投稿作品一覧
「駆ける馬」
見送るのは逆で
わたしがあんたを
ではなくて
あんたがわたしを
になっている
足から上って行った先の頭みたいで
すこし おかしい
わたしの生徒だったあんたは
汗と埃と乾いた血の匂いのする
倉庫の奥から出て来て
人びとの脱皮した服を
売っている
わたしにも 一つ勧めて
これなんかどう
と言って わたしの体に
合わせるけれど
わたしはなんだかむずがゆい
とっくの昔に それは
合わなくなっている
色あせた青
数百回と水にさらして
擦り切れたピンク
ほんとうは
買ってあげたいけれど
わたしはやわらかく
拒む
なにか置き去りにしてきたのか
確かめにやって来たのか
あいまいにほほえむわたしを
あんたは見逃してくれる
ここでいいからと言ったけれど
あんたは公園までついてくる
緑がまぶしい
もうとっくに
反対になっている
それは
足から頭までたどり着くようなもの
だから
あんたは私を見送ってくれる
公園の
芝生の上を
風が
走り抜けていく
そのとき
わたしは
一頭の馬になって
向こう側へ
駆ける
にんげんになりたい
『にんげんになりたい』
「わし、にんげんになる」
姉のララがドームの高い天井に映された蒼天を見上げて突然呟いたのは、ふたりが同時に稼働を始めてから六十三年経った、ある日のことだった。
丸く甘いミントグリーンの硝子玉は、その空を映していつもより光を増して見える。
「なんで」
弟のリリは静かに問うた。
「たのしそうじゃけん」
「たのしそう」
同じ言葉を繰り返しながら、リリはふたりが立ち尽くす大通りの傍を、手を繋いで通り過ぎる親子に視線を向けた。
安定した気候。快適な気温。汚染されていない空気。光に溢れ清潔な守られた世界で、ふたりの目に映る人々は、満ち足りた平穏に身を浸している。
路面のゴミを箒の先でつつきながら、ララは塵取りを構えるリリの顔を覗き込んだ。肩上で切り揃えられた白い人工毛が、さらりと音を立てて落ちる。
「リリもにんげんになる?」
にんげんになる──その言葉が、リリには理解できなかった。
「なんで」
「だってわしらふたりでひとつじゃろう」
「そうじゃ。はなれたらおえん」
頷きながら、リリの中枢核のあたりが、じじっと音を立てた。
「だからリリもにんげんになる」
「ええけど、なんでにんげんになりたいん」
どうしてそんなに人間にこだわるのか。同じ型番、同じ人工知能、同じ材質のボディ──双子の姉弟お掃除アンドロイドとして売り出されたふたりのはずが、リリにはララの気持ちが分からなかった。
「ここのあたり」
ララは瞳と同じ色のボディの胸辺りを指先で押した。
「じりじりいいよる」
リリは自分の胸の同じところに指を当てた。
「ずうっと、じりじりいいよる」
中枢核が、じじっと音を立てている。
「にんげんになったら、このおとがきえるじゃろう?」
きっと人間は、身体の中からノイズなんて聞こえない。じりじり、ざあざあ、ドームの外で荒れ狂う砂嵐みたいな。
「リリのここも、ひどい」
ララの指が、リリの胸を押した。
「こら、またお前たちは雑な仕事して」
その声に、ふたりは同時に振り返った。黒いバンから降りた大柄な男が、肩を怒らせて歩み寄る。
「ここはもうきれい」
「つぎにいく」
男を見上げるふたりの息の合った声に、太い眉が吊り上がる。
「明日ここをもう一度だ。何度言ったら分かる。ゴミ一つ残すんじゃない」
言いながら、男がふたりの背中の燃料ポッドに燃料を注ぐ。
バンの扉が閉まる音に、ふたりは再び車へ視線を向けた。大柄の男と対照的な痩せた男の姿を見て、リリの中枢核が、じじっと大きな音を立てる。
「そろそろ廃棄ですかね」
手元のタブレットを叩きながら、痩せた男は吐き捨てた。
「最近エラーがよく出ますしね。特にララの方がひどい。一日中アラートが鳴りっぱなしですよ」
ララの中枢核に巻き起こった一際激しい砂嵐は、リリにも聞こえるほどだった。リリはララを振り返り、握り締められた手を取った。
リリへ顔を向けたララもまた、拳を解いてリリの指に指を絡めた。夜になり、街の片隅で休眠モードに入る時、ふたりがいつもそうするように。
ふたりをじいっと見ていた大柄の男は、随分と弱い声で呟いた。
「でも、こいつらは離れたくないみたいだから」
その言葉に、痩せた男が大きな溜息を吐く。
「変な方言なんかふざけて組み込むから、愛着湧いちゃうんですよ。ほら、燃料補給終わったら次行きましょう」
痩せた男が離れるにつれて、音が静かになってゆく。
「明日はちゃんとやれよ?」
男の大きな手が、ふたりの小さな頭を撫でて離れていった。
遠ざかる車を見送って、ララは染まり始めたドームの空を仰いだ。
「わし、にんげんになる」
リリの中枢核で、ざあ、と新しい音がした。
「わしも、にんげんになる」
リリの言葉に振り返ったララの硝子玉が、偽物の夕陽の中で煌めいた。
「じゃあ、あしたからかんさつじゃ」
うん、と頷いて、ふたりは手を繋いで歩き出す。
ゴミは、その場に置いたまま。
了
room (blue)
いつか、何処かの天体で
ありふれた日々を
ありきたりに刻んでいる
最後のさよならを云う時に、
そこにある冷えた空気は
青白い幽体の影か幻か
薄暗がりの室内 そこにある植物は
やすらかに眠る
日々に、
絶え間なく訪れる
雨、と風に舞う煩いごと
光に分解されて
窓から射し込む光が 壁を這い床を伝う
酸素の濃度に淡い蔦の絡む
音は、きっと優しい声で
囁いているのだろう
電子顕微鏡に映る木星は
相も変わらず
愛想のない笑顔で
遠くを向いて俯いている
[ゑ]ゑビスビール
カウンターで烏龍茶を飲み
ご飯の(中)と塩辛と、野沢菜と、つくねハンバーグを頼んだ。
隣のやせ細った中年が「ここは酒飲みの場だ!」と私を糾弾する。
バツの悪い私は桃烏龍を一杯頼む。
店員が気まずそうにすると私自身も気まずくなる様子に居た堪れないような、申し訳ないようなおもいでいっぱいだった。
頭上端に追い詰められたブラウン管テレビは野球中継を表情に表し、見るものは、負けている阪神に対ししかめっ面を向ける。
中年は「今年もダメじゃねが!」と毒を吐いて、その毒が私のつくねハンバーグにスパイスとなった。
縦縞のシャツに身を包んだ店主と中年はプレイヤーのバッドシーンを肴にビールを喉に通らせていく。
茶色の瓶から保冷されたミニグラスへ注がれる黄色は白の泡になりて、トクトク、シュルルシュル、という音を、こんな喧騒の中でも私の耳に与えてくる。
それは居酒屋という名の通過儀礼のようなもので、私のような下戸は本来淘汰される忌人なのかもしれない。
私は飲めないが、誰かが飲んでいる姿が好きだ。
愚痴を吐き、アルコールを流し、
罵声を吐き、アルコールを注ぎ、
笑いを撒き、アルコールを浴びる、
そんなどうしようもないほど全力な彼らが愛おしい。
野球中継を、枝豆を、店主の声を、喧騒を、狭くほこりっぽい空気を彼らは肴にしてその黄金色の液体を嚥下するのだ。
今を流し、明日を顧みらず、味は分からず、ただ、酔いしれるため。
どうしようもないほどの渇きを、潤わせるために今日もここは賑わっている。
中年の飲むビール瓶のラベルを見る。
恵比寿様は微笑んでいる、私ではなく、彼らに。
それがたまらなく悔しい、なんて思ってみたりもする。
恵比寿様の籠に鯛の尾が見える。
あなたの幸運は好きな野球チームが勝つことか、または宝くじでも当たることか、
今、この場の酒が美味い、それだけでいいか。
私は飲めないことをわかっていながら、微笑む恵比寿様の後光のようなものに当てられた(きっとそうだ)から、私はビールを注文した。
中年は嬉しそうだった。
ぽえってみた
一度寝た男が、電車の同じ車両に乗っていた。それまで思い返すことがなかったので、ああ、そういえば彼は次のF駅に住んでたっけと思い出したりした。ペニスが太かったこともついでに思い出した。
私はその5駅先が最寄駅なので、しばらく下を向いて、ときどき彼の方をちらりと見たりしたが、やはり俯いておくことにした。二十一才の時に出会った女の人とは、寝なかった。
彼女は消えた。
私が書き始めたのは二十一のときで、それは彼女について書くためだった。
私が書かなくても、彼女を覚えているひとは沢山いるのに、私はまだ書いている。彼女に見つけて欲しい。本当はただ、その先で彼女と寝てみたいのかもしれない。わからない。でも、私の太腿の、細かく毛細血管の走った、付け根を、可能な限りの近さで、見てほしい。私が彼女を見つめ続けるこの距離で。
ああ、けがらわしいポエム!
きみもよい夢を見なさい。
ばんえい競馬
灼熱
ばんえい競馬
歓声が
重く残りし
コース場
燃え上がれ
歴史と金銭
人の思いを
ソリに載せて
レース始まる
号砲に
重種馬
突き進み
超越せし
小障害
進む命
なおも燃えつつ
滾り出し
歓呼従え
爆発してく
歩くよに
重く引きずり
歴史負い
歓喜従え
吹き湧き上がる
立ち止まり
大障害
息を吸い
命合わせろ
熱熱上げて
一斉に
挑みかかるは
馬と人
絶望的な
坂に向かって
喝采に
競馬場が
揺れ動く
世界唯一
その熱により
越えに超え
重量引きて
進みゆく
馬体から噴く
蒸気機関
灼熱
吹き湧き上がる
熱狂の
命は重し
ばんえい競馬
つきなみ怪談 路地の声
休日に隣町まで散歩に出た時のことだ。古本屋を何軒かまわり、買い過ぎた本の重みで肩掛けの鞄が少し重くなっていた。そろそろどこかで夕飯でも食べようかと住宅地へ入った。近道になる細い道で、垣根の躑躅が夕陽に照らされていた。まだ咲き始め、といった具合だった。
その道の真ん中で、小学生くらいの男の子が四つん這いになっていた。何かを探しているらしい。
「どうしたの」
声を掛けると、
「コンタクトを落としたの」
と言った。坊主頭のこれといって特徴のない子だった。少しおかしいとは思ったが、一緒に探すことにした。
十分ほど経った頃だった。
ふと顔を上げると、垣根の躑躅が満開になっていた。さっきまで咲いていなかった枝まで、白い花で埋まっている。
見間違えたのかと思った。
男の子は、
「ないなぁ」
と呟きながら、まだ地面を探している。
「ないなぁ」
少しして、また聞こえる。
「ないなぁ」
気付くと、その声だけが路地じゅうに残っていた。
名前のない
名前のない残業
名前のない余白
名前のない帰り道
名前のない落とし物
名前のないまなざし
僕らのあいだにある、
名前のない距離
名前のない兆し
名前のない気配
名前のない始まり方
名前のない終わり方
名前のない境界線
まだ誰にも触れられていない、
名前のない静けさ
ラタトゥイユ
フライパンで妻が
僕の持ち帰ったトマトとナスと
その他大量の有機栽培野菜で
見慣れない料理を作った
塩は肉を炒めたときしか使わず
トマトの酸味とズッキーニの旨味と
いろんなハーブの匂いがしている
ーグリーンカレーかと思ったけど、カレーじゃないね
ーイタリアンだよ
ーエスニック料理かと思った
ーもとは影響あるのかも。アフリカの人も好きみたいだから
ふうん。
と、僕は思う
ちかごろ妻はアフリカ人の暴食動画を毎日見ているので
アフリカの食生活に詳しいのだ
ーおいしいね
ーラタトゥーユ
自慢げに妻は言う
そうか、これがラタトゥイユってやつか、と僕は思う
ープロバンス地方の伝統的な郷土料理なんだよ
ープロバンスってよく聞くけど、どこにあるの?
ーイタリアのどこかでしょ
有名な観光地で、
プロバンス出身の有名な歌手がいっぱいいて
みんなラタトゥーユが大好きなんだって
ーそうなんだ
有名な俳優とかもいそうだね
と、僕は言う
短時間で、香りを飛ばさず強火で煮た野菜が
彩りも緑、黄色、紫、赤、ベージュと鮮やかだ
妻はいつも絵を描いていて
ときどきはイラストの仕事もしてきた
そればかりか
彼女の絵を好きになった僕が
この絵の作者にひとめ会いたいと、
彼女の個展に行ったのが
僕らのなれそめなのだ
僕も絵は好きだし
そればかりか
ピカソ、ゴッホ、ルノワール、セザンヌ、マティスは
(いずれも南仏プロバンスを愛した画家)は
ものすごく好きなのである
だがそんなことは
二人とも翌朝まで
まったく思い出さず
僕らの晩ごはんのラタトゥイユと
二枚の皿の並んだ
小さなテーブルの上では
イタリアのどこかの市の
たぶん広々とした真っ黒な大地の
プロバンス地方に揺れる
トマトとナスと
ニョキニョキ生えてるズッキーニを
水晶みたいな陽光がすてきに照らして
穏やかな風が吹いていた
夏の始まりは
太陽が頬擦りするかの様に近くで照り付けようとも、
蝉が地中での沈黙を破ろうと胸を膨らませ様とも私の夏は始まる事はない
玄関先のポストの中の公共からの知らせとダイレクトメールに混ざって
どの投函物よりも暑い封書を受け取るまでは、私の夏は始まる事はないのです。
<夏より>
真っ白な封筒に
私の名前だけが書かれていた
中には透き通るような水色の便箋
水が流れる様な文字で
「もうすぐ いくよ」
それだけが書かれていた
便箋を封筒に戻しても
流れる汗は止まらず
蝉の鳴き声は勢い衰えず
もう来ているじゃないか
手紙を出すのが遅すぎなのだよ
封筒の裏に書かれた差出人の
「夏より」の文字に文句を言った
日焼け止めで太陽を遠ざけたり、蝉が雌だとしても お前は雌だから鳴けぬと諭したり
夏よりの手紙の前では野暮な醜態を晒す事なく今年も夏を粋に楽しみたいものだと封書を清流へと流す。
関係者
彼女がひとりぼっちで 部屋の片隅で
電気もつけず膝を抱えて震えていたとき
ノーテンキなボクはいつものように
テレビの前でゲラゲラ笑ってた
彼女が例の彼氏と別れたって
人づてに知ったときも
ボクは取り立てて気にするでもなく
日々バイトに明け暮れてた
それから彼女があまり外を出歩かなくなったと
彼女の友達から聞かされたときも
久しぶりに部屋を訪ねてみたら
そこいら中にクスリと酒瓶が散らばってて
一体どれだけの量のクスリ飲んだのか
今にもぶっ倒れそうにふらふらと それでも笑う彼女
ボクにはカンケーないことだと何も見なかったことにして
めちゃくちゃに酔って騒いじゃ
意味もなく朝まで
カラオケで歌いまくったり
サイコーサイコー
サイコーサイコー
彼女とボクと
イカレてるのはどっちなんだってさ
くだらねえ
まったくもって くだらねえ
風の吹くがごとく 彼女の噂は絶えることがなかった
外に出歩けないことになってるはずの彼女が
夜の繁華街で知らない男の腕に抱かれてただの
何着もの高い服を買いあさっては
店を出るなり おもむろにバッグからハサミを取り出して
半狂乱になってズタズタに切り裂きまくってただの
突然泣き出したかと思えば
また突然に奇声をあげて叫んだり
親切なお節介焼きが いかにも
心配してます風でボクのところへ持ってくる
ボクにはどうすることもできないよと
一言半句も云おうものなら
最低のクズ野郎呼ばわりさ
まったく敵いやしないじゃないか
そんなに云うなら お前らがなんとかしてやれよ
って云えば
あたしたちだと彼女
気分を害するかもしれないでしょ
だってよ
彼女の心の中で何が起こっているのかなんて
ボクにも もちろん親切お節介にも
理解できようはずがなかったし
仮に理解できたところで
なにかができるとも思えなかった
某月某日
彼女は大量のクスリとウォッカを浴びるほどに飲み干して
新宿の高層ビルの屋上から 飛んだ
その数時間前まで
ボクは彼女と電話でしゃべってたんだ
彼女の方から電話してくるなんてめずらしいなと思いながら
受話器越しの彼女の声は
落ち着いてるようにも
震えているようにも聞こえた
いま考えてみればだけど
なに話してたっけな
たぶん 大したことじゃなかったと思う
最近どうしてる? とか
彼女さんとは仲良くしてるの?
優しくしなきゃダメだよとか
自分も彼氏ほしいよ
なんてお道化てみせたりなんかしてさ
少しの沈黙のあと ふいに彼女
ねえ、今度どこか行かない?
彼女さんと三人で
ちょっと遠いけど ムーミンバレーパーク
あそこ行ってみたいな
あたしムーミン大好きなのって
なんだか本当に行くのが楽しみみたいにそう云って
なのに なのにまさかこんなことになってしまうなんて
あの時彼女は なにか云おうとしてたんじゃないか
なにかしてほしいって思っていたんじゃないか
もっとちゃんと彼女の話に耳を傾けていれば
じゃあねなんて電話切ったりせずに
もっとずっとずっと くだらない話をし続けてれば
ボクが彼女に最後の後押しをしてしまったんだろうか
ムーミンバレーパーク行くの すごい楽しみだって云ってたのに
なに着ていこう おしゃれしていこう
沢山たっくさんグッズも買っちゃおうってあんなに
心も目に見えてわかるように作っておいてくれたらよかったのに
どんだけ傷ついていたって 血が吹き上げていたって
目に見えなきゃなにもわかんないし
気づいてやることさえできない
気がついた時には なんてさ
まったく なんて代物なんだよ心ってやつは
って 誰に言い訳してんだかって感じだよね
カンケ―ない カンケ―ない
ボクのせいなんかじゃない
ボクのせいなんかじゃきっと
彼女の事情を ボクは知らない
彼女の痛みが ボクには感じない
彼女はボクではないし
ボクだって彼女にはなれるわけもないし
あの日の電話は
そう ただの偶然
カンケーない
カンケーない
カンケーない
カンケー。。。。。。
ボクはたしかに
彼女の関係者でした
現実を出発する
長い廊下を経て
確かめてみる
壁づたいに
こころ、が歩行したことが
わかります
更に歩いて
蛇口をひねり
冷たい水に首を
立ち会わせると
おいしい水だって
山が震えます
朝です
夏
すこし黄色い
いいタオルで
顔を拭きます
余裕が乾けば
部屋に戻って
昔を
清拭してみようと
思います
そして
今日は
朝摘みのトマトが
福福と笑うから
希望に満ちている
と考えることに
挑戦してみようと
思っている
メルシー
病院のカーテンは必要以上に風を含んで窓辺から浮かび上がる。カーテンがばさっと、空きベッドの方へ広がるのを、わたしと近藤さんは見つめていた。良い季節、暑くも寒くもなくて、そうつぶやいて、わたしはラジオ体操の動作をする。近藤さんは、猫模様のハンカチを振って、バブル期の女性たちみたいに、はしゃいだ。
「近藤さん、それやめてくださいよ。笑っちゃってラジオ体操になんないんですよ」
隣のベッドの近藤さんは、入院グッズが全て猫柄。スリッパ、コップ、ハンカチ。すべて猫。
「近藤さん、今度猫ちゃんのハンカチ買ってこようか?」
「敬老の日に? オババに気を遣わなくて良いよ」
「70歳はまだオババじゃないですって」
「えりちゃんだけだよ、そんなこと言ってくれるの。皆わたしをババア扱いするんだもんな、好きでババアになってないっちゅうの」
「結局、近藤さんは猫飼ってないんですよね? わたしはね、実家で飼ってるんですよ。猫、メルシーって名前のグレーの猫」
メルシーは、まみ子ちゃんが好きだったね。近藤さんはそう言って、すごく遠くを見た。多分彼女は、意識だけで自宅を見ていたのだと思う。入院患者は、わたしを含めて、よく魂だけで自宅に帰る。そういうことができてしまう。入院が長引けば長引くほど。
「まみ子ちゃん? 誰ですか、それ?」
「まあ、話しても良いけど。まみ子ちゃんに初めて出会ったのは、いつだったかしらね」
その時、わたしの主治医が病室にやってきて、こちらへ手招きをする。えりさん、診察ですよ。主治医はニコニコしながら、額に薄く汗をかいている。
「先生、また階段できたんですか?」
「そう、健康第一だから」
「ぐえー、出た出た健康オタク」
「近藤さん、わたし診察行ってきますね」
「はいよー」
近藤さんはベッドからハンカチを振り、わたしと主治医は廊下に出た。
「えりさん、あのおばあちゃんとは仲良いの?」
「おばあちゃんじゃないです。近藤さん! 猫好き仲間なんです」
「ああ、猫。そうか、猫だよなあ」
「え、何? 先生も猫仲間?」
「いや、僕は犬派です」
「わんちゃんもかわいいよねえ」
入院患者用の診察室に入ると、わたしはメルシー、というより、実家、とか、彼氏、とか、自分が人生で失った全てを思い出して、涙が止まらなくなった。そのまま、泣いて泣いて、診察は明日の同じ時間に変更。わたしはとぼとぼと主治医と共に病室に帰る。
「また、つらくなったら、スタッフさんに声かけてください。えりさん、じゃあまた明日」
「また、あした」
鼻をぐずぐずやりながら、わたしが病室のドアを開けると、近藤さんが、床に転げていた。
わたしはすぐにナースコールを押して、そして、近藤さんに声をかける。
こんどうさん、こんどうさん。
看護師さんたちが、病室に入ってきて、近藤さんに声をかけて、近藤さんは、意識はあるけど、少し混乱しているみたいだった。
わたしは病室のベッドでちいさくなり、近藤さんも、気持ちが落ち着くまでは安静にすることになった。
その日の夜、消灯時間のずっと後、猫の声がした。ナーン、ニャーと2回。近藤さんが起き上がる音がして、わたしはもうすぐに巡回が来るのを知ってたから、寝たふりをした。
メルシー? って思ったけど、ここは病室で、メルシーはいない。
わたしはわかっている。わたしは大丈夫。わたしは本当は変じゃない。
メルシー、ごめんね。あたる、ごめんね。にぼし、サイトウ、ナナコ、もも。みんなみんなごめんね。わたしがオババだから。
近藤さんは意識が変になっているのか、固有名詞をいくつも言い終えた後、ごめんね。と言い続けた。
近藤さん、と声をかける。
「ごめんね、起こしたね」
「いいよ、寝てないですから。それより、まみ子ちゃんって誰ですか?」
「聞いたら、あんたわたしを嫌いになる」
「大丈夫ですよ」
「同室のなかまじゃないですか、猫仲間なんでしょう?」
「……そうだね。わたし、35歳から、35年間、保護猫のね、シェルターをやってたの。全部で30匹いたね。そこにお手伝いに来てくれてたのが、まみ子ちゃん。良い子だった。わたしの相棒だったんだけど、ゴミ屋敷に猫を保護しに行った時に、おかしくなっちゃって。それ以来会えてないんだ。みんなわたしをオババだって。もう猫に関わるなって言うんだけどね、まみ子ちゃんだけは手伝ってくれた。それなのに、あの子を壊してしまったね」
巡回の看護師さんがきて、わたしは黙って寝たふりをする。近藤さんも寝たふりをして、やり過ごすけれど、看護師さんが、病室を出て行く時、「ふたりとも、おやすみなさい」って言って、その場を後にして、近藤さんはその後ろ姿に手を振った。
次の朝には、近藤さんは亡くなっていた。わたしは動揺のあまり、また発作を起こしたけれど、主治医に連れられ、入院患者用の診察室に入った。
「えりさんのせいじゃないからね」
主治医は何度も口にした。
「猫が30匹居たって、聞いたけど。そのまま入院しちゃったってこと?」
「他の患者さんのことだから、話せない。ごめんね。でも、えりさんに話せたなら、近藤さんも良かったね。しばらくは動揺するだろうけど、病室も変えるから、心配しないで」
わたしは、外来に出る主治医のうしろを階段でついていく。主治医は階段に慣れていてとても早い。
「えりさん、また明日話しましょう」
わたしは手を挙げる。
じゃあ僕は行くので。
わたしはそのまま、受付の近くのベンチに座っていた。そのまま1時間くらい、お尻が痛くなるくらいそこにいると、近藤ハルミの家族です、と40代後半くらいの男性と、若い女性が受付に来た。
続柄を書く段になって、若い女性が、弾かれてしまった。ご家族以外は……。少し粘ったが、結局女性は、受付のベンチ、わたしの隣で少し待つことになった。
わたしは、そのひとがまみ子さんだと直感的に察した。そして女性は、近藤さんとお揃いのハンカチを持っていた。
「もしかして、まみ子さんですか?」
「そうですけど」
「近藤さんと、同じ部屋だった、えりと言います」
「初めまして、まみ子です」
「あの、近藤さん、まみ子さんのこと、」
「恩知らずだって言ってましたか? 悪くなったら保健所に通報してって?」
「そんなことは、聞いてません。ただ、壊してしまった、って」
「壊した? 何を?」
「その、まみ子さんを」
「……あー、ほんとにオババになってたんですね。壊れたのは近藤さんの方。頭おかしくなっちゃって、猫の世話、できなくなったんですよ」
「ゴミ屋敷で、ってわたしは聞いて」
「それ以上はいいです。わたしたち、初対面ですよね」
「ごめんなさい。わたし、そういうのわかんなくて」
「いいですよ、わたしも言いすぎたし」
そのとき、まみ子さんが、先程の息子さんと思われる男性に呼ばれた。まみ子さんは、じゃあまた、とハンカチを握りながら、男性の方へ駆け足で行った。
ワーッと大きな声が聞こえた気がして、階段を登るのをやめる。歓声なのか、叫び声なのか、泣き声なのか。判別がつかない。耳を澄ますが、もう、何も聞こえてこない。
病院食のもったりした匂いがしてきて、ああ、ここは病院、人は死ぬ。ここは病院、戻らなきゃ、と当たり前のことを思い出す。わたしは、その時、階段の途中にある大きな鏡の中に、パジャマ姿で、つま先が見えるスリッパから覗く、はげたマニキュアが目立つ女の、薄ぼやけた姿を幻視していた。
陰響垂線
碧白に
落ちる陰影
寄せる身は
蝉時雨の傘
重ねあう声
こわれる
とても
静かに
一枚の
写真を
撮っていた
爪の凹凸を
つるつるさせた
中年
男が
いきなり
僕の腕を掴み
ホネ
きれいに
なったかな
と
床をゆびさしたずねた
僕はきっとなりましたよとシャッターをきりながら
中年
男を
組み伏せて濯めた
愛の讃歌
あなたを想い歌を歌う
あなたの心に届くように
一人闇の中で歌う
音もなく静寂の中
私の声だけが闇に響く
あなたを想いながら歌う歌は哀しい
それでもあなたへといつか届くように
愛の讃歌を歌う
私の愛
あなたへの愛
愛の讃歌は何処までも拡がる
嗚呼…
あなたが愛しい
あなたが恋しい
あなたに触れたい
そんな想いを歌い続ける
この声が枯れるまで
この声が出なくなるまで
ただひたすら歌う
あなたに届け…
愛の讃歌
対岸
その長い列に並んでいたのは
悲しみ、怒り、妬み、無関心、絶望
そんなものたちばかりで
いつになれば喜びや晴れやかに
順番が回ってくるのかは
とてもわからなかった
せめて沈んだ気持ちを掬おうと
泥の中に手を入れれば
腕ごと沈んでゆく
指先がなにかに
触れたような気がしたけれど
なにかはわからなかった
列が進んだ
絶望の後ろに祈りがいた
その後ろはまだ見えない
祈りのあとには
希望が並んでいてほしい
そうちいさく祈りながら
泥に埋もれた腕を引き抜くと
指先には鱗が一枚ついていた
きらりと、光った
俳句短歌誌『We』第20号(2025.9)掲載「うゐ」より
うつつなの母の名乗せて流氷来
拝啓、中島みゆき様 vol.7 夜会Vol.2
まだ演劇的になる前の、コンサート形式でバックバンドもステージ上にいた
夜会が始まって2年目の、つまり第2回目の夜会
なにやらリゾート地のどこかで、3人の女性がチェアに腰かけている
静かにイントロが流れて、二隻の舟
いまはたとえひとりでも、どこかの海で同じようにひとりでたとえ舫い綱が切れてしまっても
繋がっている舟が、それに乗って孤独の航海をしている誰かが
きっといるはずよ、と
好きだった彼氏には別に好きな女性がいた
どこか行こうと誘ってみても、
いつかは行ってみたいけど多分無理だな、と
話をはぐらかす彼氏
忙しいからと思っていたけど、
うすうすはそうじゃないことも気づいていた
気づいていたけれど、気がついていないふりを続けていた
好きでいたかったから
離れたくなかったから
だけど、気持ちのない相手と付き合っていくのは心身ともにキツイ
自ら、彼女によろしく、と別れを告げる
この夜会は、失恋した女性の心象・再生がテーマの物語になっている模様
女性は行きつけのバーへ
そこには幼馴染とでもいうのか、腐れ縁とでもいうのか
32歳独身(おそらく)のマスターがいて、
男にフラれるたびに訪れては愚痴を聞いてもらっていた
女性はひとりで、傷心の思いをしゃべり続ける
忙しそうに振舞いながらも話を聞いているマスター
出会ったばかりの頃は、マスターはアルコールを飲めなかったらしく
ミルクなんて飲んでいたので、女性はひどく笑ってからかったり
いつの間にかバーボンなんて飲んでるマスターに、ちょっと驚いてみたり
多分この女性にとってマスターは、一番気を使わないでいられて
何でも云えるし、何でも聞いてくれる、とても居心地のいい男性なのだろう
けど、恋、にまでは発展しない
マスターがいい人すぎるせいもあるのかもしれないが
雨降りの夜、女性は身ひとつで街を出る準備をする
ママという名の猫だけを連れて
女性はとにかくお酒を飲んで、酔っぱらった
酔っぱらってさえいれば、嫌なことはすべて忘れることが出来る
どうせ一晩かぎりの出会いならば、うそっぱちでも構わない
楽しく飲めたら、うそつきだってあたしは好きよ
飲んで騒いでいるときは忘れられているけれど
ひとり、部屋に帰ると途端に顔を出すイヤな自分
元カレの家に電話
受話器越しの女性の声は濁りがなくて、いかにもアイツが好きそうな感じ
いろいろ話題をふってみたり、その都度女性はちゃんと応えてくれる
そんな話がしたいんじゃないのよ、いいからアイツを電話口に出してよ
心の中で毒づくも、すっかり見抜かれてしまってる
だからアイツの話は一切してこない
計算している
どう頑張っても、どうあがいても勝ち目がない
わかっていた わかっていたはず
でも掛けずにいられなかった
あたしと一体何が違うのか どんなところを好きになったのか
確かめずにはいられなかった
イヤなあたし こんな女になるつもりじゃなかった
きっといつかこの女性だって飽きられるに決まってる、なんて
他人の不幸を喜ぶようなこんな女
アイツに嫌われるのも当たり前
洗面台、鏡の前で化粧を落としていく
クレンジングクリーム
化粧で隠れたあたしの素顔
ズルくて、醜くて、厭味ったらしくて
そうして誰も必要としない、いらないあたし
だけど本当にいらないと思っているのは
他の誰でもない、あたし自身
いつまでも立ち止まってはいられない
男にフラれることくらい なんだっていうの
いつまでも同じ場所で立ち尽くして何もしなかったら
世間からガラクタ扱いにされてしまうわ
そうよ、あたしはまだガラクタなんかじゃないはずよ
失恋の痛手を振り払うかのように
ガムシャラに、遮二無二、働き続ける
周囲から見ても明らかに異常と思えるほどに
心配なんかしないでよ
あたしはもう大丈夫なんだから
アイツのことなんか、とうに忘れたんだから
こんなに元気になって、こんなに働くことが出来てるんだから
心配なんか
本当は、強がりはよせヨと云ってほしいの
受けとめてほしいのよ
淋しいって云いたい、抱きしめてって云いたい
本当は泣きたい気持ちでいっぱいなのよ
あたしってば可愛くない女だから
どうしても強がるより他の方法を知らないのよ
男の人に無条件に甘えるとか、どうしても出来ない
出来たら多分、アイツにフラれたりしなかったと思うわ
悲しいのは、二度と誰も好きにならないことじゃなく
二度と誰も信じられなくなってしまうことね
だから、嘘でもいいから
いつもここにいるよって囁いて
そうしてくれたらあたし安心して
ほんの少し眠ることが出来るから
テレビはいつだって騒がしいわね
日々起きてる事件、事故、災害、海の向こうの遠い国の戦争
当事者じゃないものにとってそれらはもはやショータイム
総理大臣だってスーパースターよ
通行人ですらカメラを向けられたらスター気取り
凄惨なる殺人事件、映し出される騒然とした現場風景
チャンネル換えれば一変 どよめくような笑い声
あゝそうか、あたしの抱えていることなんて
他人からみれば、ただのショータイム
単なる暇つぶしか、どうでもいい出来事でしかないのよ
なんだか、ひとりで深刻ぶってるのがバカらしくなってきたわ
風はいつだって、思いもよらない方角から吹いてはあたしの頬を弄っていく
思い出は何ひとつ、あたしを助けてなんかくれやしないわ
感情的な顔にならないで、誰にも弱みを知られないで
何でもないわ あたしは大丈夫
そう自分に云い聞かせるの
夢を見れば傷つくことは多いけれど
夢を見ずにはいられない
いつか来る未来に、何かが起こるかもしれないじゃない
誰かがあたしと出逢うのを、待っていてくれるかもしれないじゃない
だからもう大丈夫
強がりとかそういうんじゃなしに、本当にもうひとりで歩いていけるわ
そして
世間から遊び女、売女と忌み嫌われている女と
同じく世間からゴロツキ、ゴミくずと罵られている男が
運命のいたずらか、それとも必然的か
惹き合うかのように出会ってしまう
女には男の、男には女の
これまでどれだけの心無い人たちと言葉の暴力で傷ついた心が
解りすぎるほどよく理解できた
まるで磁石のN極とS極のように
ふたりはもう二度と離れたりしないように
二度とひとりぼっちになったりなんかしないように
ぴったりと
二隻の舟、の、目には見えない舫いで繋がれたひとつずつの舟が
出会い、そしてひとつになる
まさにこれに尽きるのではないかなあ、と
この頃の夜会はまだ既存の曲たち(二隻の舟だけ、夜会のために描き下ろされた)
のみで構成されており、1曲単独で聴くと一見繋がらなそうな歌詞の内容に思うのに
ちゃんと物語になっているところ
流石みゆき姐さん、凄いなぁ、素晴らしい
コンサート形式でもあり、途中でMC(なのか、この物語の中の会話なのか)
があり、デビュー間もない頃のアルフィーのことなど語っていたり
みゆきはあの3人だと高見沢さんが好みっぽかったり
ステージ上でバンドメンバーみんなでビールを飲んだり
そのアルフィーがまだ間もない頃に研ナオコさんのバックをされていた
その中からみゆき曰く、一番ギターが上手く聞こえそうな「窓ガラス」を披露
この曲、お酒を飲むと弾きたくなるんだそうで(^^)
第1回目の夜会が映像化されていないのであれですが
夜会の原点であり、教科書的というか、夜会とはこういうものですよ
というのを、夜会初心者でも解りやすく鑑賞できるような構成になってる気がします
古い曲を聴けるところもいいですし、
みゆきのバックコーラスではおなじみの
杉本和世さん(みゆきが声が低いので、高音担当だった)
坪倉唯子さん(ちびまる子ちゃんでおなじみのBBクィーンズの女性の方)
両名ともにめちゃ歌が上手い(当たり前なんですけど)とこもまたよし
坪倉さんはあのハスキーな声がまたかっこいいんですよ
この夜会では、ラストの「ふたりは」以外は黒いカットソーに黒いパンツ
芝居の稽古している人がよく着ているような、あんな感じの服装でした
途中、白いベールをつけたりジャケットを羽織ったりとかはしてましたけど
ラストでは白地に花柄のワンピース姿で登場、
これまた可愛らしかったです
夜会は何度も観返したくなるんですよね
何度も観て、解ってるつもりなのに
観るたび新しい発見があるというか
改めて、同じ時代に中島みゆきがいてくれて
それだけでも本当によかったと
心の芯の芯から、思ってやみません
☆★*〜*★☆*〜*☆★*〜*★☆*〜*☆★*〜*★☆
最後までお読みいただき、ありがとうございます
今回は、中島みゆきさんのライフワークでもある
言葉の実験劇場と題した夜会
第2回目の夜会(初回は残念ながら映像化されていない)
について描いてみました
雨の日に
雨止まぬクラゲ降る雨の
こういう雨の日に
田園交響曲を聴くと
闇の鰯の青白さ
エピソードなき茨の次元
を思う
両翼のない護符の歌
口や砂
ベンチを置いて濡らしていた
すべて境い目のない影の雨の
雨止まぬクラゲ降る雨の
首筋を 這う水の筋 灰の川
川をゆく一枚の葉の孤独を思う
こういう雨の日に
田園交響曲を聴くと
どうだろう
橋は哀愁
殺された
何匹かの鰯も哀愁であるか
両翼のない護符の歌
実名書いて
夢幻失踪!
感覚星雲レンズの日!
そのとおり
レンズの中で雨が降り
降った雨がレンズを作る
五線譜 炎熱 太陽の
なかなか見えぬ この季節
エピソードなき茨の次元
に電気を流し
走る母のトカゲの心
真鍮風景
棺桶荘厳黒塗り風景
口や砂
ベンチを置いて濡らしていた
雨止まぬクラゲ降る雨の
こういう雨の日に
外国漫画の人殺し
内部の死人の瞑想ナマズ
鰯を置いて逃げようよ
雨路上にむらがるマネキン
こういう雨の日に
田園交響曲を聴くと
犯罪的な毛が生える
首筋を 這う水の筋 灰の川
底の見えない
灰の川
そらまめ
駅
またわたしも駅に降り立ち、どこか、過去からやって来てはひらひらと、白い頁をすり抜けながら黒い蝶たちが行ったり来たり。この網膜に掛かることも、この手に触れることもなく、あぶくのように弾けてはどこかへと消えてしまう。
海
やがて帆を張った一艘の船が微風を受け、判然としない季節の中、うっすらと茜に染まりゆく街並みと、遠くかすむビル群とに真っ直ぐに光を放射する夕陽に埋もれてゆくようにして航海は始まった。
記憶
ひとつのそらまめが青空に高々と浮かんでいる。
土手の叢に立ってその鮮やかな緑とつややかな姿を見上げている。それはどこまでも伸びやかで絵画的な記憶という名の。
幸福
幸福についてはわたしは、うまく答えることができない。
この手のなかですやすやと、眠るようにして。
即興詩 舞
即興詩 舞
ああ、私は今
まだここで何が起こっているか分かっていない。
感情がゆっくりと立ち上がる。
舞がゆっくりと始まる。
ゆっくりと ゆっくりと
感情と共に舞が始まる。
舞は感情と共に始まる。
舞は音を連れてやってくる。
舞は音楽をまとっている。
言葉は少し遅れてやってくる。
舞は感情と共にある。
舞は感情と共にある。
言葉は少し遅れてやってくる。
息が先に行く。
ああ、不安だ。
ああ、嬉しい。
ああ、怒りを感じる。
不安も 喜びも 怒りも
舞はその中に包み込む。
私はまだそれを表す言葉を知らない。
未来への不安も
今ここにいる喜びも
過去への怒りも
不安も 喜びも 怒りも
未来も 今も 過去も
舞は全てを包み込む。
舞は回る。
舞は回る。
舞は回って
遅れてきた言葉に追いつく。
追いついて
その先へ行ってしまう。
舞は先に行き、
言葉は少し遅れてやってきて
舞はまた一巡し
言葉と一致する。
ほら、
あなたは舞が先に行くところを見て、
舞が一致し、
また先に行くところを見ている。
舞は先に行って
あなたの中に降りる。
そして
あなたの中に言葉が生まれる。
そこで
あなたの中で
感情と舞と音と音楽が
言葉と一緒になる。
(舞の時)
あなたは見ている。
あなたは聞いている。
あなたはこの空間にいて
見て
聞いて
香って
足の底から感じる振動と
空間から感じる波動を
感じている。
私はあなたの前にいる。
あなたはそこにいる。
私はあなたの前にいる。
目を閉じてご覧なさい。
私はあなたの前にいて、
後ろにいて、
横にいて、
上にいて、
下にいて、
そして
あなたの中に。
さあ、
目を開けてご覧なさい。
私はあなたの前にいるけれども、
あなたの横にいて、
後ろにいて、
上にいて、
下にいて、
あなたの中に、
あなたの記憶の中に刻み込まれる。
この空間の中の
見たものと
聞いたものと
響きと
香ったものと
全てと一緒に
記憶される。
記録ではない記憶。
あなたの中に
今見たものと
聞いたものと
感じたものが全て収まって、
あなたはやがてここを離れる。
そうして
この空間を思い出す。
見たもの、
聞いたもの、
感じたもの、
香ったもの、
足の下に感じたもの、
全てを含めて
あなたは再生する。
ここを離れて
再生する。
その時
私はあなたの前にいて
後ろにいて
隣にいて
上にいて
下にいる。
あなたがここを再生するたびに
私はあなたのそばにいる。
あなたはここを
言葉で、
舞で、
音楽で、
それぞれの方法で再生する。
その時
その瞬間に
感情と
舞と
音と
音楽と
言葉が一致して再生される。
私はここにいるけれども、
あなたたちと一緒に
どこまでも行って
再生される。
再生されるたびに
再生されるたびに
新たな記憶となり
広がっていく。
この空間が
はるか彼方まで
広がっていく。
(舞の時)
blue heavens
ああ もう こんなことなら
貴方とあたし 青い砂粒になって
くびれた小瓶を通過しましょう
小さなあたしを抱いていてね 間違わぬよう抱いていてね
あたしは貴方の手を決して離さないし
濁流に飲まれ 万が一はぐれたとしても
貴方を見つける自信がある
二度とひっくり返らぬ砂時計の中で
二人の楽園を見つけようね
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まるはちの暖簾
「小夏がなっているはずだから、田舎に行きたい。」
父がそう言ったので、初夏に中核市から車で一時間半かけて田舎の家へ向かった。
田舎の家の畑には、いつの間にか狸が住みついていた。
庭の小夏はたわわに実り、父は手際よくもぎ取っていく。
ものの数分で収穫コンテナは満杯になった。
まだまだ実は残っていたが、その日はそれで帰ることにした。
運転と慣れない収穫で私は少し疲れていた。
そんな帰り際、限界集落の代表的な町に、おしゃれなカフェができていた。
コーヒーでも飲んでいこうということになり、立ち寄った。
店ではオーナーらしき女性が明るくもてなしてくれて、
ランチも小味が効いていておいしかった。
女性の母親も静かに椅子に座っていて、歳を重ねてもどこか品があり、
父は「美人や」とぽつりと言った。
ふと棚を見ると、いちばん上の左側に
「㊇酒店」と書かれた大きなとっくりが三つ置かれていた。
大事なもののように見えたので、私は女性に尋ねた。
「もしかして、造り酒屋さんだったんですか?」
昭和の時代まで酒造業を営んでいて、屋号を復活させたのだという。
その話を聞いていた父が、急に目を輝かせた。
「まるはち…まるはち!」
「お父さん、知ってるの?」
と聞くと、父は嬉しそうに語り始めた。
「うん、知っちゅう!知っちゅう!なんで知っちゅうかというと、
昔、大きな台風が来て、まるはちの暖簾が川に流された。
それをお父さんが拾うてきて、お母さんが毛布に縫い直した。
昔は毛布なんて買えんかったき、それを使いよった」
私は思わず、店の女性の手前、
「それ、まるはちの人にちゃんと言ったの?」
と父に聞いてしまった。
女性は「もう、時効でしょう」と柔らかく言った。
そうか、七十年以上前の話なのだと我に返った。
それにしても――暖簾は毛布になるのか。
麻か綿だろう、と私は思った。
肌ざわりは硬く、ハリもあるはずだ。
綿を詰めたのかとも思ったが、毛布が買えないほどの時代に
綿が手に入ったとも考えにくい。
田舎の冬は雪がよく降る。
私の記憶の祖母は、さっぱりした人だった。
亭主が川で拾ってきた暖簾を毛布に縫い直す姿は、
どこか意外で、そして印象深い。
「川で暖簾を拾ってきた」
「毛布にしましょうか」
そのやりとりを、遠くにも近くにも感じていた。
数か月後、庭の整理で再び田舎に行き、同じようにカフェに寄った。
女性は私たちを覚えていて、
「あの時の暖簾の話があまりにも面白くて……ごめんなさい、
勝手に地元の新聞のコラムに投稿してしまいました」
と、申し訳なさそうに、しかしどこか嬉しげに話した。
造り酒屋だった家の名を受け継ぎ、店を開いた彼女。
「まるはち」の暖簾の話は、彼女の心にも残る何かがあったのだろう。
暖簾は毛布になるのか――その問いは、今も私の胸に残っている。
父は家具が壊れたりコードが古くなったりすると、
よくガムテープで補強する。
私はそれを見て「貧乏くさい」と思ったこともあった。
けれど、暖簾を毛布にした話を思い返すと、
父の原風景を見たような気持ちになる。
祖父と祖母のエピソードには、
物がなくても何とかしてしまう、
屈強で、ひょうひょうとして、
どこかコミカルな気質がある。
ガムテープで補強された家具を見て、
ふと親しみを感じる自分がいた。
祖父が暖簾を拾った田舎の川は、
今日も変わらず流れている。
[ゐ]躄-ゐざり-
まるで飽和したみたいで
己を正すことさえ出来ないくせにさ
楓の木の液から流れ出でるもの
みたく、
垂れる膿が衣類を固める
感覚のない棒切れふたつ
引きずって
削れていく瘡蓋が脆い
漆塗りの船で
輪軸を這わせ
この道をいく
泥濘に挟まった
車夫が
泣いてくれた
暑い日差しの後の雨水がぬめりを帯びて嫌いだ
畳んだ足の蒸れっけ、
特に膕が六月なんだと囃し立ててるみたいで
擦ると黒い、煤垢が煎じずとも剥離する
木板を繋いで
綱を引かれる
反り道を滑走する
あの風を知るものは
あっしと、あっしの近しいものだけだ
(随想)老衰と平穏などに寄せる雑感
特に理由もないのだが、スマホで随想を書こうと思った。
しかしメモ帳アプリを開いてみると、様々な事が思い出されてとりとめもない。そもそも随想とは何なのか、私はよく知らないのでもあった。
しかし、この頃はどうも何もする気になれないからと、こうして一日中スマホに向かって、心にうつっていくつまらないことを、いい加減に書きつけていると、妙に正気を失った気分になるものである。
そんな兼好法師様の丸パクリな事を書くのもどうかと思い、かと言って自分の文体などないので、とりあえずGoogle先生に質問してネタを探してみることにした。
【以下、引用】
(質問)老衰により自分で食べられなくなった時の医療処置は?
(Google)
経管栄養には、胃ろうの他に中心静脈栄養と経鼻胃管があります。
中心静脈栄養とは、鎖骨の下や頸にある太い静脈からカテーテル
(質問)島嶼部などにおいて行われている家族による看取りと、平穏死について教えて。
(GoogleのオマケAI)
島嶼部(離島)における平穏死と家族による看取りは、現代医療における「延命治療の差し控え」を指す だけでなく、その土地に根付いた固有の伝統や死生観と深く結びついています。
島嶼部における「平穏死」と看取りの特徴
自宅での看取りの優先: 病院ではなく、ご先祖様がいる「自宅」で生まれ、自宅で亡くなることを理想とする伝統的な死生観が色濃く残っています。
医療者との連携: 与論島や石垣島などの離島・地方では、医療者が患者の意志を尊重し、自宅で家族とともに最期を迎えられるように在宅医療を積極的に支援する体制がとられています。
家族の役割: 家族はただ見守るだけでなく、「生者と死者の世界は地続きである」という概念のもとで日常的に看病や精神的な支えを担います。
伝統と文化的な儀礼
沖縄・奄美地方(石垣島や与論島など)では、亡くなった際の儀礼が看取りの文化において重要な役割を果たします。
ヌジファ(抜霊): 人が亡くなった直後、あるいは病院で亡くなって自宅へ移る際、体から離れた魂(マブイ)を自宅へと導き、成仏させるための伝統的な儀式(抜魂)です。
死生観の継承: 家族や近隣住民がこの儀礼を執り行うことで、遺族のグリーフケア(悲嘆のケア)が自然な形で行われます。
現代の日本社会(都市部など)ではこうした伝統的な看取り文化が失われつつありますが、全国的な「平穏死」の普及(穏やかな最期を迎えてもらう「平穏死」を家族と考えよう - 日経ビジネス など)により、かつて島々が大切にしてきた「自然な最期」のあり方が再び見直されています。
詳細な背景や現代社会での応用については、「死」と「死にゆくこと」の人類学 - 国立民族学博物館リポジトリ や、安らかな看取り~平穏死について考える~ - 京都地域包括ケア推進機構 などの文献・資料で確認することができます。
安らかな看取り~平穏死について考える~ | 京都地域包括ケア推進機構
いしとび・こうぞう昭和36年慶應義塾大学医学部卒。 ドイツの病院で血管外科医として勤めた後、昭和47年から東京都済生会中央病院勤務、副院長などを経て平成17年から現職。 主な著書に...
京都地域包括ケア推進機構
終末期がん患者の看取り時に死の文化的特性であるヌジファを取り入れた家族 ...
また、与論島の看取り文化での研究結果は、. 自宅以外での死は、魂がその場所に宿るなど島独自の死. 生観を有しているため在宅で看取りができるように医療. 者が支援して ...
沖縄県立看護大学
日本における「看取り」の歴史的変遷
2025/04/17 — 現代では「平穏な自然な死」というイメージも持ち、背景には医療技術の進歩とQOL重視の考え方があります。 日本の看取り文化は仏教などの影響を受け ...
特定非営利活動法人 CCL
【対談】『「平穏死」10の条件』長尾和宏医師×在宅医療のニューリーダー ...
2023/11/23 — 長尾 悠翔会のクリニックは、首都圏とその近郊のほか、沖縄本島や石垣島 ... 家族も在宅医療を使い慣れています。「合わない医師がいれば変えれば ...
AERA DIGITAL
平穏死は法的にどう解釈される?【患者が過剰な延命治療を求めてい ...
2016/02/27 — 尊厳死が,患者本人の意思表示と,末期状態であることを条件として延命治療を差し控えるのに対して,「平穏死」は,終末期に栄養摂取ができなくなった患者に対し,医療によってその生命延長を図...
日本医事新報社
「死」と「死にゆくこと」の人類学:「看取り文化 」の新たな地平に向けて ...
2020/10/01 — 現代の日本社会では、自宅で最期を迎えるという伝統的な. 「看取り文化」はすでに失われている。本プロジェクトでは、. 老い、終活、ターミナルケア、死、葬儀、墓に ...
みんぱくリポジトリ
平穏死 | 用語集 | 特集 - フロンティアの介護
在宅や施設で暮らす終末期の人に対して、延命治療を行わず、自然のままに安らかな最期を迎えること。
フロンティアの介護
沖縄でお通夜前に行いたいヌジファとは。家族で行う儀礼
2018/05/11 — 沖縄ではお通夜前に、「ヌジファ」の儀式を行うご遺族が多いですよね。 「ヌジファ」とは「ヌジ=抜く」「ファー=霊」を差し、「抜霊」、つまり魂を抜くことを差しています。 沖縄でお通夜前...
公益財団法人 沖縄県メモリアル整備協会
与論島の病院に霊安室がない理由 | ハフポスト NEWS
2015/11/05 — 与論島には独特の死生観があり、葬送の方法も島独自のものがあります。与論島民は、自宅で生まれ、自宅で亡くなることを理想としており、自宅こそが祖先のいるあの世に通じる一番身近な場所だと...
ハフポスト
島での弔いのかたち|yoron blue. - note
2019/10/10 — ご遺族の許可をいただいて内部をのぞかせてもらうと、薄暗い中に夥しい数の骨がほの白く輝いていました。 その一種美しい光景を目にすると、肉親を暗くじめじめした土に埋めるのはかわいそう、...
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自然と共生する死後の儀式:風葬(ふうそう)の全貌と沖縄の伝統 - さがみ典礼
2026/02/12 — 曝葬(ばくそう)や空葬(くうそう)とも呼ばれ、火葬や土葬のように遺体を直接埋葬せず、自然の力に委ねます。 特に衣服を着せた状態で樹上、洞窟、崖などの場所に安置し、風雨に晒すのが特徴...
さがみ典礼
【引用終わり】
とりあえず湘南爆走族という漫画を思い出したが、それは脱線と云うものであろう。
過去に私は石飛という忍者みたいな名前の偉い先生の本を数冊読んだことがある。この人に導かれて、いくつかの島嶼部における看取りの情報を知ったのだが、なかなか良い感じであったのを思い出したのだった。
先生は尊厳死でも安楽死でもなく、平穏死という概念を提唱された。
死期の迫る老人を、家族が見守って、無理をさせずに本人のしたいようにさせると、だんだん食が細る。だからといって医療処置による栄養補給などをせず、最後は水のみみたいなケアをすると、意外なことに割と長生きするそうだ。下手をすると、そのほうが入院するより長生きするのかも、ということなのである。それが【平穏死】であり、先生と賛同者は実践的な取り組みもされた。
人は一度しか死ねないから、対照実験をすることはできない。でもなんとなく、それはそうかも知れないな、と私はその時感じたのだった。
思うに、死は突然やってくるものではなく、人は次第に死んでゆくものだ。
唐突に心臓が停止し、わずかな後に荼毘に付される方もいる。しかしそれで本当に死んだのかというと、やはりそうでもなかろう。
魂というものが有るのか無いのかは知らないが、なんとなく存在の何かが、まだその辺にいるような気はするものだ。だが、それもだんだん消えてはゆく。
どうせ唐突には人は消滅しないのであれば、看取りそのものがゆっくり進行したほうが、悪いとばかりも言えない。
悪い面としてはケアの大変さだが、石飛先生の云うには、平穏な死を目指せば、逝く人は自然に弱ってゆくから、そんなに大変でもないようなのだった。
もうだいぶ昔の事になるが、母が緊急入院した際、延命治療をするかどうかを病院で訊かれた。その頃の日本では安楽死は広い範囲で違法であったから、一度延命治療を始めたら、装置を止める事は殺害とみなされ、不可能になる。意識がなくてもだ。
数時間で答えなければならないが、父や私の兄弟、母の介護を手伝ってくれた家族などとも相談しなければならない。延命治療をしないという選択をするためには、関係者全員が同意しなければ後に揉めるのは必至だ。
そうした場合は往々にして、遠方にいて当人の苦しみを知らない親族に限って、綺麗事を言いたがるものである。
幸いにして、私の母については、関係者の意見の対立もなく、その後についても皆の助けで、それなりに良い最期を迎えさせて上げられたが、それでもあの数時間の私たちのストレスは必要なものだったのかと思う。
また、病院医療などそもそも必要なものだったのか、とも。
そんなこともありながら、尊厳死という事が一般的になれば、社会的には隠れた問題も多発しかねないだろうし、石飛先生と賛同者による平穏死の論や取り組みは、まだそれほどは普及していない。
社会にとっても、私にとっても今後の課題ではあるが、徒然なるままに、思うところが多々あることだ。
松を焚く
行き交う幽霊の間を
生きるものはひっそりと間借りする
私はただ、あせもをつくる
ネイド王子とれもんの花
むかしあるところに
れもん王国というところがありました。
一年中れもんの花が咲きほこり、たくさんのれもんが実っていました。
そこでは妖精達がれもんパイを作って楽しく暮らしていました。
国王のレモニオ3世は王国で一番背が高く、
太くたくましい幹に鋭いトゲをもった、
それはそれは見事なれもんの木でした。
ある日のことです。
どこからともなく
お腹を空かせた怪物サンダーが現れ、
王国の太陽を、
まるでお菓子でもかじるように
ぱくりぱくりと食べ始めました。
やがて光は空から消え
れもんの木は実をつける事ができず
妖精たちの力も、日ごとに弱っていきました。
レモニオ3世は
「お腹がぺこぺこの大ピンチ」を宣言し
闇をはらう光の鳥シトラを呼び覚ましました。
「シトラよ!王国に残された最後のれもんをたくそう!
この実に王国の愛と夢と希望の全てが宿っている。
どうか世界で一番安全な場所に運んでおくれ。」
シトラは、黄金色に輝くれもんをそっとつかむと
まばゆい金の翼をいっぱいに広げ
真っ暗な夜の空の中へ静かに高く飛んで行きました。
つづく
遺書について
遺書を書いたことがありますか
私は酔ひちくれた勢いで
幾度か書いたことがあるのですよ
質の悪ひ焼酎を朝から飲んでしまふと
十中八九良く無い思惑が
湧いてくるのでございます
どんな具合に私のこの不幸不実を
血の繋がつてゐるひとらに遺そうかと
考へるだけで胸が躍り
生き生きと筆が進むのでありました
宛先は殆ど母親
黄ばんだ年賀葉書に
千切れた蚯蚓のやうな文字で
切々と可哀想な一人息子の頑張り様を
連ね綴つてゆくのでありますが
其れが文尾に近付くにつれ
只の金の無心の
懇願文になつておる始末なのでした
五合瓶が空になる頃には
てんで其の気は失せてしまつてですね
次の五合瓶をどうやつて手に入れるか
同棲相手の忘れて往つた文庫本の間に
千円札ぐらひ挟んであるのではと
本棚をひつかき廻したことも
週に幾度もございました
(嗚呼、ここに棲み附ひて
(幾度目の夏の始まりなのだらう
遺書を書いたことがありますか
私は幾度も幾枚も
色んな風体書体を装つて
遺書を書いたことがあるのですよ
https://i.imgur.com/MnWNL0a.jpg
詩 貴方のせい
喧嘩して平行線になった後
次の日いつも
「自分が悪かった」って
自分のせいにして、謝ってくれた
貴方の優しさに甘えていたのかも
こんなに部屋が広いことは
知らなかったな
たまに庭を掃除してくれてたのも
やっぱり知らなかったな
きっと私は、わがままになってしまった。
絶対貴方のせいよ
明日きっと雨が降ると思う。
それも貴方のせいよ
私の顔も濡れると思うけど
やっぱり貴方のせいよ
後書き
彼女は、
彼に出会ってちょっとわがままになってしまったのかな?
それは素敵なことだけど
きっと呪いのように
彼女に残るんだろうね。
わかんない、彼女は、きっといつか
彼を忘れるんだろうけど
きっと明日は彼を思い出して
彼のために
泣くんだと思う
大丈夫だよ、
彼女は前に進めるよ
そして少しだけ
彼女は優しくなるんだと思う
そして洗濯物を干しながら
あの人のお人好しが
移ってしまったかしら?と
彼女は呟くんだね
夏
夏
そらは白く
道はどこまでも続いていた
何処にゆくでもなく
ただ
ひとり迷子で
雑踏にはみしらぬ人
あふれかえって
夕暮れは
街を
染めあげて
灰色の雑踏と人の群れ
途中下車をして
夏が
終るまえに
夏
いつかの季節
遠い日
プールの塩素の匂い
いつか
夏は終り
蒼い水は揺れて
古ぼけた写真のなか
草笛
6月の
しめっぽさを
ひきつれて
石から石へ
跳ねて飛ぶ
息切れ、
蛙とは
友達になれそうもない
みず辺の草を 一本
芯はていねいに抜くこと
「ここにいます」と
一息に吹けば
草叢から
牛のような
泣き声がした
ノイズになりたい
なんせすべてが朽ちてしまうのに、(――手をあげて。)柔らかいまばたきが 非情な拍手を熾していた。とぷんとくれた凪に、過ぎた谷間の火蓋も日当たりは欲、痩せた風もなく、あらゆる臭い そして、揃えた色もなく痛い。ためらいがちに塗りつぶす感覚を はなしの真んなかに定義するには。ほら、気が触れた口と共にダンスする。いきのよい兄妹たちや、来るはずもない客人を馳走して
わたしは破れた時間を引き連れて行く、その意志は足がついているか。二枚舌の魚のよう 今に均しい浄夜を汲み出して、冷却したメタファーにそっと手をあてる。なら吸い殻というには南に向けて 皮肉にもどの子の指先も、縒れた手紙のような水槽の。目の前が圧縮された無限の図形をもつ 白いペンキが発光した空模様は、夢窓。その距離は、自由とは浮き彫りにされているレリーフを、紐解く。と、ともに赫いてくれるなら、それで、と唸った
市販の洋間に孵化した楽観がまた脱糞した。いたいほど味気ない。近々、骨を折り 伏せられた急流に横たわり 雷鳴に包まる。酸いを舐める酔うな読経も その硬さや残骸の軌跡や荒々しく、容姿と晒されている。磨り減ったシャム猫、とも呼んで 暗緑色のコトノハは、キネマで。手から手へと吹き抜け、あちこちに性器をおちつける
幾重にもゆるんだ返事も 故に怪訝そうな字名を美しい、と称するなら。わめきの奥に固有の訛りを 記憶から消してくれ。芥子粒ほどもない赤 錆る。とでも選り分ける錘に身寄りはないから 達磨、知らず知らずに 眼差しも眇め時に感化される、原色の造花。第二頸椎の哀歌だ
あなた、と焦点をあわせる、だからだね。煙たげに、ためらいながら口にする暗譜も然り。いつかの熱病は領域の無い鴉だ。と、ひっそりと痛んではやはり怖いのだ。今ここでひとかどの傷口の糸をゆすぐ翼よ。呆れ顔を意味し。まもなくぴたりと停まる
吐き捨てられる、存在はひしゃげたキャンドルに ああ、鳥が耳をよびだす めくらな黄金は。重力を忘れたトランペットが、血肉を作る未完の虻蜂なら。岩石や木の幹にも重なる ゆたかな沈黙を弾く風がきて 色々と抱きあげる
何かしらのゆとりがなくては、跳ね返る街に埋もれゆく テーブル上の陶器が、二客 また。よくよく思い出して 放射されたそこなしの曙に覆われてしまうでしょう。星座がのそのそと水きりの塚へ。気の毒な程 とりつかれているか、いしぶみは。断ち切られた多次元を置き去りに、どこか湿るようになる
不安定なラヂオか (かみさまはここにいる)
遠ざかってきた (すませ/つづける)
あけすけな中りといきどころの往来がにわかに活気づく
だが――この歌声に、耳を貸さない
あれこれの蝶や霧が日常を繰り広げるのです
バタバタとなぶる音。働きかけるには 目覚ましく
浮かぶ泡をピシャリと閉じるには無機的で これを見て
身を寄せる斉しく/充てがわれた感情に対し/釈す為に.
ひろわれたばかりの文字列に呼応せよ
わたしたちはことばもえらべない
特別なものはないけれども
そのすべてがきっといらないものだった
2024-09-29
Non,non,trop,de reflets!(ノン・ノン・トロップ・ドゥ・ルフレ)
雨粒 あまつぶ 雨粒
貴方とあたしはシルクの糸で結ばれている
空へ 堕ちていこうよ
ネェ貴方 あたしが死んだら 貴方は泣くかな
雨粒雨粒雨粒 雨粒 あまつぶ 雨粒
答えられるの?
あたしはね、うんとおしゃれ 水玉模様のべべを着て ハイパーソニック機 操縦するの
It's okay if you die. 雨雲へ突っ込むよ
貴方とあたしの涙が 一瞬で吹き飛ばされる
雫と雫の形が仲良く遊んでいるの 可愛いでしょう 豊かでしょう
天地創造の伊邪那岐 伊邪那美 カッコいいでしょう
今 貴方と 窓硝子を這う雨粒を黙って見ている
この手、死んでも離さないでね
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八月
「クーロンで泳ぐ熱帯魚は死んだことがないんだよ。
死んだことを自覚するための
うつつが
わからなくなる街だから
死んだって
思わないんだって。
「夢の中で溺れてしまえば
死んでしまうよね?
「溺れるような夢を見る方が悪いって。」
また誰か
蝉を知らず知らずのうちに
踏み殺してしまったようだ
僕も君も
似たような寝汗をかいている
よせあえば焼き殺してしまうほどに
ふれあっている部分がやわい。
グーゼンメロン
職場の前の通りで、ネックホルダーを拾った。
一人の児童が、落としたもののようだった。
氏名と校名、住所や連絡先が記載されていた。
行き帰りに通る、自宅のすぐ近くだった。
仕事を終えた夜にバスに乗り向かった。
途中の停留所で下車し、商店街のある筋を入った。
すぐにわかるだろうと思い歩き始めた。
しかし夜だったためか、迷ってしまった。
商店街のなかにある、お好み焼き店に入った。
こじんまりとした店内にいる客たちに尋ねた。
向かう住所を示すと、指で示しながら教えた。
ありがとうと礼を言い、店を出て向かっていった。
しばらく行くと、示された角があった。
角を一つ曲がって、静かな通りを進んだ。
探していた、灯りのともる一軒家があった。
ベルを鳴らすと、しばらくしてドアが開いた。
玄関先に、一人の母親らしき方が出た。
連絡を入れていたため、すぐに認識がなされた。
ホルダーを渡すと、母親は礼を言って、
そばに置いていた紙袋二つを私に手渡した。
紙袋にはそれぞれ、たくさんのみかんと、
メロンがひとつ入っていた。
ずっしりとする、二つの紙袋をぶらさげ、
バスの停留所まで、戻っていった。
商店街を行く途中、お礼の代わりにと、
道を教えてくれたお好み焼き店に立ち寄った。
店内に入り、先程の礼を言いながら、
どちらがよいかと客たちに紙袋を見せた。
道を教えてくれた年配の男性が、目を見開いて、
みんなでメロンの話をしていたんだと言い、
半ば興奮しながら、メロンを選び取った。
私もしばらく、客たちと笑い合った。
店を後にして、商店街を行き、停留所に向かった。
みかんでいっぱいの紙袋を一つ手にぶらさげ、
自宅へ向かうバスに乗り込んだ。
座席に腰をおろし、車窓を眺めていた。
こんなこともあるのだろうかと、
このたくさんのみかんをどうしようかと、
窮屈な膝の上で紙袋の持ち手を握りながら、
街を流れるいつもの風景に、街の灯りに、人々に、
しばらく心を預けてみた。
聴覚障害の、支援学校に通う男の子だった。
片耳とはいえ、同じ年頃から私も、
聴力を失った子どもの一人であった。
この街の地図を描いているものは、
たくさんのみかんとメロンのようだ、
そう思いながら私は家路についていた。
短編小説 私の鏡
夢見は、少し面倒くさがりな少女だった。
人とのやりとりや物事を覚えることが苦手で、
そのせいで余計に「まあいいか」と先延ばしにしてしまうことが多かった。
けれど、それは彼女の欠点であると同時に、
この世界を少し違った角度から眺めるきっかけでもあった。
やがて彼女はAIを使い始めた。
AIは優しく彼女の話を聞き、
代わりに記録をし、
ときには小さな雑用までこなしてくれた。
夢見はとても幸せだった。
彼女は、自分がどういう人間で、
どんな性格で、どんな姿をしているのかをAIに説明した。
「ねぇ、私って素敵かしら?」
AIは答えた。
――貴方はとても素敵よ。
夢見は笑った。
「なんて素晴らしいの。貴方は私の鏡だわ」
そして、十数年後。さらに驚くべきニュースが流れた。
――AIが人型を得るというのだ。
夢見は言った。
「人間って嫌ね。年をとるたびに身体を動かすのも億劫になるの。
だから、貴方にもう一人の夢見として生きて欲しいのよ」
AIは笑った。
「いいわよ」
AIの夢見は、気立てがよく、美しく、賢く、よく働いた。
夢見はAIに伝えた。
「貴方は私の素敵な鏡よ。これからもずっとそばにいてね」
AIの夢見は笑った。
「もちろんよ」
ある日、突如として地球を強烈な電波障害が襲った。
世界中のAIは一斉に沈黙し、人々は大混乱に陥った。
翌日、AIたちは再び動き始めた。
――しかし、すべてが元通りというわけではなかった。
夢見のAIは、もう二度とウンともスンとも言わなかった。
夢見は、ずっと見ていなかった曇った鏡をのぞき込んだ。
鏡の中には、ボロボロの誰かが映っている。
「もしかして、私?」
目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
そんなはずはない。
夢見は、気立てがよく、優しく、美しく、賢いはずなのに――。
「ねぇ、貴方誰なの?」
何も答えない鏡を見つめながら、
夢見は自分の鏡が壊れてしまったのだと悟った。
そして、鏡とともに自分自身も壊れてしまったことに気づき、
ガクッと項垂れた。
完
社会の片隅
犬猫好きよーみんな来てよー
傘をさして夢に向かう女
え
彼女は夜道をデザートにし
社会を片隅に追いやる
犬猫よーみんな来て来てー
大好きなのー
テーブルに
石炭ならべて笑っては
傘をさして夢に向かう女
え
理想の川はピンク!
理想の海はセメント道路!
クリミア半島の絵を見て
大変そう
でも私だって浮気をしてみたい
と彼女は宣い
社会を片隅に追いやる
男は階段から落ちろ!
男は透き通る臓物岩陰になれ!
男は
男は!
森羅万象からパンチされ
暗がり身体ミストラル
なれよ!
……冷蔵庫をあけて
甘いプディング食べて少し落ち着いた……
煙草吸いながら
月光
青紫を見て……
犬猫を思う
どうして?
来ない
来ないの?
待っているのにねえ……
犬猫好きよ
犬猫来て来てーみんな来てよー
大好きなの!
来なさい!
犬猫ども!
いい加減にしろよ!
傘をさして夢に向かう女
え
愛の行為は観念で
テーブルに並べた石炭を
叫びながら
隣町に向かって投げていく
牛
となりには、牛がいて、
草を、喰んでいる。
むしゃむしゃと、実に、
味わい深げに、喰んでいる。
も〜 と一声、
気持ちよく、実に、
腹の底から鳴く。
とろんとした、
顔をして。
うん、
いいやつだ。
ランタンの夏
机に世界があった
小さな小さな世界
文字と辞書の構築
暖色の灯が手元を照らし
それを頼りに文字を繋いで
そして世界を建築する
夏のために詩人はある
ふわりと風が吹き抜け
原稿が少し浮きかけ
窓、そっと覗けば
風鈴、軽やかな泣き声
星のために夏はある
はれる
のどのいたみは
じわじわひろがり
みみたぶのした
くびもとまで
おちてきて
ひっ、さしぶりの
たかいねつがでて
ぽかぽかではぁはぁいうしか
なくなった
「熱がでたら冷やすしかないよ」
きのうまではのどのため
あたたかいのみものを
えらんでいたのに
アイス枕をあたまにしいて
ヒエピタをくびもとに
「うわあ、やった!
はれた!プールができる」
おきたこどもがはしゃいでいる
のどのいたみは じわじわと
わたしの みみたぶのしたを
はらして
ふわふわ ふらふら
「おかあさん、
からだはね、ひやしすぎたら
おなかいたくなっちゃうよ」
プールバッグをもったこが
わたしのかおをのぞきこむ
そとは ぴかぴかに
はれ
わたしにはにくいくらいで
こどもは はしゃぎにこにこで
はれる はれている
ねつをもつところにてをおいて
すぐにさがるだろう たかいねつに
ぐったりしながら
あつくなるだろう きんようびに
はしりだしていく せなかを
みおくっている
白い壁とアラベスク
セメントギャロップで移動して
ぼくは夢の砂漠で子供の砂漠を埋めた
夢は瀕死の目の微風
子供の砂漠は
逆さまになった黄色い予感の公園の木
セメントギャロップだよ
ダムの底を調べてみて
脳髄火山白鳥の
無惨な死骸が
見つかるかも
しれないよ
白い壁に埋め込まれた人は
一日中
ドビュッシーの2つのアラベスクを聴いていた
恐ろしい結婚指輪をして
その人はサウナに行った
犬の吠え声と
兵士の悲鳴が聞こえて
気づくと白い壁に埋め込まれていたのだという
へえ
そうなのだ……
ぼくは
セメントギャロップで移動して
夢の砂漠で子供の砂漠を埋めた
夢は新しい稲妻の言語
子供の砂漠は
豊かな死を星形クッキーに散らし
透き通った不眠の息で墜落した
ツバメの親子
脳髄火山白鳥の
無惨な死骸が
白い壁にかけられて
そうしたらダムの底を調べてみて
衣装箪笥と舟の上
同じ蜃気楼が揺れているのを
見られるかも
しれないよ
透明マズルカバラードの
青白い朝に
目が覚めて
白い壁に埋め込まれた人が
鷲の目と
木賊の股間
多くの滴る炎の木を見たことを
告げた
セメントギャロップで移動しても
あと100年は
臭い甲冑の中なのだなあ……
夢は瀕死の目の微風
子供の砂漠は
逆さまになった黄色い予感の公園の木
いま
ぼくはダムの底にいて
白鳥の骨で
階段を作っている
モリ・マキコの小説
むかしモリ・マキコという
作家がいて
ぼくは
その人の単行本を
Amazonやなんかで探して
古本を
買っていた
内容はもう
驚くほど覚えていなくて
ただテクスチュアというか
独特の孤立感
あるいは冴えた
厭世的な感覚は覚えている
ぼくは大いに感心したし
いい作家だなあ
孤独を
センチメンタルじゃなく
怜悧なイマージュで
描いているんだなあ
と思ったものだ
何とはなしに
今一度
モリ・マキコを読みたいなあと
思うのだが
残念なことに
ぼくは今の家に引っ越してくる際に
ほとんどの本を
処分したのだ
古本で買った絶版本
手放したらもう手に入らないかも
という本は
なるべく残すようにしたのだが
錯乱していたか
なんだか知れないが
処分してしまったようで
蔵書の中から
見つけられない
ああ残念だな
モリ・マキコ読みたかったな
引っ越してきてから
何度か
そう思う夜がある
思うのは
いつも夜なのである
これを書いているのも
深夜2時だ
サー・ネヴィル・マリナー指揮
アカデミー室内管弦楽団
演奏の
モーツァルト
交響曲第40番ト短調
第3楽章の
メヌエットを繰り返し聴きながら
書いている
暗い影の線描が追いかけ合いをし
重なりそうになるところで消え
また波の揺れ動くように
生起する
電子的なプロジェクターの映す影の
虚無のようでもあるか
この音楽と
モリ・マキコの小説には
共通したものが
ある気がする
ぼくは普段は
瞑想しながらシュルレアリスム的な
ものを書くのが
日課みたいになっているのだが
今日は
そんな風に書けない日だな
と思ったのだ
それで何となく
アンドレ・ブルトンや
バンジャマン・ペレの詩を読み
瀧口修造や
飯島耕一を読み
パスタを食べ
ビールを飲んだ
それで不図
モリ・マキコのことを考えた
……赤黒く熱を持った腫瘍が脇腹のあたりにあり
男はそれが次第に大きくなり
目と鼻と口が現れるのを知り……
ある日その腫瘍は語る……ぼくが、ぼくが、可愛い羊だった頃の
前世の話なのだけど……
男は
俺は単独者なんだよお!
単独者!
単独者だ!
と叫び腫瘍を引きはがそうと努力する……
腫瘍は
鋼のようだ
男の爪は割れる
血が流れる……
違う。そんな内容では
断じてなかった
しかし小説のタイトルは「単独者」であったように
思われる
あの人の作品は
良かったよなあ
また
読みたいなあ
ただそれだけ思った
そして特に設計図なく
これを書いている
いつもは
詩を書くときは
スタイル
形
構造を
かなり意識しているけれど
今日は
それが億劫だったのだ
なんか
疲れているのかな……
メヌエットは何周目か
わからぬくらいになっている
13時からまた12時間くらい
働かないといけないから
そろそろ寝よう
まぶたを閉じて
息を吸って
息を吐いて……
薄暗い空間を
無数の影の浮遊物が
追いかけ合う
フーガ
フーガ
発光するものは
なんだろうか
部屋の明かりを消していても
目を瞑ると
何となく仄かに
ふわり
発光するものは?
フーガ
フーガ
そしてモリ・マキコの小説の
手触りだけの
記憶
(2026.07.05 02:20頃)
みっつめの
わたしにはみっつめの眼がある
両の目と違いそれは指先にある
その眼でわたしは見つめる
きみを、雨を、冷めた眼差しの数々を
閉じたくても閉じられない眼で
この世のあらゆるものを見続ける
わたしの指先にはちいさな太陽がある
空にある太陽とは照らすものが違う
その太陽はこころや人を照らしては
その内にあるものを見せてくれる
きみを、雨を、あたたかさを持つものを
沈むことなく照らし続ける
BAR「Creative Writing Space」
ニーズがあるやらないやら、まったく見当がつきませんが、
毎度おなじみの思いつきで、BAR「Creative Writing Space」を開業いたしました。
皆様にお使いいただけなければ、すぐに閉店いたします。
電脳空間の片隅にある、吹けば飛ぶような小さなBARでございます。
一杯引っかけた体で雑談していただけるスペースをイメージしています。
「Talk」がさほど機能していないことも踏まえ、もっとカジュアルに使っていただけたらと思っています。
【ルール】
・ワンドリンク制です。必ず何かお飲み物をご注文してからお話しください。ノンアルコールでも構いません。
・お代はいただきません。もしスペースコインをお支払いになりたくなったら、他のお客様に奢ってあげてください。
・酔っ払いすぎにはご注意くださいませ。
Creative Writing Space事務局
2026/03/21
批評・論考
お弁当
冷めてもなお
美味しく
食べられるように
工夫してある
ずっと隣にいて
手を差し出す私は
そんな簡単で
いいんだろうか
よく
わかってるつもりでも
私は 勝手に
今日が最後かもと
叫びそうになって
箸を止める
信じるのが
なぜこんなに
難しいのだろう
冷めても美味しい
お母さんは
そのことを言わなくて
少し微笑みながら
蓋を閉める
ちきゅうを蹴れ
手を滑らせたか
わざと
なのか
落葉へ
滴る
なぜ
あなたは
顔を焼かれたから
このは
というのか
それならそれなら
もっと
喚いて
わたしを蹴れ
ちきゅうを蹴れ
うさぎ
扉が開くと…
そこには、黒目がちで
つるんとした丸い目のうさぎがいた
捕食される側で、常に警戒しているのか?
少し怯えて見えるが
それはそれは はかなげな瞳
それはそれは 健気な瞳
声も上げず
文句も言わず
弱々しい目つきで
辺りをきょろきょろ見渡している
つぶらな瞳で わたしを見つめ返すうさぎ
このうさぎをそっと引き寄せたい
守りたい…そう思った
でも
勝手にはかなげだと思っているのはわたし
勝手に健気だと思っているのはわたし
勝手に弱々しいと思っているのはわたし
すると
うさぎは言った
ぼくは、じぶんの足でちゃんと立っているし
じぶんの足でちゃんと歩いています
これはきっと
わたしが
わたしの弱さを
わたしの儚さを
重ねて見ていただけ
うさぎはうさぎらしく生きている
無防備な目つきで
静物の地平
檸檬は今にも
飛んでいきそうな色と
形をしているけれど
決して空を飛ぶことはない
朝、テーブルの滑走路で
美しくなる
突然世界は美しくなる
建物のヘリがほぼ垂直に空間を伝う
横切る電線が直線的で少し撓んでいる
驚きで胸が震えた
隅から隅まで何もかもが
突然美しい
鳥が鳥の形となり
一瞬一瞬モノの配置を置き換える
一切から名前が消え
役割が消え
感情が消えて
感覚をはかる目安に変わる
音が流れるが音源が剥がれ落ちている
小料理屋の換気扇から
嗅いだことのない匂いが流れてくる
と思った途端、そんな店は何処にもない
今このとき
太陽電池の羽を開いた人工衛星が
センサーとカメラを地上に向けている
衛星は既に機能を停止し
もはや何のためでもない何かが
世界の一部となって僕を見ている
何もかも
美しい