田伏正雄という人間がいる。そう、田伏正雄という人間がいるのだ。このことを貴方方が否定する言われはないであろう。田伏は生物学上、男性である。しかし、女性を自認している。このことを簡単に揶揄したり、軽蔑したりしないでほしい。田伏はいわゆる性同一性障害ではない。しかし、彼のように生物学上の性と異なる性を自認し、苦しんでいる方が大勢いることが医学会でも報告されている。このことをぜひ、自分ごととして考えてみてほしい。想像力とは、本来そういうことのために使うものだ。
田伏正雄は身長190センチ、体重150キロの巨漢だ。女性的な体型ではないのに、よく女性と自認できるなと揶揄する人達がいる。しかし、女性的な体型とは何だろうか。大柄で太っていては女性的ではないのか。小さくて痩せていなければ女として考えてはいけないなんて、とんでもない偏見であり、無自覚な差別意識ほどおぞましいものはない。確かに彼は髭はおろか脇毛も腹毛もボーボーで、常に鼻毛も出ている。しかし、それが何だというのか。田伏正雄という人間がいる。ぜひ、その人間そのものに思いを馳せてほしい。
そんな田伏の望みは、そう、女風呂に入ることだ。いや、田伏正雄のような生物学上の男性が一物をぶら下げて女風呂にズケズケと入ってきた場合、周囲の女性たちはどう思うだろうか。確かに昨今、LGBTQプラスへの包摂的な措置を盾に、女性を自認する男性達が女湯や女性用更衣室に堂々と立ち入ろうとしており、社会問題として取り沙汰されている。女性だと自認するなら、女の気持ちが分かるだろう、周囲の女性の気持ちも想像してやれよ、と批判する方もいる。しかし、女性を自認しているからといって、女の気持ちが分かって然るべきと考えるのは早計である。
例えば、そうだ、貴方は詩人を自認している。きっとそうだろう。では、貴方はランボーの気持ちが分かるのか。ディキンスンの気持ちを考えたことがあるのか。貴方は詩人を体現した、詩人そのものであるような人物たちの気持ちを一度たりとも考えたことがないし、考えないのは可笑しいとさえ思わなかった。しかし、貴方は詩人を自認している。そんな貴方が、田伏正雄が女性の気持ちを考えていないといって嘲笑っている。田伏正雄という人間がいる。貴方と同じ人間だ。しかし、貴方の想像力はランボーどころか田伏正雄にさえ追いついていかない。
田伏正雄という人間がいる。しかし、いつまでも田伏正雄は田伏のままではない。月にもなれば蛙にもなる。そして、田伏に啓示が訪れる。「最後の者が最初となる」と。あれ、俺はどうやら女じゃないらしい。だって、こんなにも太っていて、髭も濃いし。そろそろ鼻毛も切らなきゃいけないし。俺は女とは違う何かだ。萌葱色の丘に、あたらしい人間が現れる。あれ、俺はどうやら詩人でもなければ小説家でもないらしい。俺は何でもないし、何にもならない。そして、その人間はこう言った。「でも引き続き、女風呂には入りたい」。そう、それが私だ。
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かばん餅
2025/01/04 20:55
「自己紹介」といいつつその実他己紹介、と見せかけてやっぱり自己紹介という構成もそうですが、第二連のフォローしているようにみせかけて率直に悪口を言っていたり、詩人について語っていながら詩人でもないし小説家でもないと言い出したり、ひいては「見せかけ」が至る所にちりばめられているのだと思います。
全体的にお笑いをやりたい、という意図があるような気がしておりまして、実際、ふっと笑えるような見せ場があると思いました。
花緒
2025/01/05 00:59
私にとっては、笑いは常に重要な要素になっています。目の前の人を笑わせるだけの「笑い」には関心がありません。吉本興行に代表される日本のお笑いは、アメリカに単身渡って修行中の村本大輔氏などが指摘するとおり、目の前の人を笑わせるためだけの笑いに堕していて、世界のコメディとは異なるガラパゴス的な何かです。
文章表現にとって、笑いの要素は常に大切だと思っています。例えば、カフカなどが誰にも読まれないのに書き続けられたのは、笑いながら書いていたからではないか、といった仮説を思い描いています。本作がふっと笑えるようなものであったなら良かったです。
田中宏輔
2025/01/05 14:36
聖書を髣髴させるような言葉ですね。
田伏氏、ちょっと困ったひとみたいですね。身長190センチ、体重150キロもあれば、壮観ですね。マツコデラックスみたい。女風呂に入るには女装ではなくて、女体に身体を改造しなければならないと思いました。
赤ぺこ
2025/01/05 21:19
2星
2025/01/05 21:21
けっきょくのところ、私は彼あるいは彼女または人間を応援します。
(この前女友達が一物ぶら下げてお風呂はちょっとと話していました。性自認はもとより、ナイフを持ったまま入ってこられるのはやっぱり不安とのことで、私は納得しました、という話でした)
花緒
2025/01/05 22:48
お久しぶりです。お元気ですか。
私はネット詩界隈になんだかんだ長くおりますが、自作に田中さんからコメントを頂けるのはこれが初めてなのかなと思っております。田中さんの詩集の多くを買って読んできましたので、とても光栄で恐縮もしています。お読みくださり有り難うございます。
花緒
2025/01/05 23:50
コメントくださり有り難うございます。ユーモアを受け取ってくださったこと、とくに屁理屈というか、文章を書く人間ならではのひん曲がったところをご指摘いただいたことは素直に嬉しいです。詩でも小説でもないラインを攻めているので、新鮮さがあったなら良かったです。
花緒
2025/01/05 23:56
コメントくださり有り難うございます。テクストとしてお褒めいただき、光栄に思います。作品とは関係がないことかもしれませんが、個人的には日本でも、ドイツ語圏やバルト三国などのように、サウナ、温泉類はすべて混浴にしたらいいと思います。それでも問題が起こらないのがカルチャーというものでしょう。その意味では田伏氏の欲望は私の欲望でもあるのです。
たけだたもつ
2025/01/06 09:16
とても面白いと感じました。美しさすら、あります。作者の花緒さんの掌の上です。
ねえ、田伏さん、私、って何だろう。私、は何になれるのだろう。
私、はどこにいるのだろう、どこに行くのだろう。行くべき場所はあるの?ねえ、田伏さん。もっと田伏さんの話が聞きたいよ。
花緒
2025/01/07 10:26
コメントくださり有り難うございます。田中さんもそうですが、やはり優れた詩を書く方は共感性が高いのでしょうか。皆様、田伏氏に思いを馳せてくださり、嬉しく思っております。
洛杜きんるい
2025/04/08 04:57