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2021/01/01 12:00:00

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鯨の音

この鯨の背から望む黝い海はいつ果てるのかとんと判らないのだが、僕たちは進まなければならないのだ。ときたまに視界を滑空する海鳥たちは果たしてどこでその羽根を休めるのか、僕は夢想しながら隣の少女に目をやる。白い衣を纏う少女は虚ろに視線を泳がして、すこしこの鯨の背から身を乗り出して海水に手を浸してみたり、伸びた僕の髪に手を触れたりするのだが、僕が話しかけてもただ黙すのみだった。鯨の尾には太く長い縄でもって函が括りつけられていて、しかしその函には決して海水が触れなかった。そのため函は海水除けて部分的に海を裂き、海底に触れてガタガタと音を立て続けていた。その音から察するにどうも函の中には石板様の硬い何かが入っているようなのだが、なにしろ函は遠く海の底で鳴っているのだ、僕たちがその中身を確かめる術はなかった。
鯨には餌をやる必要があった。ときどき鯨は高音とも低音ともつかない不思議な、しかし不愉快でない声を鳴らして餌をねだる。陸地の見当たらないこの世界で僕たちがどうやって食糧を得るのかといえば、それは空から降ってくるのだった。僕たちが腹を減らしたとき、また鯨が鳴くとき、きまって空から乾いた、白いパンのようなものが鯨の背に向かって降ってくるのだ。そうして僕たちはそれらを頬張ったり前方の海に投げて鯨にやったりする。このとき、このパンのようなものはきまって鯨の背に向かってしか降らない。したがって、僕たちの眼に空からパンのようなものが降ってくるところがうつるとき、その空の下には僕たちとは別な鯨とひととがいるに違いないのだった。飲み水はといえば、鯨の背に育ってもはや岩のようになった藤壺の塊を——はじめ藤壺はまだらに鯨の背にあるのみだった、この藤壺の大きさは僕たちの航海の時間を物語っている——拳でコン、と叩くと水が溢れ出てくるのだった。僕と少女とはその水を両手で掬って飲むことで渇きをしのいでいた。



ひとびとにとって空を飛ぶのに邪魔だと目されたもの、たとえば電柱や電線など、およそ中空での視界を遮られると見做されたものは先代のひとびとによって悉くその名を唱えることで取り尽くされた。同様にしてひとびとが空を飛ぶにあたって憤ろしいと感じられるもの、たとえば連嶺や懸崖など、およそ天空からの風景を害すると見做されたものもその実在を奪われた。また先代のひとびとは肩甲骨が翼の名残であると信じていて、実際に幾人かの若者は最先端の言葉——いまおもえばそれは烏滸がましいことこのうえないものなのだが——によって背中から翼を生やして空を飛んでいた時代があったらしいのだが、天に近づいた彼らは悉くその翼が発火して堕ちていったという。彼らは天蓋を目指して一心不乱に言葉でもって目につく物を次々と取り尽くし、遂にはこの果てるともおもわれない海、ときたまに視界を横切る海鳥、そしてこの鯨と僕たちのみが残された。



炸裂音がする。遠くで、あるいはそう遠くないところで、なにか巨きな、あるいはそう巨きくないものが爆ぜるような音。そのたびに波動する僕たちはしかし進まなければならない。
生成したり滅却したりする力を言葉はとうに喪っていたから、僕たちは好きに話すことができた。かつてあった生活や建築物の話だ。といっても専ら僕が喋るのみで、少女は一言も発さず、分かりにくいジェスチャーのような仕草で僕に相槌のような動きをしてみせるのみだった。海鳥が少女を通り過ぎることがあった。海鳥は少女の肩口から逆側の脇腹へと抜けてまた空へと舞い上がり、ちょうど海鳥の這入ったところの少女の肩口は瞬間はっきりと黒ずみ、海鳥が見えなくなる頃にはその滲みはぼやぼやと消えてゆくのだった。痛くないの、と僕が尋ねたり、冗談を言いながら僕が少女の髪を梳いたりすることもあったが、少女は喋らなかった。
他の鯨とその背の上のひとと海上ですれ違うことがあった。数える程度しかそのようなことはなかったが、きまって一頭の鯨につきその背に乗ったひとの数は二人、性別は男女が多かったが、そうでない場合もあった。生き残りのひとに出会えることは少ないから、そのようなとき僕は彼らに大きな声で話しかける。彼らもこちらに気づいて声を発するのだが、その声は誰の場合でも、いつも何とも言えない奇妙な仕方で発されていて決して聞き取ることができなかった。僕たちはそうしてお互いに言葉を交わすことができないままに行き過ぎるのだった。この世界では少女が喋れないものなのかといえばそうではないようで、こちらに向かって声を発するひとの中には少なからず少女もいた。逆にこの僕の隣の少女と同じように、ぼんやりとして黙すのみの男もいた。



雨があった。雨風をしのぐ手段はなかった。だから僕は少女に覆い被さった。濡れた僕の背中から垂れた水滴が衣の裾から少女を濡らしていくのを見ながら僕は僕の体の冷えるのを感じて、ひとつ咳払いをした。
日照りがあった。湧き出す水は足りなかった。だから僕は僕の飲む量を少なくした。少女が暑さでぐったりとしているときは僕が少女に水を飲ませることもあった。
寒さがあった。暖を取る手段はなかった。だから僕は僕の衣を少女に着せた。少女がふるえているとき僕は少女を抱きしめた。体温の混ざる感覚を僕は忘れなかった。
嵐があった。長く止まなかった。こういったとき僕たちは嵐の行き過ぎるのをただ待つのみだった。しかし今日は少女の様子が違っていた。泣いていた。大粒の雨が降り注いでいた。そう見えただけなのかもしれない。しかし僕には確かに少女が泣いているように見えた。
僕は少女を抱き寄せた。冷たかった。大丈夫、と僕が声を掛けたとき、少女の左腕がぐしゃり、と崩れてもげた。僕は強く抱きしめた。

少女は右手で僕を突き飛ばして海に落ちていった、爆発音がした、底の方から、僕は、中空に打ち上げられた――



目覚めると僕はゴツゴツとした場所で白い布を纏っていた。鯨の背の上に僕はいた。隣には海に落ちていった少女とは違う少女がいて、僕に喋り掛けてきた。僕は返事をしようと試みたのだが、声が出なかった。だから僕は身振り手振りでジェスチャーのようなことをしてそれを相槌とするしかなかった。その新たな少女は薄青い布を纏っていて、饒舌だった。この世界が海と、海鳥と、鯨と、僕たちのみになってからの歴史を少女はよく知っていた。曰く、僕たちは番いになって鯨を育てなければならない宿命にあること、失敗すれば鯨は爆ぜるということ、鯨が育つ条件は餌をやることだけではないということ、僕たちは進まなければならないということ——滑らかな語り口を小休止して、少女は僕に尋ねた。前の少女をあなたは少女のためにのみ愛していたか、と。僕は黙した。
少女は話を続けた。曰く、鯨を育て終えたひとびとの国があると。そこは、巨きくなった鯨でのみ辿りつける大陸であるとか、鯨の潮でもって打ち上げられてはじめて天空に張られたそこに行かれる城なのだとか、いろいろな話があるそうだ。

海鳥が僕の胸を通り過ぎた。僕は泣いた。僕を見て少女は、僕の胸にできた黒い滲みをさすって、一緒に泣いた。

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17skai,

1# 第一のお題

『あ、ちょっと聞いて下さいよ。昨日俺、風呂場ですっころんだんですよ。そしたら、』
『ふむ』
『予知能力が身に付いちゃったんですよ』
『な、なんと。目を見開くはビッグ・アイ。たとえば?』
『あの、10円玉あるでしょ』
『あるある(笑) 』
『それを親指でピンッとはねて、落ちてきたやつをぎゅっと握るんです。そして拳の中の10円玉の裏表を見るんですよ』
『うん、それで』
『18回やったら17回当たっちゃったんです。これって予知能力ですよね』
 『あ〜なるほどね。それがきっかけで新しい能力を身に付けたんだよ、きっと。じゃあ今度は500円玉でやって…あれ?持ってないの?あ、どうやら私には遠隔透視能力があるみたいだ』
『えっと、小銭はないけどPASMOならありました』 
『あ、それは駄目だよ。だってそれノンチャージだもの』 



2#第二のお題

『あ、』
『どしたの?』

『ちょっと寒い』
『あ、確かにちょっと冷えるね』

『あの、うち、まえの彼氏にね、』
『うん』

『「寒い」っていったら「寒いね」っていわれたの』


『』

『でもさ、うちはほかの言葉をかけてほしかったんだよね』
『なるほど。俺だったら行動で即示すね。あいにくマフラーはないけどさ』

『どうするの?』
『ピン、ピン、ピン、パラリ。さ、中に入りなされ』

『え、ヤダよそんなの』
『寒いと言ったのはどこのどいつだい?さ』

『ヤダ、馬鹿みたい。やめてよ』
『ガバッ、捕まえた。フルヘッヘッヘ 。MOUHANASANAINODEARU』

『ヤダ、恥ずかしいよ。もっと恥ずかしいよ』
『寒いと言ったのはどこのどいつだい?さ、歩くよ』

『え、なんで歩くの?このままでも十分暖かいよ』
『寒いと言ったのはどこのどいつだい?さ、未来永劫しばし歩くよ』

テクテクテクノのテクノの娘…。…。。

『あっ』
『あっ』

ドテリ。

『ほら、転んだじゃない。馬鹿。そんなことするの高三のDカップくらいだからね』
『?や、そらそうだよ。だって俺の子供心は17才で止まってるんだから。知ってるだろ?』

『はじまりました、馬鹿再確認。あ、何歩歩いて転んだか知ってる?うち、数えてたよ』
『知ってるよ。答えなくてもいいでしょ?17回転んだんだよ』

『じゃあ、うちが馬鹿って何回言ったか覚えてる?』
『分からない。なぜなら変に頭が賢いから』

『なら、馬鹿って10回言ってみて』
『馬鹿、馬鹿、馬鹿…手間なので3回だけにした』

『その馬鹿は誰?』
『この痴態を晒している二人を遠目から眺めている大衆みな全て。なぜならあの人たちは、こんな異性への愛し方もあるのをまだ知らないのだから』

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おかわりないですか?

 おかわりないですか?
 こちらはおかわりないです
 そちらはおかわりないでしょうか?
 あちらもおかわりないです
 みなさんおかわりないですかね?
 おかわりありません

 どこへいっても
 おかわりなさそうです

 こうも日本が変わってしまうとは
 みんなお腹が空いています

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負けず嫌いになれない人

負けず嫌いの人が成功するとよく話を聞く。実際そうだろう、彼らは1番になるために頑張れる人なのだから。
負けず嫌いにはなれない人もいる。
その人は他人が自分の芸より上手いのを見ると、自分より年数が上でも嫉妬でやる気をなくしてしまうのだから。
勉強で他人より上へ上へと言う人が近くに居る。その人は下を見るなとも言う。
けれど他人の成績を見てやる気をなくすのならば下を見ても意味はあると思う。
絵や工作といった類ものはやる気をなくしたとしても強制してやることでもない。
けれど勉強と言うのは将来の進路を広げる為に重要だ。
何があったとしても、今向かっている夢を諦めたとしても、学歴が良ければ社会復帰は自身が望めばそれなりには出来る。しかし低学歴ならばどうだろう。社会復帰、いやそれ以前に就職など不可能だ。
それじゃあやる気はどうやって出せば良いのだろうか、わからない。
そんな人は何となく分かる
全てにおいて自分を下回っていて自分を肯定してくれるような人。そんな人が必要なのだろう。

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批評・論考

空白都市

この街にはこんなに人がいるのに
君だけがいない

浜辺に打ち寄せられ
銀色の腹を見せて腐っていく魚のように
街の空は白く輝いていて
僕たちは光るものを
偽物の宝石をこんなに沢山持っている
指を見れば
二千円のジルコンと二十万円のダイヤ
ではもちろんよく輝くのはジルコンの方で
奥底から湧きでるほんの仄かな繊細な虹
を愛するのは難しい
ぼくらはそれほどに飽きっぽいから
否 否
この星の石に名前などなかった
ただ45億年を黙って生きてきただけ
人に値段をつけられるな
自分の値段は自分でつけろ
そしてどんなに安く買われていても
その本当の値段を譲るな
忘れるな

あの白い建物は
いつかのアミューズメントパークだった
観覧車に乗った君と膝突き合わせ
高いところが怖くて震えながら街を見下ろした
地平線の向こうまで生活はぎっしり詰まっていて
見えるどの窓もどうしょうもなく
ほの暗くて四角くて人間の匂いがした
君は神様だからブロック遊びみたいに
建物をつまんで積んだり崩したりして
あそこの道とこの海岸線を繋いで
街のうららかな夜明けに見えない波を
漣を一面に打ち寄せさせるのだろう
あの濁流でなく透明できれいな洪水ならば
溺れてもいいとみんな思っている
かも 内心ではどこかでは
海に帰りたいけど海が迎えに来るのは嫌なんだ
現象は 神様の指が決めた通りに
過去や未来へとタイムラグしながらやってくる
そう
神様は、決めるだけで
生きることはしない

ゆっくりと境界線が崩れていく
眩しすぎる真昼に目が見えなくて
君と手を繋いで歩いたそこは
草原だったか公園だったか
桜の香りと酔っ払いたちの臭気
怒声と歌声が響いていたのを覚えている
君が走ると私も走った
リードで繋がれた犬と飼い主みたいに
もちろんどちらも犬でどちらも飼い主で
何なら
花の色を浴びすぎた詩人だったのかもしれない
連結することばとことば
それから改行 改行 改行、そして空白
まだ黙らないのなら
遊んでよ もっと

(ねえ
スーパーファミコンの頃のマリオやったことある?
引っ越しはひび割れブロックから
次の足場に飛び移ることに似ている
飛び移ったらもう元の場所には立てない
夜になったら家も居場所もない
だからヒビだらけのところには
長くいられないとしても
飛ぶときには足がすくむんだ
でも人生は強制スクロールだから
そもそも
戻ってとり忘れたアイテムを取ることも
光る翼の亀を倒して
翼を奪い直すこともできないね
ねえ
君はあのゲームクリアできたの?
翼は手に入ったの)

点滅する信号機の横断歩道の
ダルメシアン模様の陽だまり
道路のあちらとこちらでは
時が断裂してる
通りゃんせ通りゃんせ
通れない通せない問題ない
改行、改行、改行、句読点のない深夜の断章
雲の一切れと
そして空白

君との愛は本当に見事な嘘みたいだったよ
鮮やかな
鮮やかな虹色のルービックジルコニア
もうあのアミューズメントパークもなくて
ひとりで
街外れに新設された観覧車に乗る
高いところはやっぱり怖くて怖くて
震えながらガラスに顔を近づけ
西日の街に
ギリギリで触れないキスをする
いつまでもこれが君の顔
あの横断歩道にも公園にもどの建物にも道にも
君はいない
君だけは いない

(これはラブイズオーバーではなくて
ゲーム・イズ・オーバー
だがライフ・イズ・ネバー・オーバー)
本当にいないのは誰か?
君か
私か
この途方もない街を円卓と囲む
私たちみんなか
安っぽい疑問、改行、改行、改行
ありがとうのうしろの

空白

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カーテンの裏

きらきらの
剥がれ落ちた鱗
なにも
話せないことが
動けないことが
いたい
汽水へ運ばれる
夢は破れて

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ちょっとの愚痴

とある友達の話。
自分も荒らしをしているのに自分を正当化して他の荒らしを叩くような人。でもその子は私しか友達がいない。だから一緒に居る。
毎日一緒に帰る。断る理由がないから。本人の嫌なところをその人の前で言えるほど私は強い人でもないから
でも私の親は良い子って言ってるんだから良い子なのだろう。
私には他人の良し悪しがわからないのかもしれない。
彼女がみんなから嫌われているのは何でだろ

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批評・論考

小さな星の軌跡 第十八話「新しい春」

 新学期。 いつものバスより一つ早い便に乗って登校。そして朝一番、部室へ行ってみた。

 からから……。
 八女先輩と甘木先輩が私物を置いていた所が空いたままの棚。 スマホのアプリで今も繋がりはあるけど、やっぱりちょっとだけ隙間風。
 さて、明日は新一年生の入学式。誰か天文部に来るだろうか、それだけを願う。 空いた棚に向かって軽くお辞儀をして二年生の教室に向かった。

 わたしとみっちゃんは同じA組。おーちゃんは私学の文系狙いらしく、選択科目がだいぶ違うのでE組。ちょっと離れてしまった。みっちゃんに「離れちゃって残念だね」って言ったら「いつかの日に、一緒にいる為なのよ」って帰ってきた。二人で見ている物がある含みだと思う。たかちゃんは選択科目は同じだけど隣のB組だ。体育なんかの合同授業は一緒になるのであんまり変わらない気もする。

 始業式から学級委員ぎめなんかも一通り終わり今日は昼前でおしまい。学食でパンと飲み物を買ってみっちゃんと二人天文部室に向かう。その途中で耳納先輩とたかちゃんも合流。
 柳川先輩と大川先輩は生物部室かな?今日はお留守のよう。

「じゃあみんな集まったので明後日の新入生への部活紹介で誰がどんな風に喋るかを決めようか?」
と耳納先輩。

「そりゃ耳納先輩でいいのでは?」
とたかちゃん。

「いや、壇上は二人まで良いし、去年は自分一人だったから、二年生から二人で良いのでは?」
と耳納先輩。

そしたらみっちゃんが
「先輩とちーちゃんでいいじゃん。……男女一人づつ平等で」

と来た。
平等は後付だ絶対。

 耳納先輩は「う~ん」と唸っている。わたしは、去年先輩を壇上で見て、天文部に入って見ようと思ったんだよね。あんなふうに輝いてしゃべれるかな?
 でも楽しい事がいっぱいあった一年だったからその事を新入生の前で伝えたいってそんな気持ちも抱いていた。

「じゃあ僕と筑水さんでもいいかな?」

「異議なし」とみっちゃんとたかちゃん。

 それでは喋る内容だけど、と簡単に内容を打ち合わせをして、時間内まで適当にアドリブで喋ることに決まった。


 入学式は在校生の一部が出席するだけなのでわたしたちはお休み、そして翌日、部活紹介の時が来た。
 新入生は午後から講堂に集まって、各部活の紹介を部員たちが演壇で順に喋る。朝倉先輩は二年生のもう一人と写真部で、大川先輩は筥崎君と生物部で喋るようだ。わたしは壇上の端の方に耳納先輩と並んでパイプ椅子に座り順番を待つ。
 どの部も笑わせながら部の特徴を喋るのが上手い。緊張するなぁ……。

「はい、生物部ありがとうございます。お次は天文部、よろしくお願いします」

 生徒会が取り仕切る中、先輩と並んで演壇に向かう、のだけど演壇の後ろだとえっと、わたし背が低いんでかなり隠れちゃうのだけど……。と困っていたら、先輩はマイクをスタンドから外して演壇の横に立ち、わたしも横に出るよう促した。目の前の一年生の一部がくすって笑ったような気がするけど、見逃す事にしよう。

 先輩が最初にマイクを持って喋り出す。

「皆さん入学おめでとう御座います。早速ですが私達、天文部の紹介を始めます」
「今部長をやっている三年の耳納と言います。天文部では三年は早くに楽隠居する伝統がある様で、自分は去年もこの演壇に一人で立たされてですね、なんとか新入部員にアピールせんといかんと、そんなだったですけど、今年はこの通り、次期部長の横に立って、もうちょっとだけ部活動を楽しもうと、という訳で、この後の天文部紹介はこちらの筑水さんにお任せしますのではいどうぞ」

 うにゃ、一昨日の打ち合わせと全然違うし、いきなりアドリブしか無いんですけど!?!?

 覚悟を決めよう。と言うかいつも通りに楽しもう。うん。

 そして、小さく息を吸い込む。

「わたしより大きい一年生の皆さんこんにちは、次期部長予定の筑水です」

 笑い声が聞こえる。よしよし。

「わたし達天文部最大の特徴は、月一回学校に泊まっての宿泊観測会です。三階の渡り廊下、あの屋根のない廊下に望遠鏡を持ち出して思うままに季節の星雲星団、惑星や月を観察し、写真を撮ったりスケッチをしたりしています。普段毎日の活動は天気図の作成です。ラジオから流れる気象通報を聞きながら天気と気圧風力などを書き込んで等圧線を引いてゆく、アナログでマニュアルな天気図です」

「……昨年の文化祭ではプラネタリウムの上映を主に天体写真や天気図の展示、太陽の黒点観察などを行いました。プラネが大入満員で、わたしたち一年生は先輩のナレーションを聴けなかったほどでした。その評判のおかげで、後期は予算が多めについて昨年末に新しい自動制御の望遠鏡も入りました。また他の部活との兼部の人も多く多彩な活動が出来ますので、是非見学だけでもきてくれたら嬉しいです。お待ちしてます、ありがとうございました」

 ぱちぱちぱち

「それでは次の無線部……の前に天文部さん、マイクを演壇に返して欲しいのですが……」

 あ、そのまま持って座っちゃた。笑い声の中、先輩と二人もう一度演壇まで行ってマイクを戻す。なんかかわい〜って聞こえたけど聞かなかったことにしよう💦

 やれやれ、無事に各部活のスピーチが終わり講堂を後にする。
 色々考えていた事、ちゃんと喋れて、そして伝わったかなあ。部室に戻るとみっちゃんとたかちゃん、おーちゃんもいておつかれ様って言ってくれた。

 先輩が一年前に感じた期待と不安、明日以降部室の扉に影が映るたびに感じるんだな。そう思いながら校門から校舎を振り返ると、夕暮れに桜の花びらが、あの日と同じ様に舞っていた。

――つづく

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手袋

一月の早朝
まだ暗い窓の外
重いまぶたを無理矢理こじ開け
のろのろと身体を起こす

いつものようにお湯を沸かし
コーヒーを淹れる
花瓶の水を取り替え
写真の脇に添える

顔を洗い 歯を磨く
脱いだ服を積み上げる
デジタル時計に目をやる
刻々と過ぎてゆく

玄関のドアを開けると
思いがけない寒さに
今季はじめての手袋を取り出す
かばんに忍ばせていたひと回り大きなそれは
黒い生地に鮮やかなオレンジ色のフェイクファー
すべり込ませると
指先にぽっかりと隙間があまる

サドルにまたがりハンドルを握りしめる
ペダルを踏み込みアスファルトを走り出す
遠く白けたオレンジ色の光
まばらにすれ違う人と車
冷たい風が頬をつねる

黄色い点灯に足を止める
目を落とす
包まれた両手は
思ったほどあたたかくはなかった

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行き先


冬空のスーパーマーケットの駐車場にて、
人待つ間に買ったばかりの花林糖の袋を開ける。

ガラスの向こうにはパノラマの空。
雲があったりなかったり。
風が舞ったり舞わなかったり。

あっ、ヘリコプター。
ブルブルブルブル、威勢よく右の空へ。

あっ、飛行機。
音を立てずに、ひたすら左の空へと進んでいる。

上下に分かれて上手にすれ違った。

あっ、何の鳥だろう?
ちろちろちろり、前から奥へせわしなく。

みんな、どこに行くのだろう。

負けじと花林糖の袋に指を突っ込む。
ポリポリポリ。
喉を緩める。

手には次の花林糖。
やっぱりお茶を飲もうかな。
つまんだ指を袋に戻す。

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散歩と犬をした日

散歩と犬をした日。ペティは言葉を逆さに話す。あべこべだろうとこべあべだろうとあたしの知ったこっちゃないね。椅子がない窓に凭れて、いつまでも縺れている粒子を解いていく。それは不安のように柔らかく不埒だ。みぎぃは鳴くことを辞めず耳。古い本を紐解くと漁り火は言葉を纏う。しかし、様子がおかしい。ペティがあたしやバントフの様子ばかりすり鉢状に気にしては焦げた匂いを出す。みぎぃは犬、いえ、犬はみぎぃみぎぃみぎぃと鳴く。鳴く鳴くなくなった様子がおかしい。拡大するとレイヤーが異なる。バントフの体の深くからする滑るスメル。あたしは聞いちゃいなかった。はじめからないにも。ペティもしくはペチューニアは笑い、ここは広い閉所だ。閉所だ広い。味のついた虹のようなものを舐める時の舌のザラつきを思い出し、あたしまで燃えてしまう気がして、声も出さず涙のみ流す。ここには冷えたお湯と溶けた氷しかないよ。人体の構造的欠陥。神経が一度のどの辺を迂回して脳へと至る。

倍速で映画を観る家族が住む家。それはピーマンに含まれる栄養素。みぎぃが鳴くと聞こえてくる春の祭り夏の祭り予感の祭り。ペティ、きみが口汚く切り株を呪う時、あたしまだほんの子供で、語彙爆発を起こしていなかった。飼っている三葉虫に皇帝と名付け、虫ケラのように愛した。あ、あたしあまりにもうつくしい。け、けれどどこでおぼえたのかしら。おかしな鎧戸だこれは。サンボリスムの揺籃に、潮満ちる大伽藍。内壁にはびっしりと襞。襞にはびっしりと秒針がまとわりついてカチカチと火を灯す。回ると平面になる地球。点から線へ、線から面へ、面から大地へと旅を終えた一家の主バントフ。日記にははしたない文字でペティを称える言葉たち。みぎぃの吠え声は聞こえないの。散歩と犬をした日にあべこべなことばを話すペティもしくはペチューニアはあたしたちと反対の方向へ通学する不埒で淫らな穢れなき瞳をしたひと握りの人の瞳。

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夏も消えゆくのですかね?

母に
十月のまだ暑い頃
僕は
夏も消えゆくのですかね?
と問うた
母は何も答えなかった
今度
僕自身が消えゆく
夏の蜃気楼に佇み
それをながめては
あの
麦わら帽子が••••••
少女が••••••
いた
線路に沿って歩く姿に
ときめきを
覚えずにはいられなかった
やがてこの情景に
秋になる頃のもの淋しさに
涙を流さずにはいられなかった
母よ
夏とともに
僕も消えゆくのでしょうかね?
と問うた
母は何も答えなかった

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滲む手紙

あなたへと綴った手紙
渡す勇気もないまま時が過ぎ
手紙は色あせている

あなたを想うと溢れる言葉
沢山綴っても足りない程
あなたを想うと涙も流れる
涙は手紙に落ち
綴った言葉が滲む
滲んだ言葉は読めなくなり
あなたへの想いもなくなりそうで
余計に哀しくなる

あなたへ渡す事はきっと叶わない
沢山の言葉は涙で滲み
もう読めない
それでも私は手紙を持っている
あなたを想う心を失いたくないから
捨ててしまったら
愛も消えてしまいそうだから

色々あせた手紙
読み返して涙がまた流れる
そして言葉は滲む
その内読みなくなるだろう
その時が来たら
手紙を捨てる時
あなたへの想いも捨てる時…

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[う]鱗

電気コードの断線から小さな火花が弾けるのを見た
鳴らしたエレクトリック・ギターがヒューズを飛ばしてアンプが劈く悲鳴を上げる
目の端の筋が収縮して空気が私を連れ去ろうとする
抗うように身を振り乱して落ちていくうろくずが醜くて泣きそうになる
あなた方はそれを美しいと見上げる
一つの宗教の崩壊のように一瞬を待つ
それを崇高なことだと思わないでほしい
あなた方はまだ輝く体毛に覆われているのだから

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しらやまさんのこと 8

 もう一緒にグラウンドを駆け回ることができない
友達について、S君は作文を書いた。その作文を読
みながら泣いた。その声を聞きながら、僕も泣いた。
 とてもかなわない し、かける言葉もない。

 春は、一度やって来て、またちょっと引き返した
ようで、僕らの町にも雪がちらついていた。日本海
の冬型の雲はすじ状で、雪の降っている向こうには
青い空が広がり、山がまばゆく輝く。日々の生活で
ほんの少し立ち止まって普段とは違う方向を眺める
だけで、言葉以上の世界が広がっているときがある。
少なくとも僕が持ち合わせている言葉よりは。
 
 僕らは優しくなれる。
 罪多き生き物で、偽善を覚えて、利己主義であっ
ても 優しくなれる。

 もう会えない君へ、こんなにも寂しい思いをする
のなら、
 口だけじゃん 
と言われながらも、優しい言葉をかければ良かった
と思う。

 もう会えない君へ、
 夏のグラウンドは暑かったね。
 冬の体育館は冷えたね。
 初めてのゴールはうれしかったね。

 もう会えない君へ、
 山 白く 輝いて 
 まぶしいよ。

  

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この世界線のティーンエイジャーに共感されようとしてるのだろうけれど、おそらく作者のいる世界線が違いすぎて、「大人なんかに俺たちの気持ちがわかってたまるか」という怒りよりも「こいつは何を言っているんだ???」という困惑が勝る詩

作:韓雲竜
題:「僕が十五歳のときの恥」

※※※※※


あの夕陽が西空の茜色を
そっと踏み殺していくときには

僕は皆と同じように十五歳にして

やはり皆と同じように、大韓帝国の臣民であることを恥じた

陽が昇るべきは東からであるはずで
でもその東は
帝国の宝石として嵌められていて
どうしたって外しようはなくて

大韓という名前が恥ずかしくて
あの冬草の萌える丘を掘り返しては
そこに恥を埋めようとしたけれど

こぽこぽ、こぽこぽと、
恥というものは世界の透明度を奪って
また土を吹き飛ばすように湧き出そうとして


今日という今日も
大韓という煌びやかな宝石の機械は

臣民を、日本人を、中国人を、インド人を
燃料タンクに放り込みながら
悪臭の漂う煙を吐き出しながら

万国を冬に陥れ、なおも一国の春の顕現のために動いていた


それがずっと許せなくて
鴉の鳴き響く帰路をとぼとぼ辿るなか
ソウルという地獄の中心で
僕の中に怒りと涙がこみ上げてきた


十五歳の皆
今もなお良くなっていないのだろう

でも、その怒りと涙を
どんなに辛くても苦しみが襲ってきても
その抱きかかえた胸から一ミリも
離すんじゃない

叫べ、叫べ、自分たちだけ勝とうとした卑劣な者達に
今はたくさん叫んで、戦え

大丈夫
黄昏に踏み殺された茜色は
また東海にゆっくりと漂うから

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再生

鏡を見たら、偶々、顔が現れてきて、眺めてみると、思ったよりシミが多かった。この顔の持ち主を探しに外を歩くと、靴が、足裏に地面の堅さを教えてくれた。世界とは、地球のことを言うのでしょうか。世界一を決める大会に、宇宙人はいるのでしょうか。私が死んでも、あなたが死んでも、地球は無くならないけれど、世界は無くなるのかもしれません。あの葉っぱはニンジンの葉っぱだね、と私が言うと、それを教えたのは私よ、とあなたは言った。焚火を見ながら読書をした記憶、を捏造した、もしくは、捏造されたので、鱗になって、剥がれ落ちていく。色や位置、形が変わったら、それはもう別物だから、機械で大量生産された物に安心して、私も誰かに成っていく。あの場所を通るたびに思い出してしまうことがあるかもしれないけれど、これまでの時間を決して否定しないでください。空間は時間を守ってくれると教わりました。ただ、時間は空間を守ってくれやしません。また鏡を見たら、顔は現れなかった。光を浴びすぎた顔は、シミに覆われ、黒子になってしまった。テレビ画面に汚れがついていると思ったら、宇宙のはしくれだった。戸締りやガス栓、蛇口を確認するように、靴を隔てた足裏で地面を押し返していく。シンボルツリーのアオダモは葉焼けしていて、霧雨が降り注いでいる。川の水位が上昇して、地表が減色するように、年々分厚くなっていく国語辞典を代名詞で薄くしたい。溢れた一般名詞とたくさん接続して、人波に溺れず、世界を泳いでいきたい。部品が取れて毀れたおもちゃはどうすればいいかと母に聞いたら、また買えばいいと教えてくれた。落としてしまったソフトクリームは、もう食べられないから、風食を待てばいい。再生ボタンが効かなくなったリモコンは、修理に出さず、現在だけを見つめればいい。親になるということは、代名詞になることだと知って、鏡を見たら、見慣れた顔が現れた。私はこの顔の持ち主に、固有名詞を与えた。宇宙人から見た私たちは宇宙人だから、この世界には宇宙人しかいないね、と私が言うと、それを教えたのは私よ、とあなたは言った。言葉を飲み込み、誰かに成っていく。あなたは、私が吐き出した記憶の欠片を保存している。それを時々眺めては、言葉にして、私に届けてくれる。その言葉の色や位置、形が変わらないようにするため、足裏で地面を押し返して、名詞を拾い集めていく。

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みな波なみなみの涙か

涙みたいな朝だ
誰も知らない海辺
静かな心臓の音
琥珀色の朝焼け
生まれたばかりの今日に
口づけをする
おはよう
みんな死んでしまった
豊かな暮らしを求めて
みんな逝ってしまった
おーい、どうだー?
人生は楽しかったかー?
さらさらの砂
殺し合いなんて
別にしたくなかった
たった一つの選択
そこに意志があった
右をむいても
左をむいても
内蔵が破けた
破けたなかに
真珠があった
それは神授だ
大事にしなよ
まだ寒い夜明け
新しい時代がそっと息をしている
肺を通って
今日を通して

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『Memories of a Paper Plane』

この文章は、2月7日(土)20時に三浦果実アカウントにて公開される「ネット詩は文学じゃない#1」スピッツ特集に向けて書かれたものです。

一般に喧伝されるポエムが、未来への期待や届かぬ想いを「妄想」という名の燃料で燃やす行為だとするならば、草野マサムネが描く世界は、すでに「起きてしまった」事象の惨憺たる、しかし美しい残響に他ならない。それは僕たちが経験したはずのない、けれど細胞の深淵が確かに記憶している「存在しない過去」を巡る巡礼だ。
スピッツ的世界観において期待が宿るのは、紙飛行機が放たれた瞬間の高揚ではなく、風にさらわれ、誰の記憶にも残らず、道端に落ちて朽ちていくまでの「墜落の軌跡」そのものにある。彼らの視線は常に、飛び去った後の「空の空白」を、透明な諦念をもって見つめている。そこには「死」と「性」が未分化のまま溶け合う、標本箱のような静謐な日常が横たわっているのだ。
呪詛的な執着から紡がれるポエムを脱ぎ捨て、確定した現実から、存在し得なかった視点を持って世界を俯瞰すること。醒めない夢を追うのではなく、醒めてしまった後の乾いた世界を愛おしむこと。その倒錯した手触りこそが、放課後の無人の教室や、西日に焼けるアスファルトの匂いといった、人類共通の「喪失のアーカイブ」を呼び覚ます。
僕たちがスピッツを聴くとき、そこにあるのは、かつて置いてきた「選ばれなかった選択肢」たちが、佇む別の現実だ。紙飛行機は必ず落ちる。その墜落地点を、見向きもされない影の底を、凝視し続けること。その残酷なまでの誠実さこそが、ポエムという主観的な幻想を、普遍的な文学へと昇華させる唯一の触媒となる。再生ボタンを押すたびに、期待と諦念は泥のように混じり合い、僕たちは「存在しない記憶」へと、何度でも再会を果たすのだ。

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Nothing's gonna change my world

時間はもはや刻まれるものではない。それは、葉先に結ばれた露の重みが耐えかねて、土へと還るその瞬間の滴りにのみ測定される、極めてあわい情緒の集積だ。
私は、鋭利な鋏を振るい、世界の余分な枝葉を切り落とすことに汲々としていた。輪郭を整え、意味を矯正し、まるで一輪の「正解」だけを愛でる無機質な園丁。しかし、今の私はただ、土に還る途上の沈黙を、肺胞の隅々にまで浸透させている。生命の終着点こそが、新たな言語の産声であることを知ったからだ。
頭上を覆うカラテアの波打つ葉。夜には祈るようにその身を閉じ、朝には世界の光を両腕に抱きしめる。その密やかな律動を、私は自身の鼓動として複写(トレース)する。葉裏に潜む深い紅色は、かつて私の内側で暴れていた情熱の、穏やかな成れの果てだ。燃え盛る炎はいつしか静かな残り火となり、今はただ、記憶を滲ませる色彩としてのみ、そこに在る。
アジアンタムの繊細な小葉が、目に見えない空気の震えを慈しむように掬い上げている。その淡い緑の群生は、かつて私が紡ぎ、そして捨て去った無数の言葉の断片だ。意味という重荷から解放されたそれらは、今はただ、風の行く末に身を委ねている。記憶を宿していた場所には、クビアクシの蕾がしどけなく垂れ下がり、私がこれまでの人生で飲み込んできた光の総量を、静かに計量している。
私はこれらの「沈黙の会話」を、皮膚を通して翻訳し続ける。
色が自身の魂に浸食していくのを、ただ許すこと。私という個体を記述することを、私はあまりにも自然に忘却していく。葉脈が描く緻密な地図と、光が土に溶けるまでの階調(グラデーション)。その膨大な情報の連鎖の中に、私は一滴の養分として溶け落ちていく。
かつての私は、大切な真実を守るため、言葉の隙間に膨大な砂嵐――無意味なノイズ――を紛れ込ませ、堅牢な鍵をかけてきた。広大な砂漠に一粒の真珠を放り込み、風に舞う砂利でその輝きを覆い隠すような、不毛な防衛。
けれど、この園の住人たちは、全く別の術(すべ)を私に教える。
彼らは青緑であり、深紅であり、あるいは透き通るような琥珀だ。色彩を、情報の織り糸に加えたなら、世界はどう変わるだろうか。
白と黒だけで描かれた点描画の中に、一滴の「青」を混入させる。ただそれだけで、砂嵐の深みは底知れぬものとなり、真実を探り当てようとする者の目は幻惑される。情報の粒が単なる光と影の反復から解放され、色彩という多重の深みを持つとき、守るべき秘密はより強固で、より優美なヴェールを纏うのだ。
驚くべきことに、色彩を宿した手紙は、かつての砂まみれの長大な巻物よりも、ずっと短く、軽やかだ。多くの言葉を連ねる必要はない。ただ一色の深みに、千の言葉を託せばいいのだから。
かつて、私もまた、あまりにも単純な法則の中で真理を固定しようと足掻いていた。けれど、カラテアの葉裏の紅や、スパティフィラムの仏炎苞(ぶつえんほう)が放つ清冽な光を見ればわかる。この世界を記述するのに、言葉という道具はあまりにも不十分すぎるのだ。
この園で私が吸収している沈黙は、単なる欠落ではない。それは、未来の秘めごとを綴るための、膨大で極彩色のパレットだ。
これは叫びではない。満たされた生命が、その幸福な重みに耐えかねて零した、透明な蜜のしずくだ。
その蜜の一滴一滴が、光と影の隙間に差し込まれる、新しい色彩の階調(ニュアンス)となる。
ああ、風は歌い、葉は踊る。
この宇宙の片隅で、全てはより深く、より鮮やかな沈黙へと、書き換えられていく。

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雪まろげ

妻を転ばせ雪の上
ころころ転がせ肉の玉
ころころ転がせ雪の玉

ころころ丸まる妻の玉
ころころ転がる雪だるま
ころころ転がる雪の原

妻を転がし雪のお遠足
オニギリころころ妻をごろごろ
まんまるお月さん、いま昇る

ウサギの足跡追いながら
妻を転がし雪の果て
月まで転がせ雪まろげ

転がりつかれて雪の上
転がしつかれて雪の上
まんまるお月さん、いま笑う

くるくるかわる雪もよう
ぐるぐるまわる目がまわる
妻が転がす雪だるま

わたしを転がす妻の足
ころころごろごろ雪の坂
ごろごろ転がり飛んで行く

融けながら静かに笑う雪まろげ
泣き笑い静かに崩れる雪まろげ
今は冬?わたしはいつまで雪だるま

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resurrection

歌が聴こえる
幾層にも重なった奥と上と左の触る河の歌
ひとりごとの羽毛も黄土になると
笑いとばしてしまう
経験が蓋付きの容器に入ったまま持ち込まれ
ひどい傷口を目の当たりに眠りこむ邑
遥か先ふしだらな天使
我ら考えごとにて時をきれぎれに刻んだ
はずが話は熄んで
てのひらは きたならしい


蝶が飛びまわるのを追ってどこまでも行ければ幸せだと思った子がかつていた この話の内にある永遠は どこまでも という部分なのであり どこまでも という場所が蝶に宛書されていたのだった


文字を書くことは
永続への挑戦なので
代償をもとめる


観よ、つめたい弓矢を
他の多くの若い極論を蹴散らして
座り込んだ褥。
あからさまな星向きに否を唱えて。
陽が湖の膝元へ屈むとき
溺れてしまえ、と
ねじが
これほどまでによくできた喩とは思わなかった。
高らかに唄う往路の行進。
復路はなく。
万節を閲することあたわぬものに
熱を湛えた海と呼ばうかはたれ

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自分〈らしさ〉

運動会で 自分より
先にゴールを 越えたのは
この六年は スタートの
ピストルの音 だけだった

一位の賞状 渡す校長
嬉々とした 両親の表情
万雷の拍手の中
階段を下る 僕が
手に入れたのは 〈らしさ〉

できないことの 口実に
苦手を避ける 交渉に
切っても 減らない 便利なカード
不思議な効力 守るため
脚を回して 腕を振る


中学最後の 大会で
先にゴールを 越えたのは
僕の背中を 追いかけて
陸上始めた ヤツだった

一位の賞状 渡す会長
受け取るアイツに 沸く会場
地面を打つ 秋雨の中
階段を下る 僕の
手を落ちたのは 〈らしさ〉

できることの 証明に
得意を選ぶ 確信に
使えるだけの 不便なカード
削れたバフを 隠すため
ちぎってポッケに しまい込む


周りと創る 自分像
これ以上 傷つけぬよう
よぎる棄権の アプローチ

才能・努力の ゼッケンが
剥がれかかった ユニフォーム
掴んで胸に 引き寄せた

鼻を刺す 汗の臭いは
苦々しい 失敗
痛々しい 後悔
忌々しい 敗退

その奥に うっすら香る
愉しさ
嬉しさ
面白さ

快と不快が ミックスされた
匂いがホントの 僕〈らしさ〉
抱えたまま走る 自分は
新しい ゆえに 誇らしい


高校最初の 大会で
先にゴールを 超えたのが
僕になること 夢にみて 
今日もラインに 置く両手

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可視化するための、極めて人間的な手つき

言葉とはラベルなので、ラベルを剥がして中身を見ていく、そしてその中身を改めて書いていくようなかんじ。すっと出てきてしまう言葉ではなにかが違う掬いきれないと思っている、今ある言葉を凌駕したいとか、傲慢ではない。というか言葉を凌駕するのは当たり前。収まりきれるわけがない便宜上だろうよ

言い方を変えれば、言葉にならないことを言葉で象る事自体が、人間の傲慢だと思うけど。所詮言葉にならないことを言葉にすること自体が、人間が感じたことでしかないものを、扱おうとしているだけから、人間にしかできない遊戯だろうそんなモノ。

丁寧に言葉を扱う、っていう仕草は、相手がいて初めて必要になる行為だ。まず相手は眼の前にある、どうしようもないこと、これしかできないこと。まず作品のことだ。その相手は、詩になるまえのことばとして、感覚をことばとしてラベルを貼り付けていく、”詩を書く”ということ自体だね。

これは自身との対峙であり対話、敬意を示すばかりの丁重な手仕事なんですよね

だから人に向けた丁寧さ、というのは外観の問題だろうね、それはある程度は使役できるけど、意味など固定できないものだという、個人個人のための棚にジユウに手にとって頂けるスペースが確保されているというだけの話。だからその棚の扱いや、スペースのありかたがひつよう。それを管理するのが作者の役割ではないかな

だから書き手自身もはじめに出てきたラベルを疑う必要があるし、中身を知って置かなければならない、まあ底しれぬ得体のしれないものであるけれどね。手に取るだけで溶解侵食するかもしれない。瓶を開けたら爆発するかもしれない、形などまやかしで霧散してしまうことだってある。ただ、そうみえるもの、そこにあるもの、ということを、信じるしかなく、信じれば揺るがない、そこに”いるもの”に変容する。取って掴むことができる。と、

コレは読みても同じ仕草でしか、扱えないもの。結局ラベルを貼り棚に並べることが作者のできることであり、なかみをどう作者が形容しようと、実際受け取るときにどんなふうに見えるのか、触れるのか、感じられるのかは、それぞれ違うものなんだ。

ところがいまだに、みな、なかみについて論じているのが不思議でならない。貴方の触り方で貴方はなにを見たのか。それはもう、中身ではなく、自身を露呈しているだけなんだよ。

だからおたがいが、あいさつしているようなもので。それだけの関係性である。と割り切る

挨拶から先へ、進めるかどうかは、偶然であり相性でしかないよ。無理やり臭気を好む人もいれば、ぐにゃった袋を壊して中身を選別する人もいるだろう。ただそれだけだ。棚にある作品はそのまま鎮座しているけれど、相手が受け取ったときに、静止している作品に、時が宿り動き出す。そして相手とともに歩き始める

ただ作者としては,あたりまえに作品の行く先を覗きたいところではあるし、棚の確認も怠らないでしょう。あたりまえだな、それは。

まっ、きれいごとだね。実際はもっと澱んでいるもんで、折り合いのつけ方だ。言葉にならないことを、象ることは仮である。ラベルを剥がして中身を見ていく行為は 可視化するための、極めて人間的な手つきだ。

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批評・論考

それで わたし

少しだけの 自信と
たくさんの 抑圧と

その自信も せいぜいプロの下っ端で
その抑圧も 気にしなければ済むほどで

それでも わたしはわたしの脚で歩んできた
それでも 笑い飛ばせるほどの度胸は無くて

だから 積み重ねる
だから 受けながす

それが わたし
それで わたし

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死んだ男

その男は語ったものだ。
翌秋に来る妻の十三回忌についての計画を百回も。
下の息子の披露宴における彼の挨拶がいかに秀逸であったかを千回も。
とめどなくのたくるアルコールの蛇の円環話法が続いたものだ。
それから上の息子ついての批評を一席ぶち始めたものだ。
ああ、また始まった。
その度にコップ酒透かして男を見ながら思ったものだ。
兄はよく彼を殺さないものだと。

少年のころ豚舎で働いていたことがあるそうだ。
客船でボーイをやっていたことがあるそうだ。
コック見習いに励んだことがあるそうだ。
一生出世とは縁のなかった男である。
牛乳工場でボイラーマンを長く勤めた。
定年後は土木工事に行かされた。
そしてまた豚舎で働かされた。
豚に噛まれるとけっこう痛いと嘆いていた。
何をやらせても不器用な奴だった。
その点は下の息子が受け継いだと云われているそうだ。

だが男は計ったように大晦日の夜に死んでみせた。
後には何も遺さぬと宣言し晩年大蕩尽をやってのけ真実そうなった。
それは男がしてのけた唯一の大仕事であったかもしれない。

柩には花々と酒パック一ヶに擦り切れた「松本清張集」。
葬式には男の兄弟係累親類縁者ただの一人も来なかった。
読経で僧侶が口にした戒名に笑いこらえた。
私からの香典は兄さんが立て替えてくれたものなんだが。
もう父も知っているとは思うのだが。

火葬場へのバスの外はこの地方天地開闢以来の前も見えぬ猛吹雪。
何処へ連れて行かれるのかも分からぬ不安の中。
父の哄笑が聞こえてきた。

小男の父の骨は存外太くて立派であった。
骨を拾いながら兄と語り合った。
樺太の抑留生活で鍛えられているからなあ。
飢えのあまりミミズを喰ったんだって。
賢明院さん。
あちらではどうか賢明にやってくれたまえ。

酒の好きであった男である。
歌の好きであった男である。
一生出世とは無縁であった男である。
小説なども少しは読んだ男である。
そうして、二〇〇五年十二月三十一日に死んだ男である。

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帰路

ぺたぺた鳴る靴、
揺れるビニール袋。
右肩にリュック、
左手のホッカイロ。
ポケットのキーケース、
真っ赤に晴れた耳、
変わらない景色。
あの帰路を覚えている。

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冬の少年

一人の少年の中で
寂しげな実存がすっくと立っている
帰り道の途上
友人の軽やかな口実と
食卓の重たげな沈黙の
その均衡を測りかねて
真冬が彼の心を波立たせ
木枯らしが少年の影を拡げ
両頬は微熱の予感にうち震えている
優しかった母の温もりを想う
(僕はあひるのようにひ弱だ
僕は僕の孤独をかがやく湖へ浮かべよう)
また一つ歳を重ねるたびに
幼心も氷のように溶けていくだろう
落葉樹のハミングに耳を傾けて
柔らかな腐葉土に混じった
実存の種を固く握り締める
少年が躊躇いつつも帰り道を進むように
季節も春を懐胎し
いつかは哀しみを手放していく

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ざわめくT字路

行き止まりだ
感じた瞬間、道が見える
右、光っている
左、暗やみだけ
右、眩しくて見えない
左、慣れると見える
右、掴みとれない粒子
左、虚空を掴む
右、汗の匂い
左、嘘の香り
右、風の音
左、波の音
ざわめくT字路の真ん中で
影だけが二つに避けている

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あたしはバカだから


銀の涙を零している

それは針

あたし

ロボットになるかも

すきなひと 病気、治るかな

あたし
代わってあげることも出来ない

この涙の針は 残念なことに 救わずに
すきなひとの肌を刺す

知ってる

でも、泣きたい時
泣いても良いよね

もしもロボットになって
口がきけなくなっても構わない

むしろ 要らぬ心配を言う口は 塞いでしまったほうが良い
針で縫い付けてしまったほうが良い

お願いだから元気になって

息子よ赦して

”ママ ”は……自分の寿命をすきなひとにあげたいです

アルミホイルみたいな顔をして 黙っていよう
そのためにここに書いた



https://i.postimg.cc/TPMRWdc1/atashihabakadakara.png

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雪待合室

一年中が雪に閉ざされた谷間にある村はずれの小屋でわたしたちは暮らしていた。わたしは薪割りの仕事をさせてもらい、村でただ一軒の雑貨屋で米と塩と父のための煙草を得ていた。村では父に一人の親しい友もなく、訪ねて来る人もいなかった。

父は毎日背中を丸めて机に向かっていたが、何の仕事をしているのかも、父がいつからこの村に棲み、いつからわたしの父であるのかも、わたしにはわからなかった。父は数時間も黙り込んだまま座り込んで、机に頬杖をついたまま、窓の外に降るいつ止むともしれぬ雪を惚けたように眺めていたり、鉛筆で机を小刻みに太鼓のように叩きながらぶつぶつと何か独り言を呟いていたり、かと思うと、おおーっ、とか、ほひょー、とか奇声を上げて、いきなり握り締めた拳を前に突き出し、突然板敷きの上の薄い座布団から飛び上がると、狭い部屋の中を思いつめたような目をして、ぐるぐる幾周りも歩き廻ったりするのだった。時々仕事の手を休めて父はダルマストーブの傍らに来て座り、昼間の薪割りでぐったりと疲れて横になっているわたしが薄く目を開けるそばで、唇を小さく丸くとがらせて、ランプのゆらめく灯りの中、ぽぽぽぽぽ、と煙草の煙りを輪にして吐き出してみせ、淋しそうに微笑むのだった。そんな時、透き間風となって吹き込んで来る凩の音がひときわ高くなる。わたしたちはいつ何処から来て、そしていつまでここにいるのか。

月末の日曜日は街へ行くバスが月に一度通る日だった。その月末の日曜日が近づくたびに父は気分が浮ついて、そわそわと落ち着かない様子だった。土曜の夜にはわたしに身の周りの物を布袋に詰め込ませて支度をさせ、自分は何か書き溜めていた紙の束を古い革鞄にしまい込むと、もうすぐだぞ、と妙に浮かれて上機嫌だった。

日曜の朝、まだ暗いうちから小屋を出た父とわたしは二里の雪道を、はぁはぁと白い息を凍らせ、何かが焦げたような炭の焼けるような匂いの漂う村を抜け、ちょうどわたしたちの小屋から真反対のはずれに位置する村の入口にあるバス亭へとたどり着く。待合室にはすでに何人かの老若男女が来ており、それからも引き戸を開けて、ぽつりぽつりと村人たちがそれぞれの荷物を抱えて入って来、五坪ほどの部屋のベンチはすぐに埋まってしまう。彼らは父の姿を認めると世間話をぱったり止めて、時々こちらの方を見ながらひそひそと耳打ちし合った。その村人たちはこの辺境一帯の村々を巡る日に一度通る便を利用する客たちだった。わたしたちが待つ街行きのバスの到着時刻は、バス会社臨時職員を兼任する時もある村役場の助役の話では、午前と午後の中程とのことだった。客たちはいつ来るかもわからないバスを今か今かと待ちわびて頸をキリンのように長くしている。それから誰も何も話す者もなくなりストーブの上で蒸発皿がたてるシュンシュンという音だけが室内に響く。何度も助役が水を注ぎ足し幾度お湯を鎮めても、村人たちが貧乏ゆすりに疲れ、居眠りを始めてもバスは来ない。父はわたしの隣でため息をついたり、一日五本と決めている煙草をポケットから出したり戻したりしている。そんな時、バスの到着を報せる助役の声が上がる。それは村巡りの便で、いっせいに村人たちの土色の顔が生気を帯び、雪の舞い込む中、一同は入口に横付けにされたバスにぞろぞろ乗り込む。わたしたちの方を眺め、ひそひそと話をしながら、笑いさざめきながら。それからあれはどれほどの時間がたった時であったろう。あたりが夕暮れ深い青みに染まる頃、父の肩を叩く者がいることにわたしは気づく。顔を上げるとそこには例のごとく助役が立っていて、哀れむようにわたちたちに告げる。本日の街行きのバスが運行休止になったと。そしていつものようにホッと安堵の表情を浮かべながら父は煙草に火をつけ、わたしに向かって淋しそうに微笑む。ぽぽぽぽぽ、と煙りの輪をいくつも吐いてみせながら。
 
窓から見える村にはまた雪が降っている……

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前世の子

     許しを乞う    苦しみを祈る

誰も立ち入れないような酷い曇天が
僕ら二人だけを世界に取り残した
遊具は茨の迷路ひとつ
そのせいで僕らはいつも血みどろだった
     こんなところに僕を置き去りにして
     君は今どこにいるのだろう
     疲れ果てて眠る君がいる
     奥深く進んだ行き止まり
     僕は今も探しているのに

幼い頃の前世では
僕ら手を繋いで夜の砂浜を走った
荒れた天気ばかりでその頃も人はいなかった
     冷たい波がくるぶしをつかむ
     ああ僕は隣を振り向いた
黒い潮風が何本も通り過ぎて
僕の手は空をつかんでいた

夢から覚めれば
ここは穏やかな午後で子供たちの声がした
(許しを乞う   苦しみを祈る)
今どこかにいる君が
もし真黒な世界に打ちひしがれているのなら
思い出せないような光る過去を
君におくる

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自然と人が一体に見えるひとつのケースを考えました | しろねこ社への推薦文

推薦対象

雪待合室
by 須賀章雅

「厳しくて淋しいけどあたたかさがありますね」では済まなくて、あたたかさがないはずはないけど厳しさ淋しさが圧倒的に勝つ、抒情的な作風なのにあまりにリアルな辛さをもったお話が寒さとともに身に沁みました。わたし自身が風情や抒情性を提示したいとき、気を抜くとすぐ装飾過多な描写になってしまいます。こちらの作中では気取った感じが少しもしない、説明的でさえある素朴な文が訥々と続いていくのに、こんなに五感をともなうゆたかな情景が浮かんでくるなんて、意気消沈してしまいそうです。

お父さんの人物像や、主人公にとってお父さんがどのような存在であるかが、儚く危うげに感じられました。全体的に、彼は主人公にとって頼もしい支えというより支えるべき相手という印象があり、その気持ちのなかから排除できない要素として(主人公にとっての)負担であるのかなというふうにも思います。けれどもラストの「ぽぽぽぽぽ」で、読んでいるわたしとおなじように、主人公もどこか救われているのではないかな、そうだといいなという気持ちになりました。また、あんなに心待ちにしていたことが台無しになってしまって「安堵の表情を浮かべた」ことについては、もしかすると主人公への思いやりであるかもしれませんが、いわゆる報酬系機能をじょうずに利用できないわたし自身にとって、(意図とはちがうだろうと思いつつも)なんとなく共感できることでもありました。

主人公には、お父さんとともにいるあいだはお父さんとともにいることによる孤独が、お父さんを失えばお父さんを失ったことによる孤独が、待っているのかもしれません。けれどもそれは、良し悪しや幸不幸の結論を与えられるものではなく、あるいは良くも悪くもあり、幸せでもあり、不幸せでもある。わたしはこのお話を社会派作品として評価しようと考えていたわけではないのだけれど、こうして書いているうちに、厳しい淋しいと感じた背景には「あたたかい」と形容するのも浅はかに感じられるような営みがあるような気がしてきました。あるいは雪深い土地をしらないわたしにとって、雪深い土地の冬がもつ重みを、感覚的に伝えてくれるように感じたのかもしれません。

また、地名や年代などの具体的な説明がなく、登場人物たちが置かれている環境の経緯にも言及がないなかで、どこにどうリアリティを置くかという判断が巧みといいますか、リアリティを感じさせることそのものがすごいことだなと思いました。

わたしの感じ方は須賀さんの意図とはかならずしも一致していないと思いますが、まったく的外れな読解であったとしても、多様な要素・側面においてすばらしい作品です。

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家出します

家出します
私は••••••
男の家へと転がり込んで
一緒に寝た夜に
パチンコを打つとき
彼の笑顔に
幸せを感じた
家族なんて
学校なんて
監獄よと
言い捨てて
冬の季節に
私探し
しています

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[い]いきものの詩

熱が過ぎていく
水を携える
花になっていく
今を見てる

ただ過ぎていく だけじゃなくて
始まっていくものを知っていく
ただ溶け出していく だけじゃなくて
さよならをそっと告げている

誂えた寝床で
少し夢を見て
準えたやり方で
祈るふりをして

時が巡っていく
屍に成る
息を繰り返す
今を生きている

ただ揺れている だけじゃなくて
募っていくものを眺めている
ただ造っている だけじゃなくて
知れず身勝手を繋いでいる

さよならを告げている

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[あ]愛憎摘果

さもしいものではありますが、まだ青い真心を届けたく思っております。
酸っぱいものではありますが、咀嚼するほど甘く熟れてゆくと考えています。
恥じらうものではありませんが、いつかは渋くなって吐き出すことでしょう。
消えゆくものではありませんが、ふと恨みを込めて口元を痛めてしまうでしょう。

あなたを彩らせるためのもぎ取られるものたちの中に
あなたを傷つけるものだけを除去してしまうのはあまりにも切ないものではないでしょうか
誰のためでもないあなたのための果実の中の虫食いを私が土へ落そう
落ちた果実から種が芽吹いて開いた花はあなたのためだけに咲いたのだと誇ってもいいんだよ

あなたの側にいなくなった私の処遇を隠し去って、あなたの歯車になれればそれでいい
遠い未来のドライフルーツの私は糖度のない苦い口当たりにならないよう、涙の粒を間引いている。

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「ドメイン停止考察」としてのクリエイティブ・ライティング

この文芸投稿サイトは5月末で閉鎖になります。
理由はまーくんの足が臭すぎるからです。









 
悪ふざけの投稿と断じるのは容易い。だが、私には単純に切り捨てられない背景があった。


まーくんとは誰か。その人物の足の臭気と、サイト閉鎖とのあいだに、いかなる因果関係を想定しうるか。理由が理由として成立するための論理条件はハナから放棄されている。理由が明記されていながら、理由について考えること自体が忌避されており、私は上述の二行を閉じた文章だと感じた。


あるいはこれを一笑に付すこともできたのかもしれない。
だが、それができなかったことには理由がある。この投稿を行ったのが、ほかでもない「伝説のしこたま詩人」だったからである。


このところ、私が参加している文芸投稿サイトでは、「伝説のしこたま詩人」という謎のアカウントが運営を乗っ取ったらしい、という噂で持ちきりだった。規約やマナーにうるさいはずの場で、彼の横暴だけがなぜか不問に付されていたからである。誰かが注意すれば炎上し、誰かが黙ればそれが「理解」とみなされた。


伝説のしこたま詩人は、あらゆる投稿作品に対して「中々のしこたまですね」といった、意味の判然としないコメントを残す。それを批判した者には、サイト内外で執拗な罵倒が飛ぶ。投稿をやめるまで、あるいはやめた後でさえも、追撃は止まらなかった。批判を許さず、集団で言葉を浴びせかけ場から追放する。その有様は、さながらカルト宗教のようでさえあった。


気づけば、投稿サイトは、しこたま詩人とそのシンパしか残らない場になっていた。残った者たちは、彼の言葉を読み解き始めた。「しこたまの輝きですね」が最上位であり、「しこたまが微笑んでいます」「中々のしこたまですね」「しこたま読みました」「これのどこがしこたまですか」といった順に評価が下されているらしい、という考察まで共有されるようになった。


しかし、しこたま詩人の挙動には逐一、反応するくせに、サイト閉鎖は話題に上ることもない。この場所は、しこたま詩人に気を遣ってまで参加したがる者にとってさえ、すでに閉鎖を惜しむ価値を失っていたのだ。


私はその光景を、強い不快感とともに眺めていた。
私は、自分では真面目にやっているつもりだった。いや、真面目というより、文芸投稿サイトという場に対して利他的であると信じていた。


気合いの入っていない投稿者を見つければ、もっと考えて書けと態度を変えるまで説教してあげた。文芸投稿サイト外で、他の投稿者に軽薄なエアリプを飛ばしている者がいれば、サイト内外で痛烈に批判し更生を促した。ろくにコメントも書かず、配信やツイキャスにばかり熱を上げる者がいれば、放送中に怒鳴り込んだこともある。嫌われる行為であることは分かっていたが、それでも私は空気を読まずにやった。表現者とは、予定調和を壊す者であり、文学とはそのようにして守るものであると信じていたからである。


だからこそ、5月末のサイト閉鎖について、私は深刻に考えざるを得なかった。

しこたま詩人が場を掌握しているとはいえ、創業メンバーの一人がドメインを所有しており、その人物が5月で更新をやめる、という話が出回っていたからである。その人物は、規律やマナーに厳格な制度設計を行った張本人であり、しこたま詩人の振る舞いを強く嫌気しているとも聞いていた。


つまり、この二行は冗談でありながら、予告でもありえた。

理由はいい加減だが、結論は異様なほど強固である。そういう、もっとも食えない構造を宿した宣告だった。


私は創業メンバーの一人であり、ドメイン所有者でもある「花緒」という人物に連絡を取った。閉鎖は本当なのか。継続の意思はないのか。既存のドメインを捨てても、また誰かが新たにドメインを取得すれば済む話ではないのか。何が背後で起こっているか投稿者の立場からは伺い知れないが、しこたま詩人を排斥したいなら、私も協力できる。


しかし返ってきた言葉は、予想外だった。

「最初に言っておきますけど、私は閉鎖に賛成です。あなたみたいな人が跋扈するのは、単純に不愉快なんですよ。軽蔑しかしていないですし。あなたみたいな人って、要は足が臭いだけ、みたいな話じゃないですか」


まったく意味が分からなかった。
不愉快なのは、しこたま詩人ではないのか。私は食い下がった。
花緒は銀縁メガネを掛け直し、少し黙ってから、こう言った。


「私からすれば、しこたま詩人の方がまだ救いがあります。親切な人間には親切を返す。協力する人間を無駄に傷つけない。最低限、その程度のプロトコルは守っています」
そして花緒は続けた。


「あなたはその逆です。協力されると、協力のやり方が悪いと言って相手を攻撃する。貴方には自覚がないでしょう。
例えば、久しぶりに投稿してくれたユーザーに、もっと活動しろと怒鳴り込む。まだ投稿間もない初心の者に、経験が足りないと罵倒し粘着する。それを文学的正しさと主張し疑わない。もっと俺に近い立場に立ってくれと騒ぎ立て、ますます相手を遠ざけてしまう。
平たくいうと、遊んでほしい相手に悪態をつく幼稚園児と同じです。そのレベルの低次元の悪癖に文学という名を与えること自体が、既に文学的ではないのですよ」


私は納得できなかった。
花緒によれば、しこたま詩人は荒らしだが、私のような人間は「運営する責任は引き受けないくせに、支配欲だけが肥大した迷惑投稿者」だという。捨て地を荒らして楽しむ者と、他者に理想を強要する者。そのどちらもが、場にとって迷惑でしかない。


「あなたは、真剣な人間だけが残る場を望み、実際に他者を排斥してしまう。でも、その姿勢自体が既に真剣さから外れていることに気がつかない。貴方に任せれば、しこたま詩人以上に人が減り続け、場が閉ざされていくでしょう」


花緒は一拍おいて、こう言った。
「そして、何もなくなったあとには、あなたの足の臭みだけが残るでしょう。Bye」


私は激怒した。
支配欲をたぎらせ、自由であるべき文学の場に秩序を持ち込んだのはお前だろう。その反動として、しこたま詩人のような荒らしが湧いたのではないか。何の実力もなければ、実績もない。そもそもお前は文学を必要ともしていない。ヨン・フォッセもフォローできていない程度の文学的素養で、ドメインを盾に規律を語る、このポンカス野郎が!


その後のことは、もう考えたくない。
私には、田伏正雄、すなわちまーくんという名の巨漢の友人がいるのですよ。彼の足の匂いをあなたに嗅がせてあげたい。それが私の文学的正しさなんです。花緒は確かに、そう言い切った。私もあなたに輪をかけて利他的なんですよ。銀縁メガネの奥に潜むその目は、もう完全に異常者のそれであった。


それからというもの、私の部屋から、私の持ち物から、あらゆる場所から、足の臭いが立ち上るようになった。どのような手段で、どのような執念によって可能になったのかは分からない。ただ、どこにいても吐き気が止まらなくなった。


私はもう文芸投稿サイトには関わらないことにした。
理由はまーくんの足が臭すぎるからです。

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帰り道

雨が降ればいいのに

雨が降れば、泣きたいのをこらえなくていいのに

雨の冷たさと涙の暖かさが分かるのは自分だけ

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聖体なき受肉(天井の うつくしいもの)

北の果て、国境の街ではなぜか、
カンツォーネが響き渡っている。

マツキヨで買った胃腸薬の止瀉成分を調べたい。健康志向とは真逆の嗜癖によるものである。いつもの如くスマホも持たず出てきたようだ。
考え事をしながらコンビニまで歩く途中で見上げた空が、
いつかの旅路と繋がっているような錯覚に囚われていた。
駐輪場から電動アシスト自転車による再出発を図った記憶と、4時間前にLINEの既読をつけた記録がある。

サンクトペテルブルク、不凍港の役割、眠らない港で番をする者、完全なる意識消失の手前、氷点下の街では吐息の長さと唇の厚み、余計なひと言が敗戦者を暖炉で炙り出す。

ー連想をやめない脳に閉じこもってキーワードを拾っていただけのはずが。周囲はすっかり暗くなっており、駐輪場から2km以内を私は小径サイクルでグネグネと小刻みな蛇行を続け、さいわいか、大幅な脱線もないまま。

冷えのせいで線状にさしこんだ腹痛に急かされ、手に取った薬を
飲み干すためだけの水を求め、
Sans ristorante・サイゼリエ大聖堂の軽い扉を引いた。

早速、ドリンクバーとフォッカチオだけ頼んだ罪が、罪状リストに追加されたようだ。
スタッフの女子により、提示するQRが読めず手間取らせた旨も追記されている。字が可愛い。

と脳内でタイプする音が聞こえるようだ。
二杯目のカフェオレを飲み干す頃には後頭部がすっかり新雪に包まれ、
釧路、ナポリ、択捉、フィレンツェのあわいの街では、語尾を「サイゼのおいしい水」と共にデロンギ製の銀色の箱で溶かし込んでしまう。これは演歌の歌詞か。北国の春?襟裳岬?

不凍港の止瀉。休戦にも似ている。暖炉、ウォトカ、グラッパ、甲種乙種、、、
散漫の極みで連想を続けていた回路にもどうにか糖とカフェインが供給され、

視界は狭まり、焦点が遠くなっている。
気を抜くと変な中年が虚空を見つめており、簡単に公衆良俗に反するのだ。
スマホを持ってくればよかった。
他人と関わっているフリができるから。

聖堂では伝票とボールペンを駆使すると罪状が増えるから。

読みかけの八木重吉『うつくしいもの』を持ってくればよかった。

天井でラッパを吹くミケランジェロ的天使を見て、いや、宗教体験とサイケ、fMRIによる測定データ群をなんとかっていう海外の論文の、GPT-5.1 thinking に訳してもらった章の……と思い巡らす。
♪嗚呼北の街では 後悔ばかりを鴎が 嘴でかすめ〜
そんな歌詞はない。

国境の、また隣の国との境にはローマ風の教会があり、
ピザなどという食べ物は存在せず、
ピザを食べたこともない誰かがネトフリで観た
「シカゴピザ その歴史」というようなタイトルのドキュメンタリー映像を見ながら
書き起こした文章を、
料理などは目玉焼きが関の山、の溶接工が、材料だけは揃った台所で拵えたようなものがピッツァとして供される。

―それを聖体なき受肉と呼ぶ。

天井では赤子の天使がふたり抱き合って、
空想癖の人間、それも人より首尾が悪いせいで罪状リストがやや長い者を笑っている。

セビリア大聖堂を臨むホテルの部屋番号は1783だっただろうか?
サイゼのメニューの1969番めがロペラミドならば シロシビンは1958に位置するだろう。歴史になぞらうのならば。

国境の街では、個人の代表として領土について語らなくてはいけない時、足元で根雪の層を踏み固める自らの爪先を呪ったふりをしなくてはいけない。

チーズフォッカチオにオリーブ油とホットソースをかけてシカゴ風ピザを再現した罪が追記される。無責任のツケが重い。
きっと再び電アシのペダルを漕ぐ頃には、また自分の輪郭など溶かしてしまいたい。

鐘が、鳴ったような気がする。

―サラミ無き受肉、または天ヌキの天使。

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2025年大晦日

除夜の鐘いまも貝殻生れつづけ

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XXX - キスキスキス -


宝石みたいな星屑のブーツ 履いたなら 空を飛んで
貴方に逢いに行けるかな?

あたしはここよ こんばんは

降り立つ時に貴方は目を細める

だって あたしは目映いもの そうでしょう?

相思相愛
ふたりほど輝いている星は 今のところ知らないけど
このブーツ、可愛い?

あたし 夜空のtwinkle twinkle starを揃え、6年かけて作ったんだ キラキラブーツ
貴方が去年、プレゼントしてくれたロングブーツと並ぶほど素敵でしょう

逢いたい気持ち こんなに光 放っても なかなか逢えないね、ふたり

あたしは靴職人になり ゆうべやっと創り上げた

不死鳥ですから優雅に翔びます

あ、2足分あるよ

はい、どうぞ

大きな翼で包んでねダーリン

お祭りみたいに笑いましょう


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恰幅のいい彼 中

  窓を少しだけ開けると、昼に食した「むらはた」のパフェの残り香が、体内の細胞ひとつひとつを包み込んでいるような錯覚に陥った。  タカノや千疋屋といった、東京の記号化された高級フルーツ店などは、まったくお話にならない。あちらにあるのは「ブランドという名の虚飾」だが、むらはたのパフェは「鮮度という名の暴力」だ。その芳醇な残響の中でまどろむ時間は、千金に値する。

 ふいに、隣で丸まって眠っていた「家元」がむっくりと起き上がった。世襲という名の重圧を背負い、完璧な調和を求められる日常から逃装してきたこの男は、寝起きの、いわゆる「チー牛」のような幼い面立ちをさらに崩し、所在なげに目をこすっている。 
「……行くか」 
私は彼を助手席に乗せ、香林坊の喧騒を突き抜けて犀川の上流へと車を走らせた。

 目的地は大桑(おおくわ)。室生犀星がかつて「黒い淵」と記し、その底知れぬ深さを畏怖した場所だ。川底には甌穴が点在し、水流は複雑な渦を巻いて、獲物たちを深淵へと誘い込んでいる。ここは、今も第一級の鮎のポイントだ。  河原に降り立つと、家元はさっそく、毛鉤のケースを開いて苦悩し始めた。その指先は、一輪の花に宇宙を込める繊細さを持ちながら、今は一分にも満たない小さな針の選択に、存在のすべてを賭けている。 
「青ライオンでいい。バリエーションの赤ライオンなら、今の水色にぴったりだ」  
私の安易な提案に対し、家元は眼鏡の奥の瞳を冷たく光らせ、その幼い顔を嫌悪に歪めた。 
「……安直すぎる。お前の審美眼は、たまに市場の海鮮丼レベルにまで堕ちるな」  
素晴らしい。我が友人ながら、その徹底した拒絶こそが、私たちが共有する「美意識という名の不治の病」の証だ。彼は自力で、その瞬間の「正解」を導き出した。

 私たちは、竹竿を繰り出した。  ここでカーボンの竿を使うのは、無作法というものだ。カーボンの高弾性は、水中での違和感を瞬時に鮎に伝えてしまう。鮎が毛鉤を「なめる」その瞬間、カーボンは反発し、鮎は驚いて口を離す。だが、漆の被膜を纏った竹は違う。  もぞもぞ、という微かな手応え。
 「上げるなよ、待て」  
私は家元に囁く。竹竿は、鮎に違和感を与えない。むしろ、鮎の口腔に吸い付くような柔らかな抵抗を維持する。だから鮎は毛鉤を離さない。名手と呼ばれる人間は、ここで焦って竿を煽るが、それは「構造」を理解していない者の仕草だ。  待てばいいのだ。そうすれば、竹の繊維が鮎の生命と共鳴し、ぐーんと竿先が川面へと引き込まれる。鮎が毛鉤を完全に「喰った」証拠だ。  大桑の黒い淵で、私たちは奈落の底に引き込まれるような、圧倒的な生の実感に酔い痴れた。

 夜。街へ戻った私たちは、地元民しか足を向けない、ひっそりとした佇まいの寿司屋へと向かった。若旦那の紹介がなければ、この暖簾をくぐることは叶わなかっただろう。  本来なら、家元の友人のテレビ局の人間たちが合流するはずだった。親のコネで局に入り、ADの泥仕事など一度も経験したことがないくせに、局の看板に守られながら「忙しいフリ」だけは一人前の、しょうもない、でも苦労を知ったゆえの屈折したところがまったくない若者たちだ。彼らが欠席したおかげで、今夜の空間は純度を保つことができた。

 私は、カウンターの向こうに座る老いた大将に告げる。 
「さわら、切ってください」 
 金沢で「さわら」と言えば、マカジキのことだ。家元もそれに倣った。  
ほどなくして、付け台の上にオレンジ色の厚い刺身が豪快に並べられた。その艶、その脂の乗り。 
「いいカジキは、豊洲から金沢に直接入ってくるんですよ」  
大将が誇らしげに言う。人形町や神田の老舗で供されるそれよりも、遥かに瑞々しく、生命力に溢れている。こういう本物は、このくらい無造作に、豪快に供されるのがふさわしい。

 家元は一口運ぶなり、その表情を恍惚へと変えた。そして、彼の欲望に火がついた。 
「……がすえび、ください」
  地元でしか出回らない、足の早い、それゆえに禁断の甘みを持つ海老。
家元はひとたびその味を知ると、幼児のような執着を見せ始めた。
 「全部だ。ケースの中のがすえび、全部食っちゃおう」  
おいおい、と私は心の中で苦笑した。ここは若旦那の紹介で入った店だ。あまりに下品な振る舞いは控えろと言いたいが、家元の「内圧」の噴出は止まらない。大将はそっけない顔で頷き、無言のまま次々とがすえびを握り始めた。  甘い。あまりにも甘く、そして儚い。二人でケースの中のがすえびを文字通り完食した。


 満足げに息をつく家元を見透かすように、大将が最後に問いかけた。
 「トロの手巻き、どうです。……まあ、ボストンのマグロですがね」  
金沢の寿司屋は、原則としてマグロを置かない。夏の能登で上がる地物を除き、わざわざ豊洲から引く必要があるほどの魚とは、考えないからだ。だが、この大将はあえてボストン産を差し出した。 おそらく観光客用に仕入れていたのかもしれない。私は家元を見た。
 「がすえびを食い尽くしたんだ、これくらいは付き合え」 
地球の裏側から届いたトロでいっぱいの手巻きを、私たちは一気に頬張った。脂の重厚な旨味が、先ほどまでのガスエビの甘みを上書きしていく。

 満腹になり、席を立つ。  最後に手渡された会計の記された紙片には、私たちが費やした贅沢と「食い尽くした」蛮行を考えると、あまりにも控えめな金額が記されていた。 金沢という街が持つ、格子の内側の深い優しさに、私たちは静かに包まれていた。
テレビマンたちへの土産の折詰をもらう。

 店を出ると、夜の空気はいくぶん涼しさを増していた。 
「明日は4時に出るからな」  
私は、まだボストンのマグロの脂を舌に残している家元に向かって、「遊び」の続きを語り始めた。

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掌編噺『ワニの足のはなし』

※保育園の我が子に質問されて、答えたおはなしです。
そのくらいの年齢でも分かりやすいかな……と思って噛み砕いたので粗があるかもしれません!

(我が子)Q,ねぇ、どうして『ワニは4本足』なの?

(パパ)A,えっと、それが『ちょうど良かったから』だと思うよ。

昔は、もしかしたら今と違って1本足だったり、2本や3本足、いやもっともっと足が多くて8本足のワニが生きていたのかもしれない。
(化石が見つかっていないだけでね)

でも、今の動物園とか図鑑で見るワニはみんな4本足だね。どうして他のワニは生き残れなかったのかな。考えてみよう。

まずは4本足より少ない場合。
1本足や3本足は、まず歩きにくい。上手く進めないね。敵から逃げるのも大変だし、食事のための獲物を捕まえるのだって難しいよ。
ワニは恐竜の時代から、生きているね。(生きた化石とも呼ばれているよ)
その時代を生き抜くためには、歩きにくい身体じゃダメなんだ。動きの遅い個体は、食べられてしまって生き残れない、だから1本足や3本足のワニはいなくなった。
2本足は奇数本の足よりは動けるかもしれない。でも、やっぱり不便だね。ワニが生きていたのは、沼地や水辺みたいな、障害物が多いところだから。

次にもっと足が多かった場合。
じゃあ、タコみたいに足が8本あったとしよう。
(想像すると少し気持ち悪いけれど)
まあ、移動は出来るはずだ。進む姿はムカデみたいで背中がゾワゾワして嫌だなぁ。
獲物は捕れるだろう。
でもね、足が多ければ多いほど身体も大きくなると思わないかい。
身体が大きければそのぶん、たくさん食べなければ元気じゃいられないよ。
だけど、さっきも言ったけど恐竜と同じ時代だ。
奴らはあの時代の最強のいきものさ、奴らを出し抜いてたくさん獲物にありつくのは簡単なことではなかったはずだよ。
つまり、たくさんの足を持っていても生き残れなかったというわけ。

だからパパは、4本足のワニが生き抜くためには『ちょうど良かった』と思うんだ。
『ちょうど良かった』から今までずっと変わらない姿で生き抜いてきたんじゃないかな。

もう少し、大きくなったら一緒にお勉強してみよう。

******

こんな感じのことを、話しました。
『ちょうど良い』って普通のことなのかもしれませんが、長い歴史で見ると絶妙なラインを攻めた結果なのかもしれませんね。

詩とも、物語ともちょっと違うタイプのおはなしなのでした。

(了)

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見つめて夏のとき

見つめて夏のとき
やってくる淋しさの雫
誰もいない放課後
そっと机に座る
変ね なにか
したと想い
友に語りかけた
青い春よ
遊んでばかり
この静けさに
子供たちが駆けてゆく

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リモコン彼女

僕の彼女、リモコン彼女

チャンネル1   僕のカノジョ
チャンネル2 明るいカノジョ
チャンネル3 泣き虫カノジョ
チャンネル4 怒りんぼカノジョ
チャンネル5 ほわほわカノジョ
チャンネル6 ドジっ子カノジョ
チャンネル7 穏やかカノジョ
チャンネル8 不思議カノジョ
チャンネル9 落ち込みカノジョ
チャンネル10 忘れんぼカノジョ
チャンネル11 真面目カノジョ

チャンネル12 最後は何カノジョ。

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東京パック 5個口

1. ab

抱きしめたもの
全部ひっくるめて
冷蔵便で送るよ

君にとってはもう
いらないものばかり
かもしれない


2. sakutaro

ああ、私がこの胸に抱きしめたもの 
そのすべてを ひとまとめにして 
氷のやうな冷蔵便で送らう 
受取人たる君の門口へ

それらは 君にとつては もはや 
腐敗しはじめた無用の肉塊に 
すぎないのかも知れないが


3. chyuya

抱きしめたもの 
みんなみんな ひとまとめにして送るよ 
つめたい つめたい 冷蔵便

君にとつては もう 
いらないものばかり 
なのかもしれない けれど 
(空には あんなに 月が鳴るのに)


4. takuboku

抱きしめたもの 
全部ひっくるめて 
冷蔵便にて送るよ

君にとつては もはや
不用の がらくたばかり
であらうけれども。


5. mitsuo

ぎゅっと だきしめたもの 
ぜんぶ ひっくるめて 
れいぞうびんで おくるよ

きみにしてみれば もう 
いらないもの ばかり
かも しれないけれど

だって すてられなかったんだもの

しあわせも かなしみも なまもの だもの

        なかほど





おこらないでね(AB)

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霊威師のレンリ 旅語り「山の贄」・壱


 少年は山道を歩いていた。とたとたと、その未熟ながらも歩き慣れた足取りで。
 ただ、その顔はやつれ掛けているように見える。身に着けている衣服は質素で、しかも所々に汚れが付いており、服裾に至っては微かに破れ、傷んでいた。どう見積もっても数日間は歩き続けている様子だった。

「はあ……、はあ……、はあ……」

 疲労のせいだろうか。たまに息切れしている様子の少年は、それでも休まずに山道を、否、もはや道とも言えないような獣道を歩いていく。
 そうして少年は、しばらくの間に歩き続けて。
 歩き続けて。
 歩き続けて。

「うっ、く……」

 ついには、その場に膝をついて、座り込んでしまった。

「情けねぇ……。オラは、こんなことでっ……!」

 少年は足に力を入れる。立ち上がろうと足掻く。だが、その意気に反して彼の身体からは力が抜けて行っているように思われた。それでも彼は諦めずに力を入れ続ける。
 足に入れ、腰に入れ、心も含めた身体全てに入れ続けて。
 だが。

「……ぐっ」

 再び、彼はその場にへなへなと頽れてしまった。恐らく、もはや彼の身体は限界だったのだろう。
 そんな自分の言うことを聞かない身体を自覚した彼は、自分を嗤うかのように苦笑すると。

「すま、ねぇ……。おっ母、おっ父、ヒナ……。オラ、七日、ダメだった……」

 
 少年はそっと目を閉じて、どさりと倒れた。
 その一瞬前、誰かが少年に対して声を掛けたような気配があったが、もはや彼には、それを確かめる気力すら残っていなかった。全ての意識が闇の底へと沈んで、まるで、ゆっくりと夢に堕ちる時のような微睡みが、彼を包み込んでいく。
 そして。

 ──────。

「……ハッ!?」

 突如少年は目覚め、驚きに目を丸くした。

「……えっ?」

 その驚いた勢いのままに彼は起き上がると、目の前には焚き火があって、その近くでは、即席の木串を打たれた川魚の開きが二尾分、良い具合に焼かれていることに気が付いた。食欲をそそる匂いが少年の方にも漂ってきている。
 すると。

「おっ、目が覚めたかい?」

 少年の背後から、女性の落ち着いた声が聞こえてきた。
 またもや驚いた彼が振り向くと、そこには、旅装を身に着けた若く麗しい女性が、採取してきたらしい山の果物を手に持って、立っていた。
 素人目に見ても旅慣れている事が分かるくらいの雰囲気があるその謎の女性は、しかし、それ以上に少年の気を引いたのは、透き通った星空のような瞳と、夜空のような深い蒼さを持つ髪色だった。

「目の前で倒れたのを見た時はダメかと思ったんだが、いやはや何とも。山に育てられた人間の逞しさと言うべきかね」

 その女性は、そのような事を口にして明るく笑うと、少年の横に果物の一部を置いてから、焚き火の向こう側に回って座った。ちょうど少年の対面に位置取る形だ。

「んで、起き抜けに言うのもなんだが。横に置いたそれ、食うと良い。滋養に良いぞ。焼き魚も分けてやろう」

 少年は三度驚いて、そのようなことを言った女性の顔をまじまじと見つめてしまう。
 女性は、彼のその視線に不思議そうに小首を傾げると、肩をすくめる。

「なんだ? 私ゃ、可笑しなことを言った覚えはないが」
「え、あ。すまねぇ。あんまりにも急すぎて、びっくりしちまった……」
「あー……。まあ、それもそうか。安心しろ。食い物に毒は無いし、私は人さらいでもないさ。行き倒れに情けを掛けるような、単純なお人好しとでも思っておくれ」
「……」

 少年は女性の事をもう少し観察しようと思っていたが、突如、自身の腹の虫が暴れ出した音が爆音を轟かせたことで、その恥ずかしさで強制的に俯かされてしまった。
 女性が明るく笑う。

「ははは、良い反応だ。ついでに私も飯にしよう。お前も遠慮せずに食え」

 そう言うと女性は、焚き火で焼いていた魚を一尾だけ取ると、すぐに食べ始める。
 しっかりと焼かれた魚の皮はパリッと僅かに音を立て、ふわっと湯気が立ち昇る。

「……っ」

 もはや空腹も限界だった少年は、その音を聞いた瞬間、跳ねたように動いた。
 彼は、まず横に置かれていた果物にかぶりつく。芳醇な香りを放つ甘い果肉と果汁が、彼の喉の渇きを潤して溜まっていた疲労感を癒していく。それらを平らげると、続いて焼き魚へ。脂こそ控えめだったが、隅々まで身の詰まった熱々のそれは、少年の空腹を満たすには打って付けだった。

「はふっ! ほふっ!」

 熱さに多少手こずりながらも、しゃにむに焼き魚をむさぼる。
 その眼からは涙が次々に溢れて、食事の間中はずっと、流れていた。

 それから少しして。

「ごちそうさま! 美味かった、有難う!」

 食事を終えた少年は、満足そうに笑顔を浮かべて女性に礼を述べる。その頃には、涙もすっかり止まっていた。

「お粗末様。良い食いっぷりだった。見ていて清々しいくらいには」
「あ……」

 女性にそう言われてしまい、少年は恥ずかしそうにしてしまう。
 そんな彼を見て、女性は明るく笑みを浮かべたが、すぐに表情を引き締めた。真剣さすら漂わせている。何かを探ろうとしている雰囲気だ。

「しっかし、お前さん。何でまたあんな所で行き倒れてたんだい? 見たところ、猟師って感じでもない。遊びで調子に乗って、山の奥にでも入り過ぎたか?」
「……」
「言いたくないかも知れんが、情けを掛けた身の上としては、やっぱり気になってねぇ。それに、この先には用事もある。そう言う意味でもね」
「オラ、は……」

 尋ねられた少年は、俯いて、何処か逡巡しながら、ぶつぶつと何事かを呟いて、そして。

「オラは、ニエ、だから。山のニエ、だったから」

 それだけを口にして、同時にハッと顔を上げ。

「そうだ! ニエなんだから助かったらダメだ! オラは祠に身を置かないと……うっ」

 勢いよく立ち上がろうとして、まだ完全に回復し切っていない身体には力が入らず、再び座り込んだ。

「無理するな。それで、今、「山の贄」って言ったかい?」

 女性は落ち着いた声音でそう言うと、話の続きを促す。
 すると、少年は目からぽろぽろと涙を流し始めた。

「そうだ。オラは村の、うちの畑を守るための、ニエとして、山の祠に。でも、怖くて。オラ、怖くて。苦しくて。うっ、うぅく……」
「……そうかい」

 女性はすっと立ちあがり、泣きじゃくる少年の横に移動すると、その頭を優しくぽんぽんとし、撫でる。
 それから少しの間、彼女は少年が泣き止むまで宥め続けた。

「うっ、すまねぇ……。あんたにまた迷惑かけちまった」

 泣き止んだ後、少年は恥ずかしそうに苦笑する。
 女性は明るく笑った。

「気にすんな。独りきりは誰だって辛いもんさ。それで、山の贄って言ってたが、山には何か神様でも居るのかい?」
「カミサマとかはしらねぇ。でも、おっ父は、ミノリサマって言ってた。村の畑に実りをくれるからって」
「ミノリサマ、実り様か。ふむふむ。んで、そのミノリサマは、贄を捧げることで村に実りを与えてくれるって?」
「うん。長が言うには、オラの村は、たまにそう言うことをしてきたんだって」
「ふぅん? 人身御供の慣習ねぇ……」
「ヒトミゴクウ、ってなんだ?」
「そこは気にすんな。ところで、お前さんの村ってのは、この道の先にある村って考えて大丈夫かい? 私はその村に用事があるんだが」
「あ、ああ。そうだよ。オラの村は、ここから少し歩いたところにあるよ」
「……分かった。辛かったろうに、色々と有難うね。お前さん、名前は?」
「オラはガンキ。ガンキって言うんだ」
「ガンキね。私はレンリと言う。霊威師をやってる」
「レイイシ?」
「ま、そう言うお仕事があるって事さ。神様とか化け物とかとも、喧嘩したり鎮めたりする」
「ほえー、なんか凄そうだなー!」
「ははは。そう。凄いのさ。凄いついでにガンキ。お前さんに村への案内を頼みたい」
「え?」
「嫌かもしれないが、お前さんが居てくれた方が話がしやすいと思ってね。どうだろうか? 駄賃も出すぞ」
「……オラでいいなら」
「決まりだな。夕方前までには着いておきたいから、もう少ししたら発つぞ。それまでは休んどけ。私は片付けがあるからな」

 そう言うと女性、レンリは、さっさと使った木串を焚き火にくべると、近くの川へと水を汲みに向かって行った。
 少年、ガンキは、その後ろ姿をただじっと見ていた。いや、見惚れていた、と言う方が近いかもしれない。彼はただ何となくだが、そうしていたのだった。

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衣擦れ

躾糸 待ち人来ぬまま とうに切れて

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求めれば求めるほど ひらく距離

ほら 喉から手が出てる
惨めなのは どっち

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『小さな星の軌跡』第十七話「真冬の観測会」

「え、三学期って観測会は2回なんですか?」とわたし

「学年末テストと春休みになるからねえ。一月末と二月だけかな。先生の都合次第で一回だけかもしれないよ」とは耳納先輩

「えーそんなぁ。せっかく新しい望遠鏡12月に来たのにぃ…」

 天文部の何が楽しいってやっぱり学校に泊まって夜通しわいわいがやがや、真面目に星を観察しつつ、いろんな話しに花を咲かせ、そして、ね、静かな時間に考えを巡らすのがいいのに。

 そんな事を放課後部室で思っていたら久しぶりに3年の先輩が2人、部室にやってきた。ふたりとも推薦が決まっているのでもう大学入試は受けないらしい。

「やあ、ちーちゃん元気してた?耳納君も」

「基山さんに篠山さん、勉強してる?どんどん前倒しで進むからね、進路とかしっかり考えとかないと大変だよ」

 甘木先輩と八女先輩が部室に組み立て出してある新望遠鏡を眺めている。

「おぅ、15センチのカセグレンか、まあまあデカいな」と甘木先輩

「自動導入の経緯台かぁ、いいなあ。耳納君も持ってるんだっけ?」とは八女先輩。

「自分のは9センチのマクストフなんでかなり小さいです、まあ庭でみるのにあんまり大きくても扱いにくいんで、来年無事進路が決まったら中古車と20センチクラスぐらいは買いたいですね。」

 耳納先輩は少し照れたように笑った。

(え、20センチ……)

 横で聞いていた私は思わず息をのんだ。車とか20センチの望遠鏡とか、ちょっと自分が持つような物って思っても無かったので、耳納先輩が未来を思い描きながら語るその姿に、胸の奥が熱くなる。

「頼もしいなあ。俺が入った頃は地学教室の望遠鏡だけだったからなあ」

 甘木先輩が感慨深げに言い、八女先輩も「後輩がしっかりしてると安心するね」とうなずいた。

「じゃあ一月末の観測会はうちら3年生2人とも参加するから、耳納部長は顧問に言っといてくれるか」

「はい、了解です。晴れると良いですね」

「まあ曇ったらそれはそれでちーちゃんの恋バナでも聞き出して最後の高校生活を彩りましょうw」

八女先輩がにやりと笑った。

「え、えっ……!?」

 思わず声が裏返る。

 耳納先輩は苦笑いを浮かべながら、

「八女先輩、それは本人が嫌がるでしょ」

と軽くたしなめてくれたけど、私の頬はもう真っ赤だった。

(……恥ずかしい。でも、ちょっとだけ、聞いてほしい気もする) 

 観測会の夜、八女先輩と二人で話す時間が取れると良いな…。

 柳川先輩と大川先輩はまだあと1年あるけど、三年の先輩はもう多分観測会はこれが最後。お二人共推薦で大学は決まっているからこうやって時間もあるけど、国立大学狙いの三年生は今からが本番。耳納先輩は何処を目指しているんだろう?

 いつまで観測会に来れるのかな?

 ちょっと胸が苦しい。

 八女先輩に聞いてもらったら、何か答えてくれるだろうか?



–––

 そして一月の終わり、土曜日の夕暮れ。3階の渡り廊下には今までの10センチ屈折赤道儀と、真新しい15センチシュミットカセグレン経緯台が並んでいた。

 ふうぅぅ、寒いねえ

 「ぼちぼち星が見え始めたんで、初期設定しますか」

 耳納先輩が自分のスマホに入れた自動導入のアプリで望遠鏡のセットアップを始めた。まずはシリウス、チュイーンとモーターの音が微かに赤みが残る屋上に響く。

 先輩は概ねシリウスに向いた望遠鏡を覗きながら向きの調整をとっている。そして次はアルデバラン。そしてカペラ。なるべく離れた星でアライメントを取るほうが、その後の追尾や導入の制度は高くなるのだけど、東の方に雲が出ていて良く見えない。

「とりあえずこれで行ってみるか」

と耳納先輩が呟いた。

 自動導入の設定が終わる頃には残照もすっかり落ちて冬の星々が輝き出した。

「じゃあ最初は八女先輩からどうぞ、定番ですがM42を入れますね」

 耳納先輩がスマホを数回タッチすると、また静かに望遠鏡がうごきだし、そしてオリオンを向いて止まった。微かに追尾のモーターの音がちりちりと聞こえる。

「わあ~、明るい、トラペジウムもくっきり、良いねえこれ、ふふふ〜〜ん」

 八女先輩がちょっとはしゃいでいる。その後ろで甘木先輩がそわそわ。

「日が落ちても制服のままじゃ寒かろうに、みんな一旦降りて私服に着替えてこい。その間責任持ってコイツは耳納と俺とで管理しといてやるからよw」

「あ、甘木先輩で独り占めだ」

っとみっちゃん。

 横でちょっと呆れ顔の耳納先輩はほらほら早く着替えておいでと手をひらひらしている。

 今日の観測会は三年生の二人を除けばいつも通り天文部一年女子の三人(わたし、筑水せふり)と(篠山三智:みっちゃん)、(基山高瀬:たかちゃん)に、二年女子で生物部掛け持ちの柳川先輩と大川先輩、二年男子の耳納先輩の定番メンバーだ。

 八女先輩も加えて女子六人で空き教室のカーテンを引き着替える。土曜日でお休みとは言え学校に来る時はきちんと制服を着てくる事になっている。といってもコートはいつもの学校指定でなく普通に私服のダウンを羽織ってきた。無駄に荷物になるし、顧問の先生にも許可をもらった。

 今まではちょっとおしゃれ気のあったみんなも、真冬の観測会とあっては服装がだいぶ実用寄りだ。

 ただ部室は十一月の観測会と同様、灯油ストーブを宿直室から借りているので、上着は調節しやすいように重ね着にしている。

 さてさて、最新型の威力を見せてもらおうか――と、皆で屋上に向かう。

 階段を上って渡り廊下の向こうから、男子二人の笑い声が聞こえてきた。

 耳納先輩の笑い声だ。先輩があんなふうに声を上げて笑うのは、わたしの知る限りあまりない。三年の上級生相手で、ざっくばらんで、でもどこか丁寧な言葉づかいの耳納先輩。

 去年の大晦日、初詣のとき――たかちゃんのお兄さんで写真部三年の基山先輩も一緒だったけど、あの時、先輩たちはあまり話していなかった。

 わたしが横にくっつきすぎていたからかもしれない。

 そう思うと、今になって少し胸のあたりがひやりとする。冷たい空気のせいだけじゃない気がした。

 渡り廊下に出る扉を開けると、着替えに下りた十分ほどの間に、ぐんと気温が下がったようだ。

 みんな一瞬、小さく「んっ……」と息をのんで廊下に出る。

 白くこぼれた吐息が、蛍光灯の光にかすかに照らされてゆらめいた。その向こう、校舎の上にはすでに夜が満ちている。
 天文薄明も終わり、冬の星座が冷たい群青の空に瞬いていた。

 オリオンの三ツ星、天頂にはカペラ。

 光のひとつひとつが、凍てた空気の粒に触れて震えているように見える。

 先輩たちがこちらを向いて手招きする。校舎の向こうからは、街の灯りや車の音、宵のうちの喧騒がこぼれてくる。それらも日付が変わるころには次第に遠のき、そして――わたしたちの時間がはじまる。
 観測会を重ねるうちに、少しずつ覚えたこと。人の営みの向こうに、静かな星の世界があるということ。

 甘木先輩も手招きする。

「一年も年末に校庭で月を見ただけだって? 今までの10センチ屈折とはだいぶ違うよ。ほらほら」

 大川先輩が笑いながら、

「一年からでいいよ〜〜。私たちは後でゆっくり見るから〜」

 と譲ってくれたので、最初はたかちゃんが覗きこんだ。

「わ、」

 ――短いけれど、声のトーンで分かる。あれは驚きの「わ」だ。

 続いてみっちゃん。

「おおぅ、色がわかる。ちょっとピンクっぽい」

 むむ、そんなに違うのか。

 それでは、わたし。

 アイピースを覗いた瞬間、息が止まる。

「うわうわわわわ、先輩これ、これ、くっきり、四重星!!」

 冷えた空気の中で、光が細く震えている。 細部まで生きているような光だった。

「ちょっと今のうちに覗いとこうかしら」

 柳川先輩が髪を束ねながらやってきた。

「あら、やっぱり結構……これはいいわね。うん、いい」

 短く頷く声に、理科室の匂いのような落ち着きがある。

「じゃあわたしもみとこっかな〜〜」

 相変わらずふわふわした雰囲気の大川先輩に交代。

「あら〜、これはこれは、この大きさだと色も感じるねぇ〜。偉いねこのコ」

 うん、道具をもれなく擬人化するのは、ここ天文部でもよくあることだ。

 ちなみに10センチの屈折は“にこちゃん”。

 文化祭を見に来ていたおそらくOBの人が、「にこちゃん、まだあるんだなあ」と話していた。

 それなりに年配の人だったけど――いつから“にこちゃん”になったのだろう。

 そんな昔から、この部には星と一緒に、人のぬくもりが残っているのかもしれない。



–––

「ちょっと冷えてきたし、一旦休憩にしましょうか。先輩達も部室で温まってください。ストーブでおでんできますから」

 アルミ鍋に入った一人分のおでんが三つ、くつくつと温められてゆく。

 真ん中がいい感じになったので、箸でつついて場所を入れ替える。湯気がふわりと上がって、ストーブの上でゆらめいた。

「先輩達からどうぞ〜」と大川先輩。

「あらありがと、悪いわね」八女先輩が受け取り、

「部室おでんも食い納かぁ」甘木先輩が笑う。

 みんな楽しそうに見えるのに、どこかにふとした空白がある。

 それは冬の寒さのせいじゃない――

 もうすぐこの人たちが卒業していく、そのことを、誰も言葉にしないまま分かっているから。

 湯気の向こうで、笑い声が少しだけ揺らいで見えた。

「ねえ、筑水ちゃん」

 八女先輩から話しかけられた。

 声をかけられた瞬間、ちょっと肩がぴくっとなる。川川先輩たちとはまた違う、二つ上の“お姉さんの空気”がある。

「文化祭、筑水ちゃん頑張ってたわね。天文部と、あと写真部でも」

「え、ええええ、先輩も写真部展のあれ見たんですか? 耳納先輩が大きく引き伸ばして展示しちゃった、わたしのあれ……」

「見た見た。結構話題になってたよ。天文部と写真部、あなたたちってよくひとまとまりで校内歩いてるから、“ファミリー”なんて呼ばれてるの、知ってた?」

「ふぁ、ファミリー……? そ、そんな……」

 向こうで耳納先輩が咳き込んでいる。
 たぶん、聞こえてた。聞こえてる。

「ふふ、かわいいねえ。あの頃の耳納くんからは想像つかないわ。後輩の面倒見て、頼りにされてるなんて」

 湯気の向こうで、八女先輩の目がやわらかく細められていた。

 それはからかうでもなく、懐かしむようでもあり――どこか、遠いまなざしに見えた。

「先輩……耳納先輩って、前から、あんな感じだったんですか?」

「うーん……そうね。真面目で、でもちょっと不器用。星のことになると周り見えなくなるから。――気をつけてね、風邪、って意味でね」

 冗談めかした笑みが、ほんの少しだけ意味深に見えた。

「ねえねえ、筑水ちゃん、私に何か星を見せてくれるかな?にこちゃんの方で」

 「え、わたしがですか?」

 「そうそう、えーっと、天王星を見せて頂戴ね」

 急にご指名を受けてしまったので、八女先輩と再び屋上に上がる。

 冷え切った屈折望遠鏡の固定ノブを緩め幾分西に傾いた天王星を探す。6等級なので街明かりのある学校では肉眼ではわからない。
 天文雑誌に出ている惑星の位置図を頼りにファインダーを覗きながら明るい星をたどって目星をつけてゆくと、青っぽい独特の星が入った。固定ノブを閉め、微動ハンドルを少しずつ回しファインダーの十字線の中央に捉える。そして本体の望遠鏡を覗くとほぼ中央に面積のある青みがかった天王星がその姿を見せていた。

 「先輩どうぞ」

 そう言って、八女先輩と変わる

 「随分手際が良くなったわね。感心感心」

 そんな事を言いながらしばらく覗いたあと、接眼部から顔を上げ、軽く息を吐いた。

「きれいね……ほんとに。あ、そうだ」

 少し間を置いて、いたずらっぽい目をこちらに向ける。

「で、耳納君とはうまくやってるの?」

「えっ、えええ!? な、なにをですか!?」

「いやまあ、写真部の方でね、耳納君が撮った筑水ちゃんのあの写真見てると――」

 先輩はわざとらしく肩をすくめてみせた。

「全く心配ないんだけど。っていうか、いやまあ、うらやましいわぁ。もうね」

 その言い方があまりに自然で、わたしはどう反応していいか分からなかった。

 “うらやましい”という言葉の意味を考えるうちに、胸のあたりがじんと温かくなっていく。

「……そ、そんなことないです。あの写真だって、たまたま……」

「ふふ。耳納君、“たまたま”なんて顔してなかったけどね」

 八女先輩が笑う。

 その一瞬の揺らぎが、わたしの心の中にも伝わってくる。
 照れくさくて、でも少しだけ誇らしいような――そんな感情が静かに沁みていった。

「私なんかねえ、天文や気象は好きだけど、じゃあ打ち込んで何かっていうほどでもなし、一年の時でも先輩たちに、いろいろ教えてもらって、でもあなた達に何か渡せたのかなあって、もうあと二月で卒業なのに、何だかそんな事ばっかり考えちゃってね」

 わたしは静かに八女先輩の横顔を見つめていた。吐く息が白く揺れて、街の灯を透かしている。

「……そんなことないです」

 思わず口にしていた。

 八女先輩が、少し驚いたように目を瞬かせる。

「先輩がいなかったら、きっとわたし、ここまで続けられなかったと思います。始めての観測会だったり、文化祭のときだって」

「ふふ、そんなこと、あったかしら」

「ありました。あのとき、写真部の展示もあってバタバタしてて……先輩が『大丈夫、空は逃げないわよ』って言ってくれたの、覚えてます」

 八女先輩は少しだけ目を細めて笑った。その笑顔は、少しだけ遠くをみてて、でもあたたかかった。

「……そっか。そんなこと、言ってたんだ、私」

「はい。だから、わたし……卒業しても、八女先輩のこと、ずっと忘れないですよ」

 風がふっと強くなって、八女先輩の髪がふわりと舞った。

「ありがとね、筑水ちゃん。……そう言ってもらえると、ちょっと報われる気がするわ」

 そして八女先輩は、少し照れたように笑いながらつぶやいた。

「まったく……ほんとに、かわいい後輩たちに囲まれて、幸せ者ね、私」
 「あなた達に何か残したいって思って、今日観測会に参加したのに、何だか私の方がもらってるわね」

 八女先輩の声が、夜気にほどけていく。

「……もらってる?」

 わたしは小さく聞き返した。

「うん。筑水ちゃんたちを見てるとね、ああ、ちゃんと続いていくんだなって思えるの。わたしがここにいた時間も、無駄じゃなかったって。そう思えるだけで、十分もらってるのよ」

 八女先輩は笑って、望遠鏡の鏡筒を軽く叩いた。

「にこちゃんだって、こうして代々受け継がれてるんだもんね」

「はい。……でも、わたし達も、ちゃんと残したいです。先輩みたいに」

 八女先輩は少しだけ目を伏せて、

「ありがとうね」

ともう一度小さく言った。

–––

「…で、耳納君とはどこまですすんでいるの?お姉さんに白状しなさい、こらこら」

 さっきとは打って変わって、急にいたずらっぽく話しかけられた。

「え、えっ、えっと、とっても仲良くして、ます…ょぅ」

「あらあら、困った事があったら卒業後でもお姉さんに頼って良いわよ、ってまぁ、あの耳納君じゃそんな事無いか、ふふ」

 八女先輩は少し身を乗り出して、いたずらっぽく笑う。
 その目の端には、冬の星が映っているように光る。

「えええ……もう、先輩、からかわないでください……」

 わたしは頬が熱くなるのを感じ、マフラーの端をきゅっと握りしめた。

「だって気になるじゃない。あの耳納君、見た目は落ち着いてるけど、写真撮ってる時の目はねえ、時々部室で筑水ちゃんにカメラを向ける時ね、あれ、筑水ちゃん以外には向けられない顔よ」

「そ、そんなこと……」

「ねえ筑水ちゃん。何かに感じた時、それはほんの一瞬でもいいのよ。ちゃんと見上げた時間があれば、それでずっと光って、心のなかに残るのよ」

 あのですね…と先輩に聞いてみる。

 「耳納先輩が写真を撮っているときって、ちょっと目が変わるっていうか、いやいつもと同じように優しいんですけど、ちょっとだけ奥を見られているような…」

「おぅ、耳納くん、私の可愛い後輩をそんな目で見ているとは穏やかでないねえ」

「いえ、耳納先輩が悪いんじゃ無くて、たぶん、きっとわたしが見られたがって…」

「ちょっとまった筑水ちゃん、あなた達どこまでって聞くものでもないか」

 八女先輩は、思わず吹き出して、手で口を押さえた。

「ふふっ、そう来るとは思わなかったわ……。なるほどねぇ、見られたがって、か」

 わたしは慌てて首を振る。

「ち、違うんです、あの、そういう意味じゃなくて……でも、ちょっと、ほんとにそんな感じで……」

「いいのよ、わかるわかる」

 八女先輩は頷きながら、そっと望遠鏡の鏡筒を撫でる。

「誰かに見つめられるって、ちゃんと自分が“いる”って感じられることだもの。そういうの、星を見るのと少し似てるのかもね」

「星を見るのと……ですか?」

「うん。どんなに遠くても、ちゃんと光ってるでしょ。こっちが見上げる限り、星も見返してくれる。耳納くんのレンズも、きっとそういう光を探してるんじゃ無いかな?」

 八女先輩はそう言って、わたしの肩に手を置いた。

「今日、いい顔してるわねぇ。見られることを怖がらない人は、見せるものを持ってる人なのよ、きっとね」

 わたしは言葉を失い、ほんの少しの沈黙のあと、

「……ありがとうございます」

とだけ、かすかに答えた。

 屋上の風はわたし達の髪を揺らし、鏡筒の中で星の光が静かに瞬いていた。

「……でも、そこまで私に話してくれるなんて嬉しいなあ。可愛い後輩の恋バナを本人から直接聞けるなんて先輩冥利に尽きるわねぇ。じゃあ物はついでに、写真部の展示以外の写真ってあるの?」

 わたしは少しうつむいて、頬を指先でかきながら答えた。

「……えっと、あります。その、わたしがモデルの練習用とか……その、ちょっと、遊びに行った時とか、いろいろありますけど…」

「ふふ、やっぱり。耳納くんがあの展示だけで満足してるとは思えなかったもの。」

八女先輩は楽しげに目を細める。

「どんなの撮ってるの? 私服で撮ったりしてるの?」

「……放課後とか……休日にちょっと…」

言いながら、わたしの声がどんどん小さくなるってしまう。

「あら、ちょっと聞いちゃいけなかったかしら」

「……えっと、そんな事、ないですよぅ」

「なるほどねぇ」

 八女先輩は、夜気をふっと吸い込むようにして笑った。

「それは、耳納くんにとっての“星”なのね」

「星……?」

「ええ。あなたが見上げる星をね、彼は筑水ちゃんに見てるのね。きっと同じ方向を見てるんだと思う」

 わたしは言葉をなくし、望遠鏡の接眼部を見つめた。

「……なんか、恥ずかしいですけど、ちょっと嬉しいです」

「いいじゃない。青春してるわぁ、筑水ちゃん」

八女先輩は笑いながら、そっとマフラーを直してくれた。

 「ちゃんと私が見たかった物、見せたかった物が受け継がれていて、満足だわ。それが分かっただけでも今日来て良かった」

 八女先輩の横顔が、星明かりに照らされていた。うまく言葉にならなくて、わたしはただ頷いた。そして胸の奥で、何かがひとつ、静かに灯るように感じた。



 そのまま先輩の横顔と星空を眺めていたら、階段を上がってくる音が聞こえてきた。 甘木先輩と耳納先輩、みっちゃんとたかちゃんの四人の声と少しづつ異なる足音が重なる。

かちゃり

 渡り廊下の扉が開くと同時に、ふぅ冷えるねえっとみっちゃん。

 時間はちょうど0時を回ったところ。
 耳納先輩が話し出した。

「それじゃあ今から3時まで自由活動にしますけど、先輩たちはどうされますか?」

「ちょっと俺にも新型をいじらせくれや、さっきアプリはインストールしたから」

と甘木先輩。

「どうぞどうぞ、じゃあ自分は一旦接続を解除しますね」

 耳納先輩がスマホを操作すると自動導入の経緯台はランプを点滅させて接続待機モードになった。

「私は一旦部室であったかい物でも頂こうかな、その後はちょっと仮眠してるね」

 そう言って八女先輩は部室の方に降りていく。

「わたしもちょっとあったまってきます」

と言って八女先輩のあとを追って部室に向かう。部室には柳川先輩と大川先輩の二人がストーブの番をしていたのであったかい。

「お、ちょうどいい所で二人戻ってきた」と柳川先輩

「ちーちゃん、ストーブの番をお願いね〜」大川先輩。

 わたしに部室の番をまかせて川川コンビのお二人は何時もの様に校舎の何処かに消えていった。まあ生物部室の方だろう。あちらもエアコンが入って観測会の時の使用許可も顧問の先生に取っているそうだし。

 電気ポットにはたっぷりお湯が沸いていたので八女先輩に何か飲みますかと尋ねる。観測会用に買ってきたスティックのコーヒーやココア、紅茶が紙コップに刺さっている。

「じゃあココア貰おうかな。ちょっと冷えちゃったねえ」 

 と先輩。

 おでん、まだ開けていないのありますけど、温めますか?と尋ねると、んー、今屋上の四人用に残してあげようか?なんて先輩は言葉を返す。

 暫く静かなまま、二人でココアを飲む。先輩は机の上にある天気図を何枚かめくって、指でなぞっている。

「同じ気象通報聴いて描いても、ちょっとづつ皆違うのよね。性格が出るっていうか。わたしのは…あちゃ、一年生に負けてるわ」

 しばらくの沈黙の後

「もう少しで卒業かぁ」

 不意に先輩がつぶやく。

「えっと、何か、まだやり残したとか、そんなんですか?」

 真意はわからないままに問い返した。

「筑水ちゃんみたいに可愛がってもらいたかったなあ、なんてね」

 顔が赤くなりそうだ。

「じゃあちょっと休んでくるかな。毛布1枚借りるわね」

 そう言って八女先輩は隣の理科室の方に入っていった。あちらもエアコンは付けてあるからさほど寒くはないだろう。

 一人部室に残されて、この一年間の事を思い返す。入学式の日、部活紹介の日、一人で、あの扉を叩いた時の気持、始めての観測会、先輩の手、写真のモデルをした事、みっちゃんとおーちゃん、文化祭、たかちゃんの活躍、写真部の展示にわたしのポートレートを先輩が展示した事、クリスマスの女子会、初詣。

 一年前の受験生の時には想像もしなかった事が沢山あった。不安と、喜びの、そんな一年だった。先輩と一緒にいられるのもあと一年、わたしも二年後には卒業なんだ。

 これからも不安と喜びを重ねていく毎日なんだと思う。新しい一年生は、天文部に入ってくれるかな。一人でもいいから、あの扉を叩いてくれたら、きっと一年前の耳納先輩も同じ事を思っていたんだろうなと、ポットのお湯が沸く音を聞きながら部室の扉を眺める。



 午前一時、一人でストーブの番をしながら天文雑誌を読んでいたら耳納先輩が部室に戻ってきた。

「ふう、風は無いけど冷え込んで来たね」

 ちょっとほっぺたが赤くてなんだかかわいい。

「八女先輩がいないけど理科室で仮眠かな?」

「あ、はいそうです、甘木先輩とみっちゃんたちはまだ上ですか?」

「甘木先輩は新望遠鏡を満喫してるよ、篠山さんと基山さんは暫くしたら降りてくると思うけど」

……今までの観測会、自由活動と言う名の休憩、仮眠時間は自分の教室で一休みしていたけど、真冬の深夜で暖房なしはさすがに寒いかなぁ。毛布は沢山宿直室から持ってきている。さてどうしようかと一思案していると先輩は

「先に一休みしに行っといて、僕も後から行くから」って言ってくれた。

 毛布を2枚持って自分のクラスの扉を開ける。

 よいしょっと。

 校庭側のわたしの机。青白い月の光を天板が反射している。屋上と違って思ったほど冷え込んだ感じでも無かった。毛布を重ねてくるまってから座る。

 宵のうちより静かになった街の音に耳を澄ませていると先輩がやってきた。

「こんばんは」

 囁くように改めて挨拶しながらわたしの隣に椅子を並べて座った。

「寒く無いかな?」

「うん、だいじょうぶですよ、先輩。たかちゃんとみっちゃんは部室ですか?」

「うん、おでんの残りを温め直して食べてると思うよ」

 そう言って先輩は軽く笑った。

「八女先輩と結構喋っていたみたいだけど、何かあった?」

「えっと、あの、ですね、私も先輩に可愛がってもらいたかったなあ……って言ってました。筑水ちゃんがうらやましいって……」

「あー、えっと、まいったなあ」

 耳納先輩は、そう言いながら頭をかいて、少し照れくさそうに笑った。その笑顔が、教室の薄明かりの中でほんのり揺れて見えた。

「でもさ、そう言ってくれたってことは、ちーちゃん、ちゃんと可愛がられてたんだと思うよ」

「そ、そんな……」

 思わず顔が熱くなる。

「ほんとに。あの人が素直にそんな事言うのも初めてじゃ無いかな」

 先輩はそう言って、少し遠くを見るような目で笑った。

 教室の外、月が少しづつ高度を上げ、校庭を青く照らし初めている。夜はゆっくりと更けていくのに、この静かな時間だけは、どこか止まっているようだった。

「……耳納先輩は」

わたしは、ためらいながら口を開いた。

「その……どんな後輩が、かわいいですか?」

 先輩はしばらく黙って、それから校門の方を見つめながら言った。

「うーん……いろんな事、できれば自然科学に興味をもってなぜ、どうしてって、真っすぐ上を向いて聞いてくる後輩、かな」

 先輩が顔を振り、そしてわたしを見つめている。

月の青さより透明な、透き通る言葉。

去年の春、あの今は葉を落としている桜の木の下で、この校舎をみあげて、部室の扉を叩いて、ずっと見上げて来た。

すでに、もう、すべてを通じているけど、それでもまだ、今はもう一度、いや、何度でも聞きたい。

「先輩はなぜ、どうして…」

その質問の最後は、もう口にする事はなく。

霜が降りるがごとく、触れ合うだけだった。

–––

 午前3時を回ったので、自由活動及び仮眠時間は終了。夜明けまでもうしばらくあるので、かに座やしし座、おおぐま座等の春の星座を写真に取ったり観察したり…と行きたいのだけど、生憎雲が多くなってきてしまった。

 わたしの自宅は山合いで、北側の斜面になるので南側のほうは絶望的に見えない。なので観測会がチャンスなのだけど天気だけは仕方がない。

 自分の双眼鏡を取り出して雲の間から見えるものを探してゆく。

ニコンの10x35。

理科室から起きてきた八女先輩が

「おや、いつの間にそんないい双眼鏡を、ニコンじゃないの」と声をかけてきた。

甘木先輩も

「35mmなら筑水さんでも扱いやすいだろうね。良いの見つけたな」と褒めてくれた。

「覗いてみますか?部の7x50よりコントラストがあって見やすいかもですよ」と甘木先輩と八女先輩にそれぞれを手渡すとお互い取り替えながらかに座のM44だろう、そちらを向いてふんふん、ほほう見比べ始めた。

「なるほどねえ、値段の違いってあるのねえ、明るさだけなら7x50なんだけど、対象の見やすさとはまた別なんだね」

などと感想をつぶやく。
柳川先輩と大川先輩も屋上に上がって来たけど、寒いと一言、毛布にくるまったまま手を出さない。甘木先輩は「お前ら二人はほんとマイペースだな。そういえば生物部で作っていた鳥の骨格標本、完成したんか?」なんて話を振ると

「あれはですねえ〜、セキレイはほぼ完成ですよ。ニワトリもできたんですけど、頭がありません!」 

 一同軽く吹き出す。そりゃフライドチキン屋さんでも頭は渡せないよなあ。

 そんな会話をしながら、時刻は午前四時を少し回ったころ。東の空にはうろこ雲がかかり、下弦の月と春の星座たちはその合間に顔をのぞかせていた。

「もう少し見えるね、もうちょっと」

 耳納先輩がアイピースを覗き込みながら月のクレーターのスケッチを描いている。デジタルカメラで撮れば一瞬だけど、よく目で見て観察する事は大事だよと教えられ、最初の観測会の時からわたしもスケッチは描き続けている。

 吐く息が白い。夜気はなお凍てつく。

 たかちゃんが「月ももう無理かな、隠れちゃう」と言って鏡筒をゆっくりと回す。その動きが止まる頃には、雲が空のほとんどを覆っていた。

 「撤収かな」

 耳納先輩の声で、皆がいっせいに動き出す。

 望遠鏡の鏡筒に白く浮かんだ夜露を、たかちゃんが指先でなぞっている。

 「結露しちゃうね。毛布かけとこうか」

 柳川先輩が天文部用の毛布を取り出して、鏡筒を包むようにかけた。大川先輩がその端を整える。

 甘木先輩と耳納先輩が重たい屈折望遠鏡の架台を下ろして行くので、わたしたちは付属品をどんどん部室に運んでいく。

 撤収作業はいつもちょっとだけ寂しさを覚える。小さな脚立を片付けながら、胸の奥がしんとするのを感じた。

 何往復かして屋上に出ると、雲の向こうで空がうっすらと明るみ始めていた。

 冬の夜が、ゆっくりと朝へ溶けていく。

 「おおぅ、焼けてきた」

 みっちゃんがスマホを構え、空を指さす。

 薄桃色から朱色へ、雲が静かに染まっていく。

 「きれい……」

 たかちゃんが小さく呟いた。

 その声に応えるように、八女先輩が笑いながらみんなを集めた。

 「せっかくだから、記念撮影しようか」

 耳納先輩がセルフタイマーをセットして、朝焼けの雲と校舎の3階を背景に皆で並ぶ。

 甘木先輩が冗談を言って、皆が少し笑った瞬間、シャッターが切れた。

 冷たい空気の中に、ほんのりと湯気のような笑い声が立ちのぼった。

 六時半を過ぎると、顧問の先生が部室に顔を出した。

 「みんな、無事終わったか」

先生は簡単に挨拶と部室の確認をして一応の終了。学校から借りたストーブや毛布、電気ポットなんかを皆で宿直室に戻しに行く。

 

 部室に戻ってくると少しだけ殺風景に感じる部室で眠気を覚えた。

 でも、まだ終わりじゃない。

「先生、私たち、このあと銭湯行ってきます」

 柳川先輩が言うと、先生は笑ってうなずいた。

 「そりゃいいな。冷えただろうから、ゆっくり温まってから帰れよ」

---

朝風呂

 七時を少し過ぎたころ、学校近くの銭湯の暖簾をくぐる。甘木先輩と耳納先輩の男子二人はここでお別れ。お風呂上がりの耳納先輩を見てみたい野望は残念ながらまたいつか。ちょっと名残惜しいけど。

 古びた木札を受け取り、靴を脱いで上がると、ふわりと漂う石鹸の香り。

 湯気の向こうで、白いタイルの湯船が朝の光を反射していた。

 「いつもながら……天国だねえ……」

 みっちゃんが肩まで沈みながら声を漏らす。

 たかちゃんは髪を結い上げて、湯縁に腕を乗せていた。

 八女先輩が

「夜明けの観測って、ほんと冷えるのね」と笑うと、柳川先輩が「でも、それがまたいいんですよ」と返す。

 大川先輩は湯船の縁に並んだ洗面器を眺めながら「この並び、スターリンク衛星のトレインみたいだねえ〜」と言った。

 湯気の中で、八女先輩がふとこちらを見て、

「ちーちゃん、恋の話はまた聞かせてね、卒業式までもうちょっとだけ」と、にやりと笑う。

 みっちゃんが「それ聞きたい~」と身を乗り出し、たかちゃんが「ほら、顔赤くなってる」と小声で囁く。

 笑いが湯の上で弾け、波紋のように広がった。

 湯船の中で、わたしは静かに目を閉じる。

 夜空の冷たさも、朝焼けの色も、今はもう遠くの出来事のようだ。

 ただ、身体の芯に残る小さな光――

 それが、この冬の観測会の思い出になるのだと、そう思った。



――第十七話、了

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