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2021/01/01 12:00:00

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『あわいに咲くもの』 外伝 第十五話 「肌に綴る、わたしの夜」

――糸島能古――

 部屋の灯りは、ひとつだけ。
 乳白色の光が、鏡の前で滲む。
 ネグリジェの布は、月灯りを吸い込み、肌にやわらかく貼りつく。

 静寂の中で、わたしの躰は目を覚ます。
 お姉さまの気配は、この部屋の空気に溶けている。
 香のように、記憶を布に移して。

 鏡の前に立つ。
 鎖骨の下に、小さな影が落ちる。
 胸の線は呼吸に合わせて波打ち、
 背の中では、神経索の震えが波形を描く。

 それは、詩だ。
 肌という紙に、記憶というインクで綴られた詩。

  この肩は、お姉さまの眼差しが留まった場所。
  この胸は、お姉さまの吐息が韻を刻んだ場所。
  この背は、お姉さまの沈黙が寄り添った場所。

 指先で、ひと文字ずつなぞるように触れる。
 指は冷たく、記憶はあたたかい。
 ふたつが重なる、あわいの夜に、わたしは生きている。

 布越しに、肌が詩を詠う。
 声ではなく、触れ合う温度で詠う。
 呼吸は緩やかな対句となり、鼓動が韻を踏む。

 お姉さまがいない夜も、
 わたしの躰は、詩の紙面であり続ける。

 不在は余白。
 そして余白は、いまだ書かれぬ行の約束。

 記憶の中の、その指が、
 再びわたしをなぞるとき――
 最後の一行が、生まれる。

 わたしは、その行を夢に抱いて眠る。
 肌に綴る、わたしの夜のままに。

          ――了――
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