夏の終わり
うつくしいアゲハを捕まえた
弱々しいながら生きているアゲハを
私は冷凍庫に入れた
なぜそんな残酷なことをしたのか自分でも分からない
分からないまま翌日
恐る恐る冷凍庫を開けてみる
アゲハは凍っていた
必死に出口を探そうとしたのだろう
開き口の側で壁に張り付く形で凍り付いていた
私は包丁を持っていき
蝶と壁の接合部分をうやうやしく
少しずつ削り取った
冷凍庫で冷やされた私の手の平の上で
凍りついたアゲハを見詰め
何かが可笑しかった
可笑しくて笑った
笑いながら
一気に手の平を閉じた
閉じた手の平を開けると
アゲハの細切れが零れていった
そうして
ようやく何故アゲハを凍りつかせたか
思い至る
夏の終わり
もうすぐ何らかの形で終えるはずだった
アゲハの最期
その、何らかの、どうやって死を迎えるのかを考えると
私には耐えられなかったのだ
うつくしいアゲハ
弱り切っている所を外敵に襲われるのではないか
あるいは人に踏みつけにされやしないか
花の下で安らかに死んでいくのか
分からないからいっその事
うつくしいまま
殺してしまった
私は床に落ちたアゲハの残骸をかき集めて
ユリの鉢植えに弔った
ユリもまた、枯れ始める前に凍らせよう
ぼんやりとそんな事を考える
うつくしいものは
うつくしいままに殺し
ありえない形で死体を壊す
自分の中の冒涜心に初めて気がついた
夏の終わり
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花緒
2025/09/04 20:22
澤あづさ
2025/09/04 20:37
愛梨
2025/09/05 11:57
柏村ねおん
2025/09/05 14:33
腰国改修
2025/09/05 17:38
中田満帆
2025/09/05 20:54
afterglow
2025/09/05 21:53
保存ではなく破壊で終えることで、読後に言葉にならない不安のようなものが残ります。
美と脆さに向き合う時、人がどこへ行ってしまうのかを考えさせられる作品でした。
室町礼二
2025/09/07 03:16
斬新な視点から少年の心を描いたていねいな
詩だと感受しました。ただ、
なぜそんな残酷なことをしたのか自分でも分からない
分からないまま翌日
という少年の内省のところで大きな違和を感じました。
「そんな残酷なこと」という内省が少年にあるならそも
そんなことはしないので
大人になってからの視点を書かれているのかもしれませんね。
それなら「分からないまま翌日」
というところやラストの少年の覚醒がどうもしっくりこなくなるし。
どうも、ここで違和を覚えると以後、
凍りついたアゲハを見詰め
何かが可笑しかった
という部分がいかにもつくりものめいてきまして
アゲハの最期
その、何らかの、どうやって死を迎えるのかを考えると
私には耐えられなかったのだ
という覚醒もマニュアルめいたつくりもののように見えます。
結果、
うつくしいものは
うつくしいままに殺し
ありえない形で死体を壊す
自分の中の冒涜心に初めて気がついた
夏の終わり
という結論部分がどうにもウソっぽい、つまり
優等生的なウソの陳述のようにみえました。
好意的な感想ばかりなのでこんな感想も
許されるかなと思って正直な感想を書きました。
そうでなければこんな感想は書かなかったのですが
作者さまに違った視点の感想を提供するのも
いいかなと思ったものでご容赦。
また「罵倒家」と罵られるかもしれませんが
善意でやっていることをどうか
信用して下さい。
こういう「ウソ」(善悪のウソではないので
誤解なきよう)はネット上でよく見かけますが
詩とはそもつくりものなのでウソでいいのですが、さてどう
なんでしょうね。いろいろ考えさせられます。
汐田大輝
2025/09/08 13:18
Creative Writing Space事務局
2025/10/13 15:03