一、澱
ちいさな
ちいさな
傷痕は
少しずつ
少しずつ
沈めて来た
だからもう
流れ出る水は
清らかに
淵の底には
想いものが
残り続けて
でもいつか
それすらも
黝の夕暮れにほどけた
朱霞の河霧に潤した
わたしの澱は
縞模様の
堆積岩となって
いつか誰かが
手にするのかも、ね。
ーー
二、地層の調和
朝の鏡に向かって、わたしは「日常」を着ていく。
薄く引いたアイラインと、丁寧にアイロンをかけたシャツ。
それは、今日という日を誠実に歩くための
わたしなりの、清潔な決意。
背筋を伸ばして、誰かの言葉に頷き
ふさわしい言葉を選んで、社会の網目の中を泳ぐ。
その忙しなさも、その責任感も
嘘偽りのない、わたしの確かな一面だ。
けれど。
ふとした沈黙、資料をめくる指先、
コーヒーの湯気の向こう側に。
あの夜の、湿った森が そっと息をする。
それは、今の生活を否定するためではなく
今を支える、深い土壌として。
シャツのボタンの下、
あの繊細なレースが、肌に静かに触れている。
小さな胸が刻む鼓動は、
事務所の静寂の中でも、満月の下と同じリズム。
「ちゃんとやっているわたし」も、
「すべてを晒して震えたわたし」も、
どちらも、地続きの同じ命。
人混みの中で、ふと足の指を丸めてみる。
靴の中に守られたその足裏は、
あの冷たい木の感触を、今も鮮明に引き出せる。
それは、誰にも見えない、わたしだけの「お守り」
取り繕っているのではない。
調和させているのだ。
強さと、脆さを。
日々の光と、夜の月明かりを。
整えられた外側があるからこそ、
内側の熱は、より深く、清らかに澄んでいく。
完璧ではない自分を、
完璧に演じなくていい自分を、
そっと、シャツの下に抱きしめる。
わたしは、この装いの中で自由だ。
誰にも気づかれない場所で、
わたしという森は、
今も、静かに 息づいている。
ーーー
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ツチヤタカユキ
2026/02/06 00:14
金子 晃太
2026/02/07 15:28
詩の距離感が感じられて新鮮な心地でした。
水底からドロや土が舞い上がる自然さを見た気がします。
二、地層の調和
忙しい日常生活の中でも逞しくなれるような、
土の匂いが感じられる素敵な作品を読ませていただきました。