投稿作品一覧
詩は華やかなアーケードをあるく(詩はあるくXXI)
ちょっと 街まで
うんうん師走だね。
人が多いのは 相変わらず苦手だ
それでも 赤と緑の飾りには 揺れる。
揺れながら ふらっと 裏通り
足をとめ ショーウィンドウを 眺める。
あ、ここ可愛いな。
最近できたお店かな こんな所あったっけ。
始めてのお店は 入りづらい
そのくらい 気にしなくてもって思うけど
性分なので仕方がない。
からん
と
かろやな鈴が鳴る。
いらっしゃいませーっと店員さん。
これだけでも 始めての人と喋るのは
ちょっと 緊張するんだ。
小さな音量のクリスマスソング
喧騒から離れた店内。
こつ こつ とこ とこ
手書きのPOPも丁寧な お店。
商品説明が一行詩だ
店員さんのお仕事かな。
あの、これのSサイズありますか?
お客様用ですか?少々お待ちくださいね。
やっぱり ちょっと緊張する
詩には 気軽に話せるのに。
丁寧に畳んで 袋に詰めてくれる店員さん
赤と緑のシールで封をしてくれた。
からん、
と
師走の喧騒に戻る。
振り返ると お店はちゃんとそこにある。
良かった また来よう
ショーウィンドウに 店員さんの 影
詩は 小さく ばいばいと 手をふった。
掌編噺『友地蔵』
今は昔
ある小さな村に三人の若者がいた
*********
一人は麒麟児と呼ばれていた
幼い頃から何をやらせても誰より達者で
周りの村人達からは、すごいすごいと
持て囃され鼻高々の男であった
奴はゆくゆくはこの村の長になるさ
村の誰もが口々に噂した
もう一人は風来坊というべき男だった
成長してからは、ふらっと村の外に出ていったかと
思えば、どこかで大事を成し遂げたと
風の噂がやってくる
お調子者だが、義理に厚い性格で
己の進むべき道をしっかり持っている
村の誰からも愛される
そんな熱くて気持ちの良い男であった
最後の一人は村いちの抜け作と呼ばれる男だった
何をやらせても駄目な男で
引っ込み思案で、声も小さい
特筆すべきなのは麒麟児と風来坊の友だということ
村の皆からは何故有名な二人と仲が良いのか
いつも不思議がられていた
そう、三人は友であった
正確にはかつて、麒麟児と風来坊は火に油の
関係であった
顔を合わせば喧嘩の日々
お互いが「目の上のたんこぶ」といった具合だったのだろう
それが、抜け作が間に入ることでかすがいの役目を
して丸く収まっていたのだ
不思議な事もあるもんだと村の皆は笑った
抜け作にも役目がちゃんとあるのだと
麒麟児と風来坊の二人も
抜け作が間に入り込むことで、不思議とウマが合うようになった
いつしか、三人は無二の親友となったのだ
*********
ある時、麒麟児は隣村へ用事で留守にしていた
己の考えた商いで、この村に富を蓄えようという算段だった
この時、風来坊はいつもの如く旅に出て同様に村から出払ってしまっていた
諸国を放浪して新しい知識を学ぶ為だった
その時、事件は起きた
火事だ 村の中の一つの家が火事で燃えたのだ
家の中には幼子が取り残されているらしい
村人たちは遠目から燃え盛る家をただ眺めるしか出来なかった
いや黒い影が一人、家の中に飛び込んでいく
抜け作と笑われた男だった
果たして彼は炎の中から幼子を助け出したのだ
己の命と、引き換えに
*********
麒麟児と風来坊は
村に戻ってきて顛末を知った
二人は抜け作の最期に、涙が涸れるほど涙した
奴は俺たちよりずっと凄い 凄い男だったのだ
友に誓ってこれからは村のため助け合おうと決め、
二人は供養のため燃えた家の跡地に地蔵を建てた
命を懸けた友のため『友地蔵』という名の地蔵を
そして、命日には必ず花と酒を手向けたのだった
*********
時は過ぎ行く
麒麟児は村の長となり、様々な商いを手広く行い
村の富を蓄えた
豊かになって村人たちは、麒麟児に大いに感謝した
風来坊は更に諸国を巡り、多様な知識を身に付けた
その中には西洋の摩訶不思議な知恵まで含まれていたという
博識ぶりに村人たちは、風来坊を大いに敬った
二人の晩年、国中を疫病が襲った
村も例外では無かった
しかし、麒麟児の蓄えと風来坊の知識で
村は他の村々に比べてずっと被害が少なかった
二人は疫病が終息したのを見届けてから
同じ頃、永い眠りについた
そして友地蔵の両脇に、二体の地蔵が建てられたのである
これを差配したのはかつて、ここに建っていた家が火事になった時に
抜け作と呼ばれた男に助けられた者だった
男は三人の友情と功績に感謝して
三体の地蔵に雨除けの小屋を作り、友地蔵として
厚く供養した
*********
時は更に巡る
村のかたちは変わっていく
しかし、そこに三体の友地蔵は在り続けた
抜け作に助けられた者の子孫は
動乱の時代を駆け抜け、新たな政の役人となった
この村始まって以来の大出世である
彼は後に新聞の取材で語っている
『私の命、私の先祖が暮らした村は、三人の偉大な先人によって守られた。私が今ここに居るのは、彼らのお陰である。世の中の人々からすれば、名も無き者たちかもしれないが私は彼らを決して忘れない。』
**********
長い時間が過ぎてきた今日も、三体の地蔵の前には花と酒が供えられている
真ん中の地蔵に肩を組むように両脇で笑う、
三体の地蔵たちが変わらずに今もそこにいるのだ
(了)
※このお話はフィクションです。
実際の出来事とは、一切関係がございません。
エキストラ
時間よ、止まれ
そう呟いたのち、投身自殺をした少年を
きみは知っている?
少年の境遇は悲惨だった
家庭では父親からの虐待
学校ではいじめ
でも離婚した母に連れられ
学校も変わって
少年の境遇は一変した
もう暴力をふるう父親もいないし
学校では友達もできた
少年は幸福とはこういうものかと
涙を流して喜んだ
喜んで、もう、いい、と思ったんだね
やっとしあわせになれた
この状態を保持したくなった
だから
自分の時間を、止めたんだ
ねえきみにわかる?
少年がどれだけ不しあわせだったか
ありふれたしあわせに
どれだけ天国を見たか
幸福が少年を殺したんだ
ささやかなしあわせを失いたくなくて
これが幸福の絶頂だと思い込んで
少年はまた不しあわせになるのを怯えてしまった
幸福であるためにも
免疫が必要なんだよ
少年がいまも幸福な夢を見てるといいと思う
きみは天寿を全うすればいい
いじめにもいじめられる側にもならなかった
その他大勢のエキストラさん
安心していい
きみは安全地帯にいる
格別な不幸もなければ
幸福の絶頂もない
だから長生きできるのさ
おめでとう
嫁ゲー
ピコポピこぽこ嫁ゲー
捨てる
笑う
食べる
寝る
しなる
笑う
怒る
食べる
寝る
捨てる
作る
太る
笑う
笑う
笑う
ならば、よいか
ピコポピぺぽぴー
嫁ゲー
なんしょく
描写が苦手なので
手を使おうとして
ふいに嗅がれた
ぼくの手は
どうやらカレーの匂いがするらしい
けど
きみの手を
できるだけ鼻の近くで嗅ごうとしたら
落ちた
手袋
あれは受難
はく製になった手の匂い
にせものだ
装飾を真似るためではなくて
ちかづくために
きみの感じるはずかしさをまとう
というファッションとしてのセンス
ぼくは
生きている間
この体をお借りしているだけにすぎなくて
「あなたの
感覚を
ください
おいくらですか
あなたの
ファッションセンス
いくらなんですか
スタイルいいね
って
わたしはわたしを評価しないけど」
女の子になりたくて
スカートをはいた
「やっぱり、描写が苦手だね」
「そうなんだよ」
「だって、ファッションセンスがないもんね」
「ええ、疑いもしませんでした、これは、告
解とでも言いますか、その、一緒になったら、
ぼくの色になるとばかり思っていました、相
手がぼくに染まる、それは、よくよく考えた
ら、いや、よくよく考えたのですが、わかっ
ていないのかもしれません、気づけば、重ね
着ばかりしていました、脱げば、貧弱な裸が
ここにあって、ああ、これのことを、ぼくは
ぼくと呼んでいるのかって」
「てつだおうか」
「手を
伝って
匂いが
混ざっても
ぼくはカレー
ぼくは借り物」
体には受難、それを受け難きと拒めず、単色
の空間で、冴える、湿り気を掴んで、飛沫に
還し、透明な輪郭をなぞる、髭を杖にして、
痕跡は形を失くし、さようなら、また今度の
今度へ来訪するため、続きを紡ぐ、手を秘匿
して、伝う、纏う服もまた単色で、夜の車道
に匿われていく
「にじって、なんしょくあるんだろうね」
「にじは、なんしょくなんだよ」
「描写できるかな」
温もりの残る居室にライトが灯されて
なんしょく、浮かびあがる
「なろう系異世界転生ファンタジー」としてのクリエイティブ・ライティング
あれはまだ私が山城ババ先生と呼ばれていた頃の話である。気に入らない生徒にアッパーカットを喰らわし、顎を粉砕骨折させたというただそれだけの理由で、信じられないだろうが本当にただそれだけの理由で、当時、私は社会的糾弾を受けていたのである。毎日のように職員室に苦情の電話が入り、名指しで罵詈雑言を浴びせられる日々を過ごしていた。まったくもって忌々しい不信の時代である。
そもそも、現代の子供たちは宿命を持たない。せいぜい高々、親ガチャに失敗しただの、勉強が苦手だの、その程度の宿命しかない子供たちが、人生に支点を見出すことは難しい。根無し草のように、どこまで行っても満足することを知らない不幸な子供たちに、圧倒的に不条理な暴力を味わわせ、障がいを負わせる。これ以上に慈悲深い教育的措置はないことくらい、人生を知悉する人間なら誰もが理解できるはずだ。
時折、うちの子供に障がいを負わせるなんて、と金切り声をあげるモンスターペアレンツもいるが、「障がい者に対してこの上なく差別心があります」と絶叫しているのと同義であることにさえ気づいていない。お前さんの脳にこそ障がいがあると考えてはどうか。だいたい、障がいがあったから何だというのか。人間など所詮、全員が障がい者である。そのような認識に至れるのであれば、顎が折れるくらい、どうということはない。
しかし、世知辛く、表層的なリベラルばかりが持ち上げられる時代である。苦情電話にとどまらず、インターネットでは、しつこく私を糾弾し、指弾し、誹謗中傷する声が雪だるま式に増えていった。山城ババ先生という異常者がいる、と最初から結論を決めたうえで語る者ばかりである。卑劣な匿名アカウントが、正義の名のもとに私の人格を分解し、再構築し、断罪していく。
反社勢力と繋がっている、フリーマーケットで暴力事件を起こした──虚実が入り混じった情報が、まとめサイト、SNS、掲示板を巡回し、ついには「山城ババWiki」なるものまで作られた。出典はすべて「ネットの声」である。この種の言葉の暴力には、法的措置を講じる必要がある。言葉の暴力には、私は断固、反対の立場なのだ。「障害者」ではなく「障がい者」と書いていることからも分かる通り、元来、私は教育者として良識的な言語利用を推奨している。
私は誹謗中傷に対して開示請求を仄めかす投稿をした。するとその投稿自体がスクリーンショットされ、「脅迫教師」「権力による封殺」などの見出し付きで拡散された。その誹謗を批判すると、今度は私の投稿に対する開示請求がある。さらにそれを笑う投稿が生まれ、「山城ババ、また発狂」「効いてる効いてる」といった書き込みが連なっていく。批判に対して批判をし、またその批判に応答し、気がつけば、保護者でも生徒でもない、正体不明の人々と私は戦っていた。
いつしかネットは炎上が常態化し、戦線は際限なく拡大していった。そもそも、この法的措置を絡めた批判合戦は何を守るためのものなのか。正義か、子供か、言論か。私は答えが見えないまま、ひたすらに戦線を拡大し、開示請求の書類を量産する日々を送っていた。
そんなある日のことだ。生徒の田伏正雄(すなわち、まーくん)が私の元にやってきて、「先生、殴ってあげましょうか」と囁いたのである。まーくんの暗い瞳。その言葉の意味を、私は痛いほど理解できた。誹謗に対する誹謗、開示請求に対する開示請求。無限に反復される正義の応酬。その輪廻に絡みとられた私に、支点となる痛みを与えること。それが彼なりの処方箋だったのだろう。中学生ながら、まーくんの慧眼は特筆に値する。
しかし、私はベテラン教師である。まーくんに殴られては沽券に関わる。それに私は、インフルエンザの予防接種さえ怖くて受けられないほど、痛みに弱い人間なのである。しかも、まーくんは身長190センチ、体重150キロの巨漢だ。彼に殴られれば、不具の体になる可能性が高い。何としてでも、それだけは避けたい。そこで私はこう言ったのである。「殴る理由を、まず作文にして提出しなさい。」
まーくんは、しばし無言で立ち尽くした。おそらく彼は、暴力について深く考えたことがない。しかし、考えたことがないからこそ、考えねばならない瞬間に立ち会ったのだ。私は教育者として誇らしく思った。暴力の企図を言語化させる強制は、暴力そのものより暴力的と言える。大人の知恵を使って、言語によって暴力を封殺する。まさしく、ペンは剣よりも強し、である。
翌朝、まーくんは一枚の紙を持って私の机の前に立った。作文にはこう書かれていた。「ボクは先生を殴りたいと思ったので殴りたいです。」
私は戦慄した。完全なる因果の放棄。この作文は議論を寄せ付けない。理由の形式をとりながら、あらゆる理由を拒絶する文章である。私の脳裏には「先生は殴られたくないと思ったので、殴らないでください」という文言が一瞬浮かんだが、それを発することはなかった。その言葉には意味がないからだ。
暴力とはすなわち暴力である。それ以外に言いようがない。相手の考えに関わらず一方的に行使するからこそ暴力なのである。その本質を考えれば、私が暴力を受けたいかどうかは問題ではなかった。まーくんが殴りたいと思った。それだけで暴力は成立する。まーくんはそういう話をしている。
──ここまでは、すべて現実の出来事である。
だが、この作文を読んだ瞬間から、私は世界の輪郭がわずかに歪み始めたのを感じていた。時間割の表は呪符の配列のように見え、チャイムの音は、どこか遠い世界で鳴る鐘のように響いた。教室の空気そのものが、炎上スレッドのように薄く、乾き、めくれやすくなっていった。
殴られた瞬間の痛みについて、詳しくは書かない。重要なのはその後である。拳が私の顔面に触れた刹那、私は見てはいけないものを見た。教室の床が裂け、その下に、幾重にも折り重なった世界の層が見えた。法、倫理、教育、言論。それらがすべて同じ厚みで積層され、各々が勇者や魔王の形を借りて、互いに殴り合っていたのである。
ここで私に啓示が訪れた。宿命とは、生まれながらに与えられる物語ではない。宿命とは、「正しさをめぐる争い」に強制参加させられることである。私が垣間見た異世界の中では、あらゆるものがまず正義の立場に転生し、勇者を名乗り、魔王を告発し、都合が悪くなれば魔王になり、また勇者へ戻る。そうして互いに立場を乗り換えながら、延々と戦いを続けている。戦いが目的なのか、正しさが目的なのか、もはや誰にも分からない。
それ以降のことは、もはや語るつもりはない。まーくんはやがて私の前から姿を消した。だが私は知っている。彼は今もどこかで拳を握り、誰かを殴り続けていることを。宿命なき時代に、宿命という構造そのものを可視化する、最低にして最も誠実な、あたらしい救世主として。
立つ鳥寺を残さず
【覚書1956番】
結論から言えば、金閣寺はまた燃えた。だが約200年前のそれとは違い、今度は僧侶じゃなくて時間保存委員会のメンバーという公職がやらかしたというのが大きいだろう。
今回の一件が旧アジア国家圏どころか旧アナトリア圏に至るまで大きく衝撃を与えているのは、一件どころじゃないことが多かっただろう。
空間的時間保存展開プロトコルに携わっていた多くの人が、自分の持ち場である遺跡を破壊し出したのだから。
いや、まさか僕も予想外だったのだ。僕は考古物や歴史に対する愛を有した人材を多く雇ったのだが、その愛の顕現というものがこんな形になろうとは思ってもいなかったから。
無論、彼らのやったことは許されないにしても、その心情はいざ突きつけられてみれば、まったくの不理解を突き通すわけにもいかない。
君たちが今から見るのは金閣寺を燃やした僕の友人の詩だ。この文書を閲覧しているということは事前に対抗ミーム”19701125”を摂取しているだろうから、君らが共感してまた貴重な考古物を破壊することはないはずだ。もしかしたら対抗ミームの影響で共感すらないかもしれないが。
地球残留機構
旧暦保存部門 時間保存委員会
委員長代理 ヨシヒデ・ウェーブスサウンド
Pleiadeas Era 25
July 2
……ミーム摂取痕跡を確認
……痕跡が確認されました
〈春、鳥は鎖のために羽ばたく〉
文書「立つ鳥寺を残さず」を展開します。
/////////
最高密度の青のなかで
最高光度の水色の鳥が
何羽も光っては旅立つ
そんな時代に私は生まれた
鳥を駆る魂たちは言う
私たちがいた証を残せ、と
だから私は寺の前
この金色の淡さの前
そっと立ったというのに
これを墓標にするなんてあんまりだった
幾千万の月日を
彼らは墓標として
戻ってもこない人々を
ずっと朽ちることもできず
待つというのに
そんな墓標
美しいものか
懐かしいものか
だから僕は
彼を殺す
美しくあってほしいから
懐かしくあってほしいから
その時、星はどれほど麗しくなるだろう
練習1
修道女になろうと、教会の門を叩く、女生徒の鞄の中には、数Ⅱの教科書と聖書がはいっていて、彼女は、家を出る前に飲んだカルピスが喉にわずかにひっかかっていることが気に入らなくて、うがいを十分にしたのに、と、なんとなく、(それはなんだったか、帰省している姉が言った、家族ってチャーハンみたいなもんよね、という言葉とおなじく)、不快だった。
定義
訃報がまだ靴紐に絡まっていて
冷蔵庫のモーター音が
昨日言い損ねたさよならを
こまかく砕いている
洗面台の鏡には
言いかけてやめた話が
曇りとなって残って
あなたがしずかに私を睨み
語るはずだったことばたちは
とおい街で明滅している
秒針は もう済んだことと
まだ済んでいないことを
またいでいく 何度も、何度も、
あなたを刺し殺すつもりで
ふところに忍ばせた比喩を
そのてざわりを
いつまでも覚えていて
ぼんやりと眺めるショート動画に
なつかしい声を聴いたりする
何気なく話す「昔のこと」が
知らない誰かの影を引き連れてきて
それでも
語尾がすこし揺れるところだけ
変わってないね
キッチンの、掠れた「砂糖」の文字に
あなたのやさしさがまだ宿っていて
わたしたち
否定について
定義について
よく話し合ったよね
適切な定義が固まる以前の世界で
わたしたちは手探りで生きてる
のだとしたら
「生きていたら」という
仮定法のなかに、愛があったとおもう
あなたはわたしを
悲しませようとはしなかった
あなたの愛が分からなかったのは
わたしの責任だ
だから
わたしは今になって
あなたの流すはずだった涙を
ここで、流さなければならない
熱帯の記録
樹上を這う無数の黒い腕 名前もないのに
何処までも何処までも渡っていく 気配は
闇に溶けて 僕の咽喉を落ちる珈琲の熱だ
供述
今日ボクは 人をひとり殺しました
気の早いクリスマスソングが
街中に流れはじめたから
きらびやかなイルミネーションが
とてもとてもキレイで眩しすぎたから
今日ボクは 人をひとり殺しました
通りすがりの見知らぬ人でした
黒いロングコートを着ていました
きらびやかな街並に似つかわしくない感じの人でした
仕事の帰りなのでしょうか
ひどく浮かない顔をしているように ボクには見えました
深く深くついたため息がぼくの鼻腔をくすぐり
ふとタバコ臭いにおいがして 少し嫌な気持ちになりました
その人は 自分のついたため息がまるで胎児を包む羊膜のように
護られているようでいながら
一方で閉じ込められてでもいるかのような
不思議な生き苦しさを纏っているかのような
そんな感じの人でした
今日ボクは 人をひとり殺しました
彼が醸し出す そこはかとないふしあわせな空気感が
ボクの胸ぐらを掴んで離しませんでした
大きなクリスマスツリーをぼんやり見やりながら
虚ろな表情を浮かべて笑っているのが やけに印象的でした
ふいに西風が ボクの頬を弄るように去っていきました
瞬間 かすかにささやくような声が聞こえたような気がしました
雑踏にかき消されてしまいそうなほど小さく か細い声でしたが
たしかにボクは その声を捉えました
頭から電流を流されたような気持ちでした
ああ この人はボクだ
生きるのに疲れてるとか 絶望してるとか
そんな言葉では片づけられない思いを抱えている
クリスマスが終われば すぐ新しい年が来てしまう
また一年が始まってしまう
元旦にご来光を拝むようなそんな人ならば
きっとまた その一年を
何が起きても 切り抜けていけるかもしれない
だけど だけど違うんだ
また新しい一年が始まってしまうこと
これから起こる出来事が なんとなく予想できてしまって
その細い肩の上に重く圧し掛かってくる
終わりにしたい 終わりにしたい
跡形もなく 何もなかったことのようになりたがってる
ボクは核心的にそう確信しました
ボクは なんだかよくわからないものにひどく興奮し
そうしてわなわなと全身を震わせました
湧き上がる欲求を 抑えることができませんでした
だから殺しました
間違いありません
ボクが殺ったんです
相変わらず街にはクリスマスソングが流れ続けていました
ジングルベル
ジングルベル 鈴がなる
ジングルベル
ジングルベル
誰のために鈴はなる
ジングルベル
ジングルベル
ぼくのためのベルは多分
もう一生鳴ることはないのでしょうね
今日ボクは 人をひとり殺しました
あまりにも哀しそうな顔をしていたから
あしたはきっと
誰かがボクを 殺してくれる
☆★☆***★☆★***☆★☆***★☆★***☆★☆
12月、年の瀬も押し迫ったこの月
街は色とりどりの電飾に彩られ
きらびやかな光の中、なんとなく人々が
みな、浮足立っているように見えるこの月
どうもうまく馴染めないでいる自分に気づいてしまう月
前々からずっと疑問に感じていたことがありまして
何故に年が明けると、おめでとうございます、ハッピー・ニュー・イヤー
と云うのでしょうね
単に時計の秒針がひとつ進んだだけのことなのに
カレンダーが新しくなるだけのことなのに
一体何がそんなにおめでたいのか、ハッピーなのか
私には未だよくわからないでいるのですが(´-﹏-`;)
それから、初日の出も
太陽は(天候不良はともかく)毎日出てるのに、あんなにこぞってご来光などと有難がっているのやら、さっぱりなのです
水曜日の午後に
迷い込んできた雀が
ほんとうに哀れで
泣きたくなるような気持ちを抑え
彼の話を聞いていた
そこがどこかもわからず
雀は小刻みに首を震わせ
椅子の肘置きを
チョンチョンチョンと
三歩ほど歩く
少し飛んで
見えなくなったりもする
サッカーの話をする彼の
後ろを チョン
斜めを チョン
あ 私は言いたいのに言葉が出ない
迷い雀が 私らの後ろや 少し上を
飛んだり歩いたりしている
他のお客も無関心だ
水曜日の午後
程良く埋まる喫茶店で
雀を見たのは私だけか
それとも他の客達は常連で
それは「当たり前」の
ことなのだろうか?
よくあることだから
誰も気に留めないのだろうか?
少なくとも
私と彼は常連ではなく
むしろ初めて入った店のはずだ
なぜ 雀は居るのか
チョンチョンチョン
また数歩 かと思えばフワリと上へ
雀はどうして歩くのか
なぜ飛んで見せるのか
ここがどこかもわからないのに
私には見えている
雀が見えている
なのに他は 誰も見えていない
確かに
見えているだろう人さえ
見えていない
私は
雀の一生を考えるべきだと思った
生まれて死ぬまでの雀を
悲しく泣きたくなるような雀を
喫茶店には縞模様のソファに
淡い色のクッションが
まばらに置かれている
雀の休まる場所はない
チョンチョンチョン
店を出ても見えている
ずっと雀が見えている
彼の話はサッカーで
一周回って戻っている
微笑む顔が美しい
この世に雀などいないも同然
見てもいつもの迷い雀と無意識に
受け止めることができてこその笑顔だ
私もチョンチョンチョンと
歩いてみる
すると
そこら中が 雀だらけになる
彼は次に メロンの話をする
一周回ってまた
メロンの話になるかもしれない
私はもう 泣きたいとは
思わなくなっている
雀は 悲しくもなければ
哀れでもないと思っている
水曜日の午後3時ごろのこと
𝘟. (制作中)
https://i.ibb.co/LhYxBdvj/1-EA9-D5-E0-A2-FF-4-E7-A-8369-575450-D60-B7-E.jpg
冬になる
まっしろで細かった猫は
ある日まるくなってしまった
それでも透き通った声で
遠くをみながら鳴いている
そういえば
ぼくはぼくが誰だかわからないし
昨日は今日ではない
季節はものすごい速度で冬に近づいていって
気がついたら手が悴んでいた
ふと横をみると
あなたはいつしか氷瀑となっている
もうとてもしずかで
二度と交わることはないのだが
凍てついたこんな空にも
まだ星がたくさん見えている
夜が遠いなんて
絶対に知りたくなかった
ヌーヴォレ ビアンケ
ピアノが苦手で
どうしても弾くことができなかったぼくは
晴れた日に、とつぜん弾けるようになった
あの日、そういうことだと、きみがいって
そのとき、空がひかって
だからぼくは、今、とおくを見ながら
すこし短く、苦笑いをしている
この先もずっと
ときどきピアノを弾いたりする
あるいは弾かなかったりもする
それでも変わらずに
ながれていくものがあり
ながれていかないものが、目の前にある
雲がごうごうと鳴っている
もう二度といないきみは
しずかに窓のそばに立っている
ぼくはいつもなにかを言いたかった
けれどもう、ただ笑った
ゆく
うすいろに光る午後の裏口まで
となり街の長い雨が
後ろ姿にくっついてくる
あなたの不在に慣れるより早く
引かれるカーテンは幕のようで
立ち尽くしていた気がする
いつまでもはじまらない舞台で
言いたい台詞があったことも
忘れていたかもしれない
どうして優しくできなかったのだろう
あなたはわたしを
あれほど愛してくれたのに
どうしてあなたを
傷付けてしまったのだろう
明日の天気を確かめる振りをして、
たましいの裏で繰り返す声が
とおくまでひびくのは
霧が濃いからか
あなたのお母さんに貰った
あなたの〈祈りのノート〉のコピーを
付箋を貼りつつ読み進めれば
「ゆいが悲しくありませんように」
というひとことに打ちのめされ、
手を洗えば
爪の間だけやたらと冷える
(汚れをすすぐための水も
(宇宙のどこかで光るのかなあ
あなたが飛び込んだ駅のホームで
お互いの人生で一度だけ
目が合う他人とすれ違い
通過する特急がきりさく風の強さに
目を細めてゆくさきを見ている
体がなくなった日
薄れゆく意識の中
俺は悪態をついた
ちくしょう
頭だけ残しやがってと
しかし、薄れゆくだけで
いつまで経っても意識は途切れなかった
頭だけになった俺は見た
俺を食ったカマキリが
鳥に食われるところを
私はカマキリでした
今は残された鎌一つ
鳥に啄まれた時のことは
よく覚えていません
ただ風が 一陣の風が吹いて
草花が揺れていました
次の瞬間は私は
鎌だけになっていたのです
そして、今私はアリたちに
運ばれています
穏やかな陽の光が
射していればいい
そう思うのです
こいつはアリだったんだよ
でも、今ぼくが
こいつを指でつぶしちゃった
脚だけがヒクヒク
動いててきもちわるいな
でも、こいつはアリだったんだよ
ぼくがこいつを潰すまでは
仲間とカマキリの鎌を運んでいたんだ
アリだったやつを
仲間たちが運んでいくね
ぼくもそろそろおうちへかえろう
俺は
俺はコオロギだったんだ
今やっとそのことを思い出した
体がなくなった日
俺は頭だけで世界を見ていた
透明人間と
【透明人間の憂鬱】
透明人間の悩みは
最近、髪の毛が薄くなってきたこと
これでも若いころは
リーゼント、ヨロシクきめて
ハマのあたりでバリバリに透明だったぜ、ってなもんで
今ではバッサリ落とした七三わけ
毎朝、鏡の前で
育毛剤を専用ブラシでトントントントンとやって
ああ、今日も透明でよかった
安堵のため息をつく
【透明人間の「さよなら」】
透明人間は「さよなら」という言葉が好きだ
綺麗で美しい響き
何より「さよなら」と言ったときの
口の動きが素敵だと思っている
透明人間は誰にも「さよなら」を言ったことがない
気がつくと、仲間の透明人間はいなくなっている
恋人もそんなふうにいなくなった
自分もいなくなる時はいつもそうだ
「さよなら」
つぶやいてみる
言葉は季節風にのって
はるか異国の地にとどいた
初めて聞く異国の言葉に
少年はあたり見まわしたが
空耳かな、と壁にボールを蹴った
【透明人間の考察】
透明ではない人間には
不透明人間と
非透明人間と
未透明人間がいると
透明人間は考えている
三種類もあるから
透明ではない人間の世界には
争いが絶えないのだ、と
透明人間は透明人間
透明人間は眠くなった
洗いたてのタオルケットが気持ち良い
眠っている間も透明でありますように
【透明人間の週末】
透明人間は週末になると
水族館に行く
最近は特にマンボウがお気に入りで
日がなその水槽の前で過ごす
閉館後も透明人間は帰らない
透明人間は時々思う
閉館なんて変なシステムだ
すべての人間が透明なら
こんなシステムはいらないのに
透明ではない人間は
死んだら土に還るというけど
透明人間が死んだら
海か空に還るのではないかしらん
守衛室から失敬したドーナツを食べながら
マンボウの優雅な泳ぎにうっとりする
【透明人間の夢】
空を飛びたい、なんて夢見てたのは
昔の話さ、と透明人間
カチャリ
自動券売機で切符を買う透明人間
都会ではひとりでにコインが宙を飛んでも
誰も驚かない
ありがたいことだ、と透明人間
【透明人間の思い出】
写真たてには空ばかりの写真
ここに自分がいて
そのとなりに恋人がいて
今、雲が笑った?
いや、思い出と名のつくものは
いつでも気まぐれに振舞うものだ
【透明人間の願い】
透明人間も
透明ではない人間も
幸せでありますように
【さよなら】
私のノートから
透明人間がいなくなった
それは突然に、というより
透明人間が足の方から
徐々に消えていく感覚
風でノートがめくれる
「さよなら」
の文字
以降、空白のページ
あたためますか
愛ってなんですか
たとえばそれで おなかは満たされますか
今月分の家賃・光熱費が支払えますか
愛ってなんですか
たとえばそれは ふかふか毛布よりもあたたかいですか
このバキバキになった躰をときほぐしてはくれますか
愛ってなんですか
たとえばそれは包帯のように
心の痛手をそっと包み込んでくれますか
消えたい死にたい生きていたくない
このどうしようもない想いを
救ってくれるとでもいうのですか
飲み干しても飲み干しても
カラカラに渇いて 決して潤うことのない
この心は一体なんなのですか
愛と名をつければ何でも許されてしまうのですか
返事をしなかったと云っては殴られ
自分といるときと顔が違う 嬉しそうにしやがってと
どうしていいんだかわからないことで責められ続けても
「愛してる故」と云われてしまったら
もう他に何も云えなくなってしまう
愛とかいうものの裏側には
皿がとびグラスがとび炊飯器がとび
罵声がとび憎しみがとび
包丁がとび
いますぐ殺せがとび
そうして咽びなく声が
絶え間なくとんでいるというのに
目を閉じ蓋をして見ないようにして
きれいな上澄みだけをそっとすくって撫でているばかりで
それを知るまでは絶対に正体を現さない
その証拠に ほらごらんよ
都合よく語られた愛の残骸が
そこらじゅうに投げ捨てられてるじゃない
それでも それなのに
なにゆえ皆 愛が欲しいと泣くのでしょうか
あんな姿カタチすらもない
誰も実際見たこともない
そんな得体の知れないもののためなんかに
不安で不安で押し潰されそうな夜
ひとりでいるのが怖いから淋しいから
誰かの声を聞きたくなって
誰かのぬくもりに触れたくなって
深夜2時に電話して嫌われる
愛は簡単に人を狂わすのです
愛はとても冷めやすいもの
一度冷めてしまったら最後
コンビニのお弁当みたいに
簡単にレンジでチンすることなんてできないのです
愛が欲しいんだって?
愛を探してるんだって?
だったらここにあるよ ほら
これが愛
ほら あんたの探していたものだろ
掴まされたそれが本物か偽物かなんて
一体誰が知ろうと云うのか
他人を殺すこともあるでしょう
弱いものを苛めることもあるでしょう
互いに憎しみあっているのに
見返り欲しさに離れられない関係もあるでしょう
邪魔だからうるさいからめんどうだから
まだ幼い子どもを置いて
出て行ってしまうこともあるでしょう
自分のことしか考えていないくせに
離婚しない理由を
子供に擦り付ける親もいるでしょう
家にも学校にも会社にも居場所がなくて
どうしようもない気持ちを
自分を痛めつけることしかできなかったり
散々暴力をふるわれたあと
泣きながら抱きしめる男と
いつまでも離れようとしない
女もあるでしょう
愛は地球を救う
夏になると恒例行事のようにやってるあれだって
出演者には高額なギャラが支払われてるっていうじゃない
綺麗事云ったって それこそ無償の愛なんてものは
きっとどこにも存在しないのよ
愛も善意も 銭次第ってことなのよ
私腹を肥やしているその裏で
誰が泣いていようが 傷ついていようが
知ったことじゃないのよね
ねえ そうでしょ
どこかで幼い子が親にひどい目にあっていようが
DVによる殺人事件が起ころうが
いじめを苦にして子どもが首括ろうが
年老いた親の介護で心も躰もズタボロになって
どこに相談しても ただ話を聞いてくれるだけ
社会からも世間からも孤立させられた揚げ句
悲しい結末を迎えてしまうことになろうが
怪我をするのは何も 鋭い刃やガラスの破片ばかりではないのです
都合よく語られる実体のないものに
ジワリジワリと追い詰められて
首を締め付けられることだってあるのです
血の涙を流すことだってあるのです
愛は決してきれいで美しいものなんかじゃないのです
血なまぐさくてグロくて生々しくて
とても残酷なもの
実体がないくせに 扱いだけはもっとも難しいもの
それでも みんなそれが欲しくて欲しくて
争ってまでも手に入れたがっている
愛
それは一体
何ですか?
人に語られる
私を知らない人が
私を語っている
淋しいだろうと
誰かに言っている
私は込み上げる怒りに言葉を探すが
うまく浮かばず
心で一人地団駄を踏む
言われた相手はその瞬間から
優しさと自己都合の狭間で
揺れ動くだろう
私はそのために
自分を抑えたりはしない
何故、人を語るのか?
その前に
自分を観察すればいい
たくさんの発見があると思う
恥ずかしい発見がね
私は人にわるく思われるのはよいが
人に 想像で語られるのは
我慢ならない
一発 ぶん殴っていいですか?
けれど 私の手は
人を殴らない
人を感知したくない
怖い
これを
淋しい と いうのでしょうか?
はったりインクベリー
初めて漫画を読んだのは小学二年生のとき。母に買ってもらった少女漫画雑誌に私は見事にハマった。雑誌を毎月購入、単行本は本棚を埋め尽くすほどになる。
そして昔から絵を描くことが好きだったけど、黒ごまのような目をした顔だったのが、漫画を模写したことによってキラキラとした目に移り変わった。グジャグジャと書き殴っていた髪は、下へ流すように丁寧に描き出した。
模写を続けるうちに私は、裸であることに気付いたアダムとイブのように改めて人の形に気付く。キラキラした目や服の装飾など、他の人よりも絵の密度が高くなっていく。
そしていつの間にか絵が上手い子と思われるようになった。
中学校でも美術部に入り、私と同じく絵を描くことが好きな友達がたくさんできた。私より絵の上手い人がたくさんいた。
そうなるとやっぱり技を盗むけど、その子たちから与えられた影響は技術面だけじゃなかった。
まだ知らなかった深夜アニメや漫画をどんどんおすすめしてくれたんだけど、激しい戦いや人の心の闇を描いていて、強い衝撃を受けたんだ。
おどろおどろしい見た目をした、強い力で人を蹂躙する悪役に、単純な怒りや恐ろしさだけじゃないものを感じた。私は畏怖という感情を覚えたんだ。
出会った作品たちが脳に焼き付いて、私はいわゆるオタクな方面に移る。
色々な作品に触れていく内に、泥まみれなのに真っ直ぐ立ち向かう姿がかっこよかったり、身近な物を強そうな武器にアレンジしていたり、世の中にはどんな存在でも素敵に見せる人がいるんだと知った。
一枚で心を動かすような絵を描きたい、誰かが夢中になるような存在をデザインしたい。
中学二年生で、イラストレーターになろうと決めた。
高校生になってからは絵を描き続けながらバイトをしていた。それでバイトの給料を毎月半分貯金してペンタブを買った。
早速ペンタブを使ったけど手元を見ないのは慣れないし覚えなければいけない機能が沢山。それでも描きたいものが思い浮かんだらまず紙に描き出し、本気のときは画面と向き合うことを続けた。
そして高校卒業後イラストの専門学校に入学。初歩的なところから学び直すから、やっと便利な機能に気付いたり、画力は伸びた……けど。
不採用。
卒業が近づいた今、好感触だった二回目の志望先で不採用に打ちのめされた。
お母さんには学費の元を取ってくれと何度も言われている。どこかには就職しないといけないんだけど……
昔は気にならなかったけど、自分より絵が上手い子が沢山いる。大人になるまで時間はあるしこれから伸びていけばいいと思えていたけど、時間がなくなった今は上手い子の存在が苦しい。
これまで培ってきた私の画力は、会社の人材としての魅力になっているのかな?
もしかすると私の絵は会社の人の心を動せるようなものでなくて、いくつもいる志望者の中から私を選ぶ所なんてどこにもないのかも知れない。
この世界には遥かに絵の上手い人が何人もいて、今まで積み重ねてきた私の絵は世界からすると取るに足らないものなのかもしれない。
あてもなく外を歩く。
専門学校の友達と行ったカフェの前を通りがかる。就職先が決まったあの子は、絵が描けるからとバイト先でよく頼まれる……とここで愚痴っていた。
そういえば、絵を描けることって意外と貴重なのかもしれない。絵を描くことが好きな人に囲まれているから忘れていたけど、滅多に描かない人だって多いんだ。
その近くの電柱の下に丈のある雑草が生えている。紫を煮詰めたような実がなっていて、子どもの頃潰して遊んだことを思い出した。
食べられないけど、見かけると嬉しくなったなぁ。真っ緑な雑草の中や、なんてことない道路の脇にこれがあると、一目でうきうきするんだ。
なんてことない思い出が結びつき、すっと私の迷いが晴れる。
私は絵と関係ない業種の就活へ舵を切った。
絵を諦めたのではなく、趣味としてや個人の依頼で描き続けることにしたんだ。
最初の自己紹介では絵の専門学校に通っていることを堂々と伝え、面接の応答の中で頼まれたら絵を描くという意思を示す。職場での頼まれごとがいいことばかりじゃないのは覚悟の内。
仕事は当然頑張るし絵も描ける。もっと絵が上手い人は沢山いるけど、身近にいる私が一番役に立ってみせる。そんな気持ちで胸を張って話した。
自分を大きく見せながら沢山絵を描いて、雑草みたいに私の絵が目につくようになったら、その時少しでも心を動かせたらいいなって思う。
一望千里
どこかに行きたくなる時があります。何かが怖くて不安になって、何処か、何処かへ無性に行かなくちゃという気持ちになります。汗と動悸が止まらず、深夜に家を飛び出して走り出し、公園で座り込み下を向いて、頭を抱えて泣くのが最近の日課です。
海を見ると死にたくなるし、死にたい時に海に行きたいと思います。実際死にたい時にそんな気力はなくて海には行けません。ですがどうしても海を見たいのです。だからなのか、そういう気持ちでない時海を見ると死にたくなるのです。
私は一体何処に行きたいのでしょうか。ある日、体は元気なのに脳はどうしようもなく死にたくて絶望をしていました。何処か、何処か。何処かへ行かなければ。私が知らないだけできっと行きたい所がある。
気付いたら海にいました。
私の足は冷たい海に浸かっていて、波に攫われ転倒しました。ガッカリしました。私は何処かへ行きたかったのではなく、何処かへ行ってしまいたかったのです。尊敬していた先生と2人きりで話す時間、もういない友達と夜に渋谷でプリクラを撮った瞬間、亡くなったおじいちゃんと犬と散歩に行った道。私は周りの人が未来に進んでいく中、ひとりで過去に執着をして毎日現実から逃げています。海にすべてを飲み込んでほしいと思い、じっと波を眺めました。死んだクラゲがふよふよ浮いていたので、家に帰りました。
その日から、あの日に帰りたいと思った時は海に行くようにしています。きっと心が疲弊してるんだと思います。なんだか心が落ち着きます。
私は今、海にいます。
渦巻く眉が君にしれという
おばあさんの歌うように話すひとりごととおしゃべりのあいだのような言葉を――台風は直撃しないけれど海は荒れている、うねりの隙間にある点の静けさと動揺の移り変わりを――居眠りこいてテレビだけ勝手に動いている二十二時の市営住宅の六畳一間の雨漏りと時計の周期が思い出す朝トンネルを抜けた先ちいさな町の川から立ち上がる霞の斜面を這い上がり膜のように飲み込んでいく――眠りながらしずくと秒針を聞く、恐れ――家を出て行った旦那を探しまわって離婚届を書かせてるあいだ預かってもらっていた息子を迎えにいくとき見た実家は知らない町みたいで電車を降りたくもない誰もかも通り過ぎるような小さな町――帰りたいとも思わない、だって何もないんだもん――誰もかも通り過ぎるような小さな町の海岸線の地形に沿って発現する私の昨日の途中の身体に語りかける半目の記憶――おかずなんか作らないひとりだから、お米も炊かないよ、炊いても食べ切らないもん、夏になったから最近はそうめんとそばばっかり――萬法一に歸す――今たくさんの皺がもろくなった骨が語りかける半目の記憶――台風は去ったと天気予報は言うけれど今日も海は荒れていた壊れたライムの果汁が深く刻み込まれた皺を流れ落ちていくぼたぼたと失礼な返事と――象に乗った婦人俳句会の海外旅行と仏塔の向こうに沈む三島の真っ赤な陽を送っていた――しかるべき仕事が鉛筆の炭をダイヤモンドにする――暑い暑いと言いながらも我慢してベランダでたばこ吸ってから出てくるあなたの知らないレンブラントと私は線をひくトンネルを抜けるたびに立ち上がる寺と墓地が語りかける半目の記憶――象の皮膚の模様、目尻と頬の下に――平塚まで行こうと思ってたけど途中で息子に会うのが憂うつになりだして電車を降りてバスでショッピングモールまで行ってスニーカーのサイズを聞いた思い出すだれもかも通り過ぎるような小さな町――夏みかん畑、トロッコ、半目の記憶――おじいちゃんの家へ帰る途中の道が暗くて嫌だった、習字の帰りで山の方を通るから夕方ですぐ陽が落ちて防空壕の穴が口開けてる、ひんやりした風が吹き出してくるし、そこ通る時だけは急いであんまり見ないようにした、霊感なんかないんだもん、空恐ろしい気がしたのは今もこの一度きりだから――一何れの處にか歸す?――人間は忘れんだよ、今度はね梅雨前線が東北の方からちょっと下がってきてんだって、それでまたしばらく天気崩れるって嫌だ、半目の記憶
サンディカラ
涙が止まらなくなって肌着の濡れる不快感に目を覚ますと、窓の外に青暗い空が広がっていた、不確かな恐怖に包まれていた――急に潜水艦から放り出されて深い水の中を漂っているような繋ぎ止められない感覚、私は浮かんでいるのか沈んでいるのかもわからない――デジャヴュを並行世界の記憶だとする説はいつも人の好奇心をくすぐる、別の世界にある自分の体験がグリッチして流れ込むのなら、彼らもまた同じくらいつまらない、変わり映えのしない、疲れる日常を送っているのに違いない――もし並行世界の私が死んだ時、ここにその人の受けた衝撃が走るだろうか?
ベッドの上でぽつんと座って窓の外を睨んでいた、ゆっくりとねずみ色の雲が東へと流れているのをずっと追っていた、それはどれだけすすんでも消えていかない――私は――今少しだけさっきよりも幼く、はっきりと初めて歩いたときの驚きや、野菜を口に入れる大変さを感じていた、濡れた肌着もそうだった。ねずみいろ の世界
ここには残念なことに私しかいなかった――泣いて、抱擁を求めても、誰もここにはやってこない、自分の心臓の鼓動に耐えられなくなって、ひとりで立っていられなくなって、体が内側から剥がれそうになっても、母親の胸のなかで、だんだんとおちついてゆっくりと自分より大きな生き物の体の温もりと心臓と胸の上下するリズムに合わせて静かになっていくということができない、それが大人になるということなのだとしたらとてつもなく心許ないことだと思う――君が子供じゃなくなって何年が経ったんだ――不思議に思う、だって他の人と同じように歳をとって、はたらいて、何年もずっとビルの隙間から上がって落ちていく太陽と曇った夜空をのぞいていたのに、何も変わらず、気づいたら耐えられなくなって、誰にも知られたくなくなって、すみっこで泣いているこどもに戻ったみたいな顔をしている。
子供の頃住んでいた家の畑を挟んだ裏手には豪邸があった、そこにはお婆さんがひとり住んでいて、彼女が庭いじりをするのは私の部屋の窓から見える――立派な庭だった、たくさんの果樹が生えており森のようだった、隣のお婆さんが死んだのは私が小学生の頃だった、死因は風呂での溺死、警察が来た――八十七歳、大した年だがどうも自殺だったらしい、家の中が綺麗に片付けられていて遺書が残されていたからそうとわかった、大人になってから母に聞かされた、その時私は二十一歳だった――八十七歳の人間に死ななければならない理由があるなどと想像することはできなかった――彼女が死んだ時、その衝撃はどこかの並行世界に響いただろうか、八十七歳、大した年――とはいえ自殺だ、別の世界で彼女は百歳まで生き、どこかで自分が自殺し溺れ死んでいく音を聞いただろうか、いややはり自殺した彼女が全ての世界の中で最も生きた彼女で、その死はどこにも響かなかったかもしれない、深海に落ちた鍵のように音も立てず誰にも知られないで。
別の時、母は言った――隣のお婆さんは死ぬ前に庭で大きな焚き火をやっていた、と――その黒い煙は何時間も真っ直ぐ空へ上がっていた、風のない空へ真っ直ぐ伸びていた――母は出かけていって聞いたという、落ち葉ですか? と――隣のお婆さんは言った、大片付けをしてみんな焼いてしまうんだ、と。
スーパーの鮮魚コーナーで、水を張られたトレーで横たわっているバナメイエビを見てふと考えたのだ、水に顔をつけて窒息していくことにどれほどの根気と恨みが必要なのだろうか、と――その晩私はアヒージョを作り、半分で飽きてしまい、残りを生ごみにしてしまった――つまりこの世界のすべての命にエゴを満たすだけの意味が張り詰めているというわけではないのだ、私に捨てられたエビはミミズの餌にすらならない、焼却され、熱と炭素に変わっていく――市営プールを温めることがバナメイエビの宿命ではなかっただろう、メキシコ原産の――最初の給料で買ったソファで本を読んでいた、
大きな地震の後にあった不思議なこと、
私たちはただよう、心配する炎のように
私は時折世界に蓋をする、その時私は世界の少しだけ
上のところにいて、世界はコップの形をした透明の容器に入っている――
世界はその中で小さく存在していて、私はそれが変容するのを防ぐために蓋をする、変容するのを防ぐといっても一時的なもので、あまり長くは続かない
もし変化するのを拒んでずっと蓋をしたままでいると世界は崩れ落ちていってしまう――だから私は堪忍して蓋を外す、蓋を外すと世界は呼吸をして、変わることを続け始める、私も瞬く間に変わっていく。
コートを着て部屋を出ると外の世界は今もまだ青暗いままだった――空き地には秋の花が数本だけ
それは全て枯れかかっていた、
緑や枯れた色よりも、 細かい砂利の灰色が目立っていた、車の出入りと幾度となく降った雨削った固いタイヤの溝があった、前雨が降ったのはいつだったろう、
深くなった溝の細かいシルトは乾いていた――雲はない――
夜明け前ならば
日没直後ならば
気付かぬうち――ここにはいつも時間経過への予感が内包されているはずだったのに
――太陽も、月も、星も、初めからなかったような気がした、
部屋に戻るにも私の世界は惑っていて、振り返ってなにも知らなかった、
私の前には広い草原がどこまでも見えなくなっていく――もう初めから何もかも、長い草が風に揺れていた、青暗い空のしたで草原はほとんど色を持たないように見えた、風が目に見えるのだ、青暗さの長く続くあまり
草間に花が咲いているのが一つ見えると、それは瞬く間に、ぽっぽっ――次々に私の瞳は青ぐらい世界に灯る花の数々を見出していく、今咲いたの、すごく綺麗――火のように浮かび、初めから太陽がなかった時、
この草原は何から光って、何から影を作っているのか?
おもいだした
ははは、
すうねんまえに
り、にゅーあるされた
いえからくるまで
にじゅっぷんかかるばしょにある
すいぞくかんに
もうさんじゅっかいも
いったのだそうで
おしのさかながいて
すいそうを
ひっこししてもみつけだし
しゃめとどうがを
とって
まいかい
みつめてみつめて
かえるんだそう
おしゃべりするとか
あいにいくとか
いわないあたりが
わたしとせいはんたいな
えーがたきちょうめん
てっかめんだなあとわらえてしまう
ははは
いまなにをしているだろうか
ふゆのわりとあたたかいひ
みかんがたくさん
ははのわかれたひと(ちち)からとどき
ははをおもいだした
いま、ははは
過去作短編『抱きしめさせて、抱きしめて、』
個展の帰り道だった。今日はバレンタインデーだ。ふと、隣を歩くあきさんの手を握ってみたくなる。あきさんの友人だという詩人の個展を見て、感想を言い合いながら歩いていた。
「今日はバレンタインだし、観覧車に乗りましょうよ。はるさん。」とあきさんは言った。個展をやっていたギャラリーの近くにデートスポットとして有名な観覧車があった。バレンタインと観覧車の繋がりはわからなかったけれど、もう少しあきさんと一緒にいたいと思っていたから誘いに乗ることにした。
「女二人で観覧車なんてやっぱ変ですかね?」とあきさんは不安げに言う。私より10センチ近く小さいあきさんが私を見上げている。
「そんなことないと思います。あきさんが乗りたいのなら私も乗りたいです。」と、しりすぼみな口調で言ってから私の頬は赤くなる。
バッグに入っているあきさんがくれた友チョコと、個展の物販で買った詩の書かれたキーホルダーの存在を感じながら、バッグを掛けた左腕に意識を集中する。
夫はあきさんを嫌っている。あきさんがバイ・セクシャルだから、私に気があると思い込んでいる。今日だって本当は家で夫の帰りを待っているはずだった。夫を騙してあきさんと会っている。
そんな私の事情をあきさんは知る由もない。あきさんにとって私はあくまでただの仲のいい職場の後輩に過ぎない。
去年の十二月に入社した工場で私は経理として働いている。私に仕事を教えてくれているのがあきさんだ。あきさんは専門学校卒業後すぐにこの工場に就職して五年目になるらしかった。仕事転々としている私よりあきさんは八つも年下だった。
私もあきさんも本を読むのが好きで、自分で文章も書いていた。そんな共通の趣味があったから私たちはすぐに打ち解けた。
ある日の昼休み。あきさんと二人で社食を食べながら恋バナをしていた。私は夫との馴れ初めを照れながら語った。あきさんは?と私が訊くとあきさんは何気ない感じでバイ・セクシャルであることを打ち明けた。
私はテレビで親に性的マイノリティーであることを涙ながらに打ち明ける人の映像を見たことがあった。こういうことはもっと重大な話として聞かされるものだと思い込んでいた。だから、あきさんのあっけらかんとした言い方に冗談だと思ってしまった。
でも、淡々と歴代の彼氏彼女の話をする様子から、どうやら冗談でもなさそうだと思い直した。少々ばつが悪かった。
「今は恋人がいないんだって」と帰宅後、夫にあきさんの話をした。夫は携帯を見つめていた。きっとゲームをしている。いつものことだった。私が話している時も、夫が話す時も片時も携帯を離さない。依存症だと思う。でも、指摘したことはない。指摘したら不機嫌になるというのもあるが、そもそもその癖を直して欲しいと思っていなかった。
夫はソファにだらしなく凭れて「へえ」とだけ言って携帯をいじっていた。興味のなさそうな反応に私は悲しくなった。(じゃあどうしてほしかったの?何を期待してたの?)と心の声が私をチクチク刺した。 しばらく無言が続いてから夫は携帯をズボンのポケットにしまうと私の方を見て言った。不機嫌になったら携帯を見ない。愚痴や文句はしっかり言いたいし、聞いて欲しいのだろう。
「で、その人ははるに気があるの?はるもそのあきさんって人が気になるわけ?」 私はそんな話一ミリもしてないのにと思ったが、愛想笑いをしてから「ただの友達だよ」と冗談めかして言った。あきさんに後ろめたいことをしたような気持ちになった。
「なんでもいいんだけどさ。それって他の男と仲良くしてるって言ってるようなもんだよね?旦那の俺としてはいい気がしない。言いたいことわかるよね?」夫は明らかに苛立っていた。言いたいことはわかる。言いたいことはわかるが、そうじゃないと思った。でも、そうじゃないと言えなかった。あきさんはそんな人じゃないと言いたかったのに言えなかった。言ったとしてそれが正しい返答なのかわからなかった。私が何も言わないでいると、夫は再び携帯を取り出して操作しだした。またゲームが始まったのだと思った。その日、夫は激しく私を求めた。抱かれながら私は嘘をついている。そんな気がしていた。
それから夫の前であきさんの話をすることはやめた。
そして今、夫に内緒であきさんと観覧車に乗っていた。あきさんは高いですねーなんて当たり前の感想を言いながら外を眺めている。私はそんなあきさんを抱きしめたい衝動にかられる。
幼い頃からそうだった。唐突に相手の驚くことをしたい気持ちになる。好きでもない男の子の手を握ってみたり、女友達にキスしてみたり、相手の驚く反応を見て安心する自分がいた。その後どんな面倒事に発展しようと私は衝動を優先してしまった。 今もそう。あきさんの反応を見てみたい。あきさんに驚いてほしかった。景色なんて見ずに私を見て欲しくなっていた。
もしかして、私ってあきさんが好きなのかな。でも、私には夫がいる。夫のことはもちろん愛している。(もちろんなんてつけるのは不安の現れだね)と心の声がする。心の声はいつだって正しい。と思う。
「見てください。はるさん、あそこの山。マンションがたくさんあるでしょ?あの辺に昔住んでました。」とあきさんは楽しそうに遠くの山を指さしていた。
「そうなんですね。」と上の空でこたえる私に、あきさんは「どうかしました?」と尋ねる。抱きしめたい。「いえ、」驚かせたい。小柄なあきさんの身体を私はゆっくりと包み込むように抱きしめる。
「あ」とだけ吐息のような声をあきさんは出した。その瞬間私は気持ちが冷えていくのを感じた。あきさんは私を抱き返した。そして、私の胸元で大きく深呼吸をした。私は鼓動が早くなるのを感じ、子宮が熱くなる。どうして……。気持ちは怖いほど冷静に現状を観察している。でも、身体は火照る。
「あきさん」
「はるさん」
二人で抱き合ったまま名前を呼びあった。この勢いでキスしたら、あきさんはどんな反応をするだろうか。私はこの人が好きなのだろうか。これは恋なのか。もしそうだとして、それは彼女がバイ・セクシャルだからだろうか。それとも、私の中に女性を好きになる性的志向が眠っていたのだろうか。
突如として性的マイノリティー、多様性、年齢、国籍、性的志向、それら認めていきましょうと叫ぶ社会に蔓延るきれいごとたちが私の判断を鈍化させる。(多様性?マイノリティー?笑っちゃうほど無関心なくせに。あんたはあきさんの反応に酔ってるだけだよ。)と心の声が聞こえてくる。 私たちは抱き合ったまま、黙ってゆっくりと下降していた。そして、私は嘘をついた。真っ赤な嘘を。
「私、あきさんが好き。」と言いながら夫のことを思った。夫と行った場所。夫と過ごした日々。交わした言葉。数々の思い出。すべてがキラキラして見えた。(それ錯覚だよ。)と心の声が言った気がする。
あきさんは何も言わない。ゴトンと音を立てて、揺れながら観覧車が止まる。降りきったのだ。抱き合った腕をほどく私たちに対して観覧車の係員は「おかえりさないませー」とにこやかに言う。その声がやたらと辺りに響いて滑稽に思えた。そのまま沈黙を貫き、私たちは別れた。別れ際、あきさんが笑顔で手を振っていたのが妙に印象に残った。
夕餉の支度をしながら、夫の帰りを待っている。早く抱きしめて欲しい。私の身体を冷ましてほしい。あきさんとの温もりをぬぐい去るように、抱きしめられたい。(あんたが結局好きなのは自分自身だけなんじゃないの?)と心の声がする。
「うん、そうだよ。」と独り言を言う。そう。私が好きなのは私だけ。夫でもあきさんでもない。だから、私はあきさんをもう一度抱きしめてあげたい。
テーブルに置いていた携帯が震えた。作りかけの夕食をそのままにしてコンロの火を消す。火を消した時のカチッという音が心の奥の方に響く。
あきさんからのLINEだった。「私もはるさんが好き」とだけ書かれていた。返信はしなかった。夫が帰ってきたから。
(やっぱりあんたが好きなのは……)と心の声が言い終わる前に、夫は私を強く抱いた。私はあきさんのことを思っていた。
驚かせたい。なんて思うことなく私はあきさんの手を握っていた。仕事終わりの人たちでごった返す街を歩いている。私たちはこれからラブホテルに行く。夫には今日は職場の飲み会がある伝えてあった。事実だった。でも、二次会に行くと嘘をついて、あきさんと二人きりになった。あきさんの手は温かかった。じんわりと汗をかいているのがわかる。
「はる、好きだよ。」とあきさんが言う。「私も」と返す。(好き。私のことが。)と心の声が言う。
派手なネオンを煌めかせたラブホテルに吸い込まれていく私たちを見ている私がいる。その私はここは夫とも行ったホテルだと思っている。確か和室か洋室か選べって受付の愛想の悪いおばさんに言われるんだよねなんて考えている。あーあ、入っちゃった。しーらないと言って私を見ている私はそっぽを向いて去ってしまう。待って!と私は思う。
和室しか空いていないですよと受付のおばさんが突き放した声で言う。あきさんが手を強く握ってくる。「じゃあ和室で。」と私は応える。夫と行った時もいつも和室しか空いていなかった。洋室が本当にあるのかなと夫は疑っていた。私を見ていた私は何処へ行ったのだろうか。今日は夫が私の帰りを待っている。
和室の照明は少し薄暗くて、畳もところどころ凹んでいる。かび臭くもある。天井には変なシミ。配管の水漏れだろうか。安いからいいんだけど。心は冷めていた。でも、身体は熱かった。あきさんを抱きしめながら、私は去っていった私を探し続けた。
なんてのろいんだ
火の体が燃えている
雨はびしょ濡れだ
救急車が走る
なんてのろいんだ
感情ってやつは
寂しさが
錆びて
さびいろになる
侘しさが
詫びで
わびいろになる
楽しさに
頼んで
モモになり
嬉しさを
憂いで
鹿になる
錆!詫び!モモ!鹿!
歌になる
ドーナツがみっつある
三から先の数字を
数えるすべを知らない
一個、二個とたくさん!
それから私が持ってる分!
火の体が燃えている
雨はびしょ濡れだ
救急車が走る
なんてのろいんだ
感情ってやつは
悲しさが
叶って
金縛り
愛しさが
営む
糸車
いたいいたいと
言ったのは
いったいいつの
イタズラか
満月がひとつある
ふたつないのは
なぜなだろう
誰も問わない問がある
箸で食えないからだろう
火の体が燃えている
雨はびしょ濡れだ
救急車が走る
なんてのろいんだ
感情ってやつは
新しい明日
白い壁のタイルを 一枚一枚
黒く 塗りつぶすようにして
私は 内部から黒ずんでいった
自らそう望んだかのように
黒いインクの汚れを落とすように
清掃員のやさしく 入念であって
やわらかな手付で 黒い壁のタイルを
一枚一枚 洗ってゆかねばならない
自らを傷つけ 責め苛むことは
もうしなくていいと 自らの手で
壁を汚す自らの手を包んだときに
私の明日がひらけていった
雲のない よく晴れた
今までとは違う明日が
(2025.12.18)
ナトリウムランプの下で
立ち上がる白い、いまだ点灯の夜間照明に照らされ湧き上がる白い
ボイラーの蓄圧器の自動凝集水排出器の作動音と共に
冷え切った蒼に消えゆく加熱蒸気の熱交換器を通る最後の姿
その螺旋構造の内部を見ることはなくとも揺れる熱電対の保護管
0.4MPaを示す圧力計の配管振動はごくわずかに、
ーーそして
わたしは缶底ブローの咆哮を夜明け前の空に響かせるのだ。
ソワレ
定休日の喫茶室
闇に点滅する
クリスマスツリー
光るたびに灯る
テーブルやカウンター
棚の焼き菓子
重ねられた白いカップ
密やかな夜の営業の
はじまり、はじまり
今さらだけど自己紹介
終えぬ旅路で 遣らず雨
行きの小径は かくれんぼ
風呂に眠る 背を懐け
永久へ誘う 迷い森
おえぬたひして やらすあめ
ゆきのこみちは かくれんほ
ふろにねむる せをなつけ
とわへさそう まよいもり
濁点不問、ゐ・ゑ抜き、四十六文字重複無しの
ペンネームに因んだ いろは歌
橋の両端にて(🪙還元コメント大募集〜終了感謝)
沢山のコメントありがとうございました。
いろんな考え方感じ方、読解とか論評と言った所まで深く踏み込まなくてもけっこう労力いるものですが、感想を書くこと、もらった感想に何か返事をする事も次の一歩に繋がると思ったり。
ーーーーーー
橋の両端にて
風は、
森の枝を揺らし、
時に激しく、
時に優しく、
わたしの髪も、
同じように揺らした。
白い布は、
花びらのように舞い、
次の瞬間、
突風に煽られて、
膝の上で跳ねる。
ひやりとした指先の感覚が、
首筋に触れる。
それは、
夜露か、
霜か、
ひとしずくの季節か、
判別できない。
胸の小さなふくらみに、
自分の手が触れる。
それは、
木の幹に掌を置き、
その年輪の深みと、
かすかな温を、
そっと確かめるように。
そのとき、わたしは
「これは、わたしなのだ」と、
初めて静かに知る。
風が裾を揺らすとき、
太腿は、
月光に晒される。
それは、
森の白い岩が、
雲の切れ間から、
ふいに光を受けるよう。
指が、
布の上から
ゆっくりと動く。
それは、
大地に触れ、
土の湿りを探り、
草の柔らかさを撫で、
石の冷えを知る、
ひとつの巡礼。
胸の奥で、
かすかな疼きが芽ばえる。
それは、
種子が殻の内側で、
静かに膨らみ、
世界へ向けて
ひそかに震えるあの瞬間。
下腹のあたりに、
小さな熱が灯る。
それは、
地平から昇った朝日が、
凍った大地を
ゆっくりと溶かしていく
あの温もり。
風は、
わたしの吐息を受け取り、
森は、
応えるように木々を揺らす。
わたしが息を吸うと、
風が吹き込み、
わたしが息を吐くと、
風は森へ還る。
呼吸は、
森とわたしの間に
往復する微かな橋となる。
やがて、胸の奥から
ひとつの波が訪れる。
それは、
川の水が
岩を越え、
土を潤し、
根を抱き、
やがて海へと流れこむ
大いなる循環の感覚。
温かな滴が、
布を通して
切り株に落ちる。
一滴、
二滴。
それは、
雨が土を濡らし、
樹液が幹を伝い、
泉が石を照らす
自然の営み。
森は、
それを受け取り、
風は、
それを運び、
土は、
それを抱く。
わたしは、
森の一部として、
風に身をゆだね、
そっと微笑む。
森の呼吸が、
わたしの呼吸になり、
わたしの呼吸が、
森の呼吸になる。
風がわたしに触れ、
わたしが風に触れる。
土がわたしを支え、
わたしが土を感じる。
それは、
与えることでもなく、
奪うことでもなく、
ただ、
交わること。
朝が来れば、
朝露がわたしを濡らし、
夜が来れば、
月光がわたしを照らす。
風は、
わたしの名を
葉擦れの音にして運び、
わたしは、
風の声を
自分の吐息に乗せる。
嵐も、
凪も、
熱も、
冷たさも、
すべてが、
わたしを通り、
わたしが、
すべてを通る。
―故に
その境界は
波となって揺らぎ
粒となって浸み込むのだ。
一人芝居用の戯曲『最後の狸』
(椅子に座って書き物をしている。手を止めて窓を見る)ん? なんの音だろう?
窓ガラスに当たってるのは砂ぼこりか。天候気象制御装置を切ったから風向きが安定していないんだな。
カチカチと楽しそうだ。まあ、喜ぶのも当たり前か。外の風は今まで、吹く向きも強さも人間達に制御されていたんだから。
自由は尊い。
人間がいなくなった星では強制から逃れられた大気が歓喜の声を上げている。
こんな事を記者会見で述べたなら、記者達はどんな顔をするだろうな。
いや、質問が飛ぶ前に、気象調整庁の奴らがすっ飛んで来て攫われてしまうか。余計な事言うなと。
二千年。
いくらなんでも早すぎるだろ。
人類が火星に移住してから二千年しか持たなかったなどと、一体誰が想像できた? 少なくとも、希望を抱えて火星に移住してきた頃は、予想だにしていなかったに違いない。
地球の人類史よりも短い間に、火星の生活が終わる未来など。
(背伸びをする)
火星最後の人間として、か。何を書き記せば良いんだろうな。後悔か、懺悔か。そんな物を書いて土に埋めたところで、この星は喜んだりはしないだろうけど。
(立ち上がる。コーヒーを淹れる仕草)
コーヒーを飲めるのも、あと半年ぐらい。作る人間がいなければ、コーヒー豆は手に入らない。いっそ、仕事を投げ出してコーヒー豆の作り方を覚えるのも良かったかもしれないな。
(コーヒーを飲みながら窓の外を眺める)
相も変わらず、元気な太陽だ。
燃えさかる正義に傾倒する太陽の姿は、理性を尊ぶ人間の好みに合わなくなった。それだけの話。
火星を捨てて、人間は木星へと飛び立つ。
立つ鳥跡を濁さずなんて、私達にそんな美徳を掲げられるほどの余裕なんかなかったよ。
(立ち上がって演説をするかのように)“望遠鏡を覗けばいつでも自分たちが暮らしていた証を懐かしむことができるように。この星の姿はなるべく変えないまま新天地へ向かおう。生きたアーカイブだよ”
私の最後の詭弁演説。みんな荷造りに忙しくて私の話など聞いていなかったけどね。
そして、今から3時間後には私も最後の人間として火星を後にする。酸素製造機の電源を落として宇宙船に乗り込めば、火星における人類史の終焉となる。
乗り込めば、だけど。
新しい星にももちろん興味はある、けどさ。
動物としての意地が、邪魔をしてくるんだよ。
(観客に向かって自己紹介をするように)狸、齢300歳。人間として生きたのはまだ100年ほどだけど。見た目はご覧の通りだ、上手く化けてるでしょ?若いくせに妙に老成した雰囲気があると評判の政治家になれた。誰に恥じることも無い、一生懸命やったつもりだ。それでも、この結果をぶら下げてご先祖様のところへ行くのは少々気が引けるなぁ。
私のご先祖狸たちは地球から逃れて宇宙へ出るため、狸から人間へと変化する術を身につけたんだと父は誇らしげに言っていたっけ。その父も今頃は木星に降り立っている頃だろう。
そんな父と同じように、私も狸から人間に。そして、どんな相手の心も読むことが出来る覚りという妖怪になった。どんな相手でも。そう、男でも女でも、赤子からお年寄りまで。
もちろん、皆さまの心だって手に取るようにわかりますよ?
そんな妖怪が300年、あの手この手を尽くして頑張ってきたんだ。人を動かし国を動かし、天地山河に根回しし、各所の神仏に頭を下げて、そして、妖怪界隈では最大のタブーとされる政治にまで潜り込んだ。
それでも、それでも火星の終焉を避けることは出来なかった。
(椅子に座ってコーヒーを飲む)ふう。コーヒーが美味い。
それならまだ、やれることもあるか。さあ、最後の仕事だ。
(卓上の機械のスイッチを入れる)
「緊急通信 緊急通信。こちら、狐崎 学。
時刻1140。火星嵐が発生し、搭乗予定の宇宙船にて砂塵摩擦発火による酸素爆発が発生。外壁損傷重大、電磁姿勢安定装置に甚大な損傷あり。
繰り返す。
火星嵐が発生し、宇宙船で酸素爆発が発生。
自力での修復は不可能と判断し、引き続き火星の監視任務を続行する。
救助を求めず。
繰り返す。
救助を、求めず。
これより私一人で、火星の終焉を見届けることとする」
いくら人間が作り出したとは言え、生物は生物。命がある物なのだ。
山河空海に住まう命があるというのに、星の生命維持装置を切りたくはない。どちらにしろ、火星その物が長くはないのだとしても。命の存在しない星が、火星として正しい姿なのだとしても。
このままみんなを見殺しにするわけにはいかない。
私にも、動物としての意地がある。
「(深く息を吸う)人間は不滅だ。
永劫に栄え続けるべきだ。
木星での繁栄を祈る。
人間に幸あれ」
(機械のスイッチを切る)ふぅぅ。この言葉が向こうに届くのは1週間後か。これで私の仕事は終わった。
これからはもう、狸としての余生を過ごしていこうじゃないか。
(椅子に座ったまま、うとうとし始める)
(物音を聞いて慌てて起きる。ドアを見て時計を見る)
しまった!もうこんな時間か。
はいは~い、今開けます。
(立ち上がりドアへ向かう。途中、あ゛~あ゛~と言いながら喉を触って声をチューニングをする)
(ドアを開ける)
やあ、ホワイトハウスへようこそ。すみませんね、もう私一人しかいないもので、ろくな出迎えも出来ずに。
歓迎します、金星人のみなさん。
(金星人の触手と握手を交わす)火星はこの通り、人間達が捨てていきました。自由に使って構いません。
貴方たちが地球上でしてきた生活をそのまま再現できる環境を整えてあります。
星を引き渡す代わりに、条件として挙げさせていただいた、この星の生命体を故意に滅ぼさないという約束だけは守っていただきたい。
もっとも、貴方たちの技術力があれば問題にもならない条件ですね。
ああ、そうだ。美味しいコーヒーがあります。1杯どうです?地球からの長旅は疲れたでしょう」
(コーヒーを淹れる)
星を弄るのはどれもこれも時間が掛かる。貴方たち先遣隊だけでは難しいことも多いでしょうし、仕事は本体が火星に着いてから取りかかっても遅くはないと思いますよ。
これを飲んだら、私も金星人の姿へと変化しよう。そして、新しい人生を始めるのだ。
おわり。
過去に書いた作品を仕立て直してみました。お芝居用のシナリオって書いたことが無くて、こんな感じなのでしょうか?
10分にしては長すぎたかもしれません。
ヴァリアンス法律事務所:支配者の定義
霞が関の奥深くに鎮座する警察庁長官官房。その一室は、冷房が効きすぎているのか、あるいは住人の気配そのものが熱を奪っているのか、肌を刺すような静寂に包まれていた。
「失礼します」
田伏正雄の声が、淀んだ空気を切り裂いた。机の向こう側、革張りの椅子に深く沈み込んでいた山城実弥が、ゆっくりと顔を上げる。その眼鏡の奥にある瞳は、爬虫類のように無機質で、教育現場を恐怖で支配していた頃の、あの血も涙もない狂気を湛えていた。
「……久しぶりだね、田伏君。相変わらず、その特注のスーツは似合っていない。もっとも、かつての君の巨体には、特注しか選択肢がなかったがね」
山城は手元の万年筆を置き、組んだ指の上に顎を乗せた。
「山城先生。いえ、今や警察機構の頂点に君臨される『閣下』とお呼びすべきでしょうか。お変わりないようで何よりです」
田伏は用意された椅子に座ることもせず、適度な距離を保ったまま立ち尽くした。
「君が警視庁を辞めて数年か。棚田コーポレーションの令嬢……あの『欠陥品』を拾い上げて、弁護士ごっこに興じていると聞いた時は、耳を疑ったよ。君は昔から、効率の悪い選択ばかりをする。」
「『欠陥』ですか。私には、あなたの歪んだ組織図よりも、彼女が抱える記憶の方が遥かに美しく、正確な真実に見えますがね」
山城の口角が、微かに、そして冷酷に吊り上がった。
「真実、か。『まーくん』、君は勘違いをしている。真実とは、力ある者が『そうである』と定義した瞬間に定まるものだ。あの施設で、私の言葉が唯一の真実であり、救いだった。君にも教えたはずだ。議論とは論理を盾に自己増殖するロジカルモンスターに過ぎない。だからこそ、誰かが支点とならねばならないのだよ」
山城はゆっくりと立ち上がり、背後の窓へと歩み寄る。
「棚田ユカリという娘は、本来、私の手の中で『完成』するはずだった。彼女の記憶を適切に間引き、私の言葉を絶対的な道標として植え付ける。そうして出来上がった純真な『器』を棚田コーポレーションのトップに据える。それこそが、民間という巨大なリソースを、国家の意志に従順な血肉へと変える最も洗練された手法だ。君も覚えているだろう? 議論など不要なのだよ。気に入らない生徒を撲殺することこそが教育の最終形態であるように、不都合な存在を定義し直すことこそが統治の完成形なのだ」
「価値は、あなたが決めるものではない」
田伏の言葉が、鋭く空間を貫く。
「一人を救えない正義が、万民を救えるはずがない。あなたが守っているのは『国家』ではなく、国家という皮を被った『あなた自身の支配欲』だ。雲雀ヶ丘園で、あなたが子供たちの個性を奪い、模範的な歯車に作り替えたのは、彼らのためではない。自分の思い通りに動く世界を作りたかっただけだ。……山城先生。あなたは私を処分しなかった。それは恩情ではなく、私という駒がいつか役に立つと踏んだからだ。だが、それはあなたの人生最大の計算違いになる」
田伏が背を向け、扉に手をかけたその時、背後から突き刺すような、重く鋭い怒気が放たれた。
「……待ちなさい、田伏君」
山城がゆっくりと振り返る。その影が、窓からの月光を遮り、巨大な怪物のように壁へと伸びる。かつて彼が、パイプ椅子や牛乳瓶を手に取った時と同じ、剥き出しの殺意が部屋を満たした。
「君は、自分が何をしようとしているのか、その真の意味を理解しているのか? 私は警察機構そのものであり、この国の秩序の背骨だ。私を裁くということは、この国を支える背骨を叩き折るということだ」
山城は一歩、また一歩と、音もなく絨毯を踏みしめて近づいてくる。
「貴様、分かっているのか? 国家にたてをつくと言うことだぞ。」
その声には、もはや教師の面影は微塵もなかった。あるのは、巨大なシステムを守るための絶対的な排除の意志だ。
「君が私に背いた罪は、その体に刻まれた傷のように、一生消えることはない。君の弁護士資格、事務所の仲間、そして君が守ろうとしている娘の『平穏』。私が本気で息を吹きかければ、一瞬で消える幻に過ぎないのだよ」
田伏は扉のノブを握ったまま、一度だけ深く息を吸った。そして、首だけで振り返り、山城の目を真っ直ぐに見据えた。
「ええ、この傷は疼きますよ。しかしそれは、あなたへの恐怖ではなく、あなたを止めるべきだという警告としてです。私は国家にたてをついているのではない。国家の名を借りて、真実を私物化する『傲慢』に立ち向かっているだけです。……では、失礼します。次に会う時は、この重厚な扉の外でお会いすることになるでしょう。法廷という名の、逃げ場のない場所で」
田伏が部屋を去り、重厚な扉が閉まる。
残された山城は、再び万年筆を手に取った。その指先は、僅かに、しかし確実に不快なリズムを刻んでいた。かつて最大の後悔として残した「まーくん」という存在。それを今度こそ、自らの手で「撲殺」すべき時が来たのだと、彼は確信していた。
建物の外、初冬の冷たい風が田伏の頬を撫でる。
彼は一人、ポケットの中で特注のコンパスを握り締めた。
「……少し、古い埃を吸い込んだな」
田伏は夜の霞が関を見上げた。巨大な権力の伽藍がそびえ立つ中、彼は自分の足音だけを頼りに、暗闇の中へと歩き出した。
雪の鳥
死の鳥とも呼ばれる彼らは
冬のある日
空の高いところで
幾億も生まれいでる
そのひと羽ばたきが雪を降らし
少しずつ地上に降りてくる
彼らが愛するのは
あどけない歓声
自分たちの降らした雪を喜んでくれる
いとけない子どもらの声
雪の鳥はその身を削ることと引き替えに
ましろい雪を生み出すから
その命はとても短い
最期は綿埃ほどのちいささになり
力尽きる
雪が降ってきたよー!
小躍りしているまばゆい声を聴きながら
みずからが降らした雪の一部として死ぬのが
彼らの望む最上の死に方だが
叶えられる鳥は少ない
山奥でキツネと共に逝き
川底へ沈む鼠と共に閉じ
街の片隅の猫と共に眠る
それでも
冬の使者としての役目をになった彼らは
毎年生まれ
おのれの寿命をかけて
雪を降らすのだ
すべての円環のために
ゲルニカ
数多の色を一粒一粒に宿した
雪が降っている
触れると黒く変色する
役所のアナウンスがかしましく繰り返す
屋外にいる者は至急屋内に避難せよ
誰一人いないスクランブル交差点で
私は本来白色の傘を掲げて歩む
避難せよ、と呟いて笑う形になる前に
口角が痙攣する
どこに
避難しろというのか
既に立ち並ぶ店はかたくシャッターを閉じ
道といわず建物もネオンの看板も
黒く染まっている
追い出された者はただ歩くしかない
ひたすらに何も考えないように
思い出さないように
目の前を色とりどりの雪が落ちてくる
傘の中からじっと見詰める
こんなにも奇麗なのに
着雪した途端
ニットに黒いシミを作る
コート一枚与えられずに
寒さに手の甲が青黒くなっている
家族というものに
私を入れると崩壊するのだと
親の目がそう告げていた
顔色窺って従順にどんな罵倒にも耐え
全て無駄だった
憎み合う者同士の血が半分ずつ流れる
この私が厭わしくてならないと
なのにあの夫婦は互いを家族だと言う
可笑しくてならない
ひと際強い風に傘を手放した
赤青紫緑黄色の雪が
私の身体に触れた途端
真っ黒に染まった
揺れる昼と夜の隙間に種を残して蘇れ、星々のトリニティと海の唄託。
15th Dec 2025
札幌は一面、白銀の世界。
大通とすすきのを結ぶ、駅前通りのイルミネーションがより一層美しく見えるこの季節。
冬になると日照時間が短く、朝晩の焦燥感も逸ると聞きます。皆さま、変わりなく過ごしていますか。
さて、大きな地震がありました。
書き置きしていた内容を投稿するつもりでしたが、地震のこと、そして北海道の未来について ──── 語るなら、今。
私が暮らす北海道札幌市は2013年ユネスコ創造都市ネットワークに加盟<メディアアーツ分野>認定の政令都市。デジタル技術などを用いた新しい文化的、クリエイティブ産業の発展を目指す都市として、先駆けたのは、初音ミクが所属するクリプトン・フューチャー・メディア(株)地元のアルバイト情報で求人がたまに上がってる、カジュアルな会社です。
芸能エンタメのカルチャーより、芸術文化や音楽、地下歩行空間で様々なアート作品の展示会が開催されるクリエイティブな街づくりを目指しています。
義務教育のカリキュラムに音楽鑑賞があり、スポーツはスキー学習が幼稚園から高校まで体育の授業で行う。小学校の修学旅行でラフティングやユネスコに登録された地に訪れることで自然に親しむ取り組みがあるのは、暮らしの中で身近な話ではないでしょうか。
最近だと白老ウポポイ(民族共生象徴空間)へ行くようですが、私も先月行って来たばかりです。研修で。
私は長らく役職を継続しており、様々な所属先の「研修会」と呼ばれる年間行事に参加します。
そのひとつ、洞爺湖有珠山ジオパークに行った時のこと。
札幌から中山峠を経由して胆振地方に出ると洞爺湖に着きます。この辺りは湖がふたつあり、東(千歳方面)に支笏湖、西(伊達)に洞爺湖があり一帯が国立公園に指定されています。洞爺湖はドーナツ状のカルデラ湖で中央に中島があり、地球の歩みと縄文時代の暮らしが見える場所。
約11万年前の巨大噴火によるカルデラ(陥没地形)に水が溜まってできた洞爺湖は温泉街。
日本最大のカルデラ湖は阿寒国立公園にある屈斜路湖、こちらも地下から押し上げられた溶岩が固まり山になった/中島があります。
地面が隆起して新たな火山になる。
地殻変動による自然が織りなす情景は大地の鼓動ですね。
有珠山がある地域も同じ。夏になっても草が生えない、昭和新山の赤い土は天然の煉瓦。
ひとつの山に限らず一帯が、現在も『生きている』活火山です。
1977年の噴火で隆起した昭和新山から、今でも煙が出ています。
そして、私の記憶に残る2000年、火山性地震が頻発。4日後に噴火。その後も断続的に噴火活動を続け、翌年5月に終息。
山の裏側にある海沿いに高速道路があり、1年以上、閉鎖になりました。
もっと言えば、太古の昔から火山活動がある山に熊牧場が……ヒグマ60頭を飼育……実は登別にも熊牧場があるんですけど、登別も活火山で硫黄泉が湧く温泉街。道民は温泉とヒグマがセットで親しむ傾向がある、独自の文化ですね。
有珠山は、約20年から30年の周期で噴火しています。前兆なしに突然噴火するわけではなく火山性地震など噴火の前兆が観測できるので、地域住民の方は、火山と共存し、災害に備える暮らしを続けている。
さすが地質遺産として、ユネスコ世界ジオパークに認定されるだけのことはある。
北海道には、もうひとつ、ユネスコ世界ジオパークが存在します。
それが、日高の浦河町。
日曜劇場・ロイヤルファミリーでも知られるヒダカノホシ。
サラブレッドの生産地として知られる場所から東へ30キロ、様似の少し先にアポイ岳がある。
日高山脈は約1300万年前に起きた、2つの大陸プレートの衝突によりできたもので、アポイ岳もそのひとつ。
ここが世界ジオパークだと洞爺湖ビジターセンターに行くまで全く知りませんでした(浦河と様似は毎年鉄道旅で行く場所)海岸沿いの海岸段丘は独特な景観で、いつ行っても変わらないと思ったら、あの景観は海底の裂け目に溜まったまぐまが冷やされて盛り上がり、海の波に削られた天然の岩石。地殻変動により形成された一帯です。
先に起きた北海道・三陸沖後発地震注意情報で聞くようになった「千島海溝」は、えりも岬沖でМ8クラスの巨大地震が80年から100年の周期で起きていることが今回の調べで解りました。
今が、その時 ────
……とは言いませんが<地球が生きてる証拠>を地震が起きる度に改めて感じる。
そんな思いを胸に。ただ、できれば安全に過ごしたい。
地震は、ほんとうにこわい。
緊急地震速報が鳴ってから大きな揺れを感じるまでの時間が、数年前と比較して速くなった。その間に安全の確保や避難をすることができるのは進歩だとして、遠くから聞こえる……あの音……忘れもしない、私の体験談。
2018年9月3日、午前3時過ぎに起きた北海道胆振東部地震。
あの時はまだ子供が小さくて、床に布団を敷いて一緒に寝ていました。深夜、遠くから『何か』不快な音がする。私は俯せで寝る癖があり、布団に耳をあてると床の振動など聞こえる(家族の足音を聞き分けられる)センサーの持ち主。これが聞き取れないと穏便に暮らせないというか、ね……で、モスキート音のような電子音ではなく例えようもない不安が実際の波動となって遠くから押し寄せて来る、違和感。
次第に低周波に建物が反応し、震える。
そして物質が響くような、割れるような音と共に強い揺れが始まってから、緊急地震速報が遅れて鳴る。
物音に目覚めて、まだ事態を把握してない子供を布団に包んで抱えたら、すぐに立ち上がり、部屋のドアを開けて大きな声で家族を呼びました。
「やばいやばいっ何これ!?」
階段から降りて来る子供も布団に包んで、照明の下を避けて座らせ、テレビを押さえたり、ズレ動く家具が子供たちにぶつからないように先んじて庇う。
この瞬間まで地震に対する私の概念は、地面を伝って揺れる波のようなものだった。
でも、大きな声を出さないと物音で掻き消されるような、焦りと恐怖により、冷静になろうとする命の危機が只遭った。
地震の規模を示すマグニチュード6.7
北海道で観測史上初めて震度7を記録した内陸の直下型地震で、全道が停電になった。
これが北海道胆振東部地震
ブラックアウトの始まりでした。
揺れが収まった後、階段のコンセント式人感センサー(充電式)が点灯しているのに、テレビが点かない。
デジタル表示やランプが消えていることから、停電していることに気が付きました。
最初はこの辺りだけかと思ったら外に出てくる人たちが増えて、停電になったこと、水道水が出ない。出してはいけないと先に聞いたので、お風呂の残り湯と常備していた飲料水で過ごすことに。わが家の場合、これが功を奏して後の住宅トラブルを回避することができました。
貴之は職場へ
街周辺の様子も見て来ると、車で出勤。
私は職場や上司と連絡が取れず、何の情報も無いまま、手回しラジオを点けて窓際に置き、目が覚める子供たちをあやしてソファーに並べて寝かせる。
この年、2回目の地域トラブル「またか……」部屋の片づけより、リビングに必要なものを一カ所に集めて、みんなで過ごした。ご近所さんと相談して日中は大人が買い出しに走り、ガスボンベや水などの調達をしながら情報交流を経て、うちだけじゃなくてみんなが困らないよう被災した今だからこそ、できることを見つけるよう努めました。
スマホの充電には限りがある。それは相手も同じこと、最中に「今なにしてるの?」連絡を取り合い、冷蔵庫のものダメになるからうちも鍋だわ~なんて世間話をしたり、炊き出しの情報も教えてもらった。
だから、暗いリビングに悲壮感はなくて小樽で購入したランプを灯せば「キャンプみたい!」子供たちの瞳が輝く。ご飯食べるのもくっついて、順番にやりたいカードゲームで遊んで、夜中の指スマで大笑いした後に、夜の散歩。
いつもより星が綺麗に見える夜でした。
街の灯りが空を照らす。
子どもに言われた「魔女の宅急便みたい」だって。ああ、旅立ちの夜に出会ったあの風景。確かに……ただ、ここ北海道だからね。電波が届かない山の中で見る、星の降る里を知ってる私はどこか懐かしい気持ちになって、普段とは違う夜にはしゃぐ子供たちと手を繋いで家路につく。
震災の翌日、信号機が止まった道路を運転するのは大変だろうに、貴之は仕事の合間に日用品など買ってきてくれた。
朝になったら外に出て、土鍋でご飯を炊く。スーパーで冷凍食品を無料配布していたから解凍して食べてとたくさん貰ったり、大手飲食店が店内の食材で野菜ラーメンを炊き出し、無料配布。温かい物を食べると落ち着きますね。
長いようで短い3日目。まだ世界は元通りではないけど、職場に復帰して最初に感じたこと。
多くの方が被災し、亡くなったことが現実なのだと人々の移動に感じた。
ご葬儀に参列されるであろう人の数が、尋常ではない。一週間ではきかないくらい続きました。後にも先にもあの時だけのことであって欲しい、今はそう思います。
北海道は先週末にかけて冬型の気圧配置で天候が荒れる中、大きな余震。
緊急地震速報が鳴った午後、私は車の運転をしており、揺れを体感しませんでした。胆振地方の震度は大きくて、札幌はそうでもないのかと思ったら会社の上司から安否確認の電話が届く。現在地の状況報告と社内の緊急時における点検カ所の確認、そして除雪の話をしている間も着信やメッセージの通知が次々に表示される。後から聞いた話ですが、エレベーターが止まって15~20分ほど閉じ込められた人が多数いたそうです。地下鉄は止まると社内の電気が消えて再開した後は点検のため遅延する。だから「今、どこにいる」確認を急ぎたいのだと彼に言われた。
私の大丈夫と、彼の基準は大きく違うため、緊急時になると現場を治めるだけで精一杯。彼は脅迫概念の傾向にあり、外的要素によるストレスで不安や拘りが強くなる。そこで特定の行動/仕事に集中して、分散させるそうです。
働くことでストレスを蓄積させる人の方が多いけど、彼の場合、先立って強いストレスがある。
これは生まれながらに備わった性質よりか、成長過程による生活習慣病。幼少期は勉強に、社会に出れば仕事に身を窶すことで、それは誰の目にも正しく、身の内に起こる不安から逃れるための術として、何十年も続けているうちに病が無自覚になっていく。ただ、みんなが大変な時に一点集中して仕事を優先できる自己犠牲は必ず讃えられます。彼はそうして救われているから、私は何も言えないんだけどね。
──── 俺より先に死なないでくれ。
これが条件で一緒になった私たち。
今のところはお約束をちゃんと守っている私は、いい子。
願わくば、人々の暮らしが守られますように。
・
・
・
・
・
この頃、一週間が早くて食事時にテレビ番組を見ていると「あれ?ついこの間も見たような……」これが噂に名高いジャネーの法則。
地球の更年期にも困ったものだけど、私も老化しているのは認める。可愛いおじいちゃんになりたいと希望的観測を家族に伝えると、お年玉は何歳まで貰えるのか問題について追及される。えーっと……くれる人がいたら何歳でも、よろこんで。
というわけで、来年のお年玉の確約されたようです。
でも、元旦から仕事なので忘れた頃に渡すかも?私と貴之は別、しかも貴之はいくら欲しいのか聞いてくるから「言った金額の半分でいいからね」と腕組みプンスコ!上限2万の誓約書でも交わした方がいいのかしら、不安だわ。
まぁ現金は手元にあった方がいいのは、災害時にわかったこと。検討します。
ただ、一切は過ぎてゆきます
いつの間にか ひとりで街を歩けるようになりました
いつの間にか ひとりで喫茶店に入れるようにもなりました
いつの間にか あなたの声を思い出さなくなって
いつの間にか あなたを想って泣くこともなくなりました
あなたがいない世界なんて
あのころは想像もできなかったし
あなたなしで生きるなんて考えもしなかったけれど
案外平気に生きています
きっとあなたも同じなのでしょうね
私がいなくても あなたはあなたを生きている
いいえ きっとあなたは最初から
私なんかいなくても生きていけたでしょうけど
生きてくってことは
ただそれだけで大変ですね
息を吸って吐いて寝て起きて働いて
ぎゅうぎゅう詰めの電車の中
逃れられない日々に守りたい自分などどこにありましょう
ただひとつ 言葉が足りなかったばかりに
ただひとつ 言葉が余計すぎたばかりに
壊さないように壊れないように
大事に大事に守ってきたはずのことでさえ
いともたやすく粉々にして
散乱した破片を見つめては泣くことさえもかなわずに
笑うことしかできないそんな自分を繕う言い訳ばかりを
探しあぐねているような情けない夜
握りつぶせない過去にがんじがらめになって
前にも後ろにも 一歩も進めなくなってしまう
眠れないまま迎えた朝に
いつまでもずっと馴染めないまま
時計の針だけが刻一刻と 時を急いでいる毎日
それでも それでも私たちはきっと
私たちが思うよりもずっとずっと
強く出来ているのだということを
流した涙も受けた傷もそこからあふれ出た真っ赤な血液も
いずれは自然に渇いてかさぶたみたいに
そっと傷口をふさいでくれます
朝 冷たい水で顔を洗い
身支度を整えて今日へと歩き出す
そうやって毎日は過ぎてゆき
そうやって少しずつ記憶は遠ざかってゆきます
忘れることは悲しいことなんかじゃないんだよ
あのころあなたはよくそう云ってくれましたね
あなたの云うように
時は悲しんでる暇もなく
あとからあとから流れてゆきます
立ち止まることも 逆行することも許されないままに
きっとそうやって人は
生きていくものなのでしょうね
元気ですか
あのころ描いていた夢は
まだ追い続けてくれているでしょうか
私はまだ
相変わらずヘタクソな詩を描いています
悲しみはいつまでたっても悲しいままですね
でも その先がちゃんとあるということを
教えてくれたのは たしかにあなただったから
それがなんなのか知りたくて私は
まだ 言葉をいじくり続けています
12月の空はピンと張り詰めたように冷たく澄んで
白く凍えた風が どこからともなく吹きすぎてゆきます
この空を どこかであなたも見ているでしょうか
たぶん見てはいないでしょうね
いまごろはきっと くしゃみを4回していることでしょう
それは風邪ではありません
風の便りです
長々と話してしまいました
くれぐれもお体大切に
どうかお元気で
さようなら
さようなら
日付
皮は皮膚であることさえ忘れて
取り戻すことのできない 流れに浮かぶ流れ
に、ゆれて
1900
𝘶𝘯𝘵𝘪𝘵𝘭𝘦𝘥
........................... ...
https://i.ibb.co/mCMnvhPR/F2045-E37-A3-AB-4-D7-A-834-F-78-D57-DB333-E5.jpg
https://i.ibb.co/vxdjnKT9/DB04289-D-FA7-B-4058-A974-2-FF2393-CD84-D.jpg
羽化登仙
変われなかった 変われなかったんだ さむい 靴下がない 全部わたしがわるいから お願い 怒らないで 羽化は いつもうまくいかない 私が先に蝶になっても、黙っていてね。殻を破って、翅の伸張が終わる夜明けまで 待っていてください。
……
すこしげんきをだすぞ 頭が痛くて やる気が出な、ない。酒をたくさん飲み込んで、どこかに飛んだら病院にいた。また気付いたら家にいた。今から寝ゲロした自分を殺しにいく。そしてトイレや袋にちゃんと吐いた自分を抱きしめる。枕とシーツに吐いてしまって 今からシャワーも浴びなきゃ 荷物もほどいてご飯を食べてお絵描きでもしようか
くそ クソ クソだよ全部 なんで生きてるんだよ 死にたいんだってば 死のうとしてる度に多方面に迷惑かけて嫌われる 無駄に自分の価値と金と時間を消費する。もう殺してください。
もう、もうぼくはひとり土の中は嫌だな。空を綺麗な羽で飛びたい!羽化 しなきゃ そろそろ羽化のじかん。サナギのなかはどろどろしていて、なんだか見覚えがあったな。それではお先に失礼します。
継続
継続
何かずっと継続し続けることは本当に大変
継続することによって苦痛を伴うこともある
人から非難されることもある
継続することによって
納得のいく結果になることもある
継続
「その継続は本当に必要な継続?」
と、自分の心と体に疑問を持つこともある
継続
私が継続しているこの想い
「愛」
この想いは苦痛を伴う想い
辞めようと何度も思った
どんなに想い続けても
どんなに願いを込めても
継続することに意味なんてない…
「結果」が見えているから
継続
「愛する想い」
どんなに苦痛を伴う想いでも
叶わない想いでも
やっぱり愛しているから
あなたを愛することは「継続」していきます
哀しみの心と共に…
北へ
それがどんな色だったかもう忘れてしまったけれど、長靴の底のやけに明るい色を覚えている。アカシは靴底の溝にこびりついた泥なのか血なのかタンパク質の塊なのか、そういうものを手にした割り箸でバケツに落としている。汗で額にこびりつく縮れた髪、唇はがさついていて、口角にはいつも血が凝固していた。
「汚いから外でやりなよ」
「前にそこの窓から手出してやってたら榎本に殴られたよ。サツキは顔、殴られないからいいよな」
傍目にも痛そうな唇を尖らせてアカシは口から隙間風のような口笛をふく。6畳程の部屋には私たちだけではなく、あと二人暮らしていた。が、今も二段ベッドのアカシの下で寝ている安岡さんは片脚を失って動くことができず、化膿していく脚が痛いのか、昼も夜もウンウンと唸り続けていた。もう一人は私たちよりも新しく入った男の子で白井くん。榎本というここの施設長によく無茶なことをさせられては追い詰められたような顔をして、最近では部屋の隅でブツブツと何かを言っていることが多くなった。
「サツキは逃げたいと思わないの?」
「わたし、馬鹿だから迷子になってまたここに戻ってくると思う」
「ちげーねぇ」
アカシはこの施設──そもそもここが何の施設なのかよく知らないけど──に私が来た頃にはもう唇を腫れさせていて、その割にはいつもどこか大丈夫そうな表情を顔に浮かべていた。アカシが最初そんなんだったから怖い場所ではないのかと思ったけど、その日の夜に男3人組の集まりに無理やり連れて行かれて、考えが甘かったことを悟った。強いお酒を飲まされたあと服を脱がされ天井に吊り下げられるように縛られ、お腹を順番に殴られた。誰が一番豪快に吐かせることができるか、と男たちは勝手に盛り上がり始めて、私が血とアルコールの混じった胃液を吐き出したとき男の一人が、フォー、と奇声を上げその場でサッカーのゴールパフォーマンスのように踊っているのをなぜだか今でもはっきり思い出してしまう。
「自分の影を追いかけたらとりあえず北にはいけるべ」
「北って?」
「北は北だろ。北に何があるかはしらんけど」
「寒そう」
「せっかく逃げたのに凍え死んだりしてな」
長靴を下足入れ──とはいえこの部屋には一般的な玄関というものはないので二段になっているベッドの片隅に各々が用意しているのだが──に収めて伸びをする、アカシはところどころ泥や血で汚れていて、仕事の度にお風呂に入ることができる私には、それがなんだかとても不憫なことのように思えた。もうすぐ、榎本が見回りに来る。消灯時間の9時少し前に部屋の明かりを消し、こぼした食事や体液でパリパリになっているタオルを体の上にかけて目を閉じる。白井くんの独り言が聞こえる。けれど、それをどうすることもできない。
「おい、白井。何やってんだお前?」
榎本の声を思い出す度に体に怖気が走る。ところどころ間延びする母音。けれどその割には一切感情が宿っていないように感じる声。だからこのとき聞こえた悲鳴のようなものが榎本の口から発せられた音だとは、最初信じられなかった。明かりがつく。私は部屋の入口に立っている榎本を見て、その後同じ方向を見ていたアカシと目が合う。
「あーあー。これやっちゃったな」
部屋の入口では目の前で白井くんが膝立ちの状態──というよりも髪を掴まれて膝が浮いた状態で、苦しそうなうめき声を挙げながら榎本の方を見ている。いや、見ているのか髪を掴まれた顔が自然とそちらを向いているのかはわからない。榎本の手から白井くんの頭が少しずつ離れていき、やがて彼の頭は床に転がったのに、榎本の手には髪の毛の束がいまだ掴まれている。私は声にならない悲鳴をパリパリのタオルで押し殺した。押し殺しながら、榎本のズボンにシミのような赤い汚れがついているのを見つけ、そのすぐ下にやはり同じように血がついたフォークが転がっているのを見た。今日のご飯はシーチキンだったから、フォークがあんなところにあるはずがない。私がどうでもいい疑問に行ったり来たりと思いを馳せている間に白井くんはそのまま外へと連れて行かれてしまった。
「サツキ、大丈夫か」
いつものアカシとは違う声。その声と同時に安岡さんのウンウン唸る声が聞こえている。いつも聞こえているはずなのに今夜ははっきりと聞こえる。何も答えることができなかった。暫くの間、私は入口に残された髪の毛の束を見つめていた。その間もずっと安岡さんはウンウンと唸っていた。私は、安岡さんが苦しくてそういう声を出しているんだ、と思った。当たり前のことに聞こえるかもしれないけれど、私はその時はじめて安岡さんが苦しんでいることを意識した。アカシ。そう答えようとした矢先に、力任せに扉が開き、床に転がっていたフォークが弾き飛ばされ音を立てて転がった。
「サツキ、アカシ、来い」
私は目配せをすることも怖くて、アカシの顔を見ることができなかった。外に出ると暗闇の中、白熱灯の光に照らされて白井くんが立っていた。粘土で新しく捏ね上げたみたいな目と鼻と口が、腫れている、という言葉に結びつくまでしばらくの時間を要した。後ろ手に結束バンドで縛られた両手は縄で施設を見渡せる電灯の柱にくくりつけられていた。
「今から白井を叛逆の刑に処す」
「サツキは白井の体にこれを塗れ、アカシはコレをかけろ」
私たちは榎本の近くに呼ばれ、私は何か液体が入った大きめのコップ、多分計量カップのようなものと刷毛を渡された。アカシは何かの瓶だったと思う。白熱灯の下で盛り上がった顔から幾粒もの血がこぼれ落ちていた。私は白井くんの体に液体を塗った。それは多分蜂蜜だったと思う。ところどころ赤黒くなって尋常でないほど腫れている白井くんの四肢にそれを塗る度に、彼はぎぃぎぃと鼻の奥の方で強い音を発しながら杭に体を打ち付けながら痙攣した。私はただそれを塗ることに疑問を持たないように頭の中で何度も何度も自分の頭をショベルで叩きつける想像をした。血の混じった鼻水や唾液、胃液、歯、半分溶けたシーチキンが私の膝に落ちた。私は蜂蜜を塗った。
部屋に戻った私たちは安岡さんの唸り声を聞いた。そしてフォークを私の下の階の白井くんのベッドの上に戻した。なぜそうしたのかはわからない。ガチガチ、と煩い音が耳障りだと感じた。今は夏で、寒くもないのに、その音が自分の歯によって立てられている音だと気づいたとき、私はどうやって息をすればいいのかわからなくなっていることに気づいた。アカシが私のベッドの上に駆け寄ったのはなんとなく覚えている。ビニール袋を口に当てられていた気がする。私はそれをされながらシンナーみたいだな、ってここに来るはるか昔のことを思い出していた。
意識が戻ったとき、私の目の前にアカシの顔があって、その顔にはいつもの余裕そうな表情が張り付いていた。私は何度も目をこすって、その表情の何処かにほころびがないか探した。けれどアカシは余裕そうに微笑んでみせた。
「サツキ、逃げよう」
心臓が急な階段を駆け上がったときのように速く打った。そろりと部屋の出入り口のところまできて、ドアが開いているのを見つけていよいよ心臓が止まりそうになった。いつもは外から施錠されているのだ。アカシの顔をもう一度みた。アカシはゆっくりと頷いた。
「まず白井のロープを切る、それから逃げる」
アカシは抑揚のない声でそれを言った。まるで台本を読むような声だった。私は白井くんのベッドに戻ってフォークを拾った。それを体の中心で、両手で握りしめた。
どうあがいても軋むような音を立ててドアが開き、二人は夜のなかに投げ出されるように出ていった。心強いはずの月明かりが今はとても余計なものに感じた。アカシは、私の肩をたたき、私に物陰で待っているように伝えた。白井くんのところにはアカシ一人でいくらしい。私は施設を監視するように立てられた柱にひとり縛られている白井くんを見ることができなかった。私は目を逸らした。白熱灯にぶつかる名も知らぬ虫の音がいつもよりも多いように思えて、私にはそれができなかった。
アカシに言われるがまま私は施設の反対側に回り込み、息を潜めた。思い出したようにアカシにフォークをわたした。アカシは何のことかわからない顔をしたがすぐに理解したようで、私の手からフォークをたしかに掴み取った。アカシが離れてから、私はほとんど息をすることもなく、隠れた茂みの草が揺れるのさえ許されないことのように身を固めていた。同時に、蜂蜜のことを考えていた。なぜ蜂蜜のことを考えているのかわからなかったし、蜂蜜のことを考える自分が許せなかった。けれども私は蜂蜜のことを考えていた。
アカシが戻ってきて首を横に振った。何がどうだめだったのか、それはわからないけれど、白井くんを助けることは出来なかった、その事実だけが私に突きつけられた。私はどうすればいいかわからなかった。その時膝に触れていた草の感覚を今でもなぜか覚えている。アカシが私の手を掴んだ。逃げる。そういうことだと思った。
言葉もなく、私たちは駆け出した。方角は示し合わせたわけでもないけど、私たちの影が伸びる方角だった。──北へ、アカシの言葉を思い出した。月影が北に伸びるのか、それはわからないけれど、私は北へ走った。私が思う北へと走った。心臓の鼓動がどんどんと高まり、普段走り慣れていない足がズキズキと傷んだ。けれど「北へ」その言葉が私の心を占める全てで、鼓動も、痛みも、私とは関係のないことのように思えた。北へ。私は私の影を追いかけた。北へ。アカシは思ったよりもずっと早く私のところに戻ってきた。いやそんなことどうでもいい。北へ。ただ北へ走ることがこのときの私の全てだった。北へ。ただひたすら北へ。はるか北のどこかで吹雪に閉じ込められて凍りついた集落のことを思い浮かべた。北で、遠い北のどこかで、すべてのものが凍りつくのではないか、と。血も、胃液も、鼻水も。全て凍りつく北。北へ。膿も、傷も、叫び声も、痛みも、蜂蜜も、うめき声も、性、性も、すべて、すべて。
CWS出版とかいう怪しすぎる投稿サイトが初めて出版した本と認識される物体のコピーデータ LOVELESS JAPON(Kindle版)を読んだ感情
読者を実験に巻き込もうとしている。いや、読者自身に自分の中で実験をさせようとしているようにも見える。
繰り返すことで記憶は濃くなるのか、薄くなるのか。繰り返すことに意味を見いだしているのなら、思い出も感情も積み上げられていき、興味の強さに圧縮され、より濃度を増した記憶になるだろう。子供の頃の記憶のように。では、繰り返すという行為に意味を見いだせなければどうか? この行為が所詮同じ事の繰り返しに過ぎないのだと自分自身を納得させてしまえば、自分で作り出した理屈を証明するために、繰り返される毎日から差異を払い、変化を嫌い、同じものしか重ねられなくなり、今が昨日か明日なのかもわからなくなる。老いるかのように。
繰り返される文章を読んだ。
自分の頭の中で繰り返し処理されていく文章を、自身の感情が観察していく。そんな実験をさせられた。
その実験に意味はあったのか? それとも無意味だったのか?
誰に尋ねているのだろう。全くもって、おかしな質問だと思う。意味を持たせるのはこちら側の裁量だというのに。
生きることは上書きである。最初は濃かったはずの記憶も次第に薄まり、それでも生きていかなければいけない人間たちは、日々のちょっとした違いに感動し、悲しみ楽しみ、心を躍らせられる生き物
であったはずだ。そうした表現を味わってきたはずだ。
だが、欲望が膨れ上がり続ける時代にそれは難しい。世界は新しいモノが生まれ続けている。世界が変わろうとも、生き物の個体の本質は上書きでしかない。命は有限である。年齢が進むにつれて情報量が増えていき、体験は全てが上書きでなければ容量が足りなくなり、差異を削り落としながら見聞きしてきた記憶を改変し、捨て去り、抱えられる量だけを抱えて、ようやく生きていける。それが命の本質、いや、限界なのだろう。
それなのに、外を見れば明るくて楽しそう。
音が聞こえる。光が明滅している。声が絡み合い、行き交っている。実に楽しそうだ。
と思っていた。
次第に、新しい物が生まれ続ける世界に慣れていき、自分の中で抱えきれない世界の変化を差異と捉えるようになる。変化すること自体が当たり前になってきたのだ。何か新しい物に触れたとき、新しい物が生まれたとき、それは昨日起きた変化の模倣だと、いつか見た進化と同じカテゴリーでしかないのだと、思い込むことで自己の崩壊を防いでいる。
強烈な変化でさえ慣れてしまう人間たちが、いまさら、わずかな言葉の違いに、感情が動くなんて事があるだろうか?
いや、感情が動くことでさえ日々の繰り返しだと、そう他人達は認識していないだろうか。
あの明るくて楽しげな世界を生きる他人達は、変化に慣れすぎて、進化を当たり前だと感じていて、自分一人が生み出す変化程度では何も感じてくれないのではないだろうか?
この疑問は絶対に壊せない。解けることはない。
だから、物書きは思うのだ。
無意味だと。
恐れでしかあるまいよ。
小説に書かれていること程度であれば体験できる世の中になった。映像でも音でも再現できるようになった。もはや空想に頼る必要はなくなったのだ。詩で味わえることは、いつかどこかで味わった感情のレプリカでしかないことに気が付いたのだ。わざわざ文字で追体験しなくとも、記録媒体から直接復元できる世の中になったのだ。
文章を読む事で、自分の中に新しい知見を得て、噛み砕き消化するプロセスを高尚だとする世の中はすでにない。時間の価値が金銭よりも高価なのだと気が付いた人間は、面倒なことは無駄そのものだと気が付いたのだ。賢くなった。
周りが気が付き始めていることに、自分が気が付いた。そして、自分のしていることが無意味で無価値、無生産性だと恐れるようになった。
それでも書き続けなければいけない。なぜならば、それが自分だからだ。
だからこそ、書くことを否定されれば反論する。書く無意味さを説かれたら、それは貴方が勝手に思っていることで、わたしが思っていることとは違う。誤解なのだと、声を張り続けながら書き続けるのだ。特に理由を見いだせないまま、繰り返すことで報われるのだと自分自身に言い続けながら。
実験を思考し、実験を繰り返し、実験を観察し、実験結果を発表し、それらの工程を分析をしてみたところで世界に変化を起こせていないから、結論を単独嗜好だと評する。
この実験は楽しかったが無意味だった。
それは、大いなる他人に対する恐れだ。
小説も詩も、読者側が近づかなければ楽しめない趣味。読み手が作品に近づき、読み込んでくれることで、初めて有意義な価値が生まれる。
作った物を相手に手渡すだけでは終わらないのだろう。白と黒の画面を黙って眺めているだけでは何も楽しいことは無いのだから。
無意味にしているのは結局、自分自身でしかない。作った人間が『これは無意味だ』と言ってしまえば、この時点で読者は決定的な答えを得てしまうのだ。価値が決まる。
小説とは読者の価値観を騙すことに他ならないというのに。持論。
自分自身に問うてみれば、世の中は全て無意味だ。人間が生きるだけなら、こんなに物も情報も価値もいらない。もし、誰も彼もがそんな風に悟ってしまったのなら、人間の社会が終わることを人間は本能的に知っているのだ。人間社会を終わらせないためにも人間であるわたし達は考えることをやめないのだろう。
無意味な世の中に意味を見いだすことで、わたし達は長い、長い時間を生き抜いてきた。長い時間を生き延びるために、わたし達は知恵を絞って、世の中の全てに価値を生み出してきた。
そんなわたし達が、今さら無意味にビビるのか?
随分と。
実験しやすい世の中になった。
誰もが実験できて自由に発表できる。そして、実験の結果をどんな相手にも届けられるようになった。
そして、個人が独自の価値観を表せるようになった。次第に明かされてゆく一人一人の趣味嗜好。自分は1億分の1しか存在しない特殊な好みを持つ人間なのか? そんな事は無いだろう。価値を見いだす人は必ず居る。少なからず居る。
ならば、出来ることは無限であれ。無ければ自分で生み出せばいいし、増やしたければ作れば良い、求めればいい。与えられることを諦めればいい。
自分自身を律することと自分に枷を嵌めることは全く違う。手を伸ばす。
考え続けるべきだ。答えを得ることが芸術では無いのだから。好みは人の数だけあれど、唯一無二などありはしない。価値を認めてくれる者が見当たらないのであればもっと高みを求めればいい。もっと広く、見聞きすればいい。自分の腕で騙せる人間はもっと多く居るはずだ。
試験管の中にいるとしよう。
ならば何が出来る?
底が丸ければ何ができる?
口が開いていれば何ができる?
透明であれば何ができる?
硝子であれば何ができる?
目は、口は、耳は、鼻は、肌は、体は、骨は、血液は、空気は、他人は、誰は、己は、この世界にとって何ができる?
答えを探すだけが答えでは無い。なぜなら命がまだあるのだから。
読むがいいよ。
これが無意味だと言われる文学作品に対するコメントだ。
このサイトは何なんだ。
聞かれたが、わたしは明確な答えを持っていない。
それでも、もし何かしらを答えるのならば、このサイトは改革を起こす震源地とでも答えるだろう。
もしも、改革とは何なのか?
と問う者が居たら、わたしはその者の頭に砕いたポテトチップスを振りかけることこの上ない。
改革が何か知っていたら、わたしのコメントは1行で済んでいる。
ちとせもり の みちしるべ(ジャンル別一覧ページに飛びます)
うぇ🫠今日はたくさん頭を使ったので一旦リセット
サーマニ ユーマニ ホログラムノ蟹
チョーカノ キョーカニ ソトヅケオオタニ
ノーラリ クーラリ テトラノスキマニ
ウマレタ ウマレタ 潤メイト
ミドリの一生
ミドリの家は
海岸から遠く離れた
静かな場所にある
ミドリが街にやって来るのは
数週間に一度だ
あとは海岸でふわふわしているか
家のどこかを修理している
ミドリの夫は他界していて
時々訪ねてくるアカムラサキ以外は
誰も家にはやって来ない
アカムラサキは海岸でゆらゆらしたり
家の修理を手伝ってくれる
金魚鉢が割れた時は
壁に水草の絵を描いてくれた
ブレイクファーストと称し
豆を皿いっぱいに盛ってくれる
外は広い
街は複雑だ
ミドリは金魚を飼っていなかった
豆はきれいに残さず食べた
海岸と家のちょうど真ん中あたりに
夫の骨のカケラを埋めた
光がまぶしく反射する
ミドリはこうして生きている
家はどこかが 壊れ続けている
花緒著 LOVELESS JAPONを読んでみた。
木曜日には届いたのだけれども、出張でやっと今、土曜日夕方、読むことができた。
届いたと書いている通り、電子版が安いのだが、記念すべきCWS出版の第一弾であり、もしかしたら50年後にお宝になるかもしれないという淡い期待も込めて実物を日本の円で購入した。TABUSEコインはいまだ発行されていないので仕方がない。
導入が長いので本の内容を書きたいのではあるが、既にグリフィス氏が推薦文を、千才森氏が批評•論考を書かれている。
そしてわたしが何をいったい書けるのか、と言うと、うん、なんだろう。
少なくとも、全部読んだ。訳が分からない程に繰り返される、が、何か変わっている様な変わっていない様な、変わったとして本当にどこか取り替わったのか、変わった様に感じているだけなのか、変わったことで何か意味があるのか。等と思い読んだ。とりあえず1回めだ。
ほらでてきた "意味"
意味なんて、どんなダイナミックな自然現象でも、繊細な自然の構造でも、人が見て意味が生じるんでしょと普段から言っているのは他ならぬわたし自身だ。
ではこの奇っ怪な文章の繰り返しに意味はあるのか、では無く読んでどんな意味をもったか、でいいのか。
明らかに変わってい行くのは実験だ。
しかし実験に意味はあったのかと言うと無意味なのだ。
実験は無意味でも読者にとって感情が何か動いたのなら、実験は成功なのかもしれない。
不快と不愉快はちょっと違うとわたしは思う
この作品は不快に感じる人も当然いよう。
ただわたしは、不愉快ではなかったのだ。
そしてわたしにも不愉快なものはあるのだ。
この作品は今の所 "訳が分からないよ"
だが、現物が手元にあるのだ。
明日もまた読むのだろう。
きっと。
きんだいし
あの黎刻を覚えている
最高光度の藍が
うっすらと薄れ
星が見えなくなった日のことを
「やっぱり嫌だな、君の詩」
イヤホンの右は君の右耳に
そっと共有していて
その口から響く
慈愛的アルカリ性の声
僕の耳に添えられた
イヤホンの左からは
どこか滲んだ酸っぱさが
耳に馴染む、君の友の歌声
どうしてとは問わなかった
僕の声はずっと
昔から塞がれてたから
悲しくなるほどの
その君の澄んだ声が
ゆっくりと
僕の心に溶け込んでいく
「君の詩は近代にして
魚の棲めないほど澄んだ
そんな明治の詩でしかない
どこまでも
どうしようもないほど
明治の詩なんだよ」
バスは静かに揺れる
この世界のゆりかごの
そのすべての代用のために
心臓性の絡繰仕掛けの
歌声が左耳から響き
「どこまでも澄んだ空を
すうっと冷たい、暖かい星を
そうやって掴もうとする君の
その詩は、その足もとを見もしない」
ぎゅっと僕の手が掴まれた
こっちを見もせずに
「どれほど踏みにじってるなんて、気にもしない」
バスは雲のそのあわいに入っていく
山を優しく包むそれは
灯りをいずれ失う僕の
その未来のための
柔らかい予告だったのだろうか
「ねえ、君の詩は皆を殺すんだよ
正確に言えば、君の詩風が世界を包んだときにね
君はそれを願うけど、だめだよ
タヒさんも、香織さんも、ねじめさんとやらも
皆が生きられなくなるから
君のその金属製の共感と暖かさ
せっかくのりこさんが殺そうとしたのに
無駄死にだったね、あの人」
……歌声が遠ざかる
過去を喰らい
海に化けて
それでも人を気取らんと
足掻く人の人たるゆえを
魂を刺すほど謳った君の友の
その痛みの子供性の歌声が
「君が殺しちゃうんだよ」
そう言いながら
優しくイヤホンの左を外し
それから小さなグラス瓶の
さみしき透明の琴花酒を
そっと口に含む前に
「乾杯、君の未来完了形の虐殺に」
僕は逃げられなかった
ぎゅっと肩を掴む
彼女の華奢な手からも
唾涎性の液が混ざり込む
濁り澄んだ琴花酒からも
そのしめやかな温度を絡ませる
くねりと滑る舌からも
「美味しかった?」
こくり
そして、こくり
そう頷いた
あるいは頷くしかなかったあと
白い靄に覆われ
一つの街灯が灯る
木組みの停車場で
バスはゆっくりと止まった
それからドアが開いて
身のすくむほどの
冷気がすっと入り込み
ポツリと呟く君が去る
「近代の、”し”」
ピシャリとドアは閉まり
ただ一人僕を残しながら
あいもかわらずバスは
ゆりかごのように揺れ始め
右の車窓も
左の車窓も
ただ雲の中
いっちもさっちもわからなくて
あんなに雲を目指して
坂を上がって上がって
上がりきったというのに
進むしかなくなったのは、下り坂
欅
イルミネーションとあなた 時間が止まるのが見えた
いきいきて
行列は進む
皆前だけを見つめ
道から外れたところで見守る私を
手招きしてくれる人もいない
途切れない行進
彼岸と此岸の国境を目指している
私のうしろに広がる家々のどこかで
かなしげな犬の遠吠えだけが聞こえる
生きているものは哭く
しあわせになれないから
でも誰かに踏まれた雑草だって
生きるためにもがいている
沈みかけている太陽は
彼らのたどり着く場所の目印
そこには彼らが安らかに眠れる
しとねがある
しあわせがある
私は行列から背を向けた
まともな寝床を探すために
生きている限り
しあわせになれないのに
しあわせを探すのが
生きているためだから
やさしい寝床を探す旅だから
喪われた面影を振りきって
闇雲に叫びながら走った