゆっくりと頷いた。
「うん……わかる。
なんかね、うちらって"同じ方向を向いてる"っていうより、"同じ根っこがある”って感じなんだよね」
「うん。
地元に残るとか、そういう話じゃなくて……
なんか、もっと深いところ、かな」
「そうそう。
未来の形は違っても、根っこは同じ場所にあるっていうか」
桐葉は机に頬杖をつき、私の方へ少し身体を寄せた。
「橘花」
「なに」
「うちら、これからもさ……」
「うん」
「"川川コンビ"でいようね〜〜」
私は笑って、桐葉の頭を軽くぽんと叩いた。
「当たり前でしょ。
誰がなんと言おうと、うちらはうちらだよ、あ、でもいつか名字が、あーまあ、今はいいっか、そんな事」
曇り空はまだ降りそうで降らない。
六月の湿った風が、生物部室をゆっくり通り抜けていく。
二人の未来は、まだ形になっていない。
でも、根っこはもう決まっている。
柳川橘花と大川桐葉。
私達、川川コンビの午後は、静かに、確かに続いていく。
――おわり
ただ、みつめたくて(タイトル)
伝えたいことは沢山あって
胸につかえた だから ただみつめたんだ
多分 ちゃんとは伝わらないから
みつめたんだ 傷つくのが怖くて…
言葉のその先が… 怖くて
大切な人ほど 隠しちゃうんだ
このたくさん溢れた気持ちの
伝え方が分からなくて
無意味に声を出して 並べても陳腐な言葉の羅列になりそうだから
私 苦手なんだ 深い気持ちを声に出すのが
だから 当たり障りのない
表面的な気持ちをなぞるしかできなくて
どうでもいい人には伝えられるのに
でも、きっとそういう人は 気持ちの深くまでは触れないんだ
だから 怖くなくて どうでもよくて
本当はね いい子なんかじゃないんだよ
嫌われたくないから
そうならないように振る舞ってるだけなんだ
いつだって 聖人君子のようには手を伸ばせないんだから
それでも 伝えたくて勇気が出る日まで
その心ごと見つめ続けたんだ
この街
騙し騙されてこの街へ
付き逢えるなんて嘘だったね
どれほどの時が流れようとも
苦しみばかりの日々に••••••
恋なんて知らなかった頃が
二人にとって一番良かったね
そして巡り逢えずに苦しみ
哀しみだけを連れてゆく
疲れを知らずに歩いてく
この会話さえも水に流れてく
いつも逢おうと電話しても
君には逢えずにずっと
僕は独りで生活を
していくことの怖さがある
何も知らない子供のように
ほんとに生きてみたいもの
水脈の往還―26歳の遥
ドアが閉まると、空気がひとつ薄くなる。押し込まれるようにして座席の端に収まり、遥は小さく息を吸った。吸った分だけ、どこかに余白ができると思っていたのに、胸の奥でつかえて、そのまま細くほどけていく。
両隣の体温が近い。肩は下げる場所を失って、わずかに浮いている。首の後ろに、見えない糸がかかっているみたいに、前にも後ろにも寄れない。腹は、何かを守るように薄く引き込まれていて、呼吸は短く区切られる。
急ぐ理由は、もうない。会議も、返信も、終わっている。それでも体だけが、まだ少し急いでいる。誰にも急かされていないのに、どこかが先へ行こうとする。その残りが、うまく抜けない。
ガタン、ゴトン。
レールの継ぎ目を越えるたび、座面がわずかに震える。背もたれが、遅れて応える。遥はそれを聞こうとするのをやめて、ただ受ける。音ではなく、重さの移動として、体の内側に通す。
ガタン。 ゴトン。
くすみのさくら色をしたタッセルローファー。けれども今は、靴底から上がってくる細い振動すら持て余していた。骨盤に触れる。触れたところで止まらず、形を変えて、上へ抜けていく。背中にあたる布地が、ほんの少しだけ押し返してくる。その往復を、追わない。
ドクン。
自分の鼓動が、ひとつ遅れて返る。レールの刻みと、胸の内側の拍が、別々に続いている。合わせようとはしないまま、二つの線が並ぶ。
ドクン、ガタン。 ドクン、ゴトン。
合いそうで、合わない。たまに先に来て、すぐ遅れる。どちらが先なのか、決まらないまま、短い一致がほどけていく。そのたびに、胸の奥で小さな応答が起きる。反響でもない、触れて離れるだけの、かすかなやり取り。
遥は、思い出す。水のある場所ではなく、水が通っている場所のことを。
静かな面の下で、見えない流れが続いている。どこから来て、どこへ行くのかは分からない。ただ、途切れずにあるもの。押し出すでも、引き込むでもなく、同じ形を保ちながら、位置だけが移っていく。
座面の微かな震えが、骨盤をかすめる。そこから上がってきたものが、胸のあたりで少し広がり、また細くなる。背中に返り、肩を通らずに、脇を抜ける。流れは途切れないが、どこにも溜まらない。
外の揺れと、内側の動きが、干渉せずに並ぶ。重なったと思うと離れ、離れたと思うと、また近づく。合わせていないのに、外れきらない。そのあいだで、呼吸が少しだけ深くなる。
吸う。 留まる。 吐く。
どこかで区切られていたはずの呼吸が、ひとつの弧になる。胸に残っていた細い速さが、形を変えてほどける。ほどけたものは外に出ず、そのまま内側に残って、別の流れに混ざる。
やがて、行き先がなくなる。
外の振動は続いている。人の気配も、密度も、変わらない。肩の行き場のなさも、そのままだ。それでも、内側にひとつ、基準のようなものができる。
胸の奥でも、腹のあたりでもない、どこかの深さに、水位が定まる。増えているわけでも、減っているわけでもない。触れれば分かる、というほどはっきりしていないのに、確かにそこにある高さ。
そこから外のものを測ると、圧迫は圧迫のまま、ただの重さになる。雑音は雑音のまま、遠くに置かれる。何かを押し返しているわけではない。ただ、入ってこない。
ガタン、ゴトン。
揺れは同じように続く。内側の流れも、同じ形で巡る。どちらも変えずに、そのまま並んでいる。
ブレーキの音が混ざり、速度が落ちる。体が前へ少し傾き、すぐに戻った。人の気配が、降りる方向へわずかに動く。
体の中の、水位が、ほんのひととき、揺れた。
小さく、溢れた気がして、また溜まる。
遥は立ち上がる。肩は相変わらず近く、足元も狭い。つり革を掴み、重さを預ける。
ホームに降り、足の裏に残る振動はすぐに消える。代わりに、ローファーの房が揺れた。視線を戻した遥は、幾らか減った人の流れに合わせ歩き出す。改札へ向かう列の中で、歩幅が自然に決まる。
同じようには、もう起きないかもしれない。思い出せばいい、というほど単純でもない。それでも、どこかでまた、辿り直せる気がしていた。
外がどうであっても、内なる水路は、いつでも開けられる。その確信の浮き子に、遥はそっと指で触れ、改札を通り抜けた。
戦争がなければ(タイトル)
きらきら したものなんて
何も無い ただ生きていく
それだけしか考えられなかった
そうでないと辛くて
とても生きていけなかった
まるで 毎日がお葬式みたいな顔して
いつ死んでも国の為なら幸せであると胸をはって声を上げる
ほんとうは そういうのは嫌だけど
そういう普通の感情何もかもを押し込めて
当たり前のような顔して人の死体を見つめて
身体のあちこちが擦り傷だらけで痛いのなんて当たり前で
そのくらいで手当なんてしないのが当然で
泣き叫ぶ人達の横を過ぎても助けもせずに
ただ 生きる為に逃げる
そんな日々だった
戦争がなければ 当たり前のようにおしゃれして
勉強して 絵を描いて
当たり前の気持ちを表に出していたんだろう
だけど そんな青春なんてなかったから
ただの空想に過ぎなくて
いくら 想像してもそれは現実にはならなくて
また 生まれ変わった時に期待するしかないなと思う
戦争ほど 何もかも奪うことはない
戦争ほど無意味なことはない
分かったことは ただそれだけだ
あなたにであって
ありがとう
ほんとうのひとりとは
ひとりだということに
気づかないことなんだと
知りました
馬鹿な私は学んでばかりです
本当の馬鹿だから
気づかないことばかりなのです
当たり前のことだとしても
ファミコンはバロックだ 上
序:電子の箱が奏でる「擬似的なバロック」
「ファミコンはバロックである」――。
こう切り出して、即座に首を縦に振る人は少ないだろう。
「バロック? バッハやヘンデルのことか? ならば、あの『ドラゴンクエスト』の格調高い序曲こそがそうではないのか」と、多くの人は連想するはずだ。
しかし、実態は逆なのである。
すぎやまこういちという稀代の作曲家は、あまりに正統なクラシックの素養を持ち、現代の楽器によるオーケストレーションを熟知していた。ゆえに、彼はファミコン(NES)という極限まで制限された音源を前にしても、なお「ロマン派以降の豊潤な響き」を再現しようと試みてしまった。それはあまりに高潔な挑戦であったが、同時に「音源の制約を逆手に取ったバロック的飛躍」からは、一歩遠ざかる結果を招いたのではないか。
ファミコンという電子の荒野で、真にバロックを鳴らしたのは、意外にも正規の音楽教育の枠外にいた若き作曲家たちだった。『ダウンタウン熱血物語』の澤和雄であり、『ファイナルファンタジー』の植松伸夫である。彼らが、教育という名の「ピアノの呪縛」を知らなかったがゆえに到達した境地。それこそが、期せずして18世紀の音楽構造と共鳴した「ファミコン・バロック」の正体なのである。
1:鍵盤の不在と「点」の音楽
ファミコンの音源、いわゆる「NES音源」のスペックを振り返れば、それが現代のピアノとはいかにかけ離れた、不自由な存在であったかがわかる。
基本的には、矩形波(パルス波)が2音、三角波が1音、そしてノイズとPCMが各1音。最大でも同時に鳴らせる旋律は3つ、そこに打楽器的なリズムが加わるだけだ。
この環境は、奇妙なほどにバロック時代の音楽環境と重なり合う。
当時、19世紀的な「ピアノ」は存在しなかった。現代のピアノのように、鍵盤を叩く強弱で感情を揺さぶり、ペダルひとつで豊かな残響(リバーブ)を響かせ、和音を自由自在に厚く重ねることは叶わなかったのである。
バロック期の主役であったチェンバロは、弦を弾く構造上、音の強弱がつかない。音は鳴らした瞬間に減衰を始め、持続させるにはトリルなどの装飾音を駆使するしかない。この「音を伸ばせない」「強弱がつかない」という絶望的な制約の中で、当時の若い作曲家たちが選んだ武器が「対位法」だった。
和音(コード)で空間を埋めることができないのなら、独立した複数の旋律を絡み合わせ、その「線」の動きによって擬似的な厚みと躍動感を生み出す。この知的な構築美こそがバロックの真髄だ。
そして、ファミコンの音源もまた、全く同じ宿命を背負っていた。
残響音がない。和音を鳴らす余裕もない。音量変化も乏しい。
ここでや植松伸夫らが行ったのは、限られた3つのチャンネルに、休むことなく複雑な旋律を走らせることだった。ある音がベースを刻み、ある音が裏メロを歌い、それらが交差する一瞬に「和音」を感じさせる。
彼らは意識してバッハを模したのではない。ファミコンという「ピアノのない世界」において、音楽を成立させようとあがいた結果、必然的にバロックの論理へと回帰してしまったのである。
澤和雄の作品
https://www.youtube.com/watch?v=IJE4Y2NkUiU&t=1099s
植松伸夫の作品
https://www.youtube.com/watch?v=C2iNe7FVJJY&list=RDC2iNe7FVJJY&start_radio=1
照れくさそうに娘を見続けた父
駅へ向かう歩道を、幼い女の子がカートを押しながら歩いている。
時折転びそうになったり、左右にふらついたりしながら、それでも歩むのをやめずに進んでいく。
その息遣いが聞こえるような距離で、父親が見守るように歩いていた。
姿、形は似ていないが、こんな光景を見たことがある。
父とまだ幼かった妹の姿だ。
父は私と男同士の会話に徹していたようだ。
小学生の時は、風呂場で私の髪の毛を切りながら、母が買い物で父と2人切りになったときなど、笑いを交えながら話した。
どんな話でも「俺のようになるな」
それが締、視線を外して、遠い目で会話が終わることが多かった。
妹に対しても、不器用さは変わらなかった。
末っ子であった父は、娘とどう付き合えばいいのかがわからなかったのかもしれない。
ただそれが絶妙な距離感を生んだ。
まだ妹が幼かったときでも、自ら抱き上げるようなことはしなかった。
勝手にまとわりつくのは拒まなかった。
膝の上に乗ってくれば、どかすこともない。
手を出されれば、つなぐものの、どこか照れ臭そうだった。
どこの家庭でも、父親は息子よりも娘に甘い。
妹が座って食事をとるようになると、我が家はテーブルとイスの生活に変わった。
膝が出ると、かっこ悪くなるという理屈だった。
妹は、少し高めのテーブルに顔だけをのぞかせて、ご飯粒を頬につけて笑っていた。
言葉にも違いはあった。
「男は顔じゃない。中身だ」
と言いつつ、
「俺はお前より顔がいいから、モテたけど、お前は諦めろ」
とからかうように笑った。
友達がかわいいといわれていじけて涙ぐんでいる妹に、
「今はいいんだ。大人になってキレイになればいい。かわいくなるぞ」
と励ましの言葉をかけていた。
まだ子供だった私は、接し方の違いに、少し腹を立てたことを思い出す。
その通り、父親似の妹は、周りからキレイだといわれるようになった。
父は当然心配していたが、それを妹に悟られることを嫌がった。
高校生になり、妹の帰りが遅くなると母に、
「まだ帰ってこないのか?何時ぐらいに帰ってくるといってた?」
と何度もイラついているような声で聞いていた。
ただ妹が帰ってくると、注意をする母の横で笑っていた。
会社帰りの父と学校から帰宅する妹の乗った電車が、同じになった日があった。
そして私に「いい女がいるな…と思ったら、自分の娘だった」と笑った。
同僚にも言ったというのだから、苦笑いを返すしかなかった。
妹が高校3年生になると、成人式の話をしだした。
「個性的な着物の方が合う」とカタログを集めながら、妹に勧めていた。
ただ残念ながら、成人式どころか、高校の卒業式を見ることもなく、父は逝ってしまった。
夜中に私が帰宅するのと入れ違いに、母と病院へ向かった。
その途中で倒れ、救急車で運ばれた。
連絡を受けた私は、寝ていた妹を起こして病院へ向かった。すでに意識はなかった。
妹は、視線を逸らすことなく、黙って涙を流していた。
初めてみる妹の強さだった。
父が亡くなり、遺品の整理をしていた時だった。
お菓子の缶の中に、キャラクターの絵がついた古い封筒が出てきた。
妹が父の誕生日に書いた手紙が入っていた。
あの時の手紙だ。
父はその手紙を読みながら、自室の隅で背中を震わせていたことを思い出した。
「パパへ。いつまでも元気でいてね。お配を飲み過ぎないようにね」
幼い文字は、大小歪に鉛筆で書かれ、「お酒」を「お配」を書き間違えていた。
父は、滲んで読めなかったのか…いやそんなことはどうでも良かったのかもしれない。
「捨てられないよな…この手紙は」
気が付くと、私は部屋の隅にしゃがみ、あの時の父を同じように涙を流した。
そしてその手紙とともに入っていたのは、鼻水を垂らしながら笑っている幼い妹の写真だった。
「きれいになった」
といった成長した姿ではなく、父が妹ともっとも密接な時間を過ごしたころのものだ。
父は、妹がいずれ距離を取る日が来たときを思い、写真を残していたのかもしれない。
ただ妹に反抗期はなかった。
高校生になってもまとわりついてくる妹に戸惑い、それでもうれしそうにしていた。
たどたどしい足取りで歩き、時々鼻水を垂らしながら笑顔を向ける妹。
そのときのまま、父と妹は親子関係を終えた。
父にとっては、妹はずっとその写真の頃で止まっていたのかもしれない。
駅が近づき歩道が広くなったところで、私はたどたどしく歩く女の子を抜いた。
息を切らし、汗を少しかきながら、それでも前へ少しずつ進んでいく幼い女の子。
その後ろを歩く、父親は黙ってそれを見ている。
幼い女の子の足取りだけでなく、この関係性に惹かれて目に留まったのがわかった。
駅に着いたとき、幼い女の子は満足気に笑うのだろうか?
父親は娘を見て、言葉をかけるのか気になった。
ただどんな視線を向けたとしても、父と同じように幼いころの娘の姿を忘れないだろう。
ひとりで歩くことの大切さを教えたかった父。
今の妹を見ると、それが伝わっているのがわかる。
父の目に映った妹は、いつまでも鼻水を垂らした幼子のままだ。
けれど今、妹はその足で確かに歩いている。
力強く。
散歩の途中
視線が折れ曲がって
地面を這っていくと
隣町の犬に出合う
(貴殿の名は ホモンクルスか)
ぬっと突き出た枝に擦り寄って
気持ちのいいツボを探っている
(今年の梅は早い)
座れない椅子ばかりあるので
這いずって進む
遺跡の片隅に円を描き、
少し粗相をしていると
タローオカモトにぶつかった
見たこともない太陽をかかげている
(地球の裏側から砲弾の香り)
この樹の下で事件があった
三人の遺体が盗まれた
吾輩の嗅覚にまちがいはない
鼻を近づける
まだ残っている
土の下ではなく、
時間の裏側に
三人分の体温が
順番を間違えたまま
折り重なっている
匂いは、腐らない
ただ、ほどける
きのうと明日が
同じ湿り気で
鼻の奥にひろがる
もっともはち切れる地点を探す
三内円山遺跡の
わずかな勾配の先で
一歩ごとに
別の季節を踏んでいる
(今年の梅は早い)
さっき嗅いだはずの春が
まだ来ていない
舌を揺らしながら
行きつ戻りつしていると
星座が見えてくる
空ではなく、
地面の匂いの中に
吾輩の眼は
空と地面のあいだをさまよう
そのあいだにだけ、
時間の裂け目がある
ともだちの作り方
いつかみた君の本のページの影に僕は住んでいたいけどそんな場所に入りきらないほど大きい僕はページに入るしかないと思うから君の丸い小さい字で図鑑をつくってみるのはどうかなって思ってるけど君はそんなの反対するに違いないからそのページをめくった時の風で僕が小さくなることを願うしかないか、
The Ghost on the Luggage Rack
To show the version of me other than my sister
to someone who knows shadows well,
travel stitches the morning shorter.
The ticket I thought I had thrown away
was deep in my pocket—
like a wrong number
from someone I don’t know.
Children wearing last season’s uniforms
all have my face.
Outside the window, every building
connects into a single room;
for instance, that might be the house
I used to live in.
All the passengers reflected
in the back of a spoon
were people from nameless stars.
An aged woman evenly sprinkled salt
over the legs of the ghost
lying on the luggage rack.
“This area will become the sea,” she said.
Taking it at face value,
I stabbed my left knee with a fork.
The pain and my blood
smelled of sea breeze,
noticed by no one.
One body, multiple minds
The hollow called me,
the plural called me,
frozen on the bed.
From the ceiling mirror pours down
a sorrowful coquetry—dazzling,
overflowing, glittering.
That the touch of lips
can sometimes become a landscape—
you would never understand.
My twin sister is saying something.
I listen to the conversation
from a slightly displaced place.
Is there truly only one heart per person?
If the body is wet,
then shatter like a mirror.
I am not there.
Our Antidote
They seal the rosy lips of children
with silver spoons.
Raised on the refrain
we will not spoil you,
the bee sinks a thin blade into honey.
The mail carrier delivered
eight million poems of curses.
An examinee dreamed of abandoning home
in a field of bruise-colored flowers.
If the black flag
inside the bones longs for wind,
then in the unconscious country
beyond this world
let us meet again and again—
and when night comes,
you, the only child
whose name is taken away,
sleep pretending
to be a younger sister.
ラムネ、心地よき、ラムネ
ブランデーは好きだし、ウイスキーだって構わない
コーヒーも紅茶も、あるいは緑茶だって故郷の味だ
でも一番はあの過ぎ去った夏のために
この石英質の透明性容器に注がれた
寂しさのこもった炭酸性甘美
僕は日々を忘れられない
君たちが愛を忘れられないように
蒼く透き通る天蓋とそこに浮かぶ入道雲の
世界に轟いた屋上の君の叫びと
その時の君の意気揚々さが響いた八月の
あるいは緑碧の川辺で涼んだ
全てが暗がりに消えそうな夕暮れの
そして君がゆっくりといなくなった
その日々を
君たちが誇りを忘れられないように
僕が祖国を思う時
いつも日々があります
日々は僕を元気づけるか
あるいはとことん傷つけるか
寄り添うか、押し飛ばすか
どうであれ僕の傍にいました
そして日々の鮮明を蘇らせるパスポートは
あの人が手渡さなければ
一生飲むことがなかったかもしれない飲み物
ただ、それだけ
ただ、それだけが、僕を祖国に立ち帰らせる
私のミスダイアグノシスとおそらくはまだ青い人生観について
愛せなくなることよりも、憎めなくなるほうがおそろしい。
見つけてもらいたいのに、放してくれなかったら困るから隠れつづけている。
断られたいがために人を誘い受け入れられたときのはげしい軽蔑と怒りについて理解されないのはわかっている。
これらを説明できそうな言葉も不幸にしてたくさん知っているけれど、否定的に意味づけられるほかは存在を保つ方法を知らない
夕暮れの公園。クラスメイトの団地。プレハブ棟。チャイム。日本国旗。掛け声。集団主義。給食じゃんけん。委員会決め。プロフ帳。シール交換。ドッジボール。
(そしてなんといっても大縄跳び)
群れと目を合わせるのが怖くてぼんやり生き延びていたら児童精神科に連れていかれたように、過去にも現在にも誤読がつきまとう。
あのとき母はあなたの頭がおかしいのが育て方のせいじゃないとわかってよかったと誇らかに笑った。顔いっぱい幸福だった。人の気持ちがわかる人に母もふくまれるなら一生爬虫類でいたいと思った。
ラベルはやがて剥がされたのに、私の私自身を見つめるまなざしはプレパラート標本に対するそれのままで、ふるさとの人たちは私に初潮がきた日も知っている。
無意識かつ恣意的にあなたも私も互いを読み違えることであさましく図々しく繁栄し、きっと明日も死ねない。
私は、海へ
私は、海へ
歩いて、向かふ
とまらず、とどまらず
十八歳、海へ
万引きの成果を、棄てに
罪は、嵩張る
私は、海へ
へたへた、歩いて
いけるなら、どうせなら
けりを、つけるとも
思わぬとしても、だ
海は、よくは、ない
最期にする、には
劇的すぎる、か
テトラに、
つまずき、膝小僧、切る
すれば、記憶、あぶれる
友が、嘯ひていた
ことを、
(もうええかのう
その友の姓は、キノシタ、
朴といふ、もひとつ姓がある
のだとも、
テトラに、嬲る波
デパスのやうな、飛沫
よど号は、アメリカの空へ
船虫、放散して、
われもわれも、
潰れて、
ざぶん、
私は、海へ
私は、十八歳
私は、海へ、行つてきたのか。
https://i.imgur.com/Fn499fT.jpg
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