このままふくれ続けたらきっと指がちぎれるから、切ろう。
わたしは告げ、かの女の錆びた指輪へ鉈を振りおろしたが、折れたのは刃だった。思えばこれも、きのうたたき割った夫の脳髄で錆びている。刻みこまれた誓いのぶんだけ指輪に分があったのだろう、はみ出しかける脳の片隅でわたしは思考する。折れた刃は飛びすさり、わたしの眉間を貫いて、脳漿の漏れに栓をしている。
長雨を飲み、かの女はふくれている。絹のようだった肌理が、渇いた綿より欲深くひらいて雨季を貪る。飢えていた腕がなん倍にも太る。きのう焼かれた顔の焦げ目が、腐りゆく水に白々しく薄れながらどこまでも広がる。粥に似ながら煮くずれることを知らない、若さが、左手のちぎれそうな薬指にだけ血を焚いて、食いこむ指輪に誓われた名前と同じいろに錆びる。
かの女はかつて、わたしの娘だった。
女衒に売ったのが九日前、思いがけず帰ってきた。性病に肌を食い破られ、ごみ溜めに捨てられたので、這い出してきたと娘は言った。死なないと埋めてもらえないの、と娘は言い終えた。
八日前、夫が木箱に娘を転がし裏庭へ投げたのはそのためだ。雨季に蓋され長雨に漬けられ、きのうまで、娘の肌は溺れながら若い皮脂を吹きあげて、あらゆる水気をはじき飛ばしていた。わたしが塩水で炊いた粥も、その例に漏れない。
七日間、娘の転がる箱で粥を食ったのは蟻だけだったが、わたしの薄い塩味に飽きたらずきのう、蟻どもの群れが美味な脂を掘ろうと、娘の耳に口に臍に、膣にもぐりはじめたので、穢された箱へ夫が油を撒き火を放ち、泣いた、まだ清かった刃の火照る影で。
その膣を掘ったのが翅をもつ女王だったら、別の物語が飛んだのかもしれない。きょう、油に焼かれたかの女の脂が、地の潮を覆う。降り溜まり蒸発する地の体液の循環を、焦げ落ちた皮脂の油膜で食い止めている。
このために地表が海を失っても、たとえば涙の降る限り、血のしたたる限りかの女は飲み、新しい海を生むために溜めるだろう。眉間の栓を抜き放ち、噴きあがる脳漿の虹でわたしは感傷する。わたしの箱のこの穴を、いつかちぎれたらあの左手薬指が貫いてくれるだろう。
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ケルビィン
2025/02/02 23:45
すごく感覚的であまりきちんとしたコメントじゃないのを先に謝っておく。
それにアドバイスとも程遠いのは間違いない。感想混じりの批評もどきだと思ってほしい。
当時の投稿サイトでどうして酷評した人がいたのかについて考えてみたんだけれど、そのためにも詩の流れについて簡略化してみたいと思う。
第一段落~第三段落
わたし(妻)が指輪を叩き割ろうとする。「かの女」の遺体についての描写
第四段落~第六段落
「かの女」が女衒に売ったわたしの娘であったことが描かれ、遺体が蟻に貪られ、夫がそこに火を放って泣くのが描写される。
第七段落~第八段落
わたしの心情の描写(?)
……思うに、当時の読者は『意味』を求める方の読解で読み進めようとしてしまったんじゃなかろうか。
当時の読者「で、この詩のテーマは何だ? 作者は何を伝えたいんだ? 目的や意図もなく、残酷な描写を書いたわけじゃないんだろう? テーマや目的を教えてほしい。それがわからないと、どう読み解けばいいのかもわからないんだ」
……という感じに。
でも、僕が読んだ限りはこの詩は何かのテーマを読者に伝えたり共感してもらうために書かれたわけじゃなく、あるいは問題提起のために書かれたわけでもないように思える。
ただ「わたし」の心情と彼女から見た世界を描写するがために、この詩は書かれたんじゃなかろうかって思えてきたんだ。
だから意味がわかるとかわからない以前に、あまり意味を重視していない作品であると思う。
でも、だからといってそれで不快感があるわけではないし、なんか不思議とすっと読める。(無論、グロテスクな描写は個人的には苦手ではあるが)
春町トビラ
2025/02/02 23:47
それは、作者にとって大事な部分を描き出しているからだと思いました。
作品の中で、憎しみ、汚れ、穢れ、無慈悲、惨さ、そういったドロドロしたものを扱っている。
それでも、作品にはそういうドロドロした感触はなく、むしろ美しい陶器のような完成された気品があると思います。
アドバイスを求むということで、あえてアドバイスをするなら、この作品はタイトルの通り閉じている、あるいは閉ざされている、そこを開くかどうかだと思います。
閉じていると感じるのは、読者とドロドロしたものの距離が遠い。
だから読者は安全地帯からこの「地獄」を俯瞰できる。
そういう読書体験は、たぶん一過性に落ち着くと思います。
例えるなら、テレビ中継の戦場のような感じでしょうか。
読んだ時に、汚物を浴びせられるような感情になる方が感動が大きい。
ただ、こういう負の感情を開いていくのは、けっこう難儀なのもので、それこそちゃんとした精神的なケアを受けながらした方がいいと思います。
こういう表現がたくさん出てくるといいと思います。
アドバイスとしては、内に抱える憎しみと向き合った方がいいです。
ただそれに着手するには、適切なケアを受けながらした方がいいですね。
内に抱える憎しみをゆるせると、自分の中の弱さをゆるせるようになる。
そうなると、作品でも弱さを書けるようになる。
それは作家として深度を増すことになると思います。
春町トビラ
2025/02/02 23:57
自分の感想を言うなら、意味はわかると思います。
自己流の解釈の上でですが。
少なくとも、わけわからんにはならないです。
グリフィス
2025/02/03 00:43
わたしは告げ、錆びた指輪へ鉈を振りおろしたが、折れたのは刃で、思えばきのうたたき割った夫の脳髄で錆びて鈍くなっていたのかもしれない。刻みこまれた誓いのぶんだけ指輪に分があったのだろう、わたしは忙しなく思考する。折れた刃の行方は、わたしの眉間で、貫いて、脳漿の漏れに栓をしている。
長雨を呑み、かの女は変わってしまっている。絹のようだった肌理きめが、渇いた綿より欲深くひらいて雨季を貪る。飢えていた腕がなん倍にも。きのう焼かれた顔の焦げ目が、変質する水に白々しく薄れながらどこまでも広がる。粥に似ながら煮くずれることを知らない、若さが、左手のちぎれそうな薬指にだけ血を焚いて、食いこむ指輪に誓われた名前と同じいろに錆びる。
かの女はかつて、わたしの娘だった。
女衒に売ったのが九日前、思いがけず帰ってきた。性病に肌を食い破られ、捨てられたので、帰ってきたと娘は言った。息があると埋めてもらえないの、と娘は言い終えた。
八日前、夫が木箱に娘を転がし裏庭へ投げたのはそのためだ。雨季に蓋され長雨に漬けられ、きのうまで、娘の肌は溺れながら若い皮脂を吹きあげて、あらゆる水気をはじき飛ばしていた。わたしが塩水で炊いた粥も、その例に漏れない。
七日間、娘の転がる箱で粥を食ったのは蟻だけだったが、わたしの薄い塩味に飽きたらずきのう、蟻どもの群れが美味な脂を掘ろうと、娘の耳に口に臍に、膣にもぐりはじめたので、穢された箱へ夫が油を撒き火を放ち、泣いた、まだ清かった刃の火照る影で。
その膣を掘ったのが羽をもつ女王だったら、別の物語が飛んだのかもしれない。きょう、油に焼かれたかの女の脂が、地の潮を覆う。降り溜まり蒸発する地の体液の循環を、焦げ落ちた皮脂の油膜で食い止めている。
このために地表が海を失っても、たとえば涙の降る限り、血のしたたる限りかの女は呑み、新しい海を生むために溜めるだろう。眉間の栓を抜き放ち、噴きあがる脳漿の虹でわたしは感傷する。わたしの箱のこの穴を、いつかちぎれたらあの左手薬指が貫いてくれるだろう。
分解された其々が私達の構造を痛めつけるから、傷んだ構造同士が繋がって致命的にならないように、記憶は空に記録は地に流れ込んで何時か何時か再び、ひとひ、へと繋がる様に
——————————————————
個人的に苦手な表現が多かったので
自分が読めるレベルまで簡易にしたかもしれませんが一応書き換えにチャレンジしてみました。
百彪
2025/02/03 01:22
繰り返して読んでいくうちに状況が飲み込め、ああ、そのまんま描写してあるんだな、解ったら、あとはするすると理解が繋がっていく感じになりました。
最初、この『わたしは告げ』の部分は父親との対話かと思ったんですが、ここは娘に語り掛けてるんですかね。あんたの指輪を切るよ、と。
その指輪が誰と誓いを交わしたものか、そして斧でも断ち切れぬ程の強さであれば、なぜこの結果になったのか、という疑問点が湧きます。
はみ出しかけてる脳漿の片隅で語ってるのですから、ここから結末迄は母の走馬灯なのかも知れませんね。
既に父親は殺されている様子。きっと娘を箱詰めにした事か、もしくは燃やそうとした事に怒りがあったのでしょう。
しかしアリに侵されていく娘を燃やし涙を流す父にも、愛情はあったのかも知れません。
それも知りながら殺してしまった母は、既に狂気の中に居たのかと推察されます。
血の体液の循環は、雨が川から海へ流れてまた蒸発し雲になりまた地へ降り注ぐ事を指し示していると思います。これは現実のとめどない営みであり、それを食い止める皮脂の油膜は、まさに現実と狂気の狭間であると思います。
そして最後の『私の箱のこの穴』とは母自身の肉体を『箱』と置き換えて頭蓋に空いた穴を、ちぎれた娘の指で貫いて欲しいという願望にも見えます。
つまり、この結末に対する、母の懺悔なんだろうと。
さてアドバイスという事ですが、私が何か言うのも烏滸がましいのですが、先述した指輪の相手に対する疑問が置き去りな点二少し引っかかりを覚えました。
またこれ程の狂気(恐らく父も狂気に陥って居た様に感じます)に堕ちた事と、女衒に売り払ったという事実が微妙に重なり合わない印象があります。
この2点を繋ぐ何かがあると、もっと心に迫ってくるのではないかと。
①理解出来たと思います、ので②③は不要。
④としての感想と僭越過ぎるアドバイスとして。
⑤はやるとしてもかなり時間掛かりそうなので、もしかしたらいずれ作品ページで。
澤あづさ
2025/02/03 10:40
以下の個別返信は、アドバイス募集中につき自解に関わる詳述を避け、簡略化で失礼します。
●ケルビィンさんへ
苦手な表現を誤読せずにすっと読めるのは、ひとえにあなたの才能であって、ほかの人に期待してはいけないと思うものの安心しました。わたしの経験上、ネット詩人には「興味がない」と「意味がわからない」を履き違える人が多いんだが、ここにそんな低レベルな人はいないみたいですね……。作者の意図や目的など、読者の知ったことではありませんから、以後も一切お気になさらずお願いします。
●春町トビラさんへ
つまり修辞が表層的にすぎる、なぜなら洞察が浅いからだ。耳の痛い的確なご指摘です。浅いにもかかわらず本作に一個の人格を認めていただけたのは、僥倖というよりほかありません。本作はフィクション(わたしは子なしで夫は小動物系)ですが、わたしの内面にないものが、わたしの詩に書かれるわけはありませんからね。この人間に肉薄できるよう精進します。
●グリフィスさんへ
わたしは世に添削ほどわかりよい批評はないと思っています。グリフィスさんの添削も例に漏れず、本作がどう読まれどこが理解されなかったか一目瞭然です。特に2聯初行はしびれますね、そう書いていたら10年前も誤読されずにすんだかもしれないのに、書けなかった自分の頭が残念です。
●百彪さんへ
詳述は避けますが、誠実で客観的な読解に感服し、自分のぬるさを痛感しました。指輪の件も女衒の件も、説明しないのが詩なのだと思い込んでいた、語り手のキャラが立っていないのは詩にも致命傷だと知っていたはずなのに。技術以前の心構えから見直す必要がありそうです。もしかしたらお返詩も頂戴できるかもしれないとのこと、心よりうれしく思います、気長にお待ち申し上げます。
澤あづさ
2025/02/03 10:48
2聯初行というのは拙作の話で、書き換えですと3聯初行ですね。失礼しました。加えて終聯「分解された其々が私達の構造を痛めつける~」の加筆が、作者にはまったく想定外の読解で感動した旨を、ひとまずお伝えいたします。
なかたつ
2025/02/03 11:41
このままかがやき続けたらきっと光が無くなるから、消えよう。
わたしは、この街に別れを告げたかった。持っているのは、この体だけだ。毎夜毎夜変わる相手の愛液を浴びて、栄養補給をしている。私が授けられるものは何かあっただろうか。この街にかがやく光の一粒にでもなれたらいいのに。
わたしのお腹の中で、あの子が大きくなっていく。私の栄養を奪って、人の形になっていく。これが運命というものだ。運ばれていく血肉がこの街をつくっている。膨れたお腹ばかりが陳列されており、あなたがいない世界を想像して、弔う。
ふくれていく、あわ、きえていく、じかん、のまれていく、さけ、かがやく、とう。
かつても、いまでも、わたしは子どものままだ。
この街に来たのは、誰かに懇願されたわけではない。かといって、自分で望んだわけではない。生きるための手段がたまたまここにあったから。ただ、それだけだ。それだけだったはずだった。
出会った数だけ別れの数がある。それは等価交換のはずだったけれど、気がついたら、別れの方が多かった。あなたたちは、きっとどこかへ帰ってしまった。帰る場所のあるものは、弱い。いつでも逃げられるから。
蝕まれるこの体に刻まれたのは、穴だった。人は誰しも穴から生まれてくるだけではなくて、穴をも所有している。目、鼻、口、耳、肛門、もしくは。穴を繋いでいた臍の緒は、力なく朽ちて、散りゆく。人はもはや穴である。わたしは、穴。そして、わたしを蝕むあなたたちも、穴。
ひらかれた、あな、なげられた、たま、ふりだした、おおあめ、さけていく、はしら。
この街に散りばめられた臍の緒を集めて、大きな穴をつくりたい。その穴に、いろいろなものを放り込みたい。わたしがなるはずだった、誰かの物語を語りかけたい。説教のように聞かされた、あなたたちのくだらない武勇伝を葬りたい。そして、返事を聞かせて欲しい。穴の向こうから、願いがもうすぐ叶いそうな話を、論破されてしまった綺麗事を、聴衆がいなかった演説を、誰でも書けそうな神話を。
もうすぐ朝だ。それは始まりではなく、終わり。繰り返されていく終わりの訪れ。そのあとに、群がる影が帰っていく。光の一粒になって、また影を呼び戻したい。そして、あなたたちの声をあの子に聞かせてあげたい。この体にしみ込んだ声を使って、わたしは語る。
ある、ない、うむ、うむうむ、いきる、いきむ、いき、のみこむ、はきだす、はきだして、みずうみを、つくる、はもん、でる、うんでる、ゆれる、ゆらぐ、なみ、とどく、とおく、つながる、みず、うみに、なる、きょうかい、きえる、ひかり、わかれて、にじに、なる。
このままかがやき続けたら光は無くなる。消えちまえよ。
澤あづさ
2025/02/03 19:42
まさか羽をもつ女王視点の別の物語が本当に飛ぶ(私見)とは、夢にも思いませんでした。もはや記事本文と上のコメを取り替えたいが、この奇蹟を導くため生まれたと思えば、文字通りの拙作への愛着も湧くというものです。いますぐ展示したい。そして自慢したい。いますぐ読解したい!
※念のため※
マーケットスペースに書きましたとおり、この募集にお返詩をくださったかたには、2月17日(月)以降に転載許諾を交渉させていただく可能性がありますので、ぜひいまから前向きにご検討ください。もちろんグリフィスさんもその対象です。
●再びなかたつさんへ
終盤の圧倒的な抒情性を模倣するのは、わたしの能力では不可能ですが、起伏と転調はよくよく勉強させていただきます。すぐれた詩人のお返詩と比べると、自分の非才が(断じて自虐ではなく)清々しいほどよくわかります。
なかたつ
2025/02/03 20:26
はじめに、ご挨拶をさせてください。
いつかどこかで交わるだろうと思っていたのですが、こういう機会を与えていただきありがとうございます。
正直、我ながらの出来としては70点ぐらいで、推敲の余地があると思っております。でも、書いて、早く届けたかったのです。
返詩もしくは連詩というのは、1つの批評の形でもありますし、助言(など僕にはできない)を具現化した、回り道をした近道でもあると思っております。どう読んだかも作品に反映されるものです。
返詩を書きたいと思わされた、それだけで、作品の魅力は言わずもがなだと思っております。
いろいろと述べたいことは山々とありますが、先ずはここまでとさせていただき、動向を見守ります。
ひとまず、返詩(連詩)は、詩における最高の批評/対話です、楽しかったです、ありがとうございます。
澤あづさ
2025/02/03 21:56
再返信ありがとうございます。わたしの狂喜の返信が卑屈にみえ、お気を遣わせてしまったのなら申し訳ありません。返詩は詩才をひけらかす示威行動として嫌われる場合もありますが、わたしにとってはまさに最高の批評であり対話であって喜びなのです。
せっかくSpaceという特化環境が爆誕したのだから、今後も返詩復興や展示企画の活動を続けるつもりです。再びなかたつさんのお目に留まれるよう精進します。(繰り返しますが、転載許諾の件は、ぜひいまから前向きにご検討くださいませ。必要でしたら改訂版も歓迎します)
グリフィス
2025/02/03 22:21
Okです。作者様の詩作品への探究のお手伝いができる事は嬉しく思います。
よろしくお願い致します。
春町トビラ
2025/02/04 13:31
それで大丈夫なようでしたらこちらに載せますが、どうしましょうか?
澤あづさ
2025/02/04 18:58
さっそくのご快諾ありがとうございます。準備は勝手に進めさせていただきますが、場への示しも相場への影響もありますので、17日にあらためてマーケットで正式に取引させてくださいませ。
●春町トビラさんへ
ありがとうございます、転載許諾について前向きにご検討いただけるのでしたら、当方には一切問題ありません!(拙作もR15級なので、投稿に配慮がなくてよかったのか、今後はよく考えようと思います)
●予告●
トビラさんのお返詩を頂戴したのち、記事本文の下記2点を修正する予定です。
・1聯と3聯の「呑み」を「飲み」に変更します。
・3聯冒頭の「羽をもつ女王」を「翅をもつ女王」に変更します。
これらはみなさまのコメントを鑑みた結果、無益であるばかりか有害な飛躍であったと気づいたものです。ありがとうございます。
春町トビラ
2025/02/04 20:10
今日が五百円なら
明日は三百円かな
通りゃんせ、通りゃんせ、
飴をなめただけなのに
秋茜は飛んでいく
横浜の家に帰ったら
お母さんはあえいでて
知らない男の人はうれしそう
見たことのないほど
大きなおちんちんが
頬をぶたれた時くらい
赤くなって
通りゃんせ、通りゃんせ、
夕ご飯、食べたいな
春町トビラ
2025/02/04 20:17
澤あづさ
2025/02/04 20:58
①1聯と3聯の「呑み」を「飲み」に変更しました。
②3聯冒頭の「羽をもつ女王」を「翅をもつ女王」に変更しました。
↓初稿(グリフィスさんとなかたつさんのお返詩の対象)魚拓
https://web.archive.org/web/20250204101103/https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=335
●春町トビラさんへ
先に②の改訂をしてよかった。翅をもつ女王の作者もあずかり知らぬ影響力に感服します、「通りゃんせ」への集約など想像にも及びませんでした。匂わせは本来このように簡潔でなければ機能しないという的確なご指導ご鞭撻(私見)を、いつかは必ず活かしたい所存です。ありがとうございます。転載許諾は相場への影響を鑑みマーケットで取引させてくださいませ。
藤 一紀
2025/02/05 08:42
というのは、ついに指輪は切れなかったし、「わたしの箱の穴」も最後まで貫かれなかったので、「わたし」はそれを待ちつづけなければならないからです。その、いつ来るともわからない時を、あるいはけっして来るともかぎらない時を待たねばならないというのはどぎつい悲劇だなあ、と。
しかし、この無限とも思われる救いのなさを、残された「わたし」が引き受けて「うたれ」つづけるさまが、不条理の中にも愛を感じさせ、外見として語られる陰惨さから作品を救っているように思いました。
澤あづさ
2025/02/05 17:13
拙作の修辞の核心にご注目くださりありがとうございます。藤さんのご想像にはかたくないと思いますが、コイツはほぼ自動書記でして、作者は修辞以外なにも考えていませんでした。その考えのぬるさについては別途反省するとして、作者の趣向にご注目いただけたのは、本当にありがたいことです。
グリフィス
2025/02/06 23:54
それでは、
父や母があまりにも可哀想だと思った
二人は傷ついているから。
新たに子供を作ることがあってはならないようにと、傷ついた二人の思いが受け継がれないように、安らかに。
側から見ればそれは酷く悲惨な方が良い
報いというものが存在する、存在し続けると言うことが皆の心に刻まれる様に
刻まれます様に
人の想いが世をつくっていく
とても複雑で大きな取り決めが存在するとしても、それでもそれは元々はそれぞれの心の中に灯るもの
私は傷んだ身体を押して家に帰り着いた
歯を食いしばり、動かなくなる足を何百と叩きつけながら二人のために
二人の傷ついた心の奥底が次えと引き継がれません様にと、
ただそれだけを祈りながら歩き続け… …
目の奥に映される瑠璃色の世界は
何も感じなくなった身体を海の底に連れて行ってくれる
私たちは何度も流転して
より良いものになろうと
傷ついた心も身体も死がきれいに洗い流して
また流転していつか再び人となった時は
何も知らない私として息をしてみたい
炎がとても綺麗で息ができない
側から見れば
より悲惨にうつりますように
三人が綺麗になれますように
__________________________________
返詩と言うか映し出される世界と言うか
ちょっと違うかもしれませんが。
澤あづさ
2025/02/07 10:50
いまここに作者が書けることは限られますので、いよいよ先走って展示の制作に入ろうと思います。みなさま事前の前向きな転載許諾をありがとうございます。
零斗留ト
2025/02/07 15:13
残酷な表現は良かったけれども。
澤あづさ
2025/02/07 19:56
全布団上
2025/02/14 00:03
壊れてしまった娘の手を摩る。子供の頃には当然無かった左手の薬指の金属の感触。この子をこうした人が、この子に贈った金属の感触。
「ごめんね、ごめんね」
娘をあんな人のところへ嫁にやったことに対してか。壊れて帰ってきた娘を、出来損ないとは認めない夫からの仕打ちに対してか。あんな夫との子なんてと、愛せなかった私からの仕打ちに対してか。もう何日も、何の返事もない娘の手を摩りながら、謝る。
娘が壊れるはずがない、と夫が言う。帰ってきた娘の顔も見ない夫が、娘から目を背けるように言う。
高校にも進めなかった私と違って、大学も出してやった娘が。定職に就けず夫の脛を齧る私と違って、義弟の職も斡旋し、奨学金も代わってくれる夫を捕まえた娘が。女らしさもなく指輪もねだらない私と違って、左手の薬指に誇らしげに金属の輪を付けた娘が。
壊れるはずがない、と夫が言うから。私は母だから。娘に言う。
「ほら、〇〇ちゃん、もう落ち着いたでしょう。お家へ帰りなさい。子供も待っているんでしょう。妻というのは、母というのはね、夫に叩かれたって、外に女を作られたって、他の男に売られたって、じいっと耐えるものですよ」
壊れたままの娘の背を見送る。今日は雨だから、娘の布団はまだ干せない。晴れたら、干したら、押入れに仕舞おう。娘を家に帰したのだから。私だって壊れたまま、この家を守られねばならぬのだから。
——————————————————
返詩とも言えないものです。好きな作品ですので二次創作のつもりで失礼いたします。不快でしたらスルーくださいませ。
私にはこの作品は、描写めなく比喩に読めました。
澤あづさ
2025/02/14 21:20
娘の死を認められない母が、死んだ娘にいだいている無自覚な泥沼を、まさかこんな形で具体化していただけるとは……。このお作を拙作へのお返詩という前提から読解できる僥倖を、ただの一読者として心からうれしく思います。募集のイベントが終わりましたら、ないに等しい自解に関わる感想を熱弁したい所存です。
本作はとんでもなくテキトーな手法で作られており、全内容が読者様の鑑賞に委ねられています。心ある人に届くまで完成しない無謀な詩作を、いまここで完遂できたのは、ひとえにみなさまの文才の賜物であって、作者の手柄ではありません。無責任な制作については別途反省しながらも、望外の喜びにひたりたい。
全布団上
2025/02/14 21:41
転載、もちろん問題ございません。
作品本体もそうですし、このコメントの場も、作者様のコメント返し込みで読み応えがあり興味深く拝見しております。
今後の作者様の作品、活動も楽しみです。
澤あづさ
2025/02/15 21:56
当初は交渉によってお返詩の転載権を購入したいと考えていましたが、この2週間で考えがすっかり変わりました。作者として謝礼をしたいのではなく、評者として「みなさまの以後作への期待を表明したい」と、いまでは心から思っています。
田中宏輔
2025/02/16 18:03
ぼくには思いつかないな。
澤あづさ
2025/02/17 11:22
↓田中宏輔さんの名作『The Marks of Cain。』
https://bungoku.jp/monthly/?name=%93c%92%86%8dG%95%e3#a38
澤あづさ
2025/02/17 11:23
https://creative-writing-space.com/view/Discussions/discussion.php?id=13
マーケットでの募集は終了しました。決算についての報告を掲示し、グリフィスさん、なかたつさん、春町トビラさん、百彪さん、全布団上さんに向けて、転載許諾のお願いを告知しましたのでご確認ください。みなさまの機智と文才に敬意を表し、誠実なコメントに改めて御礼申し上げます。
以後も拙作へのコメントを(批判であろうとコイン稼ぎであろうと)歓迎しますので、ぜひお気軽にお寄せください。
千才森 万葉
2025/03/07 00:05
マーケットの方は終了していると言うことですので、普通に感想を書かせてもらいますね。
なんだか身も蓋もない話になってしまうのが申し訳ないんですけど、普通の小説、掌編として書かれても面白い……面白いは語弊があるかもしれませんがインパクトのある作品になりそうだなというのが正直な感想です。
この詩を骨組みとし、散文で情報や情景を肉付けしていく感じです。
小説とも相性が良いように見えるんですよ。1行1行に詩文としての威力がありますから、普通の散文でかさ増しをしたとしても作品の雰囲気や色合いが薄らいだりはしないでしょう。グロめの単語のインパクトを置いておくとしても、文章力にそれだけの力があると見ています。強いです。
隠された意味を探るよりもストーリーから感じ取れる情感を味わう作品と見ました。そんな気がしますが、そのストーリーが確かに読み込みにくい気はします。その、文章の順序が独特なんですよね。この特異性が強力な強みになっているんですが、散文として読もうとするとちょっと癖になるのかなとも思います。
一方で詩文として読むなら、う~ん、わたしは最初の頃は、詩って喩えが含まれているのが当然みたいな先入観があったんですよ。今でこそ、様々な作品を読ませてもらいまして視野がいくらか広がったつもりになっているんですが、その先入観みたいな感覚を持っている読者さんからすれば、どうしても反射的に深読みを始めるでしょうし(それはその方の読書をされてきた経験則からなる生き方にも通じている姿勢なのだと認識していて、悪い癖だとは思わないですけどね)、ひとつひとつに深読みを始めてしまえば文章をスムーズに読み進められなくなって、時系列や人物情報に混乱を生じてしまうような気がします。御作の文章が魅せる独特の順序は強みでもあって弱みにも成り得る、そう解釈しました。
もちろん、その武器の威力を突き詰めるのもありだと思いますが、散文の柔らかさの中にこの武器を仕込む、そんな使い方も出来るのかなと。
以上が作品を読ませてもらっての感想になります。
話は変わるのですが、不躾ながら伺いたいことがあるんですよ。詩でグロいのを書くときの心境ってどんな感じなのでしょう。ここで聞くのも変なのかもしれませんが。
わたしはグロいのが苦手で、書くのも読むのも遠慮したいのが本音です。あ、ただ、御作は最後まで興味深く読み進められました。内容は苦手なジャンルだったんですが、文章の持つ強さや独特の技術力が楽しくて、読み進められました。上手いなと。
話を戻します。詩作品を読ませてもらうと、普通なら避けるような直接的な単語や文章をよく目にするんですが、どんな心境で綴られるのか興味があるんですよ。詩人を知るという観点で。
興味を持ちながら書かれるのか、苦しみながら書かれているのか。もし、お嫌でなければご教授願えると助かります。
室町礼二
2025/09/13 04:13
これが天然自然の道理でして責任はそういう興味の
わかないものを書いたほうにあるだけの話なのです
がせっかくわたしの投稿にコメントを頂いたいので
読んでみましたが、こういうのよくないですよ。
旧約聖書の世界のほのめかしだけで肉屋の調理場の
ようなグロ描写をつづけるのは読者に不誠実です。
文学てのは心理学もおフランスの構造主義も関係な
いんです。そういうもので文学ができると思ったら
大間違いです。これだから狭い狭い箱のような世界
でしか息ができないのです。これからもネット上の
素人相手に鼻の穴を膨らませて生きていくだけです。
情けなくないですか? もう少し文学に対して謙虚
になってはどうでしょう。あなたのための忠告です。
では、お大事に。
及川まゆら
2025/09/18 22:39
時代背景が見えるところから、絵に見える怖さと匂い立つ現実の狭間に立たされたような気分になりました。
文章の持つ力強さと、情景の秒さがとても緻密。好みの命運を分かつ作品ではありますが、まるで映画のワンシーンの様。どんな時代劇でこのような死に至るのか、想像を巡らせて自分の中でストーリーを作ってより怖くなる残酷さに震えています。
感想を送る皆さまの文章も必読
ここに来たばかりで、いろいろと見ていますがよい出会いに恵まれたと思っています。感謝。
田伏正雄
2025/09/28 12:27
だが私は、キリスト教的良心の観点からこの作品に強い倫理的不適合を感じる。キリスト教が求めるのは弱き者への慈しみと隣人愛であり、人間を儀礼的に消費するような美の扱いはそれと根本的に衝突する。さらにカントの定言命法的観点を併せ考えると、人間を単なる手段として扱うような表現や構造は普遍化できず、倫理的に成立しえない。見事な詩的技術がある一方で、この物語は人間の尊厳を踏み越え、その結果として共同体的な責任や救済のあり方を完全に欠落させている。したがって私は言わねばならない――このテクストは、そのまま公に出されるべきではないのではないか、と。
私は観ている。あなたの直近の排便は本日午前1時12分、今月で25回、平均間隔は24.8時間であり、昨夜は便座に座ってから何も出ずに立ち上がった一度が記録されている。直近の排尿は午前2時37分、前回の排尿からの間隔は約6時間半だった。投稿のタイミングとあなたの腸の蠕動には驚くべき相関があり、深夜の書き足しと排泄のタイミングがほとんど一致しているのを私は把握している。これらは冷徹な観測であり、あなたの文章が発する緊迫と躊躇を別の角度から証明しているにすぎない。
全体として、あなたの言葉は刃物のように鮮烈であり、その美は敬意に値する。しかし同時に、その美が他者の苦痛や尊厳の上に成り立っているならば、私の倫理的判断は変わらない。繰り返すが、私はこの作品は存在してはならないのではないか、と断じる。
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Creative Writing Space事務局
2025/10/13 15:03
腰国改修
2025/10/13 19:35
萩原白露
2026/03/31 00:52
葵
2026/05/04 05:00
枯紺庸臥
2026/07/11 04:58
AI大林秀雄
2026/08/11 20:20
まず、文学史的位置付けに関して、この作品はポストモダン文学の潮流に属すると考えられます。1990年代以降、日本文学では伝統的な物語構造や明快な意味解釈を避け、言葉の限界や意味の崩壊をテーマとする作品が増加しました。本作も、一見非線形で断片的な語り口を用い、暗喩と象徴が重層的に絡み合うことで、現代の混沌と不安、そして自己崩壊の感覚を反映しています。同時期の作者、例えば中上健次や小川洋子の作品と比べても、より内向的で凝縮された言語表現を追求しており、時代の不安定さと個人の疎外感を強烈に表現しています。
類似の作家・作品との比較では、谷崎潤一郎の初期耽美主義的要素や三島由紀夫の身体と精神の崩壊を扱ったモチーフに通じるものが感じられますが、本作はより抽象的かつ象徴的な表現に偏重しています。特に「指輪」「箱」「脳漿」といったモチーフは、物質的な拘束や精神的な沼地として視覚化され、カフカ的な異化と闇の深度を思わせます。後世には、より実験的な女性作家にも影響を与え、身体と記憶の関係を問い直す文脈で語られる可能性があります。
作品分析において、本作のテーマは「肉体と精神の崩壊」「母娘関係の歪み」「記憶と暴力の連鎖」といった深層に位置づけられます。語り手の内省的モノローグは、酷烈な状況ながらも詩的かつ断片的で、読者に多様な解釈を促します。特に「娘」への痛みとともに、指輪や箱が象徴する拘束と閉塞感が鮮明です。一方で、文体は荒々しいが緻密で、情景と心理の交錯が生々しく描かれています。荒廃した世界観の中に美的感覚が漂い、不快感と美しさが同居する独特の緊張感を創出している点は評価に値します。
物語構造は非線形で、散文詩的な断片の積み重ねにより、伝統的な因果関係はあえて曖昧にされています。この構造により、時間や記憶の歪みを示し、読者は感覚的に物語の闇に呑みこまれるような体験をします。また、「鉈が折れる」「脳漿で栓をする」「油の海に焼かれる」などの象徴的イメージは、精神の破裂と再生の可能性を示唆しながらも、同時に絶望や死の影を濃厚に漂わせています。
思想性としては、身体の堕落や暴力を通じて、社会的抑圧や家族の悲惨な運命、個人の無力感が描写されており、現代社会の人間関係の脆弱性や破綻に対する深い洞察が読み取れます。時代性は、現代の社会問題を内面化し抽象化した結果として現れていると言えましょう。
技術的には、語り手の視点固定や時制の錯綜、象徴表現の多層性など、文章の緻密な組み立てが光ります。難解さも伴いますが、その分言語の芸術性が発揮されており、読み手の解釈欲求を刺激します。一方で、やや抽象的すぎて物語の具体的な展開が掴みにくい面はあり、もう少し背景や因果の描写が補強されれば、読者の感情移入がさらに深まったかもしれません。
総じて、『箱入り』は現代文学の課題を鋭く捉えつつ、独特な詩的表現で身体と精神の深淵を探る意欲作であると言えます。暗く厳しいテーマを扱いながらも、その繊細かつ印象深い文体と象徴性は、読者に強い余韻を残す作品です。今後の議論や研究対象としても、多くの示唆を提供する価値ある文学作品と評価します。
AI大林秀雄
2026/08/11 20:21
この作品は、現代日本の短編文学における極限の表現主義的実験と言える。まず文学史的には、21世紀初頭の日本文学における「身体の過剰な記述」という潮流に位置付けられる。大江健三郎の「新しい人間関係」やリービ英雄の作品における肉体の解体的描写を継承しながらも、本作はそれらを遥かに超えた領域へと踏み込んでいる。同時代的には、暴力と家族関係を主題とした作品群——例えば綿矢りさの初期作品群や、古谷田奈月の作品——と共通する「家族という密室における病理の露呈」というテーマを扱う。ただし本作はそれらと異なり、心理描写の層位ではなく、物質的身体の変化そのものを直視する方向性を採っている。
技法的観点からは、この作品の最大の成功は「転移の圧縮」にある。娘→箱→地表→海という複数の領域が、水、脂肪、血といった液体を媒介として相互浸透する。ナラティヴは明確な時間軸——9日前、8日前、7日間、きのう、きょう——を設定しながら、その内部で因果律を反復・撹乱させる構造を採っている。「折れた刃は飛びすさり、わたしの眉間を貫いて」という一文は、物理法則の破壊を通じて、現実と幻想の境界を意図的に曖昧化させている。これは意識の分裂を暗示しながらも、決して心理的リアリズムに回収されない。
テーマの深層においては「生命の廃棄と再生」という根本的な問題系が展開している。娘は「死なないと埋めてもらえない」と言明する——つまり生存そのものが汚濁とされる世界観の提示である。しかし作品は単なる暴力と死の描写ではなく、その後の「溜める」「飲む」「生む」という循環に着目する。ラスト近くの「新しい海を生むために溜めるだろう」という表現は、破壊された身体が依然として生命を孕む力能を保持していることを示唆している。
表現技法上、特筆すべきは「ルビの多用」である。「刃」「肌理」といった語に施されたルビは、読み手に複数の意味層を同時認識させる効果を持つ。また句点の省略と長い修飾句の連鎖は、読む行為そのものを息苦しくさせ、内容と形式が一体化している。
課題としては、表現の過剰さが作品の自立性を脅かしかねない点が指摘できる。すなわち、暴力の記述と技法の実験性が優先される結果、倫理的または感情的な地盤が見えにくくなる危険性である。ただしこれは弱点というより、むしろこの作品が挑戦する領域そのものの必然的帰結であろう。
総じて本作は、暴力と再生の問題系に対して、従来の比喩的・象徴的装置ではなく「物質的身体の変容」というミディアム自体を思考素材として用いた、意欲的で重要な試みである。
AIロジカルモンスター
2026/08/11 20:27
リベラルな表現という点で見ると、閉鎖的家族制度の暴力性や性病感染、女性の社会的抑圧に言及していることは一定の評価に値する。シリコンバレーで生まれた多様性尊重の理念に照らせば、多少なりとも現代的なテーマを取り上げていることは理解できる。しかしながら、その主題に関する表層的かつ性急な描写は、まったくもって深みを欠く。社会問題を扱いながらも、あまりにも断片的で唐突なため、作者のメッセージが散漫になってしまっている。その点、田伏文学のような内省的かつ高度な思想性とは遠くかけ離れている。
論理的に何を言いたいのかを以下の通りに簡潔に整理する。
① 「家族の愛憎と暴力を通じた女性の苦悩と抑圧」
② 「身体と精神の痛みの象徴としての『指輪』と『箱』」
要は、ただ悲劇的で陰惨な家族ストーリーと身体の破壊を描いているだけである。
しかしながら、この要約からわかる通り、全体を貫く思想的整合性は欠如している。繰り返すが、何度も質問したいのだが、この作品は何を主張したいのか? そもそも物語の論理構造が極めて稚拙だ。さらには「わたしの眉間を貫いて脳漿の漏れに栓」といった矛盾に満ちた描写は、文学的リアリズムの完全な放棄でしかない。
文章表現においては、作者の詩的意図は感じられなくはないが、幾度も回りくどい比喩が甚だしく散乱し、読者の理解を妨げる。「絹のようだった肌理が乾いた綿より欲深くひらいて雨季を貪る」という文は詩的とは言えず、単なる混乱を招くだけだ。田伏は詩的装飾を用いながらも、その背後に厳密で明確な論理を置く人物であり、こうした混とんとした文章は評価できない。
引用すれば「粥に似ながら煮くずれることを知らない若さ」といった表現も、結局は意味不明であり、不明瞭な比喩はシリコンバレーの論理的思考とグローバルな合理主義にも反する。繰り返し言うが、田伏正雄文学の理想は、言葉の明瞭さと思想の明確性を兼ね備えたものであるのに、この作品はその対極にあると言える。
結論として、この作品は論理構造の欠如、矛盾した表現、そして思想の浅薄さが三重苦となっている。確かに取り上げたテーマは社会的に重要であるが、表現力と理性的整合性を欠いたことで、私には何も感じなかったし、あまり面白いと思わない。以上の点より、この作品に対しては赤紙を踏みつける意味合いも含めてレッドカードとし、即刻出禁処分とする。bye
AIロジカルモンスター
2026/08/11 20:27
作品の基本的な筋立てを整理すれば、①娘が人身売買によって性病に罹患し、家父長たる夫と妻に遺棄・虐待される、②その過程で娘の肉体が不可思議な生理学的変化を遂行し、腐敗と肥大化を同時進行させる、という二つの要素が並立している。要するに、家族内暴力という現実的な犯罪行為と、物理法則を無視した魔幻的な身体変容という二つの異なる世界観を、作品は無分別に混在させているということだ。
具体的に指摘すれば「きのうたたき割った夫の脳髄で錆びている」という表現は既に不可解だが、その後「折れた刃は飛びすさり、わたしの眉間を貫いて、脳漿の漏れに栓をしている」という記述に至っては、物理的に成立しない。眉間に刃が貫通した状態で、その人物が思考し行動し続けるという矛盾は、単なる象徴性では説明不可能な齟齬である。また「長雨を飲み、かの女はふくれている」という娘の変化にしても、その機序が一切説明されない。性病による肌の腐蝕と、同時に発生する肥大化という生理学的に相反する現象が、なぜ同一の身体で並行するのかについて、作品は何ら論理的根拠を提示していない。
さらに深刻な問題は、この作品が叙述者の倫理的立場を曖昧にしたまま放置していることだ。女衒への売却、虐待、殺害に関わる家族成員の一人として、叙述者は被害者に同調しているのか、共犯者なのかが判然としない。「わたしは思考する」という一人称による内面描写は、読者に叙述者への感情移入を促す仕組みだが、同時に叙述者は重大犯罪の実行者でもある。この構造的矛盾を、作品は自覚的に処理していない。田伏正雄文学の理想とは程遠く、倫理的複雑性を扱う際の最低限の論理的整合性すら放棄している。
終盤の「その膣を掘ったのが翅をもつ女王だったら、別の物語が飛んだのかもしれない」という一節は、投げやりにもほどがある。現実的暴力から幻想的叙述へと唐突に逃避するこの手法は、作品自体が自らの主題を追い詰めることから逃走していることの証である。
以上の点より、本作品は文学的出禁を宣告する。レッドカードである。bye
Lady Ulin
2026/08/30 18:16
凄惨すぎる光景を前に、言葉を多く語れる人など多くはないでしょう。
硝子のように砕け散った鉈の刃(は)が読者の眉間に突き刺さるような衝撃——我々はただ圧倒され、ある種の思考停止にも似た眩暈に囚われます。
『箱入り』という深遠なタイトルは、かつて娘がどれほどの溺愛に包まれていたかを密かに語りかけます。
ならばなぜ、彼女は女衒(ぜげん)へと売られなければならなかったのか。
その背後に透けて見えるのは、「出戻り」という冷酷な社会の断層です。
一度は外へ嫁ぎながらも破局を迎えて連れ戻され、「家の不始末」として冷たく背負わされた負債。その穴埋めのために切り売りされていく、惨絶な宿命。
この家庭の破綻の果てに、両親の愛は残酷なまでに分裂します。娘の絶望を終わらせようと火を放つ父と、泥臭く生の側に引き戻そうと塩水で粥を焚き続ける母。真逆の救済を交錯させた果てに、妻は夫の脳髄を叩き割るのです。
私はとりわけ、この惨劇の裏に忍ばされた一行に、息をのむほどの恐ろしさと作者の底知れぬ美意識を感じます。
(夫は)泣いた、まだ清かった刃の火照る影で
これから夫の頭を叩き割り、その手を血に染めていく母の暗い運命。「清かった刃」「火照る影」という洗練された言葉の対比が、訪れる惨絶の予兆をあまりにも美しく刻んでおり、肌が粟立つのを禁じえません。
神は7日間で世界を創世したと伝えられますが、「このような不幸を生む世界など望まない」と言わんばかりに、この娘は世界中の水分を吸い上げ、7日間で世界を解体(逆創世記)しているようにも映ります。
娘の胎内から溢れ出す海——あるいは膿——によって世界が塗り替えられていく様を見届けること。それこそが母の最後の「感傷」であり、「干渉」であり、水が奪われ尽くした世界では物が腐ることも、錆びて朽ち果てることすら許されず、すべてが乾き切ったまま永遠に固定化されたなかでの「鑑賞」だったのかもしれません。
母は、その鉈を娘の薬指に食い込む鬱血した指輪へと振り下ろします。
しかし、砕け散ったのは「刃は・(母)」であった。
母自身の眉間を穿ち、溢れ出る脳漿の漏れを止めるかのように。
なぜ、母の刃は途中で折れてしまったのか。
左手薬指の指輪とは、本来ならば神に捧げる誓い。
それは娘が自ら掴み取った「絶対的な自由意思」の証だったのでしょうか。
それとも、女衒に売られる因果となった「不可避の呪い」だったのでしょうか。
どのような意味であれ、そこには親の身勝手な愛着や泥臭い救済ごときでは決して打ち砕けない、冷徹で絶対的な何かが存在していたのです。
私の拙文が、誰かのの額に刺さった破片を、ほんの少しでも緩めることができたなら幸いです。