いま逃げなければ、すべてを奪われる。
國に鏡はない。近隣にもない、つくる術もない。でも鏡の語と原理は伝わった。ゆえに國には鏡人の術がある。
幼いころ、私は〈王に似ている〉という理由で鏡人にさせられた。父には一生困らない貨が國から与えられた。
「おまえは余の鏡人だ。そして余は鏡人の王だ」
幼い王は幼い私へ言う。
それから私は王にとって左右対称になるように煉りなおされる。身も動きも、そして心さえも。それが國における鏡人の術だ。身は赦せた。王は美しかったから。乳房も同じくらいに膨らむ。動きも表情もまだ赦せた。王が右手で食べるなら、私は左手で食べる。王が左頬に笑窪をつくるなら、私は右頬に笑窪をつくる。
数年経って、私は鏡人として王に似すぎてしまう。
「余の代わりに朝廷へ出なよ」
言われるがまま王の身代わりとして王座に座る。朝臣たちは誰も私だと気づかなかったようだ。しかし右相は私の左に、左相は右に並ぶ。
身も動きも赦せた。でも心だけは気がかり。私は甘い魚果が好きだ。王は冷たい魚脂しか食べたことがなかった。私も鏡人になってしばらくは魚脂しか食べなかった。しかし王宮の厨手はやがて魚果をつくるようになる。厨手に訳を訊ねると
「王が食べたいとおっしゃいました」
私は好みを奪われる。
王宮のなかで私が心を赦していたのは若い近衛左尉だ。
しかし柱廊で近衛左尉と親しく話す王を見て、そのいつもより高い声を聞いて、これ以上はいけないと決意する。私は近衛左尉の尖った唇へ右頬を預け、王は左頬を差し出す。
いま逃げなければ、私は心を奪われる。
無月の夜、私は弓だけを右手に持ち、王宮を出る。すぐに追手が来るだろう。王の武芸として鍛えた弓術を頼りに王邑を、國を出るほかない。
(でも、どの途を逃げても捕まる気しかしない)
王邑のどこの途にも追手は待っている。まるで動きを読まれているように。その気配のたびに私は矢を放つ。邑壁沿いの途を走るとき、また人の気配を感じ、矢を放つ。矢は姿を現した王の右腕へ刺さる。しかし近衛はいない。
「おまえだけが奪われると思うな」
旅装の王は言う。王は右腕の矢を抜く。
「余も鏡人に半ばを奪われる。喜びも哀しみも、痛みさえも」
傷のない私の左腕が痛みはじめる。
「近衛左尉は、余の産まれたときから近侍だった」
そうだ、王宮から逃げたかったのは私ではなかった。
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桐ヶ谷忍
2025/06/29 10:09
そして、その発想だけにとどまらず、きちんとした下拵えがある。
特に王宮から逃げ出す時の場面など最高です。
あと、最初の1行目が、ここで活きてくるのか、とうなりました。
面白かったです!
かぶき六號
2025/07/05 23:22