部活紹介の翌日。
学校はもう通常の授業になる。一年生も早速六限目までみっちりと授業だ。わたしたちの天文部に来てくれる新入生はいるだろうか?
放課後、不安と期待とが入り混じったまま、みっちゃんと一緒に第二理科室隣の天文部室に向かうと既に鍵は開いていた。
耳納先輩とたかちゃんが天気図を書く準備をしている。
「早いね〜」
とみっちゃん。
「昨日の今日で一年生が来るとは思っていないけど、それでもね、やっぱり……」
とは少し照れくさそうなたかちゃん
理科室は校舎の端なのでその隣の理科準備室の一部な天文部室も廊下を通り過ぎてゆく人影はない。
引き戸を閉めてしまうと、すりガラスの向こうは静かな放課後となる。
「じゃあ早速いつも通りに始めようか」
と耳納先輩。
ラジオを付け、気象通報に耳を傾ける。
ふと、今入部希望者が来たらって思うと落ち着かない。いきなりこの状態見たらなんて思うだろう、そんな事を思いながら鉛筆を走らせてゆく。
ラジオが終わり後は等圧線の書き込み、と皆でちょっとひと段落。いつもだとそのまま等圧線を書き込んでゆき、誰が早いか競争になるんだけど、なんとなく扉の方を見てしまう。
一年前の自分はどうだったっけ、すこし扉の前をうろうろして、廊下に展示してある鉱物標本を眺めて、中から聞こえる声に聞き耳立てて、静かになった時に思い切ってコンコンとノックした様な、確かそんなだった。
奥に座っていた耳納先輩の姿。
部活紹介で見たその人がそこに居る。
もうそれだけで、胸がいっぱいで、そして大きな三年生の甘木先輩と大人っぽく感じた八女先輩。八女先輩はわたしの頭をもみくちゃにして可愛いいと喜んだ。
そして、そうやって揉まれている所にたかちゃんがすっと扉を開けて
「すみません、入部希望なんですけど」
ってあっさりとやってきた。
耳納先輩が鉛筆の手を止めて呟く。
「一年前、筑水さんと基山さんが入ってきた時を思い出すな。小さい影がうろうろしているのを僕と八女先輩、甘木先輩でかもーんかもーんおいでおいでって中から手招きしてたんだよ。
「ぷっ……。中でそんな事してたんですか?」
とみっちゃんが吹き出した。
「そりゃね、謎の念力を送ったり……」
その念力で、ノックする決心がついたのだとわたしは思った。
午後四時半を回って、すりガラスに夕日のオレンジが差し込むようになった時、すっと影が映った。
「誰かきた???」
わたしたち皆で目配せをする。
こんこん
「はい、どうぞー」
現時点では部長の耳納先輩。
いつになく背筋を伸ばした、大人っぽい雰囲気だ。
からからから……
女子一年生だ。きた。きたきたきたきた。
本当にきた。入部してくれるの星は好きなのかな初めてなのかなそれとも気象とか地質とか何が好きで一体どんな子なの???
頭がいっぱいになる。
「あの、ここ天文部で良いですか?入部希望なんですけど……」
「はい、天文部ですよ。今はまだ部長の耳納です。お名前伺って良いですか?」
「あ、はい。1年C組の星乃です。星乃 霧(ほしの きり)、よろしくお願いします」
先輩が部活の活動記録ノートに名前を書き込んで、間違いないかを確認をする。
「じゃあ簡単に自己紹介しようかな、僕は3年A組。耳納紘、まだ部長です」
「あ、2年A組。筑水せふりです。天文は高校から始めたんだけど、よろしくね」
「2-Bの基山高瀬です。中学の頃から鉱物採取とかやってます」
「2-Aの篠山三智だよ。こっちのちーちゃんとは小学校からの同級生でね。去年の夏頃から星見てるよ」
「この学校の文化部は兼部している人も多くてね。僕は写真部にも入ってます。あと今日はきていないけど、3年生で三人ほど天文部の活動にも参加するから、それは来た時に顔合わせでいいかな」
「わたしたちは兼部はしていないけど、他の部活にゲストで顔出してたり、結構自由だからね。あと部活紹介でも言ったけど、学校に泊まっての観測会があるけどご両親の了解は大丈夫かな?」
と一応の確認。
「あ、それは昨日母と父に聞いて了解取りました。大丈夫です」
よかった。
「ちょっと聞いて良いかな。星乃さんは天文とか気象、どんな所に興味があるとか、こんな事しているとかあるのかな?」
先輩が尋ねる。
「あ、はい。実はあんまり地学とかはよく知らなくて、学校の理科で習ったくらいなんですけど、すみません。……実は絵を描くのが好きで、風景や周りの小物をスケッチしてイラスト描いたり。それで去年のこちらの文化祭で天文部の展示に月のクレーターのスケッチがあったのを見て、あ、こんなことも出来るんだって」
「へえ、それで美術部とかじゃなくてうちの方に?うん、嬉しいね。天文も今はデジタルがどんどん進んでいるけど、古くはね、フィルム写真どころかスケッチも観測記録で重要だったんだよ。天体写真でも風景を絡めて、星の風景ってことで星景写真て呼ばれるけど、スケッチでそういうのを表現するのも面白いかもね」
耳納先輩が楽しそうだ。特技のある後輩ちゃんが入ってきたのは嬉しいけど、ちょっぴり嫉妬しちゃうぞ。ぷん。
「星乃さんは、家はどの辺なの」
とたかちゃん。
「あ、えと、駅前のアーケードのもう少しうらに入ったあたりなんですけど。古い家が多い所で」
「ん、おーちゃんちの近くかな。3中?」
とみっちゃんが尋ねると
「あ、はいそうです」
「じゃあ小郡律羽(おごおりおとは)さんって一つ上の人は知ってるのかな……」
みっちゃんがすこし声を抑えて尋ねる。
「はい、先輩です。生徒会で一緒でした。大きなお家の。だから高校でもまた先輩後輩になりますね」
みっちゃん、ちょっとありゃりゃって顔をしている。おーちゃん(小郡さん)は天文部員ではないけど時々は顔を出すし、なんたってみっちゃんの大切な人だからなあ。
星乃さん、2人の関係を知ったらびっくりするのかな?
それとも……まあそんな事心配しても意味ないか。
「じゃあ一通り自己紹介も済んだし、星乃さんはこの入部届に必要事項を書いて持ってきてください、四月最後の金曜は泊まりの観測会を行う予定なので、そのつもりで良いですか?」
「わかりました。よろしくお願いします、先輩」
先輩、かあ。今のって耳納先輩だけで無くわたしたち全体なんだよな。
一年前、何かあれば「先輩」って呼んでたわたしが、今日から「先輩」なんだ。
耳納先輩も四月の観測会はまだ仕切ってくれるみたいだけど、多分その次はわたしにバトンを渡すつもりだと思う。
天気図が描きかけのままなのに気づいた。
「星乃さん、わたしとみっちゃんはバス通学だから駅までは通学路一緒だし、ちょっと天気図仕上げるまで待ってくれないかな?10分で仕上げるから」
はいって返事してくれたので、さくっと仕上げよう。幸いややこしい気圧配置でもない、穏やかな春の陽気の天気図だし。
興味深く見つめる星乃さんの視線を感じながら耳納先輩とわたしたちは慣れた手つきで仕上げる。
「じゃ、今日はここまでにしとこうか、皆さんお疲れ様でした」
校門で一旦皆揃って、そして耳納先輩とたかちゃんは自転車で帰って行った。
駅に行くバスも程なく来たので3人で乗り込む。ちょっと混んでるので立ったまましばらくすると終点の駅前だ。
わたしとみっちゃんは山の方へ行くバスに乗り換え。星乃さんと別れると、確かにアーケードうらに行くほうへ向かって行った。
みっちゃんがつぶやく
「まさかおーちゃんの後輩とは、なんかよく知ってるようだし、どうなのかな」
わたしもそれに答える。
「心配いらないよ、きっと。先輩らしく堂々と、ね」
わたしと耳納先輩もお付き合いしながら部活のみんなと一年間上手くやってきた。
堂々と、恥ずかしい事なんて何もない。
八女先輩が最後までわたしを応援してくれていた事を思い出しながら、暗くなってきた外を眺めバスに揺られる。
バスを降りてみっちゃんと別れる。
「じゃあまた明日ね、篠山先輩」
ちょっとからかって見た。
「もう、ちーちゃんったら。確かにそうだけどさぁ」
みっちゃんは軽くため息ついて、でもいつもの様に手を振って夕暮れの山裾を帰って行った。
わたしはすこし山道をのぼる。木々の間に春の星座がちらちらと姿をあらわす。
蟹座、獅子座、乙女座……一年間はわからなかったのが、今のわたしには、この時間のこっちならあの青い星はスピカだと、自身を持って言える。
ちゃんと一年分成長した。
明日が楽しみだ。それじゃあね。
――つづく
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筑水せふり
2026/01/11 09:26
noteのマガジンにひとまとめもあります。CWSには順番ちょっとバラバラで投稿しちゃっているので、過去作にコメント書きたいって奇特な方はわたしの名前をタップして一覧から探してくだされぃ……。
ラウンド
2026/01/11 09:30
新入部員が入ってくると同時に、上級生は世代交代を示唆して、合わせて動いていく。
部活動に限らず、こうして人々は繋がっていくんですね。さながら星座のごとく。
北岡伸之
2026/01/11 09:48
その感覚がよくあらわれていて、すごくよい作品です。
こういう時代が自分にもあったと、読んだ人は思うことでしょう。
すずよ
2026/01/11 14:45
美しい心があるからこのうような自然で清らかな文章が書けるのでしょうね。何か急に若返り、ポスターとか貼ってる自室(時代…)でゴロンと好きな青春もののコミックを読んでる気がしました。←厚かましい気分にさせていただいてありがとうございました。笑。
鴉麻俳兎
2026/01/12 13:02
スケッチが特技の新入生ちゃん、これから部活にどんな色を添えてくれるのか楽しみ!
何気ない日常がキラキラしてて、読み終わったあと心がじんわり温かくなりました。
こういうひとこま書ける人は信頼できますよね😌
永倉圭夏
2026/02/02 21:52
でも新入部員がおーちゃんとおな中だったことに、みっちゃんはちょっと不安そうですが…… この作者さんなら大丈夫!(何が?)私と違って、あんなことやこんなことにはなりません。
はじめて先輩と呼ばれる面はゆさもまた初々しいです。