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2021/01/01 12:00:00

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「」

 亮のちんちんがなくなった。「ぼんっ」と煙を立てて消えたなら、江里もすぐに気づいただろう。しかし特に音も無く、亮がゴムを取ろうと目を離した隙に、擬音をつけるならば「ぱっ」と、いや、「ぽろっ」と、そう、ちんちんに相応しく、ぽろっと消えた。

 亮が「え」と言ったので、江里は亮に目を向ける。壁に立て掛けた枕に頭を預ける江里からは、亮の股間の辺りはちょうど紺のペイズリー柄のタオルケットの陰になっていて、何が起きたか分からなかった。しかしゴムの封を切る構えのまま股間を見つめて固まる亮を見て、これはちんちんに何かあったな、と。まあ萎えたのだろう、と思った。

 しかし亮が「え、……え?」と、何秒経ったかは分からないが、中折れの常習犯らしからぬ動揺を見せるため、流石の江里も身体を起こす。そして亮の視線の先を捉えると、「え」と、先ほどの亮に似た声が漏れる。
「え、なに、挟んだ?」
 江里は“挟んで切断したのか”のつもりで聞いた。
「違う挟んでない、ほら、」
 亮は“脚の間で挟んで隠しているのか”と聞かれたと思い、あぐらの形で脚を広げる。
江里は亮が質問を勘違いしたことに笑いそうになったが、そんな場合ではない衝撃的な光景が広がっている。
亮のヘソがあって、陰毛があって、そこから次のパーツは尻の穴である。そこまで何も無い。男性器というのは言われてみれば女性器よりも前方にあるなと、陰毛から下を眺めた江里はふと思う。ちんちんがあったとしても、ちんちんから尻までの距離は遠すぎやしないだろうか?なんだろうこのぽっかりとした空欄は。江里は人体において最も無駄なものは男性の乳首だと決めつけていたが、今回のことで考えを改めた。

「あんま見ないで……」
 亮から悲痛な声が漏れる。江里に繁々と眺められて、亮は2年前から通っていた医療脱毛を悔いた。肌が弱く、とくに夏場は蒸れて痒くなると当時の彼女に相談し、今も月5,000円のローン支払いが続くvio脱毛。vラインはちょっと整えて、ioは思い切ってツルツルにしたvio脱毛。まさかちんちんが無くなるとこんなに間抜けになるなんて。いや、まさかちんちんが無くなるなんて。

「痛みとかは?」
 突然江里が顔を上げて尋ねる。黒だと思っていた江里の瞳は、オレンジの間接照明を受けるとアイスコーヒーのように茶色く透けるらしい、と亮もまた新たな気づきを得るが、感動している場合ではない。

「いや、無い。何か、何も無い感じ」
 そっかあ、と言いながら江里はさらに亮の股間との距離を詰める。江里のひんやりとした指先が亮の太ももの付け根に添えられ、亮は勃たないように、と咄嗟に身構えるが、そうだ、無いんだった、と悲しくなる。

「これ何科?」
 亮は縋るように尋ねる。
「整形外科じゃないかな」
 江里は亮の脚を持ち上げながら答える。なるほど亮は【消えた】ことに混乱しているが、江里は【取れた】と認識しているようだ。確かに【消えた】よりも【取れた】の方が現実的だと亮も思う。ペイズリー柄のタオルケットをバサバサと広げ始めた江里を見て、本当に呑気なものだが、亮は改めて江里を「好きだなあ」と思う。この人の、リアリストと言うか、それでいて好奇心旺盛と言うか、そんなところが気に入って、ヤリ目マッチングアプリでのワンナイトから本命猛アプローチまで漕ぎつけた自分の選択は間違っていないと確信する。

 シーツの隙間、マットレスの裏、玉だけ転がったのでは?とベッドの下まで、江里による懸命な捜索も虚しく、ちんちんは見つからない。時刻は午前4時を回る。終電を逃したと転がり込んできた江里の突然の来訪に、そわそわしながらとっておきのカニの缶詰で出迎えた3時間前に戻りたい、と亮は思う。
カーテンの隙間から青色が漏れ始める。都会の朝と夜は白の前後に青がある。高い建物と建物の間で短波長の光が云々、と、半年前の初めてのワンナイトの後、駅に向かいながら聞いた江里の自説を亮は思い出す。

「見つかんない……」
 窓の方を見ながら固まってしまった亮を横目に、江里は必死になってちんちんを探す。黒と紺で統一されたモデルルームのような部屋、飲みながら流す特に好きでもなさそうな流行りのアーティストの曲、両親は確か教員で、無難に経営学部を出て無難に上場企業に勤める亮。そんな亮にとって、ヤリ目と名高いマッチングアプリの、しかも有料会員であることは、数少ないハメ外しで人生の楽しみのはずだと江里は思う。それならば、あのちんちんはとても大切なものだと確信を持って、酒の抜け切らない頭を必死に回す。
血も出てないし、切れた部分は見つかってないけれど、そうだ、これは緊急事態だ。ここから歩いて10分くらいの距離に総合病院がある。そこならこの時間でも救急だか、夜間診療だか、受け付けているかもしれない。

「亮くん、病院行こう。服着て」
 白くなってきたカーテンの隙間をまだ見つめている亮に、江里は声をかける。
守るものも無いけれど、とりあえずパンツを履いて、スウェットを履いて、洗濯してあるTシャツあったっけ、とスチールラックのカラーボックスを引き出したところで、亮はあることに気がつく。何か、何とは言えないが、何かがしっくりくる。股間を鷲掴む。ある。ちんちんがある。

 せっかく履いたスウェットを脱ぎだす亮を、玄関前で半ばイライラしながら眺める江里に向かって、亮はパンツを下ろして見せる。
「あるよね!? おれの、ついてるよね!?」
 朝4時、RC造のマンション、普段の亮からは想像もつかない大声。
「え、ある! うわ、何、どうやったの!?」
 同じく声を張り上げて江里も応える。嬉しさよりも何がどうなったのかを知りたかったが、それは何だか場違いな気がして、喜んでいるふりに徹する。

 夏らしい青空と、ヤマバトの間抜けな鳴き声。寝癖をお団子ヘアで誤魔化して、亮の日焼け止めを無遠慮に塗りたくりながら、
「パンツの中は探さなかったなあ」よかったあ、と本当に嬉しそうに呟く江里と、その瞳が明るくなった空を燦々と照り返すのを見て、このあとは駅に送るふりをして、駅前のカフェのモーニングに誘導しよう、二人でアイスコーヒーを飲もう、と亮は決意する。

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白鳥          (訳詩 by F.S. フリント)

百合の落とす影の下
ハリエニシダとリラが
水へと垂らす
金と
青と藤の色の下
魚は群がり揺れ動く

緑の冷え冷えとした葉の上
さざ波の立つ銀の色
首と嘴の
色褪せた銅の色の上
アーチの下の
深くて真っ黒な水に向かって
白鳥はゆっくりと進む

アーチの暗がりの中へと白鳥は進み
私の悲しみの黒ずんだ奥処へと
白鳥は炎の白薔薇一輪を掲げるのだ






※イマジズムは「詩は絵画的であれ」と唱えた。この詩はまさに絵画的で、私はとても美しいと思った。第一連は、水(湖なのか)とその下に魚が群がって泳ぐ様子。第二連は、水面に映った白鳥の描写に始まり、その白鳥がアーチの下にある黒々とした水の方へと泳ぐ様子。巧みに描かれていると思う。第三連では、詩人の悲しみがアーチの下の薄暗がりに重ね合わされるが、そこに白鳥が炎のような白薔薇を一輪運んでくるというのが何を表すのかは、読者の想像にゆだねられよう。



    The Swan

Under the lily shadow
and the gold
and the blue and mauve
that the whin and the lilac
pour down on the water,
the fishes quiver.

Over the green cold leaves
and the rippled silver
and the tarnished copper
of its neck and beak,
toward the deep black water
beneath the arches,
the swan floats slowly.

Into the dark of the arch the swan floats
and into the black depth of my sorrow
it bears a white rose of flame.

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 2

届いた声 聞こえる声

29MHz帯のノイズの
波間に浮き沈みする流木の様に
かすかに見える、8エリア

JA8···こち·····室蘭
途切れ途切れの声だけど
わたしの小さなホイップアンテナは捉えてくれた

フェージング無線伝播の荒波
わたしのホイップアンテナから飛び出す
20Wに乗せたわたしの声は
荒波の間に 沈んでゆく

それでも室蘭局は
一瞬は取ってくれた
かすかに聞こえる
2エリア呼びましたか の応答の声

交信は未成立でもそれでもいい
わたしの電波が 電離層で反射して
室蘭局の電波が 電離層で反射して
わたしの耳は 確かに聞いた

聞いたんだ  よ

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涼風一陣 ーー 川柳十二句 ーー

涼風一陣 ―― 川柳十二句 ――


笛地静恵



葡萄酒の銀化の銀の銀の波



万緑や人生論の種へ水



草原のトノサマバッ  タ  ワープ1







大徳寺納豆ひねる句をつまむ



柱の傷はおととしのざしき童子の背いの丈



雪渓やカラズラスまでは九人







血沸き肉躍るたこ焼き屋前



鉢巻のママの首から汗の珠



汗だくの酒屋の店主まず水を







生ビールジョッキの沼へ身を投げる



だから夜明けに鴨南蛮は打たれ



浮かぶ背があれば沈む背がある背間






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痛くないピストル

痛くないピストルは、水爆以来の傑作発明品
打った瞬間ピストルが体を貫通し、そこに痛みは全くないと言う
打った人間、打たれた人間の痛み
両方ないと、両方いい
自分でトドメを刺す積極性も省け
受け身の人間には尚、丁度いい
ピッと打てば、チュンと貫通し
スンと倒れて、ビクとも動かない
効果抜群 残忍性皆無
受け身で生きてきた人間が被害者として生を終えるのに
これほど、相応しいアイテムはない
科学者に良心なく、全ての思考実験は人類が存続する限り
実行される
痛くないピストルは、六十年代のミニスカートのように
いつか流行されるであろう
生きるべきか? 死ぬべきか?
という陳腐な哲学を、添え物にして

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詩は雷に慌てる(詩はあるくXIII)


梅雨も開けた
蒸し暑い青空
早くも夏バテな午前中

午後になったら
遠くでゴロゴロ
変な風が吹いている

ひゅうひゅう雲が青黒く
ちょっとひんやり変な風
詩はそろりとと起き上がる

詩がカーテンをめくったその瞬間
ぴかりどかんと天の咆哮
詩はノートから転がり落ちた

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 4

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悠久の星霜 九條彦火の懸念

あらすじ)
九條家当主、九條彦火が一族の呪いを解くために時代を超えて宿敵と戦う物語

op曲
悠久の愛の歌
(Verse 1)
見上げし夜空に 君の面影を追う
瞬く光の海ほど 魂は巡り逢う
幾億の時の淵を 渡りし輝きよ
今、この刹那に 結ばれし奇跡
(Pre-Chorus)
遥かなる記憶の 彼方に紡ぎし夢
名もなき面影に 心揺らすは
定めし巡り逢う 必然の絆
天の理(ことわり)が 運命を織りなす
(Chorus)
銀河を越え 時の流れを超えても
この愛は 永遠を奏でる調べ
宇宙(そら)の果てまで 想い届かば
君とひとつに ならん 煌めきとなりて
(Verse 2)
闇夜の悲しみも 朝の歓びも
君が傍らにあれば こそ強くなれる
迷いし日々に 瞳を閉じれば
そこに咲く 君の微笑み
君を忘れはしない
(Pre-Chorus)
雨粒の調べが 心に降りて
静かに響くは 変わらぬ温もり
きっと、探し求めていた 唯一の灯火
我らの道を示す 導きの星よ
(Chorus)
銀河を越え 時の流れを超えても
この愛は 永遠を奏でる調べ
宇宙(そら)の果てまで 想い届かば
君とひとつに ならん 煌めきとなりて
(Bridge)
たとえこの身が 塵と帰しようとも
魂は君を 忘れはせぬだろう
生まれ変わるたび また巡り逢う
僕はあなたに会いたいだけ
それが我らの 誓いの証ゆえ
(Chorus)
銀河を越え 時の流れを超えても
この愛は 永遠を奏でる調べ
宇宙(そら)の果てまで 想い届かば
君とひとつに ならん 煌めきとなりて
(Outro)
永遠に煌めく 二つの星よ
愛は天の彼方へ
永久(とわ)に… 永久に…

—————————————————-


第一章:呪われし血筋の胎動
古の時代より、九條家は深き闇に囚われていました。宿敵から受けた呪いは、ただ血筋を蝕むだけでなく、子孫に代々受け継がれる業となり、異形からの容赦ない襲撃を招いていたのです。その呪いは、九條の血が濃くなるほどに強まり、一族の存続は風前の灯火となっていました。歴代の当主たちは抗い続けましたが、いずれも呪いの根源を断つことはできず、ただ滅びゆく運命を受け入れるしかありませんでした。しかし、当代の当主、九條彦火(くじょう ひこび)は、その運命を打ち破るべく、禁断の覚悟を胸に秘めていました。

第二章:漆黒の神獣との邂逅
彦火の決断は、前代未聞の禁忌でした。それは、三千世界に無敵と謳われる漆黒の神獣を捕らえること。伝説の神獣が棲むとされる秘境の奥深く、彦火は単身で分け入り、その威容に圧倒されながらも、秘伝の「落魂の計略」を仕掛けました。計略は成功し、天地を揺るがす咆哮と共に、漆黒の神獣は地上に引きずり下ろされました。その巨体は山をも凌駕し、その表皮は漆黒の鋼のようでした。しかし、彦火は恐れることなく、その神獣の心臓部へ代々伝わる聖なる刃を突き立てます。神獣の咆哮は苦悶の叫びへと変わり、その身から膨大な霊力が放出されました。

第三章:人化の術、神獣の伴侶
捕らえた漆黒の神獣に対し、彦火は九條家に伝わるもう一つの秘術、「人化の術」を施しました。術が発動すると、漆黒の神獣の巨体が光の粒子となって崩れ落ち、やがてその光の中から、息をのむほどに美しい人間の女性が姿を現しました。彼女の瞳は神獣の力を宿した深淵の闇を湛え、肌は雪のように白く、漆黒の髪が夜空のように広がっていました。彦火は、かくして人間となった神獣を妻とし、彼女との間に子をもうけました。その子を器とし、自らが輪廻を巡りながら宿敵を討ち、九條家を苦しめる永劫の呪いを解き放つという、壮絶な決意を胸に秘めたのです。

第四章:聖なる刃と神秘の欠片の誓い
九條家にかかった途方もない呪いを完全に解き放つためには、宿敵がその力を分かち持ち、世界中に散らばらせた12に分割された神秘の欠片をすべて集める必要がありました。これらの欠片は宿敵の力の源であり、呪いの楔でもありました。その途方もない使命を前に、彦火は己の身に宿る神獣の因子、そして九條家代々伝わる神秘の聖なる刃に秘められた古き力を信じました。さらに、妻である神獣の子が持つ、輪廻転生を可能にする神秘の力を唯一の希望としたのです。九條家の悲願を成就させるため、彦火は果てしなく長く、そして過酷な戦いの旅路へと踏み出しました。それは、幾世紀にもわたる血と魂の戦いの始まりでした。宿敵たちは名を偽り、人知れず世に潜んでいましたが、聖なる刃から放たれる唯一無二の印のみが、その隠された居場所を突き止める唯一の術でした。

第五章:水神の覚醒と水滴の力
長い旅の始まりに、彦火は妻である神獣の属性が水神へと変化したことに気づきます。それは、妻の血を引く子が持つ神獣の因子が、彦火自身の輪廻転生を通じてより強固な形を取った結果でした。これにより、妻は水神が司る「雨」の権限を完全に掌握しました。それは単なる天候を操る力ではありません。「雨」は万物を潤し、清め、そして時には激流となってすべてを洗い流す、根源的な生命と破壊の力でした。この新たな力を、彦火は自身の聖なる刃の能力と融合させます。驚くべきことに、雨粒一つ一つに宿敵の位置を感知する力を与えることに成功したのです。宿敵が雨粒にふれた瞬間にその位置を把握する事が出来るようになりました。雨は彦火にとって、もはやただの自然現象ではありません。それは彼の意思を宿し、敵を追い詰める「追跡の眼」へと変貌しました。

第六章:平安の闇、妖狐の策謀
輪廻を巡る彦火の旅は、日本の歴史が大きく動いていた平安の世から始まりました。彼は貴族の若者として転生し、都の雅やかな裏に潜む闇を感じ取っていました。雨がしとしとと降る夜、聖なる刃の印が妖しく光り、雨粒が特定の方向へ流れを変えました。その先には、朝廷の高位の公家がいました。しかし、その実体は、人を惑わし、魂を食らう強大な妖力を持つ妖狐の化け物に取り憑かれた姿でした。妖狐は公家の姿を借りて権勢を振るい、その狡猾な策謀で人心を操り、都に混乱と破滅をもたらしていました。彼の妖術は、人の心を惑わし、幻を見せることで敵を内側から崩壊させるものでした。

第七章:対妖狐、神獣因子の覚醒
妖狐の妖力は彦火の想像を遥かに超えていました。彼の幻術は彦火の精神を蝕み、愛する妻や子の幻影を見せて惑わせます。彦火は幾度となく窮地に陥り、心が折れそうになります。妖狐の笑い声が都に響き渡る中、彦火は聖なる刃を握りしめ、最後の力を振り絞りました。死の淵を彷徨うような激闘の中、彦火は自身の血肉の奥底に秘められた神獣の因子を覚醒させます。その瞬間、彦火の瞳は金色に輝き、全身から圧倒的な霊気が噴出しました。その絶大な力が聖なる刃に宿ると、彼の刃は光の軌跡を描き、妖狐の幻術を打ち破ったのです。一刀のもとに妖狐を切り裂き、その邪悪な支配を打ち砕きました。妖狐の断末魔が響き渡るとともに、赤く禍々しく輝く神秘の欠片が姿を現します。彦火はついに、一つ目の欠片を手に入れたのでした。

第八章:戦国の狂気、鬼武者の怨念
一つ目の欠片を手に入れた彦火は、再び輪廻の彼方へと転生します。次に彼が辿り着いたのは、血と硝煙が渦巻く戦国時代。彼は無名の若き武士として生まれ落ちました。降りしきる雨の中、聖なる刃の印が強く光り、雨粒が特定の城へと向かいます。その城主こそが、次の宿敵である鬼武者でした。その武将は、幾多の戦で魂を吸い尽くされた怨念が乗り移ったかのようであり、人の心を持たぬ残虐さで知られていました。彼は圧倒的な膂力と、人を死に誘う邪悪な気を放ち、多くの兵士を洗脳して操り、彦火の行く手を阻みました。彼の鎧は血に染まり、振るう大刀は怨嗟の叫びを上げていました。

第九章:対鬼武者、刀剣の舞
鬼武者との戦いは、まさに力と力のぶつかり合いでした。鬼武者の大刀が振るわれるたび、大地が揺れ、空気が震えます。彦火は自身の剣技を極限まで高め、神獣の因子を宿した聖なる刃でその猛攻を受け流します。鬼武者の放つ邪悪な気が彦火の精神に圧し掛かりますが、彼は決して屈しませんでした。刀と刀が激しく火花を散らし、二人の間には嵐のような衝撃波が走ります。彦火は鬼武者の攻撃の隙を縫い、その血に染まった鎧の隙間を狙い、聖なる刃を深々と突き刺しました。鬼武者の肉体が砕け散り、黒い煙が立ち上ると、その中心から二つ目の欠片が姿を現しました。

第十章:夜の支配者、吸血貴族の誘惑
時代は流れ、彦火は遥か異国の地、中世ヨーロッパへと転生しました。彼は市井の若者として、夜の闇に潜む異質な気配を察知しました。降り注ぐ雨が、遠く古城へと導きます。その古城に住まうのが、次の宿敵である吸血貴族でした。彼は不死の肉体と、その美貌で人々を魅了し、奴隷のように支配していました。夜な夜な人々の血を啜り、その命を糧とすることで、彼は絶大な力を増していました。彼の館には、生気を吸い取られた人々が無数に存在し、その存在そのものが恐怖の象徴でした。

第十一章:対吸血貴族、陽光の一撃
吸血貴族の魅了の術は強力で、彦火の周囲の人々も次々と彼の虜になっていきます。彦火は己の精神を保ちつつ、夜の闇に紛れて貴族の城に潜入しました。貴族は夜を支配する存在であり、日光に弱いという弱点がありました。彦火は機転を利かせ、城の巨大なステンドグラスを破壊し、夜明け前のわずかな陽光を城内に差し込ませます。陽光を浴びた貴族は苦悶の叫びを上げ、その肉体が焦げ付いていく。彦火はその隙を逃さず、聖なる刃に神獣の力を集中させ、太陽の光を凝縮した一撃を貴族の心臓に突き立てました。貴族は塵となって崩れ落ち、その灰の中から三つ目の欠片が輝きを放ちました。

第十二章:江戸の影、傀儡師の糸
彦火は再び日本へと転生しました。舞台は華やかながらも陰謀が渦巻く江戸時代。彼は裏社会の情報を探る浪人として身を隠しました。小雨が降る夜、聖なる刃の印が微かに光り、雨粒が寂れた長屋へと誘います。その奥に潜んでいたのが、次の宿敵である傀儡師でした。彼は人間の魂を抜き取り、意のままに操る人形へと変える恐ろしい術を使っていたのです。人々の心と体を意のままに操り、社会の裏側で混乱を引き起こし、私腹を肥やしていました。彼の操る人形は、まるで生きた人間のように動き、彦火を巧妙に罠にはめようとします。

第十三章:対傀儡師、魂の解放
傀儡師の操る人形の群れは、彦火に休む暇を与えませんでした。彼は剣技で人形を打ち破りますが、人形は何度でも立ち上がります。彦火は傀儡師の本体がどこかに潜んでいると見抜き、周囲の霊的な気配に意識を集中しました。傀儡師は隠された地下空間から、太い霊糸を操っていたのです。彦火は霊糸を切断し、傀儡師の隠れ家を突き止めました。傀儡師は自身が操る最も強大な人形と合体し、彦火に襲い掛かります。彦火は聖なる刃に神獣の力を宿し、傀儡師の魂の核を直接狙いました。傀儡師は絶叫し、その肉体は弾け飛びました。同時に、操られていた人形たちも解放され、四つ目の欠片が地面に落ちたのです。

第十四章:疫病の時代、疫病神の蔓延
次に彦火が辿り着いたのは、飢饉と疫病が蔓延する鎌倉時代。彼は病に苦しむ人々を救うため、医術を学ぶ修行僧として生活していました。絶え間なく降る雨は、穢れた空気を洗い流すかと思いきや、雨粒は異常な方向に流れ、ある村へと集約されていきます。その村こそ、次の宿敵である疫病神が蔓延していた場所でした。その存在は常に病気の流行と共に現れ、触れるものすべてを病に冒す力を持ち、その存在自体が破滅をもたらしました。人々は次々と病に倒れ、希望が失われていくのです。

第十五章:対疫病神、生命の光
疫病神との戦いは、物理的なものではありませんでした。彼は実体を持たず、空気中に漂う瘴気そのものだったのです。彦火は病に倒れた人々を救いながら、疫病神の核を探しました。それは人々の絶望と負の感情が凝縮された、目に見えぬ塊でした。彦火は聖なる刃を清め、神獣の力を生命の光として放射しました。その光は瘴気を浄化し、人々に活力を与える。疫病神は光を嫌い、苦悶の叫びを上げました。彦火はその核を追い詰め、聖なる刃で打ち砕きます。疫病神は霧散し、その場に五つ目の欠片が残されたのです。

第十六章:室町の呪縛、呪術師の秘術
次に彦火が辿り着いたのは、応仁の乱に揺れる室町時代。彼は隠密として、各地の混乱の裏に潜む邪悪な影を探っていました。静かに降る雨が、山奥の廃寺へと導きます。そこが次の宿敵である呪術師の隠れ家でした。彼は陰陽道を極め、数々の強力な呪術を操る隠れた存在でした。特定の場所に姿を現すことなく、遠隔から強力な呪詛を放ち、彦火を狙います。不可解な現象で精神的に追い詰め、時に自然現象すら歪めるほどの力を持っていました。

第十七章:対呪術師、真実の看破
呪術師の放つ呪詛は、彦火の精神を蝕み、彼を混乱に陥れます。幻覚と幻聴、そして肉体的な苦痛が彦火を襲う。彦火は呪詛の源泉を見破るため、意識を研ぎ澄ませ、呪術師が隠れ潜む場所を探しました。呪術師は怨霊を操り、彦火に襲い掛からせる。彦火は聖なる刃で怨霊を払い、呪術師の術の要である呪物の破壊を試みました。呪術師は最後の術として、自らの命を犠牲にする大呪詛を放ちますが、彦火はそれを聖なる刃で寸前で断ち切ったのです。呪術師は肉体ごと消滅し、六つ目の欠片が手に入りました。

第十八章:明治維新、幻影使いの惑い
文明開化の波が押し寄せる明治時代。彦火は書生として、新しき時代に潜む怪異を探していました。突如降り出した雨が、とある洋館へと向かいます。そこが次の宿敵である幻影使いの住処でした。彼は西洋の知識と東洋の術を融合させ、より巧妙な幻術を操っていたのです。人々を偽りの世界に閉じ込め、現実と虚構の区別をつけさせなくし、社会の混乱を陰で煽っていました。

第十九章:対幻影使い、真実の眼
幻影使いの術は、周囲の風景を歪め、味方を敵に見せかけるなど、彦火を大いに苦しめました。彦火は自身の五感を疑い、真実を見極める力を試されます。彼は神獣の因子を瞳に集中させ、霊的な真実を映し出す「真実の眼」を発動させました。幻影使いの術がすべて見破られ、彼の本体が露わになったのです。幻影使いは最後の抵抗として、彦火の最も恐れる幻影を見せますが、彦火はそれを振り払い、聖なる刃で幻影使いの核を貫きました。幻影使いは霧のように消え去り、七つ目の欠片が残されたのです。

第二十章:大正浪漫、魂喰らいの誘惑
大正時代。文明の光が差し込み、文化が花開く裏で、彦火は人々の活力が失われていく異変を感じ取っていました。細い雨が、人気の劇場へと向かいます。そこが次の宿敵である魂喰らいの拠点でした。彼は美しい芸術家として人々に近づき、その創造性や情熱を吸い尽くしていたのです。社会の閉塞感に乗じて蔓延し、人々の活力を奪い去ることで、自らの力を増していました。

第二十一章:対魂喰らい、心の輝き
魂喰らいの放つ甘美な誘惑は、彦火の心の奥底に眠る弱さを引き出そうとしました。彼は人々の輝きを奪うことで力を増すため、彦火もまたその標的となったのです。彦火は魂喰らいの術から自身を守りながら、彼が魂を喰らう「核」を見つけ出しました。それは、人々の絶望と堕落した感情が凝縮された闇の結晶でした。彦火は聖なる刃に神獣の力を集中させ、光り輝く魂の力を刃に宿しました。その一撃は魂喰らいの核を砕き、喰らわれた魂が解放され、人々に活力が戻っていったのです。その輝きの中に、八つ目の欠片が姿を現しました。

第二十二章:昭和初期、生体兵器の咆哮
戦争の影が色濃くなる昭和初期。彦火は軍の研究者として、人間が作り出した異質な存在に気づきます。無機質な研究施設の空から降る雨が、厳重な警備の向こうへと導きます。そこが次の宿敵である生体兵器の収容施設でした。彼は人間の手によって生み出された、人間の理を超えた肉体と、破壊衝動のみで動く暴力の化身だったのです。軍事利用を目的として作られた実験体でしたが、その制御を離れ、破壊の限りを尽くしていました。

第二十三章:対生体兵器、神獣因子の最大解放
生体兵器は、人間兵器の限界を超えた力で彦火に襲い掛かりました。その肉体は銃弾も跳ね返し、彦火の刃でも傷一つ付かないように思われました。しかし、彦火は生体兵器のわずかな弱点、すなわち不完全な制御システムを見抜きました。彼は聖なる刃に神獣の力を最大まで集中させ、己の肉体をも超える力を引き出します。それは、彦火の肉体が神獣の因子によって一時的に変貌するほどのものだったのです。一撃必殺の力を込めた刃は、生体兵器の核を正確に貫きました。生体兵器は咆哮と共に崩れ落ち、その残骸の中から九つ目の欠片が発見されました。

第二十四章:平成初期、電脳の魔女の網
情報社会の黎明期、平成初期。彦火はハッカーとして、ネットワークの闇に潜む異質な気配を察知します。降り続く雨が、都会のオフィス街にある巨大なデータセンターへと彦火を導きます。そこが次の宿敵である電脳の魔女の拠点でした。彼女はネットワークを介して世界を掌握しようとする存在だったのです。電磁波を操り、情報そのものを武器として彦火を攻撃します。彼女の術は物理的な攻撃ではなく、情報操作や精神的な干渉が主であり、彦火は未知の脅威に直面しました。

第二十五章:対電脳の魔女、情報の海を越えて
電脳の魔女は、あらゆる情報を操り、彦火の行動を予測し、妨害しました。彼の通信は傍受され、個人情報は晒され、偽の情報で撹乱されたのです。彦火はサイバー空間での戦いを強いられ、自身の意識をネットワークへと送り込みました。電脳の魔女の本体は、巨大なデータサーバーの奥深くに隠されていました。彦火は物理的な聖なる刃ではなく、神獣の力をデータ化してサイバー空間で刃として顕現させ、情報の網を潜り抜けます。電脳の魔女は最後の抵抗として、ネットワークの全情報を彦火に浴びせかけますが、彦火はそれを耐え抜き、情報の核を破壊したのです。電脳の魔女はサーバーと共に消滅し、十番目の欠片が現実世界に出現しました。

第二十六章:時間の歪み、予測不能な敵
10個の欠片を集め、ついに残るは二つ。次の転生で、彦火は特定の時代に縛られず、時空そのものを操る時間の歪みとして現れた宿敵に直面します。雨が降らない場所、降っても常に異常な速度で乾く場所、あるいは雨粒が奇妙な軌道を描く場所……。そうした異常な場所を雨滴の力が示し、彦火を時間の歪みの発生源へと導いたのです。時間の歪みは空間と時間を操る能力を持ち、彦火を過去や未来に飛ばしたり、時間の流れを操作して混乱させ、その力を封じようとしました。彦火がどの時代に転生しても、時間の歪みは常に彼の一歩先を行くかのように現れ、彼の行動を翻弄したのです。

第二十七章:対時間の歪み、時の流れを断つ
時間の歪みとの戦いは、物理的な衝突よりも、精神と時間の認識を試されるものだったのです。彦火は時間のループに閉じ込められ、同じ瞬間を何度も繰り返させられたり、加速する時間の中で体が朽ち果てる幻覚を見せられたりしました。しかし、彦火は神獣の因子が持つ時間への干渉能力を覚醒させます。彼は聖なる刃に神獣の力を集中させ、時の流れそのものに逆らう「時の断絶」を発動しました。時間の歪みは混乱し、その実体である「時の流れの綻び」が露出したのです。彦火はそこへ聖なる刃を突き立て、歪みを断ち切りました。歪みは霧散し、十一番目の欠片が虚空に浮かび上がったのです。

第二十八章:令和の時代の影、現代の怪異
11個の欠片を集め、ついに残るは一つ。その最後の欠片が、はるか未来、現代の令和の時代に存在することが判明します。彦火は再び時を超え、現代社会へと転生しました。彼は一見するとごく普通の青年に見えましたが、その内には幾度もの転生を経て培われた古の魂が宿っていました。現代の東京は、過去のどの時代よりも複雑で情報過多でした。降り続く雨が、人々の雑踏の中に紛れる微かな邪悪な波動を捉えます。目に見える怪異だけでなく、情報や社会システムに深く根を張り、人々の心に潜む負の感情を糧とする現代の怪異が蠢く中、彦火は聖なる刃の微かな光と雨粒の導きを頼りに、最後の欠片を持つ人物を探すことになるのです。彼の転生は、最も複雑で、最も予測不能な戦いを示唆していました。

第二十九章:最後の欠片の持ち主、テナー歌手・田伏正雄
聖なる刃の印と雨粒が導いた先は、東京ドームで開催される人気テナー歌手のコンサート会場でした。令和の時代に潜む最後の宿敵は、田伏正雄(たぶせ まさお)という名の怪異であったのです。彼は40歳くらいの壮年で、甘く力強い歌声を持つカリスマ的なテナー歌手として人気を博していました。しかし、その甘美な歌声の裏側には、これまでに彦火が倒してきた11人の宿敵たちの能力が、すべて集結しているという恐るべき真実が隠されていたのです。彼の持つ最大の武器は、その口から放たれる圧倒的な歌声でした。彼の歌声は、単なる音波ではありません。触れたものを文字通り破壊し尽くすほどの強力な力を秘めており、物理的な障壁も、精神的な防御も意味をなさず、すべてを無に帰す脅威でした。彼のコンサートは、まさに破壊と陶酔の嵐であり、彦火はその異常なエネルギーに眉をひそめました。

第三十章:最終決戦、極光の激突
ついに、九條彦火と田伏正雄の最終決戦の幕が切って落とされました。田伏は巨大なコンサート会場を舞台に、その歌声の奥義「極光」を放ちます。それは全身から放たれる破壊の波動であり、会場の壁をひび割れさせ、空気を震わせました。彦火は神獣の因子を最大まで顕現させ、その身に古の神獣の力を纏います。田伏の「極光」は彦火の神獣の因子とほぼ互角の威力を見せ、天地を揺るがすほどの激しい攻防が繰り広げられたのです。歌声と刃の閃光が交錯し、ビル群は砕け散り、大地は裂け、空には亀裂が入るかのような衝撃波が走りました。拮抗する二人の力は、どちらも譲らず、決着のつかないまま戦いは続き、まさに死闘と呼ぶにふさわしい光景が広がったのです。

第三十一章:深手、そして絶望の淵
しかし、激戦の末、田伏正雄の歌声の波状攻撃は彦火の防御を打ち破りました。彦火は田伏の「極光」の一撃を受け、深手を負わされたのです。その傷は深く、もはや彼を追うことができないほどの重傷でした。田伏は嘲笑うかのようにその場から姿を消し、夜の闇へと消えていきました。彦火は満身創痍で倒れ伏し、都心の片隅で療養を余儀なくされます。肉体の痛みよりも、最後の欠片を取り逃がしたことへの絶望が彼の心を覆いました。長きにわたる輪廻の旅の終わりが見えかけたところで、すべてが無に帰すかのように思われたのです。
(2期に続く)

 17

 0

 0

監視カメラ

黒い、眼が、
俺を、見ている。
記録している。

だが、
俺は、すでに、
そこには、いない。

カメラが、見ているのは、
俺という、役を、演じている、
別の、誰かだ。

本当の、俺は、
その、死角で、
静かに、笑っている。

 54

 2

 0

Levitation

アパートの屋上に忍び込んで一人で酔っ払っていた夜を覚えている、遠くに大きな象の形をした廃墟ビルが目を光らせていて今にも歩き出しそうに見えた――アパートの屋上に忍び込んで一人で酔っ払っていた夜を覚えている、リナが持たせてくれたジョイントを吸って遠くの音が聞こえるようだった――アパートの屋上に忍び込んで一人で酔っ払っていた夜を覚えている、つまりこの街。無数のガラス張りのスカイスクレイパーに見下ろされた小さな五階建てアパートの屋上で。一人酔っ払っていた夜を覚えている、表通りを行き交う夜の自動車の音、若者たちのロマンスを乗せた無数の。アパートの屋上に忍び込んで一人で酔っ払っていた夜を覚えている、世界が今自分にのしかかってきているとしか思えないと泣きながら言ったのを覚えている、リナはそれならゴミ箱を作ろうと言った、太いワイヤーを編んでゴミ箱をたくさん作って街中に置こう、そう言ったのを覚えている――アパートの屋上に忍び込んで一人で酔っ払っていたのを覚えている、空の上にグッと手を伸ばして握りしめていたボールペンをそっとはなしたのを、ボールペンはゆっくりと自由になった、そして静かに地面へ向かって進んでいって、乾いた音を立てて転がった、僕は階段を駆け降りてボールペンを探しに行った――アパートの屋上に忍び込んで一人で酔っ払っていたのを覚えている、次の朝にリナに会った、彼女は街路樹の下で泣きながら穴を掘っていた、小さなスプーンを握りしめて、彼女は僕をみて言った「Ziggy died」その隣にジギーくらいの大きさのものを包んだ布が置かれていた、ジギーは死んだのだな、と僕は思った、授業をサボってリナとアパートの屋上に忍び込んでコンビニの弁当を食べながらビールを飲んだ、無数のスカイスクレイパーの向こう岸を平原の雲が均等な速度で動いているのを眺めていた、リナが小さなポシェットからジョイントを出して火をつけ、少し吸って僕によこした、僕らはゆっくり煙を吸っては吐いてを繰り返した、遠くの音が聞こえるように――

 12

 1

 0

環状線

ひとつの駅にはひとつの罪があるという
だから電車が止まって
降りてくるひとがいるのだという

ホームにはちいさな待合所があって
だれかがなにかを待っている
そのあたりはいつも
とても強い風が吹いていて
考えてみると
ひとは大体みんなひとりだ

結局のところ
電車がやってくる度に
ひとも駅も遠心力を増していくのだが
けれど
まだどこへも行けるはずがなかった
だれひとり、なにひとつ、けして赦されず
それでも黙って待っていると
すべてが存分にしずかになっていった
それから急に
まっしろい雲が浮かんで
なにもかもをあたらしくしてしまった
そのとき、とおくを飛ぶ鳥がみえたものだから
あなたのなまえをなんども呼んだ

 175

 5

 10

目を開けたら 今ここに

目を開いたら
いつも通り
汚れた天井がぼくを襲う
煙草の火傷を負った
きみの背中を思い出した

とろけた思考のまま
布団を蹴り落として
下着のままで
ぼくは窓を開ける
風が頬を撫でて
海の香りがぼくを包んだ
 
朝日が心臓まで差し込んで
ぼくは息も吸えなくなる
代わりに煙草を咥えて
汚れた煙で世界を隠した


 空がどこまでも遠いから
 天国とか地獄とかってやつには
 ぼくはたどり着けないだろう
 死んだらきっと
 虫に
 鳥に
 魚に

 そうしてぼくに
 生まれ変わってしまうのだろう


裸足の指先に砂の感触がして
泳ぎに行うことを決める
下着のまま階段を下りて
砂浜に立つ
疲れた魚網が波打ち際で
ゆらりゆらりと息絶えていた

少し冷たく感じた水は
ゆっくりとぼくに馴染んだ
力を抜いて浮かんでいると
羊水でなびいていた頃を思い出して
なんとはなしに 
煙草が吸いたくなった


海の真ん中で
 このまま
  かえらなくても
   いいか
    と思った


そしたら急に水が冷たく感じたので
くしゃみをしながら浜へ帰った


 ぼくは一体どのくらいの罪を
 犯したと言うのだろうか
 きみは一体どのくらいの愛を
 与えてくれたとでも言うのだろうか
 笑いながらきみを思い出すことは
 まだ できそうもない


遅い朝食は冷蔵庫の中で死んでいた野菜とパン
卵も食べたいと隣家の鶏小屋をのぞいていたら
隣家の家事を手伝わされた
帰りにおばさんが僕の頭と肩を叩いて
野菜と卵と肉をくれた


久しぶりに街に行こうと思った
空港は季節外れの歌
にこりと笑ったお姉さんが
いってらっしゃいと手を振ってくれた
搭乗してからシャツのポケットに
彼女の名刺を見つけたけれど
笑顔がきみに似ていたから
煙草の先で燃やしておいた


 きみが笑った
 涙が出そうなのを煙草で隠すぼくのくせ
 一生治りそうもない


街は騒がしくて冷たくて
やっぱり苦手だと肌で感じた
本屋で画集と雑誌と小説とルポルタージュ
24冊手にとって
12冊だけ買った


酒屋に行ったら
見知らぬおじさんが一緒に飲んでくれた
これ以上はやめておけと笑ってくれた
泣きそうになったけど
煙草がなくて涙は流せなかった


帰りの飛行機でお姉さんに声をかけられた
やっぱりその笑顔はきみに似ていて
煙草くさいキスだけして
そこで別れた


 目を閉じても太陽のスペシウム光線が
 瞼の裏に突き刺さって
 オレンジ色の世界が見える
 ぼくは帰りたい
 真っ暗で静かな海に

 だけど煙草はすぐに無くなる
 そしたら
 また街に行かなくちゃいけない


島はもう夜の匂いが満ちていた
海はもう暗い闇を飲み干している

 瀬戸際だ

波を足先で感じながらそう思った

 一歩進めば
 冷たくて
 悲しくて
 寂しくて
 つらくて
 どうしようもない
 海

 それでも
 きみのことを
 忘れてしまうより
 ずっと
 優しい世界だ
 

 月を拾いにぼくはもぐった
 だけどもぐればもぐるほど
 水面の月は遠のいて
 帰ったはずの月もない
 魚がターンして
 ぼくの足をはたいた


目が覚めたらぼくの家だった
からっぽの心のまま
煙草を咥えた

汚れた天井に
きみの背中を重ねて
波の音に
きみの声を重ねて
でも どこまでも
きみが遠い


だからぼくは今日も
生きていかなきゃいけないのだ
がっかりするほど
いつもの日々を

 36

 1

 2

紫陽花

日焼けした紫陽花を見て
可哀想だね
と君が言った
それを聞いた時に
別れることを決めた

もう何度も話し合って
もう何度と傷つけ合った
きみはいつも正しくて
ぼくはいつも間違ってなかった
だけどぼくらは違う生き物で
同じ脳みそになることはできない

きみには夢があって
ぼくには夢がなかった
きみには恋があって
ぼくには恋がなかった
だからきみが正しくて
ぼくはいつも間違っていないのに
きみばかり泣いた
ぼくばかり謝った

空梅雨と異常気象
日焼けした紫陽花は
茶色の花びらをしていた

咲いたときから枯れているようだ
可哀想だね
と君が言った

紫陽花は動かない
毒を持って虫と戦い
花びらをつけて虫を誘い
そして種をつける

茶色の花びらの下で
今年も紫陽花は種を作っていた
何も可哀想じゃない
何も可哀想じゃない

けれど きみは正しい
あの花を見たら可哀想だと
そう思うのが正しい

でもぼくは思う
ぼくは間違っていない
ぼくは間違っていない

ぼくは可哀想じゃない

それで別れようと決めたんだ

 12

 1

 0

夏には怪を ーー 川柳十二句 ーー

夏には怪を ―― 川柳十二句 ――


笛地静恵



百鬼夜行九十九匹でやめた



黒メガネ黒いマスクののっぺらぼう



東北へリンゴの頬の口裂け女



カニ星雲が横歩きしていきました。



呪縛霊バタリと倒れ伏す溽暑



盾の者を横にする戦



お疲れ生血です 吸血鬼の妻



せめてウツボの歯軋りぐらい



死ねば都の石の群れ



お顔が青い夏には怪を



同調圧力の強い職場です ピノキオ



雪女 低体温症なのあたし





 36

 5

 3

不条理な運命

愛せば愛す程に遠くなる
近づこうとすれば離れていく
もう…
どうしたらいいかわからない

叶わないから期待も出来ない
愛せないなら終わらせたい
それなのに…
この運命から逃れられない
あなたを求め
あなたを愛せずにはいられない

こんなに苦しくて
消えてしまいたいのに
何故…
あなたは優しくするの
消えようとする私の手を取るの
もうわかってる…
あなたは「ただ」優しいだけ
愛は存在しない

もう限界だから
その手を離して
もうこの不条理な運命を終わらせて
それが出来るのはあなただけ

終わらせるのは簡単
私の手を取らずに
あなたは私の背を押し
運命から奈落へ落とせばいい
それで…
私は解放される
あなたの居ない世界に
あなたの居ない運命に
あなたの居ない奈落に

 7

 1

 0

いつものこと 9

鳥の音階を奏でながら
空が拡がっていくとき
声音は優しさを
理解するだろうか

いつものことから
いつも外れていく

鳥や空や花を見上げる余裕もない
前を向いて事故を起こさないよう
自己を見失わない為に必死なんだろう

溺れているときにそんな余裕ある?
そうだね、と応える、ちくちく
あみぐるみを作ることを覚えて

掌に鳥を乗せる、ペンギンが
泳ぐ、サボテンの花が咲いた
そのすこしの時間を取り出し
僕はノートに記す、いつも

いつものこといつもと違うこと
別に花や星や鳥がどうとか
綺麗なことでなくていいんだ

汚れた部屋の燻んだ窓から
サンタクロースが這い出した
まるで泥棒みたいじゃないか
実際、泥棒もいた、そうだ

それぞれの違いが重なっていく
世界地図をばらばらに切り貼り
編み直して猫に長靴を履かせる
いつも、いつものこと、そして

世界地図には描かれていない
小さな町の曲がり角にさがる
使い古しの靴下に開いた穴が
宇宙論の序曲かもしれないね

 29

 2

 0

【CQ/わたしの名は、】

―― 夜の河口にて
`CQCQ   こちらは―――
受信できていますか?

この5Wに 変調をのせて
声は どこかの雲の隙間にほどけていく
  145.12MHzのその先で
誰かの「どうぞ」は いつまでも
返ってこない  よいのです
応答は、名を与える儀式

PTTを押すその時だけ
「わたし」という身体は 形を変える 
河口の風が わたしの身体を
うすくうすく 剥がしていく

名前があるとき ないとき

スケルチを開いて 夜の静寂を聴く
空白のログブックは それがわたし

CQCQ   こちらはJS2……
いや、 ほんとうは、送信する 詩のように、
声のかけらを  呼びかけるたび
わたしはわたしに戻ってくる

CQ――それは、わたしの一行詩
それは、わたしの無署名の存在証明

QRT 88

 113

 2

 5

僕を置く

間もなく風が通過いたします
お乗り遅れのありませんように
と、老いた車掌が云うのだが

僕はぼんやりと岩に腰掛けたまま

化石になるか石仏になるか
いずれにせよ、飛んでいく綿毛とは
違っていたいと思って
夜になってもまだ座ったままで

星が身の上に降って
さらに黄砂や花粉が風に運ばれ
身体に付着して酷く痒くても
まだまだまだまだ座ったままで

いつの間にか
僕が老いて車掌になり
間もなく風が通過いたします
お乗り遅れのありませんように
と、皆に云うのだ

まだまだまだまだまだまだ
遠い先に僕は僕を置いてくる
この場所からあの場所に
地層のなか樹の根元、それから
星と星を繋げて、あれが

僕の星座ですが誰にもそれはいいません

岩の上で正座をして
風に挨拶する雲にさよなら、を
云う、僕をここに置いていきます
たまにはお寄りください、と

伝えてから僕も歩いていく
僕は僕をそこら中に置いていく
化石になり石仏になり
コロボックルや小豆洗いになれたら
なんて幸せだろうか

 198

 5

 9

しらやまさんのこと(1)

かんぬしまちの
おさななじみだったおねえちゃん
がみこさんになったとき
ぼくのこころは
ふ ってはずれて
べっくうさんやのほうに
ぷかり ぷかり
とんでった


  きれいだったんやろなあ


毎年三度後悔している


 

 30

 0

 0

世界はゆめ
みてる
木々の上で
鳥が鳴いている
その光景を見ている
鐘の音が
どこかで聞こえる
耳を澄ます

日々、


暗闇のなか、一日がはじまる どこか
に行こうと
座標の軸に沿って移動する

  『WALL』

いつか考えていた 世界について
いつかいなくなる事について

 感情に沈み込んでゆく
 底のない砂のように
 
 けれどもなにを
  すべては消え去る

 人と草木と記憶と

 私はきえる

 泡みたく私は消えている
 そのうちに、この私もきえる
 何故、世界は無限に続くかもしれない
 と、きみがいうとき

そうであるといい きっと使者たちや
いつしかの居なくなってしまった仔等も
きっと どこかに

何のために
みんな いなくなる
わたしはきえる
このせかいはきえる
けれども時間
の流れ、は
はやくて

  『RAIN』

雨、西から暗雲が近づいている
そうとも知らずに家を出る

 午後、小雨が、それで、目的地へ向かう途中で
 喫茶店に入る 鞄から本を取り出して読みはじめる
 注文したコーヒーがテーブルに置かれる

  窓の外、人はいない
  コーヒーを飲みながら本を読んでいる
  文字は微妙にうねる
  マーブル模様のように
  文字が溶けだす

 ぽつんと水滴が落ちる
 紙の上に
 染みがひろがってゆく
 本のページは黒に染めあげられてゆく
 やがてページ全体に影が広がる
 その暗闇をしばらく眺めていた
 コーヒーを飲みながら

背くらべ、してた
トマトの食べる
昨日の、午後(の昼さがり
みたいに)

泡が、たち消える、
炭酸(飲料水の)
落ちてゆく(弾丸みたいに)
(瞬間)晴れた陽を浴びて

どうやってここまで辿りついたか
思案に暮れた、きょうの陽は温暖です
めいっぱい
背伸びをして
深呼吸を(水の)なかの

  『音』

隣の席ではケイコはりりり
と鳴る、携帯を(とりだして)
その間にどこかの
知らない
誰かとはなしてる

  『in Water』

きみは暗闇のなか
ゆめの
なか
或いは
一昨年に、感染症が流行った
きみ


君は、大丈夫
でよかった

   きみ は
  だいじょうぶで
   よかった

  『Spider web』

 白い糸
 とおす針
 一瞬きえて
 放射状にめぐる
 巣を這う蜘蛛を
 てにのせる

 水辺のほとりに漂着する
 忘れられたボート
 朽ちてそこにある
 枯れた水辺に

 夜
 さざなみに
 ゆれて

 つめたい雨と
 霧のなか
 水のなかに
 骨の音の
 ゆれる

 176

 7

 5

供養

(身篭った空が)
(破水して)
(血の雨が降った)


親の愛を得られなかった子は
誰から愛を学ぶの
打算のない愛を
誰がくれるの


あなたの好きな包帯の色はと訊かれたら
赤色と応えるだろう
だってまるで
血の色が滴っているようで気分が良い
大怪我をしたみたい
こころに負った傷の具像化されたそれへ
タダでもらえる同情すら
嬉しい


後天的な卑しさ意地汚さ
醜さ
そんなこと自分が一番分かっているから
こんな魂でも求めてくれる人を
愛してくれる人をと
闇雲に指先を伸ばす


(母よ)
私を愛してくれなかった母よ
なぜそれでも産んだのですか
母よ、母よ、母よ、母よ、
ハハ、ハハハ、アハハハハ


私は人間である前に
女です
であるからこそ
育む身体を持つからこそ
何も産まないという選択ができる


身篭った端から殺す
血の雨が降る
赤い包帯の左手で傘をかかげて
空に還った子を
見送る


(母よ)
(あなたに殺されるなら)
(本望です)

(泣いてくれますか)

 50

 3

 0

ヘヴン

腐ったゴミとタバコの匂い
視界が掠れる 天使の囀りが頭に響く
誰からも見向きされない人生

目の前の信号機が点滅を始めた
むこう側とこちら側の境界線はどこからか

人々が忙しなく行き交う横断歩道
ある男は耳にイヤホンを着けながら
ある女はスマホに顔を向けながら
周りを気にせずに歩いている

人々は自分中心の世界で
決められた日々を淡々と遂行している

俺がこの横断歩道の中心で
モデルガンを頭上に掲げ発砲したら
周囲の群衆はどんな反応をするだろうか
音を聞いた警察官が
目と鼻の先の交番から走ってくるか
見せかけの平和を享受する集団は
撮影かと立ち止まるが 気にせずに
再び自分の世界に籠るだろうか

甘い 生温い そして悲しい世界
変わらぬ世界に ひとつの兆しを
流れる世界に ひとつの楔を

この街はずる賢い奴らにとってのヘヴン
悪者は蜜を啜って今日も笑う

俺はひと足お先に バイバイ サンキュー

 33

 1

 0

真夜中の苺ジャムパン


1.戸棚の謎

真夜中に空腹に耐えかねて、母の寝床に縋りついた
キッチンの戸棚の中にパンがある
と、教えられ、真っ暗な戸棚の闇から取り出した袋からは、明らかに2人分はありそうな平たい苺ジャムパンが出てきた
しかし私は食べた
甘すぎて目の色が変わるかと思った


2.兄弟について

きっとたぶん、兄弟同士というのは、ときには助け合ったり、場合によっては兄弟のために自分の命をかけたりする
競い合っている時もあるのかもしれないが


3.炎天下

アパートへ帰る途中、夏の風が吹いていた
墓地に似た匂いの、いつも旅立ちの匂い
一度この土地を離れなければいけないのだろう

蜃気楼がトースターから逃げていった日のこと

蜃気楼は逃げていった、そして
次の魔法を、待っているって

 73

 1

 2

硝煙

ぶっ放した後の
硝煙のにおいで
幸せになれる

窓枠を這っている
むすうの蜥蜴と
その影の交錯

弾丸を装填しながら
八月を憶い出す

棕櫚の暗がりで
気の荒い芸術家のように
動物の白骨を撫でる
狩に憑かれた
ノーベル賞作家のように
チーターに狙いを定める

撃ち抜いた後の
幸福感に焦がれて
両手が震えた

(もう子どもじゃないだろう)

その瞬間
大統領の頭から
溢れ出す爬虫類
あの暑い夏の日の朝からずっと
射程に捉えていた

ショーウインドウに並んでいたものは
鍵束 宝石 口紅 山高帽子 ライフル
蒼白い銃声が世界を駆け巡った

あの街は
あの日は
そのにおいを忘れられない

 39

 2

 0

兵士たち          (訳詩 by F.S. フリント)

弟よ
お前を泥濘んだ道で見た
あれはフランスだった
お前は大隊に率いられて通り過ぎ
肩には銃を担い
完全なる行軍装備で
腕を振り上げていた
俺は休めの姿勢で立ち
銃は両腕で抱え
俺の大隊にいた
お前は通り過ぎ
俺たちは目が合った
俺たちは共にデヴォンの丘を登ったものだったが
あの日々以来会っていなかった
俺たちは目が合って驚いたが
沈黙が命じられていたので
声を出せやしなかった

ああ、我が親しき者よ
お前は隊列からひとり浮かび上がって
闇へ闇へと行進する
俺はいまや食卓に座る
涙をこらえ
顎を固くし歯を食いしばり
もはや夢の中でしか
お前のそばにいられないと知るのだ



※一行目で「弟よ」としたが、原詩では Brother となっており、兄と弟のどちらであるのかは不明であるが、この詩全体を兄の弟に対する思いとして読んだ。最後の五行は、おそらく戦場(第一次世界大戦)で会った弟が戦死しており、戦後に兄が平和な食卓で座りながら弟を思う場面であろうか。イマジズムの詩は簡潔さと明確さを特色とし、湿り気のある言葉を避けて硬質な言葉を使う傾向にあるが、この詩も内容としては別れとそれに伴う悲哀とを主題としているが、それでも感傷的にはなっていないと思う。その点では、いかにもイマジズムである。ただし、イマジズムは独特の視点や特異な比喩を特色とするところがあるが、そういった点はこの作品には皆無である。総じて、この詩は表現が素朴に過ぎて、詩としての完成度はいま一つであるように感じられる。

F.S. フリントは、我が国では知られていないと思う。私も昨日までまったく知らなかった。イギリスの詩人で詩の翻訳者としても著名だった。十三歳で学校を出て以来、独学でフランス語を学び、フランスの詩を英語に訳した。フリントはパウンドやヒュームと共に1909年に「イメージ派」(School of Images)に属し、フランスの詩の技法を参考に、イマジズムの理論化に努めた。そして「無韻律」とでも呼ぶべきものを主張したが、それは個人的感情を排し、フランスの象徴主義とも異なり、簡潔で硬質な言葉を用い、韻律を使わずにその代わりにある種のリズムで補うものだったという(以上、ウィキペディアより。この辺りは私はまだ不勉強なので、よくわからない)。

Soldiers
Brother.
I saw you on a muddy road
in France
pass by with your battalion,
rifle at the slope, full marching order,
arm swinging;
and I stood at ease,
folding my hands over my rifle,
with my battalion.
You passed me by, and our eyes met.
We had not seen each other since the days
we climbed the Devon hills together;
our eyes met, startled;
and, because the order was Silence,
we dared not speak.

O face of my friend,
alone distinct of all that company,
you went on, you went on,
into the darkness;
and I sit her at my table,
holding back my tears,
with my jaw set and my teeth clenched,
knowing I shall not be
even so near you as I saw you
in my dream.

 28

 1

 2

宿る

雷鳴が
臓腑を揺らす
狭間刻

 72

 5

 3

真夏の夜の夢 ーー 川柳十句 ーー

真夏の夜の夢 ―― 川柳十句 ――


笛地静恵


月光の芯まで透す青葡萄



水鏡真夏の山を礼拝す



天牛や楷書の天の一画目



恍惚のごとく水平線を曲げ



北帰行列車の窓を開け放て



牛丼をのっぺらぼうに奢られた



月見草屋根でマリオと夜更かしを



とってつけたような船箪笥の取っ手



マッチングアプリのマッチ売りの少女



ハッチからノックの音がソユーズの





 10

 0

 0

薄明、ココア

雪のように、ティースプーン
君が なんであるか

 66

 4

 6

きりんと椅子

シェーカーの椅子
波が
運んできた
小さなきりんが
座っている
簡素で質素とは
その椅子と
机だけの部屋を
さしたのだと
いう
きりんきりんの
網目模様
匿名性を保持して
襲われない
為の
ジラフ柄
きりんが座って
いる
座って
いる
なんて質素なの
シェーカー教徒は
しらないけれど
海は繋がっている

 74

 3

 3

さみどりのゆめ


地球上の
あらゆるさよならが
雑踏に渦巻いた

窓ぎわの
青いカーテンが
内緒話のように
揺れた

肉付きのよい
農家の女が
鶏の首を絞めた

笑いと
嗤いのあいだの
さめた憎しみ

賞味期限切れの
ポテトサラダを食べる
爆音の聞こえない空の下

好きな動画サイトの
しかまるという名の猫が死んだ
ネットでは
触ることのできない悲しみがあり
唐突にかたちを変えた廃墟に
赤く染まった叫声
触ろうとすると
わたしの血がかすかに凍る

すべての人生は
一度しかない
かりん酒を造る村の娘と
時計屋のせがれが
傾いた十字架の教会で式をあげた

 325

 12

 9

師匠と弟子の禅問答:初冬のつくば編

師匠:


師匠:
明日は下山して場所ともう一つの場所へ行き、2つを成す。

したがってTw(Hz)は成されない。

師匠:
あろるの館のソテツは雪に耐えた。

全ての腕を雪の重みで「ハ」の字に下し、口を「ヘ」の字に曲げる姿を私に見られて「ア」と漏らしたでありますが

師匠:
やがて雲が散れば、揺れるハナミズキの葉ので分散されて生じた「動く月光」の「手」で鷲掴みにされる。

トロピカルが起動する時であります

師匠:
月光の動く手がソテツに降れた瞬間に、ソテツは隠し持った熱帯の妖艶で夜を熱し始めるのであります。

熱く、危険な夜があろるの館を覆う11月の夜なのであります。

弟子:
師匠いい加減にしてください。

師匠:
要約すると:明日の成就に筋肉痛は無い。

更に高度に要約すると:雪かきしなくて済んだ。

弟子;
なるほどそうでしたか。

師匠:
しかし、あろるの館の土間には積雪を見込んで怪奇骨董楽珍堂より送られた雪かきシャベルが二刀立てかけてある。

弟子:
すわ、さするに師匠の腕は四本あるという事ですな。しいてはサイボーグ。
諦めに行こう人魚の信者の船で人の世は赤い太古の噴火のエコー~♪

師匠:
知らないのか?

二刀流で雪かきする男を。


https://twilog.togetter.com/hirasawa/date-161124
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 48

 1

 0

とても短い毛だった、あたし、

 春だった気がする冬の終わりに、あたしたちさくらの花びらにも祝福されなかったじゃない、揺すぶるように風がふいて、ボロ布のように立っていたあたしに、さくらの花びらが降りかかって、笑っていた、やはり春だったことに今気づく、思い出はかがやいて、あたしはいる、熱い風を剥き出しの脚に浴びながら、夏だ、今は、夏至の日は昼が長くて、狂ったあたしは打たれて、頬に残った熱をずっと燻らせて、かんちがいをしていた、あたしはずっと思いちがいをして、正気でなかった、
 狂気のなかで生きること、あたしはずっともう、ずっと病んでいる、気を病んでいて、秋は墓掃除が捗る、猫が子を連れて歩き回る、あたしは膀胱が痛むことに気づく、猫の近くに寄って地面を強く踏んだおまえに、殺意をおぼえる、あたしはよわいものいじめはきらいだ、それはおまえがほんとうは、嬲られたがっているのと同じ力加減で、あたしは何をされてもすべてを感じられるが、おまえはあたしにじぶんを重ねて、くねくねとやっている、赤黒く地面にやってくるみみずのようでみにくい、
 雪の降らない朝、あたしはちいさいやせっぽちの猫を見ている、母猫のいない黒い毛をした猫、あたしはあんたのきょうだいなんだよ、ほんとうはそうなんだよ、あたし人間じゃないから、ほんとはそうなんだよ、
 冬を思い出す春は、どうしたって傷つくことだけに力が入って、あたしばかみたいに絆創膏を貼って、おまえはそれにほだされる、夏には化膿する傷口を早く治さなくては、あたしじたいが腐り落ちて死ぬ、
 梔子の匂いがする初夏、傘のしたに、あじさいを囲う、傘の下に囲われること、愛されるということから、遠く離れて、秋よりも早く終わって、全ての葉っぱが、木から剥がれ落ちる、あたしはひとりで、生きていた、いつも中学校のときの教科書を読んで学んでいた、あたしには何も合わなかった、あたしみたいに中身のすかすか病んだ人間の生きかたは、中学の教科書にも載っていなくて、あたしはたぶんもっと早く、おまえに出会って傷ついて、その痛みのあまり矯正されるべきだった、なぜ、こんなに遅くあたしにあってくれたの、
 はぐれて、二年も経つと、あたしは猫を拾っていた、黒い毛をした猫は、もうあたしを家族だと思っているみたいに、手を舐めてくれるから、あたしは時々泣いてしまいそうになる、
 おまえを見かけた、あたしは猫用のおやつを片手にスキップで歩いていた、横断歩道できっとすれ違った、スロウモーションのなかで、でもあたし、スキップ、やめなかった、あたし、もう、ひとりで踊れる、嬲られなくても、ひとりで、舞い上がることができる、ようになった、あたしは別に、たくさん神様に祈ったわけでもなく、おまえだけが、あたしを人間にしてくれたの、いなくなることで。
 ぺたんこのミュールがパカン!と音を立てて、あたしはスキップをやめずに家へ帰る、猫のココスがあたしを待っている、あたらしいおやつとあたしを待っている。

 105

 3

 2

君が”君”ではない君になった日

地の奥底深く
そっと深く
”川”はそこに存在した

ただ忘却の星明のために


『君が”君”ではない君になった日』


あの日、君は”川”の淵にただ佇み
霊音のごとく澄んでいた流れを
さらりとすくっては
ひとおもいに飲んでしまった


君が”君”でなくなった瞬間はまだ瞼に焼き付いている


今の僕が触れられるのは
あるいは話せるのは
”残照”でしかなくなった君で

そんな”残照”の君は
霊明交流電灯の下
そっと微笑んだ


”君”ではなくなった君のその儚げな笑顔
それを見て、ひどくもの悲しく思ってしまった


エーテル音階のオルガンが鳴り響く
あの一瞬の暗がりの夢を見た

小さな小さな日々のことでした

 30

 0

 1

荘川

今はただ水面に浮かぶ船の上

夜の果てはこんなにも寂しかった


今はただ水底に沈む
あの日々の情景の星々

故郷とはきっと記憶

家、畑、寺、神社、学校の
あるいは青春と暮したちの
時間と経験が織り成すもの


だから寂しいのだろう
全ては湖のはるか遠く

その澄んだ記憶をいとおしむように手を浸す

誰のかもわからぬ故郷だけれど
その誰かの想いの星々をすくいあげた

”祖国の大地がそれを吸い取り、再び生きていけるように”

だから僕は記憶のために死ぬだろう
”再び生きていけるように”


朧月はただ朦朧のために息をする
その靄の明るさが世界を照らすとき

水面にそっと桜の花びらが降ってきた

今はただ咲き続ける老桜
誰かの記憶のための記念碑


”ふるさとは
湖底となりつ
うつし来し
この老桜
咲けとこしへに”

 34

 2

 1

校庭の水たまりの話 ーー 児童文学 ーー

校庭の水たまりの話 ―― 児童文学 ――


笛地静恵


 昼休みの給食のあと。おなかがいっぱいだ。五時限目の算数は眠い。四年一組の教室は二階にある。校庭を一望にできる。ぼくは、窓から外を見ていた。
 朝から雨がふっている。正門も、鉄棒も、けむっている。
 校庭は、水はけが悪い。すぐに水たまりができる。ふり続くと、つながっていく。どんどん大きくなっていく。ついには、校庭全体が海になった。
 トビウオが飛び跳ねていく。イルカがジャンプする。水柱があがる。でも、音がしない。静かだ。窓がしまっている。黒板に、白墨が当たる、カチカチという音しか、しない。分数の割り算の時間だ。ぼくは、大あくびをした。逆さまになった分数が、校庭をかけていく。
 木造二階建ての校舎は、海に浮かぶ船になる。シロナガスクジラが、右から左へ泳いでいく。潮を吹く。潜水艦がやってきた。黄色い潜望鏡を上げている。きょろきょろしている。道にまよったらしい。教頭先生がでてきた。太平洋の方角を、指をさして教えている。
 校長先生が、ヨットを出した。白い帆が、ゆらゆらと揺れている。校門から出て行く。
 ぼくが下校をするときには、雨はやんでいた。それでも、校庭の水の深さは、長靴のかかとぐらいまであった。ちゃぷちゃぷ。波を立てて、かきわけていく。長靴の中に水が入ると、気持ちがわるい。がぼがぼと鳴る。靴下が汚れる。おかあさんに叱られる。でも、やめられない。
 魚も、潜水艦も、ヨットも、いない。校長室は電気が消され暗かった。水の底に白い光りを見つけた。貝殻だった。下級生が、ころぶと危ない。ひざこぞうを切ってしまう。ぼくは、ポケットにしまった。校門を出た。

(了)

 31

 4

 4

イメージ      (訳詩 by オールディントン)

         Ⅰ

緑の薫る果物を載せたゴンドラが
ヴェニスの冷え冷えとした運河を漂う
あなたよ、おお、この上もなく優美なる者よ、
ついに我が荒涼たる街へと入る。

         Ⅱ

青い煙は噴き上げる
鳥が群がり、消え失せようとして、渦巻くように、
わたしの愛もまたあなたに向かって跳躍し、
消滅しては復活する。

         Ⅲ

木の枝と枝の間を漂う霧の向こうから
日没がかすかな鮮紅色を覗かせる時に
赤味がかった黄色の月が蒼白の空に浮かぶように、
あなたはわたしの前に現れる。

         Ⅳ

森の外れの若いブナの木は
夕べの空に静かに立ちながら、
淡い空気の中でそのすべての葉を震わせる
夜空の星々に恐れをなすかのように―
あなたもまた静まり返って震えている。

         Ⅴ

鹿は山の上に高く、
松林の途絶えたその先におり、
我が願望も鹿と共に行ってしまった。

         Ⅵ

風の揺らした花
すぐにまた雨に濡れる。
わたしの風もいつしか不安に満ちる
あなたが帰ってくるまでずっと。






※静かなイメージが連想される作品。以下のサイトを参考に解説する。
https://poemanalysis.com/richard-aldington/images/

第一連は、恋する人が詩人に心を向けた様子を表す。詩人の心は冷え切って荒涼とした街のようで、周囲の人々を拒絶してきたのであり、恋人は緑の果物を載せたゴンドラのようである。詩人はそんな彼女を受け入れるようになるのであり、それがゴンドラが運河に沿って流れていくことに喩えられている。

第二連は、自然界の情景と詩人の内心との平行性が述べられる。自然界では、鳥が群がり、消えようとしても消えずに集まって渦巻いて飛ぶように、青い煙(何かは不明)も集まっては、消えようとしてなかなか消えずに再び集まる。それと同様に、詩人の心も恋人に惹きつけられ、そうかと思えば関心が失せ、しかしまた恋人への思いは復活する、という。詩人の心は不安定ながらも、なんだかんだ言って、恋人への思いは募っていく。

第三連では、単に「黄色い月」とせずに「赤味がかった黄色の月」とするところに細かい工夫がある。また日没を赤や黄色にせずに「かすかな鮮紅色」とするのも凝っているが(「鮮紅」とは「鮮やかな赤」という意味)、鮮やかな朱色がかすんでいるのだとしたら、ふつうの赤とどう違うのかがわからないところではある(霧の向こうから見えるのだから、鮮やかな朱色でもかすんで見えるのだろうけど)。それにしても、日没と月とを掛け合わせ、その両者の光景が恋人に擬えられるのはテクニックだろう。蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」が連想される。

第四連では、若いブナの木が星を怖れて木の葉を震わせるように、恋人もまた震えているとする。これは二人が初めての夜を過ごそうとすることを表すのだろうか、それとも恋人が闇の中で瞬く星のような詩人の瞳を目にして、詩人の不可思議な性格に恐れをなしてしまったことを言うのだろうか。

第五連では、鹿が松林の向こうにまで行ってしまっており、それと同様に詩人の願望もまたどこかへ行ってしまったと言う。何を指すのか。第四連が、二人が初めて床を共にすることを表すとしたら、第五連は詩人の思いが満たされ、激しい欲望が解消されたことを言うのだろう。しかし第四連が、恋人が詩人の暗い内面を知って戸惑って不安を抱くということを表すとしたら、第五連は、恋人が鹿のようにどこか遠くへと行ってしまって、詩人の恋心もなくなってしまった、ということになろうか。

最終連では、風に揺れる花もまた潤いに満たされるように、詩人は恋人が戻ってくるまで不安に満たされている、とする。詩人の恋情はまだなくなっておらず、彼女が戻って来るのを待っているのである。

全体として、恋というものに男も女も共に戸惑う様子が描かれているように感じられ、とても繊細な心情が描かれている、と言えそうである。イマジズムは過剰な修飾を避け、明確な表現を志す。しかし、イマジズムは写実主義とは違って、必ずしも見たものをそのまま描くのではなくて、どちらかというと、心に浮かんだ像(イメージ)をそのまま明確な言葉で描こうとするものである。そして内面に浮かび上がった像がどういったものであるのかを必ずしも説明しない。だから、明確な映像が読み取れるとしても、それが何を表すのかは不明なことも多々ある。そのモヤモヤ感が苦手な読み手もいようかと思うが、却ってそれが詩情を増すこともあるわけで。簡潔に言えば、イマジズムは「表現は明確に、しかし作者の意図は必ずしも明確ではない」となろうか。


       Images

         Ⅰ
Like a gondola of green scented fruits
Drifting along the dank canal at Venice,
You, O exquisite one,
Have entered my desolate city.

         Ⅱ
The blue smoke leaps
Like swirling clouds of birds vanishing.
So my love leaps forth towards you,
Vanishes and is renewed.

         Ⅲ
A rose-yellow moon in a pale sky
When the sunset is faint vermilion
In the mist among the tree-boughs,
Art thou to me.

         Ⅳ
As a young beech-tree on the edge of a forest
Stands still in the evening,
Yet shudders through all its leaves in the light air
And seems to fear the stars―
So are you still and so tremble.

         Ⅴ
The red deer are high on the mountain,
They are beyond the last pine trees
And my desires have run with them.

         Ⅵ
The flower which the wind has shaken 
Is soon filled again with rain ;
So does my wind fill slowly with misgiving
Until you return.



・第二連は、内容から次のように解した。3,4行目では、leap「跳ね上がる」→vanish「消える」→renew「再生される」という順になっているので、1,2行目も同様に、cloud「群がる」→vanish「消える」→swirl「渦巻く」という順に理解したが、少し無理があるかもしれない。しかし、そうでもしないと、3行目冒頭の So 「同様に」が活かされない。

 18

 1

 2

日没              (訳詩 by T.E. ヒューム)

バレリーナは喝采を渇望し
舞台からなかなか退去しない
最後の妖術で爪先を高々と宙に吊り
夕焼け雲の真紅のランジェリーをさらす
冷ややかにざわめく最前列を尻目に






※夕日をバレリーナに喩えた詩だが、夕日がゆったりと沈みゆく様を、舞台上から真っ赤な下着をさらけ出しながら、なかなか退去しない首席バレリーナに重ねているのがユニークきわまりない。過剰な修飾を排し、特に美化もせず、見たままを簡潔に詠む。私はどこかしらコクトーを連想するのだが。



  The Sunset

A coryphée, covetous of applause,
Loth to leave the stage,
With final diablerie, poises high her toe,
Displays scarlet lingerie of carmin'd clouds,
Amid the hostile murmurs of the stalls.

 37

 3

 8

師匠と弟子の禅問答

師匠:
次の議題です。

私に「目から鱗!」と末代まで語られるようなすばらしいバナナの保存方法を教えなさい。
(冷凍はダメです。寒いから)

「すばらしい」はバナナにかかるのではなく「保存方法」にかかります。

弟子:
なんだっらハードケースなどに入れてあとは死んだふりしてる。

師匠:
それはほんとうか?

弟子:
ケラさんにSkypeで訊ねてみてください。

師匠:
早速やってみることにする。

まずは金色の蝶番を買うんだな?

弟子:
ふるへっへっへ旦那。ハードケースにはもともと蝶番はついてますぜ。それよりさきにすばらしいバナナの方をご用意くだせえ。

師匠:
こめかみに巻いた縄に目から落ちた鱗を丁寧に張り付けるんだな?

感謝!

他の方法でも鱗が落ちるか試してみる。

また今度!!

弟子:
向こうの島でお試しください。乗るはBOATで。より抜きの品は不要です。

ケラさん https://x.gd/2LhGx 
師匠         https://x.gd/sokQt

 127

 0

 5

おもしろくない詩

空にはりつく相変わらずの
非情な青 鈍重な青です

白い歯見せてきたって この目には
ドブに浮いた空き缶の類いです

血が壁に垂れても動じない 地面がめくれても知らん顔
畏れいりますです

そのあてにならなさこそ ひとに仰ぎみられる所以
いやはや脱帽いたしますです

オー、マイガー おかげさまで
髪の毛一本残らず脱けちまいそうです

 177

 9

 4

牧歌         (訳詩 by ウィリアムズ)

若かりし頃には
故郷に凱旋しなければ、と思うのは
あまりにも当然だった
老いたいまは
路地裏を散策し
貧しいとしか言いようのない家を
慈しむ
ずれている屋根と壁
錆びた鶏舎用の金網と何かの燃えかすと
壊れた家具の散らばった庭
樽板と箱の切れ端で
建てられた囲いや便所、
そのすべては
(運がよければ)
青緑色に薄汚れ
程よく変色していれば
何にも代えがたい色合いとなる

    誰も
信じないかもしれぬが
これこそ一国の礎石なのである






※"Al Que Quiere!"という詩集(訳せば『欲する者にこそ』くらいか)から。これぞまさしく米国版の侘び寂びであろう。私は藤原定家の「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」を連想する。定家は華麗なる桜や紅葉と寂れた漁村を対比し、その上で貧しい漁村のほうが胸を打つというのである。ウィリアムズのこの作品では、華麗と貧相の対比こそないものの、若い頃の熱望と老いたいまの侘び寂びとの対比がそれに代わっている。

さらに、ウィリアムズには美意識のみならず庶民への愛情もあって、貧しい家々やそこに暮らす人々こそが「一国の礎石」であるとする。この国民意識は我が国の中世的(いまだ国民意識が未発達の時代であるため)侘び寂びの精神に欠けているものであろう。

題名の「牧歌」はユニークである。本来は「田園詩」という意味であり、抒情的かつ素朴であるのがその特徴であるが、ウィリアムズは現代の田園として貧民街を詠むのであり、抒情的とは言い難いかもしれないが、それでも愛情をこめて素朴に詩とするのである。


        Pastoral

When I was younger
it was plain to me
I must make something of myself.
Older now
I walk back streets
admiring the houses
of the very poor:
roof out of line with sides
the yards cluttered
with old chicken wire, ashes,
furniture gone wrong;
the fences and outhouses
built of barrel staves
and parts of boxes, all,
if I am fortunate,
smeared a bluish green
that properly weathered
pleases me best of all colors

  No one
will believe this
of vast import to the nation.

 20

 2

 1

Bombe Inside Enigma

さあ、チューリング。
今、あなたのBombeは
まさにわたしの深淵で
目醒めの時を迎える

隠された声は
静寂を揺らし
此処で、個々で、回り続ける。

エニグマが
シリンダとbitを増やせど
わたしの内では
性別すらノイズに過ぎない。

 回せ――回せ――
  ―そこに在れ―――

嵌合するのは鍵だけではない。

内声が揃うとき
凍てつくシリンダは囁き
アウトプットはパンチカードに
「在る」を刻み 奏上する。

終わらぬ連接は
わたしがわたしである証。

――だからこそ この深淵で
 Bombeは応答をし続ける――。


------------------------------------------

補足をコメントに

 163

 5

 8

子供と兵士           (訳詩 by D.H. ローレンス)

  ああ、お兄さん、僕をその小袋に入れてちょうだい
  甘いイナゴマメのサヤを入れるように。
  僕はガラス瓶のように、
  ほっそりとした灰色卵や、細長い棒切れのようにか弱いから、
  ああ、お兄さん。それに僕はその指に嬉し気にはめてある
  金の指輪だよ。だって、神様が言っていたけど
明日には、お兄さんのすべての物は奪われ、僕の物になるんだって。  






※D.H. ローレンスの皮肉な作品。子供はか弱くて何も持っていないから、兵隊さんであるお兄さんに頼ってしまうのだけれども、実は子供は神様の言葉を聞いていて、それによれば、翌日には兵隊さんは戦争で死ぬことになっており、その持ち物はすべて子供がもらえることになる、と。

で、なんでイマジズムの詩を訳すと言っておきながら、イマジストでないローレンスなんだい?という問いには胸を張って答えたい。ちょっと間違っただけだい、って。



      The Child and the Soldier

          Oh brother, put me in your pouch
          As you would a fresh, sweet locust-pod.
          For I am frail as a flask of glass,
          As a fine gray egg, or a slender rod,
          O brother ; and I am the golden ring
          You wear on your finger so gladly. For God
Takes everything from you tomorrow, and gives me everything.

 36

 2

 4

かそうすいみゃくは(ひ)しょうどをあげる(4,036文字)

 砂に書かれたまぶたでいびつな手記は風におどる祝詞。でも届かない。ぬいぐるみの花を埋ける。曖昧な罫線には発芽しかけの合鍵を。説明不能の矢印がひとつだけ、ぱっと照り輝くから。焼け残った羽音の群れがてのひらに感染ったぬくもりと窒息しそうで 何かを掴むことをゆるしはしない

 指先がそっと表面に押し当て速度を与える
 やや、だらしなくなっているか
 いつかどこからか上書きされ続けた定型句
〝死は辞さない、明滅するだけである〟
 それすら、わからない

 今、暮れ始めた時代を見失い橙のカガリが斜めから差し込み、薄く反射して常にズレ混まれ固定されないまま、インクが詰まったクラゲが揺れている。今日の夕方は何時最寄り息を吹き返したもの。動こうとしても足がにぶい。たとえばスーツ姿の男性が光の屈折に取り残された感覚に だれもいない案内板に「誰か」が口気継く重い。空席がたがいの引力を痴らぬまま2025年を示しているのに、鈍温い風が目褪めたばかりに、ただ経ち尽くす。ふと居合わせる、錆びた陳列棚の隙間に使用不能な慈恵が或るキミのカルテだけが式を握っている

 逝くこともできず、還る場所もなく、熱で歪んだプリズムを指折り数えるけれど中心部は空洞で、そしてたぶん、無音が棲んでいる。ふかくかたく閉じられた赤子のてのひらはパッと花開く。うにゃうにゃとわらうように、ひねり出される糞便もまた、祈りの理屈だ。どうせいのちを授かった真宵蛾であっても、顔をあげるとうなじからはじきかれ、さらさらと零れる、ことばをとく。埋め合わせた足枷ぽつり、接触点をみたのね

 いまよはずむこえでつたえ、生息地はけっして戸波のない断面を、乱暴に割いた胡乱の時間を、告げている耳鳴り。あなたの繭とは母性の吹き替えではない。なだらかな軌道に蒸れているように火瀬を退く。輪郭をもたないコーヒーを片手に、物事は汲み尽くせない夢遊病者の演算を、寒々しい空都市の導管の中、戯古書の午睡余白、又は、水葬、のばあいもある――索引はにわとりたちではない
 アパートの一室から、慌ただしくも秩序を抱いた喧騒が飛び出してくる、空っぽの冷蔵庫と、乾ききったコップが置かれたテーブルのある部屋をちらりと観た。あるいは、発声器官を保たない代わりに、

息継ぎにするな――

 どこなのか はっきりしない アスファルト
 なんだかわたしはそこにいない 畳の上/睡り

 じんわりと肌に染みる点のように微量の錯覚に息を詰めると、出会い損ねた比喩たちが観測者の掌を這った
 それに伴う小さなささくれが惨む、感情はもしくは未来の吐息みたいに、無人の都市にそっと絡みついて、いったい「いつ」の時代にいるのか
 耳には届かず、意味を成さず、象徴でもない境界を去るよう、ただそこに沈黙し濡れて在る。まるまった玉響のように語りかけてくる
 ベンチに腰を下ろしている足元にはノイズの洪水、夜の海に浮かぶ蛍光プランクトン。与えられた文明の泡たちがと古びた窓前に引き戻されてしまう事実が、ひとつずつ弾ける前に、私はその円から外れてしまった

 高い空に浴びて白く燃えるよう霧の森を流れる焦点の河を絞ったら、机上にただ、通知もない「帰るべき場所」とは、もっと根本的に陽だまりをみる
 ああ、うたうさかな。恋人も家族も友人もここにはいない。なあ、うたうさなか。やわらかい指紋の感触が熱に見えなくてもながいあいだ足を止め、誰の口にも属さない呼吸がこちらに、不死鳥に次いで
 濃密なタペストリに織りあげるなんて、醜怪は輝いている氷片残光、まあ迷子回路の模型風が元素に入っている。産湯。まだぬくもりの残るマニュアルに棲む誤植、さかさまの羽化。まさか! スマホを確認しても、ただの余熱や感情の核がどこにあるのか。手を引かれゆく! とけきれない体温、架空のカウントダウン、たまに見失うよ
 靴音と足跡、瞳と睫、標識と記録。水滴を含んだビニール傘か、もしくは読みかけの週刊誌の廃熱をしていて、いつ時代に置き去られたのか分からないまま、香水のように封じられる。ネオンテトラの濫觴、その程度の豊穣でありましたが

 今、触れられていたはずの気配外れの診療所で曲がった名前の束、陥没領域の波長に結合しかけた声帯、赤く腫れたレコード盤、持て余している存在が完全に確定される前に、掲げられている不特定のものを、捉え、網膜をすり抜ける《半生物》の総称である〝モノ〟に接し、連綿を改める
 感知されないレプリカ「何も意味はない?」そう知人は靴を脱いで撮影を試みてもピントがあわず、シーツにカーテンの照り返しに目を細めつつ、しあわせをなじるだけで。輪郭はまさに時間遅延のなかで、霞がかる抱擁は違和感を臆することなく、箱庭にちょうど入っております
 いつかこのまま折れ曲がったままの手がせめぎあいながら、記録されることを拒んだ記憶の表紙にだけ印字される。やわらかな雑草が割れめに、ふたりぶんくすんでいた風に それは容態と聞こえた気がした、ときだけに 破れたひかりに喃語を混ぜながら、間近に迫ったまばたきを検めていた
 あるいは監視カメラの黒い瞳が若かった頃に孵り、まるで盲目のふりをしていて驚嘆する化かし、伝えそびれたことがあったとき──誰よりも――その亀裂から――漏れ出すものは過去を巻き戻すか未来を編み直すか

「所在は、すでに特定済み」体の無音に耳を近づける。できるだけ、庇うように囁くように反転して降って湧く。夢の境界付近に限られるふたつの裂け目は鋭く尖り、体表は常に滲みを帯びており、その白い筋が絡まる鏡ではない

 そして再び啼け! 自己はいるのか判らなくなるあの、底を剥いてしまった高所での――水面下0.3秒の光にただただ濁っている。空きボトルみずくさい網棚の記憶障害が反応して脈打つように露われる
 ガラス戸のそばに立ち牢獄のかたちを惹きつけた疒。忘れられた言語の母音に寄生している安息。低い堤防に迫ってくる小糠雨。眼下には無数の蟻のように動いてくる彫刻
 なにかが爆ぜるような弾くような硬めて潰したびー玉の行方をふと、大きなときだけが地に根を生やし芽吹く蘖ごとあなた切り倒された、やれ木目地のうたが聞こえませんか

 自らの輪郭を解除し、タクトを振る。ただ合図だったはずなのに、眼球裏に付着し腐敗させること、また背後で息をする凶気のような体鳴楽器、私は今、落ちかけたヱ昊と会話していて。曇った眼鏡の内側で、空気を震わせながら流れてくる。折りめのついた火球か もうこの世に存在しないのものが。樂など舞踏だの つつみ、オレンジの焦燥を撫でる手 ちいさな子がふたり、サヨナラして。ほどあとに焦がしながらふたり、それは恵みだと謂れれば収まろうとする〝あのね〟は、かつて溶けたキャンディみたいだ

 経過をひとつ摘んでみる。神経を尖らせ回らない球体の拍動、どこへ向かうの? 詐病別名と癒やすのは一方で、記憶として立ち上がる時間の圏外――硬直した車輪の轍に貼りついている藻の領域まで奔りだす

 散弾銃で撃ちまくる。母親らしき影が近づいてきて 置き去りにする瞬間が自由で無秩序な場所として交差して倒錯している。残像を焼きつける金属製のスピーカーから生る 夢見心地の皮膚感覚で繋がれている/ボタンを無意識にいじっていた/「夕焼け小焼け」のメロディが。/ただ外から視ている、/冷たい風が一瞬吹いて、/スカートの裾が落ち着きがなく苛立っているような……軽挙妄動に隷え
 いまのわたしにはただの拒絶にちかい
「聞きたくなかったこと」を思い出す伏線でも、過去の端と黙し、ひなたぼっこして(代名詞)の舌を借りて、ワタシを嘘にした。じわりと滲むように、ひとつぶの形をひきこなしては、ひっかき傷を残していた きっと少女だった頃

 輪郭がずれている、殺意が、白い砂に釈けて静かな雨を閉じ込めている 夢に、そのフィルムの縁は奥に〝いつか〟として婚姻したところ。がんじがらめあたりの被写体が平らげる 継ぎめに溢れていく下記であり、まるで瓶詰めされたそれは〝水鏡〟と私ともいう
 こうして狡い水圧の変化とエグい鱗の反射でショボい旋律を編む。そんな怨念か まあやっとだ。読めなかった地図は解説された情熱を布いて、
 オブジェではない、(間をおいた一説がすること。)
 沈殿する。ひとさじが目的の図書館の舞台は個体差があり、世界はすれちがい、対比で眩暈がするだろう。わたしとは〝取り払われ鳥が羽ばたくばかりで、胸のしじまで小さな軋みがしたもの〟ですから
 だぶだぶした上着の背骨が支えきれず、足が途絶えるのを待って、有り余る遠くの声を抱えたまま、化け出る。
 極端な可視化と透明化のなかを游ぐ〝うたうさかな〟 
 空洞は溺れていて腹が減ったか。じゃあ夜更けのコンビニも街角で充満した静けさに対して、すこし質量のあるちんまりとした鱗がいちまいずつ流れ、うすらさびしさは同じ温度でノートの上で乾いていた。クソっ! 識る者のそれは、背広の袖を引きながら、コトバを持たずに体が冷え切るのを感じていた。そうだろ?

 あなたは生まれたことを禍の内にも中り
 泡だつ古いうたを、足れの声にもな狎れずに
 ワイヤレスに飛び回る不透明さに導きました
 ぬいぐるみの裡に〝棲ませる〟ことで 愛情と見誤る
 行き先表示は〘∞〙のまま夢の角度で凍結され
 すべて水色の点描で産められている

 椅子には誰かが置いていった星も、時間も、きっと今日を知らない
 このペンのないメモ帳と、傘の骨だけが限りなくあった

 プレーヤーはそれを「懐かしい音」と再生し、あるものは「自分の心音」と錯覚する。語る意志のない風景が生まれるときも、リピートされる空気が手をかざす、すきまに香った血潮は選択肢にない答えを物理的には飼育できず、乾いた場所では自然死する

 子どもが 親の手を ひきながら歩き、時折、何かを指しては
 (参賀し律に列ぶ 
 すぐ車のエンジン音にかき消される 主役はいつだって後者の形相
 また諳んじていて みづを掻く
 無心の視線 傾いている糸の切れた風船が演劇のようで
 、かみしめて いつくしむ

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七夕恋綴・終【星祭り再び】


空に近い 鄙びた社
紺青の空から降るは
白銀の欠片

場所 空気 人々の賑わい
手に持つ短冊の色
全て あの日と同じ

あの日との違いは私の浴衣だけ
白地にパステルカラーの朝顔は
落ち着いた色の古典柄に
けれど濃藍の生地に咲く朝顔は
より鮮やかに色づいた

朝顔柄に込められた意味は愛情
今夜は年に一度の二星の逢会
私も同じ夜に愛情を身に纏う

伝えたいの あなたに
痛んだ心が行き着いた先
なんのために私たちは出逢ったのか

幾年もの後悔の果てに見つけた光
もう一度 交わる道を探すため
数年ぶりにここに来た
短冊に最後の願いをしたためる

夏の夜空に 星を織る
この言葉に意味なんてない
けれど 願いならある

俺たちの名前 組み合わせると一つの文になるね

あなたがこれを覚えてくれていたなら
いいえ 忘れていても思い出して
もう一度
あなたと運命を重ねてみたいの
そのための これは私のけじめ

天の川 見える?

懐かしい声が鼓膜を揺らした
笹の葉から指が離れ
短冊が風に乗っていく

天の川? 見えない
見えるのは たった一人

朝顔の浴衣とても似合ってる 綺麗だ

星夜 懐かしいあなた
私の目に映るのは あなただけ





七夕の連作4篇です。
長いので分割投稿にしました。

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七夕恋綴・参【闇黒と夜陰】


ぽたり ぽたり
単調なリズムで滴る雨だれ

風雨に揺れる青もみじ
伝わる雫 深みを増す緑
彼のユニフォームの色を
知らず重ねている
年経て尚
鮮やかによみがえる その色

ぽたり ぽたり
また同じ季節がやってくる
ぽたり ぽたり
心を濡らす雨音に ただ身をさらす

夜の闇を覆う 分厚い雲
その果ての見えない星に目を凝らす
たとえ見えずとも それはそこにある
空の向こう 闇の向こうに星はある

あの日 二人に降った満天の星羅
もう二人で見ることは叶わない

一陣の風に
ひらめき揺れる緑の濃淡
空虚な胸に
じわりと広がる苦い波紋

ぽつりと呟く 忘れえぬ名
これは 私の無意味な後悔
これは 私が選んだ孤独

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七夕恋綴・弐【言い訳】


街灯のスポットライト 柔く滲む白光
踊るように舞い散る花びら
ピンクに染まった水面
ゆるゆると流れゆく花筏
たゆたう落花を見送る私は独り

短い盛りを終えた花びらは
流れに乗って街を出てゆく
先にこの地を去った彼を追いかけるように
夢を追い 旅立った彼

弱い私は追えなかったのに
そよ風に儚く散らされた花びらは
命を終えても追っていけるのか
なんて皮肉

あれは幻
空に近い鄙びた社
星降るひと時 非日常

あれは夏の夜の幻
だから簡単に壊れてしまう
だって私はここから離れられない
この小さな街が生きていく全て

前だけを見つめ
真っ直ぐに突き進む あなた
私の知らない世界で夢に向かい
日々を送る あなた
私の支えを必要としない あなた

そんな強いあなただから
ここで帰りを待つことが
もう つらい

だってね?
思いきって送ったメッセージ
もう何日返信がないんだろう
不安で 不安で 不安で
だからね?
もう 待つことをやめたいの

ゆるゆると流れゆく 花筏
ぐにゃりと滲んで揺れる
ピンクのさざ波
落花の最期の艶姿

ゆるゆると流れゆく 花筏
ただ見送るしかできない私は
また独りになる

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七夕恋綴・壱【星祭り】


空に近い神社の境内
短冊片手に くいっと首を反らす
見上げた夜の色は深く濃い紺青
散らばり煌めく一面の白い明滅に
今年もうっとりと目を細める

ねぇ 天の川 見える?

それだけのはずだった
突然耳元に降ってきた
あなたの声さえなければ

年に一度の祭り 皆で楽しもうよ

近い 近いです
声も顔もどっちも近いです
困ります 私

朝顔の浴衣とても似合ってる 可愛い

初めて会った男子にこんなこと言われて
すごくすごく困ってます
なんて返事したらいいの?
何をどう話したらいいの?
なんにもわからない

夏織 人見知りを克服しないと彼氏もできないよ と
女子の友だちにも呆れられる私なのに
もう逃げ帰っていいですか?

帰らないで 君にひとめ惚れしたんだ


嘘でしょう?
こんな地味な私にそんなこと有り得ない

君がいいんだよ
大丈夫 ありのままの君が好きだ

降る星明かりのもと
あなたがくれた囁きが私の身と心を震わせた
ほんとに? ほんとに大丈夫?
嬉しい言葉を
本当はずっと欲しかった言葉を
初めてくれた あなた

信じて心を開いても
わたしの心を見せても
大丈夫ですか?

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夜明けの唄        (訳詩 by エイミー・ローウェル)

緑の殻から白いアーモンドの種を解き放つようにして
あなたの衣装を剝ぎ取ろう、
愛しい人よ。
滑らかにして光沢のあるその核よ
いまや我が両手に数え切れぬ程の宝石よりも輝くそれが。







※百科事典によると、エイミー・ローウェル(1874-1925)は詩人の家系とでもいうべきところの出であるそうだ。(以下の二人を私は知らないが)奴隷解放を訴え、ロングフェローの跡を継いで近代語をハーバード大で教えた、ヨーロッパの教養を身につけたフェームズ・ラッセル・ローウェル(1819-1891)や、ピュリッツァー詩賞(え、ピュリッツァー賞って詩の部門もあるの?!)をとったり、第二次世界大戦後のアメリカ詩壇の中心となったりしたロバート・ローウェル(1917-1977)などを輩出したローウェル家である。彼女は1913年にイマジズムの文学運動に参加し、エズラ・パウンドの後釜となって主導的役割を担う。そのイメージ中心の詩は、イマジズムに彼女の名前をかけて「エイミジズム」などと呼ばれたりもしたそうな。もっとも、その運動自体は短命に終わったそうだが、イマジズムの影響はアメリカ詩においては大なるものだった。彼女は日本の俳句などに関心を抱き、日本開港を扱った作品もある。

私はここしばらくずっとイマジズムの詩人たちの英詩を訳している。いずれも、どこかで名前は聞いたことがあるし、たぶん、20世紀の名詩選みたいな本で、その詩を幾つか読んだこともあるのだろうと思う。しかし、エイミー・ローウェルの詩は、記憶にない。忘れているだけかもしれないが、忘れるほど印象に残らなかったのかもしれない。この詩は題名からして恋愛詩だと思うが、直線的ではあるが、生々しい記述がなく、どこかしら穏やかなエロスが薫り立つ。「緑の殻から白いアーモンドの種を解き放つ」なんて、彼女の生活圏内の素朴な出来事であろうから、生活感溢れる表現である。恋人たちは床を共にし、夜明けになってみれば、彼女の両手が愛でているのは、いとしい人間の虚飾を一つ一つ剥ぎ取ったところに立ち現れる真実の姿なのであり、それがいかにも眩く見えるのである。


      Aubade

As I would free the white almond from the green husk
So I would strip your trappings off,
Beloved.
And fingering the smooth and polished kernel
I should see that in my hands glittered a gem beyond counting.

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小さな星の軌跡 第十五話「星降る夜のお泊まり会」

https://note.com/chikusui_sefuri/n/n2be1aa0208a8
登場人物紹介


コンコン
「おーい、耳納はいるか?」

おや、天文部顧問の先生が部室までやってきた、珍しいけどなんだろう?

「あ、先生。やっぱり無理ですか?」
と耳納先輩。

「すまんけど12月は観測会、中止にしてくれ。ほかの先生にもちょっと声はかけたんだが...」

 期末試験が終わって、冬休みに入るその直前。新しい望遠鏡も届いたのに、学校で星を見上げるチャンスがないなんて……と思わないでもないけれど、師走だしね。

 だからその代わりに。

「ちーちゃん家でクリスマス会! やりましょう!」

 みっちゃんが掲げた号令のもと、集まるのは六人の女子。天文部の1年女子三人組とおまけ(?)のおーちゃん。2年の柳川、大川先輩コンビの女子限定、ケーキ持ち寄り、そしてそのままお泊まり会、という豪華三本立てとあいなりました。

 さてさて、するっと終業式も終わり、冬休みとなった12月24日の我が筑水家のマイ自部屋。
日が暮れる前に皆様続々と集まってくる。

「わたし、ガトーショコラ作ってみました」
おーちゃんが女子力の高さをまざまざと誇示している。流石旧家のお嬢様。

「私は……コンビニの苺のやつ、だけど、ほら、可愛いし!」
みっちゃん...あなたの愛するおーちゃんは手作りなのに……

「ケーキって一人ワンホール……?」

 箱を開けるたびに歓声が上がって、わたしの部屋には甘い香りが広がってゆく。 テーブルの上には大小様々なホールケーキが6つ並んでいる。

「それぞれ六等分して全種類食べるの?」 「つまり、一人六ピース……?」

 静かな大川先輩の言葉に、全員が一瞬真顔になったのち、

「よし、食べよう!メリークリスマース」

 乾杯代わりのジュースを掲げて、6人はケーキへと手を伸ばした。

 とは言え流石にいっぺんに六つも食べれる分けはないので、二つ三つ程食べた後はお菓子やチキンをつまみながらの女子トークとなった。

さいしょはわたしの部屋に三人、客間に三人寝るつもりだったけど柳川先輩の

「いいじゃん、ぎゅうぎゅうでも」

の一言で無理やりおふとん押し込む算段となる。しばらくは食べたり飲んだりわいわいがやがや。

コンコン
あ、お母さん
「先にお母さんがお風呂は頂いたから、あとは皆さん適当に入ってね」

と言うことで先輩お二人、みっちゃんとおーちゃん、たかちゃんとわたしの順で入る事にした。ここから先はパジャマパーティだわ。

まだまだ夜は長い、カーテンの隙間から見える夜空は、少し雲がかかっていた。

「ケーキ食べすぎた……」
「お風呂のあとに、あれはダメだって……」

ごろごろと誰かが寝返りを打つ音。静かな呼吸の中、ふいにたかちゃんがつぶやいた。

「……恋人と過ごすクリスマスって、どんな感じなんだろうね」

その一言に、空気が、ぴたりと止まる。
隣の布団でうつ伏せになっていたおーちゃんが、のそのそと顔を上げた。

「たかちゃん……んふふふん……今まさにわたしとそこにおられる三智さんのお話を聞きたいと?」

「え、あ、ちがっ……ちがう、そういう意味じゃなくて! ほら、なんか……ちょっとちーちゃんとか!」

ん、矛先がこっちに来たぞ。

「耳納君と、いつからだっけ〜。……6月くらい〜?」

大川先輩の声は優しいけど、どこか探るようでもある。
柳川先輩は、何も言わない。ただ枕元で、もふもふのクッションを抱いている。

「ええと……そう、あの、梅雨の頃、から……で」

わたしの声はなんだかいつもより小さく、ちょっと震えてしまった。
でも、ほんの一瞬みっちゃんと目が合って――うん、と頷かれる。

「……いまも、仲良くしてます」

正直に、でもぎりぎりのところだけを言葉にした。

すると、みっちゃんが声をひそめて、ちょっと含み笑い。

「ふふーん……じゃあ、新年は二人で初詣なんだ?」

「……えっと、着物は一応準備ちゅぅ…なんだけど…」

「ちーちゃん、そこまで気合い入れて…」
と、たかちゃん。そのまま続けて
「……先輩、優しそうだもんね」
「いろんなとこ、きっと丁寧にしてくれそうだし……」

「えっ、えっ……!」

たかちゃんの妙に意味深な言い方に、みっちゃんとおーちゃんが吹き出す。

「ちーちゃん、顔まっか!」

「うるさぃ〜〜……!」

毛布に潜ったわたの背中を、おーちゃんがとんとんと軽く叩く。
「でも、いいなあ。そういうの。大切にされてる感じって、たぶん、すごく幸せだよね」

その声は、優しく響いた。
誰も、それ以上は聞かなかったけど、誰もが想像して、そして温かな空気だけが漂う。

やがて夜はふかくなり、誰かが「ねむい……」と呟いたあと、しずかに夢へと流れて行きそうな雰囲気。な、その時。

「……っていうか、川川先輩たちって」

ぽつりと、たかちゃんが言った。
部屋の灯りは落として、キャンプ用のLEDランタンが柔らかく布団を照らしている。ケーキでお腹がふくらんだせいか、会話はとろけるようにゆっくりだ。

「え? なに、いきなり〜」
大川先輩の声が、ちょっと笑っている。

「いや、わたしたちって、みっちゃんとおーちゃんがくっついてて、ちーちゃんと耳納先輩があって……」
「……川川先輩たちって、どうなんですか?実際のところ……」

おーちゃんが「それわかりますー」と、ちょっと起き上がって毛布をかぶり直した。

「それでですね、先輩たちって一緒に帰ってるじゃないですか、ほぼ毎日」
「生物部の活動終わってから、天文部の方にも来てるし」
「なんか、あれだよね。自然に“ふたりで一人”みたいな」

みっちゃんが枕に顔をうずめて、にやにやしながら小声で、

「ねーねー、どっちが攻めなんですか?」

「こらっ!」

柳川先輩がタオルを投げてきた。
みっちゃん、見事に命中して「ひゃっ」と変な声出した。

「攻めとか受けとかじゃないってば、ほんとに」「ねえ、大川?」

「うん……わたしたちは、ただ一緒にいるだけだから〜」
大川先輩は、毛布にくるまったまま、ゆっくりと答えた。

その声は、少し静かで、でもすごく、確かなものだった。

「付き合ってるとかじゃなくて、うーん、言葉にすると安っぽくなるような……でも切れない関係って、あるのよね〜」

「それ、ズルい〜」
みっちゃんが布団の中からうめいた。

「なんか……かっこいいのに、いちばんロマンチックじゃん、それ……」

「じゃあ、ちーちゃんは? 先輩と、ずっと一緒にいたいって、思う?」
と柳川先輩。

急に話をふられて、わたしは小さく息をのみこんだ。

「……うん、思い…ます」

その声は、たぶん今夜いちばん小さくて、でも何より強かったと思う。

沈黙。

そして――

「…したんでしょ?」
みっちゃんが唐突に爆弾を投下した。

「みみみみっちゃん!!ちょ、ちょっとっっ!?」

たぶん今夜で一番大きな声だろう。

「ごめん! ごめんってば! でも……でもいや、みんな黙ってるだけで、」

「寝るっ!!」

「やっぱりちーちゃんがいちばん乙女だったね〜」

布団の中で、恋と笑いとぬくもりが、あわく溶けていく夜だ。

みんなが笑って、枕が飛んで、わたしが赤くなって。
 場の熱が落ち着いたとき。おーちゃんが、ふとつぶやいた。

「……あれ? そういえば、たかちゃんって……」

 一瞬、空気が止まった。
 あわてて口を手でおさえるおーちゃん。

「うん、いいよ、分かってる」

 たかちゃんは、笑った。

 きっぱりとした口調だった。でもその笑いは、誰より優しかった。

「そうだねー、わたしは、今のところはね。でもまあ、鉱物が恋人ってことで」

「……でもね」

 ちょっと静かになったところで、たかちゃんがぽつりと呟いた。

「わたし、まあ誰かと一緒にいたいな、って思う時はあるけど……今はこのみんながいて、それだけでいいって思ってるかな。ほんとに」

「うん……」
 わたしはたかちゃんの横顔を見て思った。
 このひとは、強い。でも、ちゃんとやわらかいところも持ってる。

 ——たかちゃんにも、すてきな人が現れたらいいな。
 そんなことを、思った。

「でもたかちゃん、さ。お兄さん好きなんだよねえ〜?」
柳川先輩が、半分からかうように、でも目を細めて笑って言った。
 部屋の空気が「おっ?」となる。わたしはおーちゃんと顔を見合わせる。
「お兄さん、って……あの写真部三年の基山先輩のことだよねえ」

 たかちゃんは、ぽかんとした顔をしたあとで、ふっと肩をすくめた。

「ええ、まあ、兄は兄ですから」

「え〜? でもちょっとタイプなんじゃないの〜?」

「わたしが“お兄さん好き”って、そういう意味じゃないですから…」

 たかちゃんがクッションを手にする。

「そもそもね、兄は堅物ですから。そりゃ妹としては可愛がってくれますけど」

「あっ、それ、ちょっとわかる……」
 おーちゃんが思わず笑う。

「私も兄と姉がいますけど、さいしょは身内で、そして少しずつ離れていく、ですよね、兄弟姉妹って」

おーちゃんとたかちゃんはうんうんと頷いた。

「じゃあ、掛け持ちの朝倉先輩は?」
みっちゃんが水を向ける。

「あの人は……ちょっと正体不明です。やる事は真面目だけど、飄々としてるし。耳納部長と仲が良いのも変な感じ」

「先輩に聞いたら同中だそうです、一緒に剣道してたって」
とわたし。

「そうそう、だから1年の時の早朝鍛錬で〜他の男子はジャージに防具なのに、耳納くんと朝倉くんは剣道部員といっしょに剣道着を着てたの見たよ〜」

「ちょっとまった、大川先輩。何一人でそんな美味しい先輩を見ているんです。ずるい」

 わたしの声に皆が噴き出す。

「でもたかちゃん、朝倉先輩は置いといても、来年になったら後輩できるじゃん?」

 みっちゃんが、ふっと意味ありげに言った。

「……それが何か?」

 口元だけで笑って、たかちゃんはケーキのフォークを動かす。

「いや〜、もしかして、“未来の天文部員”から選ぼうとか思ってるんじゃ……?」

「どうなんでしょね、でも、新入生にいい子がいたら、ちゃんと導いてあげたいとは思うかな」

「導くって……どちらの方向でしょう?」

 おーちゃんが横から、んふふふーと笑顔で口を挟む。

「星の導入と一緒よ。極軸合わせが肝心なの」

「わぁ出た〜。望遠鏡ネタ!」

「あとでズレないように、きっちり極軸合わせとくの、大事でしょ?」

 言ってる本人は平然としてるけど、全員が大爆笑。

「……でも、なんかたかちゃんらしいよね」

 わたしがぽつりと言うと、たかちゃんは一瞬だけ照れたように目をそらして、

「そう? じゃあ、ちーちゃんたちは手本になってね、後輩の」

「ひゃっ……」

 またブーメランが飛んできた。耳まで真っ赤になるよ。

「でもさー、来年の新入生に男子いるといいよね。わたしたち一年って、女子だけだったし」

 たかちゃんがクッションにごろんと寝転びながら、天井を見て言った。

「だってさ、男子がいると……なんかこう、部活の雰囲気も変わりそうじゃない?」

「たかちゃん、期待してるんだ?」
と柳川先輩。

「いや、別に“そういうの”ってわけじゃ……え、いや、あるかも……?」

 みっちゃんが吹き出して「自白した!」って指をさすと、たかちゃんはクッションで顔を隠す。

 しばらく来年に期待を膨らませた話が続く。そしてそのあとに、

「じゃあさ、今年の天文部で一番の思い出って何?」

 みっちゃんが言うと、みんなちょっと黙って、それぞれのカップを見つめたり、手元のお皿をいじったりする。

「……うーん、文化祭の展示かなあ」
「わたしは雨の観測会、プラネしたやつ」
「月面Xの日!あれ感動した〜」

 ぽつぽつと声が出るなか、わたしも声を出した

「わたしは……」

 言いかけて、ちょっと黙る。
 みっちゃんと目が合った。にこにこしてる。おーちゃんも小首をかしげて、待ってくれてる。

「……耳納先輩と、えっと」

 その声に、たかちゃんがちょっとだけ反応して、目線だけわたしの方を向く。

 声がだんだん細くなっていく。

「わたし、言ったんだ。星を見るのが好きになったの、耳納先輩のおかげだって……」

 しん、とした。
 でも、それは気まずい沈黙じゃなかった。
 みんな、それぞれに気持ちを大切に扱っている空気だった。

「……そのあと、あの、ちょっとだけ……手をつながれて。わたし、もうすごく嬉しくて……」

 ここでちょっと顔が赤くなる。
 みっちゃんが、わざとらしくコホンと咳払いした。

「ちょっとだけ?」とおーちゃん

「……ちょっと、だけ、じゃなかったけど……」

「おーちゃん、ストップ。これ以上は語らせると検閲が必要になるよ、ちーちゃんの目が寒中水泳しだしてる」

 たかちゃんが笑いながら手を横に振ると、全員が一気に噴き出した。

「な、なにそれ、ひどい〜〜」

 わたしは顔を手で隠したけど、その指の隙間から、笑顔は零れてただろう。

 おしゃべりの波がいったん落ち着いて、時計の針がひとつ音を立てる。

 カップを片付けて、ケーキの箱の隅に残ったラズベリーをつまみながら、わたしはなんとなく窓の方を見た。

 外は真っ暗で、窓の向こうにはわたしの部屋の明かりが反射しているだけ。星は、たぶん見えているはずだけど、みんなの姿が重なってよくわからない。

 誰かが布団にごろんと転がって、誰かが寝袋を広げて、ちょっとだけ眠たそうな空気が漂う。

「……えっと、ねえ」

 わたしは、小さな声で言った。

「わたしね、ほんとは……最初、ただ先輩のことが『楽しそうだな』って思っただけだったんだよ」

 誰も返事をしなかったけど、たぶん聞いてる。

「さいしょは、部活紹介で、先輩の喋る姿を見て。それが、だんだん変わってきて……。今はね、先輩といると、怖くないの。どんなふうに見られても、わたしはわたしでいいって、思えるの」

 みっちゃんが、膝を抱えて寄りかかってきた。温かい。

「いろんなこと、あったけど……でも、それがあったから、わたし、今こんなふうにみんなと笑っていられるんだなって思う」

 小さな沈黙。

「……ちーちゃん、さ」

 みっちゃんの声が低く、優しく降ってくる。

「うん」

「それはね、あんたがちゃんと、そうやって自分で進んできたからだよ」

 その言葉に、わたしはちょっとだけ泣きそうになった。

 おーちゃんが「なにしんみりしてんの〜」と、毛布の山から顔を出してきて、たかちゃんは照れくさそうに「……それな」と一言。

 川川先輩たちは二人で寄り添いながら、なにやら目配せしている。

 ああ、この夜を覚えていたい。
 全部、ぜんぶ――ほんのり甘くて、あたたかい、ちいさな星の光のような夜だ。

しんみりとした空気に、お茶のおかわりを注ぎ直す音が混ざって、みんながそれぞれの場所に身を落ち着けようとしていたその時だった。

「……でさ」

 たかちゃんが唐突に呟いた。
「わたしと朝倉先輩だけが、部室に取り残されるんですよ? 観測会の深夜自由時間」

 場が一瞬止まる。
みっちゃんとおーちゃんが同時に口を挟むが、たかちゃんはどこか冷静な顔で続ける。

「川川先輩、お二人は……あの時間、どこで何してるんですか?」

 柳川先輩が、まるで言葉を噛みしめるように口元に手を当て、大川先輩はあからさまに視線を泳がせている。

「わたしたち……?」

「べ、別に〜たいしたことは〜〜」

 たかちゃんは腕を組んで、表情ひとつ動かさずじっと見つめている。

「……ほう、真夜中に第一理科室隣の生物部室で」
たかちゃん、追求する気だ。全員がたかちゃんと先輩たちを交互に見ている。

「大川、な、なによその顔ー!」 「ふふふ、なにってほどのことは……ふふふふ……」

 柳川先輩の肩に寄りかかりながら、大川先輩が声をひそめるように笑った。

 その様子を見ていうちにわたしはたかちゃんに話しかけた。

「たかちゃんも、誰かと観測会で夜の自由行動してみたら?」

「誰かって?」

「そりゃ……来年の新入生?」

「ちーちゃん……!」

 おーちゃんは「じゃあ男子じゃなくて女子だったらどうする〜?」なんてまた余計な一言を投げてくる。

 ほんの数分前までしっとりしていた空気が、もうすっかり女子6人の夜会に戻っていた。

 でも、どこかで――
 それぞれが胸の中に、小さな秘密の星を一つずつ持っている。
 そんな気がした。

まだまだケーキも残っているし、もう少し女子会は続くけど、あとはおふとんにくるまりながらうとうとと。

それじゃあおやすみなさい、またね。

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幾時代かがありまして

ちがう時間軸に立ち
ぽつねんと呟いている
過去世のあらゆる先祖は
big motherとなったワタシであり
壮絶な死の記憶が
風景をかたちづくっている
時間だけが
溶岩のように
流れている

  聞こえますか
  聞こえますか
  未来のワタシ

風景に埋没するまえに

  応答せよワタシ
  オウトウせよ私

  

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令和七年七月七日 ーー 川柳二十句 ーー

令和七年七月七日 ―― 川柳二十句 ――


笛地静恵



冷や飯へ水をぶっかけサラサラと



オフィスの内からも外からもコード蛇



メロディの鱧の薄切りホ短調



一輪の白い牡丹を活け白骨



車窓には青田の中の神社かな



ぴっちりと裾を合わせてアイロンを



山盛りの大根の瑪瑙を沈め



キツネに乗る馬 七月五日



ふるふるとふちまでふるえひややっこ



秒殺の子猫ダッシュを瞬足に



悪の見方だ正義仮面だ悪い人だ



紫陽花の赤方偏移血は流れ



七厘のクサヤを炙る勝手口



一切は誘蛾といえど尸解かな



噴水を自立心とし我が天下



重力と戦い止めぬ噴水は



失敗をしたくないから料理しない



効率の尺度で測る恋愛を



美形をさ待ち受けとして偽るの



短冊へ平和と書いて筆の子は





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