元日の朝は、しん、としていた。
伊都お姉さまは、まだ毛布の奥で小さく呼息をしている。大晦日とはいっても、いつもの様に食事をして、おしゃべりをして、それぞれ本を読んで、お風呂に入って、ベッドにもぐりこんだ。違ったのは遠くで聴こえる鐘の音。山の中腹だからか、いろんな鐘の音が聴こえていたのを聴きながら眠りについた。
冷えたリビングに向かい古いブルーフレームの胴を倒す。芯の高さを合わせてマッチで火をつける。ガスライターでも良いのだけど、お姉さまはわざわざマッチを買ってきて置いてある。ので、わたしもそれにならって同じ様に火をつける。マッチの燃える香り、灯油の炎が広がる音。胴を立ててロックをかけると窓のなかの炎はすぐに青いフレームにかわり、かすかな灯油の匂いとともにふわりと暖気が立ち上ってゆく。
やかんの水を入れ替えてストーブにかけておこう。
玄関の脇に国旗を掲げた。
お姉さまの大叔父様。かつてはここの主(あるじ)だった方。古い箱を開けると綺麗にたたまれた日の丸とポール。それをおそらくはかつてと変わらぬ様に掲げる。
リビングに戻ったわたしは、ほんのり暖かくなった空気と、カーテンの隙間から差す光を手のひらで受けとめて――
なんとなく、今年の抱負なんてものを考えてみる。
――たとえば、
“日曜の朝は、伊都お姉さまを起こしてしまわないように生きること”
そんなの抱負と言えるのかどうかわからないけれど、わたしの一年は、ほんとうはそれで十分なのだ。
お姉さまの寝息をひとつ壊すだけで、調和がちょっとだけ違ってしまう気がするから。
あとは……
“お姉さまが書く言葉に、わたしの影が映っていても驚かないこと”
それはつまり、わたし自身がもう少し丁寧に、
日々の細かい感情を見つめて、
きれいに散らかしてゆく覚悟を持つということで。
あと、これは小さな決意だけど――
“お姉さまが淹れてくれる朝のコーヒーに、文句を言わない”
(もちろん今までも言ったことはないんだけど、わたしのほうが上手だよ)
書き出してみると、どれもこれも、なんというか、他の人が読んだら笑うような薄い抱負だ。
でも伊都お姉さまのとなりで、呼吸して、
話すでもなく、黙るでもなく、
ただそうして一年が経ってゆくのなら、
わたしはそれで充分に満ちている。
やかんが、しゅん、と鳴いた。
寝室の方でかたんと音が聞こえた。
お姉さまがもうすぐ着替えて出てくるだろう。
今年も多分、
世界はとりたてて良くもならないし、
悪くもならないのだろう。
けれど、わたしたちの小さな部屋は、きっと大丈夫だ。
そんな気がして、
わたしはそっと、
寝室の方を振り返り、小さく呟いた。
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北岡伸之
2026/01/02 02:06
世間の流れ、特に30分刻みでスケジュールをいれるような世界の、いそがしい時間の流れとは別の世界。
お茶をいれる時間、そういう数分の感覚はあるけど、ほかはね、ゆったりなのです。