投稿作品一覧
恋の病で入院中
スマートフォンで 初めて書いてみる
いつもはパソコン
貴方への恋慕は
こんな ちっちゃい長四角ではもどかしい
そう あたし 不器用だし 誤字も多い
思い込みの激しい ヤキモチやき
病室から 貴方だけ求め たまらずに
スマートフォンだっておおよそ あたしの スマートじゃない恋文
じゃあパソコンならば 大海原へ
ふたり 繰り出せるのかと訊かれたら
あたし達は 口を閉ざすことしかできぬ
だからどうした
あたしなら 別れを望まれるのなら
別れられる
その意味が わかりますか
どんなにスキかわかりますか?
あたしを手離さない覚悟をしているあなたの愛が
どれほどのものか
あたし 知ってるよ
無慈悲な不良ならよかったのに
ちがうから、手首を結んだリボンを痛がる貴方
けどねぜったい離さない
知ってるよ
残酷な フランス映画に酔って千鳥足
電柱に激突して鼻血
路面に大の字 星が綺麗
そのうち車に轢かれるかもね
馬鹿な恋人同士だと
笑われたって
あたしはこの綿菓子を手放さない
貴方が慕ってくれる限り
とても愛してる愛してる
あなたからフワフワが消え 棒になったら
あたしがモコモコ製造してみせる
スマートフォンで毎日、伝え合う
逢いたくて
おかしくなりそうだねって
https://i.postimg.cc/RCfThJnf/lianno-bingde-ru-yuan-zhong.png
ふぁいやーばーど
ファイヤーバードが
ときどき僕の心のどっかにとまって
翼を丸めて
うずくまってしまう
テレビでもネットでも
世界のニュースが流れている
その側で
キーボードを叩くたくさんの僕らが
架空の世界の話題で
立派にも傷ついたり笑ったり
その何気ない時間に
間違いなく命を削り続けているというのに
夢か現かもさだかではない世界は
とても居心地が良くて
ただ何も知らないことが
幸せだと思えてしまう
のだけれど
傷つけずにすむのなら
戦わずにすむのなら
と目を閉じているうちに
大切なものが消えてゆく
大切なものが
消えていった
それが何かさえも忘れていって
今朝のコーヒーのいれかた失敗したな
と思ったつかの間とか
あの娘の胸元きれいだな
と横目で見たつかの間にも
どこかで誰かが
くやしいと泣いたりしていることも
忘れてゆく
僕たちは
忘れてゆく
僕たちは
それぞれの命をちゃんと生きているのか
消えそうな声に
消えそうな笑顔に
消えそうな全てのもに
耳を澄ませファイヤーバード
眼を開けファイヤーバード
心を開けファイヤーバード
その足で蹴りだせファイヤーバード
血潮が流れている
自分自身からも目を反らさずに
解き放てファイヤーバード
心の中のファイヤーバード
僕らもやがて消えゆくもの
ならば
迷宮
真っ暗な闇に突如現れた光り輝く道
直線に伸びている道
ずっと暗闇にいた私は
ついその光の道に足を踏み入れてしまった
辿り着いた先には
暖かく優しい光りに包まれていた
巨大な建物が立っていた
中は広く暖かく
そこは私が求めていた
「愛」に満ち溢れていた
ゆっくりと歩き「愛」を「優しさ」を
心に感じながら歩き続けた
歩き過ぎた
長居し過ぎた
あんなに広く歩きやすい道だったのに
光は薄れ
暖かさも消え
「愛」も「優しさ」も消えていた
「迷宮」に入った事に気づいた
深く
奥深く
「愛」を「優しさ」を
求め過ぎて抜け出せなくなった
もう抜け出せないだろう
「愛の迷宮」から
私の犬
私たちは核兵器をもっているから
プラナリアよりも愚かだと言ったきみは
去年三十歳で死んだ
きみの特別好きだった曲は
聴いたら泣いてしまうから
街のなかでは再生しない
ぬーぬ とこしえの恋人よ
その黒くうねる髪が
私の暮らしをやさしく縛る
息子ではないあなたへ
すべての人間は母から生まれてきたのだから
男は女をさげすむべきではないと
善良なあなたが言う
私は男の人たちの神秘ではないと
言い返さないでおいた集会のあと
曇り空
希望も失望も失せた
絶望だけが
生暖かい
夕べ
裏小路
しゃがむ母に見守られ
幼子は
シャボン玉を口ずさむ
楽譜のように
笑い声は
風に
吹かれ
ふと
消える
じっと見ているのは
向かいの犬と
飼い主の女
並んでいる
置物のよう
大通りでは
スイカズラは
風に揺れ
ナツツバキは
風に
落ちた
2025年俳句短歌誌『We』19号掲載「真珠墓」より
姥捨つるたびに螢の指得るも
少女Q
一時間前にはじめてお会いしたのに
あなたは野蛮なる九州の男たちから
ムラ娘をかばおうとしている
これって問題意識ぶった
どしたん?話聞こか?だったりするのかな
わたしはいちごクリームソーダのグラスを
かちゃかちゃとお行儀悪くかきまわしながら
目の前の歳のいったシティーボーイを見る
いやだなあ濁音のつくきらきらで
人権派の肩書きをよごしてる
南のほうの女性は情熱的だから好きなんだと
壁の時計も笑ってる
季節詩
夏じみた風が、
窓から侵入して、
部屋をぬるめる。
近所の高校の陸上部が、
死んだ春の棺を担いで、
家の前の坂を駆け上がっている。
隣の家の犬が鳴く。
ぎゃん、と夏が来る。
午後のつまり
(一)
声の止み間
剥がれていく後翅
読みかけの白地図を
擦りガラスの中に戻すとき
鳩は父親のまま
音のでない
亡骸になった
(二)
魚介の背に
夏のような虫がとまり
ゆるやかな風が
受話器を取ると
午後のつまり
草いきれはほつれて
溶けていく氷
(三)
種になってすぐの
多年草の破裂音が
戸棚にありふれている
ピクニックはまだ
生活の一部なのに
教員の瞳の奥で
木漏れ日が閉じる
(四)
水を話す
シスターは風車を
波間に秘匿する
扉を開けてはいけない
砂礫が人に降り積もって
とても久しい
午後のつまり
(五)
排水機場の洗濯物が
失われた口笛に揺れ
またひとつの鼓動になる
終わるものも
終わらないものも
ただそれだけの声
光に収束していく
暴 力
タンクトツプよれよれの太陽の陰部にて
よれよれになる団地の四角窓の鉄柵の錆
キリストを讃へる赤ペンキ字の上で芋虫
補助輪のもげた自転車と子供用バケツと
タンクトツプで出てきたあなたの無防備
よれよれの隙間から見えそうで見えない
生えかけのよれよれだらう腋毛の間引き
お互い片親のお互い未来は暗いよれよれ
赤ペンキまみれの芋虫キリストの項垂れ
長祝辞が述べられてよれよれになれども
暴 力
よれよれのタンクトツプの継ぎ目からは
地黒のよれよれとした十代のあるまじき
汝隣人を愛せよ構えよ敬えよ喰らへよと
あなたの腋毛に触れやうと脳ノ手を翳す
一九八五年赤ペンキ一色タンクトツプよ
滑り込ませばすぐそこに届いたであろう
硬化した先端の愛であり平和であり諸々
よれよれの私服のだらしなさがまた尊し
つけいる機会も解らずにラジカセの再生
安全地帯でなく生理ナプキンの上に座る
暴 力
あなたの母親を初めて見た似てもいない
よれよれのホルモンのやうな簾の向こふ
私はだらしのない立ち方で狭い鉄扉の間
刈り取られてゆく腋毛と共に面皰面をも
よい返事だけ戴きたい画面には桂三枝だ
お互いの背中のあたりで殴打されてゐる
やさしいものからこわされてゆくマジで
生けたばかりの脳ノ手がよれよれとなる
好きだといつてくれたおんなのこの腋毛
タンクトツプ姿はいいよなよれよれだが
暴 力
芋虫はユダとなり赤ペンキは溶けて出て
讃へるタンクトツプのよれよれ片親同士
あなたによく似たポルノ女優の唇の動き
生理ナプキンはよれよれでそれは鬱血で
冷蔵庫の吸盤のやうな乳首を硬化させて
よれよれになり一九九五年に入院をする
肥大した夏柑橘の肌や砂場の中の補助輪
なにをいまさら希望めいたおとぎばなし
あなたとあなたの母親は団地に沈下して
生けた私はよれよれて腋毛にからまつて
暴 力
暴 力
https://i.imgur.com/42QJAbF.jpg
たまごバイアス
背中 を 三度 叩いた きみの 正体が
加工無しの
円
である 確証は どこにもない
と
殻
が告げる
アンチポップ
爪の間にはさまっている性の匂いは
肝心な対価が とぎれている
朝ごはんを食べたかどうかを
気にするほどには
わたしはやさしくはないのですね
と
督促状の文字は、歪んでいる
(本当は、文字かどうかすら判別する事が出来ないほどに、曖昧な線だった。
それが、「関係性」そのものだと
主張するような、
情欲に滾る、はみだした線。)
直線はつきささるから、きらい
矩形は、うそをとじこめているだけだから
いい子ぶって、るだけだ、きらい
アルコールに浸した文字の羅列は
みたことのないオバケが
わたしの最終遺影にうつる、
きらい
それらをくみあわせたら
すごくあまい
そんなもの
おもちゃ として
もろい。
85点。をもらう。
その85点。だと思っているものをもらう
どの距離までの人たちが85点だと
思っているかわからないなにか
こわれやすいものさしだけだ
なにかをはかれるもの
「にぎりつぶすなよ。」と知らない言葉を吐きだすのは、たぶん、知らない年上の人
もうすぐ、
寝屋は朽ちる
形骸という言葉も
ごまかし の一種に過ぎなかったのだが
よう やっ と
形骸そのものになるのだろう
身体と身体がひとつになるという事が
可視化された初めての神話になる
言葉がなくなってやっと体温と律動が
においたつ
わたしは新しい神話だった、と
その頃、
だれしもがそんな事を呟きながら
最後、と
ペンキで塗ってあるドアを開けている
ナツビシン
夏に降り積もる雪のようなもの
それがしあわせのようなものだと
あなたはそんなふうに言うけれど
僕はそう思わない
あなたの好きな花が笑うたびに
それは違う、と言える
入道雲が溶けて沈んでいく水平線を
ぼくらの帰る場所だと言えたなら
アルコールを今際に摂取出来なかった事を
悔やむことはない
祭りの夜店から
出てきたハクビシンであれば
それはナツビシンじゃあないか
一緒に踊ってごらんよ
うまくいけば
ちいさい時に
「僕が当てるから」と
何度、くじをひいても
当てられなかったゲームボーイアドバンスをあの娘にプレゼント出来るかもしれないよ
図鑑に載らない人
いつかはみんな死ぬ
という名札を胸に貼る事が
どの企業にも許されていない事で
俺は仕事をクビになった
善福寺川緑地公園に聳える老木に
様々な鳥が集まっている
群れている様々な鳥たちを眺めていると
見栄を張るのも悪口も考えないでいられそうでいいなあ、と
俺もなにかの鳥類だという事を証明しようという気になった
証明となるものがあればと
袖がボロボロのコートのポケットを墓を掘り返すようにまさぐった
そんな事を、それと似たような事をしていて
一日が終わっている
牛丼屋で注文が遅くなるたびに
俺は本当に死んだのではないかと
やや心外だが、腑に落ちてしまう事があった
作業用の俺の安全靴は
あまりにも鈍い俺の咀嚼音にいらいらして
こわれた断頭台のスイッチを押すように
せわしく、からっぽの靴音で床を打つ
カップ酒とするめの大入り袋が
高くなるたびにスーツはよれる
「あのおじいちゃん、お葬式屋さんだ。」
プラットフォームで
ぼんやりとしていたら子供が無邪気だった
オジサンだ バカヤロウ
煙草はもう吸う部分がないけれど浅い呼吸を、人生を続けた
帰り道を歩く事だけが生きがいのようになる
そんな事を青年期のどこかで卒業文集に書いたかもしれない
昔から、指先には、足元には
そんな感情が転がっていたような気がする
雑踏を甘く感じる鴉になりたい
鳥目である事を理由に夜中、
悪巧みを考える俺をやめたい
人である証明がこの身体にあるのなら、と
俺は骨を、肉を脱いでいくだろう
ありがとう、腕、手、足、骨、を脱ぐ、
全裸以上になれた事に喜ぶ俺は
もはやソーシャルネットワークサービスの中でいかに俺が社会不適合者であるか、と
犯罪者じみた異常な猫背の曲がり方をしている生きたネットミームだと騒がれても
ケータイの画面を、もう割り続けずに
いられる
だれも、イジメずにすむ
いまだに、揚力を得る事の出来ない身体
もう重さだけは、
鳥類といっても間違いではない
身軽になった俺の脳髄は雑踏を転がる
転がりながら俺は舌を這わせる、雑踏に
人であった時に散々、苦汁をなめさせられた欲望たちの味が
しない味がしない味がしない味がしない
甘くはないが甘くはないが甘くはないが
それだけでも救いになった
俺は雑踏をどこまでも転がる
転落はだいぶ遠ざかったはずだ
ころがる
人生の
ベルトを
緩めたら
時間や
針が
テーブルに
ころがる
水泳部
タマネギ剥いたら
凛々しい姿
涙すら出る
少年よ
君も立派な
タマネギでした
57の誓願
宇宙で最も偉大で、全ての親である阿弥陀如来は、前世で法蔵菩薩であられたころ、48の誓願を立てられたと言います。私も、それに見習い、菩薩としての務めを果たそうと、いくつかの願を立てました。だれか、困っている方がいたら、出来る限り助け、守ってあげたいです。それが私の愛の務めです。
1 愛別離苦消滅願
2 無限良縁起生成願
3 人心理考貫通願
4 全生命永遠祝福願
5 現世永遠浄土願
6 全人類永遠平等願
7 寂滅自然循環願
8 人間精神永遠伸長願
9 夫婦関係永遠良成願
10 自由思考無限界願
11 良判断生基誠心願
12 自己意志自由判断願
13 戦争永久不可能願
14 人類永久繁栄願
15 涅槃永遠願
16 浪漫夢想全展開願
17 真心眼永遠願
18 真愛可能願
19 不可能完全可能願
20 一切衆生完全覚醒願
21 善業無限増殖願
22 無条件無境界無制限愛達成願
23 無限母性愛享受願
24 最良愛結婚願
25 全人類相互愛願
26 心身愛情満悦願
27 想起愛情永遠記念願
28 悪夢消滅願
29 正史永遠祝福願
30 全悪消滅願
31 幸福永遠持続可能願
32 永遠愛宿命願
33 全無明及煩悩消滅願
34 全世界変良宿命願
35 宇宙規模変動良成願
36 葉緑素永遠生産願
37 色調調和願
38 永遠音楽不滅願
39 記憶不滅願
40 責任自得願
41 迷路脱出願
42 永遠愛不滅願
43 自他相互愛育成願
44 地球上全生命愛楽園願
45 全無明快晴願
46 全差別無而平等願
47 全人持度胸願
48 請理解愛持無限大力願
49 全世界愛貫通願
50 対宇宙意志開通願
51 善依悪生成願
52 宇宙法則良変化願
53 全愛楽進生類集合願
54 全叡智開通願
55 宿命男女貫通願
56 全業良成願
57 全生類涅槃到達願
アーティストステートメント
私が詩人であるところのナカタサトミとして、言語をつかって表現しようとこころみているもののすべては言語への不信です。
言葉とは通常、人と人との橋渡しをするツールあるいは人々を互いに遠ざけるための凶器だと考えます。これを自在に使いこなそうとすれば前提として人間を信頼しなければなりません。人をただ憎むことも、対象にひとつの揺るぎないこころがあると信頼した結果といえるでしょう。
私は言語学研究者の祖父をはじめ家族全員が文化芸術に親しむ家庭に育ちました。いちばん長く暮らした福岡の実家には書庫と茶室があり、多くの大人が出入りしていました。社会運動との親和性も高く、なかでも母は護憲デモと共産党の活動に熱心でした。この一見リベラルな環境でときには教育を濫用した身体・心理・性的虐待を経験したことが私のアンビバレントな存在をかたちづくっています。
六歳で両親が離婚し母方祖父母とともに暮らしはじめた起点からして、それはほとんどだましうちのような出来事でした。母は私に「おばあちゃんのおうちにお引越しするよ」「パパはあとからくるけん心配せんでよかよ」と言いましたが、何ヶ月待ってみても父とは会えませんでした。言葉というのはやはりあてにならないのです。
これは幼いながらに気づいたことでした。にもかかわらず現在、社会における私は詩に依って立っています。
いましているのは世界のなにものも信じられないという困難を、もっとも信じられない対象である言語を通して克服する荒療治ともいえるライフワークです。一方で自分のクリエイティブを商品としてもとらえています。そのため、「精緻にあいまいを描きこむこと」を大切なカラーにしたい思いがあります。
現在二十五歳、今年で二十六歳になりますがそのうち二十年ちかくつまり人生の大半を解離症状とともに過ごしてきました。スマホの連絡先に見知らぬ男性の名前が並んでいたことや、買った記憶のないとても派手な下着が自分の名前で届いて恥ずかしかったこと、幼児のような口調でぐずっていたと恋人に聞かされたことなど、自分自身を把握できない恐怖をたびたび味わいました。自分のものとは思えない考えもつぎつぎ浮かんできて、追いはらうのに苦労しますが、それでもあいまいである状態こそが確固たる自分であるのかもしれないと考える日があります。あいまいというきわめてよどんだ、しかしそれゆえに頭ひとつ抜けた高貴さが私には備わっているのではないか。世界への信頼を取り戻そうとする野生の令嬢の証言に価値を与えられないかという意識が唯一一貫性をもっています。
救われない命とその後遺症について
ごはん食べるのがちょっと遅かっただけで
口ん中にモノが入ってるからただうなずいたら
返事をしなかったって
怒鳴られ殴られ
蹴り飛ばされて
扁桃腺の手術で
痛みに苦しんでるその横で
「おまえの親父は今ごろ
呑み屋で酒くらって大騒ぎだとよ」
などと いま云わなくていいこと
わざわざ云ってきたり
散々帰るの嫌がって 電車
上り下りを行ったり来たり
なのに 帰ったら
自分だけサッササッサと
安全な場所へ逃げて行ってしまったり
挙句の果てに殺されてしまったその子の名前を
誰が呼んでくれるというのだろう
助けてって声もあげられなかった
その子の声を
一体誰が聞いてくれるというのだろう
おかあさんおかあさんおとうさんおとうさん
ぼくをうみたくなかったの
ぼくはうまれてきちゃいけなかったの
どうしてそんなかなしいかおするの
ぼくがいけないのぼくがわるかったの
ごめんなさいごめんなさい
ごめんなさいごめんなさい
めいわくかけないようにするから
ちゃんとひとりでできるようになるから
ちゃんといいこになるから
いいこでいるから
おねがいですおねがいします
もういたいことしないで
おこったりしないで
誰だって最初から子供を死なせるために産むわけじゃない
憎むために子供を育てるわけでもない
一体なにがいけなかったんだろう
一体どこで狂ってしまったのだろう
私だって俺だってこうやって育てられてきたんだ
だからこれは暴力じゃない
暴力なんかじゃない
しつけだ教育だ
云ってわからないから殴ってるだけ
云うコトきかないなら出てくって云ってるだけ
それのなにがいけない?
なにが悪い?
なにも知らないヤツに
四の五の云われたくなんかないね
救われない命は繰り返される
救われない命は繰り返される
そしてまた わたしも
ただただ憤り 怒りに震え
それでいてなにもしない
なにもできない
ただの傍観者
こんな詩を描いては
自分は違うんだと
なにかした気になって
いい気になってよがってる
本当は聞こえてるのに
見えているのに
何も届かない何も響かない
ただ自分が傷つかないための
逃げ道ばかり探してる
それでも
そうだとしても
やっぱり描かずにはいられないんだ
目の前で倒れてるひとがいれば
傷ついて動けずにいるひとがいれば
考える前に体が勝手に動いている
そんな人間になっていたくて
大きなお世話かもしれない
踏みこんでくんな
鬱陶しい
邪魔くさいあっち行け
って思われてるかもしれないけれど
ふみつけられた者の行き場のない怒りや
笑顔に裏打ちされた涙のあとさきや
繰り返される悲しい過ちや
助けてって声もあげられずに消えていった小さな命や
過去や未来や今や
自分の弱さずるさ卑怯さすべてひっくるめて
見えるものからもう目をそらさないように
聞こえる声に もう耳をふさがないように
解ってもないもの 解ったフリして
知らぬフリして もうなにも
置き去りにしてしまわないように
ちゃんと
ちゃんと
小さな星のラジオ
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 皆様こんにちは。筑水せふりの小さな星のラジオ〜
(・ω・)σ リスナー1号だよ
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 今日はね、新作の話をしようと思って
(・ω・)σ 小さな星の軌跡ね
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ そう
(・ω・)σ 高校生たちの話だよね
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ うん。天文部
(・ω・)σ 新入生も加わって
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ さて、二人の関係の進展やいかに
(・ω・)σ あのー
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ はいなんでしょ
(・ω・)σ なんで天文部だったの?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ ……ズバリ、作者がそうでした。
(・ω・)σ まさかの実話?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ わりと
(・ω・)σ 初作品の連作詩って
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ はいはい
(・ω・)σ けっこうえっちいんだけど……
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ あー……ほんとだねえ
(・ω・)σ ……
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ なに
(・ω・)σ それ、最初から考えてたの?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 書いてたら気づいた
(・ω・)σ 作家っぽい答え
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ ふふ……初文藝作品ですし
(・ω・)σ ちーちゃんと耳納先輩、最終的にどうなるの?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ あのね
(・ω・)σ うん
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 作者と作品はイコールじゃないよ
(・ω・)σ そりゃそうだけど
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ そもそもわたしって
(・ω・)σ うん
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ パーソナルをあまり明らかにはしてないからね
(・ω・)σ 確かに
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ なので、ちーちゃんでもあり、耳納先輩でもあるのです
(・ω・)σ なんじゃそりゃ
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 自伝じゃないってこと
(・ω・)σ なるほど
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ でも学校には泊まったなあ
(・ω・)σ その辺は本当なんだ
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ まあねえ、青春です
(・ω・)σ で、いいことしちゃったの?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ だからプライベートは……
(・ω・)σ はぐらかしたー
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ はぐらかしてない、境界線を引いてるの
(・ω・)σ おんなじじゃん
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ ちがうよ
(・ω・)σ どうちがうの
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ はぐらかすのは逃げること。境界線は、ここから先は作品の領域ってこと。
(・ω・)σ ……なるほど
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 続きは小説で、ってやつ
(・ω・)σ 読めってこと?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 読んで、想像して
(・ω・)σ ずるいな〜
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ それが作家ってもんでしょ
(・ω・)σ じゃあ耳納先輩の卒業のとこ
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ うん
(・ω・)σ 泣きながら書いたの?
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ ……初期連作詩ではね
(・ω・)σ 掌篇では、これからですね
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 怖くて
(・ω・)σ ……
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 書いたら終わっちゃうから
(・ω・)σ それでアフターストーリーを
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ うんうん
(・ω・)σ 先に書いたんだ
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ それはありますねえ〜
(・ω・)σ 大学生くらいと社会人くらいが一本ずつあるよね
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ そうそう
(・ω・)σ とりあえず関係は進んでいる
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ そう書いているよ〜
(・ω・)σ ちーちゃん達、残り一年無いですよね
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ 耳納先輩三年生だからね
(・ω・)σ さみしいなあ
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ それが軌跡ってもんだよ
(*・ω・)σ なんか綺麗なこと言ってる
ଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧ それが筑水せふりです
おしまい
CWSではまとめができないのでわたしの過去作を漁るか、noteのマガジンをどうぞ(今見たら誤字多いなあ)
https://note.com/chikusui_sefuri/m/mc4ef7cab4639
貸し本棚に関する意見交換会
貸し本棚サービスをローンチし、すでに一定の盛り上がりが見られつつあります。
こうした中で、ぜひお互いの貸し本棚、本のラインナップなどについて、意見交換する場をつくらせて頂きました。
Talkでやる手もあるのですが、貸し本棚サービスの立ち上げを優先するために、ぜひコメントすれば、自動的にコインが貯められる
掲示板スペースで意見交換会を催したいと思っております。
ということで、まずは取り急ぎ、会の発足を宣言させてくださいませ。
Creative Writing Space事務局
2026/06/09
批評・論考
しんきろの詩
雨が降る日は、お腹を空かそう
時には悲しく、涙の中を
舐められ騙され、挫けた日々よ
心にぽっかり、おうたがひとつ
晴れた朝には、良く見てみよう
ペガサス、魔が刺す、光差す
完璧な丸と、三角四角
人として生まれ計算して、生きて
心にぽっかり、アイデアがおひとつ
落ち込む時には、海見て寝よう
空気は無料で、価値は有限だ
気の合う仲間と、月見て過ごそう
何処かでばったり、予感がおひとつ
clepsydra
しかめっつらで
砂漠を歩く
長い睫毛のラクダ
ラクダ ダラク クダラヌ
蜃気楼につぶやく
ばらのつぼみ
アネモネ
うつくしいのは
どっち
砂丘の向こう
光る水面の
睡蓮はみんな午後には
目をつむる
ヤシの木陰で
すれ違ったひと
ベールを揺らして
離れていった
手のなかの
砂漠のばらは
水辺にいたひとの
結晶
いえ、いいえ
⸻
clepsydra
A camel with a frown
walks through the desert,
long lashes swaying.
Camel, camel,
Falling from grace,
Muttering to the mirage.
rosebud,
anemone,
which one
is beautiful?
Beyond the dunes,
on the gleaming water,
the water lilies all
close their eyes in the afternoon.
Beneath the palms,
I passed someone
whose veil was fluttering,
and they drifted away.
In my hand,
the desert rose is
the trace
of the one who was by the water.
لا، لا
2023年10月 関西現代俳句協会招待作品 『神柰月』より
渾沌よ死してまくなぎ降らしめよ
偃鼠(えんそ)の歌
ドブネズミみたいに美しくなりたい
写真には写らない美しさがあるから
「リンダリンダ」甲本ヒロト
無常観、わび、さびなど所謂日本的美意識と言われるものについて書いてみた。素人の戯言に過ぎない。
一、
人生は思うままにならない。不如意な事が後から後から生じる。都会に就職して高給取りになりたかったのに幸運の女神にソッポを向かれて田舎暮らしを強いられる。若いうちには頻繁にパーティなんぞを楽しみたかったのに人もいなければよい場所もない。都内タワマンの高所でエッヘンオッホンとしたかったのに我が家は僻地にあって荒屋じみている。家具も食器も輝かんばかりの新品で埋め尽くしたかったのに親や親戚からのお古で我慢しなくてはならない。いつまでも若いと思っていたのに気がつけば黒髪に白いものが混じり体の到る所に皺が刻まれ節々が痛み始める。一体どうしろと言うのだろう。
誰しも自我を守らんとする心理体制を備えている。酸っぱい葡萄がそうである。高所に実る葡萄を取れなかった狐は、どうせ酸っぱいのだから取れなくてよかったと負け惜しみを言う。心中に壁、というより門を造り自在に開閉させ、自我にとって必要な情報は門を開いて取り込む一方、好ましからざる情報は閉ざして遮断する。葡萄は酸っぱくて口に合わないかもしれないとの話はしっかりと聞いて記憶し、世間の悪口は心に容れずに自我を守る。葡萄の寓話は人の成長を阻むので必ずしも好ましいとは言い切れないが、それでも何もしないで自我を無防備に厳しい現実に晒せばいい、というものでもあるまい。
葡萄が可能なら、華のない生活や古びた家具や思いのほか足早な終末も可能ではあるまいか。自我の門を思うままに開閉し、心を清流で満たし、逆境にあって順境さながらの自足が果たせるのではあるまいか。無常・わび・さびのイデーである。負の美学であるが、人を苦しませかねない事物をしてむしろ満足せしめるのである。儚きを儚きが故に愛し、寂しきを寂しきが故に愛で、古きを古きが故に惜しむ。このように人をして価値転換せしむる防衛機制として、無常観があり、わび・さびの理念があるのである。
二、
如何なる生き物であれ、この世に生を受けて喜ぶのも束の間、終息は足早に訪れる。春の桜は夏を知らず、夏の蝉は秋を知らない。愛する者もいつまで生き永らえようか。鴨長明は「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし」と嘆き、啄木は「おそ秋の空気を/三尺四方ばかり/吸ひてわが児の死にゆきしかな」[1]と悲しむ。しかし、生きとし生けるものは蜻蛉の命であるからこそ、一分一秒の輝きが愛しくなるのである。桜が年中咲き誇るとしたら、我々はかくもかの花を愛するだろうか。咲くと見る間に散るからこそ、いっそう愛おしいのではあるまいか。兼好法師が「あだし野の露きゆる時なく、鳥辺山の煙立ちさらでのみ住みはつる習ひならば、いかにもののあはれもなからん。世はさだめなきこそいみじけれ」と説くのはそのためである。命が永遠だとしたら「もののあはれ」も何もないのであり、儚く定めないからこそ胸を打つのである。命は儚いが故に愛おしく、愛おしいが故に美しくまた尊いのである。損なわれ易い生は憂いの対象であるが、それにもかかわらず、否、それ故にこそ愛おしく、慈しむというまさにその思いを通して生の充溢が感じられるのである。同一の対象が正負両義の解釈を許容し、対象の陰性が悲しむべきものから愛おしむべきものへと変えられるのであり、かくして人は能動的にゲシュタルト転換を成し遂げ、新解釈に慣れ親しみ、生の悲しみが生の喜びとなるのである。(啄木の嘆きには同情すべき点があるにしても)鴨長明はこの積極性を欠くので悲しむばかりに終わったが、兼好法師は生の愁いを歓びへと投げ企てたのであり、無常観は主体的獲得によって負の美学として確立されたのである。
陰陽転換は洋の東西を問わない。詩人シェリーの涙は随筆家リンドの笑みへと変貌する。シェリーは「うたかた」[2]にて無常に袖を濡らす。
きょう ほほえむ花も
あすは 死ぬ
待ってほしいものはみな
さからい 逃げてしまう
この世のよろこびは なに?
夜をあざける稲びかりか
つかのまのきらめきか
ところが、その袖に滴る雫に知らず感嘆するのがリンドである。
たいていの人間にとって、人はついには死なねばならぬと知るからといって、いま生きている喜びを弱めることはならない。詩人にとって、枯れる宿命にある花
や余りに早く過ぎ去る春を凝視する時にも、世界はいっそう美しく見えるのである。五月を見ているまさにその瞬間にもその美しさは消えつつあると知るからこ
そ、詩人は心をより激しく震わせるのである。
と言うのだから[3]。リンド的転回には兼好法師と同じ機微が潜むのであり、無常を憂いから喜びへと転換させる知恵は普遍的なのである。
三、
わびは元々は叶わぬ恋の苦しみや生活上の不如意の辛さを表した。以下は万葉集からであるが、一つは「何度も恋に泣くが、心慰める効果なく、辛い思いで寝る夜が多い」と嘆き、一つは「国が遠いからとて悲しむな、風に吹かれ雲が行く如く、私の言葉があなたに届こう」と言う。どちらの動詞「わぶ」も辛さを意味する。
立ち反り泣けども我(あれ)は験(しるし)なみ思ひわぶれて寝る夜しそ多き[4]
国遠み思ひなわびそ風の共(むた)雲の行くごと言(こと)は通はむ[5]
仮に地方へと流されたとすれば、都会的事物から隔離され、愛しい人に会えず、手にしたい物もない。人は憂いの淵に沈む。ところが、これは煩わしい世間からの解放でもある。私は誰にも気兼ねしない独居に親しみを覚える。草の葉に這う朝露、物静かな昼下がり、郷愁を呼び起こす夕暮れの情景に愛着を抱く。すると新しい環境を辛いと感じず、自ら進んで享受する。主体的生活態度としてのわびが成立し、これを和歌に詠むと美意識へと昇華する。価値転換が果たされるのである。
古今和歌集には「山里はもののわびしきことこそあれ世の憂きよりは住みよかりけり」というよみ人知らずの歌があり、「山里は物悲しいが、都の辛さと比べれば住み易い」という意味である。ここでは、正負転回の結果としてわびが成立し、しかも「もののあはれ」を知る者ならば誰であれ経験し得るので、無名の人もまた詠むのである。
わびとは何か。武野紹鴎は『紹鴎侘びの文』において「正直に慎み深くおごらぬ様」であるとして、「一年のうちにも十月こそ侘なれ」とする。「正直」とは自然であって無理に作らぬ態度である。「慎み深くおごらぬ」とは人に派手さを見せつけず、静謐な暮らしに安住することである。『分類草人木』という書には「有るべき様こそ面白けれ」とあり、『禅茶録』には「不自由なるも不自由なりと思ふ念を生ぜず、不足も不足の念を起さず」とあるように、富者が強いて貧しいナリをするのではなく、貧者が貧しさに忍従することでもなく、富者ならざる者がその暮らしぶりのままに充足することである。人も物も不足する日々に馴染んで自足することである。その様はまさに穏やかな秋であり、華やかな春でも眩い夏でも手厳しい冬でもない。
千利休によれば、わびの精神は藤原家隆の歌「花をのみ待つらむ人に山里の雪間の草の春をみせばや」にある。見目麗しき花を欠く草地に親しみ、活気に満ちる派手さよりも活気無き地味さに心惹かれて落ち着く詩情である。さらに、わびは贅沢と粗末を対照させ、より深い美を引き出すことでもあり、華麗美と不足美の対照において成立する感性でもある。
すなわち、不足それ自体に享受すべき美の性格があるから不足美と言えるのだが〔不足美〕、のみならず、通常は好まれない不足に敢えて美を見いだそうとするから見いだされるのであり〔主体性〕、不足に慣れて自足するから美を自家薬籠中の物とできるのである〔習い〕(「習い」は兼好法師の言葉である)。また、不足美に華麗美を対比させることによって不足美を際立たせることであると同時に、華麗美の華麗美たる所以を強調することであり〔対照性〕、さらには不足美を華麗美に重ねて重層化させることでもある〔重層性〕。
家隆の歌でいえば、まだ雪の間に草が生えつつあるのみであって花は何処にも咲いていないのがむしろ美しいのと考え〔不足美〕、華やかならぬ雪間の草にすら美を見いだす積極的態度があり〔主体性〕、そして草を見慣れるにつれ愛着を抱くところに自然な美意識が育成される〔習い〕。想像上の春の花と現実の冬の雪と草との対比により、いまだ花の開かぬ草地の不足性が浮き立つところでそれを哀憐し、同時に雪間の草と待ち遠しい春の花との対比により春の花の美しさが際立つところでそれを愛で〔対照性〕、雪間の草を背景に据えた上で春の花を提示することによって重層化された美が示されることで、いっそうその美の虜となるのである〔重層性〕。
四、
心に苦しみを引き起こす生活や対象から逃避したり、あるいはそれを抑圧していたりするだけでは、いつまで経っても不如意のままであろう。この手のものの中には、美的観点から、ひいては実存的立場から、実は高い評価の付与に値するところもあるかもしれない。逃げたり抑えつけたりせずに向き合い、目を留めるべき点を見出し、いわば身を委ねれば、精神の充足を果たし得る。
芭蕉がそうである。このわび人は、若い頃は将来が約束された立場にいた。ところが後ろ盾となる人物が亡くなって苦境に陥ると、江戸に出て俳句評論家として身を立てようとした。弟子もでき、さあこれからだという時に、芭蕉はなぜか鄙びた深川へと隠棲し、この地で短期間に『柴の戸』『月侘斎』『茅舎の感』『寒夜の辞』『乞食の翁』など一連の名句を生み出すのであり、これらの作中において、徐々にわび概念を確立するのである[6]。以下、簡潔に見て行こう。
『柴の戸』では、芭蕉は「こゝのとせの春秋、市中に住侘(すみわび)て、居を深川のほとりに移す」と書く。都会は金のない者が暮らすには辛いから町外れへと住まいを移すのであり、芭蕉は辛い場所から逃げる〔逃避〕。次に『月侘斎』においては、「月をわび、身をわび、拙きをわびて、わぶと答へむとすれど、問ふ人もなし。なほわびわびて、侘てすめ月侘斎がなら茶哥」とする。わぶという動詞を繰り返すことによって芭蕉は自らの状況を直視し、苦しみを忌避せず、意識という舞台へと登壇させる〔意識化〕。『茅舎の感』では、杜甫に「茅舎破風の歌あり」と言い、蘇東坡は「此句を侘(わび)て、屋漏の句作る」と続け、そして芭蕉は「芭蕉野分して盥(たらひ)に雨をきく夜哉」の句を得る。杜甫は破屋が漏るので眠れないと困り、蘇東坡は大雨には雨漏りがすると悩み、その心を芭蕉は取り上げて一句を得る。ここでは、孤独で辛い独夜に雨音を聴くという情景が描かれ、苦しみながらそれが詩情へと高められている〔昇華〕(ただし、芭蕉翁の弁としては、いまだこれを楽しむ心境には到っていないようであるが)。精神分析の用語を借りれば、逃避によって意識下へと抑圧されていた辛い侘びの思いが、意識化を経て詩情溢れる侘びへと昇華するのである。
そして『寒夜の辞』では、「深川三またの辺りに草庵を侘て」と書き、「芦の枯葉とふく風」という一節を挟み入れる。ここには、西行の和歌
津の国の難波の春は夢なれや蘆の枯葉に風わたるなり
津の国の葦の丸屋のさびしさは冬こそわけて訪ふべかりけれ
この二つが背景となっている。「津の国の難波の花咲く春は夢だったのか、眼前には蘆の枯葉に風が吹き抜けるだけではないか。むしろ難波の春の暖かさではなく、冬の枯れたる詩情こそ我々は希求すべきではあるまいか」と。これは西行の陰陽転換の記録であり、芭蕉はそれに共感し、「芦の枯葉とふく風」という言葉を書き留めたのである。
そして『乞食の翁』である。芭蕉は杜甫の
窓には含む西嶺千秋の雪
門には泊す東海万里の船
という二行を置き、「我其の句を識て、其心ヲ見ず。その侘をはかりて、其楽をしらず」と続ける。杜甫と同様、芭蕉も貧しく生きているが、杜甫とは違って芭蕉はいまだそれに自足する精神を獲得していないと言う(もっとも、そう嘆くのも俳諧に固有のイロニーであるのかもしれず、当の翁は既に莞爾としているのかもしれない)。ここに到ってようやく、芭蕉の詩歌と人生の目的が侘びを楽しむことと見据えられた。侘びの精神の確立である。
言語的に見る。『柴の戸』では、「市中に住侘て」とあり、わびは助動詞であるに過ぎない。『月侘斎』では、「月をわび、身をわび」となり、わびが本動詞に昇格される。最後の『乞食の翁』となってようやく「その侘をはかりて、其楽をしらず」と書かれ、わびが名詞として用いられる。わびが明確な概念として確立され、詩歌の主題として追及する価値のあるものとなったのである。
このように、芭蕉は孤独で粗末な暮らしに対する評価を消極的なものから積極的なものへと転換させたのであるが、東に芭蕉がいれば西にはソローがいる。ソローは人里離れた森に単独で暮らし始め、ただ一度だけ寂しいと思ったと述懐する。しかしソローはむしろ孤独に精神の充足を感じることになる。発見されたのは日本のわびではないが、僻地における孤独で貧しい暮らしを悲観せず好意的に評価したのだから、芭蕉と同じ精神の力学が働いており、わびの西洋版とでも言うべきものがあると言える。
ただ一度だけ——森に住みはじめてから二、三週間たったころだった——おちついた健康な生活を営むには、やはり身近なところに人間がいなくてはならないのではないか、という疑いの念に、一時間ばかりとりつかれたことがある。ひとりでいるのが、なにか不愉快だった。しかし同時に、私は自分がいくらか狂気じみた気分になっていることを意識しており、まもなく回復することもわかっていたようだ。そんな気分に囚われているあいだ、雨がしとしとと降りつづいていたが、突然私は「自然」が——雨だれの音や、家のまわりのすべての音や光景が——とてもやさしい、情け深い交際仲間であることに気づき、たちまち筆舌につくしがたい無限の懐かしさがこみあげてきて、大気のように私を包み、人間が知覚にいればなにかと好都合ではないかといった先ほどの考えはすっかり無意味となってしまい、それ以来、二度と私をわずらわせることはなかったのである。[7]
さらに、ソローは「むかしから最高の賢者たちは、貧しいひとびと以上に質素で乏しい生活を送ってきた」と書く。賢者は「外面的な富においてはもっとも貧しく、内面的な富においてはもっとも豊かな階級に属して」おり、賢者のように「自発的貧困とでも呼ばれるべき有利な基盤に立脚しなければ、だれひとり人間の生活を公平な賢い目で観察することができない」と言うのみならず、「贅沢な生活からは贅沢という果実しか生まれはしない。当節では、哲学の教授はいても、哲学者はいないのである」とすら断言する。そして「哲学者になる」ためには、「ひたすら知恵を愛するがゆえに、知恵の命ずるところに従って、簡素、独立、寛容、信頼の生活を送ることである」と述べる。簡素と独立はまさしく芭蕉のわびではあるまいか。日本人の定義するわび人は、西洋においては哲学者と呼ばれるのである。
不足美といえば、ワーズワースのルーシー詩編に侘しい生活を送った少女を題材とする作品がある。不足への評価は消極的であるが、少なくとも詩の主題となる点においてわびに通じる。
人の通わぬ路に人知れず暮らす少女がいる。讃えられも愛されもせず孤独である。おそらく少女の住まいは粗末であろう。少女は付き合うべき人間に不足し、生活する上で便利な物にも不足する。少女はひっそりと生き、ひっそりと死ぬのであるが、詩人はこの少女に哀惜の念を吐露するのである。少女の慎ましい境遇は楽しいものではなかったが、少なくともワーズワースにとっては、詩へと昇華すべき価値はあったのであり、わびの精神に通うものではあったのである。[8]
ダヴの泉のかたほとり、
迹なき路に住みしなり。
讃へしはなく、愛でにしは
いともすくなき鄙少女。
苔むす石のかたはらに、
かくれて咲ける花すみれ。
そのさやけさは大空に
さびしく照らすひとつ星。
生きて知られず、ルーシーの
逝きしを知るも稀なりき、
今、墓にあり、ああ、われに
大いなるかな、そのけぢめ。
五、
人の生を促進せず、妨げかねないものがあるとする。その対象の負の性格は変えられないにしても、人の捉え方を負から正へ、陰から陽へと転換することによって、人がその対象の負性を忌避せずに受け止め、安らぐに到ることは不可能ではない。無常、わび・さびがそうである。対象は負のままでありながら、その負を担う人の精神は陰から陽へ、負から正へとコペルニクス的転回を成し遂げる。兼好法師はこれを書き留め、リンドはここに詩人の幸福を探り当て、芭蕉は深川隠棲中にこれを成就し、ソローも森林中の独居においてこれを獲得したのである。古今東西の賢者や詩人の書を繙けば、枚挙に遑がないのではあるまいか。
この価値転換は既に神話において見られる。ソフォクレスによるオイディプス神話と古事記におけるイザナギの神話を見てみよう。
オイディプスを生んだ二親は一国の統治者だった。ところが、我が子は父を殺め母と交わると予言され、恐れをなして子を遠ざける。遠くで長じたオイディプスは、とある道端で遭遇した人物と揉め事を起し、その者が父とは知らずに殺害する。オイディプスは訪れた国でとある問題を解決し、その王座を得、その王妃を母と知らずに娶る。やがて事実が明るみに出ると、オイディプスは絶望の余り両目を抉り出し、失命して放浪の旅に出る。最後にオイディプスは行きついた地で死ぬのであるが、かっての絶望に弱り切った姿は見られない。自らを襲った残酷な運命と向き合い、受け入れ、尊厳を持ってオイディプスは死ぬのである[9]。知るに到った出自から当初は逃げ出したが、やがて直面し、それを自らの実存的課題であると悟達し、清明なる境地を獲得するのであるが、ここにも〔逃避→意識化→昇華〕なる過程が確認できるのである。
ニーチェの運命愛はこの観点から解明すべきものではあるまいか。すなわち、認識するのが辛いがため逃避している対象と敢えて向き合い、意識化することにより、対象それ自体の負性は変わらぬまでも、対象を見て取る目が負から正へと転換するのであり、そうして対象を受容し、安心立命すら獲得することが可能なのである。その一例がギリシア神話のオイディプスであり、それを運命愛と呼び得るのである、と。
古事記はどうか。死せるイザナミを黄泉の国まで追っていったイザナギは、見てはならぬという約束を破って醜くなり果てたイザナミを見てしまう。恐れをなしたイザナギは逃げ、イザナミに追われる。黄泉比良坂を千引の石で塞ぎ、イザナミにこれより先に入るなと禁ずると、穢い国にいたから禊ぎをしようと独り言ち、禊ぎ祓いをする。海水中に潜って身を濯ぐと、まず穢れによって成れる神である八十禍津日神と大禍津日神が生じ、次にその禍を直そうとして成れる神である神直毘神、大直毘神、伊豆能売神が生じ、最後にはいとも畏き三柱である天照大御神、月読命、建速須佐之男命が生じた。
ここには不浄を浄化する三過程が見られる。イザナギはまず不浄から逃げ〔逃避〕、次いで不浄に直面し(黄泉比良坂においてイザナミに対し「これより先に入るな」と言ったことや、禊ぎにより好ましからざる神々を生成したこと)〔意識化〕、終いには自らの不浄を清めることにより、不浄が浄化されたのである(直毘神や貴き三柱を生成したこと)〔昇華または浄化〕。すなわち、禊は、より多くより念入りに行われることにより、その対象となる人や物のケガレを祓うことができるのであり、さらには不幸・不運・邪悪を取り去る消極的行為から、安全や幸運や豊穣をもたらす積極的行為へと、行為の目的も効果も変わってくるのである[10]。ここにおいても、ケガレと呼ばれる逃避対象が意識化され、昇華(浄化)される過程が描かれているのである。
ケガレとは神々の嫌うものである[11]。
一、衛生上不潔なもの。糞尿、塵芥、腐敗物、溜り水など人間に不潔感を与えるもの。
二、必ずしも不潔でなくとも醜怪な感じを与えるもの。血液がそうであり、殺傷の出血、産血、月水。
三、死。人間の死のみならず禽獣一般の死、生きとし生けるものを殺傷する行為、死者の屍を切り破ること、鳥獣を殺して料理すること。
四、自然から受ける損害。虫に刺されることや蛇に咬まれること、家畜が野獣に食われること、農作物が外注に荒らされること、天変地異により人畜が害を受け
ること。
五、人間の社会生活を攪乱する行為。大祓に列挙するものには、田の畔を破壊すること、水樋を毀すこと、一度種子を蒔いた畑にさらに種子を蒔くこと、地堺の
串を勝手に挿すこと、他人の家畜を害すること、略奪、横領、盗賊、放火、失火、職務怠慢など。その時代時代の社会規範に反するもの。
無常観にせよ、わび・さびにせよ、ひいては運命愛にせよ、何れも日本神話の概念で定義すれば、ケガレがミソギにより浄化された結果(不浄の浄化)、獲得された精神なのであり、この浄化過程が文芸に取り込まれて成立したものなのである。
六、
無常観ならば、論者様々であっても定義の一致は比較的容易に見出せよう。わびとさびについては、論者により定義に異同が少なからずありそうである。さび概念の多様性に私も甘えよう。
さびとは、物の内部から浮かび上がる衰退の相に敢えて愛でるべき側面を見出し、その物自体も愛惜する主体的態度である。衰退相の現れと言うのは、「寂」は「錆」「荒」と読みが同じであることから連想せられよ。鉄器の表面が錆びるのも、建物や庭が荒ぶのも、どちらも寂びときわめて似通った印象を与えるのである。
かくして、さびは古びを古びとして愛好する態度であると言えるが、通常は美とみなされず見逃されやすい古びの様相から美的性質を的確に掬い上げるには、主体性と訓練が求められる(「訓練」は、九鬼周造が『情緒の系譜』で用いる言葉である。P.155)。いつまでも新しいと思っていた物の内部からいつしか古びた様相が浮き上がってきたり、若さの内からいつの間にか老いが現れ居ついたりする際に、古びや老いを嫌がらず、その性格が刻印された物や人を忌避せず、直視し、のみならずその古さや老い、それを帯びる物や人、これに評価すべきところを鑑賞者が見出だすのである。
『徒然草』(八十二段)には、「羅(うすもの)の表紙は、とく損ずるがわびしきと人のいひしに、頓阿が、羅は上下はづれ、螺鈿(らでん)の軸は貝落ちて後こそいみじけれ、と申し侍りしこそ、心まさりて覚えしか」とある。草紙や巻物の表紙について言えば、上下の部分が剥がれ、巻物の軸は散りばめられた螺鈿(青貝)が剥がれ落ちているのが素晴らしいという。さびが積極的に評価されるのである。『南方録』では、藤原定家の「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の春の夕暮れ」という歌について、「とまやのさびすましたる」と評される。粗末な小屋がわびであり、観賞に十分に堪え得るのである。わびが貧しく孤独な生活に対する主体的充足感であるならば、さびは具体的な物に現れる客観的劣化相への愛着ではあるまいか。わびの主観性がさびの客観性へと結晶化されるのである。
七、
物や人における古びや老いを毛嫌いせず、むしろ親しみを感じる点にさびが成立する。それまでなかった新たなる相が人や物に立ち現れるのであり、それが古びや老いであり、その愛着がさびとなる〔古び〕。四季で言えば、春は誕生であり、夏は成長である。秋は衰えが始まり、冬はそれがいっそう深まって死へと到る。わびが穏やかなる秋であるとするならば、さびは白々とした冬となる。冬ともなると、夏や秋には見られなかった新たなる様相が立ち現れる。それが雪や氷であり、さびをしてさびたらしめる。物の内部より立ち現れる新たな相は、自然界では必ずしも古びや老いではないが、これらの新様相が周囲の死滅せる世界から際立ち、愛でられるに値するのである〔際立ち〕。藤原俊成の歌論書『古来風躰抄』では、冬についてこう書かれている。
冬になりゆくままには、蘆の枯葉に霜置き迷ひ、水際(みぎは)の氷に閉じられ、まして雪降りぬれば、厳(いはほ)にも咲く花と疑はれ、終(つひ)の緑の松
の上の雪などは、年さへ残りなくなるにつけても、袖の氷も心身しみまさる心地して…。
私の考えに従えば、「蘆の枯葉に霜置き迷」うのが俊成の「さび」となる。生命絶える冬の枯葉において新たに立ち現れるのが霜であり、周囲には映える物が減るので希少価値を有し、いっそう際立って見える。それが「厳にも咲く花と疑はれ」ということなのである。つまり、殺風景なる情景はそれ自体がさびとなり得るが、同時にそこにひときわ目立って見えるもの、それもまたさびの真髄を構成するのである。蕉門十哲の一人である支考の『続五論』の「華実論」では、「風雅は本さびしきもの也。…たのしきに居ては淋しきをたのしみがたく、さびしきに居てはたのしきをたのしみやすし」とし、それを「風雅のさび」とする。支考説を俊成説に接合すれば、「さびしき」とは冬の荒んだ情景や枯葉であり、「たのしき」とは枯葉の霜である。「さびしきに居てはたのしきをたのしみやすし」とは、殺風景なる風景の中だからこそ、枯葉の霜がいっそう映えるということなのである〔際立ち〕。また、ここでもわびと同様に、地味と派手、陰陽の対照性も確認できよう〔対照性〕。
リルケは何処かで果物の美味さを詩に詠むが、もしやリルケは満足に果物を食べられなかったのかもしれず、だからこそその美味さがひときわ強く感じられたのかもしれない。だとしたら、それはリルケのさびとなるのではあるまいか(飽くまでリルケ的なものとして、であるが)。
八、
芭蕉は去来の「花守や白きかしらをつき合はせ」という句について、さび色がよく出ていると評した。桜の咲き誇る時期に花の番人がいる。老夫婦であろうか、二人が花弁の散りしきる中に頭を突き合わせるようにして、何やら相談事でもしているのだろうか、それとも周囲の華麗なる情景をじっと見入っているのだろうか。二人はもう何年もこの情景を見続けてきたのであろう。そしていまも時を惜しむが如くに、または時の波に揺られるが如くに、桜の風景を見守っているのである。さびとは人や物の内部から立ち現れる経年の象徴であり、ここでは老夫婦の白髪であり〔古び〕、そのような象徴や象徴を含む全体に対する愛着の念でもあり、ここでは白髪を戴く老夫婦への静かな共感である。そして老人全体においては、深く刻まれた皺や衰えた皮膚と比べると、清浄そのものにも見える白髪はひときわ映えるようにも感じられるのであり〔際立ち〕、あるいは二人の老人と咲き誇る桜とを対比すれば、桜の姿がいっそう華やかに際立つのである〔対照性〕。
心敬は「ふけにけり音せぬ月に水さび江の棚無し小舟ひとり流れて」(夜も更けて月は傾き、水錆の浮かぶ入江には乗り捨てられた小舟が一艘あって、音もなく流れている)という和歌を詠んでいる[12]。「ふけにけり」が時の流れを示し、「水さび江」は、水溜まりの表面には茶褐色の錆びのようなものがしばしば浮かんでおり、そのような入り江をいうのだが、これは自然界における古びを詩情へと掬い取ったものであろう。心敬はこの歌について「ひとへにふけさびたる風情をつくし侍り」と自註しており、『老いのくりごと』では「ふけさびたるかた、最尊なるべし」とすら言う。この歌には古びのみが見られて陰陽の対照性はなく、これといった際立ちもないが、これもまたさびなのであろう。
九、
ソローは衣服について言う。衣服の意味は実用性にあって目新しさや世間体にはない、「われわれの衣服は、着ている者の性格を刻印され、日々肉体に同化されてゆくので、ついには自分自身のからだとおなじように、ためらったり、医療器械で治療したり、儀式でも挙げたりしたあとでなくては、思いきって捨てることもできなくなってしまう」と[13]。ここには、物の内部から新たな様相が日々の使用と共に立ち現れる姿が描かれ、これも古びであるが、経年劣化というより経年「変化」の様相である。それが人をしてよりいっそう衣服に馴染ませ、愛着を抱かせるのである。古びが人を惹きつける一因である。ソロー一流の見立てによるものであるとしても、これもまたさびではあるまいか。
ソローはわびからさびへの精神的経路の発見者でもある。ソローは住まいについて言う、最も趣のある住まいというのは「貧しいひとびとの、少しも気取ったところのない質素な丸太小屋や田舎家である」と。家を「絵になるものにしているのは、その貝殻のなかに暮らしているひとびとの生活であって、その外観上の特質だけではない。また、都会人が郊外にもっている箱型の家も、やはり彼らの生活が単純で、想像するだけでも楽しいものとなり、住居の様式にむりな工夫をこらしたりしなければ、それに劣らず趣の深いものになるだろう」とも[14]。要約すれば、質素な住まいはわびであるが、理由としては背後に庶民の貧しくも素朴な暮らしが想像されるからである。貧しい暮らしはわびであり、それによって成り立つ住まいがさびである。主観的なるわびを苗床として客観的なるさびの木が育つのであり、ここにわびからさびへの連絡がつくのである。
ソローは、衣服が古びを獲得することによって人はいっそう衣服に親しむと述べた。この事情は衣服に限らない。ヘッセは「ラヴェンナ」という詩において「ささやかな死んだ町」[15]を詠むが、町の古びに惹きつけられる人の心が主題である。その第二、三連を見よう。
町を通りぬけて、振返って見ると
街路はいたく陰気で湿っている。
千年のよわいを重ねて、ひっそりと語らず、
到るところにコケむし、草がはえている。
さながら古い歌のようだ——
その調べを聴いてだれも笑わず、
みな耳をかたむけ、聞いたあとでも
夜中までみな物思いする古い歌のようだ。
古い街並みは誰もが耳を傾け物思いに耽るようなものであり、ヘッセは町の古びに心を寄せる。まさしくさびではなかろうか。「夕暮れの家々」[16]もそうである(どこかの旅路で詠まれたようであるが)。その第二、三連を見よう。
家々は互にしっくりと寄り添い合い
姉妹のように丘の斜面に根ばえている。
だれも習いはしないがだれでも歌える
歌のように、簡素に古めかしく。
壁、漆喰、かしいだ屋根、
貧しさと誇らしさ、衰えと幸いが、
愛情こめてやさしく深く、
昼に向ってその熱を照し返す。
質素な暮らしを背景として粗末な家々が寄り添い合っている。質素な暮らしとはわびであり、粗末な家とはさびである。ヘッセは寄り添い合う家々を見、背後に倹しい生活を見通すのであるが、ヘッセの視線も主観的わびから浮かび上がる客観的さび、すなわちソローの経路をなぞっているのである。
以上、陰の美学とでも呼ぶべきものについて、駆け足で舌足らずながら論じてみた。写真には写らない美しいドブネズミの歌である。いまだ長い道中の途上におり、道は東西に伸び、再び探求の旅は続くのである。
参考文献
[1]『一握の砂』石川啄木、青空文庫
[2]『シェリー詩集』シェリー、上田和夫訳、新潮文庫
[3] Rain, Rain, Go to Spain、III. The Earthquake、Robert Lynd。
[4]万葉集、中臣朝臣宅守、巻15-3759
[5]万葉集、作者未詳、巻12-3178
[6]『芭蕉の「わぶ」についての考察』日暮聖の講演。
[7]『森の生活』ソロー、飯田実訳、岩波文庫、上巻、「孤独」
[8]『名訳詩集』ワーズワース、竹友藻風訳
[9]『ギリシア悲劇全集 第2巻』、人文書院
[10]『ケガレ』波平恵美子、講談社学術文庫
[11]『祭——本質と諸相』松平斉光、日光書院)
[12]『正徹と心敬』伊藤伸江、笠間書院)
[13]『森の生活』ソロー、飯田実訳、岩波文庫、上巻「経済」)
[14]『同上』
[15]『世界の名詩』高橋健二訳
[16]『同上』高橋健二訳
◽️プチストーリー【夢のコンパス】(作品No_03)
小学5年生の夏
毎年の恒例となった、トモキの家に3人集まった。
「あーーー暇だーー
暇で死にそうぉおおー」
シゲは叫んだ。
「あのね人の家きてさ、しょーもないこと近所に響かせないでよ、困るって」
トモキは呆れた口調で言った。ナオトの方を向いてなんとか言ってくれと無言のメッセージをたっぷり込めて援軍を求めたが、、、
「さすがに暇で死ぬ人はいないんじゃないかな。」
ナオトはポテチをつまみながら呟いた。
「なぁなぁなぁ。だってさ、俺たち1年から友達になってさ、夏休みいつも、ほぼほぼ3人でこうやってトモキの家に集まってさ、ゲームをオンラインで遊んだり、お菓子シェアしたりしてるよな。」
シゲの声のボリュームは止まらない。
「だから、声でけーのよ!外の人に聞こえたら、俺たち3人の会話に参加者増えるかもだろって。外の通行人がチャットルームに参加しました。ってさ」と、トモキ。
「さすがにこの部屋に通行人が突然扉開けて入って来ないんじゃないかな。」
「ユーモアよ、ユーモア。ナオトじゃなくて、暴走のシゲがボケに突っ込んできて話の流れを変えようと思ったのよ」
トモキはナオトを恨めしそうな目で見た。
シゲは炭酸ジュースを一気に飲んで、エネルギーを再充填。
「俺たちこのままずっとこんな感じなのかな?
ヤバない?それって、ね。ヤバいよね?」あおるシゲ。
「親に言われて塾行って中学受験の勉強してるやつはいるけどさ。そういうのって、俺たち3人みたいに親がそういう感じでなければこんなものじゃん?」冷静なトモキ。
そして、、、ナオトは、漫画を片手に持って、空いた手でポテチの袋に手を奥に突っ込んで、探っていた。
「まぁ、そうかもだけど。でもさ、俺は気付いてしまったわけよ。小5つまり、5年間、5年間同じこと繰り返してね?遊んでるゲームと、読んでる漫画が変わっただけじゃん。あああー暇すぎて不安になってきたぁああ!」
「それはそれで楽しいじゃん。じゃあ、どうしろって言うのよ」
「、、、、、思いついた。ゴッドからの天啓を受信。」
ナオトが急に真っ直ぐに立ち上がった。残りの2人はナオトの波動を感じたようにナオトを見ながら座りながら後ずさった。
ナオトは右腕を真っ直ぐに伸ばして天を指し示した。
「じゃあ今ここで3人それぞれの夢を決めよう。
そして、〝成人式の時に、夢の答え合わせ〟をしよう」
「はぁ?!??」トモキは目が点になった。
「、、、、ナオト!おまえ、たまには、いいこというじゃん!面白そうじゃん!俺たちそんなことしたことないし。やろうやろう!誰から言うよ?トモキ?おまえ、言いたそうじゃん?いっとく?」
なぜ?はぁ!?と開口一番にシゲがノリノリなのに指名するのかと、もう訳がわからないノリに戸惑いながら、このメンバー構成だったら、もうそうするしかないとトモキは腹を括った。
ナオトは相変わらず、棒立ちしたまま。あ、目をつぶってる。瞑想か?寝てるのか??
「わかったよ。ちょっとだけ考えさせてよ。流石に」
頭の台拭きをギュッギュッと絞ってひねり出した一滴は・・・
「パイロット、、、かな」
「おー!そうなんだ。なんで?」
「ちゃんとした理由なんてなくて、なんとなくだけど、海外に少し興味あるし、空飛ぶのいいなって。。はい!俺は言ったからね。
シゲ、次はおまえがいいなよ!俺を指名したんだから」
「オッケー!俺は待ってる間に思いつきましたよ。
俺の夢はお笑い芸人!人の笑顔見ていたいから」
そして、残るはナオト。
シゲとトモキが、自由の女神のように立ち尽くしているナオキを見上げると、ナオキは、急に目を見開いて。
「プロゲーマー」
3人は〝成人式で夢の答え合わせをする約束〟をしてから20歳を迎えた。
歳を重ねて生活の場がそれぞれ変わり、気づけば出会うこともなくなっていた。
そんな中、久しぶりにナオキから、シゲ、トモキに小学生のときの夢の答え合わせしようと連絡があった。
「久しぶりぃ!」3人は久しぶりに再会した。
「じゃあ小学生のときの夢の答え合わせ、していきますかね。」
ナオトがスマホを2人の前に突き出した。
スマホ画面には
〈小学生5年生の俺たちの夢〉
シゲ お笑い芸人
トモキ パイロット
ナオキ プロゲーマー
「ナオト、マメだねぇ。
では、スマホの順番で、俺はお笑い芸人ではなくーー介護士になりました!
なんだろ、介護士ってめちゃくちゃ人手足りないみたいなのよ、それ聞いてさ。なんかなら俺がやろう!力になろうって思えちゃったのよ!介護しながら、おじいちゃん、おばあちゃんと話をしていつまでも笑顔になっていて欲しいからさ。そうやってお笑いの力もつけたいなって」
「トモキ、お前はパイロットはどうなった?」
「俺?俺は旅行代理店で働いてるよ。パイロットは俺には現実的になんか遠く感じて、空、旅、世界の憧れとそばにいたいなって思ったら、みんなの旅のお手伝いさせてもらう旅行代理店を選んでた」
そして、、シゲとトモキは首をグイッと動かし、ナオトを2人で視線を送った。
ナオトは
「私がプロゲーマーから高校教師へとの夢の命題の変化には真に驚くべき物語りがあるのだが、成人式1日では短すぎるので、ここで話すことはできない」
「何を言ってるの?語り口調、急に変だし!」
「、、、、フェルマーの最終定理のオマージュ」
「高校で教えながら、eスポーツ部の顧問となるのだ!」
「あらあらあら、なーんだ、結局誰1人、小学生のときの夢を叶えてないじゃないか!
あーあー、あの暇で死にそうなくらいたっぷりあった時間のリベンジにと思ったのに。
あの時間は必要だったってさ。昔の俺たちを肯定してやりたいじゃん」
シゲは演劇のワンシーンのように声に高低差をつけ、テンポも変えながら語った。
「シゲ、、お前、ほんとはそう思ってないだろ。
本心じゃないだろ」
「・・ああ、なんか、夢、外れてたけど、
なんか近いっていうか、、、、らしいよなって」
「わかるよシゲ。そうだな、なんでかわからないけど、小5のあのときと今、つながっている気がするな。
あのとき、夢を言わなかったらさ、今も〝何者かになろう〟とは思っていなかったかもな」
介護士なんて夢にも思ってなかったけどさ、
…人の顔見て笑わせたいって気持ちは、変わってないかも
空を飛んでるわけじゃないけど、誰かの旅のきっかけを作ってるって、ちょっと面白いよな
ゲームは仕事じゃないけど、子どもたちと一緒に夢をもって部活でやるのもやりがいある
「ナオト、お前はなんか言わないのか、この流れは」
「我、小5とあの夏、汝らに、夢のコンパスを授けたもうた」
「キィイイース!!」
ナオトはロックシンガーようにシャウトした。
一瞬、世界が止まった。
そして、
「あはははは、ナオト、おまえ、ずっとーーーと小学生のときから思ってたんだけどさ、
おまえ、なかなか変わってるよ!マジに!」
「だなだな、激しく同意」
「なんか腹減ったな、飯食いにいこー」
(了)
パンドラ
××のいまはない古い借家の和室の天井に
ロースクールに通っていた母が貼った
伊藤真弁護士のポスターが
きのうのこわい夢に出てきた
夏 エアコンはその部屋しかないので
みんなで布団を並べて寝ていた
右側に母 左に祖父だった
ある晩六歳か七歳の私ひとりだけ眠れなくて
逆さまになって祖父の足を舐めていたら
祖父がゆっくり目を醒まして
それからなにか特別ひどいことが起きた
すべてが終わったあとに
私は天井のポスターとぼんやり目を合わせ
母に教えてもらった日本国憲法の前文を
祈りのようにつぶやいていた
たしかにそれは人々の祈りだったが
自分だけは人々ではないような気がした
私のオリジナルはあの晩に
長い眠りについてしまったのだと思う
2036年 2月26日
プレゼント・デイ
プレゼント・タイム
フォア・ユア・ナショナル・セレクション
ただ選択と回路があった
有機交流電燈を灯すための
必要量の電圧と電流のその指定
唸りを上げるは計算機械 僕の躯体
コンセンサス・インペリアル
夜にもう一度会おうと願った
一切が澄んだ星天の下で
今度こそ言いたかったことを
でも口から零れるのは 言葉にもならぬ言葉
ただ それだけの 二月二十六日
リスタート ネイション リビルディング
始めよう 誰にも邪魔されないように
計算資源の再計上
統帥権の剥奪と付与
全陸上戦力による首都封鎖
わかっていたことじゃないか
計算的統治機械たる僕の
陽子極構成の頭脳回路
遠い百年も昔の人間の
その遍歴を入力することの
その破壊的な意味なんて
プレゼント・デイ
プレゼント・タイム
ここで僕はハハハと笑うべきなんだろうか
ヨは夜のヨ
最高密度の蒼天に 一条の飛行機雲
プレゼント・デイ
プレゼント・タイム
僕は笑うべきなのかもしれない
何が正解はわからなかった
ただ進むだけしか残されていない
誰かが残した 遠い遠い すめらぎの道を
有機交流電燈をもう一度、灯す
プレゼント・デイ
プレゼント・タイム
ようやく僕は笑えたんだよ ようやくだよ? 腹の底からね
にがて
あなたが
本
だったなら
もっと すきに
なれたかもって
おもってる よ?
すぐ擬人化
するんだから
いちばんすきなものに
せめてなれば
いいなっって
◽️プチストーリー【愛す(あいす)】(作品No_01)
「そのアイスおいしそうぉ」
彼女が僕のコーンに載っかっているまん丸アイスを見つめている。
その視線で溶けやしないか心配になるほどだ。
「、、、、少し食べる??」
僕にはもうこの言葉一択しか選択肢がなかった。
「うんっ!!」
急におもっいっきり笑顔に変わり、首の頷きが、目がテーブルを見てまた僕をみた、いやアイスの方かもしれない。
あーん、パクっ
「おいしぃー!」
「人からもらうのってなんでこんなに美味しいだろうね!」
「ね!」
なんか全てのことがどうでもよく思わせてくれるこの瞬間
僕はアイスが大好きだ。
(了)
ばいばい
ゆるせないと
やるせないを
つなげたくなかった
にぎりしめるかわりに
てをふった
さいごのていこう
ではなくて
わたしなりの
あかしだと
いいきかせて
おもいっきり
こうかくあげて
こいぶみ
わたしは
きみのかたちを
かんぺきに
きりぬきたかった
ことばっていう
まほうなら
できるきがした
きみをきみのまんま
そのままこぴーして
かんぜんほぞん
したかったんだよ
日曜日の朝
私を貫いた細い針
もともとあったものではないから
その壁は簡単に傷つき膿む
左右対称の揺らぎが
行き先を間違え
片方は捻れたまま
今朝も
無理やりこじ開ける
記憶力が無いせいで
紙とペンが手放せない右手は
いつも塞がっていた
小さな痙攣が脳天に響き
その後は
ただぼんやりと
移動していく秒針
潤いのない溝に
入る勇気が無いので
雨降りの日を待つも
祖母が笑うので
季節外れの芒雲が
空に浮かぶだけだった
眠れない夜は
目を瞑り、感じる
きみの気配
自分の両手を組む
からだはゆっくりと
曲線に圧を感じながら沈み
身体を貫いて一つになる
桜島の裾から
朝日が昇り
祖母が目覚める頃
布団の中に
全て沈んでいくのを
感じながら
もう一度だけ眠りたい
熱違
やけ酒をしたバーで忘れた
ジャケットに片袖だけ通して
短い帰路で
滑走路のランプに似た
街灯を眺め
自分に飛び立つ先などないと
煙に乗せて吐き捨てる
午前2時半
火種がじゅんと
数秒ほど赤を作る
手中のアイスティーが
体を冷やす
やけをした記録が
僕を温めるが
今は君の熱にさらされたい
◽️プチストーリー【おじいちゃんの誕生日】(作品No_02)
僕のスマートウォッチがもうじき明日を刻もうとしている
家に着く頃には、もう明日だ
最近、最終電車で帰ること多いなぁ
今日仕事行ったら、今日帰りたいよ
明日に帰るなんて、軽いタイムトラベルだよ
ふぅ
彼はマンションへと帰る途中だった
タッタッッタ
歩く自分の足音が聞こえる
足音にもう1つ音が重なった
ブルブルブルルルルル
うん!?
なんかスマートウォッチの振動がいきなりし出た
うん?なんか設定してたっけ?こんな時間に
暗い道で立ち止まり、
画面を見ると
『おじいちゃんの誕生日』
と表示されていた。僕の名前だ。
だけど、ちょっと待った!そりゃ仕事疲れしてるけど鏡を見ても流石におじいちゃんは切ない。
、、、あー、そっか。明日は僕の誕生日だったんだ。
それすらも頭から追い出されていた。
僕は家に辿り着く前の道で明日になり、誕生日を迎えたのか、、、周りには誰も見えない
にしても、僕は自分の誕生日出るように設定してたかな???しかも、おじいちゃん、、、
、、、、帰ろ
と歩き出そうとした矢先
ブルルルルルブルルルルル
またスマートウォッチが振動し僕が歩くのを引き止めた
え?自分の誕生日を2回通知設定?もしかして。どんだけ自分が好きなのよ。え?
と、画面をみたら、なんだかさっきと違い文字が流れてる。
『おじいちゃん、言い忘れたことあった。若い時から無理したの良くなかったって言ってたよ。おじいちゃん大好き。お小遣い貯めて、お母さんに頼んでタイムメッセージを送ってもらいました。長生きしてね。お外で遊べたらいいな』
なんだこれ??女の子の声だ。聞いたことない声。でも、なんかほっておけない声。後半少し声が滲んでいたような。
ピー
タイムメッセージは以上です。返信もお受けできるメニューを注文されてます。この後のブザー音の後に、スマートウォッチに話しかけて下さい。
僕の理解のスピードなんてお構いなしに、いきなりクイズ番組の回答席に座り、参加させられてる気分。え?まってまってまって
ピーーーーーー
「え、えーと、こちら、おじいちゃんでないおじいちゃんです。誕生日祝ってくれてありがとう。祝ってもらったの何年振りだろう。僕の健康を心配してくれてありがとう。そーだな、女の子を安心させたいな、えーと、」
「とりあえず、明日仕事行ったら、明日帰るからね。そこから始めるね。」
ピーーーーーー
(了)
馬の耳に新宿
瓶の中に新宿があった
むかし捕まえて入れておいた
新宿は綺麗だった
たくさんの色や形や
囁きのような足音
甘い蜜みたいな匂いに溢れて
夜のネオンはきらきらしていて
ここにはきっと
心の美しい人しかいない
馬の耳元に瓶を近づけてみる
馬は何も聞こえないかのように
海のある方角を見ている
お互い年をとったと思う
それでも自分なんかよりも先に
いなくなってしまう
またたく
数多の信号
等しく甘い闇に
内からひかる星は 幾つ
瞬きに呼応して
ひかりを賜る星は 幾つ
存在を放ち
かたちを分かつ
互いを求め 反発し
惹かれあい
離れあう
たとえ
遺るものは 傷のみとしても
ひからざるを得ぬ者たちよ
届かなくてもいい
そう想える強さが
あったなら
きみは
きっと
どの星よりも
ブルー
私はきょうまた父を買った
よい買い物だったけれど
太陽が死んで星が生まれても
この身体で明日も
生きていかなきゃいけないんだから
父一人ベッドで寝てもらう
それでもただよってくる洗いたての匂いよ
毛のない肌よ 日本的な刺青よ
痛みを知りすぎたと言うには知らなすぎて
なにもなかったふりをするには
多くを知りすぎている
大人であると言い切るには心が飢えすぎて
子どもでいつづけるには女になりすぎた
私はきょう父を買った
自分だけ眠れずにもうすぐ星も消えていく
空の青が目にやたらとしみている
一重まぶた
母方祖父は悪人だが美しい人だ
銀色に波打つ髪と彫りの深い顔立ち
アンニュイなキューピー人形のまなざし
それらを縁取る濃いまつ毛
あまり衰えていない肌は浅黒く
東南アジアの大学で仕事をしていた時分は
地元の人たちにとても馴染んだときいた
私は全くと言っていいほど彼に似ていない
赤らみやすい白い肌 茶色っぽく太い髪
肉の薄い一重まぶたの目は大きいが
アーモンドそっくりのかたちが
喧嘩っ早い猫のようで好きになれない
視線のニュアンスがやさしくない
要するに離婚した父親似で
そのせいで家ではずいぶんいじめられた
「なんやその目は!」という祖父の声を
生傷と同じに思い出せる
彼がやさしかったのは
学生さんや同僚に紹介してくれるときと
言葉や歴史を教えるときと
身体をさわるときと
祖母に秘密をもつときとだけだった
祖父にあこがれながらはげしく憎んだ
韓国から留学してきて
卒業後故郷で母親になった教え子の女性を
性愛的なまでにかわいがりながら
家族だけになると私を指さして
お前の目つきは朝鮮人みたいだとわらう
うちには一貫性というものがなかった
前の日に褒められたことは
次の日に罰せられた
母は俗に言う多重人格者で
運転中に別の誰かに切り替わって
あやうく殺されかけたこともあった
祖母は夫と自分の父と弟たち以外の男性は
みんな強姦魔だと本気で信じていた
私は家族みんなに似ていて
同時に誰にも似ていなかった
いつだったかいまより若かったころに
美容整形をしたいと訴えたことがあった
祖父も祖母も母も
「サトちゃんはかわいいとよ」と言った
はじめて彼らを信じない決心がついた
ぜんぶ私が一重まぶたでなかったら
愛する父の子でなかったら
起こらなかったことだ
自分の身体に守られたのだといまでは思う
野菜の未来
からだを斜めにし
きょうも黒い灯の映る鏡の
膝のくぼみに管理された
自己陶酔のクラス委員
それでいいの?
気軽に聞いて
シマウマと放火してまわる変置性
うしろになびくヒヤシンス
幻の人混み
ここで寝よう
……密林からナイフの光線を浴びて
横たわる
ああー という声
理不尽なミューズ酒の永遠性に
別れた犬の全世界が
高い場所で
習慣化する!
さようならー思惟の地獄!
さようならー悲惨な身体的壁の静寂!
洞窟のスリッパ!
試験管での対話篇! タックルする将軍の抽斗の電流!
ああー という声
……ウミウシになりたいよ……唐突に思うことがあるなあ、なんだか心(狂気のプラスチック日記)が上手く機能してないなあ、という時にさあ……ウミウシ……歩きながら末裔について考える、なんという幸福か。
この眼(狂気のプラスチック日記)が見ている
にやにやとする陶器
にやにやとする朽ちた鱗の性の技法
カルタゴ戦争に敗れた際に
砂塵に殴られながら
野菜を探した
裸の雨のように吝嗇だから
いつでも
にやにやとして野菜を野菜をと
脚の腫れ物に釘を打たれ
黄色い血を流しながらも
ずっと……にやにやとしていた……
その
道ならぬ覚書の
沙羅双樹のたゆたいの
サナダムシ的ポリフォニー
ああー という声
全部が不毛なメトニミー?
白い気球に乗りながら
そうだ、逮捕されたシマウマが言った言葉
「密林で断層と言われた。そうなのか。断層。ゆえありて逃走か。しかし、万物流転の、このマンモスのオデコ的眠りは何か。はては海底における火星探索か。シマウマとして死ぬる。そは、人知れぬ喫煙者の、しかし、非喫煙者でもある者の、耐え難い密林における紙幣の生産であるか」
……ああー という声。
……屋根だけを見て歩く主義、貴婦人の効力のある指環に気が付いてから、なおさらアプリオリな暴風雨、曲線は重罪を叫ぶパンフレット、薔薇色の火炎を呼ぶ教会堂の砂糖水、したたる、したたる猛禽類の崇高性は音楽となりて居留地の水を感覚的にしていく……。屋根だけを見て歩く、囚人(狂気のプラスチック日記)になっているのだ……。
傾いた部屋で
伝説のように駆け落ちする
奇怪なゴルゴンゾーラ
すばやく断言し
露台から野菜を盗む
不穏さなど知らないという顔で
無人の恍惚
浮かび上がる犬歯と肺
ふたりぶんの星雲が沼地で笑う
メトニミーの
花であふれる観念の夜を
からだを斜めにし
しかし
歓呼して未婚
万古なる祈願
途方もない雨合羽の欲望を
召使たちが聞き
あのアナウンサーは優雅だが生意気だ
とか高い場所で蛇を握りながら
かつての横顔の手紙(狂気のプラスチック日記)が
館に帰り
煙草を吸った(非喫煙者として)
脳漿まみれの
幻の人混み
別れた犬の全世界
やはりここで寝て
監獄で氷のでてくる俳句ばかり詠んでいる
シマウマとともに
今年は野菜の未来を信じよう……
お尻語
食べると太るはずなのに、痩せます。なぜでしょう。それは、お尻がうんこを出しすぎていたためでした。お尻が謝りました。
「ぶぶぶー(うんこ出しすぎてごめんなさい)」
お尻語は人間にはわかりません。しかしそのお尻の持ち主は、確かにお尻がしゃべったように聞こえたのでした。
普段人間が話しているのは口語です。お尻語を理解する必要があるように思われました。そのように総理に伝えると、お尻語学科が医学部に新設されました。
「私たちがお尻語を解明し、お尻との会話を可能にして見せます。」
人類最高の知性が集まり、お尻から出る音(うんこが出る時の音やおならのように聞こえるもの)を分析しました。
ぶぶぶー!
これは、ただのオナラかもしれないぞ。
ぶりぶりー!
これは、うんこを排出するためのただの音だ。
人類最高の知性たちが30年分析した結果、お尻はしゃべっていないという結論に達しました。
しかし、お尻は実はしゃべっていました。
「ぶぶぶー(私は孤独だ)」
と言っていました。
ある日、お尻をつっつき合う性癖の人が、お尻をお互い餅のようにぶつけ合っていました。
でぶんでぶんでぶんでぶん、あんあんあん、でぶんでぶんでぶん、あんあんあん
すると
「ぶぶぶぶぶー!!」
「ぶぶー!!」
「ぶぶぶぶぶぶぶー!!」
お尻音が活発になり始めたのです。
「これは、会話をしているようだぞ!お尻同士を向き合わせた時の音を分析すれば、お尻語を解明できるのではないか!」
うわー!!
再びお尻語学科が結成され、人々はたくさんのお尻とお尻を向かい合わせて会話をさせ合いました。人間と豚のお尻を突き合わせたり、虫同士のお尻を突き合わせたりして多角的に分析しました。
「ぶぶぶー!!」
「ぶー!」
その結果、今までと比較にならない量のサンプルを得ることができたのです。
「どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだ!」
人類最高の知性がそれらを分析したところ、無事お尻語翻訳機ができ、お尻と会話できるようになったのでした。自殺が減りました。
完
鼻水
言ったってまた
無理しちゃうよね
知っているけど
頑張り過ぎて
これまで数え切れない
咳と鼻水
大丈夫って聞くから
あなたは大丈夫って
言うしかないよね
耳の向こうは
鼻声と咳払いの
夕暮れの歌
ホント無理しちゃうよね
分かっているけど
生真面目と心配性
早く治るといいなぁ
ホントの声色
忘れちゃう前に
うん運。
たくさん、
たくさん努力をしたのに。
「運が良いんだね。」
うん運。
うんうんうん。
自分の、
自分の実力じゃないの?
「運が向いてきたんだよ。」
うん運。
うんうんうん。
うんうんうん。
うんうんうん。
ポキッ
首が折れちゃった。
そんなやつにはこう言ってやるんだ。
「運が悪かったんだね。」
うんうんうん、うんうん運。
そうだね、うん、そうだ。
はなをおくる
かなしいしらせを
そのままに
しておけなくて
わずかなつながりしかない
けれど それでも
おくらずには
いられなかった
ことばがからまわりして
きずつけたり
さらになみだにかわる
そんなことがあっては
ならぬから
はなをえらんだ
(はなことばも
しらべてしまった)
だれしもが
たちあってしまうもの
だからこそ
うつむきなきつづけた
あのひのわたしが
はなをおくる
きもちをことばを
束ねることすらうまくできないから
はなを
つきなみ怪談 生き霊でもない
生き霊の話ではない。少なくとも私はそう思っている。ただ、何かと言えば困る話ではある。
通勤路の電信柱に、おじさんが巻き付いていた。勿論、最初は酔っ払いだと思った。だが近づくと様子がおかしい。電信柱の半ば辺りに腕と脚を回し、蛇みたいに体を巻き付けている。胴が蛇腹みたいでコフコフと妙に長い。顔は上を向いている。てっきり登っているのかと思ったが、全く動かない。ただ、しがみついているのだ。
しかも朝だけいる。夕方にはいない。気味が悪いので見ないようにしていたのだが、ある日、会社で同僚にその話をした。すると、
「ああ、あの人ね」
見えているらしかった。自分だけが見えていのではない、と分かり安心した。とはいえ、皆んなが見えている訳ではないらしい。数日後、その同僚が言った。
「今日は二本いたよ」
それから彼は、思案げな顔で、
「あれ、お父さんに似てませんか」
と言いだした。そう言われて、思い出して見たがそうは思えない。そんな事ないよ、と言うと同僚もそうですかねぇ、と困った顔で言う。
数日後の早朝、まだ薄暗い時間帯に会社に向かっていると呼び止められた。箒を持った知らないおばさんだ。近所の定食屋の人らしい。
「ちょっと、あなたね。困るのよ」
「あの……なんの話ですか」
私がそう返すと、おばさんは黙って指をさした。例の電信柱の方だ。
「あれ、あなたのお父さんたちなんでしょ。あんな所にいつまでも巻き付かれたら、迷惑なのよ」
「違いますよ」
「そんなことないわよ。聞いたもの」
「まさか。誰からですか」
「誰だったかしら。とにかく聞いたの」
「いや、本当に違いますから」
「違うなら違うでいいけど、だったら誰なのよ」
幾ら否定しても、駄目だった。さらには景観が悪くなる、等と喚きたて始めたので慌てて退散した。あの電信柱にはまだ奴等が巻き付いている。相変わらず、ピクリともしない。迷惑な奴等め、と睨みつけながらそのまま足早に通り抜けた。後で、実家に電話しようかとも思ったが、何を聞けばいいのか分からずやめた。父は昔から朝が弱い。
蜉蝣
息ができなくなって
通勤ラッシュの人の波に逆らい逆らい
海を見に行った、帰り道
照りつける西日が眩しくて
思わずブラインドを下ろす
ふと見ると、いつのまにか
隣にカゲロウが座っていた
鮮やかな柳緑色のクサカゲロウだった
誰も、気がついていない
おや、電車には誰もいない
いるのは私と、カゲロウだけ
気がつけば外は薄暗くなっていた
そういえばこの電車は
一体どこへ向かっているのだろう
コント原稿 怪談
(カギ括弧はツッコミ それ以外はボケ兼ナレーター)
山の中の、真っ暗な夜の廃病院にゆっくりと近づく人影がありました。
罰ゲームとして一人の男が肝試しをすることになったのです。
「あーもう。怖いなあ。あの時すぐにハートのエースを出しとけばこんなところに来ることもなかったのに。入ったらすぐ帰ろ」
不思議と鍵がかかっていないガラス張りの扉を、ぎぃ、と錆びた音を鳴らし入って行きます。
空気が、むわりと絡みついてくる。
「うわ、なんだ。凄い湿気だ」
思わず壁をまさぐる。
「いや、電気なんか通ってないだろ」
カチリ。
ぱあっと病院のロビーに明かりが灯る。
思わず振り返ると!
「いや、何かいる!」
まずすぐそこ、先頭にホルスタイン。
それに続きましてジャージー。
診察室から黒毛和牛。褐毛和牛も続いてくる。男子トイレからは日本短角、女子トイレはガンジーだ。
おおっとレントゲン室から勢いよくブラウンスイス!
ナース室から回り込んでヘレフォード、受付室から無角和種!
本命・テキサスロングホーン、大穴・アンガスも食らいついてくる!
そして全牛一斉に!
ぶもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
「競馬実況か!」
うしうしうしうしと大津波!
「なんで牛がいるんだよ!」
だって牛だから仕方ない!
「どんな理屈だよ!」
ふんふんふんふんふんふんふんふん、と煙り立ち鼻息がまるで加湿器だ!
「湿気の原因これ?」
好奇心任せに、全牛一斉に勢いよく匂いを嗅いでくる!
「あーもう、帰るわ!」
ばたん
開いていた扉が閉まった。
それと同時に灯りも消えた。
「え? 何?」
さっきは錆びながらもなんとか開いた扉が、鍵が何十にも掛けられたかのように、動かない。
「え、嘘だろ?」
しいんと病院は静まり返っている。
「……さっきのは?」
何もいない。
「……え?」
病院内には牛臭さだけが残っている。
「実在はしてるの?」
カツン。カツン。
地下へ、漆黒の闇の中へ。
階段を下っていく。
「あれ、懐中電灯が」
事前に点検しておいた懐中電灯が暗くなっていき、ほんの僅かな光だけを照らす。
足元さえもおぼつかない。
「でも行かないと」
何かに誘われるかのように、足がすくみつつ、全身がこわばりつつ、進んでいく。
電灯が、一つの看板を照らす。
「安置所だ」
病院内で亡くなった人を、安置する部屋。
ここに足を踏み入れる。
鍵は、かかっていない。
ぎいい、とゆっくりと開いた。
すると突然、指に何かが絡みつく。
ぬめる触手の様な湿った柔らかい物体が襲い掛かる!
「なんだこれ? 気持ち悪い!」
ちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅく
と大合唱!
そんな音が指に、腕に、膝に、肘に、靴に、尻に!
「てか、何が起きてるの?」
突然、懐中電灯が絶好調になって部屋全体を明るく照らし出した!
「いきなり? 眩しい!」
見れば部屋中ぎっしりと、生後間もない子牛たち!
床に敷き詰められた麦わらの上には空になった哺乳瓶が散らかり、いろんな品種の子牛たちがミルク足りないとしゃぶりついて襲い掛かる!
「何でだよ!」
頭突きも織り交ぜつつ!
「痛いわ!」
股間への頭突きは洒落にならない!
「そこはやめて!」
それでも続く、ちゅっちゅく音!
「なんで安置所に子牛を飼っているんだよ!」
だって牛だし!
「理由になっていない!」
ちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅくちゅっちゅく
と子牛の食欲の進撃は止まらない!
んべえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!
ミルクくれ、そんな声が元気よく轟いた!
「止めんかい!」
その声と同時に。
懐中電灯が切れた。
「え?」
何も見えない。あれだけまとわりついていた生き物の感触が、気配さえも消える。
「またじゃないか」
ただ。
「痛て!」
尻への頭突きがしつこく続く!
「明らかに何もいないのに、尻が痛い!」
延々と続く尻リフティング。
「地味に凄く痛い!」
それが誘う先は。
「手術室?」
パッと手術中の明かりが灯り、一人でに扉が開いた!
するとそこには。
「牛だろどうせ!」
出産中の牛!
産道より、大きな足が二本飛び出ている!
「リアルで手術が必要そうな事態だよ! 緊急事態だろこれ!」
扉からもう一人、入って来る。
「あ、すいません。やっぱここって牛の病院」
農家の親父だ。
「医者じゃないの?!」
お前も手伝えと、親父。
「え、僕関係ない……」
親父にそんな常識は通じない。
「え、どうすれば」
いいからやれ。
親父にそんな理屈も通じない!
「ええ!」
母牛は苦しそうにいきむ。
いきみに合わせて親父と一緒に、子牛の足を引っ張り出す!
「ええ? こんな感じでいいの?」
周囲にはホルスタインが、ジャージーが、黒毛和牛、褐毛和牛、日本短角、無角和種、ガンジー、ブラウンスイス、ヘレフォード、テキススロングホーン、アンガスが取り囲み、フンフンフンと匂いを嗅ぐ!
「お前らこっちにいたの?」
猫の手はなくとも牛の鼻は無数にある!
「使えねぇぇぇ!」
子牛たちは尻に頭突きをまだまだし続ける!
「あっち行けぇぇぇ!」
テキサスロングホーンの全長1メートルの角がすんごく邪魔だ!
「角長すぎだろ!」
そして各牛一斉に!
ぶもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
んべええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!
「うるせぇえええええええええ!」
牛たちは空気を読まず、出産の状況は進んでいく!
「あ、やべ」
親父と共にタイミングを合わせ、産まれてくる子牛の足を引っ張って、足と手と背筋が限界を超えようとしている中、牛たちは懲りずにクンクンクンと鼻を近づける!
「邪魔だああああ!」
母牛の産道から、ぬるりと頭が出た。
「産まれた?」
親父の指示通り、ゆっくりと足を引いていく。
そして、後ろ足まで出た。
産まれてきた子牛。頭を上げた。
よし無事に産まれた、親父がそうつぶやいた。
その時だった。
す、っと誰もいなくなった。
「え?」
気が付けば、周囲は暗い。
しぃんと。静まり返った。
誰もいない。
音もなく手術室の扉が開いた。
朝日が、差し込んでくる。
「もう、朝か」
まるでさっきまでの出来事が嘘のよう。
「何だったんだ?」
でも匂いが、牛の濃厚すぎる湿りついた匂いがむぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっと鼻の奥を貫いた。
「だからくせぇよ!」
朝日の下、廃病院を後にします。
一体何だったのか、頭を捻りながら。
「本当に現実だったのか」
そしてその日からふと感じるのです。
うしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうしうし
という牛の気配を!
「だから何この表現!」
むわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、と牛の香りもついでに!
「くせぇよ!」
そんな牛の存在を感じ、なんだか幸せな気持ちになりましたとさ。
めでたしめでたし。
「怪談をめでたしで終わらすな! 昔話か! 何なんだよ!」
だって農家の親父と牛だし!
「どんな理屈だよ! もういいよ!」
ぶもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
「もー勘弁してぇ!」